創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第十七話:告白]

 

 雨は夕方まで降り続き、その日玲菜はレオの部屋以外の家中の掃除に時間を割り当てた。レオが屋敷から持ってきた絨毯《じゅうたん》と、ようやく届いた絨毯も掃除が済んだら敷ける。ショーンも手伝うと言ったが、自分に任せてもらい、無心で掃除する。その方が余計なことを考えずに済むので良かった。

 レオは昼間から寝ていて、ショーンは研究室に籠《こも》っていた。

 

 やがて夜になり、雨がやむと晩御飯を作っているショーンにレオが言った。

「俺の分は要らない。外行くから」

「そうだと思ったよ」

 ショーンは予想していて、レオの分は作っていなかった。

 調理の手を止めて、レオの部屋に顔を出した。

「女の所か?」

「ああ」

 レオはスーツに着替えている。

 ショーンは溜め息をついた。

「お前分かり易過ぎるぞ」

「なんだよ分かり易いって。せっかくの短い自由時間だから、好きにさせろよ。どうせもうすぐ戦場だ」

 ちょうどその時、一段落ついた玲菜が通りかかり、二人の会話が聞こえて『戦場』という言葉に反応した。

「戦場って何!?

 レオは少し黙ってからゆっくりと言う。

「お前には関係ない」

「関係ないって……」

 確かにそうかもしれないが、妙に冷たい返事。

「ね、ねぇ、レオ今、戦場って言ったでしょ? 戦争に行くの?」

 心配して玲菜が訊くとレオは間を置いてから冷たく返す。

「どうかな。どっちでもいいだろ」

「良くないよ! 危ないからやめてよ!」

 玲菜の訴えを無視して、着替え終わったレオはショーンに言った。

「明日の朝帰るから」

 その言葉で玲菜はドキリとする。

 きっと女性と会うのだと理解して胸の奥が苦しくなった。

「レオ……」

 ショーンは何かを言いかけたが言葉を止めた。代わりに「早く帰れ」ということだけを伝えて、外に出ていく彼を見送った。そして、一緒に見送った玲菜が落ち込んでいたので明るく促《うなが》した。

「ご飯作るけど、手が空いていたら手伝ってくれよ」

 手伝いといっても、これは彼なりの気遣いだ。ちょうど掃除が終わっていた玲菜は晩御飯の料理を一緒に作ることにした。

 料理も覚えられるし、気も紛れる。玲菜は明るく返事をした。

「うん、わかった!」

 

 

 晩御飯ができて、食卓に二人で座るショーンと玲菜。父とも二人で食事をしていたのでちょうど同じ感じなのだが。玲菜は気分が沈んでいたので無理やり元気を出していた。

「ショーンって料理上手だよね! 私、いつもいっぱい食べてるから太っちゃいそうだよ〜」

「いや、むしろもっと食った方がいいぞ。レイナはやせ過ぎだ」

「やせ過ぎなんてそんなことないよ。……」

 どうも声が弾まない。

 ショーンは悟って箸を置いた。

「無理しなくていいから。俺には」

 言われて、玲菜も箸を置く。

「あ、えっと……レオは……レオは、戦争に行くの?」

気まずそうに返すショーン。

「行くけど」

 やはり。

「でも大丈夫だよ、アイツは一番安全な所に居るって」

「安全って! でも敵が強かったらそんなことないでしょ?」

 レオの戦争ことは凄く心配だ。けれど、今こう返しながら気にしているのはレオの相手の女性のことで。玲菜は自分に対して凄く嫌な気分になった。

(ああ、私。レオが戦場に行くことより、今の様子ばっか気にしてる。それって要するに自分が傷つかないようにってことじゃん)

 そのことに気付いたら涙が出てきた。

 慌てて慰《なぐさ》めるショーン。

「大丈夫だって、シリウスの軍は強いから。皇子直属だぞ? そう簡単に負けたりしないって」

 もちろんそれも心配なのだがそうではなくて。玲菜は首を振った。

「違うの」

「もし、危なくなったらアイツだけ戦場から離脱するだろうしな」

「違うの、ショーン」

 玲菜は顔を手で覆った。

 

「今気づいたの。私、レオが好きだって」

 

 口に出したら涙が止まらなくなった。

「だから、つらくて」

「うん。わかっているよ、レイナ」

 ショーンは席を立って玲菜の横に来たが、玲菜はまた首を振る。

「違うの。私、自分のことばっか考えてる」

「え?」

「戦場のことも心配だけど、今泣いてるのはそのことじゃなくて」

 玲菜は正直にショーンに告げた。

「レオが、他の女の人の所に行っちゃうのがつらくて」

 自分が惨《みじ》めだ。

「酷いよね、さっき否定しといて」

 ショーンは「うん、うん」と頷《うなず》いて玲菜の頭を撫でた。

「いや、あれは仕方ないよ。俺も居て恥ずかしかったんだろ?」

「恥ずかしいのもあったけど、そうじゃなくて」

 玲菜は声を震わす。

「私、ヘタレだから」

「ヘタレ?」

 通じなかったようだ。

「うん。その……臆病っていうか」

「皆、臆病だよ」

 優しく慰めるショーン。

 玲菜は涙を拭いたがそれでもこぼれてきた。

「私ね、レオのこと好きにならないようにしてたの。怖くて」

 少し考えてショーンは気付いた。

「別の世界の人間だから? いつか別れるのが怖くて?」

「そうだと思ってたんだけど、ホントは違うんだよ」

 目をつむる玲菜。

「レオは皇子でモテるでしょ? 私を本気で相手にするはずがなくて。振られるのが怖かったの」

 なんだかんだと理由をつけて、気持ちを誤魔化した。

「自分が傷つくのが怖かったんだ、私」

 

「う〜ん」

 突然考え込んだと思ったショーンは玲菜の肩を掴んで席から立たせた。

「じゃあもう、行こう」

「え?」

 どこに行こうと言うのか。

「レオの所に。行って、気持ちを伝えればアイツも分かってくれるから」

「ええ!?

 

 

 

 正直、玲菜は最初丁重にお断りをした。

 今からレオの所に行くなんて、そんなことありえない。きっと彼は女性とデート中だ。しかも気持ちを伝えるってことはまさか告白をしなくてはいけないのか? 自分の気持ちに先ほど気付いたばかりなのに。

 けれどショーンはきっぱりと言った。

「レイナ、ヘタレを打破するんだ」

 無理、と思ったのに無理やり連れてこられた。『ロザンナの酒場』という所に。

 ショーンいわく、ここにレオが居るのだという。もちろん確信は無いが。中に入れば答えが分かる。

(酒場って……要するに居酒屋みたいな所?)

 玲菜の頭の中では西部劇に出てくる酒場が思い浮かんでいる。もしくはイギリスのパブみたいな所か?

「さて、じゃあ覚悟はできたか?」

 覚悟というのはレオと女性がイチャイチャしているところを見る覚悟か、告白する覚悟か、振られる覚悟か。

「まだ。っていうか、無理!」

 玲菜は言ったが、ショーンは強引に店の扉を開けた。

 

 そこは、薄暗い店内で。男たちがカウンターやテーブルで酒を飲んでいる。そして、生演奏のピアノの音。客に女性は少なく、代わりに店員の女性たちが美人でセクシーだ。

(何この妖しい店。私、入っていいの? っていうか、こんなとこでレオはデートしてるの?)

 ショーンに押されながら、おずおずと前に進む玲菜。なんとなくだが、いかがわしい感じもして居づらい。

 ショーンはカウンターの前まで来て年齢不詳の美人店主に訊いた。

「ロザンナ、久しぶり! シリウスは来てるか?」

 シリウスとはレオのことだ。

 ロザンナと呼ばれた茶色い髪の美人店主は「フフッ」と笑った。

「あらショーン。注文もしないで人探しかしら?」

「悪かった。一杯貰うよ、キミのお勧めを」

 ショーンがカウンター席に着いたので玲菜も隣に座った。

 ロザンナは玲菜にも訊ねる。

「お嬢さんは?」

「あ、ええと……」

 焦る玲菜に助け舟を出すショーン。

「この子は飲めないから、フルーツジュースを頼む」

 酒とジュースが注がれている間、玲菜が店内をキョロキョロしていると、ショーンの横に可愛いくて巨乳の店員がやってきた。

「あら、ショーンさん、お久しぶり」

 ショーンはここの常連なのだろうか。疑問に思っていると驚く発言をしてきた。

「そうそう、シリウスさんったら酷いのよ。さっき私のことを口説いてきたのにOKしたらレナと部屋に行っちゃって」

 レオの名前が出てきた。しかもこの巨乳店員を口説いたなんて。更にレナの名前。彼女とは部屋に行っただと!?

 一気に青ざめる玲菜。

(やっぱりレオ、ここに居るんだ。しかも女の子口説いてるし)

 それよりも、レナと部屋に行ったと言った。

 玲菜の胸と胃に激痛が走る。

(部屋ってどこ? なんか変ないかがわしい酒場なの? ここ。しかもやっぱレナとデートしてたんだ。今頃二人は何してるの?)

 考えると痛さが増す。痛いというか苦しいというか。泣きそうというか。

(無理だ。今聞いた話で決定打だし)

 注がれたジュースを目にしても飲む気にはなれない。涙目で、玲菜はショーンに訴えた。

「か、帰りたい」

「なんで? あいつはここに居るって今聞いたじゃないか」

 レナと部屋に行ったとも聞いたはずだが。ショーンはその意味が理解できないのか。

「だって、居るから何? レナと部屋に行ったとも聞いたじゃん。私どうにもできないよ」

「想いを伝えろよ、レイナ」

 ショーンの言葉が聞き捨てならない。

「どうやって!?

「あいつがどこの部屋に居るか訊いてやるよ」

 なんと、ありえないことをショーンは言う。少し酒を飲んでいるが、まさかもう酔っているのか?

「私がレオとレナの居る部屋に訪ねていくの? 迷惑すぎるし……」

 この続きは口に出せない。

(もし“最中”だったらどうするの?)

 嫌だ、見たくない。考えただけで胸が張り裂ける。

 それなのにショーンはロザンナにレオの居場所を平然と訊く。

「シリウスはどこに居るんだ?」

「あらぁ、ショーン、彼の楽しみを邪魔するの?」

 会話を聞いただけで玲菜は気分が悪くなった。

(ショーン、私こんなに苦しいのに、もしかして実はドSとか?)

 そうとしか考えられない。

(私、二人の部屋に行って何するの? 邪魔?)

 そんな修羅場嫌だ。いや、無理だ。

「やっぱり帰る」

 玲菜が帰ろうとすると、ショーンは彼女を掴んで耳打ちした。

「レイナ、ヘタレを打破するんだ」

 先ほどと同じセリフだが。どうしてレオといい、ショーンといい、覚えたての言葉を使いたがるのか。

 ともあれ、玲菜は無理やりにショーンに部屋の前まで連れていかれた。

 まさか優しいショーンがこんな強引にするのは珍しいが。玲菜は彼の服の袖を掴んだ。

「お願い。一緒に」

 それを優しく解《ほど》いてショーンはカウンター席に戻っていった。

(お、想いを伝える……)

 心臓はどうにかなりそうだし、胃も痛いし。部屋を開けるのが怖い。

 もし、“最中”を見てしまったら……

 そうじゃなくても修羅場の予感。

(修羅場なんて経験無い)

 どちらにしろ泣く自信はある。今すでに泣きそうだし。

 いくらヘタレ打破といえども、どうしてショーンはこんなに酷な試練を課すのか。

(無理無理無理無理)

 手が震えて中々ドアを開けられない。

 じっと立っていると、微かに女性の喘《あえ》ぎ声が聞こえてきて固まった。

(嘘でしょ? なにこの声? 嘘でしょ?)

 駄目だ。絶対最中だ。玲菜は涙が出てきた。覚悟はしていたが、つらすぎる。

 一歩も動けずに止まっていると、今度は男の声が聞こえた。

「レナ。お前はホントに可愛いな」

 レオの声だ。

 しかも……

 玲菜はとっさに耳を塞いだ。聞きたくないセリフが聞こえた気がして。

(嫌だ、もう駄目だ。耐えられない)

「なんだよ、飲みたいのか? しょーがねーな」

 レオのこのセリフが聞こえた瞬間、玲菜は無意識に逃げようとした。

 今の記憶を消してほしい。そう思って歩き出そうとした時だった――

 レオの部屋のドアが開いて目の前にスーツ姿の男が現れた。

 それはまさしくレオで。玲菜と目が合って止まる。

 十秒くらい止まった後、二人は同時に叫び声を上げた。それは店全体に響くような声。

 

 店主のロザンナはびっくりして酒をこぼしそうになる。慌ててショーンが彼女に謝った。

「すまん。シリウスと俺の連れだ。大声上げて悪かったな」

「シリウスとあの娘? どうしたのかしら?」

「ただびっくりしただけだろ。それより酒をもう一杯くれ」

 ショーンの様子に、ロザンナは首を傾げる。

「どうしたの? なんだか娘が嫁にいった父親みたい」

「ん?」

 注がれた酒を一口飲んで、ショーンは言った。

「まぁ、大体そんな感じだ。けしかけたのは俺だがな、昔のことを思い出してさ」

「ふぅ〜ん?」

 

 一方、叫び声を上げた二人は、他の客の目を気にして一旦部屋に入り込んだ。そこに女性の姿は無く、あるのはでかいベッドと高いタンスと小さいテーブルと椅子だけ。テーブルの上には酒瓶が。しかし、コップは一つだ。それと、空のガラス瓶と深い皿。

 スーツ姿のレオが腕に抱いていたのは銀色の毛並みの可愛い猫だった。その猫はスッとレオの腕を抜けて床に下り、高いタンスの上に登った。

「ああ、レナ!」

 レオは手を差し出したが全く降りてこない。ツンとした美人猫でまるで小悪魔の様。それよりも名前が気になる。

「レナ!?

 玲菜は訊き返した。

「なんでお前がここに居るんだよ!! せっかくレナが俺の腕に抱かれるまで懐いたのに、また届かない所に行っちゃったじゃないかっ!」

 レオの嘆きが信じられない。

「レナ? 猫?」

 玲菜はもう一度訊いた。

 途端に顔を赤くするレオ。

「なんだよ、悪いかよ」

 玲菜は呆然とした。

(レナが、猫?)

 まさか。

 レナは手ごわくて、中々振り向いてくれないとか、前にレオが言っていなかっただろうか。思い出しながら猫の方を見ると、確かにそっぽを向いてしまっている。

「レオ、女の人とデートしてたんじゃないの?」

 まだ呆然としたまま玲菜が訊くと、レオはベッドに座って恥ずかしそうに言った。

「いや、そのつもりだったんだけど。部屋を取った途端、急にやる気が削《そ》がれて」

 やる気とか言わないでほしいが。まぁ、要するにナンパが成功した途端、心が冷めて。代わりに猫に夢中になっていたというわけか。

「レナ、降りてこいよ。またミルク飲ませてやるって言っただろ?」

 レオは銀色の毛の猫・レナに呼びかけたがレナは無視してそのまま眠りに入っていた。

「ほら! 不機嫌になって寝ちゃったじゃないか。お前のせいだからな」

 レオの言葉に、色んな想いが重なって玲菜は笑い出した。

「ちょっと、嘘でしょ? 猫だったの?」

 笑いながら涙まで出る。

「お前、何笑って……え? 泣いてんのか? どっちだ」

「両方!」

 今までの不安は一体なんだ。嫉妬も。苦しんだ分を返せと言いたくなる玲菜。猫のためにこんなに勘違いしてつらくなって。けれども、嬉しい。猫で良かった。

 ホッと安心したが、そういえば部屋の前で女性の色っぽい声が確かに聞こえたはず、と思い出す。あれはなんだったのか。そう思った矢先、また微かにそういう声が聞こえた。

(え? どっから?)

 それはどうやら壁の向こうからのようで。

(あ、別の部屋)

 答えが分かったところで恥ずかしくなった。レオの部屋ではなかったが、確かにそういう行為がどこかで行われている。しかも、聞こえるなんて。レオも多分聞こえているだろうから凄く気まずい。

 とにかく聞こえないフリをするしかないか。

 玲菜は一先ずやるべきことをやらないと、と思い、急に緊張した。

 先ほどは修羅場のことばかり考えていたが、今度は違う緊張だ。

(そうだ、想いを伝えなきゃ)

 レオのことが好きだという気持ち。

 思った途端に心臓がありえない鼓動を打って、汗が出そうになる。

(え? ホントに? 早すぎない?)

 好きだと気付いたばかりなのに、もう告白か。

 しかし勇気を出さなくてはならない。

 玲菜は決心してレオの隣に座った。

「な、なんだよ、お前」

 レオはなぜか動揺している風に見える。

「ってか、お前なんでここに居る? オヤジは?」

「ショーンに、ここに連れてきてもらったの。レオに話したいことがあって」

「え?」

 彼にまっすぐ見つめられて、玲菜は照れて目をそらした。意識した途端急にドキドキする。

(中学生かっての)

 玲菜は心の中で自分につっこんだ。

 思えば告白なんて、自分からしたことないし。

「あ、あ、あの……」

(どうせ振られる)

 悪い風に思って、続きが言えなくなる。

 今後、同居に差し支《つか》えは無いだろうか。気まずくなるくらいなら、いっそ言わない方がいいか?

「私……」

 いや、ここまできたらもう言ってしまった方が楽だ。後のことはその時考えればいい。

「レオの……ことが……」

「ん?」

 自分の名前が出て、レオはドキリとした。

「なんだよ」

「あ、えっと……」

 玲菜は激しく緊張しすぎて喉がありえないくらい乾いた。

(告白のセリフ噛んだら嫌だ)

 テーブルを見るとコップの中に水が入っている。

「ちょっ、お水、飲ませて」

「え? お前、それは……」

 レオが止める前にぐいっと飲んでしまった。

「酒だぞ!」

 手遅れだ。

 恐らく、冷静に考えれば水かどうか確かめてから飲んだはずだが。玲菜は混乱していたために考えずに飲んでしまった。

 しかもアルコール度数が高い酒らしく。

 まんまと玲菜はそのまま倒れそうになったところをレオが支えた。

「お、おい! レイナ?」

 見ると、少しだけ意識はありそうだが目をつむっている。

「おさけだったんだ〜。まちがえ…た」

 フラフラしている玲菜を、レオはベッドに寝かせた。

「お前、なんでこういう失敗するんだよ。普段しっかりしてるくせに」

「う…うん。ごめ……」

「もういいから。ここで寝とけ。あとでオヤジにも言うから」

「レオ……ありがと……」

 まだ喋っている玲菜にレオは布団を掛けた。

「ああ、分かった」

 

「レオ……すき……」

 

「え!?

 レオは訊き返したが、玲菜は寝てしまい。

 冷静に考えて、酔っているうわ言だと、レオは判断した。

(もう勘違いしないぞ、俺は)

 自分に話があって、ここに来たと彼女は言ったが、結局何を言いにきたのか聞けなかった。

 そういえば、もう長い事、女性と何もしていないという事実にも気づくレオ。

(こいつが家に来てからだな)

 なぜかそんな気になれない。

 欲求が無いわけではないのにおかしい。

 いや、むしろ……

 

 レオは玲菜の横に寝転がり、そっと彼女の髪と頬に触れた。

「レオ……」

 その時、寝言で彼女が自分の名前を呼んだので、ついキスをしそうになって止めた。

(やばい。このままじゃ……)

 欲求が解放されてしまう。

 レオはなんとか自分を抑え込もうとしたが、抑えきれずにおでこにだけ唇で触れた。

(って、駄目だろ!)

 途端に我に返って離れる。

「ああ……なんだこれ」

 自分の口を押えて上体を起こすレオ。

 駄目だ。鼓動が激しい。

「ちくしょう。静まれよ」

 声に出しても無駄で、顔が熱い。

(こいつは俺のこと、別になんとも思ってないんだぞ)

 そう考えるとなんだか胸が苦しいしイライラする。

(なんだよコレ、病気?)

 こんな状態に陥《おちい》ったことは今まで無い。

「あ〜〜〜もう!」

 レオは立ち上がってベッドから降りた。

 多分、女とベッドで一緒に居るからいけないんだと思って。しかも、欲求を我慢しなくてはならない。

「はあ……」

 降りたおかげか幾分か落ち着いて。彼はようやくショーンを呼びに部屋を出ることができた。


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