メシアの剣(06.7.31〜公開・完結06.10.5)

 

登場人物紹介イラスト

【目次】<後編>
第三部 第一章 エンリルの宝石と盗賊三人組
第三部 第二章 災いの入れ物
第三部 第三章 交渉成立
第三部 第四章 月夜
第四部 第一章 シルフの森
第四部 第二章 妖精の唄
第四部 第三章 漠然とした恐怖
第四部 第四章 ウィン図書館
第四部 第五章 家族
第四部 第六章 勇者の出現
第五部 第一章 約束
第五部 第二章 呪われた地
第五部 第三章 哀れな望み
最終章 捧げるうた


【第三部 第一章 エンリルの宝石と盗賊三人組】

 

 オザキ達の作戦は成功……要するに勝利に終わった。

王が白旗を揚げ、市民達への圧制からの解放。

革命という名へは、第一歩でこれからやることが山程ある。

 

犠牲の数も半端ではない。

勝利に酔いしれながらも、その者達への冥福を祈る言葉が捧げられる。

 

落ち着く前に、リハク達はリバー国を出ることにした。

お礼として、オリオン国への船のチケット三人分と、お金を貰った。

お金というか、正確には城にあった宝石類だ。

オリオン国でもどこでも、売れば大層な金に出来そうだ。

 

 

 船着場で、オザキと酒場の女性と、おっさん達が見送りに来た。

皆沢山の怪我をしていて、それはオザキも同じで、包帯も巻いていたし、骨折をしているようだ。

それでも、オザキは豪快に笑いながらリハク達の肩を叩く。

「助かった!! 本当に感謝している!! オレ様達はお前さんらを一生忘れない! いつか、英雄として語りついでやるぜ!!

「……って、そこまでやってないけどな」

『英雄』とか大袈裟な言葉が出てリハクは戸惑った。

「また、ライブラシティに遊びにきてくれ! そん時は大分変わってるはずだから……!」

そう言ってオザキは何かをリハクに渡してくる。

「餞別だ」

……黒い海賊仕様の眼帯だった。

「……。いらね〜」

リハクは返そうとしたのだが……

「わかった」

なんと、イシカワがソレを受け取った。

 

!! ……欲しかったんだ〜?)

ショックを受けるリハク。

イシカワは早速とばかりに眼帯を装着した。

「……眼鏡の変わりだ」

 

(ならね〜〜〜〜〜!! むしろ見えにくい〜〜〜!!

あまりのショックに声を出してのツッコミが出来ない。……コバヤシだったら出来ただろうが。

……ともあれ、オリオン行きの船に乗り込む三人。

最終手段は陸続きなので歩いてでも行こうとしたが、抜けるのに困難な大きな森があった為、船で海から回ってオリオン国に流れる大きな河から入った方が早い。

 

三人は手を振り、心地良い風を受けながら動き出す船に揺られ、皆と別れた。

吹かれる風に何となく爽快感を受けるリハクの横に並んだイシカワは、こちらを向かずに言う。

「……俺は、お前に命を助けられたと思っている。どうやってかはわからないけど、……でも、理由は訊かない。感謝している、リハク」

「……」

恥ずかしくて、チラッと横目で見たのだが、イシカワの目は眼帯で隠れている。

リハクは空を見ながら静かに返した。

「……。先に助けられたのはオレの方だったしさ……」

 

船は河から海に入り、陸沿いに南下する。……――そして、オリオン国へ向かった。

 

 

 

―――――

 

 ――オリオン国。

大きな河と肥沃な大地で栄えた豊かな国。

少ない雨量で乾いた気候の年中暖か目の国だ。

ずっと南の方には僅かだが砂漠もある。

また、大昔に栄えて滅びた文明の遺跡が残っていることでも有名だった。

 

その、大きな河を下った先に中心都市の「サンダー・ラー」がある。

かつて、サンダリアという名の国で栄えた名残であり、国王の城が建つ城下町でもあった。

 

 何日か船に揺られ、リハク達が降りたのはその「サンダー・ラー」だ。

大通りに面して同じ高さで同じ色の建物が並び、物凄く造られた感がある。

その大通りの先には神殿らしき建物と、お城らしき建物が見えた。

とても賑やかな市場通りを歩きながら、リハク達は、入るのは無理だとわかっていてもとりあえず城を目指した。

……時間は昼過ぎか。

まずは良さそうな眼鏡を買うイシカワ。それからお昼ご飯を少し食べて、暑い日差しを避けながら歩く。

 

 そうして漸く迫力のある城の前まで到着した。

立派な城壁と、立派な門。門の前には門番である警備兵がずらり。

……予想通りだ。

 

「さーてどうすんべーか……」

警備兵の数に圧倒され、とりあえず皆に促すリハク。

すると、ナツメがなんの遠慮も無しに警備兵の一人に訊き出した。

「すみませ〜ん! この城に間違ってコバヤシが入ってませんか〜?」

「……??

「なんだい? お嬢ちゃん、ここはお城だよ」

まんまと軽くあしらわれる。

「違うの! コバヤシがここの王子様と間違われてないかって……」

(ナツメが)言っている途中でリハクは兵士からナツメを引き離した。

「ちょお待て! 無理無理!」

そもそもコバヤシが間違われているというのは、大胆な推理であって定かではない。

まずは噂の真相を確かめるのが先決だ。

リハクは考えて、それから兵士に向かって訊いた。

「あの……最近おかしな事件とかお城で起きてないっすか?」

「なんだ、お前は?」

今度は不審がられてしまったが……呑気そうな警備兵が一人口を出してきた。

「おかしな事件どころじゃない! 大事件だ!!

「え……?」

もしや王子の人違い騒動か? 聞き返すリハクに兵士は言う。

「城に隠していた『エンリルの宝石』が盗まれてしまった。だからこうして警備が厳重になっている。お前ら、何か心当たりがあったら教えてくれ……」

慌てて他の兵士達がお喋りな兵士を黙らせる。

「お前……! 何一般人にベラベラと喋ってるんだ!!

パッと思いつくリハク。お喋りな兵士に向かって訊いてみた。

「じゃあさ! その犯人捕まえるか、盗まれた宝石取り返せば、城に入れてもらえるってことはないか?」

「何言っているんだ!! 帰れ帰れ!」

警備兵達に追い返されてしまった。

 

仕方なく来た道を戻る三人。

「ど〜すんの〜? コバヤシ……」

嘆くナツメに、リハクはニヤッとしながら言った。

「さっきの兵士の様子だと、もしかしたらなんとかなるかもしんね〜な……」

「さっきの話か?」

すぐに気付くイシカワ。

 

「そう。城から盗まれたナントカの宝石見つけるか、犯人捕まえりゃ〜、城に入れると踏んだ」

かなり気楽な考えだったのだが……

「入れなくても、繋がりができるかもしれないな」

何となく賛成するイシカワ。

ナツメは言うまでもなく賛成だった。

「わ〜い! ドロボー捕まえるんだね! がんばろ〜!」

あまり深くは考えてはいなさそうだ。

 

それから、「噂といえば」ということで酒場を探す。

 

 

昼間でもやっていそうな所、入れそうな所を先程歩いた大通りで見つけ、早速薄暗い店内に入った。客はそれ程いなく、暇そうにしている店主のそばのカウンター席にリハク達は座った。

「いらっしゃいませ〜。何飲むかい?」

「オレンジジュースとあと、アルコール少な目でこの辺の酒二つ」

昼間だったので控え目に注文してリハクは早速店主に話しかけた。

「ところでさ、なんか、城の大事な宝石が盗まれたって聞いたんだけど、マスター知ってる?」

「おお! エンリルの宝石か!」

いきなり乗ってくる店主。これは手ごたえありだ。

「お前さんらはどっから来た? この町の人間じゃないな? 町では有名だよ」

「……有名なんだ」

隠そうとしていた兵士の努力空しく、町中の噂になっているという現状らしい。

店主はハキハキと答えた。

「盗賊三人組の仕業だって噂だぜぇ〜。しかもその盗賊、一人は珍しい青い髪をした美女に、もう一人は金髪の美少女、あとは赤髪の大男らしいな」

……恐るべし、という程広まっている。そこまでバレているなら捕まるのは時間の問題ではないか、と思うのだが……

リハクは別のことにかなりの勢いで食いついた。

「盗賊って……女なんだ……女盗賊……美女……ナイスバディ……」

妄想が膨らむ。

気合いの為、髪を結び直した。

「なんか、宝石とかどうでもいいから、会ってみたいな〜その美女達に……♪」

そのやる気満々の顔に、ナツメはおろか、イシカワまでも呆れ返った。

 

 

 盗まれた宝石・エンリルの宝石と盗賊三人組の話は町の格好の娯楽話になっていたらしい。

酒場の店主がイキイキと喋る中、他の客も加わってきて話が盛り上がる。

そうして集まった情報はこんな感じだ。

 

青髪の美女は二十歳前後でナイスバディ。

金髪の美少女は十五歳前後で動きが素早い。

赤髪の大男は三十歳前後で怪力。

事件の時、担当にあった警備兵の隊長は、若くて腕もあり美形なのだが、金髪美少女に一目惚れしてしまったらしく、捕まえるのは期待出来そうも無い。

無論、他の兵士達も青髪美女に心を奪われてしまっている。

盗賊達は他にも宝石を集めているらしい。

● 最近までは獅子の国に行っていたらしい。

 

「うちの国でそんな噂あったっけか……?」

獅子の国という話で、イシカワ達に訊いてみるリハク。

「宝石……盗賊……」

考え込むイシカワ。

ナツメはリハクの剣を見て言った。

「そういえばお城で婚約者様さらった盗賊いたよね」

婚約者とはヨサノのこと。ヨサノは自作自演の為に盗賊を雇ったといっていたが……

「……いたけど、まさかそいつらじゃねーだろ」

姿は見ていなかったが……軽くあしらうリハク。

そういえば、ヨサノは今頃どうしているだろう、と思う。

……が、すぐに追い払って、美女盗賊のことを考えようと頭を切り替えた。

(もし獅子の国に帰ったとして……それでアイツに次に会った頃は、皇子の婚約者になってるだろうし……)

そこは別に気にするところではなかったが。

 

情報もしっかり集まったことだし、と店を出ようとしたリハク達にいかにも怪しい男が話しかけてきた。

「アナタ達……この国の人間じゃないネ? ワタシもそうアルよ。もし良かったら一緒に呑みたい。どうアルか?」

 

……このいかにも怪しい謎のアル口調は……

 

「あ!! あの時のおじさん……!」

本人を目の前に指をさすナツメ。

「え……?」

驚きつつ、後ずさりをする男。

リハクやイシカワも気付いて詰め寄った。

「てめ〜……ナツメを騙した詐欺師!! 金返せ〜〜〜〜!!

「な……なに言ってル? 人違いアル」

男はブンブンと首を振った。

獅子の国の港で偽の船チケットを売っていた男にそっくりだったのだが……。

「もしかして、ワタシの仲間カ? ……いやでも詐欺なんてとんでもないことしないアルよ」

男が指したテーブルにはなんと、男と見分けがつかないくらいそっくりな男二人が座っていた。

区別を付けるなら身長が異常に違うということか。

?? なんだぁ〜? 三つ子??

目を丸くするリハク。

テーブルの二人も手を上げて同時に言った。

「よろしくアル!」

またしてもアル口調。

男はリハク達をテーブルの方へ誘導する。

リハクは誰が誰だか混乱してとりあえず三人に言い放った。

「誰でもいいから金返せ!!

三人は顔を見合わせ、口々に言う。

「ワタシ達やってないアルよ」

「人違いアル」

「ワタシ達の国の人間はよく皆似ていると言われル。ワタシ達は獅子の国に行ったことないヨ」

 

頭が痛くなるリハク。

「ああ〜〜〜。わかんね〜。お前らなにじん? ドコの国の人? じゃあ人違い? わかったよ、もういいよ! うるせぇ!」

男達の一人がニッと笑う。

「じゃあ、一緒に呑もうアル。奢るアルよ」

 

「待て!!

 

黙って聞いていたイシカワが警戒するように止めてきた。

「……。俺達は、一回も獅子の国から来たなんて、口に出していないはずだ。……何故知っている……!?

その言葉に、リハクもハッと気付く。

「……!! そうだよ!! オレらは獅子の国とか一言も言ってないアル!!

うっかり口調がうつってしまった。

 

後ずさりする怪しい男三人組。

 

そういえば、噂の盗賊三人組の特徴で、彼女らの特技を挙げるのを忘れていた。

それは……変装が得意ということ。

 

次の瞬間、マントを脱ぎ捨てるように服を脱いだ三人はいきなり別人になっていた。

――まさしく、青髪の長髪の美女。それから金髪ショートの美少女。更にやたら背の高い赤髪の渋めの男。

突然の出来事に、呆然とするリハク達。店内まで皆注目してし〜んと静まり返った。

 

金髪の少女が、アル口調ではなく、とても可愛い声で大男に怒った。

「ったく、獅子の国ってどうして言っちゃうんだよ!!

青髪の美女も呆れたように続ける。

「そうよ。酔わせて潰したところで拝借するって作戦決めたのは、アナタじゃない。ただアナタ自身がお酒を呑みたかっただけじゃないの?」

赤髪大男は苦笑してそれでも、と返す。

「まぁとにかく……逃げるぞ!」

言った瞬間、物凄い速さで店内を突っ切り、それから店主に何かを投げつけて出て行った。

見ると、それはお金だった。

「あ……ありがとうございました……」

店主が言うと同時に店内が沸き起こる。

噂の盗賊三人組の登場……しかも女性の噂通りの美貌に皆は盛り上がった。

危うくリハクまで喜ぶところだ。

しかし、喜んでいる場合ではなく……

違和感に気付くリハク。

 

……なんと! 真剣・メシアが無い。

 

「……ま……まじかよ……! やられた〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

声が店中に響き渡った。

「え……? どうしたの!? リハク……!」

びっくりして駆け寄るナツメとイシカワ。

「剣をあいつらに盗られた……! くっそ〜〜!!

宝石をどうするとかそれよりも、まずは盗られた物を取り返すのが先だ。

リハクは急いで店から出る。続いて、お金を払ってからイシカワやナツメも出て行った。

 

 

もう姿を消してしまったかと思いきや、三人組は大通りで立ち止まっていた。青髪の美女の手には確かに真剣・メシアがある。ただ、彼女らが立ち止まっていたのは、決してリハク達を待っていたからではない。

彼女らを取り囲んでいるのは三十人くらいの警備兵達。

どうやら町の至る所で張り込みをし、待ち伏せをしていたらしい。

「……もう逃げられないぞ」

取り囲んだ男達の中から、一人の十六、七歳くらいの少年が出てきた。

噂の警備兵の若い隊長に間違いない。噂通り、中々の美少年だ。

「城の宝、『エンリルの宝石』を返してもらう……!」

茶色いサラサラな髪にクールなブラウンアイズ。見物人の女性達はうっとりとしている。

警備兵が盗賊を捕まえてくれるのなら……と、リハク達も黙って様子を見ていた。

 

「……美少年君、私には貴方の弱点がわかっているのよ」

前に出る青髪美女。

警備兵の少年はほくそ笑んだ。

「オレに色仕掛けは効かないぞ」

「……そうかしら?」

青髪美女は素早い動きで、なんと! 金髪美少女のスカートを捲った。

「……!!

「何すんだよ!!

顔を真っ赤にして慌てて裾を押さえる金髪美少女。

 

……案の定、警備兵の隊長はノックアウトした。

彼が金髪美少女に心を盗まれていることは既に噂で確認済み。

「……オレンジは……眩し過ぎる……」

それが最後の言葉で、彼は幸せそうに眠りについた。

 

「駄目じゃん!!

思わずつっこんでしまうリハク。

 

隊長が卒倒したことで一瞬混乱した警備兵達の間をぬって、盗賊達は駆け出す。

それはそれは凄いスピードで、人々は呆然としてしまう。

反応したのは役立たずの警備兵どもではなく、リハク達だ。

すぐに三人組を追いかけた。

人混みを掻き分けて、リハク達の存在に気付いた三人は、途中でバラバラに分かれた。

そこで、リハク達も分かれることにする。

真剣・メシアを持っていた青髪の美女にはリハクが追い、金髪美少女にはナツメ、そして赤髪大男にはイシカワ。それぞれ見失わないように追う。

 

「待ぁて〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

走りに結構自信のあるリハク。段々と美女を追い詰めていく。

 

 そうして、ついに河岸まで美女を追い詰めた。

河を背に、観念したように立ち止まる美女。

近付いて、リハクは目を疑った。

「あれ……? 剣は……?」

ニコッと笑う美女。

「剣は、あの二人のどっちかが持ってるわよ。ねぇ、私は見逃してくれない?」

……と、言われても……

色っぽい目に、つい頷きそうになるリハク。

そんなリハクを不思議そうに見ながら美女は言う。

「ところで、どうして貴方があの剣を持っているわけ……?」

「は?」

美女は『真剣・メシア』を知っているのだろうか? いや、それよりも……

「ってか、アンタらこそ、宝石狙ってる盗賊じゃないのか? なんでオレの剣を……!」

「……“オレの剣”……ねぇ……」

ゆっくりと後ろに下がる美女。

「……あの剣は、元々あの人の剣だったのに……」

「あの人……?」

 

――訊いた瞬間、美女は河に飛び込んだ。

「……!?

 

「ちょ……! なにやってんの!?

急いでリハクは駆け寄って覗き込んだが、浮いてこない。

「まじで……!?

様子を見るよりも先に、リハクは河に飛び込んだ。

思ったよりも深い河。

美女を助けようと思ったのだが……

……潜った勢いでとんでもないものが見え、リハクは誤って溺れそうになった。

 

そして慌てて顔を出す。

「……」

ゆったりとした流れに少し身を委ねつつ、見えたモノを再確認する。

青い髪あれは……珍しい髪。確実に美女のもの。

そして、上着に長いスカート……スカートの中にチラリと見えたのは、綺麗な脚……

ではなく、鱗の脚。

鱗……?

 

リハクは軽く流されながら叫んだ。

「人魚だぁ〜〜〜〜〜!! 海じゃなくて河に人魚だ〜〜〜〜!!

 

 

 

 


【第三部 第二章 災いの入れ物】

 

 時刻はもう夕刻か……? 一向に暗くなろうとしない陽の長さに疑問を抱きつつ、濡れた服のままリハクは来た道を戻っていた。大通りの先程の酒場の前にでも行けば二人と合流出来るだろうか? もしも二人が盗賊の二人を捕まえていればいいのだが……

現実は甘くなく、イシカワが手ぶらで戻ってきた。

「……すまない、リハク。あんなでかい男なのに見失ってしまった」

謝ってくるイシカワに、意を決して言ってみるリハク。

「あのさ……。オレが追ってた青髪の女さ……」

「……?」

「……なんか、人魚だったんだけど」

「……」

無言で眼鏡を渡してくるイシカワ。

 

「え? 何コレ……。どういうこと?」

リハクが訊くと、イシカワは頷きながら言う。

「貸してやる。よく見えるぞ」

危うく眼鏡を砕きそうになった。

「ちげーよ! 目が悪くなったんじゃねぇ〜!! ホントに、脚が鱗だったんだよ!!

「魚と見間違えたんじゃないのか?」

不審そうに見てくるイシカワ。

眼鏡を返し、リハクは強く言う。

「見間違えない!! 遠近法でもないから!! まじだって!!

「……そうか」

そのままイシカワは通行人の人を引き止めた。

「……この辺に、いい病院はありますか?」

冗談じゃない。

「ちょっと、違うっつってんだろ?」

引っ張るリハクに、イシカワは手を差し出してくる。

「出せ。……毛君から貰った例のブツを出せ! 俺が処分しておく」

「幻覚じゃないから!! 何も貰ってないし。怪しいもんとか吸ってないし!!

ツッコミに疲れてしまうリハク。

こんな誰も信じないようなこと、言うんじゃなかったと後悔する。

自分でも信じられない。

(ってか……人魚って本当にいたんだな〜……)

呆然と考えていると、遠くからナツメが駆けて戻ってきた。

いや、その光景がむしろ一番信じられなくて目を丸くする二人。

なんと、金髪の少女まで一緒にいる。

少女の手を掴んでいるナツメ。

リハク達の前に着いてから元気よく言った。

「捕まえたよ♪」

 

 

 

 ちょっと可愛いが、一見どこにでもいそうな少女。だが、まさしく盗賊の一人である金髪の少女は、名前を『ミシマ』といった。

四人はとりあえず宿を取る。

宿なんて、滅多に取ったことないので少し戸惑ってしまったが、安そうな部屋を一部屋だけ取った。

ナツメは妹的なので、寝る場所は別という配慮まで気付かなかったからだ。

四人部屋に入った途端、ベッドに寝転がるリハク。

金髪美少女、ミシマは掴んでいたナツメの手を振り払った。

「別に逃げないよ! 離せ!!

ナツメは皆の名前を教えて、何故か友達が出来たように嬉しそうにしていた。

そういえば、ナツメとミシマは同い年位か。子供っぽいナツメだったが、ミシマも別に大人っぽくはなく、なんだかいい勝負だ。

ミシマはベッドに座り、三人をジロリと睨みつけてから言った。

「で、どうすんの? アタシを警備兵に引き渡す? なんだよ、こんな部屋に連れてきて……! 聞きたいことでもあんのかよ」

真剣・メシアは持っていない。それはわかる。

リハクは寝転がりながら訊いてみた。

「あのさぁ……なんでオレの剣盗んだんだよ! 高価そうだから?」

「高価!? あれは……真剣・メシアだろ!?

何故か怒って返してくるミシマ。

少し間を置いてから、ツンとしながら続けた。

「真剣・メシアは元々うちのなの。アタシのご先祖様の剣だったんだから……! メシアの剣じゃないよ!」

「はあ??

いきなりで、よくわからない。

「真剣・メシアはメシアの剣だろ?」

 

「違う!! ずっとずっと大昔からあって、“災い”を入れられる剣なんだよ、あれは」

 

ミシマの聞き捨てならない言葉に、慌てて聞き返すリハク。

「災い??

「そう。魔法とか、そういうもの」

アッサリと放たれた言葉。

 

「魔法??

ナツメは不思議そうに聞いていたが……

 

(魔法が災いって……)

妙に緊張が走ってしまうリハク。

「魔術じゃなくて……?」

ミシマは軽く頷いた。

「ああ、魔術もかな……」

 

「とにかく!」本題はそこではなくて、と強く言うミシマ。

「あの剣は、うちの先祖が持っていたものなの。すっごい調べたんだから! メシアは、借りただけだよ。アタシはそのことを知ってから、取り返したくてさ! 獅子の国にも、それ目当てで行ったのに……」

……盗んだ理由はわかった。ただ、だからといって、ハイそーですか、とは渡せない。

これからもずっと持っているつもりか、と聞かれても簡単に頷くことが出来ないが、いつの間にか手放したくなくなっているのも事実。……もとは、戒めのつもりだったのだが……。

そこで、壁に寄りかかっていたイシカワが意見を出してくる。

「ま、とにかく剣を取り戻すのが先決だな。考えていたんだが、囮作戦はどうだろうか……?」

イシカワの視線にギクッとなるミシマ。

「え……? 囮って……」

 

イシカワはダークな笑みを浮かべた。

「その為には色々用意するものがある」

……ミシマを抜かして、三人でコソコソと話し合った。

 

 

 

 そして、夜が明ける。

―――――

 

朝から太陽は眩しく、暑く照り付けていた。

沢山の人で賑わう大通りでは、大騒ぎになり、人が集まる。

人々がざわめきながら見つめる先には……

 

なんと! 大きな木の柱に、金髪の少女は縛られていた。

 

そしてその前に白髪の青年が立つ。……リハクだ。

横には黒髪の眼鏡の男、イシカワも立っていた。

リハクは野次馬達民衆に向かって言い放った。

「こいつは盗賊だ!! だから今からこいつの仲間に告ぐ!! オレの剣を返せ!! さもないと仲間がどうなるかわからないぞ!!

ざわざわと辺りを見回す民衆。どこかに盗賊の仲間が隠れているのか? と皆探し始めた。

金髪の少女は目に涙を溜めて訴える。

「助けて〜〜〜〜〜!!

「早くしないと、こいつの…を揉むぞ……!」

イヤラシイ発言をしそうなリハクをすぐに睨みつけるイシカワ。

リハクは殺意を感じて咄嗟に付け足した。

「いや、まぁ要するに……肩を……」

 

人々が騒めく中、作戦を出した張本人のイシカワは不安そうに呟いた。

「失敗か……? 成功か……? うまくいくといいがな」

対して何故か自信満々のリハク。

「大丈夫だろ! すぐに釣れるよ」

更に調子に乗って面白そうに言い放つ。

「さあどうするか! そろそろ“くすぐりの刑”でもいくか?」

手をワキワキさせながら近付くリハクに、震える金髪少女。

 

「待て!! やめろ!!

 

一人の男が出てきた。

……茶髪で美形の……昨日の警備兵隊長(?)の少年。

 

(別の奴が釣れちゃった〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

ガックリするリハク。

ゆっくり近付きながら少年は言う。

「……いくら盗賊だからといって、こんなことが許されるはずがない……! 解放してやれ!!

……正直、ややこしい。

(……めんどくせ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

リハクは溜息をついた。

「だってさ、『エンリルの宝石』泥棒だから、どーせ捕まえるんだろ? こいつら……」

「……それは……まぁ、そうだが……」

困った顔で答える少年にリハクはコソッと耳打ちする。

「捕まえたら、あんなコトやそんなコトができますぜ、ダンナ!」

「……!!

少年はクールな表情だったのに、みるみる顔を赤くして剣を抜こうとする体勢で構えた。

「バカな!! そんな不純なコト……!! 考えるか!」

益々厄介なことになって慌てているところに、漸く本命が釣れたか、というか……

 

青髪の美女と赤髪の大男が現れた。

 

 

「ちょっと……卑怯な真似するじゃない」

青髪の美女は髪を手でなびかせて近付く。手には真剣・メシアを持っていた。

昨日の鱗の脚のことはひとまず忘れて、リハクは負けじと返した。

「卑怯はどっちだ。人のもん盗んどいて」

更に近付こうとする女性を止める。

「おっと、それ以上近付くなよ。その剣をこっちに投げろ! 娘と交換だ!」

「その言葉は、信用出来るの?」

青髪の美女はリハクの近くにいる警備兵の少年を見た。

それに気付いて、苦笑するリハク。

「別に、警備兵なんかとは手を組んでない。オレは剣を返してほしいだけだし。信用問題はお互い様だ。そっちが剣をこっちに渡してくれれば娘を放す」

「……」

美女は大男の方を見て、大男が頷くと更にゆっくりと近付いた。

「ミシ…その子の縄を解いてちょうだい。約束よ」

「オッケ〜」

リハクはナイフを出して、縄にかけた。

後は何となくのお互いのアイコンタクト。

美女が地面に剣を置く。そしてこちらに渡してきたと同時に縄を切るリハク。

金髪少女に美女が駆け寄り、リハクが真剣・メシアを手に取った。

 

民衆は、その緊迫する様子を、皆息を呑んで見ていた。

警備兵の少年までもが黙って見守ってしまったが……

すぐに我に返って剣を抜き構えた。

「今日こそは……エンリルの宝石を返してもらう……!」

 

「一先ず逃げるわよ、ミシマ……!」

青髪美女が金髪少女に促した。

……しかし、逃げようとしないミシマ。

 

いや、……少女はミシマではなかった。

「……騙してごめんなさ〜い!」

そう言って、金色の髪のカツラを取る少女。……正体はナツメだ。

ナツメはミシマと背格好も似ていたので、変装するには充分だった。

変装が得意な盗賊達に変装でお返ししてやったと、リハクは得意満々に笑い出した。

「まんまと引っかかってやんの♪」

!!

美女は大男と顔を見合わせ、やられた! という顔をした。

「本物のミシマはどこ!?

「さあ? どこでしょう〜?」

ヘラヘラしながら言うリハクをキッと睨み付ける美女。

大男は美女の手を引っ張った。

「カフウ! とりあえず逃げるぞ!!

 

そこで、今だ! と言わんばかりに声を上げる警備兵隊長の少年。

「盗賊達を取り囲め!!

 

突然、民衆の中から数名の警備兵達が出てきて、二人の盗賊を取り囲んだ。

これにはリハク達も驚いてしまう。

罠に嵌められたような目でこちらを見てくる美女に思わず言い訳をしてしまう。

「いやいや、こんなの知らなかった。さっき言った通りこいつらとは手を組んでないから……!」

役立たずと思っていたが、手際だけは良いようだ。

じりじりと二人に警備兵が近付く。

そして、捕らえようと突っ込んでいった。

 

……が、

なんと、警備兵達は次々に薙ぎ倒されていく。……大男の怪力によってだ。

民衆達が歓声を上げて見守る中、二人は障害を払って走っていった。

むろん追いかけるリハク達。

今度こそは捕まえて……出来れば城に入るきっかけを作りたいからだ。

今度こそという思いは近くにいた警備兵隊長も同じようで、一緒になって追いかけてくる。

大通りの追いかけっこは市場を抜け、細い路地を抜け、裏通りを抜け……長い長いレースになった。同じ所もぐるぐる回り、ついに大きな広場で二人は立ち止まり、追ってくる者達を迎えてくる。

青髪の美女……カフウは溜息をつきながら言った。

「なんなの? 美少年君はわかるけど、白髪(しろかみ)君とそのお仲間さん達は、何故私達を追うのよ? 剣返したじゃない! やっぱり警備兵と手を組んでいたのね……」

それには、不思議そうにこちらを見ながら警備兵の少年の方が答えた。

「いや……手は組んでいない」

うんうんと頷きながらリハクも言う。

「ほら! 美少年君も言ってるだろ? 組んでないって。オレらはオレらでアンタらに用があんの」

「……」

カフウは次の質問をしてきた。

「ミシマはどこ!? いくらなんでも、それだけは教えて頂きたいものだわ」

ナツメが許可も無しにきっぱりと教えた。

「宿屋で待っててもらってるの」

「待ってて……?」

 

会話の途中で、警備兵の少年が剣を構えた。

「無駄口はいい。今日こそ決着をつけてやる。覚悟しろ」

言った瞬間――

 

少年は大男に斬りかかった。

それは、生意気な口を利くのも頷けるくらい速くて正確な剣捌き。

「……!!

大男は自慢の怪力も出せず、避けるので精一杯。……いや、避けきれてはいなく、腕や足が掠られていく……。

少年は、殺すつもりは無く、あくまで捕らえるつもりでわざと掠る程度に斬りつけてきていた。

 

今までの駄目っぷり(?)を撤回して思わず見直してしまうリハク達。

「……!? すげぇ……!」

自分よりも速そうで且つスマートな剣捌きに魅入ってしまった。

 

 

「ムシャノコージ!!

仲間の危機に叫ぶカフウ。

迷っている暇は無い、と少年に手を向けた。……そして唱える。

 

『我の主である水竜アダドよ!! 怒れる嵐の力を貸し給え!』

 

――手からは信じられないことに、竜巻が出てきた。

それは轟音と共に横に走り、驚きすぎて何も反応出来ない警備兵の少年にぶつかった。

 

少年は遠くに飛ばされ、そのまま広場の地面に叩きつけられる。

 

広場での野次馬は悲鳴を上げた。

あまりの出来事に……

何人かの人が少年に駆け寄り、安否を確認する。……一応無事みたいだが……。

別の人間は青髪の美女、カフウを恐ろしそうに見た。

……誰かが呟く。

「……今のは魔術だ……。魔物……?」

同調して別の誰かが叫んだ。

「ま……魔物だ〜〜〜〜!!

その瞬間広場がパニックになって皆逃げ出した。

 

 

リハク達は逃げずに留まっていた。

正確には、リハクは動けなくなっていた。

カフウが恐くてではなくて、……まるで、自分だ、と。

子供の頃の自分の姿がカフウと重なる。

魔物だ、と

自分が言われたわけではないのに体が小刻みに震えた。

 

カフウは哀しそうな顔で、今度はリハク達に手を構えた。

「アナタ達にも今の竜巻をぶつけるわよ。ぶつけられたくなかったら、ミシマのいる宿を教えて……」

「……」

イシカワは少し混乱して、動けないでいる。

ナツメは不安になってリハクの方を見た。しかし、

「……リハク……!?

様子のおかしいリハクに戸惑う。

リハクは、震えを止めるように体を押さえて、一人、前に出た。

「……やれよ。止めてやるから!」

何故そんなことを言ったのか自分でわからない。

野次馬はいない。イシカワやナツメになら、もう見られても構わない。

リハクはあの力……“魔法”を出してみようと、心に決めた。

何故だかわからないが、試してみたい……

今までそんなことは一度も思ったことが無い。逃げてばかりだった。

けれど、今は違う……。

もし出来れば、いつも出せている炎ではなく、相手と同じ物質を……。

考えているリハクに、カフウは手を向けてきた。

「止める……? 何を言っているの!? 後悔しても知らないわよ!」

そう言って、呪文を唱えて先程と同じ竜巻を出してきた。

 

それは一瞬で、――襲い掛かってくるものに、リハクも同じものを思い浮かべて手を向け、集中をした。

体が熱くなり、手首が痛くなった。その痛みを出すように……

リハクの手から似たような竜巻が出た。

……決して大きいものではなかったのだが。

 

なんと……! カフウの出した竜巻を跳ね返した!

 

「……!!

 

跳ね返った大きな竜巻はカフウ達の方に向かっていき……――

――びっくりしている二人を吹っ飛ばした。

 

一番びっくりしているのはリハク自身とイシカワとナツメで……。

 

 

 ともあれ、衝撃を受けて気絶した二人を、三人はなんとか宿に運んだ。

そこは、ミシマを待たせて(?)いる部屋だ。

 

 

 

 


【第三部 第三章 交渉成立】

 

「……ん……?」

カフウは目を覚ます。

一番初めに目に入ったのは見知らぬ天井だったのだが……

すぐによく知っている顔が覗き込んできた。

 

「あ……! 目、覚ました……!」

……金髪の少女、ミシマだ。

「ミシマ……!!

カフウはすぐに起き上がった。

「ちょっと!! 横になってた方がいいよ!!

急いで止めるミシマに首を振るカフウ。

「……平気」

大きな怪我はない。地面に叩きつけられた時のすり傷と打撲はあるが、自分の使った術に対して自分の体は抵抗力がある。だから物凄いダメージを受けることは無かった。

心配なのは……

「ムシャノコージ!! ムシャノコージは!?

カフウが見回すと、隣にベッドがあり、そのベッドでムシャノコージが眠っていた。

ミシマがニコッと笑う。

「ムシャは無事だよ。寝てるだけ!」

その言葉に安心した。

咄嗟に自分が前に出たから、ムシャノコージへはあまり被害が行かなかったのだろう……。それに元々彼は頑丈だ。

ふっと今までのことが一気に思い出されるカフウ。

変な奴らに騙されて……追いかけられて戦って……自分の術が跳ね返されて……

「何故、私はここにいるの!?

それに、捕まってしまっていたはずのミシマも……

おまけにこの部屋はどこだ……? 見たところ、宿の一室の様だが……

カフウが混乱していると、「ガチャッ!」とドアが開き、三人の若者が入ってきた。

「あ……アナタ達……!」

自分らを追っていた、白髪の青年と黒髪で眼鏡の青年と茶色い髪の少女……。

白髪の青年、リハクがこちらを見て言った。

「盗賊三人組! お前らは皆、オレらに捕まったってわけ!」

「……!」

カフウは愕然とした。

 

 

 

 ――赤髪の大男、ムシャノコージが起きてから、リハク達もベッドに腰掛け、改めて自分らの自己紹介をする。そしてミシマが念の為カフウとムシャノコージの名前も紹介してきた。

 

お互いの名前を確認したところで、カフウが溜息をつきながら言った。

「で、なんなのよ? リハク君達は何が目的? ミシマも、こんな所で捕まっていたなんて、逃げられたはずでしょう?」

「それは……」

ミシマはそっぽを向く。

「ナツメの奴が、逃げないでね、信用してるから! なんて無邪気な顔で言うからさ……」

ボソボソと小さな声で言い訳をした。

ともあれ、リハクは目的を答える。

「オレらは、ちょっと確かめたいことがあって。城ん中に入りたいんだよね。だから最初は盗賊を捕まえてそれで中に入れるかな、と思ったんだけどさ……」

「それで私達を……?」

引き渡されるのはごめんだ、という顔をするカフウ。

それはリハクも察して首を振る。

「ああでもさ、お前ら城に連れてっても、警備兵が出てきて終わりだろ? あの調子じゃ……」

しつこい位カフウ達を追う警備兵達を思い浮かべた。

「オレ達は何としてもここの王子に会いたいんだよね」

「王子……? 王子って噂の王子?」

ミシマの言葉に、リハク達三人は食いついた。

「噂!? なんだよ、やっぱ噂あったんだ!?

ミシマを見ながら、カフウは面白そうに言う。

「ミシマは王子様の話詳しいわよね! 好みの顔してるから……」

「何言ってんだよ!!

顔を赤くして慌てるミシマ。

どうでもいいことなのだが、リハクはふと警備兵の隊長の少年を思い出して不憫に感じた。

そのことはまぁ置いといて。噂の真相を訊いてみる。

「噂ってなに? コバヤシのこと!?

ミシマが素早く答えた。

「コバヤシ……そうそう、王子がね、自分のことを『コバヤシ』って名前だって言い張ってたってヤツね。元々行方不明だったからさ……。なんか記憶障害かなんかじゃないかって皆は言ってて……」

「やっぱり!!

リハク達三人は同時に反応した。

「やっぱりコバヤシなんだよ、リハク〜」

ナツメが言う。

「違いない」

イシカワも頷いた。

 

?? どういうこと?」

意味がわからない盗賊組の代表でカフウが訊いてきた。

「いや、オレらの仲間のコバヤシがそいつっぽくてさぁ……。間違えられてるっつーの?」

リハクの答えに盗賊組も同時に反応する。

!? えええ!?

 

驚いたところでリハクは本題に入った。

「要するに、それを確かめたいの。その為に城に侵入したくて……。あの厳重な警備を抜けて宝石を盗んだ盗賊達に色々手伝ってもらおうかな、ってさ。城の内部とかわかってんだろ?」

「……」

そう来るとは思わず、びっくりしてしまったが……逆に面白そうな話だ、とカフウ達は乗ってきた。

「確かに、わかっているわね。うまく侵入するルートとか、王子の寝室さえもね」

リハク達は顔を見合わせ、改まって頼んできた。

「じゃあ、アンタらを信用して協力を要請していいかな? 目的地は王子の寝室!」

盗賊三人組も顔を見合わせてカフウが微笑む。

「交渉ね。いいわよ。その代わり、終わったら私達を逃がしてね! 間違っても警備兵には引き渡さないでちょうだい」

……成立だ。

互いに握手を交し合う六人。

今まで全然喋っていなかったムシャノコージが口を開いた。

「で、実行はいつだ?」

答えは決まっている。早い方がいい。キッパリとリハクは答えた。

「……今日の夜中!」

「……今日の夜中か……」

早いなぁ〜と戸惑っているミシマをカフウがからかう。

「ミシマ、夜中に王子様の寝室に行くなんて、ドキドキしているんじゃない?」

「な……! 何……! 違う……! やめろよ!! 変なコト言うな!!

全く以ってわかりやすい。

それより、とカフウはリハクを見つめた。

「ねぇ、リハク君……」

「……え?」

美女に見つめられては、リハクも緊張してしまう。だが、その緊張は別の方向へいった。

「貴方……ウォール人なの?」

 

「……ウォールじん……?」

 

聞いたことがない。

「何? なんだそれ……?」

質問するリハクに、カフウは周りを見回してから言う。

「魔法のこと……。もしお友達に聞かれたくないなら、別の場所で話してもいいけど」

イシカワとナツメはリハクの方を見た。

カフウに自分のことを見透かされたようで、少し焦りながら首を振るリハク。

「別に。隠すつもりもないし。……オレは魔法のことをよく知らないんだ。もし教えてくれるなら、この場で教えてほしいよ。そもそもカフウだって、何者なのか、とか」

「何者って……! カフウは別に……!」

椅子に座っていたミシマが立ち上がった。

それを押さえるカフウ。

「いいのよ、ミシマ。もしかして昨日、見られたのかもしれないから、私……」

そう言って、近くにあった花瓶を手に取った。

その花瓶から、花を取り出し、自分の足をベッドから出す。

「見てもらった方が早いわね」

言うと、花瓶を逆さにし、中に入っていた水を足の上にこぼした。

「何やって……!」

リハクが言い終わる前に、カフウの足の水のかかった部分だけ魚の鱗のようになる。

「……!」

リハク達三人は息を呑む。

「あ……足が……!!

驚くナツメの声。リハクだけは昨日の人魚……カフウのことを思い出していた。

 

「乾けば足になるのよ」

花瓶を元に戻して、カフウは続ける。

「御伽噺と同じ……。つまり、私はアナタ達が呼ぶ名でいうと、“人魚”ね」

「や……や……やっぱり〜〜〜〜!!

興奮してリハクは立ち上がった。そしてイシカワに向かって言う。

「ほら見ろ! ホラみろ!! 言った通りじゃねーか!! な?」

「……」

水が乾いて、足に戻っていく様を見ながら、イシカワはもう一度息を呑んだ。

「……信じられない……。実在していたなんて、な」

ナツメは目を輝かせて喜んだ。

「わぁ〜〜〜い!! 人魚さん、いたんだ〜!! 私が思ってた通りだ〜〜〜!! わ〜い!!

 

「……なんか、調子狂うわね……」

戸惑うカフウに、ミシマも同じくと頷いた。

「でしょ?」

 

自分の正体よりも、リハクの正体が聞きたかったのだが……。カフウは調子を狂わされながらも続きを話し始めた。

 

 

 ――“神”の力を与えられし者は“ヒト”ではない。

それは“災い”であり、“神”と同類である。

 

 

「――すなわち、人を超えた呪われた存在……」

 

突然、カフウが何かの一節を唱えるように呟いた。

「……これは、私達、亜人(ア=ヒト)を例えて伝わる言葉。恐れられた挙句の、忌まわしい言葉、かしら……」

「……アヒト……?」

ナツメがわからなそうに訊く。

「亜人、ね。人と似ているけど人間ではないってこと。私のような人魚とかもまとめてそう呼ばれていた」

哀しそうな瞳で続けるカフウ。

「亜人は色んな種族がいて……。私みたいな別の体を持つ者や、物凄く長生きする者……限りなく人間に近い特別な種族もいる……。けれど、亜人は亜人であって、決して人間ではないの」

皆は黙って聞く。

カフウの話はとても不思議だが、何故か説得力がある。

「逆に、限りなく亜人に近い人間がいる……。彼らの始祖は、人間でありながら神の力を得ようとしたヒト……。誘惑に負けた人間」

どこかで聞いたような……?

と、リハクは考え込む。思い出せないのだが、凄く引っかかった。

一息ついてから、カフウは静かに言う。

「その、人の壁を超えた人間は、ウォール人というの。“魔力”が体の中にあって、『魔法』が使える種族」

 

「魔法……」

 

皆が一斉にリハクを見る。

リハクは少しの間止まってしまった。

すぐには理解出来なかったのだが、ただ、言葉が頭の中に残った。

(……ウォール人……? オレが……?)

「まじかよ……」

つい呟いてしまう。

自分自身のことらしいが、よくわからないし……第一実感が湧かない。

 

「私は貴方が魔法を使ったように見えたから、そう訊いてみたんだけど……。ちなみに私が使った術は、神の力を借りた術で、魔物の使う魔術ではないんだけど……。どちらかといえば魔術は魔法に近い方だし」

カフウの言葉に、成る程、と納得をするリハク。納得出来たのは訊いてきた理由だけ。

後は頭を押さえて考え込む。

「よくわっかんね〜……。うちの親もそうなのか? 全然知らなかった……」

知っていたのは、村人に“魔術を使った”と言われた時に否定しなかったことだけだ。

「……だからかよ……!」

実はもう、確かめようもないのだが……

暫く沈黙が流れ、気まずそうにカフウが口を開く。

「……私……余計なことを喋ったかしら……?」

間を置いてから、リハクは首を振った。

「いや、知りたかったんだ。自分が何故変な力を使えるのか、とかさ。ま……ちょっと色々思い出して……ね」

最終的に話をしっかり理解しきれなかったナツメが無邪気に言った。

「リハクさ〜、魔法なんて凄いよね! カッコイイよね! 今度私にも教えてよ!!

「……今度な。バカ女」

とりあえず必ず貶し言葉を付けるリハクを、ナツメは怒ってポカポカと殴り始めた。

「バカってなんでよ〜!! バカって言った方がバカなんだからね〜〜〜!!

おかげで場の空気はすっかり和み、そして時間が過ぎていった……。

 

 

 

―――――

 

 いよいよ夜中。

町が暗闇と静寂に包まれている……要するに丑三つ時。

ついに城へ侵入する作戦が開始された。

六人はまず一緒に城壁の手前……正門とは離れて東側に行った。

厳重な警備とはよく言ったものだ。確かに、至る所に兵士がいて、見回りや見張りをしている。

「……どうやって壁を越えるんだ……?」

リハクの質問には、カフウが笑いながら答えた。

「まずは、囮作戦。すぐに行くから、準備はいい?」

全員が頷くと、カフウは袖から何かを出し、それを思いっきり地面で擦った。そして遠くに投げる。

??

リハク達が驚いていると、落ちた場所からたちまち煙が出る。

「……なんだ……?」

気付いた兵士の何人かが様子を見に行く。

暫くして、その兵士達が戻ってこないと、更に別の兵士達が様子を見にいった。

 

不思議そうにするリハク達にミシマが小声で説明をしてきた。

「あの煙を吸い込むと眠くなるんだよ。皆、あれで眠ってるはずなんだ」

頃合を見てムシャノコージが叫んだ。

「盗賊だ〜〜!! 盗賊が現れたぞ〜〜〜!!

!? 何言って……!」

驚くリハクの口を押さえるカフウ。

「いいのよ。見てて!」

声に釣られて沢山の兵士がやってきた。だが、こちらには来ず、怪しい煙の出ている方に皆向かっていく。

計算通りだ。

呆気にとられているリハク達を引っ張るカフウ達。

「さ、今がチャンス。見張りは大分減ったと思うから……!」

そのまま東門前に到達する六人。

案の定、見張りは一人だけで、後ろからその見張りを殴って気絶させるムシャノコージ。

まんまと城壁の中に入り込むことが出来た。

こそこそと走り、カフウ達に誘導され、古い井戸の前に着くリハク達。

そこには見張りもいない。

「さぁ、入るわよ」

「……え?」

いきなりカフウに促され、戸惑っていると、ミシマがすぐにロープを伝いながら井戸の中に下りていった。

仕方なく続くリハク達。最後にカフウが来て、ムシャノコージはその場に留まった。

「見張りお願いね!」

カフウの言葉に頷くムシャノコージ。

成る程、と思いながらリハク達はミシマに続いた。

下には汚そうな水が張っていたのだが……

その手前で横の壁穴に入るミシマ。壁には通気口の様なものがあり、狭い中を這って進んでいく。

リハク達も同じように続いて、何となく、見張り係をせざる得ないムシャノコージの訳がわかる。

……ガタイのでかすぎる彼ではまず無理だ。

そんなことを考えながら進んでいくと、ついに通気口(?)から出ることが出来た。

出た先は、真っ暗だったのだが……段々目が慣れてきて……答えがわかった頃にカフウが教えてくれた。

「ここはお城の厨房よ」

「もう中に入れたんだ!!

と喜ぶナツメの口を押さえる。

中に入ったら益々注意をしなくてはいけない。

だが、慣れた様子で(実際に慣れているのか……?)ミシマとカフウは三人を誘導し、隠れながらも確実に進んでいった。

 

時には窓の外から壊れそうな小さな梯子を上るという危険な道を歩まされながらも、何とか無事に渡り歩いて、ついに王子の寝室らしい部屋に窓から侵入することが出来た一行。

 

 

 そこは、月明かりだけが射す広くて暗い部屋。

コバヤシでなかったらすぐに退却、という手順だ。

部屋の中には立派な絨毯に立派な家具。どれを売っても高値になりそうだが……

それよりも、囲い付きの立派なベッドに近付く。

小さな寝息が聴こえる中、少し緊張しながらリハクは近付いた。

コバヤシでなかったら……振り出しに戻ってしまい、もう一度最初からまず情報を集める所から始めなければいけない。……こんな所にまで来てしまったが……獅子の国に戻って捜し直しの可能性もある。

ちょっと前までコバヤシに間違いないと確信までしていた。しかし、そもそもコバヤシがこんな豪勢なベッドで寝ているのがまずありえない。

(……ナマイキだよな)

そんなことを思いながら薄いカーテンを開けて顔を覗き込もうとする。

(なんで男にこんな夜這いっぽい真似しなきゃいけねーんだよ……)

本来なら美しい姫とかが眠っていてほしい。心の中で文句を言いながら、リハクは顔を確かめようと自分の顔を近付けた。

……その時――

 

!!

尖がったものが自分の腹に突きつけられていて、動けなくなるリハク。

目だけで下を見ると、確かにナイフを突きつけられている。

そして、突きつけた本人がガバッと起き上がった。

「動くな……!! 誰だ!? 盗賊か!?

寝ていたはずの男は、手にナイフを持ち、じっとこちらを睨み付ける。

茶色い髪の……茶色い瞳の……

よく見たことのある顔……

リハクはその名を口にした。

「……コバヤシ……か?」

!!

男はびっくりしたように声を上げた。

「え!? その声……!! リハク!?

すぐにハッとして口を塞ぐ。

 

「コバヤシ!!

リハクも思わず声を上げた。

「コバヤシ!?

「コバヤシか!?

ナツメもイシカワも急いで駆け寄ってきた。

 

そこで慌てて「静かに!」というポーズを取るコバヤシ。

 

廊下からドタドタと足音が聞えた。

「王子!! 何かあったのですか!?

部屋の立派なドアの向こう側から数名の男の声が聞える。

コバヤシは慌てて返事をした。

「いや、何も無い!! 下がれ!!

「……」

暫くじっとしてから立ち上がり、ドアを少し開けて廊下の様子を見にいくコバヤシ。

誰もいないのを確認して、ドアをそっと閉め、部屋の明かりをつけた。

漸くはっきりとお互いの顔が見える。

多分騒いではいけないだろうことくらいは理解出来る。

「わ〜〜! コバヤシ〜〜〜!!

ナツメは小さな声で泣きながらコバヤシに抱きついた。

「ナツメ……!」

普段抱きつかれたりするのを嫌がるコバヤシは特に嫌がったりせず、ナツメを包んだ。

そして、リハクとイシカワの方を見る。

「ホントに三人とも……夢……? 凄い! どうしてこんな所にいるんだよ?」

コバヤシは思い余ったのか、心なしか泣きそうな声で言った。

「信じられないよ……!」

その光景を見て、窓の近くにいたカフウは驚きながら呟いた。

「……ホントに、アナタ達の知り合いだったのね。王子様はじゃあ、本当に人違いってこと??

カフウとミシマを見て、コバヤシは首を傾げた。

「え……? 誰……?」

「ああ、ちょっとした知り合い……つーか、ここに入るのを手伝ってもらった」

リハクが答えると、カフウは男殺しの微笑みを向けた。

「カフウです。よろしくね」

「……!」

そして恥ずかしそうにしているミシマの紹介もする。

「こっちの子はミシマ。王子様に会えるってんで緊張しちゃって……」

「し……してないよ!!

顔を赤くしてそっぽを向くミシマ。

コバヤシは困ったように言った。

「あ……いや、オレは王子じゃないんだよ。えっと……」

どうしてこうなったのか、説明をしようとするコバヤシ。

感動の再会だったのだが、リハクはそれも後でいいと、遮った。

「コバヤシ、説明は後! とにかくここから逃げようぜ!! 帰るんだよ、獅子の国へ。そんでもってじじいと合流する!」

 

……ところが、コバヤシは俯いてから首を振った。

「そ……そんなわけにはいかなくて……。無理だよ!!

 

「……え……?」

リハク達は自分の耳を疑った……。

 

 

 もう一度、確かめるように訊くリハク。

「何言ってんの? こんなとこ、用は無いじゃねーか。さっさと出て行こうぜ」

俯いたまま言うコバヤシ。

「……だって……皆心配するし……」

「皆……? 皆って、誰? オレらはお前を心配してここまで来たんだけどさ」

リハクは首を傾げた。

「……」

答えないコバヤシに悟って、イシカワが口を開く。

「ここの城の者が心配だと、言いたいのか?」

「……ああ……えっと……」

コバヤシは気まずそうに答えた。

「皆、オレをここの王子だとホンキで思ってて……。王子はずっと行方不明だったみたいだからさ。本当に心配してたみたいで……。だから、オレ……」

「つまり、オレらの心配よりそいつらの心配を取るってわけか?」

ムスッとしながらリハクが言った。

「そ……そうじゃないよ……!」

コバヤシの言い訳も聞かず、部屋全体を見回してから更に続けた。

「そりゃそうか。スラムの貧乏暮らしより、お城の豪勢暮らしの方がいいもんな……」

 

「違うよ!!

 

コバヤシが怒鳴った。

「オレはずっとずっと!! 帰りたかったんだ!! 今だって……!!

 

そのことで、廊下がまた騒めき始めた。

足音と、ドア越しに声が聞える。

「王子!! どうかなさいましたか!?

 

皆は顔を見合わせた。

コバヤシは戸惑い、リハクも焦る。

「な……なんでもない!!

慌ててコバヤシが言ったのだが、動揺した声が気付かれたのか、廊下の衛兵(?)達は去ろうとしない。

「もしや……! 盗賊!?

 

カフウは窓の外を見て、心配そうに呟いた。

「そろそろまずいわね……」

コバヤシが来ないのなら、一旦引くしかないのか……?

リハクは真剣な目をして小さな声でコバヤシに促した。

「コバヤシ……! 帰るぞ……!」

「……!」

それでも戸惑った顔をするコバヤシ。

もう時間がない、とイシカワは首を振った。

「リハク……! もういい。行くぞ!」

窓を開けるミシマとカフウ。

既に逃げる態勢に入っている。

ミシマは業を煮やしてロープを下ろした。

「先に行くよ!! これ以上は無理!」

廊下では未だに王子に問いかける声が飛び交う。

ミシマが下り始めて、カフウが皆に手を伸ばした。

「早く……!」

様子を見て、慌てるナツメ。イシカワはカフウにナツメのことを頼んだ。

「カフウ! ナツメを連れていってくれ!」

「わかったわ!」

連れられながら、ナツメはコバヤシに手を伸ばした。

「コバヤシ……! コバヤシは?」

「……」

その手を受け取ろうとはしないコバヤシ。

仕方ない、とイシカワはコバヤシに近付いた。

「コバヤシ……すまない」

 

「……っ!?

 

――気付くと、イシカワの拳はコバヤシの鳩尾辺りに入っていた。

それも気絶させる為の力で。

 

……倒れるコバヤシをリハクが支える。

信じられなくて、口をポカンと開けてしまった。

張本人のイシカワは拳を見て、首を傾げている。

「こんなもんで良かったのか。……まさかもぐりの医者に教わったのがこんな時に役に立つとはな」

と、落ち着いている場合ではなく。

「王子!! 返事をして下さい!!

廊下の声は完全に盗賊がいると判断している。

リハクとイシカワは頷き、気絶したコバヤシを引きずって窓から出ようとした。

 

しかし……

 

気絶した男を担ぎながらロープで壁を下りるのはかなり危険が生じる。

リハク達がどうやってコバヤシを運んで下りようかと、困っているところで、廊下から物凄い物音が聞えた。

「なんだお前ら!! 盗賊か!?

「うわぁ!!

ドスン! バタン! と壁に物がぶつかるような音が何度か聞こえた後、女の子の声が聞える。

「まだいるの!? リハク!! こっちから逃げられるからドアを開けて!!

それはミシマの声だった。

急いでドアを開けるイシカワ。

 

……廊下には倒れた何人かの衛兵と、多分その原因であるムシャノコージと先に逃げたはずのミシマがいた。

「カフウとナツメはもう安全な所にいるから……! 行こう!」

ミシマに誘導され、リハクとイシカワはコバヤシを担ぎながら二人についていった。

 

「盗賊だ〜〜〜〜!! 盗賊が王子を攫って逃げたぞ〜〜〜〜!!

 

たちまち城の中は大騒ぎになる。

リハク達は追われながらも走り、向かってくる兵士をムシャノコージがなぎ払い、またリハクも剣で倒していった。そうやって進んで、強行突破で何とか門を抜ける。

城壁を越えて、それでも追ってくる兵士らをかわし、大通りから路地に隠れ……

漸く一休みが出来た。

 

「……ふぅ」

息を切らし、溜息をつくリハク。

夢中だったので、記憶がトびそうだ。

よくもまぁ兵士と剣を交えながら……無事だった、と……改めて思う。

よくわからないまま戦って逃げて、気付いたら、もしかしてとんでもないことをしたんじゃないか、と実感する。

(また指名手配もどきになったかもしんね〜……)

イシカワに降ろされて気絶したままのコバヤシを睨みつけてやった。

「ってか、お前のせいだかんな!」

 

そして暫く経ったところでカフウとナツメと合流し、その頃コバヤシも目を覚ましたので今後のことを話し合うことにした。

 

 

 

「私達は、別の国へ行くことにしたの。色々探したいものもあるし……」

カフウが言った。元々盗賊…と言ったら失礼か。三人は色んな物を探す旅を楽しんでいるのだ。

「盗賊稼業続行か」

リハクが言うとカフウは苦笑いをする。

「トレジャーハンターと言ってほしいわ」

変わんねーだろ! というつっこみは控えたが……。

ナツメはミシマを見て少し寂しそうな顔をしながら、でも、とリハク達に促す。

「私達は家に帰るんだよね?」

……そうしたいのは山々だが……

俯くコバヤシ。

それを見て、リハクが言い放った。

「いや、オレらはこれからここの本物の王子捜し! 見つけて城に帰す!」

「リハク……!」

驚いて見てくるコバヤシ。

「それで文句ねーだろ? コバヤシ! じじいにはもうちょっと待っててもらおうぜ」

リハクの意見に、イシカワも頷いた。

「じいさんには悪いがな」

「二人とも……!」

嬉しそうにするコバヤシ。

「え? じゃあ、次はどこに行くの?」

ナツメの言う通り、それが問題だ。

行方不明の王子を捜すのはいいとして……

「王子はどこで行方不明になったんだ?」

リハクが呟くとコバヤシが思い出したように言う。

「そうそう、オレが王子に間違われた時、『よくぞ、スコーピオンからご無事で!』って言われたんだ」

「スコーピオン……」

聞いたことがある。

ずっと南にあるといわれている国だ。国名だけは何故か有名で、だからリハクでさえ聞いたことがあるのだが……しかし、内部のことはあまり知られていなかった。

「スコーピオン国か。ずっと南の大陸だな。船で行くしかないぞ」

イシカワの意見に、頷く一同。

ただ……

「この町から船に乗るのは危険よ」

カフウが言った。

多分、先程の一件(王子誘拐)で港には検問が設置されてしまうだろう、と。

コバヤシが見つかったらまた城に戻されてしまい、リハク達は牢屋行きか……?

せめてコバヤシの顔が知られていない場所で船を探すとか、そっちの方がてっとり早そうだ。

考えるリハク達に、カフウが提案を出してきた。

「私達もここでは乗らないで、東のクロス港町に行くのよ。そこなら色んな人が入り混じっていて、時には海賊の出入りすら許しちゃうくらいの港だから、平気じゃないかしら。ご一緒にどう?」

ありがたい情報。

リハクはコバヤシの顔を見てから返事をした。

「是非。ご同行願いたいね!」

それを聞いてナツメが喜んだ。

「やった〜! じゃあまだミシマちゃんと一緒にいられるね!!

「はあ!?

素直じゃないミシマは、少し顔を赤くして嫌そうな顔をする。

「良かったわね、ミシマ! 王子…じゃない。コバヤシ君とも暫く一緒に旅できるわよ!!

更にカフウがからかったことで益々顔を赤くしていた。

 

 

 

 


【第三部 第四章 月夜】

 

 ――クロス港町。サンダー・ラーから東に行った先にある港町。

近くには群島があり、また古くから交易・商業で成り立っていた為、色々な人々がやってくる町だ。

サンダー・ラーからは河を南に迂回してひたすら東を目指す。

まず目立たないようにコバヤシが着替え、早速出発する一行。

時には魔物と戦い、また、時にはカフウの色仕掛けで馬車に乗せてもらい日が落ちてきたら村か町を探して休む……を繰り返し、何日かかけて漸く辿り着いた。

 

ちょうど夕方頃、街の中心街に着き、活気溢れた市場と潮の香りを楽しみながら宿を探した。

明日にはいよいよ港に行ってみようと思うのだが、歩く人々を見ると本当に色々な国の人間がいるようだ。更に、いかにも荒くれ者や海賊っぽい男達まで堂々と歩いていた。……うさんくさいどこかの海賊もどきとは違う。

 

「わぁ〜〜〜!!

キョロキョロするナツメ。

珍しい物を見かけると嬉しそうに(物知りの)イシカワに訊いていた。

コバヤシも嬉しそうに周りを見回す。

「なんか、賑やかな町だね……!」

リハクに促すとリハクは小麦色の肌のセクシーな美女達を目で追い、かなり口元を緩ませていた。

「……」

その相変わらずさに呆れるコバヤシ。

 

 そして暫く歩いてからミシマが南国風の宿を見つける。

部屋を二つ取って一階の酒場に皆で集まった。

今夜は乾杯だ。

ヤシの木が飾られている店内に、酒を運んでくれるのは美女。

リハク達(特にリハク)は上機嫌で乾杯を交わした。

「クロス港町到着、カンパーイ!!

皆ごくごくとお酒やジュースを飲み干した。

更に運ばれてくるシーフード料理。

カフウ達は勿論のこと、リハク達も(オザキに貰った宝石を売った為)しっかりお金を持っている。

ふと、ナツメが呟いた。

「おじーちゃんにも食べさせてあげたいなぁ……」

……確かに。

「なーんか土産でも買ってってやるか。スルメとか、ね〜かな?」

すっかりリゾート気分でリハクは言った。

「じいさんの歯が折れる」

つっこむイシカワに笑い出すリハクとナツメ。

そこをしっかりと注意するコバヤシ。

「ちょっと、旅行じゃないんだよ! まずスコーピオンに行って、本物の王子捜して! 帰るのはそれからだからね!」

すると、酒を運んできた美女がスコーピオンという単語だけ聞いていたのか、話に割り込んでくる。

「あら……お客さん、スコーピオンに行きたいの??

「え……?」

リハク達はギクッとしたが、とりあえず頷く。だが美女は首を振ってきた。

「止めといた方がいいわよ!! スコーピオン大陸の周りの海は渦が巻いてて、船を近付けさせないっていうもの。無理に進もうとすると船を沈没させるって……。だからここの港からもスコーピオンへは定期船すら無いし」

「えぇ!?

とんでもない。

驚くリハク達に美女はお酒を並べながら言った。

「スコーピオンに行きたがっている人達はね、ここで足止めに遭うのよ。船が無くて……。諦める人もいれば、町に留まる人もいるし、別の港を目指す人もいる……。まぁ、ここで駄目なら別の港も駄目だろうけど。後は……自分で船を買って行く人もいるけど、帰ってきたという噂はない」

皆はペラペラと口の回る美女に少し感心したが……ナツメは嘆きの声を上げた。

「そんな……!」

どうすればいいのか? とも思うが、王子の最悪なケースも考えてしまう。

美女は酒を置き終わってから去る前に言葉を残した。

「諦めきれないで町に留まっている人はね、結構この酒場にいるのよ。お客さん達もごゆっくりね」

……乾杯したのに、気まずい雰囲気だ。

「スコーピオンへの船が無い……か」

イシカワは俯き加減で言った。

コバヤシとナツメは元気を無くす。

それを見て、カフウ達まで沈黙する。

 

(……諦めきれないで町に留まっている人達……ねぇ……)

いい案も思い浮かばず、店内を見回しながら酒を口にするリハク。

その視界の中に、信じられないものが見えて、思わず酒を噴出しそうになった。

「……?」

「……!?

「……はあ!?

つい席を立って声を上げてしまう。

「あいつ……!!

酒を片手に持ったまま、無意識に移動してしまった。

「リハク……!?

びっくりするナツメの声もまるで聞こえない。

 

「……お前……!! こんなトコで何してんの!? なんでいんだよ!!

リハクはその人物が座っているテーブルの前まで行って大きな声で問いかけてしまった。

その人物は顔を上げて、リハクを見て一瞬止まった。

 

 

「……え? ……リハク……?」

 

黒い髪をアップにしている赤い服の娘。

可愛い顔とは裏腹に、少々口が悪く、少々(?)暴力的なのだが……

コバヤシはリハクの前に座っている娘が誰だかわかってその名前を口にした。

「え? あれって……ヨサノ!?

そしてコバヤシまで駆け寄る。

 

駆け寄ったコバヤシにもヨサノは驚いた。

「あ!! コバヤシ……! コバヤシじゃん!! リハク、コバヤシ見つけたんだ!?

ヨサノはコバヤシだけが逸れてしまった時に一緒にいたのだ。

コバヤシは頷きながら言った。

「ああ、そう。オレはね、気付いたらこの国のサンダー・ラー町で倒れててさ……。そんでその後……色々あって、でも結局リハク達が来てくれたから」

王子に間違われたということは面倒なので言わないでおく。

「ヨサノのことは、リハクから聞いたよ。一緒に巫女の村にいたって話。そんで、ヨサノは別の国に旅立って行ったって聞いてたけど……こんなトコにいたんだね」

コバヤシにはクロス港町に来る途中で、ヨサノの話、飛ばされた(?)のは真剣・メシアの力ではないかという話、それに今までの経緯をしっかりと話していた。

「アンタ達こそ……なんでここに……!?

と、ヨサノが訊いた時、リハクの後ろからカフウが現れた。

「リハク君、コバヤシ君、知り合い?」

二人の様子を見に来たのだが、ヨサノを見て、一瞬止まる。

「……え……? キク…チ……じゃない、……わよねぇ?」

その言葉に、すぐに反応するヨサノ。

「え!? 誰!? どうして……キクチ叔母様を知ってるの!?

??

リハクとコバヤシは意味がわからない。

騒がしい店内の中で、カフウは静かに言った。

「今、おば様って言ったわね……。貴女、キクチの姪か何か? ……ってことは、スコーピオン人なのね」

!?

リハクとコバヤシには衝撃の言葉。

「……」

ヨサノは黙って頷いた。そしてカフウに不審な目を向ける。

「どうしてキクチ叔母様を知っているの? アナタこそ、まさかスコーピオン人?」

対して、カフウは首を振り、ヨサノだけに聞こえるように答えた。

「いいえ。私は亜人の人魚。長生きなの」

「人魚って……グリーン国の!?

ヨサノとカフウの会話はリハク達にはよくわからない。

ただ、一つのことだけはわかった。

リハクは頭の中を整理して訊いてみた。

 

「……ってか、ヨサノ、お前スコーピオン人だったのか? ってことは、行きたい国って、スコーピオン……?」

 

それで、もしかしたら足止めを食らってこの町に留まっているのか……?

ならばここにいる理由がわかる。

ヨサノは暫く黙ってから立ち上がった。

「うるさいよ。カンケーないだろ!」

そう言って店を出て行く。

 

リハク達は思わぬ再会と相変わらずの無愛想な態度に、呆気に取られてしまった。

特にリハクは以前の別れ際の可愛い笑顔を思い出して頭にくる。

(やっぱかわいくね〜……! あん時は騙されたけど……)

そしてコバヤシも去っていったヨサノを見て苦笑した。

「ああ、やっぱ変わってないね。でもさ、ヨサノって……」

少し考えるようにしてから言う。

「スコーピオン人だったんだ? じゃあさ、獅子の国にいたのはなんでだろう? しかも、獅子の国に来られたってことはやっぱりスコーピオンの大陸にもこっちから行けるってことだよねぇ?」

それはそうだ、と思うリハクに、カフウは険しい顔つきで言う。

「……どうかしら? あの国は、特別だから……わざとらしい渦があるなら、無理だと思うわ」

 

 リハク達は一旦元のテーブルに戻り、ワケを訊いてくるナツメに軽く説明をして食事の続きを楽しんだ。

とりあえず、スコーピオンに行けるかどうかは明日港で確かめて、今夜は祝い酒ということにした。

目的地に無事に歩いて辿り着いただけでも喜ばしいことだったからだ。

それに、この七人で過ごすのは今日で最後かもしれない、という気持ちもある。

ひょんなことから知り合って、協力することになって、数日の旅も同行した。

まるでずっと前から一緒に旅をしていたように思えるくらい仲間意識が芽生えていた。

少し寂しい気持ちも持ちながら、リハク達は沢山呑んで、それから部屋に戻った。

 

 

 

 その夜……

酒を結構呑んだのに、リハクは眠れないでいた。

ヨサノのことを考えてしまっていたことは事実。

それ以外に何だか足が痛い。

疲れているからか? ……最初はそう思っていた。

けれど、痛みは増してくる。

それは、アザのある左足ではなく、何もないはずの右足だ。

……何となく、確かめるのが恐い。

 

「……!」

リハクは起き上がり、部屋を見回した。

コバヤシ、イシカワ、ムシャノコージはよく寝ている。

酒が入った為か、殴っても起きそうも無い。ムシャノコージなんかイビキまで掻くしまつ。

「……呑気だな〜、こいつら……」

ボヤキながら、リハクは部屋を出て行った。寝ていようが歩いていようが痛みは変わらない。

少し外に出て、気分転換でもしようかと思った。

 

 

 昼間の賑やかさとは裏腹に、暗く静かな港町。今はちょうど夜中で、綺麗な月が輝いていた。

酔っ払って道端で寝ている者もいるのだが、多分潮風が気持ち好いのだろう。

満天の星を見ながら、リハクは潮の香りの強い方へと歩いていった。

気付くと波の音が聞こえ、更にリハクを歩かせる。

 

 いつの間にか、海の浜辺に辿り着いていた。

 

そこには、静かに打ち付ける波と、遠くの少し怖いような波の音。

暗くて黒くて、深い闇の海がずっと遠くまで永遠に続くように見える。

下は闇で、上は輝く星空……それにひっそりと世界を照らす月。

リハクはただ何となく、ボーっとその風景を眺めていた。

 

静かで綺麗で、怖い。

 

眺めていると、足の痛みも薄らいでくる。

 

「リハク……君……?」

ふと自分にかけられた声で振り返るリハク。

波の音で気付かなかったが、後ろに青い髪の美人がいた。

……カフウだ。

髪をなびかせ、月に照らされるその姿は……さしずめ、海の女神。

さすが人魚だけあって、背景の海が似合うというか……

ポーッと見惚れてしまったリハクにカフウが微笑みながら近付いてきた。

「どうしたの? こんな夜中に。浜辺に来るなんて……」

「そっちこそ、女が夜出歩くなんて、危なくねーか?」

 

隣に並んでから海を見ながらカフウは言った。

「ちょっと、故郷を思い出して……」

遠くの見つめる先に故郷があるのだろうか?

「故郷って……海……?」

何となく訊いてみる。

ふっと笑いながらカフウは返した。

「私の故郷はね、海の中にあるのよ」

「海の中……!? 魚の王国?」

変なことを言ったつもりはないのだが、くすくすと笑われるリハク。

笑い声は波の音に消え、それから暫く沈黙が流れた。

 

「……」

急にこちらを見つめてくるカフウ。

「貴方……あの人に似ているわ」

「あの人……?」

「ちょっと軽そうな性格とかも、ね」

「軽そうって……」

心外だ、という顔をするリハクにカフウは微笑む。

「……好きだったの……」

 

月明かりに照らされる美しい女性、カフウ。

暗い中、BGMは波の音。

周りに誰もいない。

(これって……チャンス!?

目の前の美女に、ごくりと息を呑むリハク。

 

「……フラれちゃったんだけどね」

少し切ない瞳をするカフウの、肩を抱いてしまおうかと手を伸ばすが……

 

カフウは浜辺を歩き出し、リハクの手は行き場がなくなって無駄に腕の体操をするはめになった。

「もう、帰るのか?」

呼び止めるリハクに、カフウは振り向かずに答える。

「私の好きだった人はね、貴方の持っている真剣・メシアの持ち主だった人……。メシアの恋人よ」

「……え!?

「人魚は長生きなの!」

……

「……!?

カフウの言葉を中々呑み込めないリハク。それでも、追いかけようとする。

「帰るなら、送るけどさ……!」

「いいわよ。私は平気だから、そっちにいる子を送ってあげなさいよ」

カフウはリハクの後ろを指す。

「え……?」

振り返ると、少し離れた先に人が佇んでいる。

目を凝らすと、それは女の人のようで……

よく見ると、それはヨサノのようで……

「ヨサノ……?」

多分本人だ。

「なんであんなとこに……」

言いながら、ふと気付くリハク。

「カフウ……?」

いつの間にか、もうカフウの姿は無かった。

足跡だけが残っているだけ……。

 

(な〜んかうまく逃げられたような……)

折角のいいムードを勿体無く思い、それよりもやはりヨサノが気になって……。気にしないで帰ろうかとも思ったのが、足が勝手にヨサノのいる方へ向かっていた。

 

 座って、海を眺めていたヨサノは足音でリハクに気付き、顔を上げる。

「……リハク……」

「お前、こんなトコでこんな時間に何やってんの?」

呆れて訊くリハクを少し睨みつけてくるヨサノ。

「リハクこそ、連れの女の人はいいのか?」

!! 見てたのかよ!!

「別に」

何となくムスッとした様子。

別に何もなかったのだが、妙に慌ててしまいそうになる。

「オレは、一人で海に来た。カフウとは偶然会っただけだし、お前までいるなんて思ってなかったよ」

「だから、別になんでもいいよ。私も海を見に来ただけで、なんか人がいるな、って思っただけ」

「……」

「……」

微妙な雰囲気になってしまった。

「……疲れた」

ずっと立っているのもなんなので、ヨサノの隣に座るリハク。

「……」

ヨサノは嫌な顔もせず、海を見たままだ。だから、何となく訊いてみた。

「海を見に来たって、スコーピオンを思い出しに……?」

「……そっか。聞いてたんだよな、さっきの酒場の会話」

そのまま返すヨサノ。

「そう。スコーピオンは私の故郷だから……。随分前にここの港へ着いたんだけど、足止めを食らって……。でも諦め切れなくて……」

波の音が二人の耳に響く。

遠くの方の唸る音は、人を寄せつけない雰囲気を感じさせる。

「ああそっか。スコーピオンには船が出てないって聞いたな。渦があって、行けないとかなんとか……」

ふと、リハクは思い出す。

「でもさ、じゃあどうしてお前は獅子の国にいたんだ? スコーピオンからは船出せるんだ? それとも昔は渦無かったとか……?」

 

ヨサノは黙って月を見上げた。

それから、服の袖から小さな丸い透明な石を出してきた。

その石を月に重ねて眺める。

「これはね、お守りなんだ、私の。“封力石”っていうんだけど、逃げる時に、お母様に貰ったんだ」

 

(お母様って……『様』付け?)

何だか、もしかしてヨサノはお嬢様か何かなのか……? と思ってしまうリハク。

それよりも、持っている石の方が気になる。

「ふうりょくせき……? なんだ、それ?」

 

「神の力を封じることができる石だよ。ま、封印術士にしか使えないんだけど」

 

封印術士とは、ヨサノ自身のことのはず。

「じゃ、お前しか使えないんじゃん。その石がどうかしたの?」

訊くと、ヨサノは記憶を思い出すように考えて答える。

「この石で、扉を開けて逃げてきた。辿り着いたのが、獅子の国の“死者の塔”だった」

「はあ!?

全く意味がわからない。

「私はまだ小さかったから、よくわからなかったんだけど、スコーピオンのセレスティアって町の聖堂と獅子の国の死者の塔は繋がっていて……。といっても、死者の塔からセレスティアには行けない一方的な道なんだけど……」

「繋がって……??

ヨサノの言っていることが全く理解出来ないリハク。

「……」

ヨサノは溜息をついた。

「わかんないならいいよ。……なんで私はこんな話をアンタにしちゃうんだろうな」

「そりゃ、お前……ホラ!」

リハクはニヤニヤしながら言った。

「お前、オレのこと好きなんだよ」

……冗談で言ったつもりだったのだが……

「……!」

一瞬顔を赤くしてそっぽを向くヨサノ。

 

(……え……?)

思わぬ仕草に、リハクまで顔が熱くなってしまった。

だが、すぐにヨサノは攻撃的な言葉を言ってくる。

「バッカじゃないのか? 死んじゃえよ」

「……! 死んじゃえよ、とか、お前なぁ……! お前絶対オレが死んだら泣くかんな……」

縁起でもないのに、つい変な風に返してしまう。

「泣くか、ばーか!」

それでもヨサノは強気で返したのだが……

 

急にリハクが断りも無しにもたれかかってきた。

「……!? ちょ……何……!?

慌てるヨサノ。……いや、リハクは――倒れこんできたのだ。

!? リハク……!?

咄嗟にヨサノは支えた。リハクは苦しそうに右足を押さえている。

「……なんだコレ……! 急に!! ……さっきまで結構忘れかけてたのに……!」

「……リハク!! リハク……!?

ヨサノの声は夜の浜辺に響いた。

「リハク……足がどうかしたのか!?

足を押さえているので、怪我をしたのかと、リハクのズボンの裾を捲ろうとするが……

 

「いいから!! 見るな!!

 

思いっ切り手を振り払われてしまった。

「……!?

 

 ヨサノはどうしたらいいのかと、戸惑っていたが……暫く経って、苦しんでいたリハクが漸く痛みが治まったように落ち着きを取り戻した。

「あ〜……なんか、平気っぽい」

少し息を切らしながらも、ゆっくりと立ち上がるリハク。

「……え? 平気っぽい……って……」

それでもヨサノは心配そうにしたのだが……。

痛みの原因も言わず、リハクはヨサノに手を差し出した。

「帰ろうぜ、お嬢様。送ってやるからさ」

「……あ、……うん」

ヨサノはその手を受け取らずに立ち上がる。

何度も足を見てしまったが、訳も訊かず、歩き出すリハクの後ろをついていった。

 

 

 

 ヨサノを宿まで送るリハク。

ヨサノの宿は偶然にも同じ宿であったので部屋の前まで送った。

別れる時、心配そうにヨサノはリハクの足を見てきたが……

リハクは平然とした顔で別れを告げた。

 

そうして、自分の部屋に戻る。

 

暗い部屋に入ってから、リハクはベッドに倒れこんだ。

気が緩んだからか、急に汗が滝のように流れた。

激痛の中、息を切らしながらズボンの右足の裾を捲ってみる。

 

……思った通りだ。

右足にも左足と同じように黒い螺旋のアザが出来てしまっていた。

 

まるで……左足から侵食していったように……

 

リハクは、立て掛けてある剣に向かって言った。

「……片足だけの契約じゃなかったか……?」

 

そのまま枕に頭を置き、目を瞑った。

「……むかつくよ」

剣に対してか、

それとも、自分に対してか……

まだ判明していない恐怖に対してか……。

 

尋常じゃない痛みの中……

ボーっとしながらも目を開けたリハクは、薄っすらと真剣・メシアが光るのを見る。

そして、光はリハクに近付き、やがて女性の姿になった。

!? なんだ……? 幽霊……?)

夢か幻か……

幽霊という言葉が一番似合っている……黒い長い髪に、どこかで見たような綺麗な顔……年齢は多分二十代後半くらいの女性だ。

その女性が、リハクに話しかけてきた。

『私は……キクチといいます。あの剣に、封印術で自分自身を封じた者……』

(キクチ……?)

どっかで聞いたような? と思ったのだが、口が利けないリハク。

自分自身を封じた、というのは……?

女性は続ける。

『貴方が封印を解いた為、私の魂は解かれ、こうして姿を形作ることも成し得ました。……しかし、同時に私の中に入っていた魔皇もまた、魂が自由になり、貴方の身体を乗っ取ろうとしています』

 

(……!?

衝撃の言葉に、ショックを隠しきれないリハク。

女性……キクチは悲しそうな顔をした。

『元々、魔皇は……最初の肉体が滅びてからは、次々に人を侵食して身体を乗っ取り“生きて”います。また、既に現存する魔物ではなく、彼の造った魔物も侵食型……』

 

(侵食……?)

自分の足のことを思い出す。

 

『侵食型の魔物は“魔皇”を倒さない限り、世界に増えていくでしょう。しかしそれは……』

 

「自分の死」を意味すると、すぐに悟るリハク。

キクチは辛そうに、それでも訴えるように言う。

『貴方はこれ以上、魔皇の力に頼ってはいけません……。例え、仲間を死から守る為であっても……。そして、呪われた地、スコーピオンを目指してもいけません』

段々と消えていく中、最後に一つの言葉だけを残す。

 

『……ごめんなさい……。私は、乗っ取られた自分を“封印”するしか出来なかった……』

 

 

 ……………

 

しーんと静まり返る部屋……

つい今さっきの光景は夢だったかのようで……

何事も無かったように暗い部屋に戻った。

 

もう真剣・メシアは光ってはいない。

女性の姿もない。

 

「……??

呆然とするリハク。

(……なんだったんだ? 今の……)

「……夢、じゃない……よな?」

自分に確認するが、イマイチ自信が持てない。

それよりも、今の女性は……

(もしかして、メシアだったり……?)

メシアは女だと聞いた。

(メシアの幽霊……?)

 

それは、確かに警告だった。

 

色んなことが頭の中に入ってきて混乱するリハクは、ふと別のことに気が付いた。

 

……足の激痛が消えたということ。

 

アザは残ったままだったが……。

(メシアが治してくれたのか……?)

そんなわけない、とわかりながらも、痛みが消えたので眠ることにする。

(……明日、考えるか。……忘れなければ……)

夢だったならば、朝には忘れてしまう……

そう思いながらリハクは目を閉じた。

 

 

 

 


【第四部 第一章 シルフの森】

 

 ――今から数百年前……メシアが現れ、自らの命を犠牲にして魔皇を『封印』した。

 

これが、現在伝わっている言い伝えの一つだ。

昨夜現れた女性の幻……

彼女がメシアならば、封印した意味がわかる。

 

もしかしたら、彼女は魔皇に身体を乗っ取られてしまっていたかもしれないから。

倒すことは出来ずに、自ら体ごと、封じたのだ、と。

剣はその時の入れ物か。

剣は、“災い”を入れることが出来るらしいから……。

 

しかし彼女は、自分の中の魔皇だけを封印することは不可能だったのだろうか……?

 

 

 

 イシカワに殴られ蹴られ、リハクは目を覚ました。

――物凄く眠い。

結局何時に寝たのか……わからないが、全然寝ていないのは事実。

もう朝だ。

他三人はもうしっかりと起きており、着替え等も済んでいるよう。

「朝食食べたら、ムシャノコージ達は行くそうだ。俺達も港に行くぞ」

イシカワに急かされ、リハクは仕方なく眠い目を擦って顔を洗いに洗面台に立った。

鏡の自分を見て、発狂しそうになる。

「うえ〜〜〜なんだこれ、オレ、かわいそ〜〜」

目の下にはまんまと隈が出来ている。

昨日のことを思い出すリハク。

(……メシアの幽霊が出たんだよな……)

はっきりと憶えていた。……足に痛みはなかったが……。

 

 それから支度を終わらせると、女性陣と合流し、軽い食事をとってから皆で港へ向かった。

 

 

 港は、朝から沢山の人々で賑わっていた。

色々な人がいて、旅をするのか、仕事なのか、故郷に帰るのか……皆様々な思いの表情で歩いている。

海には大きな船が何隻も浮かんでいた。

定期船や商船、中には軍隊の船まで並び、更に少し怪しげな船まで停泊している。

ナツメは大きな船を見上げては歓声を上げていた。

 

「じゃ、私達はここでお別れするわ」

突然カフウが切り出す。

「え……? そんな……!」

リハク達……特にナツメは慌てたが、ミシマとムシャノコージも離れて、手を振ってきた。

「じゃあ、ね!」

軽く言うミシマの手を掴むナツメ。

「ミシマちゃん、嫌だよ……! 寂しいよ……!」

少し泣きそうだったが。

カフウが微笑む。

「また会えるわよ。短い間だったけど楽しかったわ!」

リハクも微妙な気持ちになりながら少し笑って返した。

「……そうだな。どっかでさ、また会ったら酒でも呑もうぜ」

「それはいいな」

酒が好きらしいムシャノコージは賛成する。

そしてミシマはナツメの手をそっと離した。

「アタシはまだリハクの剣を諦めてないんだよ。いつか盗りにいくから覚悟しとけよ!」

「うん、待ってるね!!

ナツメは嬉しそうに答えた。

去っていこうとする三人にイシカワが言う。

「精々捕まらないように、気をつけろ!」

「特にサンダー・ラーの警備兵に!」

リハクの付け足しに、カフウは「そっちこそ」と言ってきた。

コバヤシも手を振り、やがて三人は人混みで見えなくなった。

 

一息付き、四人になったリハク達は自分らも船を捜すことにする。

昨日酒場で「無い」と言われた「スコーピオン行きの船」……果たして本当に無いのだろうか?

とりあえず船着場で色々な人に話を聞いて回った。

 

 

 

 ――結果、予想通り、スコーピオン行きの船は見つからずじまい。

リハク達はまた、途方に暮れるはめになってしまった。

「……あ〜〜〜〜。めんどくせ〜。やっぱダメじゃん!!

ふと、「スコーピオンに行ってはいけない」と言っていたメシアの幽霊の言葉を思い出し、気持ちが揺らぐリハク。

(……行けなくて、正解なんかな……)

皆、諦めた顔をしていたし、コバヤシさえも複雑そうに考えていた。

そして……

「……無理なら、諦めるしかないのかな? オレが今度は信じてもらえるように本当のことを言って……城の人達はかわいそうだけど、仕方ないからって……。それで、獅子の国に帰ろうよ」

ついに結論を出す。

……コバヤシは誰よりも獅子の国に帰りたがっていた。まるで、故郷であるこの国にいたくないかのように。

 

暫く考えてから、リハクが呟いた。

「まぁ……要は本物の王子を見つければいいだけなんだよな。別にスコーピオンに行けなくても。ってか、船が近付けないならさ、結局王子も行き着いてなくて、別んとこに引き返してる可能性無いか?」

珍しくまともな意見を発言するリハクに皆、生意気だと思いながらも顔を見合わせた。

イシカワが頷く。

「むしろ、可能性は高いな……」

「でもさ、引き返したならどうしてオリオン国に戻ってこないんだろう……?」

ナツメの素朴な疑問。

対してリハクは自信満々に言った。

「女だな! 引き返した国にいい女がいて、帰りたくなくなったんだよ。きっと」

「そんなのリハクだけだよ」

呆れた顔でコバヤシはつっこんだが、ともあれ別の国に留まっている意見がかなり有力候補に思えたので、早速その方向で話を進めることにする。

「スコーピオンって……どこにあるんだっけ……? 近くの国ってどこだろ?」

 

「南だよ……。世界の最南の大陸」

 

コバヤシの問いに答えるように、リハクの後ろから声が聞こえた。

「……!?

リハク達が振り向くと、そこには……ヨサノが立っていた。

そして平然と続きを言う。

「そのスコーピオンの大陸に一番近いのが『ウィン大陸』といって、水と風が豊かな大陸なんだ。色んな伝説も残っているし、国も歴史もある」

「お前!! いつから……! ってか、盗み聞きしたのかよ!」

リハクの言葉に、慌てて否定するヨサノ。

「いつから、って……今だけど。話はちゃんとは聞いてない。偶然ちょっと聞こえただけで……」

「ヨサノ……どうしたの?」

コバヤシが訊くと、ヨサノはキョロキョロと何かを探した。

「あのさ。アンタ達と一緒にいた青い髪の女の人ってさ……どこ?」

「青い髪ってカフウ? カフウはさっき別れたけど」

リハクは答える。

 

「別れたって、一緒に旅してたんじゃないのか?」

嘆かれても困るのだが……リハク達は首を振った。

「いや、ちょっとさ、同行してただけだよ。あいつら三人がどこ行ったかはもうわかんねーけど」

それを聞いてヨサノは肩を落とした。

「……なんだよ、色々訊きたいこととかあったのに……」

何となく、リハクは訊いてみる。

「え? お前は……これからどーすんだ? まだここにいるの?」

「……ちょっと思うことがあって、その……今言ったウィン国に行こうと思ってるんだけどさ」

「……へぇ」

リハクとヨサノが話していると、横からナツメが小突いてきた。

「ねーねーリハク! 私達もウィン国に行こうよ」

「はあ?」

突然何言い出すんだ? と思うのだが、イシカワも賛同する。

「スコーピオンに一番近い国か……。いいかもしれないな? コバヤシ」

振られてコバヤシも成る程、と頷く。

「引き返すなら一番近いとこかもしれないよね。そうしよっか? リハク」

 

三人のアバウトさ加減に呆れるリハク。……人のことは言えないが。

少し考えて、確かに可能性が一番高いとも思う。ただ、闇雲に捜しても意味がない。

「じゃあさ、次はそのウィンとかいう国に行って、何もなかったら諦めるか」

それでいい、と三人は頷いた。

というわけで(?)必然的に次の目的地はヨサノと同じになってしまった。

「え……? え? え? リハク達もウィンに行くのか?」

ヨサノがリハク達の簡単な目的地決めに戸惑っていると、ナツメが腕を掴んでくる。

「目的地同じなんで、一緒に行きましょーよ!」

「何言ってんだ、お前!」

慌てて止めたのはリハクだ。

「なんで〜? 一緒に行きたいでしょ〜? リハク〜」

ナツメの魂胆は見えた。

ナツメはリハクとヨサノの仲を勘違いしているのだ。ゆえの、(余計な)お節介。

「あのな……」

とりあえず勘違いを解こうと思うリハクだったが、意外な返事が耳に聞こえる。

「まぁ別に一緒に行ってもいいけど」

嫌がるかと思われたヨサノ。そのあっさりさ加減に逆に構えてしまう。

「お前……また何か企んでんじゃねーだろーな……?」

「失礼な!!

怒らせてしまった。

 

 ともあれ、一緒に行動をすることになったリハク達とヨサノ。

五人はウィン国行きの船を求めて港を捜し歩いた。

 

 

 船を捜している間にナツメは自分とイシカワの紹介をする。

ヨサノも改めて自分の紹介をするが、皇子の婚約者だということは省いていたので、勘違いを解く為にもリハクが代わりに言っておいた。

それを聞いてナツメは「そういえば……」と残念そうな顔をしたが、逆に(リハクとヨサノの)“忍ぶ恋”のようなことを想像して益々勘違いをしていた。

「世界中のみんなが反対しても、私だけは応援するからね!」

等と二人に(嬉しそうに)言ってイシカワの隣へ並んだ。

幸いヨサノは何のことだかわからなかったようだが、リハクは頭が痛くなった。

 

 

 やがて、ウィン国行きの船を見つける五人。

出発は運良く明日で、チケットも速やかに手に入った。

他国への船がこんなに簡単に乗られるのもこの港の特徴か。

また、ウィン国は獅子の国と同じく長いこと戦争に関わっておらず、他国の者でも快く受け入れる穏和な国でもある。

 

 そして次の日。朝早くから五人は船に乗り、船はウィンに向かって出発をする……。

 

 

 

―――――

 

 ――ウィン大陸・ウィン国。

オリオン国からずっと南にあり、スコーピオンに一番近い国。

大陸の殆どが森で、心地良い風と、豊かな水に恵まれた平和な大陸。

森には色々な伝説が残り、妖精等が住んでいると信じられている。

 

首都である『エア・アクエリアス』には聖堂兼、城があり、聖都と呼ばれていた。

その聖都エア・アクエリアスに着く一行。

クロス港町から十数日と海に揺られ、着いた港から馬車で半日。

漸く都に着いて、宿を探し歩いた。

エア・アクエリアスは都といっても、そんなに都会な様子ではない。

それはきっと国全体が田舎で、他の大陸と離れているのであまり発達するものが入ってこない為だ。

ただ、リハク達がびっくりしたのは、魔物が少ないということだ。

馬車で揺られている時も、ちっとも魔物が出てこなかった。

普通、森などには魔物が住み着きやすいのだが、この辺では逆に森の方が安全らしい。

森の精霊が魔物を寄せ付けない、と人々の間では信じられていた。

 

 

 心地良い風の中、静かな街並みを歩く一行。建物や至る所に風車が付けられ、また綺麗な水路が心を和ませる。

そして漸く小さな宿を見つけ、旅の疲れを癒すように眠った。

 

 

 次の日。

いよいよ情報集め開始だ。

実は船の中でスコーピオンから引き返してくる人々の噂を既に掴んでいた一行。

実際結構いるらしく、町で療養してから自分の国に帰る者も少なくはないらしい。

療養は主に静かな宿か教会等でする人が多い。

怪我が酷い時は診療所にいる場合もある。

リハク達四人は、コバヤシの顔でその辺を当たってみることにした。

一方、ヨサノは調べ物がある、と別行動になった。行き先は『ウィン図書館』という所だ。

ウィン図書館は古くからある図書館で、物凄く大きく、世界的にも有名な図書館であった。

様々な知識や文献の宝庫なのだという。

おおよそ、リハクには縁の無い場所といったところ。

 

 イシカワは微妙に図書館に行きたそうな顔をしたが、とりあえず分かれてリハク達は宿や教会等を回った。

 

 ……そして一日が過ぎる。

ヨサノと合流して酒場に入って溜息をつくリハク。

一日中回ったのに、しっかりした情報を得ることが出来なかったからだ。

ヨサノはヨサノで、調べ物が捗らなかったのか、不満そうな顔をしていた。

 

そうして、食事をとった後一晩寝て、次の日もまた同じことを繰り返した。

 

 

 更に次の日、いい加減に諦めモードに入った頃、立ち寄った小さな診療所にて、漸く情報が入った。

オリオン国の船が、スコーピオンに入ろうとして、何隻かは渦に呑まれたが、一隻は引き返してウィン大陸に向かったという話。

だがその一隻も途中嵐に遭い、沈没しかけたのだが、シルフの森と呼ばれる森の近くの入り江に辿り着いたという噂。

森の中には小さな村が幾つかあるのだという……

「そこ、怪しいな……」

リハクは結構確信じみた目で言った。

「村の娘に助けられた王子は城のことなんか忘れてるに決まってら」

「だからなんで、女に結びつけるんだよ!」

つっこみながらも、入り江に着いた一隻の船というのは確かに怪しいと思うコバヤシ。

 

 早速今度は『シルフの森』情報を探した。

 

“シルフの森”というのは俗名で、森に妖精がいるという噂からそう付けられたということ。

それから噂の入り江に近い森の入口の場所への行き方に、森の中の大雑把な地図を手に入れる。

森は霧が発生しやすく、妖精達が悪戯をするので、迷い易いのだという。だが、地図が無いよりかはマシだ。

 

 情報も集まったことだし、明日には森へ行ってみようと意気込んだリハク達は、夕方ヨサノと合流した時も嬉しそうにしていた。

一方ヨサノも、手がかりがあったと伝えてきて、もう少しで目的のものがわかりそうだと話してきた。

お互いの健闘を祈り、乾杯を交わしてその夜は更けていく。

 

 

 

 朝になり、図書館に行くヨサノを見送った後、リハク達はいよいよシルフの森へ入ることにした。

まず馬車で森の近くの町に向かい、それから歩いて入口へ向かう。

大雑把な地図を確認しつつ、入り込むと、次第に薄暗くなってきた。

太陽の光は木で遮られてしまうらしい。

ただ、あまり怖い雰囲気ではなく、魔物の気配は無いし、噂の通り妖精でも出そうな感じだ。

それでもコバヤシは少し怯え、リハクの服に掴まり、ナツメは妖精を発見しようとキョロキョロしていた。

地図を片手に森の中の村を探すリハク。

不思議な森はそのままお伽の国にでも迷い込んでしまいそうだ。

段々と靄が出てきた。

 

ふと、クスクス……と子供の笑い声が聴こえる。

「な……! なんだろ!?

びくついてすぐにリハクに引っ付くコバヤシ。

「女か、お前は……」

リハクは呆れて耳を澄ませた。

子供の笑い声……のような……? いや、違うだろう?

イシカワは落ち着いて言う。

「風で木が揺れて、そう聞こえるだけだ」

「それか小人か妖精か……」

面白そうにリハクが言うと、益々コバヤシは怖がる。逆に、ナツメは目を輝かせた。

「小人!? 見たい……! 妖精も会いたいよ〜!!

「ちょ……! 変なこと言うなよ!!

コバヤシは慌ててナツメに文句を言う。

「本当に奴らが現れたらどうすんの!? 小人や妖精は人を食うんだぞ!」

変なことを言っているのはどっちだ。

「やだよ、コバヤシ〜! ヒドイよ! 小人さんや妖精さんがそんなことするわけないでしょ!!

否定するナツメの後に、小さな声が聞こえた。

「そーよ、そーよ!」

……誰だ?

一同は止まる。

謎の声。結構近くから聞こえたのだが……

暫く黙ってから、気のせいか、と結論しようとしたところで、そのものは姿を現した。

 

蝶にしては人間っぽい。

羽の生えた……人……といっても、小さく、大人の手くらい。半透明……

 

まさに、御伽噺から抜け出した感じで……多分職業は妖精。

 

 

 ……

コバヤシは、目の前で飛んでいるソレを見て、声を裏返して叫んだ。

「でたぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

その声は辺り一体に響き、木々に止まっていた鳥達は逃げ出すように飛んでいく。

リハク達も耳を塞ぎ、妖精らしきものは驚いて姿を消した。

それでもコバヤシはブルブル震え、リハクは叫んだ言葉が「でたー!」だったことに噴出した。

「でた〜! って言いおった〜〜〜〜!! すげぇ!! ……声高かったし……」

コバヤシは涙目で怒り出す。

「だって……! 今見たでしょ? 変なの!! 出た、じゃん! 本当にいたんだよぉ〜!!

 

すると、消えたはずの妖精はまたコバヤシの目の前に現れた。

「変なのって、失礼ね! アナタ、ロカんとこにいた男じゃないの? どうしてこんな所にいるのよ? ってゆーか、歩けるようになったんだ〜?」

ペラペラと親し気に話しかけてくる妖精に、コバヤシは顔を青くしてそのまま気絶した。

 

「ちょっと!! 倒れちゃったんだけど、この人……! やっぱ病み上がりだから?」

自分のせいとは気付いていない妖精がリハク達に訊く。

先程からの口調からすると、まるでこの妖精はコバヤシを知っているかのよう。

あるいは、誰かと勘違いをして……

リハクはイシカワと顔を見合わせた。

妖精は警戒することもなく、飛び回りながらリハク達に話しかけてきた。

「アナタ達だあれ〜? このヒトのお友達? 迎えにきたの〜?」

少し躊躇いながら、リハクは答える。

「……えーっと、まぁ、友達かな。ところで……こいつのこと知ってるんだ?」

「ええ! アタシはロカの友達だもの。ロカはね、その人の命の恩人よ〜。聞かなかった?」

 

……ひょっとして……? という気がリハクとイシカワの間に流れた。

イシカワは妖精に向かって話した。

「その、ロカとかいう人物の所へ案内してくれないか? お礼が言いたいし、コバ…こいつを休ませたい」

倒れたコバヤシの方に目を向けると、妖精は快く引き受けてくれた。

「いいわよぉ〜! 案内してあげる! ついてきて♪」

 

リハクとイシカワはコバヤシを抱え、喜んで歩くナツメと一緒に妖精についていった。

 

 

 

 


【第四部 第二章 妖精の唄】

 

 妖精は、森に溶け込むような緑の髪に緑の服、緑の瞳をした可愛い見た目だ。羽も緑で、蝶のような形をしている。姿自体は半透明で、消えることも可能のようだ。

信じられない生き物(?)だが、リハク達(コバヤシ以外)はカフウという人魚も見ていたので、すんなり認識することが出来た。

 

妖精についていき、森を歩いていると段々と霧が深くなる。少し離れたら、見えなくなってしまいそうだ。

そんな中、漸く妖精が止まり、リハク達も止まると急に大きな風が吹いた。

……その風は、霧を吹き飛ばす。

 

――そして現れたのは、森の中に溶け込んだ村。

家が木と同化し、うまく作られている。

なんとも不思議な風景。

思わずリハク達は歓声を上げた。

「うお〜! すげえ!! 森の村だ!! 木が家になってら……」

村の様子に、魅入っていたリハクは近くにいる者がもっと凄いことになっていることに気付かなかった。

「オシャレでしょ〜? アタシ達はここに住んでいるのよ〜!」

自慢気に言った妖精の様子が違った。

今まで少しか細かった声がやけに普通の音量で聞こえたと、不思議に思って振り向くと、

なんと、そこには妖精の姿は無かった。

……いや、正確には妖精の姿だったものが自分らと同じ大きさ……まるで人間になっている。……勿論羽も無い。

「はああああ!? 誰あんた!?

リハクが驚いた声を上げると、妖精(?)はクスクスと笑った。

「ああ、驚くわよねぇ〜。ここは結界が張ってあってね。本来の姿でも羽精の姿でもどっちでも平気なのよ」

「すごーい! 変身できるんだ〜!」

「確かに、あの大きさにしては木の家が大きすぎるな」

感心するナツメとイシカワ。

二人の順応性の高さにリハクはむしろ感心をした。

そして、「それより」と周りを見回す。

「でもさ、村人(?)全然いないな。もしや人間嫌いってやつ??

妖精(?)は笑いながら歩き出した。

「別に〜皆珍しがって隠れているだけ。よく見てみなさいよ〜。木々に隠れてこっち見てるから」

リハク達もついていきながら木々をじっと見てみたが……居るような居ないような……。

そう思っていると、一本の木の家の中に通された。

幾つかの部屋があり、一つの部屋のドアの前に行くと美しい声が聴こえる。

それは、歌だった……。

 

 

 

 ああ

 ひとつの

 たった一つのことを願うなら、一体なにを願いましょうか

 愛する人にもう一度会いたいと願いましょうか

 それとも、想いを青い鳥に届けてもらいましょうか

 あなたは、こう答えるでしょう

 

 きっと、また、会えるから……

 

 

 

……つい聴き入ってしまった歌声。

妖精(?)は気にすることもなくドアを開けた。

「ロカ〜!! アンタの男、森で倒れてたから連れて帰ってきたよ〜! お友達と一緒に……」

 

部屋の中には、緑色の髪をした少女がいた。

なんのことかわからなそうに振り返る。

「森で倒れていた……? シキ、誰のことを言っているの……?」

リハク達と一緒にいるシキはコバヤシを指す。

「アンタがこの前助けた男よ〜。歩けるようになったなんて、アタシ全然知らなかったんだから〜」

 

「……え……?」

ロカと呼ばれた少女は、コバヤシを見てびっくりして部屋の隅にあるベッドの方を見た。

ベッドには誰か眠っているようだ。

「まさか……あの人は、目を覚ましていないわ……! どうして……!」

「え……? は……はあ? なんで……?」

仰天するシキ。

 

……ベッドには、髪型は少し違えども、コバヤシにそっくりな男が眠っていたのだ。

 

 

―――――

 

 気絶していたコバヤシが起きて、皆は驚いていた。

ベッドで眠っている男は、本当にそっくりでまるで双子のよう。

それはコバヤシ自身も驚いて、複雑な表情をしている。

「なんで? なんで同じ顔の人間が二人もいるの??

シキは驚き、コバヤシと男の顔を何度も交互に見る。

リハク達も驚いていたが、イシカワが確信したように言った。

「そいつは、オリオン国の王子だろう。スコーピオンから引き返して難破した船に乗っていたとしか思えない」

難破したオリオン国の船が森の入り江に着いたという噂。

死に掛けた王子が森を彷徨って、偶然ロカが見つけたというのは納得がいく。

リハクも頷く。

「だな。コバヤシに似すぎ。そいつが王子だったらコバヤシが間違われたのもすっげー納得いくし」

男の着ていた服を確認したが、なんとも王子っぽかった。

ロカは男の顔を心配そうに見ながら言った。

「ワタシが村の入口で、倒れているこの人を見つけたんです。意識は無かったけど、息があったので家に運んで……。でも、未だに目を覚まさないんです。たまにうなされるだけで……。『スコーピオン』と」

「……スコーピオン……か」

イシカワは腑に落ちない様子で考える。

「うなされてまで、名前を出すとは……余程行きたかったのか、あるいは……凄く恐ろしい目に遭ったのか……」

後者とは思いたくない。

 

「まー、とにかく、見つかったはいいけど、どうすんべーか……」

ふと、男の顔を覗きこむリハク。

それにしても……と思いながらその顔に触れた。

「こいつ、まじでコバヤシに似てるよな〜……」

 

すると、

 

突然男の目が開いた。

!?

びっくりして、リハクは後ずさりをする。

今まで死んでいるように眠っていたのに、男は急に起き上がった。

 

「起きた!!

皆もびっくりして男に注目をした。

 

「うそ……」

口を塞ぐロカ。

「ロカ!! やったじゃん!! アンタの歌が効いたんじゃない?」

シキがロカの肩を叩いた時だ。

急に男は立ち上がり、虚ろな目で呟き始めた。

 

「……スコーピオン……呪われた地……あそこの魔物は、怪物だ……」

 

……わけがわからない。

起きたはいいが、様子のおかしい男の言葉に、皆釘付けになる。

男は絶対に正気ではない目をしていた。

「……怪物は、人を喰う……喰われた人間は魔物になる……」

!?

皆の背筋が凍る。

 

忘れ去られた恐怖が……人々の恐怖がそこにあった。

 

 

――発狂と共に、男の姿が変わっていく。

あまりのことに、皆放心状態になった。

「……!!

声が出ないリハク。ナツメは震えてイシカワにしがみ付き、シキは妖精の姿に戻ってロカの後ろに隠れた。

 

男の体は、骨が折れるような鈍い音が鳴り、変形していく。

背中からは蝙蝠のような羽が生え、腕や足は獣のような毛に覆われ、鉤爪が出来る。

歯は鮫のようにむき出し、顔は灰色で……まるで、ゾンビ。

 

「う……うわあああ!!

信じられない恐ろしさに叫んだのはコバヤシ。

 

 

それは、まさに、魔物に侵食された人間で、……怪物だった。

 

 

震えながら、ロカは絶望の声を上げる。

 

「……どうして……?」

 

 

 

 

 ……人々が忘れかけてしまった一番の災いは、自分が、魔物に侵食されてしまう恐怖。

 

 

かつて、魔皇が創り出した魔物が存在していた。

その魔物は、人を喰い、人を魔物に変える侵食型。

魔皇が封印されると同時に侵食型の魔物は世界から滅んだ……

はずだった。

だから忘れ去られた。

 

もし、滅びていなかったのなら……

もし、どこかで存在していたのなら……

倒すのではなく、封印したが為に残ってしまったのなら……

 

その責任は誰が負い、誰が“勇者”という処刑人になるべきか。

 

 

 

 

 ……――オリオン国の王子らしき人物は、ヒトらしくない呻き声を上げ、もう、人間ではない、と……誰もが思わざる得ない。

 

固まって動けないでいる皆に、襲い掛かってくる牙。

リハクは咄嗟に前に出て、真剣・メシアで牙を受け止めた。

……物凄い力だ。

遅れて、シキが悲鳴を上げた。

「い……いやぁあああ!! なにこれ!? なんなの!?

 

正直、わからない。

 

わからなくて、恐ろしい。

 

「う……わぁ!! うわあ!!

すぐにコバヤシが魔物に向かって剣を抜いた。

そして、斬りつけようとしたのだが……

 

――逆に振り払われ、その圧倒的な力で床に叩きつけられた。

 

「コバヤシ!!

駆け寄るナツメとイシカワ。

 

コバヤシは魔物との戦いに慣れている。

だが、目の前の魔物は、そこらの魔物より断然力があり、恐怖があった。

今までに感じたこともない強さ。

 

 

「待って……!! やめて……!!

 

突然、ロカが前に出る。

両手を広げ、魔物に向かってゆっくり歩く。

「……お願い……! 何故こんなことになったの……? 貴方は、ヒトでしょう? 元に戻って……?」

それはそれは美しい声で、必死に訴えるロカ。

「……お願い……!!

 

 

……声は届かなかった。

魔物の爪がロカの体を引き裂く。

一瞬で、奇跡なんてものは起きないと思い知らされる。

 

「きゃあああああ!! ロカーーー!!

シキが悲鳴を上げた。

倒れたロカは、血塗れで……苦しそうに、哀しそうにしていた。

 

リハクには、コバヤシを心配する間も、ロカを心配する間も無かった。

 

魔物が、口から炎を出してきたのだ。

これは、紛れも無く魔術で、対抗するには似たような術を出すしかない。

リハクは意識的にか、無意識か……わからないくらいの速さで手から炎の魔法を出す。

魔物の出した炎とぶつかり、相殺するかと思われたのだが……――

 

そこまで力は引き出せず、圧されて負けてしまう。

そして大きな炎は、リハク達皆に襲い掛かり、木の家を焼き尽くした。

 

家はみるみる燃やされ、崩れたことで炎に巻かれたリハク達は外に投げ出された。

そのおかげで、リハク達の炎は消えたのだが、叩きつけられた衝撃と火傷で、皆動けずに倒れてしまう。

外にいた妖精達は、その光景に皆悲鳴を上げながら逃げ出した。

苦しむコバヤシ、それに炎を一番まともに食らってしまったリハク。

ナツメとイシカワは意識を失い、ロカもぐったりと気を失わせていた。シキだけは妖精の姿になっていたので運良く炎を免れ、血に塗れて倒れるロカの周りを泣きながら飛び回る。

そして他の妖精達に助けを求めていた。

 

燃え盛る炎の中から、魔物が下りてきた。

 

キョロキョロと見回し、リハク達を見つけて近付いてきた。

そして……ナツメの前で止まると、突然牙を向き、大口を開けた。

 

それは、明らかに捕食体勢で、頭から、ナツメを食べようとしている。

 

 

「や……やめ……!!

苦しそうにしながらコバヤシは叫ぶ。

何とか剣を握り、地面を這いながら、発狂にも似た叫び声を上げる。

「やめろーーーーーーーーー!!

 

リハクも魔法を出そうと手を魔物に向けた。

立ち上がれないが、魔法を出すくらいなら……

火傷特有のじわじわ来る熱さの痛みに、思わず気を失いそうにもなるが、必死で力を振り絞ろうとする。

 

――しかし、力が引き出せずにいた。

 

魔力は尽きてしまったのか……?

「ちっくしょーーー!! なんでもいい……!! 力を……!!

 

叫んだ瞬間、手から黒い炎が出た。

 

 

――気味の悪い轟音が唸り、黒炎は地面を焦がしながら魔物にぶつかる。

……ソレは、たちまち魔物を覆い、燃やした。

 

黒焦げになるまで然程時間はかからず、呻き声を上げた魔物が大人しくなった頃、黒炎は満足したように消えた。

全身から煙が上がり、ボロボロに崩れる魔物を見て、不思議と笑いが込み上げるリハク。

「…はは…ははははは! ……ふふふ……。……」

自分でもなんで可笑しいのかわからない。

それは少し不気味で、コバヤシは不安そうにリハクに声をかけた。

「……リハク……?」

 

声を掛けられた頃、リハクは力尽きて目を閉じた。

 

……もしかしたらこのまま死ぬのかもしれない……

 

意識が落ちる中、急に“死”というものが現実的に脳裏に浮かぶ。

そして、左腕に、蛇が巻きつくような感覚……

 

(……別に、もういいか……)

蛇に体を乗っ取られるくらいなら、いっそ死んでも……

 

そんな考えが頭の大部分を占め、そのまま深い闇に落ちた。

 

 

 

 


【第四部 第三章 漠然とした恐怖】

 

 

 ねぇ……アシン……

 

 

 

アナタは、よくやった……

 

 

 

 

だから、もういいのよ。

 

 

 

もういいの。

 

 

 

アナタは人間で、ア=ヒトではない。

 

 

どうしてアナタは力を求めるの?

 

 

何故、呪われた存在になろうとするの?

 

 

“神”…いいえ、兵器の力を得たからといって、神になれるわけではないのよ。

 

 

 

それどころか、“闇”に取り込まれたら、アナタは魔王になってしまう……

 

 

 

そして永遠に、死ねなくなるの。……私と同じように……。

 

 

 

 いつか人格も失って、終わりのない苦しみを続けるのよ。

 

 

 

 

 ―――――

 

目を覚ますと、コバヤシとイシカワの二人が覗き込んできた。

「……?」

一瞬、自分が誰だかわからなくなる。

いや、

平気だ。

自分は観客で、誰か別の人の夢を見ていたような……そんな気がする。

 

リハクは改めて自分が目を覚ました感覚に気付いた。

(……あ……死んでない……)

大火傷を負って、おまけに力を使い果たして、意識が遠退いた時、死を意識した。

……木の天井。自分が寝ているのはベッド。

多分、ここはあの世ではない。

 

「よかった〜! リハク〜!」

コバヤシが涙目で嬉しそうにし、イシカワは安心したように視界から消えた。

ふと、起き上がって周りを確認するリハク。

木の家。

ベッドはあと二つあり、イシカワが看病しているベッドには茶色い髪の少女が寝ている。……多分ナツメだ。

そしてもう一つのベッドには緑髪の少女……恐らくロカが寝ている。

人間の姿のシキが、リハクのベッドに近付いてきた。

「起きたんだね〜! 具合はどう?」

「……ええと……」

リハクは自分の体を確認してみる。

「……あれ……?」

痛みを感じない……というか、火傷の痕も見当たらない。

「……なんか、全然平気っぽい」

そう言うリハクに、シキは威張るように胸を張った。

「アタシ達のおかげよ〜! アタシ達が癒しの術をかけたんだから……!」

「は……?」

呑み込めないリハクに、コバヤシが付け足すように言ってくる。

「妖精はそういう力を持っているんだって。怪我を治す術みたいなの。ここの村の人達皆でオレ達の火傷とかを治してくれたみたいだよ」

「……へぇ〜……」

それでか、と何となく納得するリハクに対して、シキは踏ん反り返ったまま偉そうに言った。

「お礼を言ってほしいわ〜」

ありがたいという気持ちはあったのだが、そう切り出されるとあまりお礼を言いたくなくなる。

「……あ〜。センキュ〜」

適当に返し、リハクは「それより」と立ち上がり、ナツメの様子を見る。

 

……ナツメは、顔を赤くし、苦しそうにしていた。

「大丈夫かよ? ナツメ……! 熱でも出てんのか?」

いつも元気なナツメらしくない、と心配するリハクに、イシカワが俯いたまま答えた。

「……ナツメは、炎に弱いんだ。昔いた町が戦争で炎に巻かれて……両親も、友人も皆死んで……。記憶を失ってからは、結構平気だったが、自分が巻かれた熱さで一時的にショックを思い出たんだな」

「記憶を失って……!?

衝撃の言葉を聞き逃さなかったリハク。

コバヤシも、びっくりした様子で耳を傾けた。

 

「……正確には、少し退行したんだ。あまりに、辛い体験をして……。ナツメは俺の死んだ妹の友達だった。だからずっと一緒に逃げていたんだが……守りきれなかった……」

急にさらっと明かされてしまった二人の過去。

イシカワが淡々と喋る中、ナツメは熱にうなされてうわ言を呟いていた。

「……おかあさん……おかあさん……! 熱いよ……、おかあさん!」

イシカワは水に濡らしたタオルをナツメのおでこに掛け、優しく声を掛ける。

「平気だ、ナツメ。大丈夫だから……」

そして手を握った。

暫くして、安心したように眠るナツメから目を離さないまま、イシカワは先程の続きを話す。

「じいさんと出会ってお前らと暮らしてから、もう結構経ったよな……。そろそろ話してもいいかと思っていた」

 

「な〜んか、色々あるわね〜」

さり気無く話を聞いていたシキが言う。

ナツメも心配だが……リハクはロカの様子を訊いてみた。

「そっちの様子は? 体平気か?」

シキはロカの顔を覗きこんで悲しそうに首を振る。

「怪我は治したけど、ロカは精神的ショックが大きすぎて……」

ずっと介抱をしていたオリオン国の王子が、やっと起きたと思ったら魔物に変身をした。

結局、どうにもならなくて、リハクの力(?)で倒したのだが……

「そういや、魔物になった王子は……?」

恐る恐る訊いてみると、それにはコバヤシが答える。

「リハクが魔法出したでしょ? あれで……死んだよ。仕方無かった、止めようもなかったじゃん?あれは、侵食されちゃったってことなのかな? 昔の魔物でそういうのがいたって本かなんかで読んだけど……」

もしも、元に戻せたなら良かったのだが、そんな方法はわからない。

「でもね……」

神妙な顔つきでコバヤシは続ける。

「死んじゃった後、王子は人間の姿に戻ったんだよ……」

!?

死んでから元に戻るとは、皮肉なものだ。リハクは少し暗い気持ちになった。

更に、ショックな言葉が耳に響く。

 

「人間に戻った王子の足とか腕にはさ、黒い螺旋みたいなアザが残っていたんだ……。なんだったんだろう、アレ……」

 

 

「……!」

黒い、螺旋の痕……

それは……もしかすると、自分のよく知っているものなのか……?

リハクに緊張が走った。

オリオン国の王子は、魔物に侵食された者。

自分は、もしかしたら魔皇に侵食されかけているかもしれない。

アザはその印か……?

だとしたらどうなる?

 

自分も、侵食されきったら、王子のように……あんな風になってしまうのか!?

 

(冗談じゃねぇ……!)

緊張と共に出る冷や汗。

魔物になった王子を倒した黒い炎……あれは、リハクの手から出たものだが、魔法ではない。自分の力ではない、とわかる。

強力な、闇の力……。

 

「リハク……どうした? 顔色が悪いぞ」

イシカワに声を掛けられ、我に返るリハク。

「……え……? ……なんでだ?」

そのままベッドに戻って横になり、布団を被った。

「まだ……なんか調子悪ぃかも……」

「だったら寝た方がいいよ!」

心配してくるコバヤシ。

 

リハクは被った布団の中で、そっと自分の左腕の袖を捲ってみた。

 

……暗くてよく見えないが、アザらしき黒いものがある。

それは、やはり螺旋になっていて……。

 

漠然とした、恐怖がそこにあった。

 

(やべぇ……あんなんだけは勘弁……)

とりあえず、元凶(?)っぽい真剣・メシアは手放した方がいいかもしれない、と真剣に思う。

果たしてそれが幸と繋がるかどうかは置いといて。

 

そしてまた、メシアの幽霊の言葉を思い出した。

『これ以上、魔皇の力に頼っては駄目』

……また頼ってしまった。いや、頼ったつもりはあまり無いのだが……

力を求めた結果の代償か。

確実に進行する呪い。

そもそも、悪魔の方に願い事をするというのは、破滅への第一歩だと昔から相場が決まっている。

 

昔、幼馴染のワツジが『真剣・メシア』のことを“マケン”と言っていたことをふと思い出した。

(ぜって〜魔剣だよ……。シンケンじゃなくて、そっちが正解だよ)

 

 

 

 


【第四部 第四章 ウィン図書館】

 

 一晩寝ると、ナツメの熱も下がり元気になったので、一行は妖精の村を出て行くことにした。

(リハク達が)全然戻らないので、ヨサノは心配しているか? 等ということが頭を過ぎる。

森の出口までへは、シキが案内してくれるのだという。

未だにショックで寝込んでいるロカを心配しつつ、リハク達は妖精の村を後にした。

「これからどーするの?」

ナツメが訊いてくる。

オリオン国の王子の亡骸は、とても運べるものではなく、妖精達が森の墓場に手厚く葬った。

コバヤシは深刻な顔をして言った。

「信じてもらえるかわからないけど、オレが直接王子のことを言うよ、大臣に。船が難破したって。……だから王子は亡くなったって……。後、オレは別人だってことも」

果たして、今度こそ別人だとわかってもらえるのか……

不安はかなりあるのだが、王子がああなってしまった以上は他に方法が無い。

「じゃあオリオン国へ戻るの?」

ナツメの質問に、今度はリハクが頷いた。

「ああ。その後は、獅子の国に帰る。いい加減、オレはこの剣を皇子に返して、ヨサノのこともうまく話すから。とりあえず、それでじじいが解放されたらまた前と同じ生活が待ってるんだけどな」

そううまくいくかどうかは、かなり際どいのだが……

ナツメ……それにコバヤシも笑顔になり、嬉しそうに笑った。

「……それで充分だよ」

 

貧乏だが、充分だ。

 

今回の事件や旅で、それを思い知らされる。

リバー国で貰った宝石を売ったお金は、オリオン国に行って、獅子の国に帰ったら尽きてしまうだろう。また五人の金無し生活が始まる……

 

 

それでいい。

 

 

 

―――――

 

 森を抜け、シキにお礼を言って別れてから、リハク達は聖都、エア・アクエリアスに戻った。

町に着いた頃は、もう日が傾いていたので、その足でいつもヨサノと合流している酒場に向かった。

……しかし、いくら待ってもヨサノは酒場に現れなかった。

「まさかヨサノ、帰っちゃったってことないよな?」

無いとも言い切れない予想をするリハク。

皆は「まさか」と言ったが、有り得るとも思った。

とりあえず今日は宿に泊まって、明日図書館に行ってみようと話し合う。

それでもヨサノがいなかったら酒場の店主に伝言を預けて先に帰るか、と。

元々少し同行しただけで、別行動だったのだし、仕方がない。

 

そして、一夜が明けた。

 

 リハク達はウィン図書館とやらに向かう。

有名なので、すぐに道を教えてもらえた。

 

 町からそう遠くない小さな林の先に、その建物は在った。

綺麗な庭園の中にぽつんと建つ存在感のある建物。

外観はまるで神殿のように立派で、最近は彫刻なんかも掘っている。

既に充分大きいのだが、分館等まだまだ造るらしい。一体どれだけ大きくなって完成するのか、完成するのは百年後とも、二百年後とも言われている。

 

その図書館の中に入ると、中も広く、天井が高い。おまけに涼しかった。

結構人がいるのに静かで、少し教会に近い気がした。

沢山の部屋があり、沢山の本棚がある。本棚が沢山あるので、人を捜すのは少し大変そうだ。

一応司書に尋ねてみたが、わからない、と返された。

手分けして捜してみることにしたリハク達。大体の待ち合わせ時間を決め、それぞれ散らばる。

静かにゆっくりと、迷路のような部屋を捜し歩いた。

 

 リハクは、ヨサノを捜しながらも、その本の多さに圧倒されていた。

本棚は高く、天井まで届きそうだ。

(なんでこんなに本があるんだ……?)

不思議に思いながら、暗い怪しい通路があるのを発見する。一見、本棚に隠れて見落としそうな通路……。もしかしたら関係者以外立入禁止かもしれないが……

周りに誰もいないことだし、とその通路に入る。

暗くて狭くて、少し不気味な通路を歩いていくと、奥に怪しい部屋があった。

というか、そのドアの横には鎧の像かと思いきや、全身鎧の人が立っている。

多分門番で、こんな場所にいるなんて、益々部屋が怪しい気がする。

一旦隠れるリハクだったが、様子のおかしい門番にそっと近付いてみた。

……なんと、立ったまま眠っている。

(不用心〜〜〜!)

チャンスか罠か……

リハクは怪しい部屋のドアに手を掛けた。そしてゆっくりと開いてみる。

幸い、鍵は掛かっていなかった。

音を立てないようにそっと中に入ってみる。

まさかこんな所にヨサノがいるとも思えないのだが、立入禁止的な部屋の誘惑にかられてつい入ってしまった。

 

中は、暗いこそ意外と普通で、本棚には閲覧禁止と書いてあった。

ずらりと並んだ古そうな書物。それに、魔術でも施してありそうな本まである。

何となく閲覧禁止区間に魅入ってしまったリハクだが、ふと、違和感に駆られた。

密室なのに感じる風。

それは、本棚の奥から流れてきて……

(……窓でもあんのか?)

本当に微かな空気の流れ。

リハクはその違和感の気配のする本棚の前に立った。

特に、大した違いは無い……

と思ったが、一応本棚を調べてみる。

すると、……本棚を押した瞬間、グルッと床ごと棚が一回転をした。

それは無音で、次の瞬間リハクは真っ暗な空間にいた。

!?

何も見えない。

ビクビクしながら手探りで壁を伝って前に進む。前に二、三歩進んだ所で、また本棚はグルリと回り、そこは壁になってしまった。

(……回転扉……?)

明らかにここは隠し空間で、物凄く怪しい。

そのまま裏が本棚になっている壁を押せばまた回転して元の場所に戻れたかもしれないが、不思議な空間を調べてみたくなる好奇心に勝てず、リハクは壁を伝いながらゆっくりと前に進む。

微量の風が流れてくるので、多分先に広い空間があるはずだ。

触った感じからして、石造りの壁。ここは通路か?

間違って落とし穴とか変な仕掛けがあったら嫌だと思いながら少しずつ、リハクは前に進んだ。

 

 漸く目が慣れてきた頃、先に少しだけ明るい空間が見えてきた。

心なしか足も軽くなり、その空間に近付く。

 

 

――そこは、かなり広い部屋だった。

本棚がずらりと並び、その辺は図書館の他の部屋と変わらない。

天井はずっと高く、ドーム状になっている。

そして異常に高い本棚に本がぎっしり。

(なんだこれ……? 秘密の隠し部屋!?

そう思った瞬間、人の声が聞こえた。

 

「……だれ……!?

 

女の声。

それはこっちのセリフだ。

完全に誰もいないと思っていた。

(誰か人がいたのか……)

もしや司書?

ここは立ち入り禁止だと、追い出されるのだろうか?

そんなことを思っていると声の主(?)が近付いてくる足音が聞こえる。

先程の通路よりは明るいが、広すぎるので、近付いてこないと人の顔が見えない。

 

人物が見えてきて、リハクは……いや、その人物も同時に声を上げた。

!? ヨサノ!!

!? リハク!?

なんとその人物はヨサノだったのだ。

 

「なんでお前こんなトコにいんの!?

「それはこっちのセリフだよ!!

言い合いになりそうな二人だったが、ヨサノはそんなことしている場合ではない、とリハクを無視して歩き出した。

「ちょっと……待てよ、お前、いつからここにいた?」

追いかけるリハク。

ヨサノは振り返らずに答える。

「今だよ。来たばっか」

「まじで? オレと寸差!?

その偶然に驚くリハク。

急にヨサノは立ち止まってしゃがんだ。

「ここだ……」

「え……?」

なんだかわからない。

床を確認するように触りながらヨサノは言う。

「この場所には長く留まらない方がいい。スコーピオンの力が入り込んでいるから……」

「ふぅ」と溜息をつきながらこちらを見た。

「って言ってもわからないでしょ? ……仕方ない。アンタも一緒に来る? 置いてったらここに留まっちゃいそうだもんね」

??

全くわからない。

リハクには何がなんだかわからなかったが、ヨサノは袖から水晶を取り出して掲げる。

その水晶は見たことがある。

前に、夜の海でヨサノが見せてくれたもの。

そして、ヨサノは唱える。

 

『シャムド』

 

どこかで聞いたような言葉。

 

……言った瞬間、水晶は光り出し、その光は床に円を描く。

信じられない……不思議な光景。

リハクは息を呑んで、ただその光景を呆然と見てしまった。

 

ヨサノは言う。

「隠し入口の扉の封印を解いたんだ」

そしてリハクの手を引っ張った。

 

「ついてきて。スコーピオンに……」

 

 

『スコーピオン』

 

とヨサノは言ったのか?

 

「は……はあ? スコーピオン? 意味がわかんね〜」

全くリハクには理解出来ない。

けれども、ヨサノはリハクの手を引っ張って進む。

「いいから。後で説明をするから、一緒に来て」

光る円陣に、ヨサノは足を踏み入れる。

「絶対に手を離さないで」

……何故か手が少し震えているよう……。

 

途端、光は大きくなり、ヨサノを包み込む。

リハクはぐいと体を引っ張られた。

わけのわからない光に、吸い込まれていく。

!?

驚いている内に、みるみると二人の体は光に巻かれ、引きずり込まれた。

 

――そして次の瞬間、真っ暗闇にいた。

 

「な……なんだこれ!?

物凄いスピードで移動しているような感覚。

床があるのか無いのかわからない。

落ちているのか上がっているのかもわからない。ただまっすぐ横に、移動しているようで……

ヨサノが自分を掴んでいる感触だけはわかった。

だが姿は見えず……

 

―――――

 

 

 

 

 

「――!!

リハクは目を開ける。

石造りの天井が見える。

自分は何故か寝ていた……!?

下はひんやりしていて、石の台か何か……。

横に、ヨサノが寝ていた。……手はしっかりと繋いだままだ。

リハクはその手をそっと離して起き上がってみた。

……あまり広くはない石造りの部屋。

自分が寝ていた台は、ほぼ真ん中にあり、周りに長椅子がいくつか並んでいる。

そして奥に小さな祭壇らしきもの。

「……どこだ……? ここ……」

しかも何故寝ていたのか……?

混乱していると、ヨサノも目を覚ました。

起き上がり、周りを見回すとゆっくりと言った。

「……ここは、セレスティアの聖堂の二階……?」

どうやら知っている場所らしい。

「移動……成功したんだ……」

「移動……?」

言っている意味がわからない。

「ワープってやつ」

??

わからなさそうな顔をしているリハクに、ヨサノは「フフッ」と笑いながら答えた。

「ここは、スコーピオン国のセレスティアって町。私の生まれ故郷」

「え……? はあ? スコーピオン!?

呑み込めないリハクを気にすることもなく、ヨサノは続ける。

「スコーピオンはね、今ある世界のどこよりも科学が発達している……大昔からある国。知恵と知識の失われていない国の一つなの」

「……科学が発達ねぇ……?」

にわかに信じられない。

 

「信じられないかもしれいけど、空間と空間を繋げられる装置だってある。スコーピオン大陸の周りの海は、大渦があって入ることも出ることも出来ないんだけど、大陸からは、ちゃんと別の場所と繋がる出入り口があるんだよ」

 

確かに信じられない話だが、前にヨサノが言っていたことと、段々話が繋がってくるリハク。

「お前……スコーピオンから逃げた時に獅子の国に着いたって言ってたよな?」

「それはここの聖堂にある隠し出口なんだけど、獅子の国の死者の塔に繋がっている」

ヨサノの言葉を一生懸命頭の中に入れようと考える。

「空間と空間が繋がって……? それで死者の塔と繋がって……?」

 

「そして、今私達が座っているこの場所に繋がっている隠し入口が、ウィンの図書館のさっきの場所。ずっと調べて捜して、やっと見つけたんだけどさ」

 

「……ウィンの図書館からここに繋がってて……? それはスコーピオンの装置で……?」

頭の中に入れながら、思わずつっこんでしまう。

「ってか、よくわかんない機械(?)とかでそんなこと出来るなんて、どんだけ発達してるんだよ!」

……ということは……?

と改めてリハクは驚いた。

「え?? え? ここ、まじでスコーピオンなのか!?

 

「だから、最初から言ってんじゃん」

平然とヨサノは答える。

 

科学の発達したスコーピオン。それはおよそ世界のどこよりもケタ違いに上で……

大渦のせいで、船からは決して侵入出来ない大陸。

だから内部のことは知られていない。

 

しかし、空間と空間を繋ぎ合わせる装置の力で、別の場所に繋がる出入り口はあるらしい。

その隠された出口は獅子の国の死者の塔に……入口はウィン図書館の一室に密かにあった。

 

「……この町、セレスティアは空に浮かんでいるんだよ」

突然、ヨサノがとんでもないことを言った。

「はああ!? そらって空??

当然思いっきり不審がるリハク。

そういえば、死者の塔は天に昇る為の塔だという話だが……

(まさか……)

いくら科学が発達しているとはいえ、そこまで可能なのかは納得しにくい。

だが、ヨサノは嘘を言っている風ではなく続けた。

「そして、下の大陸と戦争をしているんだ。同じ国同士なのに……。私はそれで、子供の頃に逃がされた」

そのまま俯く。

「でもずっと心配で……だから今からお母様達を捜そうと思っているんだ。リハクはここで待っててくれる? ここなら安全だからさ」

「……え?」

てっきり自分がここに連れてこられたのは用があったからだ、と思ったのだが……無いようなので、戸惑うリハク。

「いや、何? ここは安全って、外は危ないってこと? ってかさ、人捜しならオレも手伝っていいけど」

何となく、ヨサノが心配だ。

しかし……

 

「その必要はありませんよ、ヨサノ……」

 

二人が話している途中で誰かが部屋に入ってきた。

……黄緑色の長い髪の綺麗な女性。年齢は若くも、不詳にも思える。

白いローブを着ているその女性に、ヨサノは立ち上がって名前を呼んだ。

「シドゥリ様……!!

シドゥリと呼ばれた女性は微笑み、リハク達の前まで来る。

「……お帰りなさい、ヨサノ。私にとっては八ヶ月振り。貴女にとっては……八年振り……くらいかしら?」

 

「……八ヶ月……?」

聞き逃すには、少し疑問が残った為、何となく訊いてみるリハク。

ヨサノとシドゥリは顔を見合わせて、それからヨサノがゆっくりと言った。

「……一応アンタには本当のことを言っておくか」

「……?」

「スコーピオンはね、大昔からある兵器のおかげで、他の大陸とは時間の流れが違うんだよ」

 

続きをシドゥリが言う。

「そうですね……ここでの一ヶ月が外の世界では約一年かしら……?」

 

聞き捨てなら無い。

「……は……はあ!?

リハクは思いっきり理解がいかない顔をした。

有り得ない。考えられない。

けれども、ヨサノは当たり前のように言ってのけた。

「ちなみにアンタをここに連れてきたのは、ウィン図書館にある隠し入口付近も、スコーピオンの力が流れ込んでいて、長居すると危険だからさ。でも言っても多分わかんないだろうから……」

 

「え……? っつーか……え……?」

混乱しながら、危険さに気付くリハク。

「時間の流れる速さが違うとか……え!? ……じゃあ、やっべぇじゃん!! 今こうしてる間だって向こうではどんどん時間が経ってるってこと!? 早く元に帰してくれよ!!

「……あ〜〜〜」

落ち着いて呆れたように返すヨサノ。

「慌てなくても平気だよ。精々二時間で一日だから……。まだ十分位しか経ってないだろ? 仮に何時間か居たってさ、……別に一日や二日くらいいいじゃないか」

「……ならまぁ別にいいけど……」

理解がいかないなりに、リハクは無理矢理納得をした。

 

「ところでヨサノ……」

シドゥリは切り出す。

「貴女は心配で戻ってきたのですね。でも大丈夫です、ここ一、二ヶ月は休戦状態にあるので……」

「休戦……?」

ヨサノが驚いていると、シドゥリは優しく微笑んだ。

「先程貴女の気配がしたので、殿下には私から伝えておきました。もうすぐここに来ると思いますよ」

「お母様が……!?

 

(でんか……?)

リハクが疑問に思っていると、ヨサノはシドゥリに抱きついた。

「シドゥリ様……!!

それは、嬉しさで。

優しくシドゥリはヨサノを包む。

「貴女には、長かったわね……。十一歳だった貴女を、こんなにも美しく成長させてしまって……。けれど、まだ二ヶ月の休戦だから、殿下も貴女を迎えに行くことが出来なかったのですよ」

 

多分……ヨサノの目的は、ここに戻って母親に会うことだったのだろうと、リハクは理解した。

そして、それはもうすぐ叶えられるだろうと……。

 

 

その後はどうするのだろう?

ヨサノはここに残る……?

それを見届けたら自分は帰らせてもらうか。

 

ここに連れてこられたのは成り行きで、ただ、ヨサノと別れたら一生の別れになるかもしれない。

そう思うと、少し寂しくなった。

時間の流れが遅いこの国で、何年か経って変わらぬヨサノが獅子の国に来たとしても、再会した時自分は一体何歳のおっさんになっているだろうか。

(多分、本物の白髪になってるかも……)

想像すると笑ってしまいそうだ。複雑な想いを胸に、リハクは嬉しそうにするヨサノを見守っていた。

 

 

 

 


【第四部 第五章 家族】

 

「ところで……」

シドゥリは徐にリハクに近付いた。

「貴方が持っている剣はパンドーリアの剣ですね」

「パンド…ラ……??

突然言われて、混乱するリハク。

「なに? これは真剣・メシアだけど?」

「そうですね。人々の付けた名で、『真剣・メシア』ともいいます。けれど、その剣の真の名は『パンドーリアの剣』なのです」

シドゥリは険しい顔で言った。

「その剣から懐かしい気配を感じます。アシン……人でありながら、神の力を求めた人間……。後に争いを仕掛けて“魔皇”と呼ばれたヒトの気配……」

 

「魔皇!?

ヨサノは驚いてリハクの剣を見る。

「魔皇は叔母様が……!」

 

「そうですね。キクチが剣に封印をしました。けれど、封印は解かれるもの。現に今は解かれてしまって、身体の無い魔皇はその青年を乗っ取ろうとしています」

シドゥリの目はリハクを見ている。

「……!」

ヨサノはショックを受けた。

 

それよりもリハクは、前にいる女性・シドゥリが何故そんなことを知っているのだろうと疑問に思う。

「なんでアンタそんなこと……それにキクチって……」

メシアの幽霊がそんな名を言っていたような、と急に思い出した。

答えるようにヨサノが言う。

「キクチ叔母様は私の叔母で、後にメシアと呼ばれた人だよ」

メシアは、数百年前の人物とされていたが……

多分……外の大陸では数百年前でも、ここの国にとっては十数年前だろうか……?

ならば、メシアがヨサノの“おば”でも不思議はない。むしろ、メシアを語った時のヨサノはやけに知り合い風で……。

「……まじかよ……」

メシアの幽霊が誰かに似ている気がしたのはきっと“ヨサノに”だったのだ。

リハクは色々な答えが解けたような気がした。

 

説明を続けるシドゥリ。

「魔皇は地上に降り、侵食型の魔物を造って人々を脅かした。それは彼にとって退屈しのぎでしかなかった。けれど、スコーピオンでは、下の大陸の人間がその魔物を使ってセレスティアに戦争を仕掛けてきたの……」

その後は何となく予想出来る。

「で、立ち上がったのがメシア?」

リハクが訊いてみると、シドゥリは頷いた。

「そう、彼女は封印術士だったから……。魔皇の力も封印出来るはずだと、戦いにいった。……けれど……」

“体を乗っ取られて、自分ごと封印することになった”

それはメシアの幽霊が自分自身で言っていたこと。

 

シドゥリは思い出すように真剣・メシアを見ながら話す。

「その剣は大昔、兵器の一部として造られています。“災い”という大きな力を入れることの出来る剣。長年名前を変えて人の手に渡り、キクチが魔皇と戦った時は彼女の恋人が所有していました。しかし、その恋人が殺されて、彼女が受け継ぎ、……魔皇を封印したのです」

なんとなく、カフウやミシマの話を思い出すリハク。

ミシマは自分の先祖が剣の持ち主だったと言っていた。

カフウは、メシアの恋人のことが好きだったと言っていた。

(ああそっか……。ミシマの先祖が要するにメシアの恋人で、だからカフウはミシマの協力を……)

確かに人魚は長生きだ、と改めて理解する。

色んなことを考えていると、シドゥリが手を差し出してきた。

 

「これも何かの縁です。貴方の持っている剣を、私が預かりましょう。このままでは、貴方は魔皇に体を乗っ取られてしまいますから」

 

「え……?」

リハクは聞き返した。

「私がここで預かっておけば、乗っ取られる心配はありません。処分する方法を考えます。如何ですか?」

……信じられない言葉。

 

(真剣・メシアを手放せる……!?)

耳を疑いながらも、急に“希望”を感じた。先程から思っていたことだが、改めてリハクは訊いてみる。

「……シドゥリさんって言ったっけ……アンタ、何者?」

途端、ヨサノが怒り出す。

「シドゥリ様に向かって、『アンタ』って……!」

「いいのですよ、ヨサノ」

シドゥリは笑いながら答えた。

「私は長老です。なので、少しばかり魔皇のことなど、皆さんよりは詳しいです。なんせ、私の双子の姉が彼のかつての恋人ですから。まだ、魔皇が人間だった頃の話ですが……」

その後の表情は少し哀しげで……

 

「アシンという人間は……力を得て、魔皇に変貌してしまった……」

 

「人間……」

ここは驚くべきところだ。しかし、“魔皇”という曖昧さよりも、“人間”という言葉の方がしっくりいって、妙に納得してしまうリハク。

シドゥリの『長老』というのは、多分長生きのことで、長生きといえば『亜人』を思い浮かべる。なんとなく、シドゥリは『亜人』なのではないかと思った。

付け加えるようにヨサノが言う。

「シドゥリ様は、この国で偉い人なんだ。“賢者”の一人なんだよ」

 

リハクは納得をして「真剣・メシア」をシドゥリに手渡した。

「……お願い……します」

 

手から離した瞬間、なんだか、解放された気分になる。

 

 ちょうどその時、誰かが部屋に駆け込んできた。

「……ヨサノ……!! ヨサノなの……!?

 

それは四十歳前後くらいの女の人で……

装飾品の沢山ついた服を着た、黒髪の綺麗な女性だった。

凄く息を切らして、ヨサノを見た途端涙を浮かべた。

……涙を浮かべたのはヨサノも同じだ。

 

「お母様……!!

駆け寄って、抱き合う二人。

 

まさしく親子の感動の再会だと、すぐにわかる。

「お母様……! お母様……!!

「ヨサノ……! ヨサノなのね……!」

二人は同時に声を掛け合い、暫く泣きながら抱き合い、喜んでいた。

 

その光景を見て、シドゥリは涙を浮かべて微笑み、リハクまで貰い泣きしそうな気分になった。

それよりも、ヨサノの意外な一面に戸惑ってしまう。

 

「ヨサノ……すっかり大人になってしまって……!」

ヨサノの母は、子供にするようにヨサノの頭を撫でる。

仕方無いのかもしれないが、ヨサノは恥ずかしそうにした。

「お母様……私、もう十九歳……」

「ああ、そうね、そうなのよね。まさか生きてまた会えるとは思っていなかったから……」

涙を流しながら頬に触れるヨサノの母。

照れながらヨサノは微笑んだ。

「これからはまたずっと一緒にいます。私がお兄様達の分まで、お母様を支えますから……!」

 

……やはり。とリハクは思った。

ヨサノは残るつもりだ。

やっとここまで来て、願いが叶って……これからは家族と一緒に過ごせるのだ。

剣も渡せたことだし、ヨサノとの別れは寂しい気もするが、そろそろ出口を教えてもらって自分も帰ろうと思う。

自分にも……待っている“家族”がいるのだから……。

 

しかし、ヨサノの母は辛そうに首を振った。

「なりません!」

「……!?

信じられないという目をするヨサノ。

「ど……どうして!? お母様……! 戦争は休戦だって……」

「休戦はもう長くはない。すぐにでも戦争は再開されます。ですから、ここに残ってはいけません、ヨサノ。帰りなさい!」

それは、断固とした母の声。

納得出来ないとヨサノは必死に訴えた。

「嫌です!! ずっとずっと私は心配してた……! そして漸くここに来られた。もう子供じゃない!!戦えます!! どうしても逃げろというならお母様も一緒に……!」

「それは無理だと、貴女もわかっているでしょう……?」

母は、ヨサノの肩を掴み、真剣な目で言った。

「貴女だけは、生き残って下さい。それが母の願いです。例え離れても、私はいつも貴女を想っていますから……!」

「お母様……!」

「殿下……! ヨサノはもう大人で、自分の意思でここまで来たのですよ……」

シドゥリが口添えをしても母の心は変わらなかった。

それどころか涙を拭き、部屋の外に控えていた男に命令をした。

「キタハラ!! ヨサノを……ウィンの出口へ……! 至急です! それから、ここへ繋がるウィン図書館の隠し入口は封鎖! いいですね?」

「ハッ!」

突然、鎧を着た男が部屋に入ってきて、ヨサノの腕を掴んだ。

!!

ヨサノは慌てて振り払おうとする。

「やめ…!! キタハラ!? 放せ!!

だが、びくともしないので、今度はリハクに助けを求めてきた。

「リハク……!! 助けて……!!

「ヨサノ……!」

助けようとリハクが男に向かった矢先、鎧の男は謝ってからヨサノの首に手刀を入れ、気絶させた。

気絶したヨサノを支えるリハク。

「おい……! ヨサノ……!? 平気か……!?

……一応平気なようだが……ヨサノの母が前に出てきて必死な目で訴えてきた。

「貴方は、ヨサノと一緒に来た方ですね。……どうか、ヨサノのことをお願いします。連れていって下さい。そして、守ってあげて下さい……! お願い致します」

「……」

必死さが伝わってきて、弱った。

ヨサノの気持ちを考えるとかわいそうなのだが、助ける為なら……

「……わかりました」

リハクは頷いて、ヨサノを抱えながら、鎧男の誘導に従ってついていった。

 

その姿を、シドゥリは……それにヨサノの母は涙を堪えながらじっと見守っていた。

 

 

 

 ――優しい風に吹かれ、ヨサノは目を開ける。

ピンクに近いオレンジ色の空が見える。

それはうっとりするような色で……

 

横になっている自分。

ここは外。

 

ここは……公園のベンチか……?

静かで誰もいないよう……

いや、

人は横にいる。

自分の頭の横にいる。

 

腕には黒い螺旋のアザが見えた。

 

そういえば、その人の腕の肌を見たのは初めてで……

いつも長袖の上着を着ていたから。

多分その上着は、今自分に羽織られているもの。

 

 

ヨサノは起き上がり、ベンチに腰かけ直した。

横に座っている青年――リハクに、上着を返す。

「……どうも、ありがとう」

 

受け取って羽織ながらリハクは言った。

「鎧の男に案内された。……変な部屋に。『ウィンへの出口』だと言われた扉からオレはお前と一緒に出てきたんだ。……気付いたらここにいた」

ここは多分、ウィン国のどこか。……間違ってもスコーピオン……セレスティアではない。

 

ヨサノの方は向けずに、リハクは謝ってきた。

「……お前があそこに留まっていたかったことはわかってる。……連れてきてごめん」

ヨサノは首を振った。

「いいんだ。……お母様に頼まれたんでしょ? リハクは私の為を想って……」

「……それだけじゃない。オレはもしかしたら……」

その先は言うことが出来なかったリハク。

 

もしかしたら、ヨサノと離れたくなかったのかもしれない。

 

そんな自分勝手な気持ちに、後悔をしていると、ヨサノが急に体を預けてきた。

「……!?

リハクは焦ったが……ヨサノは肩を震わしている。

「私にはお兄様が三人いたんだ……。でも三人とも、捕まるか殺されるかして……お父様は小さい頃に亡くなっていたから、お母様を守るのはもう私しかいないのに……」

「……」

戸惑いつつも、優しくヨサノを包み込むリハク。

震える肩と、髪を撫でてそっと言った。

 

「……誰もいないから、我慢しなくていいよ」

 

「……っ!」

 

…………ヨサノは、声に出して泣いた。

まるで、子供のように……

 

木々を揺らす風の音がそれを掻き消す。

 

 

リハクは黙ってヨサノの髪をそっと撫でていた。

 

 

 

 

 ――……暫く経って、辺りが暗くなった頃、漸くヨサノは泣き止み、落ち着いていた。

泣き腫らした目を閉じ、リハクの肩によりかかっている。

少し冷たくなった風が、まるで恋人同士のような二人に吹きつける。

 

そういえば、コバヤシ達はどうしているだろうか……?

ふと思い出すリハクに気付いてか、ヨサノは目を開けてそっと訊いてみた。

「……アンタは戻らなくていいの?」

「あ〜〜〜……別に……一晩くらい戻らなくても平気だろ?」

(リハクは)ヤマシイ気持ちで言ったわけではないが……

ヨサノは我に返ったように立ち上がった。

「三人とも、待ってるんじゃないのか? 早く帰らないと!」

いい雰囲気もこれで終わりか。

少しガッカリしながらリハクも立ち上がった。

「……ウィン図書館で待ってるかな? ってか、ここどこだ……?」

 

「……リハク……! あれ……!」

歩き出したヨサノが前方を指差した。

……然程離れてもいない場所に城と聖堂が見えた。

多分それはエア・アクエリアスに建っていたもので……。

ということは、ウィン図書館も遠くはないはず。

知っている道を探すように歩き出すヨサノ。

公園を出て、少し歩くと大通りに出た。

ここからならウィン図書館への道のりは何となくわかる。

リハクの横に並んで、星がどんどん現れてくる空を見ながら、ヨサノは呟いた。

「……リハクは家族がいていいよね」

コバヤシ達のこと……

「元々他人だけどな」

リハクは苦笑いをした。

 

「血の繋がりとか関係ないじゃないか。あんな家族だったら、楽しいだろうな、って思うよ」

少し前を歩き出すヨサノに、後ろから声を掛けるリハク。

「お前はさ、この後どうすんの? 獅子の国にでも帰る?」

「……」

間を置いてから、ヨサノは答えた。

「……やることなくなっちゃったよ。大人しく巫女の村に戻るかな? ……でも面白くないしな」

 

「オレらと一緒に住むか?」

 

とんでもないことを言ったと気付いたのはすぐ後だ。

「……いや、ナツメも喜ぶし……とか思ってさ……。でも嫌だよな? スラムでなんて……家はボロいし狭いし……でもでも、オレらはまだ全然マシな方で……」

「……」

「……何言ってんだか、オレは……」

つい自分につっこんでしまう。

慌てて、「今の話は無かった方向で」と促そうとすると、ヨサノは振り向いてニコッと笑った。

「嬉しいな。迷惑じゃなかったら……」

反則笑顔に顔が赤くなるリハク。

「……迷惑じゃねーよ……。むしろ狭いのを我慢して後悔するなよ」

「しないよ!」

……決定したのかしていないのか、わからないまま会話は終わって……

二人はウィン図書館の入口付近に到着した。

 

 そこには、門の前で待つ三人の若者の姿。

一人がいち早くこちらを発見して駆け寄ってきた。

「リハク〜〜〜〜〜!! どこ行ってたの〜〜〜!!

ナツメだ。

続いて、コバヤシとイシカワも駆け寄ってくる。

ヨサノの姿も見てコバヤシは驚きの声を上げた。

「あれ? ヨサノも……なんで二人で一緒にいんの!? どこ行ってたの!?

「そうだよ〜〜〜!!

同調するナツメになんて言おうかと考えていると、ピンと来たようにナツメは嬉しそうな顔をした。

「わかった!! 二人でデートしてたんでしょ〜?」

「違う」と言おうとしたリハクより先に、ヨサノが平然と言った。

「私がリハクを連れ出したんだ。……ごめんね」

肯定か?

まぁ、ややこしいことを説明するのは面倒だったが……。

ナツメだけでなくコバヤシも勘違いをした。

「ええ!? まじで、いつの間に……そんな仲に……」

とにかく、とまとめるようにイシカワは手を腰に置く。

「出掛けるのはいいが、今度からはちゃんと言ってくれ」

 

「……。……ごめん」

リハクも否定せずに“そういうこと”にしておいた。

ニヤニヤするナツメに小突かれながら、リハクは皆に言った。

「じゃあ、帰ろうぜ」

真剣・メシアを持っていない姿に気付くコバヤシ。

「あれ? リハク……剣は……?」

「ああ」

リハクは笑って歩き出した。

「……捨ててきた」

 

「え〜〜〜〜〜!?

皆は驚きの声を上げ、更に色々な文句を言ってきたが、気にせず宿に向かうリハク。

 

辺りは既に夜の暗さになり、空には沢山の星が輝いていた。

 

 

 

 


【第四部 第六章 勇者の出現】

 

 オリオン国に戻って……納得させたら獅子の国に帰って……なんとか、皇子に話を聞いてもらって……元の生活に戻る。もしかしたら同居人が一人増えるかもしれないが……

 

それで終わる……ことが望みだった……。

 

 

 

 

 一行は、予定通りウィン国を出発した。

目指すはオリオン国サンダー・ラー。

心地良い風に吹かれ、清々しい気分で風と水の大陸に別れを告げた。

リハクは新しい普通の剣を買った。切れ味は多分そんなによくはないのだが、真剣・メシアと比べたら皆そうだ。本当は獅子の国の刀でも買いたいのだが、刀は高いので買う金が無い。

 

船は大海原へ出て、北上していった。

十数日が経ち、一旦クロス港町に着き、サンダー・ラー行きへ乗り継いでまた何日か経つ。

大きな河を下り、漸く町に到着した時は昼過ぎであった。

 

長い船旅にいい加減疲れて、久しぶりの陸地にはしゃいで降りた。

コバヤシはこそこそと何となく顔を隠しながら歩く。

話のわかる大臣に会うまで、面倒なことになるのは勘弁だ。

幸い、王子誘拐事件も大分時が経ったので、未だに大騒ぎ状態ではなかった。

久しぶりのサンダー・ラー。相変わらず賑やかで、人が多い。

それに気温が高い。

この町でも色々なことがあった。

……そういえば、盗賊三人組はもう出没していないだろう。噂は下火になってしまったか?

色々な考えが回る。

 

リハク達は大通りを歩いて疲れた足でも城を目指していた。

さっさと済ませたい。

コバヤシはなんてうまく言おうか、頭の中でシミュレーションをしていた。

 

途中、少し休憩を取りながら歩いて、夕方少し前位には城門手前に到着した。

「……話す言葉決まったか? コバヤシ」

門番に見つかる少し手前くらいで、打ち合わせをする一行。

コバヤシはブツブツと独り言を言いながら頷いた。

 

――と、その時……

「……ヨサノ……さん……?」

突然後ろから男の声がした。

「……!? 誰……?」

ヨサノが……他の者も振り向くと、二人の男性が立っている。

マントで身を隠し、フードを被っていたので、誰だかわからない。

二人の男はフードを外した。

 

なんと! ……片方が獅子の国の皇子で、もう片方は皇子の部下であるヒグチだった。

「お……!」

「皇子様……!!

一番に反応したのはナツメだ。

ヨサノ以外のリハク達の姿も見て、皇子は驚いた表情をした。

「それに……君らは……」

「……リハク……!?

ヒグチも反応する。

 

皇子とヒグチだと、わかった後、嫌な予感がしてキョロキョロするリハク。

「……二人だけ……?」

勘付いて、皇子は笑い出した。

「ああ……アクタガワ将軍はいない。忍びで旅をしているのだ。大勢では目立ってしまうからな」

成る程。とリハク達は皇子に近付いた。

気まずそうにしながら、ヨサノも近付く。

 

「皇子〜! 久しぶりじゃーん!」

全く、仲の良い友人とかでもないし、そもそも恐れ多くも自分の国の皇子に対して、リハクは馴れ馴れしく挨拶をした。

しかし皇子は怒る様子でもなく答える。

「ああ。……リハク、だったな。久しぶりだ。どうしてこんな所にいるんだ? それに…」

少し隠れ気味のヨサノに視線を移した。

「ヨサノさん……ですよね? 誘拐されたと話に聞きました」

!! あ……えっと……」

首を振るヨサノ。

「誘拐されたんじゃなくて……あれは……」

言い難そうにしている態度を見て、皇子は、今度はリハクとコバヤシの方を見る。

「犯人は君らで、しかもヨサノさんだけでなく、真剣・メシアまでも盗んだ、と」

さて、こっちの言い訳は後回しで打ち合わせをしていなかった。

抜き打ちテストみたいなものだ。

なんて言おうか困るリハク。

察してヒグチが皇子に口を出した。

「……皇子……! リハクは…」

「むろん、疑ってはいない!」

きっぱりと言い放つ皇子。

「……ヨサノさんも、何か理由があったのですね」

勘付いていたのだ。

「皇子……!」

戸惑うヨサノに、皇子は微笑んだ。

「過ぎたことはいい。細かいことも気にしません。こうして、ヨサノさんが見つかったこと、それにリハク達が見つかったことだけで満足です」

 

「……!!

リハクは、皇子の心意気と大物さに圧倒された。

いい奴だとは思っていた。

威厳もあるのに、気さくさも兼ね揃えている、と。

……それどころではない器の大きさ。

将来国を背負うだけのことはある。

自分が女だったら多分惚れる。

リハクはヨサノの方を見た。

ヨサノはどう思っただろうか……?

少し悔しくなったのは……もしかしたら嫉妬。

(……って、女じゃあるまいし……)

最近気付き始めた気持ちを、未だに否定しようとする自分。

 

ヨサノを手放したくはない。

 

恋なのか、気の迷いなのか、涙のせいの情なのか……

はっきりはしていないが、守ってあげたいと思うのは確か。

ヨサノの母親と約束をしたから……?

わからない。

 

「ヨサノさんは、獅子の国に帰ってきてくれるのですか?」

まっすぐヨサノを見つめる皇子の瞳。

「あ……あの……」

ヨサノは戸惑っていたが、リハクにはそれが気に食わなかった。気に食わなくて、耐えられない。

「ここでの用が済んだら、帰るよな」

代わりに答えてしまった。

しかも、冷たく。

「帰るけど、私は……リハク達と……」

リハクを見つめるヨサノ。

 

“一緒に住む”という約束。

 

「一緒に…」

ヨサノの言葉を遮るように、続きをリハクが言った。

「一緒に、獅子の城へ行くつもりだった。“婚約者様”を返しに、な」

!!

信じられなくて、ショックを受けるヨサノ。

コバヤシやイシカワもびっくりしていたが、ナツメは怒って口を出そうとしていた。

「リハク……! ヨサノさんは、リハクの恋…」

「婚約者だよ、皇子の」

きっぱりと言ってしまった。

 

……バカだ。

 

「だからヨサノ、お前は皇子と一緒に帰れるぞ。オレらの護衛、いらないじゃん」

 

……自分でわかっていたが、大馬鹿者だ、と何度も思う。

 

「……そう…だね」

俯いて静かにそう言うヨサノを見て、リハクは心の底から後悔をして、叫びたくなった。

(オレ……やっぱり……)

 

ヨサノが好きだった……?

 

(好きだったんだ……)

でなければこんなに後悔はしない。

(……やっぱ、バカだ……)

いつからかはわからない。

もしかしたら、初めて会った時から……?

 

 

姫は、匿って一緒に過ごしたドワーフよりも、後から来た王子様と結ばれると、……何かの御伽噺をふと思い出して、リハクは笑いそうになった。

 

それは、自分に対しての哀れみで、嫌悪感だった。

 

 

 皇子は安心したように微笑み、話を続けた。

「……ところで、リハク達は何故ここに……? ここの城に何か用でも……?」

皆が戸惑っていると、イシカワがきっぱりと言った。

「コバヤシが、ここの王子と人違いをされたから、誤解を解きにきました。本物の王子の行方もわかったので、それも報告しようと……」

「! 奇遇だな。私も、色々旅をしていて、オリオン国の船の話を聞いた。私が聞いたのは、スコーピオンに行く途中で難破して、その中に王子も乗っていたということだったから、真相を確かめにこの城に来たのだ」

皇子の話を聞いて、ついナツメが言ってしまった。

「私達は、本人に会ったんですよ!」

「本人!?

聞き返されてから、うっかりという顔をしても遅い。

 

「その話、詳しく聞かせてくれませんか? コウダ様」

 

突然、声が後ろから聞こえたと思うと、なんと、気付かぬ内に兵士が沢山集まっていた。

そして、中から年老いた男が堂々とこちらに歩いてくる。

服装からしても立派そうで、威厳がある。

「しまった!」とリハク達が慌てていると、コバヤシが前に出た。

「……フタバテイ大臣……」

 

 

 

 城の客間に通される一行。

立派なテーブルやソファがあり、リハク達は遠慮なく座った。

皇子も堂々と座り、ヒグチがその後ろに立つ。数名の兵士がドア前と後ろに控え、先程の大臣がテーブルを挟んで、リハク達に話しかけた。

「お話を、お聞かせ願いますかな?」

 

 まずは皇子が、“お忍び”ということで軽く挨拶をし、リハク達とは元々知り合いで、城に入ろうとしたら偶然出会った、ということを説明した。

そして、コバヤシが改めてフタバテイ大臣に言った。

「オレは、ここの王子と似ている、ということで間違われましたが、本当は“コバヤシ”という名前で、獅子の国に住んでいたんです。オレと一緒にいる奴らは、ずっと一緒に住んでいました。迎えにきてくれたんです」

「……」

大臣は、考えるように俯く。

聞いていた皇子がフォローするように言った。

「前に、獅子の国の死者の塔で会った時、誰かに似ている、と思った。そういうことか。確かに、彼に似ているな。従兄弟なのに、ちっとも会ったことはないが、面影は憶えている」

「いとこぉ!?

びっくりして聞き返したのはリハクだ。

そんな接点があったとは驚きだ。

(……だからうちの国とこの国って、交流が盛んなんだ……?)

 

うまく誤魔化すのもやめ、コバヤシは説明を始めた。

 

オリオン国の船の難破の噂。

ウィン国の森の村で、自分にそっくりな青年が介抱されていたこと。

その王子らしき人物は、目を覚ました後、魔物になってしまったこと。

そして、死んでしまったので、森の墓に埋葬したこと。

 

声を潜めたので、少し遠くで控えている兵士らには聞こえなかったようだが、話を聞いた皇子・ヒグチ・フタバテイ大臣は愕然とした。

「お……王子が……! なんということでしょう……!」

悲しみの声を上げる大臣。

ヒグチは信じられないという声で皇子に促した。

「……人が……魔物に……!」

皇子は考え込むように口を押さえた。

「……なんてことだ……!! やはり、本当に……!!

 

ヨサノだけは、俯いて、昔のことを思い出すように震えていた。

 

「……だから、本物のコウダ王子は……」

重い口調で話すコバヤシに、フタバテイ大臣は首を振り、哀しそうな目をして言った。

「コウダ王子は、貴方様なのですよ」

「いや、だから、オレはコバヤシなんです。コウダ王子は亡くなって…」

「ここの王子の名はシガだろう?」

言ったのは皇子だ。

大臣は頷き、コバヤシに向かってゆっくりと話した。

「ええ、ですから、亡くなったのはシガ王子で、貴方様は十五年前に行方不明になったコウダ王子なのです。シガ様の双子の兄です。間違いありません」

 

時が止まったように静まり返る一同。

 

驚きながらも、皇子だけが口を開いた。

「……まさか、そんな……。いやしかし、確かに昔そんな事件が……」

 

「左様です。コウダ王子は昔、盗賊に誘拐されてしまい……けれど犯人を捕まえた頃には行方不明で……。結局国中を捜しても見つからず……」

大臣の話を、震えながら聴くコバヤシ。

「そんな……! だってオレは……そんな記憶……!!

震える手を見つめながら、恐ろしいことを思い出すような顔をしていた。

「気付いたら、暗い所でずっと働かされていた……!! ずっと……!! ずっとずっと逃げたくて!! 逃げても捕まって!! 酷い目にあって……!!

……それが、コバヤシの過去。

 

皆は何も言えなくなった。……大臣だけが、辛そうに俯く。

「……何という……運命……!」

 

 

皆が黙っていると、暫くして、真剣な顔で大臣がコバヤシに訴えた。

「コウダ様……! どうか、シガ王子の代わりにこの国の王子になってくれませんか? 王や王妃には、私からうまく説明をし、引き続き記憶喪失のようなことにします故……。私は全力で支えます。どうか、この国の未来の王に……!」

「い……いや、それは無理……!」

すぐに断ろうとしたコバヤシ、だが、フタバテイ大臣の心は強かった。

「お願いです! 元々貴方様は王子。よくお考えになってから……」

「嫌です!!

コバヤシは立ち上がった。

「オレが必死で逃げた後……死に掛けたオレを助けてくれたのがじいちゃんで、その後一緒に住んだのはリハクやイシカワやナツメだった……! オレの家族はそれだけなんだ!! ここの城の人じゃない!!

 

「……コバヤシ……!」

ナツメは目を潤ませた。

コバヤシは微笑んで、続きを言う。

「じいちゃんはすぐ死んだフリするし、リハクは下品でバカだし、イシカワはナツメバカだし、ナツメはバカだけど、オレはそんな皆が待っている家に帰りたいんだよ」

「……」

何だか、普通に貶された気分でリハクとイシカワとナツメは顔を見合わせた。

 

「……そうですか」

残念そうに顔を下げる大臣。

「……フタバテイ……」

コバヤシが声を掛けると、顔を上げ、寂しそうに笑った。

「コウダ王子……気が変わったらいつでも来て下さい。但し、まず秘密を知っている私を通して……」

多分来ないだろう、大臣はコバヤシの目を見て察していた。

「では皆様、よろしければ宿を手配しますのでそちらで今夜は泊まって下さい。騒がれると困るでしょうから、御持て成しは出来ませんが……」

皇子は立ち上がった。

「有難い。こちらも忍びだから騒がれるのは困る」

そう言って身を隠すようにマントを羽織る。

「皇子様はなんで、お忍びで旅をしているんですか?」

ふと、疑問に思ったのかナツメが訊いてみた。

 

皇子は隠すこともなくきっぱりと答えた。

「スコーピオンだ。色々調べてわかった。スコーピオンの秘密も、暗い歴史も。君らの話を聞いて、侵食型の魔物のこともわかった。そして、スコーピオンはまだ危険だということ……。それに、魔皇の存在……」

迷いの無い目をして続ける。

「調べて判明したことは、スコーピオンの住民はもう駄目だ、ということ。恐らく、殆どの者が既に魔物に侵食されてしまっている」

!!

それを聞いて、一番に青褪めたのはヨサノだ。

「そ……そんなわけ……!」

「解明する為に、私は行くのですよ。もう行き方もわかっている」

 

魔皇の存在を知って、尚も立ち向かうのは勇者だけだ。

 

 

好奇心旺盛な、勇気のある者だけ……

 

 

魔王は、両手を広げて歓迎をする。

『ようこそ、死刑執行人殿、呪われた血をアナタに捧げましょう』と。

 

 

 

 


【第五部 第一章 約束】

 

 この世には、相反するものが必ず現れる。

 

例えば神と悪魔。

 

 

魔王が現れれば必ずそこに勇者が現れる。

 

 

 

 

魔王は、過酷なまでの勇者の旅を、知ることが出来ようか。

 

 

勇者は、絶望という魔王の闇を、感じることが出来ようか。

 

 

 

 

善と悪……勝利した者と敗北した者。

 

 

 

 

 そして、争いに勝った者だけが人々に説くことが出来る。

 

 

 

「これは、正義の戦いだった」と。

 

 

自分を勇者だと勘違いした愚かな魔王は滅びた、と。

 

 

 

 

 ――その日、大臣の計らいで宿を提供されたリハク達。

大袈裟な手配は出来ない、と言われたのにまんまと一人一部屋配分された。

皇子とコバヤシに対しての最低限の礼儀か?

とにかく、普通の部屋といえども、部屋に一人でいるのは落ち着かない。

(これが普通なんだろうけど、広く感じるな……)

リハクは違和感に襲われながら、一つしかないベッドの上に寝っ転がった。

ナツメ辺りが「寂しいよ〜」とか言いながら部屋に入ってきそうだ。

それともコバヤシ……いや、コバヤシは、ニセ王子期間は一人で寝ていたのだから平気か。

イシカワが寂しがるのはありえない。

 

そんなことを考えながらリハクは眠りに就こうとしていた。

疲れた。

色んなことがありすぎた。

 

もう終わりだ。

剣は手放した。……皇子に訊かれたが、失くしてしまったと、謝っておいた。

皆揃った。

オリオン国のことも片付いた。

獅子の国では、既にじじいも解放されているらしい。

 

後は……帰るだけ。

 

ヨサノは、晴れて皇子の婚約者だ。

皇子は、最高の相手だから不幸になることは無い。

 

(全て……終わったんだ……)

 

眠ることで胸の苦しみを忘れてしまおうと、目を瞑ったその時、ドアをノックする音が聞こえた。

「……? ……ナツメか? それともコバヤシ? まさかイシカワじゃないよな?」

そう訊くと、ドア越しの人物は少し黙っていたが、やがて小さな声で返事をした。

 

「……私だけど」

……ヨサノだ!

 

「……え!? ヨサノ!? ……な……なんだ?」

慌てて飛び起きるリハク。

少し間を置いてから、ゆっくりとヨサノは部屋に入ってきた。

髪は結んでいなく、垂らしているのが新鮮で色っぽくて、リハクはゴクリと息を呑んだ。

(こんな夜に、男の部屋に入ってくるか? ふつー……)

緊張しないわけがない。

本来なら、堂々と構えたいのだが、もう意識してしまったヨサノだ。

リハクは何だか悔しい気分になった。

(ヨサノは全然緊張とかしてねーんだろうな……)

自分だけがこんなにドキドキしてしまうなんて不公平だ。

部屋に入って、キョロキョロするヨサノをまともに見られないまま、リハクはあしらうように促した。

「あーーーー、てきとーに座っちゃって。何か用でもあんのか?」

部屋には小さなソファや椅子がある。それなのに、ヨサノはリハクの隣に座ってきた。……そこはベッドだ。

!!

(さ……誘ってんのか〜!? こいつ……)

そんなわけはない。

冗談でも、押し倒そうとするならば多分殺される。

色んな意味で緊張しながら、平静を装ってリハクは話し掛けた。

「……ってか、なんで黙ってんだよ……」

 

「……また、……スコーピオンに私も行くことにした」

 

「え……?」

 

「皇子がスコーピオンに行くっていうから、私も真相を確かめについていくんだ」

ヨサノが皇子の名を出すから、ついムッとして訊いてしまう。

「……どうやって? あんなトコ、行けねーだろ? 隠し入口も封鎖されて……」

 

「隠し入口じゃなくて、本来の出入り口、見つけたんだってさ。でもそこは、カギが必要なんだけど、カギも見つけたって……。凄いよね」

 

一瞬聞き逃しそうになる。

「……え……? ってことは、スコーピオン、また行けるんだ……?」

驚くリハクに、ヨサノは黙って頷いた。

 

……沈黙が続き、またヨサノが口を開いた。

「皇子が……スコーピオンの国民はもう危険だって言うんだ。でも私はそんなことないって思ってる。ただ調べただけの皇子の予想なんて、当たるわけないって……」

「だから、確かめに行くんだ?」

リハクが訊くと、ヨサノは俯いたまま小さな声で言った。

「……来て……」

「え?」

「……リハクも、一緒に来て……」

そんなことを言われては、ドキッとしてしまう。

「で……でもさぁ、お前……」

照れ隠しで答えようとするリハクの手を、ヨサノは握ってきた。

(……!?

リハクは心の中で物凄く混乱したが、(ヨサノの)その手は少し震えている。

「……恐いんだよ。もし……もしも皇子の言っていることが当たっていたら……」

「……ヨサノ……」

 

「凄く、恐い」

 

一瞬、リハクは頭の中がぶっ飛んだように何も考えられなくなった。

 

次の瞬間、ヨサノを強く抱きしめていた。

「わかった……。……オレが、守るから……!」

 

「リ……リハク……?」

ヨサノは戸惑った声を上げたが、リハクは腕を緩めなかった。

「……約束したんだ。お前のお母さんと……。なんで逃げようとしたんだろう……」

 

「……」

 

「……ごめん……」

謝ってくるリハクに、身動き取れないながらも首を振るヨサノ。

「いや、謝らなくていいよ。……なんで謝るんだよ……」

 

 

「……好きなんだ。……多分、お前のことが……オレは……」

 

 

「……!」

 

とんでもないことを口走ってしまった。

リハクは我に返って慌てて腕を緩めた。

(あれ……? オレ……今……何て言った……?)

聞いていなければいいのだが……

ヨサノはリハクを見つめてきた。

「……多分?」

急に焦ってしまう。

「えーーーっと……そう……だな。……多分? ……多分……」

自問自答のように言っていると、ヨサノは少しムスッとした顔をした。

「……残念だな」

「残念って……! お前、オレのこと……!?

つい夢中で訊いてしまうリハク。

ヨサノは顔を赤くして目を逸らした。

「……好き……かも、しれない」

「かも〜〜〜〜〜〜〜〜!?

「わからない」

「わからないって、お前……!」

嘆くリハクに、逆につっこんでくるヨサノ。

「オマエだって!! 多分とか言ってるじゃないか……っ!」

怒っているのかと思ったが、何故かリハクの背中に手を回してきた。

「……!」

そのまま顔を胸に埋めてくる。

 

「……!?

リハクは固まった。

一気に高揚するのがわかって焦った。

(ま……まずいデスヨ〜〜〜〜〜!?

落ち着こうとしている自分が、何故か変な風に心の中でつっこむ。

ドカンドカン鳴っている心臓の音はきっとヨサノに聴こえてしまっている。

そもそも、なんでヨサノはくっついてきた?

後ろはベッドだ。ちょっと体を倒せば……アレだ。

わかっていて?

いやまさか。

でも気持ちは確かめあった……のか!? ……多分。

 

(いいのか? ……いや、駄目だろ? ……いいのか!? ……いや! 駄目だろ!?

葛藤を続け、気がおかしくなりそうになったリハクは、なるべく落ち着かせて、それでも冗談風に軽く言ってみた。

「……このまんまでいたら、襲うぞ」

殴られるかと思った。

それなのにヨサノは、「あ、そう」と言っただけだった。

「……って、嫌じゃないのかよ!」

 

「……嫌……では……無い? ……かな?」

 

途切れ途切れに言われ、リハクは気が動転した。

(ま……まじデスカ!?

動転しすぎて、ヨサノを離してしまった。

そして、肩を掴んだまま見つめる。

「ええっと……」

中々続きが言えない。

正直、すぐにでもキスをして、その後のコトをしたい気持ちは多いにある。

けれど、それでは駄目だ、と滅多に姿を現さない良心的な自分が引き止めた。

ヨサノが、体を震わせているから。

口では平気そうなことを言っていても、絶対緊張している。

「その……そんな、体硬くしなくてもさ……襲わないから、安心しろ」

……言ってしまった。

襲わないって……

(間違えた!! オレのバカ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

心の中で号泣しながら、口だけは達者に回るようだ。

「ほら……お互い、『多分』とか『かも』なわけだし……。だから……そうだな……」

(何いい人ぶってんだ〜? オレ〜〜〜!!

リハクは立ち上がった。

「帰って……スコーピオンから帰ってきた頃、……そん時もう少しはっきりと『好きだ』って言えるようになってたら……」

その時は……

「……お前を攫う」

言った瞬間恥ずかしくなるリハク。顔が真っ赤になったが、幸いヨサノからは見えていない。

「……いつ?」

訊かれて、思わず答えてしまう。

「婚約式で」

攫うといったらその日しかない。段々自分がカッコよく思えて、調子に乗って口を滑らした。

「そんでアレだよ、そのまま宿に直行……そして一発…」

――言った途端、顔面を思いっきりぶん殴られるリハク。

 

頬を押さえて、付け足した。

「…殴られる、と」

 

 ……

「……なんだよ、やっぱ嫌なんじゃねーか」

文句を言うリハクに、ヨサノは顔を赤くしてもう一度頭を叩いてきた。

「変な言い方すんな!!

 

ヒリヒリする頬を押さえながらベッドに座ると、今度はヨサノが立ち上がった。

「……後悔しないか?」

今夜のこと?

「……しねーよ」

強気で返すリハクに顔を近付けてくる。

「……するよ、絶対」

 

言ったと思ったら……そっと手を外させて頬にキスをしてきた。

 

 

「……」

ボーっとするリハク。

 

「さっきのお詫びだよ、それとお礼。じゃ、おやすみ!」

こちらを向かずに部屋を出て行くヨサノ。

 

 

リハクは顔を赤くして思いっきり後悔をした。

 

 

 

―――――

 

 次の日、皇子にリハクもスコーピオンへ同行したいと願うと、あっさり同行を歓迎された。

その後、コバヤシ・イシカワ・ナツメの三人に自分のスコーピオン行きを伝えるリハク。

ナツメは嘆いたが、先に獅子の国へ帰って、家で待っていてもらうようにと、説得した。

コバヤシだけは「相棒だから」と断固としてついてくるようだったが、後の二人は渋々先に帰ることを受け入れた。

 

 

「絶対帰ってきてね!!

ナツメは何度もそう訴えた。

「……わかってるよ」

リハクとコバヤシが受け答える。

 

先に獅子の国行きの船に乗るイシカワとナツメ。

皆で見送る時に、案の定ナツメは泣き出していた。

「絶対だからね!! 早く帰ってきてね……!」

「……気をつけろよ」

イシカワの言葉に、コバヤシが笑いながら返した。

「そっちこそ! じいちゃんにもよろしく!」

 

「おうちで待ってるから……!」

 

ナツメは何度も同じ言葉を繰り返して、手を振った。

 

船が見えなくなるまで、リハク達は見送っていた。

 

 

「さて……」

見送った後、早速皇子が皆を誘導してきた。

「これから行くのは地図に記されていない島。そこに行く為の船乗りをもう雇ったのだ」

と言って酒場に向かった。

酒場にその船乗り達を待たせてあるのだという。

「地図に記されていない島って……え? スコーピオンに行くんじゃないんですか?」

コバヤシが訊くと、代わりにヒグチが答えてきた。

「スコーピオンには、船では行けないのです。でも大陸に繋がる場所がある。恐らく地下通路か何かがあって……と予想しているのですが……」

コソッとヨサノに訊いてみるリハク。

「……あんの?」

「……多分。セレスティア側じゃなくて、下の大陸側にあると思うから行ったことないけど」

小さな声でヨサノは返した。

 

「その、繋がる場所というのが、かつて『エバーアイランド』と呼ばれた島だ。又の名を“はじまりの島”という。地図には記されていない」

皇子の言葉を聞いて、びっくりした声を上げるコバヤシ。

「そんな名前、神話かなんかで聞いたことがあります……!『この世界の“はじまり”とされる島、エバーアイランド』って……」

「これから会うのが、その幻の島を発見したと言い張る連中だ」

酒場に着き、ドアを開ける皇子。

 

中は昼間なのに男達が大勢騒いで酔っ払っていた。

その中の一人、ごつくていかにも海の男風のおっさんが、入ってきた皇子を見つけて話しかけてくる。

「ダンナ〜! もうずっと待機させられていい加減飽きたぜ。それで、用は済んだのかい? 出発はいつだ?」

多分、皇子の言う船乗りとはこの輩達か……?

身分を隠しているとはいえ、あのアクタガワ将軍が聞いたら激怒すること間違いなし。

皇子は酔っ払い共に言い放った。

 

「今からだ。すぐ用意してくれ!」

 

 

 

 船乗りの大男達の掛け声と共に、皆の乗った船は出航した。

まず河から海に出る。それから何日かかるかわからないが、島に行くという手順。

島からスコーピオンに行って……

獅子の国へ帰れるのは一体いつになることか。

帰ったらきっとナツメが「遅い!」と言って怒るだろうな、と予想してリハクは苦笑した。

甲板でボーっと空を眺めているリハクに皇子が話しかける。

「リバー国のライブラシティに行った時に、リハク達の噂を耳にした。英雄だと、町の人は喜んでいた」

振り返って、リハクは慌てる。

「英雄〜? 大袈裟な。……オザキが言ったのか?? ただ単に、暴動みたいな時に地下の魔物を倒しただけだよ」

それを聞いて皇子は笑った。

「簡単に言うな。……魔物は手強い。人と違って予想の出来ない動きをするし、何より魔術を出されたら太刀打ち出来ない。私も……スコーピオンで魔物が出てきた時の君らの活躍に実は期待しているんだ」

スコーピオン……

リハクは疑問に思ったことを訊いてみた。

「皇子はなんでスコーピオンに? 好奇心だけにしてはいっぱい旅してるみたいだし……。わざわざ忍んでさ。仮にも一国の皇子なのにな」

「仮……」

苦笑いをして、皇子は語り始めた。

「亡くなった前皇后……つまり、私の母は表向きでは病死となっているが、実は違う。……ある日突然魔物になった。私達の目の前で」

「……魔物……?」

「そう、魔物だ。成す術が無く、皇陛下と兵士がソレを倒したが。私には忘れられないのだ、最期にその怪物が母の声で『殺して』と言ったことが……」

魔物になったということは、侵食されていたということ。……リハクは気分が悪くなった。

皇子の話は続く。

「私はずっと調べていた。そして侵食型の魔物の存在を知った。スコーピオンがそれに関わっていることも……。もしかしたら元凶があるかもしれない、と……」

「元凶……ねぇ」

真剣・メシアが思い浮かんで、何となく訊いてみるリハク。

「魔皇とか? ……魔皇がもし居たらどうするよ?」

 

「魔皇か……元凶ならば、倒したいな。……世界でも民衆の為でも無く、個人的な復讐になるが……」

 

……成る程、とリハクは思った。

復讐……それはあまりにも正統。

大衆の為の正義ではない。結果として、英雄に祭り上げられるかもしれないが、皇子は人気を得る為に自身の演出をしているわけではなかった。

 

(……こんな奴から、オレ、ヨサノ攫えるんかな?)

内心焦ってしまう。

それはリハクの中の皇子好感度が上がってしまっているという悔しさ。

最初からそうだった。

(ぜって〜相性いいんだよ、こいつと)

多分向こうもそれを感じているだろう。

その皮肉さに、リハクは心の中で大きな溜息をついた。

 

 

――そして、船は大海原に出て、小さな島を見つけるまで何日か航海をした。

 

 

 

 


【第五部 第二章 呪われた地】

 

 大昔、大陸は一つであった……。

 

 

そして、神は『科学』と『魔法』両方を兼ね備え、人々もその知識と知恵を与えられた。

 

 

ある時、五人の神は一つの石を創った。

 

 

だが、愚かな人々はそれを奪い合い、争いを始めた。

 

やがて、石の力により、大地は裂け、大陸は二つに分かれた。

 

 

怒った神は石を隠し、姿を隠した。

 

 

 

それから人々は……

 

一方は科学、一方は魔法それぞれ知識を失った……

 

 

 

――これが、古くから伝わる神話の一つにある一節だ。

皇子は調べた内容を確認するようにリハク達に説明をした。

「当時の魔法というものは、自然の中に眠る神の力を借りるというもの。私達が想像出来る『魔術』とは別物だったらしい……」

今では四つある大陸が、まだ二つだった頃の話……

「その頃から人々は戦争をしていて、やがて争いの元となった『神の作った石』というのはただの石になってしまったのだという」

皇子は前方に見える島を指した。

「あれが伝説の島なら、あの島は元々その『神の石』だったもの」

 

……目の前には、小さな島が見える。確かに地図には記されていない島。船乗り達が『楽園』と呼ぶ、はじまりの島・エバーアイランド。

 

リハクは素直につっこんだ。

「あの島が神の石って……石にしてはでかすぎだから!!

 

 

 船は、小さな島の岩場近くに停泊した。

船乗り達は船を見張る者と島を探険する者に分かれる。

そして皇子率いるリハク達も別行動ということにした。

小舟で浜に上陸した一行は、まず島の美しさに誰もが息を呑んだ。

 

草や木が生い茂り、綺麗な花が咲き誇る。

島特有の密林は無く、丘や森が広がる。

いつでも人が住めそうな雰囲気。

白い砂浜に、エメラルドグリーンの海に、永遠に広がる青く澄んだ空。

それに心地良い風。

確かに楽園で、もし天国という所があるのならば、きっとこういう所ではないかと想像をかきたてられる。

 

「……うわ…ぁ…!」

コバヤシは感動の声を上げた。

 

本当に、素直に「綺麗だ」としか言えない。

 

皆が感動していると、ヒグチが荷物から小さな紙を出した。

随分古いもののようだが……どうやらこの島の地図らしい。

「スコーピオンへの入口があるのは、ちょうどこの島の中心辺りのようです」

「……そうか。では行くか」

皇子が皆を誘導する。

 

(ホントにあんのかよ??

不安に思いながらリハクもついていった。

 

 

 

 暫く歩くと、遺跡のようなものがあちこちに見えた。

「どうやら、昔は人が住んでいたようだな」

見回し、皇子は言う。

「凄い……!!

遺跡や神話類が好きなコバヤシは一番喜んで歩いていた。

そうして更に奥へと進む。

幸い魔物の気配が無いのが嬉しいことだった。

 

 

 それから、大分歩いた後、漸くヒグチが「そろそろだ」と促した。

……建物らしき跡。

その中に入り、積極的に調べる皇子。

リハク達も何となく、怪しいものが無いかと周りを見回した。

 

「皇子! 洞窟のようなものがここに……!」

ヒグチの呼びかけで皆が集まると、確かに洞窟の入口のような小さな穴が、岩に隠れて見えた。

皇子はそこを覗く。

「……怪しいな」

入口は狭いが中はそうでもなく、普通に歩けそうだ。

「……入ってみるか?」

(皇子に)促され、皆は顔を見合わせてから頷いた。

入ってみる価値はありそうだ。

「では、行きましょう」

まずヒグチが先頭に立つ。

「あ、魔物が出るかもしれないので」

洞窟は危険だ。それを察したコバヤシはヒグチのすぐ後ろについた。

とすれば……

「じゃ、オレは後ろ守っとくか」

リハクが一番後ろになる。

そして……

「ヨサノさん、大丈夫ですか?」

紳士的に当たり前のように手を差し出す皇子。

ヨサノはチラッとリハクの方を見てから首を振った。

「あ……平気です」

「……」

(今みたいな場合、やっぱり「ちょっと待ったコール」するべきなんだろーか……)

二人のやりとりを見て、悩むリハク。

そういえば自分はいつもタイミングを逃す。

……けれども、ヨサノを守る時だけはタイミングを逃さないようにしようと心に決めた。

 そして一行は洞窟の中に入った。

 

暗そうだったので、松明を点けるだろうと用意したヒグチ。しかし中は狭いけれどそんなに暗くはなかった。……なんとなく不思議な感じがする。

道は一本道になっている。下り坂になっており、奥へ奥へと続いていた。

ゆっくり歩き、奥へ行っても魔物の気配はなく、暗さは変わらず歩くのに不自由しないくらいだ。

 

やがて広い空間へと出たが、特に変わった様子もない。

そして更に奥へと道が続いていた。

 

 

「……なんだよ、ここ。いい加減長えよ」

リハクが嘆いて他の皆も疲れた頃、ついに………行き止まりになってしまった。

「行き止まりじゃんか!」

前は壁だ。

「……そんな……!」

ガッカリして座り込むコバヤシ。

「ってか、さっきの広いトコに別の道とかあったんじゃねーの!?

リハクがありえそうなことを言った時、ヒグチが壁に手を当てた。

「いや……。何か書いてあります!」

確かに、よく見ると壁になにやら文字が書いてある。

しかし、読めない文字だった。

ヒグチは読めない、と首を振り、コバヤシやリハクにはさっぱりで、皇子も頑張ったが読めないようだ。

ところが、ヨサノが前に出てくると一瞬困った顔をしながらも少し理解したように言った。

「これは……古代のスコーピオンの文字。昔、少し習ったことがある。……最初の方は読めないけど、最後には『カギを、誇り高き女神に捧げよ』って書いてある」

「す……すっごいじゃん、ヨサノ!」

コバヤシが声を上げると同時に皆も驚きの表情をした。

 

「『カギ』か、成る程! ヒグチ……!」

すぐに食いついた皇子はヒグチに何かを出せと促した。

言われて五つのカラフルな宝石を出すヒグチ。

その説明をする皇子。

「これは、神の石の欠片だ。古文書に、『カギ』だと書かれていた。だから旅で探し歩いた……」

「ってことは……」

カラフルな宝石を見るコバヤシ。

「その宝石を捧げればいいってこと?」

皇子は頷く。

「恐らくは、スコーピオンへの入口が開くはず」

一応リハクはヨサノに小声で訊いてみた。

「確かか?」

「……多分」

ヨサノがそう言うなら……

リハクは宝石を一つ自分の手に持った。

ちょうど五つあったので、他の者も一つずつ手に持つ。

「捧げるって、どこに?」

リハクが訊くとヨサノが声を上げた。

「あ!! 壁の下かもしれない!」

そのまま、考えるようにしてゆっくり説明をする。

「……スコーピオンで、誇り高き女神として、大地を守る女神の存在があるんだ。だから、彼女に捧げるというのはすなわち、地に捧げるということ……。だと思う」

「さっすがヨサノ!!

コバヤシとリハクはヨサノがスコーピオン人であることを知っていたので然程驚かなかったが、ヒグチは……(恐らく皇子も)思っていることを口に出した。

「ヨサノ様は……スコーピオンに詳しいのですね」

「ん……まあね」

軽く流してヨサノは自分の持った宝石を行き止まりの壁の下に置いた。

皆も続けて同じように置く。

 

そして、最後にリハクが置いた瞬間、宝石は輝き出し、同時に壁が大きな扉に変わっていった。

その光景を、皆は呆然と見て、口をポカンと開けてしまった。

暫くしてから漸くコバヤシが言う。

「……壁が、扉になった……よ?」

一人だけ落ち着いていたヨサノが扉に手を掛けた。

「行こう。スコーピオンへ」

 

……扉は音も立てず、開かれた。

 

 

 

 開かれた扉の先は真っ暗だった。

恐る恐る皆がその中に入ると、扉は勝手に閉まり、辺りは何も見えなくなった。

が、何かに引っ張られる感覚があり、次の瞬間には暗いトンネルの中に居た。

「……なんだ、ここ……?」

キョロキョロするコバヤシ。

先程よりは真っ暗ではなく、辛うじて皆の影が見える。

そして、トンネルの先に光が見えた。

「……あっちっぽいな」

リハクが促すと、皆は頷いて光の方へゆっくりと歩いていった。

段々光が大きくなり、トンネルを抜けた先は外のようだった。

暗い場所から出たので一瞬眩しかったのだが、よく見ると曇り空。

目の前には高い塀と門がある。

恐らくは塀の中が町であろうことは予想出来たのだが……

町の様子が何かおかしい。

 

 

……何やら、至る所から煙が上がっている。

 

「まさか……戦争が再開されてしまったの!?

ヨサノは駆け出し、目の前の門を開けた。

慌てて後をついていくリハク達。

塀の中に入って見た街並みは、一目で大変なことが起きているとわかる。

 

……建物からは火や煙が……。壊れた壁……。……倒れた人……。

 

「セレスティアが攻撃を……!?

最初はそう感じたヨサノだったが、すぐに異変に気付く。

それは……

 

 

 

魔物の影。

どこか、人間のような魔物が街を襲っていた。

 

見たことも無い……いや、幼い頃に憶えのある魔物。

 

普通の魔物と様子が違うのはリハクもコバヤシもすぐに感じた。

 

……多分、侵食された人間だと、直感でわかる。

 

おぞましさが全身に伝わり、ソレは“災い”だと、本能に突き刺さる。

これは戦争ではない。

決して戦争ではない。

町が混乱しているだけ。

沢山の魔物に襲われているだけ。

そしてそれは……

 

「あの魔物は、侵食された人間だ」

皇子が昔の恐ろしい記憶を思い出すように言った。

「なんてことだ……!!

正直、どうしたらいいかわからない。

 

恐ろしい光景に、皆立ち尽くしてしまった。

目の前で起こっていることがまるで現実ではないような……そんな感覚で。

 

自分らが前にこの国に来て去ってから、スコーピオンの時間ではほんの二日くらいしか経ってはいないはず。

どうして突然こんな風になってしまったのか……?

そして、このままではスコーピオンは終わりだと、突きつけられる。

 

「お母様……!」

夢中でヨサノは駆け出した。

上では……セレスティアではどうなってしまっているのか? その心配しか頭には無い。

自分を無理矢理にでも帰したのは、こうなることもわかっていたのではないだろうか。

リハクもすぐに後を追う。

 

「……お母様……?」

ヨサノの言葉に驚いた皇子には、コバヤシが教えた。

「皇子、知らなかったんですか!? ヨサノは、ここの国の人間なんですよ?」

「……そうだったのか……」

納得して、三人も後をついていった。

 

ヨサノの行き先はわからない。

多分セレスティアへだということはわかるが、どうやって行くのか等。

ただ、夢中で走るヨサノにリハクはついていき、襲い掛かる魔物から何とか守っていた。

皇子もヒグチもコバヤシもいる。

とにかく必死で走り、魔物の攻撃をかわし、時には斬りつけて追い払ったりした。

息絶えている人々に目を瞑り、燃え盛る道は避け、熱い中を駆け抜けて、漸く辿り着いた場所。

 

そこは、透明のガラス張りの……塔……?

雲の上まで続いている。

ヨサノがついてきたリハク達に説明をした。

「良かった。ここは無事だった。これはね、セレスティアと下の大陸を繋ぐ乗り物なんだ」

……乗り物には見えない。

が、ヨサノは続ける。

「これに乗って、上に昇る。セレスティアはあの雲の上だから……」

分厚い雲の上に空の町……確かにありそうだが……

戸惑っている暇は無く、リハク達はガラス張りの筒の中のような場所に入れられた。

ヨサノも入り、何かボタンらしきものを押すと、「ガクンッ」と一回揺れ、直後床が高速で上がっていった。

びっくりしすぎて、何がなんだかわからなくなっている内に、どんどん自分らは雲に向かって上がっていく。

 

 

 そしてついに、白い霧のようなものを通り抜けたと思ったら、いつの間にか狭い石造りの部屋の中に居た。

どうやら着いた(?)らしい。

ガラスの扉は自動で開き、開いた途端ヨサノが外に飛び出す。

それから石造りの部屋の扉を開けた。

 

後を追うリハク達。

そこは、太陽が眩しい外。(リハクにとって)少しだけ見たことのある街並み。

セレスティアだ。

 

 

だがここも、下の町と同じくまるで戦場にされたように建物が崩れていた。

この前来た時は、そんなに街並みを見たわけではなかったが、明らかに違う。

 

それは、ヨサノの絶望……。

 

ヨサノは愕然としたが、震える足でまた走り出した。

ただ、母の元へ……

 

向かう先に見えるのは神殿のような建物。

そこにヨサノの母が居るというのか?

果たして無事なのか……

ヨサノは緊張で苦しくなる胸を押さえた。

人も沢山倒れているし、魔物もいる。

その光景に、呼吸がおかしくなりそうなヨサノに、リハクは手を差し出した。

「大丈夫だ」

ただ一言。

それしか言えない。

ヨサノはその手に掴まり、唇を噛み締める。

 

――向かってくる魔物に、リハクは夢中で炎を放った。

 

こんなに自由に魔法が使えるようになっているなんて、不思議だ。

こんな状況だからこそか?

コバヤシも前に出て、怯まず魔物に斬りかかり、二人に道を空けてくれた。

皇子は噂以上に強いし、ヒグチも皇子を守るように戦う。……二人とも剣の腕は確かなので助かった。

 

 そうして、神殿に入った五人。

神殿の中はやけに静かで、魔物もいないよう……

けれども、警戒をしながら奥に進む。

ヨサノは周りを見回して母を捜した。

「……お母様……!! お母様……!?

 

奥に祭壇がある。その祭壇の前に、黄緑色の髪の女性が一人座っていた。

その女性はヨサノの声に振り向く。

「ヨサノ……!? 何故……!!

「シドゥリ様……!」

女性は前に会ったシドゥリだった。

スコーピオンの賢者の一人だという女性。

「シドゥリ様はご無事で……!」

駆け寄るヨサノ。

シドゥリは険しい顔をした。

「アナタは、戻ってきてはいけなかった……!」

シドゥリの後ろの祭壇には、見覚えのある剣が置いてある。

 

それは……真剣・メシア。

 

 

 

 


【第五部 第三章 哀れな望み】

 

『貴方はこれ以上、魔皇の力に頼ってはいけません……。例え、仲間を死から守る為であっても……。そして、呪われた地、スコーピオンを目指してもいけません』

 

これが……メシアの警告だった。

 

 

『侵食型の魔物は“魔皇”を倒さない限り、世界に増えていく』

 

そしてこれが、「自分の死」を意味すること。

 

 

英雄は、自分の体を魔王に差し出し、自らを勇者に殺させることで世界を平和にさせる。

 

 

かつてのメシアは、それが出来なかった……

 

勇者が居なかった為。

 

だから、彼女は謝ってきた……『ごめんなさい』と。

 

 

 

 

「魔皇の力が、これ程までとは思いませんでした……」

と、シドゥリは言う。

「私は、貴方から魔皇の魂を剣に引き戻して、剣ごと消滅させようと……今も呪文をかけているのですが……。消滅どころか、力は抑えきれず……。ついに……魔物に侵食されていた者が覚醒してしまいました」

恐る恐る告げられたのは悲劇。

「まさか……わずかに残った侵食型が、スコーピオンの住民をこんなにも蝕んでいたとは……!」

シドゥリは、苦しそうにしながらも真剣・メシアの方に体を向け、手を掲げた。

「魔物は、魔皇の復活を待って静かに人を喰い、体の中で眠っていたのです」

リハク達は彼女の話をただ呆然と聞いて、愕然としていた。

 

「そして……魔皇はただ、封印を解いた者の身体を欲するだけ」

 

――来てはいけなかった。

 

そう、わかっていたはずだ。

あの手この手の誘惑に負けてしまっては駄目だと。

剣を一回手放したのも罠かもしれなくて……

 

多分、幼い頃に初めて剣を見た時から惹かれていた。

ずっと手放さなかったのは戒めではない。

魔皇はそれを見抜いていた。

だから、封印を解くように仕向けたのだとしたら……。機会をずっと窺っていたのだとしていたら……。

 

!! ヨサノ!! 逃げなさい!!

突然シドゥリが叫んだ。

もしや神殿に魔物か!?

「で……でも! シドゥリ様は……!?

「私のことは平気です! すぐにここから離れて、そして、外の世界に……!」

シドゥリが叫んでいる途中で、不気味な足音を立て向かってくる二体の怪物。

「シドゥリ様も逃げて下さい!! 私は、お母様を捜します……!」

ヨサノはシドゥリを庇うように前に飛び出した。

「ヨサノ……!! いけません!! もうスコーピオンは終わりです!! それに……貴女の母……殿下も……!」

シドゥリの必死の引止めも虚しく、ヨサノは見てしまった。

 

全身が爬虫類の鱗で覆われている魔物の顔が、自分の母だという絶望を。

 

!!

ヨサノを守ろうと前に出たリハクもすぐに気付く。

コバヤシ・皇子・ヒグチはそのことを知らなかったが、魔物の姿に絶句した。

もう一体の魔物は人よりも大きい巨大化した蠍のようだったが、やはりドロっとした人の顔のようなものがあった。

巨大蠍は物凄い速さで向かってくる。すぐに反応した皇子は前に出てその攻撃を受け止めた。

「皇子!!

急いでヒグチが応戦する。

 

ヨサノは、動けないでその場に崩れた。

そして、恐怖と絶望の声を上げる。

「……イヤ……!! おかあさ…ま……!!

「え……? お母様……?」

うろたえるコバヤシ。

ヨサノの母の顔をした魔物は、容赦無くヨサノを襲おうとする。

リハクは夢中で剣を抜いて魔物の牙を抑えた。

魔力は残っていない。

「コバヤシ!! ヨサノを連れて逃げろ!!

!? リハクは……!?

コバヤシは慌てたが、リハクはこちらを向けずに言う。

「後から行くから……」

頷いて、ヨサノを抱えるコバヤシ。

けれど我に返ったようにヨサノは叫んだ。

「嫌だ!! 離れたくない!! コバヤシ!! 下ろして!!

暴れたので仕方なく下ろすコバヤシ。

「じゃあ、危ないから下がっててよ。リハクはオレが助けるから」

そう言ってリハクの加勢をしに向かった。

 

……はっきりいって、堅い鱗の魔物に、安物の剣は歯が立たなかった。

 

巨大蠍は皇子とヒグチに任せるとして、目の前の魔物は自分がどうにかしなければいけないと心に決めるリハク。……例え、ヨサノの目の前でも。

一応シドゥリに僅かな希望で訊いてみる。

「……シドゥリさん、侵食された人間は元に戻せないのか? ……封印術かなんかでも」

シドゥリは哀しそうに首を振った。

「……普通の魔物とは違いますので」

やはり、倒すしかないのか……

あるいは……

 

元凶が居なくなれば元に戻るのかもしれない。

 

幸い勇者はそこに居る。

 

 

リハクは、巨大蠍と戦っている皇子を見た。

 

その後、絶望に打ちのめされたヨサノを見る。

なんて儚いのだろうか……

ヨサノは、母の為に生き、どうしようもなく別れたのに……。

これではあまりにも残酷過ぎる。

もし、災いの中に希望があれば……

 

「……コバヤシ、ちょっと、倒さずに持ち堪えてくれるか?」

少しの間コバヤシに戦いを任せるリハク。

「え……? リハク……何を……?」

わけがわからないながらも魔物の牙を受け止めるコバヤシ。

 

リハクが向かった先は、シドゥリの前。……後ろに祭壇があり、その上に真剣・メシアが置いてあった。

……剣は静かに黒く光っている。

「な……何を……! おやめなさい!!

止めてくるシドゥリを押さえて、リハクは剣に手を伸ばした。

気付いて、ヨサノも止めようとしたが遅かった。

「リハク……!! 駄目……!!

 

そうだ、メシアもそんなことを言っていた……。

 

リハクは剣を手に取る。

 

「魔皇! お前の願いを叶えてやる」

 

言った瞬間、黒い蛇のような光が、全身に巻きついていった。

そしてみるみる変貌していくリハク。

 

髪は黒く、目は赤く……死人のような白い顔。

けれど、全身に黒い光を纏っていて……

 

 

――魔皇の降臨

 

 

時が止まったように、皆止まった。

 

魔物も、創造主の登場に大人しくなる。

 

 

「……アシン……」

シドゥリは膝を落として知り合いの名を呼んだ。

 

リハクは、振り向いて不気味に微笑んだ。

「久しぶり、シドゥリ」

 

 

「……誰……? リハク……?」

別人のその姿に……呆然と、コバヤシは力を無くした。

 

 

 

 リハクではないのに、リハクだと分かる青年が、そこに立っていた。

彼はとても冷たい目をしていて、深い闇に包まれている。

 

魔物も大人しくなって、呆然と見る皇子とヒグチ。

 

「な……なんで……? リハク……?」

コバヤシは恐る恐るそのリハクに近付いた。

黒髪の青年は微笑んで言った。

「違います」

言った瞬間、物凄い力でコバヤシを弾き飛ばした。

「――!!

飛ばされて、神殿の柱に激突するコバヤシ。

そのまま苦しそうにして倒れた。

 

当然、その光景を見た皆は愕然とする。

 

「一体……どういう……!?

皇子はリハクに剣を構えた。

慌てて止めに入るヨサノ。

「待って!! あれは……リハク……!!

続きを、シドゥリが言った。

「魔皇に身体を乗っ取られたリハクさんです!!

「……!?

驚いていると、心外だと首を振る黒髪のリハク。

「違う。この若者が、自ら提供してくれた。……とても健気で哀れな想いで」

その赤い瞳は、冷たいだけでなく恐ろしい……。

「俺に乗っ取らせて、自分で命を絶つか、誰かに絶ってもらうかしようと。……君の為に」

見つめる先はヨサノ。

「そうすれば、君の母親は助かるかもしれない。君は幸せになるかもしれない……なんて……思ったんだろうね」

「……!」

ヨサノは目に涙を溜めた。

 

「そういう奴、嫌いじゃない。けれど、残念だ。……それは、俺がさせないんで」

 

黒髪のリハクは、もう一度微笑むと、手をサッと上げる。

すると、巨大な蠍とヨサノの母の顔をした魔物が操られているように三人に襲い掛かってきた。

それを必死で食い止めるヒグチと皇子。

皇子はヨサノを逃がそうとしたが、ヨサノは逃げずにリハクの前に立ちはだかった。

「リハク……! リハクはまだ中にいるんでしょう? ……お願い、元に戻ってよ!!

 

「リハク……!!

必死に訴えるヨサノ。

リハクは冷たい目をしたままヨサノに真剣・メシアを向ける。

「……」

「やめて!! アシン!!

その手に、シドゥリがしがみついてきた。

「貴方はそんな人では無いはずです……! 純粋に姉を愛していたでしょう? その心は?! 全て闇に呑まれてしまったの!?

「俺に人の心を思い出させればどうにかなるとでも? 逆だよ、シドゥリ。亜人ではなく、元々の人間の心が、闇を受け入れる。貴女達とは違って、弱いからね」

そう言って、シドゥリを振り払う黒髪のリハク。

「……!」

シドゥリは強い力で祭壇に激突させられ、気を失った。

 

「シドゥリ様!!

駆け寄ろうとするヨサノに、リハクは尚も剣を向けた。

「……今頃、世界に静かに潜んでいた魔物達が、目を覚ましている頃だ。また、人々は侵食される恐怖に怯えることになる。それを見せられないのが残念です。メシアによく似たお姫様」

振り下ろされる剣。

ヨサノは目を瞑った。

 

「リハク!! 駄目だ!! ナツメ達と約束したじゃないか!! 家に帰るって……!!

 

必死に叫んだのはコバヤシだ。

立ち上がってこちらに向かってくる。

 

そして……

ヨサノを斬る寸前で、剣が止まった。

「……!!

 

……リハクが、もう片方の手で剣を持つ腕を押さえていた。

 

「……悪い、コバヤシ……!」

息を切らして言うリハク。

 

 

「……ヨサノ……!」

 

そう、紛れも無く『リハク』だった。

 

 

「リハク……!!

ヨサノとコバヤシが駆け寄ろうとしたその時、……

 

 

「……約束、守れなくて、ごめん」

 

そう言って、リハクは真剣・メシアを皇子の居る方へ放り投げた。

―――――

!!

ちょうどその時、ヨサノを助けようと魔物を振り切った皇子は、うまい具合に剣を受け取った。

 

「皇子!! 頼む!! こいつを!! 魔皇を殺せ!!

 

『リハク』の、必死な願い。

その後、『魔皇』に意識が戻ってしまったらしく、黒髪のリハクは向かってくる皇子を睨み付けた。

そしてほくそ笑む。

 

「……よくもまぁ、完全に侵食されたフリをしたよ、持ち主。逆に俺を動けなくするなんて……。やっぱり、嫌いじゃない」

 

 

“望み通りだろう?”

頭の中で、『リハク』の声がする。

 

魔皇は退屈で、……死にたがっている。

 

前に“勇者”だと思った人間は、自分を殺せずに封印した。

 

 

「では、一時の安らぎを満喫するか。……死刑執行人殿、呪われた血をアナタに捧げましょう」

それが最期の言葉で、

 

 

 

皇子の剣はリハクの心臓を貫いた。

 

 

 

 

「……リハ……ク……」

コバヤシも、ヨサノも信じられなく、ただ呆然とその光景を見て、力無く座り込んだ。

倒れたリハクの髪は、白色に戻って、眠るように目を閉じていたから……

血に塗れているのが、理解出来なくて……。

 

それはヒグチも同じで、何が起きたのか分からずにただ立って、様子を見てしまった。

 

つい今まで戦っていた魔物が、みるみる内に一人の女性と鎧の男に変わって、その場で倒れた。

女性は、ヨサノの母だった。

元凶を倒したことで、元に戻ったのだ。

……二人は死んではいない。

だがそのことで喜ぶのは後のこと……。

 

一人で罪を背負った皇子は、静かに剣を納めた。

 

 

 

目の前の現実が漸く理解出来た頃、コバヤシは必死になってリハクを呼んだ。

「リハク……ちょっと待って……! 冗談はやめろよ……!! リハク……!!

悲しくて泣くとか、そういうレベルではない震えた声を出しながら、夢中で揺さぶりかける。

「意味わかんねー……! 意味がわかんねーよ!! これからどうすんの!? これからどうするんだよ!! どうすればいい? ……どうすれば、……起きる? ……リハク……!」

 

何回も何回も名前を呼ぶ声が、虚しく響いた。

 

一方ヨサノは、現実を受け止められずに……泣くことも出来ず、呆然と……リハクをじっと見つめていた。

リハクが「なんちゃって」とか言いながらすぐにでも起きそうだったから……

泣いて認めるのが恐かった。

恐くて、後悔すら出来ない。

もし冷たかったら……そう思うと、手も握ることが出来なかった。

 

 

そして静かに……時間だけが過ぎていった。

 

 

 

 


【最終章 捧げるうた】

 

 人々は、遥か昔から歴史を繰り返し、争いを止めない。

だが、少しずつ変わっていくものだ。

 

魔皇は、人の知らぬ所で現れ、人の知らぬ所で倒された。

そしてそれは、とある町では英雄と称えられた人物の一人でもある。

 

犠牲になるということ――決して普通の人間には出来ない行動。

例えそれが彼の言う“成り行き”であったとしても……

勇者でさえ不可能である。

 

 

その犠牲という名の下に、世界は静かに救われる。

 

決して戦争が終わるわけでも、世界が平和になるわけでもない。

しかし、恐怖という闇から救ったのは確かだ。

 

侵食する魔物を消滅させ、人類を“災い”から守った。

 

 

真実は、スコーピオンにあり、

セレスティアにあった……。

 

私は、英雄でも、勇者でも無い。

真の英雄は……

魔皇となってしまった、あの者だったのだから……。

 

 

 

私は……英雄を倒してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

……勇者として、歴史に刻まれる男が倒した、決して歴史に刻まれない青年の旅が終わった。

だが、青年には、後の獅子の国の王から、『レオ』という英雄の称号を得る。

彼の持っていた剣は、『真剣・レオ』と呼ばれ、称えられた。

 

しかし、城に飾られていたその剣は、月日が経ったある日、三人組の盗賊に盗まれてしまい、その後は行方不明になった。

 

 

 

―――――

 

 スラムの一角の古い家にて、所狭しと人が集まっていた。

「ホラ、盗んできてやったよ」

金髪の少女が、茶色い髪の少女、ナツメに剣を手渡した。

「ありがとう、ミシマちゃん」

 

青髪の美女・カフウは剣を見て訊ねる。

「で、これからどうするの?」

コバヤシは、軽く微笑んで言った。

「うん。オリオン国に行って、大臣や、王様達にシガ王子のお墓を案内するんだ。ウィンの森にあるんだけど。オレも一応兄弟だから、もう一度改めて墓に挨拶するし……」

対して、ナツメが付け足すように言ってきた。

「その前に、リバー国に遊びに行くんだよ〜! ねぇ、イシカワ!」

訊かれてイシカワも頷いた。

 

コバヤシは剣を懐かしそうに眺めて呟く。

「この剣も持っていこうと思って……。リハクの剣だから……」

 

ミシマとムシャノコージは俯いたが、カフウが提案を出した。

「ねぇ、私達も一緒に行きましょう? いいでしょ? コバヤシ君」

それにはコバヤシではなく、ナツメが喜んで答えた。

「やった〜! 皆で行けるんだ〜!!

古いベッドで横になりながら、慌てて老人も参加をしてきた。

「わしも……! 今度こそわしも行くぞ!!

それは少し面倒なことになりそうだ、と全員が思ったのだが、仕方ないので同行を許可することにした。

 

 

 

―――――

 

 一方、ひっそりと英雄が眠る墓の前に、一人の娘は毎日佇んでいた。

黒い髪をなびかせ、赤い服を着ている。

 

娘は、横に並んだ茶色い髪の青年に気付いたが、何も言わずにただじっと墓を眺めていた。

青年――皇子は娘にそっと声を掛ける。

「……オリオン国で会った時に、ヨサノさんの気持ちに気付いていました。……私は、貴女の愛する人を殺めてしまった……」

「……」

暫く経ってから、ヨサノは皇子の方を向かずに答えた。

「……結果的に自分だけ罪を背負って……皇子は優しい人だね……。でも、リハクを殺したのは……」

 

恐くて誰にも言えなかったこと。

初めて、ヨサノは口に出して言った。

「……私だよ」

ずっと後悔していた。

「……私が、我儘を言ってリハクをスコーピオンに連れていかなければよかった……!」

それから、彼がいなくなってから初めて、ヨサノは涙を零した。

 

一旦零すと止まらなくなった。

 

黙って、皇子は聞いていた。

抱きしめたかったが、この場所ではきっと遠慮した方がいいと思っていた。

まだ、彼女の心には彼がいて、自分にはその資格が無い、と。

 

ヨサノは、哀しく微笑んで、自分に対して呟いた。

 

「私は……哀れな女だね……。……“魔皇”になった者を好きになるなんて……」

 

精一杯の自分への言葉。

そして、まだ忘れられない……忘れることの出来ない、どうしようもない気持ち。

 

 

『ヨサノ……』

 

ふと、呼ばれたような気がした。

それは、風に紛れて消え、空は静かに雲を流していた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――どうしてもキミに伝えたいことがあって、オレは……死ぬ前に強く想った。

 好きだとか、愛しているだとか……それは、今はまだ恥ずかしくて言えない。

 けれど、根拠は無いけれど感じたことがあった……。

 

 不思議だ。

 目を閉じた時、キミはあの……巫女の村の聖堂に居た。

 夜だった。

 オレは女神像の中に居た。

 だから、聞こえるかどうかわからないけど目一杯の声で言ったんだ。

 

 

 ……後からこれは、スコーピオンの力の影響で、少し時間を遡ってしまったとわかった。

 そして、魔皇は女神を求めていたんだ、と。

 

 

 伝えたかったのは、いつか妖精の村で聴いた歌で、綺麗な声の少女が歌っていた……

 とても心に残った言葉。

 

 

――大丈夫……“きっとまた、巡り会えるから”……

 

 

 

 

 

 



END


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