創作した小説が世界の神話になっていた頃
[第十五話:遺跡小旅行]
次の日の早朝。
ショーンの家に一人の男が一人の娘を抱えて現れた。
「オヤジ!!」
一階の研究室で煙草を吸っていたショーンは二人を出迎える。レオと玲菜だ。玲菜は眠っていて、レオが抱きかかえていた。
「こいつ、さっきまで起きてたんだけど。馬車ん中で寝ちゃってさ」
そう言って玲菜を地下の部屋に運ぶレオ。ベッドに寝かせて布団を被せて一息ついた。
ショーンは玲菜の格好をつっこんだ。
「メイド服?」
「ああ、ちょっと変装させてて」
レオは玲菜と一緒に持っていた袋をショーンに渡した。
「これが、あいつが着てた服」
ショーンの目を見てレオは仕方なさそうに簡単な説明をした。
「あー、えっと。置手紙にあったと思うけど、あいつが俺の屋敷に来て。その後……流れで宮廷に泊まったんだけど」
「宮廷!? レイナはどこで寝た!?」
「あーーーー……俺の部屋」
聞いて、うっかり煙草をコンクリートの床に落としたショーンは慌てて踏んで火を消した。レオは焦って否定する。
「大丈夫だ。約束は守ってるから」
玲菜に手を出さないという約束。
逆にショーンは驚いた。
(あのレオが?)
珍しい。
「とにかく、そういうわけで俺の部屋に泊まった時に、あいつ、間違って俺の酒を飲んで」
「酒?」
「飲みやすくて美味くてアルコール度数が高い上等の酒」
「ああ、そうか」
ショーンは悟った。
レオは玲菜を見ながら言う。
「まさかこんなに酒に弱いとは思わなかった。いや、今はただ寝てるだけだけど」
「そうか」
頷くショーンにレオは慌てて言った。
「あ、俺が飲ませたわけじゃないぞ! あいつが勝手に」
「レイナが」
「まぁ要するに、だな。今朝起きたから……レイナをここに連れてきたんだが、途中で寝てしまって。多分起きたら二日酔いとかになってると思うけど、俺のせいじゃないからな」
それと、大事なことはもう一度言う。
「あと、手は出していないから!」
そう言うレオの目を見るショーン。寝不足のようで、恐らく嘘は無い。
寝不足は自分もか、と思いあくびをする。
二人がいつ帰ってくるかと思って一階の研究室で研究をしていた。途中からは研究が手につかなくなって煙草だけ吸って待っていた。煙草の吸殻はもう三十本くらいになっている。
まさかまた何かあったのではないかと心配していた。
(余計な心配だったか)
何も無くて良かった。「そういえば」と思って周りを見回す。
「ウヅキは?」
ウヅキはレオの足元をついてきていた。
「おお、そこに居たか」
ショーンがしゃがむとショーンの足元にすり寄る。それを見てから、レオは玄関へ戻ろうと歩き出した。その彼に話しかけるショーン。
「まだうちには帰れないのか」
「ああ。まぁ帰ろうと思えば帰れるんだが」
背中を向けたままレオは言う。
「今、城に行く用が多くなったから。それで屋敷の方が手っ取り早い」
聞いて勘付くショーン。
「もしかして戦争が始まるのか?」
「もうとっくに始まってる。というか、前の戦《いくさ》が終わっていない。国境付近ではずっと緊張してるし。いくつかの集落が襲われたという報告もある」
レオは俯いた。
「偽りの平和は都だけだな」
「レオ……」
ショーンの呼びかけに、階段の上で振り向くレオ。
「おかげで第三帝位継承者である皇子まで出兵するはめになる」
「お前はシリウスだからな」
「違う! 俺はシリウスじゃない!」
怒ったようにレオは言う。
「あいつらは、邪魔な俺をシリウスに仕立て上げて戦場に行かせて、あわよくば戦死すればいいと思っているんだ」
「レオ!!」
ショーンの二度目の呼びかけに「ハッ」と我に返るレオ。
「ああ……悪かった……。オヤジには関係ない話だったな」
「関係ないなんて寂しいこと言うな、レオ」
ショーンは階段を上がる。
「俺はお前のオヤジだろ」
「……うん。そうだな」
レオは気持ちを切り替えて玄関に向かった。ドアを開ける前にショーンが言う。
「退役した身だけど、いつでも行くから。遠慮なく呼べよ。役に立つか分からないけどな」
「ありがとう、ショーン軍師」
そう言って、レオは去って行った。ショーンは「そうは言ったが」と思い出してまた階段を下りた。その先にある部屋のドアを開けてベッドの前に立つ。
「レイナが居るんだった」
ベッドでは玲菜が眠っていたが、声に反応して少し目を開けた。
「ああ、お父さん、ごめんね。ケータイ無くて連絡できなかった」
そう言ってまた目をつむる。
(お父さんか……)
一瞬ドキッとしたが、寝ぼけて父親と間違えているのだろうとすぐに分かる。
「懐かしいな」
彼は遠い昔の家族の記憶を思い出していた。自分と妻と幼い娘。そして、成長した娘が、「結婚を考えている男がいる」と打ち明けてくれた。
(あれは正直ショックだったんだよな〜。まだ早いと思ったし、相手の男のことも認めたくなくて)
娘は今頃どうしているだろうか。
(大丈夫だよな。きっと無事だよな)
心配だが、今の自分にはどうにもできない。娘の無事と再会を祈り、ショーンは二階に上がった。一晩中起きていたのでさすがに眠い。ベッドに横たわるとすぐに寝てしまった。
玲菜が起きたのは昼少し前頃。また現代だと錯覚して、目に映る部屋がどこなのか理解するまで時間がかかった。
(あーそっか。私なんか……ケータイが無くて捜している夢見たな)
ちなみに玲菜が所持していたのはスマートフォンではなく、まだ携帯電話の方であった。
(スマホの需要がわかんないし。日本のガラケで充分だったし)
携帯電話はこの世界には持ってきていない。確か父からメールが来て、取る前に不思議な出来事が起こったからだ。
(お父さん……)
玲菜はもう一つ夢を見ていたことを思い出す。
自分の小説の続きを書いていた。一度別れたシリウスとレナが再会する話。
(そういえば小説、完成してなかったんだよな〜。もう少しだったのに)
今となっては、小説大賞の応募は二の次だ。まずは帰れるか。帰れても、締め切りが過ぎているかもしれない。いや、その前に小説は盗まれたのだったか。
(そうだ。もし無事に帰れても小説無いんだ、きっと)
せっかく努力して書いたのに。誰にも読まれずに無くなってしまった。
(あの努力は一体なんだったの)
頭がガンガンする玲菜。最初、原因が分からなかったが、少し考えて思い出す。
(あれ? 私……)
昨夜は城のレオの部屋に泊まった。何故だかベッドに二人で寝ている状況が思い浮かんで焦った。
(ちょっと待って? 今の記憶何? なんで私レオと一緒に寝てるの? 嘘でしょう?)
その時のことを頑張って思い出す。
(やだ私、嘘だよね? そんなコトにはなってないよね?)
順を追って思い出すと酒を飲んだことに行きついた。
(そっか。私、お酒飲んで……)
それで、まさか、酔った勢いで?
「ちょっと待ってよ、ちょっと待ってよ!」
玲菜は顔を枕にうずめた。
(そんなことってある? 現実に。酔った勢いとか)
しかし、そうなっていたら、起きた時にレオの部屋のベッドで目を覚ますとか状況証拠があってもいいものだが。ここはショーンの家……のはず。
玲菜は自分が着ている服を見た。
(メイド服……)
その瞬間に、レオの部屋で一度起きて馬車に乗ったところまでの記憶を思い出した。
(あ! 私……レオに起こされて、連れられて馬車に乗ったんだ)
そこで恐らく寝てしまった。きっとショーンの家に着いてここまで運ばれた。多分そうだと納得する玲菜。しかし、肝心の、酒を飲んだ後から朝起きるまでの記憶がない。それどころか、レオのベッドで寝ていた事実。
(やっぱり私、そうなのかな)
レオは、玲菜が誘ってこない限り手を出さないと言った。逆に言えば誘ってきたら手を出すということ。
(酔っぱらっちゃって誘ったのかな?)
そう思うと恥ずかしくなる。
そういえば、レオに抱きついた記憶を今思い出す。
「ああ〜〜〜」
決定打な気がして、玲菜は顔を真っ赤にした。
(抱きつかれたら、誰だって誘ってるって思うよね)
レオが自分の髪を触る記憶も。
しかし……肝心な……“その時”の記憶が一つも出てこない。
(え? 私……意識無かった?)
それどころか、彼に何かを飲まされた憶えが。
ナニを?
「水!!」
玲菜は思い出した。
(そうだ、水! レオが「大丈夫か」って……)
そこで記憶が繋がった。
(私、気持ちが悪くなって、寝ちゃったんだ!)
その後、レオがベッドに入ってきた感じはない。それどころか、ソファに毛布があった。
(レオ、きっとソファで寝たんだ! 私がベッド使っちゃったから)
すべてが繋がって「あ〜〜」と声を出す玲菜。
レオとは何も無かった。それどころか、玲菜をベッドで寝かせて自分はソファに。そして、朝起こしてショーンの家まで送ってくれたのだ。
「レオ!」
玲菜はベッドから出て階段を上った。もしかしたらレオもそのまま部屋で寝ているかもしれない。そう思って。
けれど、レオの部屋は暗く静まっていて。彼が屋敷に帰ったことがわかる。
(やっぱ居ないか)
玲菜は落ち込んで居間のソファに座った。
(なんでこんなに寂しいんだろう)
彼が居ないだけで。
玲菜はソファで横になった。
(私、レオのことが好きなのかな)
もしかすると、そうなのかもしれない。
(顔がシリウスだから?)
……わからない。
好きかどうかは分からないが、気になっているのは事実。
玲菜は自分に呆れた。
(私がレオに恋してどうするの。小説のキャラだよ。しかも自分の。第一、本当に住む世界が違う。元の世界に戻れることになったらどうするの)
元の世界に戻ったら、ここでの生活が夢のようになってしまうのか。
(私、今、ここで、実際に生活してるのに。リアルに)
ショーンのおかげで不安は少し解消したが、まだたくさんある。
(病気とか怪我とか、流行り病とか、そういうのになったらどうするんだろ)
そういうことを考えるとゾッとする。現代の医療と同等のものがあるとは考えにくい。
(やっぱり帰りたい)
玲菜は思った。方法が見つかって、帰るか帰らないか選択できたら、帰る方を選択する。それはレオやショーンとの完全なる別れになるだろう。もう二度と、一生会えない。あの二人を、これ以上好きになったらいけない。
そう、玲菜が心に決めた頃、二階からショーンが下りてきた。
「おはよう、レイナ」
ハッと気付いて上体を起こす玲菜。そうだ、もう昼か。色々なことを考えてソファでダラダラしている場合ではない。しかも自分は未だにメイドの格好。
「お、おはよう、ショーン」
「朝、レオがキミを送ってきた」
ショーンはあくびをして、頭を掻きながら研究室に行って机にある煙草を取って火を点けた。
(ショーンって、私のこと、本当に自分の娘のように思ってるんだな)
改めてそう思う玲菜。普通は他人の若い娘が居たらあんなリラックスできないはずだ。今は慣れたともいえるが、彼は最初からそうだった。
玲菜はとりあえず風呂に入りたいと思い、ショーンに言って地下に下りた。
風呂から出て着替えて台所に行くと、ショーンはすでに二人分の朝食を用意して、自分は新聞を読みながら茶を飲んでいた。その姿を見て、父の姿が被り、玲菜は笑ってしまった。
「ショーン、なんかうちのお父さんみたい。お父さんもいつもそうやって、新聞読むのが好きだったし」
「新聞はいい。色んな情報が手に入る。世の中のことがすぐに分かるから、レイナも読んだ方がいいぞ」
まさに父が言っていた言葉。玲菜はますます可笑しくなった。
「うちのお父さんもそう言ってた。お父さん若くて技術者系なのにそういうとこアナログだから。でも私はネットのニュース見るから新聞必要なくて」
言った途端、ショーンの知らない言葉をたくさん使ってしまったと、慌てる玲菜。しかしショーンは特に反応することもなく、新聞を読みながら「ふーん」とだけ返事した。
「レイナの父親か……」
むしろそちらに興味を持ったようだ。
「どういうお父さんなんだ? レイナの目から見て」
質問されたので席について玲菜は話し始めた。
「私のお父さんはまだ四十一歳なんだ。娘の私が言うのもなんだけど、結構カッコよくて。お人好しで、髭はいつも剃ってて、猫が苦手で。でもショーンによく似てる……気がする」
「俺に?」
「うん。煙草は吸わないけど、料理もうまいし、面倒見がいいっていうか」
思い出しながら笑顔で話す玲菜にショーンは訊く。
「お父さんのこと、大好きなのか?」
「うん。私、かなりのファザコンで」
「それはお父さん、幸せ者だな」
ショーンの言葉を聞いて、玲菜は涙が出そうになった。
「お父さん……」
ショーンは新聞を読むのをやめて立ち上がり、玲菜の背中をさすった。
「大丈夫、必ず帰れるから。すぐにお父さんと会えるよ」
「う、うん」
ショーンの優しさで逆に泣いてしまう玲菜。
それからしばらく静かに泣いて、玲菜がようやく落ち着いた頃にショーンは言った。
「レイナ。俺は、図書館で色々調べていくうちに、キミの居た世界について思うことがあって。ただ確信ができないからキミにちょっと確認してもらいたいことがあるんだけど」
「え? 確認?」
「そう。もしよければ明日にでも出かけたいと思ってる。小旅行になるから着替えとか必要な物は持っていった方がいいと思うし。今日はその用意をして」
小旅行という言葉に玲菜は少し元気が出てきた。
「え!? どこ行くの?」
「遺跡だよ」
言いながらショーンは台所へ向かう。
「天空の城と天空の町」
「ラピュタ!? マチュピチュ!?」
すぐに連想する言葉を発する玲菜。
「実際に空に浮かんでいるわけではないけど。ただその地に行くとそういう風に見える。だから古代の人間が天空を意識して造った町と城だと、言われていて」
ショーンの説明に、玲菜はペルーの遺跡のマチュピチュの方を思い浮かべる。実際に行ったことはもちろん無いが、テレビで何度も見たことがある。一生に一度は行ってみたいと思っていた場所だ。
(マチュピチュみたいな所に行けちゃうの? 私)
そういえば、日本にもいくつか『日本のマチュピチュ』と呼ばれている場所もあったか。行った記憶は無いが。
とにかく、物凄く期待が高まる。
(どんな所なんだろ〜。楽しみ〜〜!!)
玲菜とショーンは朝食を取った後、小旅行の準備を始めた。家に無くて必要な物は買いに行き、持ち物が整ったらその日は早めに就寝した。
そして、いよいよ遺跡小旅行に出発する日の朝になり、早くから支度をする玲菜。隣の家のサリィさん特製の食パンと冷蔵庫の中の食材を使ってサンドイッチを作ってみた。
(ショーン喜んでくれるかなぁ?)
本当はおにぎりにしたかったのだが、米の炊き方をまだちゃんと覚えていないのでご飯は諦めた。炊飯器があればてっとり早いし簡単なのだが、あいにくそんな便利な物は無かった。
準備を整えた玲菜はショーンを呼んで朝ご飯にする。
ショーンは眠そうで、本当に出かけられるのかという心配が頭をよぎる。しかしなんとか用意をして、少し予定よりも遅くなりながら二人は出発した。
まずは馬車に乗ると言うので、タクシー的な存在の馬車が停まっている所を目指して荷物を持って歩く。
気温は少し寒かったが、まぁまぁ良い天気。紅葉した街路樹を見ながら玲菜は心が弾んだ。
「なんか家族旅行みたい〜」
一般的な家族旅行にしては人数が少ないが、玲菜にとっては二人で家族旅行というのが普通だ。思春期頃はあまり行っていなかったが、父と二人の家族旅行。ショーンと二人で荷物を持って歩いているとそれを思い出す。
ショーンははしゃぐ玲菜を見て小さく微笑んだ。
「家族旅行か。懐かしいな。今度レオも誘って行けるといいな」
そうだ。ウヅキも連れてきているからレオが居れば本当に家族旅行みたいになる。玲菜は今、彼が居ないことを残念に思いながらも今朝作ったサンドイッチのことを思い浮かべて笑いが込み上げた。
(レオが居たらサンドイッチもっと大量に作らなきゃいけないよ)
そんな自信無い。
玲菜はショーンと他愛のない話をしながら歩き、やがて馬車を見つけて乗ることができた。
馬車は街道を走り、段々と建物が少なくなってくる。
その景色を見ながら玲菜は話をした。
「ショーンって凄い人なんだってね。レオが言ってたよ」
「ええ!?」
ショーンは慌てて首を振った。
「凄い人!? 俺は別にそんなんじゃないぞ」
「でも、賢者だって聞いた」
「あーーそれは……」
気まずそうに言うショーン。
「俺がここの地を離れていた頃に得た知識を、帰ってきた時に広めたら陛下に目を付けられただけで」
「それでも凄いよ!」
玲菜は褒めたがショーンは苦笑いだ。
「たまたまだ」
それからしばらく走って外を眺めていると景色はいつの間にか荒地に変わっていた。レナの聖地の周りもそうだが。サイの都は緑が多いのに少し離れると荒地に変わる。
「なんか西部劇みたーい」
玲菜はイメージをそのまま呟いた。乾いた大地と乾いた草木。あまり人が住めなそうだ。
「都の地下は資源が豊富だからな」
ショーンは言った。
「ただ、この辺りだって発掘すれば水が出てくるかもしれん。水だけじゃなくて太古の宝が埋まってるかも。砂漠のようにな」
「太古の宝!?」
財宝を思い浮かべて興味津々に訊く玲菜。
「ああ。別名太古のゴミだけどな」
「ゴミ!?」
ゴミと財宝は別物だ。
笑いながらショーンは言う。
「大昔、人類が今よりもっと高度な文明を築いてた頃のゴミだ。当時はゴミでも今では宝みたいなもんだ。価値の分からない砂漠の遺跡商人が売りさばいてるけどな」
「超古代の高度文明!?」
玲菜はテレビの不思議系の番組を思い出して言った。大昔に今よりもっと高度な文明が栄えていて滅びたという説。西暦が始まってたった二千年であれだけ栄えた現代があるのだから、何千何万とあればずっと石器時代のわけはなく、一度高度な文明が栄えて滅びていてもおかしくない。いや、可能性としては一度ではなく数度かもしれない。
そう考えるとわくわくする。
「私さぁ、そういうの信じる派なんだ。うちのお父さんも! 二人でよく話してたの。大昔には絶対高度文明があったって。未来もそう! 私たちが生きている現代が滅びた後にまた新しい文明が誕生したらきっと現代が前世界って呼ばれるって」
ショーンは黙って玲菜の話を聴く。
「そういうの、確かめようがないけど、考えると楽しいっていうか……ロマンがあるよね」
玲菜の力説に「うん、うん」と頷くショーン。時折何か考えるようにしたが、そのことを今は言わずに話を聴いた。そしてまた時が過ぎる。
途中で馬の休憩を取りながらも、大分走って太陽が真上に来た頃、目の前には大きな河が広がっていた。ショーンに誘導されて馬車を降りる玲菜。ずっと座っていたのでお尻がかなり痛くなっていた。ショーンは御者に運賃を払う。すると馬車は去って行った。この先はどうするのだろうと玲菜が思うと、ショーンがその答えを言った。
「これから船で河を下って渡るから。その先に町があるから今夜はそこで休む。その前にまず昼飯か。船はまだ出ないし」
昼飯と聞いて玲菜はサンドイッチを出そうと、まず抱っこしていたウヅキを下ろした。ウヅキは利口なので二人が歩くとちゃんとついてくる。玲菜は恥ずかしそうにショーンに言った。
「お、お昼作ってきたんだけど」
船着き場から近くの、河を眺められるベンチにて玲菜は自分の作ったサンドイッチのお弁当を広げた。ランチボックスにちょうどよいカゴは前に市場で買っていた。コップも割れないように新聞紙に包んで持ってきていて、水筒に入れたお茶を注ぐ。
ショーンは自分の娘を思い出して凄く感動していた。
「おじさんちょっと娘のこと思い出して……泣きそう」
泣くというのはさすがに大袈裟か。しかし感動しながら食べている。
玲菜は慌てた。
「あ、ショーンの娘さんほど上手じゃないと思うけど。ごめんね」
ショーンは首を振った。
「いや、凄く美味しいよ、レイナ」
そう褒められると照れてしまう。
「あ、そう? 良かった」
ショーンが思ったよりも喜んでくれたので玲菜は嬉しく感じた。
そして、昼食も終わって船が出る時間まで休んだ後、乗船券を買って船に乗り込む。船は三十人くらいが乗れる大きさで、帆などは出ていない。帰りはどうするのか分からないが、河の流れで動くのだという。
玲菜は恐がるウヅキを抱っこして椅子に座った。
河の流れはそんなに速くなく、ゆったり動く船に乗った客たちは皆お喋りを楽しむ。船のサービスなのかたまたま乗ったのか、吟遊詩人が弦楽器を使って唄を歌い始めた。
そうして、ずいぶんと下ってから向こう岸の船着き場に着いた頃には陽が傾いて夕方になりかけていた。
「日が暮れる前に町に行こう」
ショーンに促《うなが》されて歩く玲菜。ウヅキを下ろすとウヅキも二人のペースに合わせてついてくる。
船着き場の辺りは草原になっていて、舗装されていない道がまっすぐ続いている。その先に見える家々が集まっている所は小さな町のようだ。そこまでは近そうでいて遠く、一生懸命歩いてようやくたどり着いた時には夕方どころか日も暮れかけていた。
ショーンの取った宿の部屋に着いて、思いきり寝転がる玲菜。
彼が気を遣って二部屋取ってくれたため、一人だったから……だけでなく、部屋はなんと日本風の畳の部屋だった。当然靴を脱いで上がり、懐かしさでいっぱいになる。
「畳〜〜〜!!」
玲菜は喜んで転がった。
ただし、旅館とは違い、食事もないし、布団も自分で敷かなければならないし、風呂も温泉もなければ、部屋にトイレも無い。トイレは廊下の共同トイレを使うとして、風呂の我慢はきつかったが仕方ない。
玲菜はショーンに呼ばれて外で食事をとって、部屋に戻ると疲れていたのですぐにウヅキと眠った。馬車や船以外はずっと歩いた。車もバスも電車も無い。それがこんなに大変だとは思わなかった。
明日頑張れば夕方には目的地に着くのだという。筋肉痛になったら嫌なので、とにかく体を休めないと。玲菜は深い眠りに就いた。
次の日。少し雲が多いようにも思えたが、雨雲というわけでもなく、なんとか雨が降らずに済めばいいと思いながら二人は出発した。
本日は山を登るのだという。そういえば山は今までなかった。ショーンの指す方向を見ると確かに高い山が見える。
「途中まで馬車で。その後はロバを借りよう。途中歩くけど」
ショーンは言う。
「ロバ!?」
玲菜は耳を疑った。
(ロバってどうやって乗るの?)
見当がつかない。
ショーンが言うには、遺跡に一番近い集落があって、そこを拠点にするということ。
(ホントに夕方までに着くのかな?)
玲菜は少し不安になった。自動車があれば二時間くらいで越えられそうだが。そんな素晴らしい乗り物は無い。
二人は町で馬車に乗り、移動した。道は段々山道になっていく。玲菜が紅葉した木々を眺めているとショーンが説明するように言った。
「大昔、この国は山が多かったそうなんだ。その頃はまだ地形も違って、小さい島国だった。今の海の部分が陸だったり、陸の部分が海だったり」
「島国……」
島国と聞くと日本のような形を想像する玲菜。この時はショーンの説明を深く考えなかったが、やがてはもう一度説明してほしくなることにまだ気づかなかった。
「砂漠も……これは世界全体に言えることだが、今よりもっと少なくて、緑がずっと多かった。もちろん気候も違う」
ショーンの話を聞きながら玲菜は景色を見て、やがて眠ってしまった。途中で休憩を挿み、昼には昼食をとって今度は歩く。川を渡って、休憩場所でロバを借りると、ロバには荷物を乗せて細い道を歩く。そうして、日が傾いた頃、目的の集落に辿り着いた。
そこは遺跡の発掘チームなどが皆拠点にしている場所であり、考古研究者やら発掘の調査員やらがたくさん出歩いていた。
ショーンは知り合いが居るらしく、彼らに話しかける。玲菜は疲れていたが、思ったよりずっと早く着いたとショーンが話していた。
日が暮れるまではまだ少しある。
「今ならまだ日が暮れる前に遺跡に行けるけど、どうするか」
ショーンの言葉に、玲菜は元気を取り戻した。
「え? 行けるの? 行きたい!」
山を登るのはもう嫌だったが、遺跡と聞けば話は別だ。別名『天空の町』や『天空の城』と聞いたが、そこまで高い山には思えないが。まさかまだ登るのか。
ショーンは苦笑いした。
「行きたい、か。やっぱ若いから元気だな。おじさんは実はもう疲れたんだけど」
すると、ショーンの知り合いらしき三十代くらいの女性が声を掛けてくる。
「博士、私が代わりに案内しましょうか?」
女性はどうやら発掘の調査員らしい。ショーンのことを『博士』と呼んだので玲菜はびっくりしつつ、納得した。
(ショーンってば、博士なんだ。やっぱ凄い人じゃん)
ショーンは「うーん」と考えてから女性に任せることにしたらしい。
「ああ、じゃあ頼むよ、ジェニファ。こちらは考古研究者の新人でレイナというんだ」
紹介されて会釈をする玲菜。ジェニファは茶色に近い金色のウェーブ髪を後ろで結んだ女性で、快く玲菜の案内役を引き受ける。玲菜とショーンを見て首を傾げた。
「レイナさんは博士の娘さんですか?」
「ち、違います!」
慌てて否定する玲菜。
いつかは勘違いされるかと思っていた。自分はショーンに対してついつい本当の父親のように接してしまうし、ショーンももしかするとそうなのかもしれない。
実は間違われても悪い気はしないし。
(お父さんごめん)
玲菜はなんとなく父に心の中で謝った。少しだけ嬉しく感じたことが父に悪い気がして。
「さて。じゃあ行きましょうか」
ジェニファに誘導されて玲菜は遺跡へ向かう。その二人の姿を複雑な表情でショーンは見送った。煙草に火を点けて玲菜に向かって呟く。
「先にあるのは真実かそれとも……」