創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第十一話:夜這い再挑戦]

 

「さいたま?」

 横で話を聞いていたレオは、もう仲間外れ的な感覚は慣れて、どこかで聞いたような? と首を傾げた。

「なんだよ、そのサイタマって?」

 ショーンが家を『埼玉の家風』と言ったことに疑問を呈す。

「私たちが住んでいた町の名前だよ!」

「ああ、そうか」

 ふと、二年程前に聞いた記憶を甦らせた。

「サイの都のもとになった名前だっけ?」

 興味があったので憶えていた。

「そうそう! レオ、記憶力いいね!」

「だろ?」

 得意げな顔をした彼は慣れた風に、青いサンダルに履き替える。

「お前が昔決めたから。家の中では靴を履きかえるって。それ、この家でも守ってるんだよ」

 履き替えるというか厳密に言うと靴を脱ぐということだったが、靴下で過ごすのはさすがに汚れるために、ショーンの家では部屋用のサンダルを履いて過ごしていた。

「そうだったんだ」

 あのルールをずっと守ってくれていたなんて嬉しい。

 そういえばショーンも灰色のサンダルを履いていて、自分は靴下のままだったが玄関を見るとピンクのサンダルが置いてあった。

(あれ? もしかして)

 すかさずレオが言う。

「お前のサンダルも用意しといたから。俺が!」

 最後の言葉は異常に強調していた。

「ありがとう」

 玄関に戻り、履こうとすると近くに居たフルドが並べて置いてくれる。

「あ、ありがとうございます」

 玲菜がサンダルを履き終わるとフルド含む付き添いの四人はレオに「また明日迎えに上がる事」を伝えて、礼をして去っていった。

 

(玲菜にとって)新しい家で三人きりになって、改めて玲菜は説明をした。

「あのね、この家の造りが……造りっていうか間取りがね、私たちの家と同じなの。その、埼玉で住んでいた家とね」

 言われて「ああ、なるほど」と納得するレオ。

「こういう家に住んでいたのか。お前とオヤジ」

「うん。広さは違うし、家具も違うけど。似てる」

 今言った通り広さはさすがに違って、埼玉の家と比べると大分部屋が広くはある。

「そっか。じゃあ、オヤジはお前のためにこの間取りにしたんだなー、きっと」

「え?」

「ここにこの家建てる時さ、職人にオヤジがいろいろと注文つけてたから」

 言われて、ショーンの方を見る玲菜。

「そうなの?」

 てっきり、似ている間取りの家を新居に買ったのかと思った。

「ん? ああ、まぁそうだな」

 どことなく恥ずかしそうにショーンはソファに座る。

「都に帰れなくて、しばらくの間こっちで暮らすって決めた時に、新しく家を建てるなら住みやすい家がいいかなと思ってさ」

 それが“玲菜にとって”だというのはなんとなく分かる。

 玲菜は俯き、礼を言った。

「あ、ありがとう」

 

 するとそこに……

 

 帰ってくるのを待っていたとばかりに白い猫が姿を現した。

「あ!」

 三人が気付くと駆け寄るのはショーンの許で。甘い鳴き声を出して足にすり寄る。

「ウ……ウヅキ!」

 久しぶりにウヅキを見た玲菜は嬉しくなって声を掛ける。

「ウヅキ! ウヅキ! こっちおいで!」

 手を広げて自分の方へ呼び寄せようとしたが、ウヅキは玲菜を見るなり、知らない人を見たようにびっくりしてショーンの後ろに隠れた。

「ウヅキ……!」

 ショックだ。

 確かに、自分にとっては一週間ぶりくらいだが、ウヅキにとっては約二年ぶり。賢い猫ではあるけれども。

(さすがに、私のこと忘れちゃったかなぁ)

 玲菜が落ち込んでいると、レオはウヅキを抱っこして彼女の許へ連れて行った。

「ホラ。触らせてやる」

「ううっ」

 嘆きながらよく見ると、ウヅキはレオに抱っこされるのも嫌がっている様子。

 そのことに気付いて、レオは首を傾げた。

「なんかウヅキはさ、一週間くらい空けただけで嫌がるんだよな。少し経つとすぐに慣れるけど。オヤジのことだけだよ、幾ら日にちを空けても平気なの」

 ……確かに。

 玲菜が自分の記憶でも納得してショーンの方を見ると、ショーンは軽く笑ってから立ち上がって台所に向かった。

「なんかメシ作ろうか? 大したもんは作れねーけど。時間的にもう店は開いてないし。それとも外に食べにいくか?」

「オヤジの料理がいい!!

 即答したのはレオだ。

 玲菜も同じ気持ちで一緒に頷く。

 移動中や宿の食堂は、まずくはなかったが。やはりショーンの手料理には敵わない。

(だって、お父さんの手料理と同じだもん。凄く私の好みだよ)

 

「じゃあ、そこで二人で待ってろ。あんま具材ねーけど、あるものでテキトーなもん作ってやるから」

 ショーンがそう言うとレオは「ああ」と返事してすぐにソファに寝転がった。

「ウヅキ、ただいま」

 ウヅキを抱っこしたまま撫でようとしたらしいが、ウヅキはスルリと腕を抜けて台所に行ってしまう。

 行き場のなくなった手を今度は玲菜の方に向けてきた。

「……レイナ、おいで」

「なんで私がウヅキの代わりなの」

 なんとなくそんな気がしてその誘いには乗らない玲菜。

「か、代わりじゃねーよ。むしろ……お前に来てほしい」

 台所のショーンに聞こえない為かボソボソと小声で話したレオは、どうせ彼女は来てくれないと悟って腕を下ろす。

「腹減った」

 おまけに疲れていたので、夕食ができるまでに軽く眠ろうと目をつむった矢先に――重さを感じてパッと目を開けた。

「え!?

 自分の上に彼女が寝そべってきたから。しかも顔を胸にうずめていたから。

 思わぬ行動に動揺する。

「えぇ!?

 台所にショーンがいるのに。

 まさかの。

「酔ってんのか? お前」

「酔ってないよ!」

 そう言って上げた彼女の顔は真っ赤。

 珍しくも素直に甘えたことに対して恥ずかしがっているようで、たまらない。

「だって、レオが『来てほしい』って言うから」

 小さな声で言い訳をする様もたまらない。

「ああ」

 レオは彼女の髪を触り、頭と肩に手を添えた。

 

 やばい。幸せすぎる。

 

 一方、玲菜は自分の耳元に聞こえる彼の心臓の音と体温に心地良さを感じて目をつむる。髪や肩に触れてくる手も心地好い。

(温かい)

 恥ずかしさやためらいもあったが、勇気を出して良かった。

 疲れもあったのでこのまま眠れたら最高に幸せな気がする。

 

「レオ……気持ちいい」

 

 つい、言ってしまった。

 自分の頭を撫でる手があまりにも気持ちが好かったから。

 ただ、なんとなく言葉が恥ずかしかったというか。

 向こうもそれを感じたらしく、鼓動が明らかに速くなった。

(レオ、もしかしてドキドキしている?)

 気付いた途端に自分まで鼓動が速くなった。

(ちょっ、ちょっと待って)

 先ほどまで心地良く暖かかったのに段々と熱くなる。

 

 突然、髪を撫でていたレオの手は止まり、肩と腋を掴んで体を引き上げてきた。ちょうど自分の顔の上に玲菜の顔が来るように。

 びっくりして目を開けた玲菜が見たのは、彼のまっすぐな瞳で。

 そらせるわけがない。

 

 お互い、何も言わずに口づけを交わす。

 

 ああ、多分。キスをする瞬間が最高に幸せだと改めて気づく。

 今までに何度もしたのに、これはずっと変わらない。

 今だって何度もしているのにもっとしたい。

 

 しかし、気持ちのままに続けたら止まらなくなるので自我を抑える。

 玲菜は静かに唇を離したが、高揚を抑え切れなくて彼の肩に顔をうずめた。

(どうしよう。なんかもっと……したいっていうか、ずっとこのままでいたい)

 移動中の一週間、ずっと一緒に居た。

 本来はそれだけで贅沢なのに。

 いや、ずっと傍に居ながらほとんど何もできなかったのは逆に辛い。

 そうだ。なんていうか……

 

 欲求をずっと抑えていたような。

 

「レオ……」

 玲菜は気持ちが抑えられなくてうっかり言葉に出してしまった。

 

「今日一緒に寝たかったよ」

 

 

「あああああ!」

 彼が反応する前に玲菜は上体を起こしてレオから降りた。

「違うの!」

 

 一方、唖然とするのはレオで。

「え?」

 耳を疑うように今の言葉を訊き返す。

「今何て?」

「違うの、違うの!」

 慌てて玲菜は弁解した。

「つい本音……じゃなくて、あの、だから」

 赤面は不可避。

「今日、龍宮の緑城に泊まるんだと思っていてね。もしかしたら私はレオと同じ部屋なのかな? って勝手に想像してて」

 

「え? お前、それって……」

「忘れて忘れて!! お願い!」

 両手で顔を覆う玲菜に戸惑うレオ。

「つまり俺と?」

「忘れてーーー!!

 

 あまりにも大声で叫ぶので驚いて顔を出したのはショーンだ。

「どうしたんだ? お前ら」

 それが余計に玲菜を混乱させる。

「わぁあああ! なんでもないの!」

 軽くパニックに陥っている自分の娘を心配しつつ、ショーンはまた台所に戻った。

「もうすぐ出来るから。待ってろよ」

 

 ショーンが居なくなってから、玲菜は床に座り込んで俯いた。

 涙目だし、恥ずかしくて顔を上げられない。

「レイナ」

 レオが声を掛けても首を振ってギュッと目をつむる。

 蚊の鳴くような声で言葉を捻り出した。

「忘れて、ください」

 

「お前なぁ」

 レオはソファを降りて台所のドアを確認してから玲菜の隣に腰を下ろす。気恥ずかしそうにそっぽを向いてボソッと告げた。

「お前のそういう態度、逆にっつーか、俺を誘ってるとしか思えないんだけど」

「な、なんで!」

「だって。『俺と一緒に寝たい』って言っときながら『忘れて』なんてさ、俺の性質を理解してわざと言っているとしか思えねぇ」

「え? 性質?」

「駄目と言われたらやりたくなる性質」

 そんな子供染みた癖を堂々と言われても。

「え! でも。お願い、忘れて」

 困る玲菜に首を振るレオ。

「だから言ってんだろ? 逆に忘れられねーよ。もう俺の頭の中は、夜中にお前の部屋に行くことしか考えられねぇ」

「駄目だって!」

 止めた後に玲菜は考え直す。

(あ、駄目って言ったらいけないのか。逆のことを言わないと)

「いいよ」

 安易過ぎる判断だった。

「今夜、私の部屋に来てもいいよ」

 別に彼は天の邪鬼ではない。

「え?」

 すべてに対して反対のことを言えば良いなんて単純なはずはなく。

「いいのか?」

 或いはまさか罠だったのか。

「本気で行くぞ?」

 いや、まさか。

 呆然とする玲菜にレオは迫ってくる。

 それはもう凄い気迫で。

「部屋の鍵開けとけよ」

「だっ……」

 駄目と言えばいいのか、良いと言えばいいのか。

 分からずに玲菜は固まる。

 それに、気持ちとしては駄目ではない。

(こんなシチュ、前にもあった)

 冗談なのか本気なのか、自分でも分からないで彼の夜這い宣言を承諾した。

 あの時は後に大変な事が起きたが。

 今回はどうだろうか。

(いや、駄目だって!)

 前は地下の部屋で、ショーンの部屋は二階だったので離れていた。しかし、今は同じ階。

(どう考えてもバレる!!

 いくら仲を認められていようとも、最近は父認識をしてきているので本当に気まずい。

(ダメダメ、夜這いなんて駄目)

 玲菜は意を決して断ろうとしたがレオが先に言ってくる。

「駄目なら、部屋の鍵掛けとけばいいから。そしたら大人しく引き下がるよ」

「ええっ!」

 最終判断は玲菜任せか。

「でも……」

 曖昧な返事をする玲菜に、レオはそっぽを向きながら宣言する。

「俺だってお前と同じ気持ちだったんだよ!」

 声が大きい。

「移動中の一週間、ずっと我慢してきたんだから、その気持ちは大いにある」

「レ、レオ!」

 名前を呼ばれて少し声を抑えた。

「一緒に居る分、何もできなくて逆につらい」

 確かに玲菜の想いと同じことを言っている。

 レオは立てている膝に顔をうずめた。

「再会したら、毎晩一緒に過ごせると思っていたから、俺は」

 そうだ。二年後に結婚しようと約束していた。

「もちろん、近くに居るだけでこの上なく幸せだけどな」

 彼にとっては二年も待ってようやく会えた。我慢していたという面では、玲菜よりも気持ちが強い。

「でもやっぱり、今夜行く」

 少し顔を上げてきっぱりと言い放った。

「お前が無理なら別にいいから」

 

 ちょうどその時、タイミング好く「夕食ができた」との呼び声が聞こえた。

 玲菜は急いで返事をして、料理をテーブルに並べる手伝いをしにいく。

 レオも立ち上がって台所へ向かい、面倒ながらも手伝いをする。

 そして、三人で久しぶりの自宅での夕食をとり。ショーンによる美味しい料理で移動の旅の疲れを癒す。

 

 余り物で作ったと言っても。こんがり焼けたソーセージや分厚いベーコンに、炒めたホウレンソウに似た葉菜を添えた主菜と、パスタ風の麺に味がミートソースに似ている緑のタレをかけた主食は間違いなく美味しく。レオは新記録の如くありえない速さで料理を平らげた。

 

(なんか、懐かしい)

 家は違えども一家団欒風な夕食は久しぶりだと感じる玲菜。原因はレオがずっと城から帰ってこなかったからであり。

(でも、それは私だけの感覚なんだ。もうあれから二年経ってるから、ショーンとレオはこの家で食事してたのかな)

 この家でかどうかは分からないが、少なくとも二年間はきっとレオがサイ城に行くということは無かったはず。

 乗っ取られた訳であるから。

 

 もし乗っ取られていなかったら今、どうなっていただろうか。

(レオは皇帝で、二年経ってて……ショーンは?)

 ショーンは乗っ取られる直前に捕まって牢獄に入れられたらしいので、まさか襲撃が無かったら今頃は獄中生活かそれとも……

(今の無し!)

 想像して身震いする玲菜。

(違うよ、レオはきっと密かにショーンを逃がすとかしていたよ)

 ただ、たとえそうだとしてもどんな生活をしていたことか。

 

(やめよう!)

 玲菜は、“もしも”の話で嫌な想像をするのはやめることにした。

 あの時こうだったら、なんて考えても仕方ない。

 過去は変えられないし、今ある現実を生きていくしか無い。

(私はここで、レオやショーンと一緒に暮らしていくんだ)

 この先どうなるかなんて分からないが、それなりに幸せに過ごせたら十分だ。

(そうだよ。思っていた二年後と違うけど、私はこっちの方が幸せっていうか。レオと一緒にいられるだけで嬉しいよ。ずっと一緒に……)

 

「あ!」

 

 今思った言葉で彼のセリフを思い出した。

『一緒に居る分、何もできなくて逆につらい』との事。

 そして同時に忘れかけていた今夜の事も。

 名付けて夜這い再挑戦。

(わぁああ! 名付けなくていいよ、私)

 そもそも発端は自分のセリフであって。それなのに受け入れるか受け入れないか選択しなければならない。

 

 正直、自分の気持ちとしては受け入れてもいい。むしろ受け入れたい。

 だが実際は前回よりも困難というか、ショーンにバレる可能性が高い。それはまずい。

 そんな危険な橋を渡らなくても今日は我慢して、他の日にその……一緒に寝るチャンスがあるかもしれない。

(そうだよ。今日は我慢すればいいじゃん。一週間我慢できたんだから、まだできるよ)

 しかもわざわざ旅疲れのある日に行うなんて、どんだけ元気だ。

 ただ、旅疲れがある日だからこそ、ショーンが起きない可能性も高い。

(ショーンは疲れて爆睡すると朝まで起きないんだよね)

 父もそうだった。

(って、お父さんと同じなのは当たり前だしっ!)

 

 玲菜は悩みながら食器の片づけをして皿洗いを引き受ける。流し台や調理台の説明はショーンに教わり、終わったら風呂場の説明も受けて入浴を楽しんだ。

 風呂は都の家とは違い、掛け流しではないが蛇口からは唯一お湯が出る。熱さの調節が出来ないのは同じで、洗面所の蛇口から水を足して丁度良い温度にする。それと、風呂場の掃除は交代制。もちろんレオの当番の日もあるが、レオはどうやら従者にやらせているらしくそこは呆れてしまう。

 

 

 ともあれ、玲菜の分のタオルや歯ブラシ等もすでに用意されていて、もちろん鍵も有る為に玲菜はゆっくりと湯に浸かることができた。

「あ〜〜〜やっぱお風呂最高!」

 移動中の宿ではシャワー程度かもしくは無い所もあったので湯船に浸かれるのは本当に嬉しい。

 自分専用の石鹸等は後で買い揃えるとして。

(パジャマも買わなきゃ。可愛いやつ。あとこっちでの化粧品も)

 都の家に置いてきてしまった物も買い直さないといけない。

(あ!)

 大事な物も忘れていた。

(お金も無い)

 せっかくけっこう貯めていたのに。何てことだ。

(またショーンに借りなきゃ)

 それとどこかで働かなくては。

(やることいっぱいある)

 明日は本拠地の龍宮の緑城に行くらしいが、時間があったら掃除もしたいし。

(っていうか、もう龍宮の緑城じゃないんだよね。バシル将軍のお城だって聞いた)

 新しい名前は何というのか忘れてしまった。

(今日はもう疲れたな〜。お風呂から出たらすぐに寝よう)

 ふと、そんなことを思いながらゆったりと浸かる玲菜だったが。

(あ! 違う! 今日は……)

 夜這い再挑戦の日。

 

(どうしよう、どうしよう、どうしよう)

 玲菜は部屋の鍵を開けておくか閉めておくか悩みに悩んで長湯をしてしまった。

 

 

 おかげで少しのぼせながら出て寝間着に着替える。寝間着というのは今、仮に使っている物で、ボタンの付いた地味なシャツとズボン。

(どうしよう、可愛くない)

 部屋で別の服に着替えようか。

(下着も別のがいいかも)

 こちらも後で勝負下着に替えようか。

 いや、その前に。

(私、鍵を開けとく準備万端じゃない?)

 開けないつもりなら着替える必要はない。

 自分で気付いて急に緊張してきた。

(ホントに? ホントにバレない? バレるのが怖いんだったら鍵閉めておけばいいんだよね?)

 でも多分開けておく予感。

(え? ホントに? 声を出さなかったとしても音とか聞こえるよね? どうしよう)

 こんなに悩むなら我慢すればいいはずなのに、もう気分が少しそうなってしまったので今更我慢するのは酷だ。

(……酷っていうか、我慢できるけど。でもやっぱりレオと抱き合って寝たい)

 きっと抱き合って眠ることはできない。朝のことを考えると、レオには部屋に戻ってもらわないと。

 よく考えたら恥ずかしくなった。

(あ、そっか。抱き合って眠ることはできないんだ。ってことはソレだけってことで)

 なんてことだ。

 自分が物凄くはしたない人間に思える。

(私、もしかしてエロ女? 終わったら帰ってもらうって、なんかもうアレじゃない?)

 自己嫌悪に陥った玲菜はしばらく落ち込んでいたが、着替え終わっていつまでも洗面所に居てもしょうがないので出て行った。

 

 髪を拭きながら二階の自分の部屋に戻り、明かりを点けてベッドに腰掛ける。

 新しい自分の部屋は玲菜に配慮したようなピンクの布団のベッドと、あと古い鏡とタンスだけが置いてあった。それに、小さな両開き窓と後から付けたような赤いカーテン。

 埼玉の家と間取りが同じといえども、さすがに現代風の壁や床ではないので自分の部屋という認識はまだしない。

 玲菜は持ってきた荷物の鞄の中から服を出してタンスに入れ始めた。

 入れながら、可愛くて寝間着にできそうな服を探して着替える。ズボンは替えずにボタンのシャツだけは花柄の少し可愛めな服にした。

(下着はいいかな)

 最初は下着も替えようかと思ったが、さすがに気合いを入れ過ぎな気がしてやめておいた。

(大丈夫だよね、下着は。よく見るとまぁまぁ可愛いし)

 

 さて。

 後は待つだけか。

 玲菜は緊張しながら時間が経つのをじっと待った。

 

 

 

 やがて……

 ショーンも寝たと思われる深夜。

 

 結局鍵を掛けなかった玲菜の部屋のドアが開く。

 横になっていたが、眠らずに待っていた玲菜が起き上がると、静かにゆっくりと人が入ってきた。

 それはもちろんレオであり。

 足音を消す為かサンダルも履かない念入り様。

 忍び足で玲菜に近付き、無言でベッドに入ると、上体を起こしている彼女を押し倒しながら布団を頭から被った。

 布団の中でも耳元で囁く。

「良かった。鍵が開いていて」

 玲菜もまた、彼の首に腕を回して耳元で返事した。

「うん。だって、来てほしかったから」

 不思議と照れずに本音が言えた。

 

「レイナ」

 彼はすぐに髪にキスをして、唇にも優しく触れてきた。

 なんていうかそれだけでもう声が出そうでこわい。

 彼の唇が首筋に触れる時も、口と目をキュッと閉じる。普段そこまでずっと声を上げているというわけではないが、出してはいけないとなると必要以上に気を付けてしまう。

 無意識に口を押さえる玲菜の手を優しく掴むレオ。

「キスできないから」

 そっと口から離させて唇を重ねる。

 

 そのキスがあまりにも甘くてつい声を漏らしそうになる玲菜。

(だめだ……)

 危うく何も考えられなくなりそうで気を引き締める。

 緊張と興奮で心臓が高鳴りすぎてどうにかなりそうだ。

 髪にキスをされるのも首筋に唇を伝わせられるのも高揚しすぎて我慢できない。おまけに口を押さえるとすぐに手を外される。

 玲菜は自分が声を出さないために、彼の背中に腕を回して首筋に口を触れさせる。……いや、触れさせるというか、つい魔が差してキスマークを付けるようにしてしまった。

「あぁあっ!」

 思わず声を漏らしたのはレオだ。

 出した瞬間に口を押さえて顔を真っ赤にする。行為を中断して止まってしまった。

 

「ご、ごめん」

 思わぬ良い反応が見られて、玲菜は謝ると同時に笑いがこみ上げた。声を出さずに肩を震わせているとレオが耳元で言い訳をしてくる。

「突然だったから。意表を突かれたっていうか」

 笑いを堪える玲菜にムスッとしながら顔を近づけた。

「我慢しないで声に出していいんだぞ」

「駄目だよ。ショーンに聞こえる」

 玲菜が声に出さずに笑っていたのも束の間。反撃というかなんというか。

 レオは急に服の中に手を入れて腋や胸を触ってきた。

「レッ……」

 大きな声で彼を注意しそうになって口を押さえる玲菜。くすぐったいし、尚も触り続けているので必死の抵抗で頭を叩いた。

「待って」

 小声の持てる最大の声で降参する。

「ごめんってば!」

 彼はやめる気配も無く、むしろくすぐる気満々で腰などにも触れる。

「我慢しないで声に出していいんだぞ」

「やっ……!」

 割と本気で玲菜が防御をし始めると相手も結構本気で『声を出させよう』としてきて、いつの間にか謎の攻防戦になる二人。

 

 ――多分、それがいけなかった。

 

 声はほとんど出していなかったつもりだが、物音やベッドの軋む音があった。

 軋むというか、中で暴れていたので動くというか。

 それとたまに堪えるようなうめき声。

 実際には笑いを堪えていたのに、我慢する喘ぎ声にも聞こえる。

 おまけに布団を被っていたので、汗びっしょりになってレオはシャツを脱いで床に置いた。玲菜も同じく。いや、玲菜の場合はレオが脱がせてきて上半身が下着姿になっていたのだが。

 

 とにかく、二人は自分たちの戯れに夢中で。

 まさかこんな時間にショーンが起きているなんて知らなかったし、彼が外で煙草を吸おうと自分の部屋を出るとは夢にも思わなかった。

 

 

 廊下に出たショーンは、娘の部屋から何やら僅かな明かりが出ていることに気付く。それに、微かに物音も。

 深夜に一体何をしているのか? いつもなら気にならないのに、なぜかその時は気になった。

 つい、親心的な心配で声を掛ける。

「玲菜? 起きているのか?」

 

 

 その、廊下から聞こえたショーンの声で。

 止まって固まる二人。

 ちょうど攻防戦を終えてまた甘い雰囲気に戻るところだった。まだ、そこの行為には至っていなかったが、そんなことは関係ない。

 返事をすべきか寝ているフリをすべきか。

 寝たふりをすればきっとショーンは去っていくだろう。

 玲菜の頭にはその考えが過って後者を選んだ。

 

 確かに、返事のない様子でショーンは「寝ているのか」と解釈。そのまま階段を降りようかと思ったのだが。つい、余計な親切心というか。明かりを点けっ放しで寝ているなら消しといてあげようと、ドアノブに手を掛ける。

 本来、鍵が閉まっていたらそこで終わるのに。夜這いのために開けておいた鍵は最悪な結果をもたらす。

 

 無残にもドアは静かに開かれて、そこで見た光景に父は年甲斐もなく叫び声を上げた。


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