創作した小説が世界の神話になっていた頃
[第二部・第二十二話:レオの生まれた日]
十二月三十日。
この世界での一年の終わり――つまり大晦日になり、いよいよ新年及びレオの誕生日が翌日に迫る。
玲菜は今日のやることがたくさんあったので、朝早く起きて忙しく支度をする。
まず、午前中は緑龍城に行く予定で、朝食をとるとすぐに家を出て歩いた。
外では朝早いのに同じく忙しく歩く人が多くて、年末年始の準備で忙しい様子。自分の知っている準備とは見た目が違うが、飾りつけをしたり朝市に出向いたり。
忙しそうだがなんとなくワクワクする光景を見ながら、玲菜は急いで歩き、湖の渡し船のある方へ向かった。
そして渡し船に乗って緑龍城へ着くと、アヤメから渡されていた来客証を門番に見せて通してもらう。
中に入ると、案内人が玲菜の顔を見て広間の方へ通してきた。
そこに居たのはアヤメと一人息子のミズキ。それに数人の使用人たち。
アヤメは玲菜を見つけると手招きして呼んだ。
「レイナちゃん、いらっしゃ〜い! ね、明日のパーティーの部屋、ここにしようかと思うんだけど、いいかな?」
実は、レオの誕生日兼クリスマスパーティーは結局、玲菜たちの家だと居間に入りきらないのではないかと悩み、緑龍城の広間を一つ借りて行うことにした。
メンバーとしては、レオ・ショーン・イヴァン・バシル・レッドガルム・ミリア・アヤメ(ミズキも一緒)・玲菜の八人で、来られるならダリアやロッサムも呼び、可能であればフルドや忍者たちにも参加してもらう予定。
玲菜は広間を見回して嬉しそうに頷いた。
「うん、ここなら皆入れそう。アヤメさんどうもありがとう!」
「よし、じゃあ、ここは明日まで立ち入り禁止にして飾りつけしちゃおう」
アヤメがそう言うと、使用人たちは一斉に動き出して飾りを持ってくる。玲菜やアヤメも一緒に飾りつけを始めて、少し遅くなったミリアも到着するとすぐに参加した。
皆でお喋りをしながら和気あいあいと準備が進んでいった。
そうして午前中が終わると、まだ全部は終わっていなかったがアヤメが玲菜に促す。
「レイナちゃん、もうこんな時間! 続きはアタシたちがやるから、レイナちゃんは家に帰りな! ケーキ作るんでしょ?」
そう、玲菜は午後に家に帰ってケーキやら大晦日やらの準備をしなくてはならなかった。
二人に悪い気がしたがお言葉に甘えるしかない。
「うん。ごめん、二人とも! あと皆さん」
一緒に飾りつけを手伝ってくれている使用人にも礼を言って、玲菜は一人で帰ることにした。
「いいから早く行きな!」
ミリアはウィンクしてくる。
「愛情込めて美味しいケーキ作るのよ〜」
「ありがとう」
急いで出ていく玲菜には、忘れてはいけないと、使用人の一人がアヤメの頼みで包みを渡してきた。
「これ、大事な物ですよ」
見ずとも、玲菜にはそれがなんなのか分かる。自分で裁縫室に取に行こうと思っていたが、アヤメと使用人の配慮に感謝した。
「はい! 取ってきてくれてありがとうございます!」
それは、レオへの誕生日プレゼントにと作った物。
時間も無いしお金も無いしで大したものは作れなかったが、想いは込めた。
受け取って、皆に会釈をしてから玲菜はその場を去った。
のんびりしている暇は無く、小走りで進んで緑龍城を後に。
昼食もゆっくりとっている暇は無いので、近くの屋台で軽食を買って湖の渡し船の中でそれを口に入れた。
西側の船着場に着くと、今度は走って帰る玲菜。
レオとショーンは夕方に帰ってくる予定らしく、本当に時間が無い。
とにかく急いで、家にたどり着くなり休む間も無く台所に向かった。
先日ミリアに教わったことを思い出しながらメモした紙を見てケーキ作りに励む。
これは、どうしても自分一人で作りたくて。
誕生日を迎えた時、すぐにあげたい。夜中に食べることになるが、まぁいいだろう。
一生懸命に、レオのことを想って作った。
更に、焼いている時間には大晦日用のご馳走を作り始める。
年越しそばではないが、一年の最後を祝いたいし、レオの誕生日の前夜祭的な意味もある。
(それで、年が明けたらショーンと三人で乾杯しよう)
乾杯のための酒も抜かりなく買っておいた。
ここでの正月……というか、新年では、お節料理ではないがやはり家族でご馳走を食べて祝うのだという。
それと、お年玉は無いがプレゼントを渡す場合もある、と。
神話の英雄の誕生日に、大切な人たちと美味しい物を食べて祝い、新しい一年が始まる。
玲菜は忙しくても楽しみに料理を作り、時間はどんどん経っていった。
やがて……
果物やクリームを乗せた、我ながら凄く美味しそうなケーキが完成して。
料理もご馳走というにはちょっと物足りない感じではあったがなんとか作り終わると、外はすっかり夕暮れ時の朱色に染まって暗くなり始めていた。
「ふぅ」
ため息をついた玲菜は汗を拭いてエプロンを脱ぐ。
「終わった〜〜〜〜〜〜」
どっと疲れが出て思わず座り込みながらも、二人が帰ってくるまでに終わって良かったと安堵した。
(やればできるじゃん、私!)
なんだか自分を褒めてあげたい。……と、安心して休んでいる場合ではなく。ケーキを冷蔵庫にしまってプレゼントも部屋に隠さねばならない。
ちょうどそう思った矢先――
玄関のドアの鍵を開ける音が聞こえて、玲菜は慌てふためきながらケーキを冷蔵庫に入れる。
そして居間のソファに置きっ放しだったプレゼントの包みを持って階段を駆け上がった。
「ただいま〜!」
ショーンとレオが入ってきたのはその直後。
いや、階段を駆け上がっている途中であって。レオはバタバタとしている彼女の様子に首を傾げた。
「レイナ? どうした」
しかし夢中だった玲菜は気付いていない。返事もせずに自分の部屋に入り、プレゼントをタンスの中に隠す。
一方、台所に入ったショーンは、テーブルに並べられた料理に驚いて感心したが、同時に片づけが済んでいなくて散らかっている様子に笑みをこぼした。
(作るのに夢中で、片付けまで手が回らなかったんだな〜)
普段彼女は、片付けこそしっかりするので珍しい。
さりげなく代わりに片づけをしていると、玲菜が戻ってきて慌て出した。
「わぁああごめん!! 時間が無くてね」
「ああ、いいよ。ありがとうな、ご飯作ってくれて。豪勢じゃねーか」
豪勢だなんて言われると、申し訳なく感じるが。褒められたことは嬉しくて玲菜は顔を赤くする。
「あ、うん。大した物じゃないけど」
妙に照れくさい。
「なんとなく、大晦日だからいつもと違う方がいいかな? って思ってさ」
話しているとレオも入ってきて目を丸くした。
「なんだこれ、すげぇな」
驚いた風に玲菜を見る。
「お前が作ったのか?」
目が合った玲菜はついそらしてしまった。
「あ、うん」
そういえば……
レオとはまだ、微妙な感じだ。
朝帰り事件の後、彼から訳を聞いて浮気の疑いは晴れたし、謝罪もしてもらったけれど……その後結局熱が上がってしまってうやむやな感じになってしまった。
熱でボーッとする中に、彼が優しくキスをしてくれた記憶もあるのだが、まるで夢だったような感覚。
しかも後日ほとんど会わなかった。
誤解も解けたし、もう怒ってはいないし、彼を想ってプレゼントやケーキを作っても。
久しぶりに近くで顔を見たら一瞬気まずく感じてしまった。
気まずいといえば、もしかしてカルロス遭遇事件のあの日からずっと気まずいのか。
合わせると約二週間にも及ぶ。
(こんなんじゃ駄目だ)
いつまでも気まずいのもよくないし、今日も明日も……特に明日は一番大事な日。
彼には存分に楽しんでもらいたい。自分の気まずい気持ちが伝わっては駄目だ。
幸い彼は平然としているので、自分だけ直せばどうにかなる。
玲菜は静かに深呼吸して気持ちを切り替えた。
「じゃあ、ご飯食べよう?」
笑顔で元気に二人に促す。
それと、これは伝えておかなければ。
「二人とも、お帰り!」
三人は玲菜の作ったご馳走を食べながら和やかな夕食の時を過ごした。
ご馳走といっても、それほど豪勢ではないのでレオはすぐに平らげてしまったが、ある意味『美味しい証拠』ともいえるので玲菜は嬉しく思う。一生懸命作った甲斐があるというもの。
それに、ショーンはちゃんと味わって食べてくれて「腕を上げたなぁ」と驚く。
玲菜は恥ずかしくなったが、父に褒められるのはやはり嬉しいし、二人が喜んでくれるならこれからも頑張ろうとやる気が出てくる。
戦のことを考える二人に、せめて家に居る時くらいは安らぎを感じてほしい。美味しい食事と温かい風呂と心地良い寝床を味わってほしい。
和やかな食事が終わり、玲菜はせっせと片づけをして二人に言った。
「待っててね! 今お風呂用意するから。お風呂から上がったらさ、お酒も持ってくるし。年明けたら乾杯しようね!」
さすがに気が利きすぎてショーンは慌てる。
「いや! 風呂は俺が用意するよ。皿洗いはレオにさせるし。玲菜は疲れたろ? 少し休んでいていいぞ」
勝手に皿洗い担当にされたレオは唖然とした顔をしたが。玲菜が疲れているという言葉で自ら立ち上がる。文句も言わずに流し台に立って、なんと皿を洗い始めた。
「え?」
玲菜が驚いているとショーンも立ち上がって風呂場に向かった。
「い、いいよ! 疲れて帰ってきてるのは二人の方だから。私は専業主婦みたいなものだし。私がやるよ!」
ショーンはともかく、レオが大人しく皿洗いをするなんて、明日は雨が降ってしまう。
しかも、仮にも彼は皇帝陛下だ。
だがレオは面倒くさそうでありながらも皿洗いを続ける。
「いいよ。言っただろ? 俺は皿洗い得意だって」
確かに前に聞いた。
「お前はソファにでも座ってろ。っていうか、ウヅキの相手してろよ」
言われて足元を見ると構ってほしそうにすり寄るウヅキの姿が。
玲菜はなんだか悪い気がしながらも居間に戻ってソファに座った。しかし、二人の心遣いは嬉しく思う。自分が二人を思いやるように二人も自分を思いやってくれるのが分かって、なんだかじーんとした。
その後、ショーンの用意してくれた風呂に入ると、年が明けるまでまだ少し時間があったので、髪を乾かしながら服を着替えた。更に化粧も少し。
年明けの乾杯というとワクワクして特別な気がするので、せっかくならオシャレしようかと思う。時計を見ながら支度して、正子《しょうし》(午前零時)が近づいてきたら一階に下りて酒を用意しようと台所に入った。
そこにはすでに同じことを考えていたショーンが居て。しかも、冷蔵庫の中のケーキを見つけてびっくりしている。
「あ、それは!」
玲菜が言わずとも、彼は察して頷いた。
「ああ、なるほど。作ったのか」
幸い、誕生日当人は自分の部屋で寝ている。
ショーンはニッと笑い、恥ずかしそうに俯く娘に言った。
「乾杯するんだろ? 酒は俺が用意しとくからさ、玲菜は主役を起こしてこいよ」
「う、うん!」
玲菜がレオを起こして一階に下りると、居間ではすでに酒とグラスの用意があり、ショーンが三人分に注ぐ。
レオはすぐに飲もうとしたが、二人がそれを止めた。
「まだ!」
「え?」
「まだ乾杯してない!」
玲菜が言うと、「じゃあ乾杯しよう」とレオが返したが、ショーンも首を振る。
「まだだよ、レオ」
「はぁ?」
なぜまだ飲んではいけないのか。眉をひそめるレオに、玲菜は教える。
「カウントダウンした後に、乾杯しよ!」
「カウントダウン?」
どうやらレオにはその概念が無いらしく。
ショーンは説明した。
「向こうではよくやってた」
向こうというのはつまり、玲菜たちの時代。
「カウントダウンってなんかドキドキするよね!」
「そうだな!」
玲菜とショーンは頷き合う。
仲間に入れないレオは、自分はいつもどうしていたかを思い出す。
(いつも寝てたな)
そうだ。毎年この時は会食があったりパーティーがあったり。宮廷に行かなければならなくて、不快に過ごしていた。
誕生日だからと、つまらない祝辞を大勢から述べられたりして、退屈で死にそうだった。
やりたくもないダンスとか、要らない贈り物。気味の悪い作られた笑顔。
ああそうだ。新年及び誕生日という名のある意味拷問だった。
「ほらほら、レオ! もうすぐだからグラス持って!」
嫌な思い出を振り返っていたレオは、玲菜の声で我に返って促されるままグラスを持つ。玲菜とショーンは時計の針を見て、十秒前になると自然に秒読みをし始めた。
レオが戸惑ったのも束の間。
二人は「0」と同時にグラスを掲げて「おめでとう!」と楽しそうに乾杯した。レオもつられて乾杯する。
「もう飲んでいいのか?」
訊いた時には二人は飲んでいたので慌てて自分も飲み干す。
玲菜とショーンは口々に「おめでとう」と言ってレオにも伝える。
「誕生日おめでとう、レオ! あと、明けましておめでとう〜!」
「新年明けたな。二十三歳おめでとう、レオ」
二人の浮かれ具合に戸惑いを隠せないレオ。
「あ、ああ。ありがとう」
「レオもおめでとうって言いなよ!」
ほんの少ししか飲んでいないのに酔っぱらった風な玲菜に促されたレオは仕方なく小さな声で「おめでとう」と呟く。言った後に疑問を呈した。
「っていうか、俺の誕生日になんで俺がおめでとうって言うんだ?」
「違う違う、誕生日じゃなくて、新年のおめでとうだよ〜」
ああそうか。
今まで馴染みが無かったので妙に照れる。
玲菜とショーンは更に「今年もよろしく」とやはり馴染みの無い言葉を言い合っていた。
しかもすかさずレオにも言う。
「レオも、今年もよろしくね〜!」
「ああ」
正直、二人のノリにたじたじだったレオだが。こんな新年の始まりは初めてだったので「悪くないな」と思う。
去年は特に何も無く、それより前は常に不快だった。まぁ、皇子だと判明する前の子供の頃はそれなりに楽しかったと思うのだが、記憶はぼんやりとしている。
一年の始まりをこんな風に過ごすなんて考えもしなかった。
そう思っていると、ふと玲菜が台所に向かい。
戻ってくる時に大きなケーキを持ってきたので驚きすぎて危うく酒をこぼしそうになった。
「え?」
一瞬、新年の祝いの一環かと思ったが、すぐに違うと気付いて。
そういえば、幼い頃は母がケーキを焼いてくれたことを思い出す。
玲菜と母が重なり、不覚にも顔が真っ赤になってしまった。
彼女も恥ずかしそうに顔を赤くしながらテーブルに置き、俯き加減で言った。
「こんな時間にあれだけど。作ってみたんだ。誕生日ケーキ」
気にも留めないような失敗も自ら先に告げる。
「ちょっと、形が悪いんだけど。ごめんね」
クリームが塗ってあり、果物がたくさん載っていて美味しそうだ。
「誕生日おめでとう、レオ」
「美味そうじゃねーか、良かったな、レオ!」
しばらく返事を忘れていたレオは、ショーンに言われてハッと気づく。遅い反応を示した。
「あっ……ああ」
母親と重なったなんて言えない。
「えっと……ありがとな」
「こんな時間に、食べられる?」
しかも照れながら顔を覗き込む彼女が可愛すぎる。
「もちろん!」
勢いよくフォークを持ったレオは、切り分けていないのにいきなりケーキに刺そうとしたので玲菜は慌てて止めた。
「ま、待って!! ホールだよ? 全部食べる気?」
「えぇ?」
彼的には全部なのかと思っていた。
切り分け用ナイフと皿を持ってきた玲菜は困った顔をした。
「一応、三人で食べようと思ったんだけど。もちろんレオの分は多くするけど」
しかし、横に居たショーンは酒を飲み干すと思い出したようにグラスを置いて立ち上がった。
「ああ、いいよ。俺の分は。二人で食べてくれ」
「え?」
もう寝てしまうのかと思ったのも束の間。
ショーンは時計を見て急ぎだす。
「実は、新年明けたら飲む約束をしていたんだ。レッドガルムとバシルと一緒に」
「ええ!?」
なんと、おっさん同士の集まりがあったらしい。
「緑龍城でさ」
「今から?」
まさかこんな夜中に。
心配して玲菜が訊くと、一度自分の部屋に戻って防寒着を持ってくるショーン。
「そうだよ。ホントはもっと前の時間からだったけど、俺はお前らと乾杯すると思って後から合流することにしてたんだ」
上着に袖を通しながら説明する。
「明日は緑龍城に集まるんだろ? そのまま泊まるからさ。お前らは朝になったら来いよ」
二人が呆然としている間に支度を済ませて、更にペット用の籠を持ってウヅキを呼び寄せた。
「ウヅキも連れていくからな。明日、ミズキ君にウヅキと遊ばせてやる約束だから」
「え? そうなの?」
ウヅキはショーンに駆け寄り、大人しく籠の中に入る。
「じゃあ、明日な!」
ショーンは、あっという間に用意を終わらせて、ウヅキを連れて慌ただしく出て行った。
家に残された二人はしばらく話が呑み込めなくてボーッとする。
二人で顔を見合わせて……
ようやく……
一晩二人きりなことに気付いた玲菜は、焦りながらもケーキを切ろうとする。
「あ、じゃあ、二人で食べようか。レオどのくらい食べる? 私は少しでいいけど。それとも全部食べてもいいよ」
思いがけぬ状況に緊張して狙いが定まらない。
「お前、危ない。俺が自分で切る」
レオは手を伸ばしたが、玲菜は拒む。
「大丈夫、ケーキくらい切れるよ! ちょっと緊張して」
その言葉を聞いたレオは、ナイフを持つ玲菜の手を優しく掴んだ。
「じゃあ、一緒に」
まさかのケーキ入刀状態。
つい、玲菜はつっこんでしまった。
「レオ、結婚式みたい」
「え?」
「ほら、披露宴で。『夫婦で初めての共同作業〜』みたいな」
残念ながらレオには通じないと気付いた玲菜は恥ずかしくなって下を向く。
「ごめん。なんでもない。向こうの世界の話」
「へぇ?」
レオは興味津々に訊ねた。
「なんか面白そうだな、そういうの。俺たちの結婚式で、お前がもしやりたいっていうならやってもいいぞ」
「あああ、いいよ!」
慌てて玲菜は遠慮した。
「やらなくていい! なんか恥ずかしいもん」
「そうか?」
「うん」
切り終わって沈黙する二人。
今までずっと楽しげだったのに、二人きりになった途端の緊張というかぎこちなさが復活してしまった。
(どうしよう。気まずい)
ずっと気まずさを隠してきたのに。
玲菜は小さな声で促した。
「ど、どうぞ。食べて……ください」
「ああ、うん」
レオは一口で結構大きな量を頬張り、感想を言った。
「……美味い」
「ホントに?」
「ああ。凄く美味い」
まさかお世辞ではないかと恐る恐る玲菜も食べてみると、自分で言うのもなんだが本当に美味しかったのでホッと一安心。
(良かった。結構美味しい)
甘さもちょうどいいし、ふんわり柔らかい食感と、クリームと苺や蜜柑等の果物の相性もいい。
出来に満足して、五分の一くらいに切った大きさを少しずつ食べる。
(レオも美味しく食べてるかな?)
そう思ってふと横を見ると――彼の顔が目の前にあったので思わず声を上げてしまった。
「わ! 何?」
何? ではない。迫ってきているので察する。
玲菜はフォークと皿を置いて、緊張しながらもゆっくりと目を閉じた。
そうだ。これでやっと……気まずさが取れるはず。
キスをしながら漠然とそう思う。
(甘い……)
いろんな意味で甘いキス。
彼のキスは止まらずに首筋に向かう。
このままでは流れが止まらないので、高揚しながらも玲菜は訊ねた。
「レオ、ケーキは?」
「全部食った。美味かった」
(食べ終わったの?)
なんていう……驚異的な速さ。
自分はまだ食べ終わっていないが、まぁいいか。そう思った矢先にレオが質問する。
「お前は?」
「えっと、まだだけど」
正直に答えると、レオはキスを止めて恥ずかしそうに言った。
「じゃあ、食えよ。待ってるから」
「え?」
思わぬ配慮に唖然。
「べ、別に……いいけど」
このまま続けてもいいという意味で玲菜は答えたが。
「いいから食えよ」
レオは断固として配慮を貫く。
仕方なく玲菜は自分のケーキを食べて。
いざ、レオの方を向いた。
「食べ終わったよ」
「……うん」
二人で、無言で見つめ合う謎の時間。
てっきり、食べ終わったら、その……押し倒されると思っていた玲菜は調子が狂う。どうしたらいいのか分からなくなってしまった。
「レオ?」
「なんだよ?」
そんな風に返されるは思っていなくて、何て言おうか戸惑った。
しないの?
なんて訊けない。
一方レオも、何度もためらってから恐る恐る玲菜に訊いてきた。
「レイナ。……いいか?」
「え?」
「その……いいか?」
「え!?」
なんで訊くんだ。
今まで訊かずに押し倒してきたのでいつもと違うことに疑問。
「な、なんで訊くの?」
恥ずかしながら玲菜が訊ねると、気まずそうに答える。
「いや、だってさ。今日のお前、なんかこう……変だったろ? 気まずい? みたいな」
なんと、玲菜の心の内がバレていた。
「もし、お前の気分が乗らないのに、俺が自分の気持ちだけで迫ったらあんま良くないかと思って」
彼なりの玲菜を想っての行動とも言える。
「駄目なら今日は我慢するし。俺だって、お前のためだったら我慢できるって証明してやるから」
「レオ……」
「俺は、いつも自分の気持ちを優先させるから、たまにはお前の気持ちも……」
「レオ!」
言っていることはありがたいが、玲菜が思うのは『なぜ今日か』ということ。
玲菜の気持ちに気付いてくれていたのも嬉しい。けれど――
「今日は誕生日なんだよ? レオの」
どうやら彼は今まで自分の誕生日を祝われた憶えがあまり無いようなので念を押す。
「シリウスじゃなくて、自分の誕生日なんだよ」
玲菜が祝いたいのは新年ではない。
「レオの生まれた日を、私に祝わせてよ」
そう言って彼に抱きつく。
「いいから」
玲菜は優しくレオを包んだ。
「訊かなくていいから」
正直言うと、強引な彼の方が好きだったりする。
「そうか」
妙に納得したレオは我慢するのをやめた。
つまり、今日は気兼ねなく自分の思う通りにすればいいのかと解釈。
いや、普段も思う通りにしていたが、二週間ほど彼女とぎくしゃくしていたから気分が落ち込んでいた。
だから、玲菜の得意な『他人の気持ちを考えること』をした方がいいのかと自分なりに考えてみたが、必要無かったらしい。
それどころか、誕生日は自分の好きにしていいのだと彼女は言っているように聞こえる。
「そうなのか」
『祝いたい』と言ってくれている彼女には、当然好きなことをしていい、と。
解釈した途端に気分が上昇。
「じゃあ、好きにするから」
後は本能に従うことを決意表明した。