メシアの剣(06.7.31〜公開・完結06.10.5)

 

登場人物紹介イラスト

【目次】<前編>
皇子の日記より
序章
第一部 第一章 魔物ハンター屋
第一部 第二章 運命の出会い
第一部 第三章 囚われた娘と死者の塔
第一部 第四章 潜入!獅子城
第一部 第五章 メシアの剣
第二部 第一章 神の力
第二部 第二章 謎のアル口調の怪しい男
第二部 第三章 海賊が現れた!
第二部 第四章 侵食の序章


<皇子の日記より>

 

 このうたを、真の英雄に捧げる。

 

 

 

 ああ

 ひとつの

 たった一つのことを願うなら、一体なにを願いましょうか

 愛する人にもう一度会いたいと願いましょうか

 それとも、想いを青い鳥に届けてもらいましょうか

 

 あなたは、こう答えるでしょう

 

 

 

 きっと、また、会えるから

 

 

 

 

 

 

真実は、スコーピオンにあり、

セレスティアにあった。

 

私は、英雄でも、勇者でも無い。

真の英雄は、

 

魔皇となってしまった、あの者だったのだから。

 

 

 

 

 

 私は、英雄を倒してしまった。

 

 

 

 


【序章】

 

 ――大丈夫……きっとまた、巡り会えるから……

 

 

 

 

「――……?」

それはまるで、お告げのように、巫女の耳に聞えた。

若い男の声。切ないような優しいような声。

「誰……?」

巫女は振り返る。

暗い聖堂の中。

射すのは、月の光だけ。

そもそも、男子禁制で、男がいるわけもない。

 

……気のせいか?

 

天井に近い窓から射す、寂しげな月の光を見て、巫女は溜息をついた。

 

 

 

婚約者に選ばれてしまった。

 

 

相手は最高の地位と富。おまけに美男子だ。

噂に聴く性格も申し分なく、行動力に長け、剣の腕も長けているという。

 

一体何の不満があるものか。

不満はない。

恋愛に関しては、そこまで素敵な男性ならば、好きになっていくのだろう。

不安は……

 

このまま、自由のないまま、暮らしていくという未来。

 

(お母様……)

幼き日の母の思い出。それに、……確かに、あったはずの戦争。

今では、まるで夢のような感覚の記憶を辿る巫女。

(忘れなければいけないのかな? それとも……)

 

月の光は消えていく。

雲に隠れてしまったようだ。

 

辺りは真っ暗で、涙を隠すにはちょうどいい。

 

 

 

 


【第一部 第一章 魔物ハンター屋】

 

文明は何度も滅び、また栄える。

人々は常に争いを止めない。

 

ある時、空から『闇』が降りてきたのだという。

 

闇は後に“魔皇”と呼ばれ、人々を恐怖に陥れた。

同時に、世界は変わり、魔物が現れ始めた。

 

 

失われる知恵と、残る知識……

 

 

 

――だが、今から数百年前に、メシアが現れ、自らの命を犠牲にして魔皇を『封印』した。

 

以来、一旦は平和になる世界。

しかし、人々は魔皇の復活を恐れた。

 

 

人々が忘れかけてしまった一番の災いは、自分が、魔物に侵食されてしまう恐怖だ。

 

 

封印の力は既に失われようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 常に争いが起きている世の中で、唯一平和な国があった。

世界の中でも小さな島国、獅子の国。

統制された町に、一見問題は無さそうだ。

 

しかし、現実には貧富の差から都市の中にはスラムが存在していた。

 

そのスラムの片隅に、一軒の家がある。

年老いた男……要するに老人と、若者が四人。全部で、五人で共同生活をしていた。

血の繋がりは全くない。

それでも、ちょっとしたことから知り合って、家族同然に暮らしている。

 

その中の一人、リハクは、一つ年下で十七歳の『コバヤシ』(同じく一緒に暮らしている)と『魔物ハンター屋』を営んでいた。

人々を脅かす魔物退治をして、報酬を貰うという危険な仕事だったが、手っ取り早くお金が入る仕事でもあった。

 

 ちょうど今も、魔物退治の依頼主に会いに行く所だ。

獅子の国の首都で、沢山の建物やらが立派に並ぶ綺麗な都市、『フレイ・レオ』。

その一角にスラムがあるのだが、そんなことは感じさせない街並み。

炎のように赤い瓦の屋根が軒並み連ねていて、他の国にはない独特の雰囲気を漂わせる。

出歩いている者は、立派な服や着物を着ている。

雨も少なくはないこの国で本日は晴天の、少し暑い日だった。

時間帯もちょうど昼を過ぎ、一日の内で一番暑い時間にさしかかろうとしている。

 

「コバヤシ〜!! どこだよ? 道、間違ってない?」

だるそうに歩きながら、コバヤシを小突くリハク。

地図を片手に、キョロキョロするコバヤシ。困ったように茶色い髪をかきあげ、地図と睨めっこしながら家々を見る。

「“三元段”(地区名)って、この辺だよね。でもどれも似たような家でわかんないよ」

対して小突くばっかりで自分も捜そうとしないリハクは重要なことを訊く。

「それよか、依頼主って、若い女だよな?」

彼にとっての一番のポイントだ。

「……。って、ナツメが言ってたよ」

呆れた顔で返すコバヤシ。

『ナツメ』というのは、同じく一緒に暮らしている十五歳の少女だ。魔物ハンター屋の受付をさせている。

リハクはニヤニヤしながら白く染めた髪を後ろで結び直した。……彼なりの気合いだ。

若くて綺麗な娘以外の依頼は受け付けないというのがリハクの(面倒な)こだわりだ。

「お嬢さん、私めにお任せ下さい(リハクのカッコイイ声)」

「ありがとうございます! 素敵な殿方様(リハクの裏声)」

「いいえ。当然ですよ、綺麗なお嬢さん(リハクのカッコイイ声?)」

「私、恋に落ちてしまいそう……(リハクのキモイ裏声)」

念の為のシミュレーションをしているリハクに溜息をつきつつ、目印の赤い獅子の置物を探すコバヤシ。

 

「あっ!」

漸く、発見した頃、リハクのシミュレーションは結婚式当日までの妄想が広がっていた。

「では、誓いの言葉を(リハクのダンディな声)」

要するに、牧師の役も兼ねて一人三役やっていたリハクは「ハッ」と我に返り、急に並び順を代えてくる。

「え? 何? 見つかった? ここ? ここの家?」

古いが立派な家。

赤い獅子の置物を確認してコバヤシが頷くとリハクは顔をキリッとさせてベルを鳴らした。

 

 

 

―――――

 

 

 依頼が終わり、恋人が死んだような顔をして出てくるリハク。

報酬が結構貰えそうだったので、嬉しそうにしていたコバヤシは首を傾げた。

「どうした? リハク」

訊いたのは間違いだ。

「ナツメのやろぉ〜! 帰ったら、成長してきた肉まんを五回くらい揉む刑だ!!

リハクの下品な怒りの答えに、コバヤシは誰かに聞かれなかったか周りを見回した。

「何怒ってんだよ!」

それも訊かなくてもわかることだ。

要するに、依頼主の女性がリハクの好みではなかったということ。

コバヤシは今日だけで何十回目かの溜息をついた。

「はぁ……大体、ナツメにそんなことしたら、イシカワに泣きつかれて、半殺しにされるぞ」

『イシカワ』とは、同じく一緒に住んでいる十九歳の青年だ。

四人の中で一番年上だったので、まとめ役のような存在だった。

しかし、まとめ役といっても、ナツメには異常に甘くて過保護だった。

怒ったイシカワを思い浮かべ、苦い顔になったリハクは、ふとコバヤシにつっこむ。

「お前、溜息つきすぎ! 知ってるか? 溜息ついた分幸せが逃げるって」

「……」

もう一度つくのをやめ、返すコバヤシ。

「溜息じゃない。口癖だよ」

 

「……。そっか。幸せ、逃げる程ねーもんなぁ〜」

 

依頼主の長話のせいで、既に夕方になっていた。

町は夕日と同じ色に染まり、平和そのものだ。

家路を急ぐ人々を見ながら、自分達もスラムの寂れた家に向かうとする。

夕焼けを見ながら歩くリハクの後ろを歩きながらコバヤシは、

(……そうでもないよ。少なくてもオレは、今のまんまでも結構幸せだよ)

恥ずかしくて絶対口に出さない言葉を心の中で呟いた。

 

 

 ……………

 

 

黒くて大きい怪物が……

 

一緒に遊んでいた女の子、ワツジちゃんを包み込んだ。

 

一瞬だった。

 

一瞬で足も動かない。

声も出ない。

ただ、わけがわからなくて……

体が震えるだけで……

 

近付いてきた怪物に、

叫びながら「どっかいけ!」

と手を向けた。

 

それだけだ。

 

それだけのはずだった。

 

 

自分の手から、炎のようなものが出た。

 

 

怪物は消えたんだけど、

今度は自分が怪物扱いをされた。

 

手から出したのは、『魔術』だ、と。

魔術は魔物しか使えないものだ、と。

 

危険な子供は殺せ、と。

 

 

「やめて!! リハクを殺さないで!!

そう言ったのは母。

 

 

 

 

でもお母さん……

 

 

 

 

……聞きたかった言葉は、…………そんな言葉じゃない。―――――

 

 

 

 

「――!!

暗い部屋で、リハクは目を覚ました。

汗を凄く掻いている。息を切らしてしまう。落ち着くまで、少し時間がかかりそうだ。

深呼吸をしながら、思い出す。

 

……たまに見る悪夢。

過去の記憶。

 

あと他に自分が憶えているのは……

武器屋の息子、ヒグチが――ワツジちゃんのお兄さんのヒグチ兄さんが、自分には大きすぎる剣を託してきたこと。

「俺には殺せない。逃げろ」

と言ってきて。

 

まだ八歳だった。まだ八歳で、剣一つ抱えて村から逃げるのはまず無理だ。

それでも、運良く、変わり者のおじいさんに拾われて……

まだ、こうして生きている。

 

ここは、都市のスラムの片隅の家。

血の繋がっていない五人で家族同然に暮らしている。

狭い部屋の狭いベッドで寝ていた自分。

 

今は夜中だ。皆はまだ寝ている。

「なんで、あの時の夢、何度も見ちまうんだろーな」

リハクは呟いて、ガラクタのように無作法に置いてある剣を眺めた。

十年前に貰った剣。

あの時はでかすぎたが、今ではちょうどいい位か?

でも、使いたくないので、使ったことはない。

――剣は、刃がガラスのように透き通り、少なくとも今まで見たこともない珍しい剣。

宝石が埋め込まれ、読めない文字が刻まれ、凄く高価そうだ。

売れば高値で売れるか?

ただ、自分への戒めか、よくわからないけれど、売らずに今でも取っておいている。

 

名を、マケン・なんとか?というのだという。

怪物が現れる前、近所の武器屋に住んでいたワツジという女の子に見せてもらった。

ワツジは、「マケン・ナントカ」だと言っていた。

幼かったので、多分名前は間違っているだろうが。

その立派さは、「名のある剣」には間違いなさそうだ。

 

……とまぁ、剣をぼんやり眺めていても、昔を思い出して嫌な気分になるだけなので、リハクは布団を被ってもう一度眠ることにした。願わくは、悪夢の続きは見たくないと思いながら……。

 

 

―――――

 

「リッハクぅ〜〜〜〜!!

可愛い女の子の声で、リハクは起こされた。

昨晩は夜中に起きてしまったが、もう朝らしい。

いつもの狭くてボロい部屋。子供の頃はそこまで狭くも感じなかったが、つい笑ってしまいそうな程狭くてボロい。

目を覚まして、一番に覗き込んできたのは、家の紅一点(?)ナツメだ。

オレンジに近い茶色の髪。どちらかというとショートヘアで子供っぽい。顔は可愛いのだが、十五歳にしては子供っぽい。

それでも、家事全般を担当してくれている、頼もしい妹のような存在だ。

体の方は最近漸く成長してきたようで、今後が楽しみだ。

「ボーっとしてないでよ! 早く起きなさい!!

ナツメは眠くてボーっとしているリハクの頬を抓ってきた。

これまた予想よりも痛い。

「いって〜!! ツネるな!! 仕返しに乳揉むぞ!!

軽い気持ちで威嚇したつもりだったのだが、ナツメは顔を赤くし、泣きそうになりながら後ろにいた青年に訴えた。

「え〜ん、イシカワ〜!! リハクがスケベなこと言うよ〜!!

訴えられた青年は十九歳のイシカワだ。黒髪で眼鏡を掛けていて、頭が良く、普段はどちらかというとクールなのだが、ナツメに対してとんでもなく甘い。

更に怒ると暴力的でしかも強いという厄介な相手だった。

「リハク……お前なぁ〜」

リハクが言い訳をする前に、胸座を掴んでくるイシカワ。

慌ててリハクは「抑えろ」という風に手を向けた。

「ばか! ただの言葉のアヤ(?)だよ! っつーか、コミュニケーションってやつ? スケベとか、久しぶりに聞いたから!! ナツメみたいな発展途上、全然興味ないし!」

!! わぁあ〜〜〜〜〜!!

言い訳かと思いきや、貶されて、益々泣き出すナツメ。

それを見て、イシカワは拳に力を込めた。

 

「うっさいっ!! 朝からうるさいよ!!

止めたのはコバヤシだ。

耳を押さえ、呆れた目で三人を見る。

「ナツメも、嘘泣きすんなよな!」

「嘘泣きじゃないもん!!

「そうだぞ、いくら発展途上のナツメでも、そんなことしないぞ!」

「わぁあ〜!! イシカワまでいじめた〜!!

 

もはや、誰が何を言っているのかわからない状態を、のんびりとお茶をすすりながら見る老人がいた。家主(?)である変わり者のじいさまだ。

五人は、貧乏ながらも平和に毎日を過ごしていた。

 

そして、今日もいつもと同じだと、思っていた。

 

 

 

 


【第一部 第二章 運命の出会い】

 

 昨日の魔物退治の依頼。

依頼場所は町の外れの墓地だ。

ここ最近、墓地に幽霊ならまだしも、魔物が出るようになってしまったらしく、墓参りもまともに出来ないのだという。

その魔物は巨大な蜘蛛のようだと聞く。

 

「んじゃ、ちゃっちゃと済ませてくるべーか」

リハクとコバヤシは朝ご飯の肉まんを口に頬張り、剣を担いで家を出て行った。

 

墓地までは然程遠くは無い。

絶好の魔物退治日和(?)

廃墟やボロい建物、相変わらずの寂れたスラムの街並みでもいい天気の日はいいものだ。

薄汚れた空気でも少しはまともに感じる。

少し離れた場所では、筋肉男・エド率いるジェットホース団と頭脳派美男子・毛(もう)君率いるレッド・シャーク団の縄張り争いが続いていたが、いつものことなので、気にもならなかった。

また別の場所ではマゲ組(髪型をマゲにして楽しむ会……要するに暇人)と反マゲ組(断じてアンチマゲ……要するに暇人)の抗争が行われていたが、要するにどうでもいい。

リハクとコバヤシはいつも通りの荒んだ光景を目にしながらのんびりと歩いていった。

 

 

 漸く墓地に着く二人。

昼間でいい天気の日なのに何となく薄気味悪い感じに、コバヤシはリハクの服を掴んでビクビクしながら周りを見回した。

コバヤシは実は幽霊系が苦手なのだ。

普段なら墓参りの者等がチラホラいるはずなのだが、魔物が出るという噂から、最近は全く人が近寄ってはいなかった。

ザワザワと枯れた木が揺らめき、静かな一帯に響くカラスの鳴き声が奇妙で、また魔物でないものが出そうな雰囲気を盛り上げていた。

「誰もいないね」

後ろを(なんとなく)警戒しつつ、歩くコバヤシ。

どちらかというと、早く魔物が出てきてほしい気分だ。

「あれ?」

急に立ち止まり、リハクは前方を指差した。

「女がいるぞ! 赤い着物…」

「わぁあああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

耳を塞ぐコバヤシ。

「やめろよ! まじで! 冗談やめて!!

 

「いや、冗談じゃなくて」

リハクはコバヤシに落ち着くようにと、もう一度前方を指す。

その先には……

赤い着物の黒髪の娘が確かにいて、こちらに向かって歩いてくるようだ。

近くに見えてくると共にリハクは息を呑んだ。

年齢は同じ位だろうか。

黒い髪を一つに束ねてアップしていて、着物かと思った服は裾が膝くらいまでしかなく、布の境目からは太股がチラ見できそうで色っぽい。ナイスバディではないが、まぁまぁだ。

それよりも、顔が……リハクの好みそのものだった。

(運命の出会いかもしんね〜!)

リハクは服を掴むコバヤシの手を離させ、髪を結びなおし(気合い)、もぐりのウォーキングスタイリストに習ったカッコイイ歩き方とポーズを決めながら娘に近付いて顔を引き締めた。

「こんにちは、お嬢さん。こんな所に一人でどうしたんですか?」

いきなり(怪しく)話しかけられ、不審そうな顔をする娘。

「は? だれ?」

リハクはカッコイイ(と自分で思っている)顔と声で大胆な発言をした。

「貴女の、将来のパートナーになる男です」

明らかに不審者だ。

「……」

娘は軽く睨みつけてから無視して通り過ぎようとした。

「ちょっと! 待ってよ、お嬢さん!」

慌てて、引き止めようと腕を掴むリハク。

娘は振り返って振り払おうとした。

「何?! ちょっと!! なんなんだよ! 変態!!

「へ、変態?」

失礼な! と手を離すリハク。

「そんなこと、誰にも言われたことね〜…」

「オレはたまに言ってるけど」

裏切るようにコバヤシがつっこんできた。

「ナツメも言ってるよね。勿論イシカワも。あとは…」

「コバヤシ、てめ〜……お婿にいけない体にしてやろーか?」

!? ちょ…」

ふざけている場合ではない、とコバヤシは胸座を掴んでくるリハクの後ろを指差した。

「リハク〜〜〜!! うしろ!! うしろ!!

大きな影が二人を覆う。

(リハクの)後ろには、人よりも大きな蛇……つまり魔物が捕食体勢で迫っていた。

!?

慌てて剣を抜こうとするリハクとコバヤシだったが、間に合わず…

 

『神の結晶により、力を手に入れてしまった愚かな者よ! 力を地に還し、奪われた心を己に戻したまえ!!

 

 

大蛇の後ろから声が聞こえた。

 

娘が両手を蛇に構えている。

その手から、白い光が出てきて―――大蛇を包み込んだ!

 

「な……なんだ、それ??

驚き、口をポカンと開けて見るリハクとコバヤシ。

 

包み込んだ光が消えると同時に、大蛇は少し小さくなり、大人しくなって去って行った。

「……ふぅ」

娘は構えていた手を下ろし、二人を一瞥してから去っていこうとした。

それを引き止めるリハク。

「何今の?? お前何者?? なんなの?」

娘は面倒臭そうに腰に手を置いた。

「……。“お前”じゃない、ヨサノだ。封印術士だよ。ここに出る魔物を退治してくれって、頼まれた」

「え? オレらも頼まれたんだけど」

コバヤシが言うと、ヨサノは軽蔑するような目で見てきた。

「魔物退治を頼まれたって……もしかして、スラムの悪徳商売人?」

「あ、悪徳〜〜!? 魔物ハンター屋だ!」

二人同時に反論すると、それでも不審な目で見てくるヨサノ。

「魔物を退治する代わりに、多額の請求をするって噂だけど。しかも、退治しないで嘘ついて帰ってくる時もあるって。おまけにセクハラな要求もされるって」

最後の言葉には、明らかにリハクの方を向く。

コバヤシが弁解するように言った。

「そんなのデマだよ! 確かにお金は貰うけど、それは交渉だし、魔物もちゃんと退治する! セクハラな要求は……本当だけど、オレがいつもリハクを止めてるし」

「セクハラぁ〜? 心外な!!

自分がなんだか悪者にされているようで、ムスッとするリハク。

 

「とにかく!」ヨサノは貶すように笑った。

「アンタ達が腰抜かしてる間に、私が術をかけて追い払ったから、残念ながら、報奨金は貰えないね」

腰を抜かしていたわけではないが。

言い方に腹を立てて返すコバヤシ。

「追い払っただけじゃ駄目だよ! また来るじゃないか!」

対して、キッと睨みつけるヨサノ。

「封印術をかけたんだよ! 当分は来ない。もしかしたら普通の蛇に戻るかもしれない」

言いながら去っていった。

 

リハクは首を傾げる。

「ってか、そもそも『封印術』ってなんだ?」

「封印術って……よくわかんないけど、使える人はこの世に一人しかいないって聞いたことあるよ? どっかの巫女だとか」

コバヤシの何となくの知識。

「え?? あのアマがその巫女?」

「あの“アマ”って、……リハク、ナンパしてたじゃん?」

 

リハクは首を振った。

「顔は可愛いけど、性格が可愛くない女、オレ駄目!」

「……」

(顔が良ければそれでいいのかと思ってたよ)

思ったことは心の中に秘めておくコバヤシ。それにしても……と思い出す。

「でもさ、頼まれた魔物って、蛇じゃなかったよね?」

 

……その答えは、すぐに判ることになる。

 

 

「わぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

 

女性の悲鳴が聞えた。

女性というか、もしかしたら……先程のヨサノの。

リハクとコバヤシは顔を見合わせてから悲鳴が聞えた方へ向かって走った。

 

 

 リハクとコバヤシが向かった先には……

 

ヨサノが、座り込んでただ一点だけを見つめていた。

震えて立てないでいるようだ。

そのヨサノの前には、巨大な蜘蛛。黒くて、人よりも大きくて、グロい。

――まさしく、魔物だ。

この墓地に現れるから退治してほしいと言われた蜘蛛だった。

 

「く、クモ……!! クモだったなんて、聞いてない」

声を震わすヨサノ。

「なーんだ、お前、クモ駄目なの?」

ニヤニヤしながらリハクが近付く。

気付いて、ヨサノは顔を赤くした。

「うるさい!!

 

リハクとコバヤシは、ヨサノを守るように蜘蛛の前に立ちはだかった。

そして、二人共剣を抜いて構える。

「やっぱ間近で見ると気味悪ぃな」

軽く身震いをし、巨大蜘蛛に向かうリハク。

素早く剣を斬り付けた。

 

蝙蝠が鳴くような、呻き声(?)を上げる蜘蛛。

リハクの剣は胴体の一部に刺さり、黄色い液体が少し出ただけだ。

蜘蛛は怒ったようにリハクに突進していった。

それは尋常じゃない速さだ。

「うぉおおお!?

必死で避けるリハク。

蜘蛛がリハクに向かっている隙に、コバヤシは後ろから渾身の一撃で蜘蛛の胴体に斬り付けた。

――黄色い液体が飛び散る。

多分体液だ。コバヤシはそれがかかって気持ち悪そうにする。

一方、痛がるように暴れ始めた蜘蛛に剣を投げつけるリハク。

 

それがうまく胴体に突き刺さり、蜘蛛はバタリと静かになった。

 

「ナーイスコントロールゥ〜!」

自分で言ってリハクは拳を上げた。

周りを見ると、多少荒らされてしまったお墓達。

蜘蛛が暴れた為に上がった砂埃に咳き込みながら、コバヤシは必死にお墓に向かって手を合わせていた。

「ごめんなさい。悪いのは蜘蛛です。後で直してもらうんで、化けて出ないで!」

 

二人の様子を見て、未だ立てないでいるヨサノは驚く。

(なんでこいつら、こんなに強いの?)

強いというより、魔物との戦い慣れをしているリハク達。伊達に魔物ハンター屋を名乗っているわけではない。

そんなヨサノの前に、リハクがニヤリとしてやってきた。そして手を差し出す。

「立たせてやろ〜か? お嬢さん。それとも、おんぶする?」

!!

手を払い除けるヨサノ。しかし、次の瞬間、「ハッ」とした顔をして、叫んだ。

「まだ!! 生きてる!!

「え?」

振り返ると同時に、近くにいたコバヤシが悲鳴を上げる。

「う…わぁ〜〜〜〜〜!!

なんと、先程静かになったはずの蜘蛛は糸を出し、コバヤシを縛ってしまった。

縛られて動けなくなって倒れるコバヤシ。

必死で抜けようとしても抜けない。

「コバヤシ!!

リハクは慌てて剣を構えようとしたが、剣は蜘蛛の胴体に刺さったままだ。

「やっべ……」

言った矢先に、リハクにも糸が伸びてきて、すぐに縛られてしまった。

「うぉおおおお!?

全身ぐるぐる巻きにされ、地面に倒れるリハク。

 

蜘蛛は、コバヤシとリハクを無視して、体液を出しながらヨサノに向かってきた。

 

!! ……!! ああっ! あああ……!」

恐怖にひきつった声を出すヨサノ。

顔を青くして、気絶しそうになりながら、震える手を蜘蛛に向ける。

 

『か、神のけけけ……結晶により……っ…結晶に、より…力……』

 

どもりながらも封印術を唱えようとした。

しかし、時既に遅し。

蜘蛛は大きな体でヨサノを踏み潰そうとしたのだ。

 

 

 

「――!!

 

ヨサノは目を瞑り、もう駄目だと思った。

コバヤシも、ヨサノを助けようともがいたが、糸は切れるどころか緩まることもしない。

それは、リハクも同じで……

 

 

けれど、リハクは無意識に、“あの力”を使おうとしていた。

 

 

 

“いいのか? また同じ過ちを、おかすのか?”

使う直前にもう一人の自分に警告を受けたような気がしたが、

 

「うっっるせーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

 

リハクの叫びと共に、炎が巻き起こり、巨大な蜘蛛を燃やす。

見事焼き尽くされた蜘蛛は黒焦げになり、体中から煙が出て、動かなくなった。

そして、炭になってボロボロに崩れる。

刺さっていた剣だけが、少し焦げながらも残って、地面に転がった。

 

それは、信じられない光景だった。

少なくとも、ヨサノや……コバヤシにとっても。

 

魔物はたまに口や体から、炎や雷等を出す。

それは、『魔術』と呼ばれ、恐れられていた。

少なくとも、人が使えるものではない。

 

リハクが今出したものは、魔術としか思えなかった。

 

 

――暫く呆然としていたが、ヨサノは漸く落ち着いて、袖に隠し持っていたナイフでリハクとコバヤシに巻きついた糸を切る。

ただ無言で、糸を切った後、立ち上がった二人にボソッと一言だけ呟いた。

「……助けてくれて、どうもありがとう」

そうして、リハクの目を見ぬまま、また、炎のことは聞かぬまま、静かに去って行った。

 

 ヨサノが去ってから、落ちた剣を拾うリハク。コバヤシの方は向かずに軽く笑いながら言った。

「……驚いただろ? オレが『魔術』を使って」

「……」

コバヤシは何も言えずに俯いた。

けれど、暫く経ってから明るく言う。

「リハク、すっげ〜じゃん!“魔法”なんて!」

「……まほう?」

「うん! 魔法!」

続けるコバヤシ。

「オレ、昔なんかの本で読んだことあるんだ!『大昔の人は“魔法”が使えた』って。だから、リハクのさっきのも魔法なんだよ!」

「魔法……」

リハクは一見納得いかなそうな顔をしたが、それでも、少し気が軽くなったような表情をした。

「……そっか。魔法、か。そうなのか? よくわかんねーけど」

コバヤシになら、と今まで誰にも話さなかった過去を話す。

 

 

「オレは昔、近所に住んでた女の子と遊んでた時にさ、突然魔物が現れて……」

――その時に初めて、手から炎を出したこと。

そのせいで、村人からは魔術を出した子――“魔物の子”として殺されそうになったこと。

女の子の兄に剣を託されて村から逃げさせられたこと。

「……そん時に、じじいと会って、引き取られたんだけどさ」

それが、今のスラムに住むようになったきっかけ。

 

 

コバヤシは黙って話を聞いていた。

リハク達は長い間一緒に住んでいながら、誰も過去を話したことが無かった。

だから、コバヤシにとって、初めて聞いたリハクの悲しい過去話だった。

十年前の話。

あれ以来、魔術と思われる術は使わなかったわけだし、託された剣も使わなかった。

リハク自身にも、何故あんな力が使えるのかがわからない。

魔物が使う、魔術だと思っていた。

けれど、もし、コバヤシの言う、大昔の人間が使っていた魔法だったのならば……

「魔法使えるって、オレ凄くね?」

どちらなのかはわからないが。おどけるようにリハクは言ってみた。

剣を担いでコバヤシは微笑む。

「じゃ、まず一旦帰ろーぜ! 報酬は後で貰いに行こうよ」

 

墓地を後にする二人。

 

家では、大変なことが起きているとは、この時は全く予想も出来なかった。

 

 

 

 


【第一部 第三章 囚われた娘と死者の塔】

 

 スラムの家に着いた時、リハク達は愕然とした。

部屋の中が(元々荒れているが)荒らされていたし、イシカワとじじいが倒れていて、ナツメの姿がない。しかも、妙な煙まで漂っているしまつ。

「おい! イシカワ!!

「じいちゃん!!

リハクはイシカワに、コバヤシはじじいに駆け寄った。

そして二人を起こす。

「イシカワ!! しっかりしろ!! イシカワ!!

「じいちゃん!! 目を開けて!! 死ぬな!! じいちゃん!!

 

「……うっ……」

暫く擦ると、イシカワが目を開けた。

「……ナ……ナツメ……!!

 

「どうしたんだ!? ナツメは? 何があった!?

とりあえず、リハクはイシカワを起き上がらせ、じじいの呼吸を確認したコバヤシは急いでじじいをベッドに寝かせた。

ふらふらしながら立ち上がったイシカワは、悔しそうに壁を「ダンッ!」と叩く。

「ナツメ!! くっそ!! 俺がいながら……!」

まずは落ち着かせた方が良さそうだ。

リハクが椅子に誘導し、コバヤシはコップに水を入れて持ってくる。

……椅子に座り、水を一口飲んだイシカワは嘆くように言った。

「……すまない。ナツメが……攫われた!」

「ええ!?

驚く二人。

イシカワは経緯を話す。

「……突然、家に兵士が沢山入ってきた。奴らは、『リハクは誰だ?』と訊いてきた」

「……え? オレ……?」

何故自分が? と、疑問を抱くリハク。答えるようにイシカワは続ける。

「俺が『リハクはいない』と答えると、今度は『リハクの持つ剣を出せ!』と言ってきた」

「剣……って……」

リハクは今自分が持っている剣を見る。……あるいは……と、ガラクタのように置いてある剣を見た。……十年前に託された剣。

人が欲しがるならば、多分そちらだ。

誰が見ても高価そうな見た目。よく、兵士達に見つからなかったと、置いてあるのを確認して思った。

その時……

「……リハ……ク……」

ベッドで寝ているじじいが目を覚ました。

「じじい!」

「じいさん!」

「じいちゃん!」

三人が同時に反応する。

リハクはベッドに駆け寄った。

じじいは静かに言う。

「……わしが……リハクのあの剣を隠した……。だから、奴らに見つからなかった。……奴らはリハクが装備していると思ったようだった……」

普段じじいは衰弱したふりなどをして、リハク達を困らせていたが、今回ばかりは本当に苦しそうだ。

「それで、なんでナツメが……! なんでじじい達がこんな目に……!」

リハクの問いには、イシカワが答えた。

「奴らは、『今日の夕方に“死者の塔”の入口で待つから、剣をもってこい』とリハクに伝えろと言ってきた。……娘はそれまで人質だ、と……」

!! それでナツメを……!」

青褪めるコバヤシ。

イシカワはテーブルを「ドンッ!」と殴った。

「……! 俺は! すぐにナツメを助けようとしたんだが……!」

続きを、じじいが言う。

「変なガスを撒かれて、このザマよ。すまん、リハク……コバヤシ……!」

 

「……」

リハクは黙って『剣』を取る。

この剣が、なんなのかは知らない。けれど……

「……価値のあるもんだったのか……どーでもいいけど。こんなもん、くれてやるっつーの!」

大事なのはナツメの方だ。

「夕方だったら、今から行けば間に合うよな」

出て行こうとするリハクにコバヤシが駆け寄った。

「オレも行くよ! 別に、リハク一人で来いとは言ってなかったんだろ?」

当然、というようにイシカワも立つ。

「俺も行く。ナツメを助けたい」

「わしもじゃ!」

じじいも立とうとしたが、さすがにそれは止めた。

「じじいは、寝てろ! そんなんで死者の塔に行ったら、多分、死んで塔を昇ることになんぞ?」

「……寂しいのぅ……ゴホゴホッ」

得意の病弱のフリをして、じじいは眠りに入った。

ともあれ、心配だ。

「誰かじじいの看病しなきゃ駄目じゃね? コバヤシ、やっぱお前残れよ」

「嫌だよ! オレはリハクの相棒だよ?」

断固として断るコバヤシにリハクは溜息をついてイシカワを見た。

「じゃあイシカワ。ナツメはオレらが助けてくっからよ、じじい看ててよ」

イシカワは首を振る。

「俺の仲間をよこす」

 

 

BOSS! オレに任せてくれ!」

ザコのようなニンジャのような男が、イシカワに呼ばれて家に入ってきた。

「ああ、頼んだ、ダガー」

当たり前のように男の肩を叩き、イシカワはリハク達と出て行った。

それよりも……

(ボスって、言われてなかったか……?)

リハクとコバヤシはそっちの疑問で頭がいっぱいだ。

ダガーと呼ばれた男は確か、レッド・シャーク団のメンバーだったはず(疎覚えの記憶)。

(レッド・シャーク団のリーダーは毛君じゃないのか……?)

そもそも、イシカワはいつの間にストリートキッズのボスになったのだろうか……?

訊いてみようか? とリハクは口を開く。

「なぁ……イシカワ……」

「早く、ナツメを助けにいくぞ!」

平然と促すイシカワに、リハクもコバヤシも、訊くタイミングを失ってしまった。

 

 

 

 ――死者の塔。

フレイ・レオの町から少し離れた場所に、ポツンと遺跡の塔が建つ。

大昔、死者が天に昇っていけるようにと建てられた塔らしいが、今は殆ど壊れていて、昇ることは出来ない。入ったとしても、魔物が巣食っているのだという噂から、誰も近付かない場所だ。

どちらかというと、荒地のその場所に、人よりも魔物の方が現れそうな雰囲気がある。

 

三人が到着した頃、夕日は沈むついでに辺りをオレンジ色に染め、ちょうど“夕方”といった感じだった。

「……どうして、人は、天を目指したりするんだろう……?」

ふと、塔を見上げ、コバヤシが言う。

死者は、天に昇る。

では、天とは一体なんなのか……?

「それより、奴らは……ナツメはどこにいる……?」

塔の周りを見回すイシカワ。

すると、入口の裏側から数名の兵士が出てきた。

更にその後ろから立派な服を着た男と、女の子が歩いてきた。――ナツメだ。

「ナツメ!!

思いっきり呼ぶイシカワ。

ナツメは特に縛られたり等はしていないようだ。

「イシカワ!! リハク! コバヤシ!!

三人を見て、駆け寄ろうと走り出す。

「おい! コラ!」

兵士の一人が、ナツメを引き止めようとしたが、立派な服を着た男が「行かせてやれ」と首を振る。

 

「わぁ〜〜〜〜ん!!

イシカワに抱きつくナツメ。

イシカワは「良かった」とナツメを抱きしめた。

人質にされたはず……。何故、剣を渡してもいないのに、解放されたのか?

疑問に思うリハクの前に、立派な服を着た男が立った。

見るからに高貴そうな若い男。茶色い髪に、整った顔立ち。年は二十歳くらいだろうか? マントがよく似合い、明らかに女性にモテそうだ。

「……人質交渉をする気はなかった。すまない」

羨ましく感じるカッコイイ声で、男は言う。

「すまない」と言った男に、兵士の中の一番偉そうな年配の男が慌てて間に入った。

「皇子! こんな下賤な者に謝るなど、おやめ下さい!!

「……おうじ……?」

聞き捨てならない言葉があったと、疑問に思うリハク達の前でその兵士は踏ん反り返り、怒鳴ってきた。

「貴様ら!! この御方を何方と心得る!? 頭が高い、控えろ〜!!

「は……はあ?」

よくわからなくて戸惑うリハク達。

皇子と呼ばれた男は、兵士の肩を掴んだ。

「アクタガワ将軍! 止せ! このままでいい。悪かったのは我々なのだから、謝って当然だ」

アクタガワ将軍と呼ばれた兵士は、すぐに跪き、後ろに下がる。何だか腑に落ちない顔をこちらに向けながら。

 

「……皇子……?」

じっと若者を見つめるイシカワに、ナツメが言った。

「そうだよ! この人皇子様なんだよ!」

「……!!

そういえばこの顔は、と慌て出すイシカワ。

コバヤシもリハクの後ろに下がった。

リハクはずっとスラムで暮らしていた為に、国の皇子の顔など全く知らない。

それでも、目の前にいるのが皇子だという現状に、混乱した。

「は? なんで皇子がこんなとこにいんの?」

言われてみれば、オーラは皇子そのものだ。

 

「『真剣・メシア』を捜すように命じたのだが、まさか兵士が人質を連れてくるとは思わなくてな。その者達には厳重な処分を与えたが……」

皇子の話を聞いて、そういえば今いる兵士らはナツメを攫った奴らとは違うと気付くイシカワ。

ナツメも嬉しそうに話す。

「私、皇子様に助けられたんだよ♪」

 

「……シンケンメシア……?」

リハクは皇子の言った言葉を繰り返す。

皇子はリハクの持つ剣をじっと見ていた。そして今度はリハクに微笑みかける。

「キミが……リハク、君か?」

「なんでオレの名前……それに、なんでオレが剣を持ってること……」

「ヒグチが、『昔、リハクという少年に渡した』と……」

懐かしい名前が出てきた。

「なんで、ヒグチを……!?

「ヒグチは、私の部下だが……」

皇子の言葉に、納得するリハク。

「……随分と、出世したんだな……」

ヒグチは、リハクに剣を託した青年(当時は少年)だ。元々、近所に住んでいた女の子、ワツジの兄で、武器屋の息子だったはずだ。

殺されそうになった自分を逃がしてくれた少年のはずだが、リハクは村の人を皆恨んでいた為、ヒグチも同罪だと思っていた。

「……。この剣が、『シンケンメシア?』」

剣を掲げ、まじまじと見るリハク。

ワツジには、『マケン・ナントカ』と教わっていたが……。

 

「真(まこと)の剣と書く。メシアというのは、昔、世界を救ったメシアが持っていたからその名がつけられたのだという」

 

皇子の説明に、そんな凄い剣だったのかと、びっくりするリハク。

「でもそんなんどうしてヒグチの家なんかに……いくら武器屋だからって」

皇子は「ふぅ」と息をついてから話した。

「元々その剣は、巫女の村に保管されていたのだが、ある日盗賊に盗まれてしまったそうなのだ。それで、価値もわからぬ盗賊に売られたのだろう……」

盗賊が武器屋に売って、武器屋の息子がリハクに渡してきた……

「成る程」と納得するリハク。

「でもなんで今更捜したんだ?」

質問には間を置いてから皇子はきっぱりと答えた。

「婚約者に、『盗まれたものを取り返した』と渡す為だ」

そこまで聞いて、リハクは剣を皇子に投げ渡した。

!?

一瞬びっくりしたが、受け取る皇子。

ナツメは皇子とリハクを交互に見た。

「リハク! どうして剣あげちゃうの? それってリハクの剣なんでしょ?」

「別に……」

平然と話すリハク。

「なんか、元々はこいつらのもんみたいだし、オレは貰っただけだから……使ってなかったし。それに、またこんなもんでめんどーなことになるのは嫌だからな」

「リハク……」

一同はリハクを見る。ただ、アクタガワ将軍だけは、怒り出した。

「貴様〜! 皇子に向かって“こいつら”とは……! 言語道断!!

それを抑える皇子。

「アクタガワ!」

「しかし皇子……!」

「剣は戻ってきた。城に帰るぞ!」

命令する皇子。

 

「ハッ!」

アクタガワ将軍は渋々従って他の兵士達をまとめた。

 

その間に皇子は密かにリハク達に話す。

「アクタガワは頼れる部下だが、少々固すぎるのが玉に瑕でな」

どうやらそうらしい……。何となく想像出来て、リハク達は笑った。

それに引き換え、皇子は偉そうではなく、とても話やすい。

そういえば、この国で人気があるのだが、何となく納得出来る。

皇子はリハク達の方をザッと見て、思いついたように言ってきた。

「何だか、もう少しキミらと話がしたい気分だな。良ければ近い内にでも……」

「え……?」

思わぬ言動に、皆唖然とする。

ナツメは目を輝かせた。

「皇子様……! それって……」

「そういえば……」と皇子はコバヤシの前に行く。

 

「な、なんですか……?」

 

皇子はコバヤシの顔をじっと見てから首を傾げた。

「君は、知り合いによく似ている……気がする。……知り合いといっても、最近は全然会ってはいないのだが……」

「……え……?」

コバヤシが戸惑ったところで、リハク達と会話をしている皇子に気付いたアクタガワ将軍が、慌てて引き止めてくる。

「皇子! そのような者達の話を聞いても仕方ありません!! 行きますぞ!!

「……」

苦笑して、皇子は去っていった。兵士達も皇子を守るように歩き出す。

残されたリハク達は暫く突っ立っていた。

 

もう、辺りはすっかり暗くなってしまった。

夜は魔物が出やすいし、凶暴なので、早々に帰った方がいい。

ナツメは残念そうな声を上げた。

「皇子様さぁ、私達をお城に招待しようとしてくれてたのかな……?」

「まさか」

コバヤシが言う。

皇子のことを考えているナツメを見て、微妙な顔つきをしているイシカワに気付き、リハクは面白そうに訊いた。

「なんだよ、ナツメ! 皇子が美形だったから惚れたか?」

「え……?」

慌ててイシカワの方を見るナツメ。

「違うよ! いい人そうだったから……」

イシカワはあまり反応せずに「ふぅ」と息をついた。

「とにかく、さっさと帰るぞ。魔物に襲われる。じいさんも心配だしな」

「そうだ! おじーちゃんどうしたの?」

ナツメもじじいのことを心配し始め、一行は急いで家に帰っていった。

 

 

 

 


【第一部 第四章 潜入!獅子城】

 

 ナツメ人質事件(?)から、何日か過ぎた。

特に何事も無く、また、魔物退治の依頼も無く、のんびりと暇を持て余すリハク。

噂では今日、町は何かの祭りらしいが……

祭りを楽しむ金も無い。……金をかけずに、雰囲気だけを楽しむという手もあるが、もうそんなことで満足出来る年でもなかった。

 

「お祭り行く人この指止〜まれ!」

ナツメだけはウキウキしながら部屋の真ん中で人差し指を天井に掲げた。

……正直、社交辞令でもそんな指に掴まりたくはなかった。

 

誰ものってきてはくれないのでいじけるナツメ。

「ど〜してよ、誰か一緒に行こうよ! ね〜、イシカワ〜?」

「……」

甘い声を出してもイシカワは本を読むのに夢中で、反応してくれなかった。

「じゃあコバヤシ!」

「嫌だよ」

コバヤシははっきりと断る。

「なんで? じゃあ、リハク〜!!」

「夜からなら行ってもいいぜ」

今は余裕で昼間だ。リハクの魂胆は夜の祭りで浴衣姿の美人をナンパすることだった。

「……」

ナツメは頬を膨らまし、じじいの方を見る。

「……ゴホッゴホッ……持病のリウマチが痛むのぅ……」

持病の仮病で、ベッドに入り込むじじい。

 

「……。面白くない! 面白くない〜!」

ナツメはムスッとして皆に聞こえるように言った。

「今日、どんなお祭りかわかってんの!? 皇子さまの婚約式だよ! もしかしたら美人の婚約者さんの姿が見れるかもしれないんだよ?」

ナツメだけは祭りの理由を知っていたようだ。

すぐに反応したのはリハクだ。

「美人!? まじか!?

釣れた! と嬉しくなるナツメ。

「うんうん! そういう噂だよ〜♪ すっごい美人なんだって〜! 巫女の村出身の……」

巫女の村とは、先日に行った死者の塔の近くにひっそりとある村だ。巫女だけを集めて、男子禁制で、おまけに美人ばかりだという噂だ。なんとも興味深い。

「あ〜、そういや皇子の奴、巫女がどーのって、言ってたな……。くわ〜、皇子だからって羨ましいぜ〜! 巫女の村の女だなんてさ……!」

リハクの心を捕らえた。

「リハク、見にいこう?」

「あ〜、暇だし、行くか……?」

ナツメとリハクが行こうとすると、コバヤシまで話に入ってきた。

「婚約式か……。どーせ城には入れないんだろうけど、外でなんかイベントやってるかな? オレも行こうかな……」

コバヤシも加わって、ナツメは喜ぶ。

「じゃあ、三人で行こう?」

「……わしも行こうか……」

なんと、リウマチを痛がって寝ていたじじいまでもが加わろうとしてきた。

全くピンピンしている。

そして、本を読んでいたはずのイシカワがいつの間にかナツメの隣に並んでいた。

「ナツメが心配だからな、俺も行くぞ」

一番喜んだのはナツメだ。

「やった〜! 皆で行こう!!

ところが……

「……いや、」

心配そうにじじいを見るイシカワ。

「じいさんの体が心配だ。俺は仲間を呼ぶから、じいさんはベッドで寝ていてくれ」

余計な気遣いながら、身から出た錆なのか、じじいはまんまと病人扱いで寝かせられるはめになった。

 

 

「ゴホッゴホッ……年寄りはつまらんのぅ……」

いつもより寂しそうな声で皆を見送るじじい。

じじいの看病はイシカワの仲間(?)に任せて、リハク達は家を出て行った。

 

 

 

 城近くまで来ると、沢山の人でごった返していた。

商店街は飾られ、どこからか音楽が流れ、ダンスをしている人もいるし、酔っ払っている人もいる。

出店が出て、色々な食べ物を売っていて、そこら中から美味しそうな匂いがした。

子供は駆け回り、遊戯コーナーではしゃいで遊んでいる。

人が沢山集まって見物している所では、手品や大道芸が披露されていた。

最初、面倒臭く感じていたリハク達も、思わず楽しい雰囲気に騙されそうになる。

しかし、お金が無いので通り過ぎるばかりで歩いていた。

 

「タコ食べたいよ、タコー!!

屋台の匂いにつられるナツメを引っ張るリハク。

「ダメだダメだ。タコなんて吸盤ついてるかんな」

なんだかんだと理由をつけて進み、一行は何もしないまま、城の入口にまで来てしまった。

 

――獅子城。

古い歴史を持つこの城は、大層立派だ。

赤い瓦の屋根に、獅子が形取られた装飾。石垣の城壁。入口にはこれまた立派な二体の獅子の像。

厳重な警備で、足を踏み入れられそうもない。

城を見上げて、ナツメは溜息をついた。

「……。パレードとかやってんのかと思った。婚約者さまはお城の中かなぁ? 姿見たいけどね」

周りを見回すコバヤシ。

「それか、もう終わったとかね」

リハクは嘆いた。

「んっだよ!! 魅惑の美人とやらを拝みにきたのによー」

 

「まさか、忍び込むわけにもいかないしな」

冗談のつもりで言ったイシカワだったが……

「それ、いいじゃん!!

なんと、リハクが面白そうにのってきた。

「え!? 忍び込むの!?

ナツメも事の重大さもわからず、乗り気になった。

慌てて止めたのは常識人のコバヤシだ。

「ちょっと!! 冗談だろ? やめろよ!!

 

 

 

 ―――――

 

 

――コバヤシには、何故こうなったのかわからない。

気付いたら、四人で兵士の格好をして、城に侵入していた。

裏口には幸い見張りが少なく、偶然にも四人兵士がいたので、気絶させて服を拝借してしまった。

ナツメはブカブカだったのだが……

ともかく、兵士の服を着て、見事城内潜入に成功したのだ。

コバヤシは一生懸命止めたのだが、いつの間にか、自分も共犯になってしまっていた。

 

廊下を歩きながら、キョロキョロする四人。

城の中なんて、勿論初めてで、抜かりは無く立派な内装にただ唖然とするだけだ。

侵入してしまった。

後は、魅惑の婚約者様を見つけて姿を拝見して早々に立ち去るだけだ。

侵入者…盗賊とされて捕まる可能性も充分にある。

人とすれ違う時は、怪しまれないように、ドキドキしながら平静を装って歩いた。

「どこに婚約者様がいるんだろう?」

ナツメの言う通り、部屋は異常にあって、どこに入ればいいのかわからない。

ただ歩いていても見つかるだけだ。

「偉い人物は上にいるもんだ」

どこからの知識なのか、イシカワが得意気に言った。

言われた通り、階段を上る一行。

 

どこまで上がったかはわからないが、もうこの辺でいいだろうと思った矢先、廊下の先に物凄く立派な扉が見えた。

「……あそこ、怪しくない?」

何とも偉い人がいそうな雰囲気があった。

 

そーっと近付くリハク達。

ドアノブは純金で出来ていて、売ったら金になりそうだ。

「すげ〜。後で貰っとこうぜ……」

こそこそと手をかけたが、どうやらカギがかかっていて、入れそうになかった。

「……。任せろ」

言ったのはイシカワだ。

イシカワはどこに仕込んでいたのか、小さな針金を出し、鍵穴に差し込む。そして慣れた手つきでカチャカチャと回し始めた。

まさしくピッキング(?)だ。

その間三十秒位か? 突然「カチャリ」と音が鳴ったと思うと、針金を抜き取るイシカワ。

「……開いたぞ」

平然と促す。

リハク達は(イシカワの)その思わぬ特技を見て、呆気に取られていた。

だが、ボーっとしていても仕方ないと気付き、ドアノブに手を伸ばす。

その時、

 

「何をやっている!?

後ろから、声が聞こえた……!

 

 

バレた……!

リハク達は固まった。

侵入がバレて、盗賊と間違えられて、捕まって獄門だ、と……。

 

「何をやっているのだ?」

もう一度訊かれて、恐る恐る振り向くリハク達。

ゆっくり振り向いている間に、真っ白になった頭をフル回転させて、良い言い訳を考えようとした。

が、振り向いた瞬間に言い訳が吹っ飛んだ。

 

「……皇子さま……!」

 

思わず呟いたのはナツメだ。

そう、不審そうに声をかけてきたのは先日会った皇子本人だった。他護衛等はいなく、一人で立っている。

怪しい兵士から、若い女の声が聞えたので、益々不審そうな顔をする皇子。

リハク達は顔を見せた。

??

じっと見てから、思い出したように驚く皇子。

「キミらは……!!

リハク達はこそこそと自己紹介をした。

「オレはリハク」

「コバヤシ」

「ナツメです!」

「イシカワです」

 

「私達……あの……あの……あの……」

間誤付いているナツメの代わりに、リハクが誤魔化すように言った。

「あ〜、オレ達さ、皇子と話したくて……。ってか、婚約式見たくてさ……」

正直に言えば婚約者が見たかったのだが。

だからと言って侵入はありえない。

ここは、気前のいい皇子に期待するしかない。

「……。だからとはいえ、大胆だな」

呆れたように言う皇子。けれど、怒っているといった様子ではなく、むしろ面白そうだ。

いける! とリハクは直感した。

「このくらいじゃないと、スラムで暮らしていけないからさ!」

それを聞いて「ははは」と笑い出す皇子。

「成る程。逞しいな」

好感触だ。

リハクは話を続けた。

「婚約式って、いつ? 婚約者さんはどこにいるんだ?」

「……」

皇子は暫く考えてから、別のことを訊いてきた。

「……兵士の服は、どこで手に入れた?」

それにはお答え兼ねる。

「え〜……えっと……なぁ……」

リハクが困っていると、大胆不敵にもイシカワが平然と答える。

「……落ちていたから拾っただけです」

まずありえない。

けれども、皇子は噴出した。

「そうか! 落ちていたか。それは運が良かったな!」

そのまま素晴らしい提案を持ちかける。

「では、こうしよう。運がいいキミらは、兵士のフリをして私の護衛として婚約式に出席する。……どうかな?」

願ってもない!

「さっすがっ!!

リハクは思わず皇子の手を取って握手した。

多分、ナントカ将軍がいたら、「無礼者!!」となっていただろうが……

こんな運のいいことはあるだろうか? と心から思うリハク。

王族の婚約式だなんて、一生に一度も見られないものを生で見ることが出来るなんて……

(皇子っていい奴だな)

改めてそう思う。

それは皆同じで、わくわくしていた。

「では、行こうか」

皇子に促され、「ハッ!」と兵士のフリの敬礼をして、少し笑いながらリハク達は歩き出す皇子についていった。

皇子が一緒なら、怪しまれるはずがない。リハク達は堂々と気分良く歩いた。

 

 

 暫く歩くと、本来の御付の者達が皇子を囲む。

リハク達は少しドキドキしたが、なに食わぬ顔でついていった。

 

物凄く大きな扉の前には、沢山の兵士達が並び、皇子を出迎える。

そして道を空け、扉が開かれた。

開かれた先の部屋は大広間。沢山のゴージャスな格好をした貴族やらが出迎えて皆跪く。

付き添いのリハク達以外の兵士らも跪いたので、慌てて真似をするようにリハク達も片膝をついた。

ここからは一人で歩くらしく、用意された赤い絨毯の上を威風堂々と歩く皇子。

皇子の向かう先には玉座と、両親である現獅子皇と皇妃が座っていた。

それからズラリと横に並ぶのは、大臣やらそういった類の偉い人。

リハク達はどうしたらいいのやらわからなくなって、とりあえず兵士に紛れて隅っこの方へ逃げた。

全くの場違い。けれど、この場に自分らがいるのが信じられない。

小難しい挨拶やらなんたらを聞き、しきたりの儀式なんかも何となく見て、婚約者が現れるのを待ち侘びていた。

 

……ふと、座っている皇子の横に、見覚えのあるような黒髪の青年が立っているのが目につくリハク。

「……?」

どこで見たのだろう?

考えて、気付いてしまった。

その青年は、“ヒグチ”であるに違いない、と。

リハクに剣を託した少年は、立派な青年になって皇子の横に立っている。

『部下』だと、皇子も言っていた。同時に例の剣、「真剣・メシア」を持っているのはリハクだと教えたのもヒグチだ。

もう剣のことはどうでもいいのだが……

(ヒグチ……)

十年経ったが、見間違えない。自分より五歳年上の青年。

助けてくれた……とは思いたくない。リハクは複雑な想いでヒグチを見ていた。

――と、その時。

突然大きな拍手が沸き起こる。

ハッとなって周りを見渡した。

どうやら、ヒロイン様の登場で、皆盛大な拍手をしているらしい。

「どこ? 婚約者さま、どこ??

小声でキョロキョロするナツメ。背が低いので残念ながら見られないらしい。

リハクは皆が見ている方を向いた。

 

そこには……

赤い着物に身を包み、長い黒い髪を垂らした、それはそれは美しい娘が赤い絨毯の道をゆっくりと歩いていた。

……目を丸くするリハク。

好み過ぎる。年は同じ位か……それにしても、好み過ぎる。

ボーっとしながら、ちょっと待ったコールをしたい気分を抑えていた。

「……あの上玉が、皇子の嫁さんに……? くっそ〜! 皇子の奴……!」

勿論周りに聞こえないように呟いたのだが、ふと、コバヤシだけは納得いかなそうに首を傾げた。

「……誰かに似ているんだけど……」

「誰かって、誰に……?」

リハクがもう一度婚約者の顔を見ようとした時だ。

 

――急に照明が消され、物凄い爆発音と地鳴りに、更に煙が広間に充満した。

あっという間の出来事だ。

 

「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

会場にいた女性達は悲鳴を上げ、一同パニックになる。

そして……

「キャーーーー!! 助けてーーーー!!

一人の女性の声が大きく響いて、照明が復活した。

 

皆ザワザワと、パニックになる中、皇子が慌てて立ち上がる。

どよめきと、混乱……

皇子が慌てたのは、先程の悲鳴の主が、婚約者であり、その彼女が姿を消したという事実。

 

「婚約者様が攫われた!!

 

誰かが叫んだ。

一斉に大パニックになり、急いで皇子に駆け寄る兵士達。

「見ろ!!

誰かが指差した方向の壁には大きな穴が空き、恐らくは先程の爆発で空けられたものだと予想出来る。

 

「なんだなんだ、どうしたんだ?」

皆が騒めく中、リハク達も慌てていた。

「婚約者さま、誰かに攫われちゃったのかなぁ……!」

心配そうにするナツメ。

兵士達は皇子に命令を受け、婚約者を捜す為に、空けられた穴から次々に飛び出す。

その中に、ヒグチの姿もあった。

「リハク、私達も婚約者様、捜そうよ!」

ナツメが提案を出し、イシカワも頷く。コバヤシだけは余計なことはしたくないと反対したが……

婚約者を助けてお礼金を貰う

という案が出た為、四人はやる気になってそれぞれ散らばって城の中を捜し始めた。

 

 

 

 


【第一部 第五章 メシアの剣】

 

 リハクは必死になって、自分の好みであった婚約者を捜していた。

お礼金も目的だが、あわよくば婚約者からお礼のキッスが貰えるかもしれないと、邪まな考えも頭の中にバッチリ入っていた。

 

兵士達は皆下の門の方へ向かったが……

リハクは逆の屋上の方へ向かっていた。なんてことはない、ただの勘だが。

ただの勘でも、実らす時もある。

 

 

 屋上に出たリハクは、まさにロープを使って逃げようとしている盗賊らしき二人組と、後をついていこうとする赤い着物の女性を発見してしまった。

「こ……婚約者ぁ……!?

慌てて追いかけるリハク。

盗賊二人組はさっさとロープで降りてしまい、婚約者と思われる女性は戸惑ってこちらを見た。

心の中で本当に婚約者を見つけることが出来たと喜びながら、リハクは駆け寄る。

「だ……大丈夫ですか? 婚約者……どの」

「え……ええ、ええ、ワタクシは平気です」

何だか慌てた様子の婚約者。ソワソワしながら、逃げていく盗賊の方を眺める。

さすがにリハクでも追いつけなさそうだ。

まぁ、婚約者さえ無事ならいいだろうと思い、盗賊を捕まえるのは諦めた。

(誰かが捕まえるかもしれないし……)

それよりも……

カッコイイ(と自分で思っている)顔で婚約者に近付く。

「良かった、婚約者様が無事で何よりです」

そのリハクを見て、婚約者は不審そうな目でこちらを見た。

「……!? ……え……? アナタ……どこかで……?」

気付いたようだ。

「……あ!!

急に離れて大声を出した。

「アンタ!! あの時の変態魔物ハンター屋!!

余計な言葉を付け加えられたが、それよりも、何故自分のことを知っているのだろう? と疑問に思うリハク。

婚約者は、自分の髪を束ねてアップにした。

「わかんないのかよ?! 私、ヨサノなんだけど……!!

 ……

一瞬耳を疑うリハク。

だが、その女らしくない言葉遣いは……

「ヨサノ!? あの、クモが苦手な、ナントカ術士の??

「封印術士!」

職業名はどうでもいい。

「お前、巫女だったの? え? 皇子の婚約者!? ええっ!?

驚きは隠せない。

「なんでアンタがここにいんだよ? 兵士だったのかよ!」

ヨサノは疑問を投げかけた。

投げかけられても、混乱していて、すぐに答えられないリハク。

そんな二人の前に別の青年が現れた。

 

……皇子の部下の、ヒグチだった。

「ヨサノ様、無事ですか!?

ヨサノの姿を見て、駆け寄ってくるヒグチ。

「……!!

その時、リハクは今までの衝動が抑えきれなくなっていた。

自分でもわからないが、つい……

持っていた短剣でヒグチに斬りかかってしまった。

!?

ヒグチもまた、剣で受け止める。

「誰だ!! ……お前、兵士じゃないな!?

 

「……え……?」

二人の様子に、ただびっくりするヨサノ。

 

「……憶えてないのか……? ヒグチ……」

剣を押しながら、呪いの言葉を口にするように、呟くリハク。

「……オレは、ずっと……村の奴らを殺そうと……思っていたんだ」

感情が込み上げる。

同時に、強い風が吹いた。

 

「……!」

ヒグチは、顔の雰囲気とその言葉で、リハクに気付いた。

「……リハク……か?」

気付かれたことで離れるリハク。

 

「リハク……本当に、リハクなのか? お前……髪が白い……」

リハクの髪はオレンジだったはずだ、と驚くヒグチ。

まぁ、リハクが自分で染めたわけだったが……。

それより、とリハクは睨む。

「何故生きてるんだ? とでも思ったか?」

「リハク……!」

ヒグチが戸惑っていると、そこに大変な人物が現れてしまった。

 

「婚約者様!! 無事ですか!?

 

「アクタガワ将軍!!

ヒグチの呼んだ通り、あの頭の固いアクタガワ将軍とその部下の兵士達だ。

「……げっ……!」

リハクは素直に嫌な顔をした。

 

そのリハクに気付いてやってくるアクタガワ将軍。

「貴様は……!」

リハクの後ろにいるヨサノを見て、正直に勘違いをした。

「貴様! 婚約者様を攫ってどうする気だ!?

「はあ!?

アクタガワ将軍には、リハクがまさしく婚約者を攫った犯人に見えたらしい。

やりとりを中断して、ヒグチは眉を顰めた。

「リハク……お前……?」

「何勘違いしてんだよ!!

慌ててヨサノの方へ向かうリハク。

「ほら、お前も何とか言ってくれよ。攫おうとしたのはオレじゃねーってさ。なんか、変な二人組いたじゃん? そいつらなんだろ? オレは助けたんだから……」

ヨサノは首を振って高い声を上げた。

「助けて〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

……信じられない言動。

「ちょ…! お前、何言ってんの!?

 

「きっさま〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

アクタガワ将軍を怒らせた。

 

「ちげーよ、こいつ……ヨサノが演技してるだけだって……!」

リハクが頑張って弁解しても無理そうだ。

ヨサノはヒグチやアクタガワ将軍に聞こえない声で言った。

「ロープがある。これで下に行けるから……」

見ると、盗賊の残したロープがあった。

しかし……

「なんなんだよ、どーいうことだ?」

納得いかなくて怒るリハクに怯える演技をするヨサノ。

「ご……ごめんなさい! 言う通りにします……!」

どうやら、この場はヨサノを連れて逃げろということらしい。

 

「婚約者様を放せ!!

アクタガワ将軍はじわじわと近付いてくる。

この人数では、いくらリハクでも……。

「私を人質にして逃げるしかないよ」

小声でヨサノが促した。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

やりきれない想いで、仕方なくリハクはヨサノを掴まえる。

「お前ら、動くんじゃねーぞ!」

ちょっと犯人らしいセリフを言ってみた。

心の中では嘆きながら……。

そうやってロープでヨサノを下ろしてから自分もロープを伝って下りる。

壁伝いに、人一人なら歩けそうな場所に降りてから、追ってこられないように、ロープをこちらに渡せと命令をした。

「……」

ヒグチが悲しそうな目でロープを投げてくる。

受け取って、「アバヨ」と自棄になりながらヨサノを連れてリハクは逃げていった。

 

 

 暫く歩いて、このままでは外から捕まると、ちょうど横にあった窓を開けて入るヨサノ。

リハクも仕方なく入り、廊下に二人で下りた。

「……おっまえなぁ!! どういうことだよ!!

怒りで怒鳴るリハク。

ヨサノは慌てて「静かに」というポーズを取った。

それから、耳を澄ませる。

何人かの足音が聴こえてくる。

「……まずい……」

ヨサノはキョロキョロと見回した。

「誰か来るかもしれない。どっかに隠れられる部屋とかないか?」

それはまずいと思い、リハクも一緒に見回すと、ちょうど先程イシカワがピッキング(?)で開けた部屋の扉があることに気付いた。

「あの部屋なら……入れるかもしんね〜……」

選んでいる暇は無い、と静かに扉を開ける二人。

中に入ったところで、ちょうど兵士達が廊下を走っていったので、心臓が停止しそうになりながら、じっと気付かずに通り過ぎてくれるのを祈った。

 

……どうやら祈りは通じたらしい。カギが開いていることにも気付かず、足音は遠くに離れていく。

「……はぁ」

二人は同時に息を漏らした。

!?

リハクはどういうことだ、とヨサノに詰め寄る。

「お前、なぁ!! 何なんだよ一体……! お前のせいでオレは、婚約者誘拐の犯人にされるとこだぞ!!

「……もうされてるよ」

静かに返すヨサノに、頭にくるリハク。

「てめ! 抜け抜けと……! アッタマ来た!! 犯すぞ!!

「ああやめろ! 悪かった……悪かったよ……えっと……」

名前がわからない。

リハクは察してきっぱりと言った。

「リハク!」

「リハク……うん、いい名前だね。ごめん、リハク」

一応、という風に頭を下げるヨサノ。

顔を見ると物凄く好みなのでつい許してしまいそうになる。リハクはヨサノの顔を見ないようにそっぽを向いた。

「とにかく、なんでこんなことになったのか知りたい」

「ああ、そうだよね……」

静かに話し出すヨサノ。

「私はさ、攫われたことにして、この国を出ようと思ったんだ」

「はあ!?

つい大声で聞き返してしまう。

「国を出るって……」

 

ヨサノは俯いて少し間を置いてから答える。

「……盗賊も自分で雇った。自作自演なんだよ。……婚約式が潰れれば……と思ってさ」

「そんなに婚約が嫌だったのか? ……皇子、いい奴じゃん」

何となく複雑な気持ちになりながら、リハクは問う。

ヨサノは首を振った。

「婚約自体は別に……。皇子は、確かにいい人そうだしね。でも……」

そこで、二人の会話は途切れてしまった。

誰かが、足音もさせずに部屋に入ってきたから……。

リハクとヨサノは、開けられたドアを見て固まった。

万事休す。

一瞬にして二人の頭を過ぎる言葉。

だが、そーっと入ってきたのは……

 

なんと、コバヤシだった。

!! う……わぁ!! 誰!?

びっくりするコバヤシ。

びっくりしたのはこっちだ。

心臓を押さえ、見上げる二人を見下ろし、コバヤシは口を押さえた。

「って、あれ? リハク……!? それに婚約者さま?? え……? あれ……?」

すぐにドアを閉めさせ、静かにさせるリハク。

ヨサノはコバヤシをじっと見て思い出したように言う。

「アンタは……リハクと一緒にいた人か」

「え??

何故自分のことを知っているのかと疑問に思うコバヤシだったが、

「アンタもわからないのか? 私はヨサノだよ!」

と言うヨサノに気付いたらしく手を打った。

「ああ! え? あの時の……! わぁ! 似てると思ってた!! 本人だったんだ!?

「こいつ、コバヤシね」

リハクが紹介をすると、二人を交互に見て、焦るようにコバヤシは訊く。

「え? ってか、なんでこんなトコに二人でいるの?? どういうこと!?

「……。まぁ、めんどーなことになってさ。ヨサノのせいで」

リハクは溜息をつきながら経緯を簡単に説明した。

 

 

―――――

 

「――っつーわけで、今隠れてるとこ」

誰かさんのせいで、と言いたげにヨサノを見ながら説明を終えるリハク。

そうだったのか、とコバヤシは何とも言えぬ顔をしていた。

「そんなに婚約が嫌だったの?」

リハクと同じことを訊くコバヤシ。

「そうじゃなくて、」

ヨサノはふぅと息をついて部屋を見回した。

そういえば、この部屋はなんの部屋だろうか……?

あまり家具も無く、殺風景の部屋。

壁に何かが立てかけてある。

リハクもコバヤシもヨサノにつられて部屋を見回した。そして同じように立てかけてある何かに気を取られる。

「なんだろ? あれ……」

コバヤシがその物を確認しにいく。

リハク達も立ち上がり、ついていった。

 

――それは、剣だった。

普通の剣ではない。リハクのよく知っている剣だ。

 

「……真剣・メシア……!」

 

この前教わった名称を言ってみる。

すぐに反応したのはヨサノだ。

「真剣・メシアって……メシアの剣?」

「ああ、まーそうなんだろうな。確か皇子が言ってたよ。婚約者に渡すって」

思い出しながら話すリハク。

要するに、ヨサノが渡されるということか。

「昔、巫女の村にあったんだって? 盗まれたのを取り返しましたとか伝えるって、言ってたぜ」

「……真剣・メシア……。確かに昔、巫女の村で保管されていたのが盗まれたって聞いたことあるけど……」

ヨサノは頷く。

それよりも、とリハクを見つめた。

「なんで、アンタがそんなこと……。そういえば、皇子となんで知り合いなの?」

「知り合いってか……」

人質事件の話をするのは面倒臭い。

「ちょっとしたことで最近知り合ったんだけどさ。……剣は、うん……オレが……えっと武器屋で見つけたっつーか」

自分が持っていたということは、複雑なので言わないことにするリハク。適当に合わせて話を作った。

「ま、そんで剣を捜してた皇子に渡して、その真剣・メシアの話を聞いたんだけど。つっても詳しくは聞いてないけど」

「……ふ〜ん」

何となく納得するヨサノ。コバヤシはその話が少し違うことを知っていたが、リハクの気持ちが分かったので何も言わなかった。

ガラスのような刃。埋め込まれた宝石。刻まれた文字。

立派な剣をじっと見るヨサノ。

「確か、十年前位に盗まれたんだ。そっか、隠されてたからさ、どんなもんか見たことなかったんだけど……こんな立派なもんだったんだな……」

まじまじと見て、少し笑った。

「真剣・メシアって、メシアが使ってたって言われてるけど、そもそもメシアって、どんな人だか知ってる?」

二人に訊いているようだ。

リハクとコバヤシは顔を見合わせて首を傾げた。

コバヤシは答える。

「数百年前に、命をかけて魔皇を封印した人、としか知らないかも」

リハクも同じく。

ヨサノは剣を見て、懐かしそうに言った。

「元、巫女なんだよ。巫女の村に、肖像画がある。結構綺麗な人」

「え……!?

二人は驚いた。

メシアといえば、普通、男なのだと勝手に思っていたから。

巫女で、しかも綺麗だったとは、驚きだ。

綺麗な女性が、こんな剣を振り回すのか……? ちょっと信じられない。

リハクは剣を手に取った。

 

そこで……――

 

 

バターン!! と大きな音を立て、ドアが開き、大勢の兵士が部屋の中に入ってきた。

!!

油断していた。

三人は驚き過ぎて止まってしまった。

兵士の中から一人の髭面おっさんが出てくる。

「ここにいたか盗賊共!! 婚約者様だけでなく、真剣・メシアも狙いだったか……!」

……アクタガワ将軍だ。

すっかり勘違いしてしまって、本気でリハク達を引っ捕らえようとしている。

「え……盗賊って……え……?」

慌てて弁解をしようとするコバヤシ。

 

「こ……! こいつらです!! こいつらが我々の制服を……!」

最初に城に侵入しようとした時に気絶させた兵士達が出てきて、リハク達を指差した。

まさか、こんなタイミングで出てこられては、弁解の余地無し。

誘拐が誤解だとわかっても、侵入罪に当たる。

 

「ち……違う……あ、私が……」

状況を見て、このままではリハクとコバヤシが……と、判断したヨサノは自作自演を白状しようとした。

が、それを止めるリハク。

「言うな! どーせオレら侵入罪だから、いいよ。お前はアレだろ? 国を出たい理由があるんだろ?」

「……! リハク……!」

まさか、そんなことを言ってくるとは思わなくて、驚くヨサノ。

 

「強行突破だ、コバヤシ〜!」

どうにでもなれ、とリハクは剣を構えた。

コバヤシは短剣で、リハクは手に持っていた真剣・メシアで兵士達に向かう。

 

「賊を捕らえよ!!

アクタガワ将軍の命令で兵士達も一斉にリハク達に向かった。

 

 

初めて真剣・メシアを使うリハク。

剣は、振り下ろそうとすると物凄く重くなった。

!? な!! なんだこれ……!!

両腕で持って、精一杯で、とても速くは振れない。

コバヤシも短剣だったので、すぐに苦戦した。

最早捕まるのは時間の問題。

全然強行突破も出来ず、追い詰められるリハクとコバヤシ。

ヨサノは大声で兵士達を止めようとしたが間に合わず……

 

(やっべぇ!!

自分の危機に、思わず目を瞑るリハク。

咄嗟に“魔法”を使ってしまおうかと思ったが……はっきりとは、出し方がわからない。

(もう駄目だ……!)

そう思った瞬間、……――周りがスローモーションに動いているように感じた。

 

いや、……

 

 

 

本当に、何だか、止まっているようだ。

 

(……え……?)

驚くリハクに、声が聞こえる。

 

 

『魔法が使える者か……面白い……』

 

 

(誰だ……?)

 

その言葉は、剣から聞えた……。

『私の力を授ければ、お前は無敵になれる。力があれば、大切なものを助けることが出来る……』

 

(ちから……?)

 

『封印を解け。さすれば、私の力はお前のものに……! 封印を解く呪文“シャムド”と唱えよ!!

 

 

 

「……シャ……ム……ド……?」

リハクはわけがわからなく、言われた言葉を唱えてしまった。

 

『礼を言う、若者よ』

 

 

 

途端剣が光った。

剣が光ったと同時に止まっていた周りが動き出す。

!?

「なんだなんだ!?

皆は凄まじい光に目が眩み、誰もが目を瞑った。

 

!?

リハクも目を閉じる。

何が起きたのかわからない。

先程聞こえたものと同じ声が頭の中に響いた。

『さぁ、持ち主よ! まずはお前の願いを叶えてやろうか……』

「……え!?

 

剣から出た光は、リハクと……コバヤシとヨサノを包んだ。

そして、……光が消えると共に三人の姿も消える。

 

 

 

 

 ……眩しさが消えてから、アクタガワ将軍や兵士達は三人が消えてしまった事実に、ただ呆然と止まってしまった。

!? ……どういう……ことだ!?

すぐに周りを捜したが、三人の姿は無い。真剣・メシアの姿も無い。

「もしや忍術……!?

また勘違いをして、やられた! と悔しがるアクタガワ将軍。

「おのれ……! 逃がさんぞ〜!! 必ず真剣・メシアと婚約者様を取り返してくれるわ……!」

騒めく部屋に将軍の大きな声が響いた……。

 

 

 

 


【第二部 第一章 神の力】

 

夢を見た。

夢だというのはわかる……。

それは、まるでフラッシュバックの映像のようで、

 

見たこともない美女が、真っ白な空間に一人、佇んでいた。

赤紫色のウェーブがかった髪……

 

振り向いて、美女はこう言った。

 

「誘惑に負けたアダムだ」と。

 

 

違う……俺は、ただ、キミを守る力が欲しかっただけなんだ……

 

美女は涙を流して微笑んだ。

それは、とても……哀しそうな表情で……

 

 

 

映像(?)はそこで途切れて、

光と共に綺麗な女性が現れた……。

 

 

黒い髪の綺麗な女性……

知り合いに似ているような……。

 

女性は残念そうに呟いた。

 

「……封印を、解いてしまったのですね。……アナタはやがて後悔することでしょう。私はアナタの行く先を見守るしかありません……」

 

“ごめんなさい……。私は……自分を、封印することしか出来なかった……”

 

 

 

 

 ――目を覚ましたリハクが一番初めに見たのは、女神像だった。

ぼんやりと、綺麗な女神の姿が見える。

(どっかで見たような……?)

考えていると、黒髪をアップにした娘が上から覗き込んでくる。

夢で見た女性に似ているような……

「……気付いたか?」

いや、ヨサノだった。

!?

飛び起きるリハク。

ヨサノは、前と同じような赤い服の格好をしていて、婚約者姿よりもそちらの方が似合っている。

周りを見回すと、女神像があり、小さな祭壇があり、後は薄暗く何もなく狭い部屋だ。

「は? 何? ここ……! どこだ!?

何故こんな見知らぬ場所にいるのか、記憶を辿ろうとするリハク。

確かヨサノが皇子の婚約者で、自分は誘拐犯にされそうになって……その後ピンチになった時に真剣・メシアが光って……

あの時は城の部屋にいたはずだったのだが……

それよりも、

「え!? コバヤシ!! コバヤシは?」

コバヤシも一緒にいたはず……

「コバヤシは、わからない。気付いたら私はリハクと聖堂にいたんだよ」

戸惑うようなヨサノの答え。

「聖堂……?」

どういうことなのか、頭の中で整理できなく、リハクは暫く呆然とした。

 

真剣・メシアは手元にある。特に不審な様子もなく、普通の剣に見えるが……

リハクは段々と思い出してきた。

(確か、剣から声が聞えて……)

ありえないことに益々混乱してしまう。

今の状況からまず確認した方が良さそうだ。

 

「……聖堂って、どこ?」

とりあえずヨサノに訊いてみる。

「聖堂は、一応ここ。この部屋は、使われていない部屋でさ、皆に見つかると大騒ぎになるから、寝てたリハクを私が運んできたんだけど、すっげー重かったし……」

「ふ〜ん……?」

要するに、自分をこの部屋に運んできたのはヨサノらしいが……

女のくせに意外と力があるな、と感心しつつ、結局聖堂とはどこなのか? と思うリハク。

ヨサノは答えるように話した。

「ここは、巫女の村だよ。びっくりした。なんでこんなとこにいるのかわからなかったけど、とりあえず、男子禁制だからさ」

「巫女の村!?

驚きだ。

まさか、自分が秘密の花園にいるとは、思いもよらない。

それで聖堂とやらの隠し部屋っぽいこの部屋に連れてこられたのか、と理解した。

(男子禁制……ってことは、ハーレムかぁ……)

ムフフ(死語)な想像を膨らませてニヤけるリハクの頭をヨサノはぶっ叩いた。

「ヘンなコト考えてないで、どうしてこんなことになったのか、考えるぞ!」

中々のスルドさだ。

 

「……そーだな」

頭を押さえてリハクも考える。

まず自分らは確実に獅子城にいて、兵士達と戦っていたのだし、それがいつの間にか巫女の村の聖堂で眠っていて、しかも一緒にいたはずのコバヤシがいない。

ヨサノはリハクの持っている真剣・メシアを見る。

「……その剣が、光ったように見えた。その光が私達を包んだような気も……」

それはリハクの記憶にも同じくで、更に声が聞えたことを話してみた。

「オレさ、この剣から声が聞こえたような気がするんだよね。どんな言葉だったかあんま憶えてないんだけど、力がどうとか、……後、願いを叶えるだとかさ……」

そんなおかしなことがあるものか、と笑われるかと思ったが、意外にもヨサノは笑わず、真剣な目で答える。

「真剣・メシアにはなんかの力があるって、聞いたことがある。古代ナントカ……? 疎憶えなんだけど、要するに“魔法”みたいな……」

魔法……前にコバヤシが言っていた、昔の人間が使えたという力。リハクが持っている力も、『魔法』に違いないとコバヤシが言っていた。

「魔法って……お前、魔法の存在って、知ってんの?」

力を使ったところは、ヨサノにも見られている。それならば……と、思い切って訊いてみるリハク。

頷いて、ヨサノはゆっくりと言った。

「魔法のことは知っている。リハクが前に出した炎は、魔術じゃなくて魔法かもしれない、と思っていた」

それを聞いて、リハクは少しホッとした。

やはり自分が使えたのは、魔物の使う“魔術”ではなく、本当に魔法なのかもしれない、と。

問題はそこではなく、

剣を掲げるリハク。

「……じゃあ、この剣の力で、オレらはこの場所に飛ばされたみたいな感じか?」

何故剣がリハクの願いを聴いたのか、というのは置いといて。

そもそも飛ばされるということが信じられないのだが……

「でも、コバヤシがいない……」

巫女の村に飛ばされたという理由と、コバヤシがいない理由がわからない。

 

……考えても答えは見つからず、とりあえず助かっただけでも良しという結論に至り、コバヤシはもしかしたら家に戻っているかもしれない、という可能性を考えた。

それならば良いのだが……。

こうしていても仕方ないと、リハクは立ち上がった。

「オレ、とりあえずコバヤシ捜してみるよ。なんか、わかんねーけど、オレらは無事だったからコバヤシも無事だと思うしさ、……イシカワやナツメ…って、知らないと思うけど、他にも気になる奴らがいるからさ、帰るわ」

「……うん」

ヨサノは間を置いて、躊躇ってから、気まずそうに言う。

「リハク……。あの、色々と、……悪かったよ」

誘拐犯にされたことだ。

リハクは素直に謝られて戸惑ったが、う〜んと考えて、ふぅと息をつく。

「ま、その件はどーにかなんべー?」

それから苦笑した。

「どーせ侵入罪だったし、なんつーの? お前にもどうしても逃げたかった理由があるんだろーし……」

「リハク……」

「ま、どーしてもって言うなら、お礼は体で……」

この一言さえ無ければ見直したところだ。

ヨサノはバシッ! と頭をぶん殴った。

「馬鹿変態!!

「いってぇ〜……! 暴力反対!!

嘆きながらリハクは狭い部屋を出ようと歩き出した。

「なんか惜しいけど、もう行くわ。この村って、死者の塔の近くだっけ?」

「死者の塔は村を出れば見えるけど……」

死者の塔まで行ければ、後は家まで帰れる自信がある。

リハクがドアを開けようとしたところで、ヨサノは慌ててそれを止めた。

「ちょ、待って! 誰かいるかもしれない。見つかるとまずいから、先に私が見てくる……」

そう言って静かに様子を見てくるヨサノ。

 

……戻ってきた時には、何故か毛布とカゴを持っていた。

 

「外、真っ暗だった。帰るのは明日にした方がいいよ。ホラ!」

カゴの中には食料が入っている。

渡されて、動揺するリハク。

「え……? つまり……?」

「今夜はここで、寝れば? ってこと」

「お前と一緒に?」

 

――言うまでもなく、リハクはぶん殴られた。

 

「三回目だから! ホント! 脳細胞結構死んだから、まじで!!

泣きそうになりながら、それでも懲りずに続けるリハク。

「大体さ、こういう時は「今夜は私の部屋に泊まって♪」って言うのがお約束なんじゃねーの?」

「……」

ヨサノが無言で拳を強く握るのを見て、リハクは生まれて初めて土下座をした。

「充分です!! すいませんでしたっ!!

そして毛布に包まり、カゴに入っていたパンを食べ始める。

その姿が小動物のようで、少しかわいそうになったヨサノは何となく横に座った。

「もう少し、ここにいるよ。どうせ暇だし……」

 

二人は暫くの間、不思議な気分になりながら、沈黙して座っていた。

 

 

 リハクは、パンを口に入れながらヨサノのことをじっと見る。

顔を見て、これで気が強くなければなぁ〜と改めて思っていた。

まぁ、皇子の婚約者(予定?)なので、別に……例えば恋愛感情が芽生えたとしても、どうにもならないのだが。

じっと見られていることに気付いたヨサノは嫌そうにこちらを見る。

「……なんだよ? 何見てんだよ?」

やはり可愛くない。

「……別に」

リハクはそういえば、と訊きたいことを思い出した。

「そういえばお前さ、婚約式潰したのって、この国を出たいからとか言ってたよな? ……なんで出たいの?」

「……」

ヨサノは俯いてからゆっくり答える。

「うん。……巻き込んだアンタには本当のことを言うよ。……私はね、この国の人間じゃないんだ。小さい頃、逃げてきてさ、巫女の村に辿り着いた」

「逃げてきた……? どっから……?」

一瞬、村から逃げた自分姿と重なる。

リハクの問いには、答えにくそうに静かに言うヨサノ。

「戦争をやっていた、自分の国から……」

この獅子の国は戦争をやっていないが、世界では、戦争をやっている国は山程ある。

曖昧な答えだったのだが、別に深く追求しなくても……と思ったリハクはそれ以上訊かず、ただ何となく頷くだけにした。

「……ふ〜ん、なるほど。それでお前、巫女の村で暮らして、ナントカ術士とかいうのやってんだ?」

「封印術士!」

前にも言ったと、強く言うヨサノ。

 

「封印? ……術、士」

まず封印術がわからないので、リハクは首を傾げた。

それを悟って溜息をつくヨサノ。

「馴染みない、か。そうだよな……」

「封印って何? 魔物を封印するとか?」

リハクは言葉から想像して言ってみた。

 

狭い部屋には女神像だけがある。背中には翼が生えていて、ローブを着ていて、長いウェーブの髪。美しい女性をモデルにでもしたのだろうか……けれど、どこかで見たような気分に駆られる。

その像を見ながら、ヨサノは答えた。

「魔物じゃない。私の力は、神の力を封印するもの」

「神……?」

ちょっと信じられない。

「神って……神様!?

つい笑ってしまいそうになる。

ヨサノは気にせずに続けた。

「世界には神の力が散らばっているんだよ。その力を得て、獣は魔物になる。……私は魔物から神の力を大地に還して、獣に戻すんだ」

「え? え? え??

急には理解出来ない話。

蛇の魔物を大人しくさせた時の光景を思い出す。

「え……? よくわからんけど、魔物を獣に戻すってのが、封印術?」

リハクの解釈は一応的を射ていた。

「まー、簡単に言うとそんな感じ」

変に難しい説明をしても、通じないと悟ったヨサノはうまくまとめた。

立ち上がり、軽く笑う。

「じゃ、私はもう行くよ。朝また来るから、それまで静かにしてて。見つかったら厄介だからさ」

「うぃ〜!」

リハクは手を上げて後ろ姿を見送る。

狭いけれど、寝られないことは無いか。そのまま横になって何となく女神像を見つめた。

(……スタイルいいよな、この女神……。顔も綺麗だし……)

像ではなく、実体だったらどんなにいいものか、と思いながら目を瞑った。

 

―――――

 

 

 

「おい……! 起きろ……!」

……声が聞える。

「リハク……!」

女の声だ。

(……ナツメ……?)

もう朝なのだろうか……?

ペシペシと頭を叩かれ、面倒臭そうに振り払うリハク。

「あああ〜うるさい。乳揉んででかくするぞっ!」

 

――ドスッ!! っと、鉄拳がリハクのボディに入った。

「ごぅふっ!!

こんな鉄拳はナツメのものじゃない。

「いきなり殴るな!! イシカワ!!

ガバッと飛び起きるリハク。

 

「……イシカワ……? 誰だそれ……?」

イシカワでもなかった。

薄暗く狭い部屋。自分はベッドではなく、毛布に包まって床で寝ていた。

目の前にいるのは……ヨサノ。

「……? ……? ……?」

(……ああ、そうか)

昨日のことを思い出した。

「ヨサノ……」

「寝ぼけてんな!」

小声で睨みつけるヨサノ。

「今の内、私が誘導するから村を出るよ」

……と、いうことらしい。

リハクは眠い目を擦り、立ち上がった。

そして真剣・メシアを担ぐ。

(この剣どうするかな〜……)

いつの間にか、成り行きで持ってきてしまっている。

皇子に直接返せれば、言い訳も出来るか……?

 

とりあえず、ヨサノに誘導され、狭い部屋をそっと出て行くリハク。

狭い通路を通り、小走りで後をついていく。

ヨサノが周りを警戒しながら使われていなさそうな小さな扉を開け、そこから外に出る二人。

先には小さな林があった。

「行くよ!」

ヨサノは林の方へ入っていった。

「林を抜けると死者の塔が見えるから……」

「じゃあいいよ、多分一人で行ける」

ヨサノまで来る必要はない、と首を振るリハク。

それに対してヨサノは首を振った。

「私も行くよ。国を出るから」

「……え!?

びっくりするリハクに、それどころではない、と前を促すヨサノ。

二人の目の前には大きな熊のような魔物が現れる。

 

 

 ――何度か現れた魔物は全てヨサノの封印術で大人しくさせた。

林を抜け、死者の塔まで行ってそれからフレイ・レオの町まで歩く二人。

リハクはスラムの家に帰るし、ヨサノは港へ向かう。

 

既に昼すぎになって賑わう市場の前で、二人は別れることにした。

港まで送ってもいいのだが、もしかしたら指名手配になっているかもしれないリハク。そうなっていては、港では検問で捕まってしまう。

人混みの中、何となく複雑な気分で、笑ってしまいそうになる二人。お互いに、戸惑いながら、顔を見合わせては目を逸らしたりしていた。

「色々ありがとな、他の国へ行っても、元気で……」

月並みな言葉でリハクが切り出す。

「ああ、そっちも元気で……ってか、本当に大丈夫か?」

今後のリハクを心配するヨサノ。

リハクは胸を張った。

「ヘーキヘーキ!」

実は対策も考えていなかったのだが。

「じゃあ……えっと……」

少しずつ歩き出し、ヨサノに手を振る。

「なんか、決着ついたら戻ってくんの??

結局、国を出てからの目的は訊いていなかった。

離れる二人の間には、人が遮るように通行する。

(……戻ってこないのか……)

中々答えないので、リハクがそう思った頃、ヨサノは今までにない可愛い笑顔を向け、小さく頷いた。

「……!」

つい止まってしまうリハク。

ヨサノは、そのまま後ろを向き、港方向へ歩いて行ってしまう。

見えなくなるまで、ボーっと見送ってから、リハクも家の方へ向かって歩き出す。

下を向いて歩きながら、ブツブツと一人で文句を言っていた。

「……反則だろ、あの顔は……」

良い天気の暑さのせいか、少し顔が熱い。

これからの事態も予測せず、のんびりとスラムへ向かって行った。

 

 

 

 


【第二部 第二章 謎のアル口調の怪しい男】

 

「待っていたぞ、盗賊め〜〜〜〜〜〜!!

家に入った途端リハクが浴びさせられた言葉。

「……?? ……はあ??

家の中には、ナツメ・イシカワ・じじいもいたのだが、他数名の兵士がいて、狭い部屋の人口密度が高くなってしまっている。

「なんでいきなり大家族??

という冗談を言っている場合ではなく……

明らかにお客ではない兵士の中から、先程の言葉を浴びさせてきた、見覚えのある劇画タッチのおっさんが出てきた。

「貴様〜〜〜!! 婚約者様をどうした!?

そう、アクタガワ将軍だ。

リハクをヨサノ(婚約者)誘拐、及び真剣・メシア窃盗の犯人だと勘違いして家にまで乗り込んできたのだ。

リハクは頭を押さえた。

(忘れてた……)

さて、どうしたものか。

「えーっと、ヨサノは……」

言い訳をする前に、(リハクが)手に持つ真剣・メシアを見て、アクタガワ将軍が警戒しながら近付いた。

「抜け抜けと真剣を……!」

盗品という証拠の品を持っていては、言い逃れ出来ない。

心配そうに見ていたナツメがショックそうな声を出す。

「リハク……! 本当に剣と婚約者様を……!?

どうやら将軍にそう聞かされたか……。

リハクは苦笑した。

「……ハハッ……成り行きで?」

同時にアクタガワ将軍が兵士達に命令をした。

「ひっ捕らえろ!!

 

「おぅわっ!! ちょ、待て……!」

リハクは沢山の兵士に囲まれ、御用となった。

縄を掛けられ、真剣・メシアを取り上げられる。

 

「リハク!!

ナツメ、イシカワ、じじいが声を上げる。

 

アクタガワ将軍は満足そうにニヤッと笑った。

「悪党めが! 婚約者様の居場所も取調べで吐かせてやるからな!」

リハクは仕方無さそうに頷いた。

「あ〜……じゃあさ、そん時、皇子呼んでくんねーかな? ヨサ…婚約者さまのことは皇子に直接言いたい」

聞いたのか聞いていないのか、兵士を指揮するアクタガワ将軍。

「城に連行する!」

「ハッ!!

 

連行されるリハクを、家を出て不安そうに見守るナツメ達。

リハクはそれよりも、と気になっていたことを訊いてみた。

「家に、コバヤシ帰ってこなかったか?」

「……コバヤシはまだだ!」

イシカワの返事を聞いて、心配になるリハク。

(……コバヤシ、一体どこにいるんだ……?)

もしかして、遠い国とかに飛ばされたのではないか? 歩きながら、そんなことばかりを考えていた。

 

 

―――――

 

「吐け!! 吐くんだ!!

 

「だから、皇子になら言う! っつってんの! 連れてきてくれよ!」

何度同じことを言ったことか。

城の地下の取調室とかいう狭い石造りの部屋で、リハクはアクタガワ将軍からじきじきに取調べを受けていた。

そして、もう何時間も同じやり取りを続けている。

いい加減腹も減って、気持ち悪くて吐きそうだ。

皇子を連れてきてほしいというリハクの要求は受けてもらえず、全くらちが明かない。

「皇子はお前のような犯罪者と会っている暇は無い! いいから今ここで吐くんだ!!

「……それより……カツ丼まだ?」

 

 

 

 ――リハクは牢に入れられた。

 

薄暗く、不気味で、嫌な臭いがする。

絶対開かなそうな鉄格子を掴んで、リハクは泣きそうになった。

「腹減った〜〜〜!! オレ、全然なんも食ってねーんだけど……! カツ丼食いてぇ〜!」

……返事が無い。(このままでは)ただの屍のよう(になるしかないよう)だ。

 

そこに、足音が聞えた。

(……誰か来たか……?)

暗くて最初、その姿は見えない。

その人物が近付いて、鉄格子の前まで来てやっと誰だかわかった。

……その人物とは……

 

「……リハク!! 本当にお前……」

よく知った人物、ヒグチだった。

「……!」

後ずさりをするリハク。

「……なんだよ……笑いにきたのか!?

ヒグチは首を振る。

「そうじゃない。……あの時、お前は、ヨサノ様と親しげだった……。俺はずっと気になっていたんだ……」

「……」

アクタガワ将軍に自分のことを聞いたのだろうか? リハクは顔を逸らす。

「カンケーねーだろ、お前には。オレは皇子にしか話す気はない。お前、部下なら皇子を連れてこいよ。それか、あの頑固将軍に言ってくれねーかな?」

「リハク……そうじゃなくて……」

ヒグチがそう言うと、ヒグチの後ろから、二人の人物が出てきた。

なんと……!

「え……? お前ら……!」

驚くのは無理も無く、ナツメとイシカワだったのだ。

「なんで……お前ら……!」

 

ナツメは拳を作って小さな声で言った。

「助けにきたよ! リハク!!

続けてイシカワがヒグチの方を向く。

「正確には、助けにきたんだが、この人にまんまと見つかってな。だが、訳を話したらここに連れてきてくれて……」

「……え……?」

リハクが戸惑っていると、ヒグチが牢屋の鍵を開けた。

「俺が出来るのはここまでだ。後は自分達で逃げてくれ」

何故ヒグチが自分を助けてくれるのか……わからなく、顔を見るリハクに、ヒグチは悲しそうな表情をする。

「お前が村の人達や俺を許せないのはわかっている。それでも俺は……ワツジの友達だったお前を弟のように思っていたし……、信用しているんだ」

「……」

何も言えなくなったリハクをナツメが引っ張る。

「行こうリハク! ヒグチさん、ありがとう!」

三人は周りを見回しながら静かに階段を上っていく。

複雑な気持ちで歩くリハクに、イシカワがとんでもないものを渡してきた。

……真剣・メシアだ。

どこにあったのか、どうやって見つけたのか、むしろどこに隠し持っていたのか……色々疑問はあったのだが……

「この剣どっから……?」

慌てて訊くリハクに、イシカワは得意気な顔で答える。

「落ちていたのを、拾った」

……まずありえない。

けれども、深くは追求せずに、これからのことを考えた。

(ってか、要するに振り出しに戻っちゃうんじゃねーか?)

このまま家に戻っても、またアクタガワ将軍が来て……

そう考えるリハクに、タイミング良くナツメが言った。

「あのね、さっき兵士達がリハクを連れてっちゃった後にね、一人兵士が戻ってきて、もう一人の容疑者を城に連れてこいって言ったんだよ」

もう一人の容疑者とは……

「コバヤシか?」

頷くナツメ。

「うん。もう一人を連れてくるまでは、おじーちゃんを見張るって、家に張り込まれちゃって……」

「はあ!?

意味がわからない。

続きをイシカワが言った。

「コバヤシはリハクと一緒にいると思ってた。でも、お前もコバヤシの行方がわからないんだろう?だからじいさんが、コバヤシを捜してこいと俺達に言ってきた」

「じじい、コバヤシを奴らに引き渡すつもりか?」

まさか、と思うリハクに首を振るイシカワ。

「まさか。じいさんはリハクのこともコバヤシのことも俺達に頼むと言ったんだ。自分は家に残るから、俺達四人は国を出て逃げてもいい、と」

「……じじい、何考えてんだ……」

そんな無責任なこと、するものか。

その考えは、イシカワもナツメも同じらしい。

「俺とナツメはとりあえずリハクを助けてコバヤシを見つけて、それからじいさんを迎えにいこうと思っている」

成る程、とリハクは頷いた。

「なんだったら五人で国を出てもいいって感じ?」

それにはコバヤシを捜さなければならないし、その前に城から脱出しなければならない。

 

……三人は、なんとか見回りの兵士に見つからずに隠れつつ、うまく城から逃げ仰せることが出来た。

 

 

 

「で、結局どうしてこんなことになった?」

獅子城からうまく抜け出してからイシカワがリハクに問い詰める。

リハクは大体の経緯を説明した。

皇子の婚約者のヨサノはちょっとした知り合いだったこと。

そのヨサノの都合と成り行きで誘拐犯になってしまい、コバヤシはそれに巻き込まれたこと。

真剣・メシアの力で巫女の村に飛ばされたのは自分とヨサノだけだったこと。

 

……

イシカワとナツメは何となく理解して納得する。

「じゃあ、リハクはそのヨサノさんを助ける為にこうなったってこと?」

ナツメの解釈。まぁ、良く言えばそうなるのか……?

「カッコイイじゃん、リハクぅ〜♪」

ナツメは小突いてくる。

「ま、成り行きっちゃ、成り行きだけど……」

「またまたぁ〜! あ! リハクもしかして、そのヨサノさんのこと好きなんでしょ?」

勘繰り深さに、リハクは慌てて否定をした。

「ばか! ……皇子の婚約者だぞ」

「そっか〜、残念だねぇ〜……」

二人の会話に、イシカワがそれより、と主点を変えてきた。

「とりあえずコバヤシはどこに飛ばされたかわからないのか……」

リハクの持つ、真剣・メシアに視点を替え、溜息をついた。

ナツメも不思議そうに剣を見る。

「その剣にそんな不思議な力があったなんて……!」

 

 

辺りはすっかり暗くなっていた。

今は夜遅い。月が黄色く光り、街を照らす。

歩いている人はあまりいなく、とても静かであった。

たまにどこからか犬の声が聞えるだけだ。

空を見上げると星が凄く綺麗で、明日も良い天気なのかもしれない。

ただ、リハクはそんなものを観賞するよりも、お腹が減って仕方が無かった。

「あ〜……腹減った〜……」

「なんか食べる? リハク……。この時間やってるとしたら『夜市(よいち)』かなぁ……」

夜市とは、夜やっている市場だ。

庶民的な市場で、安い屋台等もあり、お金が無いリハク達もたまに活用している場だった。

 

 三人は商店街の細い路地に入り、更に細い路地に入り、こんな時間でも明るい場所に辿り着いた。

先程話していた夜市だ。

敷地自体は広いのだが、処狭しとばかりに店が並び、屋台が並ぶ。

しかも連日様々な人々で賑わっていて、混雑していた。

 

美味しそうな匂いにつられ、人混みを歩きながら、リハク達は行き着けの屋台に顔を出した。

「モリ〜! 久しぶり〜! 何か食わしてくれよ」

モリと呼ばれた、屋台を切り盛りしている青年はリハク達の出現に驚いた。

「あれ……? おめぇら……」

リハク達はその辺にあった椅子を持ってきて鉄板のカウンターの前に座る。

その行動を見て、モリはやれやれ、という風に卵を割って焼き出した。

「目玉焼きでいいだろ?」

リハクにとってはなんでも良くて、ヨダレが出そうになった。

「何玉焼きでもいいよ。目玉にはやっぱソースだよな♪」

それはリハクの個人的な意見だ。

ナツメは嫌な顔をした。

「絶対醤油だよ!!

「塩だ!」

そう言ったのはイシカワ。

「……好きなものかけてくれ」

モリは呆れた顔で言った。

ともあれ、

「サンキュー、モリ! お代はナツメが体で払うから!」

「何言ってんの!?

無責任な言動のリハクを睨みつけるナツメ。

「……絶対塩だ」

それよりもイシカワはしつこく塩派を主張していた。

 

「でもさ……」

モリは不思議そうな目でこちらを見てくる。

「コバやんは? 今日、コバやんはどうした?」

コバやんとはコバヤシのことだ。

何て説明をしようか顔を見合わせる三人に、モリは別の話を突きつけた。

「ってかさ、リハクって、捕まったんじゃねーの?」

「なんで、知ってんだよ!?

あまりの情報の速さに驚いてしまうリハク。

モリは平然と言った。

「風の噂……」

一体どんだけ速い風だ?

モリは物凄く速い情報通者であった。どっから仕入れているのか、噂という噂を一早く知っている。

「そうそう、コバやんといえばさ〜……」

もう次の話題に入るモリ。

「西の大陸のオリオン国でさ、ずっと行方不明だったコウダ王子がつい昨日か一昨日位に見つかったらしいんだけど、その王子が自分のこと「コバヤシ」って名前だ、って言い張ってるんだってな。もしやコバやん?」

笑いながら話すモリに、リハク達は顔を見合わせる。

大陸の話がこんなに速くここまで流れるということ自体信じられなかったのだが……

「モッ君、その話誰に聞いたの?」

ナツメが訊ねてみる。

「え……? さっき来た船乗りにだけど。船乗りは交易場で別の船乗りに聞いたって……」

ありえなくない話だ。

イシカワが呟いた。

「コバヤシは……オリオン国から来た、と前に言っていた気がする」

「ええ!? じゃあ、まさか……!」

ナツメは立ち上がった。

コバヤシが、故郷(?)であるオリオン国に飛ばされた可能性……

そして、もしかしたら噂の人物はコバヤシの可能性……

全く無いとは言い切れない。

「え……? どうした?」

モリだけは自分が言った話にも関わらず、コバヤシ本人のことだとは丸っきり思っていない為、三人の会話が通じないらしく、首を傾げる。

 

その後、リハク達はまんまと色んなものを食べてしまった為、金の代わりに体で払う(店の手伝いをする)ことになり、朝まで働いた。

 

 

朝方には市場もすっかり静かになり、人もいなく片付けも終わった状態になっている。

リハク達は眠い目を擦りながら、モリと別れてその足で船着場に向かった。

三人は話し合って、コバヤシを捜しに、オリオン国へ行く決定をしたからだ。

ただ、心配なのはお金のことだ。

船の乗船料金は足りるだろうか……?

その心配はまんまと的中することになる。

 

 

 

 朝靄がかかって、静かな港に、三人は辿り着いた。

こんなに早い時間だというのに、人は結構いる。

大きな船、小さな船……様々な船が海に浮かんでいた。

それに、様々な人が行き交っていた。

検問があったらどうしよう、等と心配しながら歩く。

どこで船に乗るのかとか、港には滅多に来たことがないので三人はキョロキョロする。

永遠に続いているような大きな海。朝の静かな波の音は人々の声等とよくもまぁ、雑ざっている。

それに海鳥の鳴き声も。

「……すっげーよな、海って……」

リハクは遠くを眺めて取り留めも無い言葉を呟く。

海は広い。それだけで凄く感じる。それは不思議だ。

そういえば、リハクは、他の国に行ったことが無かった。船に乗るのは凄く久しぶりかもしれない。久しぶりなのはナツメやイシカワも同じで……。

オリオン国は、他国との戦争が終わったばかりだが、皇子の国交のおかげで特に問題無く行けそうだ。

問題は金だ。

そして残念ながら(予想通り)足りなかった。

 

さすがに、乗船券には体で払うでは通用しない。

リハク達は途方に暮れて座り込んだ。

「……」

暫く沈黙してから、リハクが口を開いた。

「やっぱ世の中金だよなぁ〜……」

結構汚い言葉だ。

「ナツメ……もう最後の手段だ。その辺のおっさん引っ掛けて金せびってこい」

えげつない最後の手段。

「なんで!! リハクが引っ掛けなよ!」

「オレじゃ、そういう趣味のを探さなきゃならねーじゃねーか!」

言い合う二人の横で、イシカワは不吉な単語を連想していた。

「……。おっさん……おやじ……狩り。……金……」

そこに、如何わしい呼びかけが聞こえる。

 

「チケット売るよ〜。無い人あるよ〜! ある人ないアルよ〜」

……いかにも怪しい。

 

声がした方には、「アル」が口癖風の謎の男が通行人にチケットを売りつけようとしているのが見えた。

「ワタシ、チケット持ってるアルよ。いい席アル」

勿論避けられて、誰も買おうとしない。

その光景を見て、リハク笑いながらナツメとイシカワに話しかけた。

「ちょ……あれ見てみ? 凄くね?「アル」とか語尾に付けてんだけど……?」

「……?」

いるのは連想していたイシカワだけ。

「……アル……?」

そしてイシカワもナツメがいないことに気付く。

二人は慌てて見回した。

「おいっ! ナツメ!!

呼びかけにも応答しない。

 

立ち上がって、人混みを捜した二人の前に、嬉しそうな顔をしたナツメが戻ってきた。

「凄いよ、ね! このチケット一枚で三人とも船に乗れるんだって〜!」

……。

ナツメが見せてきた紙には、『乗船券』と記されている。……だが、手書きだった。

 

……そう、(謎の男に)騙されていた。

 

リハク……それにさすがのイシカワも激怒した。

「ナツメ〜〜〜〜〜!!

「え……?」

純粋な目をするナツメを怒鳴りつけるリハク。

「このバカ女!! クソ女!! 死にやがれ!!

「クソ女とは、言い過ぎだろう!!

クソ女部分しか否定しなかったイシカワに、泣き出すナツメ。

「え? え? え? なんで怒ってるの〜? 二人とも……!」

今回ばかりは「可愛い」では済まされない。

リハクは頭を抱えた。

「大事な金を……! お前なぁ〜……! こっちが泣きてーよ!!

 

それから三人で急いで謎のアル口調の怪しい男を捜したが、見つかることは無いまま、時間だけが過ぎた。

 

 

 

 


【第二部 第三章 海賊が現れた

 

「眠い……腹減った……金も無え……」

最悪だ、と嘆きながら地べたに座り込むリハク。

「……」

イシカワも隣に座り込む。

ナツメだけは立ったまましょんぼりしていた。

「あの人……そんな悪そうに見えなくて……」

「バァーカ!! いかにも怪しかったじゃねーか!!

ナツメを睨みつけて溜息をつくリハク。

「こんな手書きのチケット、偽モンだってバレバレだし、金ねーから本物のチケットも買えねーし……どうやってオリオン国に行くってんだよ!!

元々金は足りなかったのだが……。

ナツメは思いついたように言った。

「歩いて?」

……ここは島国なので言い直す。

「じゃなかった、泳いで?」

あまりの発言に、イシカワは涙を流しそうになった。

「……。ナツメ……すまない。俺がもう少し勉強させてれば……」

どんなに速い船でも、一番近い大陸まで最低丸一日かかる。

「泳いで」とか言っている時点でアウトだ。

「こーなったら……」リハクは先程よりもホンキの目でナツメを脅す。

「ナツメ……お前、おっさんに体売って金作ってこいっ!」

「やだよ〜〜〜!!

泣き出すナツメ。

イシカワは最後の手段だと、ダークな表情でほくそ笑んだ。

「仕方無い……。毛君が大量に隠しているアレを売り捌くか」

 

そんな三人の前に、突然、信じられない格好をした(危険?)人物が現れた。

「中々の値打ち物の剣を持っていると見た。白髪(はくはつ)の青年! お前は強いのか??

真剣・メシアを持っているリハクに言っているようだが……

その人物は黒い革製のコートとズボンと靴を履いていて黒い帽子まで被っている。しかも髪も肌も黒いので全体的に黒人間だ。極め付けは髑髏マークの入った黒い眼帯をしていて、とある職業(?)を想像させる。

年齢は三十後半から四十代くらいか……口髭と顎鬚を自慢気に生やし、いい大人がニヤ〜っとしながら恥ずかしいセリフを発した。

「オレ様は海賊なんだ。今、強い仲間を捜している!!

でかい声だったので、周りにいる人々が皆振り向いた。

リハク達は突然のことだったので何も言えず、自分達の後ろに人がいてその人に話しかけていたらいいなぁ〜、と淡い期待を抱いて後ろを振り向いた。……しかし後ろは壁で、誰もいない。

「お前に話しかけているんだぞ、白髪の青年!」

もう一度怪しい男が言ってきた。

リハクはイシカワとナツメを交互に見てから、嫌そうに答える。

「宗教には興味ありません。神とか信じてませんから」

怪しい人物を刺激しない為の言葉遣いだ。

別に笑わそうとして言ったわけではないのに、大笑いする怪しい人物。

「はっはっはっはっは! 宣教師じゃない、オレ様は海賊、C(キャプテン)・オザキだ!!

「……。警官呼んでこい、ナツメ」

即座のイシカワの判断。

怪しい男、オザキは慌てて弁解をした。

「怪しい宗教の勧誘じゃないっ! つってんだろ!? わからないお子様達だな。オレ様が勧誘するのは自分の船へだ。海へ出る仲間を捜してんだから……!」

海賊とかその手のふざけた言葉は置いといて……

「自分の船……!?

顔を見合わせるリハク達。

「今、自分の船っつった??

リハクが訊くと、胸を張るオザキ。

「ああ、海賊だからな。名前はタイターン号だ!」

ちょっと呼び名を変えると沈没しそうな名前だったが……それよりも、でかくて立派そうな船を想像してしまう。

 

「おじさん!! 私達をその船に乗せて!!

ナツメがすぐに飛びついた。

「はあ? お嬢ちゃんは女だからな……」

いきなりの乗船申し込みに戸惑うオザキ。

「オレ様は強い仲間を捜してて……誰でもいいってわけじゃなくて……」

船という単語に急に態度を変えるリハク達。

この際海賊船でも漁船でも構わない、とリハクは交渉に入った。

「オレはこう見えても魔物ハンターをやっているんだ。腕には自信がある。でもオレ達は三人で仲間だからさ、アンタの仲間になるには三人一緒じゃないと……」

「魔物ハンターか……やっぱりオレ様の目に狂いは無かったな……!」

オザキは疑いもせず、リハクを見つめて気前好く仲間宣言をした。

「よぉーし、じゃあこれから、三人ともオレ様の手下だぞ! いいな?」

「アイ・アイ・サー!!

海賊っぽく? 返事をして、色々な疑問には触れず、歩き出すオザキについていく三人。

 

まずは名前を教えてから、ナツメが訊いてみた。

「おじさん……じゃなくて船長! これからどこ行くの?」

「海へ出る!! タイターン号へ向かうぞ!!

その返事には、呑気にナツメやリハクも喜んだ。

ただ、イシカワだけは一つのことが引っかかっていた。

(……? 他の仲間はどこにいるんだ? 船か……? 勧誘は俺達だけでいいのか?)

 

 

 

 誰もいない浜辺まで来て、オザキがその答えを言う。

「まぁ、オレ様とオマエらで定員ギリギリだな」

 

「え……? 船長、タイターン号、どこ?」

キョロキョロするナツメ。辿り着いた浜辺には船はどこにも見当たらない。

……代わりに、視界に入れたくない小舟が浮かんでいる。……ちょうど四人が限度で乗れそうだ。

そしてオザキはまんまとその小舟を指差した。

「そこにあるじゃねーか、タイターンご…」

最後まで言い切る前にイシカワが右ストレートを(オザキの)顔面に食らわした。

!!

 

――正直、大の大人が、そんなに飛ぶとは思わない程吹っ飛んで、勢いよく浜辺に叩きつけられた!

「痛い痛い!! なんだコレ? オヤジ狩り!? ……オレ様、若者のオヤジ狩りの標的!?

腫れた頬を押さえながら痛そうに転げ回るオザキ。

「飛ばされた!! ぶっ飛ばされた!! 熱いぜこの野郎!!

何故か興奮しながら立ち上がり、イシカワの手をガシッ! と掴んだ。

「強い!! お前本当に強いな!! いい助っ人が出来た!! 皆喜ぶぞ!!

……話が見えない。

 

 

 

―――――

 

「すまねぇな、改めて自己紹介する。オレ様はオザキ。海賊っつーのは嘘だ」

船乗り達が集まる、港近くの酒場で食事を奢ってもらうリハク達。

オザキは普通の白いシャツに、黒いズボンを穿き、先程の怪しい格好はやめていた。

しかも眼帯まで取る始末。

目には傷があるわけでもなく、問題無くちゃんと見えていそうだ。

「……一体なんなんだ?」

わけがわからない、と不審そうに見るリハクに、オザキは苦笑した。

「まぁ……お前さんらが疑うのも無理ないな。海賊じゃないけど、オレ様が仲間…つっか助っ人を探してるのは本当だぜ?」

「助っ人……?」

一人称が“オレ様”なのは地なのか、と思いながらイシカワは訊く。

 

「そう、助っ人だ。実はオレ様はリバー国の人間で……」

オザキは少し声を潜めた。

リバー国は西の大陸にある国で、オリオン国の北に位置する大きな国だ。

ナツメやリハクは国の名前を言われてもよくわからなかったが、イシカワだけは一人で納得するように頷いた。

「リバー国の都市では、今、市民の暴動が結構起きてるな……」

「“革命”と言ってくれよ。オレ様達は悪政を正す為に戦っているんだ」

きっぱりとオザキは言った。

 

「かくめい……?」

よくわからなくてナツメは首を傾げたが。

気付いて、イシカワは大声を上げる。

「助っ人ってまさか、革命の!?

オザキは慌てて「静かに!」というポーズをした。

そして小声で言う。

「まぁ……要するにそうだ。強い奴が必要だ。それでオレ様は強そうな奴を探してて……」

「わざわざこんな所まで?」

探す範囲広すぎだろう? とつっこむイシカワ。

それには、言いにくそうに躊躇ってからオザキは話す。

「いや、ここまで来たのは……事故だ。なんか、……ちょっと舟を使って海に出たら、いつの間にか流されて帰れなくなってな」

「遭難かよ!!

今度はリハクがつっこんだ。

オザキは何でもないようにヘラヘラしながら答えた。

「死にそうになったけど、ここの国に行く為に通りかかった船に偶然助けてもらえてな。そんでタイターン号ごと乗せてもらえたんだ」

信じられない話だ。

「でもって、リバー国へ帰る前に助っ人探してて、偶然立派な剣を持っているリハクを見つけてな、……直感で」

リハクは剣を触る。

「そんでオレ達に声をかけてきたってことか」

何となく理解したが、まだ理解出来ないことがあった。

「ってか、なんで海賊のフリして……?」

「オレ様昔、海賊に憧れててな……」

……どうでもいい。

呑気で頭のおかしいおっさんにリハク達は呆れて溜息をついた。

 

「とにかくまぁ、本当にオレ様はお前達に助っ人に来てほしいんだ。危険なことだけど、御礼は弾むし……」

頭を下げるオザキの姿につい断りづらくなる三人。しかも、御礼は弾むという言葉に誘惑されてしまう……。イシカワは念の為、と訊いてみた。

「つまり、俺達をリバー国に連れていく、と?」

「ああ」

「……」

暫く考えて、イシカワはリハクとナツメに促す。

「リバー国へ行ければ、もしかしたらオリオン国には歩いてでも行けるかもしれない」

オリオン国はリバー国の南に位置する。同じ大陸なので、充分に可能だ。

ナツメはすぐに賛成の方向で手を合わせた。

「コバヤシ捜せるじゃん!」

少し遠回りだが……リハクもその方が確実かもしれない、と頷いた。

「お礼も欲しいし……」

決定だ。

「じゃあ、引き受けてくれるんだな?」

三人の意見を聞いて喜ぶオザキに、イシカワだけは真面目な顔で条件をつきつけた。

「引き受けてもいいが、これだけは絶対に勘弁することがある……」

「……?」

 

「タイターン号にだけは乗らないぞ!」

 

 

 

―――――

 

 ――リバー国。

獅子の国から西の大陸の、広大な土地を持つ国。北は寒く、南は暑いが、雨量も少なく、気候が一年中安定している。更に、物凄く広大な森があることでも有名だ。

その森のすぐ近くに位置する都市、ライブラシティ。

港があり、河があり、その河を挟んで造られた美しい町だ。河には沢山の橋が架けられ、橋を中心に街が栄えていた。

近隣諸国とよく戦争をしているが、現在は休戦中で一時の平和に見える。

しかし、実際は王の圧制により、苦しい生活を強いられた市民の暴動が絶え間なく起きていた。

 

 

 

 何日か船に揺られ、リバー国・ライブラシティの港に到着したリハク達は、漸く陸地だと、わくわくしながら降りてきた。

「ふぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!! 疲れた〜〜〜〜〜!!

大欠伸をするリハク。

最初は海に興奮したが、慣れると暇になり、ずっと退屈な時間を過ごしていた。

大きな船だったので、魔物避けの結界石が効力を発揮し、特に問題無くの航海が出来た。

「なんか、変な気分〜……」

ナツメは船の感覚が残ってしまい、陸地を歩くのにフラフラしていた。

 

建物が沢山並び、フレイ・レオとはまたちょっと違った都会の街並み……

しかし、どうも静かな雰囲気だ。あまり人も歩いていないよう。

「……静かな街だな」

周りを見渡し、イシカワが呟いた。

それにはオザキが横に並んで苦笑しながら答えた。

「最近物騒だからな。皆家に閉じこもってるんだろ」

そして歩き出す。

「さて。着いて早々で悪いけどな、仲間ンとこに案内する。ついてきてくれ」

三人は急ぐように歩くオザキの後ろから遅れないようについていった。

 

 

 町を二分する大きな河には沢山の橋が架かっている。

港から見えた綺麗な街並みとは違い、実際の街路には荒んだ光景が目立った。

寝ているのか、もしくは息が無いのか、橋や路地裏には人が倒れていたし、浮浪者も少なくはない。

スラムで育ったリハク達には見慣れた景色だったが……やはりいい気はしない。

 

暫く歩いて、漸く立ち止まった先には、大きな立派な橋と、建物がずらりと並んでいた。

その中の一見見落としそうな小さな酒場のドアをオザキは開ける。

昼間だからかまだ薄暗い店内に入り真っ直ぐカウンターに向かった。

カウンターの中の年齢不詳の女性が、オザキの姿を見るなり飛び上がりそうに驚いた。

「……!! オザキ!! オザキじゃないかいっ! アンタ、今までどこに行ってたのさ!」

「まぁ……そうだな。助っ人を探してたんだ」

気まずそうに言うオザキ。

女性はふぅと大きく溜息をついて腰に手を置いた。

「皆、アンタがとっ捕まったのかと……心配してさぁ……」

苦笑するオザキ。

「色々あってな。でも無事だ。ちゃんと助っ人も連れてきたし、とりあえず皆んとこに行く。開けてくれ!」

女性はカウンターを開けて中に入れてくれた。

リハク達三人を見て信じられないという顔をする。

「ちょっと!! 助っ人ってまさかこの子達!? まだ子供じゃないかっ!!

更にナツメを見て悲鳴じみた声を上げた。

「しかも女の子まで!!

ナツメは元気よく挨拶をする。

「こんにちは〜!!

「……」

呆然とした顔で見る女性を横目で見ながら、オザキはカウンターの中の扉を開けた。

中は倉庫のようで、酒樽が沢山ある。

その酒樽を退かした床には取っ手があり、その取っ手を引っ張るオザキ。

……開けると、下に降りる狭い階段が現れた。

「なんだ、それ? 秘密基地みたいじゃん!」

何となく、ウキウキしてしまうリハク。

オザキは手招きをしてその階段を下りていった。

「そう、まさに秘密基地だ」

 

 

 四人で階段を下りていくと、なんと地下室があった。

部屋は物置のようで色々な物が置かれている。物をかきわけて歩いていくと、少しだけ広い空間に出た。

そこには小さな明かりと、数人の大人、そしてテーブルと椅子が置かれていた。

数人の大人は殆どおっさんで、四人の登場に最初警戒したが、オザキの姿が見えて皆驚きの声と喜びの声を上げた。

先程の女性と同じように、心配していた様子だ。

リハク達は顔を見合わせてこそっと言う。

「……まさかタイターン号で遭難したなんて、この人達は思いもよらねーだろーな……」

そんなリハク達をおっさん達は不安そうに見る。

「オザキ……助っ人って……若い奴がいいとは言ったが……」

その後はナツメの方を見ていた。

「まさかこんなお嬢ちゃん連れてくるとは……」

「こんにちは〜♪」

元気よく挨拶をするナツメに、少しでれ〜っとしてしまうおっさん達。

「まぁ、可愛いけどな……」

全くだらしがない。

オザキが弁解をするように言った。

「いや、お嬢ちゃんは成り行きでな。勿論安全な場所にいてもらう。助っ人はこっちの二人だ」

皆はリハクとイシカワに注目した。

特に、リハクの持っている真剣・メシアに注目する。

「なんだ〜? 大層立派な剣担いでるなぁ? まさかハッタリで、飾りってことはないよなぁ?」

おっさんの一人が疑わしそうに見てきた。

リハクは平然と答えた。

「オレは魔物退治とかいつもやってるけど?」

魔物退治という言葉に皆は小さな歓声を上げた。

「凄くねぇか?」

「魔物を……」

等と声が飛び交う。

そんな中、周りを見回してオザキが皆に確認するように訊いた。

「ところで、若い連中はどうした? 見当たらねーが……」

「ああ、連中は……」

おっさんの一人が答える。

「もう準備しているんだ。おめぇが戻ってこねーからさ、俺らは計画を進めてて……決行は明日に決定したんだよ」

「明日!?

大声で聞き返すオザキ。

「明日って明日かぁ??

「ああ、夜には酒場で合流する」

皆は同時に頷いた。

その真剣な目は予定を変更することは不可能そうだ。

正直、リハク達にはよくわからなかったのだが……。

オザキは言いにくそうにリハク達に説明をした。

「な〜んか、オレ様が居ない内にどんどん準備が整っちまったみたいなんだけどよ……だからまぁ、いきなりだけど、明日、王に反乱する。その助っ人頼むわ」

「……はあ!?

三人が口を揃えて聞き返すのも無理は無い。

デモのようなものを想像していたリハクは『王に反乱』という言葉で、“暴動”のレベルの高さにイマイチ頭がついていかなかった。

それでも……国の軍隊と平民が戦う姿を想像をして、気付いたように大声で怒鳴った。

「ふざけんな〜〜〜! ってか、スざけんなっ!! オレら殺す気!?

それを聞いて不審な目をするおっさん達。

リハク達が他所の国の人間だとは気付いていなくて、市民が一丸となって命懸けで戦うのに何故この若者達は協力性が無いのだろう、と呆れるような顔をした。

その間に入って、オザキはリハク達を抑えるように小声で話してきた。

「大丈夫だ。お前さんらは安全な位置に配置してやるから! 命を懸けることは無ぇ。出来る限りで手伝ってくれればそれだけで充分だ」

「……」

充分に納得できるわけではなかったが、仕方なく頷くリハク。イシカワも頷き、ナツメだけはよくわからないとキョトンとしていた。

 

そうしている内にも時間が経ち、やがては夜になる。

若者達と酒場で合流して、士気を高める為の乾杯がなされた。

後はしっかりと食事をとり、明日に備えて充分に寝ることだ。

リハク達は酒場の二階に泊めてもらうことになり、何だかんだ言いながらも気合いを入れてぐっすり眠った。

 

 

 

 ――そして、夜が明ける……

 

 

 

 


【第二部 第四章 侵食の序章】

 

 早朝は、少し霧がたちこめていた。

ナツメを置いて、リハクとイシカワはオザキ率いるチームに加わる。

「決戦は橋だ。だがオレ様達は地下水路から城の内部に入り込む」

と、作戦を伝えるオザキ。

「城の内部って、危なくねーかぁ?」

そう訊くリハクの肩を叩いてきた。

「お前さんらは地下までだ。まさか地下水路に兵士はいないから、兵士と戦うことは無い。但し、地下には魔物が巣食ってるから……」

そこまで聞いて、何となくわかった。

「ああ、つまり魔物退治を先導してほしいってことね」

それなら慣れている。

「魔物退治が慣れているお前らとは逆に、オレ様達は魔物との戦いには慣れていねぇ。でもそこで間誤付いているわけにもいかねーしな。橋での戦いは長くはもたない、城を奇襲して早いとこ勝負をつけねーと……」

成る程、とイシカワも頷いた。

実はイシカワはリハクと違って魔物との戦いには慣れていなかったのだが……まぁリハクがいれば何とかなる、と思っていた。

 

 

 小さな教会の裏の使われていない井戸から、梯子を下りて地下水路に入り込むオザキチーム。

他のチームも続々と下りて、手薄くなる(はずの)警備の城の内部に侵入する予定だ。

それが作戦で、城直前までは皆一緒に行動する。先導をリハクとイシカワが引き受けた。

上では暴動が始まったらしく、振動や爆発音等が響いてきた。

「……始まった。こっちも急がねーと……!」

地図を確認するオザキの指示通りにリハク達は歩き出した。

暗い地下水路。決行の為に前もって用意した明かりのおかげで、少しは前が見える。それでも魔物に警戒をしながら進んでいった。

 

 

 暫く歩くと、水の音に混じって奇妙な鳴き声が聞えた。

ヒタヒタと歩く足音は決して人間ではない。

「早速お出ましかぁ〜……?」

リハクは皆を後ろに下がらせ、前に出る。

そして剣を抜いた。

真剣・メシア……以前使った時は重くてうまく扱えなかった。

しかし、以前とは何だか違う気がする。

いや、明らかに軽い。

不思議に思いながらもリハクは剣を構えた。

 

……段々と近付いてくる魔物。それが急に突進してきた。

「!」

慌てて剣を斬りつけながらも避けるリハク。

イシカワが皆を避けさせ、突進してきた魔物はまたリハクに向かってきた。

――大きな鼠だ。凶暴そうで、人くらいの大きさはある。

今度は避けきれず、そのまま突撃されるリハク。

まともに衝撃を食らって、一瞬意識が飛びそうになった。

そして壁に激突する。

大きな衝突音が響き、イシカワは叫んだ。

「リハクっ!!

「……!」

動こうとしない鼠と、動けないリハク。

「リハク……! おい! リハク……!」

大鼠に警戒しながらそっと近付くイシカワにリハクが苦しそうな声で言った。

「……ちょ……こいつ……どかして……!」

!?

イシカワは急いで大鼠をリハクから引き離した。

大きな音を立てて倒れる大鼠。……死んでいるようだ。リハクの剣が体に突き刺さっていて、大量の血が出ていた。

一方、鼠が退いたことで、やっとその場に座り込み、咳き込むリハク。

「く……苦し……腹にきた!!

ゼーゼー言いながらも剣を鞘に収める。

(……ってか、やっぱ剣、軽くなってんな……。しかも切れ味すげーし……)

何だか扱い易くなってしまった剣に疑問を抱いていた。

……普通の剣よりも軽いし、うまく急所に入ったのか、一撃で魔物を倒す切れ味。

 

ともあれ、オザキ達は驚きながらリハクに駆け寄った。

「すっげぇ!! さすが魔物ハンター!! 一発で魔物仕留めるなんざ、中々出来る芸当じゃねーぞ!!

感心して、それでも時間が無いと、先に進むのを促した。

「……休んでる暇は無いってか……」

イシカワに起こしてもらい、リハクは苦しそうに腹を押さえながらまた先頭に立った。

 

 

 そうして、また何度か魔物に出くわせ、何とか倒し、……又は逃げ出して、オザキ達の目的場所である城進入口前に到着する。

何グループにも分かれてそれぞれ別の梯子や階段から、外に向かっていった。

リハク達も小さな梯子の前に着き、そこでオザキが「ここまででいい」と言ってきた。

「地下水路も危険だったが、ここからは命懸けの戦いになるから、お前さんらはここで待っててくれ。ここなら魔物も出てこないだろうし。全部片付いたら、また来る」

苦笑しながら続ける。

「もしくは、何時間経っても戻ってこなかったら、逃げてくれ」

そう言って地下水路の地図を渡してきた。

「……。オレらも行こうか?」

何となく、リハクは自分もここまで来たのなら、と提案したが、オザキは首を振った。

「自分らの国のことだ。別の国の助っ人にそこまでしてもらう気はねーよ」

 

オザキと、数人の男達は梯子を上っていった。

 

リハクとイシカワの二人は残されて、ボーっと壁に寄りかかる。

暫くすると、爆発音等が聴こえたので、ついに内部に侵入して奇襲をかけたのかと、光景が目に浮かんでソワソワした。

イシカワは俯いたまま呟く。

「こういう時、昔のことを思い出す……」

「え……?」

聞き返すとまた静かに言った。

「……俺とナツメがいた国は戦争をしていたからな。よく地下に隠れたりして……」

それ以降の話は、イシカワは口を閉ざしてしまった。

初めて聞いた過去の話だったが、思い出したくないのか、眉を顰めて黙り込む。

 

続きも聞けなくなったので、リハクは「それより」と上を見た。

「ちょっと様子見ねぇ? こんなとこでずっと待っててもあれだしさ」

「……まぁ、そうだな」

あっさりと賛成するイシカワ。イシカワも上の様子が気になって仕方が無かった。

 

二人はゆっくりと梯子を上る。

その先には狭い通路があり、更に奥へ進むと小さな扉があった。

扉を開けると光が入ってくる。どうやら外らしい。

狭い扉を這うようにして抜けて、草むらに出た二人は、少し離れた場所が騒がしいことに気付いた。

現在地はどこだろう?

大きくて物凄い壁が並ぶ。……城壁だろうか?

すぐ近くにあるのは城の建物の一部らしい。とても立派だ。

感心している場合ではなく、二人は壁を伝って騒がしい方向へと小走りで向かって行った。

 

 そして広い場所に出て、二人は息を呑んだ。

争う人々。それは……

血を流し、血を流させ、前に進む人と食い止める人。

手薄になっていた城の兵士達。だが、武器は充分に揃っている。

奇襲に驚き、逃げ出す者や、市民派で寝返る者もいたようだが、馬鹿な忠誠心で城を守ろうとする者は手強い。

一方関係の無い使用人達は逃げ惑い、場は混乱に陥っていた。

倒れている人間は、死んでいる者もいれば、腕や足を斬られ、動けなくなっている者、あまりにも無残で見られない者もいた。

 

血の臭いや火薬の臭いは、人々を狂気にさせる。

 

あまりに呆然としすぎたリハクは、流れ矢が飛んでくることに気付かなかった。

そして、戦争の光景に見慣れていたイシカワの方が早く気付いたことも……。

 

「リハクッ!!

 

 

――ドンッ! と押され、リハクは倒れる。

 

自分を呼んだ声はイシカワのもの。

突き飛ばしたのも、イシカワの手。

そのイシカワに、流れ矢が突き刺さった。

しかも、運悪くそこは胸だった。

 

矢は、深く食い込んでいた……

 

 

 

 同じ頃、酒場の女性に匿われていたナツメは、物凄い胸騒ぎに襲われる。

「……!」

落ち着かない心を抑え、ぐっと心に言い聞かせる。

「……大丈夫だよ…ね」

(リハクとイシカワは安全だって、おじさんが言ってたよね……!)

 

たまに聞える爆発音に恐怖感を思い出しながら、震える手で皆の無事を祈っていた。

 

 

 

 ――リハクは全く状況が掴めず、呆然とその光景を見てしまった。

 

胸に矢が深く刺さり、血を吐くイシカワ……

 

何故、自分は座っているのか……?

 

 

流れ矢がまた、腹に刺さったことで倒れるイシカワ。

 

 

知らなかった

 

矢が刺さる時はあっけなく、音なんて一瞬で消えてしまう。

代わりに血を流すだけ。

 

 

 

ああそうだ。……イシカワは自分を助けて……

 

 

理解したリハクは急に恐怖に襲われた。

これは、イシカワの生命の危機だ、と。

 

「イシカワ!!

リハクは夢中で叫んで倒れたイシカワの元へ駆け寄った。

覗き込んだイシカワの顔は青くなっていたし、汗が出て、息を切らし、苦しそうにしていた。

それでも、歯を食いしばってリハクに言う。

「……抜け……矢を……」

「矢!?

矢は二本とも、イシカワの体に刺さったままだ。

多分、抜いたら今よりも血が出て、危険だ。

それでも、と必死に訴える。

「……ナツメ…を…置いて、……死ぬわけ……にはいかない……早く……!」

「……!」

リハクは意を決して、抜くことにした。

唇を噛み締め、震える手を押さえつつ、矢を握り締める。

 

――そして、一気に引き抜く!

 

イシカワは苦しそうな呻き声を上げたが、続けてもう一本矢を抜き取った。

「……!! ……うっ……!!

胸や腹から血が大量に出る。

リハクは両手で必死に押さえた。

 

 

けれど、イシカワの体は段々と冷たくなっていく。

苦しそうに息を切らしながらも、イシカワは苦笑する。

「……まずいな……。冷たい……」

「まずくないっ!! イシカワ!! 待ってろ、血、止めてやるから……!」

自分の服を破るリハク。

ただ、それをあてても血が止まるわけではない。

 

「……ああ……リハクの……顔が……霞んできた……」

目蓋を落としそうにしながら、イシカワは最後の力を振り絞るように言う。

「……リハク…………ナツメを……」

 

「言うなーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

 

最期の言葉なんか聞きたくない、とリハクは叫んだ。

叫ぶと同時に、聴いたことのある声が耳に聞えた。

 

『“癒しと再生の魔術”ならば、助けることが出来る。力を貸してやろうか』

 

すぐにその声がなんなのか思い出すリハク。

その声は……前に真剣・メシアから聴こえた声だ。

 

まるで、悪魔の囁きのような……

 

 

(……イシカワを、助けることが出来る……?)

 

『但し、片足を我が支配下に頂く』

 

リハクの考えに答えるように聴こえた声。

これは……交渉か……?

 

選ぶ権利はリハクにあった。

 

しかし、迷うことも無く、リハクは姿無き者へ向かって叫んだ。

「力を貸せっ!!

 

 

“……駄目……!!

 

か細い女性の声が、一瞬聴こえたような気がした……

 

 

 

 

黒い光が剣から出て、リハクの左足に蛇のように巻きついていく。

そして、禍々しい黒い光がイシカワを包み込んだ。

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 ……………

 

 イシカワが目を覚ました時、すぐにナツメが覗き込んで抱きついてきた。

「イシカワ〜〜〜〜!! 良かったよ〜〜〜!!

「……??

状況が掴めない。

起き上がり、見回して、見たことのある部屋だと気付く。

(俺は……何故ベッドで……)

自分が寝ていたのはベッド。多分、ナツメが看病していたのだろうが……

混乱する頭を整理するイシカワ。

「! リハク……! リハクは……!?

慌てて見回すと、ちょうど部屋にリハクが入ってきた。

「お!! イシカワ起きたか……!」

「俺は……?」

死んだと思っていた。

そうだ、城の内部に入った時に流れ矢を受けてしまって……

「……?」

刺さったはずの胸と腹を触るイシカワ。

ところが、痛くも無く、傷の感触も無い。

すかさずリハクが言った。

「お前さ、地下水路から城壁内に入った途端、砲撃の衝撃を受けて気絶したんだぜ? 怪我は無かったみたいだけど」

「砲撃……?」

眉を顰めるイシカワに、リハクは眼鏡を投げる。

「ホラ、お気に入りの眼鏡は割れちゃったみたいだな」

受け取って、眼鏡を見ると確かに割れていた。しかし……

「流れ矢に、刺さったはずだ……。俺は、死に掛けて……」

対して、軽く笑い流すリハク。

「夢でも見たんじゃねぇ? そうそう、寝てる時うなされてたし。もう一回寝とけよ」

「……」

納得がいかなそうなイシカワをナツメが横にさせてきた。

「そうだよ、寝てていいよ。ここはね、酒場の二階なの。イシカワはリハクとおじさん達に運ばれてきたんだよ」

おじさんという言葉にハッとするイシカワ。

「そうだ!! オザキ達は……無事か!?

ナツメはニコッと笑った。

「怪我とかしてるけど無事だよ!! なんかね、勝利だって喜んでた!!

「……そうか……」

リハクの話は納得いかなかったし、疑問も残っていたのだが、『無事』と『勝利』という話に安心したイシカワはまた眠りに入った。

 

 

 

 

 一方……リハクは左足がおかしいことに気付き、皆と離れた場所で一人、確認してみた。

 

おかしいというのは……

 

 

 

感覚。

 

 

 

動かすことは出来る。だから、普通に歩くことは出来る。

 

 

ただ、自分の脚ではない感じがする。……違和感。

 

そして、螺旋のように出来た黒いアザ。アザというか、痛くはないのだが……。

不気味だ。

 

見られなければいい。

 

そう思ってリハクは、上げてみたズボンの裾を下ろした。

 

「……まるで、なんかの呪い……呪縛みたいだな」

呟き、フッと笑いながら真剣・メシアを手に持ち、じっと眺めた。

(メシアが使っていた剣……か)

不思議な気分で見つめる。

(本当にメシアが……?)

 

剣から聴こえる声は自分にしか聴こえない。

 

 

「メシアの声……? それとも、魔王……悪魔、ってやつか?」

どちらにしろ、自分にとっては救いの主であることは間違いない。

 

リハクは目を瞑り、小さな声で呟いた。

 

「じゃあ左足は、メシアの呪いの刻印……か」

 

 



第三部へつづく・・・


NEXT<第三部>へ進む


メールフォームはこちら
BBSはこちら。


小説置き場へ

トップページへ
ランキングに参加中です。投票して頂けたらとても励みになります。
『メシアの剣』が気に入ったら手を滑らせて押してやって下さい→メシアの剣に投票メシアの剣に投票

どうもありがとうございましたm(__)m


登録してます→

inserted by FC2 system