エバーアイランド(05.10.18〜公開・完結05.11.20)


【目次】
[―神話より―]
【序章】
【第一章・楽園に残された青い小鳥】
【第二章・壊れた街の少女】
【第三章・風の国】
【第四章・再会】
【第五章・フレイ国収容所】
【第六章・海底都市】
【最終章・神の石〜エバーアイランド〜】


[―神話より―]

 

 大昔、大陸は一つであった。

 そして、神は『科学』と『魔法』両方を兼ね備え、人々もその知識と知恵を与えられた。

 

 ある時、五人の神は一つの石を創った。

 だが、愚かな人々はそれを奪い合い、争いを始めた。

 

 やがて、石の力により、大地は裂け、大陸は二つに分かれた。

 怒った神は石を隠し、姿を隠した。

 

 それから人々は……

 

 一方は科学、一方は魔法……それぞれ知識を失った。

 

 

 


【序章】

 

 ――長きに渡って、争いが起きていた。

 科学が発達した北大陸『同盟軍』対、魔法が発達した南大陸『連合軍』

 世界の人々を巻き込んだこの戦争は、

 いつ始まったのか、なぜ戦うのか、それさえもわからなくなっていた。

 

 

「上の大陸では、戦争が酷くなってきている。……力を封印してもまるで意味がない!」

 一人の女性が、嘆くように言った。

 ウェーブがかった赤紫色の髪を掻き上げて、「ふぅ」と溜息をつく。

 薄暗い部屋で、女性は男と酒を飲んでいた。

 相手の男は、かなり図体がでかい。普段は、図体だけでなく態度もでかいのだが、この女性の前だけはそうでもなかった。

「争いなんてそんなもんだよ。……昔から。お前さんが気にする事ないさ、イシュタル」

「ちょっと!! アダド!」

 イシュタルと呼ばれた女性は男――アダドをジロリと睨み付けた。

「ここでは『マリン』で通っているのよ!」

「おお、すまんな、マリン“人魚姫”!」

 ふざけて言うアダドに、更に睨みを効かすイシュタル。

 アダドはびびりつつ会話を戻した。

「結局、原因ってやつは『夢』みたいなもんだからな。目が覚めて、初めておかしな事に気付く」

「でも、このままでは……アレが見つかるのも時間の問題かもしれない。封印の力も弱まっているし」

 深刻そうに言うイシュタル。

 対して、アダドは笑いながら返した。

「わはは。そいつは厄介だ! 過ちの繰り返しか」

「ふざけないでよ!」

 目を伏せて、酒を飲むイシュタルの耳に光る、赤いひし形の宝石のピアス。

 それを見ながらアダドは自分の右手を掲げた。

「大丈夫。コントロールができなきゃ、力があってもただの石さ。要するに、こうやって俺様達が欠片を身に着けていれば」

 中指にはダークパープル色の宝石のついた指輪。

「……そうね」

 頷き、それでも何かを考え込んでいるイシュタルにアダドはコップを差し出した。

「まぁ、というわけでもう一杯!」

 その言動には呆れて溜息が出る。

「アンタねぇ! 私が昔の馴染みで甘くしてやるのも、いい加減限界よ。早く、ここのツケを払って頂戴!!

「そう言わずに! ここは夢の竜宮城だろう?」

 反省しないアダドのコップを受け取り、イシュタルは片手で握り潰して粉々に砕き割ってやった。

「返事は?」

 

 アダドは小さくなってボソボソと答えた。

「すみませんでした」

 

 

 

 


【第一章・楽園に残された青い小鳥】

 

 幾度も繰り返される争いの中。

 かつて、人間の為に造られた『エバーアイランド』は、大切な子供を守る為の“子供達だけが住める島”となった。

 

 その、小さな楽園に、ユウキは住んでいた。

 そこが、ユウキの世界の全てだった。

 

 

 

 澄んだ空、透明な海に白い砂浜。草や木が生い茂り、暖かい島の風が沢山の花を揺らしている。

 いつもと同じ風景に、夕日が沈もうとしている。

 島全体がだいだい色になっていた。

 

 白い半袖シャツに青い半ズボン。茶色い髪に、髪と同じ瞳の色をした男の子、それがユウキだ。

 もうすぐ十一歳になるユウキには、六歳の弟がいた。

 弟は、島の真ん中にある建物――『児童園』で遊んでいる。

 ユウキは今、弟を迎えにきたところだった。

「あ! ユウキ君! ちょっと待っててね!」

 小さな子供達の声がまばらに聴こえる玄関口で、赤いショートヘアの二十代の女性――児童園の先生が、ユウキに背を向け、教室に向かって大声で呼んだ。

「トモくーん!! お兄ちゃん、迎えにきたよー!!

 

 すると、教室から、ユウキと同じ髪色の似た様な格好をした小さな男の子が駆け寄ってきた。

「おにいちゃん!!

 ユウキの弟のトモだ。

 トモは、先生に向かって挨拶をした。

「せんせい、さようなら!」

「ハイ、トモ君さようなら! また明日ね!」

 先生はニコッと微笑みながらユウキにも顔を向ける。

「ユウキ君も気をつけてね!」

「うん」

 頷いて、ユウキはトモと手を繋いだ。

 

「トモちゃーん、ばいば〜い!」

 教室から、数人の子供達が顔を出して、手を振る。

 トモも繋いでいない方の手を大きく振って言った。

「またねーー!!

 ユウキもつられて手を振りながら、トモを引っ張って歩き出す。

 そこへ、金髪セミロングの少女が入ってきた。

「ロザンナおねいちゃん!」

 トモが元気に呼んだ。

 ロザンナはユウキより四つ年上だ。

「あ、ユウキ君、トモ君を迎えにきたんだ?」

「ロザンナお姉ちゃんはナッちゃんを?」

 ユウキが訊くと、ロザンナは頷いた。

「うん」

「ぼく、よんできてあげるね!」

 トモはユウキの手を離して、駆け足で教室に戻っていった。

 そのトモの方を見ながら、ロザンナはポツリと言った。

「私、この島を出るんだ」

「え?」

 ユウキは聞き返す。

 ロザンナは少し不安そうな顔で答えた。

「今度の誕生日に、お母さんが迎えにくるって。昔いた国に帰らなきゃいけないの」

『お母さんが迎えにくる』……ユウキにとって羨ましい事だったが、何故か表情を曇らせるロザンナは、その答えを小さな声で言った。

「嬉しいけど、不安もあるよ。お母さんも久しぶりだし、それに……外では戦争が激しいって聞くもの。なんだか恐いよ」

 

 島には沢山の子供がいた。

 新しく入ってくる子もいれば、十五、六歳になると親が迎えに来て出て行く子もいる。

 勿論、それぞれ国が違ったが、そんなことは関係なく、皆仲良くしていた。

 争いとは無縁に暮らして、外の情報は島の数人の大人から聞かされるだけ。それは、平和なこの場所ではまるでおとぎ話のよう。

 

「ロザンナおねいちゃん、ナッちゃんよんできたよ!」

 トモの声がして、見ると隣に、赤い服を着た緑髪の小さな女の子がいた。……ナッちゃんだ。

「おねーちゃん!!

 ナッちゃんはロザンナに駆け寄った。

 ロザンナとナッちゃんは別に姉妹という訳ではないが、一緒に暮らしていた。

 ここでは、何人かの子供と、一人の大人が家族になり、同じ家に住むのだ。

 

 

 ロザンナ達とは、家が逆なので、児童園を出たらすぐに別れた。

 ユウキがトモの手を引っ張って歩こうとするとトモは手を離して、何かを思い出したように逆戻りをした。

「どこ行くの?」

 ユウキが訊くと、トモは走りながら答えた。

「まってて、おにいちゃん! まっててねー!!

 

 しばらくしてゆっくり走ってきたトモは、両手で大事そうに青いものを持っていた。

 よく見るとそれは小鳥だった。

「あのね、ぼく、さっきひろったんだよ」

 トモは続ける。

「このコ、ケガしてるみたいなの。メイおねいちゃんなら、なおしてくれるかな?」

 ユウキは少し考えたが、どうしたらいいのかよく分からないので、とりあえず、メイお姉さんの所に行く事にした。

 

 

 児童園のすぐ近くに小さな白い建物がある。

 そこは島の診療所だった。

 メイはそこの看護師で、とても優しい若い女の人だ。

 病院のドアを叩くと、メイが出迎えてくれた。

「あら、ユウキ君にトモ君、どうしたの?」

 赤い髪を髪留めで止めた、白衣姿の綺麗なお姉さんだ。

「メイおねいちゃん、このコなおして!!

 トモが小鳥をメイに差し出した。

「あら、このコ……」

 メイは困った顔もせずに、ユウキ達を中へ入れてくれた。

「怪我してるのね?」

 そしてすぐに、小鳥に簡単な手当てをしてくれた。

 

「これで、なおったの?」

 トモが小鳥を自分の手に戻した。

 メイは首を横に振る。

「そのコ、まだ飛べないのよ。トモ君が看病してあげないとね」

「ぼく、カンビョーしてあげる!! “カンビョー”ってなに?」

 トモの問いに、メイがうっかりとした様子で答えた。

「トモ君が、そのコを大事に看てあげる、って事だよ」

「うん! わかった!」

 トモは元気よく答えた。

 メイは少し屈《かが》んでトモに目線を合わせた。

「それで、そのコがちゃんと元気になって、飛べるようになったら、放してあげないとダメだよ?」

「『ヤセイ』の鳥だから?」

 ユウキがメイに訊いた。

「うん、そう、野生の鳥ね。渡り鳥なのよ、きっと」

 野生の意味も、渡り鳥の意味も分からないトモが、駄々をこねた。

「やだやだー!! ぼくがずっと、かうー!」

「でもこのコ、お母さんと離れてきっと寂しいよ?」

 メイはそう言った後に、「あっ!」と手を口に当てた。

 お母さんと離れて寂しいのは、島の子供達も同じ。

 誰が決めた訳でもないが、そういう事はあまり言わない方が良い、と暗黙のルールのようになっていた。

 

「このコのママはどこにいるの?」

 トモが少し俯きながら訊くと、メイはゆっくりと答えた。

「もしかしたら別の国かも」

「ぼくのママがいるところ?」

 優しく頷くメイ。

「……そうかもしれないね」

 

 

 *

 

 

 病院を後にした時、辺りはすっかり暗くなっていた。

 急いで家に戻ると、玄関の前に女の人が立っていた。

 二人を心配して待っていた、今の二人の親代わりの人だ。

「シスター!」

 ユウキは怒られるかと思い、ひやひやしながら呼んだ。

 シスターは赤い髪を後ろで一つに結んだ、三十歳位の女性だ。

 本当の年齢は、誤魔化してばかりで、ちゃんとは言ってくれないので知らなかった。

 

 この島は、戦争をしていない中立の国・グリーン国が管理をしていた。

 この島の大人は皆、そのグリーン国の人間で赤い髪をしているのが特徴だ。

 

「二人とも、どこに行ってたの?!

 そう言ったシスターの顔は、暗くてよく見えなかったが、怒っているようだった。

 それでも、凄く心配をしていたらしく、ホッと一息ついた。

 トモはゆっくりと小鳥をシスターに見せた。

「ぼく、このコひろったの。メイおねいちゃんトコにいってたの」

「まぁ……!」

 シスターはトモの手の中にいる小鳥を見て、驚いたが、ともかくユウキ達を家の中に入れた。

 

 

 家の中にはあと二人の子達がいる。

 歳が一番上の子は、「サヨ姉」といって、黒い髪をアップに結った十二歳の少女。

 そして、オレンジ色の髪をして、ユウキと同じ年の男の子「リッ君」はサヨ姉の事が好きだった。

 皆すぐに、小鳥に興味を持ったが、「ご飯を食べてから」とシスターに注意をされて、急いで食事を済ませた。

 それからトモは片付けたテーブルの上に小鳥をそっと置いた。

 皆はわくわくしながら小鳥の動きをじっと見た。

「かわいい〜!」

 サヨ姉は目をウルウルさせている。

「逃げないのかな?」

 リッ君の問いに、ユウキは羽を指す。

「飛べないんだよ」

「ピピピピピピ……」

 小鳥が鳴くと皆は「わあっ!」と小さな歓声を上げる。

「このコの名前、決めなきゃね」

 シスターまでウキウキした様子で言った。

 

 しかし、皆で色々な名を提案したが、意見が分かれて結局名前は決まらなかった。

 リッ君だけが、しつこく「スーパービッグブルドッグ」というセンスの無い名を押し付けようとしていたが、彼以外の「それは反対」という意見だけは一致していた。

 

 

 そして「子供は寝る時間」になった。

「何してるの? 子供は寝る時間よ!」

 シスターが、まだ起きているユウキ・サヨ姉・そしてトモに向かって言い放った。

(おかしいな、トモはいつも一番に眠るのに)

 ユウキはそう思いながら、読んでいた本をしまい、トモに近付いた。

 トモは床に寝そべりながら紙に何かを書いている。

「何書いてるの?」

 ユウキが覗き込むと、トモは急いで紙を隠した。

「おてがみ、かいてるの」

「誰に?」

「ひーーみーーつぅーー」

 そう言われると見たくなるもの。ユウキはトモの手から紙を取り上げようとした。が、

「何やってるの! 早く寝なきゃ駄目でしょ!!

 腰に手を置いてそう言ったのはサヨ姉だった。

 そしてそのすぐ後ろに、シスターも同じポーズで立っている。

「あなたもよ、サヨ!!

 溜息交じりに言ったシスターは、『これは警告よ』という顔をしていた。

 次に言う時は怒る時である。

 

 急いで三人は子供部屋に入った。

 既に寝ているリッ君を起こさないようにまたぎ、自分達も布団を被った。

 トモは三秒で寝てしまい、ユウキも眠ろうと目を閉じた。

 けれど、右隣にいるサヨ姉が小声で話し掛けてきた。

「ねぇ……最近、メイお姉さんのトコにね、知らない子がいるのよ。私と同い年位の。今日見なかった?」

「……? 見ないよ」

 メイお姉さんの他には誰もいなかったな、とユウキは思い出しながら答えた。

「そう」

 サヨ姉は少し残念そうな顔で続けた。

「その子たぶん島に来た子じゃないのよ。赤い髪だったから。メイお姉さんの弟とかかな? 最初、女の子かと思ったんだけど……」

 そこまで言って、サヨ姉は布団に顔を隠してしまった。

 そして中でゴニョゴニョと言っている。

 よく聞こえないのでユウキが聞き返す。

「何?」

「ううん。何でもない、おやすみ」

 布団から顔半分を出してサヨ姉が言った。

 不思議に思いながらもユウキはそのまま深い眠りに入っていった。

 

 

 ―――――

 

 どの位眠っただろうか。ユウキはふと目を覚ました。

 何故か妙な感じがした。

 周りは静かに眠っている。

 ユウキはしばらくじっと目を開けていた。

 暗い部屋にも段々目が慣れてきた。

 

 そして気付く。

(トモがいない)

 最初はトイレかと思ったが、違うようだ。

 更に気付く。

(窓が開いている!?

 部屋の窓が今日に限って少し開いていた。

 そこから隙間風が入ってくる。

(まさか!?

 ユウキは嫌な予感がして、窓の外を見た。

 ……暗くてよく見えない。だが、人の居る感じではない。

 窓を閉めて、音を立てないようにユウキは着替えた。

 明日着る予定だった、白と青のシャツに、グレーの半ズボンだ。

 皆を起こさないように忍び足で歩き、ゆっくりと鍵を開けて外に出た。

 ――トモを捜してくるだけ。

 そんな軽い気持ちでユウキは外に出たのだ。

 

 

 外は暗かったが、ユウキにとって島の道は、目をつむっても歩ける所だった。

 月明かりを頼りにトモを捜す。

 たまに吹く夜風も、この島では心地良かった。

 ユウキは何となく浜の方へ歩いていた。

 微かに波の音が聴こえる。根拠は無いが、浜辺の方にトモが居る気がする。

 

 段々波の音がはっきりと聴こえるようになり、海が見えてきた頃、浜辺に小さな男の子が立っているのが見えた。

 ユウキの予想通りトモだった。

 トモは寝間着ではなく、しっかりと服を着ていた。

 ユウキは走ってトモに近付いた。

 

 足音で振り返り、驚いた様子でトモはユウキを見上げる。

「おにいちゃん、どうしたの?」

 それはこっちのセリフだ。と思ったが、ユウキは“お兄ちゃん”という自覚から、しっかりした口調で言った。

「夜、外に出たら、シスターに怒られるよ! おうちに帰ろう」

 トモは黙って俯く。そして海の方を見た。

 ユウキもつられて海を見る。

 遠くの方は真っ暗で、唸るような波の音が聴こえて少し怖く感じた。

 もう一度「家に帰ろう」と言おうとして口を開けたユウキと同時に、トモのお腹から小鳥の鳴き声が聞こえた。

 トモは慌てて服の中から小鳥を出した。

「ごめんね、くるしかった?」

「ピピピピ……」

 小鳥はとても元気そうだった。

 しばらく二人で小鳥を見つめていると、急にトモが俯いて呟いた。

 

「……ママに……あいたい」

 

 ユウキはドキンとした。

『ママに会いたい』

 この島の子は決して口にしない。

 きっと誰もが思っている言葉。

 誰かが言ったらきっと皆泣いてしまう。

 だから、誰も言わない。

 心の中で呟くだけ。

 

「ママに、あいたいよ!」

 もう一度強く言ったトモの目には涙が溜まっていた。

「ママにあいたい! ママにあいたい! ママにあいたいよ!!

 何度も何度も同じ事を訴えるトモの声を聞きながら……

 ユウキは“お母さん”の事を思い出していた。

 ユウキと同じ茶色い髪。ユウキと同じ茶色い瞳。

 いつも優しかったお母さん。

 

 けれど……自分をこの島に置き去りにした。

 

『戦争から守る為、この島に連れてきた』

 シスターからこう聞かされて、ユウキはそれを理解しようとした。

 けれど、理解したのは『さみしい』という感情だった。

 

 シスターはお母さんみたいだったし、新しい家族で仲良くなった。

 年月が経ち、お母さんの顔もおぼろげな記憶になる。

 けれど、

 ――お母さんに会いたい――

 この想いは消えないし、むしろ強くなる。

 だからなるべく考えないように心の奥に押し込めてきた。

 

 それなのに。

 トモの言葉を聞いて、溜まっていた想いが、涙として溢れ出そうになった。

「……っ」

 慌てて堪えようとするユウキ。

 お兄ちゃんだから、お兄ちゃんだから、泣いてはいけない。

 そう思った瞬間、ぐっと堪えた涙は零れ落ちた。

 トモの手前、すぐに止めようとしたが、口が震えてうまく止まらない。

 それどころか、ボロボロボロボロ沢山出てくる。

「……〜〜ううぅ…っうううっ」

 無意識に声まで出てしまう。

 

 驚いて涙が止まってしまったのはトモの方だった。

「おにいちゃん……なかないで」

「ううっ……」

 ユウキは涙を止めようとしゃがみ込んだ。そのままゆっくりと深呼吸をして、手でぬぐった。

 

 ふと、頭に小さな手が乗った。

 トモがユウキの頭を撫で始めたのだ。

 シスターや児童園の先生が、トモによくしてくれる事だった。

 こうすればお兄ちゃんは泣き止むかもしれない。と、トモなりに考えた行動だった。

 そして、突然思いついたように言った。

「ママに、あいにいこうよ、おにいちゃん!!

「え……?」

 ユウキはすぐには答えられなかった。

『よし行こう』心の中では答えは決まっていた。

『でも無理だ』頭の中では否定される。

 エバーアイランドという小さな島。そこにユウキはいた。

 他は何も知らない。外の世界はどうなっているのか? 島の学校でなんとなく習ったが、それが現実だという実感は湧かない。

 この島に来た時、ユウキはまだ五歳だった。

 それ以前の記憶……お母さん達と住んでいた家……

 後は、よく憶えていない。

「どうやって?」

 第一、どこにいるのか?

 ユウキの問いに、トモは平然と答える。

「『“うみののりもの”で、ママのトコロにいける』って、メイおねいちゃんが、いってたことあったよ!」

(“海の乗り物”……?)

 そうだ、何か乗り物に乗ってこの島に来たんだ、とユウキは思い出した。

「たぶん、『うみのいえ』にあるよ!」

 トモが手を引っ張った。

 浜には謎の、小さな小屋があった。

『海の家』と呼んでいたが、誰も住んでいない。しかも何故か立入禁止だった。

(あるかもしれない)

 ユウキとトモは期待を胸に、海の家に向かった。

 

 

 昼間はそうでもないが、夜はどことなく不気味な『海の家』

 小屋の外観が妙な不気味さを引き立たせていた。

 入口には『立入禁止』と書かれた看板があった。

 そっと手をかけてみると、ゆっくりと開く扉。

 中は真っ暗だ。恐る恐る足を踏み入れたユウキの後ろに、トモはぴったりとくっついた。

 二人はちょっとずつ進んだ。

 段々目が慣れてきて、前に下りる階段らしきものがある事に気が付いた。外観からは想像もつかない。

 一段ずつゆっくり階段を下りる二人。

「オバケいないよね?」

 ユウキのシャツを引っ張りながら、不安そうにトモが訊いた。

「あれ……?」

 下の方がほのかに明るい事にユウキは気付く。

 心なしか少しペースが速くなり、階段を下りていった。

 

 そこは小さな部屋だった。

 壁がチカチカと光っている。(それでほのかに明るかったのだ)

 よく見ると、正面の壁際に誰かが立っていた。

 ドキッとしたが近付いてみる。

 赤い髪で、ユウキより少し年上位の子供だった。

 緑のブレザーに白いシャツ。緑のズボンを穿いている。

 微妙に男か女か分からない。

 いや、男だろう、男だろうが……ボーイッシュな女の子に見えなくもなかった。

 それよりも、

(立ったまま寝てる?)

 ユウキは確かめるように顔を近付けた。

 閉じた瞳には長いまつ毛が付いている。

 そして半開きの口。

「このひと、どーしたの?」

 トモの声にビクッとなり、少年(?)は目を開けた。

「わ!! なんだ!?

 明らかに男の子の声だ。

 ユウキは慌てて顔を離して、少年をうかがう。

 少年は目をパチパチさせながら、胸のポケットを探り、眼鏡を取り出した。

 眼鏡を装着した彼は、手探りで壁のボタンを押す。

 すると、パッと明かりが点いた。

 突然の明るさに一瞬目が眩む。

 部屋には沢山のボタンが付いた機械らしき台と、モニターがあった。

「お前ら何モンだー? 島の子供か?」

 少年は少し取り乱していた。

「どーやって入ってきたー? ……あ!! ロックがオフになってたー!! まじで!? ってゆーか……」

 一人で沢山喋るとユウキ達を睨み付けてくる。

「ここは立入禁止だっつーの!」

「おにいちゃんは、なんでここにいるの?」

 トモの質問に少年はギクッとした。

「うっせーよ! とっとと、おうち帰んな! アバヨ!」

 と言われて引き下がる二人ではない。

「僕達お母さんに会いたいんだ。乗り物乗せて!」

 ユウキは用件だけを言った。

「メイおねいちゃん、いってたもん!」

 トモは用件とは関係無い事を言った。

 が、少年の顔色が変わった。

「え? ……お母さんに会えって、メイさんが言ってたって?」

 少年は言葉通りに勘違いをした。

 少し違っていたが、二人は少年を黙って見つめた。

 

「う……うそはないだろな? ホントにメイさんが言ってたのか?」

「“うみののりもの”で、っておねいちゃん言ってたよ」

 トモは正直に答えていた。ただ、少し言葉が足りなかった。

 しかし、少年を動かすには充分だった。

「“海の乗り物”……そこまで知ってるなら、信じるしかねーな。でもオマエら二人だけで行くのか? しかもこんな夜更けに。……ん? 今、夜更け?」

「うん」

 二人はしっかりと頷いた。

「わかった。海の乗り物……“海中ワープ”を動かしてやるよ」

 少年が言った言葉は二人にとって全く初めて聞いた言葉だった。

「カイチュウワープ?」

 ユウキが訊いたが、少年は説明もせずに、指示をしてきた。

「そこのガラスの床の上に乗って」

 指した先に、床が一箇所だけガラスになっている所があった。

 

 二人はその上に乗ってびっくりした。

「おにいちゃん! おさかながいるよ!」

 ガラスの床を覗くと、下は海になっていて、泳いでいる魚が見えた。

(浜辺の下って、海なの……??

 ユウキは不思議に思いながらも、魚を目で追った。

「驚くのはまだ早いぜ」

 少年は得意気に、台の上のコンピューターの鍵盤を打ち始めた。

「ちゃんと立ってろよ。今からその『海中エレベーター』を“海中ワープ場”まで移動させるから。……そしたら、行きたい国への水溜りん中に入れ」

 少年の言っている意味は解らなかったが、とりあえず二人はその場にしっかりと立った。

「ありがとう……えっと……」

 ユウキはお礼を言おうとして、少年の顔を見た。

「ジォウだ。オレの名前はジォウ」

 ジォウはニッと笑った。

「ありがとうジォウ、僕はユウキ」

「ぼくトモだよ! おにいちゃんのおとうとなの」

 トモが言い終わった直後、ガラス床が「ガクンッ」と揺れる。

「じゃーな! 幸運を祈る!」

 格好つけたつもりのジォウだったが、二人には通じなかった。

 

 そして、ユウキ達の乗った床が下へ沈んでいった。

 まるで、海の中へ潜っていくようで、ユウキとトモは息を止めてしまったが、苦しくなった後、普通に呼吸が出来る事に気が付いた。

 ゆっくりと下に降りていく床。

 ここは海の中……どうやら自分達は透明な筒状の乗り物の中にいるらしい。

 藍暗い世界が周りに広がる。

 少し恐いような、なんとも言えない不思議な気分に二人はなり、声も出せなくなっていた。

 勿論今まで見た事もない景色。

 

 ――やがて、エレベーターが止まる。

 そこは、海の中のままだった。

 二人はしばらく動けなかった。

 だが、勇気を出して一歩踏み出すと、普通に歩く事が出来た。

 透明な床、透明な壁、壁の向こうには魚が泳いでいるのが見えた。

「おにいちゃん、みてーー! おさかな〜!」

 走り回ろうとするトモを慌てて引き止めたユウキは、ジォウの言葉を思い出していた。

『行きたい国への水溜りん中に入れ』

 床には水溜りらしきものが沢山あった。

(行きたい国?)

 行きたい所は一つしかない。お母さんの所だ。

 しかも、水溜りに入れとは、意味が解らない。

 ユウキはトモを引っ張り、近くにあった水溜りを覗き込む。

 すると、水溜りに文字が浮かび上がった。

 

『南大陸・ウォーター国、水の都リヴァロス』

 

「わーい、おもしろーい!!

「あ!!

 止める間もなく、トモがその水溜りに足を踏み入れてしまった。

 ――途端、トモの足元が眩しく光る。

「わぁあ?!

 トモは目を瞑った。

 ユウキは急いでトモを水溜りから出そうと引っ張った。

 だが、そのまま光は二人を包んだ。

 ユウキも眩しくなり、目を瞑った。

 

 

 *

 

「反応が消えた。……『行った』んだな」

 ジォウは先程の部屋にいた。

 手元にある電源スイッチをオフにする。

(何かひっかかるような……?)

 なんだか嫌な予感。何かを忘れているような? と思った矢先、見落とした事に気が付いた。

「あ!!

 部屋に響く声。

(あいつら、帰り方わかるのか?)

 自分達なら当然のように分かる事だが、島の子供が分かるはずが無い。

「やっべー」

 急いでまた電源を入れて、面倒臭そうに溜息をついた。

「ハァ。あいつら、どこに行ったんだ?」

 

 

 

 


【第二章・壊れた街の少女】

 

 ユウキは、風を感じてゆっくりと目を開けた。

 最初ボンヤリとしたが、次第にはっきり周りが見えてきた。

(ここは……?)

 もう海の中ではなかった。

 トモも目を開ける。

 すると、二人の間に風が吹き抜けた。

 といっても、島のような暖かい風ではない。冷たく、どこか寂しげな風。

 ユウキ達は周りを見回した。

「ここ、どこ……?」

 トモがユウキにしがみ付いた。

 

 ――わからない。初めて見た風景に一歩も動けずにいた。

 

 目の前の地面には大きな穴。どうやって出来たのかは分からないが、落ちたら登れないだろうと思った。

 それから壊れた建物――壁が崩れていたり、倒れていたり、屋根が無い家。折れた柱に、焦げ痕のある木の扉や割れた窓。

 ひび割れた地面……には、乾いた砂が交じっていた。

 枯れた木が風を受けて揺れている。

 そして……――全く人が居なかった。

 ここが外なのは解る。家を出た時は夜中だったが、もう日が昇っていた。

 だが、暗かった。

 家があるのに静かすぎて、なんだか怖い気がする。

 

「ピピピピピ……」

 トモの服の中から小鳥が出てきた。トモは小鳥も大事に連れてきていたのだ。

 鳴き声を聞いてユウキは少しホッとした。

 それはトモも同じだったようで、元気に声を出した。

「このコのママもさがそうよ!」

 その時――

「誰かいるの!?

 背後から女の子の声が聞こえた。

 振り返ると、壊れた建物から、ユウキと同じ年位の女の子が出てきた。

 肩より少し長い髪は、黄緑色で緩いウェーブがかかっている。

 そして青いワンピースを着ていた。

!! アナタ達、アース人……!?

 女の子は警戒した様子で近付いてきた。

 人が居た事に安心したユウキは女の子に笑顔で話しかけた。

「キミは誰? 僕はユウキ。ここはどこ?」

 トモも続ける。

「ぼくはトモだよ! おにいちゃんのおとうとなの」

「なぜ、アース人がここにいるの?」

 女の子は青い瞳で睨み付けてきた。

『アース人』の意味は分からなかったが、ユウキは答えた。

「僕達エバーアイランドから来たんだよ」

「え!?

 女の子は驚いた顔をした。

「エバーアイランドの子供が、こんな所にいるわけない!」

「ぼくたち、ママにあいにきたの!」

 トモがそう言った瞬間、女の子は俯いて手をぎゅっと握り締めた。

 そのまま地面に言葉を怒鳴りつける。

「ばっかじゃないの!?

 そして後ろを向いて走っていってしまった。

 ユウキ達はポカンとしていたが、あの女の子に訊けば色々分かるかもしれない、と追いかけていった。

 

 

 少し走ると、無数の石が並べてある所に出た。

 その中の一つの石の前で、女の子がしゃがんでいるのが見えた。

 ユウキ達は女の子が(何故か)怒っていたようなので、様子を窺いつつ近付いた。

 女の子はじっと石を見ている。

 後ろからユウキが話しかけようとすると、女の子が先に話し始めた。

「私のママは、ここで眠ってるの」

 眠る……その言葉の意味にユウキはすぐにピンときた。

 トモはしばらく考えて、何となく分かった。

 ――前に家で飼っていたウサギが、眠ったまま冷たくなってしまった時、シスターに教えてもらったこと。

 この女の子のママもきっと石の下で眠っているのだろう。そう思った。

 

「本当にエバーアイランドから来たの?」

 女の子は石を見たまま言った。

「うん。ここはどこ? キミは誰?」

 ユウキは先程と同じ事を訊いた。

 女の子は先程とは違い、落ち着いた様子になっていた。

「……さっきはごめんね。どなったりして。ただ、びっくりして。でも、本当に知らないのね。エバーアイランドから来たってのはホントウね?」

「そうだよ。『アースじん』って何?」

 ユウキは怒っていない事に安心した。

「あなたアース人でしょ? ここは南大陸のウォーター国よ。私はアイっていうの」

 アイはやっとこちらを向いた。

 そしてトモの手にある小鳥を見た。

「そのブルーバード、飼ってるの?」

「ぶるう……?」

 首をかしげるトモに説明をするアイ。

「その小鳥、“ブルーバード”っていうのよ。とってもめずらしい鳥なの。……あ!」

 小鳥の羽が目に留まったらしい。

「ケガしてるのね。かわいそう。飛べないの?」

 アイの瞳は先程よりずっと優しくなっていた。

 トモは頷く。

「うん。ぼくがこのコのママもさがしてあげるの」

 説明不足、と思い、ユウキが付け足した。

「この小鳥、渡り鳥なんだって。ケガして仲間とはぐれたみたいだから……」

「え? ママを捜してるって、二人のママじゃなくて小鳥の?」

「りょうほうだよー!」

 トモの答えにアイは納得した。が、疑問も感じた。

「あなた達はアース人だから、ママは北大陸にいるんじゃないの? どうしてこっちに来たの?」

 トモはまた首をかしげた。

「ここにいないの?」

 世界の広さを、トモとユウキは知らないでいた。

 トモよりはユウキの方が解っていたが、実際想像しているより、ずっと広い事には気付いていなかった。

「ここはさっき言った通り、ウォーター国よ。小鳥のママなら、ウィンの森にいるかもしれないけど」

 ボーっと聞いているユウキ達を見て、アイは呆れて立ち上がった。

「エバーアイランドの子って、何も知らないのね」

 ユウキは、自分達がここに来た経緯を簡単に説明した。

 

 ―――――

 

「――海の中の水溜りに入って?! どーゆー事? 案内してくれた男の子って赤髪だったんでしょ? ってことはグリーン人だろうから……」

 アイは一人で話していた。

「じゃあ、ユウキ達は帰り方もわからないの?」

「うん」

 頷くユウキに慌てるアイ。

「ひどいよソレ、その子に騙されたんじゃない?」

「……」

 ユウキは、そういえばジォウはうさん臭い眼鏡をしていたな、等と思い出していた。

 アイは少し考える。

「私もわかんないけど、大人に言えばなんとかエバーアイランドに帰れるかもしれない。ここは危ないから、帰った方がいいと思うの」

「でもママに……!!

 トモの反応にアイはきっぱりと言った。

「無理だよ。ここからは北大陸に行けないもん」

 ユウキは不思議に思っていた事を訊く。

「アイはエバーアイランドに行かないの?」

 エバーアイランドには世界中から子供が来ている、とシスターに教わっていた。

 実際島には沢山の子供達がいるのだ。

 何故アイは危ないという場所でずっと暮らしているのか……疑問だった。

 アイはまた少し悲しい顔をした。

「私は行けないもの。お金ないし。エバーアイランドに行ける子なんて、世界中でほんの少しの子供だけなのよ」

 ユウキは信じられなかった。

(あれでほんの少し? 「行けない」ってどういう事?)

 

「アイも行けるよ。一緒に行こう?」

 ユウキの言葉に、アイは目を丸くした。

「行けるのかな? ……もし、行けるなら、私のお兄ちゃんも一緒に連れていきたいな」

「お兄ちゃん?」

「うん。私より五つ年上なの。今は少し遠くに行ってるけど」

 遠くを見つめるアイにユウキは明るく言った。

「お兄ちゃんも一緒に、って、シスターに頼むよ!」

「ぼくもたのむ!」

 と、トモ。

 アイは二人を見てニコッと笑った。

「ありがとう」

 アイが二人に見せた初めての笑顔だった。

 それから、小鳥を見てアイが話題を変える。

「このコ、名前は?」

 トモとユウキは顔を見合わせて、ユウキが答えた。

「まだ決まってないよ」

「そうなんだ」

 アイは腕を組んで考え込む。

「ねぇ、『ベル』はどう? おとぎ話に出てくる、妖精の名前なんだけど!」

 思いついたようだ。

 リッ君が考えた意味不明な名前より、よっぽどセンスがあった。

「ピピー!」

 小鳥が返事をしたみたいだった。それを聞いて、トモがアイに賛成をした。

「うん、ベルにする!」

 ――その時だ。

 突然ユウキ達の後ろから声が聞こえた。

「よっしゃー!! ビンゴォ!」

 振り向くと、赤い髪に緑の上下服で眼鏡姿の子供が近付いてくる。……ジォウだ。

「ジォウおにいちゃん!!

 まずトモが反応をした。

「誰!? アナタどっから来たの?!

 アイは素直に驚いた。

「……」

 ユウキはびっくりしたが、『ビンゴ』という言葉を使ったコトに驚いていた。

「ってゆーかオマエら、なんでウォーターなんかに来たの? オレはてっきりアースに行ったかと思ったけど」

 ジォウの質問にアイが答える。

「アナタもしかして案内人の子ね? ユウキは何も知らないでここに来たんだよ? ちゃんと説明しなきゃダメじゃない!」

 いきなり指摘をされて、後ずさりをするジォウ。

「キミ……だれ? ……しかもウォーター人?」

「人にものを訊く時はまず自分の名前から、ってのが礼儀なんじゃないの?」

 強く言うアイに、仕方なくジォウは、自分の名前を言おうと口を開けた。が、

「私はアイ。ユウキ達とは今さっき知り合ったの」

 お約束にアイが先手を打った。

「……。オレはジォウ。エバーアイランドの……えっと、管理してる……まぁ、要するに管理員」

 本当は、滅多に使われない海中エレベーターの見張りを、たまたま頼まれただけのジォウだったが、うっかり偉そうに口走ってしまった。

(かんりいん……?)

 ユウキとトモにはよく解らなかった。

(管理員?)

 アイはその名前だけで感心した。

「ジォウってえらい人なんだね?」

「……」

 別に偉くない事を知っていたジォウは微妙な気分になった。

 

 ――話していると、ポツポツと雨が降ってきた。

 いつの間にか空は雨雲でいっぱいになっていた。

「雨だ」

 ユウキが空を見上げながら言った。

「あめ……?」

 ジォウはボーっと空を見る。

「雨やどりしよう。向こうに小屋があるよ!」

 アイの指した方向に小さな小屋があった。

「あまやどり?」

 ジォウはまだボーっとしている。

 彼以外の三人は急いで小屋に入った。

 ジォウも後から(何故か)嬉しそうに走ってきた。

「初!! 天然雨だ!! やったー!!

 意味不明な事を言いながら。

 

 

 小屋は明かりも無く、暗かったが、雨をしのぐにはちょうど良かった。

「これからどうするの?」

 アイの質問にジォウは(何故か)浮かれながら答えた。

「雨がやんだらタクシー停に行くよ。そんで海中ワープんトコに戻る」

「たかしー…何?」

 ジォウの言っている単語はイマイチ分からない、と聞き返すアイ。

「タクシーだ。グリーン国の乗り物なんだけどね。ここから少し歩けば乗り場があるんだ」

 その説明もよく分からなかったが、三人は座って聞いていた。

 ――ふと、ジォウの後ろをよく見ると、何気に、知らないおじさんが正座をしている……!

「……!!

 びっくりする(ジォウ以外の)三人。

 ジォウは気付かずに平然と眼鏡を拭き始めていたので、ユウキは大声で注意をうながした。

「ジォウ〜〜!! うしろ!! うしろ!!

「え?」

 ゆっくり後ろを向いて眼鏡をかけたジォウ。

 ……ゆっくりと正面に顔を戻す。

 

「変なおじさんだーーーーー!!

 ジォウが叫んだ事により、一同パニックになり、四人は小屋の隅の方に逃げ出した。

 ……しかし、おじさんにまわりこまれた。

「ちょ……おっちゃんはなぁ、まごうことなきオッサンだけどなぁ、そこまでおじさんでもないゾ!」

 おっちゃんは少し混乱しているようだった。

 四人は動きが止まった。

 トモは一番小さいながら、我先に逃げようとしていた。

 アイは女の子だから守ってもらおうと、ユウキにしっかりと掴まっていた。

 ジォウは何故か歩腹前進の格好をしていた。

 ユウキはジォウを踏み台にしようとしていた。

 そしておっちゃんはよく見ると、仲間になりたそうにこちらを見ていた。

「おっちゃんも、ここで雨宿りしてるだけだから、お前らに危害加えないから、落ち着け」

 三十代後半位のおっちゃんだ。

 金髪で、鬚があり、ボロい服を着ている。そして、優しそうな顔をしていた。

 安心してジォウの背中に足を乗っけるユウキ。

「何やってんだオマエーーー!!

 ジォウは急いで足を振り払うように立ち上がった。

「ワッハッハッハッハ!!

 おっちゃんは豪快に笑った。

「ビビらして悪かったな」

 つられて、ユウキ達も笑った。ただ一人、アイを抜かして。

 アイは未だにユウキに掴まっている。

 そしておっちゃんの顔をまともに見ようとせずに言った。

「あなた……サンダリア人ね?」

 ユウキとトモは何の事か分からず、ジォウはハッとなって動きが止まった。

 ――激しくなってきた雨の音が聴こえる。

「……」

 おっちゃんは黙って頷いた。

 アイは俯く。ユウキを掴んでいる手が少し震えていた。

 

「まぁまぁ、いくら敵大陸の人間だって……大丈夫だよ、アイ。それに、ユウキだって北側出身だろ?」

 ジォウは間に入ってアイを落ち着かせようとした。

 ジォウの言葉に反応したのはおっちゃんの方だった。

「ホントだ!! アース人じゃねーか。それにグリーン人!! どーゆー組み合わせだ?」

 ジォウは、何となくの経緯をおっちゃんに話した。

 

 ―――――

 

「エバーアイランド!! 羨ましいなぁ!!

 話を聞いておっちゃんはニッと笑った。

 おっちゃんとは似ていないが、ユウキは「お父さん」の事を思い出していた。

 仕事でいつも居なかったが、家に居る時はずっとユウキと遊んでくれたお父さん。

 だがある日、お父さんは居なくなってしまった。

 ――後からお父さんは事故で亡くなったと聞いた。

 意味が理解出来たのは、更に後の事だった。

「で、おっちゃんは何者? なんでここにいたの?」

 ジォウがズバリ訊いてみた。

 おっちゃんは少し苦笑いをした。

「おっちゃんはサンダリア人だ。同盟軍の兵士さ」

「同盟軍ってと、北軍の事だよね?」

 ジォウが自分に確認するように言った。

 

「……私のママは、サンダリア人の兵士に殺されたのよ」

 突然アイがうずくまったまま言った。

「――!!

 ジォウは視線を落とした。

「……リヴァロス進行部隊だな?」

 おっちゃんも暗い表情で言った。

 

「水の都・リヴァロスは枯れてしまった」

 アイは顔を上げたが、瞳には何も映していなかった。

「俺は、進行部隊には入っていなかったが……すまねぇな」

 おっちゃんの精一杯の言葉。

 アイは何も反応しなかった。

 

 

 ――いつの間にかトモは寝ていた。

 ベルもトモの近くで大人しくしていた。

 ユウキは自分だけイマイチ会話に入れないので、島の学校で習った事など思い出して訊いてみた。

「戦争って、北の大陸と南の大陸の戦いなんでしょ?」

「そう、北同盟軍対南連合軍の戦いだぜ!」

 おっちゃんに訊いたのにジォウが答えた。

「北には三つの大国があるんだ。サンダリアとアースとフレイ。で、南には二つの大国、ウォーターとウィンがある」

 ジォウは続ける。

「ちなみに今いるのはウォーター国な」

「僕、アース人なの?」

 ユウキはおっちゃんに訊いた。

「オマエとトモはアース人、おっちゃんはサンダリア人、アイはウォーター人だ」

 ジォウが答えた。

「なんでなに人とかって分かるの?」

 ユウキはおっちゃんの方を向いて訊いた。

「雰囲気とか髪の色だよ。アース人は茶色い髪が多いし、サンダリアは金髪、ウォーターは緑とか」

 しつこくジォウが答えた。

「ジォウは?」

 仕方が無いのでユウキはジォウに訊いた。

 待ってましたとばかりに、ジォウは口を開いた。……が、

「赤髪のジォウはグリーン国の人間だ。戦争に関して中立の国。エバーアイランドを管理しているのも、その国だ」

 今度はおっちゃんが答えた。そして微笑む。

「何だか、俺の娘を思い出すぜ! いや、忘れた事なんてないけどな。ちょうど同い年位なんだよ」

 

 ユウキとジォウは顔を見合わせた。

 おっちゃんは少し悲しそうな顔をして続けた。

「おっちゃんはな、脱走兵なんだ」

「だっ……」

 ジォウは息を呑み、アイはおっちゃんの方を見た。

 ユウキは聞き慣れない言葉にキョトンとした。

「捕虜になってたんだが、ついに逃げ出した。けれど……逃げ切れないだろう。捕まったらすぐに処刑だ」

 おっちゃんの言うことは、ユウキには理解出来なかったが、おっちゃんが危ないという事だけは分かった。

「もう一度だけ、妻と娘に会いたかったなぁ」

 おっちゃんは服の中から御守り袋を取り出して握った。

 御守り袋には何やら文字が書いてあった。

 

「大丈夫! おっちゃん! オレが何とか……オレが連れてってやるよ! サンダリア国なんてすぐだ!」

 ジォウが立ち上がった。

 おっちゃんはジォウを見上げて少し笑った。

「頼もしいな!」

 雨は止みそうもなく降り続いていた……。

 

 

 ――ポタポタ落ちる滴の音で、ユウキは目を覚ました。いつの間にか眠っていたのだ。皆も眠っていた。

 おっちゃんだけは立って、窓の外を眺めていた。

 ユウキはおっちゃんに近付く。

 

「雨、止んだようだな」

 振り返らずに、おっちゃんはユウキに話しかけた。

 ユウキは外を見た。

 雨は止んでいたが、まだ朝ではなかった。

「……神の石って、知ってるか?」

 そう言っておっちゃんはユウキの方を見た。

 神の石……名前は聞いた事がある。けれど、詳しくは知らない。

「神話とかに出てくる……?」

「おっちゃんなぁ、神の石持ってんだ」

 おっちゃんは先程出した御守り袋を開けて、中から小さな黄色い石を取り出した。

「珍しいだろ? これな、空から落ちてきたんだ。ホントだぞ!」

 ユウキはおっちゃんの手の平にある黄色い石をまじまじと見た。

(これが、神の石なの?)

 おっちゃんは寝ている皆の方を、チラッと見てからユウキに石をよこした。

「これ、やるよ! 皆には内緒な」

「え?」

 嬉しかったユウキだが、一応訊いてみる。

「でも、おっちゃんのお守りでしょ?」

「俺の御守りはこっちだよ」

 おっちゃんは御守り袋の方をピラピラとしてみせた。

「石は拾ったもんだからな、やるよ!」

 そこまで言って少し考え込む。

「……あ、そういや、うちの娘も神の石欲しがってたっけ?」

「え? じゃあその子にあげれば……?」

 そう言いつつ、ユウキは内心ちょっとガッカリした。

 けれど、おっちゃんは首を振る。

「いや、いーんだ。やるっつったんだからお前にやるよ!」

 おっちゃんはユウキの手に石を持たせた。

 ユウキはもう一度石をじっくり見た後、ズボンのポケットに入れた。そしてお礼を言う。

「ありがとう、おっちゃん!」

 おっちゃんはニッと笑った。

「いいから、ガキはよく寝とけ! 大きくなれねーぞ!」

 ユウキは頷いて横になった。

 おっちゃんはまた窓の外を見る。

「明日はいい天気だぞ、きっと!」

 

 

 *

 

「ピピピピピ……」

 ベルの声でユウキは目を覚ました。

 小屋の窓からは明るい陽が射していた。

 ジォウ・トモ・アイはまだ寝ていた。ジォウなんかヨダレを垂らしている。

 

 おっちゃんの姿が見えなかったので、ユウキは外に出てみた。

 途端、ユウキは信じられない光景を目にした。

 遠くで数人の鎧姿の大人達がいる。

 その、前に倒れている一人の大人は……

「おっちゃん!?

 ユウキはおっちゃんに駆け寄った。

「アース国の子供!?

 数人の大人達がざわめき始めた。

「おっちゃん!!

 ユウキが覗き込むと、おっちゃんは目をつむって苦しそうにしていた。

 これは、ただ事ではない。

 服が焦げていて、全身が赤く腫れ、黒くなっていて、火傷というには酷すぎる皮膚をしていた。

(痛い!!

 ユウキは思わず目をつむった。それから恐る恐る目を開ける。

「おっちゃん!! どうしたの?」

 座り込んでおっちゃんを呼ぶ。

 おっちゃんはゆっくり目を開けた。

「……ユウキ……か」

 おっちゃんの息は切れていた。

「おっちゃん! 大丈夫?」

 大丈夫な訳は無い。ユウキの鼓動は速くなった。

 恐くて体が震えてくるし、汗が出てくる。

 苦しそうにしているおっちゃん……どうしたらいいのだろうか?

(どうしよう……どうしよう……)

 太陽の光がやけに眩しく感じる……。

「ユウ…キ……」

 おっちゃんはニッと笑った。

「……いい、天気だな」

 そして目を閉じた。

 

「おっちゃん……?」

 

 ユウキは鎧の大人達の方を見た。

「どうすればいいの? おっちゃん、どうすればいいの? おじさん達、助けてよ!!

 鎧の人達は静まり返った。

「助けて!! 助けて!!

 ユウキが泣き叫んでも誰も助けてくれようとしない。

 ……いや、おっちゃんがこんな事になったのはもしかして……。

 ユウキはおっちゃんをさすった。そして何度も呼んだ。

「おっちゃん! おっちゃん! おっちゃん! おっちゃん! ……」

 ――おっちゃんは目を覚まさない。

 手からは御守り袋が落ちた。

『パパ気をつけてね。リンより』と書いてある。

 

「脱走者、処刑!!

 

 その声に振り向くと、鎧の大人達の間に青いローブを着た少年が立っているのが見えた。

 十五、六歳に見える少年は青い四角い帽子を被っている。

 その隣にいた鎧の男が少年に訊く。

「子供ですよ、どうします?」

 少年がこちらを見る。青い冷たい目。

「保護して下さい。あと、出てきた小屋の中も調べて下さい」

 そう言って背を向けて去って行った。

 

 ユウキは震えて動けないでいた。数人の大人達がユウキに近付いてくる。

「ユウキ!! どうしたの?!

 異変に気付いたアイが小屋から走って出てきた。

「……!!

 アイは自分の目を疑った。

 おっちゃんが倒れていて、その場にユウキが居る。

 ……周りには、青い鎧の大人達。

「エアの兵士? ……連合軍……」

 視線をおっちゃんに移す。

「……まさか……」

 アイはその場に崩れた。そして、震えが止まらなかった。

「君は、ウォーター人だね? 小屋から出てきたが、サンダリア人に何か脅されたりはしていないかい?」

 エアの兵士がアイに話かける。

 

「まだ小屋に子供が二人居たぞー!!

 小屋の方から兵士の声が聞こえた。

「なんだお前ら!! なんなんだよー!?

 ジォウの声が響く。

 

 

 一方。

 青いローブの少年は、廃墟の町の出入り口に向かっていた。

 そこには同じような格好をした数人の大人と、オレンジ色の髪の一人の少女がいた。少女も十五、六歳だ。

 そして、付き人らしき女性が後ろに控えていた。

 少年が着くと、少女がそっと声をかけた。

「嫌な仕事でしたね。ご苦労様」

「いえ」

 少女は目を伏せる。

「偶然、兵士達と遭遇しなければ……」

「私は、元々兵士ですから」

『元々兵士』それが少年の口癖だった。

 少女はきっぱりと言う。

「今は、わたくしの護衛です」

「はい」

 少女に向かって、控えていた女性が話しかける。

「聖姫《せいひめ》様、そろそろ……」

 少女――聖姫は頷いた。

「ええ、では帰りましょう。聖都エアへ」

「ハッ!」

 青いローブの集団は聖姫を囲み、女性――侍女は隣についた。

 

 聖姫は歩きながら後ろに居る、先程の少年に話しかけた。

「この国は、貴方の故郷でしたね? トラスト」

 少年――トラストは答える。

「はい。この街にいました」

 廃墟と化したこの街は、水の都・リヴァロスといった。

 すっかり水を失くしてしまっている。

「そうでしたか。ますます心が痛みます」

 言葉を詰まらせる聖姫に、慌ててトラストが言葉を入れる。

「勿体無いお言葉です。姫様」

 

 

 その頃。

 ユウキ達は数人の兵士に囲まれていた。

「子供達を全員保護!!

 一人の兵士が言った。

 ユウキ達は呆然としていた。

「……おっちゃんが……。昨日……約束したのに……」

 ジォウは虚ろな目をしていた。

 そうして、ユウキ達は連れていかれた。

『保護』という形で。

 トモだけは何も分からず、不思議そうに見ていた。

「おじさんたち、だれー? どこいくの? おいちゃんは?」

 

 

 

 


【第三章・風の国】

 

 ――泣かないで。

 

 大丈夫、大丈夫だから。

 

 必ず迎えにいくから、待っていて。

 

 

 

 ……おかあさん……

 

 

 ユウキは目を覚ました。

 石造りの天井が見える。

 ユウキはフカフカなベッドで寝ていた。

 ゆっくり起き上がるとそこは、石造りの部屋だった。

 ベッドが四つ。そして本棚。テーブルに椅子。

 その椅子にアイが腰掛けている。

 ジォウは壁によりかかっている。

 トモは床に座り込んでベルと遊んでいた。

 ユウキはベッドを降りて、皆の方に行った。

「おはよう、ユウキ」

 アイは俯いて力無く言った。

「……おはよう」

 呆然としながらも返すユウキ。

 ここはどこなのか、兵士に連行されて……その後の記憶が無い。

「オマエずっと寝てたな」

 ジォウも元気無く言った。

 おっちゃんの事がショックで、ユウキはずっと寝込んでいたのだ。

「オレ達、どうしてここに連れてこられたんだろ?」

 ジォウの問いには、誰も答えられなかった。

 トモ以外の皆が傷悴して、目を真っ赤に泣き腫らしていた。

 

 ――そこに、突然部屋のドアが開き、オレンジ色のとても長い髪をした聖姫が入ってきた。水色のドレスを着ている。

 聖姫はユウキ達の前にゆっくり歩いていくと、軽くお辞儀をした。

「初めまして、皆さん。ここはウィン国・聖都エアの風の城です」

 どこか品のある雰囲気と、美しい声にユウキ達はボーっとした。

「聖姫!?

 突然アイが立ち上がった。

「あら、わたくしの事をご存知で?」

 聖姫は口に手を当てる。

「一度見た……あ、ハイケンした事あるんです。前に、ウォーター国のリヴァロスに来た事がありますよね?」

 アイは一生懸命敬語を使った。

「もしかしてお姫さま!? ウィン国の」

 ジォウはよりかかっていた壁から離れた。

「あなた達の事を聞いて、お会いしたくなりました。兵士の方は、神官に委ねると言っていたのですけれど、侍女に頼んで、こっそりこの部屋に連れてきて頂きましたの」

 聖姫が話している途中でベルが鳴いた。

 聖姫はベルを持っているトモに近付くと、目線に合わせて屈んだ。

「ブルーバードは、あまり人には懐かないと言いますけれど。名前は何というのですか?」

「ぼくトモ! おにいちゃんのおとうとなの。このコはベル! おねいちゃんは、なんてゆうの?」

「トモ君!」

 アイは慌てて止めようとしたが、聖姫は優しく微笑んだ。

「わたくしは、セレナです」

「セレナおねいちゃんかー!」

 無邪気なトモを注意するアイ。

「聖姫だよ! トモ君!」

 セレナはクスッと笑ってアイに言った。

「いいのですよ。改まらないで下さい。あなた達もお名前を教えて下さいね」

「オレ、ジォウです!」

「僕はユウキ」

「私はアイです」

 三人が言い終わると、セレナは体勢を直した。

「宜しければ、あなた達の事を聞かせて下さいませんか?」

「は、はい」

 ジォウは何となくの説明をした。

 

 

「――そうですか。その“おじさん”という方と一緒に居た為、『保護』された、と。本当は、アイさん以外はエバーアイランドから来たのね。それで……」

 そこまで言って、セレナは言葉を止めた。

 皆は俯いた。おっちゃんの事を思い出しているのだ。

 俯いたまま、アイは呟いた。

「私、サンダリア人が許せない。けれど、おじさんは嫌じゃなかったのに」

「……」

 ジォウは黙って肩を震わせていた。その時、

 ――ドアをノックする音が聴こえた。

 しかも、返事もしていないのにドアが開く。

「失礼!」

 そして、鎧と兜――兵士の格好をしている男が入ってきた。

 セレナが振り返り、きっぱりと言う。

「どなたですか? 何事です! 突然入ってくるなんて、失礼ですよ」

 男は一瞬動きが止まったが、まっすぐにセレナの方へ向かってきた。

 そしてひざまずく。

「聖姫、貴女がこんな所に御出でになるとは、これはチャンスというヤツですか?」

「……?」

 セレナは不思議に思って顔を近付けた。

 途端、男はセレナの腕を引っ張り、自分に寄せて立ち上がった。

 よく見ると、男の手にはナイフがある。そしてそれをセレナの首元に近付けていた。

!!

 ユウキ達は動けなくなった。

 が、当のセレナは落ち着いた様子で問う。

「貴方、何者です?」

 兜を深く被っていた為に男の顔はよく見えなかったが、唯一の表情、口から笑みがこぼれた。

「さすが、しっかりしていらっしゃる。安心して下さい。貴女を殺すつもりは無い。人質にすれば、色々有利ですが……任務外の事をする気もありません」

 男はセレナの首からナイフを放した。

「何が目的ですか?」

 セレナは男を鋭く見つめた。

 男は「ふぅっ」と息をつく。

「私は、ここから逃げたいだけです。この部屋から、外に出られる事も知っていますので。……急いでいます。見逃して頂けませんか?」

 セレナは男の手を解き、離れた。

「私が今、大声を出せば、貴方は捕まりますね? けれど……」

 そのままユウキ達の方に目を向けた。

 セレナは少し考えてから続ける。

「まぁ、いいでしょう。従います」

 

 男は軽く会釈をしてから本棚に近付き、そのまま横に押し始めた。

 ――が、本棚はびくとも動かない。

 ユウキ達はその状況を呆気にとられて見ていた。

 男は困った様子でセレナの方を見た。

 セレナは仕方無さそうに本棚に近付く。

「“本棚”って事までは知っているのですね。……これで、私を『共犯』って事にはしないで下さいね」

 呆れた感じでセレナは本棚の本を何冊か取り出して、奥に手を入れた。

 そして、『カチッ』と小さな音が聞こえてから手を引っ込めると、静かに本棚は横に動いた。

 ……本棚のあった壁には、石の扉が付いていた。

「どうも」

 そう言って男は石の扉を開ける。

 すると、薄暗い通路が現れた。

 

「さっすが、お城だ! 隠し扉に隠し通路! もしかしてそっから外に出られんの?」

 ジォウが感心したように言った。

「ぼくも、おそとにいきた〜〜い!!

 トモが男に駆け寄った。

「最初から疑問に思っていたが、何故アース人やグリーン人の子がここに?」

 男はそう言ったが、すぐに向きを変えて、

「ま、いーや。さようなら」と、出て行こうとした。だが、トモがズボンを引っ張る。

「ぼくもいく〜〜!!

「トモ君!!

 びっくりしたアイはトモを止めようとした。

 ところがジォウが呑気に賛同する。

「あ、そうだな。オレ達もそこからおいとましよーぜ」

「ジォウ、何言ってるの?」

 アイが目を離した隙に、トモはスタスタと通路に入ってしまった。

「あ!!

 急いでユウキが後を追う。

「ユウキ!! トモ君!! どこ行くの?」

 慌てるアイの肩をジォウは軽く叩いた。

「アイは残ればいいじゃん。多分、家に送ってもらえるし」

 そうしてジォウも通路に出た。

「待ってよ! 私も行く!!

 そう言ったアイにセレナは駆け寄る。

「アイ……さん、貴女は平気ですよ。外に行く方がかえって危険なのでは?」

「いいえ。私、行きたいんです」

 アイはきっぱりと言った。

「……」

 セレナは自分の首にさげているネックレスをアイに掛けてあげた。

「お守りです。気を付けて!」

 ネックレスには緑色の雫形の宝石が付いていた。ちょうど翡翠のような色をしていた。

「きれい。で、でも……これ!」

 アイはネックレスを返そうとしたが、セレナはそれを止めた。

「何故かしらね。彼に瞳が似ているからですかね。……いえ、ただ、私は……一緒に行きたいのかもしれません」

 そこで、ボーっと見ていた男が我に返り、会釈をして出て行った。

「聖姫、ありがとうございます」

 アイもお辞儀をして続いた。

 

 セレナは無言で本棚に本を戻す。すると、また自然に本棚が動いて、元の位置に戻った。

 それから、セレナは部屋を出ようとドアに手をかけた。

 ――だが、同時に誰かが開けて部屋に入ってきた。それは、トラストだった。

 トラストは、誰もいないと思っていたので、目の前に聖姫がいてびっくりした。

「姫!! 何故ここに? 侍女も無しに」

 セレナはドキッとしながらも平然と答えた。

「わたくしは、一人になりたかったのです。貴方こそ、どうしてここに?」

「只今、不審な男が城内に潜入しているという情報がありましたので、捜索している途中です」

 それが先程の男だという事に、セレナはすぐに気付いた。

「……そうですか。見つけたら、報告致します。では、部屋に戻りますので」

「お供します」

 トラストはセレナの後ろについた。

「わたくしが、自分の部屋に、一人では帰れないとでも?」

 セレナはユウキ達の事を思い出していた。

(久しぶりに名前で呼ばれた。わたくしも、あの子達のように自由になれたら……)

「私は、聖護官。姫を守る者です」

 トラストの言葉に、セレナは「ハッ」とした。

「ありがとう、トラスト。でも……不審者を捜す仕事を優先して下さい」

 廊下に出て、去っていくセレナ。その姿を、見えなくなるまでトラストは廊下で見送っていた。

 

 

 一方。

 不審者張本人の男は戸惑っていた。

 薄暗い隠し通路を抜けて、出た先は外。眩しい光と、清々しい空気。そして目の前に広がる森。森は迂回して、早いところ船に……といきたかったが、

 見知らぬ子供四人が自分にくっついていた。

 ジォウが男に話しかける。

「おじさん何者? どこ行くの?」

「おじさんじゃない! お兄さんだ、俺は」

 男はムッとしたように答えた。

「でも、カブトのせいで顔見えないから、うさんくさいよ」

 ジォウの意見に、仕方なく男は兜を取った。

 ……金髪で、端整な顔立ちの二十歳位の青年だ。

「サンダリア人!?

 ジォウはアイの方を見た。

 アイはサンダリア人が苦手なはず。

 だが、アイは金髪に驚くより、その端整な顔にうっとりとしていた。

 青年は、子供を相手にしている暇は無いと、さり気無く逃げようとした。が、トモがズボンを掴んでいる。

「ぼくトモだよ。おにいちゃんのおとうとなの。こっちはベル」

「ピピピピピ……」

 そのウルウルした瞳に負けて、青年はとびっきりの笑顔を向けた。

「俺はヒース。スパイさ☆」

「スパイーーーーーー!?

 ジォウが大きい声で聞き返す。

 ヒースは「言っちゃった」という顔をした後、肩をガックリ落として自己嫌悪におちいっていた。

 ユウキとトモは『スパイ』の意味が解らず、アイは少し考えて、それでもポーッとヒースの顔を見ている。

「ここはどこなの?」

 ユウキが、ずっと疑問に思っていた事を訊いた。

「ここはウィン国。目の前にあるのはウィンの森。知らないで来たのかい?」

 ヒースの答えにアイが反応する。

「ウィンの森!! じゃ、もしかしたらベルのママ、ここにいるかも!?

「ホントに? ベル、よかったね!!

 ベルを持った両手を自分の顔に近付けて、トモが言った。

「ピピピー!」

 ベルは返事をしたようだ。

「じゃ、そこら辺にトリ置いときゃ、仲間の鳥が迎えにくるんじゃね?」

 ジォウの無責任な発言。

「ひどい!!

 反論をしたのはヒースだった。

「あ、……いや。君達、もしかして森へ入るつもりなのか?」

「ベルのママさがすの!」

 トモは行く気満々だった。

「反対! 森なんかやだよ」

 ジォウは面倒臭そうだ。

「別にいいんじゃない? ちょっと位。それともジォウは怖いの?」

 アイはその気だ。

「だれがっ!!

 そう言ったジォウの目は泳いでいた。

「チキンめが」

 ユウキは蔑んだ目でジォウを見た。

「なに? 鳥肉?」

 ジォウにはイミが解らなかったらしい。

 子供達の遣り取りを見て、ヒースが慌てる。

「子供達だけで森の中を探険だなんて危険だ!」

 子供達四人とベルは、目をウルウルさせながら(ジォウは眼鏡を取り)、ヒースに向かって言った。

「お兄さんも、来てくれるんでしょう?」

 ヒースはとびっきりの笑顔で答える。

「オッケー! 勿論さ♪」

 そう言った後、また自己嫌悪におちいっていた。

 

 ――というわけで。

 

 森へ入って大分時間が経った。

 いや、実際はそうでもないのかもしれないが、そう感じた。

 辺りには霧が立ち込めていて、ただでさえ視界が悪い。

 その上、同じ木ばかりで、何かの鳴き声が薄気味悪い。

 子供達はヒースにガッチリくっついていた。

(迷いの森だな)

 ヒースは後悔していた。が、まっすぐ引き返せるかも不安。

 青い鳥なんか居やしない、諦めて森を抜けよう。そう思っていた。

 すると、突然物凄い風が吹いた。その時微かに声が聞こえた。

『立ち去れ……』

 一同は立ち止まった。

「今、何か聞こえたよ?」

 ユウキが確認するように言った。

「そういえば、ウィンの森には魔女達がいるって」

 アイが思い出したように言う。

 それを聞いて、皆は息を呑んだ。

「魔女なんかいるワケねーよ」

 ジォウの足は少し震えていた。

 ヒースが子供達を落ち着かせようと、皆の肩を叩いた。

「大丈夫だよ」

 その時――

 

 突然目の前に巨大な木が現れた!

 木……というより化け物だった。

 枝は腕のように、幹には目と鼻と口がある。

 

「かしの木おじさんだーーー!!

 悲鳴を上げて、ジォウは固まった。

 ヒースは急いで子供達を下がらせると、前に出てナイフを出した。

 騒ぐベルを守るようにトモがしっかり抱きしめる。

 ――ヒースはナイフで化け木を斬りつけた。

 しかし、木には何の痕も残らない。

「……え!?

 不思議に思うヒース。

 すると、アイがユウキ達の前に出た。

 何かを唱えている。そして腕を前に出して言った。

『火の精霊よ、力を貸して下さい』

 途端、アイの手に小さな炎が集い、放たれた。

 

 見事、化け木に命中!

 

「魔法!! そうか、南の子は魔法が使えるんだった」

 ヒースが喜んだのも束の間。炎は消えて、化け木には全く効いていないようだった。

 けれど、ユウキ・トモ・ジォウは、初めて見た魔法に……アイに感動した。

「すごい!! アイ!!

 ユウキはアイの手をとった。

 アイは顔を赤くする。

「南の人間だもの。簡単なのくらいなら、練習したし」

 しばらく闘っていたヒースが、闘うのを止めて近付いてきた。

「大丈夫だ。この化け木は実体じゃない、幻だ」

 

『よく気付いたじゃない、色男さん』

 先程と同じ声が今度ははっきりと、森の中に響く。

 すると、急に霧が晴れて化け木が消えた。

 ……五人の目の前にはマントをまとい、フードで顔を隠した、いかにも怪しい人物が立っていた。

「魔女だーーーーー!!

 ジォウは、アイの言った事を思い出して叫んだ。

「……ったく、失礼な事を言うわね」

 声は女性だった。

「残念だけど、魔女ではないわよ、私は」

 フードの女性は、落ち着いた口調で答えたが、ユウキには少し慌てているようにも見えた。

「何者だ?!

 ヒースが警戒した様子でナイフを構える。

「色男さん、落ち着いて。私は、アナタ達を森から出ていかせるよう、頼まれて来ただけだから」

 フードの女性は続ける。

「この森にはね、人と関わりたくない人達が住んでいるの」

「それって魔女?」

 ジォウの問いにフードの女性は少し笑う。

「フフッ……似たようなものね。彼らは長年森に住んでいるから、侵入者がいると、すぐに分かるのよ。さっきの化け木は侵入者を追い出す魔法みたいなもので……」

「そんな魔法あるんだ?」

 アイが感心する。

 頷くフードの女性。

「ええ。私はたまたま彼らの村に居たんだけど」

「その“彼ら”に頼まれて、アナタは来た、と? それでも、アナタの正体は謎だな」

 ヒースは女性を怪しく見ながらもナイフをしまった。

「まぁ、人の事は言えないですし」

 

 一方ジォウも、女性の声を聞きながら、どこかで聞いた声だと思ったが、それが誰なのかわからずに考え込んでいた。

「お姉さんの声、どっかで……」

「ところで!」

 フードの女性はジォウの言葉を遮るように喋り出して、トモに近付いた。

「ぼうや、珍しい小鳥を連れているようね」

「うん。ベルっていうの」

 警戒心の無いトモと、フードの女性の間にヒースは入る。

「さて、と。じゃあ、俺達は出ていきます。もう森には近付かない」

「まだだめ! ベルのママみつけてないもん!」

 駄々をこねるトモに女性は忠告をする。

「あら、その小鳥……ブルーバードの仲間はまだ森に帰ってきてないわ。今頃はアースの森にいるんじゃないかしら。坊や、小鳥のママを捜しているの?」

「うん。ベル、ケガしてるからね、ぼくがかわりに、さがしてあげるんだよ!」

「……偉いな」

 そう言ったのはヒースだ。頷きながら何か納得をしている。

 森の中で、一応ヒースにはジォウが今までの経緯を簡単に話していた。ヒースは子供達に凄く感心したようだった。

「ケガねぇ。……それなら私、いいもの持ってるわよ」

 フードの女性はマントの中から小瓶を取り出した。

 それには青い液体が入っている。

「魔法の薬よ!」

 止める間も無く、サッと瓶の蓋を開けて、青い液体をベルにかけた。

「あ!!

 その目にも留まらぬ早業に、皆は遅れて反応をする。

 ポカンと口を開けている皆の代わりに、ユウキが訊いた。

「今、何したの?」

「だから、『魔法の薬』をかけたのよ。よくご覧なさい。ケガが治っているはずよ」

 女性に言われるまま、トモは恐る恐るベルの羽をよく見た。

「あ……ケガが……ない」

 ベルはトモの手を離れて、羽ばたいた。

 

「飛んだ……」

 口を開けていたジォウが、目も丸くして言った。

「奇跡だわ!」

 アイも嬉しそうに言う。

「魔法の薬なんて……そんな、馬鹿な……」

 ヒースは信じられない、というように考え込む。

 ベルは元気にトモの周りを飛び、トモもジャンプをして喜んだ。

「もう、ケガさせちゃいけないわよ。貴重な薬でね、手に入らないからね」

 フードの女性はきっぱりと言った。そして続ける。

「それじゃ、早く森から出ていってね? 私が案内してあげるから」

 スタスタと前を進み始める女性に、皆は急いでついていった。

 

 

 しばらく歩くと、急にヒースが手を叩き、「成る程」と一人で納得し始めた。

 そしてフードの女性の横につく。

「青族ですね? この森に住んでいるのは」

 倒置法を用いて質問するヒース。

「さっきの薬は彼らの『秘薬』だ。彼らは傷を治す秘薬を持っている」

 まるで探偵のような言い方だ。

「青族って伝説の種族の!?

 アイが反応をする。他の子供達には分からない。

「よく分かったわね、色男。アンタ北の人間でしょう? なんで南の伝説知ってるのかしら?」

 女性の言葉に、アイがユウキ達にも分かるように付け加えた。

「『青族』ってね、南大陸で伝説の種族なの。傷を治す不思議な力を持っているっていう」

「ちなみに私は青族ではないわよ。ところで……」

 フードの女性は話題を変えた。

「森を抜けたら、どうするつもり?」

「もちろん、鳥逃がして帰る!」

 そう言ったのはジォウだ。勿論トモは嫌がる。

「やだー!! ママのとこいくの!」

「じゃ、アース国に行くのか。アースの森もあるし、ユウキとトモのお母さんもいるかもな」

 ヒースの言葉に、ユウキとトモは顔を見合わせた。

 ユウキは力強く言う。

「アースってトコに行きたい!」

「……!!

 アイは少しショックを受けたような顔をした。

「俺が連れてってあげるよ。ちょうどアースに行くから」

 ヒースの申し出に、ジォウは口をはさんだ。

「平気だよ。一回戻って、その後海中…」

「サンダリアの空行船《くうこうせん》で」

『空行船』とは、空をゆっくり飛ぶ北大陸の船だ。

 付け足された言葉に、あっさり従うジォウ。

「賛成!!

「……」

 アイは俯いて黙り込んだ。

「どうしたの?」

 ユウキはアイの顔を覗き込む。

「う…うん……」

 何かを考えているアイ。

 

 

 そうこうしている間に、木々が無くなり、森を出ていた。

 視界に広がるのは草原。

 そして、二つの道。片方を辿ると、その先に赤い屋根が並ぶ町が見えた。

 強い風が吹く。

 フードを押さえながら女性が言った。

「あそこにあるのが、フォートの町」

「ああ、知っている。けれど、あの町には行かない」

 ヒースはもう片方の道を見た。

 その先は丘だった。

「丘の向こうに空行船あんの? 早く行こーよ!」

 ジォウはワクワクしまくっていた。

 ユウキも楽しみで、俯いているアイを元気付けようと話しかけた。

「アイは空行船って乗った事ある? 僕初めてだよ」

「……」

「島の本で見た事あるんだ。空行船って凄くカッコイイ…」

「私は行けないな」

 ポツリと言ったアイの言葉。

「え?」

「だって……アース国は北大陸だよ。私が……行けたとしても、行かない方がいいと思うもん」

 ユウキはやっとアイが悲しい顔をしている理由が解った気がした。

「アイおねいちゃん、いかないの? どうして?」

 会話が聞こえたらしいトモとジォウがやってきた。

「そうだよ、アイ!」

「いいの。やりたい事、見つかったから」

 アイはしっかりした瞳で言った。そしてトモに向かって訂正を加えた。

「トモ君、前から言おうと思ってたんだけど、『おねいちゃん』じゃなくて、『おねえちゃん』だよ!」

「おね…えちゃん」

 言い直すトモに、アイはニコッと笑った。

 

「じゃあ、“アイ”ちゃんの事は私に任せて頂戴」

 話を聞いていたフードの女性がヒースに言った。

 アイはユウキの手をとる。

「私、ユウキ達に会えて良かった。短い間だったけど、色々な事がわかった。自分で何かしなきゃって事がわかったよ」

 アイと別れるのは寂しいが、ユウキは言う。

「僕達はずっと友達だよ!」

 アイは島の子とは違う、不思議な感じのする少女だ。

「ありがとう、私の事、忘れないでね」

「絶対、また会えるよ」

 根拠は無い。でも、絶対会いたい、そう思った。

 

「大丈夫、すぐ会えるって! グリーン国の乗り物すげえから!」

 ジォウが明るく振舞った。

 ユウキにとって、『お別れ』とは、もう二度と会えない感覚があった。

(せっかく友達になれたのに……離れるのは嫌だ……)

 現に、島を去っていった子達とは、再会した事がなかったし。

 お父さんには会えない。

 ……それに、お母さんとも会えていない。

 

 名残惜しく手を離した後、

 ヒースがユウキ達を連れて歩いた。

 アイは、姿が見えなくなるまでずっと、手を振っていた。

 ユウキ達も何度も振り返り、手を振る。

 

 

 アイの姿が見えなくなった所まで来ると、ヒースがユウキに訊いてきた。

「ユウキは、アイちゃんが好きなのか?」

「うん」

 ユウキは素直に頷いた。それを見て、ジォウがヒースに言う。

「だめだよ、オヤビン。ユウキはお子ちゃまだもん」

「え? ジォウはどうなんだ?」

「オレは……」

 ジォウは顔を真っ赤にして答える。

「オレの好きな人は、キレイで優しくて、清そで……。まだ片想いだけどさ」

 そんなジォウを見て、ユウキは

(赤いなぁ)

 と思った。

「兄貴は恋人位いるんでしょ?」

 ジォウの問いに、ヒースは何故かフォート町の方を見つめる。

「ああ、美人で心の優しい……俺には勿体無い位の娘だよ。……ソフィア!」

 すっかりトリップしている恥ずかしい大人を置いて、子供達は歩き始めた。

 ベルはトモの上を飛んでついてくる。

 白昼夢から覚めたヒースは、百メートル位先に子供達がいるのを見つけて、走って追いかけた。

 

 

 一方。

 アイはフードの女性と歩いていた。

 ユウキ達とは別の道、フォート町の方へ向かっていた。

 フォート町から馬車か船に乗れば、アイは自分の町に帰れる、女性はそう考えていた。

 けれど、アイには目的があった。

「せっかくだから、私、フォートにあるボランティア支部に行ってみようかと思うの」

 突然のアイの言葉に、びっくりする女性。

「は? なんですって!?

「フォートには、連合軍のボランティア支部ってのがあるって聞いたから。看護の手伝いとかする」

 それを聞いて、フードの女性は足を止める。

「知ってるよ。そこに知り合いいるからね。でも、アンタみたいな子供が、そんなこと!!

「私のお兄ちゃん、兵士だから、連合軍の手伝いしてれば、捜せると思うの。それにパパも」

 アイの真剣な眼に、女性は溜息をつく。

「子供のする眼じゃないわね」

 そしてまた歩き出した。

「そのボランティア支部にいる、私の知り合いに会わせてあげるわ。ソフィアっていうんだけど」

「ありがとう! ……」

 女性の背中に向かって言ったアイは、その後が続かなかった。

「イシュタル!」

 女性が言った。

「イシュタルさん」

 どこかで聞いた名前だな、と思いながらもアイはイシュタルの後をついていった。

「ねぇ、ところで……」

 イシュタルは振り向かずに訊く。

「そのネックレス……」

「え?」

 アイは首にさげているネックレスに手をやった。

 聖姫に貰った物だ。

「エア城にあるはずじゃなかった?」

 エア城とは、別名『風の城』という。

 何故知っているのだろう? そう思いながらもアイは答えた。

「聖姫にもらったの。お守りにって」

 頷きながら、イシュタルは次の質問をする。

「成る程。……“ユウキ”君だっけ? 彼も持っているわよね? 似たような石」

「……え?」

 不思議に思いながらも、アイは知らなかったので首をかしげた。

「わからない。持っていないと思うけど」

「成る程」

 今度は無理に納得をしているようなイシュタル。

 アイには訳が分からなかったが、イシュタルがその後何も言わなかったので、別の話をした。

「そういえば……」

 アイはマントを引っ張る。

「なぜ、こんな格好をしてるの?」

「秘密!」

 謎が多いイシュタル。

 訊きたい事が沢山あったアイは色々と訊ねながら歩いたが、イシュタルの正体に関しては全て誤魔化されてしまう。

 それでも二人は楽しく会話を交わし、フォートに向かった。

 

 

 *

 

 その頃。

 風の城の廊下では、侍女と少し離れた位置で、聖姫のセレナが護衛官のトラストの急ぎの報告を聞いていた。

「――先程の不審者により、我が国の機密が盗まれたようです。これにより、恐らくアースへの進攻が決まるのも時間の問題かと思われます。そうなったら、私も行く予定です」

 トラストの言葉に、セレナはショックを隠せなかった。

「何故……貴方は、行く必要ありません」

 トラストは目を伏せた。

「私は……元々、兵士ですから」

「けれど……」

「国の為、姫の為に戦います」

 

「わたくしは、そのような事、望んではいません!!

 セレナの一言に、何も言えなくなるトラスト。

 二人に沈黙が流れた。

「……」

 俯くセレナ。

 例え、姫である自分が止めても無理なのだろうと、なんとなく感じながらも、彼が戦場に向かわない事を強く願う。

 

 ――そして、時が経つ……。

 

 

 

 


【第四章・再会】

 

 北大陸・サンダリア国・クロス港。

 波の音が懐かしく響く中、ユウキ達はヒースに連れられて、隠し空行船に乗り、港に一旦着陸して降りてきた。

「空の上も良かったけど、やっぱ地面だなー! 外の空気サイコー!」

 ジォウは両手を上げて背伸びをした。

 初めての空行船。その名の通り『空を行く船』に乗り、ユウキ達ははしゃぎ過ぎて少し疲れていた。

 小さな部屋の椅子に座り、小さな窓から見えた景色。丘や草原、町の建物、全てが小さくなり、青い空にすぐ近くの雲……新しい体験に騒ぎ立てると、ヒースに何回も注意をされていた。

「ホントはアースに直行だったんだけど、今警戒してて、何日か運休らしい。しばらくはここ、クロス港町で足止めかな」

 黒い服に着替えたヒースが、あくびをしながら言った。

「ここってサンダリア国でしょ?」

 ジォウが訊く。

「ああ、俺の故郷だよ」

 ヒースは懐かしそうに町を見た。

 ユウキとトモはというと、初めての港町と沢山の人々、停泊している沢山の船等、驚く物ばかりでキョロキョロしていた。

 金髪、黒髪、茶髪……若干金髪が多い。

「さて、宿を探すよ」

 ヒースが歩き出す。ユウキ達は置いていかれないように早歩きでついていった。

 

 

 しばらく歩くと、広い通りに出た。

 石畳の道路に店が沢山並び、人も沢山歩いていた。見慣れない乗り物も横を通り過ぎる。

 島の広場も賑やかだったが、それとは比べ物にならない程賑わっていた。

「ホラ、よそ見して歩くと危ないぞ!」

 ヒースはウロウロしているユウキとトモを注意した。

(俺……本業スパイだよね? いつの間に保育士になったんだ?)

 ヒースは大きく溜息をついた。

 

 そして、一軒の赤レンガのホテルの中に入った。

 中は広くて、レンガではなく白い壁には絵画等が飾られている。白い床はやたらピカピカ光っている……と思ったら、大きなモップがクルクルと回り、ひとりでに床を磨いていた。――お掃除ロボットだ。

 エバーアイランドや南の大陸にはロボットが無いので、ユウキとトモは目を丸くして見ていた。

 ヒースはカウンターに行き、チェックインを済ませると、ユウキ達を部屋に連れていった。

 

 三階にある綺麗な部屋。

 そこには大きなベッド一つと、中位のベッド二つと、小さなベッド一つが並んでいた。

「オレ、このベッド取っピー!!

 ジォウは大きなベッドに寝転がった。

 ヒースは腰に手を置いて言った。

「“ピ”って……。大きいのは当然俺専用だろ。ったく。まぁいいや、ちょっとの間、俺居なくなるから」

 ジォウは起き上がる。

「兄さんどっか行くの? まさか……彼女んトコ?」

 ヒースは笑いながら答えた。

「まさか、彼女はこんなトコにはいない。……ちょっと、報告をね」

「あ!! スパイの!!

 ジォウは思い出す。

「シーーー」

 ヒースはわざとらしく人差し指を口の前に当てた。

「ぼくもいくー!!

 ズボンを掴んできたトモを、今度はサラリとかわして、ヒースはニコッと笑った。

「ダメ、絶対」

 そして軽やかな足取りで部屋を出ていった。

 ……と、思ったが、戻ってきて念を押した。

「どっか行っちゃ、駄目だよ!」

 そう言って今度は本当に出て行った。

 

 ふと見ると、ジォウは眼鏡を置いて、ヒース専用(らしい)ベッドで寝始めた。

 トモはベルと遊んでいたが、やはりというか、お決まりのセリフを言った。

「おそとで、あそびたーい」

 ユウキはホテル(ここ)から離れなければいいだろうと思い、ジォウを置いて、二人(と一羽)で外に出た。

 

 

「わーーい!!

 トモはどんどん走っていく。ユウキはホテルの位置を確認しながらトモについていった。

 その時……

 ユウキは人にぶつかって尻餅をついた。

 ぶつかった子も尻餅をつく。年が近そうな女の子だ。

 黒髪を二つのおダンゴに結い、ピンクの服を着ている。

「いったーーい!!

 立ち上がりながら女の子はユウキを睨み付けた。

 自分も痛かったのだが、立ち上がってユウキは一応謝る。

「ごめんね」

「っあーーーーーー!!

 突然叫んだ女の子にユウキはビクッとなる。

!?

「変な石〜! めずらしい〜! 黄色い〜!」

 女の子は地面から黄色い小さな石を拾った。

(え!? まさか……)

 ユウキはズボンのポケットを調べた。

 ……しかし何も無かった。

 おっちゃんから貰った石を、今ぶつかった時に落としたのだ。

 という事は……

「それ、僕の石だよ」

「なんで? アタシが拾ったんだよー!」

 女の子は石を両手で隠した。

「おっちゃんからもらったんだよ! 返して!」

「どうしてよ!」

「今、落としたんだ。おねがい、返して!」

 ユウキは女の子から石を取ろうとする。ところが女の子は素早くかわして逃げようとした。

 そこへトモとベルがやってくる。

「おにいちゃーん、どうしたのー?」

「かわいい〜〜〜〜〜〜!!

 ベルを見るなり、女の子はベルに夢中になった。

 トモに近付き、目ではベルを追って話しかける。

「このコ、キミの?」

「うん。ぼくのともだち、ベルっていうの。ぼくトモだよ。おにいちゃんのおとうとだよ」

 トモの答えを聞いて、女の子はユウキの方を見た。

「トモちゃんのお兄ちゃんなの?」

 ユウキは頷いた。

「僕はユウキ。さっきの石返してよ」

 女の子は渋々返してきた。

「わかったわよ。アタシはリンってゆうの」

 そして図々しい事を言ってきた。

「ねぇ、返すんだから別のものちょーだいよ」

(なんで!?

 ユウキはその理不尽な要求に呆気に取られて、声が出なかった。

「何がいいかなー?」

 既に貰う気満々のリンは欲求通りにじっとベルを見ていた。

「ピピ……ピ…」

 その視線に、ベルは微妙に怯えているようだ。

「ベルはだめだよ」

 トモが先手を打った。

「まさかぁー、ベルちゃんだなんて言わないよォ」

 絶対言おうとしたよ! そう思ったが、ユウキは黙っていた。

「ね、じゃあ『神の石』持ってない?」

「え?!

 突然のリンの言葉に、ユウキはドキッとした。

 神の石……リンに返してもらったこの石――おっちゃんから貰ったこの黄色い石が……

(神の石だって、おっちゃんが言ってた)

「冗談よ、持ってるわけないもんね」

 リンがすぐに諦めてくれたので、ユウキはホッとした。

「かみのいしってなーに?」

 トモの質問にリンは嬉しそうに答えた。

「神の石ってゆーのはね、昔、五人の神様がつくった……世界に一つしかない石なのよ!」

「どこにあるの?」

「それはわかんないけど、とにかく凄い石なんだよ!」

「すごいって?」

「……。神様の力が入ってるんだよ!」

「かみさまのちからって?」

「……」

 リンはトモの質問攻めに疲れたらしい。

「とにかく、凄い石なの!」

「ふ〜ん」

「ところでさぁ!」

 また質問をされる前に、リンは話題を変えた。

「あんた達って、この町の子?」

 ユウキは首を振る。

「今日来たばっかだよ」

「なーんだ、案内してもらおーと思ったのにぃ」

 リンもどうやらこの町の子ではないらしい。

「ま、いーや。探険しよ!」

 返事もしない内に、リンはユウキとトモの手を引っ張った。

 なかば強制的にリンに連れ回される事になったユウキとトモ。

 トモは、はしゃいでいたが、ユウキは少し疲れていた。

 

 

 そんな事も知らずに、ホテルに戻ったヒースは、ユウキ達が居ない事にショックを受けた。

 そしてもう一つ、ジォウが自分専用(のはず)のベッドで寝ている事にもショックを受けた。

「あれ程言ったのに〜〜〜〜〜!!

 ヒースは泣きたくなってきた。

 

 

 ―――――

 

 

 大分時間が経ったようだ。

 黒い髪の少女がユウキを起こそうとしている。

「……サヨ姉……?」

(夢を見てたんだ。今、何時だろう?)

 ユウキはゆっくりと目を開けた。

 

「大変だよ、ユウキ君!!

「え!?

 サヨ姉かと思ったのはリンだった。リンは凄く焦った顔をしていた。

「大変なの、ユウキ君!!

「どうしたの?」

 ユウキはボーっとしていた。

(ここはどこだっけ? なんで寝てたんだっけ?)

「ここ、たぶん空行船の中だよ。どこ行くかわかんないよ!」

 信じられないリンの言葉。

(夢……?!

 ユウキはすぐに理解出来なかった。

 顔を上げて周りを見回すと、薄暗くて木箱等が沢山置いてあった。

(ここは倉庫?)

 そして思い出した。こんなコトになったであろう原因の出来事を。

 

 ――確か、

 リンに連れ回されて、町を探険していたら、空行船場の倉庫みたいなのがあって……

 そこにいた軍人らしき男性にリンが何かいたずらをした。

 だから、追いかけられて、しばらく倉庫の中の木箱に隠れていた。

 そして、隠れている内に眠くなってしまい――

 

 ユウキは自分が木箱の中にいる事に気付いた。

 狭いと思ったら、トモも中で寝ていた。

「わぁあ!!

 ユウキは木箱から這い出て、もう一度見回す。隠れていた倉庫の中ではない。

 どこかで聞いた事のある音が聴こえる。空行船のエンジンの音に似ているのは気のせいか。

 小さな窓が一つだけあった。

 恐る恐るユウキはその窓の外を見てみた。

 ――青い空、近い雲……ここはまさしく空だ!!

「……!!

 ユウキは頭の中が真っ白になった。

 ボソッと呟くリン。

「アタシ達、知らない内に荷物と一緒に運ばれちゃったんだ」

 その様子を、ユウキは想像する。

 背中がゾ〜〜〜ッとした。けれど、事実ここにいる。

「何回も、人呼んだけど、誰も来ないし、ドアみたいなのも開かないの」

 リンは泣きそうになっている。

(これは、夢……?)

 信じたくない気持ちが、ユウキの気を遠くさせる。

「どこに行くんだろ、ママ〜、おじーちゃん……パパ……!」

 リンはついに泣き出した。

「どうしよう、ユウキ君!」

 先に泣かれてしまい、泣くに泣けなくなったユウキはオロオロした。

(どうしようって……こっちが泣きたいよ!!

 つっこむ気力もない。

 リンの泣き声で、トモが起きてしまい、この状況の説明をどうしたものか、ますます困るユウキだった。

 

 

 *

 

 ――その夜、

 南大陸……ウィン国・聖都エアの風の城ではパーティーが行われていた。

 明日、アース国へ進攻する兵士の為の夜会であった。

 広間では音楽が流れて、皆正装でダンスを楽しんでいる。

 トラストは一人、小さなバルコニーに立ち、星を眺めていた。

 正装ではなく、いつもの青いローブに青い帽子を被っている。

 どうもこういう場は苦手だ。

 夜の冷たい風と静けさを味わっていた方が落ち着く。そう思いながら家族を思い出していた。

 ふと、後ろから足音が聞こえた。

 そして、一人の少女がトラストの横に並んだ。青と白のドレスを装ったセレナだ。

「姫……!」

 トラストはセレナの横顔を見る。

 月に照らされたその姿は、いつもより神聖な……そんな気がした。

 夜風は髪をなびかせて、広間の美しい音楽がバルコニーにも聴こえてくる。

「何故、こんな所に居るのですか?」

 セレナが星を眺めながら問う。

「……踊れないもので」

 珍しく少し恥ずかしそうに答えたトラスト。

 出兵が決まり、今は護衛の任を一時解かれているとはいえ、一人でいるセレナを心配する。

「姫、中へお入り下さい。警備が厳重とはいえ、外なので危険です。それに、ここは夜風が当たります」

「ずいぶんと過保護ですのね」

 溜息をつくセレナに、トラストは首を振る。

「先日、不審者侵入事件が起きたばかりですから」

「大丈夫です」

「しかし……」

 セレナは微笑んでトラストを見つめた。

「貴方がいるじゃないですか」

「……」

 どう反応して良いのかわからなくなり、星を眺めるトラスト。

 

 しばらく沈黙が続き、セレナは哀しそうに口を開いた。

「いよいよ、行ってしまうのですね」

 俯いて小さく呟く。

「とても恐いです」

 トラストは胸を張って言った。

「大丈夫です。この城には、敵は攻めてきません」

「いいえ、貴方の身が、危険にさらされる事が……恐いのです」

 その言葉に、トラストは目を閉じた。

 確かに、戦場は死と隣り合わせ。

 このまま、秘めたる想いを伝えるべきか……

「……姫、……私は……」

 トラストが次の言葉を言おうとした時、セレナの方が口を開いた。

「お願いがあります、トラスト」

 セレナはトラストの方を向いた。

「わたくしを、名前で呼んで下さい」

「……!?

 トラストもセレナの方を向く。

 また少し沈黙が流れた。

 

 しかし、セレナの方が背を向けてしまった。

「……やはり、今はいいです。必ず、帰ってきて下さい。その後、呼んでくれますか?」

 トラストは、セレナの後ろ姿を見つめて、誓うように言った。

「はい。必ず戻ってきます」

 月の光は、優しく二人を照らしていた。

 

 

 ――同じ頃、フォート町では……

 町の教会の隣にある白い建物、ボランティア支部の一室で、オレンジ色の髪をした二十歳前後の女性がアイと話していた。

 水色の服に、白いエプロン。長い髪を三つ編にして横に下ろした美しい人だ。

 名を、ソフィアといった。

「では、明日、アースに向かいますけれど、くれぐれも皆と離れないようにね」

 ソフィアはアイに念を押す。アイは少し笑って言った。

「大丈夫ですよ、ソフィアさん!」

「でもアイちゃん、お兄さんを捜したいと言っていたでしょう?」

「それは言ったけど……私だって、そんな危ない事はしないです!」

 アイはそう言ったが、ソフィアの心配をよそに、兄を捜す気満々だった。

(ソフィアさんの目を盗んで行こう)

 そう思っているアイに気付いてか、ソフィアは大きく溜息をついた。

「……心配だわ」

 アイはユウキ達と別れた後、イシュタルの紹介でソフィアに会わせてもらった。そしてボランティア支部に無理矢理入れてもらったのだ。それからは、ソフィアがアイの世話をしてくれていた。

「捜したい人……かぁ」

 急にソフィアは遠くを見つめる感じで言った。

「ねぇ、アイちゃんは好きな子いる?」

 話題を切り替えられて、アイは慌てた。

「好きな子って、私まだ……うーん……」

 困った顔のアイにソフィアは微笑む。

「私は……私の好きな人はね、遠い所にいるのよ」

「遠い所?」

「あ、別に亡くなったとかではないの」

 ソフィアは哀しい顔をした。

「好きになっては、いけなかった」

 ソフィアがあまりにも切ない瞳をするので、アイなりにそれ以上訊くのをやめた。

 そしてまた時が経つ。

 

 

 *

 

 ユウキ達が空行船に乗ってしまってから、大分時間が経った。……といっても、どの位経ったのかは全く分からない。

 もしかしてもう着陸しているのではないか? と思って外を見ても、雲が海のように広がるばかり。

 一体いつまでここにいればいいのか……

 そう思いながらもウトウトしていたユウキ、トモ、リン。

 幸い食料等が入っている箱が沢山あったので、悪いと思いながらもそれを食べて過ごした。

 食べて寝る、を繰り返して、リンには、エバーアイランドから来た事、ベルと自分達のお母さんを捜している事等を話しておいた。

 

 そしてまた、皆が眠りに就いた頃――

 急に大きな揺れを感じて、三人は飛び起きた。

「何? 今の揺れ!!

 リンが辺りを見回す。皆は顔を見合わせた。

 その時、

 大きな爆発音と共に船が激しく揺れた。

「きゃああ〜〜〜!!

「わああ!!

 三人は急いで近くにあった柱に掴まる。

 もうその場に立っていられなかった。

「わぁーーーん!! おにいちゃーーーん!!

 トモは一生懸命、柱に掴まりながら目を瞑った。

 大きな揺れは続いている。

「な、なにコレ!? なんなの〜〜〜?」

 リンも必死で柱に掴まる。

 ユウキは、揺れで何だか気分が悪くなってくる。

「箱ん中に入ろう!!

 とっさにその言葉が出た。何となく、箱の中の方が安全に思えたからである。

 ユウキ達は床を這って、よろめきながらも箱に入り、じっとうずくまった。

 お腹が宙に浮くような、そんな不快感に襲われて、自然に足に力が入る。

 途端、強い衝撃を受けた。

 

 

 ……―――――

 

「ユウキ君! ユウキ君!」

 

 ユウキは目を覚ました。

 どうやら衝撃で、少し気を失っていたようだ。

(……ここは……?)

 暗い部屋の中、沢山の箱が倒れて中身が散らばっている。

 まだ空行船の中だ。だが、壁や床は壊れていた。

 壊れた壁の隙間から光が射し込む。

「この船、落ちたんじゃない?」

 目の前にリンがいる。

 ユウキは起き上がり、辺りを見回した。

 そばでトモが倒れている。

「トモちゃん大丈夫?」

 リンがトモを起こす。

 幸い三人共無事だった。

 トモは起き上がり、キョロキョロ見回した。

「ベル? ベルはどこ?」

「ピピピピピ……」

 トモの呼び声に反応してベルがトモの近くに飛んできた。

 トモはホッとした。

「ここ、どこなの?」

「わかんない」

 ユウキは壁の隙間を見た。

「あそこから外に出られるかも」

「行ってみよう!」

 リンが隙間を覗き込む。

「森だよ!!

 ユウキもトモを連れてリンの後に続いた。

「どうしてこんな所に船が着陸したのかな?」

 三人は隙間から外に、ピョンと飛び降りた。

 

 辺りを見ると、沢山の木が空行船によってなぎ倒されていた。

 船を見上げると、所々から煙が出ていた。

「船が……壊れてる?」

 ユウキは呆然とした。

 リンとトモも船を見上げる。

 

 その時、突然ベルが鳴き声を上げながら、思いっきりトモにぶつかってきた。

「わあ!?

 次の瞬間、

 ――メキメキメキメキ……! と、幹が折れる音を立てて大きな木が、ユウキ達を目掛けて倒れてきた!!

「――!!

 目を瞑り、頭を押さえてしゃがみ込むユウキとリン。

 激しい音と共に木が倒れたが……二人の横だったので、間一髪助かった。

 問題は……

「トモちゃん?!

 リンが叫ぶ。

 トモは、木が倒れたすぐ横で倒れていた。

「トモ!!

 ユウキとリンが急いで駆け寄ると、トモは特に大した怪我も無さそうに起き上がった。

 しかし、

「ベル!?

 ハッと気付き、恐る恐る木の下に視線を落とす。

 ユウキとリンもそちらに視線を向けた。

「ベル!!

 トモが叫ぶ。

 

 ……そこには、木の下敷きになったベルの姿があった。

「ベル!!

「ベルちゃん!!

 ユウキとリンも駆け寄った。

「木をどけよう!!

 ユウキが言うと共に、三人でゆっくり木をどけようとする。

 だが、中々持ち上がらない。

「トモ! ベルを取り出して!!

 ユウキとリンが力いっぱい木を持ち上げて、ほんの少しだけ木と地面に隙間が出来た。

 トモが急いで、掘るようにベルを取り出す。

「も、もうダメ!」

 リンが手を離して、ユウキも素早く手を退けた。

 

 幸い下敷きになったのはベルの羽の先だけだったが、ベルは元気が無くなっていた。

「ベルちゃんは……トモちゃんを助けようと!?

 リンは涙を浮かべた。

「ベルは……ベルは……ぼく……うわぁあん!」

 トモは泣きながらしゃがみ込み、震える手でベルを撫でた。

「ベル、げんきなくなっちゃったよ、おにいちゃん……!」

 泣きながらトモは続ける。

「とべたのに、ベル……せっかく……」

「うん……」

 ユウキは返す言葉が見つからなかった。

「大丈夫だよ、トモちゃん。……ベルちゃんは、また元気になるよ!」

 リンもグスグスしながら言った。

 

 そこへ……

「ピピピピ……」

 一羽の鳥の鳴き声が聴こえた。

 ベルと似ているが、ベルが発したわけではない。

 鳥の鳴き声が、森に響いた。

 その声は段々近付いてくる。

 

 トモの目の前に、大きな青い鳥が現れた。

「……幸せの青い鳥……」

 リンが鳥を見て、ボーっとしながら言った。

「ベルの……ママ?」

 ふとそんな気がしてユウキは言った。

 トモはベルを両手ですくい、立ち上がった。

 青い鳥は、トモの目の前で羽ばたいている。

 ベルは、トモの手の中、ゆっくりと羽を広げた。

 リンが目を輝かせた。

「ここ、きっとアースの森だよ。ベルちゃんのママ、むかえにきたんだわ!」

 

「ベル、とべるよ!」

 トモはベルを青い鳥の方に向けた。

 青い鳥はベルに見せるように羽ばたき、ゆっくりと上がる。

 その時、ベルも羽ばたき、トモの手から離れた。

「飛んだ!!

 リンは両手を合わせた。青い鳥はベルと同じ高さに並んで、ゆっくりと上がる。

 ベルも合わせてついていこうとする。だが、思うように羽ばたけない。

 その時、トモがベルに声をかける。

「ベル! がんばれ!!

 

 すると、ベルは体勢を整えて……

 やがて、空高く舞い上がった。

 

「やったぁ!!

 リンは拍手をした。

 ユウキも両手を上げて、喜んだ。

「すごい!」

 青い鳥が下りてきて、一回転をする。

 そしてすぐにベルと一緒にゆっくりと、森の奥へ飛んでいった。

 トモは何も言わずに、空をじっと見ていた。

「ベルちゃんのママ、トモちゃんにお礼言ったみたいだったね」

 リンがそう言って間もなく、一枚の青い羽根が落ちてきた。

 ベルの羽根のようだ。

 トモはそれを拾い、ポケットにしまった。

「よかったね、ベル」

 そしてもう一度空を見た。

 よく晴れていて、一見平和な空だった。

 

 

 ユウキ達がベルへの想いにふけっていたのも束の間。

 茶色い軍服を着た兵士が、驚いた様子でユウキ達の前に駆けて来る。

「なんで子供がこんな所に?」

 ユウキ達が色々言う前に、兵士は子供達を誘導した。

「ホラ、ここは危ないよ。船の皆は避難したから、キミらもこっちへおいで」

 言われるままに連れられる。

 

 そして森を出た。

「おじちゃん、空行船どうしたの?」

 リンが訊くと、兵士は難しい言葉で答えた。

「南の攻撃を受けてね、不時着したんだよ」

「南が攻めてきたの!?

 リンが言った時、少し先に沢山の人が荷物を持って急いで歩いているのが見えた。皆同じ方向に向かっている。

「さ、あの中に混ざって、エスト村に行くんだよ。避難場所があるからね」

 そう言って、兵士は別の場所に行ってしまった。

 親切だったのだろうが、ユウキ達には訳が分からない。

「やっぱりここ、アース国だよ。連合軍が攻めてきたんだ」

 リンは人々とは逆方向へ走り出した。

 ユウキとトモは慌ててリンを引き止める。

「れんごうぐんって?」

 トモが訊く。

「南大陸の人間、つまり敵なのよ」

 リンの目は怒っているようだった。

「さっきの人、皆についてけって……」

 ユウキは人々の方を指した。

「様子見に行くだけよ!」

 リンは歩き続ける。

「パパのカタキがいるかもしれないんだから」

 

 段々人が居なくなり、空の色が赤くなってくる。

 ユウキはどんどん恐くなってきた。

 トモはユウキの袖をぎゅっと握る。リンは無言で足早に歩いていく。

 

 ―――――

 

 

「なにこれ……。うそ……」

 あまりの光景に、リンは立ち尽くした。

「こわいよ〜、おにいちゃん」

 トモは震えている。

 ユウキの目には、燃えた建物と倒れた無数の人々が映った。

 三人は逃げていく人々の元を辿って、大きな町の近くまでやってきた。

 だが、熱さと恐さと煙で、これ以上先へは進めなくなり、立ち止まってしまった。

「ひどい……南がやったのね」

 リンは手をぎゅっと握り締めた。

「ここ、ディアンはアース国の都なのよ」

 その言葉はもう、ユウキの耳に入らなかった。

 何故か懐かしいような……不思議な感覚がユウキを襲う。懐かしいけれど、見た事がない。

 少し先の燃え盛る街を見て、ユウキは震えが止まらなかった。

 しばらく言葉も無しに、呆然と立っていた。

 そして、おっちゃんを思い出していた。

 おっちゃんの体にあった全身の火傷の痕。おっちゃんは、こういう炎に巻かれたのだろうか。

 ユウキは恐ろしくなって目をつむった。

 きっと、凄く熱かったんだろう……痛かったんだろう……。

 そう思うと、泣きそうになる。涙を堪えてゆっくりと目を開けた。

 

 その時……ふと見ると、トモが居なかった。

「トモがいない!!

 ユウキの声にリンも驚いて辺りを見回す。

「トモちゃん!?

 二人はトモの名前を必死で呼んだ。

「トモ!!

「トモちゃん!!

 ……返事がない。

 トモはこつぜんと姿を消していた。

「捜そう! まさか街の方に向かってないよね? まずこの辺を捜そう!!

 

 二人はたまに名前を呼びながら周りを見回した。

 街の外だが、整備された道路。

 たまに人が倒れているのを見ると、とても恐かった。

 ユウキは熱さと焦りで汗だくになった。

 どうして目を離したのだろう。そう、後悔をした。

「あ!!

 突然リンが反応をする。

「あそこ、人がいる!!

 少し煙があってよく見えなかったが、リンの指した方向に、倒れた人と子供らしき影があった。

 急いでその方に駆け寄るユウキとリン。

 

 煙が晴れて見えたのは……、

 倒れた大人と、青い服を着た黄緑髪の女の子だった。

「大丈夫ですか? しっかり……」

 女の子は大人に向かって言うが、反応の無い大人に、ガックリして俯いた。

 ユウキはその声、姿をよく知っていた。

「……アイ……?」

 

 ユウキの声に反応をして、女の子は振り向く。

「……ユウキ!」

 それは、紛れもなくアイだった。

「ユウキ……どうしてここに?」

「アイこそ、どうして?」

 アイとユウキは信じられないという風にお互いを見つめた。

 リンはその状況が理解出来ない。

「ユウキ君、どうしたの? その子、南の人間だよ。敵なんだよ、逃げよう!!

!!

 アイはその言葉にショックを受けた。

(敵……?)

 ユウキには、リンの言っている事が解らなかった。

「違うよ…」

「違わない!!

 ユウキのセリフを打ち消すようにリンが言った。

「南の人間は、街をこんなにして、恐いのよ」

 それに対して、アイが反論をする。

「それは、北も同じよ!!

「南なんて、大っ嫌い!!

 リンはユウキの手を引っ張った。

 ユウキは状況が掴めず、それでもアイと話そうとしたが、リンに無理矢理連れていかれた。

 

 それを、アイはボーっと見ていた。ただ、アイにはやる事があった。

 兄を捜すこと。

 だが、とてもじゃないが、街には近付けず、周りをウロウロしていたのだ。

(こんな所には、いないよね)

 アイはそう思って、諦めようとしていた。

 が、その時――

 青いローブ、青い帽子姿の少年が、周りを警戒しながら歩いていた。

(青いローブ!! 連合軍だ!)

 アイはその少年に駆け寄った。

「すみません、私、お兄ちゃんを……」

 少年は振り向く。――それはトラストだった。

「……!」

 トラストは言葉を詰まらせた。

 アイは続ける。

「お兄ちゃんを、捜してるん…です…」

 アイもまた、言葉を止めた。

「……何故ここに!? アイ!?

 トラストは帽子を取る。そこから黄緑色の髪が出てきた。

「お兄ちゃん……? お兄ちゃんなのね?!

 そのまま大きな声でアイは続けた。

「私……お兄ちゃん、捜してたんだよ!!

 少し動転しているようだった。

 トラストは、アイを抱きしめてあげたかったが、この場が危ない、という事から、すぐに避難させようとした。

「そんな事より、ここは危ない…」

「やっと会えたのに!! “そんな事”って!! お兄ちゃんは私の事忘れてたかもしれないけど、私はずっとずっと心配してたのに!! だからこうして……!」

 泣きそうな声でアイは言った。

「そうじゃない、オレは…!」

 トラストが言いかけた時、遠くから声が聴こえた。

 

「アース部隊だ!! アース部隊が来る!!

 

「アースぶたい?」

 アイは状況が分かっていない。

「北同盟軍の最強部隊だ。奴らが来ると厄介だ。アイは一先ず逃げろ!」

 トラストの言葉にアイは首を振る。

「お兄ちゃんも一緒に!!

「オレは戦う」

 トラストはアイの両肩に手を置いた。

 

 

 ……一方、

 ユウキはアイの事が気になっていた。

 ユウキ達にも『アース部隊が来る』という声が聴こえて、リンは手放しで喜んだ。

「やったぁ!! アース部隊だって! これで南を追い出してくれるね!」

 

 そこへ、ひょっこりとトモが現われた。

「トモちゃん!!

 リンはトモに駆け寄り、心配そうに屈んだ。

 ユウキもホッとして駆け寄った。

「どこ行ってたの?」

 トモは俯く。

「ママを……さがしてたの」

 リンとユウキは顔を見合わせて、それでも安心して笑った。

 トモは元気が無かったが、リンが励ますように言った。

「さ! エスト村へ行こう。もしかしたらそっちにママいるかもしれないわよ!」

 それを聞いて、トモは顔を明るくした。

 だが、ユウキだけはまだ、アイの事が心配だった。

「……」

 居ても立ってもいられなく、ユウキは先程アイがいた方へ走り出した。

「どこ行くの? ユウキ君!!

 慌ててリンが訊く。

「リンとトモは先に行ってて!」

 そう言ってユウキは駆けていった。

 

 

 しばらく走ると、人の声や小さな爆発音、機械らしき音等が少し聴こえた。

(さっきは静かだったのに)

 そう思いながらユウキは走った。

 

 やっとアイの姿を見つけて、もう一人――青いローブの人がいる事に気が付いた。

 近くに寄って、アイもユウキに気付く。

「ユウキ!」

「アース人の子供……?」

 トラストはユウキを見て驚いた。

 そして気付く。

「……! キミは……」

 ユウキもトラストには見覚えがあった。

 ――おっちゃんが倒れていた時に、数人の大人達の中にいた少年。

 ユウキは思い出して、「ハッ」となった。

「あ……あの時の……」

 名前を呼んだアイに疑問を感じたトラストが訊く。

「アイ、その子の事、知っているのか?」

「あ……、実は…」

 アイが答えようとした時、ユウキが思い余って口を開いた。

「おっちゃんに、何したの?」

「え?」

 アイには何故今、おっちゃんの話が出てきたのか解らなかった。

 トラストは一瞬ためらったが、はっきりと言った。

「……炎を、放った」

 ――いつの間にか、近くで戦いの音がしていた。

「何? ……なにを言ってるの? 二人とも……」

 アイはあの時、トラストの姿を見ていない。

「この人は悪い人だよ!」

 ユウキがアイに言った。

 アイには訳が解らなかった。

(なんで? ……南軍兵士だから?)

“この子、南の人間だよ、敵なんだよ”

 リンに言われた言葉がアイの頭から離れなかった。

「何を言うの? ユウキ!! 私のお兄ちゃんだよ!!

 

 その時、巨大なロボットが三人の目の前に現われた。

「ロボット兵か!!

 およそ三、四メートルはあるロボットを見上げて、トラストは両手を前に構え、呪文を唱えた。

 手から魔法が放たれる。

 

 大きな音と共に雷がロボット兵に直撃した。

 ロボット兵は動きが止まり、「ビリビリ」と音をさせる。

「今の内に、お前は逃げろ!!

 トラストがロボット兵の方を向いたまま言った。

「でも……お兄ちゃんが……!」

 アイは逃げようとしない。

 

 いつの間にか、巨大なロボット兵が何体かこちらに向かってきた。

「早く行け!!

 トラストはロボット兵の前に立ちはだかった。

「お兄ちゃんを置いては行けない!」

 アイが自分も戦おうと、呪文を唱え始めた。

 トラストがユウキの方を見る。……真剣な眼だ。

「アイを連れて逃げろ!!

 ユウキは戸惑いながらも頷くと、呪文を唱え途中のアイの手を引いた。

「何するの!?

 アイは、ユウキの手を解こうとした。が、そのままユウキはその場を離れるように引っ張って走る。

「お兄ちゃん!!

 アイはユウキに連れられながら叫んだ。

 トラストもこちらを向かずに言った。

「アイ!! オレはずっとお前を想っていた! 忘れた事なんか、一度もない!!

 

 ――その時、大爆発が起きた。

 ロボット兵が自爆したのだ。

 激しい爆発音が辺りに響いたが、ユウキとアイは間一髪で巻き込まれずに済んだ。

 だが、

 爆煙で、トラストの姿は見えなくなっていた。

「お兄ちゃん!!

 アイは爆煙の方を向いて立ち止まった。

「離してよ!!

 ユウキから手を解いたアイの目には涙が溜まっていた。

 ユウキは何も言えなかった。

 

「どうして私を助けたの?」

 アイは目をぎゅっと瞑る。

「どうせ…」

 ――その時、ユウキ達の目の前が眩しく光った。

 顔の見えないアイの声が響く。

 

「私達は敵同士なんでしょ!?

 

 まるでユウキの気持ちのように衝撃が走る。

 大きい爆発音と共に、目の前は真っ暗になり、意識が遠退いていった……。

 

 

 同じ頃、爆発をまともに食らったトラストは、ボロボロな体になっていた。

 近くのロボット達は皆全壊している。

 ……薄れゆく意識の中で、トラストは名前を呼ぶ。

 

「アイ……。……。……セレナ……」

 

(帰る前に、名前を呼んでしまった……)

 そしてそのまま軽く微笑み、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 ――風の城では、セレナがバルコニーに出ていた。

 北の方角を向き、祈るように空を見ていた。

 ふと、強い風が吹く。

 

『セレナ……』

 

 その時、彼に呼ばれたような気がして、思わず名前を呼んでしまった。

「トラスト……!?

 そしてすぐ我に返り、胸に手を当てる。

 不安な気持ちで崩れそうになるが、首を振った。

「大丈夫、約束しましたものね」

 自分に言い聞かせるように呟いた。

 

 

 

 


【第五章・フレイ国収容所】

 

 ユウキは懐かしい気持ちで意識を取り戻した。

 といっても、目は何だか開かない。

 誰かが自分を抱えてくれている、そんな気がした。

 とても温かく、心地がいい。

 

 ……誰? ……シスター? ……違う……。

 お母さん。

 きっとお母さんだ……!

 

 

 

 ――目を開けると、ユウキは知らない部屋のベッドで寝ていた。

 白い天井、白い壁……起き上がると、沢山のベッドが置かれて、沢山の人が寝ていた。

「ここは病院だよ」

 目の前には黒い髪の女の子、リンが心配そうに立っていた。

 その横にトモもいる。

「おにいちゃん、だいじょうぶ?」

 ユウキは返事もしないで辺りを見回す。

 ……アイは居ないようだ。

「ユウキ君、倒れてたの。運んでもらったのよ」

 リンの言葉。

「運んで!?

(やっぱりお母さんが……)

 ユウキはソワソワした。

 誰かの手がユウキの肩に置かれる。……が、やたらでかい手だった。

「気付いたか? ぼうず」

 スキンヘッドでやたら体格のいい男が顔を近付けてきた。手は、彼の手だ。

「その人、……サムがね、ユウキ君見つけて、アタシ達と一緒に連れてきてくれたのよ! エスト村に」

 リンの説明に、ユウキは何だかガッカリした。

 マッチョは白い歯をきらめかせて、ニカッと笑っている。

「ぼうずが倒れていてな、急いで運んだんだ。そしたら、偶然リンお嬢さんと、ちっこいぼうずに会ってな」

「リンおじょーさん?」

 ユウキは、サムの言葉で、引っかかった単語を訊いた。

 リンが慌てて答える。

「アタシのおじーちゃん武闘家でね、サムはその弟子なの。しかも今、アース部隊に入ってるんだって」

 続けてサムが言った。

「にしても、ぼうず、よく無傷だったな。あの辺は大爆発が起きたようだが」

(大爆発?)

 ユウキは恐ろしくなった。

「アイは!? 僕と一緒に、アイいなかった?」

 サムは首をかしげる。

「いや、ぼうずの他には誰もいなかったな。ぼうずは運が良かったんだ。よっぽど強いお守りでも持っているのか?」

 ユウキは何となくポケットの中を探った。

 石はあるようだ。

(おっちゃんが守ってくれたのかな)

 少しそんな気がした。

 それにしてもアイが心配だ。

(アイだって絶対無事に決まってる)

 ユウキはそう感じていた。

 

「あの子……あの南の子、……もしかして、友達だったんでしょう? トモちゃんに聞いたの。……ごめんね、アタシ……」

 リンが突然申し訳無さそうに切り出した。

「あの時アタシ、恐くて……」

 肩をすくめるリン。

 ユウキは気にしていない、という風に首を振った。

「アイは、どこにいるんだろう?」

 サムは少し考えてから言った。

「その子、南の子なのか。近くで倒れていたとしたら、同盟軍に見つかった可能性が高い。そうすると、……捕虜になったかもな」

「ホリョ!?

 その言葉に、ユウキはドキリとした。

「確信はないが」

 サムは続ける。

「いるとしたら、『フレイ収容所』だな」

「フレイ国の?!

 リンが聞き返す。

「そうだ。お嬢さんの家のある。……ってゆーか、なんでお嬢さんはここにいるんだ?」

 サムの質問に、リンは言葉を濁らせた。

「ここに来たのは、事故よ。ホントはサンダリア国のクロス港町にいたんだもん」

「何故サンダリアにいたんだ?」

 サムはリンをじっと見る。リンは後ずさりをした。

「パパの……故郷だったから」

「たった一人で!?

「……」

 答えないリンに、サムは首を落として呆れるように言った。

「つまり、家出か。しかも、今回は国まで越えてるし。どうやって乗り物に乗った?」

「大人って、泣けば親切にしてくれるもん♪」

 その答えに、リンの行く末が心配になるサム。

「師匠がどんなに心配してる事か」

「わかってるわよー! すぐ帰るつもりだったもん。こんなに長引いたのは事故だもん」

 リンはふくれる。

「じゃあ、ちょうどいい。これから軍の空行船がフレイ国まで行くんだ。俺が頼むから、乗せてもらうといい。ぼうず達も乗るか?」

 サムは強引なアイディアを出した。

 リンはユウキとトモの顔を見る。

「え? ユウキ君とトモちゃんもフレイに来るの?」

「うん、いくー!」

 トモは何も考えていない。

 リンは付け足した。

「でも、ここでママ捜すんじゃないの?」

「うん、さがすー!」

 トモは何も分かっていない。

 ユウキは考える。

『捕虜』という言葉、聞いた事がある。

(おっちゃんが、『ほりょ』だって言ってた)

 不安な気持ちになるユウキ。

「フレイってトコに行く」

 そうきっぱりと言った。

(その『収容所』ってとこに、アイがいるかもしれない)

 アイが捕虜になっていたとしたら、……もし、おっちゃんのような目にあったら……

 そう考えると、居ても立ってもいられなかった。

ユウキ達はアース部隊の空行船に同乗する事にした。

 

 

 ―――――

 

 軍の空行船の前に行くユウキ達。

 以前ヒース達と乗ったのと、さほど変わる物ではない。だからといって、ヒースとジォウの事を思い出すことも無いユウキとトモ。

 乗る前に、サムはユウキを手招きすると、小さな袋をくれた。

「後で開けろ、いいな。弟にも、見せてあげるんだぞ」

「え?」

 何故こんな事をするのか、ユウキには全く解らない。

 サムはトモがユウキの弟だと知っていたのか? いや、わかったのか。

 何だかよく分からないまま、袋をポケットにしまい、ユウキ達は空行船に乗せられた。

「この子達を、火の町で降ろしてくれ」

 別のごつい男にそう任せると、サムは船を降りていった。

 

 そして外から手を振る。

 窓からその姿が見えて、三人もサムに向かって手を振った。

 ――大きいエンジンの音と共に、空行船は離陸した。

 雲に隠れて見えなくなるまでサムは見送っていた。

 

 

「ふぅ」

 一息ついたサムの後ろに、紺のスーツを着た三十代位の女性が立った。

 女性は、前髪をピンで止め、肩より少し短い茶色い髪をしていた。

 サムが振り返る。

「あれで良かったのか? 博士」

 博士と呼ばれた女性は空をじっと見る。

「……ええ」

「あのぼうずは、自分を運んでくれたのは俺だと思っている。俺が、リンお嬢さん見つけるまで、ホントは博士が運んでたのに……」

 サムは博士の顔を見る。

「ちっこいぼうずが、お嬢さんと一緒にいたからか?」

「……」

 博士は哀しげな顔をしていた。

「何故、博士……姿を隠す必要が……。あの子達はアンタの…」

 そこまで言って、サムは言葉を止めた。

「余計な詮索だな。雇われ用心棒の身で」

「いいえ。研究所に戻ります。もうすぐ、神の石の場所が分かりそうなので」

 博士は歩き出した。

 サムはその後をついていく。

「ところで、さっきのぼうずに渡した、袋の中身は一体?」

 博士は軽く笑いながら答えた。

「あれも、神の石よ」

「へーーー」

 サムは一旦頷いてからつっこんだ。

「って、神の石? え?? ダメだろ!! やったら!」

 そして、冷静に考えてから一人で納得をする。

「……冗談やめて下せぇ」

 

 

 

 空行船の中で、ユウキはサムに貰った袋を開けてみる事にした。

 手紙と、青い空の色をした水晶球のようなものが入っていた。

 開けた途端、リンが覗き込んできたので、また「欲しい」と言われる事を恐れたユウキは、すぐに青水晶を手で隠した。

「手紙? サムから?」

 幸いリンは気付かなかったらしい。

 ユウキは手紙を開く。

『火の町に着いたら、大人にたのんで、島に帰りなさい。気をつけて』

「何コレ〜? サムの文章!?

 リンの言う通り、あの筋肉がこんな繊細な字を書く訳が無い。そんな感じだ。

「ユウキ君、火の町に着いたら、帰るの?」

 手紙を読みながら、リンが訊く。

 ユウキは首を振った。

「ううん。収容所って所に行く。アイをさがすから」

「収容所って……子供のアタシ達が入れるかな?」

 首をかしげるリン。それはユウキにも分からない。

 

 

 それから、リンの見ていない所で、ユウキはサムに言われた通り、トモにも青水晶を見せてあげた。

「うわぁーーー!」

 珍し気に見るトモを、あまり大声出すとリンに見つかると思い、静かにさせた。

 そして、自分にはおっちゃんに貰った石がある、と、ユウキなりにお兄ちゃんぶって、トモに青水晶をあげる事にした。

「絶対無くしちゃダメだよ。あと、リンには内緒ね」

「わーーー!! おにいちゃんありがとう!」

 トモが喜ぶと、リンが興味津々にやって来る。

「何なに? どうしたの?」

「あのね、おにーちゃんが…」

 即行で言いつけを破ろうとしたトモの頭をユウキは殴った。

「わぁあ〜〜〜!! おにいちゃんがグーでぶったーーー!!

「何すんの? ひどーい!」

 リンはトモの方に付き、ユウキは悪者扱いになる。

「いつもそうだよ! トモって!」

「ぼく、なんにもしてないのに〜。わあ〜〜ん」

「暴力はよくないわよ!」

 

(……あげなきゃ良かった)

 青水晶も、パンチも。

 ユウキはムッとしながら後悔した。

 

 

 

 ――その頃。

 謎の女性・イシュタルはマントで身を隠した姿で、ある場所に来ていた。

 サンダリアにある、物凄く高い山。山脈の一角で、聖なる山とも呼ばれている。

 その、険しい山道を登ると辿り着く……小さな洞窟。かつての“仲間”とも集まった事もある洞窟には全身鎧姿の男が住んでいた。いや、仮住まいといった所だろう。

 その男にイシュタルは会いに来ていたのだ。

「懐かしい感じがする。誰だ? 姿をちゃんと現せ」

 男に言われて、イシュタルはマントを脱いだ。

 赤紫色の髪に美しい容姿のイシュタル。

 胸の所が開き過ぎた黒い服に、ありえない程スリットの入ったスカートは、彼女の自慢の体を目立たせていた。

「姿を現せって、アンタには言われたくないわ」

 イシュタルのツッコミは的を射ていた。

 男は鉄仮面まで被っているのだ。

「それで、姿を現したつもりか。化粧厚すぎだぞ」

「っるさいわね!! 余計なお世話よ!」

 イタい所をつかれたが、イシュタルは本題に入った。

「ところでエンリル、……アンタ、石は?」

「……」

 鉄仮面――エンリルは黙っている。表情は全く読み取れない。

「アンタの“石の欠片”も、無いとコントロール出来ないのよ」

「また、集めているのか?」

「そうじゃないけど」

 イシュタルは遠回しな言い方を止めた。

「アンタの力、私が知り合った子供から感じたわ。きっと……いえ、絶対『欠片』を持っている」

「……アレは、落とした」

 エンリルの爆弾発言に、イシュタルは耳を疑った。

「は?」

「崖から、落とした」

「はあ?」

「わざとではない」

 呑気なエンリルの答え。

 イシュタルは激怒した。

「何で取りに行かないのよ!!

「……面倒だった。忘れていた」

 

 イシュタルは呆れ返った。頭に手を置いて溜息をつく。

「はぁ。どいつもこいつも〜」

 そして少しイライラした感じで続けた。

「アレの封印が解けてきている。……わかるわね? 年月のせいもあるだろうけど、人が探している。機械や魔法なんかで。コントロールするには、『カギ』が必要」

「だから、欠片…カギをしっかり持っていろ、と忠告しにきたのか?」

 しかし既に落としてしまった、という風にエンリルは言う。

 イシュタルは首を振る。

「封印し直すのも、カギが必要」

「放っておけ」

「……ほっとけないわ」

 イシュタルに対し、エンリルは面倒臭そうに背を向けた。

「貴様の勝手だが。わざわざ封印しなくとも、力をコントロール出来なければ、前のような事にはなるまい。勿論戦争が終わる訳でも無い。……それは、今の状況を見ればわかるだろう」

「そうではないわ! 大陸が割れたのは、神の石の力の暴走よ!!

 そこまで言って、イシュタルが少し反省をした。

「って、アンタに言っても仕方なかったね。私はただ、欠片の在りかの確認しに来ただけよ」

「先程言っていたな。子供が持っている、と」

「ええ、少年が。それに少女がエアの石を持っていた」

「……!?

 振り向くエンリルにイシュタルは付け加える。

「大丈夫、二人とも小さい子供だから。後は私とアダド、それに……アースにあったはず」

 少し間を置いてからエンリルが言う。

「……子供にはさぞかし強いお守りだろう」

 イシュタルは目を閉じた。

「ええ。……神の石だものね」

 

 

 *

 

 フレイ国・火の町。

 空行船に長く乗った後、ユウキ達はそこに降りた。

 そこは今までとは明らかに違う雰囲気の所だった。

 人々は黒髪の人が大部分を占めている。

 赤い瓦の屋根の、木で出来た家々が建ち並び、その独特の風景に、ユウキとトモはキョロキョロしていた。

 そしてリンも違うイミでキョロキョロしていた。

 その時……

「コラッ!! リン!!

 突然後ろから、年老いているがドスの利いた声がした。

 振り返ると、武道着姿で渋めの老人が、仁王立ちしていた。白鬚がまた何とも渋い。

 横を見ると、リンが振り返らずに固まっている。

「サムから連絡を受けた」

 老人は眉間にシワを寄せて言った。

 リンは渋々老人の方を向く。そして顔を下げて、大きく溜息をついた。

「はぁ〜〜〜。……ごめんなサーイ」

 老人は腕組みをして、溜息を鼻で漏らすと、少し落ち着いた口調になって言った。

「まぁいい。とにかく家に帰れ、皆心配している。……ところで……」

 ユウキとトモの方を見る。

「キミらは?」

「アタシの友達だよ!」

 リンが答える。そして、ユウキ達に向かって続けた。

「おじいちゃんが迎えにきちゃった。アタシ、家に帰んなきゃいけないから、バイバイしなきゃ」

「えーーー!!

 トモが残念そうな顔をする。

 何だかんだいって、ユウキも寂しく感じた。

 リンは老人――祖父に訊ねた。

「おじいちゃん、収容所って、どこにあんの?」

「収容所? それなら…」

 祖父は左の方を指す。

「ここを真っ直ぐ行くと、大きい街道に出る」

 指の先には道路があった。

「大きい街道で看板があるから、『収容所』の矢印の方に進んで行けばその内着くはず。……何故そんな事を訊くのだ?」

「えっと……」

 ユウキは質問に答えようとしたが、リンが口をはさむ。

「今までありがとう。楽しかったよ!」

 トモがリンの手を掴んだ。

「リンおねえちゃん、おうちにかえるの?」

「うん」

 リンは頷く。

 ユウキもリンの手を取った。

「僕も楽しかった。また会おうね!!

 リンも寂しかったが笑って言った。

「うん、絶対だからね!」

 そして手を離す。

 ……リンは祖父と一緒に去っていった。

 ユウキとトモは姿が見えなくなるまで手を振っていた。

 

 

 そしてようやく手を下ろした時、背後に気配を感じた。

 二人は肩を叩かれて、同時に振り返った。

「オマエもやるな〜。もう新しい彼女かー? アイはいいのか?」

 赤い髪、眼鏡、緑の服、そして……要するに、『あいつ』が立っていた。

「ジォウおにいちゃん!!

 トモがその名を呼ぶ。

「なんでここに?」

 いつもジォウは突然現われるなぁと思いながら、ユウキが訊いた。

「それはこっちのセリフだよ!!

 急にジォウは怒り出す。

「オマエら帰ってこないから、ヒースさんと二人で長い時間過ごしちゃったじゃないか!!

「あ! ヒースさん!!

 ユウキはヒースの存在を思い出した。そして他にも思い出した。

 そういえば、ホテルを出て、そのまま移動してしまったんだ、と。

「待っても全然戻ってこねーから、二人で町ん中捜してさ!」

 ジォウは怒りで声が大きくなってくる。

「ヒースさんは?」

 ユウキが抑えるように訊いた。

「結局ヒースの兄貴とは別れたけどね。その後、オレ一人で捜したんだぞ!! 海中ワープ使って移動して! こっちは大変だったんだ。アースには危険だから行けなかったし!」

 一気に喋るジォウをなだめるようにユウキは言った。

「ごめん、ごめん。落ちついて!」

「ムッキャーーー〜〜〜〜〜〜!!

 ジォウは顔を真っ赤にして奇声を発した。

 それを見て、トモは怖くて震え出した。

 ユウキは、

(赤いなぁ)

 等と思って笑った。

 

 奇声のおかげで少し落ち着いたジォウはようやく、ユウキの話を聞いてくれた。

 ユウキは、リンとの事、ベルの事、アイの事を簡単に話してみた。

 

 ―――――

 

「――ヤッベェじゃん、アイの奴、助けに行かなきゃな!」

 なんだかんだいって、ジォウは世話焼きである。

「アイおねえちゃんみつけたら、ママをみつけるの」

 トモの言葉に、ジォウは考える。

「なぁ、前から思ってたんだけど、お母さん捜すのってさ、もしかして、……メイさん関係無え?」

 ユウキは一瞬、何の事を言っているんだろう? と思ったが、少し間を置いてから頷いた。

 その事で、ジォウは口を大きく開けて止まった。

 ……しばらくして、地面を思いっ切り踏み付けて言う。

「だまされた〜〜〜〜〜〜!!

??

 ユウキは何の事か分からずに、ボーっとジォウの様子を見ていた。

 ジォウは二人を睨み付ける。

「アイ助けたら、エバーアイランドに帰るからな!!

「ヤダーーーー!!

 トモはすぐに反対の意志を示した。

(まだお母さんに会ってないのに!)

 ユウキも反対だ。

「だまらっしゃい!!

 ジォウは何故か逆ギレだ。

「絶対連れてきますけんね!」

 妙な迫力に負けて、ユウキ達は何も言い返せなかった。

 だが、言う事を聞く気もさらさら無かった。

 

 

 ――とりあえず、変にギクシャクしながら、収容所へ向かって歩く三人。

 無言状態が続く。

 普段ジォウは男のくせにお喋りなので、こんな事は初めてだった。

 しばらく歩いて、リンのお祖父さんの言っていた大きな街道に出た。木の矢印看板がある。

『この先収容所。一般人は立入禁止』

 文字を読み、矢印の指す方向を見た。

 まっすぐ道が伸びて、脇に建物がまばらにある。

「……こっちみたいだな」

 ようやくジォウが口を開いた。

「……うん」

 ユウキが返事をする。

 変な空気が和らいで、三人は矢印の方向に歩いていった。

 

 

 ―――――

 

「……つかれた。ひょっとして、通り過ぎたかな」

 ジォウがうなだれながら言った。

 大分歩いたようだ。だが、まだ収容所に着かない。

 段々建物も無くなり、田んぼと畑ばかりが目に付く。

 辺りがオレンジ色になり、日が沈もうとしていた。

「今ならまだ間に合う、来た道戻ろうぜ!! 夜になっちゃうよ」

 ジォウは立ち止まった。

 ユウキとトモも歩くのを止める。

 道の先には建物が見えていた。それを指して、ユウキは言った。

「今度こそ、あれが収容所かも」

「どーせまた違うよ! つーか無いんだよ!」

 ジォウは諦めモードだ。

 今まで何度も怪しい建物を見たが、全部収容所ではなかった。

「ぼく、おなかすいたー」

 そう言って、トモはしゃがみ込んだ。

「オレもー」

 ジォウもしゃがみ込む。

「僕も」

 ユウキも地べたに座り込んだ。

 ……ボーっとする三人。

 ジォウが仕方無さそうに言った。

「んじゃ、あの建物まで行って、違ったら戻るか」

 ユウキは立ち上がって歩き出そうとする。

 トモがユウキの前に手を出し、(子供の)甘えた声で言った。

「おんぶーー」

 ユウキはトモを引っ張り、立ち上がらせてそのまま歩く。

 すると今度はジォウまで手を差し出し、甘えた(気味の悪い)声で言ってきた。

「立ーたーせーてー」

 ユウキはその手をはじき、さっと眼鏡を取り上げる。

「冗談だよ、返せ!!

 ジォウは慌てて立ち上がり、ユウキから眼鏡を取り返した。

 

 それから渋々歩き、三人が建物の前まで来た時、夕焼けは益々辺りを赤く染めていた。

 門の立て札を読む。

『フレイ収容所。関係者以外立入禁止』

 三人は顔を見合わせた(トモには読めていなかったが)。

「なんてかいてあるの? なんてかいてあるの?」

 トモはユウキに教えて欲しいとせがむ。

「うおお!! やーりぃー! 引き返さなくて良かったなぁ!!

 先程の、元気の無かったジォウはどこへやら。

 だが、喜んだのも束の間、門には鉄の扉が閉まっていて、絶対開きそうもない。

「どうやって入るのかな?」

 ユウキは門の周りを見回す。

 他に入口は無い。囲んでいる壁は高すぎて、とてもじゃないが、(ジォウを踏み台にしたとしても)登るのは不可能だ。

 三人は途方に暮れて、門の周りを行ったり来たりする。

 

「くっそ〜!! ここまで来たってのに〜!」

 ジォウは壁を思い切り殴った。

「いてっ……!」

 言ったのはジォウではない。

 ジォウは壁の感触に疑問を感じた。

 すると突然、目の前の壁が紙のように剥がれた。

 ……そこには、黒装束に黒い頭巾を被った人が立っていた(後ろに本物らしき壁がある)。

 まさしく、アレだった。

「ニンジャだーーーーーーーーー!!

 ジォウはその人から離れた。ユウキとトモは呆然とする。

 

「ってゆーか、よく見ると、ジォウにユウキにトモじゃん! ……俺だよ、俺!」

 詐欺師っぽいニンジャ(?)は頭巾を取る。

 金髪に端整な顔立ち。……なんと! ヒースだった。

「あーー!!

「ヒースさん!」

「ヒースおにいちゃん!!

「なんでここにいるんだ?」

 不審人物……もとい、ヒースの問いにユウキとジォウが同時につっこむ。

「それはこっちのセリフだよ!」

 ユウキは今までの事を簡単に説明した。

 

 ―――――

 

「――つまり、アイちゃんを捜してるって訳だね?」

 ヒースは簡単に納得した。

「で、兄さんはどうしてさ?」

 ジォウは壁によりかかりながらそう訊いた。

 ヒースは壁の方を向いて答えた。

「俺も、捜している人がいてね。その人が、この収容所に入れられているかもしれないって噂を聞いて来たんだ」

「スパイの仕事で?」

 ジォウの問いに首を振るヒース。

「いいや、個人でさ。ここに来たのは仕事じゃない。一応仕事のフリだけど」

 ユウキ達の方を見て続ける。

「入ろうとしたらさ、誰か来たから、念の為隠れてみた☆」

「すごーい!!

 トモは手品をされたような眼差しだ。

 ユウキはヒースを見上げて言った。

「……気味が悪い」

「ああ、この格好? この国のスパイの服なんだけど、やっぱ変か」

 ヒースは服の事だと思っている。彼の行動に対してのつもりだったが、敢えて言わないでおいた。

 スッと扉の前に立つヒース。

「じゃ、中へ入るかい?」

「え? 入れんの?」

 ジォウが壁から離れる。

「言っただろう? 仕事のフリって。俺は一応軍関係者だからな」

 ヒースは得意な笑顔を見せると、袖からカードのような物を取り出し、扉の横にある隙間に差し込んだ。

 すると、「ピーッ」という発信音が鳴り、音声が流れる。

『ゴ用件ヲ、ドウゾ』

 ユウキ達はどこから声がするのか見回した。

 ヒースがすました顔で言う。

「工作員候補生三名、見学させる為に来た」

『了解』

 すると赤い光が四人を照らす。

 驚いたユウキ達にヒースが「フッ」と微笑んで説明する。

「持ち物検査と人種確認だよ。大丈夫、問題ない」

(調べた通り、結構いい加減だなぁ)

 そう思うヒース。だが、重大な見落としがあった。

『一人、グリーン人デス。用件ニ、偽述ノ疑イ有リ』

!!

 ヒースはジォウを見た。

 ユウキ達はヒースを見る。ジォウはキョトンとして言った。

「何? オレが何か?」

「しまった!! ジォウはグリーン人だった!!

 ヒースは頭を抱えて、自己嫌悪に陥る。

「俺とした事が〜〜〜」

 

『訂正ハ、一回迄デス』

 

 う〜んと考えて、ヒースは立ち直り、ジォウに近付いた。

「これしか方法が無いんだ」と、真面目な顔で肩を叩く。そしていつものとびっきりな笑顔で言った。

「ジォウ君! お留守番、ね♪」

「……!!

 ジォウはショックでそのまま動かなくなった。

 

 

 ジォウを置いてきて、敷地内に入ったユウキ達は、古いコンクリートの建物の中を探索していた。

 ヒースの誘導で、ユウキとトモは、アイを捜しながら歩く。

 ヒースはヒースで、誰かを捜しているようだった。

 中は夜になってきたからなのか、静まり返っていた。

 そして、明かりが少なく、薄暗い。

 何人かの人とすれ違ったが、アイではなかった。

「訊いた方が早そうだ」

 近くにいた緑髪の女性にヒースは問う。

「あの、アースの戦いで、ボランティア支部の人達が沢山捕虜になったと、聞きましたが……どこにいるかわかりますか?」

 女性はビクビクして俯いたまま答える。

「……知りません。……すみません」

 そして逃げるように駆けていった。

「……」

 ヒースは視線を落とす。

「あのひと、どうしたの?」

 トモが不思議そうに聞く。

「俺が、恐いんだろうさ。……同盟軍だからな」

 そう言って、ヒースは金色の髪を掻き上げた。

 ユウキはヒースを見る。

 ユウキにはどうしても、格好が恐かった、としか思えなかった。

 

 また、前から女の人が歩いてきた。

 今度はオレンジ色の髪の人だ。

 ヒースは一瞬ためらったが、また声を掛ける。

「ちょっといいですか?」

「はい?」

 女の人は俯いていた顔を上げた。とても綺麗な人だ。

「……」

 二人は見つめ合って止まった。

 ユウキは、美男美女で見惚れ合ってしまったのかと思ったが、違った。

 

「ソフィアさん!」

 ふと、女の人の後ろから声が聞こえた。

 その声の主の、女の子が廊下を走って向かってくる。

 女の子はこちらに気付くと急に立ち止まった。

 ユウキは女の子から目が離せない。

 四人の時が止まってしまったようだった……。

「アイおねえちゃん!!

 トモは叫んだ。その事により、また時間が動き出した気がした。

 

「ヒー…ス?」

 女の人――ソフィアは信じられない、という様子で口に手を当てる。

 トモはアイに駆け寄った。

同時にヒースはソフィアに更に近付く。

「ずっと……捜してた……ソフィア……」

「ヒース!!

 ソフィアはその場に崩れそうになった。

 それをヒースが抱え、そのまま自分に引き寄せる。

 ……二人は強く抱きしめ合った。

 ぎゅっとつむるソフィアの目からは、涙が流れて頬を伝う。

 二人の目にはお互いしか映っていなかった。

 完全に二人の世界だ。

 

 ユウキ達は、自分達に気付かない大人をしばらくボーっと見ていた。だがすぐ我に返り、アイが言った。

「なんでここにいるの? ユウキも、トモ君も……ヒースさんも」

 ユウキはとりあえず、ヒースの事は放っておいてアイに近付いた。

「アイがもしかして『ほりょ』になったかも、と思ってヒースさんに連れてきてもらったんだ」

 正確には、連れてきてもらったわけではないが、話すと長くなるのでユウキはそう言った。

「……あの後、気が付いたら船に乗ってたの。ユウキの思った通り、私は捕虜になったのよ」

 そう言ってアイはソフィアの方を見た。

「ソフィアさんは、逃げる事が出来たはずなのに、私を捜してたせいで捕まったの」

「アイおねえちゃん……?」

 トモはアイを見上げた。

 アイは肩を震わせ、涙を溜めていた。

「お兄ちゃんは、私を……助ける為にあんな……っ!!

 ユウキはあの時の事を思い出す。

(そうだ。……あの人、アイのお兄ちゃんだったんだ)

 アイが涙を堪えているのは、ユウキにも分かった。

 ただ、どうしたらいいのか分からなかった。

「ユウキにだって、あんなひどい事言ったのに、どうしてユウキは……」

 アイの声は、今にも泣いてしまいそうな声だった。

 ユウキは夢中で答える。

「アイは……」

(アイは、僕にとって大切な……)

「友達だからだよ!」

 ユウキは顔を赤くする。

「……!!

 アイは動きが止まった。

 何故赤くなったのか、ユウキは自分でも分からなかった。

 うまく言えない。けれど、それだけは確かだ。

 アイの目から涙がこぼれる。

「……っ!」

 そのまま手で口を押さえた。

「……うっ……!!

 アイの涙は止まらず、ユウキはオロオロした。

 トモもアイの服を引っ張り、何とか慰めようとしていた。

「アイおねえちゃん、だいじょうぶ?」

「……」

 アイは頷くと、手で涙を拭い、後ろを向いた。

「……うれしい…よ。ありがとう。……この前は、ごめんね」

 ユウキは何だか、照れて顔が熱くなった。

「う……ううん、気にしてない」

 そしてアイの様子に少し安心した。

「それよりアイ、僕達と一緒にここを出よう?」

 その言葉を聞いて、アイは振り返る。まだポロポロと、涙を落としていた。

「出るってどうやって? ムリだよ」

「それは俺に任せてもらおうか」

 ユウキの背後から、ヒースの声が聞こえた。

 いつの間にか子供達の話を聞いていたようだ。

 振り向くと、ヒースの横にソフィアも立っていた。

「二人は知り合……恋人なの?」

 アイが訊くと、二人は顔を赤らめた。

 ヒースは嬉しそうに笑いながら言う。

「まさか、アイちゃんとソフィアが一緒にいるとはね」

「こんな偶然ってあるかしら?」

 ソフィアも嬉しそうだ。

 二人からは何だか、幸せのオーラが出ていた。

「ところで、青い鳥はどうしたんだ?」

 ヒースの今更な問いに、トモが答える。

「ベルは、ママに会えたんだよ」

「ホントに!?

 アイが驚いた顔で言った。

「とりあえず、お話しましょう。ここでは何だから、別の場所で。自己紹介もしなくては、ね」

 ソフィアがユウキとトモの方を見る。

 そして誘導するように歩き出した。

 ユウキ達は暗い廊下を歩き、ソフィアについていった。

 

 

 ―――――

 

「じゃあ、ユウキ君とトモ君は、アイちゃんを捜しにこの場所へ? 凄いわ! まだ幼いのに」

 感心した表情で、ソフィアはユウキとトモを見る。

 ここは小さな部屋。

 古いテーブルと椅子。少し壊れそうな椅子に皆は座り、小さな明かりを灯していた。

「アイちゃんはボランティア支部に入ってたのか。それでソフィアと一緒に……」

 感心した表情で、ヒースはアイを見る。

 子供達三人はキョトンとしていた。

「ヒースさんとソフィアさんは、敵同士なのに恋人なのね」

 不思議そうな表情で、アイはヒースを見る。

 ソフィアは顔を赤くして俯いた。

 ヒースが照れながら話す。

「ソフィアは俺の命の恩人なんだよ」

「どういう事?」

 興味津々に訊くアイ。

 ヒースは横目でソフィアを見た後、少し間を置いてから言った。

「まぁ、その話はまた今度。とにかく俺は、たまたま悪い噂を聞いて。『相手軍のボランティアの女性が、沢山捕まって収容所に居る』ってね。だから、居ても立ってもいられなくなったんだ」

「ステキ……!」

 アイは両手を合わせて、目を輝かせた。

「それでまぁ、アイちゃんもソフィアも、ここから出そうと思う」

 ヒースの言葉を聞いて、ソフィアは立ち上がった。

「何を言ってるの!? 危険だわ! そんな事、どうやって……」

「大丈夫、収容所の事は嫌でも頭に叩き込まれてるからね。監視ロボットの事も。君ら二人位なら、何とかなる」

 心配そうなソフィアの肩を軽く叩き、ヒースは続けた。

「こんな所で、君が苦しんでるかと思うと……」

 ソフィアは首を振る。

「平気よ。そんなに辛くない。わりと自由だし……」

 言葉を遮るように言うヒース。

「自分の為なんだ。俺が、もう君と離れたくないから」

 その時、トモが急に足をバタバタし始めた。

「おなかすいたぁ〜〜〜〜〜!!

 大人二人は、慌てて子供達を見る。

 トモと同じく、ユウキも凄くお腹が空いていた。

 ヒースが急いでポケットを探る。

 しかし、何も持っていなかったようだ。申し訳無さそうに手をヒラヒラさせる。

 ところが、何かを思い付いたように手を「ポン」と叩き言った。

「そうだ! 空気食べるといいよ!」

 ……ユウキは頭の中で、ヒースをぶん殴る想像をした。

 

「困ったわ。食べ物、あったかしら」

 ソフィアは困った顔で辺りを見回す。

「私、アメなら持ってる!」

 アイは、スカートのポケットから飴玉を二個取り出した。

 それを見てついユウキのお腹の音が鳴ってしまった。

 アイはクスッと笑って、トモとユウキに一個ずつ渡した。

「わーい!!

 トモは喜んで飴を食べる。

「ありがとう」

 ユウキもそそくさとアメを口に入れた。

 それを見て、ソフィアは微笑みながらヒースに言った。

「あなたに任せます。早く子供達を助けたいわ」

 ヒースは頷く。

「よし行こう、門の前までなら、多分ロボットも反応しないから」

 ソフィアはユウキ達の後ろにつき、ヒースが先頭に立って、皆を誘導した。

 

 

 そうして門の手前まで行く。

 辺りは暗かったが、少しだけ明かりがある。

 門の頑丈さは、よく見なくても分かった。

 ヒースは、「ここで待っているように」と手で合図して、一人で門の横に歩いていった。

 ユウキ達からは見えなかったが、門の横にあるボタンを打ち込み、機械を操作しているようだった。

 そして数分が経つ。

 

 ――突然ヒースが手招きをしたので、四人は小走りで近付いた。

「早く出るんだ!!

 ヒースがユウキ達の背中を押して、門の前に連れて行った。

 すると、何もしていないのに扉が開いた。

 

「おわっ!!

 よりかかっていたらしく、ジォウがこちら側に倒れ込んできた。

「ジォウ!!

 アイが驚いてジォウを見下ろす。

 ジォウは立ち上がり、ヒースを見た。

「成功したんだ?」

 それからニヤけてユウキとトモを見る。

「やったじゃん!」

 途端、扉は凄い勢いで閉まろうとする。

 それに気付いたヒースがユウキ達を突き飛ばした。

 

 おかげで間一髪、子供達は外に出る事が出来た。……が、

 ヒースとソフィアは出遅れて、中に残ってしまった。

「ヒースおにいちゃん!」

 トモが呼ぶと、中からヒースの声が聞こえた。

「大丈夫!! 俺達も後から出るから! ……今はちょっと、駄目だけど」

「ソフィアさん!!

 アイが叫ぶと、ソフィアの声も聞こえた。

「心配しないで! アイちゃん、どうか無事で」

「それより早く、そこから離れた方がいい! 見回りのロボットが来るといけないから!町への帰り道は分かるね?」

 ヒースの言葉を聞いて、ジォウは周りを見回した。

「うん! わかるよ!」

 ユウキは少し戸惑ったが、どうする事も出来ないので、従う事にした。

「ヒースさん、ありがとう! ソフィアさんもありがとう!」

 そう言って、ユウキ達は、行きに来た道を戻るように歩いていった。

 

 

 

 


【第六章・海底都市】

 

 外はもう真っ暗だ。

 といっても、道の脇には少し明かりが有り、歩くには不自由しなかった。

 ……途中何度も振り返りながら歩く四人。段々と収容所が遠くなっていった。

 ジォウが疲れた様子で言う。

「あーーー、つかれたー。待ってたのつかれたー。一体何があったん? あー、ハラへったーー」

「空気食べるといいよ」

 ユウキの一言に、ジォウは疑いの目で見つつも、口をパクパクさせた。

「……空気うめーー」

 それを見て、ユウキは不憫に感じた。

 アイは、「気の毒に」と思った。

 ふと、ジォウは我に返ったように立ち止まる。

「そうだ、オレさっきタクシー停見つけたんだった!」

 アイが聞き返す。

「タクシーテイ? ……なんだっけソレ?」

「タクシーっていう乗り物が来る所。グリーン国に帰れるんだ」

 ジォウはまた収容所の方へ引き返す。

「収容所の近くで見つけた」

「ちょっと待ってよ、グリーン国へ帰るって、……私達どうすればいいの?」

 アイが……ユウキとトモもジォウを追う。

「アイ達も来ればいいじゃん。グリーン国には海中エレベーターがあってさ、それで『海中ワープ』んトコ行けば、自分の国へ戻れんぜ!」

 ジォウの言葉。アイには理解出来ない。

「何? 聞き取れなかった」

(カイチュウエレベーターって……なんだっけ?)

 聞いた事があるような、無いような、ユウキは首をかしげた。

 収容所がまた近付いてくる。

 ユウキとトモはもう、歩くのがウンザリだった。

 すると、ジォウは急に道をそれて、細い脇道に入っていった。

「どこ行くの?」

 ユウキが訊くと、ジォウは振り返らずに答えた。

「もーすぐだ」

 もうすぐ、と言われても何も見えない。周りが畑なので、明かりは無く、ジォウ達でさえ、少し離れたら見えなくなってしまいそうだ。

 すると、突然ジォウがしゃがみ込む。

「あった〜〜〜!!

 暗くてよく見えなかったが、ジォウの見ている地面には、十字型の石が埋め込まれていた。

 ジォウはそこに手を置き、独り言(?)を喋り始めた。

「すみません、子供四名です。お願いします」

「何? どうしたの?」

 ついにジォウは幻覚が見え始めたのか? と、アイは不安になった。

 ジォウは立ち上がり、ニヤッと笑う。

「オマエら、驚くだろーな、タクシー。座って待ってよーぜ!」

 ユウキ達は訳が分からなかったが、訊くと得意気に答えそうなので、とりあえず黙ってその場に座った。

 実は、空腹と疲労で話す元気も無い。

 トモもユウキによりかかり、ぐったりしている。

 ジォウは口をパクパクさせて、幻を食べていた。

 アイは、心配そうな表情をしていた。

 

 

 数分後、何の音もしていなかったが、突然車輪の付いた緑の四角い乗り物が目の前に現れた。

 ジォウ以外は驚いて目を丸くする。

 ジォウは立ち上がり、乗り物のドアを触った。

 すると、ドアは自動に開き、中には割りと広い空間と椅子が並べてあった。

「これがタクシー。中入れよ!」

 ジォウの言う通り、皆は中へ入り椅子に座った。

 するとドアが閉まり、勝手に動き出す。

 音はしなかったが、小さな窓から外の景色が動いて見えた。

「これ、グリーン国の乗り物? すごい!」

 アイがキョロキョロする。

 ジォウはニヤニヤして壁にあったボタンを押した。

 すると、床からテーブルが現われて、上にはお菓子とジュースが乗っていた。

「わーーーーい!!

 トモは一目散にお菓子に手を伸ばす。

「スゴイだろー? お前らんトコにはないだろー?」

 自慢気なジォウを無視して、ユウキとアイもお菓子を食べ始めた。

「あ、ちょっと待て、これタダじゃないからな! あんまガッつくなよ!」

 そう言いながら、ジォウは一番ガッついて食べ始めた。

 

 

 スナック、チョコレート、ビスケット……等、沢山あったはずのお菓子はすぐに無くなり、ようやく落ち着いたユウキは、窓の外を見て驚いて立ち上がった。

 窓の外は暗かったが、チラリと生き物が見える。

「魚だ!!

 ユウキの言葉に、アイとトモも立ち上がる。

 まさしく、その生き物は魚だった。

「あ、もう海ん中に入ったんだな」

 ジォウは平然としていた。

 三人はポカンとした。

「海の中!?

 ユウキが訊くとジォウが当たり前のように答えた。

「グリーン国に行くんだもん。当たり前じゃん」

「グリーン国ってどこにあるの?」

 アイが質問した。

「あ、海底。言わなかったっけ? 海底都市だって」と、ジォウ。

「海底なの!?

 ユウキは新たな未知の場所にワクワクした。

 アイはびっくりして止まっている。

 トモは背伸びをして、外を見ようと、小さな窓に頭を押し当てていた。

 

 

 最初ははしゃいでいたトモも、しばらく経つと飽きたらしく、そのまま眠ってしまった。

 ユウキもウトウトとなりかけた時、アイが話しかけてきた。

「ね、神の石の存在って信じてる?」

 神の石……おっちゃんから貰った黄色い石は、本当に神の石なのだろうか?

(神の石って、すごい石なんだって、リンが言ってたな)

 確か、神の力が入っているのだという。では、神の力とはなんなのだろう?

 ユウキが返事をしないでいると、ジォウが口をはさんできた。

「神の石なんて、あるわけねーよ!」

 否定的だ。

 アイは少しムッとしたような顔をした。

「夢がないのね、ジォウったら。……ユウキはどう思う?」

「僕は、……あると思うよ」

 ユウキの答えに、アイは嬉しそうな顔をした。

 続けて問うユウキ。

「神の石の力って、どんなのなんだろう?」

「“世界を動かすほどの力”って、聞いた事あるけど」

 アイの答えを聞いて、ジォウがまたも否定する。

「おとぎ話だっつーの!」

 アイはまたムッとした。ユウキがアイのフォローに入る。

「でも、きっとあるよ」

「でしょ?」

 アイはジォウを無視する体勢で話す。

「あったら、私、世界を平和にする為に使うわ!」

 ユウキもその意見に賛成だった。

 でも、どうやって“使う”のだろう?

 ユウキは考え込む。

(もし、僕の持っている石が『神の石』だったら、……“力”が使えたら、世界を平和にする為には、どうしたらいいんだろう?)

 

 ジォウは黙り込んで、そのまま寝てしまった。

 それを確認してからアイが言った。

「ジォウが聞いたら、きっとバカにするだろうけど……」

 聖姫(セレナ)から貰ったネックレスを手に置く。

「この宝石、不思議なのよ。私を守ってくれたの」

 アイはそう信じて、疑わない目をしていた。

 ……あの戦場で、サムの言っていた大爆発。――二人は無傷だった。

 それは、アイの持っている宝石のおかげ?

 けれど、ユウキはもう一つ思い当たるお守りを知っていた。

 自分だけが貰ったので、皆には内緒にしておけと、おっちゃんも言っていた。

 貰った物だと言わなければいいだろう。

(リンみたいに欲しがったりしないよね?)

 そう思ってユウキはポケットから黄色い石を出した。

「僕のお守りはこれなんだ」

「黄色い石? めずらしーい!」

「うん。……僕を守ってくれたんだよ」

「ホントに? ユウキにもステキなお守りがあったんだね!」

 アイの反応が、ユウキには嬉しかった。

 そうして二人は少しお喋りをしていたが、疲れていたので段々と眠くなっていった。

 

 

 *

 

 

 ――ユウキは夢を見た。

 

 お母さんの後ろ姿……自分から離れていってしまう。

『おかあさん……! おかあさん、いかないで……!!

 

 やっと追いついたと思ったら、振り返ったのはシスターだった。

『ユウキ……あなたの弟のトモ君よ!』

 小さいトモがユウキの目の前に現われる。

『ママ……ママはどこ……? ママ……!』

 

 

 ―――――

 

「ユウキ!」

 アイの声で、ユウキは目を覚ました。

 タイルのような床と壁、天井。それに沢山の樽。

 もう乗り物ではなく、小さな部屋の中に居るようだ。

 起き上がると、アイとトモが樽の上に座っていて、ジォウの姿が見えなかった。

「ここはどこ?」

 辺りを見回したが、扉らしきものは見当たらない。

「わからない。気が付いたらここにいて。私達、どうやって運ばれたのかな?」

 アイも辺りを見回す。

「ジォウおにいちゃんがいないよー!」

 トモが不思議そうにキョロキョロする。

 ――その時、壁からジォウが出てきた。

 びっくりする三人。

「え? ジォウ!? 今、どこから現れたの?!

 アイがすぐに問う。

「ヒースおにいちゃんと、おなじだー!」

 トモには同じに見えたようだ。

「あの人と同じにしないでよ。壁に見えるけど、出入り口なんだよ、今の場所。通り抜けられるの」

 ジォウは何だか、いつもとは違って、微妙に大人し気味だった。

「ここは、どこなの?」

 ユウキが訊くと、ジォウは困った顔になる。

「ここは、……グリーン国の……」

 

「ジォウ君、お友達、目を覚ました?」

 女性の声が聞こえて、先程の壁から赤紫色の髪の人が入ってくる。

 しかし、正確には人ではなかった。黒いレースの下着のような服は、胸のところが開き過ぎていて、凄く色っぽいお姉さんなのだが、ありえない程スリットの入ったスカートから見えるのは、足ではなく、魚体だった。

 しかも化粧が濃い。

 それに、どこかで聞いたような声だった。

「人魚?! 初めて見た!!

 アイは、おとぎ話の中に入ったように目を輝かせていたが、ユウキとトモは、うろこの足から目が離せないでいた。

 人魚はユウキ達に近付いて言う。

「私はマリン。ジォウ君から話は聞いたわ。ユウキ君に、アイちゃんに、トモ君ね」

 そのまま、ウェーブがかった髪を掻き上げて、溜息をつく。

「私が見つけなかったら、どうなっていた事か」

「どういう事?」

 アイはジォウの方を見る。

「このマリンさんは、オレの知り合いなんだけど、……見かけによらず力持ちで、眠っているオマエら三人を担いでここに…」

 そう話し始めたジォウを、マリンはキッと睨み付ける。

「そんな説明はいいの! 本題だけを言いなさい」

「は、はい!」

 ジォウはビクッとしてから答えた。

「あ、え〜と……オレ、忘れてたんだけど、グリーン国は地上人立入禁止でさ」

 マリンが付け足してきた。

「ジォウ君がタクシー代を払えなくて困ってるところに、偶然私が通りかかったのよ。感謝しなさい」

「じゃあ、お姉…マリンさんが、乗り物代払ってくれたの? しかも、私達をこの場所に連れてきてくれたんだ?」

 アイは理解力がある。

 マリンはそれを知っているかのように言った。

「さすがはアイちゃんね。ところで、ここは私が働く“竜宮城”ってお店の倉庫なんだけどね」

 アイは気まずそうに樽から降りた。

「地上人立入禁止って事は、私達どうすればいいの?」

 ジォウはマリンの方をうかがいながら口を開く。

「あと……なんか今、エバーアイランドが危ないらしくて」

「僕達の島が危ないって、どーゆー事!?

 ユウキは思わず大きな声で訊く。

 アイも心配そうにユウキとトモの方を見た。

「あ、えっと、オレもよくわからんけど……」

 ジォウは困った様子でマリンの方を見る。

 マリンは、一回目を閉じてからゆっくりと言った。

「正確には、エバーアイランド……にある、神の石が狙われてるって事だけど」

 一同はマリンを見る。

 ジォウは慌てた様子でマリンに言った。

「マリンさん!! その事はグリーン人以外には秘密なんだよ?!

「ジォウ!! どういう事!? さっき神の石の話をした時は、否定してたのに!」

 アイは疑いの目でジォウを見た。

「だってさ、あれはさ……。マリンさん!!

 ジォウはうろたえる。

 マリンは「うっかり」というように、手を口に当てた。

「あ、そーだったわね。ま、いーじゃない」

「エバーアイランドに、神の石が?」

 ユウキは、そんな事全く知らなかった。そして、少しガッカリした。

(おっちゃんから貰った石、神の石じゃなかったんだ)

 神の石は一つしか無い、と前にリンが言っていたのを思い出したのだ。

 マリンは真面目な顔で話を続ける。

「問題は、北も南も今近くまで来ているって事ね。両軍とも、独自に神の石を発見する方法を開発していたんだわ」

「まさか、鉢合わせ?」

 アイが不安そうな顔で訊いた。

 マリンは厳しい表情で頷く。

「そうならなければ、いいけれど」

 ユウキは、段々『戦争』の事を理解してきたので、凄く恐くなった。

「島の皆が、危ない?」

 脳裏に、燃えている町の様子が浮かぶ。

「大丈夫よ。エバーアイランドは、グリーン国と同じく、外からは見えないバリアーがあるから。それに…」

 マリンが言っている途中で、アイが割り込む。

「グリーン国は何もしてくれないの? エバーアイランドを管理しているんでしょう?」

「……」

 マリンは首を横に振った。

 ジォウが気まずそうに、当初予定していた事を話し始めた。

「ホントは、オマエらとグリーン国に戻ったら、海中エレベーターに乗って、海中ワープ場まで行こうとしたんだけど」

「それ一体何?」

 訊ねるアイに、ジォウが答えた。

「あ、海中エレベーターってのは、エバーアイランドと、グリーン国を結ぶエレベーターで……」

「エレベーター?」

 アイは首をかしげた。

「エバーアイランドって、うちの国の真上にあるから」

 ジォウの少し理解し難い話。

「そうなんだ?」

 ユウキが訊くと、ジォウはツッコミを入れてきた。

「オマエ、乗ったじゃん!!

「え?」

 ユウキは島を出る時の事を思い出す。

「海ん中に沈んでいくやつ?」

「そ! 途中で海中ワープんトコに行くやつ」

 そう言われて、今度は水溜まりのあった場所を思い出した。

 ジォウは続ける。

「で、エバーアイランドと、グリーン国の間に、今言った海中ワープ場ってのがあるわけ。そこから、他の国へ行けるからさぁ。もちろん、アイの国へだって」

「その『ワープ』ってヤツで、ユウキ達が私の町へ来たのね?」

 アイは何となく理解した。

「で、さっきの話に戻るんだけどさ、オレはね、グリーン国に戻ったら、海中エレベーターでワープ場に行って、皆を帰そうとしたワケ。……でも、」

 続きをマリンが言う。

「今、エバーアイランドが危ないから、エレベーターは封鎖されているのよね」

「そうなんだよ」

 頷くジォウ。

「私とユウキとトモ君って、地上人(?)だから、見つかったらよくないんでしょ?」

 アイが確認してきた。

「それも問題」

 ジォウは、お手上げというポーズをとった。

 ユウキは、その大袈裟な手振りに少し不愉快な気分になったが、それよりも、島の事が心配でたまらなかった。

「シスター達!! 助けに行く!!

 その宣言に、トモも真似をする。

「ぼくもーーー!!

 そして、アイも賛同をした。

「私も、行く」

「何言ってるの?! アンタ達!」

 突然の発言に、マリンが叱ってくる。

 ジォウはというと、少し考えてから、ちょっと嫌だなー、という顔をしつつ、何かを思い出したように言った。

「そうだよ! だってメ…エバーアイランド、心配だもんな、オレも行くよ!」

「ったく、子供のくせに」

 マリンは頭に手を置いて、ズバリ指摘をした。

「どうやって、エバーアイランドに行くの?」

 その指摘に困り果てる子供達。

「なんとか、エレベーターを開けてもらえないかな?」

 真剣に悩むアイの言葉。

「……子供を危険な目に遭わせるのは、私の主義じゃないんだけどねー」

 マリンは思い出したように……けれども嫌そうに言った。

「アイツに頼めば……頼むのは嫌だけど、なんとかなるかもね」

「アイツって?」

「……水竜よ」

「すすす……水竜様ァ!?

 マリンの言葉を聞いて、ジォウは飛び上がりそうになった。そして、分かっていないユウキ、トモ、アイに説明する。

「水竜様って、この国で一番偉い人なんだ」

 そのままマリンに聞き返す。

「マリンさん、水竜様と知り合いなの!?

 マリンは目蓋を下げて答えた。

「まぁね」

 それから苦笑いをしたかと思うと、溜息をついた。

「あいつ、『竜宮城』に入り浸っているのよ。ツケが溜まりまくっているわ」

 何となく、水竜のイメージを崩されたなぁ、等と思いながらもジォウは言う。

「竜宮城って、オレ達子供でも入れる?」

「私がいれば平気よ。水竜の所まで連れてってあげる。でも、アイツが無理だって言ったら、諦めるのよ」

 協力的なマリン。ユウキ達の性質を解っているようだ。

 だが、もう一つ問題がある、とアイは自分の髪を触った。

「私達がグリーン人に見つかったら……」

 するとマリンは、安心しなさい、と言わんばかりにアイの頭を撫でた。

「平気、ここから裏通路で、水竜のいるVIPルームまで行くから! 従業員の人魚達になら、見られても大丈夫よ!」

 

 

 ユウキ達は、マリンについていき、壁を通り抜けて通路に出た。

 壁を通り抜ける以外は、普通の従業員の通路といった感じだったが、信じられないものを目にする。

「魚が、飛んでる!!

 アイの言葉に、ユウキとトモも上を向くと、なんと魚が宙を泳いでいた。しかも見た事もないような魚だ。

「わぁーーーー!! すごいーーー!!

 トモは、はしゃぎ出したが、ユウキとアイはボーっと見ていた。

「ああ、迷いこんできたんだな。普通は外にいるんだけど。魚達にとっては海だからさ」

 当然のように言ってのけるジォウ。

(あ、ここって海底だったんだっけ?)

 ユウキは無理矢理納得をした。

 アイが魚を目で追いながら言った。

「なんか、よくわかんないけど、すごいのね。グリーン国って一体何者なの?」

「“何者”って……。ま、この国は大昔の技術をそのまま受け継いだ国らしーからな。授業で習ったけど」

 ジォウの答えに、更にユウキが食いつく。

「大昔って?」

 考え込むジォウの代わりに、アイが答えた。

「大陸がまだ一つだった頃って事? 本で読んだ事あるわ! その頃はまだ、魔法と科学が……キョウゾンしてたって」

 対して、ジォウが分かっていたように頷く。

「そうそう。その頃の技術はすごかったんだ。元々神の石は、グリーン国の賢者が造ったってさ」

「え? そうなの?」

 アイとユウキはジォウの方を向く。

 ジォウは少し自信無さそうに言った。

「って、習ったよ」

 そういう会話をしながら歩いていくと、急にマリンが立ち止まった。

「ここが、VIPルームの裏口」

 VIPルームの意味、子供達には当然分からない。

 立ち止まった前は一見ただの壁だが、ためらいも無く、マリンは壁の中に入っていった。

 そしてジォウはすんなり続く。

 残ったユウキ達も意を決して、壁を通り抜けた。

 

 そこは小部屋だった。

 少し暗い照明は、いかがわしい感じのピンクだ。

 岩や亀の置物。珊瑚のテーブル。濃い青色の壁。

 そして、貝殻の形をした大きな椅子には、図体がでかく、青い肌をした男が座り、両隣の色っぽい人魚達の肩を抱いて、ごきげん様子だった。

 それを見て、アイはユウキの服を掴んでボソッと言った。

「あんな大人……イヤ」

 ユウキも頷く。(実は色っぽい人魚に少し見惚れてしまったが)あんなイヤラシイ大人には、なりたくないなぁ、等と思った。

 入ってきたマリンと、子供達に気付いた男は、ニヤッと笑う。

「いよォ、……その姿はマリンちゃんだな! どうした? いつからそんな子持ちに?」

 マリンは物凄く呆れた顔をしながら、腰に片手を置くポーズを取った。

「アダド! 頼みたい事があるのよ」

 ジォウが、何だかイメージを崩されたという表情をした。

「こ……この人が、水竜……様!?

 アダドはニヤッと笑う。

「如何にも。俺様は水竜だ。この姿は、人間バージョンだがな」

 人間バージョンと言われたが、ユウキは、

(顔色が悪いなぁ)

 等と思った。

「……悪いなぁ、キミら、ちょっと席外してくれ」

 アダドが人魚の肩から手を外すと、人魚達はそそくさと部屋を出て行った。

「で、頼みとは?」

 アダドのデレッとしていた顔が真面目になる。

「海中エレベーターを使いたいんですって、この子達が」

 マリンはきっぱりと言った。

「何故だ?」

 子供達の方を見るアダド。

「エバーアイランドに行って、皆を助ける!!

 そう言ったのはユウキだ。

「つまり、あそこに居る人間達を、この国に避難させる、と?」

 アダドの問いに、アイは頷いた。

 ジォウは、大丈夫かな? と、考える。

「時間がかかりそうね」

 マリンは目を細めた。

 その言葉に、ユウキも考え込んだ。

 ――島の沢山の友達……あのエレベーターに、何人ずつ乗れるだろうか? 子供でも精々、五人位か。

 どの位時間がかかってしまうのだろう?

 どの位時間が残っているのだろう?

 

 その時、ドーーーンッ! と、微かに音が聞こえた。

「鉢合わせしやがったな」

 アダドが言う。

 皆は顔を見合わせた。

 先程の嫌な予想が、まさか、本当に当たるとは。

 エバーアイランドにある神の石。それを探している北軍と南軍。いずれは島の近くでぶつかる事もある。

 最悪、外からは見えない島のすぐ目の前で戦争になる、と。

 エバーアイランドが危ないとは、そういう意味だ。

 だから、エバーアイランドの真下に在るグリーン国は、島と繋がるエレベーターを閉鎖した。

 今まさに、両軍が鉢合わせをしたのだとしたら。

「大丈夫、遠いわ」

 マリンはそう言ったが、子供達に不安な気持ちがよぎった。

「近付いてくるって可能性あるよね?」

 ジォウは慌てた。

「島の皆を早く助けよう! だって…」

「ジォウ君、落ち着いて。バリアーがあるから、見つからないわ!」

 マリンはジォウを落ち着かせようと、そう言ったが、逆効果だった。

「見えないって事は、島があるって気付かない。だから危ないんでしょう? だって、そこで戦争始めるかもしれないんだから!! もう一度言うよ! 島には人がいる。でも、その人達の事は見えてないんだ!」

「戦争って、人が沢山死んじゃうのに!」

 アイが手で顔を覆う。

 ジォウは少し興奮気味だった。

「マリンさん、さっき自分で言ったんじゃないか、両軍とも神の石を独自に発見する方法見つけた、だから鉢合わせするって。その通りになったじゃん!! 神の石探してるからだよ!」

 ユウキにはジォウの言いたい事が解った。

「ジォウの言う通りだ! 島に神の石があるんなら、近付く可能性の方が高いんじゃないの?」

 ユウキの方を向いて頷くジォウ。

 

 戦争が……エバーアイランドに近付いてくる……。

 

「では、尚更、海中エレベーターを開けさせる事は出来ぬな」

 アダドが冷酷に言った。

 アイとジォウが反論をする。

「なんで!? エバーアイランドの子供達を見殺しにするの!?

「そうだよ!! 島にはグリーン人もいるんですよ!」

 対してアダドは気難しい顔をした。

「お前さんら子供の頼みを聞いて、俺様が命令するのは簡単だ。だがな、グリーン国も危ない。それに、……元々あの島の子供は、人質同然だしな」

「え!?

 ユウキは耳を疑った。

「僕達、そうなの?」

「アダド!! 何言ってるの!!

 マリンはすぐに注意をしたが、アダドは続ける。

「どうせ、島にいる子供というのは、跡取りを死なせたくない金持ちの息子か、自分の手で守ることの出来ない政府の人間の子か。とにかく、そういう『特別』な子だからな。……自分らじゃ、何も出来ないグリーン国の政府が考えそうな事だ。“守る”と同時に、“いざという時の人質”にもなる。この国が、戦争に巻き込まれない為の、な」

 それを聞いて、ジォウもショックを隠せなかった。

「そんな……」

 ――また音が聞こえる。

 心なしか、先程より近くなった気がした。

「ぼくたちのしま、どうなっちゃうの?」

 突然トモが不安そうな声で言った。話はちゃんと理解していないが、島が危ないという事だけは分かるらしい。

「僕達の島……」

 ユウキにとって、エバーアイランドは凄く大切な場所だった。

 島の皆も、とても大事だ。

 今、島も危ない! 皆も危ない!

(嫌だ!!

「嫌だよ! 島を助けたい!!

 

 アイは、自分が住んでいた都を思い出した。

 リヴァロス……戦争のせいで、大好きな町が、無くなってしまった。

「その気持ち、わかるよ! 私の町も、ひどい目にあった! 住む所、無くなっちゃったもの」

 マリンは目を伏せた。

 そして……何かを想い出すように遠くを見つめた。

「アダド。石の欠片を出しなさい」

「何故だ!?

 突然意味不明な会話が始まり、子供達は呆然とした。

 マリンは決意をした眼で言う。

「故郷を失う辛さは、私達がよく解ってる。防ぐ事が出来るのなら、そうした方がいい」

 アダドは困惑した表情だ。

「何を言っている?」

「アンタだって、気付いているでしょう? 神の力の……封印が解けてきているって事。だから、発見されやすくなっている」

「では、封印をまたし直すという事か?」

「それは……この子達に任せるわ」

 そう言ってマリンはユウキ達の方を向いた。

 さっぱり訳の解らない子供達。

 アダドは眉をひそめた。

「オマエさん、血迷ったか!?

「いいえ。私は番人として、様子を見てきたわ! エバーアイランドは必要なの! 神の石ではなく、この子達の大切な島が」

 そこへ、ついにアイが口をはさんできた。

「一体何の話をしているの? 封印って?」

 マリンは俯いた。

 アダドは溜息をつく。そして、仕方無さそうに代わりに話し始めた。

 

 ――大昔、まだ大陸が一つだった頃、神の力の入った石が造られた。

 その石は、“自然”の力を操る事が出来た。

 勿論初めは快適な暮らしの為に使われた。

 だが、やがては力の為、戦争の為に使われ、暴走した石の力は大陸をも分断してしまった。

 その事に責任を感じた女神・イシュタルが、神の石を封印する事に成功した。

 それ以降、神の石は隠され、今まで見つかる事は無かった。

 しかし、封印力は衰え、最早見つかるのは時間の問題になってきている――。

 

「神の石が、見つかっちゃったら……」

 アイは言う。

「大変な事になるかもしれない。しかも、エバーアイランドにあるなんて」

「力さえ封印出来れば、悪用される事はないし、見つかる可能性も低い。勿論、エバーアイランドに、軍が近付く事も……きっと無くなるわ」

 マリンの言う事はもっともだ。

 ユウキは思った。

 その、“封印”さえ、できれば……

 いや、神の石が無くなれば……?

 アイはまた別の事を考えていた。

(イシュタルって名前……)

 ウィンの森で出会った、不思議な女性……あの人は自分の名前をイシュタルと言っていた。

(まさかね)

 今はそんな事考えている場合ではない、と頭を切り替えた時、また「ドォーーーン」という音が聞こえた。

 確実に近付いてきている様子だ。

「結局オレ達、どうすればいいんだーーー?」

 ジォウが慌てた。

「大丈夫、まだ時間はある。神の石を封印し直すのよ」

 マリンが信じられない事を言った。

「……!?

 一同が静まる。

「で、できるの!? どうやって!?

 ジォウは急かすように訊いた。

 マリンはゆっくりと頷く。そして髪を掻き上げて、左耳に付いていた大きなピアスを取った。そのピアスは赤くて、ひし形の宝石だった。

 それをジォウに渡す。

「え? どうしたの? マリンさん、コレが何か?」

「きれい」

 アイは目を輝かせて見る。

「それは、神の石よ。正確には、“欠片”だけどね」

 マリンは説明を続けた。

「“欠片”ってのは、全部で五つある。その欠片全部と、神の石を合わせると、石の力をコントロール出来るの。言わば、“欠片”五つで『カギ』みたいなもんで……。その『カギ』で、封印したり、解いたり、力を使ったり……要は、コントロール出来るってわけ」(←※この説明は子供達が理解するまで三回言わされる)

 

「じゃあ、逆に言えば、カギが無ければコントロール出来ないんでしょ? それならカギ隠せば、封印する必要ないじゃん!」

 ジォウの意見に、アイはつっこんだ。

「封印は勝手に解けてきてるんでしょ!? それで、軍が追っているって言ってたじゃない! エバーアイランドが見つかって、荒らされてもいいの!?

「嫌だ」

 ユウキが言った。

 ジォウは小さくなる。

「……だよね。封印し直すしかないよね」

 マリンが更に付け加える。

「それに、力がコントロール出来なくても、封印が解けた後、無理に力を使おうとすると、暴走する危険性がある」

「だよね。封印するよ。あたりまえ」

 ジォウは更に小さくなった。

 マリンは目でアダドに合図した。

 アダドは仕方無さそうに指輪を外した。

 指輪にしては重そうな、ダークパープル色の宝石が付いている。そしてそれをマリンに渡した。

「これで、全部揃ったというわけだ」

「全部?」

 ジォウは首をかしげた。

 マリンはニコッと笑って言った。

「ええ。あなた達が持っているでしょう?」

 すぐにアイは自分のネックレスに手をかける。

「もしかして!」

 ユウキもポケットを探って黄色い石を出した。

「やっぱり、神の石だったんだ!」

「なんでオマエらちゃっかり持ってんの!? ってゆーか、これで四つじゃん。あと一つは?」

 ジォウの問いに、ユウキは気付く。トモに向かって訊ねた。

「僕があげた青水晶は?」

 トモは元気よくポケットから取り出す。

「あるよ!」

「これで五つなの?」

 アイはマリンの方を見る。

「やけにカラフルだな」

 ジォウは自分だけ持っていなかったのが少し悔しかった。

 マリンは、アダドの指輪をユウキに渡した。

 

「神の石は、エバーアイランド……あの島そのものなのよ」

 

!?

 衝撃の事実に、子供達は止まってしまった。

「え? 冗談?」

 ジォウも知らなかった事実だ。

「エバーアイランドが、神の石?」

 アイも信じられないという顔をした。

 ユウキとトモは今一理解出来ない。

「いしじゃないよ、しまだよ!」

 トモが言った。

 マリンは少し困って笑った。

「元々、神の石だったの。今はただの島だけど」

「でかすぎだろ!」

 ジォウはツッコミを入れる。

「じゃあ、カギを使うのは?」

 アイの質問に、今まで黙っていたアダドがゆっくりと答えた。

「島の中心でだ。カギを地面に置けば、神の石の力が反応する。その時、まず封印が解ける。次にコントロールだ。それは、プログラムの立体……」

 そこまで言って、言い直した。

「いや、やってみれば、分かるはずだ」

 曖昧な答えに、戸惑うアイ。

「そこで、封印すればいいの?」

「それは、お前さん方に任せる。俺様は信頼する事に決めたよ」

 そのアダドの態度に、ジォウはちょっと待ったコールをした。

「ちょっと待ったーーーー!! あれ? もしかして、マリンさんと水竜様、……ついて来ないつもり!? オレ達、子供なんですけど」

 いつの間にか止める方向ではない大人二人。

 不安そうなジォウの肩をマリンは優しく叩く。

「ごめんね、ジォウ君。私達はあの地……地上に、行く事は出来ないの」

 ジォウは笑った。

「もしかして、人魚だから……とか、そういうオチ?」

 その顔は明らかに引きつっていた。

 

 

 ―――――

 

 海中エレベーターに乗るユウキ達。

 閉鎖されていたが、水竜・アダドの命令で、無理矢理開けさせる事が出来た。

 勿論、地上・エバーアイランド口のみである。

 ジォウは緊張した面持ちで、静かに立っていた。

 トモは海を映すガラスの壁に、顔を押し付けていた。

 アイは初めて乗った珍しい乗り物に感動して、外(海中)を眺めていた。

 ユウキも外を眺めていたが、島の皆の事を考えていた。

 

 ――シスターは平気だろうか。サヨ姉やリッ君達……。

 当たり前のように過ごしていた島……

 なぜ、大好きな島を出たのだろう?

 

 結局、お母さんには会えなかった――。

 

 四人を乗せて、エレベーターは地上へと昇っていった。

 

 

「あの子達、平気かしら。なんか、成り行きでこうなってしまったけど……まだ子供だったんだわ」

 海中エレベーターの入口で、心配そうに上を見るマリン。

「だから、俺様は『血迷ったのか?』と訊いたんだ」

 その横で、同じように上を見ながらアダドは言った。

「かと言って、俺様達がエバーアイランドに足を踏み入れたら、……それこそ力のバランスを失って、どうなるやら」

 そのまま苦笑してマリンの方を向いた。

「なんせ、――経験済みだもんな、女神・イシュタルは」

 マリンはムッとしたような顔をしたが、上を向いたまま言った。

「石に入れたのは私達の力だものね、嵐神・アダド。……ところで、昔の名前で呼ぶのは止めて頂戴。今は、人魚のマリンよ」

 アダドはボソッと呟く。

「ニセ人魚だろが。その鱗足だってニセモノ……」

 マリンはジロリと睨み付けてきた。

「アンタ、竜宮城のツケ、まだ支払ってないわね」

「すみませんでしたっ!!

 アダドは深々と頭を下げた。

 

 

 

 


【最終章・神の石〜エバーアイランド〜】

 

 ――四年前――

 

 北大陸・アース国のディアンという大きな町にある小さな家で、ユウキは暮らしていた。

 弟のトモは自分よりも小さくていつもお母さんにくっついている。

 その優しいお母さんはいつもいて、夜になると優しいお父さんが帰ってくる。

 そんな毎日だった。

 

 ユウキ達の母親の名は、エリスといった。

 エリスは、神の石の研究をしている博士だった。

 しかし、夫――フィルと結婚してからは、研究所を辞めて、ひっそりと幸せに暮らしていた。

 ……夫、フィルが事故で亡くなったのは、ユウキが六歳、トモが二歳の時だった。

 その後、軍からの研究所へ戻れとの要請。

『その代わり、子供は安全なエバーアイランドへ預ける事が出来る』

 という条件は、夫の不可解な事故からも、子供達が既に人質である、と証明していた。

 ――そう、見張られているのだ。

 気付いたエリスは、どうする事も出来なく、ユウキを預けなければならなかった。

 

 グリーン国の用意した、エバーアイランド行きの船。

 その船にユウキを乗せた時も、軍の人間に見張られていた。……逃げないように。

 エリスは心を押し殺して、立ち去ろうとした。

 だが、足が動かない。

 それでも、無理にでも背を向けるエリス。

 やがて、ユウキの母を呼ぶ声がする。

「おかあさん……」

 背を向けてしまった母に、不安を感じるユウキ。

 母の顔を見る為に、回り込もうとする。

 その事を感じ取ったエリスはついに歩き出す。

「おかあさん、どこいくの?」

 それでも、エリスは立ち止まらない。

「おかあさん、いかないで……!!

 ついにユウキは大声で泣き出した。

「おかあさん……!」

 ユウキの声に、耐えられなくなったエリスは、無意識にユウキの元へ戻った。

「泣かないで。……大丈夫、大丈夫だから」

 全身が引き裂かれる想いで、エリスは言った。

「必ず迎えにいくから、待っていて」

 

 エバーアイランドでは、子供を五歳位から預かる事ができる。

 トモもまた、五歳を過ぎた頃、預けなくてはならなかった。

 エリスは、神の石の恐ろしさを知っていた。

 ――大昔、神の石の力で、大陸さえも分断させる事が出来た、と。

 手中に収めれば、戦争に勝つ事はおろか、独裁者にさえ成り得る事すら可能だと。

 見つからなければいいと思う反面、見つからなければ、息子達に一生会えないのではないかと、辛い想いがエリスを苦しめた。ただどちらにしろ、人質になっている以上、研究を続けなければいけない。

 

 そんな境遇の中、ついに神の石の場所を探る機械が反応を示し、軍が捜索をし始めた、今に至る――。

 

 

 

 ――神の石捜索空行船。

 研究員として、紺のスーツを着たエリス博士も乗っていた。ユウキと同じ茶色い髪は、肩より少し短く、前髪をピンで留めている。

 狭い部屋にテーブルと椅子だけが置かれて、その椅子に座りながらエリスは眠っていた。

 

 しばらくして、大きな爆発音に目を覚ます。

 哀しい夢を見ていたようだ。知らずに涙がこぼれていた。

「ユウキ……トモ……」

 息子達を思い出す。

 テーブルの引き出しを開けて、写真を見た。

 ……自分で撮った古い写真から、グリーン国から定期的に送られてくる、新しい写真。

 この前一瞬でも見られた、息子達の姿は、新しい写真と同じ姿だった。

 子供はなんて成長が早いのだろう……そう思う。

 倒れていたユウキを見つけた時は、そのまま抱えて逃げようかと思った。

 サムが居なかったら、そうしただろう。

 遠くに見えたトモにも触れたいと思った。触れるだけでどんなに幸せか……。

 想うだけで、涙が止まらなくなる。

 

 そこへ、一人のマッチョ男が入ってきた。

 エリスは急いで涙を拭く。

 マッチョ男――サムは、訊ねてきた。

「博士、あとどの位だ?」

 エリスは時計を見る。

「そうね。あともう少しかしら」

 そしてサムに訊ねた。

「船の様子は?」

「依然、戦闘要員は戦闘配備だ。連合軍も威嚇しか撃ってこない。常に距離を保って、下を移動している」

 エリスは小さな窓の外を見た。

 青い空と雲だけが、海のように見える。その下は見えなかった。

「どうやら、相手も目的は同じようですね」

「じゃあ、神の石を?」

 そんなバカな、という顔をするサム。

 エリスは外を眺めながら答えた。

「神の石を探す機械と同じようなものが、向こうの大陸にあったとしても、不思議ではありません。ただ、科学か魔法かの違いだけです。そして、存在を確かめたくなるのもね」

 サムは溜息をつく。

「はぁ。どっちにしろ、望みのものは一つしかないんじゃ、戦うしかねーなぁ」

「このまま反応が無ければ、いずれは神の石の手前で、戦闘に入る事になるわね」

(もうすぐ……神の石が……。かつて、争いの引き金となった、誰もが欲しがった物……)

 エリスは、まさか神の石がエバーアイランドだったとは、子供達の居る島に近付いているなんて、夢にも思っていなかった。

 

 

 一方。

 ユウキ達の乗っていたエレベーターが止まった。

 そこは、薄暗い狭い部屋で、機械の台があり……

 見た事がある……というか、まさしく海の家の地下室だ。

「到着だ!」

 ジォウはエレベーターを降りて、歩き出した。

 すぐにユウキ、トモ、アイも後を追う。

 階段を上り、狭い廊下を通り、ドアを開けた。

 

 ――途端、光が目に入る。

 段々と目が慣れてきて、外を見ると、そこには白い砂浜があった。

 ユウキはジォウを押し退けて外に出た。すぐにトモも追う。

 白い砂浜の先にあるのは、エメラルドグリーンに見える永遠に広がる海。

 懐かしい波の音が聴こえた。

 ジォウとアイはゆっくりと、ユウキとトモに近付く。

 アイはキョロキョロしながら、海の方を眺めて立ち止まった。

「きれい……」

 懐かしい透明の海。ユウキもじっと海を眺めた。

 波がキラキラと光っている。

 いつも見ていた海なのに、こんなに綺麗だったなんて、初めて知った気がした。

 

 四人はしばらく海に魅入ってしまったが、突然トモが言う。

「おうちにかえろー!」

 確かに、近くにはユウキ達の家がある。

 帰りたいと、ユウキは思った。

「ちょっとだけ……」

「ダメだって、急がないとな」

 反対のジォウ。

「あいさつくらいしといた方がいいかも」

 賛成のアイ。

 勿論ジォウの意見は却下された。

 というわけで、ユウキ達の家の方へ向かって歩く。

 歩きながらアイは訊く。

「ここ、ホントにエバーアイランド?」

「そうだよ」

 ユウキの答えを聞いて、アイは胸に手を置いた。

「信じられない。実感無いよ。私、エバーアイランドにいるのね?」

 嬉しそうなアイに、ユウキも何だか嬉しく感じた。

 

 そして、少し歩くと、ユウキ達の家に到着した。

 少し緊張しながらドアを開ける。

 すると……

「どなた?」

 中から懐かしい声が聞こえて、こちらへ向かってくる足音がした。

 シスターだ。

 シスターはユウキ達が見える位置まで来て、立ち止まった。

 ユウキは一瞬、何と声をかければ良いのか戸惑った。

 トモが先に声を出す。

「シスターーー!!

「トモ!! ユウキ!!

 シスターは駆け寄り、二人を抱きしめた。

「……おかえり。遅かったじゃない」

 ユウキは顔を赤くした。遅く帰って、怒られなかったのはこれが初めてだった。

 それから、凄く申し訳なく感じた。

(シスターはもしかして、ずっと待ってたんだ?)

 久しぶりのシスターの声と姿に、安心感を覚えながらも、シスターが心配している姿が目に浮かび、哀しくなった。

「ごめんなさい、シスター」

 そう言いながら涙が溢れた。

「ぼく、ママさがしにいったの」

 トモが言うと、シスターは頷き、ジォウの方を見た。

「あなたが、ジォウ君ね」

「え? ……うん」

「ジォウ君、メイちゃんに書置き残したでしょう? …『母を追った二人を探しにいきます』ってね」

 シスターの言葉を聞いた途端、ジォウは顔を赤くした。

「ああ、……アレ……」

「そうだわ。ちょっと待ってね」

 すると、シスターは奥の部屋の方へ行ってしまった。

 ユウキ達はジォウを見る。ジォウは顔を赤くしたまま言った。

「な、なんだよォ」

 

 そこへ、シスターが戻ってきた。その手には紙を持っている。

 それをトモに差し出す。

「ハイ、トモ。忘れ物よ」

 渡された紙を見て、トモは嬉しそうにする。

「コレ、ぼくがママのためにかいた、おてがみだー!」

「手紙? ちょっと見して貸してさわらせて!」

 ジォウがからかうようにトモから手紙を取ろうとした。

 トモは慌ててポケットにしまう。

「ヤダ! みせない、かさない、さわらせない!!

 そして今度はシスターに向かって言った。

「こんど、シスターにも、おてがみかくね!」

 シスターはニコッと笑い、返事をした。

「楽しみに待ってるわ! ……それより…」

 シスターは言葉を濁すように続ける。

「今ちょっと……島が危険……」

 そこまで言って言い直す。

「いいえ、平気だけれど、一応皆は児童園にいるのよ」

 実は、異変を感じた大人達が、念の為児童園に皆を避難させたのだ。

 ユウキ達はシスターに連れられて、島の中心にある児童園に向かった。

 

 

 ――児童園。

 そこに皆は集まっていた。

 ユウキ達が入るなり皆は大騒ぎをして、駆け寄って安堵の声等を漏らした。

「心配したんだよ〜〜〜!!

 児童園の先生は、半分泣きながらトモの頭を撫でた。

 駆け寄ったリッ君は、アイの方を見て、ユウキに耳打ちをする。

「だれ? あのカワイイ子!! どっから連れてきたんだよー!」

 そしてすぐにアイに近付き、デレ〜っとしながら話しかけた。

「きみ、新しい子?」

 アイは戸惑いながら答えようとする。そこへ、サヨ姉がやってきた。

 リッ君は慌てて顔を引き締める。

 だが、サヨ姉はリッ君を全く気にせずに、ユウキ達を叱ってきた。

「今までどこに行ってたの? シスター凄く心配したんだよ! もちろん私もね!」

「ごめんなさい」

 謝ったユウキの後ろに、ジォウが居るのを見つけてサヨ姉は驚く。

「あ!!

 そして何故かしおらしくなる。

 ジォウはそんな事気にも留めずに誰かを捜しているようだった。

 ナッちゃんがトモの元へ駆け寄ってきた。

「つまんなかったよ〜、トモくん!」

 トモの手を掴むナッちゃんにユウキは近付き、気になっていた事を訊いた。

「ロザンナお姉ちゃんは?」

 ナッちゃんは悲しそうな顔をして答えた。

「おねえちゃん、おうちにかえっちゃったよ。……ホントウのおうちだって」

「……そうなんだ」

 ユウキは残念に感じた。

 アイが不思議そうに話しかけてくる。

「ホントに、色んな国の子がいっぱいいて、違う大陸でもみんな仲良しなんだね」

 

 ふと見ると、シスターを中心に、島の大人が集まって話し合いをし始めていた。

 それを見たジォウが、何故か嬉しそうに駆けて行く。

 その先には看護師のメイが居た。

 ユウキも挨拶をしようと、メイの方に向かった。

 アイも一緒についてくる。

 ユウキ達に気付き、メイは笑顔で手を振った。

「ユウキ君! ジォウ君! 無事で良かった!」

「メイさん!!

 ジォウはスピードが上がり、メイの前に到達した。

 ユウキも手を振り、アイと共にメイの元へ到着する。

「トモ君は?」

 メイの質問に、ユウキが(遠くで)ナッちゃんと一緒にいるトモを指した。

「あそこにいるよ」

 確認をしたメイは、今度はアイに視線を移す。

「あら、可愛い子ね! お名前は?」

 アイは照れながら答える。

「あ……アイです」

「私はメイよ! よろしくね!」

「メイさん! お、お久しぶりです!」

 そう言ったジォウは顔を真っ赤にしていた。

 アイはそれを見て、すぐに何かを勘付いた顔をした。

 メイはジォウにも微笑む。

「久しぶりね! ジォウ君。書置き見たわよ!」

「あ……あはは……ボク……その……」

 メイの前でモジモジするジォウを見て、ユウキは気持ち悪いと感じた。

 メイはユウキの目線に合わせて、少し屈んで言った。

「ごめんね。私が、小鳥のお母さんの事言ったから」

 ユウキは首を振る。

「なんであやまるの?」

 それを聞いて、メイはユウキを抱きしめた。

「っあ!!

 ジォウはショックを受けた顔をして固まった。

「三人共、無事に戻ってきて、本当に良かった!」

 メイは優しく、ユウキの頭に手を添える。

 ユウキは恥ずかしくなって、アイの方をチラチラ見た。

「う、うん……」

「あ……あの、メイさん……」

 アイが話しかけると、メイは腰を上げてユウキを解放した。

 アイは続ける。

「エバーアイランドの中心部ってどこですか?」

 その時、ジォウはユウキに蹴りを入れてきた。

「いた!!

 ユウキがジォウを睨み付けると、ジォウは「フンッ」とそっぽを向いた。

「何するんだよ!!

 蹴られる憶えは無い、とユウキはジォウにやり返した。

「いて!! 何しやがる!!

 ジォウはユウキを睨む。ユウキは睨み返して言った。

「自分が先に蹴ったんじゃん!」

「そんな強くやってねーよ!」

「やったよ!」

「やってねぇ!」

「やった!!

 言い合っている二人に、メイは自分が原因とは知らずに止めに入る。

「ちょっと、どうしたの?」

 アイも困った顔をして仲裁に入った。

「やめなよ! ジォウってば、くやしいもんだから!」

 図星をさされて、ジォウは顔が赤くなり、言い返す。

「自分だって! ヤキモチやいた顔してたじゃんよ!」

「何でよ! してないもん! いつ?」

 今度はアイも顔を赤くして反論をする。

「コラ!! ケンカは駄目よ!」

 びしっと言ったのは、メイではなく、シスターだった。

 いつの間にかシスターはユウキの後ろに立っている。

 三人はムスッとしながらも言い合いを止めて黙り込んだ。

「島の中心は、ちょうどこの児童園の裏庭の辺りだけど」

 やっと、メイが先程の答えを言った。

「ありがとう!」

 アイはユウキとジォウを引っ張り、玄関に向かった。

 メイとシスターは何の事だか分からず顔を見合わせた。

 

 

 途中でトモを拾い、玄関から外に出たアイは、三人を連れて建物の裏側へ歩き出す。

「どこへ行くつもりだよ?」

 ジォウはまだ少しふくれていた。

「裏庭よ! 島の中心」

 アイの言葉で、ユウキはピンときた。

「そっか、神の石の事」

 心の準備が、ちゃんと出来ていなかったジォウが足を止める。

「ちょっと待ってみそ?」

『みそ』という言葉に、何かアツイものを感じたユウキは機嫌を直した。

「どうしたみそ?」

 間違った使い方をしたユウキに、ジォウは訂正を加える。

「違う違う、みそっていうのはつまり、〜〜《なになに》してみ? とか、語尾に“み”が付いた時とかにだね……」

「ちょっと!! どうでもいいでしょ!! なに、教授になってんの!?

 アイは激怒した。

「いやいや、だってさ、グリーン国で聞こえてた爆発音さ、全然聞こえなくなったと思わねぇ?」

 ジォウは無意味に眼鏡をクイッと上げた。

「それがどうかしたの?」

 アイが突っかかるよう訊く。

「戦争、離れていったんじゃねーの?」

 ――その、まさにジォウが言った矢先、ドォーーーッン!! と、大きな爆発音が聞こえた。

 しかも明らかに近い音だった。

 児童園の方から悲鳴が聞こえた。

 アイは耳を塞ぐ。

「何が『離れた』よ!! 凄く近いよ!」

 ユウキは走り出した。

「急ごう!!

 

 皆で走り、辿り着いた裏庭は、あまり子供が遊ばないので、雑草が沢山生えていた。

「ここであそぶの?」

 呑気なトモを無視して、ユウキは黄色い石と、紫の宝石の付いた指輪を出した。

 その間にも爆発音が響き、ジォウは震えた。

「やっべぇ!! 近くで戦争始まったのか!?

 アイは急いでネックレスを外した。

「ジォウとトモ君も早く!!

 ジォウは思い出したように胸ポケットから赤い宝石の付いたピアスを取り出す。

 トモも一応通じたらしく、青水晶を出す。

「で、どうするんだっけ?」

 微妙に慌てつつ、アイがユウキに促した。

 ユウキは石と指輪を地面の上に置いた。

「とりあえず、同じ場所に置くんじゃない? 全部!」

 そう言われて皆は、ユウキと同じ所に石を集めた。

 

「……で、なんだっけ?」

 聞いてはいけない事を訊くかのようにジォウが言った。

 ……何も起こらない。

「ば、場所が悪いのかな?」

 焦りながらアイが動かそうとした――その時!

  突然地鳴りが響き、地面が揺れ出した。

「じ、地震!!

 アイは地面に手をつく。

「わぁーーーーー〜!」

 トモがユウキに掴まる。

 児童園からも皆の悲鳴が聞こえた。

 

 ……やがて地震は治まり、辺りは静まり返った。

 それはまるで、時が止まったようだった。

 

 

 一方。

 北軍の空行船では……

「博士!! 防御服を着といた方がいい! いよいよ本戦闘に突入する!」

 サムがエリスに言う。

 だが、エリスは別の事に気を取られているようだ。

 エリスはテーブルの上にあるボタンを押した。

 壁が画面に変わった。

 その画面には、海図が映っていた。

 赤い矢印の点滅は現在地。東の方へ動いている。黄色い点滅は神の石の反応。今まで、反応は弱く、微かなものだった。だが、

 ――今は赤い点滅のすぐ近くにハッキリと反応を示している。

「なぜ、急に……こんなはっきりと!?

 エリスは口を押さえた。

(今まで、反応すら起きなかったのに)

 そして、それは南軍も同じという事だった。

 だからこそ、攻撃が始まったのだ。

 

 

 ――その頃。

 ユウキ達は、幻を見ているような感覚に囚われていた。

 とても静かで……いや、確かに爆発音は鳴っている。

 けれど、耳に入らない、という感じだった。

 地震が治まった後、ユウキ達の目の前に、手の平位の赤い光の集合体が宙に浮いていた。

 その光が、大人と同じ高さ位の人型に変わった。

 人の形をした光から、女の人の優しい声が聞こえる。

『アナタ達が、ワタシを呼んだのですね』

「しゃべった!!

 ジォウは驚く。

 

『ワタシはエバー。賢人達の力を管理しているプログラム。……長い眠りから覚めたようです。ワタシに望む事は、なんですか?』

 

 子供達は何も言えなくなった。

(何かに似ている)

 ユウキはそう感じていた。

 ……暖かい風が吹く。木がざわめき、小動物の声が微かに聴こえた。

 目の前の光は、そういう島の感じとよく似ている、そんな気がした。

 だから……

「いつもの島に戻ってほしいよ! 神様の力とか、いらないよ!」

 つい、ユウキの口から出た言葉。

 エバーアイランドが今危険なのは、神の石だから?

 それなら、“封印”ではなく、特別な力が無くなれば……と、思う。

「そうよ!」

 アイが相づちを打った。

「こんなきれいな島に戦争なんて嫌よ! 大人達が神の石の力を欲しがっているなら全部あげちゃえばいいじゃない!」

 ジォウは少し考えてから、ふと疑問を投げかけた。

「全部あげるって、誰に? ……つっか、どこの国に?」

 投げかけておきながら、閃いたように言う。

「あ、そっか! 平等に分ければいいんじゃん!」

 三人は顔を見合わせて、アイが目を輝かせた。

「ジォウ! めずらしく良いこと言うわね! 石の力を世界中にばらまけば……」

 続きをユウキが言う。

「戦争無くなるよ!!

「そしたらママにあえるの?」

 意味も解っていないトモが、皆の雰囲気だけで嬉しそうに言った。

 

 誰も……可能か不可能かも考えなかった。

 望みはただ、平和になってほしいという事だけ。

『……了解しました』

 光はそう伝えてくると、また手の平位の大きさに戻った。

 ――そして空高く舞い、弾けたかと思うと、光の粒が沢山、雨のように降ってきた……。

 四人は、その光景をただ、じっと見ていた。

「わあ!!

 トモがはしゃぎ出す。

「ど……どうなったんだぁ?」

 ジォウが周りを見渡す。

 ユウキも近くから遠くまでを見回した。

 ……光の粒はどこまでも降っていた。

「きれい……!」

 アイが空を見上げた。

 キラキラと輝き、そして段々と消えていく。

 

 

 異変に気付き、児童園の中から皆が出てきた。

 誰もがその美しい光景に見惚れた。

 ユウキは凄く温かい気持ちになった。

 

 

 

 同時刻――

 対戦が始まったばかりの北軍と南軍の動きが止まった。

 光の雨……。

 戦っていた人々は、何故戦っていたのか分からない、そんな気にもさえ感じた。

 奇跡の光はやがて消えたが、その代わり、少し遠くに今まで無かった島が現われた。

 そうして、神の石の反応は消えてしまった。

 

 不思議な光の粒は、その日、世界中に降ったという。

 

 

 *

 

「神の石の力が分散。あの子達が、そうさせたのね。私の目に狂いは無かったわ」

 海底都市グリーン国の竜宮城・VIPルームにて。

 酒の入ったコップを片手にマリンは言った。

 その隣で、アダドは水の入ったコップを持ち、言う。

「……彼女の誘惑は?? 子供だったからか? おかげで、エバー・アイランドがただの島になったようだな。信じられん。……ところで…」

 視線の先には酒の瓶があった。

「俺様にも一口……」

 マリンは無視をして続ける。

「きっと、戦争終わるわね。だって、争う理由が無くなったんだもの」

「どうだかな。一旦は終わるかもしれねーけど」

 ぐいっと水を飲み干して、アダドはコップを「どん!」と置く。

「ぷっはーーー!! 水、うめーーー!! 次はアルコールっぽいものとか、アルコールっぽいもの……要するにアルコール入ってるものが飲みてーなぁ!!

  マリンは「ふふっ」と笑うと、アダドの目の前で、自分の酒を一気に飲み干した。

 

 

 ―――――

 

 

 真っ白な世界。

 真っ白な世界にいるユウキの前に、一人の大人が現れた。

 金色の髪に、灰色の服。三十代後半位の優しそうな顔をしたおじさん。

 おじさんはニッと笑って話し始める。

「元気か? 久しぶりだな! お前さんに会わせたい奴がいるんだよ」

 そう言うと、おっちゃんは消えて、代わりに別の大人が現われた。

 茶色い髪、白い服、三十代前半位の男の人だ。

 とても優しい目をしている。

 ユウキはその人を知っていた。その人の事を呼びたかった。

 けれど、声が出なかった。

「ユウキ……お父さんは、ずっと、お前達を見守っているからな!」

 そう言ってお父さんは、段々と見えなくなった。

 ユウキはしっかり見ようと目を開けた。

 

 

 ――目の前にはシスターがいた。

「おはよう、ユウキ」

(……夢だったんだ)

 ユウキは起き上がると、辺りを見回した。

 いつもの布団、いつもの部屋。

 朝。

 サヨ姉が朝ご飯を作る手伝いをして、リッ君が顔を洗い、トモが服を着替えていた。

 いつもの朝。

 早く着替えて手伝いをしないと、サヨ姉が「私にばっかやらせないでよ!」って怒るんだ。

 

「オレも何か手伝いましょーか?」

 その声にユウキは聞き覚えがあった。

 声の方、食卓を見ると、眼鏡を外したジォウがちゃっかりお誕生日席に座っていた。

「あ、いいの。座ってて!」

 何故かウキウキな感じでサヨ姉が答えた。

 ジォウはユウキに気付く。

「お、やっと起きたか! ユウキ、早く着替えろよ」

 よく見ると、ジォウは半袖水色シャツに、黒いズボンを穿いていた。

「ジォウ……いつもの緑服は?」

「なんで朝っぱらから制服着なきゃなんねーんだよ!」

 ジォウの反論に、確かに、と思う。

 ユウキは黙って、青と白のボーダーシャツと、紺の半ズボンを穿きながら考えた。

(昨日、沢山の光を見た後、どうしたんだろう?)

 それから、ジォウがいるのに、アイが居ない事に気が付いた。

「アイは?」

「アイおねえちゃんは、おそとにいるよ!」

 トモが答えた。

「昨日あの後……」

 思い出そうとするユウキに、シスターが言った。

「ユウキは疲れてたのね。寝ちゃってたからわからないでしょ?」

「皆で外に出たでしょ? その後、北軍と南軍の船が島に降りたのよ」

 サヨ姉の言葉に、ユウキはドキリとした。

(まさか、島が……?)

「なんか、バリアー解けちゃったみたいなんだよ、エバーアイランド」

 ちょうどジォウが言った後、顔を洗い終わったリッ君が部屋に入ってきた。

「何? 何の話?」

「昨日の話」

 サヨ姉の答えに、リッ君は興奮した様子で話した。

「ああ、すごかったよ!! 軍の人達が島に入ってきて、どうなるかと思ったけどさ」

「な!」

 ジォウも相づちを打つ。

 

「休戦!!

 

 二人のハモリに、ユウキは聞き返す。

「休せん?」

 シスターが説明をするように言った。

「戦争を休むって事。島でそういう話し合いをしていたわ」

 ユウキはボーっとした。一瞬理解が出来なかった。

「……戦争が終わったの?」

「バッカだなー! そうじゃねーよ、休戦だって!」

 ジォウの言い方に腹が立ったが、何となく、戦争が終わる……そんな気がした。

 シスターが窓の外を眺める。

「きっと……この島に来て、争いがバカらしくなったのね」

 着替え終わったトモが、いつの間にか席についていた。

「おなかすいたよぉー」

「コラ! ちゃんと顔洗った? 手は? うがいした?」

 サヨ姉がいつも通りお姉さん調に言った。というか、むしろシスターに似た言い方だ。

 シスターがユウキの方を向く。

「アイちゃん呼んできてくれる?」

 ユウキは頷いて外に出た。

 

(どこにいるんだろう?)

 ユウキは家の近くを捜した。

 少し歩いた先の花畑の前にアイは立っていた。

 白いワンピースを着て、黄緑色の長い髪をフワフワとなびかせている。

 ユウキが声をかけようとすると、アイは振り向いた。

「あ……ユウキ」

 ユウキはアイに近付いた。

「シスターが呼んでこいって。朝ごはんだから」

 アイは手を口に当てる。

「私、何も手伝わなかった」

「大丈夫だよ、ジォウだって手伝ってないよ。僕も何もしてない」

 アイはクスッと笑う。

「おはよう。あいさつ、まだしてなかったね」

「おはよう。その服って……」

 ユウキは視線をワンピースに移した。

「サヨちゃんに借りたの」

 そう言われて、前にサヨ姉が着ていた事を思い出した。

「行こう!」

 ユウキは家に戻ろうと、後ろを向いた。

 アイが話しかける。

「私ね、夢だったの。……この島に来るのが……」

 

「……オレも、夢だった」

 アイの後ろから、声が聞こえた。

 二人は振り返る。

 そこには、一人の少年が立っていた。

 アイと同じ髪の色、同じ瞳の色をして、青いローブを着ている。

 ――トラストだった。

「お兄ちゃん……? お兄ちゃん……!!

 アイは駆け寄り、飛び付く。

 トラストは優しくアイを包んだ。

「アイ!」

「良かった! 無事だったんだね!」

 アイの目から涙がこぼれた。

「ああ、アイこそ」

 二人はしばし抱き合った。

「お兄ちゃんはどうしてここに?」

「昨日からいた。昨日は、アイがこの島にいるとは知らなかったけどな」

 トラストはニコッと笑った。

 ……ユウキはもう、トラストを恐く感じなかった。

 

「ホント、夢みたい」

 アイの幸せそうな顔を見守りながら、ユウキは家へと戻り始めた。

 そして、少し羨ましくも思っていた。

 

 

 家に帰ると、皆は既に食事をしていた。

「アイちゃんは?」

 シスターの問いに、ユウキは何と答えようか考えた。

 その時、玄関をノックする音が聞こえた。

「アイちゃんかしら?」

 シスターが玄関に向かった。

 ユウキは手を洗い、椅子に腰掛けようとした。

 すると、シスターが慌てて戻ってきた。

 息を切らしながら喋るシスター。

「ユウキ! トモ! 早く玄関へ!!

「?」

 トモは口をもぐもぐさせながら椅子から降り、ユウキと一緒に玄関へ向かった。

「シスター、どうしたの?」

 リッ君がパンを口に入れながらシスターに訊く。

「ユウキと、トモの……!」

 

 

 玄関には……

 ユウキとトモの目の前に、茶色い髪の女の人が立っていた。

「……!」

 ユウキは心臓が止まりそうになった。

 その人は、紺のスーツを着ていた。

 その人は、とても優しい目をしていた。

 その人は、懐かしい声でユウキとトモの名を呼んだ。

「ユウキ……トモ……」

 ……その人は、紛れも無く、ユウキ達のお母さんだった。

「ママ!!

 トモが駆け寄り、抱きつく!

 トモに先を越されて、一瞬ボーっと立ち尽くすユウキ。

 エリスは二人に向かって両手を広げる。

 それを見て、ユウキも駆け寄った。

「ユウキ!! トモ!!

 エリスは二人を強く抱きしめた。

 母の温もりは、とても温かく、心地良いものだった。

 優しさ、懐かしさ、愛しさ、全ての感情が伝わってきた。

 そして、それが今まで味わえなかった切なさや不安が一気に吹っ飛ぶ気がする。

 

 お母さんだ……!

 会いたかった……!

 声を聞きたかった……!

 触れたかった……!

 お母さんが、今、ここにいる。

 

「ママ、ママ〜!! うえ〜ん!! ママ〜〜〜〜!!

 トモは泣き出し、ユウキも何か言おうとしたが、言葉が見つからずに涙が溢れてきた。

 エリスもまた、嬉しさで涙が止まらなかった。

 ユウキ達の頭を優しく撫でる。

 ユウキは胸がいっぱいで、何も言えなかった。

 やっとの事で、言いたかった言葉を言う。

 

「…………お母さん……!」

 

「お母さん……!」

 続きの言葉が言えない。

「お母さん……!」

 本当はとても寂しかった。

「お母さん……!」

 ずっと会いたかった。

「お母さん……! お母さん……!」

 ずっと、ずっと――

 

 トモは泣きじゃくりながらポケットから紙を出した。

「ママ、ぼくおてがみかいたの。ママにかいたの」

 そう言って手紙を渡す。

 エリスはそれを広げて、ゆっくり読んだ。

【だいすきなママ。

 ぼくはママがだいすきだよ!

 ママにあいたい。

 ママはいま、なにをしているの?

 ママはどこにいるの?

 きっとおにいちゃんも、ママにあいたいとおもうよ。

 ぼく、いいこになるから、はやくいっしょにあそんで?

 おにいちゃんと、さんにんであそびたいよ】

 エリスは口に手を当てる。

 そしてまた二人を抱きしめて言った。

「ごめんね。……ごめんね。……遅くなって……! ……迎えにきたわ……二人とも……!」

「ママ〜〜〜〜!!

「お母さん!! お母さん!!

 寂しかった想いや、捜しても見つからなかった悲しさ、そして、会えた時の嬉しさ、……色々な気持ちが込み上げて、ユウキとトモは沢山泣いた。

 

 部屋では、サヨ姉とリッ君がそれを見て泣いていた。

 ジォウまで貰い泣きをしている。

 ……シスターは涙を浮かべて微笑み、それでもどこか寂しげな顔をした。

 

 

 *

 

 

 ――あれから何ヶ月か過ぎ……

 ユウキの元にアイから手紙が届いた。

『ユウキへ

 お元気ですか? 私はまぁまぁ元気です。

 こうしてユウキに手紙が出せるのも信じられない気持ちでいっぱいです。

 そして、少しさみしいよ。だって、ユウキに会いたいもの。

 あれからユウキはディアンに帰ったね。

 私もリヴァロスに帰ったの。

 信じられない事に、枯れていた水が元に戻ったよ! きっと、神の石の力のキセキだと思った。

 休戦になってから、なんと、行方不明だったパパが帰ってきたの! お兄ちゃんはいまだに、お城つとめだけれど。

 そうそう、この前、ソフィアさんから手紙がきたよ!

 ステキなニュースで、ヒースさんと結こんするとか! すごく幸せそうだったよ。

 いいなぁ、私も大きくなったら、大好きな人のおよめさんになりたい!

 ところで、トモ君はお元気ですか?

 ジォウも元気かな?

 早くみんなに会いたいです。ユウキにお話したいこといっぱいあるから! 絶対あそぼうね!!

 アイより』

 ユウキは皆の事を思い出した。

 手紙を読む限りでは、アイは元気そうだ。

 島の皆は今どこにいるんだろう?

 シスターは……?

 ジォウは、この前うちに遊びにきたんだと、アイに教えてあげよう。

 ジォウの話によると、メイお姉さんは元気そうだ。

 けれど、マリンさんの姿は見ない、だとか。

 あと、リンは元気だろうか?

 その内、お母さんとトモの三人で、皆に会いに行ってみよう。そう思った。

 勿論その時は、ジォウに言って、海中ワープを使わせてもらおう。……ちゃっかりそう考えていた。

 

 ユウキは、トモとお母さんと三人で、北大陸・アース国のディアン町で暮らし始めていた。

 ディアンは一度戦場になり、大きな被害を受けた。

 が、幸い郊外の方はそれ程ではなく、避難した町の人も戻ってきたので、そこで町を復興させている最中だった。

 新しい友達も出来たが、やはり島での想い出は強く心に残る。

 

 ユウキは、大切な何かを沢山学んだ。そう感じていた。

 有り余る力――神の石の力は、大地に根付き、人が歩くのを受け止めているようだった。

 

 

 

 その頃、エバーアイランドでは……

 シスターが、児童園で掃除の手伝いをしていた。

 休戦により、続々と親が迎えにきて、島の子供は半分以下に減っていた。それでも、子供がいなくならないのは、まだ安心出来ていない親がいるからだ。

 それに、今度からは、戦争で親を無くした子等も島に受け入れる事になった。

 裏庭を掃除していたシスターは、綺麗な石が五つ、一箇所に落ちている事に気付く。

(子供達が、宝探しゴッコでもしていたのかしら?)

 そう思いながら、空を見上げた。

 

 ……二羽の青い鳥が空を飛んでいる。

 

 ふと、あの二人の事を想い出した。その矢先、児童園の中から声が聞こえる。

「シスター! 手紙が届いてるわよ! トモ君から!」

 それを聞いて、シスターは急いで中へ入った。

 

 

 

 

 ユウキとトモは、お母さんと共に、ディアンの郊外の静かな墓地に来ていた。

 花を持って、お父さんに挨拶をする為だ。

 お父さんのお墓の上に、花を置き、お祈りをした。

 三人は目をつむり、しばらくたたずむ。

 ユウキは夢の中の言葉を思い出した。

『ずっとお前達を見守っているからな』

 そして空を見た。

 トモもつられて空を見る。

 薄く青い空、白くて長い雲。……二羽の鳥が羽ばたいている。

 青い鳥だ。

 その片方の鳥が、ゆっくりと、こちらへ向かって下りてきた。

「……ベル……?」

 トモが無意識に呟く。

「まさか……」

 ユウキは言った。だって、信じられない。

 エリスも空を見上げる。

「あら、珍しい。幸せの青い鳥かしら」

「ベルだよママ! ぼくのベル!」

 トモが両手を上げた。

 青い鳥――ベルは一回転して、トモの目の前まで来た。

「ベルだ!」

 ユウキも確信した。

 トモは飛び跳ねて喜び、ベルも一緒に周りを飛び回る。

「まぁ!」

 エリスは喜ぶトモを見て微笑んだ。

 ユウキも嬉しくなってそれを眺める。

 

 そして……もう一度空を見上げた。

 気持ちの良い風が通り抜けて、ユウキを幸せな気分にさせた。

(お父さんもきっと笑っている!)

 そう感じていた。









END


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