創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第二十八話:港の定期市]

 

 昨日はプールの後に眠くなって寝てしまったが、翌日である今日は、カルロスの案内でアスールス港町を見物することにした。

 カルロスの邸宅は港に近い高台の屋敷なので、少し遠出をして港と離れた街の方から馬車で観る。馬車では入れない小道や路地もたくさんあり、玲菜が「歩いて観たい」と言ったので、皆で馬車を降りて歩いて回ることになった。

 

 白の壁で統一された家々と、高い建物は無く小さめの建物ばかりの街並み。狭い路地はとにかく道分かれてまるで迷路。貿易だけでなく観光や休暇地としても栄えているらしく、金持ち風な屋敷も所々にある。玲菜は一軒の屋敷を見上げてとある劇のイメージにぴったりだと喜んだ。

「ロミオとジュリエットに出てきそうな家!」

 分かったのはショーンだけで、首を傾げる皆には悪いが二人で会話をした。

「ロミオとジュリエット? 映画の?」

 玲菜の見ている先にあるバルコニーを見て、「ああ」と頷く。

「あのバルコニーがちょっとそれっぽいか?」

「うん!」

 二人の会話には入っていけないが、カルロスは「所々にある金持ちの屋敷は貴族の別荘だ」と説明してきた。中には外国の貴族の別荘まであるのだという。

 

 説明に納得した玲菜は、白い石畳の下り坂に「わぁ!」と声を上げて駆け下りる。先には広場があったらしく、嬉しそうに皆を手招きした。

「こっち可愛いお店いっぱいあるよ!」

 そのはしゃいだ行動を、同行していた皆は微笑ましく見たが、約二名に至っては見惚れてボーッとする始末。

 

 カルロスは彼女の笑顔が自分に向けられているものだと勘違いしそうになったが、彼女が呼んだのは恋人の名で、彼が駆け寄ったのを見て羨ましく感じる。ため息をついて気持ちを切り替えた。

「この辺りには海の幸の美味しい料理店がいっぱいあります。気になる店があったらどうぞお申し付けください」

「へぇ」

 全くブレずにレオが一番に反応した。

 

 さっそく近くにある店を順番に覘いて気になる店を一つ発見。

「この店は海老の専門か?」

 看板には海老の絵が描いてある。カルロスは説明した。

「そうです。結構でかい海老を焼きます。衣を付けて油で熱したりもしますし、茹でたりも。料理長が元、海族《うみぞく》で、かなり腕が良くて美味ですよ」

 決まりだ。

「ここに入る。その料理長の自慢の料理を食べたい」

 言われるとすぐにタヤマが返事をして先に店に入り、店員に伝えに行った。

 

 そしてあまり待たせずに戻ってきて、皆を通す。

 レオたちを案内するようにカルロスが入ると、店員が並んで出迎えてきた。皆口々に「カルロス様だ!」や「カルロス様、ようこそ!」と笑顔で挨拶してくる。

 領主とその大事な客人だと伝えられたようで、豪華な個室の方へ案内されて、テーブルに着くと噂の料理長が直々に挨拶に来た。

「カルロス様、ようこそ御出でくださいました」

 大事な客人だと聞いた皆にも挨拶をして丁寧に料理の説明をしてきた。

 しかし腹が減っていたレオは面倒くさそうに促す。

「説明はいいから、一番美味い物を食わせろよ」

「レオ!」

 玲菜はぴしゃりと注意したが、料理長は「かしこまりました」と言って部屋から出ていく。

 飲み物や前菜がすぐに出て、すでにそれが美味しかったので皆の期待が高まった。

 

 

 やがて、待ちに待ったメイン料理が運ばれる。

 皿の上に乗った、蒸し焼きの大型海老にレオはご機嫌。脅威の速さで食べてしまい、玲菜は驚くと共に彼の腹を心配した。

「レオ、そんなに早く食べて大丈夫? 体にもよくないし、太るよ」

「ああ?」

 彼は一緒に運ばれた蟹風味のスープを味わいながら、玲菜の皿にある海老をじっと見つめた。

「お前、全然食ってないな。いらないなら食ってやるよ」

「いらなくない! 食べてる途中!」

 玲菜はレオに取られない内に急いで食べ進める。

(美味しい!)

 絶品さに感激。

 味は海老というか蟹に近い気がする。

(見た目はザリガニみたいだけど。ロブスターってやつ?)

 

 

 そして一同が料理を堪能して、食後のデザートになった頃。

 最初に現れた料理長がまた出てきて改めてカルロスに挨拶をしてきた。

 料理長は「こうやって我々が、良好に仕事ができるのは領主のおかげ」だと、カルロスに感謝をする。それというのも、実はカルロスが領主になるまでこの辺りは寂れた港だったらしく。

 裏に若干の事情があれども、町はうまくいっているとショーンは感じる。

(カルロスは頭が弱いけど、人柄のおかげで町人には慕われているな)

 先ほど少し町を歩いていた際に、彼は町人から気軽に声を掛けられていた。そして彼自身も気さくに答えていて、関係が良好なのが分かる。

 だから、昨日判明した裏事情には、彼はショックだっただろう。

 しかも今夜は事実を目の当たりにしに行く予定。彼にとってはきっと酷だ。

 

 ショーンはカルロスに申し訳ないと思いながらも、新たな伝手《つて》を今見つけたのでさっそくそちらにも話しかけた。

「ところで料理長は海族出身で?」

 店に入った時にチラリと耳にした話。

「はい、そうですね。浜辺の集落に住んでおりました。海のことには詳しいですよ。ここの食材も知り合いの漁師から仕入れておりますし」

 料理長の返事で「なるほど」と頷くショーン。聞きたいことを遠回しに訊ねた。

「そうですか。そういえば聞いた話によると、この辺りの港には海賊が近付くこともある、と?」

 聞いたというのは嘘で、ただの予想で話している。

「海賊……」

 料理長は表情を曇らせて答えた。

「そうですね。彼らの仲間の中に海族出身の者が居るのも残念な事実です。町を略奪しないだけマシですが、友人の漁師も被害に遭いました」

 逆に元海族が居るために町を襲わないのも事実だが、海賊行為は許されるものではない。

「港に入る外国の商船も被害に遭う、と?」

「その通りです」

 この短い会話でショーンは策略を練る。海賊からもなんとかお宝を手に入れられないかと考えていると不審に思ったのか料理長が訊ねてきた。

「失礼ですが、皆様はもしかして、政府の保安機関の人たちですか?」

「え!?

 玲菜は焦ったが、ショーンは全く焦らずに「どうか内密にしていただきたい」と身分を詐称した。

 むしろ平然と詐称することが玲菜にとってはショックだ。

(ショーンはまだしも、私の知っているお父さんはこんな人じゃなかった)

 娘の心情はさておき、ショーンの言葉にすっかり騙された料理長は小声で「お勤めご苦労様です」と言って個室を出ていく。

 彼らが居なくなってからレオは呆れた声でショーンに言った。

「それにしても、オヤジはホントに嘘が得意だよな〜」

 慌ててショーンは注意する。

「声がでかい! あと、人聞きが悪い」

 隣で俯く玲菜に、さりげなく言い訳をした。

「分かってると思うけど、正体を勘ぐられても嫌だから」

 別に必要な嘘が嫌な訳でなくて、詐称慣れしている風なのがショックだったわけだが。玲菜は小さく「うん」と頷いた。

 

「さてと」

 気を取り直して、皆が食べ終わったのを確認したショーンはレオに問う。

「そろそろ行くか?」

「ああ。そうだな」

 レオは立ち上がり、会計をカルロスに任せると店を出ていく。玲菜はカルロスに悪い気がしたが、カルロスが自ら言ってきたので礼を言ってレオについていった。

 

 

 辺りはすっかり昼下がりの暑い日差しに変わっていた。緑龍城を出発する前の気温としては、まだ春の気温だったので、ここに来て夏になってしまったような感覚になる。実際昨日もプールに入れたし、この辺りはまた気候が違うのかもしれない。

(緑龍城の辺りも暖かい気候だって聞いたけど、ここはもっと……南の島っぽい)

 イメージとしてはそんな感じだ。

 島と言っても、ヨーロッパ風な。

 玲菜は太陽の反射する白い壁を眺める。どこからか弦楽器の音が聞こえて、誰かが演奏しているのが分かる。

(いいな〜、こういう雰囲気)

 本当は重要な用でここに来たはずなのに、完全にリゾート気分。浸っていると自分の場所が日陰になって、後ろに気配が。

 振り返って見えたのは日傘を持つカルロス。

「暑いのでどうぞ」

 なんともはや、レオには見られない紳士的配慮に玲菜は戸惑ってしまった。

「あ、ど、どうも」

 受け取ると、カルロスは微笑んでからショーンの許へ行く。

 それを見ていた玲菜は、背後に気配を感じて振り向いた。そこにはムスッとしたレオが立っていて、玲菜と目が合うなりそっぽを向く。しかし嫉妬の気持ちを抑えたのか、そっと手を差し出してきた。

「ほら」

「え?」

「手」

「手?」

 玲菜が鈍いので段々と恥ずかしくなってくる。

「だから、手だよ。……傘差して歩いたら……危ない、から」

 次の言葉は小さくて聞き取り辛い。

「繋いでやるって言ってんだよ」

 上から目線は照れ隠しか。

「転ばないように」

 

 むしろ玲菜の顔が赤くなってしまった。

「ありがとう」

 お言葉に甘えて手を伸ばすと、レオはチラリとイヴァンに視線を向けたので、イヴァンは慌てて見ていないフリをした。

 そう、彼が恥ずかしくなってしまう一番の理由が幼馴染の前ということにある。

 気持ちに気付いたイヴァンは、見ていないフリをしながらも二人を羨ましく思って好きな女性のことを想った。

(ミリアちゃん、今頃何してるかな〜)

 ずっと片想いしているミリアのこと。まぁ、彼女がこの場に居たとしても進展する可能性は低いが。

 

 レオは玲菜の手を掴んで少し前を歩いた。

 玲菜は嬉しくもあったが、彼に悪い気がして日傘を閉じようか悩む。

「ご、ごめん。邪魔でしょ? 閉じるね」

「いーよ」

「でも……」

 他の男から渡された傘を彼の前で差すのは失礼ではないか?

 そう思ったが、レオが先に言ってくる。

「言っとくけど、別に日傘くらいで俺は怒らねーからな。差しとけよ」

 玲菜は彼に、一緒に傘の下に入るか訊こうと思ったがやめた。多分、断られる。

 なので、せめてぶつからないようにと後ろ側に差した。ちょうど陽も後ろから照りつける。

 日陰になったはずなのに、彼の手の温もりで玲菜は先ほどより暑くなった気がした。

 

 一行は次の目的である港の方へ向かった。

 

 

 先ほどの料理店から細い坂道をまっすぐ下りていくと、やがて階段があり。建ち並ぶ家々を横目に階段も下りていくと、港が一望できる。

 並んだたくさんの建物や倉庫、行き交うたくさんの人、船着場に泊まっているのはたくさんの大きな船。それに沖にも船がたくさん。

「わぁ! 凄い!」

 階段を下りながら目を丸くする玲菜に注意するレオ。

「港の方見ながら下りたら危ねーだろ。足元見ろよ」

 言い方はきつくても、しっかり手を握り誘導してくれるのがありがたい。

「う、うん」

 顔を赤くして玲菜はゆっくりと階段を下りた。

 港はワクワクするが、階段を踏み外したりしたら最悪なので気を付けねばならない。

 

 

 そして……階段を下りた一行がたどり着いたのは建ち並ぶ倉庫の裏。

 タヤマの誘導通りに、倉庫と倉庫の間を通って抜けた先は急に賑やかになり、様々な人で溢れ返っている。

 荷物を運ぶ者たちや、旅行らしき人々。積み荷を運ぶ馬車も通り、商人が観光客に声を掛ける。所狭しと並ぶテントや屋台。なぜか、積まれた木箱の上に立って説教をする聖職者まで居る。役人たちは忙しそうに荷物の検査をして、長旅の船から降りた者と抱き合う家族や恋人の光景も見えた。

 更に、ふと人だかりを見ると炎やナイフを使った大道芸人。見物人たちは歓声を上げて金を投げる。

「あれって大道芸人?」

 玲菜は興味津々に訊ねた。

「ああ、そうだな」

 レオは彼女の目を見て首を傾げた。

「物珍しそうだな。見たこと無いか? あ、お前のじだ……田舎では見なかった?」

 うっかり“時代”と言いそうになったが、他の者も居るので“田舎”と言い換えた。

「ううん。あるよ! 横浜で」

「ヨコ? なに?」

「あ、えーと、“田舎”の、別の集落の名前」

「へぇ。“田舎”の」

 玲菜が住んでいた世界の別の町の名だと察するレオ。一方、ショーンは自分の記憶も思い出して懐かしむ。

(横浜か〜。俺も純玲さんとのデートで行ったなぁ。夜景が綺麗で……)

「でも」

 玲菜が続きを喋り始めたことで父は現実に戻った。

 

「あんま憶えてないんだ。こんな危険だったかなぁ? って思うし」

 今見える大道芸は火を吹いたり剣を口に入れたり、とにかく危ない気がする。

「ふぅん」

 レオは頷き、しかしこれほど賑わっている港に疑問を持つ。

「大道芸人まで居るなんて、凄いなここは。いつもこうなのか?」

「いえ!」

 カルロスが答えた。

「忘れていたのですが、今日は定期市《ていきいち》の日でした。なので、こんなに大賑わいで」

「定期市!」

 食いついたのはショーンだ。

「それはちょうどいい! いろんな物が集まる日じゃねーか! 運がいいな」

 定期市とは、各地から商人が集まる市場であって、たまに港で行われるそうだが、偶然にもその日が今日だったらしい。

「これは期待ができるな」

 いろいろな品物が見たかったショーンにはまさに運が好いというかなんていうか。外国や地方の便利な物が見つかるかもしれないし、あわよくば掘り出し物も。

「イヴァン!」

 こんな時、鍛冶師のイヴァンは目利きができる。

「武器でも甲冑でも他の物でもいいから、いい物を見つけたい。一緒に来てくれ」

 この機会を逃したくなかったショーンは、イヴァンを連れて別行動することにした。レオたちにも指図する。

「お前らも、なんかいい物あったら買っといてくれ。大量に必要だったら後で改めて注文するし。買った場所だけは覚えといてくれよ。まがい物だけには注意して。それから、値段も騙されないように」

 つまり、偽物や“ぼったくり”も多いので気を付けろとのこと。口をすっぱくするほど注意してから、ショーンはイヴァンと共に市場へ入っていく。

 残った五人も別の方から市場や屋台、倉庫を見回り、時には道を歩く商人にも問い合わせた。

 

 

 

 ――だが、結局……

 レオたち五人の方は掘り出し物どころか大した武器防具も見つからず。安い鉄と木材を少し見つけたくらいで、ほとんど収穫は無し。ついつい珍しい無用な物ばかりに気を取られてしまって時間が過ぎた。むしろレオが外国製の酒を大量に購入してしまい、後でショーンに怒られることは必至。本来そういうのを注意する玲菜まで外国製の服や化粧品を買ってしまったので何も言えず。

 夕刻にショーンたちとの待ち合わせ場所へ行った。

 

 一方。ショーンとイヴァンの二人は五人と対照的で。

 少し遅れて待ち合わせ場所に来た時には嬉しそう且つ充実した顔で戻ってくる。

 二人は掘り出し物や良い物をたくさん見つけて、しかも安く仕入れられそうだと満足げに話してくる。

「安いのに質のいい火薬があった! しかもナトラ・テミス製! 休戦しているとはいえ、火薬がまずこっちに入ってくるわけ無ぇから、絶対裏があるんだ。密輸入の物が流れてきた可能性がある」

 戻ってきて早々、ショーンはコソコソと皆に教えてきた。

 怪しい店で見つけて注文もしたが、制限に引っかかるので大量には買えなく、別経路で手に入れようという魂胆まで。

「こいつは夜だな」

 恐らく犯罪者組織に期待している。

 ショーンの企みはさておき、イヴァンも興奮した様子で皆に話した。

「すっげーいい板金見つけた! 東の大陸の。それに、珍しい武器も! これは西南方国の。資材有ればうちでも作れそうだから見本を幾つか買って資材を注文したんだ」

 武器を大量に運ぶのは検問などに引っかかるが、資材なら緑龍城を名義に発注できるので後で運んでもらうことにする。

 他にも布類やら金属やら石材やら、一見城や町を造るのに必要な物を緑龍城名義で注文。あまりに多いと怪しまれるので、カルロスのサン・ラーデ市名義でも建築や修復用という名目で注文した。特にカルロスは港の領主であるので、定期市にやってくるのはなんら不自然でもない。

 

 ともあれ、大収穫に喜んでいたショーンは、レオたちの不作には少々がっかりしたが目をつむり、また、要らない物の購入も大目に見る。やはりイヴァンを連れてきて正解だったと、彼を褒め称えた。

 

 

 一先ず表向きの目的は達成した。

 これはこれで成功ともいえる。

 しかし、ショーンにはあと二つの目的があり。

 アスールス邸に戻っても、市場の疲れを癒すことなく夜には次の目的を実行するために支度をしなくてはならない。

 

 レオ、玲菜、イヴァン、フルドは実行のメンバーからは外れることになった。

あまり人数が多くても良くないし、足手まといになられても困る。

 特に娘は無理だろう。イヴァンも。高貴さが漂うレオやフルドも。

 当主としてカルロス、従者のタヤマは必要。あとは自分と朱音、白雷。

 朱音と白雷はレオの身を案じたが、レオ自身の腕とフルド、それに白雷の部下が守るので平気だと説得。他にアスールス屋敷の警備隊が居る。

 問題は、自分と朱音と白雷の設定で。何に扮するか悩む。

(俺が交渉するから、俺も何かそれなりの……)

 自身は、カルロスの従者という設定では駄目だ。

(もっと友人……しかも貴族じゃない友人。武器を大量に欲しがっていて、向こうが安心して売れるような相手)

 ショーンは散々迷い、答えを出した。

(やっぱり、アレしか思い浮かばねぇ)

 本当は考えれば他にもいろんな選択肢があったはずなのに、半分自分の趣味で。

 

 

 ―――――

 

「ショーン様……本当に、これで?」

 二年前にはいろいろと不審な点もあったが、今現在はショーンのことを信用している朱音は、ショーンの今回の作戦に疑問を呈す。

 いや、彼が言っている意味は分かる。

 扮する系統も理解できるし、自分の役も。

 変装も解る。

 

 ただ……自分に用意された服装が謎すぎて、着替えても腑に落ちない。

 ショーンの指示した格好になった朱音は、首を傾げながら本人の前に姿を現した。

 

 一方、自分もとある者たちを想像して着替えたショーンは、着替え終わった朱音があまりにも計算通りに似合いすぎて驚き声を上げる。

「うわぁ!! 凄いぞ、朱音さん! まさに、ボスの女。さすが美人だ」

 よく分からないが褒められたらしくて朱音は顔を赤くする。

「ど、どうも。ボス?」

「ああ、うん。首領ってこと。悪者のさ」

「悪者……」

 漠然としすぎて唖然とする朱音に、ショーンは説明した。

「そう。サン・ラーデ市に古くから縄張りを持っている暗黒街の悪党だ。カルロス殿の父と知り合いっていう設定」

 理解しづらい単語が幾つかあったが、朱音は要点だけ問う。

「つまり、ショーン様がその設定役であり、首領なんですね?」

「そうそう。で、朱音さんが俺の……女っていうか、恋人。すまないな、こんなおじさんの恋人役なんて」

 気まずそうに言うショーンに、朱音は首を振る。

「いいえ。ショーン様は魅力的ですので、年の離れた恋人が居ても不思議ではありません」

 ショーンは慌てながらこの場に居ない白雷の設定も言った。

「で、白雷くんは、俺の片腕的存在役」

 

 その時、ちょうど着替え終わったらしく、白いスーツを着た白雷が二人の許へやってきた。

「すみません、着慣れない服で戸惑ってしまって。こういう感じで良いですかね? ショーン様」

 彼の眼に映ったのは、黒いコートを肩に羽織り、赤く装飾の少ないドレスを着た美女であり。唇も赤い口紅を付けているし、肩と鎖骨の露出は目をくぎ付けに。大きな胸を強調する谷間は興奮せざるを得ない。

「ああああ朱音さん……」

 元々彼女は美人だ。黒装束姿でも美しかったが。今の姿が白雷にとってあまりにも妖艶で、危うく彼は意識を失いそうになった。

「白雷? どうしたの?」

 彼女の声で我に返った白雷はショーンに詰め寄る。

「ショショショショーン様! 朱音さんのかっ格好は、ししし刺激がつよ……強すぎるのではなななな」

 動揺しすぎて言葉がうまく喋れない。

「ど、どうしたの! 白雷?」

 びっくりする朱音と、頭を押さえるショーン。

(ダメか。白雷君には)

 仕方なしに朱音にコートの着衣を促した。

「朱音さん、悪いんだけどコートをちゃんと着てくれないかな」

「は、はい……?」

 朱音は羽織っていたコートに腕を通して、ようやく若干露出が減ると、白雷も落ち着いて平静を取り戻した。

 

「どうしたのよ、まったく。具合でも悪いの?」

 彼の様子に呆れてため息をつく朱音の様子に、むしろショーンがびっくりしてしまった。

(朱音さん、鈍感か)

 勘も良く気も利く彼女が、まさか自分の恋愛事に対しては鈍いとは。

(でもまぁ、忍者ってのは案外そんなもんなのかもなぁ)

 感情が出過ぎる白雷は例外として。

 

 そんなこと思っている場合ではなく、ショーンは改めて二人に説明した。

 先ほど朱音に説明した設定を白雷にも教えて、続きを伝える。

「――で、俺のことは『ショーン』って呼んじゃ駄目だぞ。『首領』か偽名で呼んでくれ」

「偽名?」

 首を傾げる二人に発表する。

「まず、朱音さんは『メアリ』で、白雷君はえーと……『ジャック』な」

 

「メアリ……なるほど」

「ジャックですか」

 納得する二人を見ながら、ショーンはなぜか葉巻を出して吸い始める。黒い上下のスーツに白いシャツ、赤茶色のクラヴァットに灰色のベスト姿の彼は、何かに酔いしれつつ語った。

 

「俺の名前はアルフォンス。又の名をスカーフェイス。サン・ラーデ市の裏社会を支配するギャングのボスだ」

 

 朱音と白雷の二人は、今までショーンに対して感じたことのない不安を大きく感じ始めていた。


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