創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第十四話:友との再会]

 

 いくら友人といえども、事を邪魔した罪は重く。

 レオは怒りの表情を隠せぬまま、部屋のドアを開けて彼らを出迎えた。

 こげ茶色のくせ毛に、細い目をしたイヴァンと、黄緑に近い金髪をツインテールにした、青い瞳で可愛らしい顔のミリア。

 二年経ってイヴァンは二十三歳、ミリアは二十四歳になり。しかしあまり変化はない様子。

 相変わらずイヴァンは目をつむっているようだし、ミリアは歳より童顔だ。強いて挙げるなら、ミリアのツインテールが前は肩ほどの長さであったのに、今は胸下近くまで長くなっている。

 ただ、ミリアはイヴァンともレオとも、以前より親しげになっている様子。それはアヤメもそうだったが。二年の歳月で交流が日常で有ったに違いない。

 

 ともあれ、明らかにムスッとしているレオにイヴァンが怯えながらつっこんだ。

「レオ君、やっぱり怒ってる?」

「別に」

 

 一方ミリアは部屋の中を覗き込み、玲菜の姿を発見して歓喜した。

「レイナ〜〜〜〜!!

 

 奥のベッドに腰掛けていた玲菜は立ち上がってドアに向かう。

「ミリア! イヴァン君!」

「元気だった〜?」

 女子二人は手を掴み合って再会を喜んだ。

 ミリアはアヤメと同じことを口に出した。

「っていうか、レイナ! 変わってない!!

 イヴァンも頷く。

「ホントだ。髪型も二年前と同じだね。オレが切って少し伸びた時と同じっていうか」

「え?」

 初めて知った事実に、聞き捨てならないとびっくりしたのはレオ。

「あの時、髪を切ったのはイヴァンだったのか!?

「え? 今更?」

 イヴァンは当然知っていると思っていて、まさか玲菜が髪切り事件の経緯を面倒に思って言わなかったことを知らない。

「あ、うん」

 まるで隠したみたいになってしまった。

「そうだったの、レオ。イヴァン君に切ってもらったんだ」

「へぇ」

 恐らく隠したつもりはなく、不本意的にそうなったのは分かるが。レオは彼女の髪が他の男に触られたという事実を不快に感じた。髪フェチであるが故に少し嫉妬のような。

 勘付いたイヴァンは彼をからかう。

「なんだよレオ君、ヤキモチ〜? 独占欲が強いんだから。っていうか、ホントにレイナちゃん大好きなんだから〜!」

「うるさい!」

 顔を赤くして怒るレオを無視して玲菜に教えた。

「レオはホントにレイナちゃんに会いたかったんだよ。ずっと想っていたし。だから良かったよ、あんな事あったけど二人が再会できて」

 あんな事というのは、もしや襲撃事件のことか。

 

 ここで立ち話をしていても仕方ないので。レオは二人を部屋の中に通して座らせた。

 積もる話もあるが、まず問い出したい。

「というかお前ら、この部屋への通路は立ち入り禁止のはずだが、どうやって来た?」

 二人は顔を見合わせてミリアが答えた。

「別に不法侵入じゃないですよ〜、レオさん。わたしたちはアヤメさんの許可を得たんだから。アヤメさんはミズキ君の世話で忙しくて一緒に来られなかったけど」

 どうやらここは秘密の場所というか、通路が立ち入り禁止で、やはりレオのことはごく僅かな者以外は秘密なのだと確認する玲菜。

 そういえば、部屋に来る途中の廊下にも人が通らなかった。

 

「じゃあ、お前らがこの部屋に来られた理由は分かったが、廊下にフルドの奴は居なかったのか?」

 レオは、もしかするとフルドが廊下で不審者が来ないか見張っているのではないかと思っていた。

 彼は昔からそういう役目をしていたので。

 彼の名を聞いて、思い出すようにミリアが答える。

「ああ、フルドさんは居ましたよー! ただ、遠くで給仕の人と話をしていて気付いていなかったみたい」

「ああ、そうか」

 レオは理解した。

 きっと夕飯の支度をしに給仕がやってきて。しかし今は取り込み中だと説明していたに違いない。

「そういうことか」

 

(じゃあ、今頃廊下で待機しているな)

 気付いたレオは、自ら立ち上がり部屋のドアを開ける。

 廊下の少し離れた場所に立っていたフルドに命令した。

「客が二人来たから。あと、俺は腹が減った」

「え?」

 客なんていつ来たのだろうか。しかも今取り込み中だったはず。

 そう疑問に思ったが、フルドは即座に考えを切り替えて従う。

「は、はい! かしこまりました。すぐに用意いたします!」

 

 レオが部屋に戻ると、早速ミリアがレイナに自分たちがここへ来た訳を話す。

「わたし、レイナを連れ帰ってきたレオさんが今日辺りに緑龍城へ到着するって聞いてたから。仕事終わってすぐに遊びに来たのよ! 最初、アヤメさんの所に行ったらちょうどこっちの部屋に向かったところだって聞いてね」

「オレもオレも! 親方の目を盗んで抜け出してきてさ。来る時に偶然ミリアちゃんと会ったから、一緒に来たんだ」

 イヴァンの言葉に呆れた目を向けるレオ。

「親方の目を盗んでって、お前なぁ」

「親方?」

 まず玲菜はその疑問から入る。

「うん。あ、レイナちゃんは知らないか」

 イヴァンは説明する。

「オレは今、この城で鍛冶屋やってるからね。鍛治工房に居るよ。剣を鍛えて、自分の剣の腕も鍛えているし。弩《おおゆみ》も! いつでも反乱軍に入れるから」

 最後の言葉に、レオは頭を押える。

 言いたいことが分かって、それでもイヴァンは意志の強い目で付け足した。

「自分のためだよ。砂狼団の名誉傷付けられて、黙っていられるかっての。それにオレの場合、軍付き鍛冶屋としても同行できるし」

 傭兵団・砂狼は即位式の襲撃実行犯との疑いをかけられている。

「砂狼団はバラバラだよ。ただ、元々傭兵団だから砂狼の所属を隠して別の団に行った人もいるし。傭兵辞めた人もいる。砂狼だったと知ってても雇ってくれる騎士もいるしね」

 だが、中には問題を起こした時に元砂狼だとバレて捕まる者もいるのだという。

「酷いよね」

 俯いて拳を握るイヴァン。

「罪を被せられる前は“英雄”扱いだったんだよ? シリウスの下で一番活躍した傭兵団だったからさ。いよいよレオが皇帝になって、もしかすると正規軍の仲間入りくらいの勢いだったのに」

「そうだな。俺はそのつもりだった。レッドガルムの意向にもよるけど」

 相槌をうつレオ。

「だろ〜?」

 嘆きながらイヴァンは続きを話す。

「でもさ、レッドガルム団長と元砂賊の連中はもう反乱軍として活動しているし、オレみたいにこの城で働きながら召集を待っている奴も多いよ」

「ああ」

 

 二人のやり取りに、“戦”の不安を感じた玲菜は急いで話題を変えた。

「ところで! ミリアは? ミリアは今どこに住んでいるの?」

「わたしはグリーン町よ!」

「グリーン町?」

「いわば、この城の城下町かな〜。湖の南側の!」

 得意げに話すミリアに、「ああ!」と思い出す玲菜。

「あ、湖族の村とは別の、帝国領の?」

「そうそう、今は開発途中だけどね〜。都会になりそうな予感」

 そういえばミリアは、いわゆる“都会”が好きで。だから都に住んでいたのだと、前に聞いたことがある。

 玲菜は素朴な疑問を訊ねた。

「でも、ミリアはどうしてこっちに引っ越したの?」

 皇帝が偽者だとは知らずに都で暮らしていても不思議ではないのに。

「え? イヴァンに誘われてね」

 平然と答えるには興味深いセリフ。

 アヤメの例もあったので、玲菜はワクワクしながら訊いてみた。

「もしかして、二人は付き合っているの?」

「え!」

 顔を赤くしながらミリアの方を見るイヴァン。

「オレたちって、付き合っているのかなぁ? ミリアちゃん」

 対して目蓋を落としながら低い声を出すのはミリア。

「何言ってんの。ショーンさん目当てでついてきたに決まってんでしょう」

 

 無言で、イヴァンの肩を叩くレオ。

 物凄く肩を落とすイヴァンは無視して、ミリアは声を戻して玲菜に言った。

「あ、そうだ。レイナ! ショーンさんの件聞いたわ」

 ショーンさんの件というのは、『父親』の件か。

 彼女は恥ずかしそうに瞳を輝かせる。

「わたしのこと、『お義母さん』って呼んでもいいのよ」

「やだ!」

 玲菜が即答すると今度はレオにも促す。

「レオさんも、レイナと結婚して、わたしがショーンさんとうまくいったら『お義母さん』って呼んでいいですから」

「そうなったら面白いな。呼んでやる」

 なんと、レオは乗り気であり。玲菜とイヴァンは慌てて彼を注意した。

「レオ!」

 

 ちょうどその時、部屋のドアをノックする音が聞こえて。

 返事をするとフルド及び給仕が続々と料理を運んできた。一人で五人前を食べる奴がいるので、およそ十人前。部屋の机には置ききれないのでテーブルや椅子まで運ばれる。

 それに大量の酒。

 一緒に食事をと、隣の部屋で寝ていたショーンまで呼ばれて五人で食卓を囲む。残念ながら、アヤメたちは子供の世話等忙しくて合流できず、それでも玲菜との再会を祝して賑やかに宴会をした。

 皆は酒をどんどん飲み、玲菜は飲まなかったがジュースで雰囲気を楽しむ。

 

 

 やがて、ミリアたちは帰らずにソファや床で寝てしまい。起きていたショーンと玲菜でミリアをベッドに、レオとイヴァンをソファに運ぶ。

 終わるとショーンは「自分はソファで寝るから」と玲菜に自室のベッドを譲ってくれようとしたが、玲菜は「ミリアと寝るから」と断った。

 

 父は隣の部屋に戻り。玲菜は一人、暗い部屋でミリアの眠るベッドに腰掛けた。

「はぁ」

 ミリアは良いが、男二人を運ぶのはショーンと二人がかりでもかなり重くて疲れた。

(っていうかレオ、飲み過ぎ)

 ソファで気持ちよさそうに眠る彼を見る。

 先ほどまでわいわいと楽しくやっていたが、一人になると不安が甦る。

 戦のこと。

 それに、襲撃事件の時は一体何が起きたのだろうか。

 詳しくは聞いていなかった。

 車での移動中のオアシスの夜に見た、朱音の姿を思い出す。

(朱音さん、片腕だった。それに、黒竜さんが居なくて別の人が居た)

 レオの従者だって、フルドの他には見かけない。給仕の中に、見たことのある中年の男性は居たが。そもそも従者の数が少ない。

(あの、よく見かける若いメイドさんとか、執事っぽいおじいさんはどこにいるんだろう? 他にも、護衛の人たちとか、従騎士はフルドさんだけじゃないよね?)

 名前は知らなくとも顔に憶えのある従者は結構知っていたが、フルドと中年の給仕以外にまだ知った顔を見ない。

 

 いろいろなことを考えていると、ふとソファから声が聞こえる。

「レイナ」

 それはレオの声で、呼ばれたのかと彼の許へ行ったが。

「レオ?」

 彼は眠っていて、恐らく寝言だと判る。

(なんだ寝言か)

 自分の名前を呼ぶなんて、どんな夢を見ているのか気になったが、玲菜は彼に毛布を掛けて自分も寝ようとミリアのベッドの方へ向かおうとした。しかし――

 

「レイナ、会いたい」

 

 こんな寝言を聞いてしまっては、動けなくなる。

(レオ)

 もしかして、自分の居ない二年間の頃の夢を見ているのか。

 玲菜は毛布に手を入れて彼の手を握った。

「戻ってきたよ、レオ」

 すると、段々と彼の寝顔が微笑む。

 

「会いたかった。レイナ」

 

 夢の中でも、自分に会えたか。

 嬉しそうな寝顔が愛しくて、玲菜は彼の頬にキスをした。

 そのまま、手をそっと離して行こうかと思ったが、夢の展開が悲しかったらかわいそうなので離せずに座り込む。

「レオ……」

 玲菜はもう片方の手で彼の髪を撫でた。

 愛しくてたまらない。

 せっかくずっとこちらで暮らすと決めて戻ってきたのに、戦なんて嫌だ。

 離れたくない。

(離れたくないよ、レオ)

 

 

 

 ―――――

 

「……ん?」

 自分の手の甲に何かがあたる感触で玲菜は目を覚ました。

 いつの間にかソファの毛布を枕に、座ったまま眠ってしまったと気付いて目を開ける。

 触れていたのは誰かの唇……というか、レオの唇で。

 自分の手を掴んでいた手を愛しく思って口づけした様子。

 起きた玲菜にも気付いて毛布を掛けてくる。

「お前、そこで座ったまま寝たのかよ?」

「あっ」

 眠るつもりはなかったがうっかり寝てしまったと、言おうとする玲菜の手を引っ張ってソファに寝かせようとする。ソファというか、ソファの上に横たわる自分の上に。

「体冷えたろ? 風邪引くぞ」

「う、うん」

 玲菜はお言葉に甘えてそのまま彼の上で寝そべろうとしたが、周りの状況を目にしてそれはまずいと感じた。

 近くのソファではイヴァンが寝ていて、奥のベッドではミリアが寝ている。

 

「ちょっと待って、レオ」

 このままソファで二人一緒に眠るなんて何か不謹慎な気がする。

 婚約者と知られていても、見られるのが恥ずかしい。

 しかしレオは強引に玲菜を引き寄せて、自分の上に乗せる。

「大丈夫だよ。あいつら寝てるし」

 彼の体と、上に掛かる毛布で玲菜は温かくなった。

「あったかい」

「だろ?」

 彼の腕が自分の背中に回されると更に心地良くなる。

「うん」

 幸せな気分のまま寝てしまいたい。

 しかし――

 

 

 さすがにもう朝なわけで。

 起きたイヴァンに、二人がソファで抱き合って眠っている様子を発見されて声を上げられる。

「わぁあああ!!

 当然、奥のベッドで眠っていたミリアも起きて。

「ご、ごめん。びっくりしてつい」

 イヴァンは見てしまったことと声を上げてしまったことを謝ったが後の祭り。

 ミリアにも見られて玲菜は慌てて離れて二人に言い訳をした。

「違うの! ずっと一緒に寝てたわけじゃないの。今、たまたま……」

 けれど、ミリアは顔を赤くして「分かっている」という風に二人を見る。

「二人とも、見せつけるんだから〜、もう!」

 邪魔しちゃ悪い、とばかりにイヴァンに促した。

「ほらイヴァン、わたしたちは帰るわよ! アヤメさんにも挨拶をしないと。行きましょ!」

 イヴァンを引っ張り、そそくさと部屋を出ていく。

「じゃあ、レイナ! またね〜! レオさんも。二人とも仲良くね!」

「あ、ちょっと待って、ミリア!」

 廊下に出て行った二人を玲菜が引き留めると、ミリアはウィンクしてきた。

「また三人で遊ぼうね、レイナ。わたしの居場所とかはアヤメさんが知っているから後で聞いて?」

 そう言うと、挨拶もままならないイヴァンを連れて早足で去ってしまった。

 

「ああ〜」

 ミリア(とイヴァン)に勘違いされたと嘆く玲菜は、去っていく二人を廊下で見送ってから部屋に戻る。

 なんだか分からないうちに二人に去られたレオは、ソファの上でボーッとした。

「ん? なんだったんだ? やけに急いで帰っていったな」

「私たちに気を遣ったんだよ」

「気を?」

 考えて「あー」と頷くレオ。面倒くさそうに頭を押える。

「またなんか言われんな、イヴァンに」

 確かにイヴァンはそういうところがある、と玲菜も苦笑いした。

「そうだね。どーせ、からかわれるなら一緒に寝とけば良かった」

 なんとなく軽い気持ちで言ったのだが、レオは真面目に返す。

「じゃあ今から一緒に寝るか」

「え?」

 一瞬その気になりかける玲菜。しかしもう朝だし、きっとこれは邪魔されるパターン。

「い、いいよ」

「いい? 良いってことか? 駄目ってことか?」

「え、えと……だ…」

 駄目と言いかけたが、次の彼の言葉に惑わされる。

「もう、当分はこういうこと無いぞ、きっと」

 なんだか急にもったいない気分。

「こういうことって?」

 玲菜が訊くとレオは恥ずかしそうに答える。

「だから、一緒に寝るとかさ」

 別に一緒に寝たといっても一瞬であって。けれどやり取りが面倒になったレオは立ち上がって玲菜の腕を引っ張った。

「ちょっちょっと、レオ!」

 向かう先は奥のベッドか。

 このままでは絶対に流れに身を委ねてしまうと予想した玲菜は邪魔される想定で彼を止める。

「駄目! きっともうすぐショーンが来るから」

 自分の心にも歯止め。

 

 一方、ショーンの名で冷静になったレオは「確かに」と思い留まって足も立ち止まる。

 なんとか自分の欲求を抑えて玲菜の肩を掴んだ。

「じゃあ、キスだけ」

 向い合わせで立ち、妙に力が入るし眼も真剣になる。

 

 ちょうどその時、まんまと廊下から声が聞こえて。

 予想通りにショーンが迎えにきたのが分かったが――

 

 二人は静かに口づけを交わす。

 

 返事も無しに、ショーンを待たせているのは分かっていたが、ゆっくりと感情を込めて想いを伝え合った。

 ――そして唇を離すと、おでこをくっつけ合い、微笑む。

「やっぱ来たな。しかもすぐに」

「でしょ?」

 

 廊下からは「まだ寝てんのか」と呆れ返るショーンの声が聞こえる。

 レオは玲菜の頬に軽くキスをしてから廊下に向かって返事をした。

「オヤジ! 起きてるから。今開ける! ちょっと待て」

 そう言っておきながらまた玲菜にキスをした。

「レオ――」

 注意しようとする彼女の口を塞ぎ、ちょっとずつドアの方へ移動する。

 

 しかしさすがに時間をかけすぎか。

 レオは仕方なしに唇を離して急いでドアへ向かった。

「遅くなって悪かったな、オヤジ」

 さりげなく謝りながら開けて顔を出す。

 

 一方玲菜は、直前まで交わしていた口づけで高揚していて、廊下にいるショーンと目が合うと思わず瞳をそらす。

 妙に動悸が激しくなっていたので動揺しそうだし顔が熱い。顔が熱いということは赤いということで、ショーンにバレやしないかハラハラする。レオの顔を見るとドキドキも。

(何これ)

 キスは何度もしているのに、まだこんなに火照るなんて。

 

 とりあえず気分を落ち着かせようと小さく息を吐いて鼓動が鎮まるのを待った。

 

 

「あの二人は帰ったのか」

 部屋に入ってきたショーンは、様子を見ながらイヴァンとミリアが居ないことに気付いたが、それよりも重要な事を伝えねばと口を開く。

 

「ああ、そう。レオ、黒竜君が帰ってきた」

 

「え!?

 レオより先に、玲菜が反応した。

「黒竜さん!? 居たんだ!!

「なんだよお前」

 レオは驚きすぎている彼女に眉をひそめた。

「やけにびっくりしているじゃねーか。黒竜が帰ってきたのが、そんなに珍しいのか?」

「え、だって」

 まさか、最悪な事態まで予想していたとは言えない。

「この前ね、朱音さんは見たの。でも、一緒に居たのは黒竜さんじゃなくて別の男の人だったから」

 先日朱音を見た話をすると、レオは驚いた顔をする。

「は? 朱音を? いつだ?」

 玲菜は車で移動中の、オアシスの夜のことを話した。

 

「――それで、助けてくれたのが朱音さんとその人だったんだ。レオが来たら二人ともすぐにいなくなっちゃったけど」

 

「へぇ。そんなことが」

 酔っぱらいに絡まれた自分の婚約者を忍びの護衛が助けるのは当然であり、納得したレオは呆れた目で玲菜を見てきた。

「っていうか、お前、あの時また絡まれていたんだな。相変わらず隙だらけなのか」

「あ、相変わらずって!」

 怒り出す玲菜の言葉は聞かずに続ける。

「でもまぁ、そうか。お前は知らないんだな、黒竜のことも、白雷《はくらい》のことも」

「ハクライ?」

「ああ、その若い男っていうのは白雷《はくらい》だよ。白い雷と書く。黒竜の部下でさ、ちょっと……なんつーか、真面目すぎるというか直情すぎて変なところもあるんだけど。腕は確かだから新しく朱音の相棒になってもらった」

 新しい朱音の相棒と聞いて「なるほど」と思う玲菜。

「白雷さんかぁ〜」

 ただ、やはり相棒が変わったことに疑問。

 その、残酷な理由をレオは平然と説明する。

「黒竜は片足を失くして、昔みたいには戦えなくなったから、代わりに」

 

 

「え?」

 

 

 愕然とする玲菜を見て、ショーンは頭を押えながらレオに注意した。

「レオ! お前、サラッと言うな」

「だって、本当のことだし。レイナに隠しても仕方ない」

「だからってな、もっと言い方があるっていうか、玲菜がショック受けてんじゃねーか」

「じゃあ、オヤジだったらなんて説明した?」

 腕を組み、顎をしゃくりあげるレオの問いは思ったよりも難しくて、ショーンは黙ってしまった。

「ああ、まぁ……そうだな」

 サラッと言ったが、本当は彼にとって凄く辛い説明だった。

 重すぎるが故にわざと軽く喋った。自分の苦悩を克服するために。

 部下の負傷は誰よりも彼が悲しんだのだと。

「悪かったよ、レオ」

 思い出してショーンはレオの顔の傷を見る。

(そうだよな。言わば、この傷は自戒の念だろ)

 

 本当は、彼の顔の傷は治すことが可能だった。けれども、わざと彼は残したのだ。

 ――自分を守るために死傷した部下たちへの、せめてもの償いで。

 この痛みと苦しさを消して忘れないと心に誓うために。

 

 あの悪夢のような襲撃事件で、彼の多くの部下が犠牲になり、失われた。

 たとえ側近でなくとも、煮えたぎる悔しさと深い絶望があった。

 

 衝撃的な事実を知って落ち込む玲菜の頭をレオは撫でる。

「後で改めて紹介してやる。白雷のことを。この前見たってことは朱音の腕のことも知ってんだろ? ショックだろうけどお前が落ち込むな」

「うん……うん」

 そうだ。自分が落ち込んでも仕方ないと玲菜自身も分かっていたが、やはり気持ちが沈む。

 

 それから三人は運ばれた朝食をとりながら、しばし襲撃事件について玲菜に語る事にした――。


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