創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第二十三話:誕生日兼クリスマスパーティー]

 

 新年が明けて二十三歳になったレオは、朝から玲菜に連れられて緑龍城へ入る。いつも使っている秘密の部屋で少し待たされると、『サンタ服』とかいう赤い格好に着替えた玲菜が迎えに来て、広間へ案内してきた。

 ドアを開けると、同じく“サンタ服”の格好をしたアヤメとミリアが出迎えて誕生日を祝う言葉を述べてくる。

「レオさん、誕生日おめでとうございまーす!」

 

 部屋の中は色とりどりのリボンや小物、人形などで飾られていて、女性が喜びそうな雰囲気がある。中でも目を引くのが綿や鈴などを飾ったでかいモミの木。

 どうやら、玲菜の田舎の『クリスマス』という風習に似せた飾りつけらしく、赤い服装も同じく。

 レオは、それが“田舎の風習”ではなく“大昔の風習”だと知っていたが。

 とにかく自分の誕生日兼クリスマスパーティーとやらだと理解する。

 女性三人の他にイヴァン・レッドガルム・バシルが居て、幼馴染以外はかしこまった挨拶をしてくる。あとはウヅキと戯れるミズキの姿が。

 

 ふと、ショーンが居ないと部屋を見回すと、給仕たちと一緒にショーンが料理を運んでやってきた。どうやら彼は料理作りの方に携わった様子。

 次々に並べられる美味しそうな料理に皆は歓声を上げた。

 特に、どこで仕入れてきたのか七面鳥の炙り焼きには目を丸くする。

 ショーンは得意げにレオに発表した。

「これが日本のイメージのクリスマス風料理! 存分に食えよ。俺からの誕生日プレゼントだ」

 

 むしろびっくりしたのは玲菜だった。

(え、凄い。本格的! うちではいつもチキン買ってたのに)

 クリスマスに七面鳥など食べたことがない。ケーキとピザ、ファストフードで買うチキン等が主流であった。

 まぁ、馴染みのある鶏の唐揚げなどもたくさん並べてあるが。

 

 レオが美味しそうな料理に釘づけになっていると、すかさずレッドガルムが前に出てきて告げる。

「レオ様。私はオアシスの地酒を用意しました」

 彼の部下が持ってきた酒瓶の銘柄はレオの好きな酒であり。わざわざオアシスまで行って大量に買ってきた様子。

 更に、バシルが前に出ると緑龍城の使用人が樽を持ってきて目の前に置く。

「私からはここで製造した葡萄《ぶどう》酒です」

「へぇ」

 二つの酒の登場に、ますますご機嫌になるレオ。そこでミリアとアヤメの二人が一度部屋を出て何やら運んでくる。

 

 それは、甘味類の数々で。果物や菓子がずらりと並ぶ。

 つまり、この甘い物が二人の手作りプレゼントなのだという。

「お口に合うか分かりませんが、どうぞ食べてください!」

 ミリアが言うとアヤメが更に包みを渡す。

「これ、実はレイナちゃんが欲しがっていた物なんですけど。自宅で使ってくださいね」

「レイナが?」

 受け取ったレオが包みを開けると、出てきたのは青いテーブルクロス。アヤメの手作りらしいが、綺麗な刺繍などがある。

 物を見た玲菜は驚きながら喜んだ。

「ええ!? アヤメさん、ありがとう!」

 そういえば、三人で裁縫をしていた時にテーブルクロスが欲しいと話したことがあった。まさか、それを聞いた後に作ってくれたのか。

 なんとも気が利く。

「菓子も美味そうだし、これを敷いたら食欲が上がりそうだな」

 これ以上、食欲が上がっても困るが。とりあえず皆が食事関係のプレゼントをした後に、イヴァンがおずおずと袋を出した。

「あああ。オレ、食べ物とか飲み物じゃないんだけど。っていうか、好きな物でもないし」

 まさかイヴァンまで自分に贈り物をしてくれるとは思わなかったので、少し照れながら受け取るレオ。

「なんだ?」

 袋の中を覗き込むと、入っていたのは磨かれた鉄の輪のような物。

「あ! 拍車?」

 レオが当てるとイヴァンは頷く。

「前にさ、お前の拍車見た時、結構古かったから。そろそろ新しいのに替えた方がいいんじゃねーかな〜って、勝手に思ってたんだ」

 確かに、長く使っていたので古くはなっていた。しかしそんな所に気付くなんて。

 やはり彼は観察力がある。

「ああ、そうだな。ありがたい」

 しかもやはり彼の手作りらしく、質も形も良い。

「すげぇな、お前。器用だな」

 

 レオは今まで誕生日に、心の込もっていない無駄に高価な要らない物ばかり貰っていたので、こんな風に安くても欲しい物を貰えるのが新鮮でとにかく嬉しく感じた。

 だが、慣れていないゆえに若干恥ずかしく照れてしまい、礼や反応をどうしたらいいのか分からない。

 

 戸惑っていると、タイミング好く二人の人物が広間に通されて入ってきた。

 それは……

「遅くなってすまないねぇ、シリウス!」

 普段は猟師のような格好をしているのに今日は珍しく浴衣風な格好でやってきたダリアと、同じく女物の浴衣風の格好で、ばかでかい盆を持ったモヒカン男(オネエ)のロッサム。

 ダリアはまだ食事をしていない様子を見て「ふふっ」と笑った。

「おや? ちょうど良かったみたいだねぇ。今日はアンタの誕生日だっていうから、これ、あたしたちから」

 ロッサムは盆に載せてある皿をテーブルに、丁寧に並べていく。

 それをダリアが説明した。

「これはね、今朝あたしが引き揚げたのよ。今、ここの厨房を借りてロッサムがさばいたんだけど。アンタさ、魚の生肉が好きなんだろう? だから」

 そこには、レオの好きな刺身と――玲菜のよく知る料理があった。

(え! これって……!)

 ダリアは説明を続ける。

「これはね、古代のこの国の伝統料理を再現したものなの。ロッサムが考古研究者に教わって作ったんだよ」

 

 まさに、『寿司』に似たものがそこにあった。

 

「お寿司じゃん!」

 玲菜の言葉に同意するショーン。

「寿司だな」

「あら。さすが考古研究者だね、二人とも。知っているのかい?」

 ダリアに言われて顔を見合わせる。

 さすがに現代の寿司と全く一緒という見た目ではないが、かなり近い。にぎりや巻物っぽい物が皿に乗っている。ワサビなどは入っていないようだが。

 

「お口に合うか分かりませんが、どうぞ」

 ロッサムは一貫を箸で持ち、レオの口元に近付けさせた。

「シリウス様、あ〜〜〜ん」

「いい! 自分で食うからやめ…」

 拒否しようとしたレオは口を開けた時に無理矢理入れられてしまい、危うく喉につっかえそうになる。しかし……

「……美味い」

 食べてみると美味しかったようで、お気に召した様子。

 ロッサムは上目遣いで窺った。

「どうですか?」

「うん。中々いいぞ、これ」

 その答えに彼は興奮して顔を赤くした。

「イイって! ……絶頂ですか?」

「絶頂ではない」

 冷静に対応するレオ。

 

 とりあえず、全員揃ったしプレゼントも渡したし、レオが食べ始めたのでパーティーが始まった。

 皆は乾杯して並べられたたくさんの料理を皿に盛って美味しく頂く。

 さっそく、貰った酒を飲んで美味しそうな料理を片っ端から味わい、それだけで満足したレオはパーティーの主催者である玲菜の姿をじっくりと見た。

『サンタ服』とかいう赤い上着に赤いスカートの格好は似合っていて妙にそそる。そう思っているのは他の男性もらしく、イヴァンはミリアに、バシルは自分の嫁にそれぞれ見惚れていた。

 それに今日の玲菜はいつもと少し違うような。

 ……と、レオが感じる原因は、実は彼女の化粧にあった。

 玲菜は、本日が特別な日なので、現代から持ってきた化粧品でバッチリメイクをしていた。彼に喜ばれようと玲菜なりに気合いを入れたのだった。

 見事、効果があり、レオは何度も玲菜を見る。普段も可愛いと思っていたのだが、今日は一段と可愛い……というか綺麗で、見る度に赤面した。

 

 

 楽しい時間はどんどん過ぎていく。

 だが、その頃……

 広間の隅で控えていたフルドの耳に、とある一報が入る。

 

 *

 

 実は、新年が明けてシリウスとアルバート皇帝の誕生日というこの日に、皇帝陛下から重大な発表がされて都は歓喜の声が上がっているという話。

 

 レナ皇后陛下の懐妊――つまり世継ぎを授かったという報告。これでまた帝国の安泰は確実と、国の繁栄を国民に約束する。

 そして……オーラム司教の枢機卿叙任が、聖皇から正式に申し渡された事。よって、これからはオーラム枢機卿と呼ばれることになる。

 

 この二つの朗報により、いち早く知った都の住民は皆喜んでいたが、それは富裕層である“上”の住民のみで。格差の下の層である“下”の住民の不信感は変わらず皇帝に向けられる。

 しかも実際、“上”の住民でさえ本心から喜んでいるかというと微妙なところであり。どちらかというと、“子供が生まれること”によって皇帝の悪政が抑えられて欲しいという願いが大いに込められた歓喜であった。

 そしてその都の状態はこれから朗報が広まる国民の縮図ともいえた。新しい年になっても、民衆の不穏な空気は拭えない。

 

 *

 

 報告を聞いたフルドは、了解したが。

 この場では――いや、本日はレオに伝えない方がいいと思い、楽しそうなパーティーを眺める。主《あるじ》にとっての特別な日を壊してはいけない。

 自分の誕生日をこんなに楽しく過ごしているレオの姿を見るのは、フルドにとっても初めてであり、なんだか自分のことのように嬉しく感じる。

 そんな風に思いながら見守っていると、玲菜が近付いてきて彼に話しかけた。

「フルドさん! なんでそんな隅に居るんですか? 一緒に混ざってくださいよ」

「え!?

 思いもよらなかった誘いだったので動揺する。

「いえ! 私は、ここで陛下の身の安全を確認しながら控えていますので。何かあれば呼んでくだされば用を受けますし」

「身の安全は大丈夫ですよ! だって、ここにはバシル将軍やレッドガルムさんまで居るんですよ? それにレオ自身も強いし。こんな所に居ないで、ショーンの料理やミリアたちの作ったスイーツを食べてくださいよ」

「え、ええと……私は……」

 頑《かたく》なに遠慮しようとするフルドに、玲菜は耳打ちをした。

「その方が、レオも喜ぶんです!」

「えええ!?

 彼にとっての一番の驚き。

 本人から聞いたわけではないが、レオの気持ちを悟っていた玲菜は告げる。

「今日は一緒に楽しんでください! レオもきっと嬉しいから。彼のために! ね!」

 フルドは「う〜ん」と考えて。主のためなら……と、玲菜に誘われるまま皆に近付く。

 その姿に、レオは一瞬驚いた顔をしたが照れくさそうに彼に教えてあげた。

「オヤジの料理は美味いから、お前も食ってみろよ」

「は、はい」

 言われるまま、近くにあった料理を一つ口に入れたフルドは、あまりの美味に感動の声を上げる。

「絶品です! さすがショーン様」

「え? あ、それはオヤジのじゃなくて……」

 彼が食べたのは寿司であり、作り手はショーンではない。

 

 自分の作った物が褒められたと気付いたロッサムは、フルドに近付き、彼の顔をじっと見つめた。

「……まぁまぁ可愛いじゃない。合格」

「えぇ!?

 青い顔をするフルドに、レオは「ククッ」と笑って肩を叩いた。

「良かったな。相手してやれよ」

「えぇえ!? ちょっ! 待ってください陛下!」

 慌てるフルドを置いて玲菜の許へ向かうレオ。

 それを見ていたロッサムは「はぁ」とため息をついて仕方なさそうに言った。

「シリウス様にはレイナちゃんが居るし。しょうがない、アナタで我慢するわぁ」

 我慢と言いつつ中々嬉しそうな目でフルドを見ている。

 当人はますます青い顔をした。

「何言ってるんですか! しかもなんでこっちが誘った風になっているんですか。申し訳ないですが、私にそちらの趣味はありませんので!!

 しばらくの間、ロッサムを振り切るのにかなり苦労した。

 

 一方、その様子を見ていた玲菜は、自分に近付いてきたレオに呆れ返る。

「なんでフルドさんを置いてきちゃうの? 仲良くお喋りすればいいじゃん。私のことはいいからさ」

「はあ? 仲良くお喋り? 何喋るんだよ? あいつはいつも一緒に居るんだぞ。話すことなんて別にねぇし」

 確かにレオの言う通り、フルドとレオはほぼ毎日顔を合わせている。しかもフルドがレオに仕えているのはもう十二年に及ぶ。

 同じ頃から朱音や黒竜も仕えているらしいが、身の回りの世話をしていた分、フルドが一番長い付き合いともいえる。

 そもそも、イヴァンのような友人ではなく、あくまで従者であり。対等にお喋りを楽しむとかそういう間柄ではない。

(でもきっと、フルドさんはレオにとって大事な人のはず)

 たくさん居た従者の中でも最も信頼の置ける一人のはず。

(うん、そうだよ。それに朱音さんたちも)

 朱音たち忍者もやはりそういう人物らで違いなく。しかし残念ながらこの場に姿を現さない。きっとどこか陰から見守っている。

(どこに居るのかなぁ? 朱音さんたち。居たら無理やりにでもパーティーに参加してもらったのに)

 姿が見えないのでは仕方ないか。

 玲菜は残念に思ったが、とにかくレオが楽しくあれば良いので頑張って盛り上げ役に徹する。

 

 そうして……時間は経っていき――

 

 

 

 パーティーは夜まで続いて、夕食の後に終了した。

 

 皆、礼を言いながら満足に緑龍城を後にして、玲菜・アヤメ・ミリアの三人は使用人たちと共に片づけをする。

 終わると、もう一度アヤメに礼を言って三人は解散した。

 玲菜は本日緑龍城に泊まらせてもらう予定であり。

 同じように泊まらせてもらっているショーンの隣の部屋――秘密の客間のレオの部屋に向かった。

 

 廊下に居たフルドに通されたので、ノックもせずに入ると……

 婚約者はご満悦で就寝の様子。

 寝顔を覗き込んだ後、起こさないように静かにバスルームへ向かおうとすると腕を引っ張られてベッドに引きずり込まれた。

「わっ! レオ?」

 ぐっすり寝ているのかと思ったので、不意すぎてびっくりする。

 レオはゆっくりと目を開けた。

「まずいな」

「え?」

「そのサンタとかいう格好で、上に乗られると理性を失いそうだぞ。どうしてくれんだ」

 確かに、今は玲菜が上に乗っている状態にあるが。

「自分が引っ張ったんでしょ? 私が乗ったわけじゃ……」

 反論すると、レオは口を尖らせて恥ずかしそうに言った。

「そりゃそうだけど、そんな格好しているお前が悪い」

「悪い?」

「明らかに誘ってんだろ、それは」

「え!?

 まさか、聖女好きな彼がサンタクロースの格好にも弱いとは。

(何その繋がり?)

 なんて考えている間も無く、玲菜を引っ張ってくるレオ。

「ちょっちょっと!」

 戸惑う玲菜に耳元で訊ねる。

「今日は何の日だ?」

「え? レオの……誕生日」

 答えながら、彼が“誕生日”に味を占めてしまったことに気付く玲菜。観念して、彼の望みを察する。

 期待の目で見てくる彼に、そっと口づけをした。

 

「昨日も、あげたと思うんだけど」

 昨日というか、日付でいうと一応今日か。

「ああ、そうだな」

 彼は目を閉じて玲菜を抱き寄せた。

「でも、一回しか駄目なわけじゃないだろ?」

 果たして昨夜の行為は一回と呼べるのだろうか? 疑問に思いながらも、玲菜は彼の意向に従うことにした。

 

 

 

 

「サンタクロースはねぇ、白いヒゲのおじいさんなんだよ〜」

 

「ああ!?

 満足して寝に入ろうとしていたレオは、玲菜の告げる意外な事実に興味を持って耳を傾《かたむ》けた。

「男? サンタクロースって男なのか? しかもじじい?」

「じじいなんて言わないでよ! いい人なんだから〜」

「いい人?」

 レオは首を傾《かし》げた。

「何者なんだそいつは」

「えっとねぇ。毎年、クリスマスイブの夜に、世界中の子供たちにプレゼントを配るおじいさんなんだ」

 玲菜の説明に唖然とする。

「夜、世界中の子供たちにプレゼントだと!? 老人が!?

 あまりに偉人過ぎて度肝を抜かれた。

 今度は震え声で訊ねてきた。

「何者なんだそいつは」

「だから、サンタクロースだよ!」

「過去には、すげぇ奴が居たんだな」

 レオの頭の中には、玲菜の着ていた赤い服の格好をした白髭の老人が大量の贈り物を運ぶ場面が思い浮かぶ。

 持つのも移動も大変なので恐らく自動車で運んでいるのか……もしくは、想像がうまくできないが『ヒコーキ』とかいうもので運んでいるのか。

(でも、一人じゃ絶対無理だよな。世界中だろ? 資金も時間も必要だし。複数人? いや、軍隊?)

 恐らく軍隊か。しかしまぁ、子供にプレゼントをあげるという行為の意味が全く不明。

 レオが悩んでいると、玲菜が笑いながら話した。

「でもね、私も小さい頃はサンタさん信じてたんだけど、正体はお父さんだったの」

「オヤジが?」

 オヤジが? と訊かれると一瞬迷うが、ショーンで間違いはない。

「う、うん。そうだね」

 その答えでレオは確信した。

(そうか。オヤジが向こうの世界で所属していた軍隊か何かなんだな。赤い制服の)

 クリスマスというのは恐らく戦の名前で、赤というのはもしや血を目立たなくさせるための色。

 きっと、戦場に赴く前に七面鳥を食べて精力をつけるのかもしれない。そして、夜、我が子に贈り物を残す、と。

 少々物騒な解釈をしたところでレオはショーンに感心する。

「娘想いの父親じゃねーか」

 出陣する前に贈り物をするなんて。という意味で。

「え? う、うん」

 

(ニホンは平和だと聞いていたけど、なんだかんだで戦はあったんだな)

 ちょうどレオが自分なりの日本を想像していた頃。

 彼の腕枕を堪能していた玲菜はふと、レオが頭を乗せている枕がいつもと違うと気付いて目を疑う。

「あれ? これって……」

 見覚えがあって思わず大声を上げてしまった。

「え!? 嘘!? これってクッション?」

 その、青い枕は――実は玲菜が誕生日プレゼントにと、あげた物だった。一応手作りでクッションのつもりだったが、もちろん枕としても使える物であって。

「なんでもう使っているの? ってか、なんでここにあるの!?

 むしろレオは気付くのが遅すぎると呆れてしまった。

「今更かよ。 全然見てなかったんだな、お前」

 青い枕なのは気付いていた。しかし、手作りクッションは朝方にあげてまだ家にあるはずだったので。

 レオはここに置いてある訳を話す。

「今日、こっちに来る時にフルドが荷物運んだだろ? あの時、ついでに持ってくるよう言っといたんだ。さっそく今夜から枕として使いたかったからさ」

 そうだったのか。

 理由が分かって嬉しい反面、恥ずかしくてクッションをまともに見られない玲菜。

「ごめんね、ホントに。下手でしょ? もっとちゃんとした物作りたかったんだけど時間もお金も無くて」

 彼の欲しい物をさりげなく訊きたくもあったが、そういう時間も無かった。それで……今自分で作れて且つ、疲れていそうな彼が活用できる物と考えてクッションしか思い浮かばなかった。

「あとね」

 玲菜は自分の左手薬指を見る。

「レオにとっては二年も経っちゃったけど、婚約指輪のお返しもしたいと思っているんだ。何がいい?」

「お返し?」

 婚約指輪のお返しとは、これまた唐突な。

 しかし玲菜は、今回の誕生日プレゼントを考えた時から思っていて、是非とも彼にお返しの品を渡したい。

 全く考えもしなかったレオは軽く微笑み、玲菜を引き寄せる。

「お返しなんていらねーよ」

 そう言うと思った。

「駄目!」

 玲菜は強く言う。

「私があげたいの! だって私だけ婚約の証を貰うなんて変だし。ねぇ、何が欲しい?」

「あー?」

 気持ちは嬉しいが急に訊かれても。

 レオは少し考えて口元を緩ませながら答えた。

「じゃあ、お…」

「“私”とか、そういう少女漫画っぽい答えも無しね?」

「しょーじょまんが?」

 本当はまんまと『お前』と言おうとしたけれども、先手を打たれたレオは聞き慣れない言葉だけ訊いて恥ずかしそうに口をつぐむ。

 一方玲菜は質問には答えずに念を押した。

「いいから。とにかく、ちゃんとした物をあげたいから考えておいてくれる?」

「あー。分かったよ」

 正直、特に無いとは言いづらく。

 レオは自分の腕で眠る彼女の髪を優しく撫でた。

(俺は、お前さえ居れば……)

 彼女さえ傍に居てくれたら、もう他に何も要らないなんて……口に出すのは、今は恥ずかしいので代わりに態度で表す。

「レイナ」

 玲菜をギュッと抱きしめて、おでこに唇を触れさせた。

「レ、レオ?」

 驚くのが愛しくて頬にも触れさせる。

 彼女は段々心地好さそうに目を閉じた。

 

 そうだ。これが幸せなひととき。

 玲菜も彼の背中に腕を回す。

 

 そうして二人は、お互いの体温を感じながら幸せな気分で眠りに就いた。

 

 

 

 ―――――

 

 次の日。

 清々しい気分で目を開けた二人は、しばらくキスなどをして甘い気分に浸っていたが。玲菜が先に我に返って飛び起きた。

「こんなことしている場合じゃない!」

「こんなこと?」

 まるで“くだらない”と言わんばかりでレオはムスッとしたが、ダラダラしていても仕方ないのでバスルームへ向かう。

 玲菜も同じく向かおうとしていたので「一緒に入るか」と提案を出したが見事に断られた。

「何言ってんの。一人で入って! レオ入らないなら私が先に入るよ?」

「なんだよ、冷てーな。風呂くらい別にいいだろー」

 風呂くらい、ではない。

 玲菜はバスタオルで身を隠しながら恥ずかしそうに告げた。

「だって。絶対下心があるんだもん」

 レオはきっぱりと宣言する。

「ああ? そりゃ……あるに決まってんだろ」

「駄目!」

「駄目? なんでだよ。昨日はあんなに応えてくれたのに」

「だって、昨日はレオの誕生日だったから」

 彼女の物言いに、異議あり。

「はあ? 誕生日だから? じゃあ、誕生日じゃなかったらそういう気分にならない?」

「違うよ! 違うけど……。ごめん、言い方が悪かったね。ごめんね」

 顔を赤くしながら彼女は言う。

「私だって、そういう気分はあるよ? でも、今はやっぱり時間が無いっていうか」

 確かにそれはレオにも分かっている。

 そうこうしている間に彼女はバスルームに向かい、「先に入っていい?」と訊いてくる。

 仕方なく「良い」と返事をすると、ドアを閉め際に思わぬ約束を出してきた。

「今度一緒に入るから。ね?」

「え?」

 レオが顔を上げた時にはもうドアが閉まっていて。「それならば」とレオは返事する。

「分かったよ。絶対だからな、覚悟しとけよ」

 彼女が言ったのだから、約束は守ってもらわねばならない。

 なんだか妙にワクワク感が募ったが今日は我慢して、しかし早めの実行をとレオは目論《もくろ》む。

 

 

 やがて玲菜がバスルームから出てくると今度はレオの番で、二人は着替え等の支度を済ませる。顔も洗い歯も磨いて、朝食の準備で給仕が入ってくると、レオは一緒に入ってきたフルドにある頼み事をしてきた。

 それは――

 

 

 ―――――

 

 朝食が終わり、秘密の軍会議室に集まった皆の前に、皇帝への反乱軍のリーダーであるレオがフルドを引き連れて一番遅くに姿を現す。

 一番遅くというか、皆が集まって大分時間が経っていたので参謀のショーン軍師は叱ろうと思ったのだが。彼の姿を見て驚き、口を開けて止まってしまった。

 ――いや、懐かしいとも言うべきか。

 顔の傷が無ければ二年前に戻ったようだ。というか、二年前よりも短くなってすっきりしている。

 まさにシリウスというべきか。その凛々しさは紛れもなく本物であるし、男でさえも見惚れてしまう。

 軍議室に居たショーン以外の者たちも同様に驚いた顔で彼を出迎える。

 

 ただ髪を切っただけだったが、彼の眼が決意に満ちていたので相応の期待も寄せる。

 

「遅くなって悪かったな、オヤジ。それに黒竜、バシル、レッドガルム」

 レオは皆を見回して目蓋を落としながら笑う。

「ちょっと、役者が足りねぇな。ダリアはもう帰ったか? もう一回呼ばねぇと。それと……」

 眉をひそめて仕方なさそうに言う。

「カルロス・アスールス伯も呼ぶか。気は乗らねぇけど、仲間にしたい」

 この心変わりはなんだ。

「レオ?」

 ショーンが訊くと、レオは申し訳なさそうに告げた。

「せっかくオヤジが考えてくれた軍名さ、俺も凄く気に入ったんだけど。やっぱり逃げたくねぇな〜と思っちゃってさ」

「逃げる?」

「ああ」

 言いながら髪を触るレオ。

「シリウスからも、皇帝からも」

 だから、髪を切ったのだと彼は言う。

 シリウスに戻るために――

 

 反乱軍でもなく、解放軍でもなく。

 誰のためでもなく自分の意志で。レオはこの場に居る皆に発表した。

 

「『奪還軍』を本日決起する!」


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