創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第二十四話:新年の決起集会(前編)]

 

「だっかん……奪還軍?」

 恐らくこの場に居た皆が同じ疑問を持っていて。ショーンが代表して訊く。

 前に提案した『解放軍』と命名すると思っていたので。まぁ、正直名前はどうでもいいのだが、理由が気になる。

 確かに自分らの真の目的は『奪還』にあり。しかしそれだと正体がバレる為にわざと、差支《さしつか》え無く且つ民衆が共感しそうな軍名を提案しておいたのに。

(ま、なんとなく気持ちは読めるけど)

 ショーンは頭を押さえた。

(こいつ、ホントにシリウスだな)

 正々堂々と戦おうとするところなんかそっくりだ。

『解放軍』と提案したショーンにはとある意図があった。

 それは『反乱軍』として認知されている軍とは別の軍に見せかけて先手を打つということ。もちろん、後でバレるのは必至だが、少しは時間稼ぎになる。その間に先攻してしまおう、と。

(――思っていたのに)

『奪還軍』では相手方にバレバレで名前を変える意味が無い。なぜなら取り返そうとする人物は一人しか居ないから。

 それに、果たして民衆の共感を得ることができるだろうか。民衆が本物のシリウスのことを知っているならまだしも。

 そこまで考えて、「まさか」と思いショーンは訊ねる。

「お前、自分が本物だと名乗る気か?」

「え?」

 シリウスから逃げたくないとは、そういう意味か。

 レオは一瞬戸惑ったが、俯いて気まずそうに答える。

「いや。……そういうのは考えていなかった」

 つまり、シリウスに戻る意志を固めて、奪還したいから奪還軍という名前を発表して――後は深く考えていなかったらしい。

(こいつらしいな)

 呆れた目で見るショーンに気付いたレオは顔を赤くしながら皆に言い放つ。

「とにかく! 今日決起会するから、幹部を全員集めるって言ってんだよ! 夕方にやるから、バシルは用意してくれ。そして、フルドはダリアを呼んでこい。黒竜はアスールス伯を。レッドガルムは職人の所へ」

 せっかくカッコよくきめようと思ったのにきまらずに、レオは恥ずかしそうに告げた。

「じゃあそれまで、今日は会議無しだから。解散!」

「ハッ!」

 皆は返事をしてそれぞれに散らばる。

 

 ショーンは自分のつっこみが彼の計画をぶち壊してしまったと気付いて罪悪感にかられたが、気になることがあるので訊ねる。

「レオ……玲菜は?」

「え? ああ、アイツは俺の部屋でウヅキと一緒に待たせてる」

「待たせている?」

「ああ。だって、今の会議は早く終わらせるつもりだったから。ちょうどウヅキも戻ってきたし。そしたらアイツが『待ってる』って言うから」

 急ぎ足で歩き出すレオに、「ふ〜ん」と頷いたショーンは並んで歩きながらボソッと突っ込んだ。

「お前ら、ラブラブだな」

「ラブラブ?」

「ああ、仲がいいってこと」

 そう言われて、レオは恥ずかしくなりそっぽを向く。

「そりゃあ、仲いいよ。悪いか?」

「悪くねぇよ。むしろ喧嘩されるより安心する。お前ら結構喧嘩もするし」

 ショーンの指摘に分が悪くなって俯く。

「確かに、喧嘩もするけど」

「いや、いいよ。喧嘩するほど仲がいいってやつだろ」

「オヤジは……」

 今まで聞いたことがなかったが、ふと興味がわいて訊ねるレオ。

「アイツの母親と、仲良かったのか? 喧嘩しなかった?」

 途端にショーンが顔を赤くしたので物珍しく見る。おじさんは照れながら答えた。

「仲良かった。喧嘩なんてほとんどしていないと思うし。純玲さんは……」

「スミレ?」

「ああ。玲菜の母親の名前。玲菜の玲という漢字は純玲さんの玲から取ったんだ」

 ショーンが平然と言ったことは、レオにとって馴染みが薄かったので訊き返す。

「名前に漢字?」

 たとえば、忍者たちは秘匿名的に漢字を使うけれども、一般人の名前に漢字とは滅多に無い。

「レイナという名に漢字があるのか?」

 興味津々なレオに、ショーンは持っていた紙に漢字を書いて教える。

 

 

「レイナ!」

 部屋に戻ったレオは、室内でウヅキと戯れる玲菜に嬉しそうに駆け寄った。

「レイナ。……いや、玲菜!」

「ん? 会議終わったの? 早かったねー!」

 さっそく使いたくてうずうずしながら彼女を引き寄せた。

「玲菜。今日から俺は、お前のことを『玲菜』と呼ぶぞ」

「え?」

 今までも『レイナ』と呼ばれていたので首を傾げる玲菜。

「ずっとレイナだったと思うけど?」

「違うんだよ!」

 レオは一旦彼女を離して部屋にあるメモ帳を探した。見つけると『玲菜』という漢字を書いて見せる。

「お前の名前、こういう字なんだろ? オヤジに教わった」

 そこには『怜菜』と書かれた文字が。

「あっ」

 玲菜は気まずそうに修正をする。

「えっとね。ちょっと違う。その怜じゃなくてね」

 彼の書いた漢字の下に正しい『玲菜』を書いた。

「こっち」

「へぇ?」

 まさか、自分の名の漢字をレオが覚えるとは思わなくてドキドキする玲菜。

 彼はもう一度嬉しそうに言った。

「これからは、“玲菜”と呼ぶから」

 正直音声では今までとの違いが分からない。

「どう違うの?」

 質問すると彼は得意げに答えた。

「今まではレイナ、だろ? これからは玲菜、だ。オヤジに教えてもらったんだよ、ちょっと発音が違うって」

 確かに、今までは若干『レィナ』っぽく聞こえていたかもしれない。後者のはっきりした『れいな』という言い方に僅かな違いを感じる玲菜。

 レオは優しく名前を呼んできた。

「玲菜。違いが分かるか? ……玲菜」

 何度も呼ぶので照れてしまう。

「うん。なんとなく分かったよ」

「玲菜……」

 肩を掴んで耳元で囁いてくるのがまたなんとも。

「やめてよ。くすぐったい」

 玲菜が照れて困ってもお構いない。

「お前の母親の字を取ったと聞いた」

「うん。知ってる」

「お前の母親はとても綺麗だったと、オヤジの奴が惚気《のろけ》ていた」

「そうなの?」

 レオは口元を緩ませる。

「オヤジが自分の妻のことで惚気るところをあんま見たことなかったから、面白かった」

 喋ることで運命が変わるのを恐れたのかもしれないが、ショーンは妻と娘の話をあまりレオに話したことがなかった。“二年前”の玲菜もうまく誤魔化されて聞いていない。父が母にずっと一途だったことは子供心に感じていたが、惚気話というのは確かにあまり聞かなかったと過去を振り返る。

(でも一回だけ聞いたかな)

“二年前”に。妻子のことをショーンに聞いた時、「妻は綺麗な人だった」と言っていた。「娘はキミに似ている」とも。

「うん」

 小さく微笑みながら俯く玲菜の頭に手を置くレオ。

「お前の母親は俺にとって義母だし。オヤジがそこまで惚れ込んだ女性を見てみたかったな」

「そうだね。私もレオにお母さんを見てもらいたかったな。写真でも」

 母の写真は昔のカメラで撮った物が主なのでアルバムにしか残っていない。もしも当時にカメラ付き携帯電話がもっと普及していたらきっとそちらで写真を撮っていて、ここに持ってきた携帯電話の画像フォルダに残っていたかもしれないと思う玲菜。

(でも、お母さんの写真はアナログだったから)

 この世界に来る時にアルバムを一冊くらい持って来れば良かった。しかしアルバムは父の寝室にあって、とっさの持ち物に気付かなかった。鞄に入る大きさでもないし。

 

 そこまで思い出して、ふとあることに気付く。

(あれ? ちょっと待って?)

「写真の写真!」

「え?」

 そうだ。忘れていたが、画像フォルダの初めの方に……

「お母さんの写真の写真! あるかも!」

「シャシンのシャシン?」

 首を傾げるレオの腕を玲菜は掴んで顔を上げる。

「ケータイのカメラでね、試しに撮ったことがあるの! お母さんの写真を」

 ほんの一、二枚だが。写真を撮ったらどうなるだろうと思って母の写真を写した。携帯電話に入れておけばいつでも見られるとも思ったし。

「あるかも! ケータイのデータフォルダの中探してみよう」

「シャシン、あるのか?」

 玲菜の話は完全に理解していないが、“ケータイ”と“シャシン”の意味を知っているレオは言葉に食いつく。

「あるんなら、見てみたいけど」

「うん! 探してみる!」

 そう、ここまで盛り上がったところで大きな問題が。

「あ! でも……充電が。っていうか、ケータイは家に置いてきてる」

 もう、持ち歩く習慣を無くしてしまった。これでは携帯電話にならない。それに、家に取りに行っても充電が切れているはずであり。充電するには、今のところ車の運転中にする方法しかない。

 

 レオは時計を見て時間を計算した。

 とりあえず決起会は夕方に予定しているのでそれまでに戻ってくるとして。

「今から家に帰ったら昼前に着くだろ? 昼飯食ってケータイ持って車ん所まで行ってさ、充電するっつー予定はどうだ?」

 その後緑龍城へ戻れば夕方には着く。

 少し面倒だが、二人で行けばデート風になるし。

 玲菜的には満足だが、彼に念を押す。

「もしかしたらお母さんの写真、無いかもしれないよ? うろ覚えだし、記憶違いかも」

 するとレオは笑いながら答えた。

「ああ、いい。もしあれば見たいだけで、俺はお前と出掛けたいだけだから」

 嬉しいことを言う。

「うん。じゃあ……行こっか!」

 玲菜は小さな鞄だけを持ち、二人は緑龍城を後にした。

 

 

 

 新年明けて二日目。天気も好く春の暖かい日差しが心地好い中、二人は秘密の渡し船に乗って湖を渡り、岸に着くと手を繋ぎながら家に向かってのんびりと歩いた。

 湖族の集落は今日も穏やか。

 先日満開だった桜は風を受けると花びらを飛ばして、綺麗であるけれども散るのはもったいない。

 その儚さがまた美しくてため息をついた玲菜は彼に今の思いを話す。

「桜さぁ、未来にもあって良かった。あ、未来って“今”のことね。日本では桜が結構象徴的な感じだったから。花見もあるし、卒業ソングの歌詞にもよく使われるし」

 聞き慣れない言葉が幾つかあったレオは、まず念の為に訊ねる。

「象徴? へぇ? もしかしてたくさんあったってことか?」

 むしろこっちが訊きたい。

「え? たくさん無いの? 私の時代では、至る所にあったけど。桜並木道もあるしさ、公園とか、学校とか」

「へぇえ。いや、俺の知る限りでは都とこの辺と、あとは……サン・ラーデ市辺りとか。そんなもんしかサクラを見たことが無いからさ。昔の帝国ではいっぱいあったなんてびっくりだよ」

 レオの発言に残念な気分になる玲菜。

(そうか。少ししか無いんだ、桜)

 そう思うと今見えている桜の花が散る姿はますますもったいない。

 玲菜は思いつきで提案を出した。

「ね! 花見しない? ウヅキとね、ショーンとね、他の皆が居ても楽しいかも!」

 ちなみにウヅキは出てくる時に自らショーンの部屋に行ってしまったので、今は預かってもらっている。

『花見』という言葉にレオは興味津々になった。

「ハナミ? さっきも言ったけど、なんだそれ?」

「花見だよ! 花を見るってやつ。まぁ、花見っていうと大体桜だけどね」

 聞いたレオはつまらなそうな顔をした。

 なので、食いつきそうなことを付け加える。

「つまり、桜の木の下で飲んだり食べたり宴会するってこと!」

「へえ!」

 先ほどと表情が明らかに違う。

「宴会? 中々面白そうだな」

 食いついたのは良かったが、玲菜がやりたかったのは宴会ではなく、お喋りをしながらお弁当を食べることだったので「しまった」と苦い顔をした。

「うん。面白いけど。もう散ってきてるし、お花見する時間無いかな」

「そうか? なんなら今から二人でやってもいいだろ」

 彼の目的は明らかに酒なので玲菜はその誘いを回避した。

「駄目だよ。今日は他にやることがあるでしょ?」

 お花見デートはしたいが、昼間から酒を飲むのは嫌だ。ただでさえ酒に弱いのに。

 レオは渋々頷き、そうこうしている間に家にたどり着いていた。

 

 

「ただいま〜」

 家に帰ると、玲菜は早速てきぱきとエプロンを着けて台所へ向かった。レオが食事をまともに作れないのは百も承知。怒っても仕方ないので自分が作ることにする。

「何か食べたい物ある? 無ければテキトーに作るけど」

 訊いたのにレオは無言で直視してくるので少し後ずさりしそうになった。

「ね、聞いてる? 何が食べたい? って訊いてるの!」

 それでもボーッとしているので手を叩いて名前を呼んだ。

「レオ!」

「ん?」

 やっと気付いたレオは慌てて訊ねる。

「え? なんだって?」

「も〜〜」

 疲れた。

「もういいよ。有る物でテキトーに作る」

 玲菜は呆れ返って冷蔵庫の中を調べて使えそうな食材を調理台に並べていった。

 

 そしてなんだかんだで、彼の好きな(だと思われる)サンドイッチを作ろうと袖をまくった矢先に……突然彼に後ろから抱きしめられて思わず悲鳴を上げた。

「わぁあああ!! 何?」

「びっくりしすぎだろ」

「だって!」

 明らかに気配を消していた! と、怒ろうと思った玲菜だったが、彼の腕が心地好かったので怒らずに照れてしまう。

 それに、後ろから抱きしめられるのは悪い気がしないし。むしろ好きなシチュエーションというか。

 玲菜は小さな声で返した。

「急に抱きしめたら、びっくりするよ」

「嫌か?」

 彼のお得意な問い。

「嫌じゃないよ」

 いや、こう返したら駄目だ。

「良い、よ」

 レオは肩に顔をうずめてくる。

「玲菜」

 

 しばらくそのままで居て、何か妖しい雰囲気になってもまずいので、玲菜は自分の気を引き締めて注意した。

「あの、作れないから。お腹空いたでしょ? レオの好きなサンドイッチ作るよ」

「うん」

 返事をしても動こうとしないレオ。

「レオ?」

「分かった」

 分かったと言っても動かない。

「どうしたの? 動けなくなっちゃった?」

 半分冗談で訊ねると恥ずかしそうに答える。

「なんか。分かんねぇ。ちょっと待て」

 深呼吸をしてからようやく腕を離した。

 その後沈黙が続き、見つめ合っていても仕方ないと感じた玲菜は気持ちを切り替えて調理を始める。

 レオが黙って見つめてくるので妙に緊張してしまった。

「な、何?」

「ん? いや、暇だから見てる」

 だったら手伝え。とは言えない。

「あ、そうなの? 居間で待ってたら? 作って持ってくから」

「んー」

 

 レオは一度居間に向かい、しかしすぐに戻ってきた。

「玲菜」

「待って。まだそんな早くには作り終わらないよ」

 そうではない。レオは自分が感じていたことが何であるのか気付いて恥ずかしそうに言った。

「なんかさ、お前と結婚したらこんな感じなのかなーって、今ちょっと思ってさ」

「え?」

 思わぬ言葉。

「こんな感じっていうか、こうありたい、みたいな俺の願望だけどな」

 そう、これは願望。

 彼が今日行おうとしていることは奪還軍の決起であって、その目的を達成した暁には“皇帝”に戻る。

 皇帝に戻って都の宮廷で暮らしたらこういう生活はできない。

 

 ふと出た彼の本音に、胸がつまる玲菜。

(レオ、本当は私とこういう生活を望んでいるの?)

 それなのに、今日決起会をと、自ら発表した。“シリウス”の名を取り返す覚悟をしてしまった。

(でも、本当は……?)

 玲菜が手を止めていると、レオは優しく頬に手を触れさせてきた。

「考え込むなよ。俺はお前と宮廷で暮らしてもいいと思っているぞ。お前になるべく窮屈な想いはさせないし」

「……うん」

「もちろん、取り返せたらの話だけどな」

 そう言うと彼は居間に向かう。

「邪魔して悪かったな。お前のサンドイッチ楽しみに待ってるから、たくさん作ってくれよ」

「うん。もちろんそのつもり」

 玲菜は気持ちを切り替えて彼のために美味しそうなサンドイッチをたくさん用意した。

 

 二人は楽しく昼食をとり、片付けはレオも手伝う。

 玲菜は電源の入っていない携帯電話を部屋から持ってきて車載用充電器も鞄に入れた。

 そうして家を出て、今度は車を隠し留めている林へ向かって歩き出す。

 その場所へはまぁまぁな距離になるが、急ぐことでもないのでゆっくり歩く。手を繋ぎ、景色を見ながら楽しくお喋りをして過ごした。

 

 

 やがて、駐車している小さな林に着き。

 車の後部座席に乗り込むと、起動させて電源ソケットに充電器を差し込む。

 CDの曲が自動で流れる中、携帯電話の電源を入れてデータフォルダの中を調べ始めた。

「ちょっと待ってね。フォルダの最初の方にあるはずなんだ」

 ドキドキしながら玲菜も探す。

 もしかしたら記憶違いで、母の写真の写真は入っていなかったかもしれない。近年は携帯電話ではなく、パソコンの方で母の写真を見ていたから。本当に自分の携帯に入っていたのか憶えていない。

 どうか入っていてほしい。

 そう思いながらデータの最初の方を捜すと――

 

「あ!」

 

 そこには、紛れもなく生前の母の姿の画像が……

「あった!」

 こげ茶色の髪に黒い瞳。髪の長さはセミロングでまだ元気だった頃。父が撮ったらしく、少し恥ずかしそうに微笑んでいる。若くして亡くなったのでまだ二十代後半であるし、娘の自分が思うのもなんだが、綺麗というか可愛いというか。

(お母さん、可愛い)

 自分の記憶ではもうおぼろげなので、写真を見て当時を思い出そうとするが思い出せない。

 レオも上から覗き込んで驚きの声を上げた。

「へぇ。ホントだ、美人だ。っていうか、お前に雰囲気似ているな」

「似てる?」

 自分では分からないので。

「ああ、結構似ているよ。やっぱ母子だな。オヤジと俺の趣味が近いってのが分かった」

「え? 趣味?」

 玲菜が訊き返すと、レオは答えずに提案を出した。

「なんかこれ、オヤジに見せようか。きっと喜ぶんじゃねーか?」

「あ!!

 良案すぎて声が弾む玲菜。

「それ! いいね!! そうする!」

 即決であったし、見せるためには充電をもっとしないといけないことにも気付く。

 それならば、とレオは運転席に移動した。

「ケータイの電気が貯まるまで、少し走らせようか。湖の周りを一周とかさ。っていうか、俺が運転したいだけだけど、いいか?」

 電気ではなく電池だが、そこはつっこまず。

(え? 湖畔のドライブデート?)

 玲菜はウキウキして即、二つ返事をした。

「うん! そうする!」

 自分は助手席に座り、隣の彼の運転姿を見守ることにする。

 ドライブデートなんてまさか……まさか、こっちの世界で叶うなんて夢にも思わない。

(本当に夢みたい!)

 恋愛ソングのBGMで、城の浮かぶ幻想的な湖を見ながらイケメンな彼氏の隣に座るだなんて……!

 

 

 ――とまぁ、夢心地になったわけだが。

 実際は乙女(?)の夢をぶち壊すほど運転が荒く。

 玲菜は酔ってぐったりしながら、現実は甘くなかったと夢のドライブデートの厳しさを体感した。

 

 

 湖の周りを一周し終わって、携帯電話の充電も完了したが、林の駐車場で窓を開けて休む現在に至る。

 

「悪かったよ。まさか、お前が酔う程荒いとは自分では思っていなくて」

「うん。大丈夫」

 停めてしばらく休んだら大分治った。それよりもCDの曲が流れているので、窓を開けない方がいいか。玲菜は窓を閉める。

「もう、大分平気だから」

 酔ってしまったが、ドライブデート自体はとても楽しかった。人に見つからないように遠回りをしたので湖が見えない時が多かったが、彼の運転姿を横で見るのはやはり良い。途中、手も握ったりして……。

 いや、それは今もか。

 なんて、思っていると彼の顔が近付く。

 ちょうど、BGMが恋愛の曲で絶好の雰囲気の中、レオは唇を触れさせる前に確認した。

「キスしても、平気か?」

 酔っていて気分が悪いなら好くないと思ったらしく。

 

 玲菜は返事も頷きもせずに黙って目を閉じる。自分の気持ちの意思を伝えるように。

 

 だからレオは優しくキスをした。

 

 長く甘く続けながら、そういえば車の電源は切った方が良いと判断する。雰囲気を良くする曲は聴いていたいが、電気が無くなったら困ると思って。

 もう少し長くこの場所に居る気が満々であり。

 なぜなら、ここは他人の入れない私有地の林。二人きりで誰にも見られずに居られる。

 

 電源を切ると、CDの曲も止まって静かになった。

「レオ?」

 てっきり電源を切ったので、もう車から出るのかと思った玲菜は、彼が自分の上に被さってくる行動に焦る。

「え? ちょっ、ちょっと!」

「狭い? 後ろの席に移動するか」

 そう言うと彼は一度上体を戻して後部座席に移動する。

 玲菜は意味が分かって慌てて首を振った。

「え! 駄目」

「駄目? 大丈夫だよ。後ろは広いし。ここには誰も来ない。窓閉めてるから声も我慢しなくていい」

 なんてこと言うんだ。

「そういう問題じゃなくて! 車の中でなんて無理」

「無理じゃねーよ。無理かどうかは試してみればいいだろ?」

 玲菜が無理と言っているのは気持ち的に。

 なのに、彼が強く誘ってくるのでつい、後部座席に移動してしまう。

 かしこまって座り、緊張していると彼が迫ってきた。

「玲菜」

 横に押し倒されそうになり、慌てて彼を押さえる玲菜。

「待って!」

 やはり狭くて身動きが取れない。

「せ、狭い。ほらね、無理だよ」

 彼女が嘆くと、レオは自分が座席から下りて助手席を押した。

「この椅子って、前に倒せるんだっけ?」

「あ、うん。シートは倒せるよ。えっとね、どうやるんだったかな……」

 玲菜は一度助手席に戻り、試行錯誤してシートを前に傾ける。ついでに前方に移動させると後席の方に余裕ができた。

「できたよ!」

 戻った途端に、席で寝かされる始末。

「あ! レオ!」

 止める間も無くまた、唇を重ねてくるし、やはり狭くてあまり動けない。

 要するに逃げられない。

「待っ……」

 玲菜は止めようとしたが、中々拒む言葉が出ずになすがままになってしまう。

 彼の唇が心地好くてつい身を委ねそうになる。

 しかも確かに、妙な興奮はある。

(って、駄目だ。今日は拒まないと)

 車の中でなんて以ての外。

 玲菜は目をつむりながら決心して大声を出した。

 

「駄目!! もうお城に行く時間!」

 

「え?」

 当然レオはびっくりして止まって。その隙に玲菜は彼を押しのけて上体を起こす。

 もう一度きっぱりと言い放った。

「そろそろ行かないと! 夕方に集まるんでしょ? レオが自分で言ったのに遅れちゃうよ?」

 

 唖然とする彼を横目に、玲菜は脱がされかけていた服をすぐに戻してしまう。

「ボーッとしてないで」

 玲菜は、レオが自分のシャツのボタンも外していたので、そのボタンも素早く掛けていった。

「いや、自分でできる」

 恥ずかしそうに、レオは残りのボタンを掛けて身だしなみを整えた。ここまでして、こんな風に拒まれるなんて。少なからずショックで落ち込む中、彼女が頑《かたく》なに拒む理由がふと頭に思い浮かんでハッとする。

 ためらいながら小声で玲菜に訊いてみた。

「もしかして、今日は駄目?」

 答えずに、小さく彼女が頷くと、レオは反省して謝った。

「そうか。ごめんな、自分のことしか考えていなくて」

「ううん! 私の方こそごめん」

 気まずそうな彼女の頭を、レオは優しく撫でた。

「なんでお前が謝るんだよ。それより平気か?」

「あ! 大丈夫だよ。緑龍城にも行けるし。アヤメさんにも訊かなきゃだけど、今日もレオの部屋に泊まっていいかな?」

 小さな声でおずおずと訊ねる玲菜に、レオは優しく笑いかけた。

「当たり前だろ。俺はそのつもりだし、なるべくお前と一緒に居たいからな」

「ありがとう」

 二人は車を降りて充電した携帯電話を持って緑龍城へ向かった。


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