創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第十五話:襲撃事件]

 

 二年前の即位式は、玲菜が行った満月の夜の二日後――新年が明けたシリウスの誕生日に行われた。

 新年の祝いに神話の英雄及び国の守り神の生誕祝い。そして新皇帝誕生。

 その日は国中が歓喜するまさに、歴史的な日になろうとしていた。

 そう、まるで――神が仕組んだかのような。

 

 

 *

 

 

「もうすぐ、皇帝になるから」

 

 薄暗い地下の牢獄で、二人の黒装束の護衛だけを連れた若い男が鉄格子の向こうに居る男にそう伝える。

 若い男は黒髪で青い瞳。整った顔立ちは凛々しく、神話に登場する英雄を思わせる。

 普段、城に居る時はそれなりに立派な服を着ていたが、今日は恐らく今までで一番の立派な装い。色合いは水色や青といった、いわゆる彼を表す色であったが、生地が糸からして違う。上質な絹や金銀の糸での刺繍。国一番の職人が縫い上げた竜の柄は皇家の紋章を模している。

 それだけでも高貴さが漂うのに、散りばめられた宝石や金の装飾が絶対的な権力も象徴する。

 いつもの青いマントはいつもより数倍輝いている。

 

 思えば下町に住んでいたその彼は、運命に翻弄されながらも自らの手で最高の地位を手に入れた。本人が望んだかどうかはさておき。

 

 名を『アルバート=シリウス=スサノオ』という、その日皇帝に即位する男。

 

 

 一方、鉄格子の中にいる男は帝国四賢者の一人と謳われる軍師で考古研究者及び発明家の男・ショーン。

 ここ十年の彼の活躍は恐らく国を変えた程。

 アルバート皇太子のもっとも信頼を置く腹心でもあった。

 投獄の理由は、二日前の皇太子暗殺未遂の件による。

 といっても、殺す気が全く無かったのは本人でなくとも分かる。

 ただ――大事な娘のため、世界を維持するために刃を向けただけだ。

 

「そうか。良かったな、レオ」

 ショーンは秘密の名で次期皇帝のことを呼んだ。

 

「良かったかどうかはわかんねーよ」

 苦笑いをするのはレオ。

 果たしてこの状況が良かったかどうかは確かに分からない。

 皇帝の事も、父親代わりの男がここに入れられている事も。

 それに、愛する女性が行ってしまった。

 再会まで二年待たなくてはならない。

 

「二年後の、十二月五日だぞ」

「え?」

「彼女が帰ってくる満月の夜は」

 ショーンはニッと笑いながら彼に教えた。

「間違いない。俺はずっと計算していたから。ブルームーンはそもそも旧暦が基準になっていて、その日はちょうど向こうの三月三十日。つまり二回目なんだ。玲菜がこの世界にやってきてから、次の時空の渦が開く日になる」

「オヤジ……」

 

「今のうちに言っとくよ。もしかしたら、処刑されるかもしれねーだろ? 玲菜が帰ってきて、迎えが居なかったらかわいそうだから」

 

「処刑なんて……!!

 レオは、事情を知っているとはいえ部下がいる目の前で、言ってはいけないことを呟いた。

「処刑なんてさせない。落ち着いたら密かに解放するから」

「えー」

 なぜか不満げなショーンの声につっこんだ。

「なんだよその反応! 逃がしてやるって言ってんだぞ!?

「だってなぁ〜」

 ショーンは頭を掻く。

「それって、逃亡者になって他の国で密かに暮らさなきゃなんねーんだろ? やだな〜」

「何呑気にわがまま言ってんだよ! でなけりゃ極刑だかんな、皇太子暗殺未遂は!」

 

「だから、当然覚悟してんだよ、こっちは」

 ショーンは立ち上がり、鉄格子に近付く。レオの目の前まで来て格子越しに話した。

「極刑は最初から覚悟してた。玲菜のことを頼んだぞ、レオ」

 その目が真剣過ぎて、レオは苦しくなる。

 

「あいつは普通の娘だから、皇后陛下が務まるかは不安だけどな。ただ、これだけは注意しておくよ」

 ショーンはボソッと告げた。

「側室は作るなよ? 玲菜は絶対に嫌がるから」

「分かってる!! そんな気は更々無い!」

 鉄格子を掴むレオ。

「俺にとって妻は一人だけだ! 絶対に。それはオヤジがよく分かってんだろ?」

 彼女だけを本気で愛しているという他に、彼には精神的な信念がある。

「俺は、あいつ……“父上”のようには絶対にならない!」

「レオ……」

 

「殿下!!

 

 そこで、彼の護衛の一人による止めが入った。

「時間です」

 即位式は間近だ。

 個人の都合で遅らせる訳にはいかない。たとえ、戴冠の当人だとしても。

 レオは鉄格子を離してショーンに背を向けた。

「行ってくる」

「ああ、緊張すんなよ」

「しない」

 

 護衛と共に去る際に、先ほど言ったことをもう一度告げて。

「とにかく解放するから、待ってろオヤジ」

「……ああ、期待しないで待ってるよ」

 手を振りながら、ショーンは『彼の護衛がそうさせないだろう』と感じていた。

 彼らは、忠誠を誓いつつも“絶対服従”はしていないから。

 主の命を守ることが何よりも大事であり、そのためだったら時に命令に背く。

 

 だから自分は彼らに捕まったのだ。

 

 

 それは、レオ本人にも分かっている。

 忍びの護衛の一人は念の為にレオに宣言する。

「アルバート様。私は、ショーン様の解放を手伝えないどころか阻止するかもしれませんので、ご了承ください」

「朱音」

「私たちは殿下のお命を守ることが最優先。もしそれで私を処罰するなり首にするなら、厳粛に受け入れます」

「分かってる」

「もしも、ショーン様の処刑が……執行されましたら、どうか私を恨んでください」

「分かっている!」

 レオの怒鳴り声により、決死の覚悟で発言をしていた朱音は我に返る。

 すぐに下がって口をつぐみ、それ以上は何も喋らなくなった。

 

 レオはため息をつき、地下から脱する階段を上る。

 上った先はきっと眩しいだろう。

 一握りの人間でさえ手に入らない栄光と名誉と権力。すべてを兼ね揃えた地位を自分はこれから手に入れる。

 可能性はあったが欲しくはなかった。

 ただ、ここまで来たら手に入れるとして。

 せっかくなら彼女にも見てほしかったと苦笑いする。

 

 わざわざ人生で一度の堅苦しい格好をしているわけだから。彼女は見惚れてくれたに違いない。何て言ってくれただろうか。

 考えて答えが見つかり、レオは口元を緩ます。

 多分『二十一歳の誕生日おめでとう』だ。

 彼女だけは、即位よりも誕生日を祝ってくれそうな予感。

 

 まさか、この日が悪夢に変わるとは思いもよらなかった。

 

 

 ―――――

 

 

 ――それは、帝冠を受けた直後だった。

 

 そもそも戴冠の儀で最も緊張するのが頭にかぶせる前で。

 即位に不平がある奴が狙うとすると“皇帝になる前”であって、暗殺が多いのもその時になる。

 

 まさか、『皇帝になった』後に襲撃があるとは……思わなかったわけではないが、厳重警戒がほんの少し和らいでしまった時だった。

 

 

 まず、近辺からいきなり毒矢を放ってきた奴は即捕縛された。そういうのは想定の範囲で、周りの悲鳴が上がってもすぐに護衛が新皇帝を囲んで実行犯を捕まえる。

 

 しかし、それは囮で、次に宮廷内で爆発があった。戦と思えるような爆破を内部から受けて騒ぎが拡大する。

 

 そして混乱に乗じて流れ込む賊ども。

 

 厳戒態勢ではあったが、内通者が居たのは間違いなく、侵入するための隠し通路まで造ってあった様子。後でそれはミシェル元皇妃が数年かけて仕組んだ事だと判るのだが、その時はどうしようもない。

 必死に新皇帝を逃がすことを最優先とする。

 だが、それも罠で。

 

 パニック状態であった公の場では控えめだった“暗殺”が、『逃げた』と皆に知らしめた後の皇家の秘密の地下通路で激化。

 本来極秘であるはずの脱出通路に次々と暗殺集団が入り込み、恐らくそれも皇族が関与していた(後にヴィクターだと判明)と思われるが。

 

 

 新皇帝を護衛する者は倒れて、命を落としていく。

 

 薄暗い通路に少人数での行動。それが仇となった。

 なぜなら新皇帝の命だけを狙った敵は闇に特化した者たちで。優秀な忍びの護衛たちも苦戦。

 

 最初に倒れたのはいつも表でレオを護衛していた二人の男。暗闇の中で必死に主を守ろうとして散った。

 

 更に付き添った数人の従騎士が刺し違える中、レオに最も近しいフルドが身を挺した際に背中を負傷。そこで逆上した新皇帝は自ら敵を斬り刻んでいく。

 しかし、即位式の服装は動きにくく戦闘向けではない。

 おかげでいつものような素早い動きや刀捌きは若干封じられて、レオ自身も顔面を負傷。けれど――血塗れながら猛撃する様はある種恐ろしく、敵を後退させる。

 

 

 結局“新皇帝暗殺”の計画は失敗に終わり、敵部隊の撤退は余儀なくされる。

 だが、長年に亘《わた》った皇家乗っ取りの野望は偽者を立てるという最後の砦でほぼ成功。

 

 

 一方、多大の犠牲を以てして逃げ果せた“本物”は、護衛たちをほとんど失い、側近である忍びの護衛の朱音は片腕を失い、黒竜もまた、両足に毒を受けて片方を切断(後に義足)、もう片方も不自由になって護衛や戦闘の任ができなくなる。

 

 レオの目に映ったのは、仲間の死で落ち込む部下の姿だった。

 

 

 

 *

 

 

「――俺たちは襲撃から逃げて宮廷を脱出した後、一度下町のロザンナの酒場に身を隠していた。あそこの部屋を借りて、医者のホルクを呼んで負傷者を診てもらってた」

 ロザンナの酒場というのは、ショーンやレオの行きつけであり。前に玲菜も連れて行ってもらったことがあるが、店主のロザンナが年齢不詳の美人で、銀色の毛並の猫・レナもいる店。別にいかがわしい店というわけではないが、酔った客や個室で飲みたい客のために宿泊できる部屋も用意されている。

 レオは言う。

「フルドの背中も、朱音の腕も診てもらったし、黒竜の脚の切断手術も。なんだかんだでホルクは名医だし、店主のロザンナは店員皆で協力してくれた」

 説明をしながら自分の顔の傷を触る。

「俺の顔の傷も、ホルクなら治せると言った。……でも俺は敢えて残すようにした」

「え?」

 じっと話を聞いていた玲菜が訊き返すと、俯きながら話す。

「あの事件でたくさんの人間が俺の身代わりになって死んだ痛みを忘れないために。鏡を見る度にあの日を思い出すように」

 彼は自分の傷をわざと残しているのだと、解った玲菜はショックを受ける。

「レオ……!」

 それに、フルドの他に見知った従騎士が居ない理由も。彼以外は皆、亡くなったり大怪我を負ったりして付き人を続けられなくなった。

 護衛の二人も死んだと聞いたし、朱音や黒竜もただでは済んでいない。

 今まで傷など付いたことのないレオの顔に二つも大きな傷が付くほどなので、護衛たちが甚大《じんだい》な被害を受けたのは容易に想像できる。

 

 玲菜はレオの辛い想いを感じ取って自分まで辛い気持ちになったが、ふと気になる人物のことを訊ねた。

「あ、その時、ショーンはどうしていたの?」

 牢獄に居たショーンは、一体……。

「俺はさ」

 ショーン自ら答えた。

「即位式の時も牢屋に居たけど、襲撃があって、連中の一人に間違えて鍵を開けられたんだよ。連中は牢に捕まった俺を仲間だと思ったらしくてな」

 襲撃には幾つかの班があって、牢に捕まった仲間を助ける役目の連中も居たらしい。

「俺はまんまと牢から出て、悟った。これはウォルトの仕業の襲撃だろうとさ。それで心配になってレオを捜して」

 続きをレオが言う。

「脱出する地下通路で危機に陥っていた俺たちの前に現れたのがオヤジだった」

 辛かった記憶を思い出すように。

「あの時、混乱の中で次々に仲間がやられて俺は怒りと悲しみで我を失いかけていたんだけど。俺だけじゃなくて、朱音もちょっと冷静さを失っていて。でもオヤジの呼びかけで我に返れたんだ」

 普段落ち着いた朱音でさえ、冷静な判断を欠いていた時にショーンは現れた。

「俺は心を鎮めて、敵を皆殺しにするよりも生き延びて脱出することを考えた。そしたらなんとか犠牲少なく逃げることができて。その後オヤジがロザンナの酒場に誘導したんだ」

 そこで潜伏先の話と繋がる。

 今度はショーンが続きを話した。

「俺がロザンナの酒場に身を隠させたのは、襲撃事件の犯人たちがどこに潜んでいるか分からなくて。優秀な護衛が皆死傷した状態で、皇帝だからと堂々と兵士を呼んで出て行っても、暗殺の危険があったから」

 しばらく身を潜めてから、周りの状況を確認しつつ姿を現そうとしたらしい。「だが――」とショーンは険しい表情をする。

 

「ある日、都中が大騒ぎになっていて。どうやら、襲撃事件で身を隠していた新皇帝陛下が無事に宮廷に帰ってきたらしい、と」

 

「新皇帝ってのは俺のことだぞ」

 レオが玲菜に念を押した。

「分かっているよ」

 彼女が頷くと、自分をあざ笑うように「おかしいだろ?」と言った。

「俺は、その時まだロザンナの酒場に居たんだぞ? それなのに、“俺”が宮廷に戻ってきたなんて」

「実際国民に、アルバート現皇帝の無事報告と、襲撃を企てた容疑者としてレッドガルムの名が挙がったと伝えられた。傭兵団・砂狼も襲撃の賊ではないか、と」

 ショーンは茶を一口飲み、悔しそうな顔をする。

「そこで俺たちは気付いた。レオの偽者が現れたんだと。ウォルトに、見事に皇家を乗っ取られたと」

 

 その後レッドガルムは危険を察知してすぐに砂狼団を解散して身を隠したらしい。自分が捕まって有罪にならなければとりあえずは団員も理不尽に捕まることはないから、と。

 そして、襲撃犯の首謀者容疑として名が挙がったのは彼だけではなかった。

「偽皇帝の側近――多分ウォルトのことだと思うけど。そいつの話だと、襲撃事件を企てたのは『ショーン軍師』らしいんだ」

 笑いながらレオは話すが、玲菜は笑えない。

「ええ!?

「但し」

 ショーンまで笑いながら続きを話した。

「“ショーンは襲撃事件の時に死んだ”って噂がある」

「えええ!?

 驚く玲菜に、レオが平然と話をまとめた。

「まー、襲撃事件の話はそんな感じだ。あとはもう、レッドガルムと合流して、この緑龍城にバシルが居たから真相を話して拠点にすることにして。最初は皇帝の座を戻そうと組織を作ったんだけど、偽皇帝の悪政のおかげで段々反乱軍みたいになってきて」

「ちょっと待って、ちょっと待って?」

 話が終わる前に訊ねておきたい。

「皇帝の座を取り戻すために組織って……なんで? 宮廷に乗り込んで『俺が本物だ』って言うんじゃ駄目なの?」

 偽者が現れた時にすぐに名乗り出る事では駄目だったのか?

 玲菜の素朴な疑問にはショーンが答える。

「多分、無理だろうな。偽皇帝の後ろにはウォルトが付いていて、ウォルトはきっと相当手を回している。ミシェルやヴィクターだけでなく、手下のエニデール民がすでに宮廷には入り込んでいたんだろう。逆にレオが偽者として捕まるよ」

 

 要するに、あの時に名乗り出ても偽者扱いされていた可能性が高く、現状も嘘がまかり通っていて、民衆にもそれが広まっている。いくら真実を訴えても覆すことは難しい、と。それだけ相手の力が強大になってしまった。

 恐らくウォルトに始まった計画ではなく、エニデール民の上層部もしくは民族全体で長年に亘り野望・願いがあったのだろうと判る。

 

「バシル殿と二人で言っても今は無理だろう。下手するとバシル殿まで偽者と手を組んだ謀反者として扱われる。だから、国民の前で暴かなきゃならない。暴くためには組織的な力が必要なわけで。連中の嘘に対抗するだけの力が、な」

 

「そんな……」

 不安そうな顔をする玲菜を励ますようにショーンは告げた。

「大丈夫だよ、もう大分力は集まっているから。ただ、皇帝に反乱する力だけど、まぁ似たようなもんだし。相手をギャフンと言わせてやれば皇帝の座を奪還できる。真実はちゃんと国民に届くよ」

 いいセリフだったのに死語風な部分が気になった。

「ギャ、ギャフンて、昔の漫画じゃないんだから」

 つっこんだのは玲菜だけで、レオに至っては例の如く言葉自体に疑問。

「ぎゃふん? まんが?」

 オジサンっぷりを発揮したショーンは娘に、恥ずかしそうに訊く。

「え? 古かった? えっとつまり、一度相手をコテンパンに……」

「こてんぱん?」

 またもや訊き返したのはレオで、玲菜は「分かった」と頷いた。

「うん、なんとなく理解したから」

 

 つまり、襲撃事件の後、向こうの力は強くなっていたので名乗り出るのは罠のようなものだった、と。だから身を隠しつつ抵抗組織を作った、と。

 抵抗組織にはいつの間にか現皇帝の圧政に反する者たちが集って反乱軍的存在になってしまったが、現(偽)皇帝を打倒する目的は同じなのでそのままにしているらしい。

 そして、見事偽皇帝を打倒した暁には、レオが名乗り出て国民に真実を告げて皇帝の座を奪還する。

 ついでに工作員は排除及び追放。

 

 ――そう、すべてがうまくいくかは分からないが。一応それがショーンの計画であり、反対する者は誰も居ない。

 

 レオは部屋の近くに来ている者たちの気配に気付いたが、敢えて彼女らの話をした。

「朱音はさ、即位式を凄く警戒していて。というか、俺がミシェルに復讐を遂げて、あの女が牢獄に入れられた後もずっと調べていたから。侵入用隠し通路の存在に気付いたんだ」

「え?」

「黒竜は黒竜で、ヴィクターの近辺を調べていた。それで、俺も指名手配中のウォルトの襲撃の可能性を把握していたんだけど。通路を塞ぐ暇は無くてさ。入り口だけはどうにか封鎖したんだけど」

 さすが優秀というかなんというか。しかしその頃は様々な事があったので、手が十分に回せなかったのも現状。

「朱音は、自分の部下を通路入口の見張り役に置いたんだ。部下というか、姉妹みたいな存在の仲間であったけどな」

 

 しかし恐れていた襲撃は実行された。当然封鎖が突破されたのが分かる。同時に彼女たちが全滅したのも。

「皇家の脱出用の通路に敵が潜んでいるのも、さっき言った黒竜の調べで分かっていた。けれど、宮廷は混乱していて逃げるのは不可能だったし、多くの人間が巻き込まれることになるから」

 なるべく犠牲者を少なくするようにした結果、結局忠実な部下たちが犠牲になってしまった。

 分かっていたのに、回避できなかった。

 

「俺は絶対に、皇帝の座を奪還する」

 

 真剣な目で決意を現したレオに、玲菜はなぜか切なさを覚えた。

 なぜ、そう感じたのか。

(レオ、なんか凄く責任を感じているの?)

 大事な部下が深い悲しみに落ちたのが、自分を守る為であったのは明白で。だからといって、悪いのは彼ではないと思う玲菜。

 ただ、本人もそれは分かっていて。それでも自戒せずにはいられないのだ。そして彼らのために、取られたものを取り返さないと示しがつかない、と。

(レオ、本当に皇帝に戻りたいの? 実はそうじゃないんじゃない?)

 なんとなく、そう感じてしまう。

 それともそれは自分の願望であって、彼の想いは違うのか。

 

 玲菜が悩んでいると、会話の終息を見計らったかのようにノックが聞こえた。

 レオは誰なのか確認せずに返事をする。

「いいぞ、入れ」

 

 

 そうして入ってきた三人というのが――

 左腕を失くし、美人の頬に傷を負ってしまった朱音と、朱音よりも少し年下風の若い男。恐らく二十六、七歳といったところで、一見爽やかイケメン風ではあるのに、真面目というか、妙に緊張している白雷《はくらい》。

 最後に杖をついて入ってきたのが、三十七歳くらいの少し渋くて彫りの深い顔をした黒竜。彼は普段顔を隠して黒装束であったのに、もう忍者風の格好ではなく、黒い普通のシャツとこげ茶色のズボン姿になっていた。

 ちなみに義足は左脚で、木で出来ているがいわゆる脚の形をしていて。ズボンに隠れると遠目からでは靴のように見えるので分からない風にはなっていた。

 

 三人は陛下の御前で跪く。

「只今、帰還しました、陛下」

 黒竜がそう言い、何やら難しい言葉で挨拶をした後、玲菜にも言葉を掛けてきた。

「レイナ様、お久しぶりでございます」

 慌てて玲菜は手を向けた。

「あ、あの、かしこまらないでください。あと、跪かないでいいです。フツーに。気楽に」

「だとよ」

 レオも促したことで三人は立ち上がり、まず朱音から挨拶した。

「お久しぶりです、レイナ様。以前と同じようにアルバート様の護衛をしていますし、皆様のことも陰から見守っていますので、何かあれば声を掛けていただければと思います。特にレイナ様は女同士ですので、何かと役に立てるかと。密かに呼んでくださってもすぐに参ります」

「あ、ありがとうございます」

 二年前も朱音にはいろいろと世話になった。女としても憧れるし会話も楽しい。玲菜は改めての再会を嬉しく思った。

 次に黒竜が挨拶をする。

「レイナ様、お久しぶりです。見た通り私はこのような姿になってしまい、大変不甲斐なく存じます。只今は陛下の忍びの護衛ではなく、間諜としての役割を与えていただき、主に情報収集をしている程、よろしくお願いいたします」

 元々彼は情報収集に長けた密偵としても活躍していたので足が不自由でも適役に違いない。

 玲菜が会釈をすると、今度は白雷の紹介に移った。

「私の代わりなのですが、朱音の相棒はこの白雷に任せております。少し頼りなく見えますが腕は確かなのでご安心を」

 紹介されると白雷は直立をした姿勢で胸を張り、遠くに聞こえるような声で挨拶をした。

「じ、自分は!! 白雷と申します。陛下の忍びの護衛であり、レイナ様やショーン様のことも守りますゆえ、以後お見知りおきを!! 用がある場合もなんなりとお申し付けください!!

 まるで新入社員の挨拶か。

 黒竜は頭を押さえた後、「声が大きすぎる」と注意をしてもう一度フォローをしてきた。

「真面目すぎるのが玉に瑕《たまにきず》ですが、腕はありますので」

 玲菜はあっけにとられながら「はい」と返事をして、ショーンは「ククッ」と笑いを堪えていた。

 

 

 挨拶が終わったところで朱音と白雷は下がり、黒竜の報告になった。

「陛下。国民の様子ですが、どの町や集落でも皇帝及び政府への不満が高まってきています。都では比較的穏便ですが、田舎の……特に近隣に里の無い集落などには、あらぬ噂も飛び交っていたりして、不信している様子。そして……」

 分かっている風にレオは頷く。

「反乱軍か」

「はい。同時に反乱軍の噂も広まっていて、中には入隊を希望している者も多いとの事」

「ふ〜ん」

 一見、レオたちに有利な情報な気もしたが。レオは腕を組んで不敵な笑みを浮かべた。

「解せねーな」

 

(え?)

 解せないとはどういうことかと、玲菜が疑問に思っていると、行儀悪くも足をテーブルに載せたのでぴしゃりと注意した。

「レオ!」

「え?」

「足!」

「あ、ああ」

 渋々と足を下ろすレオに笑いを堪えるショーン。ムスッとしたレオが睨みつけるとわざとらしく咳き込んでから黒竜に問う。

「黒竜君はどう思う?」

 

 黒竜は考えるように間を空けてから答えた。

「罠ですね」

 

「え!? どういうことですか?」

 つい、玲菜が口を挿んでしまったが。レオも頷き、ショーンがまとめる。

「そうだな。特に田舎の小さな集落で情報元の怪しい噂が飛び交うのは操作されている可能性がある」

「え! でもどうして皇帝の評判を悪くするような噂を? 反乱軍の人数が増えるばっかりじゃない?」

 玲菜にはそう感じたが、それは安易な考えだ。

「恐らくは反乱軍が動くのを待っているんだろう。一戦交えて、あわよくば首謀者を引きずり出そうとしている」

「え?」

 

 つまり。

「連中は、反乱軍の首領が俺だと薄々勘付いている」

 レオの言葉に、玲菜は以前どこかの町で見た指名手配の張り紙を思い出す。

「国を乗っ取ったあいつらが唯一怖いのは、襲撃事件で逃げ延びた俺の存在であって、必ず仕留めておきたいはずなんだ。でも、二年もの間、全く足取りが掴めていない。焦ってるんだよ」

 彼は笑いながら言うが、玲菜にとっては笑い事ではなく。しかし疑問もある。

「でも、一戦交えても自分たちが負けたらレオを引きずり出せないどころか、向こうにとっては危機だよね? どうしてそんな危険な賭けに?」

 

「負けない自信があんだよ」

 ショーンの意見に同調する黒竜。

「そうですね。きっと切り札があるのだと思います。実際、そういう噂も聞きますし」

 男たち三人は俯き、ショーンが言った。

「ま、そのことはレッドガルムが帰ってきてからだな。他に、黒竜君、あるか?」

「はい」

 黒竜は返事をして、「そういえば」と何かを思い出した。

「あ! 集めた情報とは違うのですが。今朝方に聞いた噂ですと」

「今朝? ずいぶん近いな」

「はい。どうやら、どこかの貴族が秘密裏に反乱軍に協力しようとしているらしく」

「へぇ? 裏切り者か」

 興味津々に身を乗り出したレオは、黒竜の次の言葉に嫌な予感を覚える。

 

「名を確か……カールか、カルロスか。家名は只今調べ中です」

 

 いや。名前だけで即断りした。

「いや、結構だ」

 名前に凄く嫌な記憶が。

「はい?」

 おいしそうな話を聞かずに断ろうとするレオに疑問を感じる黒竜と、なんとなく聞いたことがあって頭を押えるショーン。それに玲菜。

「え? カルロスさんって、あの人じゃないよね? まさか。偶然名前が一緒だとか?」

 偶然の一致であってほしいのだが。

 

 この後まさかの報告が、部屋に来たフルドにより伝えられる。

「陛下! 反乱軍に協力すると言っている貴族が秘密裏に面会を希望してグリーン町に来訪していると、仲間からの連絡がありました! どうされますか?」

 

 嫌な予感は益々増大して、もはや誰にも食い止めることはできなかった。


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