創作した小説が世界の神話になっていた頃
[第二部・第二十話:地に眠る兵器]
不安な時、時間が経つのはなんて遅いのだろう。
どのくらい経ったのかは分からないが、眠くて……そして何度も泣いて疲れた目を擦る玲菜。
もう目は腫れてしまった。
(今、何時だろう?)
多分夜が明けたか。空は少しずつ暗さが薄くなってきている様子。
ソファで毛布を被っているが寒い。
段々気候が暖かくなってきたとはいえ、朝晩はまだ冷える。
ふと、二階から階段を下りる足音がした。
それはショーンであり、居間を見て、まだ眠らずに待っている娘に驚愕した。
「玲菜! お前、まだ居たのか」
実はショーンも起きていて、研究がてら煙草を吸いながら待っていたのだが。娘が一睡もしていないことを心配する。
「もう朝だから、今からでも寝ろ! 後は俺が待ってるから」
しかし玲菜は首を振った。
「もう目が冴えちゃったし、いいよ。多分もうすぐ帰ってくるから」
冴えたというより腫れている目を見て、ショーンはますます心配した。
(泣いてたのか?)
確かに恋人が朝帰りなんて、泣くに決まっている。
(いや、あいつに限って浮気とかはないと思うけど)
かつて彼は女にだらしがなかったが、それは本当に好きになった相手がいなかっただけで。当人は意外と真面目ではあるし、まして玲菜のことは本気で好きなのだと見ていて感じる。
しかも女に免疫があるので誘惑に負けるということも無いと思うのだが。
それとも何者かに襲われて?
(それは可能性があるけど、朱音さんたちがいるし。身動きが取れない状態だとしても、忍者の誰かから俺に連絡が入りそうだがな)
そう思っていた矢先だった。
玄関で物音がして、鍵の開く音が。
そして……
ショーンが急いで玄関に向かうと、ドアを開けて入ってくるレオの姿。
「お前、何やってたんだよ!」
つい、ショーンは怒鳴り声を上げてしまった。
するとレオは頭を押さえて辛そうにする。
「お、オヤジ。朝っぱらからなんだよ。俺は今眠いし頭に響く」
これは昔よくあった光景で、ショーンは察した。
「お前、朝まで飲んでたのか?」
「た、頼むから静かにしてくれよ。アイツが起きる」
アイツとは恐らく玲菜のこと。
ショーンは呆れ返った顔をした。
「なんだよ、なんかヤマシイことでもあるのか? 玲菜にバレたくないこととか」
レオは靴を履き替えて、少し黙ってから遅い返事をする。
「別に」
そして居間には入らずに階段を上って自分の部屋に入ってしまった。
ショーンはため息をついて居間に戻る。ソファに座ったままだった娘に声を掛けた。
「なんで出迎えに来なかった?」
彼は玲菜が居間で待っていたことに気付かずに寝てしまった。
せっかく待っていたのに知らしめなくて良かったのだろうか。
寒い中、眠らずに一晩中待っていたのに。
「うん」
俯いた玲菜はか細い声で言った。
「分かんない。こっちに来るかと思って」
言いながら立ち上がり、静かに歩き出す。
「寝るね」
彼が帰ってきたのを確認した。もう起きていても仕方ないので玲菜は自分の部屋に戻ることにした。
二階に上がっていく娘を見送ってから、ショーンはソファに座った。
煙草を出して一服しようと火を点ける。
(一服したら俺も寝よう)
この齢で徹夜はさすがに応える。
一方、二階に上がった玲菜は、自分の部屋に入るなり涙を流した。
夜中に何度も泣いたのに、まだたくさん出てくる。
声が出そうなので堪えるために口を押さえる。
肩だけを震わせて声を殺した。
――出迎えに行けなかった。
足が動かなくて。
ずっと待っていたのだから、「何していたの!」と怒っても良かったはずなのに。そしたら彼は訳を話してくれたはず。
……でも、できなかった。
婚約者が無断で朝帰りなんて、普通は怒るべきなのに。
(私ってほんとヘタレ)
ショーンの質問と彼の答えが聞こえて、足が動かなくなってしまった。
『ヤマシイことがあるのか? 玲菜にバレたくないこととか』の後の『別に』で。
(なんで否定しないの?)
『別に』ではなく『無い』と言ってくれれば良かったのに。
(ヤマシイことが、あったとか?)
昨日の夕方、美女と酒場に入っていくのを見た。
人違いなら良かったのに、多分本人だ。『飲んできた』という答えで決定打。
まさか。
(何かあったの?)
怖くて訊けなかった。
たとえ『無かった』と言われても信じられるかどうかも不安で。
玲菜はベッドには行かずにドアの前で座り込み、声に出さずにしばらく泣いて落ち込んでいた。
やがて、昼になり。
朝方に寝た玲菜はようやく起きて、ボーッと着替えてから一階に下りる。
ショーンとレオの二人は緑龍城に行ったらしく、その事が書いてある置手紙と昼食がテーブルにあった。
元気が出ないながらも玲菜はショーンの用意してくれた料理を食べる。
ふと、食欲の無さや寒気、頭のだるさに気付いた。
(あれ? ちょっと待って。これって……)
もしや風邪――つまり、熱があるような気がする。
(ああ、最悪)
明らかに昨夜のせいだ。自業自得というか。
この世界で初めて病気に罹ってしまった不安もある。
(でも、大丈夫だ。寒さで熱出しただけなら、寝てればきっと治る)
今日は家事などはせずに一日寝ていようと心に決めた。
明後日にはミリアやアヤメと裁縫の約束をしているので、早く治さないといけない。
玲菜は食事が終わると歯を磨いて服をまた寝間着に替えて自分の部屋のベッドに戻った。
―――――
一方その頃。
緑龍城にて。寝不足ながらも密会議及び訓練等をするレオとショーンに、昼食後重要な報告が入った。
それは、レッドガルムが到着するという事。
旧クリスマスの日に、赤い服ならぬ赤い髪の男の到着に喜ぶのはショーンで、彼には重要な情報収集を任せていた。
もしかすると反乱のための戦の攻略や準備に欠かせない話。
ショーンには結果を聞く前に予想する部分があり、万が一に予想が当たると最悪なことになりかねない。こちらも相応の対策を練らないといけない事。
どうか外れてほしいと、ショーンは信仰していない神に祈ってみた。
しかし――
赤髪の男は、到着するなり休まずに密会議室へ直行。
組織のリーダー及び極少数の幹部に早速報告をした。
「調べた結果ですが」
口調は酷く重い。
「鳳凰城塞近辺の地下の資源は旧世界の兵器で間違いなく。もうすでに発掘が進められている様子。幾つかとんでもない物が見つかったとの噂もあります」
「ああ」
声を上げて頭を押さえるのはショーン。
恐れていた予想が当たってしまって考え込む。
鳳凰城塞付近の地下は前々から地下資源が豊富で、故に強力な要塞を建てていたわけだし、資源の中に兵器がある可能性もあったので他国から狙われる土地であった。
そこを抑えてしまえば、距離・資源・武器……そして発掘され得る兵器でサイの都を陥落させることは容易に可能。だからこそ隣の大国も長年に亘り狙っていたわけであり。
二年前の戦でも必死に守った。
しかし、狙われる土地だからこそ地下発掘の開拓が遅れて、旧世界の兵器の存在は伝説化していた。
奇《く》しくも、二年前にシリウスとも謳われるアルバート皇子の活躍により、隣国から休戦が申し込まれたことによって、以後、本格的な発掘が開始される。
「ついに見つけちまったか」
深刻な顔をするショーンにレオが首を傾げた。
「旧世界の兵器って、そんな強力なのか?」
この世界にも……というか、自分らの知る範囲ではあるが、一応兵器はある。一番強力なものが大砲であって、装填に時間がかかるという以外はかなり恐ろしい兵器ではある。それと、単発銃も一応少ない数だが存在する。但し、いわゆる一発ずつしか撃てないのと、狙撃用の長身式しか無くて、威力があまりないので(至近距離ならまだしも)鋼の甲冑にはほとんど効かなく、主に砦などで弓矢と同等に扱われる。同じ射出武器ではむしろ機械仕掛けの弩の方が遥かに勝る。
「いつの時代かによる」
ショーンは答えた。
「中世とかのだったら、そんなに恐れるもんじゃねぇし、もしも近代や現代、それ以降のだったら危険極まりない。近代はまだしも、第二次世界大戦以降とかだったらまずいなんてもんじゃない」
単語は理解できないが、考古研究者の知識に緊張が走る一同。
レオだけは、考古研究者だけの知識ではなく実際に旧世界に暮らしていた知識もあると知っていたが。ショーンは頭を抱える。
「2012年以降だと俺もお手上げっていうか、調べてはいるんだが資料も文献も少ないし。多分ほとんどの記録がデータで残されているからだろうな〜」
「でーた?」
「うん。紙じゃなくて、なんつーか……パソコンとかで……えーと」
ここに居る人間になんて説明しようか悩むショーン。
2012年というか、その前から資料はほとんど見つからないのだが、自分自身で過ごした知識がある。向こうの世界では歴史も独自に勉強したし、映画や本、インターネットでも調べていた。
(まさかこっちに戻ってくるとは思わなかったけど)
愛する人を見つけてから、その人が亡くなっても娘と共に一生を過ごそうと思っていた。
結果として、娘のおかげでこちらに戻ってきた。
(わかんねーもんだな、人生って)
「ま、とにかく、紙以外で残す方法があったんだよ、高度文明の旧世界には」
レオの付き人としてこの場に居るフルドが恐る恐る訊ねた。
「魔術師の使う魔法……みたいなものですかね?」
ちなみにこの世界の神話を信仰する人々の間では巫女や預言者、聖職者の神秘な力……等は信じられていて、魔術や魔法もあやふやな存在ながら信じられていた。(但し聖なる力ではなく悪魔の力と見なされると異端審問にかけられる場合がある)
「魔法とは違う。科学の力だ」
答えながら、そういえばと確認するべきことを思い出すショーン。
「ところで旧世界って、前世界の方か?」
発掘される物は前世界とは限らず、それより前の世界の物の場合もある。ただ、旧世界の物として出てくるほとんどが前世界かもしくは前々世界の物であり、玲菜たちの住んでいた前世界を『人間の世界』、その前の世界を『精霊の世界』と呼ぶこともある。
レッドガルムは頷きながら答えた。
「そうです。前世界の兵器と聞きました」
「ああ、うん」
なまじ知っている世界だからこそ破壊力が予想できて恐ろしい。
しかし、恐ろしさはそこではなく。
言い難そうにレッドガルムは告げる。
「ただ、扱い方や威力が分からないので、試し撃ちや実験が行われていると聞きます」
通常は的などを使うのだが、何せ旧世界の兵器は圧倒的に未知な物になる。優秀な考古研究者を集めても謎が多い。
「狩りの動物を使うということですかな?」
そういう場合もあるので、バシルが訊いたが。レッドガルムの口から出たのはもっと残酷な現実。
「そうですな。まぁ、動物といっても“人間”ですが」
「な、なんと!!」
一気に場は凍りつき、バシルは青ざめる。
ショーンは目をつむってため息をついた。
「こんなことは言いたくないが、よくあることだな。大体奴隷か犯罪者か。帝国では奴隷を禁止しているけど、人身売買は裏でありそうだし」
想像したくない残酷さに拳を握るバシルだったが、更に追い打ちをかけるレッドガルムの言葉。
「そうです、主に死刑予定の犯罪者が。しかし問題は、中には有罪になった異端者も含まれるということ。そして最近……異端者として捕らわれる者が多くなっているということです」
「実験のためにわざと?」
たとえ非道だとしてもあり得ることを冷たく訊くレオに、レッドガルムは辛そうに返した。
「定かではありませんが。ただ、その『異端者として捕らわれる者』の割合が、なぜかヤマトの民が多くなっております」
「ああ?」
レオの逆鱗に触れた。
自分は、実は混血ではあるが一応ヤマトの民の末裔ではある。
古来帝国の民族である、と。
皇族はそれを誇りにしている。
(だからか?)
ウォルトたちは古来の正統な血を根絶やしにさせて自分たちが完全に乗っ取ろうと?
様々な民族が生活している帝国で、決してヤマトの民が特別扱いされているわけではないはずだが。
(でも、連中にはそう見えるのかもな)
国を支配する皇帝がずっと血を守ってきているのも民族主義と捉える可能性がある。
「要するにウォルト……というか、連中は皇族とかヤマトの民が気に入らないってことか? それは民族全体で?」
明らかに怒っている表情をするレオを宥めるようにショーンは言った。
「まぁ、民族の総意ではないと思うけど、確かにエニデール民にはそういうフシがあるな」
「なぜですかね?」
バシルが疑問を呈した。
「私もヤマトの民ではないですが、別に差別等も感じたことはないし、恨むことなどありません。まぁ、民族同士仲悪いという話も別の民族で聞きますけれど。しかし同じ帝国の人間ですし」
「エニデール民は帝国の人間ではないよ」
ショーンの答えに、バシルは「ああ、そうだった」と理解する。
彼らは帝国の人間ではない上に自分たちの国は持っていないし正式な交流もしていない。今は皇帝の独断で解かれてしまったが、入国禁止であった民族。
歴史を詳しく知るショーンが説明する。
「彼らが帝国を敵視及びヤマトの民を嫌っているのは、過去に戦やらいろいろな問題があったけれども。根本は神話の信仰の問題だ」
「え?」
それは知らなかったとレオも身を乗り出した。
「神話の信仰?」
「ああ」
ショーンは苦笑いしながら告げる。
「彼らも、“我らこそがシリウスの子孫だ”と信じているから」
玲菜の空想が神話だと知って、今となっては馬鹿らしい話だが。信仰は絶対的であって中々覆《くつがえ》せない。しかも人々にとっては生きる上で重要な意義にさえなる。
レオまで頭を押さえて目をつむった。
「ああ。それは……なるほど」
つまり彼らにとっては、ヤマトの民こそが聖地と国を乗っ取った卑しい民族。あまつさえ、自分たちの皇帝がシリウスの子孫だと信じて疑わない愚か者たち。
「皇帝も、ヤマトの民も罪深い民族ってわけか。それは赦せねーな、奴らにとって」
皆も納得してショーンは頷いた。
「そうだな。彼らにとっては帝国を乗っ取るというより取り返す……というか、本来の状態に戻すって感じなんだろうな」
エニデール民族の根本は分かったが、だからと言って許される事ではない。
「じゃあ、あいつらにとっては神話のシリウスはエニデール民でないとおかしいから、ヤマトの民である俺がシリウスの生まれ変わりみたいに呼ばれていたのは当然不快だっただろうな」
そもそも、シリウスは架空の人物であって、子孫や生まれ変わりがいるはずもないという説明は通じなそうだ。
思えば、過去を変えようとしていたユナが『自分たちは正しい』と信じて疑わなかったのもそこにある。彼女にとっては、過去を“あるべき形”に戻そうとしていたのだろう。
ショーンは一度裏切ったふりをして彼女らの仲間になっていたので知っている。その計画が『神の意志計画』と呼ばれていたことを。
彼女は……いや、ミシェルたちもそうなのだろうが、自分たちの組織やウォルトのためではなく民族のためとして働いていた。
“過去を変える”計画は失敗に終わったが、民族の願いが込もった野望としては着々と叶ってきていて、あと邪魔なのは本物のアルバート皇帝とその仲間のみ。
(連中は、旧世界の兵器を使って俺たちを一網打尽にしようと思っているのか)
恐らくヤマトの民を酷い目に遭わせているという極秘なはずの情報が漏れているのもわざとかもしれない。
(レオを怒らせて誘き出そうって魂胆か)
レッドガルムは悲惨な現状を伝えてきた。
「今まで普通に暮らしてきた人々が、ヤマトの民を中心にたわいないことで『異端者』の疑いがかけられて捕まっています。そして有罪に。当然暴動が起きたのですが、暴動で捕まった人間がやはり死刑になっています。民衆は今、怯えて暮らしています」
そして怒りの矛先は皇帝に向かう。
レオは唖然とした。
「俺はとんでもない悪帝だな」
国の守り神と謳われたかつての英雄が、帝位に就いた途端に暴君になるという……最悪なシナリオ。
死刑が決まった人間は、未知の兵器の実験体にされているという恐ろしい噂まで。
「悪帝というか、悪魔か俺は」
むしろ、戦で常勝無敗という栄光は一歩間違えば悪魔的な強さと捉えることもできる。
レオは自分で考えたことで可笑しくなって笑い出してしまった。
「英雄も、栄光を掴んだ後は地に堕ちるな」
「何言ってんだ、笑い事じゃねーぞ」
念の為に注意したショーンに真顔で返すレオ。
「分かってるよ!」
本当は悔しい。
奴らはレオを怒らせて、戦に引きずり出そうとしている。向こうには切り札があるから。
高度文明だった旧世界の兵器が。
しかも未知の兵器の謎を解明するために、多くのヤマトの民の血が流される。
いや、ヤマトの民だけではなく、たくさんの無実の人間が犠牲にされる。
そして、反乱を起こしたとしても流されるのは帝国の人間の血。
怒りで腸が煮えくり返りそうだ。
レオと同じ想いは皆持っていて、バシルが肩を震わせながら言った。
「なんという……卑劣な!!」
それでも自分たちは戦わなくてはならない。このままでは国が……という大義名分ではなく、奪還するために。
レオは自分の胸の内を言った。
「オヤジ……。悔しい」
こんなに怒りが沸き立つのに、このまま戦ったら敗ける。
「分かってる」
ショーンはレオの肩を掴み、ニッと笑った。
「奴らを滅多打ちにしてやるから。必ず」
やけに自信がある風で頼もしい。
「そのために俺がいるんだろ?」
期待の目で見る皆に笑顔で応えつつ、ショーンは心の中で焦っていた。
(まずいな。“現代”の兵器だったら全滅するぞ。こっちが)
或いは、兵器を奪えれば無敵になれるが。
(そのためには鳳凰城塞攻略が必須か)
どちらにせよ、都を攻めるには砂上の砦を陥落させないと無理なのだが。
(あの要塞、どうやって)
骨が折れるのは必至だし、恐らくフェリクスが出撃するのも予想できる。それに聖堂の方に家政婦の女性たちがいるのは困る。
ただ、急がないと地に眠る兵器を発掘されるばかりか扱い方を知られてしまう。
扱い方が分からない今の内ならば兵器を発掘されても使われない為に多大な犠牲は免れるだろう。
それと、掘り起こしても恐らく壊れている兵器がほとんどで、直すのに時間がかかるはず。知識も技術も時間も必要だ。
(やっぱ今がチャンスか)
反乱という名の戦を仕掛けるには、向こうがまだ掘り起こした物を使えない今に限る。
相当な技術者がいないと、せっかく掘り起こした物凄い兵器も複雑な部品を組み立てるだけで一年はかかりそうだ。
そうだ。“現代”の物を組み立てられる大天才なんて……
(居た!!)
ショーンは“彼女”のことを思い出した。
もう五十一歳だが未だに腕は衰えず、厚化粧も更に強化された。
(あいつ、化粧は分厚いけど本当に天才だからな〜)
どうするか。敵側に拉致される前にこちらに連れてこないと。
いや、もしかするともうすでに。何せ彼女の家は鳳凰城塞に近い。おまけにイケメン好き。
(きっと、鳳凰城塞側から頼まれたら飛んでいくぞ。「フェリクス様の頼みなら〜」とかなんとか言って)
あり得すぎる。
ショーンはまず、賢者で天才技師のマリーノエラを連れてくる計画を立てつつ、兵器に対抗する手段を含めた今後の作戦を話し合わねばならないと皆に告げた。
そしてそれは急ぐことであって、のんびりはしていられなく、数日間は本拠地に籠ることになる。
つまり――しばらく家には帰れないとのことであり。
家で寝ていた玲菜の許に、夕方になって朱音が報告をしにきた。
朱音は、ショーンとレオの二人が数日間緑龍城の方に泊まることを告げて、玲菜も城に来るかどうかを訊ねたが。
玲菜が熱を出していることに気付いて心配する。
しばらく看病をしてお粥まで作ってくれた朱音に、玲菜は礼をしつつ言った。
「ありがとうございます、朱音さん。報告もありがとうございます。ただ私は行けない」
朱音は玲菜の様子を見て残念そうに頷いた。
「そうですね。今夜は寝ていた方がいいですね。明日また迎えに来ます。まずはレイナ様の状態を陛下やショーン様に伝えて……」
「ああ! いいです!」
玲菜は慌てて止めた。
「ただの風邪ですから。明日には熱も下がります。私は大丈夫なんで二人には言わないでください」
朱音の報告で、なんだか深刻な状況になっていることが分かった。
そんな時に余計な心配をさせてはいけない。
「分かりました。では『レイナ様は今夜忙しいので来られない』と伝えておきます。陛下は白雷に任せて……城には黒竜も居ますし。私《わたくし》は伝え終わったらまた戻ってきますね。何かあったら呼んでください」
「あ、ありがとうございます」
玲菜は朱音の心遣いに感謝した。
朱音の作ったお粥をありがたく食べる玲菜に、一度去ろうとした朱音は戻って伝える。
「それと、余計なことを言わせてもらいます」
「はい?」
「アルバート様は、浮気などしていませんので、どうか元気を出してください」
「え?」
朱音は背を向けて謝る。
「出過ぎた発言を、失礼いたしました」
なぜだろうか。彼女の言うことは妙に説得力がある。本当だと、思わせてくれる。
玲菜の目に涙が溢れた。
「朱音さん、ありがとう」
「いえ、第三者なのに首を突っ込んですみませんでした」
そう言って去ろうとする彼女を引き留める。
「ちょっと待ってください!」
台所の戸棚から、昨夜レオに渡せなかった菓子を出して朱音に渡した。
「あの、これ、昨日作ったものなんですけど。多分まだ大丈夫なので、どうぞ」
玲菜は礼のつもりで朱音に食べてもらおうとしたのだが。
朱音は受け取ってニコッと微笑んだ。
「ありがとうございます。私はレイナ様のお心遣いだけで十分ですので、数個頂いた後は大食いの陛下に渡してもいいですか?」
「え!」
「きっと喜びますよ」
「……はい。ありがとうございます」
玲菜はまた涙ぐみ、去っていく朱音を見送る。
その時は、きっと明日にはレオと仲直りができるだろうと、ホッとした気分で眠りに就いた。