創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第二十六話:港町へ]

 

 

 泣かないで……

 

 泣かないで。ショーン。

 

 私は貴方の傍に居る。だから泣かないで。

 

 私はとても幸せだったの。貴方に愛されて、貴方を愛して。

 

 玲菜を産んで。

 

 家族三人で暮らしてとても幸せだった。

 

 私が居なくなってからも、大事に玲菜を育ててくれてありがとう。

 

 私は知っているのよ、玲菜が今幸せなこと。レオ君のことも。

 

 ……なんでか分かる?

 

 傍でいつも見ているから知っているのよ。

 

 

 だから、哀しまないで。ショーン――

 

 

 

 

 ふと、耳元で彼女に囁かれた気がして。

 ショーンは目を覚ました。

「夢……」

 ずっと彼女の写真の画像を眺めて、いつの間にか眠ってしまったからそんな夢を見たのか。

 うっかり、ソファで座ったまま寝てしまった。

 しかも恥ずかしながら、涙を流しながら寝てしまうなんて。

「ああ」

 いい歳したおやじがみっともない。

 自己嫌悪で頭を押さえると、足元に何かの気配が。

「ん?」

 それは、すり寄ってくる白い猫・ウヅキで。昨夜レオたちの部屋に居たはずなのにこっちに戻ってきていた。

「ウヅキ、おはよう」

 声を掛けると、可愛い声で鳴いて、まるで返事をしているよう。

 ショーンはウヅキの頭を撫でて、ダラダラするのは好くないと分かっていながらもソファに寝転がる。

 軽く目をつむり、彼女の姿が映らないかと願った。

 自分の想像ではなく、何か幽霊的なものでいいので出てきてくれないかと。

 

 

 彼女は最初、ショーンのことは『譲二君』と呼んでいた。けれど、正体と本名を知って、二人きりの時は『ショー君』と。

『ショーン』と呼びだしたのはいつからだろうか……

 

(……ああ、あの時)

 ショーンが『帰る』のをやめた時。

 彼女を、心から愛していると気付いた日。

 

 

 ――まだ、“向こう”の世界に行く前。アルテミスの家で、前預言者であったアルテミスの姉『シドゥリ』に会った時。

 自分は予言をされた。

『心から愛する人を亡くすこと。そして、ここに帰ってくること』

 その時は予言なんて信じなかったし、『ここに帰る』の意味も分からなかった。

 

 思い出したのは、純玲に惹かれていっているのが自分で分かった時。

 思い出して、『亡くす』予言が胸に引っかかって必死に否定した。

 彼女のことを深く好きにならないように気持ちを抑えた。

 だから、『帰る』方法を探したし、実際見つけて帰ることにした。

 でもその頃にはもう、気持ちを隠すことができなくなっていた。

 

 

 ショーンは元の世界に帰らないことを決意して、一生を懸けて彼女をずっと守っていこうと心に誓った。

 

 

 

(そういえば、玲菜の名前の漢字を決めたのは俺だったな)

 少し昔のことを思い出したショーンは、玲菜が生まれた時のこともふと記憶に甦らせる。彼女の名前の字を知って、凄く気に入っていたから娘に同じ字を付けようと提案した。生まれたばかりの娘を見て、妻に似ていると思って。

(純玲さんは、俺に似ていると言ったけどな)

 

 彼女の名の漢字を知ってから、彼女のことを『スミレ』ではなく『純玲』と呼ぶようになった。

 偶然にも、昨夜はレオに玲菜の漢字を教えた。

(レオも、俺が純玲さんにしたのと同じことを玲菜にしそうだな)

 今まで『レイナ』と呼んでいたのを『玲菜』と呼び替えそうだ。

(知った時、すげー嬉しそうな顔してたし)

 本当の親子ではないが、レオと自分は似ていることが多い。

(あいつが俺に似たのかもしれねーけど。一緒に住んでて)

 そこまで思い、何かで聞いた『娘は父親に似た男に惚れる』的な格言を思い出してハッとする。

 上体を起こして首を振った。

(いやいや、違うだろ。違う)

 そう、では、ない、はず。

(大体、そういうのはファザコンな子に限るわけであって、玲菜はファザコンでは……)

 十二年前に貰った手紙に『私はファザコンで』と書いてあった。

 お父さん大好き、とも。

 それに、二年前にさりげなく「お父さんのこと好きなのか」と訊いたら「うん」と。

 

 駄目だ。顔がにやけてしまう。

(玲菜……)

 反抗期もあったし、妙に冷たい時期もあった。それでもずっと二人で暮らして、玲菜が成人した頃には仲良い関係を保っていたと思う。

 母親が居なくて苦労を凄くかけた。さみしい想いもいっぱいさせた。

 

(玲菜)

 思い出して、今度は涙がこみ上げるショーン。

 最愛の妻が亡くなって、自分の人生も終わった気がして、けれど、玲菜とここまで一緒に……

 

 ショーンは、昨夜借りた玲菜の携帯電話の画面をもう一度眺めた。

(純玲さん。やっぱ綺麗だ)

 目をつむり、彼女が自分の名を呼ぶ声を思い出す。

 温かくて、優しくて、心地好い声をしていた。

 

(……って! 思い出に浸っている場合ではないか!)

 ショーンは我に返り飛び起きる。こんなことしている場合ではないと、携帯電話を閉じてソファを降りた。

(さて。今日からまた忙しくなるな)

 頭を掻き、大きく伸びをしてから朝の支度をせねばならないと、まず洗面所に向かった。

 

 

 

 その頃。隣の部屋では――

 レオと玲菜もベッドで寝転がっていて。しかしこちらはイチャイチャしている。

 イチャイチャといっても、キス程度だけれども。昨晩は一緒に寝てもそれ以上ができなかったが為にとにかくキスで欲求を満たした。

 いや、満たすというかむしろ欲求は上がってしまうので、レオは気持ちを抑えつつ軽く口づけをする。

 一方玲菜は、それが心地好すぎて。そろそろ起きなければいけないと気付いても、つい彼の温もりを味わって幸せな気分に浸る。

 

 珍しくもレオの方が起床を促した。

「そろそろ起きるか?」

「……ん」

 もうちょっとこうしていたい。と思いつつも玲菜は返事する。

「そうだね。起きた方がいいかな?」

「そろそろオヤジが来そうだから」

 本当は、これ以上キスをすると欲望を抑えるのが困難になるから。とは言えない。

「レオ」

 玲菜はさみしそうな顔で言った。

「もう、私は帰るからね」

「え?」

「用も無いのに何日も泊まっても迷惑だから」

 他人に迷惑をかけたくない的発言は彼女の得意技で。しかし、まぁ理解できるのでレオは頷く。

「ああ、そうか。……そうだよな」

 少し考えてからハッと思いついて提案した。

 

「お前、奪還軍入れよ」

 

「え?」

 そういえば、彼の『軍』に入るなんて、考えていなかった。

 レオは上体を起こして、期待した眼で玲菜の方を向く。

「だってお前、帰ってから何するんだ? どうせ掃除だろ?」

「どうせって!」

 確かに掃除ではあるが、他にも考えている。玲菜も上体を起こした。

「掃除だけじゃないよ、洗濯とか買い物とか。あと、働ける場所探すつもりだったし」

「働く?」

「うん」

 このままでは無職であり、現在は自分の金も無い。この約一ヶ月間はずっとショーンから金を借りていて、向こうは親子だから返さなくていいと言ってくれるが、自分的には甘えたくない。

「じゃあ、軍で働けよ。家政婦募集してるし」

 思わぬレオの誘いに、玲菜はもう一度訊いた。

「家政婦?」

「婦長はアヤメさんだぞ。大丈夫、タダ働きはさせねーよ」

 

 ほとんど考えずに玲菜は即答した。

「やる! タダ働きでもいいよ!」

 

「だから、ちゃんと給料出るって言ってんだろ」

 笑いながらレオはつっこんだが、玲菜にとっては金の問題ではない。

 家で専業主婦をやるよりもここで働けたら嬉しいし、アヤメが居るなら楽しいに決まっている。

(え、ホントに? 奪還軍でも家政婦雇うんだ? アヤメさんが婦長って!)

 もちろん家にも帰るが、レオやショーンの手伝いができるのは願ってもない。

 玲菜の表情を見てレオは嬉しそうな表情をした。

「決まりだな。俺から言っといてやろうか? っていうか、今日から雇ってもらえよ」

「え? ちょっ、ちょっと待って!」

 さすがに今日からはキツイので、玲菜は断る。

「自分で言うから! あと、今日はどっちにしろ家に帰るよ。家の掃除したいし。いろいろ準備も。そういうの全部終わってから来るから」

「そうか」

 レオは少し残念そうに、しかし仕方ないという風に頷く。

「そうだよな。まぁ、お前も家でゆっくり休んだ方がいいかもな」

「うん。一週間以内には行くから。レオはどう? 家に帰れそう?」

「あー」

 決起会が済んで、いよいよ本格的に反乱の準備をしなくてはならない。自分たちが起こす戦なのでレオ自身もショーンと共に作戦を練ったりして忙しい。

「毎日は分からねーけど、夜遅くだったら」

「え? じゃあ、無理して帰らなくていいよ? 往復だけでも大変だし」

 帰ってきてくれるのは嬉しいが、疲れてしまいそうで申し訳ない。そう思う玲菜の手を掴み、レオはじっと見つめる。

「お前が家に居るなら帰りたい」

 彼の青い瞳は引き込まれ過ぎて、目をそらせずにうっとりとしてしまう。

 玲菜はボーッとしながらも「うん」と返事をして、目を閉じた。

 彼にキスをしてもらいたくて。

 

 玲菜の望み通り、彼は優しくキスをしてくる。

 この瞬間は想いが通じ合っているのが確信できて嬉しい。

 

 唇を離されると、玲菜は小さな声で告げた。

「待ってるね」

 

 

 その後は、お約束の如くショーンが迎えにきて、二人の幸せ時間は終わった。

 急いで着替えて、廊下のショーンを中に呼ぶと、命令していなくても給仕がやってきて朝食の用意をしてくる。

 ショーンは恥ずかしそうに玲菜に携帯電話を返して「ありがとう」と二人に礼を言った。

 そうして、朝食が終わると玲菜は二人に見送られながら帰っていく。

 二人にというか、朱音が家まで送ってくれて、安心しながら湖族の村の自宅に着くことができた。

 先日と今日の事の礼をして玲菜は家に入り、少し休んでから掃除をし始めた。

 

 

 

 一方。

 緑龍城では、奪還軍を決起して早々に軍師から告げられた事に、軍総隊長は不快を隠せずにいた。

 それは……

「レオ! お前は俺と一緒にアスールス港に行くぞ」との事で。

 アスールスといえばカルロスの町。嫌な予感しかせずに自然と顔が不愉快な顔つきになる。

 レオは内容を訊かずに即断った。

「嫌だ」

「嫌、じゃねぇよ。子供かお前は」

 頭を押さえながらショーンは言う。

「あのな、これから武器の調達をしに行くんだぞ。お前にもちゃんと見て選んでもらいたいんだよ。時間が無いから、使いを出すのも面倒だし。分かってくれよ」

 なぜ総隊長自ら、というのは訊いても無駄そうだ。

 眉をひそめっ放しのレオに、ショーンはため息をついた。

「面倒かもしれねーし、個人的な感情もあるかもしれねーけど、我慢しろよ。俺とお前とあとイヴァンで行くから。分かったな!」

 それとフルドや護衛の忍者が行くのは言うに及ばず。案内人としてカルロスとタヤマも同行するはず。

 面倒だし、カルロスと同行も嫌だし、玲菜の待つ家に早速帰れないのは嫌だ。レオはなんとか回避しようと案を出した。

「俺じゃなくてレッドガルムは?」

「レッドガルムは、砂賊や砂族で、奪還軍に入る連中が居ないか探しにいったよ。結構アテがあるらしくてな。軍としても彼らは是非とも欲しいから頼んだ」

 レッドガルムはもう出てしまったようだ。

「じゃあ、黒竜」

「黒竜君には、調べたい重要な事があって、適任だからもう頼んだんだ」

 黒竜も駄目か。

「なら、バシル」

「バシルにはここを守ってもらわないと」

 バシルには、今はなるべく城から離れないようにしてもらっている。

 次々と出す人物を断られてレオは苦い顔をしたが、次の人物の名を挙げようとしたら先にショーンが怒鳴ってきた。

「ダリアやロッサムも無理! だから言ってんだろ、お前観念しろよ」

 ビクッとしてレオは観念する。

「……分かったよ。行くよ」

 諦めて理由を訊いた。

「で? なんでアスールス? 武器が安く手に入るとか? 国境近くの町とかの方が量産してそうだけどな」

「俺が欲しいのは量じゃなくて質だよ」

「え?」

 質というのは一体……

「つまりな」

 ショーンは誰かに聞かれるわけでもないのに声を潜めた。

「あそこは貿易が盛んだから、うまくいけば外国製の武器が手に入るし」

 ここでレオは非合法だとつっこもうとしたが、更に続きがあった。

「海族《うみぞく》っていう浜の民族から、海賊《かいぞく》へのツテを見つけて、連中からお宝を買い取れるかもしれん」

 それももちろん非合法どころか犯罪に値する。

「武器の密買と海賊からの密買か」

 完全に逮捕ものであり、完全に有罪でもあり、頭を痛めるレオにショーンは呑気にも「正解!」と返した。

「正解、じゃねぇよ!」

 そんなこと、許される事ではない。許される事ではないが。

「……まぁいいか」

 レオは表情を一転してほくそ笑んだ。

「もしかしたら、すげーお宝があるかもしれねーな」

「だろ?」

 外国や海賊というだけで妙な期待が持てる。

 ショーンはレオにビシッと指示した。

「分かったら今から用意しろよ。明日の朝から出発するから。聞くところによるとアスールス港まで十日くらいかかるみたいだからな」

「十日!?

「車は使えんからな。そんくらいはかかる」

 ショーンの言葉に納得したレオは、往復と滞在時間を考えて愕然とする。

「ちょっと待て。向こうへ行って、武器買って、こっちに帰ってくるまでに一体何日かかるんだよ?」

 往復だけでも二十日を要する。滞在時間が三日程度だとしても二十三日。

 考えながらショーンは答えた。

「なるべく早く帰りたいけどな。下手すると一ヶ月くらいかかるな。その間、軍のことはバシルに頼んで、軍隊として動けるように訓練しといてもらう」

 今までも訓練はしてきたが兵の多くは寄せ集め的で、戦でちゃんと戦えるかは分からない。

「なんせ反乱に志願してきた奴らは素人ばっかだから、少しばかり腕っぷしが強くても正規軍には敵わんよ」

 割と深刻な話のはずだが、ショーンは軽く言う。

「でも、上が優秀なら大分変るから。無理な話だけど、なるべく死者は出したくないし。ま、やれるだけやろう」

「ああ」

 返事をしたレオは、申し訳ないが自分の心配事は別のことだと俯きながら口を開く。

「たださぁ、一ヶ月もここを離れると」

 若干気まずそうに。

「心配だよな、アイツ」

「え?」

 彼が誰のことを言っているのか、ショーンにはすぐに分かった。同時に、自分まで心配に。

 レオがまだ敵方にバレていない為に身の危険は以前よりは少ないし、もちろんその期間は朱音に守ってもらうつもりだったが。

 それに、彼女自身はさみしくてもアヤメたちと一緒に過ごせるかもしれない。

 ただやはり、奪還軍を決起したことは密偵たちによりいずれはバレるわけであって。何か危険が迫る可能性も。

(一ヶ月……大丈夫だとは思うけどな)

 ショーンはそう判断したが、むしろレオ自身の“彼女と離れたくない”気持ちが強いのが伝わってくる。

(玲菜も一緒に行きたかったと泣くかな?)

 まさか、子供ではあるまいし。

 ショーンは頭を押さえる。

(俺も、甘いよな〜〜〜)

 

 

 

 ―――――

 

 家でゆっくりと休みつつ掃除をしていた玲菜の許へ朱音が伝言しにきたのは昼過ぎ。『港町へ“買い物”に一ヶ月旅をするので同行しないか』というレオたちからの誘いに驚き戸惑う。

「アルバート様は、ご同行を強く希望されています。ショーン様も心配されていますし」

 朱音のこの言葉に即良い返事をしようとしたが、いろいろと悩む事もあって迷う。

「え? あ、で、でもどうしよう」

 家の掃除はこの後簡単に済ませてしまうとしても、一ヶ月旅行するための用意ができない。

「服とか、あと、持っていく物とか」

「今回は、大所帯での移動となりますのでレイナ様がよろしければ城の使用人がまとめて用意してしまいますが、どうしますか? もちろん服も、城にある物で」

「え!?

 なんと、旅行準備の手間は必要無いらしい。

「もしレイナ様の希望があれば、仰っていただければ用意させますし、途中で買うこともできます。向こうで宿泊予定のアスールス邸でも、なんでも揃っていると思いますし」

 ならば……いいか。必要最低限の物だけ自分で持っていけば同行できそうではある。

(っていうか数日後に、アヤメさんに軍の家政婦として雇ってもらおうと思ってたのに)

 そこで働こうと思っていたのに。

(私って相変わらずニート)

 働かずに親の金で過ごしているなんてまさにそうだ。

 しかし彼と一緒に居たい気持ちは強い。

(もうすぐ戦が始まって離れ離れかもしれないし)

 玲菜は朱音に返事をした。

「はい、行きます。お言葉に甘えて用意してもらってもいいですか? 明日ですよね? 朝、お城に行けばいいですかね?」

 朱音は首を振り「朝迎えにくる」と言い、必要な物や時間を確認してから去って行った。

 玲菜は明日からの旅行を楽しみにしつつ、やっておきたい所だけ掃除をして自分が持っていく持ち物の用意をする。

 その日の夜は、さすがにレオは帰ってこなかったが、ウキウキした気分で早めに就寝した。

 

 

 

 ――そして次の日の朝、迎えにきた朱音と一緒に玲菜は出ていき、途中でレオたちと合流する。

 一行は馬車数両と馬で移動して、豪華な馬車を見た道行く者たちは貴族の旅行か何かだと解釈する。長い道のりを、休憩しながら進んで行き、ほとんど寝ているか少し喋るか。ショーンやイヴァンの目があったので、レオと玲菜の二人はあまり親密にすること無く時が過ぎる。たわいない会話や、連れてきたウヅキと遊んだりして。宿泊も玲菜だけはウヅキと一緒の部屋で寝た。思ったよりもレオと仲良くできなくてはがゆい想いをしたが、カルロスたちとも滅多に会わずに移動旅が続いた。

 

 

 

 *

 

 一方。玲菜たちが出発して数日が過ぎた頃。

 別の場所――鳳凰城塞では重要な情報が密偵により内々に知らされた。

 それは、反乱軍らしき組織がまたどこかで決起されたとの情報。

 軍会議室でその報せを聞いた現・親衛隊隊長のフェリクスは、すぐに皇帝陛下及び近衛隊の隊長に伝達をと、伝達兵に命じる。

 自分も発掘した兵器の視察が終わったので一度宮廷に戻らねばならない。愛しい妻に会いたいと想いを募らせる。

(クリスティナ……)

 一年前に結婚した彼女とは、ずっと会えていない。元第二皇女であった彼女と結婚した自分は、皇帝の親衛隊隊長へと一気に昇格。身分も宮中伯爵の爵位を得て皇族となる。

 しかし、戦は終えども物騒な世になった今、親衛隊なのに宮廷を離れて視察の命を受けることが多く、中々妻の許へ帰ることができない。

 そこへ、追い打ちをかけるように鳳凰城塞近辺の地中から兵器が発掘されて、元鳳凰騎士団だった所以《ゆえん》で鳳凰城塞に出向く用が増えてしまった。

(今頃何をしているか)

 最愛の妻は、後宮の奥へ入れられてしまった。現皇帝の異母妹であり、第三帝位継承権所有者の自分の妻であるクリスティナは、暗殺者に身を狙われる可能性があるという理由でそうなったわけだが。

 明らかに、故意的に閉じ込められていると解釈できる。自分が帰れないのも彼女と引き会わせない意図があるはず。

 なぜなら、自分が現皇帝の正体を疑っていることがバレているから。彼女もそうだ。

(この二年間、アルバート様の姿をまともに見ていないから確証は無いけれど)

 たとえ確証があったとしても、或いは姿を拝見して違うと分かっても、自分になす術は無い。

 恐らく逆らったらクリスティナの命が危ないから。

 そしてきっと、彼女が黙って後宮の奥に居るのも、フェリクスの身を案じているから。

 

 どうしてこうなってしまったんだと、思う。

 一体いつから?

(多分、即位式の戴冠の儀の後の襲撃)

 襲撃事件後に、大怪我のアルバート皇帝が宮廷に戻ってきてから何かが変わった。

 心配しても、怪我に障るからと謁見できなかった。

 自分らの結婚式の時も、眼帯姿で遠目に現れただけ。

 ただ、遠目であっても妻は異変に勘付いていた。

 彼女が後宮の奥に入れられたのはそのすぐ後。そして自分も昇級と共にすぐに視察を命じられた。

(今居るのは偽者で、本物のアルバート様はもう……?)

 

 それともまさか、

(まさか!)

 手に入れた僅かな情報では、皇帝に似ているとされる反乱組織の首領。

(その首領が、まさか……。いや! そんなはずは)

 万が一、恐ろしい予想が当たってしまっても、自分は現皇帝の命令に背く訳にはいかない。

(クリスティナ!)

 そうだ。彼女を失うことになったら、自分はもう死んだも同然になる。

 十歳も離れた彼女の笑顔に、婚約していた頃もずっと癒されてきた。

 フェリクスは、婚約していた頃の戦の時に貰ったお守りを懐から出して握りしめて、心に誓う。

 たとえ偽りの者であっても皇帝に従い、妻のことは必ず守る、と。

 そのためには報告にあった反乱組織を倒さなければならない。

 部下を呼び、手をこまねいている未知の旧世界兵器を、早急に解析出来得る人物を呼び寄せるよう命令する。

「帝国三賢者の一人、天才技師のマリーノエラ殿をここへ」

「はっ!」

 

 ショーンの悪い予感は当たり、外では珍しくも厚い暗雲が空を覆っていた。


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