創作した小説が世界の神話になっていた頃
[第二部・第十三話:本拠地]
玲菜がショックを受けていると、バシルは気遣うようにレオに提案した。
「アルバート様。ご婦人の前で戦の話は少々酷かと思われます。レイナ様への配慮不足、申し訳なく存じます。宜しければ奥の部屋に妻が居ますので、そこに通そうかと思うのですが」
「ああ、そうか!」
レオも気付いたように玲菜を見る。
一方、玲菜は『妻』と聞いてアヤメの顔を思い浮かべてワクワクした。
(アヤメさん、居るんだ! 今会えるのかなぁ?)
ショーンが訊ねた。
「玲菜、どうする? 奥方と会わせてもらうか?」
「うん! 是非! お願いします」
返事をすると、先ほど部屋まで案内してくれた者がやってきて玲菜を誘導した。
「どうぞ、こちらへ」
「は、はい」
立ち上がる玲菜にレオが声を掛けた。
「終わったら迎えにいくから。ちょっと長くなるかもしれねーけど」
「うん、いいよ! むしろアヤメさんといっぱい喋りたいからちょうどいいかも」
誘導されながら出て行こうとする玲菜の耳には、三人の会話の続きが聞こえた。
「アルバート様」
バシルの思いつめたような声。
「フェリクス殿と肩を並べて戦った身としては、やはり敵対するのは心痛であります。彼の方の陛下への忠誠心も知っております。真実を知れば必ず説得できると……。どうか、自分に対話の任命を!」
「知っているぞ、多分」
レオはほくそ笑んで答える。
「フェリクスの奴は、きっと皇帝が偽者だと気付いているんだ」
「え?」
「あいつは俺と何度も手合せしているから、分かるだろ」
「では……!」
「知っていても、こっちの味方になれない理由があるんだ、あいつには。主よりも大事なものがあるから」
部屋を出る直前にレオの今の言葉を聞いた玲菜の頭に、彼女の顔が浮かんだ。
(主よりも大事なものって、もしかしてクリスティナさん?)
恐らく……いや、それしかない。
ショーンが続きを告げた。
「バシル殿、気持ちは分かるが。冷静になってくれ。貴殿が宮廷に行ってフェリクス殿に真実を告げても、向こうがこちらの味方になるかどうかは危険な賭けになる。レオの言った通り、フェリクス殿は難しい立場であって。もしも貴殿が『裏切り者』として捕まったら、困るのはこっちだからな」
残念ながら続きは聞けずに、玲菜は廊下に出る。
先ほどは単純に『フェリクスと敵対するのは嫌だ』と思ったが、そう簡単な話ではない。
以前、クリスティナが半分幽閉状態にある可能性の話を聞いたが。要するに人質のようになっているのかもしれない。
(クリスティナさんが人質だったら、フェリクスさんは……)
彼の心情を想像して玲菜は辛い気持ちになった。
(なんかいい方法って無いの? っていうか、フェリクスさんと戦わなきゃいけないの?)
自分はまだ今の状況を完全には理解していないし、そもそも口出しできる立場ではない。
(戦のことは、レオやショーンが考えているんだ)
まさか、自分の父が名軍師だったなんて。
「ショーン」だと思っていた頃は、単純に凄い人なのだと思った。
けれど、「自分の父」だと思うと信じられない。
(だって、私にとっての“お父さん”は、普通に『平和な日本』に生まれた日本人って感じだったし)
ショーンは若い頃、傭兵だったと聞いた。
(嘘でしょ? 職業が傭兵? フツーの会社員だったのに。っていうか、よく就職できたな。……あ、バブル時代?)
よく考えると、ショーンが『現代日本』にたどり着いてしばらくの様子が興味深い。慣れていない頃、彼の目に映る大昔の帝国はどう視えたのか。
戦も無く、発達した科学力。高層ビルに驚いたかもしれない。車や電車、飛行機にも。テレビや電話はどうだっただろうか?
(昔だからケータイはまだ無いんだよね?)
今度是非、話を聞いてみたいと思っていた玲菜は、案内人が立ち止まったことに気付いて自分も立ち止まる。
目の前には扉があり、恐らくこの部屋にアヤメが居るはずだ。
案内人がノックして、聞こえた返事は確かにアヤメのアルト声に聞こえる。
(二年後の、アヤメさん……)
自分の知っている頃は二十五歳だったので、もう二十七歳か。そして……
(もう、“お母さん”なんだ)
ドキドキする玲菜の前の扉が開かれる。
――そこには、柔らかそうな絨毯とソファがあり、積み木や人形といった玩具らしきもので遊ぶ小さな黒髪の男の子。
その後ろに同じく黒髪の母親が居て。
以前はショートボブという感じだったのに、今は後ろに一つで結んでいる。
彼女は部屋に入ってきた玲菜の姿を見るなり、「あ!」と声を上げて嬉しそうに驚いた。
「レイナちゃん!! 久しぶり〜〜〜!!」
「わぁあああ〜〜〜〜」
大きな声にびっくりして泣いたのは彼女の幼い息子。
「ああ!」
慌てそうになる玲菜と、慌てずに抱っこしてあやすアヤメ。
「ごめんね〜。びっくりしちゃったね〜」
そんな姿を見て、玲菜は顔がほころんだ。
「アヤメさん、お母さんだ」
「え?」
アヤメは照れた風に笑う。
「そりゃまぁ、ここにちっこいのが居るからね〜。あ、座って?」
ソファに座る玲菜の姿をまじまじと見て改めて驚いた。
「っていうか、レイナちゃん。二年前と変わってないね! なんていうの? 髪型もそんな感じだったよね?」
それをつっこまれるとギクリとしてしまう。
「あ、そう? 全然成長しなかったみたい。自分では大人になったつもりなんだけど。髪は……こっち戻ってくる前に切ったんだ。二年前に似てるかな?」
「似てる似てるー! ちょうどそんな感じだったよ。懐かしいし、変わってないレイナちゃんが羨ましいな」
「え! アヤメさんだって、髪が伸びただけで変わってないよ」
見たままの印象を玲菜が言うと、アヤメは苦笑いをした。
「そんなことないの。もう、子供産むとお腹が元に戻らなくて駄目」
「ええ? そう?」
見た目的には太った風には見えないので首を傾げた玲菜は、問題の出産と結婚について祝す。
「ところで! アヤメさん、結婚して子供産んだなんて知らなかったからびっくりだよ! しかも相手がバシル将軍だったなんて!! おめでとう! 本当におめでとう!」
「う、うん。レイナちゃんも結婚式に呼びたかったんだけど、ショーンさんが『遠くて来られない』って言うから。手紙だけでも、と思って書いたんだけど。手紙も、ショーンさんが送ったら郵便事故で届かなかったらしくてね」
恐らく、ショーンによる嘘で騙されている彼女に申し訳なく思う玲菜。
「そ、そうだったんだ。ごめんね」
「なんでレイナちゃんが謝るの? 悪いのは郵便屋さんだよ」
「あ、そっか」
危うく動揺しそうになってうまく誤魔化した。
「うん、でも、私からでも手紙送れば良かった。ずっと連絡してなくてごめんね」
「それよりレイナちゃん! ショーンさんって、実はお父さんだったんだって!?」
「え?」
隣に座り、迫るように訊くアヤメに、玲菜は『ショーンが教えたのか』と解釈して合わせるように頷いた。
「あ、あ、うん」
自分も最近知ったとは言えない。
「えっと。あの、隠していてごめんね」
そう答えるしかない。
「ホントにびっくりしたけど、でも言われてみればショーンさんとレイナちゃん、似ているからさ」
アヤメの発言に、むしろびっくりしたのはこっちだ。
「え、ホントに? 似てる?」
「うん、うん。しっくりくる。だってさ、最初レイナちゃんったら、ショーンさんのことをレオさんの父親って言ったんだよ? その後、レオさんがアルバート皇子だって判明したからさ、じゃあ父親じゃなかったんだ、ってなるじゃない?」
そういえばそうだ。
「ごめん、前にも嘘ついて」
玲菜が謝るとアヤメはすぐに首を振った。
「そんな。だってレオさんのことは隠さなきゃいけなかったから、しょうがないでしょ? 怒るとかないから。ただ、三人の関係って本当はどうなのかな? って思ってたんだ。だって家族みたいに仲良かったから」
「三人?」
「うん、ショーンさんとレオさんとレイナちゃん」
三人は、一応家族ではあった。“実は父”だと判明する前から“家族”だった。
「ショーンさんが、レイナちゃんのお父さんだったって知って、なんだか凄くしっくりしたんだ。似てるのもそうだけど、ショーンさんはいつもレイナちゃんのこと心配そうに見ていたから」
「そう……だったんだ」
今思えば、なのかもしれないが。アヤメから見てもそうだったのかと、玲菜は思う。
ふと、いつだったか……
そうだ。“天空の城”の遺跡を見に行った時に。ショーンの知り合いの考古研究者らしき女性に『親子』と間違われた時があった。
あの時は少し嬉しく少し恥ずかしく。なぜ間違われたのかと思った。
(でも、間違われて当然なんだ。きっと私たちは似ているから)
玲菜がショーンと自分のことを考えていると、先ほどまで少し離れて遊んでいた息子君が玩具を持って近付いてきた。
「ん?」
玲菜が気付くとアヤメの脚に引っ付き、恥ずかしそうに玩具を差し出す。
「レイナちゃんに受け取ってほしいみたい。ごめんね〜、うちの子、恥ずかしがり屋だからさ」
(か、可愛い)
口元を緩ませながら手を差し出す玲菜。
「ありがとう!」
優しく言ったつもりだったが、受け取ろうとすると今度は玩具を引っ込めてしまった。
アヤメは息子に促した。
「ほら、ミズキ! おねーちゃんにソレ渡したいんでしょ? 隠さないの」
「ミズキ君っていうの?」
今聞いたばかりの名前を本人に問う玲菜だったが、ふとある疑問が。
(あれ? 一歳だとまだ言葉が分からない?)
しかし自分の名前には反応している様子。
根気よく笑顔で待っていると恐る恐る玩具を玲菜の手に置いてきた。
「どうもありがとう、ミズキ君!」
すると彼は玲菜の手を引っ張り、他の玩具のある場所へと連れて行く。
「ああ〜、ごめん、レイナちゃん」
母親のアヤメは謝ってきたが、玲菜は子供が可愛くて癒されつつ相手をした。
女二人での会話はいつしか子供の話になり、玲菜はアヤメの苦労話を聞いて母親の大変さを感じる。
しかし、やはり見て少し相手をする分には物凄く可愛いので羨ましくも思い。
「大変そうだけど、子供可愛い。私も欲しいな〜」
ミズキと遊びながら玲菜がそう呟くとアヤメはからかうように言ってきた。
「レイナちゃんも子供作れば? レオさんと」
「え!」
(私がレオとの子供を?)
リアルに想像して赤面。
(あ、でも……うまくイメージ湧かないなぁ。だって、今この状態で結婚して子供作るとかってアリ?)
確かに『二年後に結婚する』と言って、今がその二年後であり。婚約指輪もあって昨夜は“父”に挨拶もした。流れとしては順調なはずだが。
(この世界での結婚式って、披露宴は?)
現代日本の結婚披露宴を想像して首を振る玲菜。
(いや、違う違う。披露宴っぽいのはあるかもだけど、あれとは違う)
なぜレオとのケーキ入刀を想像したのか。
(無い無い。ケーキは食べるかも、だけど。ああいうイベントは無いよ)
そもそも今は反乱軍であり大変な時期。
もしかすると内乱的な戦を起こすのかもしれない。
(やだ! 戦はやだ!)
玲菜の頭の中は戦争のことになり、深刻な顔をしていると、アヤメが心配そうに覗き込んだ。
「どうしたの? レイナちゃん。レオさんとの事で何か心配なことが?」
アヤメだって、大切な夫が戦に行くことになったら……
「アヤメさん」
不安そうな表情をする玲菜に勘違いしたアヤメが慰めてきた。
「もしかして、久しぶりに会ってぎくしゃくしているの? でも大丈夫だよ、レオさんはずっとレイナちゃんのことを想っていたよ?」
そういえば、今更だが。アヤメたちとレオは二年の間に交流があったのだと解る。ここが本拠地ならば尚更。
(私の居ない間に、皆仲良くなったんだなぁ)
またもや妙な疎外感。けれど落ち込んでいたらアヤメに気を遣わせる。
「う、うん。分かっているよ。っていうか、別にぎくしゃくもしていないし。仲良いから大丈夫!」
移動中に数度喧嘩はしたが。まぁ、仲は良い。
「そうなの? 良かった!」
ホッとしながらアヤメは尚も勧めた。
「でもさ! 本当に、レイナちゃんも子供作りなよ〜! そしたら母子で遊べるでしょ? 私、相談事にも乗れるし。想像したら楽しそう!」
ちょうどその時、
ノックも無しに部屋のドアが開いて。びっくりしたアヤメは振り向いて、開けた主を叱った。
「ちょっとバシルさん! お客様が居るんだから、ノックしないと駄目」
「あ! ああ、すまぬ。つい」
叱られたバシルはシュンとしたが、愛息子のミズキが駆け寄ったのですぐに嬉しそうに彼を抱っこした。
「ミズキ〜〜〜! おとうたんに会いたかったでちゅか〜?」
……聞いてはいけないものを聞いてしまったような。
場が凍りつく空気が流れた。
堅物筋肉武人のバシルは「はっ!」と我に返って恥ずかしそうに、後ろにいるレオに謝った。
「あ、これは! ……みっともない姿を見せて、失礼をしました」
レオは腕を組み、呆れた顔で返す。
「いい。もう慣れた」
一方、ショーンは笑いを堪えながらバシルを庇った。
「親ばかは結構、結構! 家族に愛情を持つことは良い事です。子供が可愛い気持ちは解る」
その言葉を聞いたレオは、一度玲菜を見てからショーンの顔を見た。
「……親ばかは自分のことだろ」
ボソッと言ったのに聞こえていたらしく、ショーンは恥ずかしそうに認める。
「まぁ、確かに。俺も親ばかではあるけど」
もっと恥ずかしくなったのは玲菜で、アヤメは二人の様子を微笑ましく眺めた。
「ショーンさん、可愛い」
「おじさんに向かって“可愛い”は無いだろ」
苦笑いでショーンが返すとアヤメは笑い、本日の予定を訊く。
「今日の会議はお終い? 良ければ夕飯の支度をしますけど。今日は泊まっていかれますよね?」
実は昼食は――レオたちは会議途中に、玲菜はお喋りの途中に頂いていて、もう夕方になっていた。
玲菜は昼も夜も食事を頂き、そのまま泊まるなんて悪い気がしたが、元々その予定……というか、いつもそうらしく。
レオは「ああ、頼む」と言って玲菜を呼んだ。
「レイナ、部屋に行くぞ」
「え?」
玲菜が小走りで廊下のレオの許へ行くと、彼は当たり前のようにバシルに命令した。
「荷物はフルドが持っていくから。食事はいつものように部屋で」
「ハッ!」
言うと、抱っこされているミズキの頭を撫でてアヤメに声を掛けた。
「奥方、いつもすまない」
「いえいえ。レオさん、元気そうで何よりです。レイナさんと再会できて本当に幸せそう。アタシも会えて久しぶりにいっぱいお喋りして楽しかった」
「アヤメさん」
玲菜も『楽しかった』と伝えようとすると、アヤメはウィンクしてくる。
「レイナちゃん、レオさんと同じ部屋だけど婚約者だからいいよね?」
「え?」
(レオと同室?)
照れる玲菜の横で、自分の荷物を持った父がボソッと告げる。
「俺は隣の部屋だけどな」
なんだこの予防線。
とりあえずバシル夫妻と別れた三人は、泊まる時、自分らが専用に使わせてもらっている部屋に向かって歩く。
案内人は居なく、少し離れた後ろに荷物を持ったレオの従者たちがついてきていた。
玲菜はアヤメになんだか悪い気がした。
「アヤメさんに悪かったなぁ」
「何が?」
「だって、夕飯の支度とか大変じゃない? レオいっぱい食べるし」
「別に奥方が作るわけじゃないから平気だよ」
ショーンがそう言ったことでなるほどと納得。
(そうか。この城の使用人さんたちがいっぱいいるんだ)
それよりも、玲菜は先ほどのレオの行動に意外というか何か安心感を覚えた。
レオがミズキの頭を撫でたこと。
(良かった。子供嫌いとかじゃない)
とても優しく撫でていたし、苦手という訳でもなさそうだ。
(そうだよね。レオは猫も好きだし、可愛いものは割と好きなのかな)
やはり可愛がってくれる父親がいい。
――と、考えた途端にアヤメの言葉を思い出して頬を紅潮させた。
『レオとの子供を作れ』とのこと。
(私とレオの子供)
自分は実年齢がまだ二十歳なのに。こんな早くに。
まぁ、結婚も同じだが。
(お父さんも二十歳で結婚したんだよね。お母さんが二十二歳で)
性別は逆だけれど、まるで今の自分とレオ。
(でも、私の年齢って、一応二十二歳ってことにした方がいいんだよね? 年齢知ってる人もいるし、二十歳のままだったらおかしいもん)
二歳も年を取るなんてなんだか損した気分。
玲菜がいろいろなことを考えながらレオの後をついていくと、何やら見たことのある部屋の前にたどり着いた。
最初、気のせいかと思ったが、気のせいではなくて。
部屋に入るとますます見覚えがあり。
「あれ? ここって……」
「あ、お前憶えているのか? この部屋」
「なんだっけ? 前に入ったことあるよね?」
やけに広くて立派な装飾や家具。
「ああ、そうだな。元々有った家具とか変えてねーし」
「ああああ!」
思い出した。
何を見て思い出したかというと、でかいベッドを見て。
(私、ここで寝た!)
寝たというか……。
だんだんと鮮明に思い出していって顔が真っ赤になる玲菜。
あれは、湖上の砦の攻城戦が終わった時。
距離を置いていたレオと自分が偶然にここで再会して。
そのまま初めて、このベッドで――。
(ここ、同じ部屋なの? あの時の部屋?)
そうだ。まるで城主の部屋のようだとその時思って。
今も面影がある。
あの時の想いなども甦って熱くなった玲菜を後ろから抱きしめるレオ。
「思い出すな」
「ちょっ! ショーンが」
慌てて玲菜が手を掴んで横を見たが、ショーンの姿は無く。
「オヤジは隣の部屋だぞ」
なんと、気付かぬ内に隣の部屋へ入っていたらしい。
だから、今この部屋では二人きり。
「レイナ」
うなじに感じる彼の唇と、優しく髪に触れる彼の手にゾクゾクする玲菜。
「あの時、髪が短くなっていて驚いたけど」
レオは囁く。
「逆になんか色っぽかった」
囁いた直後に、耳に甘い息を吹きかけてきたので、玲菜は思わず卑猥な声を出してしまい。
ちょうどその時、何も知らずに荷物を置きに部屋に入ってきたフルドと目があった。
「ああ! あああ!」
慌てて荷物を置いてそそくさと部屋を出ようとするフルドと、動揺して彼を引き留めようとする玲菜。
「ちちち違うんです! フルドさん、違うんです! 変な声を出したのは不本意であって……」
「すみません!!」
もっと動揺したのはフルドだ。
「陛下! ししし失礼を!! お許しください!!」
深々と頭を下げながら出す声の大きさに、レオは隣の部屋を気にする。
「いい! 許すからでかい声出すな!」
隣の部屋にはショーンが居るので、またバレたくはない。
「それより早く出て行けよ」
「はい! 重ね重ねご無礼を!!」
フルドはとにかく頭を下げて急いで部屋を出ていく。
ドアを閉めてから、レオはすぐに鍵を閉めた。
そうして、一度落ち着くためにベッドに腰掛けてため息をついた。
玲菜も隣に座って深呼吸をする。
少し間を空けてからレオが反省するように言った。
「フルドに荷物を持たせていたこと、忘れてた」
「うん」
玲菜は落ち込んで嘆いた。
「フルドさんに、変な声出したところ聞かれた」
もう顔を合わせられない。
「ああ。色っぽい声だった」
レオは素直に感想を述べただけだったが、玲菜は恥ずかしくて彼の頭をぶつ。
「レオのせいだからね! もう!」
「なんでだよ。別に悪い事したわけじゃねーだろ」
「ワルイことだよ! 息吹きかけるなんて反則だもん」
「ああ?」
なぜか彼をムラァッとさせたらしく、レオは自分を叩こうとする玲菜の手を掴んでベッドに押し倒した。
「じゃあ、もう一回吹きかけてやるから耳貸せよ」
「やだっ」
必死に首を振って回避しようとする玲菜の抵抗空しく、レオは彼女を押さえて耳に口を近づけた。
「あぁあっ。あぁああ〜〜」
まだなのに泣き声を上げる彼女にむしろ興奮しそうだ。
レオは小さな声でそっと囁いた。
「好きだ」
「え?」
訊き返すと、言葉を変えてきた。
「お前、声がやらしい」
「え! 違う!!」
「違くねーよ。何もしてなくてもエロい声出しただろ、今」
「そうじゃなくて! ってか出してないけど。その前に言った言葉を訊き返した…」
怒る玲菜の口を塞ぐように、彼は口づけをしてきた。
長く、甘く、何度も。
「もっと、お前の情熱的な声が聴きたい」
優しく頬に触れて髪に指を絡ませる。
「あの時みたいな」
「え?」
あの時というのは、“あの時”か。
玲菜は“あの時”のことを思い出す。
(私、そんな声出した?)
わからない。
意識は有って無いようなものだから憶えていない。
けれど。
“情熱的”というのはなんとなく解る。
(情熱っていうか、なんていうのかな)
燃え上がる?
(うわぁあああ〜〜〜。なにそれ)
今思った言葉で顔が火照る玲菜。
読んだことはないが、まるで安っぽい官能小説にでも出てきそうな表現。
ああ、でも。
また、あの時のような最高な気分になりたい。
大きな幸せに包まれて眠るような。
「レオ」
自分の髪に絡む彼の指にそっと玲菜が触ると。レオは髪に唇を触れさせて、耳にもキスをした。
「お前さ、さっきアヤメさんと話してたろ?」
「え?」
「俺との子供を作るって」
なんてことを耳元で言うんだ。
「聞いてたの!?」
「部屋に迎えに行った時、ちょうど聞こえたから」
「えええ!?」
ということは、他の二人にも聞こえたはず。
恥ずかしさ故に心の中で悶絶しかける玲菜に彼は問う。
「作るか?」
「え?」
彼の手が体を伝い、脱がそうとしてくる中で申し訳ないが二度訊きする。
「え?」
「俺は、欲しいけど」
彼の予想外の言葉に、玲菜は戸惑って返事を迷ったが。
それよりも触れてくる手が気になって思考が定まらない。
「ちょっ、ちょっと待って!」
止めているのに脱がされて、あまつさえ首や胸にキスをされると何も考えられなくなる。
「ちょっと待って……」
「えっと……」
言葉よりも声が出てしまう。
「ま、待って……考えられなくなっちゃう」
「レオ!」
ちょうど玲菜が叫ぶと同時に。別の低い声が聞こえた気がして。
「レオ、帰ってるんだろ〜?」
今度ははっきりと廊下から若い男の声が聞こえて止まる二人。
しかも。
「今、レイナの声が聞こえなかった?」
「ああ、そーかも。レイナちゃんも居るんだ!」
若い男だけでなく若い女の声もあって二人で会話をしている様子。
「レイナ〜! もしかして田舎から戻ってきたの?」
玲菜は、そのアニメのような可愛らしい声に聞き覚えがあって返事をしてしまった。
「ミリア? ミリアなの?」
「やっぱりレイナだ! レオさん、連れて帰ってきたのね!」
廊下から喜ぶミリアの声が聞こえて。
直後に頭を抱えるレオの姿を見て玲菜は「ハッ」と気付く。
返事をしてしまったということは、部屋のドアを開けなくてはいけない流れで、必然的に行為は中止となる。
「レオ〜〜〜〜! 開けてもいいか〜?」
レオは今声を掛けてきた男の方に、怒りをぶつけるような返事をした。
「うるさい、イヴァン! 今開けるから待ってろ!」
そう、男の方はイヴァンの声らしい。
ミリアとイヴァンが、レオが玲菜を連れて帰ってきた話を聞いて会いにきたのだと、判るのは後であり。
しかし、不機嫌そうなレオの声にイヴァンは勘付いてミリアに話した。
「レオの奴、怒ってるよ。もしかして、レイナちゃんとイチャイチャしているとこをオレら邪魔しちゃったのかも」
「え! ご、ごめんなさい、レオさん。それにレイナ!」
ミリアの謝る声が廊下から聞こえる間、玲菜は脱がされかけていた服を急いで整える。
「べ、別にそんなんじゃないから」
念の為の否定を返しながら。
彼女の身だしなみが整ったのを見計らってから、レオは残念そうに部屋のドアの鍵を開けた。