創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第二十九話:暗黒街のボスと密輸入の擲弾筒]

 

 そういえば父は映画が好きだったと、玲菜は改めて思い出す。

 好きなジャンルは主にアクション。昔の映画が特に好きで、冒険物や銃や車や裏社会的な物も好きだった。

 変装したショーン、朱音、白雷の三人が皆の前に姿を現した時、一同は唖然としたし、玲菜はショーンが何をイメージして変装しているのかすぐに分かった。

(映画のマフィアみたい)

 完全にコスプレが入っていて、少々恥ずかしく感じる。

 しかも妙に似合っているのがコワイ。

 三人はショーンの指示で壊れかけた黒いサングラスを掛けている。これは、昼間の定期市の骨董品屋で見つけたのだという。強い日差しに弱いレオの眼のために買ったと言うが、本当だろうか。

(絶対、マフィアのコスプレで使うことを想定してたよ)

 でなければ三つも買う意味が分からない。

 朱音と白雷はなぜ夜に遮光眼鏡を掛けるのかと疑問に感じているよう。

 それよりも……

 玲菜は、普段黒装束姿の朱音がコートに赤いドレスを着ていることに感動。

(朱音さん、綺麗でカッコイイ! ハリウッドの女優みたい!!

 彼女は本当に美人でスタイルもいいので憧れて見惚れてしまう。見惚れているのは男性陣も全員で、レオもびっくりした顔をしている。

 その顔に玲菜は少し不安になってしまった。

(そりゃ、誰だって見惚れるよね)

「朱音さん、ドレスが似合って素敵」

 羨ましくて呟くと、レオが頷いてきた。

「そりゃそうだろ。しかもあいつは赤が似合うな」

 彼が言うと思わず嫉妬して、玲菜はムスッとしたまま白雷を見た。

「白雷さんも白いスーツ似合うよね。いつもと違う雰囲気でカッコイイ!」

「ああ? ああいうのが好みなのか、お前は」

 玲菜とは違い、すぐに正直な反応を示すのは彼の得意技だ。

「え? 好みっていうか、でも白雷さんは結構イケメンだよね。それに普段顔を隠しているからギャップ萌えみたいなのあるかも」

 言葉は理解できなかったのもあるが、とりあえず彼女が白雷に対して男性的に好印象を抱いていると感じたレオは不愉快になる。ムッとしながらショーンに促した。

「オヤジ! 行くなら早く行った方がいいぞ。っていうか、夜に遮光眼鏡必要か? 何のためにしている?」

「必要なんだよ、見た目的な問題で」

 ショーンは頑なにサングラスの必要性を主張して、朱音と白雷とあと、カルロスとタヤマに準備は良いか訊ねる。四人とも頷くと帽子を被り、なぜか極《き》めた顔でレオたちに挨拶した。

「じゃあ、行ってくるからな」

 もはや一体誰なのかつっこみたい。

 皆が困惑する中、玲菜だけは悪者のボスを演じているのだと分かって目蓋を落とす。

 

 

 五人を見送って、広間に居た残りの四人は成功を祈りつつ各借部屋に戻った。夕食は済んでいるのでもう眠るだけであり。しかしまだ眠れない玲菜はウヅキと戯れて過ごす。

(朱音さんたち大丈夫かなぁ?)

 朱音に白雷、カルロスやタヤマの心配をした。

(それにお父さんも)

 玲菜はふと、ショーンを自然に父認識していることに自分で驚いた。

「え?」

(私、いつの間にかショーンのことを“お父さん”って心の中で思ってる)

 いや、認識は一応あったはずだ。

 けれど、昔の父が『お父さん』であって、昔のショーンは『ショーン』。今のショーンは『お父さんらしきショーン』と切り分けて考えていた。

(でも……)

 正体を知って、最初こそ気まずさはあったが、今はそうでもない。というか、むしろ喋ることがすべて通じて心地好くさえある。

(私が、前の世界のことをポロッと言っても説明したり誤魔化す必要が無い)

 それどころか会話を続かせてくれる。

(お母さんとのことも)

 母のことを懐かしむショーンに、違和感無く『父』を感じることができた。

(だって、お父さんそのものなんだもん)

 

「おとう……さん……」

 玲菜はショーンを想い、口に出して呼んでみた。

「お父さん」

 今なら本人を目の前にしても呼べるような気も。

 自然に、彼を『父』と呼んで喋れるか。

「お父さん、頑張ってね。……なんちゃって」

 

「お前、誰と喋ってるんだ?」

 

 

「ええ!! ええええ!!

 いきなり、前にレオの姿があって叫び出す玲菜。

 彼は廊下に居て、閉めていたはずのドアが開いている。

「なんで!? え、レオ!?

「ああ、悪いな。部屋のドアの鍵が開いてたから、つい」

 つい、ノックもせずに開けてしまったのだと彼は言う。

「ええええ!!

 驚く彼女に気まずさを感じながらレオは部屋の中に入ってきた。

「そんなに驚くなよ。勝手に開けたのは悪かったから」

「だって!」

 涙目の玲菜にレオは顔をそらしつつ言う。

「まさか、お前がオヤジを呼ぶ練習してるとは思わなくて」

「ばかっ!」

 言われると恥ずかしくて死んでしまいそうで、玲菜は顔を真っ赤にしながら彼を追い出そうとした。

「違う! そんなんじゃないもん。もう! なんで勝手に入ってくるの?」

 自分を押してくる手を掴んでレオは言う。

「悪かったよ、もう言わねーから。追い出すなよ。せっかく会いにきたのに」

「え?」

 嬉しいことを言われたような。玲菜が顔を覗き込むと、レオはそっぽを向いて「もう一度は言わない」という顔をしていた。なので、わざともう一度訊ねる。

「何? もう一回言って?」

 レオは仕方なさそうに口を開いた。

 

「だから、お前がオヤジを呼ぶ練習をしていると思わなくて」

 

「そっちじゃない!!

 玲菜はまた泣きそうになった。

「っていうか、そんなんじゃないもん!」

 ついに彼を廊下に追い出してドアを閉めた。

「悪かった、悪かったよ! お前に会いに来た! これでいいか?」

 今更言い直しても遅い。

 玲菜は少しの間彼を追い出したままにして恥ずかしさが治まるのを待った。

 

 そして、ようやく落ち着いてからドアを開けると、彼はきっちりと口を閉じて入ってくる。それが逆に恥ずかしくて玲菜は許した。

「もういいから。怒ってない。普通にしててよ」

「普通に?」

「えっと、レオの好きなように」

 思えば、今の質問は誘導だったのか。

『好きなように』と言われた彼はすぐにドアを閉めて鍵を掛ける。

 

 真顔で玲菜を抱きしめてきた。

「え?」

 突然の抱擁は玲菜を高揚させる。

 彼はポツリと呟いた。

「こういうこと、全然できなかったから」

「あ、うん」

 それよりも、鍵を閉めるということは続きがありそうで緊張する玲菜。

「……うん」

 つい身構えて体を固まらせると、レオは苦笑いして肩を優しく撫でた。

「緊張すんな。分かってるから。他人の家では駄目なんだろ?」

 そうだ。ここはカルロスの家であり、そんな行為をするなんて言語道断。

「う、うん」

 玲菜が頷くと、レオは首を傾げる。

「でも変だな。よく考えると緑龍城も他人の家だよな」

 

 分かっていた。アヤメのことを思うと悪い気もする。

 ただ、本拠地であるし、サイ城のレオの部屋のような感覚がどこかにあった。

 ……今思うと死ぬほど恥ずかしい。

 

 玲菜は赤らめるよりも青ざめてレオに言う。

「そうだよレオ! 緑龍城はアヤメさんち。もう二度と……駄目」

「ええっ!?

 レオは本気で訴えた。

「それは無理だ。緑龍城も駄目って言ったら、もう全滅じゃねーか。だって、家だってオヤジが居るから駄目だろ? 俺を殺す気かよ」

「殺す? ってそんな大袈裟……」

「大袈裟じゃねーよ」

 レオは何かに吹っ切れたのか、怒ったように玲菜を連れて行く。

「ちょっ!? レオ?」

 そこはベッドであり、玲菜が止める間も無く押し倒してきた。

「待っ……」

「大丈夫だ!」

 何が大丈夫だ。絶対に大丈夫じゃない雰囲気に玲菜が焦っていると、レオは嘆くように顔を胸にうずめた。

 

「俺は凄く我慢しているぞ」

 

「えぇ?」

 別に怒ってはいなかったようだ。それに、顔はうずめているが、行為を先に進めようとしている様子もない。

「でも、お前の気持ちは無視したくないから。抑える」

 

 レオは無言で玲菜の背中に腕を回す。

 しばらくの間ギュッとして小さく言った。

「これくらい、いいだろ?」

「うん」

 寝ながら抱き合うのはむしろ

「嬉しいよ」

 玲菜は言う。

「私も……ギュッとしたい」

 ちょっと表現が恥ずかしかったと玲菜が顔を赤らめていると、レオは段々と体を上に移動させる。

 玲菜の顔の正面に自分の顔を持ってきて、そっと口づけをしてきた。

 なので、キスをしている途中で玲菜は彼の背中に腕を回す。自分の想いを伝えるようにギュッと強く抱きしめた。

 

 

 

 ―――――

 

 一方、その頃。

 港の倉庫街では。暗い裏通りを歩く、怪しい一行の姿が酔っ払いたちによって目撃されていた。

 人数は五人。その中の二人はマントを羽織って自分らの姿を隠していたが、残りの三人は夜なのに珍しい形の遮光眼鏡を掛けている。

 一人は葉巻を吸って帽子を被った年配の男。もう一人は色気のある赤い服の美人。もう一人は黒髪の若い男。

 とにかくそいつらが怪しい。

 

 マントで姿を隠した片割れの、小柄な男の方が年配の男に話しかけた。

「ショーン様。そろそろ、連中のアジトに着きます」

「ショーンじゃねぇ」

 年配の男は小柄の男に注意した。

「アルフォンスだって言ってんだろ。アルでもいいぞ」

「す、すみません、アル様」

 小柄な男――タヤマはいろんな意味で怯えて謝り、皆の誘導を続ける。

 近付いたと聞いたので、ショーンは恋人役である朱音に腕を向けた。

「朱音さ……じゃなかった、メアリ、そろそろ」

「はい、首領」

 朱音はショーンの腕を取り、恋人のように寄り添う。それを羨ましそうに眺めながら、白雷もショーンの逆隣りを歩いた。

 

 

 一行はタヤマの誘導で、暗がりの怪しい建物の前に着いた。近くの壁に寄りかかっていた、マントを被った男にタヤマは話しかけて前を通してもらう。どうやら男は見張りだったらしく、タヤマ以外の四人を不審に思ったようだが、タヤマがうまく説明したおかげでなんとか引き留められずに済んだ。

 タヤマは建物に入るなり、ランプを出して明かりを灯して、薄暗い地下への階段を下りていく。カルロスは大男のくせに若干怖がっているようでタヤマに掴まり、朱音と白雷は周りを警戒した。

 

 やがて、少し広い空間に出るとどこからともなく数人の男たちが周りを取り囲む。すぐに小太刀を構えようとした朱音をショーンが小声で止めた。

「朱音さん、多分大丈夫だから。一先ず忍びの癖は出さないように気を付けて」

「はい」

 朱音は言われた通りに身構えるのをやめたが、一応警戒して相手の出方を見る。白雷も同じく。忍びの癖を出さないように心掛けてもつい体は動いてしまいそうになるので、なるべく気だけは張って様子を窺う。

 男たちはじろじろとショーンたちを見て、特に朱音を見た時には興奮した声を上げる。その時、危うく白雷が動きそうになったが……

「皆様、私です」

 タヤマがマントを取り、野郎どもに顔を見せた。

「おお、タヤマの旦那」

 どうやら馴染みの連中だったらしく。タヤマは彼らに説明した。

「本日は、“客”を連れてきました。当主も一緒です。“いい話”なので、どうか『ブラック』様に会えればと思います」

「ふぅん? 当主っていうと、アスールス伯爵か?」

 疑いの目で見る連中に、慌てて顔を出すカルロス。

「私だ」

 こんな輩でも領主の顔は知っているらしく、男たちは顔を見合わせた。

「本物だ!」

 これは本当に儲け話かもしれないと信用して、自分たちの首領の許へ案内してきた。

 

「首領!」

 そこは、奥の地下室の扉を開けた先。今まで暗かったのに煌々《こうこう》と明かりが点く部屋で、たくさんの犯罪者臭のする男たちと女たちが集会らしきものをしている。

 一番奥の立派なソファに座り、色気のある美女たちに囲まれている人物がどうやら首領らしく、手下の一人が、タヤマたちが来た理由を話しに行った。

 

 しばらくすると“お呼び”がかかり。

 タヤマ、カルロス、ショーンに朱音、白雷を自分の前に通す。

 首領の男は肥えている年配の男で、いかにも悪そうな目つきをしている。黒い口髭を生やして油とシワの多い皮膚。自らを『ブラック』と名乗ったが、どうやら偽名の様子。

(まぁ、偽名は俺たちも同じだがな)

 ショーンは帽子を押さえて、タヤマが一生懸命にショーンたちの偽設定を相手方に紹介した。外国製の密輸入した物を欲しいとの話も。

 

 一通り聞き終わったブラックは「ほぅ」と頷き、一瞥《いちべつ》する。朱音を見て気に入ったようにニヤッと笑った。

「正体はさておき、いい女だな」

 いやらしい目つきで見られた朱音は不快そうに睨みつける。それよりも白雷の反応が怖くてショーンは彼に、小声で釘をさした。

「頼むから、平静でいてくれよ。計画が失敗するから。我慢してくれな」

「分かっております、ショーン様」

 なんとか私情を抑えている様子。

 ショーンは(白雷に)ハラハラしながら相手に交渉を始めた。

「正体? 疑っているのか?」

 まずは信用させるところから。

 ショーンたちはあくまで、カルロスの父の知り合いの犯罪者組織の首領及び幹部ということになっている。

 ブラックは見下す目でショーンを見た。

「いや、妙な格好をしているからつい。まるで素人の変装だからな。もしかしたら政府の保安機関かもしれない」

 その言葉に、彼の部下たちが一斉に警戒して武器を構える。

「領主殿と手を組んで、我々を捕まえようとしている、とか? どちらにせよ、正体を隠している変装っぽくはあるな」

 ブラックの推測に、ショーン以外の皆が「やはり失敗か」と不安になったが、当人は平然としている。サングラスを外して蔑《さげす》むように相手に返した。

 

「これだからドシロウトは困る。港の田舎者だからかね」

 

「なんだと!?

 田舎者という言葉で周りに居た部下は怒ったが、ブラックは「待て」と部下を押さえた。ショーンの目をじっと見て窺う。

 

 ……あまりにも暗黒に満ちたその眼に、正直度肝を抜かれた。

「なんていう眼をしてやがる。今まで散々人を陥れた眼だな、それは」

 ゴクリと息を呑みこみ「相当な悪党に違いない」と呟く。

 

「すまなかった。格好で判断して悪かったな。お前らは客人だ! 商売してやる」

 

 ブラックがそう言い放ったことで、部下たちは警戒を解いて“客人”として扱う。

 ショーンたちを椅子に座らせて酒と『品物』を持ってきた。

 一方、犯罪者組織の首領を簡単に騙すその眼に白雷は興味を持ってショーンを見たが、“ボス”は「ふぅ」と小さく息をついてサングラスを掛ける。一体どれだけ酷い眼で相手を見下したのか疑問と興味だけが残った。

 

 ブラックは部下に品物を並べさせてショーンに訊ねた。

「アルフォンス? といったか。目当ての物は何だ? 嗜好品《しこうひん》は転売されたらうちの専売が崩れて困るからな、あんま譲れねーが」

「ああ、嗜好品は要らんよ」

 ショーンは並べられた品物を見ながら答える。

「欲しいのは武器。特に……火薬系か。だから、火薬も大量に欲しいな」

「大量に? なんだよ、争いでもあんのか?」

「ああ」

 言ってしまっても平気か。

 ショーンは自己判断で告げる。

「反乱軍の」

「反乱軍!?

 当然ブラックやその部下たちも驚いたし、朱音たちまでも驚いてショーンの方を見る。

「反乱軍って、皇帝への?」

 反乱組織の軍の噂はもはや国中にあって、彼らもそれは知っている。ブラックの質問にショーンは平然と答えた。

「そうだ。皇帝への反乱軍。近々戦を仕掛けるらしくてな」

 言葉には計算されつくした続きがあった。

「俺たちは、密かに反乱軍に武器を売って丸儲けさ」

 この言葉に、一同は納得。別に正体をバラすわけではなかったことを知った朱音たちもホッと安心してショーンの計算高さを恐れた。朱音は勘付く。

(まさか、ショーン様……この者たちを話に乗っていかせるように仕向けているのでは?)

 そのまさかで、予想はまんまと大当たり。

 案の定にブラックは話に食いついた。

「丸儲け。なるほど。それは……我々も是非あやかりたいな」

 計算通り過ぎてニヤッと笑うショーン。

「そうきたか。甘い汁を吸うのは俺らだけにしたかったが。仕方無ぇ」

 仕方ないではなく、本当は「その言葉を待っていた!」の方が適している。

「大量に仕入れてくれよ。それを買うから。で、俺たちは反乱軍に売ってお互いに儲けるってわけだ」

 ブラックは頷き、意見が合致した二人は握手を交わした。

 ついでに酒を乾杯して。

 

 ぐいっと飲みながらショーンはうまくいったと心の中で安堵した。

(これで、こっちは危ない橋を渡らずに武器を調達できるな)

 奪還軍の武器は偽皇帝側にバレずに裏の経路で大量に仕入れることができる。もしバレてもブラックたちが逮捕されるだけで、自分たちが今扮しているサン・ラーデ市のギャングは存在しない。

(あとは、カルロスを保護しないと、だな)

 まぁ、ここに居る犯罪者組織がまず捕まらなければカルロスは大丈夫だろう。彼らは自分たちの首を絞めることになるので、カルロスを裏切ることはしないだろうし。

 同様に、少なくともアスールス港でブラックたちが捕まることは今のところ無い。

(タヤマ君がうまくやってるからな)

 やはりすべて計算通りだ。

 

 二人が酒を飲み終わると、ブラックの指示で彼の部下たちが布に包まれた何かと袋を運んできた。テーブルに置いてあった物を退かして、今度はそちらを置く。

 ブラックはほくそ笑んで「ちょうど良い物がある」と布を開いて見せた。

 それは……

 

「銃? いや、違う……か。ラッパ銃にしてはでかすぎるな」

 一見銃のような形をしているが、なんていうか全体的に筒が太くてでかい。しかも口径部分がとにかく大きすぎる物。全長は1、3メートル程あるだろうか。重さも結構ありそうな気がする。

 ショーンはその大きな銃らしきものを眺めて現代物を思い出していた。

(グレネードランチャーに見える。いや、グレネードガン? どっちでもいいか)

 昔、本で調べた初期の小銃擲弾《ライフルグレネード》に似ていると思って見ていると、ブラックが得意げに説明した。

「西方……多分、大陸の端だと思うが。その辺りの国で発掘された旧世界の兵器を改良した西方国の武器だ。名を確か……擲弾筒《てきだんとう》といって、爆弾を撃てる」

 

「手榴弾発射銃!」

 思い出したショーンはつい大声で言う。

「十九世紀の擲弾銃だ。フランスとかイギリスの。確かそういう兵隊があって活躍したはず」

 

 誰一人、言葉の意味は分からない。

 ショーンは考える。

(大陸の西側は旧ヨーロッパ辺りだろうから、そういうのが発掘されてもおかしくないか。それで、修復させて使えるように改良して?)

 なんだか、西方諸国の事情も気になるのだが気にしている場合ではない。

(いつか行ってみたいな。旧ヨーロッパに。飛行機無いから苦労するだろうけど)

 西方諸国に行くのは飛行機を知らない頃から夢だった。

(って、今は考えることじゃないな)

 

 個人的な想いはさておき、ショーンは決心する。

「擲弾筒、気に入った! まずは一つくれ。もし在庫があったらそれも。ただ、そっちは分解して運ぶ。もし在庫が無かったら取り寄せてほしいが、頼めるか? 組み立ててなくていいから」

 ブラックはショーンの即決ぶりに「見る目があるな」と感心して、在庫の有無を伝えた。

「在庫は少しある。足りないかもしれないが。数は相談に応じる。但し値段は高いぞ。それと、さっき火薬と言っていただろう? 火薬も仕入れてあるから。ナトラ・テミス製の」

 

(やっぱりな)

 昼間の定期市での怪しい店で見つけた火薬は、やはり密輸入だったと頷くショーン。予想は間違っていなかった。そして、密輸入の元がこの犯罪者組織にあることも。

 多分、部下が一緒に持ってきた袋の中身が火薬なはず。

「もちろん、そいつも大量に頂きたい」

 

 火薬まですんなり手に入れるショーンに、ついてきていた四人はあっけにとられた。

 さすがというかなんというか。しかも支払いはカルロスであり、もちろん払えるがカルロスは騙されているような気分になった。

 むしろタヤマは確信してショーンが払える金額を持っているはずのないことに震える。

(まさか、カルロス様を財布代わりに!?

 恐ろしくて主人には言えない。

 

 商談を成立させたショーンが立ち上がると、他の四人も立ち上がる。“ボス”がブラックと話を続けていたので少し離れて見守った。

(只者じゃないわね、ショーン様は)

 敵に回したら恐ろしい男だと朱音が感心していると、ブラックの仲間らしき男がこちらに近付いてきた。

「お前、いい女だな。どうだい? 今夜オレと……」

「はぁ?」

 朱音は眉をひそめて断る。

「お断りするわ。悪いけど、私はそんなふしだらな女ではないので」

 普段なら手首を捻っているが、ここは我慢だ。

 しかし調子に乗って男は顔を覗き込む。

「お前、顔は綺麗なのに頬に傷があるじゃねーか。もったいない。どこで付けたんだ?」

 通常なら答えるはずがないのに、もしも因縁をつけられたら面倒なので答える朱音。

「どこでもいいでしょう。主を守るために付いたのよ」

「あるじって、そこに居るオヤジのことか?」

 ショーンを顎でしゃくった男は更に朱音の左腕にも興味を示した。

 コートで隠していたが、腕が半分で無くなっているのは袖の様子で分かる。

「この腕、どうした? 誰かに食われたか?」

 男が上腕を掴もうとした瞬間、朱音は男の手を払い除けようとしたが、そこを「待て!」と止めた男が居る。

 ただ、その声の主とは別の男が、朱音の腕を掴もうとした男の手首を掴んだ。それはショーンで、しつこい男を睨みつけて言い放つ。

「悪いけど、こいつは俺の女だから手を出すなよ」

 ぐっと力を込めて男の手首を握りしめる。しつこい男は「悪かったよ」と謝り、やっと諦めて去った。

 

「あ、ありがとうございます、ショ……首領」

 朱音が礼を言うと、ショーンは「ふぅ」と息をついて首を振った。

「いや。うん」

 危ないところだった。多分、ショーンが遅かったら朱音が手を振り払うどころか、白雷が男を殴って……という、惨事になっていたかもしれない。

(下手すりゃ正体がバレる)

 せっかくここまでうまくいったのに、最後の最後で台無しにしたくはない。

 とっさの判断だった。

 

 だが、そんなショーンの気持ちを知らない白雷は、「待て」とは言ったがショーンのあのカッコイイ行動にもやもやする。それにあのセリフ。

 男でもカッコイイと思うのだから、朱音はどう思ったのだろうか不安になってコソッと訊ねた。

「あ、朱音さん」

 小声だったが朱音は注意する。

「何? ここではメアリと呼びなさい」

「メアリさん……」

「何? ジャック」

 小さな声で、白雷は意を決して訊いてみた。

「ショ……アルフォンス様のこと、どう思います?」

「え?」

 アルフォンスはつまり、ショーンのことだと解釈して朱音は答える。

「とても素敵な方だと思うわ。頭もいいし、渋くて優しい。さっきの行動も、女性だったら皆惚れてしまうわね」

「……そうですか」

 

「でも」

 朱音は知っている。

「あの人は、亡くなった奥様に一筋よ」

 フッと笑って隣を見ると、居たはずの白雷が居ない。

「ハク……ジャック?」

 捜すと、少し離れた場所で俯いた彼を発見。

 質問されたから答えたのに、途中で離れるなんて失礼だと思ったが、朱音は「まぁいいか」とショーンの隣に付いた。

 彼の想いには気付かずに。


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