創作した小説が世界の神話になっていた頃
[第二部・第十二話:結婚挨拶]
久しぶりに新居の自宅に帰ってきて、ショーンは珍しくも寝付けなかった。
『おじさん』だった頃なら絶対にしないのに。つい、埼玉の家の気分で娘の部屋を開けた。
以前にそれで、起きていた娘と目があって物凄く怒られたことがあったが、遠い記憶な為に忘れていた。
もしも明かりを点けっ放しで寝ているなら消しといてあげよう。そのくらいの気持ちだった。
まず初めに見えたのは不自然に盛り上がった布団。それが一体どういう状況なのか、察するまでさほど時間はかからなかった。
移動中に三人一緒の部屋で寝た日の夜にそういうことがあったから。
あの時は寝たフリをして。ただ、そういう行為はせずにレオが自分のベッドに戻ったようだったのでホッとした。
まさか、自宅に戻って初日に夜這いじみた行動をするとは思わなかった。
二人は婚約中だと仲を認めているが現場だけは絶対に見たくない。
察して静かにドアを閉めることもできずに、つい声を上げてしまった。
―――――
ショーンにバレた……いや、見られたことがショックで放心状態になった二人が行為を中止して。
急いで服を着用して整えて。言い訳をする現在に至る。
玲菜の部屋で、ショーンは椅子に、二人はベッドに腰掛けてかしこまる。気まずい雰囲気が長い間続いた。
ショーンは外で吸おうと思っていた煙草を出す。動揺してマッチを数本折ってからようやく火を点けて一服できた。
おかげで少し落ち着いたのか、口を開いた。
「悪かった。……玲菜が寝ていると思ったから、明かりを消そうと思って。年頃の娘の部屋に入るなんて、言語道断だったな」
「ゴンゴ?」
レオは通じずに、玲菜は首を振る。
「ち、違うの」
“父”に見られたことが余りにもショックで、恥ずかしくて死にそうだ。
「違うんだよ。まだ、その……」
言いながら、『言い訳無用』という言葉が頭を過る。まだ、そこまで至っていなかったからなんだ。ただ少し手前だっただけで、寸差の違いとも言える。それに、そういう関係ではない訳ではないし。
チラリと横を見ると、レオも汗を掻いてかなり動揺している様子。
普段は物怖じしなそうな彼だが、ショーンに対してだけは本当に弱い。
しかし、彼は玲菜を庇うように言った。
「俺が無理矢理誘ったわけだから。節度が無いのは分かってる」
「え? レオ?」
玲菜が否定する前にショーンに告げた。
「でもそれは、レイナへの想いが強すぎて。もちろん軽い気持ちじゃないし」
「俺は別に、攻めるつもりは……」
そうは言っても複雑な顔をするのは、やはり父親としての気持ちか。
レオは、ここで宣言しておこうと覚悟を決めた。
「オヤジには、ちゃんと言ってなかったよな? やっぱり、正式に挨拶しないと。俺たちは……」
「分かってるよ!」
ショーンは玲菜の左手薬指を見る。
「婚約のことは分かっている」
小さな宝石の付いた銀色の婚約指輪が光る。
「十二年前に、玲菜に言われたんだ。『結婚を考えている人がいる』と。その時から分かっていたし。二年前にも、求婚された話は聞いた」
「オヤジ!!」
ビクッとするような声でレオは呼ぶ。
「いいから、逃げないで聞いてくれよ」
“逃げる”と言われて、ショーンはギクリとした。
なんでも『分かっているから』と、自分は逃げていたのかもしれない。
“娘の彼氏”から、正式に申し込まれるのを。
レオは一度軽く深呼吸してから真面目な顔で言った。
「前にも言ったけど、レイナのことは本気なんだ。だから、結婚したい」
こんな時に、まさかの。
「オヤジ……じゃない、お、お義父さん。俺たちの結婚を許してくれ。……ください」
あまりにもセリフが決まらなくてショーンは頭を押えた。
玲菜も同じく。彼の申し込みにまさか、二回も言い直しが入るなんて。
「お決まりの『娘さんを僕にください』よりはいいか」
ボソッと呟くとショーンは苦笑いして意地悪な顔をした。
「やだ」
「え?」
「結婚前に手を出す野郎なんかに娘をやれるか」
一瞬、本気の目をして言ったので、放心するレオと玲菜。
だが、すぐにいつもの様子に戻ってショーンは笑った。
「なーんてな!」
いや、笑えない。
「冗談だよ」
ショーンはそう言うが、二人は震えて顔が上げられなくなった。特にレオなんて若干涙目になっている様子。
そんな彼に父は声を掛ける。
「おい、レオ!」
「は、はい!」
なんと! あのレオが「はい」と返事をするとは。何かの病気でなければいいが。
心配する玲菜を余所に、ショーンは続ける。
「もし俺が『駄目』だと言ったら、お前は玲菜との結婚を諦めるのか?」
「諦めねーよ!!」
レオの即答に、口元を緩めるショーン。
「なら、いいよ。絶対泣かすなよ」
「それって、許すってことか?」
レオが眉をひそめると、煙草の火を消して答える。
「挨拶はいいから、自分たちで決めろってことだよ。それに俺はもう二年前に、お前のことは認めているって言ったし」
「え?」
いつだか分からなくて首を傾げるレオに、ショーンはまた意地悪な顔をして注意した。
「幸せにしろよ?」
「ああ! ああ、分かってる」
「あと、俺の居る時に夜這いはするな。頼むから」
なまじ、その前のセリフが良かった為に痛恨の一撃。しかも、やはり今夜のことに関して快くは思っていない。当たり前だが。
「わ、悪かったよ」
謝るレオを見て、玲菜は自分の方が誘ったのだと打ち明けようとした。
「違うの、ショーン。本当は私の方が…」
しかし遮るようにレオが喋る。
「オヤジの気持ちは分かるよ。気を付ける」
「ああ」
ショーンは返事をして付け足した。
「それと、お義父さんって呼ばなくていいから。元々お前のオヤジだろ?」
「うん。違和感あった」
なんとなく、雰囲気は和やかになり。「さて」とショーンは立ち上がった。
「俺はもう寝るから。お前らも寝ろよ」
時計を見ると三時を差している。
顔を見合わす二人に信じられないセリフを告げた。
「一緒に寝たいなら一緒に寝てもいいから」
「え! いいのか!?」
驚いて訊き返すレオにニッと笑った。
「いいぞ。でも、分かっているな? さっきのこと。俺はお前を信用しているぞ」
多分それは『一緒に寝るのはいいが変なことはするな』的な意味を含んでいて。信用という言葉の裏にかなりの圧力を感じる。
「ああ……」
出ていくショーンに力の無い返事をしたレオは、どうするべきか悩む。
お言葉に甘えて一緒に寝るか。しかし我慢しなくてはならないのは暗黙の了解。
それとも諦めるか。
もしくは、駄目と言われたわけではないのでこっそりと……
(ああああ)
しかしそれだと約束を破るみたいな罪の意識が生じる。
(これって、もしかしてオヤジの計算?)
一方、玲菜もボーッとしてレオの方を見る。
先ほど気になったことを訊いてみた。
「ね、どうしてレオは自分から誘ったって言ったの? ホントは私なのに。もしかして、私を庇って?」
「んー?」
レオは照れながら答えた。
「そりゃまぁ、庇ったけどさ。お前だけじゃなくて。なんつーの? オヤジだって聞きたくないだろ。自分の娘の口から『誘う』とかさ。それに、俺自身にその気持ちが大いにあったわけだし」
「レオ!」
まさかこのレオさんが玲菜だけでなくショーンに対しても配慮していたなんて。申し訳なくも驚いた玲菜は彼の腕を掴んだ。
「ありがとう」
更に頬をくっつける。
「なんか、嬉しかった。庇ってくれたのもそうだけど、私とのこと、本気だって言ってくれて。ショーンに、あんな風に結婚のこと言ってくれるなんて」
セリフはともかく、見直した。というか、惚れ直した。
自分の腕に頬を付けて目を閉じる彼女の仕草に、耐えられなくなるレオ。
(娘は無意識に誘ってくるし、父親は見えない重圧をかけるし、親子で俺のこと嵌めてんだろ?)
しかし、我慢できない。
レオは欲望に負けて、玲菜を無言で抱きしめる。
「レ、レオ?」
彼女は驚きの声を上げたが、抑えられなくてそのまま後ろのベッドに押し倒した。
本当は先ほどの続きといきたかった。けれど、ショーンの言葉が思い浮かんで本能を止める。
「レオ……」
玲菜の困惑する声が聞こえる。
なんとか堪えて静かに訊ねた。
「い、一緒に寝るか?」
もし彼女が「続きをしたい」なんて言えば絶対に暴走するが。
彼女は「うん」と返事してニコッと笑っただけだったので暴走は免れた。
本当に嬉しそうな笑顔だったから。
きっと彼女は自分と『寝る』ことだけを楽しみにしている。
それに、ショーンのことは裏切れない。
「やっぱ罠だ」
レオはボソッと呟くと渋々と掛布団を上げた。
「え? わな?」
玲菜が訊ねたが答えずに布団の中へ誘導する。自分も入り、上から掛けると横になって向き合う。
しばらく見つめ合うと玲菜が微笑んだ。
「びっくりした」
しかも物凄く嬉しそうに。
「まさかショーンが、一緒に寝てもいいって言うなんて」
「そうだな」
なぜかふて腐れるレオに疑問を持つ。
「なんか、あんまり嬉しくない?」
「いや、嬉しいけど」
「けど?」
嬉しいけど、物足りないなんて言えない。
「いや、嬉しい」
レオは言い直した。
「うん。幸せ」
そう、眼を閉じる彼女の髪を撫でながら頷く。
「そうだな。俺もだ」
こんな風に二人で寝るのは幸せな時間ではある。
ただ。
(ある意味拷問だろ、これ)
一緒に居て何もできない辛さ。いや、何もしないで眠るのは慣れているが、先ほどそういう雰囲気だったので今回ばかりは生殺しに近い。
(でも、こんなに我慢している気分なのはどうせ俺だけなんだろうな)
彼女はきっと自分ほどではない。このまま幸せな気分で眠りに就くのだろう。
――と、レオは思っていたが。
実は玲菜も妙な気分に悩んでいた。
(あれ? おかしいな。いつもはこうして二人で眠るのが物凄く幸せなのに)
そうだ。何もしなくても至福な気分になれる。
なのに。
(なんか、もっと……)
物足りなさを感じた途端に心の中で焦る。
(ちょっと、待って。やだ私)
玲菜だって、欲求が無いわけではない。
(私、レオと……?)
気付いた途端に体が熱くなるし彼の服を掴んでしまう。
先ほどの続きをしたいなんて恥ずかしくて死んでも言えない。
(っていうか、駄目だよね? ショーンがレオに言っていたのは要するに『駄目』ってことでしょ?)
眠ることだけはOKだと、そう解釈した。
現に彼だって何もしてこない。
(そうだよ。レオは平気なんだ。私だけ)
もしも彼が強引に来たら拒まずに身を委ねる自信はある。
(でも、レオはそこまでの気分じゃないんだ)
普段は割と強引な為に、今はそうでもない気分だと判断する。
(は、恥ずかしい)
自分だけ欲求があるなんて。
恥ずかしくなった玲菜はなんとか眠ろうと試みたが妙にドキドキして中々寝付けない。
それでも寝ようとした矢先に、服を掴んでいた手を握られて思わず彼の名を呼んでしまった。
「レオ」
何を伝えたいのか自分で分からない。
「ん?」
訊き返されたが言葉が出ない。
(なんで呼んだの? 私)
「な、なんでもない」
沈黙が流れて、あまりにも辛くなった玲菜は、自分の秘めた想いを呟く。
「キス……だけ、でも、したい……」
まず相手に聞こえたかどうか分からない。
もしかしたら寝てしまったかも。
俯いていた玲菜が恐る恐る目を開けて顔を上げると、見えたのは――
真っ赤な顔でこちらを直視しているレオ。
次の瞬間には唇を重ねてきて、玲菜はまた目をつむった。
二人はそれから何度もキスをして抱き合った。
キスをし過ぎたら欲求が解放されるかと思ったが、不思議と落ち着いて満たされる。
そうして眠りに就き。
夜が明けた次の日。
まんまと寝不足で二人は朝を迎える。
寝不足はショーンも同じく。
おかげで三人とも遅くに起きて、朝早くから外で待っていたレオの従者たちに悪い気がしたので急いで支度をする。
本日出向く先は本拠地・元龍宮の緑城である緑龍城。バシル将軍の城らしく、別名バシリスク城ともいう。
支度が終わると三人は外に出て、フルド含む四人の付き人と共に城へ向かって歩く。少し歩くと馬車が待っていて、その馬車に乗り込んで湖の畔の道を移動する。
やがて、湖上の城の後ろ側が見える所まで来ると、馬車を降りて今度は丈の高い草がたくさん生えている細い道を歩かされる。
恐らく隠し道的なものであり。草の陰で周りからは見えない。
ようやく道を抜けた先に小さな船着場があり。そこからあまり大きくはないが妙に頑丈そうな渡し船に乗って城の裏口らしき場所にたどり着いた。
更にそこには一人の出迎えが居て、皆を誘導する。計五人の護衛もそうだが、明らかに秘密の来客風な自分たちに玲菜はハラハラした。
(なんか、凄い体制。“お忍び”的な? 皇帝だとしても密かに入るって場合があると思うけど。そうじゃないよね? 反乱軍だから?)
そうだ。最初にも思ったが、バシル将軍はシリウス直属の部下であり、城を反乱軍の本拠地に提供していたら完全に謀反者となる。
(ってことは、秘密裏にレオと繋がってるってことかな?)
玲菜の予想は大正解らしく、暗い地下通路を歩いている時にショーンがコソッと教えてきた。
「バシル将軍は、レオの事情を知って今、協力してくれている。彼は見た目通り忠実だから。ただ、バレると面倒だから表向きはシリウスの部下で、裏ではこうしてここを本拠地として提供してくれているってわけだ」
「そうなんだ」
帝国一の猛将軍が味方に付いているのは心強い。
良かったと思う玲菜に、ショーンは驚くことを言ってきた。
「ま、彼がレオの味方になったのは、奥方の意向でもあるけどな」
「ふ〜ん」
最初普通に返してしまったが、気になる言葉があった。
「え? 奥方? 奥方って、奥さん?」
「そうだよ」
「えええ!? 独身だったよね? 結婚したの!?」
あまりにびっくりして大声を出す玲菜に「静かに」と注意するショーン。
「ああ。そうか、知らなかったか。二年前、お前が行ってすぐに」
まさか、堅物そうな筋肉将軍にそんな相手が居たなんて。
(ええ! 誰だろう? 親の決めた婚約者がいたとか? アヤメさん、ショックだろうな〜〜)
バシル将軍と聞くと彼の大ファンであったアヤメを思い出して、玲菜までショックを受けた。
横で話を聞いていたレオが加わる。
「もう子供いんだよ。一歳五ヶ月くらいかな。アイツに似ないでちっさくて可愛い。男だけどな」
「えええ!! ええええ!?」
また大声を出して玲菜は口を押さえた。
(子供!? もう一歳五ヶ月? あれ? なんか計算合わなくない? 気のせい?)
玲菜が頭の中で熱心に計算をしていると笑いながらレオが教える。
「母親によく似ているよ。黒髪に黒い瞳でさ。お前の友達の、アヤメさん、だっけ?」
「えええええええええ!!」
多分、今までで一番大きな声を出した。
「アヤメさん!? アヤメさんが奥さんなの!?」
「お前知らなかったのか? 二人の関係」
友達なら当然知っていたと思ったらしく、レオは不思議そうな顔をする。
「え? アヤメさんがバシル将軍のことを好きなのは知ってたけど」
ずっと、ファンなのだと思っていた。まさか結ばれていたなんて。
(うそ? 密かに交際していたの? それとも……)
あの真面目そうな将軍が自分のファンに手を出したとは思いたくない。
玲菜は慌てて自分の考えをかき消した。
(違う違う! アヤメさんの熱心な想いが通じたんだよ。きっとロマンチックなストーリーがあったんだよ)
ともあれ、嬉しいことには変わりない。
(もしかして、アヤメさんにも会えるのかな? アヤメさんの子供にも? ええ! うそ!)
改めて二年の歳月はこわい。
玲菜が心の中で興奮していると、暗い通路の扉は開かれて。
急に煌びやかな装飾の部屋に入り込んだ。
(え? ここって)
綺麗な模様の絨毯と翡翠色の額縁に宗教画風の絵画。金の燭台と豪華なタペストリー。棚にはガラス細工の置物。
入ってきた扉を隠すようにフルドたちが大きな鏡を移動させて飾り直す。
本棚もあり、長い机と立派な椅子が並ぶ。
「どうぞ。掛けてお待ちください」
案内した人物は三人を椅子に座らせて、待っていたかのように部屋に入ってきた給仕が茶を並べた。
「ど、どうも」
礼を言って玲菜が飲み始めた矢先。
部屋の大きな扉が開いて、護衛と共に巨体の男が姿を現す。
見かける時は鎧姿が多かったが、今日は特注(サイズ的に)のコートらしきものを着てクラヴァットも付けている。筋肉は健在で、厚着風な服の上からでも十分にその凄さが分かる。
立派な髭を生やして貫禄が増えた様子。
(バシル将軍だ!)
玲菜はすぐに分かったが、それよりも彼は入ってくるなりレオの前で跪いた。
「ご帰還、お待ちしておりました。アルバート様」
威厳に満ちていても、やはり主は変わらないらしい。
「ああ、いい。長い挨拶はするな。直れ」
「ハッ!」
バシルは顔を上げて立ち上がる。
そんな彼にレオは着席を促した。
「お前が立っていると威圧されている気分になるから、座れよ」
「はい」
返事をするとバシルは向かいの席に着き、彼の護衛は後ろに下がった。
「さて、と」
一息ついたところでショーンが話す。
「バシル殿。頼んでおいた“接触”の件だけど、どうなった?」
『接触』とは何か? と玲菜は思ったが、訊かなくてもすぐに答えが分かった。それはバシルによる次の発言。
「はい。只今、模索中ではありますが、現状は困難であります。現・親衛隊長であるフェリクス殿は多忙であり、部下では接触はほぼ不可能。やはり私めが直接出向いた方が良いかもしれません」
「やっぱりなぁ」
頭を抱えるショーンとため息をつくレオ。
一方玲菜は、聞いたことのある名に席を立ち上がりそうになった。
(え? フェリクスさん? フェリクスさんって、クリスティナさんの婚約者の?)
恐らくそうだ。
しかし彼は、鳳凰騎士団長という肩書だったはずで。
(え? 今、親衛隊長って言った?)
何やら肩書が変わった様子。
(ひょっとして出世したとか?)
気楽に考える玲菜だったが、レオの次の言葉に愕然とする。
「バシル、待て。出向くのはやめておけ。あいつは今や第三帝位継承権所有者だし、クリスティナがいるから皇帝を裏切れないだろ。こうなったら、不本意ではあるけど、あいつとは戦うしかない」
「え?」
耳を疑った玲菜は、思わず口を出してしまった。
「今、なんて言ったの? 第三帝位?」
いや、それより。
「フェリクスさんと、戦う……の?」
聞き間違いであれば。もしくは別人ならば良いと玲菜は思ったが、クリスティナの名前も出たのでその可能性は低い。
「ちょっと待って? 戦うって、嘘? なんで? フェリクスさんはレオの部下っていうか、味方なんでしょ? クリスティナさんの婚約者なんだし」
「玲菜、後で説明するから」
ショーンはそう言ったが、レオは呆れた顔をした。
「あのなぁ。よく分かってんじゃねーか。俺の部下ってことは、つまり皇帝の部下だろ? 俺たちはこれから皇帝に反乱しようとしてんだぞ」
そう、彼は今、皇帝を成り変わられている為に。
自然と味方は敵になる。
分かっていて、彼は反乱軍のリーダーになった。
(私、レオの仲間だった人は皆付いてきているんだと思ってた)
朱音たちの姿も見たし、フルドも、レッドガルムも。ここで、バシルもそうだった。けれど、そうはいかない人物もいる。
(フェリクスさん……!)
クリスティナの婚約者が敵になると知って、玲菜はショックで口を押さえる。
きっと、自分が名前を知らないだけで他にもいる。
そして、レオは味方だった者を切り捨てる覚悟をして今の位置にいるのだと悟った。
あまりにも残酷で儚い。
しばらくの間、玲菜は震えて信じたくない現実を何かの間違いだと思うことしかできなかった。