創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第十一話:ヒロインに嫉妬]

 

 まさかレオが自分にキスを迫ってくるとは思わなくて。

 玲菜は混乱してベッドに倒れこんだ。

(あれは……何? 冗談?)

 そう思うと無性に腹が立つ。

 それとも、「手違いでキスする」と言ったことが冗談?

「はぁ」

 わけがわからない。

 彼が自分のことを好きだとは思いにくい。

(だとすると、やっぱりふざけ半分でああいうことして、私の反応見たのかな?)

「あ〜〜〜サイアク!」

 結構いい奴だと思っていたのにこの仕打ち。

(なんで? 私が勝手に部屋に入ったから? その報復で?)

 あの時、彼に言われるまでどうして拒まなかったのか。

(突然すぎて、なんか頭が回らなかったよ)

 正直、悔しい。

 一瞬でも彼にドキッとしてしまった。もろ好みのあの顔で迫られてその気になってしまったかもしれない。自分を包んでいた腕がやけに優しかったから。

(あいつ、あの顔で、ああやって女の人を落とすんだ。絶対そう!)

 涙が出そうになる玲菜。

(でもまさか私にまで、そういう風にするなんて!)

 自分はなんとなく、そういう対象ではないのかと思っていた。最初から言い合いは多かったが、一緒に出掛けていい所も見つけたし、同居の仲間みたいになれるかと思っていたから。

 それとも彼にとっては本当にただふざけただけの感覚なのか。

(ありえる)

 ショーンの家で、ゴミ部屋に住んでいても皇子。きっと普通と感覚が違う。

(きっと子供のころから、女の人に不自由しないで、女の気持ちなんか考えたことないんだ)

 今だってこんな風に色々考えているのは自分だけかもしれない。

(あいつ、私が怒ってることにも気づいてないかも)

 やはり悔しい。

 玲菜は怒りながらうつ伏せで寝ていた。色々なことが頭の中をめぐって疲れる。そうして、しばらくそのままで居たらいつの間にか眠ってしまっていた。

 

 

 玲菜が起きた時、掛布団が自分にかけられていてびっくりした。

(あれ? 私……寝てた?)

 まさにふて寝か。

(あれ? 布団は誰が?)

 窓から入る陽は夕方の色。

「今何時?」

 洗濯物と布団を外に干していたのを忘れていた。自分に掛けられていたということは、布団は取り込まれたのか。まさかレオが?

 玲菜は急いで階段を上がり、外に出る。

 そこには洗濯物を取り込んでいるショーンと、スーツを着たレオが居た。

(ショーン、帰ってきたんだ? しかもレオ、またスーツ着てるし)

 二人の話し声が聞こえる。

「じゃあ、俺は明日の朝帰るから」

「また行くのか。今日は誰だ?」

「レナだよ」

 そう言ってレオは歩いていく。

「へぇ〜熱心だな」

 彼を見送ったショーンは向かってくる足音に振り返る。

「ああ、レイナ。起きたか」

「ごめん、ちょっと寝ちゃって。洗濯物どうもありがとう」

 ショーンはニッと笑う。

「いやいや、洗濯してくれてありがとさん。部屋も見た。台所のテーブルにびっくりした」

 抜かりなく気付いてくれるショーンに嬉しく思う玲菜。

「レオはどうしたの?」

「あ、ああ。今日は飲みにいくって」

 玲菜には“女”のことは伏せたか。本当は聞こえていたが、気付かないふりをして玲菜は洗濯の取り込みを手伝う。

(レナの所に行くって言ってたな)

 妙に腹が立つ。

(さっき私にあんな風にしといて自分は平然と女の所に行くんだ)

 玲菜は、洗濯物を取り込んで、ショーンが夕飯を作り、二人で他愛のない話をしながら台所のテーブルで食事を楽しんでいる間もずっとレオのことを考えていた。

(今頃レオはレナとご飯食べてるのかな)

 イチイチ思い浮かべてはイライラする。

 ショーンは会話の合間の表情で玲菜がたまにムッとしているのを見て気になった。

「どうした? さっきから。怒ってる?」

「え?」

 玲菜は慌てた。

「別に怒ってないよ? 私そういう顔してた?」

「してた」

 ショーンは食べ終わった食器を片づけながら言う。

「喋っててもずっと上の空だったし」

 玲菜も一緒に片付け始めると、気まずそうな顔をした。

「元の世界のことか? 悪かったな。まだわからなくて」

「ち、違うよ。レオがさっ……」

 言いかけて口をつぐむ玲菜。

「え? 何? レオがどうしたって? アイツがまたなんか言ったか?」

 なんて答えれば良いか分からずに首を振る。

「別にいいの。あ、……私が、レオの部屋に勝手に入って怒られただけ」

「あ〜〜」

 ショーンは納得する。

「入られたくなきゃ、ゴミ捨てろって俺から言っとくよ。どーせ言うこと聞かねーけど」

 玲菜は軽く笑って、自分がずっと怒っていたのかと、ショーンの言葉に改めて自己認識した。

(私、怒ってたんだ。どうして?)

 レオとレナのことを考えていた。

(二人が仲良くするのは私が望んでいたことだったのに)

 普通なら、レナのもとへ行ったレオに喜ぶはずだ。

 けれど、今は凄く嫌な気分。

 瞬間、気付きたくなかった感情に気付いて、玲菜は顔が赤くなったのが自分でわかった。

(やだ私……レナに嫉妬してる?)

 そんなまさか。

 自分のキャラに嫉妬なんてありえない。しかもよりにもよって、自分が一番感情移入していたヒロインに。

 それに、嫉妬しているとしたらレオのことが好きだという事になってしまう。

 そんなばかな。

(あ、ありえない。それってなんかの罠。アイツの罠だよ)

 仮にもしそうだとしたらレナがライバルになってしまうし。

(レナは十六歳の銀髪の美少女だよ? 勝ち目無い)

 あることに気付いて、玲菜はハッとした。

(あれ? レナってこの世界でも十六歳? だとしたらレオってば……)

 レオは朝帰ると言った。前も朝帰ってきたが、朝帰りということはつまりそういうことになるが。

(リアルに考えるとふしだら!)

 二人がそういう関係でも構わないが、自分の小説では清い交際だったためになんとなくイヤというか……イメージ的に。

(清純なレナにそういう大人な部分を付けたくないのに)

 しかし今更不可抗力か。“今頃”の二人を想像したくない。色んな意味で。

 玲菜は落ち込みながら風呂に入ってベッドに入った。

 考えたくないのについ想像してなんとなく胸が苦しい。

 これからも“その度”にこんな風な想いをするのは嫌だ。

(レオのばか)

 玲菜は中々眠れずに不愉快でつらい時間をベッドの中で過ごしていた。

 

 

 次の日の早朝。ほとんど眠れなかった玲菜はレオの帰ってきた物音で目を開けた。

 彼がウヅキに何かを話しかけている声が聞こえる。やがて音は静まり、彼が部屋で寝たんだと悟らせた。

 そこでようやく玲菜も眠りに就いた。

 

 おかげで朝起きた時はもう昼近くで、着替え等を済ませて居間に行くとショーンの姿は無かった。『図書館に行く』という置手紙が机の上にあって、台所のテーブルには朝食であるパン等が用意してあった。

(ショーンってホント気が利く)

 ありがたくパンを頂く玲菜。今日のパンは隣に住んでいるサリィさんの新作だ。

(サリィさんのパン美味しい)

 玲菜はパンに黄緑色の液体を塗って食べた。最初に出てきた時はなんなのか分からずに塗らなかったが、ショーンやレオたちの真似をして塗ってみると香ばしくて美味しかった。黄緑なのに味としてはミートソースに近い味がする。

 

 食べていると、ガタガタと音が聞こえて、だらしない格好に寝癖が凄い男が寝ぼけ眼で台所に入ってきた。レオだ。

 彼は、一度風呂に行く素振りを見せたが、戻ってきて玲菜の正面の席に着いた。

(なんでお風呂行かないの)

 玲菜は気まずく感じたが態度に出さないで黙々と食事を続けた。

 一方レオは何か言いたげにじっと玲菜の方を見る。しかし言わずに、気まずい空気だけが二人の間を流れた。

 それに耐えられなくなった玲菜はとにかくパンを彼に差し出す。

「これ、今日の朝食ね。サリィさんの新作だって。ショーンは出かけたから」

「あー」

 レオは一旦目をつむって、きっぱりと言った。

「ここで食事ができるようになったのはお前のおかげだ。テーブルクロスもセンスがいい」

 きっぱり言うほどのことではないが。

 なんだか調子が狂って玲菜は可笑しくなった。

「何? それをわざわざ? お風呂入らないの?」

「風呂は入る。ただ、お前と話したいから」

 俯くレオとセリフに思わずドキッとする玲菜。

「え?」

「その……昨日は、悪かった、な」

 レオは小さくそう言った。

「ふざけているつもりはない。ただ、癖というか……」

「癖?」

 玲菜が強く反応するとレオは慌てて言い訳する。

「いや、なんていうか、俺も自分自身が分からなくて。お前を傷つけたなら謝るよ」

 謝られると逆に虚しい。

「別に私は……」

傷ついていないと言ったら嘘になるか。なんて答えてよいのか分からない玲菜に、レオが何故かムスッとした顔で言った。

「お前はどうだか知らんが、俺は結構……お前のこと気に入ってるから、もうああいうことはしないっ!」

 怒って言うことではない。

「え?」

 玲菜が訊き返すと、レオは逃げるように席を立つ。

「風呂入る。一昨日みたいにドア開けるなよ!」

 それどころではなく、玲菜はもう一度レオに訊いた。

「何? なんて言った?」

「二度と言うか!」

 振り向いたレオは顔を赤くしていたから。玲菜までつられて赤くなる。

 慌ててレオは付け足す。

「あ、気に入ってるって、同居人としてだからな! そういう感情じゃないからな!!

 言った途端早歩きで地下に降りるレオ。バターンとドアを閉める大きな音がした。

 予想外の彼の反省の弁に、玲菜は食事の手を止めて呆然とする。

(なに今の……)

 彼は言った『気に入っている』と。

(レオが? 私を?)

『同居人として』と念も押された。

(恋愛感情ではないってことだよね)

 少し笑いもこみ上げる。

 正直、嬉しいから。

 てっきり、あまり良くない風に思われているのかと。

 なんだかホッとした玲菜は上機嫌で地下に降りた。今なら普通に訊けると思って。

 

 バスルームのドアをノックすると返事が無かったのでそっと開けて中に入ってみる。浴室の扉は開けずに、離れた所で玲菜は話しかけた。

「ねぇ、レオ!」

 途端にバシャバシャと湯の音がして慌てたような彼の声が聞こえた。

「お前、何入ってきてんだよ!! まさか風呂に一緒に入る気か? お、俺は別にかまわ…」

「何言ってんの。安心して、お風呂の扉は開けないから」

 玲菜は一旦深呼吸して訊いた。

「ねぇ、レオはさ、レナとどうなの? うまくいってる?」

 そこは作者として気になるところ。どんな答えが返ってきても動揺しないと覚悟した。

「え? なんで今そのことを?」

 レオは疑問に思ったが、間を空けてから答える。

「レナは手ごわくて、俺に振り向いてくれない。一晩かけてくどいても不発だし」

「え?」

 まさか二人はまだ付き合ってさえもいないのか。

 確かに自分の小説でも二人は両想いでありながら中々進展しなかったんだと思い出す玲菜。

(まだそういう関係じゃない?)

 なんだか妙に嬉しくなる。

 二人が自分の小説と同じく清い関係だったことが嬉しいのか、それともまた別の感情からか。両方かもしれないが。

「あ、そうなの。頑張ってね〜!」

 玲菜は心の中のモヤモヤが無くなってバスルームから出て行った。

 

 一方、逆にモヤモヤが発生したのはレオの方だ。

(な、なんであいつ、俺とレナのことを?)

 まさか朝帰りしたことを玲菜が気にしているのか、と勘付く。

(え? それってどういう意味だ?)

 ある答えに行きついてレオは気分が上昇した。

(あいつ、まさか俺のことを?)

 そう思うと気持ちが昂《たかぶ》る。

(それなら俺だってもっと……優しくしてやるのに。素直になれよあいつ)

 女性に好かれるのは慣れているが、いつも以上に嬉しいと感じるレオ。

 長く熱い湯に浸かっていたのでのぼせそうだ。

 

 そんなことを思われているとは知らずに、玲菜は自分の部屋の掃除を開始していた。まずはコンクリートの床を箒《ほうき》で掃きながら考える。

(絨毯《じゅうたん》が欲しい)

 コンクリートはさすがに冷たい。全面に敷くとなるとかなりの大きさだが、たとえば何枚か重ねたりすれば可能な様子。それと、ひび割れた壁も気になる。

(ここになんか上から貼りたいな)

 しかし他人の家の壁や床を勝手に変えて良いものか。

(もし絨毯敷けたら、日本みたいに靴脱いで過ごしたいな)

今は室内で靴を履いたまま生活している。

考えながら掃除を続けていると、風呂から出たレオがきっちり服を着た状態で部屋を覗いてきた。

「また掃除してるのか?」

「うん、今日はこの部屋」

 箒の手を止めて玲菜が顔を上げると、彼がやけにニコニコしていたので逆にこわい。

(何あの満面の笑み。何か企んでんの?)

 一瞬警戒しそうになる玲菜。もっと警戒するのはこの後だ。

「俺も手伝おうか?」

 明日は雨が降ると、天気予報士でなくても分かる。

「それとも何か必要な物あるか? 俺が買ってきてやるよ」

 雨ではなくて槍だったらしい。

 あからさまな態度の急変に玲菜は震えだした。

「何? どうしたの? 何があったの!?

「え? 俺、なんか変か?」

 変か? ではなく、明らかに変化している。

 玲菜は頷こうとしたが、よく考えると良い方向の変化だったので、様子を見ることにした。

「あ、えっと……」

 話題を先ほどの続きに戻した。

「掃除は別に手伝わなくていいよ、今は。ただ、相談があるんだけど」

 玲菜は先ほどの絨毯の話をレオに説明してみた。

「ああ、いいな、それ」

 レオは頷く。しかも平然と言った。

「大丈夫、オヤジは駄目とは言わない。俺が買ってやるよ」

「え!?

 正直、嬉しすぎる。けれど気になったことを訊いてみる玲菜。

「嬉しいけど、そのお金って国民の税金じゃないよね?」

「税金?」

 レオは首をかしげた。

「まさか。ちゃんと俺の金だ」

 ならば安心か。玲菜はお言葉に甘えることにした。

「じゃ、じゃあお願いしようかな」

 玲菜の返事に、レオは嬉しそうに言った。

「分かった。ちょっと待ってくれ、俺は着替えてくるから」

(着替えるの?)

 てっきりそのままの格好で行くのかと思った。特に変な服を着ているわけではないし、たかが買い物にオシャレをする必要もない。

 そう思った玲菜は、自分が若い娘ではなくなってきている感じがして慌てて考えを改める。

(わ、私も着替えよう)

 二十歳の女子たる者、どんな時でもオシャレを忘れてはいけない。

 玲菜は先日買った服の中でもオシャレな服を選んで着替えた。

 それは、白いブラウスにピンクのコットンのワンピース、黒の長い膝上靴下といつも履いている茶色いブーツ。

 着替えていて気付いたのは鏡が無いこと。リアルに生活していると足りない物や必要な物がどんどん出てくる。

(鏡もあったら買ってもらおう)

 玲菜は変ではないか何度も確認して階段を上った。

 少し遅くなってしまった。

「レオ? 用意できた?」

 ……返事は無い。外で待っているようだ。

 玲菜は走って玄関を開ける。

「ごめん、私も着替えてて、遅くなっちゃった」

 外ではこげ茶色のコートに黒いズボン、ロングブーツ姿のレオが待っていて、こちらを向いた途端、直視状態で止まった。

(な、なに? 何着替えてきてんだこいつ、とかって思われたかな?)

 玲菜の予想した反応とは裏腹に、レオは意外な反応を示した。

「お前、いいな、その服。なんていうか……可愛いと思う。俺は」

 一瞬、なんて言われたのか理解できなかった。

「え?」

 不意打ちすぎる。予想外過ぎる反応に玲菜は戸惑った。

「な、なに? どうしちゃったの、レオ!」

「な、なんだよ! 俺だって褒める時は褒める。お前は普通の町娘とは違う何か独特のセンスを持っているというか……」

 独特のセンスというのは現代風の着こなしのことか?

「まぁとにかく、そういうの良いと思うから。……行くぞ!」

 若干照れながら歩き出すレオ。玲菜は妙な気分で彼についていった。


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