創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第十話:携帯電話]

 

「あ〜〜〜〜〜!」

 車で出発して五日目の朝。

 二日酔いの頭痛を我慢しながら荷物を整理し直していた玲菜は、持ってきた鞄の内ポケットにとある物を発見して大声を上げた。

(これ! 鞄の中に入れてたんだ?)

 それはいわゆる、車のアクセサリーソケットに差し込んで携帯電話と繋げて充電をする代物。

(車用の携帯充電器!)

 これがあるということは、車に乗った時に携帯電話の充電ができるということ。昔よく運転する時に使っていたが。

(ケータイ充電できる?)

 もちろんアクセサリーソケットが壊れていない場合に限る。

 

 玲菜がワクワクしていると、部屋のドアをノックする音が聞こえてレオの声が聞こえた。

「レイナ? 開けてもいいか?」

「あ、はい。いいよ」

 返事をするとゆっくりとドアが開き、身支度の整ったレオが姿を現す。どことなく恥ずかしそうに話しかけてきた。

「あ、えーと。朝食、部屋で食うって」

「え、そうなの? レオおはよう!」

 つまり彼らの部屋で食事をするのだと悟った玲菜は一先ず荷物の整理をやめて立ち上がった。

「ああ。あ、おはよう」

 挨拶を返す彼は本日も下手くそに髪を結っている。

 玲菜は彼に近付き、髪を見つめた。

「ご飯食べた後に髪結んであげようか?」

「え? あー、ああ」

 何か戸惑い気味なのが気になる。

「どうしたの? 何かあった?」

 廊下に出て、自分の部屋のドアのカギを閉めた玲菜は彼の顔を覗きこむ。

 レオはほのかに顔を赤くして目をそらした。

「お前、昨日のこと憶えてないだろ」

「え!?

 また何かやらかしたのか。

「えっと……」

 思い出そうとしても酒を一気飲みする以降が思い出せなくて玲菜は焦った。

(また何かやったんだ、私)

 これは悪い癖であり、改善しなくてはならない。

「ごめん」

 俯いて謝ると、レオはため息をつく。

「ああ。うん。まぁそうだろうと思った」

「私、何した?」

「え? 聞きたいのか?」

 聞きたいような、聞きたくないような。

 玲菜が迷っていると、レオは耳元で話してきた。

「お姫様抱っこをせがんで、あと、俺がベッドに運んだら『行くな』と誘ってきた」

「わあああああ〜〜〜〜!!

 恥ずかしすぎて絶叫。

 その声は廊下に響き、各部屋にも聞こえた様子。

 慌ててレオは玲菜の口を塞いだ。

「何叫んでんだよ」

「だって」

 とりあえず、泊まっている客が「何事か」と部屋から出てくる前にレオたちの部屋に入る。

 

「なんか叫び声が聞こえたけど?」

 部屋ではショーンが呆れた目をしながら食事の席に着いて待っていた。

 もうすでに朝食を用意した後らしい。

「なんでもねぇよ。レイナ呼んできたから」

 レオはすぐに席に着いて、食事に夢中になった。

 

「お、おはよう……」

 一方玲菜は、今の恥かしさとショーンの顔を見たら昨晩「お父さん」と呼んでしまったことを思い出して更に恥ずかしく挨拶をした。「おはよう」の後に「ショーン」と呼ぼうとしたがためらって何も言えない。

「ああ、おはよう」

 対してショーンは平然と返していつものように新聞を取り出す。だが、心の内は平静ではなく、新聞を読むフリをして娘には見せられない表情を隠していた。

 

 なんとなく沈黙の食事が続き、「そういえば」と玲菜が訊いてみる。

「ね、なんで今日は部屋食なの? そういう旅館だっけ?」

「リョカン?」

 言葉が通じなかったのはレオだけで、ショーンが答えた。

「ああ、懐かしい言葉だな。部屋食っつーか、食堂に頼んで持ってきてもらったんだよ。地図とか開きたいし、念の為他人に聞かれたくない」

 ショーンは「これからのルートだけど」と言いながら席を立って自分の荷物から地図を持ってきたが、レオは二年前に感じていた違和感を今更ながら理解する。

(そうか。こういうことよくあったよな。レイナの言葉、俺だけが通じなくてオヤジには分かるってパターン。ずっと考古研究者の知識で通じてんのかと思ってたけど、そうじゃなかったな)

 ショーンは、玲菜の使う謎の言葉(現代用語)を訊き返しもせずに普通に返していた。自分にはそれが分からずに、最初は彼女の故郷の言葉なのかと思った。そして、彼女が過去から来たと判ると、その時代の言葉なのだと理解したが。

(オヤジは、考古研究者の知識じゃなくて、自分の記憶でアイツの言葉を理解していたのか)

 彼は偉大な賢者だったから、その知識の出所を疑ったことはなかった。

(ん?)

 ふと、気付くレオ。

(ちょっと待てよ?)

 自分が子供の頃に、彼に抱いた尊敬の念に引っかかるフシが。

(オヤジの知識って……)

 十二年前、突然都に現れた男は、今まで知り得なかった知識や知恵を皆に広めた。彼はそれを「外国や過去に学んだ」と言っていた。

(そうか、過去?)

 玲菜の居た時代は遠い昔。そして、高度文明。

 

 まさか、ショーンの得た知識はそこからの……

 

(待て待て待て待て)

 生じかけた疑いの心を、首を振って掃うレオ。

(確かにオヤジは、高度文明の頃の記憶があったかもしれないけど、凄いのはそれだけじゃなくて、実際頭良いっつーか。知識の豊富さはホントに賢者に相当するから)

 彼は皆が褒めてもいつも謙遜していた。

『たまたま』だと。

 

 もちろん彼の頭脳は本物であり、研究熱心さと調べる量は半端なく実績として現れる。

 賢者に値するのは間違いなく、軍師としての腕も高い。

 人々の尊敬を集めて帝国四賢者の一人と呼ばれるのも何ら不思議ではない。

 ただ――

(レイナの高度文明時代からヒントを得ていたのは確かなんだな)

 やたら砂漠の遺跡商人から旧世界の物を買ってきて直して使っていたのは発明ではなく恐らく自身の記憶から。

(素直に、オヤジの発明スゲェエエって思ってた)

 少しばかり残念で、レオは頭を押えた。

 彼は得意げになるわけではなく、常に謙虚でむしろ褒められるのを申し訳なさそうにしていたのはこういうわけだ。

 まぁ、外国や過去に学んだというのは嘘ではない。

 

「ん?」

 自分への妙な視線を感じてレオの方を向くショーン。

「どうした? レオ」

「いや! なんでもねぇよ」

 慌てるレオに首を傾げながらショーンは地図を広げて説明を始める。

 その地図は玲菜の知る日本の形をしていない。

「現在地はここな」

 ショーンは地図の左側を指した。方角でいうと西側。その指を北西に持っていく。

「ホントは北に向かいたいんだけど、遠回りするからこう」

「砂漠突っ切んのかよ!?

 すかさずレオがつっこむ。

「砂丘はなるべく避けるから。タイヤが埋まんないように気を付けるよ」

 平然とショーンは説明を続けた。

「砂漠を避けてもっと迂回すると、国境にぶつかるから無理なんだよな。かといって、まっすぐ北に行くと旧西方門だろ? 車で通るのは無理だし、お前の顔で捕まりそうだから」

「え? 西方門?」

 質問したのは玲菜で、聞いたことがある。

「西方門って、帝国西方門? 国境の?」

「もう今は国境じゃないけどな」

 ショーンの答えに、玲菜はやっと察した。

「もしかして、本拠地って……」

 

「旧・龍宮の緑城。今はバシルの城で緑龍城って名になった。別名はバシリスク城だがな」

 

 得意げに答えたのはレオで、玲菜は驚いて口を押えた。

「湖上の砦? 今はバシル将軍のお城なの?」

 バシル将軍はレオの部下だが、シリウス軍の要のはず。反乱軍の本拠地の城主ということは、まさか主君を裏切っている……のか?

 ある意味裏切っていないともいえるのだが。

 

 考え込む玲菜の肩をショーンが叩いた。

「驚くよな? どうなっているのか、実際見た方がいいぞ。早ければあと三日で着くから、その時にまた説明するよ」

「う、うん」

 

 その後、ショーンはまた地図を使って二人に道順を説明。玲菜は漠然としか分からなかったが、ショーン本人が把握しているのでまぁ平気ではある。

 朝食が終わると行く準備をして、整ったら宿を出発した。

 

 

 やがて、車の隠し場所にたどり着いたら、本日は玲菜の運転から移動が始まった。その間、アクセサリーソケット(電源ソケット)を確認すると、密かに携帯を充電する。幸い壊れていなく、玲菜は充電完了するのをワクワクしながら待って運転した。

 

 

 その後、休憩の時間になり。

 玲菜は携帯電話の充電完了を確認すると、外で伸びをしているレオの許へ持って行った。

「レオ〜〜〜〜!」

「ん?」

 近寄っていきなりカメラレンズを向けて激写。

「んん?」

 何をされたのか全く分からないレオに撮りたての写真画像を見せた。

「ホラ、これ見て!」

「え? なんだそれ」

 そもそも、玲菜の手にある、赤っぽい長四角状の板がなんだか分からない。アクセサリー風な紐も付いているし。

 分からないながらも、彼女に言われた通りに覗いてみると――

 

「え?」

 

 上半分に自分の顔が写っていたのでびっくりする。

「なんだ? これ、鏡だったのか?」

「違う違う! 写真だよー!」

「シャシン?」

 実は若干ブレてしまったので玲菜はまた携帯を彼に向ける。

「もう一回撮るから動かないで」

「はあ?」

 眉をひそめた瞬間に激写。

「あー! 睨んでる顔になった! もう一回」

「なんだよ?」

「はい、笑って〜!」

 

「あー! 今度はイヤラシイ顔になった」

「誰がいやらしい、だよ」

 

 こういったやり取りで何度もシャッターを押す玲菜。

 ようやく納得のいくイケメンが撮れたので、改めてレオに写真を見せた。

「ホラこれ、カッコよく写った!」

 何度も撮って、鏡ではないと理解したレオは携帯のカメラ機能に目を丸くした。

「ちょっ待て。これって要するに俺だよな?」

 まじまじと見て写真の意味がなんとなく分かったらしくて遅い反応を示した。

「ええええ!? なんだよこれ!! すげぇな!? どうなってんだ?」

 期待通りの反応に玲菜も嬉しくなる。

 

 ちょうどその時、煙草を吸っていたショーンも近付いて携帯電話に気付いた。

「あ!!

 一瞬、名前が思い浮かばなかったらしく、しかしすぐに思い出す。

「ケータイ電話!! ケータイ電話じゃないか、それ! 懐かしいな」

 彼的には約十二年ぶりに見る。

「玲菜、持ってきたのか?」

「うん。さっき充電してたのに気付かなかった?」

「あ〜〜〜〜〜」

 ショーンは頭を押える。

「お父さんも持ってくれば良かったよ。俺はさ、通勤鞄の中に入れっ放しで忘れててさ。こっちの世界じゃ、使えないし要らないと思ったけどな。写真がいっぱい入ってたんだよな〜」

「シャシン?」

 レオが訊くと、口を緩ませながらおじさんは言った。

「玲菜の写真が」

「嘘でしょ!?

 恥ずかしくて反応したのは玲菜だ。

「私の写真なんていつ撮ったの?」

 あまり憶えがないのでまさか隠し撮りかと疑ったが。

「成人式の。振袖着てたやつ」

「ああ!」

 これは憶えがある。

 

(可愛かったなぁ〜〜〜〜)

 口には出さずに、おじさんは思い出してニヤけた。

(それと、純玲さんの写真の写真も入ってたのに)

 写真の写真というのは、つまり、生写真を携帯のカメラで撮ったものであり。ショーンが昔、携帯電話の画像フォルダにも妻の写真を入れておきたいと思って、アルバムに貼ってあった写真を写した画像であった。

(仕方ないよな。純玲さんが生きてた頃はまだカメラ付きケータイなんて普及してなかったし)

 携帯電話はあったが、まだ機能は充実していなかった。

 

 ショーンが携帯電話について懐かしく思い出している間、レオは携帯電話の写真のことが気になって仕方なくなっていた。

「なんだよ? セージンシキって? お前のシャシンもあるのか?」

「え? 自分のケータイに自分の写真は入ってないよ」

 答えつつ、玲菜はあることを思い出す。

「でも成人式の写真なら、友達が私のケータイで撮った皆との写真が何枚かあるかも?」

 

「あるのか!?

 なんと、レオとショーンの二人が食いついた。

 

「え、えと……」

 玲菜はデータフォルダから成人式の時の写真を捜す。

「ちょっと待って」

 半年間使っていなかったが、触ると思い出す不思議。

 

「あった!」

 フォルダの中を戻していき、ついに成人式の写真を見つけると二人が覗き込んできた。

 そこには、皆で記念撮影をしている風な写真が数枚。

「なんか皆同じ格好しているな。しかもたくさん居るし」

 文句を言いつつ、その中から赤い着物の玲菜の姿を見つけるとレオは釘付けになった。

 ショーンも見つけて、懐かしさと親ばかな心が入り混じる。

(やっぱり、可愛かったなぁ〜〜)

 まさかもう一度見られると思っていなかったので妙な感激がある。

 

 

 それからレオは、すっかり気に入ったらしく、玲菜の携帯電話をずっと持っていた。

 軽く説明しても、電話やその他機能のことは理解しなかったが、カメラ機能だけは興味を持って熱心に説明を聞く。

 やがて、カメラと写真のことだけは理解して、写真を撮る方法と見る方法を覚える。

 車の中でも占有してたまに写真を撮っては自分で確認して喜んでいた。

 そしてついにはずっといじっているので「依存症になる」とショーンに叱られるほどであった。

 

 その日は、携帯電話の写真機能ばかりで遊んで時間が経ち、日が暮れると町で宿に泊まる。

 玲菜は勝手にレオが撮った自分の寝顔などを消去してから眠りに就き。まさか彼がこんなにハマってしまうとは、と携帯の凄さを痛感した。

 

 

 

 次の日は、充電が切れたと言ってなるべく触らせなく、しかも砂漠を車で走ったので圧倒的に揺れて車酔いに苦しんだ。

 

 その次の日も同じく。玲菜は砂丘の多い場所が怖くて運転できないのでショーンとレオの交代で砂漠を突っ切り、昼に立ち寄った枯れたオアシスには集落は無く、偶然に遺跡商人が居た為に彼らから水と食料を買う。

 幸い砂嵐にはほとんど遭遇しなくて済んで順調に進み、移動していく内に地面は荒地に変わる。しかしあまり人が住んでなさそうな土地はしばらく経つと小さな林も点々と現れ出す。

「ここは開発が進んでいないけど、いずれは掘ると良さそうだな」

 景色を見ながらショーンは言う。

「こんだけ林がちょこちょこあるってことは地下に水がありそうだし。廃墟もたまにあるだろ? 人が住んでた証拠なんだよ」

「でも廃墟ってことは人が住まなくなったんだよね? 住みにくいってことじゃないの?」

 玲菜が訊くとショーンは「うーん」と考えて予想を出した。

「多分、自然災害か何かが起こったんだろ? 災害で人が居なくなるのは不思議じゃないし。ただ――かつて自然災害に強かった民族なのに、残念だな」

「そうだよね? 地震とか台風とか多かったのにね」

 二人は自分たちの住んでいた時代を思い出して笑い、もう二度と戻れぬ大昔のこの場所を懐かしんだ。

 

 

 

 ――そうしてついに、見たことのある景色が夕日に照らされて近付く。

 荒れ地だったのに、世界が変わったように緑が多くなる。きっとそれは近くに湖があるから、と予想できるが。以前は無かった畑なども現れた。

「この辺も地下に水があってさ」

 先ほどの会話の続きとばかりにショーンが説明した。

「二年前に領土を奪い返してから急速に開発してるんだよ。海湖では食える魚がいっぱい獲れるし、湖族と良好な関係を保っているから共同で発展している感じかな」

 

 なんと、近付くと二年前には無かった町が現れた。

「湖の南側は帝国領の町でバシル将軍が領主として治めている。湖を囲むように湖畔にあるのは湖族の集落。連中は、でかい町は造らないから。でも帝国との商売でそれなりに潤っているだろうし」

 説明しながらショーンは車を小さな林に入れて停める。

「ここは私有地。誰も入れない。レオさんの土地だ」

「へぇ?」

 車から降りて改めて見ると本当に小さな林で、まさに車を隠すのに打ってつけの場所。

 三人は荷物を持って車にカバーを掛けて林から出る。

 木々は目隠しになっているようだ。

 

 ここから帝国領の町とやらはそう離れていなく、簡単に歩いていける距離ではある。

 玲菜は人里に近すぎて逆に心配になった。

(こんなに近すぎて、いくら私有地だからって、何も無さそうな林だからって、車盗まれないかなぁ?)

 不安になっていると、レオが手を引っ張って自分の後ろに玲菜を移動させた。

「あんまウロチョロするなよ。俺の後ろを歩け。でないと、盗賊除けの罠が作動するから」

「罠!?

 ちゃんと対策があった。

(罠があったんだ)

 玲菜はキョロキョロしながらレオの後ろを歩き、やがて林を抜けると四人ほどの迎えがいてびっくりした。

 

「お待ちしておりました、陛下。長旅お疲れ様です」

 茶色いマントを被っていたが、玲菜には前に出てきたその人物が誰なのか分かった。

(フルドさん!)

 レオの側近で従騎士のフルド。騎士というか、身の回りの世話もしている侍従。後の三人は分からなかったが、恐らく彼らもレオの従者なのか。

「今は陛下じゃねーよ。っていうか、“陛下”には数時間しかなっていなかったけどな」

 レオは笑って言うが、彼らにとっては『陛下』に間違いなく。二年経っても呼び方を変える気は無いらしい。

 フルドは玲菜に気付くと、頭から被っていたマントを少し外して顔を見せた。茶色い髪で緑の瞳の彼は優しく微笑み、会釈をしてから、レオを誘導するように前に着く。他の人物らは横と後ろ。

 それよりも妙に大人びたフルドに、玲菜は少しドキリとした。

(え? イケメンになってない?)

 前はもっと少年らしさが残っていたというか、いかにも年下という感じがしたのに。

 そうだ、今は恐らくほとんど歳が近い。

(二年の歳月ってこわい)

 まず、何もなかった湖の南側にたった二年で町ができるというのも凄いし。そう思ってもう一度町を見ると、壁や建物を所々で今造っている様子。

 もちろん人はたくさん出歩いていて暮らしているようだが。

(あ、現在進行形で造っている町って感じ?)

 まだ小さく、これから大きな城下町に発展していくという雰囲気か。

 まさにこの辺りは開拓地ともいえる。

 地下に水という資源が見つかり、湖も緑もあり、元々気候は良い方であるので自然と人は集まってくる。

 

 玲菜は町をぼんやりと眺めながらいろんなことを思っていたが、誘導するフルドが町の入口をそれてわき道を歩いていくのが気になった。

「え? 町に入らないんですか?」

 それにはレオが答えた。

「本拠地に戻ってもいいけど、もう夕方だし、顔見せるのは明日にして今日は家に帰ろうかと思ってんだよ」

「家?」

「オヤジの家」

 

「え?」

 

 ショーンの家は都にあるはずで。

 驚く玲菜にショーンが教えてきた。

「新居だよ。昔の家に戻るまでの仮住まい的な。仮住まいっつっても、住み心地がいいからこっちでずっと暮らしてもいいけど」

「新居!?

「ああ。新居っていうか、玲菜にとってはあまり新居に感じないかもしれないな」

「え? どういうこと?」

 ショーンは意味ありげに笑う。

「着いてからのお楽しみかな」

「またそれなの?」

 玲菜は嘆いたが。内心は凄くワクワクしていた。

 新居があるなんて、思ってもいなかったから。

 本拠地という言葉で砦風な場所を想像して、その中のどこかの部屋で暮らすのかと思っていた。

 前のようにショーンとレオとウヅキと三人で暮らすのは、レオが次期皇帝に決まった時から諦めていた。

(もしかして、また三人と一匹で?)

 そう思うとウキウキする。

 

 だんだんと日が暮れて暗くなってきたが、玲菜の足取りは軽く弾んでいた。

 レオの従者たちは皆ランプを灯して足元を照らす。

 

 

 やがて、見えてきた湖族の集落は見たことのある村で。以前よりも少し大きくなっている様子。前は静かだったのに、今は夜でも人が出歩いて賑やかになっている。湖畔には集落が点々としているが、中でも一番大きい村なのだと分かる。

 なぜなら、以前来た時は族長の家があったから。それくらいは予想がつく。

 

「湖族の家はさ、前に来ただろ? その時に気付かなかったか?」

 ショーンは家々を眺めながら玲菜に訊ねた。

「え?」

 族長の家に泊まった時のことを思い出す玲菜。

(そういえば畳だったな)

 そうだ。昔の日本風というか、都の家とは違う。

「木造だし、靴脱いで家に入るだろ? 懐かしいよな」

 おまけに風呂もあった。

「うん、日本って感じ。日本っていうか、昔の? なんだろ、昭和風?」

「まぁ、昭和風かどうかは置いといて。俺はピンときたんだよ」

「何が?」

 玲菜が訊くと、ちょうどフルドが立ち止まって道を空ける。

 目の前にあったのは一軒の家で、木造住宅。

(これが新居?)

 もしかして、畳などがある日本風な家なのかと玲菜はドキドキした。

 答えるようにショーンが言う。

「靴を脱いで上がるんだよ」

「ホントに!?

 実は、驚くのはまだ早かった。

 

 通されて上がった室内の様子がどこか懐かしかったから。

 暗い家の電気を点けるショーン。

「部屋がどんな風か見てきていいぞ。多分、玲菜にとって暮らしやすいと思うんだ」

「え?」

 

 玲菜はすぐにいろんな部屋を見て回った。

(ちょっと待って、これって……)

 まず一階にあったのは一つの広い部屋と台所。それと個室のトイレと洗面所と風呂場。

 一通り見て二階も上がって。二階には三つの部屋があった。恐らく自分の部屋とレオの部屋とショーンの部屋。それは分かるが、造りがまるで……自分の部屋と父の書斎と両親の寝室を思わせる。

 都の家と違って部屋数が少ないが、自分にとってはちょうどいい感じ。

(この家の造りってもしかして)

 

 確信しながら階段を降りてショーンの許へ戻ると、ショーンはニコニコしている。

 驚く玲菜の顔を見て嬉しそうに言った。

 

「ここが新居だよ。埼玉の家風新居!」

 

 言われてみると確かに、埼玉の自宅とそっくりな間取りがそこにあった。


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