創作した小説が世界の神話になっていた頃
[第二部・第三十話:ヴァイキング御一行]
結局、ショーンたち五人がアスールス邸に戻ってきたのは明け方。
武器の交渉が終わって仕入れる時や運ぶ際の話し合いをしていたら帰るのが遅くなってしまった。
とりあえず秘密裏にサン・ラーデ市の方へ運ばれるということになり、後日そこから緑龍城へ運ぶ流れ。元々定期市で買った物も同じ経路の物があり、怪しまれてはいけないので分散することになる。
ただ、特に擲弾筒に関しては早く運んでもらい、兵士たちを訓練させなければいけないとショーンは考えていた。
改良はされているが、取扱いには十分に注意せねばならない代物だと心得る。
屋敷へ着いて、自分が借りている部屋に向かう途中に対策を練りながら歩いていると、ちょうどコソコソと廊下に出てきた野郎と鉢合わせして相手が驚倒《きょうとう》。
いや、こちらもびっくりしたが、向こうは叫びそうになった口を押さえていきなり言い訳から入った。
「違うんだよ、オヤジ。落ち着け!」
――そう。その人物はレオであり、お前が落ち着けと言いたくなるのだが、コソコソと出てきた部屋というのが彼の部屋ではない呆れた事実。
当然ショーンが解釈するであろう事を先に否定してきた。
「今、玲菜の部屋から出てきたけど、断じてそうじゃないから」
「……あ、え?」
理解したショーンが次の言葉を発する前にレオはもう一度言う。
「違うから。そうじゃない。落ち着けよ、オヤジ」
「いや、動揺してんのはお前の方だろが。何かヤマシイことでもあったのか?」
「ああ。……無い! ホントに、無い」
ムキになっている分、疑わしく感じるのだが。ショーンは一先ず頷くことにした。
「無いならいいよ。っていうか、本当に落ち着けレオ」
言われてレオは俯き、顔を赤くした。
実はレオは、玲菜の部屋で彼女と一緒に抱き合って眠ってしまっていた。本当に行為はしていないのだが、先ほど目を覚ました時に、誤解されないよう自分の部屋に戻ろうとして廊下に出てきたわけであって。良かれと思った行動が裏目に出た鉢合わせは精神的に傷つく。
動揺した言い訳も逆効果に拍車をかけてしまった。
けれど、必死な訴えは一応通じたらしくショーンは追及しない。彼の言葉を信じて動揺しないように促した。
「分かったから。別に疑ってねーし。いや、だから……お前も部屋戻るんだろ? 早く寝ろよ」
「あ、ああ」
恥ずかしそうに自分の(借りている)部屋に戻ろうとするレオに付け加えた。
「あ、そうだ。今夜のことは朝起きてから改めて話す」
そうだ。
「どうだった?」
犯罪者組織との交渉はうまくいったのか問うレオにショーンは不敵な笑みを浮かべた。
「俺を誰だと思ってんだよ」
軍師は交渉を失敗したことなど無い。
「要らん質問だったな、ショーン軍師。後で詳細を聞くよ」
レオはそう言って廊下を歩き、ショーンに軽く手を振ってから自分の部屋に入った。
それを見送ってからショーンも眠い目をこすりつつ借りている部屋に戻る。一先ず眠って起きてから皆に説明しようと決めたところでベッドに倒れた。後の記憶は無く、目を覚ますのは昼になってからになる。
昼食の時間。
ようやく起きたショーンは、皆に昨夜の説明をするために、広間に食事の用意をしてもらった。
給仕が運んで並べている間に皆は集まって食卓に着く。
全員揃ったところでショーンが報告をした。
「昨夜の交渉は大成功に終わった」
「わぁ!」と顔を見合わせたのは玲菜とイヴァンで、レオは知っていたが為にもう料理に手をつけている。
玲菜は憧れの気持ちで朱音の想像をした。
(朱音さん、どんな風に活躍したのかな? きっとカッコ良かったんだろうな〜)
昨日の格好が目に浮かび、カッコイイ立ち姿を想像して惚れ惚れする。
そんな娘の様子を見ながらショーンは続きを話した。
「外国製の中々好い武器が手に入った。これを必要だと思う分だけ秘密の経路でサン・ラーデ市に送る。最終的には緑龍城に」
レオだけが夢中に食事をする中、皆は黙ってショーンの話を聞く。
「俺は敵側の兵器に対抗するための作戦を幾つか考えていたんだけど、その中の一つが、昨夜手に入れた武器を有効に使えれば実行できることになる」
つまり、擲弾筒はショーンの作戦を成功させる要となる、と。
「旧世界の兵器がどんなものであれ、うまくいけば打ち破ることが可能だと……」
ショーンは目をつむった。
「もし絶望的な戦力差があったとしても、あるいは、希望になる物かもしれない」
その言葉に、食卓を囲む皆は顔を見合わせた。
「そのくらいの物だと、俺は思っている」
目を開けて、息を呑んで真剣に見てくる皆に苦笑いするショーン。
「ま、あくまで、俺の推測する兵力で計算した話だけどな」
タヤマは恐る恐る口を開けた。
「絶望的な戦力差って……旧世界の兵器はそんな凄い物なんですか?」
「んーまぁ、時代によっては」
ショーンは頭を押さえる。
「ホラ、昨日手に入れた擲弾筒だって発掘された旧世界の物を改良したやつって言ってたろ?」
「ああ、そうですね!」
擲弾筒も言うなれば“旧世界の兵器”ともいえる。
「ただ、昨日のは十九世紀の物であって、兵器が恐ろしくなるのはそれ以降なんだ。未来になればなるほど破壊力が段違いになる」
「十九……せいき?」
聞いていた皆が首を傾げる中、玲菜だけは分かっていたので頷く。
「そうだよね。もしも核爆弾とかだったら……」
考えて背筋がゾッとした。
「もし核だったら帝国が終わるだろ。それはもう最悪なパターンであって、さすがにどうにもならねぇから俺も想定してないけど」
ショーンの言葉に玲菜は考える。
(あ、そっか。核兵器だったらもうどうにもならないよね。でも、日本は核兵器禁止なはず?)
しかしいくら禁止といっても、自分らの知る2012年以降は分からないし、そもそも帝国の西側は元日本ではない可能性も。他国ではなく海だった場所だとしても、何が埋まっているのやら分からない。
この辺りはもう考えても無駄か。あまりの破壊力だと敵も味方も終わりになるので戦どころではなくなる。下手すると発掘した時点で危険な場合も。
(考えたらキリが無い)
玲菜は考えるのをやめてショーンの話を聞くことにした。
「発掘では見つかりやすい層ってのがあって。しかも新しい年代ほど出てくるから。俺が予想しているのは前世界西暦での十八世紀〜二十一……あれば二十二? そんくらいの兵器が一番出土しやすいと踏んでいる」
もちろん場所によっても違うが。
「前に鳳凰城塞周辺の出土品を砂漠の遺跡商人に訊いたらそんな感じだったからさ」
「そうなんだ」
頷くのは玲菜だけで、皆は考古研究者同士の会話を黙って聞く。
「旧世界の兵器とやらを二十世紀くらいに想定している」
ショーンの計算は分かったが、玲菜は不安になった。
「二十世紀の兵器に十九世紀のテキダントウで勝つかな?」
「それだよ!」
指摘するショーン。
「もちろん作戦練っているけどな。果たしてうまくいくだろうか」
そんな不安を煽ることを言わないでほしい。
「でもさっきは打ち破れる、みたいなこと言ってたよね?」
恐る恐る玲菜がつっこむと「うん」と頷いてショーンは言う。
「一応。計算上では。ただ、確信は持てないから保険をかける」
「保険?」
「ああ。それが明日にでも実行する“小さなヴァイキング作戦”!」
皆の脳裏に『不安』の文字が浮かぶ。
ショーンは察して場を和ませた。
「大丈夫、大丈夫! 難しくねーから。とりあえず後で説明する。先に昼食を済ませるぞ!」
だがしかし、ショーンが話して皆が聴いている間に、大食いのレオが昼飯をすべて食してしまい。並べられた皿の上に乗った物は消え失せていた。
満足そうな本人にショーンと玲菜が怒り、給仕が慌てて追加料理を運んできた為になんとか皆は食事にありつけた。
それから、午後はショーンによる“小さなヴァイキング作戦”とやらの説明をみっちり受けてその日は終わる。
難しくないと言われてもほとんどぶっつけ本番になるようだし、要は、今度は海賊に扮するので不安と緊張が高まる。それでも軍師を信じて翌日を迎えた――。
―――――
信じなきゃ良かった。
玲菜はまずその言葉が頭をよぎった。
いや。皆が父を信じなくても自分だけは信じようと思っていたのに。
(信じなきゃ良かった)
用意された自分のための衣装を着て、鏡を見たら、あまりの恥かしさに愕然とする。
「なんなのこれ」
海賊と聞いた。
てっきり、映画好きな父ゆえに有名な海賊映画に出てくる女海賊のような格好になると思っていた。正直、ちょっとワクワクも。
それなのに用意されたのは地味な色のベルト付きチュニック。長袖のシャツとズボンがあり、合わせて着るのが分かる。
思ったより地味だが、これはいいとしよう。
問題は……金属の兜であり。いわゆるヘルメットのような形をしていたが、いかんせん両側面に小さな角のようなトンガリがある。
玲菜的には完全にアウト。
(こんなの被りたくない)
玲菜は少し怒りながらショーンの許へ返品をしにいった。
――だが、父の許へ行った玲菜は自分の眼を疑う。
ショーンはそのダサい♀浮堂々と被り、似たようなチュニックとマントを着用。足には紐を巻いて、なんと……左目に眼帯を付けている。
玲菜は思わず「誰!?」と叫び声を上げた。
それなのにショーンは平然と答える。
「昨日言ったろ? ヴァイキングだよ。俺たちは海を越える者!」
「ヴァイキングって略奪者じゃないの? 海賊でしょ? 眼帯はそれっぽいけど、なんかイメージと違う」
「略奪者も居たけど、ヴァイキングは海賊じゃねーぞ。北欧には子孫が居て。なんだっけな……スカンディ…」
まだ説明している途中で、今度はレオが怒鳴りながらやってきた。
「オヤジ〜〜〜!! なんだよこの服!!」
そこには、毛皮に身を包んだ彼の姿が。
玲菜はある意味カッコよくも見えたのだが、本人的には勘弁してほしいという。その理由が次のセリフにある。
「あっつい!! 暑いんだよ、この毛皮!! これ、着なきゃいけねーのか? だったら俺は行かないからな!」
「ん? あ〜。じゃあいいよ、毛皮取って」
ショーンはすんなりと彼の要望を許可して、レオは毛皮を脱ぐ。すると、ボタン穴等が金糸に縁取られた紺色のコート姿になった。
中はシャツとスカーフで、腰を赤くて長い飾り帯で巻き、黒いズボンに茶色いブーツ。
あまりの極《き》まった姿に玲菜はつっこんでしまった。
「海賊!! レオ、海賊みたい!!」
「ん?」
そうだ。自分が想像するまさにカッコイイ方の海賊。
目の前に居る彼はまるで映画に出てくる俳優。
(やっばい。似合ってるしカッコイイ!)
うっとりと見惚れながら、自分との違いをショーンに指摘した。
「なんで? なんでレオは海賊っぽい格好なのに、私は旅人なの?」
「旅人? いや、レオはバッカーニアっぽいイメージで、玲菜はヴァイキングなんだよ。だってお前は女海賊って感じでもないし。俺なりに考えて……」
女海賊という感じではないと、父にはっきり言われた。
その矢先に、女海賊風の格好をした朱音がおずおずとやってきた。
「ショーン様。本日はこの格好でよろしいですか?」
着慣れないらしく、先日と同じく困惑していたが、これまた圧倒的にカッコよくて映画の中からそのまま出てきたような風貌。茶色いジャケットやズボンでも妙な色気があって目を釘付けにする。
玲菜は見惚れながらも、自分との差が圧倒的すぎて泣きそうになった。
訴えるのはやはりショーンに。
「やっぱやだ、この服。私もパイレーツがいいもん。この変な兜被るのヤダ!」
「そ、そうか?」
二人のやり取りと玲菜の姿を見て、レオが珍しくも気を遣うように頭を撫でてきた。
「お前がどんな格好をしていようと、俺はいいから」
多分、慰められた。
そのことがショックで、ついに玲菜は禁断の言葉を告げる。
「……お……ショーンの、バカ」
結局、全員がパイレーツ……要するに厚手の地味なジャケットや亜麻布のスカーフ、飾り帯にズボンに革の靴――というような、いわゆる玲菜が思う海賊仕様の服に着替えたところで出発することにする。
娘の言葉に負けたショーンはジャケットではなく、シャツに先ほどのマントを羽織ってチュニックも脱ぐ。兜は諦めて帽子を被った。但し眼帯だけは許されたので着けたままにした。
メンバーとしては、カルロスとタヤマがまず外れて、泳げないイヴァンも外れた。
本当はショーンもフルドも泳げなかったが、フルドはレオに付き添うために、ショーンは自らが交渉するために同行。計六人で海賊に扮して移動する。
(ホントは、玲菜も置いていきたかったけどな)
いくら朱音や白雷が居るとはいえ、海賊船なんて危ないしましてや船の上。こういう時、湖族が居れば良かったのだが、うっかり連れてくるのを忘れた。
(いや、あいつらも忙しいし、今更悔やんでも仕方ないな)
そうだ。玲菜のことはきっとレオが守ってくれる。ショーンは軽くそんな風に思っていた。
―――――
まさか……
まさか、レオが――
「オヤジ……駄目だ。気持ち悪い」
船酔いするとは思わなかった。
先日の海老料理店の料理長の伝手で会った海族《うみぞく》の船で、彼らの知り合いの海賊に会おうと出帆《しゅっぱん》した時にその悲劇は起こった。
船というのはいわゆる帆船《はんせん》。大きなメインマスト(帆柱)が真ん中にあり、船首側の上甲板にはフォアマストが。そして太い横木の帆桁《ヤード》からは大きな四角帆や三角の帆を張っている一見普通の中型の船。但し、至る所に海族が改造した部分が見受けられる特殊な改造船でもあるというのは置いといて。
馬車でも車でも、渡り舟でも酔わないレオが、なぜか帆船の揺れに弱かったらしく気分を悪くして寝込む。忍者の二人とショーンは大丈夫だったが、玲菜とフルドも少し気分が悪いようで休ませた。
恐らく三人とも慣れれば平気になると思われるが、とにかくレオは重症で顔を青くする始末。
本人も河や湖の船が平気なので酔うとは思っていなかったらしく。必死に朱音や白雷が看病する。
思ってもみなかった事態に、ショーンは先行きの不安を隠せなくなっていた。
(まずいな)
海賊が船酔いなんてありえない。
なんとか本物と出くわす前に酔いを治してもらわないと。
あるいは、酔っている三人には奥で隠れてもらって残りの三人でなんとかするか。
それにしても、とショーンは甲板に出る。
(海の帆船揺れるなぁ〜。それとも今日は荒れてる?)
河や湖の船は乗るが、海は初めてなような気がする。“向こう”の世界で大型フェリーは乗ったことあるが。
(フェリーはあんま揺れなかったもんな)
帆は風を受けて船をどんどん進ませる。
港にあんなに泊まっていた船も沖に出るともう見えなくなる。
青い空に、紺碧の海はまるで永遠に続いているよう。
(もし揺れた拍子に海に落ちたらどうすんだ)
乗組員に小舟で助けてもらうのか。
もしも、交渉が失敗して海の上で戦うはめになったらどうする。
戦うのはまだしも、戦っていて万が一自分が落ちた時はどうするか。
(俺は泳げねぇ)
ショーンはゾッとした。
なんてことだ。
危険なことは今まで何度もあったが、水の上という今までに無い恐怖が襲い掛かる。
そうだ。二年前の湖上の攻城戦だって、自分は敢えて危険な地下通路の班を選んだ。
湖戦の船上で戦うよりはましだったから。
もちろんレオのためもあったけれども。
ショーンは昇降階段を下りて乗務員室に入った。
ちょうど近くに木の長椅子があり、座って頭を押さえる。
(やべぇ。気分悪くなってきた)
自分の現状に気付いて酔ってきてしまった。
(こんなんでまともな交渉ができるのか? 俺)
今まで失敗したことのない交渉。
今回初めて個人の危機的状況に陥っている。
ショーンはいつになく緊張して気持ち悪くなりながら時が過ぎた。
やがて。陸を離れて周りが海一面になってから大分経った頃。
ようやく少し慣れたらしい玲菜がレオの許へ行き看病して。同じくフルドがショーンの許へ行く。
二人とは裏腹に具合が悪くなってしまった作戦長に声を掛けた。
「ショーン様、大丈夫ですか?」
「ああ、うん」
頭を押さえて長椅子に腰掛けながらショーンは答える。
「心配要らない。ちょっと、余計なこと考えただけだから。その時が来たらちゃんとやる。それよりもレオや玲菜は?」
「レイナ様は私と同じく平気になってきたようです。海族の乗組員に“酔い止め”の効力を持つ薬草を貰って、煎じて飲ませてもらいました。そしたら大分楽になって」
「酔い止め?」
「レイナ様も飲ませてもらったようです。アルバート様にも飲ませると届けに行ってくれました。ショーン様の分も乗組員に貰ってきましょうか?」
酔い止めとは願ってもない。
「ああ、頼む。ありがたい」
ショーンはフルドに貰ってきてもらい、薬草を煎じて飲んだ。
これでまたしばらく休んでいれば好くなるか?
苦いけれど我慢して「ふぅ」とため息をつく。その矢先――
乗組員の一人が、小走りでこちらに向かってくる。
まだ薬は効いていないのについに報告をしてきた。
「ジョージさん! 船が見えましたよ」
ちなみに一行はカルロスの知り合いの、政府の保安機関の人間ということになっている。海族は海賊調査のために協力してくれて、もちろん礼は十分に(カルロスが)する。
今回はショーンとレオのみが偽名を使っていて、ショーンはジョージ、レオはジョンという名で通している。二人とも今は使わなくなった偽名に懐かしさを感じながら。
話しかけてきた海族の乗組員は不安そうにショーンに訊ねた。
「本当に、彼らを捕まえないですよね?」
海賊は知り合いらしく、保安機関に協力するのは裏切り行為ではないかと恐れている。
「捕まえませんよ」
ショーンは気分が悪いのを隠して平然と答えた。
「調査しているだけですから、安心してください。たとえ騙して捕まえようとしてもこの少人数じゃこちらが負けます」
「日を改めて来るということですか?」
「いいえ」
そもそも政府の保安機関ではないので、捕まえることも日を改めることも無いのだが。
「海賊行為は許されない事ですが、理由があるのも知っている。また、金は狙っても人の命を無駄に奪わない事や、町の略奪もしない事も」
この辺りの海賊は、元海族が多いが為にさほど野蛮ではないと聞いた。
「そういった部分を強調して、上層部に伝えます。できれば、皇帝陛下からの“恩赦《おんしゃ》”の形に向かうよう努力しますゆえ」
恩赦とは、海賊から足を洗えば今までの罪を咎めないというありがたいお触れであり。
海族の乗組員は、恩赦ならば知り合いの海賊行為を辞めさせることができると安堵のため息をついた。
「ありがとうございます。それならば喜んで協力いたします」
話を聞いていたフルドは、またショーンが勝手に皇帝の名を使って相手を丸め込んでいると頭を押さえた。
(ショーン様……)
恐らく後日レオが皇帝の座を奪還したら恩赦を実行させるつもりだと、訊かなくても分かる。
そうこうしている間に、相手の船は大分近付いたらしく、ショーンは海族の乗組員にもう一度釘をさした。
「いいですか? 私たちは『ヴァイキングという異国の海族で、海賊が手に入れた珍しい物を買う目的で来ている』という設定です。実際に、上層部に提出するために買いますので」
「なるほど。分かりました」
聞いた乗組員は何の疑いもせずに信じて、“設定”を皆にも知らせる。
後は、向こうの海賊と交渉本番が待っているだけであり。
ショーンはまだ気分が悪い自分の状態に、早く酔い止めが効くように祈った。
そして……ついに、海賊船が横付け状態になり、向こうの船にこちらが乗らなくてはなくなる。
“ヴァイキング”一行と、海族の一人が代表で向かう。その人物は海賊の船長と知り合いなのだという。
向こうには、事前に人伝で交渉の話が行っていたようで、警戒しながらも攻撃してくる様子は無い。
船酔いヴァイキングが果たして怪しまれずに交渉を成立させられるか。ショーンは若干緊張しつつ出向く覚悟を決めた。
その時――
「オヤジ。行くのか?」
船室の奥からレオが出てきた。
足はフラフラとしていたが、なんとか少し回復したらしい。
心配そうに付き添う玲菜と、朱音と白雷。フルドも急いで駆け寄った。
「大丈夫ですか!? 陛下」
小さな声で言ったが、乗組員は皆甲板に出ていたので周りに海族は居ない。
「大丈夫だよ。海族に貰った薬飲んだら、平気になってきた」
未だにどことなく気分が悪そうだが、一先ず寝込むほどではないようだ。
ショーンは彼の名を呼ぶ。
「レオ!」
「ここでは、ジョンだろ?」
そうだった。
「ああ、うん」
周りを見るショーン。
不安もあるがやはり、全員で行くか。
玲菜を残していくことも考えたが、それはそれで心配が残る。
レオは問う。
「なんだっけ? ヴァイキング?」
「そうだ」
頷いたショーンは皆に言い放った。
「俺たちは西方諸国のヴァイキングであって、海賊ではない。海を越えて遠征する者。いざ、祖国へ珍しい物を持ち帰るために交渉しに行くぞ」
「おお」とか「はい」とか、返事をする皆に注意もする。
「返事は『ヨー・ホー』だ」
皆は首を傾げたが玲菜だけは「やだ」と断って父につっこんだ。
「っていうか海賊じゃん」
ともあれ、ヴァイキング御一行は海賊船に乗って交渉するために甲板へ出て行った。