セレスティアの恋(06.3.21〜公開・完結06.4.22)

 

登場人物紹介イラスト

【目次】
序章 夏の約束
第一章 噂の絵画
第二章 空に浮かぶ町
第三章 セレスティア
第四章 スコーピオン
第五章 裏切りの剣
第六章 古代大戦兵器
第七章 真剣・カイザー
第八章 別れ
終章 17歳の誕生日


【序章 夏の約束】

 

「例えもう会えなくとも……私はあなたを愛しています」

 

私は目の前にいる男性に抱きつく。そして……

 

――パンッ!

手を叩く音が響いた。

 

その音で、私は『自分』に戻る。

「よかったよ〜! 椿(つばき)!」

前に座っていた女子が小さく拍手をしながら立ち上がった。

同じ部活で同じクラスの葉月だ。

葉月の横にいる、先程手を叩いた女子は、部の部長のピン子(あだ名)。彼女が皆に促した。

「なにかある人〜?」

私の目の前には、葉月、ピン子、含めて十人の女子と一人の男子が座っている。

皆、同じ部、演劇部のメンツだ。

 

立ち上がった葉月が、そのまま手を上げる。

「は〜い!」

「はい。じゃあ、葉月」

ピン子が葉月を指すと、葉月は意地悪そうな顔をして言った。

「椿は凄くうまかったですけど、藤井君が全然ダメでしたー! 演技がドラマみたいで動きがないでーす!」

藤井は劇で今私が抱きついた男子だ。掛けている眼鏡を無駄にくいっと上げ、面倒臭そうに反論する。

「オレのどこがダメなんだよ! 大体、役だって無理矢理させられたみたいなもんだし」

「仕方ないでしょー、男子二人しかいないんだから〜」

言い争いになりそうな葉月と藤井を止めるピン子。

「はい! 終わり!! 他に講評のある人?」

 

今、私は高校演劇コンクールへ向けての劇の練習で、演技をしていた。

ワンシーンずつ演技をして、演技をしていない部員が、シーンが終わるごとに評を言うのだ。

評が終わったら次のシーンへいく。

ピン子は皆を見回してまた手を叩いた。

「はい、無いみたいですね。では次のシーン…」

「は〜〜い!」

遠くから女子の声がした。

部員じゃないみたいだ。というか、この声は……

 

声がした方を見ると、いつの間にか一人の女子が近付いてくる。

ここは体育館だった。

一応誰でも入れるようにはなっているけど。

「あ! 琉香(るか)!!

私の代わりに葉月が言った。

琉香は同じクラスの女の子。一年の時も同じクラスだったから、私と仲がいいんだけど。

「暇だから演劇部、見学しにきました〜♪」

そう言っていつも邪魔しに…いや、遊びにくる。ホントは美術部のはずなのに。

「もう、うちの部入っちゃえばいいのに」

そう言ったのは藤井だ。

「ダメダメ! 私演技なんて全然出来ないから!」

思いっきり首を振る琉香。

 

そこでピン子が手を腰に置いて呆れた声を出した。

「もうお昼だし、休憩にする?」

ちょうどお腹も空いてきた。と思っていたのは私だけじゃなく、皆は賛成して休憩に入った。

「暑〜い。早く教室に戻ろうよ!」等と口々に言う。

 

ここは学校の体育館。

今は……許せない程暑い夏。夏休み。

クーラーの効かない体育館は物凄く蒸し暑い。夏休みの部活の難関だ。

本人には言えないけど、さっきの演技で藤井に抱きついた時、汗で気持ち悪くなった程だ。

とてもじゃないけど、こんなところではお弁当も食べられない。

私達は涼しい部室(教室)に入って休憩しようと体育館を出る。

 

皆で廊下を歩き、校長室の前を横切った時に葉月が思い出したように言った。

「そういや前にさ、校長室の絵画が盗まれるとか、そういう事件あったよね? 変な三年生達の……」

「あ!! アレ、オレらが捕まえたんだぜ!!

すぐに会話に入ってきた藤井は得意気な顔をしていた。

そういえば、そんな話あったような……

「アンタのクラスのさ、村上君が関係してなかったっけ?」

葉月が言うと藤井はうんうん、と頷く。

「だから、セイギとオレらなんだって!!

あんま他のクラスの男とかよく知らないけど、『村上 正義(むらかみ せいぎ)』は転入生なのに、やけに目立つことばっかするから知っているな。なんて私が思っていると、

 

「知ってる? 校長室の絵画から、別世界に行けるって噂」

 

急に琉香が目を輝かせて言った。

別世界って……

悪いけど、私達は顔を見合わせて笑ってしまった。

「そんな話、誰から訊いたの?」

私が訊くと、琉香は少し恥ずかしそうにしてボソッと言った。

「あきら君にだけど」

あきら……うちのクラスであきらといえば、夏梅(なつめ)あきら。

多分そうだ。

漫画の登場人物風に言うと、“お調子者”ってやつ。馴れ馴れしくて、クラスでは結構人気があるんだけど、要するにバカ。

その夏梅に聞いたなんて。

「アッキー(あだ名)の言う事なんか、信用しちゃダメだよ」

葉月が呆れたように琉香に注意した。

ま、夏梅が言わなくても今時、小学校の七不思議でもそんな噂広まらないけどさ。

「大体……絵画からとか、意味わかんないし」

葉月の言う事は尤もだ。

でもなぁ……

 

「いいじゃん! 異世界とか、夢あるじゃん!! ねぇ? 椿!!

琉香は私に回してくる。

夢あるっていうか、ね。

夢見がちな琉香。ま、仕方ないといえば仕方ないけど。

そんなまさか。

 

「そんなん、漫画とか映画の話だろ」

藤井まで呆れた顔で言った。

確かに。

少し膨れる琉香に、葉月がからかうような顔で言った。

「もっと現実見なよ! そんなんだから、彼氏出来ないんだよ」

そういう葉月も彼氏がいない。藤井と仲いいのは知っているけど。

「好きな人いるもん!」

琉香の爆弾発言に、皆一度立ち止まって聞き返した。

「好きな人? 誰?」

「うちのクラスの亮君?」

葉月の言った“亮”とは、村崎(むらさき)(りょう)の事だ。夏梅とは違い、至って真面目で少女漫画の男の子みたいに健全な雰囲気の男子。実は、琉香の事が好きだというのは、クラス全員が知っていて、知らないのは、琉香本人だけだという。

「え? なんで村崎君? 違うよ〜!」

可哀想に、村崎。と、私(多分葉月も)が思った琉香の発言。またとんでもないことを言う。

「私が好きなのは、シルバーだけ!」

出たよ。

そうじゃないかと思ったけど。

「シルバー??

誰のことだか分からない様子の葉月と藤井に、私が代わって説明をしてあげた。

「小説のキャラクター」

「小説のキャラかよ!!

お笑い芸人のように、葉月と藤井が同時につっこんだ。

そう、この世界にはいない人物。

琉香は小説とか、空想が好きなんだ。

「17(歳)にもなって」

溜め息混じりにつっこむ葉月。

琉香はムッとしたように言い返した。

「まだ16だもん。ってか、私より椿の方を心配してよ! もうすぐ誕生日来るのに、まだ好きな人できないんだよ!」

……って、私かよ!! なんで話題を私の方にすり替えてんの!?

 

「まじで!?

藤井が珍しそうに訊いてきた。

「別に、好きな人って……無理して作るわけじゃないだろ?」

そう、私は今まで好きな男が出来たことが無い。

琉香の言う通りもうすぐ誕生日で、17になってしまう。

別に自分では気にしてないけど、どうも周りがブツブツ言う。

「まず、言葉遣いが女じゃねぇ」

余計な事を言う藤井。……ぶん殴ってやろうか?(これがダメなのか?)

「アンタってクール系じゃん? それがいけないんだよ」

葉月の言ったことは誰がクール系で何がいけないのかがわからない。

「かわいいし、スタイルもいいのに勿体無いよ〜」

琉香はじろ〜っと、私の方を見るけど。私からすれば、琉香の方がかわいいし、スタイルは葉月の方がいい。

 

「うるさいな。じゃあ、17までに好きな人でも見つければいいのか?」と、つい言ったのがいけなかった。

 

三人はワクワクした顔でこっちを見てくる。

「いいじゃん、それ〜!」

「言ったな? もうすぐなんだろ? 誕生日!!

葉月と藤井に続いて、琉香が面白そうに目を輝かせる。

 

「17歳になるまでに、恋の相手見つけるって、約束ね!」

 

……しまった。

私は言ったことをすぐに後悔した。

「ちょっと!! そんな約束なんて…」

 

「聞いたよね〜? ね、二人とも!!

同意を求める琉香に、頷く葉月と藤井。ダメだ、三対一じゃ勝ち目ねぇ。

 

 

 

 


【第一章 噂の絵画】

 

 部室に着いたところで、琉香がハッと気付いたように慌てた。

「あ!! 私、演劇部でご飯食べるって、皆に言ってこなきゃ!!

そうだ。うっかり琉香がいることに馴染んでいたけど、ホントは、琉香は美術部なんだ。美術部の活動がどんなもんかは知らないけど。

「私、一旦部室に戻るよ!」

そう言いつつ、琉香は小動物のような目で私に訴えてきた。

「椿〜!! 一緒に来て〜! 一人じゃつまんないよ。私がここに戻ってきた時、もう皆食べ終わってたら嫌だもん」

なんともはや、こういうトコが、村崎を落とすんだろうか。女の私でさえ、断れない。

強引に琉香に引っ張られて、お腹が空いているのを我慢しながらまた廊下に出るはめになった。

 

 

 美術室に行く為に、さっきの校長室の前の廊下を歩く私達。

そういえば、さっき話してた絵画ってどんなんだったっけ? と、ちょっと思った時だ。

 

なにやら、校長室の中から怪しい話し声が聞えた。

 

「ちょっと!! あきら!! ヤバイって!!

「平気だよ、校長もいない今がチャンスじゃん」

「だってまるでドロボーみたいじゃん、オレら」

「なんでだよ!! 何も盗まねーよ! ただ試すだけだって。早しないと誰かに見つかんべ?」

 

聞いたことのある男子の声だった。

「あきら君達の声だ!」

琉香も気付いて校長室のドアをそっと開ける。

 

「……っ!」

そのことで、びっくりしたような二人は、驚き声を出さないように口を押さえた。

そして小声で話す。

 

「……なんだよ。校長かと思った!! 椿と琉香じゃん!!

その馴れ馴れしいのは、さっきの会話にも出てたクラスメートの夏梅あきらだ。

茶色がかった黒髪に、平均的な顔。なのに少しモテるのは、バカだけどスポーツが出来るからなのか、馴れ馴れしい性格の為なのか。

「二人とも、なんで学校にいるの? 部活?」

そう訊いてきたのは、同じくクラスメートの村崎亮。

茶色い髪に、どちらかというとかわいい系の顔つきの男子。だけどモテるわけでもなく、琉香のことが好きらしいのは誰が見ても気付く。今も、凄く琉香を意識している。……が、琉香本人は全く気付いてない。

「私達は部活。一緒にお昼食べようと思って。そっちこそ、なんで二人一緒にいるの?」

と訊く琉香に対して、顔を少し赤くしながら村崎が答えた。

「あ、オレは部活であきらが補習。さっき下駄箱で偶然会ってさ」

言ってほしくないことを言われたと、慌てて誤魔化す夏梅。

「いや、補習ってか……なんつーの? 補習じゃないっつーか」

別に今更誤魔化さなくてもわかってるし、バカだって。

「それより、何してんの?」

一番の疑問を訊いてみる私。

 

夏梅と村崎は顔を見合わせて、それから夏梅の方が得意気に言ってきた。

「校長室の絵画の噂、知ってる?」

さっき聞いたばっかの話だ。そして、やっぱりバカだ、こいつ。

まさか、噂を確かめようとしてんじゃナイだろぉな〜。と思った矢先に早速バカさを発揮する夏梅。

「噂、確かめようとしてんの♪」

……。

村崎は恥ずかしそうに俯く。

「オレは、信じてないよ。あきらを止めようとしただけだもん」

特に琉香に伝えるように言う。

 

でも、琉香は琉香でバカなんだ。

「え? ホント? 確かめようよ!!

夏梅に同調して、嫌な事を勧める。

「だろ?」

なんで、バカが二人なんだ。

 

止める間もなく、椅子を使って壁にかけてある高そうな絵画を外す夏梅。

「よぉ〜し」

なんか、気合いを入れ、絵の中に手を突っ込もうとした。

――まぁ……当然手が入る、なんてことがないわけで。

無理だったことにショックそうな顔をする夏梅。やっぱバカだ。と改めて認識してしまう私。

「おまえ、バカだろ?」

つい口にも出してしまう。

琉香が面白そうに耳打ちをしてきた。

「あきら君は、恋の相手候補?」

まだ言ってるよ。

無言で思いっきり首を振る私。冗談じゃない。

 

「やっぱダメかぁ〜。漫画みたいに入れると思ったのにな〜」

大丈夫か?(頭)

「そんなんで入れたら、皆入っちゃうじゃん」

高校生でそんなこと考えちゃうなんて、異常だよ。

つっこむ気力まで失くす私。

「もう行こう、琉香」

琉香を引っ張って出て行こうとすると、琉香までもが絵画に手を入れようとしていた。

「絵の中に入ってさ、別世界に行けたら面白いのにね〜」

ダメだこいつら。

「なんか、逆に絵の中に入っちゃったら怖くない? 怪談話とかでありそうだよね」

村崎が言ったことの方が頷ける。

そういえば、怪談話でもそういうの、あったような、ないような。

「夢ないよ〜、村崎君! 私はもっとファンタジー映画みたいな想像してるんだけどな〜」

言いながら、絵画を夏梅に渡す琉香。

諦めた、ということで絵画を壁に戻そうと、渋々夏梅がまた椅子の上に立った時、うっかり絵画の額縁から絵が外れてしまった。

 

落ちた絵を拾う私。

夏梅が私に額縁の方も渡してきた。

「悪い。ちょっと填めてくれる? そんでオレに渡してよ」

椅子の上では、填め難いといった様子だ。

 

仕方なく、私は額縁を受け取って絵の方を填めようとした。

……その時だ!

 

私が持った額縁は、急に白く光り始める。

!? ……!?

信じられない出来事。

 

「なんだ!?

 

普通に大声で訊いてしまった。

なんだかわからない。

なんだかわからない。

 

皆も全くなんだかわからない顔をしている間に、どんどんと光は大きく、眩しくなってくる。

――!? なんなんだ!? ……一体全体なんなんだ!?

 

そうして、あまりに眩しくて目を瞑った。

「なんだこれ!?

夏梅が叫ぶ。

「眩しいよ!!

琉香も叫んだ。

「どうなっちゃってんの!?

村崎も動揺していた。

わけがわからない。

もしかして、防犯対策の類か??

なんて思いつつ、暫く経って眩しさが無くなってきたので目を開けた。

 

 

―――――

 

 

開けたけど、目に見えた光景が、信じられなくて、もう一度目を閉じる私。

そして、ゆっくりと目を開けた。

 

……見えてきたのは、薄暗い……場所。

……場所。

場所……?

 

校長室がいつの間にか暗く、広くなってしまったのか?

 

 …

 …

 …

 

……そんなわけない。

 

理解するのに、えらく時間がかかった。

それは皆同じみたいだ。

私……他三人とも呆然と立ち尽くした。

 

薄暗い場所。それが一応部屋だと理解する。

でも校長室よりは広い。

そして、本棚が沢山ある。

ぎっしりと本が詰まっている。

本棚は、凄く縦に長い。上の方は全く届かなそうだ。

天井が高い。よく見ると、ドーム状になっている。

 

あれ? なにここ?

 

なんで、私達はこんな所にいる?

 

まるで夢でも見ているようだ。

……うそ。……夢?

 

「……あ、……えっと……ここ、どこ?」

漸く声を出せたような夏梅が呟いた。

勿論、誰も答えられない。

だって、ここ……どこ?

 

状況が把握出来ないまま、琉香が言った。

「……別世界?」

 

「まじで……?」

村崎の反応に共感を覚える。

 

「ってか、ここ、図書館?」

夏梅は辺りを見回した。

確かに図書館っぽい。

つられて見回す私達。

 

「あ! 誰かいるよ!?

琉香が遠くを見ながら叫んだ。

 

何だかよくわからないまま、人が居た方向に走り出す私達。

 

 近付いてみると、その人物は一人の少年だった。

こげ茶色の髪をして、外人っぽい。よく見ると美少年で、……でも、妙に無愛想というか、無表情? な顔をしている。

それでも琉香がコソッと私に言ってくる。

「凄い! 美少年君だよ? 凄い! 外国の映画に出てくるような子みたいじゃない?」

少年っつっても、15歳くらいか。歳はあまり変わらないかもしれない。背は私よりも高くて165とかそん位かもしれない。村崎よりも少しだけ小さいくらいだ。

その少年が表情を全く変えないまま、茶色い瞳で話しかけてきた。

「人がいたのか。どこから来た?」

ハスキーヴォイスだったので、やっぱり13歳くらいか? と思ったけど、それよりも……

「日本語じゃん」

私も思ったことを、皆にコソッと伝える夏梅。

どっからどう見ても外国人なのに、普通に日本語を使っていた、というガッカリ感がある。

でもなんか違和感もある。

「ここの図書館の者か?」

(多分)年下なのに、なんか偉そうな口の利き方をする少年の声は、よく聴くと、なんだか、映画の吹き替えのような感覚にも聞える。不思議だ。

ってか、そもそもお前誰だよ?

つっこみそうになった私より先に、夏梅がお約束の言葉を発した。

「人にものを尋ねる時は、まず自己紹介から、ってのが礼儀なんじゃねーの? キミィ」

なんかちょっとウザイし。ま、いーけど。

多分、少年もヤな気分になったんだろーか。

少し間を置いて、眉を顰めてから静かに答えてきた。

「オレは、シイザー=オリオンだ。貴様らは?」

『貴様』って初めて言われたんだけど。

やっぱ名前も外人名だし。

 まず初めに琉香が答えた。

「私は、琉香。桶口(ひぐち) 琉香。……あ! えっと……ルカ・ヒグチ!」

 しかも相手に気を使って名前を、外国風(名前が先で名字が後)に言い直してるし。

続けて夏梅と村崎が言う。

「オレは夏梅 あきら……じゃなくて、アキラ・ナツーメな」

 こいつは片言風で無駄に名字を伸ばしちゃってんし。

「オレは……リョウ・ムラサキ」

 やっちまった! 村崎は迷った挙句にルカに合わせちゃった。

最後に、私が答えてみた。

「私は……福澤(ふくざわ) 椿」

 でも皆のせいで外人仕様にするしかなかった。

「……つーか、ツバキ・フクザワ」

 恥ずかしかったけど。

少年――シイザーは、少し考えるようにしてから、もう一度訊いてきた。

「ここは……ウィン図書館だよな?」

……わからない。

ウィン図書館(?)だよな、って訊かれても、なんでここにいるのかもわからない私達。

「ウィン図書館って、ここのこと?」

逆に琉香が訊いてみた。

 

「違うのか」

シイザーは琉香の質問には答えず、一人でガッカリしたように呟き俯く。そしてわけのわからないことをブツブツ言う。

「もう一度調べてみるか。どっちにしろ繋がってたんだ。この……図書館に。凄いな」

「なんなんだよ。一体ここはどこなんだ〜?」

夏梅が嘆き、混乱する皆を見ていたら、いつの間にか妙に落ち着いてきてしまう私。

 

「とりあえず、ここの部屋(?)から出よう。それから考えた方がよくないか?」

私の意見に皆は顔を見合わせて頷く。

 

そんな私達をシイザー少年は不審そうな顔で眺めていた。

 

私達が出口を捜そうと歩き出すと、シイザーが前に回り込んで訊いてきた。

「どういうことだ!? まるで、ここの場所に迷い込んできたみたいな言い草だな?」

どういうことだ!? ってどういうことだ?

瑠香がゆっくりと答えた。

「私達は、校長室にいたんだけど、急にこの場所へ来ちゃったんだよ?」

他に言いようがない。

こんな話、信じるか、と思ったけど……

意外にもあっさり納得するシイザー。

「……そうか。色んな所と繋がっている可能性があるな」

「キミ、何か知っているの?」

瑠香が訊いてみる。

「“キミ”じゃない。シイザーだ」

シイザーは生意気そうに眉を顰めると、少し躊躇(ためら)いながら続けた。

「わからない。オレも、別の場所から来た。ホントに繋がっているとは思わなくて。凄い発見だと思ったんだ。……いや、色んな所から繋がっているとは、やはり凄い発見だな」

全く以って子供(だよな?)らしくない喋り方。

とにかく、シイザーも私達みたいにいつの間にかこの場所にいたということなのか?

色んな所から繋がっていると言ったけど、そんなことってあるのか?

疑問とか、いっぱいあるけど、不思議な感覚のまま、無理に納得しようとする私達。

 

「とにかく出口探すべーよ」

会話を戻す夏梅。

「出口って、お前らどうやって来た? 来た場所から帰れば、戻れるだろ?」

シイザーの尤もな言い草。

「だから、いつの間にかここにいたんだよ!」

私の意見に付け足す村崎。

「絵画触ってただけなのにな」

「なんか光ったよね?」

瑠香も同調する。

 

「いつの間にか?」

シイザーは驚き、それでも、思いついたように言ってくる。

「帰りたいなら、オレが来た場所から一緒に戻るか? 案内してやる。町に出て、船に乗れば自分の町に帰れるだろう?」

船に乗ればって……変な外国の町に着いたら、どうすればいいんだ?

「出来れば校長室に戻りたいんだけど」

私が言うと、思い出したように夏梅が(私を)指してきた。

「椿!! そういや絵画は?? アレあれば、戻れるんじゃん? もしかして」

そうだ!!

最後に絵画を持っていたのは私なわけで。

でも、私の手には絵画も無くなっていた。

「落としたんだ!! 探そう」

そう言うと同時に、皆はさっき居た場所へ駆け出した。

 

「この辺だったっけぇ〜?」

瑠香は見当違いの所を探していた。

絵画は大きかった。見つからないはずがない。

そう思った矢先、村崎がはしゃいだ声を上げる。

「あったよ! コレだよね?」

けど、村崎の手には絵画は無く、額縁しか残っていない。

「縁(ふち)はどうでもいいよな? 絵の方探した方がいいんじゃね?」

夏梅の意見に賛成して、私達は絵の方を必死になって探した。

シイザーだけはわけがわからなそうに首を傾げ、黙って様子を見ていた。

 

そしてついに……絵の方は見つからず、時間だけが過ぎていった。

「いい加減、諦めたらどうだ?」

本棚によりかかって座り、読書はしても手伝ってはくれない不親切なシイザーが溜め息をつきながら言ってきた。

 

「お前も手伝えよ! 生意気なガキだな」

私が(多分皆も)思っていたことを代わりに言ってくれた夏梅。

シイザーは立ち上がり、怒ったように夏梅を睨みつけてきた。

「ガキじゃない! 訂正しろ!!

……『ガキ』は地雷だったのか? 怒るってことは、やっぱガキのような気もしたけど。

「なんだよ、お前中学生じゃねーの? 何歳?」

夏梅はシイザーの服装を見て判断したっぽい。

私もそう思った。シイザーは青……いや、紺の学ランっぽい服を着ているんだ。

 

「チュウガクセイ? オレは、13だ。もうすぐ14になる」

それを聞いた夏梅がやっぱり、とつっこむ。

「ホラ!! 中学生じゃんか!! オレら高校生だよ? 年上なの。敬語とか使えっつーの!」

ああ〜

夏梅が言うと、私達全員がバカだと思われる。

 

案の定、シイザーはほくそ笑みながらきっぱりと言った。(感じ悪い)

「おまえ、バカだな」

正解!!

正解だよ、シイザー君。

バカと言われたことで、(図星だったので)怒り出す夏梅。

「なんだよ!! 失礼だな!! んっとに最近の中学生はぁ〜」

 

そこで突然、「ペキッ」という嫌な音と共に瑠香の叫び声が聞えた。

「ああー〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

 

当然皆びっくりして瑠香を見る。

その瑠香は……

 

「壊しちゃった〜。額縁〜〜〜〜〜」

 

とんでもない言葉を発した。

……見ると、瑠香の手にはいつの間にか持っていた額縁があり、何故か折れていた。

言葉通りだ。

「調べていたら、間違えて折れちゃって。ごめん!」

オロオロする瑠香。

なるほど。間違えたのは、力の加減か?

無残な額縁を見て、皆は一旦沈黙する。

落ち込む瑠香に、村崎が慌ててフォローした。

「まぁ、仕方ないよ。元気出して、桶口さん」

好感度UPを狙っているのか?

「そうだよ、瑠香〜」

そう言ったのは夏梅だ。

夏梅は確か女好きらしい。本人自ら、「かわいいコは皆好きだー!」とよく言っている為、モテるのに彼女が出来ない。

今も、瑠香の肩をさり気なく触ったりして、村崎に睨まれてしまっている。

瑠香は、半分涙目で私に駆け寄った。

「どうしよう〜。校長先生に怒られちゃうよ〜」

怒られる前にまず校長室に戻らなきゃならないんだけど。と、思った時、壊れた額縁から何か透明な石が落ちたのが見えた。

 

それを拾ってみる。

透明で、丸くて、飴みたいな石……ガラス玉か? とにかく、そういう物。

 

「なんだこれ?」

こんなの、額縁に付いてたっけ?

よーく見ると、なにやら文字みたいなのが書いてある。

「どうしたの? 椿?」

瑠香もそれをじっと見て、文字に気付いたようだ。

「なんか書いてあるね。なんだろ? この石」

「どうした?」

夏梅や村崎、シイザーまで集まる。

夏梅は、私から石を取り上げて、まじまじと見ていた。

「なんだこれ〜? 額縁にこんなん付いてたっけ? なんか高いものだったらどうするよ?」

「水晶かな? 見せて?」

村崎が夏梅から受け取ると、書いてある文字を読もうとした。

「なんか書いてあるね。……えっと……?? なにこれ? 文字? 記号?」

そこでシイザーが奪い取る。

「読めるかもしれない。貸してみろ」

………

どうやら、読めなかったようだ。無言で私に返してきた。

 

もう一度よく見てみる私。

文字は日本語じゃない。でも、英語とかでもなさそうだ。むしろ記号みたいな。

 

“シャムド”

 

ふっと言葉が思い浮かんだ。

「……シャムド……?」

何故その言葉が頭に浮かんだかは分からない。気付いたら、呟いてしまっていた。

 

瞬間、

 

石は白く光り、その光は私達の足元の床に小さな円陣を描いた。

 

――円陣は私達五人入るのが限度くらいの大きさ。

白く光り続けている。

 

 ………

呆然とする私達。

 

「さっきからなんなんだ? オレ達、不思議な世界に入り込んじゃった?」

恐る恐るその光に近付こうとする夏梅。

「おい!! やめろ、…」

止めるのが少し遅かった。

 

!! おわぁああああ〜!!

夏梅の体が光に吸い込まれていく。

 

咄嗟に助けようとした私は夏梅の腕を掴む。

だが、私まで吸い込まれそうに……いや、実際吸い込まれていく。

その私の腕を掴んだのが瑠香で、更に瑠香の腕を掴んだのが村崎。

最後に「待て!」というシイザーの声が聞こえ、目の前は真っ暗になった。

 

真っ暗で何も見えないまま、変な感覚に襲われる。

そう、まるでジェットコースターに乗っているような感覚……

物凄い速さで、自分が移動しているような……

 

気付くと、私は夏梅の腕を離してしまっていた。

そして、瑠香の手の感触もない。多分離してしまったんだ。

 

 

皆はすぐ近くにいるのか!? 暗くて見えないと、まるで今この場には自分一人でいるような感覚になってしまう。

 

 

 

―――――

「大丈夫か!?

 

その声に気付いてハッと目を開ける私。

 

……アレ……?

いま……

暗闇にいたような……

 

太陽の光だろうか……? 明るい陽射しが目に飛び込む。眩しくて、また目を瞑ってしまう。

 

あれ……?

 

もうジェットコースターの気分は止まっていた。

暗闇でもない。

しかも、寝ていたようだ。

 

混乱する頭を落ち着かせようとする私。

あれ?

 

夢……?

 

私の体を、誰かが支えていた。

男みたいだ。

夏梅だったら嫌だなぁ……

なんて、

思いながら顔を上げて目を開ける。

 

ああ、やっぱり……

誰だこいつ?

 

 

そこには、金髪で長髪の見知らぬ男がいた。

 

……夢……?

 

 

 

 


【第二章 空に浮かぶ町】

 

 物凄く端整な顔……

いきなり、そう感じた。

 

歳は少し上くらいか。金色で綺麗な髪を後ろで一つに結んでいる。白い綺麗な肌に整った目、鼻、口。瞳の色は緑。女だったら確実に美人。でも、体型が男だから……まぁ、要するに美形だ。

一瞬見惚れてしまった。

 

その男が口を開く。

「お! 目、覚ましたな」

 

なんだか拍子抜けた。

とぼけたような声に、吹き替えのように感じる日本語。

 

支えられているのもなんなので、すぐに男から離れて立ち上がる私。

男も立ち上がり、私を見下ろす。なんか、マントみたいなのを羽織ってて、ファンタジー映画のコスプレみたいだ。

そしてニッと笑った。

「お目覚めですか? 姫」

……は?

意味がわからない。

「なんてな。大丈夫か?」

 

お前が大丈夫か?

 

何も喋らないでいる私に顔を近付ける男。

「どうした? 混乱してる? それとも口が利けない??

「口は利ける!」

私がきっぱりと言うと、男は爽やかに微笑んだ。

「良かった。元気そうだ。俺に見惚れてんのかと思ったよ!」

……自分で言うか〜? 普通。

ってか、

「誰だよお前!! そしてここどこだよ!!

つい怒鳴ってしまう。

 

ここ、どこだよ!!

さっきは図書館で、今度は外?? 意味がわからない。

 

「ダメだなぁ〜。女の子がそんな言葉遣いしちゃ」

金髪男はヘラヘラしながら言った。

……お前が一番意味わかんねー!

まるで夏梅みたいだ。って、そういえば……!!

 

夏梅は?? 村崎は?? 瑠香は??

 

私は周りを見回してみる。

 

――ここは……公園? みたいだ。子供の遊び場っていうより、散歩を楽しむようなそんな雰囲気。私の足元は芝生。

でも誰もいない。静かだ。

そう、瑠香達もいないみたいだ。

いい天気で心地好い風が吹く。暑くもなく、寒くもない。

 

ここは、一体……どこだ?

思い出してみる私。

さっきまで図書館にいた。薄暗い部屋。その前は校長室なんだけれども。

その図書館で額縁から出てきた妙な石が光って……

 

――そこで私は自分の手を見た。石はちゃんと持っている。

 

石が光った床に夏梅が入り込んで、引っ張られて、暗闇になって、ジェットコースターみたいな感覚があって……

 

気付いたら、寝ていた、と。

で、目の前に見知らぬ男。

 

……理解不能〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

 

「とりあえず、アンタ誰?」

私はまず、クリアー出来ることから片付けていこう、と思った。

金髪男は腰に手を置き、面白そうに言う。

「人に物を尋ねる時は、まず自己紹介から! ってのが礼儀なんじゃないのか?」

ウゼー!! なにこいつ!! 夏梅かよ!!

と思う心を抑え、仕方なく自己紹介というか、名前を言ってみる。

「私は、福澤椿。あんたは?」

「キミ、フクザワって名前?」

めんどくさいけど訂正をする。

「福澤は名字だよ。椿が名前」

「へー、ツバキかぁ〜。いい名前じゃん!」

こいつキモいんだけど。しかも馴れ馴れしいんだけど。

 

金髪男は、嫌そうな顔をする私の頬に手を置いてきやがった。

「美人なのに、なんでそんな怒った顔してるんだ?」

し、信じられん。

こいつのテンションについていけなく、返す言葉が見つからなくなってしまう私。とりあえず、手だけは払った。

 

「惚れちゃった?」

ニヤッと笑いながら頭のおかしいことを言う変態野郎を無視して、私は歩き出した。

こいつに構いたくない。

早く瑠香達探さないと。あと、ついてきたかわからないけど、シイザーとかいう中学生も。

ここがどこかはわからないけど、まずは変態野郎から離れようと思う私に……つきまとう変態野郎。

「ごめん、悪かったよ!! 俺はヒスイっていうんだ! 怪しいモンじゃない!!

充分怪しいし。

ヒスイと名乗った変態は、私の肩を掴んで引き止める。

「ちょっと待て!!

 

「放せよ!!

つい叫んでしまう。

 

「いいや、離さない!! だってそっちは……」

男が何か言っていたが、耳に入らなかった私。

 

だって――足元が急に穴になっていたから。

しかも底が見えない。

危なく謎の落とし穴に落ちそうになった!!

いや、私は足を滑らせて、落ちてしまった……

 

と思ったら、落ちていなかった。

不覚にも、変態ヤローに助けられていたんだ。

落ちそうになった私を、繊細な顔に似合わない力で引っ張り、そのまま後ろに倒れる。

……奴の上に私が乗っかるという、物凄く不愉快な体勢になってしまった。

それでも、一応謝って退く私。

「ごめん」

 

「あー、あぶねー。でもいいよ。思わぬ体勢になってもらえたことだし?」

ニヤニヤする金髪男。

っんとに、これさえなければ今、一瞬見直したとこだぞ。

でもまぁ、助けてくれたことに免じて「変態」だと思うのはやめにするか。

なんだっけ? 名前……ああ、そうそう、ヒスイだ。

ヒスイは起き上がり、安心したように一息ついてから、急に真面目な顔になった。

「怪我は無いか?」

そのギャップと落ち着いた声に一瞬ドキッとしてしまう。

最初から、そういう顔と声と態度をしてれば、まぁ……不審者だとは思わなかったのに。

「大丈夫だよ」

そう言って改めて穴を見る私。

「なんでこんな所にこんな穴が」

 

ヒスイは真面目な顔のまま呟く。

「大昔の大戦で出来た穴らしいぞ。詳しくは知らないけど」

大戦? って、戦争のことか? でも……

「埋めればいいのに」

「埋められるか!! 下まで続いてるんだ」

埋められないことが当たり前のように言うヒスイ。「ふぅ」と溜め息をついてじっとこっちを見てきた。

「ああ、知らないんだ。ここの住人じゃないんだもんな」

よくわからない。

 

「大体、公園なんかにこんな危険な穴そのままにして。立入禁止にしとけよな」

という私の意見に頷くヒスイ。

「ってか、ここは公園じゃないぞ。立入禁止区間だ」

そうだったんだ。

見ると、ヒスイはまた崩した顔になっていた。

「俺はさ、侵入者がいたから、見て来いって言われたの。こんな美人の女の子が現れるとは思わなかったからさ。びっくりした」

だから、びっくりするのはむしろお前の言動なんだけど。

なんでイチイチ、ナンパな言葉を付け足すんだか。

 

「一目惚れした!」

 

はあ!?

 

ヒスイはまた顔を近付けて、ありえないことを言ってきた。

「ツバキに」

目は真剣だ。

 

冗談だろ?

 

そう思った矢先、嫌な感じに無邪気に笑うヒスイ。

「なんちゃって♪」

 

……やっぱ、ムカつくよ。

 

「それより、私、人を捜してるんだけどさ」

私が切り出すと、ヒスイは驚いたような顔をする。

「え?? ツバキ一人じゃないの??

「一緒に来たはずなんだ。あと……三人。じゃない、もしかしたら四人」

私の答えに頭を押さえるヒスイ。

「なんだ、あと四人もいるのか!! そいつらも捜さなきゃじゃん」

いいことを言った。

「そう、捜したいんだけど」

 

「じゃあ、行こう」

立ち上がり、私の手を引っ張るヒスイ。

「どこ行くんだよ?」

「捜すんだろ? お友達。いい所がある」

とりあえず、その言葉は信じていいのか?

他に頼る人もいないので、仕方なく私はヒスイについて行くことにした。

「ところで、さっきから訊いてる気がするんだけど、ここ、どこだよ?」

答えられても、多分わからないだろうなぁ。なんて、予想する私。

ヒスイは笑顔で答えてきた。

 

「ここは、セレスティアだよ」

 

ホラ、わからなかった。

 

「驚いた?」

ボーっとする私に、ヒスイが覗き込むように訊いてくる。

 

驚くも何も、元々知らないから何とも言えない。

 

「ウィン共和国の、図書館から入って来たんじゃないのか?」

不思議そうに訊くヒスイ。

ウィン共和国? どこだそれ?

何か聞いたことあるような?

そんな気がして、よーく思い出してみる私。

ウィン……

……ウィン……

 

そこで、シイザー中学生の言葉を思い出した。

“ウィンの図書館”と、奴は言っていたような気がする。確か。

 

でも、それを思い出しても、結局“ウィン”がどこなのかわからなくて、意味無かった。

「どっかの図書館から、来た」

その前は校長室にいた、ということは一応触れないでおく。

 

「ホラ、ウィン共和国の図書館だろ? キミってウィン人?」

よくわからないことを訊いてくるヒスイ。

折角歩き出したのに、もう立ち止まっていた。

ウィン人って、どこの人? オーストリアのウィーンではないよな?

「日本人だけど」

一応答えてみる。

 

ここって、信じたくはないけど、異世界的な所じゃないか?

なんか、そんな漫画とか映画みたいな考えが頭を過ぎる。

どうかしてしまった。……夢かもしれない。今思い出して頭から離れないのは校長室の絵画の噂。「別世界に行ける」とかいうくだらない七不思議。

でも、現実だ。これは現実だ。

 

私は、自分に起きていることなのに、客観的に考えて、一瞬気が遠くなった。

 

漫画みたいだけど、漫画みたいだけど……

 

「ニホン? どこだそれ? わからん」

う〜ん、と考えるヒスイを見て、やけに冷静に、(というか混乱しすぎたからなのか)もう一度思ってしまう。

 

 

……『異世界』なんじゃないのか?

 

 

他に説明がつかなくて、逆に辻褄が合ってしまうのがコワイ。

 

「俺、外の国のことよく知らないんだよね、ごめん」

何故か謝ってくるヒスイに、なんて答えていいのかわからなくなる。

その私の表情を読み取ったのか、ヒスイは別の質問をしてきた。

「あれ? もしかして、セレスティアのこと知らない?」

「……うん」

頷く私。

 

「え? スコーピオンは知ってるよね?」

次の質問にも全く答えられない。

スコーピオンって、蠍のこと??

単語の記憶を何となく答えてみる私。

「サソリ?」

 

「……意外と知られてないんだ。外には」

ヒスイは一人で納得して「ハッ」と気付いたように私の手を掴んできた。

「じゃあ! ここがどういうトコか、もしかして知らないで侵入したんだ??

「知らない!」

掴まれた手を振り払う私。

それでもヒスイは何故か嬉しそうにニヤッと笑った。

「ああ! 知らないんだ!! じゃあきっと驚くな♪♪」

そう言って、来た道を戻るヒスイ。

 

「なんでそっち戻るんだよ?」

 

「先に、ここがどういうトコなのか教えてやるよ!」

ヒスイは気味悪くも得意気な顔をしているけど、仕方ないのでついていくことにする。……興味が無いわけでもないし。

 

 

少し歩いて、さっき居た場所を通り過ぎて更に暫く歩くと、古い洋風な建物があった。

その建物に入るヒスイ。私も一緒に入ってみる。

――外国のお城みたいな雰囲気だ。といっても、行ったことはないんだけど、テレビとかのイメージでそう思った。

長くて広い廊下は物凄く綺麗で、なんか、金持ちの家の大理石とかそんな感じだ。

何人か、魔法使いのコスプレっぽい人達が歩いている。

 

「なに? ここ? なんでこんなとこに?」

あんま珍しがっているのをバレるのが何となく嫌だった私は何食わぬ顔で訊いてみる。

 

「ここさ、レストランなんだよ。もしかして腹減ってない?」

いきなり、核心を衝かれた。

……実は、悔しいことに凄くお腹が空いていた。

お昼を食べていなかった。

かなり限界だった。

ただ、瑠香達が心配だし。というか、不思議なことの連続で忘れていたんだけど。

言われて、思い出すと凄くお腹が減っていたことに気付いてしまった。

 

それでもこんな怪しい世界(?)で食事をとってよいものか。

瑠香達を放っておいていいのだろうか?

なんてことが頭を過ぎる。

 

「食事なんて、友達を見つけてからにするよ」

と言う私を無理矢理引っ張るヒスイ。

「大丈夫だよ、少しくらい!」

 

引っ張られて、連れていかれた一室。

 

信じられなくて、目を疑ってしまった。

 

 

まるで、空中みたいだった。

 

まるで……空の上。

 

後は、テーブルが沢山あって、椅子に座って食事をする人々。

そう、レストランだ。

展望台のレストランにも行ったことあるけど、そこの床はちゃんとした床だった。

ここは、透明のガラス張りの床で、まるで、天空のレストランって感じだ。

「ここって、展望台?」

こんな展望台、初めてだったけど、ドキドキしながら訊いてみる。

 

ヒスイは何故か期待外れだというような顔をして言った。

「展望台? そうきたか。違うんだよ。ってか、建物に入った時、別に展望台でもなかったろ?」

そういえばそうだ。

「わかんないかなぁ〜」

そう言ってヒスイは私を引っ張って空いているテーブルについた。

 

ガラス張りの床って凄く緊張してしまうのは私だけだろうか。別に高所恐怖症じゃないけど、それでも空中っぽいのは足がすくむ。足が震えそうだなんて絶対にバレないように歩きながら私も前の席に座る。

床が全面空の上みたいだなんて、凄く不思議だった。

もしかして、CGかなんかなんだろうか? なんて思っていると、とんでもないことをヒスイが言ってきた。

 

 

「ここって、空の上なんだよ」

 

 

……は??

 

意味が……わからない。

 

「……え? ここのレストランが? は??

ついアホっぽいことを訊いてしまう私。

空の上のレストランなんて、あるわけがない。

 

「違くて、レストランじゃなくて。町全体が、さ」

 

ほらみろ、あるわけがない。

 

 ?

 

 

 ?

 

 

……?

 

 

……なんつった?

 

今ヒスイ、なんつった?

 

「ようこそ、スコーピオンのセレスティアへ。そう、ここは天国! ……なんてね」

 

 

 

もう一度言ったヒスイの言葉を聞いて、なんだか私は金曜の夜にテレビでよく観るアニメ映画を思い出してしまった。

 

……天空の城??

それとも黄泉の国??

 

 

 

 


【第三章 セレスティア】

 

 騙されるものか。

 

危うく騙されるところだった。

このヒスイは嘘つきじゃないか、と我に返る私。

 

「空の上……か」

呆れる私を見ながら、楽しそうに続けるヒスイ。

「セレスティアって、この町の名前ね。スコーピオンはこの国の名前。多分、一般的な地図には載ってないんだけどさ」

喋りながらヒスイはテーブルにあるボタンを押す。

すると、テーブルに食べ物の画像が現れた。

 

ついびっくりして止まってしまう。

 

ちょっと未来的なんだけど。

 

「ツバキは何食べる?」

テーブルはメニュー表のような画像になっていた。

「ああ、お金は心配いらないからさ、好きなもん頼んでいいよ」

と、言われても……

 

文字らしきものは、何て書いてあるのか読めない。けれど、画像で何となく美味しそうなスープとパスタ(多分)があった。

よくわからないけれど、指してみる私。

それをヒスイがタッチパネルのように押す。

「これだけでいい?」

訊かれて頷くと、ヒスイはさっきのボタンをまた押した。

そしてテーブルの画像が消えると、すぐに、ウェイトレスの格好をした女の人が、選んだ画像と同じ料理をテーブルに運んできた。

『ごゆっくり』

機械の音声のような声と無表情な顔。テーブルに置くと同時に一言だけ呟いて去っていく女性。

 

……早すぎだろ!!

 

というツッコミを呑み込んで、恐る恐る食べてみる私。

 

……普通にパスタ(ちなみにトマトソース風)とスープだ。しかも美味しい。

ヒスイはコーヒー(?)だけを飲んでいた。

「ヒスイは食べないの?」

そう聞く私にヒスイは微笑む。

「ああ。俺はお腹空いてない。……ってか、初めて俺の名前、呼んでくれたな」

 

そうだっけ?

 

妙に優しい微笑みだったんで、調子が狂ってしまいそうだ。

こいつって、よくわからない。

女の子にいつもこんな感じなのか?

どうでもいいけどさ。

 

「ツバキって、なんでここに来たの? しかも隠し入口から」

 

その質問には答え兼ねる。

自分でもわからない。隠し入口って??

ホントに、なんでこんな所にいるのか、わからない。

それを伝えてみる。

「わからないんだよ。私も。隠し入口とか言われても意味わからんし。なんでここに来たかなんて、こっちが聞きたいくらいだ。今も信じられない」

「え?? そうなの!?

今まで私をなんだと思っていたのか、目を丸くするヒスイ。話聞いてんのか? こいつ。

 

「……あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜、そうだったのか。ホントに、偶然来ちゃった人なんだ?」

ヒスイは頭を押さえて、申し訳無さそうな顔をした。

「悪い! 俺、疑ってたよ。じゃあさ、ツバキはお友達見つけてどうしたいの?」

訊かれるまでもない。

「帰りたいだけなんだけど」

きっぱりと答えてやった。

 

「そうか……そうか……」

目を逸らすヒスイ。

「でもさ、とりあえず、お友達と一緒に、来てほしい所があるんだけどさ」

「どうしてだよ?」

私の質問に、ヒスイは言いにくそうに答えた。

「侵入者だから。俺が説明するけど、スパイだと、疑われたりするかも」

「なんでだよ? 意味わかんね〜!! 冗談じゃない!」

スパイって、なんなんだよ!!

 

「でもそうじゃない、って判明すれば帰れるから。ってか、判明しないと帰れない」

 

耳を疑う私。

まじかよ?

なんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだよ!?

すっごく納得がいかなかったけど、帰り方もわからないし、判明すれば帰れるのなら……

 

私は、急いで食事を終わらせて、早く皆を捜そうと思った。

 

 

食事を済ませた私は、ヒスイとまた外に出る。

さっき言ってた、「いい所」とやらに早速連れていってもらいたいものだ。

 

それにしても……ここはセレスティアとかいう町らしいんだけど、不思議な場所だ。

ヨーロッパ風の町並み(イメージ)

なんて説明したらいいんだろう。

町の人々の格好も合わせてよくあるファンタジー世界というか……そんな感じだ。

全然飽きない。

でも慣れてきた。

石畳の道路っつーのも、オシャレだし。車も通っていない。ただ、ボコボコして歩きにくいけど我慢する。

城壁? に囲まれていて、あんま広い町ではないみたいだ。全体的に古いっていうか、所々崩れているんだけど修復してあって大昔から使ってる感じの壁とか家々。高い建物は無くて、一番高く見えるのがとんがった塔。もしかしたら教会か?

前に、テレビ(土曜日の夜のクイズ番組)かなんかで見た、『中世ヨーロッパをそのまま残した町』とかいうのは、もしかしたらこんな感じなんじゃないかと思ってしまう。あと、空の上って言ってたけど、ちゃんと薄い青の空がひろがっていて太陽は無い。……と思ったら低い位置にあった。

 

 

 そうして、ヒスイに連れられ、歩いていたら、赤いレンガの建物の前に着いた。

 

「ここだよ」

私の手を引っ張って、建物に入るヒスイ。ってか、すぐに手を掴むのはやめてほしいけど。まぁイチイチ言うのもめんどいから今は言わない。

入口は開いていた。

中はさっきのレストランと似た感じで床が大理石っぽい。

さっきより狭い廊下。

そこを歩き、また一室に入る。

その部屋は、小さな部屋だった。看板があったが、記号みたいな文字は勿論読めない。

床の真ん中には、部屋なのに水溜りがあった。他には何も無い。

「なんだここ?」

水溜りを覗き込むと、自分の顔が映る。

 

「お友達の顔を思い浮かべてみてよ。居場所がわかるから」

ヒスイはまた意味がわからないことを言ってきた。

 

それでも、瑠香の顔を思い浮かべてみる私。

 

すると……

 

水溜りの水が何もしていないのに揺らめいて、読めない文字が浮かんできた。

「なんか、水に何か浮かんできたんだけど!!

私が言うのが早いか、覗き込むヒスイ。

「……」

ヒスイは文字を読んで驚いた声を上げた。

「え?? あそこにいるんだ? なんでだ?」

意味がわからない。

「お友達って一人だけだっけ?」

訊かれて、村崎や夏梅の顔も思い浮かべる。

あと……シイザー中学生の顔を頑張って思い出そうとした。

 

また、水が揺れて文字が浮かんだ。

三回同じようになり、全てを読んだらしいヒスイが溜め息をついた。

「お友達って、四人でいいの?」

一人は会ったばかりの知らない少年なんだけどな、と思いつつ、頷く私。

 

ヒスイはもう一度溜め息をついて、ゆっくりと言った。

「皆、一緒にいるみたいだ。俺が連れて行こうとしているとこに既に居るみたいだよ」

「って、どこ!?

 

「聖堂だ」

 

って、どこ? と思いつつ、皆が一緒にいるみたいで、ちょっと悔しく思う私。

だって、なんで私だけ一人ではぐれてんだよ。

 

水溜りに文字が浮かんだことや、それで居場所がわかった不思議な出来事は、考えても無駄そうなのでとりあえず置いといて、私はヒスイに頼んだ。

「その聖堂? とやらに連れていってよ」

 

「ああ。最初からそこに行こうとしてたんだ」

成立した。

 

 

 

 建物を出て、また歩き出す私達。

段々通りにコスプレ町人が増えて賑やかになってきた。

そして広場に出る。広場の真ん中には教会のような大きな建物があった。さっき見えたとんがった塔も同じ建物だったみたいだ。

「ここが聖堂」

ヒスイに誘導されてその中に入る私。

 

中は薄暗くて……でも、(滅多に入らないけど)教会のようだ。窓から差し込む光がやけに神聖で、装飾品等を照らし、長椅子が並べてあって、銅像や石像がある。

人はいないので静まり返っていて、それがまたなんとも言えない雰囲気を出していた。

 

入口の横には螺旋(らせん)階段があり、その階段を昇らされる。古い階段のようで、ただでさえ螺旋階段って妙に怖いのに一段上るごとに壊れそうで嫌な感じだった。

 

階段を昇った先には、石造りの小さな部屋があった。

その部屋には、何人かの人がいて、……瑠香達だ!!

 

瑠香、夏梅、村崎……あとシイザー、皆揃って長椅子に座っていた。

そして、見知らぬ女性が一人立っている。

女性は三十代前半くらい。緑っぽい金色の長いストレートな髪の白人で、綺麗な人だ。白いローブみたいなのを羽織っている。

私とヒスイが部屋に入るなり、瑠香が立ち上がって駆け寄ってきた。

「椿!!

 

続いて夏梅と村崎も立ち上がる。シイザーだけは座ったままで、相変わらず無愛想な顔をしていた。

でも、

やっと皆に会えて安心できた。

後は帰るだけだ。

 

「私ね、椿の手を離しちゃった時、すぐにまた掴んだんだよ。そしたらあきら君の腕だったんだけどさ」

瑠香の話を聞いて、何故自分だけ逸れてしまったのかわかった気がした。

瑠香は続ける。

「気付いた時さ、この部屋に居て……。椿捜したんだけど見つからなくて。でもシドゥリさんが「ここにいれば会える」って言ったから待ってたの。よかった! ホントに会えて」

 

……シドゥリさん??

 

誰だそれ? と思う私に気付いてか、慌てて付け足す瑠香。

「あ、シドゥリさんって、あの人……」

指した先には白いローブの女の人がいる。成る程。

 

「これで侵入者は全員です。シドゥリ様」

ヒスイが私の前に出て言った。

あの女性はヒスイの知り合いらしい。というか、ヒスイが「連れて行きたい」と言っていたのはここなんだろう。で、シドゥリさんとやらはヒスイよりも偉い立場なんだ。……何となく視えてくる。

色々考える私に耳打ちをする瑠香。

「誰?? この美形の人」

正直、なんて答えよう。

私が口を開こうとすると、ヒスイが先に自己紹介をした。

「俺は、ヒスイ。シドゥリ様の部下。この町の侵入者であるツバキとキミらを捜してた。ここに連れてくる為にね」

 

「ご苦労様です。ヒスイ」

シドゥリさんが静かな声で言った。

そして、私の目の前に来て、わけわかんない事を口走った。

「……お帰りなさい。ヨサノ」

 

「ヨサノ!?

 

大声で聞き返したのはヒスイだ。

 

ヨサノって、誰? ……与謝野晶子??

しかも私、ヨサノって名前じゃないし。

でも慌てているのは私じゃなくて。

「シドゥリ様! 侵入者を連れてこい! って、スパイだと怪しんだからじゃないんですか?」

ヒスイの方だった。

 

「私は一言もそんなこと言ってないですよ、ヒスイ」

シドゥリさんは落ち着いた口調で言って、私をじっと見る。

「貴女の持っている封力石は、ヨサノにしか反応しないんですよ。貴女の友人の方に話を聞きました。貴女が文字を読み上げた、と。それで私は確信しました」

 

「ツバキが……ヨサノさまの生まれ変わり……!?

 

驚いたように声を上げるヒスイ。

 

生まれ変わりって……なに??

 

話の展開が読めなく、呆然とする私。瑠香達も意味がわからなそうな顔をしていた。

シドゥリさんは、一息ついてから、ゆっくりと話始めた。

「説明が必要ですね。まずは自己紹介からしましょうか。私はシドゥリです」

 

 

―――――

皆が一応名前を言った。

そして、本題に入るシドゥリさん。

「さて、どこから話しましょうか。ツバキさん、今貴女が持っているのは『封力石』(ふうりょくせき)というのです」

言われて、ポケットから石を出してみる。額縁に入っていた、丸い水晶みたいな石。

「『封力石』というのは、封印術士にしか使えないんですよ。その昔、“ヨサノ”という封印術士がいたのですけれど。貴女の持っている封力石は、彼女にしか反応しないようになっているのです」

シドゥリさんの説明で、まず「封印術士」(?)がわからなかったけど、黙って話を聞くことにする。

「貴女達がいたウィン共和国の図書館は、この国への隠し入口があるのです」

「共和国……?」

訊ねたのはシイザーだ。納得がいかないような顔をしている。

それでも、シドゥリさんの話は続いた。

「隠し入口も、封印を解く呪文を唱えなければ開きません」

「え? そうなんですか?」

口を挿んだのはヒスイだ。ヒスイもそういうの、わかってなかったんだ?

 

頷きながらシドゥリさんは言う。

「つまり、『ヨサノしか使えない石を使って、扉の封印を開けて来た』ということです。貴女はヨサノの生まれ変わりなのだと思います」

 

頭が混乱する。

「凄い椿!! 生まれ変わりだって!!

『不思議』とかが大好きな瑠香が興奮して言った。

私的には理解も納得も出来ない。

夏梅や村崎も理解出来ないような顔をして、シイザーだけは何かを考え込んでいるような表情をしていた。

 

とりあえず、疑問を訊いてみよう。

「ヨサノって誰? そして、封印術士(?)ってなに?」

私の質問には、ヒスイが答えた。

「ヨサノさまってのは、大昔、この国を救った人でさ。封印術士ってのは、『封力石』を使って、精霊っつーか……“神”の力を封じることが出来る人なんだけど」

 

……悪い! 全然わかんない!!

 

「結局何が言いたいんだ?」

私が訊くと、シドゥリさんは困ったような顔で言った。

「先程、ルカさんから話を聞いたのです。“帰りたい”と。ですが、帰るのは少し難しいかと思われます」

「なんでだよ!!

つい大声でつっこんでしまう。

 

「ここに来てしまったのは、ヨサノの生まれ変わりの力と、偶然だと思います。ただ……」

気まずそうに続けるシドゥリさん。

「ルカさん達の話を聞いた限りでは、隠し入口がある場所に長く留まっていた、とのこと。それが問題なんです」

 

問題??

皆で顔を見合わせてしまう。

 

「隠し入口のある、図書館の一室。あそこは時空が入り乱れる狭間なのです。多分、隠し入口からスコーピオンの力が流れ出てしまっているのでしょう」

「スコーピオンの力?」

シイザーが興味津々そうに立ち上がる。

「オレは、知っていたんだ。昔の文献を調べた。それで、城の井戸からウィンの図書館に繋がってるって話を、確かめたくて」

「オレ達は校長室から来ちゃったんだけど」

夏梅も無い頭で少しずつ理解したように証言した。

 

シドゥリさんは少し考えるようにして頭を押さえた。

「アキラさん達のは多分、封力石にツバキさんが触れたことでの移動だと思います。しかし……時空が入り乱れるということは、場所だけではないんです。先程も告げましたように、長く留まっていると…」

そこで村崎が思い出したように言った。

「オレ達さ、絵画探してて、結構長くあの場所にいたよね?」

そうなんだ。

なんか、嫌な予感がする。

シドゥリさんは目を瞑った。

「やはりそうでしたか。ではアナタ達は時代も違う人達なのですね」

 

 え!?

 

時空が入り乱れるって……そういうこと!?

“異世界”ってことじゃなくて!?

 

気が遠くなる私。

もしかして……

 

「時間もか!?

シイザーが無表情ながら少し取り乱したように言った。

そして私達の方を見る。

「オレは!! お前らが来る前から長いことあの場所に居たぞ!!

 

何も答えられない私達。

 

シドゥリさんがもう一度ゆっくりと言った。

「だから、少し難しいと言ったのです。すぐにこの町に来ていたのでしたら、時間は飛び越えていなかったでしょう。それなら町を出るだけで帰れたはずです」

 

「え〜〜〜!! もしかしてタイムトラベル〜!? ファンタジーの世界に迷い込んだんじゃなかったんだ〜〜〜!!

どこまでもおめでたい頭の瑠香が楽しそうに言った。しかも顔はワクワクした表情で。

 

タイムトラベルって……なに? ここ、未来?? それとも大昔??

 

 一同は静まり返った。

約一名(瑠香)を抜かして。

「え? タイムトラベル!? すっげーーー!!

と言ったのは夏梅。

一名じゃなかった。二名だ。

 

ここは、時代の違う世界なんだろうか。ふとシイザーの方を見る。

シイザーもまた、更に違う時代の人間で?

過去か未来か知らないけど、厄介な話だ。

帰れなかったら、どうすんだよ!!

 

「そうだったんだ」

呟いて、何か考えるように俯くヒスイ。

 

シイザーは(顔は無表情だったが)落ち込んだ声でシドゥリさんに訊いた。

「どうすれば帰れる? 方法は無いのか? さっき言った“スコーピオンの力”とか、何か関係しているのか?」

「するどいですね」

驚いた表情をするシドゥリさん。

「確かではありませんが、方法はあります」

身を乗り出して聞くシイザーと私と村崎。

「先程も言いましたように、アナタ達が時間まで移動してしまったのは、スコーピオンの力のせいです。スコーピオンの力が隠し入口のある図書館の一室に影響を及ぼしてしまった、と」

「スコーピオンの力とはなんだ?」

シイザーが訊く。

 

「この国はスコーピオンといいます。大昔から存在する国ですが、それには、また特別な理由があったからです」

シドゥリさんは語り始めた。

「昔、スコーピオンは他の国とは時間の間隔がまるで違いました」

「間隔?」

私が訊くと、シドゥリさんは頷いて答える。

「そうです。他の国より、時が経つのが遅かったのです……」

「そんなことあるか!?

私が(多分皆も)思ったことをそのままつっこむシイザー。

 

「ええ。可能だったのです。スコーピオンの力……いえ、古代大戦兵器の力によって」

「大戦兵器!?

“兵器”と聞いて、興味を示す村崎と夏梅。なんで男ってこうなんだ。

逆に、関心のない瑠香は嘆いた。

「話についていけない〜」

 

シドゥリさんは話を続けた。

「その昔……多分、アナタ達が想像するより遥か昔に、大戦が起きました。その大戦で、古代大戦兵器は造られ、使われた。そして、私達は故郷を失いました」

表情は、凄く悲しみに満ちている。

「けれど、古代大戦兵器は失われなかった。その一部が、この、スコーピオン国にあるのです」

「『古代大戦兵器』とは、一体?」

的確に質問をするシイザー。シドゥリさんはゆっくりと答えた。

「ありとあらゆるものの源……『神』とでもいいましょうか?」

 

「神〜!?

つい、皆で口を揃えて聞き返してしまった。

 

神って……神様??

 

「まぁ、この話は置いておきましょう。その兵器の力が及んでいる場所ならば……皆さんが喋っている言葉を共通にすることも出来ますし」

シドゥリさんの言葉を聞いて、私達四人(シイザー以外)は顔を見合わせた。

「だから、皆日本語なんだ!」

夏梅が言う。それに対して訂正を加える村崎。

「日本語ってゆーか、そう聞えるだけなのかもしれないけど」

納得。

夏梅が思いついたように、(しかも嬉しそうに)言った。

「翻訳コンニャクみたいなもんか〜♪」

……馬鹿だ。

 

シドゥリさんがこっちを窺うようにしてからまた話し始めた。

「先程も言ったように、スコーピオン国には兵器の一部があります。その力は……かつて、時間の間隔を変化させることが出来る物だった。だから、この国は他の国よりもゆっくりと時が経ったのです」

悔しいことに、話を一番理解しているのがシイザーっぽい。

「要するに、その古代大戦兵器の一部である機械かなんかを使えば、時間を操ることが出来る、と?そうすれば、帰ることが出来るんだな?」

そこまで言って……一度言葉を止めてから、付け足すように訊いた。

「“だった”とは、どういうことだ?」

 

シドゥリさんはじっとシイザーを見つめ、それから「ふぅ」と息を漏らしてから答えた。

「時間を操る兵器は壊されました。よって、今はこの通り、外の国と同じ時(とき)を過ごしているわけですが」

「壊された!?

すぐに反応するシイザー。

壊されたって……それじゃ、どうすればいいんだ!?

と思う私の答えを言うように口を開くシドゥリさん。

 

「壊れていても、その兵器を動かすことが出来るはずの物があります。それが、ヒスイの持っている『真剣・カイザー』なのです」

 

ヒスイの持っている!?

 

私と同時に皆も一斉にヒスイを見た。

ヒスイは戸惑ったような顔をして、羽織っているマントを脱ぐ。腰には、立派な剣がさげられていた。

「ああそうか。これで動かせるかもしれないんだ?」

一人で納得する。

 

「なんで、剣で?? すっげー!!

驚く夏梅の意見に答えるヒスイ。

「この剣はさ、古代大戦兵器と同じ物質で出来ているらしいんだ。だからかな?」

シドゥリさんは頷く。

「そういうわけです、ヒスイ。“少し難しい”かもしれませんが、任せましたよ」

微笑むシドゥリさんを見て、ハッとしたように聞き返すヒスイ。

「え?! そういうこと!? あ!! そっか! ツバキが封印術使えれば、あそこの扉も開くってことですか!!

聞き捨てならない言葉もあったような気もしたけど、微笑むだけで何も返さないシドゥリさんを見て、ヒスイはもう一度納得したように頷いた。

「……そういうことですか。わかりました。俺の仕事ですね」

 

それが、妙に怪しかったが、ヒスイは私に近付いて、急に片膝をついた。

「ヨサノさまの生まれ変わりなら、改めます。……俺はヒスイ。よろしく、ツバキ…さま!」

そう言って、私の右手を掴むと、甲にキスをしてきた。

 

!!

信じられなくてすぐに振り払う私。

 

……なんだ、今の??

なんだ!? 今の……

 

「きゃあ〜!! すてき!!

興奮して喜んだのは瑠香だ。

嫌な予感がする。

ヒスイが立ち上がると、すぐに瑠香が私に近寄り、耳打ちをしてくる。

「やったじゃん、椿!! ヒスイさんで決定だね!! 恋の相手♪」

冗談じゃない。

「そんなわけねーだろ!」

私はわざとらしく、キスされた手の甲を拭いてやった。

 

 

 

確かに、ヒスイは完璧な容姿を持っている。

ナンパな性格からしても、多分……物凄くモテるんじゃないか? とも思う。

でも、変だ。

ヒスイに恋をするくらいだったら……

夏梅……(は、嫌だなぁ)じゃなくて、

シイザー……(謎だから欄外)でもなくて、

そう、村崎の方がマシだ。と思う。ありえないけど。村崎にとってもありえないだろうし。

そもそも、恋って無理にするもんじゃないと思うし。

 

 

「じゃ、行きますか」

ヒスイはまたマントを羽織直すと、私達を誘導するように歩き出した。

「行くってどこに?」

訊くと真面目な顔で答えるヒスイ。

「帰りたいんですよね?」

何故か敬語になってるし。

でも一応頷く。

 

私達が部屋を出る直前に、シドゥリさんが静かに言った。

「気をつけて、ヒスイ。頼みましたよ」

「はい。わかってます」

そう言ったヒスイは何か複雑な表情をしていた。

 

あれ? もしかして……

 

瑠香じゃないけど、勘付いてしまう。

もしかして、ヒスイって……シドゥリさんのこと、好きなのか?

 

なんて……思いながら、螺旋階段を下りた。

 

 

 広場に出る私達。

「どこに行くんですか?」

瑠香がヒスイに訊いた。

「とりあえず、腹減ってない?」

逆に訊いたヒスイは、私と二人でいた時のヒスイだった。シドゥリさんの前では……ってやつか??

ちょっとムカついてしまう。

「大丈夫です、さっきシドゥリさんにご飯頂いたんで♪」

……いつの間に。

ま、人のことは言えないけど。

「椿は腹減ってんじゃね?」

夏梅が訊いてきた。

「大丈夫だ。食べたから」

私が答えると同時にニッと笑うヒスイ。それを見て、瑠香がニヤニヤして言った。

「そうなんだ〜♪」

何が言いたいんだよ。

 

「じゃ、問題ないね。出発しよう。陸の方へ」

また私達を誘導するヒスイ。

「陸って、どこですか?」

村崎が訊くと、ヒスイは笑いながら答えた。

「スコーピオン大陸。この下、ね!」

 

 

―――――目を疑う。

 

疑いつつ、さっきは信じなくて悪かったと、私はヒスイに対して頭ん中で謝った。

 

ヒスイに誘導されて、広場にあった小さな建物に入った。

それは、エレベーターだった。

 

『空中エレベーター』という名前らしい。

 

スコーピオンの大陸と、セレスティアを繋げているんだ、と。

そのエレベーターは壁がガラス張りだった。

半信半疑で乗ってみた。

暫く下降した後、周りが全て空だと、気付いた。

そして下には陸がある。

まるで、飛行機から眺める風景みたいだ。(イメージ)

エレベーターは下に移動する。……陸に向かって。

 

セレスティアは、本当に空に浮かぶ町だったんだ。

 

 

あまりに驚いて、暫く口が利けなくなった私。下を見ると恐かったんだけど、それよりも驚きの方が上だ。

皆も同じみたいだ。

 

「すごい……セレスティアって、ラピュタだったんだ!」

瑠香が興奮して言った。

何かと混合している。

「違うよ! ドラクエの天空城だよ!」

と言ったのは夏梅。ゲームと混合してるし、どっちでもいいし。

「建物がミニチュアみたいだ!」

村崎の意見には共感する。

そのミニチュアに段々近付いていく私達。

比較的落ち着いているシイザーは、ヒスイの腰をじっと見ていた。

……怪しい。

 

「何? 剣が気になる?」

気付いたようにヒスイが言った。

シイザーが頷くと、二人の会話が始まった。

 

「君も剣を扱えるんじゃない?」

言われて、シイザーはほくそ笑んだ。

「最強の剣士になるのが夢だ」

最強の剣士って……

思わず笑いを堪えてしまう。

どういう世界だ??

 

「さ、さ、最強の剣士!?

折角堪えたのに、噴出しながらつっこむ夏梅につられて、私…や村崎も笑ってしまった。

だが、瑠香だけは目を輝かせる。

「凄い!! カッコイイ!! シイザー君、カッコイイよ!」

笑っていた村崎の表情はくもり、ボソッと呟く。

「……剣道でも習おうかな」

 

シイザーは瑠香の言葉さえバカにされたと思ったらしく、ムスッとしてそっぽを向いた。……やっぱガキだ。

 

「この剣は、元々『真剣・メシア』って名前だったんだ」

ヒスイは言う。

「剣の名前は、英雄の名前に変わる……」

 

「今は、何という名だ?」

そっぽを向いたままシイザーが訊いた。

 

「『真剣・カイザー』……スコーピオンにある古代大戦兵器を壊した英雄の名だよ」

ヒスイの答えに、ちょっとびっくりしてしまう。

「古代大戦兵器、壊しちゃったのに、『英雄』なんて呼ばれているのか?」

私が訊くと、皆も同じ考えだと、一緒になって頷いた。

「世界は、スコーピオンを置いて、どんどん進んでしまったからさ。例え滅びようとも、孤立するよりはマシだ、ってね。……それだけじゃなくて、実際スコーピオンは一度滅びかけたし、古代大戦兵器は危険だから、無い方がいいんだけど」

 

「だったら、逆にさっさと古代ナントカ兵器壊した方がよくね? なんで『英雄』がやるまで誰もやらなかったんだ?」

バカなりに、まともな意見を言った夏梅。

 

「そうもいかないんだよ……」

ヒスイは少し俯いて呟いた。

 

 

「……神だから……」

 

 

「え?」

聞き返す私達に、今度は嘘っぽく言ってくる。

「なんて、な。よく言うじゃん! 伝説の剣は持ち主を選ぶって! 選ばれた勇者しか、この剣は扱えないし、伝説の剣じゃなきゃ、兵器は壊せないってやつ」

なんか、うまく誤魔化されたように感じる。

「でもさ」

村崎が言った。

「その『英雄』のせいでオレ達、帰るのに苦労してんだよね」

物凄く核心をついていた。

 

 

 そうして、ミニチュアに見えていた建物が実物大の大きさに見えた頃、エレベーターは止まり、私達は無事にスコーピオンに着くことが出来た。

 

 

 

 


【第四章 スコーピオン】

 

 町の様子は……中世ヨーロッパ風というか、ファンタジー風というか。さっきの町とは然程変わりな…くもなかった。

中世ヨーロッパ風なのは同じ。

でも、全体的に建物が……ボロいというか古いというか、崩れている、というか。

建物だけじゃなく、道路とかもあんま綺麗じゃないし、なんか臭う。

 

ああ、そうか。なんとなく理解できる。

それを、ヒスイが重そうな口調で言った。

「下は……スラムってやつ」

見回した感じ……荒んでいるといった様子だ。

瑠香は私に引っ付いてきた。

 

突然、黒いローブ姿のお婆さんが寄ってきて、手を差し出してきた。

全然わからない。

でも、目が凄く怖い。

怖い

としか、思えなかった。

 

後から、

ああ、もしかして、物乞いだったんだ? と気付いた。

 

そういうのを気にせず歩くヒスイに、私達はただついていくしかなかった。

皆無口になる。

 

私は本能的にあまり周りを見ないようにした。

見てはいけない気がした。要するに、見て見ぬフリ。

ヒスイの背中だけを見て歩いた。

少しだけ視界に入る人達には注目されていたし、酔っ払いみたいなのに声をかけられたりもした。

その度に瑠香は怯えていたけど、私は動揺しないようにしていた。

 

 

暫く歩いて、物凄く古い建物の前に出た。

洋館のお化け屋敷って感じだ。

ゾンビが出てくるゲーム、あれを思い出した。

「さてと、お化け屋敷に入りますか」

確かにヒスイはそう言った。けれど、なんか嫌だったので、聞こえなかったフリをしてもう一度訊いた。

「え? 今、なんつった?」

意地悪そうな笑いをしながら答えるヒスイ。

「この中に入るんですよ、怖いですか?」

ムカつくし、敬語だし。

「怖くなんかねーよ、なんで、この中に入るのか? って訊いてるの!」

 

「この中に、古代大戦兵器があるんです。昔の研究所なんで」

 

 

 

―――――

 薄暗い部屋。

中はそんなに洋館お化け屋敷でもなかった。

廃病院とか、そんな言葉の方が似合ってる。要するにもっとヤな雰囲気。

 

入ってすぐに階段で地下に下りるヒスイ。その後についていく私達。

床は石で出来ていて所々崩れていたりした。

薄暗いけれど、歩くには不自由しない程度で、気をつけて進むことは出来る。

壁も石だ。

中の様子も壊れたり崩れたり、とにかく凄く年月が経っていそうだ。

ふと、疑問に思う。

「ヒスイは、その古代大戦兵器がある場所、知ってんのか?」

「知ってますよ、よーくね」

こちらを向かずに答える。

「どんなものなんですか?」

村崎の質問には、少し間を空けてから答える。

「わかんないな。本物を見たことはない」

 

「椿!! 絶対手を離さないでね!」

瑠香は相変わらず私の手を握り、しっかりくっついていた。それを羨ましそうに見る村崎。

「もう片方の手はオレが握ってあげようか?」と瑠香に言う夏梅を睨みつつ、少し怖そうにしていた。

そして一番年下のシイザーは平然として後をついてきた。

 

 

 奥に進むにつれ、壊れた壁等は少なくなっていった。

道は一本道ではなく、何度も曲がったりした。……まるで迷路だ。

既に廃病院でもなく、何かの遺跡っぽい感じになってくる。途中、石の円柱が何本も並ぶ場所もあったりして、神殿跡っぽくも感じたけどまだ目的地には着かなかった。

どこまで広いんだ。外から見た洋館では想像もつかない。あれは後から増築した所なのかもしれない。

皆の口数が少なくなってきた。疲れた証拠だ。

「な、まだ着かないの?」

夏梅が何度目かの同じことを訊いた。

「もうすぐだよ」

このヒスイの答えも何度目かだ。

「ホントは迷ってんじゃねーの?」

ブツブツ文句を言う夏梅。

「迷うものか」そう言ってヒスイは立ち止まった。

 

目の前は壁。行き止まりだ。

 

……行き止まりだ?

 

「行き止まりじゃん!!

つっこみつつ前に出る夏梅。

「行き止まりじゃないよ。ただの壁に見えるけど、扉なんだ。今は、扉は閉ざされてしまっているけど、扉の向こうに古代大戦兵器がある」

ヒスイが言うと、夏梅は「ふ〜ん」という風にまじまじと壁を見た。

「じゃ、開ければいいんだ?」

「扉は特別な力で閉められていて、決して開かないようになってる。でも、唯一開けることが出来るのが、封印術という術で……それにはツバキさまの…」

ヒスイが謎の説明をしている時だった。

「カチッ」という何かスイッチが入ったような音がして……

慌てて皆に促すヒスイ。

「この辺、罠があるから!! むやみに壁とか触ったりしないでよ!?

 

「……先に言えっつーの!!

そう言った夏梅はまんまと扉である壁を触っていた。

 

多分、触ったら罠が作動するとか、そういう仕組みだったのかもしれない。

「カチッ」って音は罠が作動した合図……だとは思いたくない。

犯人はバカ夏梅か?

悪いのは、先に言わなかったヒスイか?

 

とにかく、嫌な予感がするわけで。

 

――予感が的中した。

足元が急に何も無くなって……要するに穴になって……

叫び声を上げる間もなく落ちた。

 

急に真っ暗になった。

滑り台のような感覚で滑って落ちていく自分。

 

「おわぁあ〜!! なんだこれ!!」と、声の主は夏梅。

 

「ツバキ!!」と、声の主はヒスイ。

 

そんなに深くもなかったみたいで、衝撃も少なく、真っ暗闇に投げ出された私と夏梅(予想)とヒスイ(予想)……。三人だけか!?

とりあえず、誰かを下敷きにしてしまったような感触がある。

「お、重っ!! 誰だ〜!? 降りろ!!

どうやら夏梅だったみたいだ。

私はすぐに降りるように移動した。

 

真っ暗なんでなんだかわからない。でも、床は砂みたいだ。

 

「椿〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

 

上から、瑠香の叫び声が聞えた。

見上げると、上から覗く瑠香の顔が見えた。ただちょっと遠い。

向こうからはこっちが暗いからかよく見えないらしく、しきりに私を捜すように呼ぶ声が聞えた。

 

「大丈夫だよ、瑠香!」

返事をすると、また瑠香の泣きそうな声が聞えた。

「椿〜!! あきらく〜ん!! ヒスイさん!!

やっぱり落ちたのは三人だ。

「大丈夫か〜?」

村崎の声が聞えた。

「ああ、オレは大丈夫!」

夏梅も元気そうに返事をした。

 

いや、大丈夫って、……大丈夫でもないような気が。

 

すっごい深いわけでもないけど。手を伸ばす村崎には悪いけど、全然掴まれなそうだし、滑った感触からいって、登れそうもない。

 

「ロープか何か、どっかにあったか?」

シイザーの声がした。

「多分、ある。探してきてくれないか?」

ヒスイが答えると、瑠香の「待ってて!」という声と共に、走る足音がして段々と遠く離れていった。

……とりあえず、安心なのか?

罠にしては随分軽いものだな。なんて思いつつ、手探りで移動しようとする。

 

「動くな!!

 

急にヒスイが叫んだのでびっくりしてしまった。

 

「動くと……砂に引き込まれる」

って、どういうことだ?

言われて一応止まる私。

 

段々目が慣れてきた。狭い穴の中、二人の顔がぼんやりと見える。

壁はまるでワックスを塗った廊下のようで、明らかに人工的なものだ。滑るので登れない。そして、床は砂になっている。

 

「引き込まれるって? アリ地獄ってやつ?」

夏梅が少し上擦った声でヒスイに訊いた。

「俺達は運が良かった。真ん中に落ちなかったから。真ん中は流砂(りゅうさ)だ」

ヒスイの答えは聞きなれない用語だったけど、映画とかで、人が砂に引き込まれるシーンを思い浮かべた。……多分、そんな感じなのかもしれない。

「じっとしてれば平気だよな?」

夏梅の質問に、少し間を置いてから答えるヒスイ。

「……多分、な。真ん中辺に行くなよ?」

 

私達はじっとして、瑠香達が早くロープを持ってきてくれることを祈った。

 

 

「あ〜〜〜〜。さっきの衝撃でケータイ壊れてねーかな」

じっと座りながら夏梅が嘆く。

ケータイなんか持ってきてたんだ? こいつ。

思ったことをそのまま訊く私。

「ケータイなんか持ってきてたんだ?」

「オレいっつもポケットに入れてんからさ」

なるほど。

「ケータイ??

わからなそうにヒスイが訊いてきた。

 

「ケータイ無い? この時代(?)に」

あまり動かないようにそっと携帯電話をズボンのポケットから取り出す夏梅。それをヒスイに見せる。

「どういう機械だ?」

『機械』だということはわかるらしい。

「小型通信機か何かか?」

ヒスイの質問に、顔を見合わせる私と夏梅。

「通信機って、電話のこと?」

私に訊かれても。

「そうなんじゃん?」

多分。

 

今いるこの時代は、どんだけ文明が発達してるのかわからない。でも未来的なことはやけに未来的だし。なんか、よくわからない。

 

「ま、電話だけじゃないんだよね。色んなデータとかも入ってるし」

得意気に説明する夏梅。別にオマエが作ったわけでもないのに。

「どーせ、女のことばっかだろ!」

私がつっこむと、にやけて頷いた。

「当たり♪ 大丈夫! 椿の誕生日とかもバッチリ入ってるから♪」

何が大丈夫なんだよ!!

「ってか、教えてねーし!!

「さっき瑠香に聞いた♪」

ニヤニヤしながら続ける夏梅。

「あ、そうそう! 誕生日までの約束ってヤツもバッチリ聞いたから」

 

……最悪だ……!!

 

私が呆然としていると、ヒスイが要らん追求をしてきた。

「約束?」

それに答えようとする夏梅が口を開く前に私はきっぱりと止めた。

「言うなよ!!

 

夏梅は笑いながら気味の悪いことを言う。

「別に。オレが相手でもいいぜ!」

「ばか!」

思うと同時に口が滑った。

夏梅は少しムスッとして、口を尖らせる。

「冗談だよ」

その後面白そうに話を続けた。

「瑠香がさ、『椿の相手候補って、あきら君か村崎君って可能性もあるよ〜!』って言うからさ、亮のヤツ落ち込んでやんの」

キビシイ……。瑠香にそんなこと言われたら、瑠香のことが好きな村崎は落ち込むに決まってる。

「そんな話してたんだ、私がいない時」

信じられん。

 

「……二人は、恋人同士なのか?」

 

突然私達の会話を黙って聞いていたヒスイが口を挿んだ。

二人って……瑠香と村崎のことか??

「誰が?」

私が聞くと、妙につまらなそうに答えるヒスイ。

「……アキラと、ツバキ…さま」

 

っはぁあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?

 

「そう見える?」

私が否定するより先に嬉しそうに答える夏梅。

冗談じゃない!

だいたい……

「なんでだよ!! なんで“さま”とか言って、何敬語なんて使ってんの!?

言ってやった。

腹が立った勢いで。

だって! 意味がわからない!

最初使ってなかったのに。何企んでんだ!?

 

私が怒った理由が敬語の事だったことに、驚いたのか口を開けたまま止まるヒスイ。

自分だって、何で怒ったのかわからない。

 

 

「ヨサノさまの、生まれ変わりですから」

軽く笑って、そう一言だけ言ったヒスイ。

 

 

ああそうだ。こいつはこういう奴。

なんでムカついたかわかった。

 

本心を見せないで、どこか遠くから喋ってるやつ。

 

 

まるで、私みたいだからだ。

 

 ちょうど険悪(?)なムードが流れている今、

天からの声が聞えた。

 

「椿〜〜〜!! 持ってきたよ〜!」

天の助け、瑠香。そして村崎とシイザー。

三人の、ロープはどこへ縛れだの、誰が引っ張るだののやりとりが聞えた後、漸く頑丈そうなロープが目の前に下りてきた。

 

「まず、椿から登れよ。女の子優先」

無駄に紳士な(?)提案をした夏梅は動かないようにじっと座ったままでいた。

 

砂に引き込まれないよう、緊張しながらロープを掴む私。

ヒスイが私の横に立ち、そっと体を支えてくれる。

「気を付けて下さい。ゆっくりで…」

 

「次、敬語使ったら殺す」

 

「え?」

 

私が言ったことに理解がいかないって感じで止まるヒスイ。

何言ってんだ、私。

 

別にどうでもいいことなんだけど。

ちょっと、意地張ってみた。

 

別にどうでもいい……

どうでも……

 

そんなことを考えながら、登りつつ引っ張ってもらう。

 

 

 元々距離的にはそんな長くなかったので、すぐに上がれた。

次の夏梅が、少し砂に引きずり込まれそうになって、皆慌てたが、なんとか大丈夫だった。

そして、ヒスイは軽々しく上がり皆が揃ってやっと安堵の溜め息を漏らした。

 

ふと、思ってしまう。

ヒスイは、もしかして落ちなくても平気だったんじゃないか、って。

わからないけど、

私が落ちた時、誰かが助けようとしてくれたんだ。

そしてヒスイの声が聞えた。

助けようとしてくれた誰かの手は、そのまま私を掴んでいたような気がした。

 

気のせいかもしれないけど。

 

「まさか、ここの罠に嵌るなんて……ガキの頃は思いもよらなかったな」

一瞬、私の隣にいたヒスイが呟いた……

気がした。

表情は見えなかった。

すぐに瑠香が泣きながら私に抱きついてきたから。

うやむやになってしまった。

 

 

 

ヒスイの声じゃないような気もした。

なんていうか……そう

 

『消え入るような声』……。

 

 

前に演劇でやった役で使ったセリフを思い出した。

劇で使ったのに、イマイチ意味がわからない。

でも、ヒスイの今の声は“そんな感じ”だと、思った。

 

 

「じゃ、えーっと。とりあえず、むやみに動かないで」

リーダーのように皆に促すヒスイ。特に夏梅の方をじっと見ている。

「……ツバキ!」

呼ばれて、ドキッとしてしまう私。

いや、呼び捨てだったから。

自分で言ったんだけどさ。

 

「なんだよ?」

訊くとヒスイは扉らしい壁の前で手招きをする。

よくわからないけど、穴を避けつつその近くに行った。

 

「封力石出して」

封力石って、私が持っている水晶みたいなもののことだよな?

言われるままポケットからその石を出す私。

 

「この扉、精霊の力で守られてんだ。精霊の力を封じれば開く、はず。封じることが出来るのは封力石。封力石を扱えるのは封印術士だけ」

耳元でヒスイが囁く。

「封印術は、天性の力なんだ。だから、…は、無駄だった」

 ……?

今一瞬聞えなかったけど……

「シドゥリ様が言ってた通り、ツバキがヨサノさまの生まれ変わりで、封印術が使えるなら、この扉を開くことが出来る……はず」

そう言って、石を持つ私の手を握るヒスイ。何やらブツブツと唱えて(?)いる。

 

ちょっと待て!! 封印術なんて、使えるか!!

 

と、思った瞬間だった。

急に体が熱くなった。

熱い? いや、暖かい。

 

信じられなかった。

 

自分の手が白く光っている。いや、手だけじゃなくて……

 

「椿!?

びっくりしたような瑠香の声。

「すっげ!!

夏梅の声。

「福澤さんが光ってる!!

村崎の声。

 

そう、私の体が白く光っていたんだ。

自分でも信じられない。

なんだこれ?

なんだこれ……!?

ヒスイの仕業!? と思ったけど、ヒスイがゆっくり手を離しても、白い光は消えなかった。

そしてそのまま光が手に漲(みなぎ)る。

どうすればいいんだ?

これ、どうすれば……?

 

「ツバキ!! 心を扉に集中して!!

ヒスイに言われるまま、扉(らしい壁)に集中した。……集中したのか? よくわからないけど。

昔試してみた超能力のように。あの頃は当然ながらできるはずもなくガッカリした。

そんなことを思い出しながら、扉が開くように……と思いを込めた。

 

すると、今度は――白い光は扉を覆い始めた。扉というか前の壁全体を。

覆ったと思ったら凄い勢いで私の持つ石に(光が)吸い込まれる。

そしてあっという間に消えてしまった。

見えていたはずの光が何事も無かったようにばったり消えた。

 

なんだったんだ? 今のは。

 

もう私の手も体も光っていない。

どういう……ことだ?

 

皆と顔を見合わせてしまう。

誰も、何も、答えられないといった様子。

ヒスイでさえも。

ただヒスイは、

「成功……か?」と一人で呟いていた。

 

次の瞬間――

 

 

また目を疑った。

 

 

壁……いや、扉がみるみる消えていく。

 

 

消えて、その先に部屋が現れた。

 

 

白い壁、床、天井――真っ白な部屋だ。

全員無言で、暫く止まってしまった。

 

「うわぁ〜」

漸く声が出せたような夏梅。口に締まりが無い。

 

「こんなだったんだ」

ヒスイも驚いて小さく呟いた。

 

なんか、全てが信じられない。変な光を出したのとか、扉が消えたのとか、その先にホントに部屋があったのとか。今まで信じられないことばっかだったけど、……やっぱ信じられない。

白い部屋の奥の方は薄暗くてよく見えなかった。

そこに、古代大戦兵器とやらがあるのだろうか。(一部らしいけど)

どんな風に壊れているのか。

どんな形をしているんだろうか。

妙に期待が高まる。

全然出来るはずもない謎の術だって使えた。

後は、ヒスイの剣でその兵器を動かして?

 

とにかく、それで帰れるはずなんだ。

 

長かったような、短かったような。

でも、失敗したらどうしようとか、

不安もあったけど

 

とにかく! いよいよだ。

 

そう思いながら私達は顔を見合わせて喜んだ。

喜びつつ、一瞬ヒスイが複雑な表情をしたような気がした。

……もしかして、私達と別れるのが少し寂しかったりして。

なんて、自意識過剰か?

そんなことを思いながら、ついに私達は部屋の中へと入ることが出来た。

 

 

 

 


【第五章 裏切りの剣】

 

 古代大戦兵器――

一体どんな機械なんだろう(正確には一部らしいけど)……なんて思いながら歩いていく。

壊れているから今は動いてない、と言っていたよな。

 

最初、気付かなかった。よく見ると、部屋の床は謎の文字や謎の図が描かれている。

魔法陣とか、そういう感じだ。

全然わかんないけど、それっぽい雰囲気満載だった。

 

ただ、肝心の機械らしきものが見当たらなかった。

 

そして、『英雄』がやったのか……部屋はかなり破壊されていた。

部屋はそんなに広いものでもなかった。

学校の教室とか、そのくらい。

白い壁、白い天井、白い床で正方形って感じだ。それでいて床には謎の魔法陣。

薄暗いけど全体は見渡せる。機械とか兵器らしきものは無い。

『壊された』って……粉々に破壊されて見る影も無いってんじゃないだろうな?

 

「なんもねーじゃん」

夏梅が言った時だ。

 

「誰だ!!

急にシイザーが声を出し、入口の方を見る。

つられて私達も入口の方を見た。

 

 

入口には、変なおっさんと黒ずくめの男と屈強そうな大男二人……計四人が立っていた。変なおっさんは眼鏡をしていて、ヤブ医者って感じだ。黒ずくめの男ってのは要するに黒い服に黒いズボンで黒い靴を履いている。黒髪でちょっと美形な感じがする。屈強そうな男の一人は、いかにも少年漫画のでかい奴って感じでごついおっさんだ。もう一人は外国映画の肉体派スターみたいな体をしている。

 

なんだ!? こいつら!!

 

「何者だ!? 貴様ら!!

シイザーが警戒した様子で言い放った。

 

「……くく……。まだ子供なのに、威勢がいいですね」

気味の悪い笑い方をしながら、黒ずくめの男が言った。

なんか嫌な感じだ。

っていうか、絶対悪役っぽい。

こいつら何者なんだ?

ふと横を見ると、ヒスイが今までにないような強張った顔をしていた。

 

眼鏡のおっさんが言う。

「よくやった、本当に封印術士を連れてくるとは。四年間、無駄ではなかったな」

それは、ヒスイに向けられた言葉だった。

「さすが、ヒスイだ」

 

 

……え?

 

なんで、こいつらと、ヒスイが知り合いなんだ?

 

え……?

どういうこと……だ?

 

何も考えられなくなって、ヒスイを見ると、ヒスイは軽く笑ってから跪(ひざまず)いた。

「ありがとうございます。ディアス様」

 

「え? ……え……? ……知り合い? だれ?」

ヒスイとそいつらを戸惑ったように見る夏梅。

それは私も、皆も同じだ。

展開が読めない。

 

明らかに怪しい奴らなんだけど。

 

「ここが、残った古代大戦兵器か。大分壊れているが、直せなくはないだろう」

ディアスと呼ばれた眼鏡のおっさんが部屋を見回した。

 

よく、わからない。

突然のことに何も喋れなくなる私達。

何を言っているんだ? こいつら。

 

ヒスイが顔を上げた。

「まずは、この者達を追い出しましょう。それからです」

 

追い出しましょう〜?

 

なんか、……どういうことだ!? と思ったのは私だけじゃないらしい。

シイザーが警戒した様子で反応した。

 

「どういうことだ!? ヒスイ!! 答えろ!!

呼び捨てだし、命令形だし。

 

――言った直後だった。

黒ずくめの男がシイザーに……

……何かした。

 

何をしたのかすぐにはわからなかった。

気付いたらシイザーの横にいたし、

気付いたらどこに隠していたのか刃物を持っていたんだ。

――そうだ。

その刃物でシイザーを斬りつけたんだ。

 

いや、違う。

シイザーは避けていた。

 

全て一瞬の出来事で、こっちは止まってしまった。

 

シイザーもどこに隠していたのか、短い剣みたいなのをいつの間にか構えている。

「どういうことだ!?

黒ずくめの男に言い放つ。

男は、不気味に笑いながらボソッと言った。

「さっすが。子供でも、いい反応してますね〜」

 

「勝負する気なら、受けて立つぞ!!

シイザーは黒ずくめの男に剣先を向けた。

「その若さで、死にたがるんですか〜?」

男が「くくっ」と笑った時だ。

 

一瞬で男の懐に入るシイザー。

そのまま短剣で男を刺そうとした。

 

――それを止めたのはヒスイの剣だった。

 

思わず目を瞑ってしまった後、目を開けて見えてきたのはヒスイが剣でシイザーの剣を受け止めている姿。

黒ずくめの男を守るように間に入っている。

 

「ヒスイ……お前……」

驚くシイザー。そのシイザーが一瞬手を緩めたのか何なのか……

次の瞬間

信じられない……いや、信じたくない光景が目に入った。

 

 

ヒスイの剣がシイザーを貫いた。

 

 

ヒスイがシイザーを刺した!

 

 

 

ちょ……と、待てよ……

 

!? ……!! ……うっ!? …うぅ……」

信じられない、という表情で苦しそうにするシイザー。

ヒスイは無言のまま剣を抜く。同時にシイザーの血が飛び散って一気に服を赤く染めた。

 

!! くっ…そ!! …!! ……!!

刺された場所を押さえながら後ろに下がり、倒れるシイザー。

 

「きゃあああああああ!!

瑠香が口を押さえて悲鳴を上げた。

 

ヒスイは冷たい瞳でシイザーを見下ろして呟いた。

「……すまないな。シイザー」

 

「ヒスイ!! 何やってんだ!! お前一体……!!

混乱して怒鳴りながらも夏梅はシイザーに駆け寄った。

瑠香も夢中で駆け寄ろうとしたが、足が震えたみたいで転んでしまった。

その瑠香に駆け寄る村崎。

「桶口さん!!

急いで瑠香を支えようとする。

 

……私は、立ち尽くしてしまった。

 

「シイザー!! しっかりしろよ!! まじかよ!! シイザー!!

必死にシイザーをさする夏梅。

 

私の心臓はどうかなりそうになった。そのくらい緊張している。落ち着いてなんていられない。

……皆からよく、「いつも、クールだ」と言われる。

無理だ。

鼓動が物凄く聞えるし、体が震える。

――何が起きた?

なにがおきたんだ?

 

どうして、……どうして?

どうしてヒスイがシイザーを刺したんだ?

 

……死ぬのか?

 

気が遠くなりそうだった。

 

 

「この者達は、……シドゥリが言うには、この時代の人間ではありません。即刻戻ってもらいましょう」

気が遠くなりそうになりながらも、ヒスイの声が聞える。どうやら、眼鏡のおっさんに言っているようだ。

おっさんはゆっくりと私の方に向かってきた。

「そうもいかないな。封印術士は、まだまだ使えそうだ。仲間も、人質にしてもいい」

冗談じゃない会話が聞える。

「ですが、ディアス様…」

ヒスイの言葉を打ち消すように黒ずくめの男が口を挿んだ。

「ヒスイさん、もしや情が移ったんじゃないですか? シドゥリ……もしくはそこの若者達に」

「馬鹿なことは言わないで下さい」

感情が無さそうに言うヒスイ。

今までのヒスイが全て嘘だったように思える。

 

いや、嘘だったのか……?

 

嘘だったのか……

 

ヒスイ……

 

眼鏡のおっさん――ディアスは私達を見回して、何か企んでいそうに笑った。

「時代が違う? 実に興味深いね。とりあえずは小部屋に入っててもらおうか」

 

小部屋!? 冗談じゃない。

私は必死で叫んでいた。

「ヒスイ!! どういうことだ!!

 

だが、ヒスイは答えない。

 

代わりに、黒ずくめの男が何かを唱えてこちらに手をかざした。

 

……?!

 

急に目眩がした。

不思議だ。目眩がしたと思ったら目の前がぼやけてきた。

 

……なんか……意識が遠退く……。

 

遠退いたら……ダメだ……。

 

 

と、思いながらも……私は目を瞑ってしまった。

 

 

 

 ……………

 

 

遠い場所で、……

長い……長い……夢を見ていた……

 

……気がする。

哀しい夢。

 

とても、哀しい夢。

 

 

私が泣いていると、男の人が……哀しそうな顔をした。

男の人……

誰だろう……?

 

茶色い髪の人。

 

この人は、優しい人なんだってことがわかる。

でも、違う。

一番好きな人ではなかった。

 

ああ、そうだ。

私は自分のことを、「哀れな女だ」と。

 

 

 

―――――

 

 

暗い……石造りの天井が見えた。

ここは……どこだ……?

 

意識が朦朧(もうろう)としている私を支えている誰かの腕。

覗き込む顔。

……ヒスイだった。

 

なんで、ヒスイなんだよ。

悔しいから見なかったことにしよう。

そう思ってまた私は目を閉じた。

 

 

―――――

「ツバキ……」

私を呼ぶ声がする。

瑠香か? いや、男の声だ。

村崎は呼び捨てになんかしない。

夏梅か?

 

違う、嫌いな奴の声だ。

 

目を覚ますと、目の前に嫌な顔があった。

ヒスイだ。

私を支えていたので、すぐに離れた。

そして周りを見回す。

 

私とヒスイ以外誰もいない。狭い部屋。

ってゆーか、ここってもしかして……

小部屋ってやつ!?

 

さっきあの、ディアスとかいうおっさんが話してたことを思い出す私。

多分……催眠術かなんかで眠らされたのかもしれない。とにかく、捕まったんだ。

そう考えると吐き気がした。

気持ち悪い。

なんでこんなことになったんだろう?

皆は無事か?

 

シイザーは?

 

とにかく、色んなことがいっぺんに頭を巡って、何も言えなく、ただヒスイを睨むことしか出来なかった私。

 

ヒスイも無言でこっちを見ている。何考えてんだ? 何言おうとしてんだ?

言い訳とか?

ワケわかんない言い訳とか聞きたくない。

 

何もかも夢だったらいいのに。

何もかも忘れて帰りたい。

そう思ったら、涙が出てきた。

 

しまった……涙が出てきた。

 

不覚!

 

「最悪だ」

つい口に出して言ってしまう。

最悪だ。!!

 

「最悪だ……!!

 

そう言う私を無言で抱きしめてくるヒスイ。

 

――!!

引き離したい。「やめろよ!!」って思いっきり怒鳴りつけてやりたい……のに、

 

「お前のせいだかんな!! 何もかも!!

別の言葉が出た。

それ以外に何も言えなくなった。

 

ただ、ヒスイが小さく言ったんだ。

 

 

「俺……ツバキのこと好きになったのかもしれない」

 

 

 ……

 

「なんで!! だよ!!

ついつっこんでしまった。

冗談言っている場合じゃないし!!

ホントに、ムカつく!!

 

ヒスイの顔を見ると、にやけてもいなく、変に真面目でもなく、なんだか戸惑った表情をしていた。

「俺さ、人を好きになったことが無いから、よくわかんないんだけど」

 

……なにこれ? 演技か!?

私を油断させようとしているのか!?

何の為に……?

何の為に……!

警戒して、天井とか周りを見回す私。監視カメラとか、そういうもんが付いてんじゃねーだろーな?

 

それがわかってか、私の肩を掴むヒスイ。

「大丈夫、落ち着いてくれ。見張られてもいない。むしろ俺が見張りだから」

「離せよ!!

と言っても離そうとしない。

「シイザーのことで怒っているのか?」

 

それもある。……でも首を振る私。

「全部だよ!!

言ってやった!

 

わけがわからない! でも全部……そう、きっと、全部仕組まれたことだったんだ。

ヒスイは、私を……私達を騙していたんだ。

「いつからだよ! 最初から?」

次々に言葉が出る。

「お前一体、何者なんだ!?

 

 

ヒスイは、私の肩を掴んでいる手を緩めて大きく溜め息をついた。

それからゆっくりと言った。

 

「俺は……何者なんだろう?」

 

 ……?

 

「気付いたら俺は……この研究所にいたんだ」

急に言われた一言。意味がわからない。

 

手を離すヒスイ。

「物心ついた時、俺はいつも腹が減ってた。……なんでかわかんない。同じような仲間がいたけど、いつの間にかどんどん居なくなってて。そう、皆死んでいった……」

 

「死んでいった?」

よくわからないので聞き返す。

ヒスイは感情が無いように語り始めた。

 

「このスラムにいたんだ、俺は。毎日飢えとの戦いだった。食べ物の為だったらなんだってしたし」

 

聞いて、一瞬信じられなくて、思わず息を呑んでしまった。

先程の荒んだ町並みを思い出す。目を合わせられなかった人達の光景が甦ってきた。

あの時、ヒスイは平然としていた。

慣れていたから?

 

「ある時、大人に誘われるまま、この研究所に入った。お腹いっぱい、メシが食えるって理由で」

 

「研究所って? ここって一体」

つい訊いていた。あまり聞きたくないような気もしたけど。それでも。

 

「スラムの人間はさ、『英雄』を英雄とは思っていない。むしろ、『古代大戦兵器をよくも壊したな!』ぐらいにしか思っていないんだ。実際俺もそう思っていたし。……古代大戦兵器は、俺達の夢だった。『神』を手にすれば……全てが変わる、と」

 

一息ついてから続きを話すヒスイ。

「ここでは、古代大戦兵器をなんとか復活させようと、色々実験が行われた。まず……『真剣・カイザー』を扱える者の選出とか」

そう言って剣を出す。

「実験で皆死んだんだ。俺以外」

 

……胃が痛くなる。その実験がどんなもんか想像したくもなかったし、平然と話すヒスイも嫌だった。

何故、ヒスイがやけにこの場所に詳しかったのかも納得がいく。

 

「ただ、扉を開けるには何をやっても駄目だった。封印術士の力が絶対必要だったんだ。でも、封印術は生まれもっての力だから」

私を見つめるヒスイ。

なんとなく話が繋がってきた。

 

「封印術士を詳しく知っているのはシドゥリ様だけだ。だから俺はシドゥリ様の下へ送り込まれた。……スパイみたいなもんか」

 

「自分が……!!

今思ったことをそのままつっこんでしまう私。

私達のことを散々『スパイかも』とか疑ってきたくせに……自分がそうだったんじゃねーか!!

その心がわかったみたいで軽く笑うヒスイ。

「悪かったよ」

そして真面目な顔で続けた。

「シドゥリ様の下で働き続けて三年が経った後……つまりは今から一年前にさ、研究所の存在がセレスティアにバレて、研究所の人間が捕まった時、俺は気付いてしまったんだ」

 

遠くを見つめるヒスイ。でも、瞳には何も映していないよう。

「研究所を管理してたのは、セレスティアの人間だったって。スラムの人間じゃない。スラムの人間は利用されていただけなんだ。そして、シドゥリ様は全て知っていた。俺がスパイだったってことも」

 

……え?

「それじゃあ……」

大きな声で聞き返す私に、「静かに!」というようなポーズをとるヒスイ。

さっきより小さな声で話を続けた。

「シドゥリ様は、知ってて、逆スパイを俺にさせてるんだ」

ヒスイの顔は「うんざり」という顔をしていた。

確かにうんざりかもしれない。

「でも、研究所の人間は捕まったんだろ?」

聞きながら、私はあの四人の男達は何者なのかが気になった。その答えはすぐにヒスイが言う。

「あの四人以外はね」

そうか。なるほど。

で、

「結局、ヒスイ……お前はどっちの味方?」

 

冗談で言ったわけではないのに、冗談っぽく返すヒスイ。

「わかんない」

 

 

「ただ、今は……」

じっと見つめてくるヒスイ。真面目な顔に真面目な声。

「ツバキの味方かな」

 

……出たよ。

 

「騙されないっつっただろ!!

私の返事に、納得いかなそうなヒスイ。

「なんでだよ!? 全部話したのに」

「話は信用する!」

ただ……

その、私のことが好きっぽい態度には騙されねー。

 

私は頭の中がまだきちっと整理されなくて混乱した。

「でもお前、シイザーのこと刺しただろ!?

それが大問題!!

思い出すだけで震えそうになる。

そうだよ……こいつは……

 

「シイザーには悪いと思ってる!! でも違うんだ!!

何が違うんだか。

何か弁解しようとしているヒスイ。の後ろにあったドアが急に開いた。

 

――!! あの四人組の中の誰かに見つかったのか!?

 

心臓が止まりそうになった。

あの四人組の誰か……

じゃなくて、

 

シイザーが……

 

入ってきたから。

 

 

また心臓が止まりそうになった。

 

……え? なんでシイザーが……?

幽霊……?

 

驚く私の顔を見て、眉をひそめるシイザー。

「死んでないぞ」

私は暫く開いた口が塞がらなかった。

代わりにヒスイが嘆く。

「シイザーく〜ん、邪魔しないでくれ。わかるだろ?」

ムスッとしながら答えるシイザー。

「許さん。絶対許さんぞ」

あ、なんかアニメかなんかでそんなセリフ聞いたことあるような。

 

「死ぬかと思った。絶対死ぬと思った」

ブツブツ言うシイザー。

状況が掴めない。

……なんで生きてんの!?

シイザーの服は血で汚れている。シイザーの血……だよな? トマトケチャップとかじゃないよな?

致命傷を免れたとしても、回復が早すぎだし。

 

土下座をするヒスイ。

「悪かった。ホント、悪かった。何でも好きなもんやるから、許して!」

「……言ったな?」

ニヤッと怖い笑いをするシイザー。

ヒスイはハッとしてこっちを見た。

「ツバキは駄目!! それ以外!」

どういう意味だ!!

勝手に人のことを……しかも、ヒスイのもんでもなんでもねーし。

 

「あのな」

呆れた目で見るシイザー。全く欲しくないというように。それはそれで失礼じゃないか?

 

「『真剣・カイザー』だ! それで許す!」

 

冗談なのか、ホンキなのか、凄いことを言ったシイザー。

ヒスイは苦笑いをして頷いた。

「御目が高い。ま、使いこなせるんだったら、な」

「こなせるさ」

自信満々に言うシイザー。その自信はなんなんだ?

しかも、物を貰って怒りがおさまるなんて……やっぱガキだし。

 

ってか、そもそも何で生きてんの!?

 

それが一番謎だった。

 

 

 

 


【第六章 古代大戦兵器】

 

「その剣、なんなんだ? 魔法……剣か?」

欲しいと言っておきながら、シイザーが不思議そうに訊いた。

 

「……そんなもんかな」

ヒスイが答える。

「この剣はさ、魔術を入れられる。ちょうど、シイザーを刺した時に入れていたのが癒しと再生の魔術だったってわけ」

私にも説明するように話すヒスイ。

癒しと再生の魔術? なんだそれ?

 

「回復する……魔法ってとこか?」

無理矢理納得するようなシイザー。

「ま、そんなとこ」

二人の会話はよくわからない。

でも少し読めた。

多分、傷を治す魔法みたいなのがあって、その魔法をかけながら刺した……みたいなもんか?

 

「傷はすぐに治ったけど、でもな、やはり……刺された時は死んだと思ったぞ」

刺された場所辺りを手で押さえるシイザー。いつも無表情だったけど、さすがに苦い顔をしている。

なんか、かわいそうだ。

「悪かったよ。でもさ、あの時は……」

ヒスイの言葉を遮るようにシイザーが口を挿む。

「わかってる。お前が止めなかったら……いや、殺したと見せかけなかったら、オレは死んでたな」

「……」

黙るヒスイ。

 

「黒ずくめの男をヒスイが守ったように見えたけど?」

私の意見に首を振る二人。

シイザーが、あまり言いたくなさそうに言った。

「気付かなかった。あの憎悪。何者なんだ、あいつ」

 

「本人は、自分のことを『シャドー』と」

 

ヒスイの言ったことで考える。シャドーって影? ……だっけ?

 

「さっきは油断してたんだ。次は絶対負けない」

また戦うつもりなのか? 物凄く負けず嫌いっぽいシイザー。

 

「で、結局これから何するんだ?」

私が訊くと、ヒスイはこっちを見て、微笑んだ。

 

「……生まれ変わりって、あったらいいと思わないか?」

 

 

……は? 意味がわかんない。

っていうか、私を『ヨサノ』だかなんだかの生まれ変わりとか言ってたくせに、何今更わけわかんないこと言ってんの?

 

「俺……そういうのできたら、ツバキの時代に生まれてさ、それで……ツバキと出会いたかったな」

 

なんか、嫌だよ。そういうこと言われるのは。

「何言ってんだよ!!

私が怒ると微笑みながらヒスイは言う。

「別に。たださ、俺、初めて『死んでもいい』って思ったから。ツバキの為だったらさ」

 

死んでもいいって……

「やめろよ!! そういうこと言うな……」

なんて続けていいのかわからなかった。

 

嬉しくない

 

「つまり、その位の覚悟なんだよ。でなきゃ、今ここにいない。シイザーも見殺しにしただろうし、自分のことも話さない」

ヒスイの笑い方は、何だか寂しいんだ。そんな気にさせられる。

「とりあえず、ツバキ達を元の時代に帰して……それから、俺は、自分のこと考えるからさ。どっちのスパイも嫌だから、ウィン共和国にでも亡命するかな、……とか」

 

「一緒に来れば?」

 

自分でもびっくりな言葉が出た。

 

何考えてるんだ? 私。

でも、ヒスイを……助けたい……? と、そう思う。

それだけじゃなくって……

何て言ったらいいかわからない。

 

「それもアリかぁ〜?」

噴出すように言ったヒスイ。

 

ああ。

全然。

 

全然……そんなこと思ってないんだ?

「冗談じゃなくてさ!」

強く言う私の肩をそっと掴むヒスイ。

「ありがとう、ツバキ……でも、それは無理だよ」

 

無理? 無理なもんか!

「無理じゃねーよ」

そう言う私を見つめてくるヒスイ。

 

何故か、私は目が逸らせなかった。

 

ヒスイの顔が段々近付いてきて……

 

―――――キス……………

 

 

 

――……されるかと、思った!

 

まじで、ビビッた。

 

心臓が一回止まった。いや、三回くらい止まった!

 

ヒスイは横にいるシイザーに不貞腐れたように言う。

「ってかさ、邪魔なんだけど、シイザー君。気を使って出ていってくれないかな」

慌てて私はヒスイの手を振り払った。そしてシイザーに言う。

「邪魔じゃない!! ここにいろよ!!

 

……あっぶね〜〜〜!!

なんでわけわかんねームードになってんの!?

ヒスイの策略!?

 

あっぶねーーーーーーーーーー!!

 

シイザーは生意気にも表情を全く変えずにボソッと言う。

「……少ししか会ってないのに、キスを迫るなんて、犯罪者だぞ」

 

 

「わかってないな。シイザーは。さては、好きな子とかいないだろ?」

そう訊くヒスイに、シイザーはそっぽを向きながら答える。

「……よくわからない。そもそも、会って間もないのにそんな好きになったりするのか?」

「一目惚れの恐ろしさを知らないな〜? 運命とか全く信じてない俺だって、一瞬運命かと思ったもんな♪」

恥ずかしげもなく説明するヒスイ。

何故かこっちが恥ずかしくなってしまう。

「……つっても、俺もよくわかってないんだけどさ」

 

わかってないのかよ!!

 

「なぁツバキ! 俺のツバキへの気持ちって、恋だと思う?」

 

訊くんじゃね〜〜〜〜〜〜〜〜!!

 

「……違うな」

シイザーが答えてるし!

 

「ま、いーや」

ヒスイはこっちを見てゆっくりと言った。

「そろそろチャンスの時間だから、行こう」

え?

「行こうって?」

 

「まず、皆を助けて、それからさっきの部屋に。見つからないように、ツバキ達を元の時代へ帰す」

ヒスイはもう一つ、あまり付け足してほしくない言葉を付け足した。

「失敗したらごめん」

 

 

 皆を助けるのは結構楽だった。

ヒスイが抜け道みたいな所から私達を誘導してくれた。

やけに狭い抜け道だけど、まぁ仕方無い。

 

まず瑠香、そして村崎、最後に夏梅の部屋へと行く。

で、やっと皆が揃った。

シイザーが生きていたことは揃って驚いたし、ヒスイが私達を逃がしてくれようとしていることは軽く説明するだけで皆納得してくれた。というか、私が気絶している間に少し説明していたらしい。

 

這うようにして進まなくちゃいけない抜け道で、やっぱりというか、夏梅が文句を言った。

「なんなの? この道っつーか、狭いとこ」

「文句言うなよ」

ヒスイが苦笑いをする。

「皆がいた小部屋はさ、ガキの頃俺らがいた部屋なんだよ」

その説明が通じたのは私とシイザーだけだ。

じゃあこの抜け道とやらも。

多分、想像する通りなんだろう。

 

「昔は楽々通れたのにな〜」

嘆くヒスイに、私とシイザー以外はわけわかんなそうにしていた。

 

 

 どのくらい進んだだろう。

「腹減ったし、疲れたんだけど」

代表者って感じで(やっぱり)夏梅がネを上げた。

でも同感だ。

気絶してた時間はどのくらいだろうか。とにかく、ずっと何も食ってない気がする。

ヒスイが溜め息をついてポケットから何やら錠剤の瓶を出した。

「これな、すっごく高いの。出来れば使いたくないけど」

「なんだよ、その薬?」

すぐに訊く夏梅。

「薬じゃないよ、非常食。食べてみ?」

ヒスイは一粒夏梅に手渡した。

「やばい薬かなんかじゃねーよな?」

恐る恐る口に入れる夏梅。

「あ、なんか、ラムネみてぇ」

 

順番に皆に一粒ずつ渡すヒスイ。

「もしくは、金持ち達のダイエット食品」

 

食べてみると、夏梅の言った通りラムネみたいな味と感触がした。

それでいてお腹いっぱいではないけど、少し食事をとったような感じが残る。

「え? 凄い!! なにこれ? 充分だよ、もうお腹空いてないもん!!

喜んだ感想を瑠香が言う。

 

非常食、もしくはダイエット食品か。なるほど。

妙に納得してしまう私達。

「すっげー高いんだからな」

泣きそうな顔をするヒスイを見て、つい笑えてしまう。

「現代にあったら、すげー大ヒットするだろうな」

「私、ほしーよ!! ダイエット絶対出来る!!

物欲そうに見る瑠香。

「瑠香は必要ねーじゃん」

好感度を上げるようなことをさらっと言った夏梅は、村崎に睨まれていた。

 

そうして、落ち着いたところでまた進み始めた。

 

 暫く行ったところで止まるヒスイ。

そして、皆に「静かに」というポーズをした。

そろそろらしい。

さっきよりゆっくり、慎重に、といった様子で進み出す。

こっちも何だか緊張してきた。

 

 

 ゆっくり進んでいたヒスイがついに止まる。何やら様子を窺っているかのよう。

そのまま、スルリと下に降りていった。

「大丈夫そうだ」

小声で、こっちに促す。

「早く、降りてきて!」と、言われても……

 

どうなってんの?

 

……パイプで出来ている小さなハシゴがあった。

それに掴まって音を立てないように降りる私。

皆も続いてきた。

 

降りた先は、さっきの古代大戦兵器(一部)のある部屋の真横って感じだった。

壁づたいに、そーっと入口の様子を見るヒスイ。

 

「誰もいないな」

いかにも怪しかった。

「罠じゃないのか?」

シイザーが促す。

「逆にチャンスかもしれないぞ」

そう言って飛び出すヒスイ。

 

 

……罠だった。

 

大男が、部屋に隠れ、待ち構えていたんだ。

いきなり失敗って!

あいつ本当にスパイ(仮)か!?

 

だがヒスイは、剣を鞘から抜くと、物凄いスピードでその大男に斬りかかった。

 

一瞬でその男の体から血が噴出した。

叫びそうになる口を塞ぐ瑠香。

 

大男は床に倒れた。重い荷物を上から思いっきり落としたような「ドスンッ」という音を立て。

 

あまりのことに、ボーっとしてしまう私達。

あんなに強いのに、どうしてさっきは……

 

ヒスイは、平然と剣を鞘に戻す。

まるで映画でも観ているかのよう。

じゃあ、ヒスイが恐れている、あの、黒ずくめの男は一体どのくらい強いんだろうか。

多分、私にしろ、うちの男ども(夏梅や村崎)にしろ、すぐ殺されてしまうのかもしれない。

その感覚もわかんなくて、複雑な心境になるしかなかった。

ただ、シイザーだけは前に出てヒスイに挑戦的なことを言う。

「ヒスイとも闘ってみたいな」

ヒスイは苦笑いをした。

「勘弁してよ。ガキを苛める気はないんだよ」

「ガキじゃない! 今ここでやってみても構わないぞ!」

ヒスイも、「ガキ」はシイザーの嫌いな言葉だとわかって面白がってるし。

「もう一回刺してやろーか?」

 

「もう!! やめてよ!!

瑠香が二人の間に止めに入った。

「そんなことしてる場合じゃないでしょー?」

その通り。

 

「シイザーさぁ、もう少し大きくなったら長剣装備すれば? そっちの才能有りそうだけど」

ヒスイが宥めるようにシイザーに言った。

シイザーはふぅっと息をついてから呟くように答える。

「……水に濡れるのが嫌で、持ってこなかっただけだ」

「水?」

「なんでもいい。とにかく、早く帰してくれ」

シイザーは会話を打ち切った。

 

そうだ。その為に来たんだ。

この後のヒスイのことを考えると、少し不安も残るけど、ヒスイならなんとかするだろう。

そう思う。

 

一緒に来ればいいのに、とも思うけど。

私達の時代じゃなくても、シイザーの時代とか。

ま、それは無理なんだな〜とも思う。

 

 

薄暗いこの部屋で……

そういえば、古代大戦兵器は一体どこにあるんだろう? なんて、さっきと同じように見渡す。

 

部屋には何も無い。

 

 

ヒスイが、床の文字みたいなのを読んでいた。

そして、わかったように剣を抜く。

 

「ああ、そうなんだ。古代大戦兵器は……」

そう言って、部屋の中心にある窪みに剣を思いっきり刺した。

 

――その瞬間、部屋が急に明るくなった。

まるで電気のスイッチを入れたように。

 

しかも、床が揺れ出した。

 

地震か!? と思った。

でも、なんか様子が違う。

 

なんてゆーか……ベルトコンベアーみたいな感触。

床だけじゃない、部屋全体がゆっくりと、波打っていた。

 

なんだこれ!?

 

「きゃああ!!

座り込む瑠香。

夏梅も倒れそうになって、でも立っていた。

「なんだこれ? きもちわるっ!!

 

「なんか……生き物の体内みたいだ」

村崎の言葉に、私も今それを思った! って思った。

体内なんて、わかんないけど、イメージっていうか。

 

 

「この部屋全体が、古代大戦兵器だったんだ」

ヒスイが言った。

 

え? なんだって?

 

「下を見てくれ」

ヒスイに言われた通り、床を見ると、床に描かれていた文字が次々と変わっていった。

って……

 

――……えっ?

 

文字は何て書いてあるのか読めなかったけど、唯一読めているっぽいヒスイが溜め息をつく。

「すっげー、壊れてら」

 

それは知っている。でも、ヒスイの持っている剣ならば、動かすことが出来るって、シドゥリさんは言っていた……よな? 現に今起動しているわけだし?

ちょっと不安になってしまう私。

 

「ハハ……やっぱり、駄目じゃん」

不吉なことを言うヒスイ。

 

「駄目って、何がだ!?

私より先にシイザーが訊いた。

 

「壊れてるとか、じゃなくて、やっぱ無理だったんだ」

落ち込んだように言うヒスイ。

次の言葉を待った。

「この兵器、確かに壊れている……でも、唯一この剣なら少し動かすことが出来そうだ」

「なら問題ないよね?」

村崎がびしっとつっこんだ。

それでも落ち込むヒスイ。

「問題ないよ。ただ、タイムトラベルは出来ないけど」

 

 

えっ……!?

 

 

タイムトラベルは出来ないって、……えっ……?

 

 

皆が静まり返った。

 

そこに、最悪のタイミングで奴らが来てしまった。

 

 

 

 


【第七章 真剣・カイザー】

 

 入口から、ディアスとかいう眼鏡のおっさんと、シャドーとかいう黒ずくめの男。それから、大男の片割れが現れた。

 

「くっそ!! こんな時に!!

ヒスイが剣を床から抜くと、また部屋は動かなくなった。

シイザーも短剣を構える。

 

「やっぱり言ったでしょう? ヒスイさんは裏切るって」

シャドーは不適な笑みを浮かべた。

そしてディアスは一歩前に出て溜め息を漏らした。

「残念だよ。子供の頃から面倒を看てたのに。シドゥリに何を吹き込まれたんだ?」

 

「シドゥリ様は関係無い! ただ、この人達を元の時代に帰すだけですよ!」

そう言ったヒスイは、少しだけ震えているような気がした。

なんで恐がるんだ!?

そんなに、シャドーって奴が強いのか!?

 

そう思った時、私の考えに答えるようにシャドーが不気味に言った。

 

「恐怖ってやつは素晴らしいですね。特に……子供の頃に植え付けられたモノは、消えないんだ。……ねぇ? ヒスイさん」

 

思わずヒスイを見る。

ヒスイは……少し息を乱していた。

―――――恐怖ってやつ?

寒気がする。

さっき聞いたヒスイの話を思い出した。

この研究所で、何が行われたのかはちゃんと聞かなかったけど、

ヒスイの顔を見れば、きっと、酷い、恐ろしいことが行われたんだと、想像がつく。

実際、さっきこいつらに口裏合わせていた時のヒスイはまるで……

洗脳された人間みたいだった。感情もなく、冷たい人間のようだった。

 

ディアスが「ふふっ」と笑いながら告げる。

「もう、ヒスイには死んでもらおうか? どうせキミの魔術は人工的なものだ。使えば使う程命を奪われていくんだからな。代わりを用意した方がいいだろう」

 

言った瞬間だった。

 

シャドーが動けなくなっているヒスイに向かってきた。

物凄い速さで。

 

私は咄嗟に叫ぼうとした。

でも間に合わなかった。

 

――ナイフのようなものでヒスイを刺そうとしたシャドーを止めたのはシイザーだった。

 

さっきとは逆だ。

ヒスイとシャドーの間に入っていた。

シャドーのナイフを短剣で受け止めている。

 

「貸せ!! 真剣を!!

後ろにいるヒスイに命令するシイザー。

「え……?」

戸惑うヒスイ。

「いや、この剣は普通の奴には使いこなせない……」

言っている間に、シイザーはヒスイから剣を奪い取った。

 

途端、剣が重かったらしく、体勢を崩すシイザー。

 

「ホラ!! 重く感じるんだ!! 普通の奴には」

と言うヒスイの声をあしらうシイザー。

「二刀流が、慣れてないだけだ!」

 

ヒスイではなく、今度はシイザーに襲い掛かるシャドーのナイフを、重そうな剣で受け止めるシイザー。ふらふらっとしてすぐに倒されてしまった。

 

「シイザー!!

シイザーの危機に、夏梅が何かをシャドーに投げた。

それは携帯電話だった。

勿論、当たりはしなかったけど……

 

――その隙でシイザーはシャドーの体にヒスイの剣を突き刺した。

血を浴びてニヤッと笑うシイザー。

「……剣が軽くなったぞ!!

そう言って今度は短剣をシャドーの首に刺した。

 

思わず目を瞑った。

 

絶対見れない!! そう思った。

誰かが倒れた。

瑠香が気絶したんだ。

 

それを支える村崎。

 

「シャ、シャドーが……」

ディアスが信じられないというような声を出した時だ。

 

 

「……お見事!」

 

首を刺されたはずのシャドーが平然と喋った。

「息の根を止める剣。お手並み拝見させていただきました」

シャドーはそう呟くと、黒い影のようになって消えた。

 

……消えた……?

 

……え……

 

呆然とする皆。

ディアスまで呆然としていた。

一番呆然としているのはシイザーだ。

 

「……シャドー……か」

呟いて、刺したはずの剣を見つめる。

それから……自分の手を見て、複雑そうな顔をしている。

 

 

私は夏梅を見た。

夏梅も、自分を見られても困る、と村崎を見た。

村崎は俯いて瑠香の様子を窺う。

瑠香は気を失ったまま静かに眠っていた。

 

「くっ……ならば、ガイザック!! 頼んだぞ」

一番の戦力を失ってしまったようなディアスは焦ったみたいだが、それでもガイザックとかいうでかぶつをこちらに向かわせる。

 

その時、いつの間にかシイザーから剣を奪い返し、私達を守るように前に立ったのはヒスイだった。

「シイザーにいいとこ取られた!!

文句じみたことを言いながらガイザックに立ち向かう。

動きが鈍いガイザックの攻撃をかわして、剣を振り下ろすヒスイ。

ガイザックの体からは血が吹き出た。

 

「よっしゃ!!

ガッツポーズをする夏梅。

 

ヒスイの方が強さは上みたいだ!!

勝てる!! 皆が多分そう思っていた。

 

だが、斬られた所を押さえたガイザックは何か様子が違った。

「くっそ〜!!

叫ぶガイザックの体は「メキメキメキ」っと骨が折れるような音を立てて、なんか……巨大化していった。

……元々二メートルくらいあった体が、更に大きく三、四メートルくらいになって、高い天井だったけど、頭が支えそうになった。

 

なんだよ、これ……

 

見上げて私は、自分の頭がおかしくなったのかと思った。

明らかに普通じゃない。

瑠香じゃないけど、気絶したい、そう思った。

 

投げた携帯(多分壊れた)を拾いにいった夏梅は腰を抜かしていたし、村崎は瑠香を守るように支えていたけど、口を思いっきり開けていた。

さすがのシイザーも信じられないって顔をしている。

 

「これは……!」

見上げて驚く声を上げるヒスイに、ディアスは満足そうに言った。

「実験の、結果だと、言おうか?」

 

 実験って……

一体どんな実験をしたんだ?

変な薬とか?

もう、次元が違う。

 

短剣で巨人・ガイザックに向かうシイザー。

でも、短剣で刺してもあまり効かないらしい。

 

ガイザックは大きな足でシイザーを蹴り飛ばした。

 

ドンッ!! っと物凄い音がした。

「……っう!!

飛ばされたシイザーは壁に激突して倒れる。

 

「シイザー!!

夏梅が駆け寄る。

「……大丈…夫だ……っ!」

咳き込みながらシイザーは体を起こした。

 

ヒスイもガイザックに向かう。

 

だが、大きく振り落としたガイザックの拳がヒスイを襲って、中々近付けないでいた。

 

 

「あいつ、パワーアップしてるじゃん。ラスボスくせー」

夏梅が情けない声を上げる。

「お前ら、なんとかしろよ!! ヒスイの援護しろ!!

私が言うと、ガイザックの方を見て首を振る夏梅。

「いや、無理だろ!!

駄目だ、こいつ。

そう思う私に、瑠香を預けてくる村崎。

「福澤さん、桶口さんを頼むよ。オレ、ヒスイ手伝うから!」

 

カッコイイことを言った村崎。

瑠香が気絶していてホントに残念だ。

 

村崎は前に出て、気合いを入れてガイザックにつっこんでいった。

夏梅が止める間もない。

「うおーーーーーーーーーーーーーー!!

 

叫び声が勇敢だった。

 

シイザーは村崎の考えがわかったらしく、続くように向かっていった。

そしてヒスイに指示をする。

「オレ達がやろうとしていること、わかるか!?

なんてガキだ。

ホントに、人に命令するのが得意ってゆーか、なんてゆーか。

 

「わかったぁ!!

叫んだのはヒスイではなく夏梅だった。

「ああ、くっそ!! 亮に負けてたまるかよ〜〜〜〜!!

 

なんと、夏梅まで飛び出した。

「うおらぁ!!

叫びながら、ガイザックの振り下ろす拳や蹴ろうとする足を避ける夏梅。

必死で避けているのは村崎やシイザーも同じだ。

 

そして、三人はガイザックの足を集中的に狙って攻撃をかましていた。

……短剣で攻撃するシイザーはまぁ、カッコイイが、殴ったり蹴ったり無我夢中でタックルする二人は微妙だった。

でも、瑠香にはカッコ良かったと伝えてあげよう、と密かに思う。

 

――ガイザックがよろめいた。

村崎が……三人が、狙っていたのはこれだったんだ。

 

よろめいたところで更にタックルして、ガイザックを倒す。

 

私は瑠香を引っ張って、安全な方へと逃げた。

 

 

その時、大きな音と振動と共にガイザックが倒れた。……いや、倒された。

 

 

私からは、振動が凄くてよく見えなかった。

必死で瑠香の体を支えた。

 

激しい振動が止んで、見ると、ガイザックの体はみるみる小さく……元の大きさに戻っていった。

……――その中心にヒスイがいる。

ヒスイの剣は、ガイザックの胸の辺りを突き刺していた。

……!!

思わず口を押さえてしまう。

見れたもんじゃない。

 

血が噴出していたとか、それ以前に、カイザックの体は、水を沢山含んだようにブクブクになっていた。

人の体って、こんな風にもなってしまうのか。いや、もう人間とは呼べない何かのような……

私はすぐに目を瞑った。

「……うっ!!

「うわぁっ!!

村崎や夏梅が口を押さえるような声も聞える。

 

ホントに、気絶してて幸せだよ……

 

何も知らない瑠香を羨ましく思う。

 

「後は、貴様だけだぞ」

シイザーの声が聞えた。

そっと目を開けると、短剣をディアスに構えたシイザーの姿があった。

「……な、なんてことだ……」

腰を抜かして怯えているのはディアス。

 

ヒスイが……剣を抜いてゆっくりとディアスの前に行った。

 

「……ディアス様……」

 

「私を殺すのか? ヒスイ……」

声を震わすディアスは、まさに恐怖に怯えた顔をしていた。

 

ヒスイは、まさか……ディアスを……?

「ヒスイ!!

私が呼ぶと、ヒスイは首を振って静かに言った。

「……殺しません」

そう言いながらも剣を向けるヒスイ。

手が、少し震えているように見えた。

「捕まってもらいます。ただ……」

俯くヒスイ。

「俺は、もう、……あなたの味方でも、シドゥリ様の味方でもない」

 

 

ヒスイは剣を納めた。

 

私は瑠香を村崎に任せてヒスイに駆け寄った。

足が勝手に……駆け寄っていた。

 

その私に、もたれるように抱きしめてくるヒスイ。

……嫌じゃなかった。

少し震えているようだったから、私の手でそれが治まるといいと思った。

 

「ハハハハハ……ハハハ……」

ヒスイは乾いた笑いをしていた。

 

その間に、シイザーは前に使ったロープを持ってきて、ディアスを縛り上げていたようだ。

なんか、なんでこの中学生はこんなこと出来るんだろうとか、疑問に思ったけど、あえて聞かないでおいた。

 

 

 

 瑠香が目を覚ましてから、落ち込む皆に衝撃の一言を言うヒスイ。

「さて、じゃ、帰るんだろ? 自分達の時代に」

聞き捨てならない。

 

「お前、タイムトラベル出来ないっつったじゃん!!

まず夏梅がつっこんだ。

皆同じ考えだと頷く。

「え? それは言ったけど……だから?」

とぼけるヒスイに私がつっこんだ。

「だったら、帰れないってことだろ?」

それを聞いて、ヒスイは噴出すように笑った。

「あはははは。ごめん。そんなつもりで言ったんじゃない!」

?? どういうことだ?

「タイムトラベルは、出来ないよ。だから、俺はそっちの時代に行けない。でも、なんとか皆が元の時間に戻るくらいはできる」

 

……

 

……そういうこと、か。

そういうことか。

 

「んだよ!! びびった〜〜〜〜〜〜〜〜!!

地面を蹴る夏梅。

「オレも、ここで暮らす覚悟しちゃったよ〜」と嘆いたのは村崎。……村崎は瑠香が居れば、それもアリって思ってるっぽかったけどな。

「椿〜!!

瑠香が安心したかのように私に抱きついてきた。(それを羨ましそうに見る村崎)

「……、……ああ、そうか」

シイザーはすっごいホッとしたように小さく呟いた。

 

ヒスイは私の顔を見る。

「俺はすっごい残念なんだけどさ」

そんなこと言われると……なんてゆーか、

微妙に寂しい……というか。

 

 

なんてゆーか……

 

 

「ねぇ! 時間が元に戻るってことは私達、ヒスイさんのこととか、セレスティアのこととか忘れちゃうのかな??

突然瑠香が気付いたように言う。

私達は顔を見合わせた。そしてヒスイの方を見た。

「……どうだろ? ……忘れないでくれよ?」

ヒスイは残念そうに微笑む。

 

嫌だ。

忘れたくない……。

強くそう思う。

 

絶対忘れたくない……!

急に哀しくなった。

だって……ヒスイを忘れるなんて、ありえない!

「忘れないよ、絶対!!

私の代わりに、瑠香が言った。

 

どうなんだろう……急に不安になる。

 

ヒスイは、どんな気持ちなんだ?

ヒスイは……

私をじっと見つめた。

「忘れないだろ?」

「……うん」

頷く私。

 

この寂しさは何なんだろう……寂しいというか……少し苦しいような。

 

明るく言うヒスイ。

「ってか、まずは失敗しないかなんだけどね」

 

 

 

 


【第八章 別れ】

 

 部屋の真ん中辺に行って、私達はヒスイの行動をじっと見ていた。

ヒスイはさっきと同じように剣を窪みに刺す。

――すると、さっきと同じように部屋が奇妙に揺れた。

ヒスイは剣を掴んで、次々と変わる部屋の文字を読み上げて唱え始めた。

その様子をただ黙って見る私達。

やがてヒスイの剣に文字が刻まれた。

 

「……多分、これで行けそうなんだけど」

そっと剣を抜くヒスイ。

部屋は静まり返って、でも剣は白く光った。

そして、その剣に向かってまた、何かを唱えるヒスイ。

 

……唱えるのをやめたヒスイは、床に円を描いた。

その円が光り出す。

 

「これで、各自元の時間に戻ると思うよ。存在してはならない時空から、戻るんだけどさ。……失敗したらごめん」

嫌なことを付け足すヒスイ。

「とにかく、入って」

促されて、私達は狭い円の中に入った。

「間違って、こいつらの時代に行かないだろうな?」

シイザーが念を押す。

「だから、戻るだけなんだ。大丈夫だよ。……たぶん」

最後は自信無さ気に言ったのが、シイザーを不安にさせたようだ。黙って俯いてしまった。

 

ふと見ると、自分の体が足元から消えていく。

立っている感覚はあるのに、目では見えなくなっていく……変な感じだ。

 

……いよいよ、戻るんだ……多分。

そう思うと、妙に緊張が高まる。

そして、焦った。

 

どうしよう……

何か伝えなきゃ……

 

凄い焦ってしまう。

だって、このままヒスイともう二度と会えなくなるなんて……

嘘だろ??

何を伝えよう……

焦っている内に体はどんどん消えていく。

 

「さようなら、ヒスイさん!! 絶対忘れないから!!

瑠香が少し泣きそうになって言った。

 

 

泣きそうなのは……瑠香!?

 

 

 

近付くヒスイ。

 

「ツバキ!! いっつも信じてくれなかったけど、好きだから!! 俺……ホントにお前のこと、好きだったんだよ!!

初めて見る顔だった。

目は真剣で……

でも、顔は……真っ赤にしていた。

「ツバキも俺のこと、好きだったんだろ?」

な……

最後に、

それかぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?

 

私は顔が凄く熱くなった。

怒りで?

……わからない。

 

もうすぐ消えそうなのに、肩を掴んでくるヒスイ。

しかも顔を近付けてきた。

 

ま……まじかよ!!

 

私も混乱してうっかり目を閉じてしまった。

混乱してっつーか、

なんつーの?

 

多分寸差で、眩しくなったから、そっちを理由にしとこうか。

 

「おい!! ヒスイ!! 剣をくれるって言っただろう!!

それどころじゃないのに、シイザーの声が聞えた。

 

「ああ、そうだ!! 悪かった!」

ヒスイの声が聞えて、何か(多分剣)を渡すようなやりとりが感じられる。

 

早くしろ〜!! ヒスイ!!

……いや、眩しくて目を瞑ってるだけなんだけどさ。

 

っつーか、最後の最後でシイザーのやろ〜〜〜!!

 

 

 

―――――

 

 

あれ……?

どっちだ……?

 

したのか?

してないのか?

何かを感じたような気も……しないでもないけど……

え? どっちだ?

 

「椿ーーーーーー!!

突然、瑠香の声がして、目を開ける私。

 

 

見えてきたのは……

 

瑠香の顔と、……見覚えのある部屋。

凄く、懐かしい。

 

見覚えのある、部屋。

 

と、夏梅と村崎。

と、……見覚えのある部屋……?

どこだ? ここ……

頭がぼーっとしてしまう。

 

今、何やってたんだっけ??

 

「椿!! 帰ってきたんだよ!! ここ、校長室だよ!!

 

ああそうだ!!

 

――校長室だった。

床に、絵が落ちている。……そう、高そうな絵画……そして、額縁はない。

 

そうだ!!

 

ポケットを探る私。小さな丸い……水晶のような石が出てきた。

……なんて、いう名前だったっけ、これ……?

 

夢から覚めたような感覚で、不思議だ。

でも……

三人を見る私。

顔を見合わせて皆で頷いてしまった。

「忘れてないよね?」

瑠香が訊いてくる。

 

うん。

忘れてはいない。

少し、おぼろげな感じにはなっているけど……

ヒスイのことは忘れていない。

「あの時間に、戻ってきたのかな? オレ達」

村崎が確認するように言った。

そう、四人で絵画を色々と……その……何してた時間だっけ?

 

「ちょ……!! あきら!! 何持ってんだよ!!

村崎が指した先――

夏梅の手には、剣が……ヒスイの持っていた剣があった。

「な、なんじゃこりゃ〜〜〜!!

本人が一番驚いている。

「それって、シイザー君が渡されたんじゃないの!?

瑠香が思い出すように言った。

 

そうだ、……多分……あんま憶えてないけど、そんな気がする。

 

夏梅は剣を掲げてじっと見ながら呟いた。

「ああ……なんか、手元になんか渡されたから、つい受け取っちゃったんだよ。やっべ〜、シイザー怒るかな」

言われて、ガッカリしているシイザーが思い浮かんで、申し訳ないけど笑ってしまった。

「多分、怒ってるよ」

村崎も噴出しながら言う。

「でも、もう渡せないしね!」

 

一斉に笑った後、夏梅が困った顔で首を傾げる。

「でも。これ、どうすんべ〜」

 

そこで、思いっきりドアが開けられた。

校長か!? と思ったが違った。

 

「だれだ〜? こんな所で騒いでいる生徒達は〜!」

茶髪に眼鏡姿の……先生。

7組(隣のクラス)の担任、堀河だった。

私達の姿を見るなり、手を腰に置いて入ってくる。

「校長殿がいないのに、勝手に入っちゃ駄目だろ? 何してた?」

じろ〜っと見られて、慌ててしまう私達。

なんて、言い訳すればいいんだ?

「いいんだ。先生わかってますよ。大方…」

堀河はフッと笑うと、小さな声で言ってきた。

「校長室のソファで、くつろいでたんだろ〜? 先生もたまにやっちゃいます」

 

……。

良かった。何か勘違いしてくれてるし、そういや堀河は変だから平気だ。

と思ったのも束の間。夏梅の剣に気付いて首を傾げる堀河。

「あれ? なんだ、それ……」

「あああ……えっと……」

動揺する夏梅。

 

ど、どうしよう……そうだ!!

咄嗟(とっさ)に思いつく私。

「あ!! 演劇部……演劇で使ってるんです!!

頼む!! 騙されてくれ……!!

 

 

「……へぇ、かっこいいじゃん。凄いなぁ〜!」

まんまと騙されてくれた堀河。

私達はうまく誤魔化しながら校長室から出て行った。

四人で思いっきり大きく溜め息をついてしまう。

 

暫く廊下を歩いて、堀河が見えなくなってから、剣をどうしようか話す。

「椿が預かってくれよ、ホラ、ヒスイの形見なんだし」

剣を私に渡してくる夏梅。

ってか、形見って……死んでねーし。

「椿はヒスイさんと……!」

思い出したかのように瑠香がニヤニヤしてこっちを見てきた。

「なんだよ!」

妙に慌ててしまう。

「照れないの〜!!

つっついてくる瑠香。

そんなこと言われると、変に意識しちゃうじゃないか!!

「照れてねーよ!」と言っても、全然わかってくれなそうな瑠香。

 

「どっちにしろ、福澤さんが持っててよ、演劇部かなんかに置いておけない?」

村崎が話題を戻して言ってきた。

 

まぁ、うまく誤魔化せる……か? 小道具置き場にでも置いておけるか?

 

私は一応剣を預かった。

 

「さて! 椿……。……私達、何しようとしてたんだっけ??

瑠香が訊いてきたが、なんか思い出せない。

四人で黙って考えてしまった。

すると突然村崎が手を叩く。

「オレ!! 部活だ!!

そうだ!! 顔を見合わせる私と瑠香。

「私達も部活……?」

「違うよ!! お昼食べようとしてたんじゃん!!

瑠香が言ったことで思い出した。

「オレは……なんだ? 何で学校にいんの?」

まだ思い出せない夏梅に三人で同時に教えてあげる。

「補習!!

思い出したように夏梅は嫌な顔をした。

「いや、補習ってゆーか……補習じゃないっつーか」

言い訳しなくてもわかってる……バカだって。

 

そうして、私達はその場で次の目的地へ行く為に別れた。

 

 

 

 


【終章 17歳の誕生日】

 

「例えもう会えなくとも……私はあなたを愛しています」

 

私は目の前にいる男性に抱きつく。そして……

 

――パンッ!

手を叩く音が響いた。

 

その音で、私は『自分』に戻る。

「よかったよ〜! 椿!」

前に座っていた女子が小さく拍手をしながら立ち上がった。

同じ部活で同じクラスの葉月だ。

葉月の横にいる、先程手を叩いた女子は、部の部長のピン子(あだ名)。彼女が皆に促した。

「なにかある人〜?」

私の目の前には、葉月、ピン子、含めて十人の女子と一人の男子が座っている。

皆、同じ部、演劇部のメンツだ。

 

立ち上がった葉月が、そのまま手を上げる。

「は〜い!」

「はい。じゃあ、葉月」

ピン子が葉月を指すと、葉月はうっとりしたような顔をして言った。

「椿、ホントに良かった……! 思わず泣きそうになっちゃった!」

葉月の言葉に、座っている皆もなんか頷いてくれている。

「今までも良かったけど、なんつーの? 更に感情が入ってるっつーかさ!」

葉月に続いてピン子も褒めてくれた。

「うんうん! すっごい感情入ってた!」

そう言われると少し照れてしまう。

 

もう会えなくなる恋人に想いを告げるシーン。

 

何故、二人は別れなければならないのか、なぜ……愛し合っている二人が……

なんてことを考えると、胸が締め付けられるようで。

今までも主人公の気持ちを考えて演技をしていたけど、今は……伝わってくるというか……そんな感じだ。この演技をした後、何故か虚しさがいつも込み上げてきてしまう。

自分も、泣きそうになってしまう。

 

そんなことを考えていると、いつものように葉月が意地悪そうな顔で付け足した。

「ちなみに、藤井君のイマイチさは変わってません! 相変わらずドラマっぽいでーす!」

藤井は劇で今私が抱きついた男子だ。掛けている眼鏡を無駄にくいっと上げ、面倒臭そうに反論する。

「オレのどこがダメなんだよ! ちゃんと部活出てるじゃねーか。つっか、忙しいんだよ! オレは!!

「忙しいって、どうせバイトでしょ〜? 部活出るのは当たり前じゃない!」

言い争いになりそうな葉月と藤井を止めるピン子。

「はい! 終わり!! 他に講評のある人?」

 

 

――あれから数日が経った。

私は相変わらず部活に励んでいた。

なんか……あれは夢だったのか? ともたまに思ってしまう。

でも、切なさは、抜けなくて。

友達の瑠香やクラスメートの夏梅や村崎と体験した不思議な話。

ありえなすぎて笑ってしまう。多分バカにされるから誰にも話していない話。

……実際にあったこと。

不思議少年シイザー、セレスティア、そしてヒスイとの出会い。

忘れるわけがない。

忘れるわけがないのに、こうして普通の生活を普通に過ごすと、信じられなすぎて、思い出がぼやけてしまう。ただ、瑠香は連日のようにあの時の話をするから、現実だったな、と認識は出来るけど。

 

 

ピン子は皆を見回してまた手を叩いた。

「はい、無いみたいですね。では次のシーン…」

「は〜〜い!」

遠くから女子の声がした。

部員じゃないみたいだ。というか、この声は……

 

声がした方を見ると、いつの間にか一人の女子が近付いてくる。

ここは体育館だった。

一応誰でも入れるようにはなっているけど。

「あ! 瑠香!!

私の代わりに葉月が言った。

そう、瑠香だ。

「今日は大事な日なので演劇部に休憩を申請しにきました〜!」

そう言っていつも邪魔しに……ん? 大事な日?

 

そこでピン子が笑いながら手を叩いた。

「そうね。もうお昼だし、休憩にする?」

 

 

―――――

 

「ハッピーバースディ! 椿!! 17歳おめでとう!!

 

部室に着いた途端、皆が口を揃えてお祝いしてくれた。

 

 

そうだ。今日は私の誕生日だったんだ。

 

あんま実感ないけど……ああそうだ。17歳……ついに17歳になっちゃたんだ。

 

「17だよ? セブンティーンだよ? やばくね? 年寄りじゃん!」

藤井が嫌なことを言ってくる。……ぶん殴ってやろうか?

 

「椿、おめでと〜!」

部員の皆が次々にプレゼントをくれる。うちの部ではそれがお決まりになっている。

皆、変なプレゼントを嫌がらせのようにくれるんだ。

単語帳のハンカチとか、気味の悪い人形とか、皆が笑うもの。

ま、嫌ではないけど。とりあえずありがたく受け取っておく。

 

「じゃ〜ん♪」

瑠香が葉月と一緒に日常ではあまり使われないような言葉を発しながら包みを出した。

たぶん、大きさからいって……

 

包みを開けるとやはりケーキだった。手作りではなく、買ったものっぽいけど、さも自分達で作ったかのような得意気な顔をしている。

ま、嬉しいけど。

ただ、部員全員で分けると一人分の大きさが少々小さめになってしまった。

お弁当やらの前に先にケーキを食べてしまう皆。

お腹が減っていたし、甘いものでもやっぱり美味しいんだ。

 

食べながら、葉月が言ってきた。

「ね、校長室の絵画の噂、知ってる?」

一瞬ギクッとなる。

つい顔を見合わせる私と瑠香。

「知ってるよ〜!」

嬉しそうに瑠香が言った。

「違うよ、瑠香が言ってた七不思議じゃなくて」

葉月は首を振る。

 

「絵画の額縁が、盗まれたって話!」

 

「あ! オレ、セイギからその話聞いた!!

藤井が首をつっこんでくる。

「折角オレらが絵画守ったのに。ってか、額縁盗んでどうすんだろな?」

私は息を呑んで瑠香と顔を見合わす。

 

額縁は……変な図書館で、瑠香が壊したんだ。それでそのままにしてて。

 

「なーんか、マコチンが……あ、堀河がすっごい慌てててさ」

「堀河っちが〜?」

不思議そうにする藤井と葉月。

 

やばい。犯人は私達だ。

なんてことは口が裂けても言えないし、言ってもどうにもならないし。

瑠香も(特に瑠香が犯人なわけだし)動揺して、ちびちび食べていたケーキを丸呑みしているし。

と、そこで葉月が話題を変えてきた。

 

「あ!! そういえば、誕生日じゃん!!

 

……嫌な予感。

 

「そうだ!! 誕生日だ!!

藤井も続く。

そして二人で口を揃えた。

「約束の、恋の相手は??

 

「勿論、できました〜!!

言ったのは瑠香だ。

「椿はね〜、素敵な恋をしたんだよ〜♪ …」

慌てて瑠香の口を塞ぐ私。

葉月と藤井は興味津々だ。

「まじで!?

「誰だれ?」

「うちのクラスの男!?

口々に訊いてくる。

しかも、横で話を聞いていた部員達もちゃっかり加わって、皆で訊いてきた。

 

冗談じゃない!!

 

その時私のバッグから、ケータイの着信音が鳴った。

ケータイを取り出す私を覗き込む皆。

メールだったし。

アドレスを無理矢理訊かれた夏梅からだった。

「彼氏から?」

と騒ぎ立てる皆に続いて、画面を見た葉月が大声で言う。

「アッキー(あだ名)からじゃん!! え? アッキーなの? 相手!!

「アッキー?」

皆の質問に嬉しそうに答える葉月。

「うちのクラスの夏梅! あきら君!」

「夏梅君!?

口々に驚いた声を出す皆。

夏梅は何故かちょっとモテる。バカなのに。

って、そうじゃなくて!!

「違うよ!! ただのメール!! あいつが勝手に送ってくるの!」

私は思いっきり言い放った。

あいつが相手って……ありえね〜。

 

メールを読むのは後回しにして、ケータイを横に置く私。

「でも、メールやりとりしてるんだ〜?」

にやけて言ってくる葉月に瑠香が訂正した。

「違うよ、椿の相手はあきら君じゃなくて…」

ややこしくなる。

「誰でもない!! 恋の相手なんて出来なかった!!

きっぱり言い放つ私。

そう、結局恋の相手なんて……出来なかったんだ。

と、思う。

……頭に浮かんでしまったヒスイの顔は一応見なかったことにしておく。

 

「なーんだ」

意外にあっさりと引いた皆。

そうだよな。私の性格知ってるから、そうだと思うよな。

ちょっと悔しく思いながら、朝買ってきたコンビニのパンの袋を開ける。

 

ツナトマトパイを食べながらちっとも変わっていない日常を少しつまらなくも感じた。

 

「あ! 亮君からメールだ」

 

……ちっとも変わってなくもないか。

 

今、ケータイでそのメールを見ているのは瑠香。あの後村崎と瑠香の仲は進展して……だったら面白いけど、そんなことも無く……。でも、少し仲良くなったからか、瑠香は村崎のことを下の名前で呼ぶようになった。

良かったな! と村崎に言ったら、村崎は「あきらと同じランクに並んだだけだよ」と嘆いていたが、ま、進歩はあったからやっぱり良かったんだと私は思う。

「なんだって?」

私が訊くと瑠香は

「ん? 椿に、誕生日おめでとうって伝えてって。自分で言いにくればいいのにね。今日は卓球部も部活らしいんだから」

平然とそれだけを言う。

……駄目だ、村崎……もっと私を利用してもいいから、メシ誘うとか、そんくらいのことしてみせないと。

やっぱ進展は当分望めないな、なんてことも思ってしまった。

「あきら君はなんて?」

そう訊く瑠香に、そういえば夏梅のメールを読んでないことに気付く私。

めんどくさいけど、メールを開くことにする。

 

『件名:ヒスイ』

正直、ビビってしまった。

何考えてんだ、あいつ。

 

ちょっとドキドキして本文を開いてみる。

『新しいケータイ買ったぜ♪ 番号とかアドレスとか変わってないからさ。ところで椿、オレ実はヒスイから伝言預かっていたんだよ。それを今から送るから』

そう書いてあった。

……いつの間に!?

伝言なんて、いつの間に?

そんな時間なんて、あったんだろうか?

よーく思い出してみる私。

 

もしかしたら、私が気絶している時とかか?

それだったら、微妙に思い当たるような気もした。

 

『オレじゃないよ、ヒスイが言ったんだからな』

念を押すように、夏梅の言葉が書いてある。

その後は暫く空白になって……で、文章が出てきた。

緊張しながら読む私。

 

本当に、ヒスイの言葉?

本当に?

 

 

 

 

「あきら君、なんだって?」

窺ってくる瑠香の声で、我に返った私。

 

もしかしたら、この文は、夏梅が考えてくれたのかもしれない。

いや、バカだから、考えられないか?

ってゆーか、夏梅が私の為に、だなんてことは……ないだろうな。

 

 

「誕生日、おめでとうだってさ」

 

私は答えた。

 

「へぇ〜、あきら君さすが! 女の子の誕生日は忘れないって感じだね」

感心したように言う瑠香。

……ホントだよ。

「ちょっと忘れ物したから」

咄嗟に嘘が出た。

「え? 椿……!」

止める瑠香の言葉も無視して、私はケータイを持ったまま部室を出た。

そのまま廊下を走って体育館に向かった。

 

……何がしたいんだ?

何がしたいんだ? 私。

 

わけがわからない。

わけがわからない。

 

……青春ドラマ?

 

ヒロインでも演じたいのか!?

 

 

 体育館に着いた私は、クーラーの効いていない蒸し暑さと、走ったせいで凄く汗をかいていた。

汗と一緒に、涙まで出てくるしまつ。

「……バッカじゃねーの?」

自分に言ってやった。

 

“恋だと思う?”

 

ふと、いつだかヒスイが私に訊いてきた言葉を思い出した。

「わっかんね〜」

誰か聞いてたら、変な奴だと思われるだろうけど、一人で答えてやった。

 

こんな時、物語の最後だったら、魔法の力かなんかで、ヒスイが目の前に現れるんじゃないか?

なんて……

思ってみた。

 

でも、そんな都合のいいことなんて……

あるわけない。

 

いつか、きっとまた会えるから……何てことも、夢見る乙女じゃないし、考えられない。

 

悔しい。

 

すっごく悔しかった。

「……生まれ変わりじゃなくて、今会いに来てくれよな」

つい、ボソッと言ってしまった時だ。

 

「つばき……!」

 

声がした。

 

……ヒスイ!?

 

 

 

振り返ると、そこには……

 

 

私服姿の夏梅が立っていた。

 

私の顔を見て、驚いたような顔をしている。

そして、手に持つケータイの方を見てから俯いた。

「あ……っと、……ごめん」

 

私はすぐに汗と涙を拭いた。見られたのが恥ずかしくて、夏梅を見られなかった。でも、一応聞いてみる。

「なんで、ここにいんの?」

「あ……亮とさ、盆祭り約束してて。亮だけじゃなくて、オレの友達とかもいんだけど。卓球部、二時で終わるっつーから、迎えにきたの。でもちょっと早かったから、そういや椿…ってか、演劇部、練習してたかな〜? とか思ったんだけど」

キョロキョロする夏梅。

「今、休憩中」

私の答えに「ふ〜ん」と頷く。

メールのこととか、涙のことは訊いてこなかった。

何で一人でいるのか、とも。

その代わり、思いついたように提案する。

「あ、椿とかも一緒に来る? 盆祭り」

今は盆の時期だ。盆祭りというのが、花火大会よりは小さいけど、結構色んな所で行われていた。

普段なら、断るけど……

「村崎来るんだっけ? じゃ、瑠香連れていくよ。何時? どこ?」

お節介も加わって、誘いに乗ることにした。

「おお、いいじゃ〜ん! 亮にはあえて秘密にしとくよ。あと劇部で誰かいない? 葉月とか」

ウキウキした様子で頷く夏梅。

「じゃ、葉月も誘ってみる」

私の答えに喜んでガッツポーズをした。

 

「っあ〜〜〜!! 葉月といえば! 葉月と海行きてぇ〜!!

そしていやらしそうな顔をする。

葉月はスタイルがいい。男って、皆こうなのか?

そう思う私に、余計なことを言ってくる。

「お!! いいね、椿はそういう、ムスッとした顔してなくちゃ」

……失礼な!!

「うるさいよ!」

私が怒ると、夏梅は楽しそうに廊下へ出て行った。

「あとで! メールするから! 部活終わったらそっちもメールしてよ!」

そう言いながら駆けていく。

卓球部が活動している、第一体育館(体育館は二つある)にでも行くのだろうか。

 

それでも、

なんか、元気出た。

 

皆で行く盆祭りも楽しそうだし、悪くない。

 

……メール、ね。

 

もう一度メールを見る私。

 

辛いから、消去してしまおうかとも思った。

どうせその内消えるし、そのままにしておこうかとも。

でも、

あえて『保存』した。

 

多分、いい思い出になる。

 

いつか……

 

 

 

そう思ってケータイをポケットにしまった。

ジャージのポケットにはもう一つ、お守りとして、“封力石”も入っていた。

 

 

 

 

『椿へ。

 

オレは、椿のことが好きだ。

それは変わらない。

たぶん椿は、これから好きな男ができるだろう。

そう考えるとちょっと悔しい。

ただ、もしかしたらそれはオレの生まれ変わりかもしれない。

と思うと少しだけ楽しい。いや、複雑。

君に会えてよかった。

短い間だったけど、最高だった。

だから、忘れるな。たまに、思い出して。

オレへの想いも少しだけ残して。

 

それと、誕生日おめでとう!

何歳になるんだ?

たまには笑って下さい。

 

ヒスイより』









END


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