創作した小説が世界の神話になっていた頃
[第二部・第十八話:二人組、再び]
そもそも『反乱』というのは皇帝にとって――つまり皇帝側からすると『反乱』なわけであり。
自分たちにとってはそうではない。
「――で、俺も考えたんだが、せっかく皇帝の反乱軍として人が集まってきているから、“圧政からの解放”っつーことで『解放軍』はどうかな、と」
ショーンは説明する。
「あくまで現状からの解放であって、政治体制を変えるとかそういう目的はない。『革命』とは違うってことだ」
自分たちの目的は“取られたものを取り返す事”である。
「俺たちの真の目的は『奪還』にある」
「なるほど」
頷くレオに、ショーンは自分の考えを述べた。
「あと、お前のことを首領って呼ぶのは、やめた方がいいかもしれねーな」
「え?」
「お前はカッコイイっつって気に入っているようだけど、実際イメージ悪いから」
そんなことを言われても。
「イメージ悪いってなんだよ」
レオが訊くとショーンはニッと笑う。
「解放軍の印象は、できるだけ良い方がいいんだよ」
「印象……なるほど」
同調したのは黒竜だ。
「俺は別に良い印象じゃなくてもいいけど」
首を傾げるレオに、ショーンはズバリ指摘をした。
「お前は、他人にどう思われてもいいって考えだから分からんだろうけど、印象ってのは意外と大事なんだぞ。結構いろんなことを左右するし」
「……そうなのか」
ショーンは「まぁいいか」と頷き、名前等のことは後回しにする。
それよりも、今後の作戦について本格的に考えていかなければならない。情報もできるだけ集めないと。
自分たちの軍に人が集まるのは有り難いが、なるべく犠牲も出したくない。
「ふぅ」
頭を悩ませながら今居るメンバーと会議を続けた。
一方その頃。
玲菜は昨日の続きの掃除と洗濯を終わらせて一人で昼食をとる。
残念ながらウヅキはまだ警戒しているのかそんなに近寄ってこない。ご飯をあげるとそれだけ食べてどっかに行ってしまった。
寂しかったが仕方なく、食器を片づけると出掛ける用意をする。
一度食料庫と冷蔵庫を確認してから、とりあえず安くて新鮮な魚を目当てに買い物へ向かった。
湖族の村は小さな集落が湖の周りに幾つか点在する。その中で一番大きな集落が湖の西側に存在して、そこには族長の家があり、店なども多くて中心地と言える。
玲菜たちの家も同じ集落内にあって、買い物等には便利な地域であった。
特に魚市場は、安さと新鮮さ目当てにグリーン町からも客が来るので賑わう。或いは、近隣の村から少し遠出をしてやってくる客もいて、凄く繁盛している様子。
また、養殖も盛んになり、二年前よりも圧倒的に漁業で村全体が潤ってきている。おかげで湖賊稼業をする者もいなくて安定した生活を皆がしているようだった。
以前来た時よりもずっと良い雰囲気になった集落の小道を、玲菜はのんびりと歩く。ちょうど梅が咲いて綺麗だし暖かくてのどかだ。
元々この辺りは気候が良いらしいが、春の匂いにわくわくする。
ぽかぽかの陽気と暖かい風。ふと見ると小川があって、せせらぎがまた風情を感じる。
(いいな〜、ここ。レオと二人で並んで歩きたい)
そんなことを考えていると、目の前に子供たちの集団が居て、何やら騒いでいた。
それは――泣いている女の子に慰める数人の子。かなり長い木の棒を持ち、近くにある小さな池に向かおうとする男の子たち。その中の一人が「届かないから誰か大人に頼もう」と言った後、玲菜に気付いて駆け寄ってきた。
「すみません、お姉さん」
「は、はい?」
どうやら、泣いている女の子の大事なブレスレットが池の中に落ちてしまい、木の棒で引っかけて取ろうとしているのに届かないとの事。
池自体は小さいが意外と深く、中に入って取ることも難しい。勇敢な少年が一人、潜って取ろうとしたが他の子にそれを止められた様子。
大人ならば届くかもしれない……と、期待してちょうど近くに居た玲菜の所に助けを求めにきた。
「大丈夫だよ、あのお姉ちゃんが取ってくれるよ」
子供たちの期待を背負って玲菜は長い木の棒を持った。
落ちないよう、足で踏ん張りつつ棒を伸ばして池底にあるブレスレットを引っかけようとする。しかしこれが中々難しい。
池に落ちたら最悪だしまだまだ水は冷たいので危険でもある。
玲菜は目一杯腕を伸ばしたが、あと少しという所で届かなく、後ろで見ていた子供たちは落胆した。
「ぼく、もっと背の高い大人を呼んでくる!」
一人の男の子がそう言って駆け出して、玲菜もその方が良いと子供たちに木の棒を返した。
「ごめんね。届かなくて」
「ううん、おねーちゃんありがとう」
「ありがとう」
一方、先ほど潜ろうとした少年は「やっぱりおれが潜って取ってくる!」と意気込んで靴を脱ぐ。さすがに玲菜もそれは止めた。
「駄目だよ、水冷たいよ! 危ない。あんな長い木の棒でやっても届かないんだから、見た目よりも深いだろうし」
こういう時、レオや朱音が居たらなんなくサッと取ってくれそうで。玲菜は自分の力不足を心の中で嘆く。その矢先――
「背の高い大人連れてきたよ〜〜〜」
つい今しがた大人を呼びにいったばかりの男の子がもう見つけたと嬉しそうに戻ってくる。
しかしその大人は何かを勘違いして叫んできた。
「池で溺れている子供はどこだーーー!?」
「えぇ!?」
驚く子供たち一同と玲菜。連れてきた男の子は慌てて「違うよ、おじちゃん」とつっこんだが、一緒に居たもう一人の小柄な大人が男の子に注意した。
「おじちゃんではありません、お兄さんです!!」
いや、むしろ玲菜は男の子の連れてきた大人二人に見覚えがあって目を疑う。
(え? あの二人って……)
そして気付いたのは向こうも同じで、しかもなぜか更に勘違いをしてきた。
「あ、貴女はまさかレイナさん!? レイナさん、危なぁあああいっ!!」
危ないのはお前だ。とは、誰も……子供たちでさえつっこめなかった。
―――――
結局、男の子が連れてきた大柄な男は、玲菜が池に落ちると勘違いしたらしく、助けようとして自分が落ちるという失態。しかし、おかげで女の子のブレスレットを取ることには成功。
子供たちには感謝されるが、男はずぶ濡れで。
不憫に感じた玲菜は家が近かったのでタオルを取りに帰って、戻ってから一枚渡した。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、今日は暖かいし」
大柄の男はそう言うが、体は震えているし唇が若干紫色になっている。池の水が相当冷たかったらしい。
眼鏡を掛けた金髪おかっぱ頭の従者らしき小柄な男は、タオルで拭ける所を拭きつつ、心配そうに促した。
「カルロス様、風邪を引いてしまいます。すぐに宿に戻りましょう」
そう、大柄な男は例の“カルロス”であり、以前別の場所で会ったことのある茶髪の男。割れ眉が特徴的で貴族風であって、反乱軍に入りたがっていた。
(こんな所に居るなんて、やっぱり同一人物なんじゃないの?)
本拠地で聞いた『反乱軍に入りたいが為にグリーン町に来ているカルロスという名の貴族』との一致を感じる玲菜。
もう決定的な気がする。
カルロスは従者の言葉に「うん、うん」と頷きながらも玲菜をじっと見て嬉しそうな顔をする。
「しかし、レイナさんにこんな所で会えるとは……運命を感じる」
「え?」
玲菜は首を傾げたが、それよりも従者がコソッと告げた。
「何言ってるんですか。反乱軍がこの近くに潜んでいるということは、レイナ様ももしかしたら居るかもしれないと、捜していたんじゃないですか、若様!」
「うるさい黙れタヤマ!」
顔を赤くしながらカルロスは改めて玲菜の方を見る。
「相変わらず美しい」
「は、はい?」
もしかして口説かれているのか? しかし突拍子もないので呑み込めない玲菜。
カルロスは妙に感動した風に話す。
「しかも、わざわざ家に帰ってまでタオルを持ってきてくれるなんて、やはり親切な人だ」
「え、えーと」
「レイナさん!」
呼ばれて「はい」と返事をすると、彼は何かを成し遂げた表情で言った。
「貴女が無事で良かった!」
「無事?」
本人は、まさかの『彼女を助けることができた満足感』に浸っている様子。
「どうか気を付けて。この時期に池に落ちたら風邪を引いてしまうから」
それはこっちのセリフだ。
玲菜は念の為に返した。
「あの……カルロスさんも、風邪引かないように気を付けてください」
「いや、心配無用!」
カルロスの代わりにタヤマが続きを言う。
「馬鹿は風邪引きませんからね!」
「そう、バカは……」
同調しそうになりながらも貶されたと気付いたカルロスは従者を締め上げる。
慌てて止めると、冷たい手で玲菜の手を掴んできた。
「レイナさん」
手とは裏腹に熱い眼差しだったので一瞬ドキッとしてしまう。
「タオルを貸してくれてどうもありがとう。後日、必ず洗って返す」
「いえ! 別に洗って返さなくても」
「では、新品を」
「え? 新品? い、いえ!」
そういう意味ではないと玲菜が言いかけている途中で、カルロスはにこやかに笑い「では!」と挨拶をして従者のタヤマと共に去っていった。
引き留めようかとも思ったのだが、彼が少し離れてからクシャミをしている様子を見ると寒いのを我慢していたのが分かり、引き留めない方がいいかと思い直す。
(別に、返さなくてもいいのに)
タオルは別にあげてしまっても構わなかった。
「返す」と言われるとまた会う約束をしたみたいで、なんとなくレオに悪い気がするから。
(やましい事は無いけどさ)
レオが気にするようなことは一切無いとしても。もしかしたら、カルロスが自分のことを気に入っているような気もするし。……自意識過剰かもしれないが。
(やっぱ、自意識過剰かな。あの人、女の人に対して皆にああいう態度とる人なのかもしれない)
どちらかというとイケメン風な貴族であるのできっとそうだ。
(ただ、“いい人”ではあるよね)
少々勘違いが多いのだが、最初に子供を助けようとしてやってきたのは事実。
玲菜はカルロスたち二人を見送った後に買い物を思い出して魚市場の方へ出向いた。
今日はそれが目当てで家を出てきたのだ。いろいろあって遅くなってしまったが、気を取り直して湖の方へ歩き出す。
魚市場は湖の近くにあり、いつでも新鮮な魚が一番に運ばれてくる。魚を売る屋台は朝から夕方まで活気があり、賑わっている。
まず、威勢のいい叩き売りに圧倒されそうになるが、そこは都の市場でも慣れているので臆さず。玲菜は人混みの中、安くて美味しそうな魚をじっくりと探した。
そうしてたくさんの魚を買うことができて満足げに帰る玲菜。本当はもっと買いたかったが一人では持ちきれない。
(今度はレオと一緒に買いに来よう)
数の割には安く済んでさすが噂通りか。
汗を掻きながら持ち帰って、レオとショーンの二人が帰ってくるのを待った。
その夜は、玲菜の買った新鮮な魚でショーンが腕をふるってご馳走を作った。
香ばしい匂いの焼き魚にはショーン特製のタレがかかり、カリッと揚げた塩味のフライもあるし、レオの好物の魚の生肉(刺身)が何皿も並ぶ。
レオは夢中で無言ですぐに平らげたし、玲菜もたくさんの魚料理に舌鼓を打つ。
(やっぱりショーンの料理は最高!)
ショーンというか、父の。
美味しい料理は幸せな気分になれる。
玲菜は夕食の後に皿洗いをして風呂に入ったが。
風呂から出ると、満腹になったレオがまさに幸せそうな顔をしてソファで寝ているのを見つけたので起こした。
「レオ! ソファで寝ちゃ駄目! あと、食べてすぐに寝たら太るよ」
まぁ、もしかしたら彼は太らないかもしれないが居間で寝るのはよくない。
「レオ!」
ショーンは風呂に入っていて自分しかいないので運ぶこともできない。
「起きなってば!」
「……ん?」
彼はボンヤリ起きて目の前の玲菜の姿を確認すると腕を引っ張ってきた。
「レイナ」
玲菜の背中に腕を回して抱きしめてくる。
「ちょっちょっと!」
「こういうの幸せって言うだろ? 違うか?」
酒を飲んでいないはずなのに、まるで酔っている。
しかし、確かに。
「う、うん」
玲菜は目をつむった。
「幸せだよ」
しばらくそのままでいて幸せを感じる二人。
美味しいご飯に好きな人との抱擁。
間違いない。
「レイナ……」
レオはなぜかためらいながら訊いた。
「明日、一緒に出掛けるか?」
「え? 明日?」
「ああ」
「でも、明日も緑龍城に行くんじゃないの?」
玲菜はそう思っていたのだが。
「ああ、うん」
レオは間を空けてから答えた。
「いや、いい。明日はやめる」
「やめる?」
いくらリーダーだからといって、予定していたことを一存で中止しようと決めてしまうのはさすがか。
「やめたい」
自分の想いを告げる彼に戸惑う玲菜。
「え、でも……」
小さな声で、彼は言った。
「全部やめたい」
「え?」
今のは、まさか本音か?
しかし玲菜が訊き返しても続きを言わずに沈黙が流れた。
玲菜は何も声を掛けられずにただ彼の髪を触る。
(レオ……“全部やめたい”って。それが本音なの?)
もしかして、自分にだけ弱音を告げてくれたのか。
(そうだよね、やめたいよね)
自分だって、やめてほしい。戦は絶対に嫌だし、そういうのが無く平穏に暮らせたらどんなにいいか。
けれど、周りも運命もそうさせてくれない。
せめて、彼の抱えるものを自分が軽くできたら……
(レオ……)
「うん、分かった。明日一緒に出掛けよう?」
突然玲菜がそう言ったのでむしろレオの方が驚いて腕を放した。
「え?」
「明日は会議お休み! でしょ? リーダー」
一瞬止まって。
慌て出す。
「は? いや、……」
確かに自分で言ったが、半分逃避であって。何て答えようか戸惑うレオに恋人はニッコリ微笑んだ。
「明日はデートしようよ、ね?」
―――――
翌日は快晴でまさにお出掛け日和。
結局、娘に弱い父親は二人のデートを許してしまい、会議の予定は変更。
わがままが通る形になって気まずいながらも、レオと玲菜は二人で出掛けることになった。
ショーンは自分の甘さを反省しつつ家を出る二人に声を掛ける。
「気を付けろよ。あと、明日からはまた忙しいからな」
「ああ」
返事をするレオは妙に恥ずかしそうで玲菜はご機嫌。
仲良さそうに出ていく二人を見送ってからショーンは台所に戻って茶を片手に新聞を開いた。
(俺も、酷い親父だよな)
彼が自分自身で決心したとはいえ、重荷を背負わせている。
(今日は、“皇帝”とか“反乱軍”とか全部忘れて楽しんでこいよ、レオ)
或いは、今夜はどこかで泊まってきても……いや、今のは無しだ。それはさすがに良い気分ではない。
(但し今日中に帰ってこないと泣かす)
一方、家を出た二人は、春の日差しを暖かく感じながら小道を並んで歩く。
少し化粧をしてオシャレな格好をしていた玲菜に見惚れていたレオは、彼女が自分の手を繋いできたので握り返した。
そういえばちょうど梅が満開でもうすぐ桜も咲くし、自分の誕生日も来る。
二年前は最悪な誕生日を迎えてしまったが、今年は彼女が居る。それだけで何も要らない気がする。
「そういえばお前の誕生日は三月だったな」
ずっと前に訊いたことだが、レオは憶えていた。
「やっぱり暑いのか? お前の時代も」
この時代の三月は夏にあたる。
玲菜は首を振った。
「違うよ、暑くない。だって三月は春だもん。ちょうど今みたいな梅の咲く季節だよ」
「へぇ?」
聞いた途端に思い出すレオ。
「ああ、そういえばオヤジに聞いたことあったな。四月も春だって聞いた。旧世界では、俺の誕生日が四月の後半だって」
「そうなの?」
「確か」
なるほど、と思いながら玲菜は彼の二の腕に頭をくっつけた。
「じゃあ、同じ春生まれだねー!」
「ああそうか」
返事をしつつ、レオは落ち着かなくなる。
しばらくそのままで歩いた後、玲菜がポツリと言った。
「昨日ね、レオと二人で歩きたいって思ってたんだ。この道」
春の暖かい陽気を感じながら、梅と花の匂いのする道を、こうして手を繋いで並んで歩く。
小川のせせらぎものどかで心地いい。
近くでは子供たちが遊ぶ声も聞こえるし。
「あ!」
ふと、昨日のことを思い出して立ち止まる玲菜。
カルロスのこと。
「どうした?」
レオに言っておいた方がいいだろうか。
昨日、彼とここで遭遇した、と。
だから、きっと彼は例の『カルロスという名の貴族』と同一人物であり。
「ね、レオ……」
俯いていた玲菜は顔を上げて口を開いたが、いきなり目の前に彼の顔があって。
びっくりしながらも反射的に目を閉じた。
閉じたのは目だけで、開いたままの口には彼の唇が触れる。
……長いキスが終わると、彼が無言で歩き出したので玲菜も無言になって手を繋ぎながら隣を歩いた。
顔も、上げられずに下を向く。
鼓動が速いし高揚するし紅潮も。
不意的なキスは未だに反則技な気がする。
(どうしよう。顔上げられなくなっちゃった)
ドキドキして。
二人はしばらく無言で歩いていたが、そういえばどこに向かっているのだろうと玲菜は疑問に思った。
どちらかというとレオには目的があって、玲菜を引っ張っている風ではある。
この沈黙を破りたいことだし、玲菜は勇気を出して訊いてみた。
「あ、あの、レオ」
「ん?」
「どこ行くの?」
「ああ。俺はグリーン町に行こうとしていたけど。お前は行きたい所あったか?」
グリーン町だったのか。
玲菜は首を振った。
「無いよ。どこでもいい!」
二人は小道を歩いて湖の南側にある帝国領・グリーン町へ向かった。途中で湖の畔の並木道に入り、キラキラと光る水面を見ながら進む。
そしてようやく壁に囲まれたグリーン町に着き、二人は街中を歩き始めた。
グリーン町は和風の湖族の村と違って、いわゆる(玲菜の感覚でいう)欧風であり、サイの都と建物の雰囲気は似ている。
先ほど町に入る際に壁門を潜ったが、壁はまだ建設中で町すべてを囲い切れてはいない。建物も建設中が多く、今は人が集まって住み始めている状態。
栄えるのは数年後だろうか。
しかし水も食料も豊富で気候も良いし、暮らしやすそうな場所ではある。近くにまだ開拓できそうな土地も多々あるし。
開拓というのはつまり地下を掘るということ。もしも豊富な資源があれば一気に発展する可能性を秘めている。
建築士や大工たちがたくさん行き交う道を歩きながら、二人は仲良く街並みを眺めた。
造りかけの建物の、高い危険な場所を人が歩いていると玲菜はびっくりして声を上げそうになったし、どんな建物ができるのだろうと想像するのも楽しい。
中心地は、小柄だがオシャレな店が建ち並び、石畳の広場に在る、小さな屋台が売る食べ物の美味しそうな匂いはレオの足を止めさせた。
レオは気になる……というか、全部だったのだが、屋台に売られる食べ物を片っ端から買い、二人で近くのテーブルに着いてお昼にした。
それから、楽しくお喋りをしながら食事をして、終わると今度は広場周辺の店に入る。
小物や服を見て、休憩の時は小さなカフェ風の店で茶を飲む。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、気付くと朱色の夕日が町を照らしていた。
昼間とは打って変わって風は冷たくなり、玲菜は朱色の空を見上げた。
「もう夕方だね」
だいぶ陽は伸びたが、夜はやってくる。
なんとなく寂しい気分。
けれどそろそろ帰らなくては。
二人は手を繋いで元来た道を戻る。
心なしかペースはゆっくりで。
名残惜しくグリーン町の門を潜って家路へ向かった。
しかし……行きに通った湖の畔の並木道で立ち止まるレオ。
玲菜も止まって夕日でキラキラ光る水を眺めた。
「綺麗……」
水面がこんなに輝くなんて神秘的すぎる。
湖は空の色を映して金色っぽく輝き、緑龍城の影も映しこむ。その緑龍城も西から日を浴びて湖と同じような色に染まる。
「凄い」
まるで、絵画の世界。
あまりに綺麗で立ち尽くす玲菜の肩を、レオは掴んで自分の方に向けた。
「レイナ」
じっと自分を見つめるまっすぐな瞳から目をそらせない玲菜。
彼は思いつめた様子で告げる。
「今日は、このまま一緒に」
「え?」
「つまり、もしもお前がいいと言ったら、今夜は家に帰らない……」
「レイナさん!? レイナさぁあああああん!!」
まさか、この状況でありえない邪魔。
玲菜を呼ぶ男の声に、レオは物凄い形相で振り返る。
当の玲菜は呆然。
駆け寄ってきた二人組の男に、更に目を疑った。
「え?」
驚愕したのはレオの方だ。
「な、なんで……あいつが!?」
いや、あいつが例の“アイツ”なら、ここに居るのも不思議ではない。
しかし、信じたくない。
奴は嬉しそうに駆け寄ってきて信じられない言葉を放った。
「レイナさん!! 今日も会えた!! いや〜良かった」
そう、駆け寄ってきたのはカルロスと従者のタヤマ。
それはレオにも分かったが、それよりも聞き捨てならない言葉があった。
「今日も?」
カルロスは玲菜に近付き、タヤマが荷物の中からタオルを取り出した。まさしく、昨日渡したタオルだ。
照れながらカルロスは言った。
「実はこれを返そうと、今日レイナさんの家の近くまで行ったんだ。でも居ないようだったから。……けれどまさかこんな所で偶然会えるとは! まるで運命!」
「ちょっと待てよ!!」
そこには、獣のような鋭い目つきでカルロスを睨むレオの姿が。
「どういうことだ? なんだよ、返すって。なんでお前が家を?」
その尋常じゃない殺気に従者のタヤマは怯えたが、鈍感なのかなんなのかカルロスは気付かずにレオ自体に気付いて声を上げる。
「あれ!? あ! 貴方はレオ殿!? レオ殿じゃないか!」
玲菜と交互に見て悟ったように言う。
「あれ? 二人はもしかして……買い物かな? 反乱軍に必要な物か何かを買ったとか?」
しかも声がでかい。
周りに人が居ないのが幸いだったが。
「わ、若……」
タヤマは主人の察しの悪さに頭を押さえる。
一方レオはカルロスを無視して玲菜に訊ねた。
「どういうことだよ。昨日、俺が居ない時にこいつと会ったのか?」
「会ったっていうか」
「タオルを貸すってやけに親密だな」
明らかに目が怒っていて、玲菜は慌てて弁解する。
「親密じゃないよ! 昨日は偶然に会っただけだもん。タオルもカルロスさんが池に落ちたから貸しただけで」
なぜか親密という言葉でカルロスは照れ出した。
「レ、レオ殿! 親密だなんてそんな! 俺とレイナさんはまだそこまでじゃ……」
「若、ちょっと黙ってくださいね」
レオと玲菜が恋人だと察しているタヤマは、誤解されそうな玲菜をかわいそうに思って助け舟を出してくる。
「実は昨日、レイナ様とうちの若が池の近くで偶然に居合わせたのですが、その時若が池に落ちてしまい。親切なレイナ様がタオルを貸してくれたのですよ」
タヤマに感謝をしつつ玲菜は付け足す。
「私は買い物で外に出た途中だったの」
レオは間を空けて話を呑み込んだようだが、それでも不快な様子。
「そうだったのか」と小さく頷くと、玲菜の手を引っ張る。
「分かった。じゃあもう帰るぞ」
「あ、ちょっと待ってくれ、レオ殿!」
引き留めようとするカルロスを案の定に無視して強引に歩き出した。
「え? レオ!」
慌てるのは玲菜も同じく。先ほどカルロスが来る前に彼が何かを言いかけていたようだったのでそのことが気になったが、無理矢理引っ張られて連れて行かれた。
急いでタヤマがタオルだけを玲菜に手渡す。
カルロスはなんだか分からずに唖然として二人を見送った。
日の暮れる帰路で。
玲菜は彼に訊ねる。
「ねぇ、さっき何か言おうとしていたでしょ? なんだったの?」
もしかして、家に帰らずに今日は泊まろう、と。言おうとしたのではないか。
「別に」
だが彼はこちらを向かずにそう答える。
「ねぇ、怒ってる?」
「いや」
いやと言ったが、声は冷たく。玲菜は落ち込みながらレオの斜め後ろを歩いて帰った。