創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第十六話:天空の城・小田原]

 

「お姫さまいるかなぁ?」

 幼い頃……まだ母が生きている頃の家族旅行で、神奈川の箱根に行った時に途中で寄った小田原城。

 その時に「お城に行く」と聞いた玲菜が発した言葉がその「お姫さまいるかなぁ?」なのだという。

 自分では憶えていないが、アルバムを見ていた時に父が教えてくれた。

 当時玲菜はシンデレラや白雪姫といったお姫様が大好きだった。だから「お城」と聞いて想像したのは西洋のお城であり。当然お姫様もシンデレラみたいな娘を想像していた。

 まさかお姫様も居なければ博物館だとも思っていなく、また、シンデレラや白雪姫が王子様と住むようなお城のイメージとも違った形であり。幼心に少し残念な想いをした記憶だけは微かに残る。

 だから大人になってからドイツでノイシュバンシュタイン城に行ったのはリベンジみたいなものだともいえる。あそこはまさにおとぎ話の城と同じ。ずっと夢に見ていたお姫様のお城だった。

 

 

 玲菜はショーンの知り合いの女性・ジェニファに連れられてたどり着いた天空の城の遺跡を見て、放心すると同時にその記憶をまるで走馬灯のように思い出した。

 最初、鳥居があった時に何か引っかかる感じがあった。

 ジェニファは『儀式の時の門』だと言った。しかし、その門は朽ちていてかなり低かったが玲菜からすると日本の鳥居にしか見えなかった。地面に埋もれかかった鳥居。そんな印象を受けた。

 それから坂を上って、見えてきたのは崖の上の崩れた石垣と下の海。潮風と磯の匂いと岩に打ち付ける波の音。

 ここは山だったはずだ。しかし自然の力か人工的にか、まるで山が崩れたようになっていて、すぐ下はもう海になっていた。海は青く遠くまで広がっている。

 城とされるのは抉《えぐ》られた崖の上にある石垣のこと。なぜそんな危険な場所に城が建っていたのかは、はっきりとは分からないが。恐らく抉られた崖のために城からの眺めはまるで宙に浮いているように見えたはずで。海の上空に浮かぶ城を演出すること――つまり、天空の城と見立てることでそこに住む王を神に近い者と崇《あが》める古代の風習があったからだと予想できる。

 

 だが、玲菜はそんな説明が全く耳に入らなかった。ある物が目に飛び込んできた時に今まで自分が思ってきたこの世界がすべて崩壊したからだ。

 

“違和感”は最初からあった。

 しかし、自分の小説の世界に似ていたから違和感は気にならなかった。なぜそこまで思い込んでしまったのか。『ここは自分の小説の世界だ』と。

 多分……“シリウス”が居たからだ。

 彼の見た目は、もし自分の小説が映画になった時の実写版の俳優のようだった。黒い髪で青い瞳で背も高くて美形。それにマント姿。完璧なほどシリウスに似ていた彼は「シリウス」と呼ばれた。そんな奇跡のような偶然で一気に思い込みが始まった。しかもヒロインのレナという名前まで聞いた。それは疑う心を忘れさせた。

 そうだ、彼は、本当にシリウスにそっくりだったか?

(違う……)

 玲菜は膝を落として涙も落とした。

(ここ、私の小説の世界じゃない)

 ショックで。

 自分の小説の世界ではないことがショックだったわけではない。

 近くで発掘チームが次々に出土した物を運んでいるのが見えたから。

 そこには、信じたくない懐かしい物が変わり果てた古い形で存在していた。変わり果ててはいるが、さすがに書いてある文字は所々読み取れる。それに、どことなく面影がある。

『小田原…………園…』と書いてある古ぼけた木の看板。他にも、真っ黒で半分が欠けているが、アルミ……らしき看板に文字が書いてある。ほとんど読めないが、『小田原城………門』と書いてある文字は読めた。

 石垣の上に城は無い。石垣自体もほとんど崩れている。それでも、見れば見るほど日本の城の石垣に見えてくる。日本の城で「小田原」という看板の文字を見れば嫌でも一つの城が思い浮かぶ。日本の城を全部把握しているわけではないが、自分の知っている所が神奈川県に一つあった。それに……

(私の小説に小田原城なんて出てこない)

 しかし、小田原城は崖の上にあるわけではない。少なくとも下がすぐに海だなんて変だ。天守だってちゃんとあったし。

 自分の小説の世界ではないとして、ここはどこの異世界なのか考えると涙が出る。分からないが、答えに行きつくのが怖い。もしも、この天空の城の遺跡が日本の神奈川県の小田原城だったらどういうことになるか。まるで、異星だと思っていた所が有名な建造物を見つけて未来の地球だったと分かるオチの映画のような感覚。

 看板の他にも、変わり果てた懐かしい物は出土品の中にたくさんあった。

 たとえば一番分かりやすいのが携帯電話に見える金属系の石。携帯電話とは全く時代が違う古い甲冑《かっちゅう》。もし甲冑が展示品ならば同じ時代の地層から出土してもおかしくはない。妙な形の置物は凹《へこ》んだペットボトルに見える。薄い金属の口の狭いコップは空き缶のようにも。

 違うかもしれない。一度一つの可能性を考えたから全てそう見えるだけなのかもしれない。もしかしたらここは……

(駄目だ。自分で結論出したくない。ショーンに言ってもらおう)

 玲菜は涙を拭いた。自分で思うこと自体が怖い。ショーンに言ってもらったらきっと受け入れることができる。その後、悩んで落ち込んで心の整理ができたら改めて元の世界に戻る方法を話し合うか。

(ここの世界がどこだって、私は元の世界に帰るんだ)

 そう、そしたらまた平穏で便利な暮らしに戻れる。アルバイトをして、たまに友達と遊んで、小説を書いて……そんな普通の生活。

「本当は色々説明したいですけど、もう帰らないと日が暮れますね」

 すっかり朱くなった陽を見てジェニファが言った。座り込んでいる玲菜に首を傾《かし》げる。

「レイナさん、どうしたんですか?」

「あ、えーっと……ちょっと疲れちゃって」

 玲菜は立ち上がった。

「ああ、そうですよね。ここまで来るのに大変だったでしょう? 早く集落に戻って休みましょう」

 ジェニファは玲菜を気遣いながら元の道を戻る。

 そうして、日が暮れた頃に集落に着いてショーンと合流した。玲菜はショーンと話をしたかったが、疲れていたのとジェニファも居たので言うのは明日にしようと思った。ショーンもそれは分かっているようで。悟った目で玲菜を見る。

 二人はジェニファの他にあと二人の男性も合流して計五人で食事をとる。男性もショーンと知り合いらしく、遺跡の話で盛り上がった。それから、小さな宿に泊まり、一夜が明けた。

 

 

 次の日。今度はショーンと二人で天空の城と天空の町の遺跡に行ってみる玲菜。天空の町というのは天空の城よりも高い場所にあり、やはり一見浮いているように見える遺跡だった。建物は残っていないが、建物の在った形跡と何かの儀式に使う円型の器が三つ並んだ物が出土している。それは玲菜には信号機に見えたが何も言わずに黙って遺跡を歩いた。円柱が並び、倒れている円柱も。円柱というか電柱に見えるのは気のせいか。

 

 二人は一通り歩いて、天空の城の近くで止まって海を眺めた。ようやくショーンが言う。

「大昔の遺跡は、ほとんどが海や砂に埋もれて、ここみたいに地上に残っているのは珍しいんだ。……キミの世界の破片は見つけられた?」

 潮風が二人の間を吹き抜ける。海はキラキラと太陽の光を受けて輝いている。それを見ながら、玲菜はショーンがこのことを分かっていたのだと理解した。

 勘付いていて、確認するために玲菜を連れてきたのだ。

「おじさんはさ、キミが大昔の前世界からやってきたと思っているんだ。つまり過去からのタイムスリップ」

 ショーンは目をつむる。

「実は、別世界から来たと初めて聞いた時からそう睨んでた。過去、あるいは未来からじゃないかと」

 玲菜は静かに頷いた。

「もしかしたら、ここ、私がお父さんとお母さんと三人で来たことある所かもしれない」

「そうか」

 ショーンは引き返すように後ろを向いて歩き出す。

「じゃあ、帰ろう。キミの世界が想定できればもっと早く方法を見つけられる。これからはタイムスリップに絞って考えるから」

 玲菜はショーンの背中を見ながら自分に確認するように思った。

(私、もしかしたらタイムスリップして。ここ、遠い未来の日本かもしれないんだ。どっちにしろ、多分私の小説の世界じゃない)

 もし、ここが未来の世界だとしたら、どうなるのだろうか。日本だと言われれば、確かにどことなくそういう雰囲気もあった。日本人っぽい人間も多いし。文字も言葉も日本語。まぁ、都はヨーロッパ風の雰囲気が強かったが。自分の小説の世界に似ているのは単なる偶然か。

 それに、レオも。

(レオはシリウスじゃないんだ?)

 そうだ、見た目はイメージにそっくりでも、中身が全く違う。別人だと思った方がしっくりくる。小説のシリウスは別に皇子ではないし。ただ、やはりシリウスという名前が引っかかる。

(見た目が似てるだけだったらシリウス本人じゃないかって勘違いしないのに。名前も同じだったからな)

 厳密に言うとシリウスが名前ではないが。

(それに、レナも居るなんて)

 レナとはまだ会ったことはないが。レナの聖地にあった石像は小説のレナにそっくりだった。

(っていうか、レナの聖地も謎だし)

 まぁ、今は考えても混乱するだけだ。あとでショーンと話し合おうと心に決める玲菜。ただ、ここの遺跡については一応彼に言っておく。

「ねぇ、ショーン。もしここが私の世界でいう小田原城だったら、天空の城として造ってないと思うよ。町もそう、私の時代ではここに海無かったし」

 考古研究者たちが一生懸命想像して考えたであろう「天空を模《も》した」説は見事に覆《くつがえ》ることになる。残念だが。

 ショーンは頷いて苦笑いした。

「うん。今まで学者が検証して考えた色んな説がレイナの証言によって崩壊する可能性があるな」

 確かにそうなる。

 玲菜は妙な気分にながらショーンのあとを歩いて行った。

 

 

 

 玲菜とショーンが、家に帰り着いたのは翌日の夜で。クタクタながらも家に入って暗い部屋の電気を点けると誰も居ないはずの真っ暗な部屋から物音が聞こえた。

(何!? 泥棒?)

 玲菜はドキリとしたが。物音がしたのはレオの部屋で。「まさか」と思った矢先に、だらしのない格好をした男がのそのそと明るい部屋に顔を出した。

「レオ!!

 黒い髪はボサボサで青い瞳は寝ぼけ眼《まなこ》。めちゃくちゃ不機嫌な顔で、片手には空の酒瓶。

「レオ! お前帰ってたのか? いつから?」

 レオは目をこすりながら自分の欲求をまず口にした。

「腹減った」

 フラフラとソファに倒れこむ。

「昨日から。餓死する」

 昨日からというのは家に帰った時間か。まさかそこから何も食べていないわけではあるまいか。皇子がそんな理由で餓死したら一大事だ。

「なんで。冷蔵庫の物食っとけよ」

 ショーンが呆れるとレオはうなだれながら言う。

「探したけど無かった」

「あ!」

 玲菜は気付く。

「残ってた物、私がサンドイッチに使っちゃって」

 そう、冷蔵庫内の食材は旅行の時のお昼のために作ったサンドイッチで使い切っていた。

「サンドイッチ!?

「ご、ごめん」

 玲菜は謝ったがレオはふて腐れて寝ながらソファの背もたれの方に顔を向けた。

「腹減った」

「飯買ってきたから。お前の分は想定してなかったけど、食っていいから」

 ショーンが買ってきた食べ物を差し出してもムスッとした様子のレオはブツブツと呟く。

「サン……が食いたい」

「ああ? 何? おじさん歳取ってるから耳が遠くて聞こえない。はっきり言え」

「サンドイッチが食いたい!」

 レオの怒った声に慌てて玲菜は荷物を置いた。

「わ、私買ってくるよ」

 暗いから店はやっていない気がするが、夜に開く食堂ならあるいは。

 そう思って出て行こうとする玲菜をショーンが引き留めた。そして小さな声で耳打ちする。

「アイツが食いたいのはレイナの作ったサンドイッチだから、頼むよ」

「え?」

 間を置いてからもう一度反応する玲菜。

「え? ええ!?

 本当にそうなのか。

(私の作った?)

 今の会話の流れでそういう気分になったのか。

 嬉しいような恥ずかしいような。

(でも本人が言ったわけじゃないし)

 果たして皇子のお気に召すものが作れるか?

 しかも、はさむ物は買ってきた惣菜でどうにかなるとして、肝心のパンが無い。

(貯蔵庫に小麦粉とかあったかなぁ?)

 玲菜は貯蔵庫からなんとか小麦粉、卵を見つけ出した。パンは焼き方もわからないのでそもそも無理としても、この二つと水を加えればなんとか生地っぽい物が焼けるかもしれない。

(お好み焼きみたいな?)

 台所にある調理焜炉《コンロ》台の上には鉄板が設置されている場所があり、そこで焼けるだろうし、火こそマッチで薪に点けるが、調節はつまみでできるので火加減も自分でなんとかできるはず。

 生地で惣菜をはさむとサンドイッチというか、どちらかというとハンバーガーっぽくなるが、美味しければ文句も出ないだろう。

 玲菜は試行錯誤して、なんとかお好み焼き風生地のサンドイッチもどきを完成させた。

 

 心配して見に来たショーンは驚きの声を上げる。

「おお、考えたな。美味そうじゃないか!」

 三人分にしては足りない……というか、レオが一緒に食べたら絶対に足りないが、そこは文句を言わせないつもりで玲菜は彼の寝ている居間に料理を運ぶ。

 匂いにつられてレオは起き上がり、机の上に用意されたサンドイッチもどきに目を丸くした。

「なんだこれ」

 起き抜け第一声がそれか。

 ショーンは三人分の皿を持ってきて、さっさと自分の分を取って箸で一口食べた。

「うまいっ!!

 箸で食べている時点でやはりサンドイッチではないが、褒められたことを嬉しく思う玲菜。

「ほ、ほんとに? っていうか、生地だけ焼いて買ってきた物をはさんだだけだけど」

「うん。レイナの手料理ってだけで俺は美味いし。疲れているのに作ってくれてありがとう」

 ショーンの言葉に、玲菜は照れて顔を赤くした。

(ショーンって若い頃モテただろうな。っていうか今もかな?)

 レオは見た目でモテるだろうと推測できるが、むしろショーンの方がモテそうな気がする。親切で褒め上手で頭が良くて渋い。

「お、俺だって食うぞ。腹減ってるから何食っても美味く感じるだろうし」

 慌てたように食べ始めるレオ。しかし相変わらず言葉で損をするタイプだ。

 玲菜は呆れた。

(レオってば、どうして相手を腹立たせる言葉を一つ付けるんだろ)

“腹が減っているから美味しく感じる”とは失礼だ。彼のためにわざわざ自分が作ったのに。

(まぁ、私の手作りを食べたがってるって言ったのはショーンだけどさ)

 空回りな気分になった玲菜だったが、レオは一口食べた途端に止まった。

「な、何? まずかった?」

 恐る恐る玲菜は訊いたが、首を振ってその後ありえない速さでサンドイッチもどきを平らげた。

 その後小さな声で呟く。

「うまかった。あ、あり……」

 何を言いたいのか予想はできたが、ショーンが意地悪そうに訊いた。

「何? 蟻? はっきり言え! お前は子供か?」

 レオは顔を赤くして不機嫌そうに言う。

「ありがとう! レイナの作った物が食えて、俺は嬉しい!」

 なぜか攻撃的ではあったが、思わぬ言葉。

「え!? 何? もう一回言って!?

 聞こえていたのに信じられなくて玲菜は訊き返した。

「言うかっ! あと、足りなくて腹が空くから俺はもう寝る」

 そそくさと自分の部屋に戻るレオを見て笑いを堪えるショーンと、恥ずかしさと嬉しさが込み上げる玲菜。

(今、なんて言ったの?)

まず『うまかった』と聞こえた。その後『ありがとう』とも。問題はその後だ。

(私の作った物が食べられて嬉しいって言わなかった?)

 しかもレイナと言った。

(ホントに?)

 顔が熱い。

 何度も先ほどのセリフを頭の中で繰り返す。

(やっばい。嬉しすぎる)

 玲菜はご機嫌になって自分でサンドイッチもどきを食べてみた。

(そんなに美味しいかなぁ? 普通なような気もするけど)

 ある意味想像した通りの味だった。けれど、やはり嬉しい。レオに褒められたことだけではなく、彼が家に帰ってきていたことが。

 それに……シリウスではなかったことが。

 自分の小説のキャラではなく、別の一個人であったことがなんだか愛しい。自分の小説の登場人物だと思うと、どことなく空想の人物のような気がしたから。そうではなく、ちゃんと現実に存在していると思うだけで嬉しい。

 レナとのことも……。レナという女性は居るようだが、別に二人が恋人になる運命ではない。だからといって自分と恋をするかと思うとそれは別次元の話の気がするが。今はそのことは考えずにただ存在が嬉しいと、思うことができた。

 玲菜はウキウキしたまま風呂に入ってその日は旅の疲れを癒すようにぐっすり眠った。

 

 

 次の日。玲菜の心とは裏腹に外は朝から雨だった。

(洗濯ができないなぁ〜)

 旅で着た服を洗わないと着替えが少ないが。仕方ないと思って顔を洗いに行く玲菜。バスルームは鍵が閉まっていて、どうやらレオが風呂に入っている様子。

(また朝入ってる)

 風呂に入らないで寝るのは彼の悪い癖だ。

(しかもレオっていっつもお風呂に入ってる気がする)

 まるでアニメのセクシー要員のヒロインみたいだ。

 廊下ではウヅキが寂しそうにウロウロしていたので、抱っこして一階に行く玲菜。

 すると、ショーンがすでに朝ご飯を(ウヅキの分も)用意して、自分は食べながら新聞を読んでいた。

(ご飯を食べたらとりあえず掃除かな〜)

 旅行をしている間にホコリが増えたはず。玲菜はショーンに挨拶をして食事をとる。ショーンはレオが来ないかを確認してから言った。

「これからはタイムスリップ路線で調べるから」

 玲菜が元の世界に帰る方法。

「は、はい」

「というか、最初からそっちで主に調べてたんだけどな」

 ショーンは新聞を読みながら言う。

「やはり時空移動できる日はブルームーンに関係があるような気がする」

「え? じゃあ次は三年後?」

「うーん。まぁ、三年か二年か。多分二年後くらいなんだけど」

 ショーンの言葉に、途方に暮れる玲菜。

(早くても二年? そんな……)

「一年に二回ある年もあるけど、残念ながら次はそれにあたらない」

 新聞を畳んでショーンは真面目な顔になった。

「でも、俺が調べた結果、ブルームーンでそうなるのは偶然が重なった自然現象で。ただ、その自然現象を無理やり作る方法が多分ある」

「え!?

 自然現象を無理やり作る方法がある、とショーンは言ったのか。つまり時空移動できるブルームーンの日の状態を作れる、と?

「キミの居た世界の、更に前の世界の伝説でそういう物があって。自然の力を操る、まさに神の力を操る石があったと」

「え? 何? 神? 神様?」

 玲菜にはピンと来ない言葉。それに、自分の居た世界の更に昔の世界と言われても。

「もしかして超古代!?

 ふと、大昔の高度文明の説を思い出す玲菜。以前ショーンともどこかで話した。確か旅行中だっただろうか。

「うん、まぁそうだな。そういう時代だ。その時にあった伝説の代物があればきっと」

「伝説の代物?」

 いかにも手が届かない雲を掴むような話。次のブルームーンを待つより、そちらの方が、時間がかかるのではないかと思う玲菜。

だが、ショーンの方はアテがあるように考える。

「これからはちょくちょく砂漠の遺跡商人にもあたるか。彼らは大昔の貴重な遺産を価値も分からず売ってて、掘り出し物が潜んでいるかもしれない。もちろん資料も継続して調べるが」

「砂漠の遺跡商人」

 玲菜が訊くと、ショーンは頷く。

「レイナも一緒に行こう。そういうのは二人で探した方がいい」

「う、うん」

 すべては理解しなかったが、一緒に探すことには玲菜は賛成だ。元々自分のことであり、ショーンに任せるなんて図々しい。

「ただ、今はちょっと時間がな」

 ショーンがそう言った時に風呂から出たレオがムスッとした表情で二人に近付く。

「なんだよ、また二人で出かけるのかよ」

 レオは自分が帰ってきた時に二人が遺跡旅行に出ていたことを怒っていた。仕方のないことだったのだが、置いていかれた気分で。

「あ! レオ。お風呂から出たんだ」

 彼には自分の世界のことは秘密なので慌てて平静を装う玲菜。

 ショーンは慌てる様子もなく自然に会話を続けた。

「別にお前が一緒に行ってもいいぞ。砂漠でよければ」

「砂漠か」

 レオは「う〜ん」と嫌そうに考えてから玲菜をじっと見る。

 見られて玲菜は首を傾げた。

「なに?」

「ああ、うん」

 そっぽを向きながらレオは言う。

「一緒に行きたいなら別に行ってもいいぞ」

 頼んでもいないのに上から目線。しかもお前がそれを言うか。

「なんでレオがそう言うの? 一緒に行きたいならそう言えばいいのに」

「俺は砂漠が嫌いだ」

「じゃあ行かなくていいよ、別に」

 玲菜は気を遣ったつもりだったが。レオはムッとしてボソッと呟く。

「なんだよ、素直じゃねーな」

 聞こえていた玲菜は反論した。

「はあ? 素直じゃないってどういう意味? 私が?」

「ああ、そうだよ。俺に言わせんな」

 聞き捨てならない。

「なんで? どっからそうなるの? なんで私が素直じゃないなんて言われるのよ!」

「だから!」

 レオは一度勢いよく言おうとしたが「はぁ」と溜め息をついて静かに言った。

「オヤジの前で言っていいのかよ」

「俺?」

 自分の名前が出てショーンは慌てた。

 玲菜はさっぱり分からなくて不審そうな目でレオを見た。

「何? いいよ、別に。ショーンに隠すことなんてないし。一体なんなの?」

「じゃ、じゃあ言うけどな。お前がいいって言ったんだから後で怒るなよ」

 二人に注目される中、レオは少し照れたように発表した。

「そ、その……お前が俺のこと好きだってことだよ」

 一瞬、時が止まったように静まり返った。

 玲菜とショーンは呆然として、レオだけはなぜか照れている。妙な空気が場を流れた。

「え!?

 一歩遅れて驚いた反応をしたのはショーンで。玲菜は言われたことを理解するのに少々時間がかかった。

(お前って誰?)

 気付いてすぐに反応する。

「私のこと!?

 自問自答を心の中と声で出してしまった。

「え!? 私が!? レオのことを!?

 そのあまりのびっくりした反応にレオの表情が変わる。

「え? 違うのか!?

 自分が自意識過剰な勘違いをしていたと、初めて気付いて顔を真っ赤にした。同時に彼の自信とプライドに大きな穴を空けて大量の汗を流させる。

「え? 違うのか?」

 ついもう一度訊いてしまった。

「な、何言ってんの!!

 本当は違うとは言い切れなかったのだが、玲菜はショーンの手前と恥ずかしさで思い切り否定をしてしまった。

「そんなわけないでしょう!! なんで私がレオを!」

 いたたまれなくなったのは二人よりショーンの方だ。

(若い……!)

 レオの残念さに自分まで傷つきそうになり、無敗の皇子が初めて味わった公開処刑に同情する。

(俺のこと好きだろと言って他人の前で否定される虚しさっていったら無いな)

 女性に好かれることに慣れていた彼はもちろん勘違いで恥ずかしい想いをしたことなど一度も無いだろうし。

 レオは、今まで自分のことを玲菜が好きだと思って発した数々の言動を思い出して放心状態になった。彼女が自分のことを好きでなかったのならすべて独り芝居だ。

 穴があったら入りたいとはまさにこのこと。というか、色々と損をした気分。

「あぶねーな、危うく俺はお前のこと……」

 その先は言いたくない。

 自分が好かれていると勘違いをして自分の方が好きになったらそれこそ何かの罠だ。

「え? 何?」

「いや、そんなわけねーよ」

 レオは自分の気持ちを否定するように言って自分の部屋に入った。

 そんなわけはない。

 勘違いに気付いた今、彼女に対して少なからず感じていた想いはすべて気の迷いだった、と。自分の心に確認する。

(俺が女を好きになる? 馬鹿げている)

 レオはそのままベッドに寝転がった。

「どうかしていたな」

 目をつむり、空腹も忘れて布団を被った。

 

 一方、玲菜は頭が混乱して泣きそうになった。

(なんでこうなるの)

 肯定すれば良かったのか? ……わからない。

(私、レオのことが好きなのかなぁ?)

 前にも思ったこと。

 嫌いではない。というか、どちらかというと好きな気もする。

(でも、あんな風に言われたら否定しちゃうでしょ。普通は)

 普通は……?

“普通”とはなんだろうか。

 レオに言われた「素直になれ」という言葉が心に刺さる。

 素直になったらきっと彼を好きになってしまう。今までそれは「レナという運命の相手がいる」と自分に言い聞かせて抑えてきた。レナは別に運命の相手とは限らないと分かった今、抑える新しい理由は『元の世界へ帰る』ということ。今日ショーンと改めて話して、より帰ることが近くなった気がした。

 もし彼のことを本気で好きになってしまったら“その時”が来た時に絶対辛くなるから。今ならまだ好きにならないで済む。

(まぁ心配しなくてもレオは私のこと好きじゃないから平気だよね)

 もしも、自分と同じくそういう気持ちが少しでもあったとしても、先ほどの否定で無くなったはず。今まで通り、少し喧嘩しながらでも楽しくやっていけたらいい。

 そう思いながらも、玲菜の心には外から聞こえる雨音がなぜか切なく響いた。


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