創作した小説が世界の神話になっていた頃
[第十九話:砂漠の遺跡商人]
日本にこんな砂漠あったか?
赤い砂の道を歩きながら、玲菜は疑問に思っていた。
(砂丘なら聞いたことがあるけど。鳥取砂丘とか。でもこんな赤い砂の砂漠なんて……)
しかも広大で、日本にあるイメージがわかない。
玲菜は自分がショーンたちと住むサイの都の場所をある程度目星をつけていた。
(埼玉か……埼玉じゃなくても、関東)
埼玉は自分の住んでいた場所。もし自分がタイムスリップで未来に来てしまったら、同じ場所にたどり着いた可能性。埼玉の自分の家に居たのだから、たどり着いたレナの聖地はそのまま自部屋の未来の場所かもしれない。だとしたら、そこから馬車で少し行った先にあった都は、埼玉県内か、東京のどこかか。
未来の同じ場所でなかったとしても、小田原城のある神奈川に馬車と船と歩きで、休みつつも一日から二日以内に行けたので、やはり関東の気がする。
その都から、確か南西の方角へ馬車で走ってきたら赤い砂漠が現れた。
(ここどこなの? 本当に未来の日本?)
まるで異世界か別惑星。
(喉がカラカラ)
玲菜はもったいないと思いながらも、また水を少し飲んだ。
それから、休憩を入れながらどのくらい経ったかわからないほど歩いて、手持ちの水筒の中はとっくに無くなっていた頃、ようやく砂丘の陰に数人の人影が見えた。
最初幻かと思った。だが、近付くにつれて幻ではなくはっきり見えてくる。
喜んだ玲菜にレオが忠告した。
「喜ぶのはまだ早い。ただの旅人かもしれんし、下手すりゃ盗賊だ」
しかし、人影と一緒にテントっぽいものと、何やら色々な物が置かれた様子。
今度こそ喜んだ玲菜にショーンが忠告してきた。
「商人に扮《ふん》した盗賊かも」
「ううっ……」
盗賊ではないことを願って、玲菜は警戒した二人の後をついていく。
近付いて見えてきたものは、テントと食事の用意をした焚き木などしかなく。
(た、旅人〜!)
玲菜はがっくりした。
だが、ショーンは彼らに話しかける。
「目ぼしい物とかあるか?」
すると、突然彼らはテントを開いた。
中にあったのは、怪しげな骨董品などであり。
「お客さんだね?」
彼らはニコニコと喋り始めた。
警戒を解くショーンとレオ。なんと、彼らは旅人に扮した遺跡商人だったらしい。
「良かったな、レイナ。多分本物だぞ」
ショーンに耳打ちされて玲菜はその場にしゃがみこんだ。
(やっと会えた〜〜〜!!)
一方レオは、近くにラクダが数頭居て、恐らく商人が使っているのであろうが、目を光らせていた。凝視しているのはラクダだけでなく、背中にある水筒にもだ。
そのレオを呆れ顔で見たあと、玲菜はショーンの方を伺《うかが》う。
ショーンは商人たちと交渉していた。
「俺が欲しいのは、ただの昔の物じゃなくて、旧世界の遺産がいいんだが……」
「旧世界! 物好きだねぇ〜、お客さん」
商人は訊く。
「前世界かい?」
ショーンは首を振った。
「いや、なるべくその前の世界がいいな。“精霊の世界”の物」
(精霊の世界?)
なにやらファンタジーなニオイのする名前に興味を持つ玲菜だが。会話には入っていけなく、商人がショーンに言う。
「お客さん、知識があるねぇ。でもそんな前の世界の遺産なんてめったに出ないよ」
「そうかな?」
ショーンは自信ありげに返した。
「“人間の世界”……つまり、前世界が終わる頃に精霊の世界の封印が解けてるはずなんだがな。というか、封印が解けた影響で“新しい神”が生まれて、前世界は終焉《しゅうえん》したと言うべきか」
商人たちは顔を見合わせて、玲菜まで疑問を持った。
(何? 新しい神って……)
更にファンタジー要素が追加された。
商人の一人は言う。
「お客さん、ただの人じゃないね。学者はよく買いにくるけど、もっと凄い立場のような……」
「まぁ詮索は無しだ」
ショーンの言葉に、商人たちも頷く。
「確かに、詮索は良くないですね、お互いに。ただ、残念ながら旧世界、ましてや精霊の世界の物はここには無いもんでね。残念ながら」
「そうか」
話が聞こえた玲菜は落ち込んだ。
(こんなに苦労して来たのに無いの!?)
確かに、そう簡単に見つかるとも思えないが。たとえば、その精霊の世界の物があったとしても、目的の物かどうかの可能性は低い。
(現実はこんなもんだよね)
玲菜が諦めかけていると、商人はショーンに言った。
「でも、ここよりもっと西の国境近くの遺跡で、なんか凄い物を見つけたって聞きましたよ。旧世界の物かはわかりませんが」
「西の国境か」
ショーンの言葉に、ラクダを狙っていたレオが振り向いた。そして、地図を取り出して商人に見せる。
「西の国境近くに遺跡は幾つかある。どこだ?」
「ええと……ここですかね」
商人の指した場所を見て、顔を見合わせるレオとショーン。
「なんだよ、この偶然」
ショーンは頭を抱えた。
レオは腕を組んで考え込む。
「何を探しているか分からんが、俺がそこに行って訊いてやろうか?」
「いや、……」
ショーンは「はぁ」と溜め息をついた。
「どうすっかなぁ」
玲菜の事情は、レオにはまだ秘密のままだ。旧世界へ帰るためのアイテムを探しているなんて言えない。
それよりも、玲菜が会話に入った。
「何? どうしたの? そこってどこ? なんでレオが行くの? 皆で行けばいいんじゃない?」
「そこまで行くのに五日間……いや、砂漠を突っ切るのは無理だから一週間かかる」
レオが答えた。
「それに、その国境近くはちょうど今争いが起きそうな所で、女が行くのは危険だ」
「え!?」
「俺は行くけどな」
レオの言葉に、玲菜は驚きながらも理解する。
「え!? レオが行く戦場って、もしかしてそこ?」
「戦場にはまだなってない。時間の問題だが」
レオの話はつまりこうだ。
ちょうど西側の国に不審な動きがあり、下手するとその遺跡の近くの国境付近にて、争いが起きる。
その可能性は高く、いつ侵攻してくるかという状態で、戦争が始まったらレオの軍は掩護《えんご》しに行く予定なのだという。
というか、始まる前に出るらしく、それは近日中だという。
だから国境付近に行った時、ついでに遺跡周辺にも行って、商人を見つけて目的の物があれば買っておく、と。
「ホントは嫌だけどな」
ボソッとレオは言う。
そうだ、戦いに集中したいのに、玲菜たちのために“使い”じみたことをやるなんて。ましてや彼は砂漠が嫌いだ。
「じゃ、じゃあ、私が自分で行くよ。自分のために必要な物だし」
玲菜が言うと、レオとショーンが二人で止めてきた。
「危ないぞ! どこが戦場になるかわからん。なるべく国境で食い止めるけど、遺跡周辺にだって危害を及ぼすかもしれない。大体、戦争が起きたら近くの町だって襲われる可能性がある」
「レイナ、おじさんが行ってきてやるから」
ショーンに対してレオが注意する。
「だから、オヤジが家を空けたらその間コイツはどうするんだよ」
ショーンが、レオに付いて戦場に行くのを躊躇《ちゅうちょ》する理由がここにあった。
三人は「う〜ん」としばらく悩んだ。
玲菜としては、そもそもレオに戦場に行ってほしくない。それを止めることは不可能なのか。
(やだ、レオ……戦争なんて)
レオは安全な所に居ると聞いたが、万が一がある。というか、戦場に安全な所など無いだろう。
それでも、凄く嫌だが彼が戦場に行くとして。
彼に遺跡商人の所にまで行ってもらうのはどうなのか。
こう言っては失礼だが、ショーンの思っている物がレオに分かるのか。
(って! 私もだし)
やはり、遺跡関係はショーンに任せた方がいい。
(じゃあ、レオが国境に行って、私たちが遺跡商人の所に行って……)
目的は違うが、もしかすると一緒に行ける。
(ああ、でも、遺跡の近くは危ないんだっけ)
それならば、目的の物かどうかも分からないものを追って危険な所に行くより、別の場所に行った方がいいのかもしれない。
玲菜は落ち込んだ。
(レオは戦場で、私たちは砂漠の遺跡巡りなんてやだ)
行ってほしくないし、離ればなれだなんて。
(いつまで?)
先ほど、一週間かかると言っていたから、少なくとも二週間以上。それはただの往復で、戦場に居る時間を計算したら一か月以上はありそうな気がする。
心配と不安と寂しさで気絶しそうだ。
結局、三人はちゃんとした結論を出さずに帰ることにした。だが、日の落ち方を見て、近くのオアシスへ向かった方が良いと判断した。疲れていて、水も無くて、近くのオアシスも日が落ちるまでにたどり着けるか微妙なところだが。
レオは商人たちに言い放った。
「金はいくらでもある。ラクダと水を今すぐよこせ」
金持ちの恐喝だ。
結局ラクダ一頭と少しの水を力ずくならぬ金ずくで奪…いや、売ってもらい、オアシスに向かう一行。一頭のラクダを大人三人で乗るのは無理で。必然的に最低一人は歩きとなる。
最初、当たり前のように皇子が乗ったが、おじさんが彼を引きずり下ろした。
「女性優先だろうが」
「え!?」
当然レイナはラクダに乗るのが初めてで。馬ならば、『乗馬クラブ一日無料体験教室』とかいうもので(思い出づくりに)一度乗ったことはあるが。とにかく戸惑って一人で乗ることができなかった。
「しょーがねーな。一緒に乗ってやるよ」
レオの言葉に、とある映画を思い出す玲菜。その映画では、男女がイチャイチャしながら二人でラクダに乗って帰るというエンディングで。
その二人を自分とレオに置き換えて想像してドキドキしたが。
結局一緒に乗ったのは「齢《よわい》五十を超えて足腰が弱くなった」と言い張るおじさんだった。
レオと二人で乗ったらきっと緊張するのでむしろ安心した玲菜だったが、一人乗れなかった皇子様は明らかにふて腐れる。
「なんで俺が……従者みたいに」
ブツブツと文句を言いながら歩き、やがて疲れ果てたように元気が無くなったが、日が暮れる頃にようやく現れたオアシスを目にして気力を回復させた。
「オアシスって、ほんとにオアシスなんだ!」
砂漠の中に、急にたくさんの緑が現れて、玲菜は思わずそう言った。
そう、オアシスは突然砂漠の中に現れる。
今までずっと赤い砂と砂丘ばかりの景色だったのに、急に緑の植物と木が、まるで魔法で出したかのように一か所に集まっている。中心には小さな湖。そしてどこから集まったのか砂漠の旅人たちがたくさん歩いていて、街ができ、賑わっている。
建物の様子は昼間に行った町と似ていたが、寂れていなく、玲菜はわくわくした。
「わぁ……!」
綺麗でセクシーなお姉さんたちがウロウロしているのがまた……あやしい。
(なんか、いかがわしいんだけど)
レオを見ると、レオの眼は彼女らを追っているので嫌な気分になる。玲菜の視線に気づいたショーンは、もう一度レオに念を押した。
「賭博と女は駄目だぞ」
「わかってるよ」
レオの返事に少しホッとしながら、玲菜はまた賭博のことが気になった。
(やっぱあるんだ、賭博)
しかし、禁止令も出ているし自分には関係ないか。
その夜。オアシスの宿にて、部屋を二つ取ってもらい。夕食後、玲菜は一人の部屋で砂漠の疲れを癒していた。
石造りの部屋は冷たく、砂漠の夜は寒い。昼との気温差が激しいのでベッドに座り、掛布団を頭から被って足をマッサージしていた。
それに、気になるのは日焼けだ。ベールとスカーフでほとんど守っていたつもりだが。鼻の所が少し赤くなっているような気もした。
玲菜は自分の荷物から化粧水代わりの液瓶を出した。実はこの世界にも化粧品的な物はあり、粉状のファンデーション代わりの物、乳液代わりの物、口紅的な物……などなど、現代ほど種類は多くないが、少し存在していた。最初無いと思って諦めていたシャンプーやコンディショナーに近い物も粉や石鹸状の形で存在していて、ありがたく使っている。当然本日も持ってきていたので、軽く付けていた化粧を落とそうと洗顔用石鹸を持ってバスルームに行こうとした。
その矢先に、部屋のドアをノックする音が聞こえたので返事をした。
「ハーイ。誰?」
「俺だ」
レオだ。
玲菜は慌てて石鹸を置いてドアを開けた。
「え!? 何?」
廊下では、レオが酒瓶を片手に持って立っていた。
「酒を買ってきたんだ。お前もどうかと思って」
「ええ!?」
酒は弱いから困る。
「わ、私、お酒飲めない」
「大丈夫だ。ちゃんとアルコール度数が低いのを買ってきたし。少しならいけるだろ?」
確かに飲み会でほんの少し飲むくらいだったら平気だった。もちろん酒の後に烏龍茶を頼んで中和させていたが。
「う……えーと、ショーンは?」
「オヤジと飲もうと思ったんだけど、俺が酒買って帰ってきたら爆睡してた」
やはり伊達に齢《よわい》五十を超えてはいない。
「ショーン、疲れちゃったんだね」
照れながらドアの所で喋っているのもなんだ。
「あ、じゃ、じゃあ、少しだけ」
レオたちの部屋だとショーンが寝ていて悪いので、玲菜は自分の部屋に彼を通した。
「あ、コップ!」
「食堂で借りてきた」
なんとも用意のいいレオはコップを二つテーブルに置いて酒を注いだ。玲菜にはほんの少し、自分にはなみなみと。
二人はなんとなく乾杯をして玲菜は一口飲む。
(乾杯の文化も残ってるんだ)
そんなことを思って、レオを見るともう彼のコップは空になっていた。
「早っ!」
ついつっこんでしまう。
「喉が渇いていたからな。それに、俺はここの地酒が好きだから」
レオはもう二杯目に突入していた。それを見て玲菜はまたつっこんでしまった。
「っていうか、一人で飲んでるね。私一緒に飲まなくても良かったんじゃ……」
「お前と飲みたかったんだよ」
なぜかそっぽを向いてそう言うので、玲菜は恥ずかしくなって俯いた。
「あ、そうなの?」
しばらく黙って、妙な空気が流れた。
玲菜は思いつくことを喋る。
「さ、砂漠って夜寒いね〜」
「そうだな」
「なんか今日は疲れたね」
「そうだな」
こんな会話がしたかったのか。
(レオってお酒に夢中で会話続ける気無いでしょ)
玲菜はムッとして席を立ち、窓の外を眺める。斜め下には町の明かり。遠くは暗い。空にはたくさんの星。部屋からでは見づらいが。
ふと、隣の家のサリィさんに預けた猫のウヅキを思い出した。
「ウヅキ元気かなぁ? 大丈夫かなぁ?」
砂漠に連れていくのはきついと思い、仕方なく預けてきた。
「ああ。連れてきたかったな。でもアイツ一応サリィさんには懐いてるし。多分餌付けされて」
レオの言葉に、そういえばウヅキがよく食べ物を貰っていると思い出す玲菜。
「じゃあ大丈夫かな」
「ああ」
少し続いたウヅキの会話も終わった。玲菜は何を話そうか考えて、先ほどショーンが言ったことを思い出した。
「そういえばここの町って、賭博場みたいなとこあるの?」
ショーンは禁止令を出していた。
「ああ、あるぞ」
レオはまたコップを空にして次を注いでいた。
「興味あるのか?」
「え?」
カジノは日本に無いから興味はある。
「うん。まぁ一応」
(ラスベガスとかそういうとこにあるイメージ)
レオは酒をぐいっと飲んで訊く。
「じゃあ行ってみるか?」
「え! だって……ショーンが駄目って」
玲菜は慌てたが。レオは少し笑いながら言った。
「小さい子供じゃあるまいし、オヤジの言うこといちいち聞くのかよ。第一、爆睡してるぞ」
言われてみれば、確かに。
「朝までに帰ればバレないし。お前が行きたきゃ連れていくけど」
なんて誘惑の言葉か。
玲菜は少ししか飲んでいない酒でほろ酔い気分になり、つい誘いに乗ってしまった。
「行く!」