創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第三話:アジト]

 

『帝国の英雄・シリウスが皇帝になり、レナがその配偶者になる』

 

 これが、外れたことのない預言者・シドゥリの予言であり。

 玲菜がずっと引っかかっていた言葉。

 

 レオはいつも運命を変えると言っていた。

 最初、皇帝にもならないと言っていたが、それは『なる運命』になってしまった。

 けれど、プロポーズもしてくれたし。

 二年後戻ってきたら結婚しようと約束した。

 彼を信じて戻ってきた玲菜は、近くに居た男たちの噂話を聞いて絶望に陥る。

『皇帝に即位したシリウス様がレナと結婚してお世継ぎまでできた』という話。

 二年前の自分が行った後、彼の即位式があることは知っていた。

 その時に、どうやら襲撃があったらしく、彼は大怪我をしたのだという。

 そして、献身的に看病したレナと結婚した、と。

 だが二年経った今、彼の悪政で国は荒れて内乱や反乱軍までいるらしい。

 

 こんな酷い話があるか。

 

 信じられなくて震えている玲菜に、買い物を済ませたショーンが近付く。

「玲菜! いろいろ買ったから行こうか。食事をゆっくりとっている暇なくて、移動しながらになっちゃうけど、パンも買ったし馬車の中で食べよう」

 あまりに放心としすぎて口が開かない。

 玲菜は振り向いてショーンを見つめた。

 先ほど、レオのことを訊いたらショーンは気まずそうにはぐらかしていた。

 きっと、事実を話したら玲菜がショックを受けると思って言えなかったのか。……無理もない。レオが別の女と結婚していたなんて、言えるわけがない。

 玲菜は何も言えずに涙を零した。

「玲菜? どうした?」

 ショーンがうろたえるが何も答えられない。

 

 信じていたのに。

 予言は怖かったが、でも……レオならきっと運命を変えてくれる、と。

 

「ううううう……」

 駄目だ。泣き声が漏れる。

「玲菜?」

 足が震えすぎて立てなくなりそうだ。

(どうして?)

 どうして彼は約束を破ったのか。

 左手薬指を見ると婚約指輪が光り、玲菜は堪らずその指輪を外そうとした。

「うっ!」

 だが外せなく、代わりに膝と涙を落とす。

「玲菜!」

 ショーンは駆け寄り、彼女を支える。

「どうしたんだ?」

 

「レオが……」

 やっと彼の名を出したが、続きは言えなくてただ涙が止め処なく流れる。

「ああ」

 ショーンは悟って、辛そうな顔をした。

「誰かに聞いた?」

「ううううう……」

 両手で顔を覆う玲菜をショーンはゆっくりと立たせた。そして背中をさすりながら歩かせる。

「ここじゃあ、なんだから。行こう」

 無言で、ただ優しく頭と背中をなでる。

 

 

 そうして馬車を拾ったショーンは、泣きじゃくる玲菜を乗せて自分も乗って目的地を告げる。

 馬車が動き出すと何も言わずにじっと座り、自分も何も食べずに彼女が泣きやむのを待つ。時折頭を撫でようとして、ためらってからやめる。

 

 馬車は暗い道を走り、やがて小さな集落の前に着くと停まって。ショーンが運賃を払うと馬車はまた都の方へ戻っていった。

 ようやく涙が少し引いた玲菜は、まだ憔悴《しょうすい》していたが、なんとかショーンに誘導されて歩く。

 ショックなことが多すぎて今の状況が全く分からない。

 こんな来たこともない小さな集落になんの用だと思ったが、そこには入らずに街道を歩くショーン。

「目的地はここじゃないんだ。御者に知られたくなかったからここで降りただけで、ここから少し歩く」

 玲菜は無言で頷きついていく。

 

 しばらく歩いて集落が少し離れた頃、ショーンは玲菜の様子を確認してまた話し始めた。

「まだ混乱してるだろ。ごめんな、一気にいろんな話をして。お前が行ってから二年経って、この国はいろいろ変わってしまったんだ」

 先ほど市場の噂話でも聞いた。

 皇帝がレオに変わってから荒んでしまったと。

 ショーンは目をつむる。

「詳しくはあとで話すけど、俺は今、レッドガルムたちとある組織をやっていて」

「レッドガルムさん?」

「ああ、傭兵団・砂狼の団長の」

 その言葉に、玲菜はハッとした。

(砂狼って、もしかして反乱軍?)

 都の噂ではそう聞いた。

 反乱というのは、皇帝に対する反乱のはずで。

(え? ちょっと待って? ショーンってまさか、レオと敵対してんの?)

 まさか。

 そんな状態になっているだなんてありえない。

 だが、反乱軍かどうかなんて訊けずに、玲菜はショーンの話を黙って聴く。

「今から行く所は、その組織のアジトの一つなんだ。都の家に戻れなくてごめん」

 もしかすると、反乱軍だからショーンは顔を隠しコソコソとしていて、家にも帰れないのかと悟る玲菜。

 こちらの世界へ戻ってきていきなりこんな目に遭うとは。

 普通にレナの聖地で目覚めてショーンやレオに会って、家に帰れると思っていたので愕然とする。

 戻ってこなければ良かったのではないかと、もう思ってしまった。

 後悔しないと思ったのに、もう凄く後悔している。

 

 二年前の即位の日。

 自分が行って数日後。一体レオに何が起きたのか。

(襲撃があって大怪我したんだっけ?)

 どんな大怪我だろうか。

 もしかしたら本当に酷い大怪我だとして。

 その時、懸命に看病してくれた女性がいたら、好きになって当然かもしれない。

(レオは、レナさんのことを好きになってしまったの?)

 彼が苦しんでいた時に、自分は居なかった。

 そしたら、仕方ないのかもしれない。

 

 駄目だ。涙が出る。

 

 泣いてももう、そうなってしまった。

 二年経つとは、そういうものだ。

 自分にとっては半日前くらいのことでも、ここでは実際に二年が過ぎた。

 何かあるのではないかと覚悟もしていたはずだ。

 彼は、別の女の人と結婚していて、子供まで……恐らくまだ妊娠だが、できた。

 玲菜は泣いて歩けなくなりそうだったが、なんとか踏ん張って歩き、やがて――

 

 

 たどり着いた先は、荒れ地の町の廃墟。

 ひび割れた地面と崩れた家々や建物が並ぶ場所。

(ここが?)

 廃墟だなんて、ずいぶんと怖い所に連れてこられたが。

 ショーンは歩きながら口を開く。

「ここで、仲間と待ち合わせをしていて」

 玲菜が恐る恐る歩いていると、促される。

「大丈夫だから。何も出ないよ。はぐれないように来てくれよ」

「う、うん」

 小走りで玲菜が近付くと、ショーンは壊れた家に入って地下室への扉を開ける。

「この下がアジト。中の方が明るいし怖くない。多分旧世界の遺跡だから住めるように工事とか改築したんだ」

 

 明かりを灯しながら階段を下りるショーンについていくと、確かに途中から壁に明かりが灯り、明るくなった。中の空間は広く、壁も割と立派なコンクリート。

 ショーンは明かりを消して誘導する。

「今からさ、俺たちのリーダーに会ってもらいたいんだけど」

「リーダー?」

「ああ」

 いくつかある通路の一つに入っていくショーン。

 途中、数人の兵士らしき人間が居て、彼らはショーンに挨拶をした。

「お帰りなさい! ショーンさん」

「ああ」

「お疲れ様です!」

「お疲れさん」

 

 ……なんとなく、ここでショーンは偉い立場なのだと分かる。

(リーダーってもしかしてレッドガルムさん?)

 もしかしてというか、やはりというか。

 砂狼団が反乱軍をやっているとしたら、その可能性が高い。現に、すれ違う人物らの中には賊っぽい格好の人間も。砂狼団には元砂賊の連中も多かったので納得がいく。

 

 ショーンは、通路の奥の比較的立派な扉の前に行くと、扉番らしき兵にコソッと耳打ちする。

 すると彼らは会釈をして去っていき。

 ショーンは扉に向かって声を掛けた。

「今戻った。彼女を連れてきたから、開けるぞ」

 返事は無かったが、彼は扉を開けて。玲菜を通した。

「玲菜、ここからは一人で。リーダーが、話があるって言うから」

「え?」

 微妙に緊張しながら前に進む玲菜。

(レッドガルムさんだよね?)

 

 部屋の奥にはむこうを向いた立派な椅子があって、そこに掛けていたリーダーらしき人物が立ち上がって振り返る。

 

(え?)

 

 黒い髪の青い瞳の若い男。

 顔に斜めの大きな傷があり、髪は長く結んでいたので、一瞬別の誰かかと思ってしまった。

 だが、目を見れば分かる。

 自分が、よく知っている人物だと。

 目の前の男は、いつもの青いマントではなく、臙脂《えんじ》のコートを羽織っていた。

 

 いつの間にはショーンは部屋を出て扉を閉めていたので、部屋に二人きり。時が止まったようになっていた。

 

 じっとこちらを見つめる力強い眼から瞳をそらせない。

 彼は皇帝になって……結婚したはずだから。

 反乱軍のリーダーのはずはなくて。

 いや、本当にショーンたちが反乱軍かも分からないが。

 でも。

 

 

「聖地まで迎えに行けなくて悪かったな、レイナ」

 

 彼に名前を呼ばれたことで、その場に崩れる玲菜。

「お、おい?」

 目の前の男は駆け寄り、玲菜を支える。

「どうしたんだよ」

 

「……レオ?」

 

 激しい絶望があった直後の奇跡だったので、玲菜は混乱して意識が遠のきそうになる。

「傷があるよ」

 もしや、即位式の襲撃で受けた傷なのか。

「ああ、これは……」

 レオが答えようとしていると、玲菜の目に涙が溢れる。

「どうしてここにいるの?」

 彼は宮廷にいるはずでは、ないのか。

 

「お前を!! 迎えに来たんだろうが!!

 

 レオはそう言うと玲菜を強く抱きしめた。

 

 ……これは、夢か。

 玲菜はまさか、あまりのショックに気がおかしくなって自分は今夢を見ているのではないかと思った。

 彼に抱きしめられたいと、夢を。

 しかし、温もりに憶えがある。

 いつも感じていたこの温かさは忘れない。

(夢じゃないの?)

 震えていた手が自然と動く。彼を失いたくなくて、このままでいたくて、背中に腕を回してギュッと締めた。

「レオ……!」

 座り込んだまま抱きしめ合う二人。

 

「レイナ……会いたかった!!

 

 彼の想いの籠った言葉に、涙する玲菜。言葉だけじゃない。彼が震えているから。

 もしかして彼も泣いているのではないかと思ったら余計に涙が出た。

 自分にとってはたった半日ぶり。

 でも、彼にとっては約二年ぶり。

 会いたかったという想いは彼の腕の強さで分かる。

 痛くて苦しくて心地好い。

 だが。

 胸に引っかかることがある。

「レオ……」

 怖くて訊けない。

 ある組織のリーダーってなんだ? そもそもレナと結婚したのではないのか?

「レイナ」

 彼はやっと腕を離して今度は顔を近付けてきた。

 多分、キスで。

 玲菜は流れに身を委ねる前に、とっさに訊く。

「レナさんは!?

「え?」

「レナさんは、いいの?」

 言った途端また涙が出てきた。

 あまりに辛くて。

 

 だって、もしかするとこれは感動の再会どころではなく、不倫……に、なってしまう。

 いや、まさか皇帝がゆえに自分を側室にしようとしているわけではないだろうか。

 たとえ一番に愛されてもそれは嫌だ。

「レナさんと、結婚したんじゃないの?」

 玲菜は泣き崩れた。

 

「お前、なんでそのことを……」

 やはり、事実だったか。

 

 今、彼に触れたことで彼の気持ちが伝わってきたが、尚更絶望に感じる。

「都で偶然に聞いたの! 二年前の即位式の時に襲撃があったって。その時レオは大怪我して……看病したレナさんと結婚したって。しかも……」

 お世継ぎの話は辛すぎて口に出せない。

 妊娠したということはつまり、そういうことになるから。

 例えば、自分に言うようなセリフも、ベッドの上でレナにも囁いているのか。

 急に彼を汚らわしく感じる。

 玲菜は自分の肩に置かれていた手を離させて立ち上がり、彼から少し遠ざかった。

「レイナ?」

 彼も立ち上がり、近付こうとするので後ずさりして婚約指輪に手をかけた。

「何するんだよ、レイナ!」

「だって!!

 玲菜は目をつむり、思い切ってその指輪を外した。

「私、側室にはならないよ!!

「何言っ……! ちょっと落ち着け!」

 レオは外した指輪を持つ手を掴んでくる。

「外すな! あと、話を聴け!」

 首を振る玲菜。

「信じて戻ってきたのに! でも……」

 自分を看病した相手に心が動かされるのは仕方ないと、言おうとしたが――

 

 玲菜は掴んだ手を引っ張られて言葉を塞ぐようにキスをされた。

 

 ああ、唇の感触は変わらない。

 思わず目を閉じて、感触を味わってしまった玲菜は慌てて彼を突き飛ばした。

「駄目だよ!! 言ったでしょ!? 私は側室にはなら…」

 

「俺は!! レナとは結婚していない!!

 

「え?」

 今、なんて言ったのか。

 玲菜は呆然とした。

 

 突き飛ばされたレオは床に腰を落としていたが立ち上がり、玲菜の手から取った婚約指輪を持って彼女に近付く。

「安心しろよ。俺は他の女と結婚していないから。二年間、お前をずっと待っていたんだからな」

 そう言って、彼女の左手を掴んでもう一度指輪を薬指に填める。

「大事にしとけ。こっちだって約束守ってるんだよ」

 

「え……?」

 

 玲菜はもう、びっくりしすぎて涙が一気に乾いてしまった。

「何? なんて言ったの?」

「だから!」

「もう一度言って?」

 このセリフは、いつもレオが照れて「もう二度と言うか」と言ってしまう問い。

 だが、レオは溜め息をつき、彼女の腰に腕を回して告げた。

 

「俺はまだ独身で、お前を愛しているってことだよ」

 

 言った途端に照れて一瞬目をそらしたが、もう一度まっすぐに見つめて顔を近付ける。

 

「ほ、ほんとに?」

 信じられなく、声を震わす玲菜にレオは真剣な眼で言う。

「嘘なわけねーだろ。信じろよ」

 聞いた途端、玲菜は力を無くすように目をつむり。流れに身を委ねる。

 レオは優しく彼女に口づけをした。

 

 彼とのキスは体が熱くなる。

 今、彼は「レナと結婚していない」と言った。

 都で聞いた噂はデマだったのか?

 分からないが、あの時のは何かの勘違いだったのなら嬉しい。

 玲菜はレオの言葉を信じることにして、彼の気持ちを受け入れる。

 

 

 二人は何度もキスを交わしながら移動して、レオは玲菜の被っていたローブを脱がす。自分もコートを床に置いて二人でベッドに倒れこんだ。

「俺の部屋にあった上質な布団じゃないけど我慢しろ」

 ここは何かの組織のアジトだと聞いた。レオはそれのリーダーらしく、個室があるのか。

 ベッドも確かに高級ではないが、それは宮廷の物と比べた場合であり、充分に立派ではある。

 それに、狭くはない。

 レオの唇は、玲菜の頬や首、髪にも触れさせる。

 耳にもキスをしてそっと囁いた。

「お前、全然変わってない」

 玲菜はゾクッと震えてからつっこんだ。

「当たり前でしょ。私はあれから半日くらいしか経ってないんだよ?」

「そうか」

 レオはキスを続ける。

「俺は? 俺は変わったか? 自分で憶えていない」

「傷が……」

 玲菜は一番に目につく、顔の傷に触れた。かなり大きく幅が広い。ちょうど右眉の上から顔面を斜めに左顎くらいまで付いている。更にもう一つ、こちらはそこまで大きくはないが、左眉から目を挟んで縦に傷が付いている。

「レオ、顔に傷ができちゃったね」

「ああ、これか」

 彼が首筋から肩にキスをするので、玲菜はビクッと反応しながら話を聴いた。

「これは二年前に。即位式の時に、ウォルトたちの襲撃があって」

 やはりそうなのか。薄々勘付いていた。砂狼団ではなく、エニデール民の襲撃なら話は分かる。

 襲撃事件のことは詳しく聴きたいが、玲菜はもう一つ気になる部分に触れた。

 それは長くなった彼の黒い髪。

「レオ、髪がくすぐったい」

 玲菜はその髪にキスをした。

「ああ、ずっと切るのを忘れていた。切った方がいいか?」

「切った方がシリウスっぽいね」

「ならやめるか」

 彼の唇は下がり、胸に触れさせてくる。

「ど…うして?」

「俺はシリウスの座を引き摺り下ろされたから」

「え!?

 

 レオは夢中で顔を玲菜の胸にうずめさせてくるが、玲菜はそれどころではなく。

「え?」

 もう一度問う。

「引き摺り下ろされた?」

「あー」

 彼は玲菜の服を脱がせながら答えた。

「つまり襲撃で、俺はなんとか逃げたけど。こっちが怪我を治している間に俺の偽物が現れて。まんまと成り変わられたってことだ」

「えええ!?

 驚く玲菜に、ムスッとするレオ。

「お前なぁ!」

「どうしたの?」

 

 布団を頭から被り、顔を近付ける。

「二年間の話は後でするから、今は俺のことだけを考えろよ」

 そう言って自分もシャツを脱ぎ、肌を触れさせ合う。

 背中に手を回し、体に唇を触れさせながら下着も外していく。

「二年間も俺は我慢したんだから」

 いわゆる後ろはホックではなく、紐なのだが。解かれる瞬間はゾクゾクするし、手を忍び込まれると声を出してしまう。

「レオ……!」

 玲菜は彼の背中に腕を回した。

「レイナ!」

 彼は自分の想いをもう一度告げる。

「ずっと会いたかった。二年間ずっと、この日が来るのを待っていた!」

 一度ではない、何度も。

「レイナ。二年前と、俺の気持ちは変わらない。むしろ会えなかった分、大きくなった」

 つい激しく彼女を求めてしまう。

「レイナ……!!

 何度もキスをして抱きしめ合って、肌同士で触れ合う。

 

「レオ、好きだよ」

 一方玲菜は、最初は自分の声が外に聞こえやしないか気にしていたが、段々どうでもよくなった。

 感じるままに思う存分声を出してしまう。

「レオ!」

 自分は年月が経っていないが、絶望に落とされたばかりだったから。余計に愛しさが募る。

 彼が愛を囁いてくれるたびに嬉しくて泣きたくなる。

 自分の想いも彼にぶつける。

 

 戻ってきて良かった。

 信じて戻ってきて、本当に良かった。

 

 二人は抱き合って眠り、何度も想いを確かめ合う。

 手を繋ぐたびに幸せを感じて微笑みながらキスをした。

 

 

 ―――――

 

「あの、レオ、もういいかな?」

 初めこそ圧倒的に盛り上がっていたが、玲菜はそろそろ限界になっていた。

「まだ!!

 彼も本当は眠いくせに何をそんなにムキになっているのか。未だにキスとその続きを迫ってくる。

「だってもう、何回目? もういいでしょ? もう朝になっちゃうよ」

 時間の感覚がもうわからない。

「まだ足りないんだよ。二年分には、まだ全然……」

 まさかの無茶ぶり発言。

「二年分!? 嘘でしょ!? 無理だよ!!

 一体どんだけ欲求不満だ。

「無理じゃねーよ、あと七百…」

 しかも一日一回計算。

「無理!!

 玲菜は叫んでとにかく奴から離れた。

「もう今日はお終い! 寝るからね。私、いろんなことがあったから本当に疲れてるの!」

「……分かったよ」

 レオは渋々自分も仰向けになり、玲菜に腕を差し出した。

「ホラ! もうしないから。こっち来いよ」

 これは腕枕の誘いか。玲菜は戸惑ったが、嬉しかったので誘いに乗ることにした。腕枕はなんていうか凄く好きなので。重くならないように首の部分を彼の腕に乗せる。

 玲菜は横から改めて彼を見て、二年の歳月を感じた。

 髪や傷の他に、確かに前より少し大人びている。それに、前よりも筋肉が増えたというか。全体的にガタイが前より良くなった気が。

 年齢も、前は同い年でむしろ年下にも見えたが、今は二歳上か。もしかしたらもうすぐ三歳上になるかもしれない。

(私だけ変わらなくて、皆は変わってるんだ)

 なんとなく取り残された気分。

 じっと見ていると、彼もこっちを見てきて「なんだ?」と訊いてくる。

「あ、うん」

 玲菜は体を傾けた。

「……腕、疲れない?」

「腕?」

「うん、腕枕してるから」

「あー」

 レオは彼女を乗せている腕で頭に手を添えた。

「確かに朝起きた時痺れているけど、別に平気だ」

「え! 痺れているの? 重くて?」

「重くはねぇよ。でも、さすがに痺れはする」

 玲菜は心配して頭を下ろそうとした。

「大丈夫? じゃあいいよ、無理に腕枕しなくても」

「いいから乗せろよ。お前好きなんだろ? 俺も悪い気はしないし」

 そう言われたら、お言葉に甘えるか。玲菜は頭を乗せ直した。

「重かったら言ってね」

 

 そして二人は、向き合いながら眠った。

 使命を実行しようとして時空の渦に行ってから、たった少しの間でいろんな事が起きた。いろんな目にも遭ったし、びっくりしたり泣いたり、とにかく衝撃的なことでいっぱいだった。

 けれど……

 今こうして、二年後の世界でレオと一緒に寝ている。

 これから何が待ち受けているかは分からないが、玲菜は今だけはとてつもなく幸せな気分で眠りに就いた。

 

 

 

 一方。

 同アジト内の別の部屋では、白髪まじりの茶色い髪の男が一人、物思いに耽ながら酒をちびちびと飲んでいた。コンクリート造りの薄暗い部屋にはテーブルと古いソファだけが置いてある。

 そこに、炎のような赤い髪をした四十代後半くらいの男が同じく酒を持って近付き、話しかける。

「ショーン殿、ご一緒しても良いですかな?」

 ショーンは顔を見ずに答える。

「ああ。レッドガルム殿。ちょうど話し相手が欲しかった」

 そう言われたレッドガルムはソファに座り、持ってきた酒をショーンのグラスに注ぐ。

「この辺りの地酒ですよ。ちょっと辛口ですが俺は好きなんです。なんだか懐かしくって」

 自分の方にも注ぎ終わるとグラスを低く掲げて言う。

「レイナさん……ショーン殿の娘さんの帰還に乾杯!」

「ああ」

「無事に再会が叶って良かったですな」

 時空移動など詳しい事は話していないが、レッドガルムには玲菜が実はショーンの娘であること、事情があって二年間離れていたが今日迎えに行く事等を話していた。

 いや、この程度の話はレッドガルムだけでなく皆に話していて、玲菜が実は娘だったことも割と驚かずにほとんどの者が納得した。

 むしろ……一番納得していないのが玲菜自身である気がして。

 念願の再会を果たしたのにショーンは浮かない顔をする。

 ずっと心配していた。心底嬉しいと思うのに。玲菜が自分を“父”と認識するのをためらっているよう。無理もない。ずっとショーンという“他人”として接してきて今更元に戻れるわけがない。まだ説明不足な部分もあるし。

 溜め息をつくショーンに、レッドガルムが察したように訊く。

「あまり嬉しそうではない……かな? まぁ、複雑な気分ではありますよね。父親としては」

「ん?」

「今、首領の所に居るんでしょう?」

 本音を当てられた気がして、酒を噴き出しそうになるショーン。

「お、お、お、俺は別に……」

 つい動揺した態度を見せてしまった。

「レオのことは息子の様に思っているし、二人のことは認めているから! そんな……」

「分かっていますよ、ショーン殿」

 レッドガルムに笑いで返されて、ショーンは若干顔を赤くしながら苦笑いした。

「誰にも言わないでくれよ、レッドガルム殿」

 酔った勢いで本音をぶちまける。

「玲菜の相手には、レオしか認めたくねーけど、でもこういう時、眠れなくってついつい酒を飲んじまうし。悔しくなるんだよな〜」

「じゃあ、パーッと行きましょうか!」

 レッドガルムはショーンに酒を注ぎ、気分を盛り上げようとしていたが、ずっと気になっていたことがあったので、場の空気が沈むのを覚悟してまず先にそちらを訊ねた。

「ところで。パーッと行く前に」

 今訊くのはタイミングが悪い。けれど、訊かずにはいられない。

「その、シリウス……いえ、レオ様のことなんですが」

「ああ」

 目で悟るショーン。

「あいつが、“赤風《あかかぜ》”かどうかってことか?」

 娘の婚約者であり、本人にとっても息子同然の青年の病気についてショーン自身に訊くのは酷だが。レッドガルムは頷く。

「はい。『肺砂病《はいさびょう》』……通称“赤風”は前皇帝陛下も罹っていたので。やはり心配であります」

 前皇帝を、判明から五年で死に追いやった病気。大抵は齢をとってから罹るものなのだが、遺伝の関係もあるので油断はできない。初期の兆候としては突然の高熱などで、思い当たるフシもある。

 ショーンは目をつむった。

「結論から言うと、俺は医師ではないし。医師でも判断が難しい。ホルクにでも診てもらわんとなんとも言えない」

「……そうですか」

「ただ、レオの場合は」

 肺砂病は現時点治らない病気ではあるが、恐い病気ではない。

「たとえそうだったとしても、“希望”が戻ってきたから前皇帝とは違うよ」

「そうですね。失礼しました」

 ショーンの言葉に納得したレッドガルムは酒の続きといく。

「ただ念の為、他国の医学の情報を集めますゆえ」

「ああ、頼む」

 二人は改めて飲み合い、深い夜はやがて日の出る朝へと変わっていった。


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