創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第三十二話:前々世界の遺物]

 

 古より、砂の大地の下には黄金が埋まっていると伝わってきた。黄金というのはたとえであり、相当の宝が実際に存在する。資源であったり遺跡であったり。

 研究をするとどうやら旧世界の物だと判明するが、前世界の他に前々世界の物が時に発掘される場合がある。太古の遺物が、まるで封印を解かれたように姿を現す。

 研究者たちは旧世界の区別をつけるために前世界を『人間の世界』、前々世界を『精霊の世界』と呼んできた。

 

 元々ショーンは、その精霊の世界に興味を持っていた。前世界の方には偶然時空移動したので詳しくなったが、そもそも時空移動の“装置”が精霊の世界の遺物であって。賢者になってからも前々世界については特に調べていた。

 

 

 只今乗船中の海賊船に有ったお宝を念入りに見定めていると、精霊の世界の物と思われる宝を発見。――本物ならば、喉から手が出るほど欲しい代物であった。

 

 それは、片手に隠れてしまうほどの小瓶に入った青い液体。最初は旧世界の物だとは思わずにただなんとなく気になっただけだったが、宝に詳しい海賊の一人にその名を聞いて耳を疑った。

 彼はこう言った。

 

「これはなぁ、『蒼人魚の血』ってヤツだぜ。考古研究者がいっぱい乗ってた船を襲った時に手に入れたんだが、連中が言うには“不老不死”の薬だって言うんだ」

 

 不老不死の薬は前世界の伝説にも多々出てくる。実際は迷信だらけであったのだが、中には精霊の世界の物を示していると予想できる物もあり。

 但し海賊は真面目な顔で見るショーンを馬鹿にするように付け足した。

「びっくりするだろ? 本物ならこの世の賜物ってもんだ。だから試しに仲間が一滴舐めてみたんだけどよ、そいつは数時間後に死んだんだ。つまり偽物の毒だったってわけさ」

「毒……」

 彼曰く、嘘をついた考古研究者は殺してやったのだという。

 ショーンは残酷な結末に頭を押さえたが、どうして捨てずにまだここに有るのか問う。

 するとありがちな答えが返ってきた。

「偽物だったけど、見た目はなんかそれっぽいだろ? だから貴族か何かに売ってやるのさ。そいつが不老不死の薬だと信じて飲んで死んでも、こっちには関係無いしな」

 なんともはや、非人道的な考えだったが。

(偽物……? ホントに偽物か?)

 ショーンにはむしろ妙な予感が頭をよぎる。自分の研究では、確かに本物も毒作用があり、特殊な死に方をする。

「その、死んだ奴はどうやって死んだ? 血を吐かなかったか?」

「そりゃ、吐いたさ。猛毒だったんだろうよ。奴の血液は紫色に変色していたさ。恐ろしいよ」

 思い出して気持ち悪そうに話す海賊よりもショーンは体が震えた。

 恐ろしくて。

(紫色の血? まさか……本物?)

 もしかすると、本当に本物であって、こんな所で偶然に見つかる代物ではないから。

 漠然と運命的な何かを感じる。

 

 ――そう、昔、初めてアヌーの結晶石を見た時のような。

 三十年以上も前の記憶。

(なんで今更、あの時の……)

 

 近くに居た朱音はショーンの心配をする。

「大丈夫ですか? ジョージ様」

 一方、海賊はショーンを馬鹿にして笑い始めた。

「おい、おっさん! 怖くて震えてんのか? 年寄りなのにだらしねーな」

「何を……!」

 朱音は反論しようとしたが、当人は頷く。

「そうだな。猛毒は怖い。ただ、これを買いたい」

「ああ?」

「こんな液体、不老不死の薬だと言っても貴族は信じないだろう。けれど、俺には騙す自信があるから」

 言われて確かに、普通は信じないだろうと思った海賊は、可能性の低い詐欺をするよりも今ここで売ってしまった方が良いかと考えた。

「それもそうだな」

 幸い、大金を払ってくれるそうなので。

「お前らに売った方がいいか」

 宝に詳しい海賊は、船長に確認もせずにあっさりと『蒼人魚の血』を売ってくれた。

 

 用意していた金を払い、受け取ったショーンは厳重に保管してくれと白雷に頼む。

 そしてまた別の物を探して宝を見始めた。

 今度は考古研究者の船から奪った物を重点的に見せてもらう。

 

 

 一方、狭い調理室に少ない材料でなんとか菓子を作っていた玲菜は、ようやくあとは焼くだけになり、船の料理人に任せて調理室を出ていく。料理人と言っても、単に船員の中で料理を作れるというだけの人だったらしく、菓子の作り方など知るはずもないので、海賊たちは船の上で菓子を食べたことがなかったらしい。玲菜の教えたミリア仕込みの甘い菓子は船員全員の興味をそそった。

 

 出てきた玲菜は海賊たちに囲まれて「いつできるのか」や「どんな菓子なのか」を次々に訊かれる。一緒に居たフルドが慌てて玲菜を守る中、海賊たちを退かしながらレオが彼女の前までやってきて、ギロリと周りの連中を睨みつつ甲板までエスコートした。

 しかし菓子に興味があったのは本人も同じく。興味津々に訊ねてきた。

「ところで、いつできるんだ? どんな菓子か?」

 訊いていることは海賊たちと全く同じ。

 笑いながら玲菜は答えた。

「えっとね。一時間くらいで焼けるかな。この前レオにあげたのと同じクッキーもどきだよ」

「もどき?」

「材料がちゃんと無かったから。でも似た感じにできたと思う。船の調理台はちょっと慣れなくてね、でもまぁまぁうまくできたよ!」

「へぇ。楽しみだな」

 海賊たちのために作ったのに、当たり前のように自分まで食べる気か。

 玲菜は呆れつつレオらしいと思った。

「レオ、食べてたら夕方になっちゃうよ。それに、レオが食べたら足りなくなっちゃう」

「いいんだよ。もし無くなったら連中には食わせなきゃいいだろ」

 安定の自己中心的な考え方に玲菜は一応つっこんだ。

「海賊の人たちのために作ったんだけど。もう、食べてもいいけど、ちゃんと残してあげてね」

「へいへい」

 絶対に残す気は無い返事だったが、まぁいいかと玲菜は父を捜す。宝の並べられた場所を発見してその方へ向かった。

 

「ショーン! いいの見つかった?」

「ああ、玲菜か」

 ショーンは先ほど手に入れた『蒼人魚の血』のことは言わずに、別の興味深い物を見つけて調べていた。

「これな」

 そこにあったのは『香《こう》』らしき物。

「割と強力なお香っぽくて。俺の予想だと……」

 海賊には聞こえぬように玲菜に耳打ちした。

「多分、相手をトリップさせる」

「トリップ?」

「麻薬みたいな」

「麻薬!?

「一種の幻覚作用」

 麻薬や幻覚といった危険な響きに玲菜は声を上げて驚いてしまった。

「えええ!? それって薬物!? 買っちゃ駄目だよ!」

「そうじゃなくて!」

 ショーンは娘を注意する。

「朱音さんたちが教えてくれたんだ」

 続きを当人の朱音が話した。

「私たち忍びが幻術を作り出す時に使用する香と同じ物だと思います」

 もちろん小声で。

「これを大量に使えば敵軍を惑わすには最適かと。ショーン様の作戦の一つですが」

 コソコソと言い訳のようにショーンが言う。

「使える場所は限られるが、敵が幻に引っかかればむやみに戦わなくて済む。中々手に入らない物だけど、まさか海賊が持っているとは思わなかった」

 しかも彼らはどんな物なのかは分かっていない様子なのだという。

 

 さっそくショーンはここにあるすべての香を買い取ろうと海賊に交渉をし始めた。

 恐らくそれを買い終わったら収穫を得たと満足すると思われる。

 そして玲菜のクッキーを食べた後に戻るのだろうと予想をしたところで……

 玲菜はふと、並べられている宝のアクセサリーの中に見覚えのある石を発見して二度見した。

(え? あれ?)

 一瞬それは、『結晶石』に見えたから。

 青い真珠のようなアヌーの結晶石。時空の渦へ行くのに必要なその石は、自分のも父のももう無くなった……というか、力を失って普通の石になってしまったはず。

(なんでここに?)

 あまりにドキリとして鼓動を早くしながら近付いてよく見ると、青ではなく透明だった。

(あれ? ちょっと違う? っていうか、ただのガラス玉か何か?)

 

 その時――

 

「怪物だぁ〜〜〜〜!!

 見張りをしていた檣楼員の叫び声が聞こえた。

「黒い怪物だーーーーーーーー!!

 

「え? 怪物?」

 

 一体何が現れたのか!?

 

 船員たちがザワザワと海原を見回して、檣楼員の指す方向を見る。玲菜たちも若干怯えながらその方を見ると……

 

 黒くて大きな尾ひれが水中から出て水面に打ち付ける。水しぶきを上げて巨大な黒い物体が海の中を泳いでいるのが見えた。

 一瞬、本当に怪物か何かかと思ってしまったが、その物体が水面から上がって高く白い潮を噴くのを見たら正体が分かった玲菜は叫んだ。

「クジラだ!! 野生のクジラ!!

 

 正体が分かったといっても、でかすぎて逆に信じられない。およそ十五メートルはありそうに見える。

「あれ? ホントにクジラ? クジラだよね?」

 やがてそのクジラはまた海に潜って船に近付いてきた。

 船員たちが「怪物が来た」と驚いて慌て出しているとショーンが確認するために手すりから覗き込む。

「ん? クジラ?」

 

 その瞬間、クジラは船体にぶつかり――大きな揺れが船を襲った。

 皆が「うわぁ〜」と叫んで倒れる中、なんと、覗き込んだショーンの手すりが衝撃で折れてしまい、激しい揺れを伴って父が海に落とされてしまった。

「ショーン!!

 レオに支えられながらもその場面が見えた玲菜は叫び声を上げる。

 

 クジラは去っていったが、檣楼員も同じ光景を見て「誰かが落ちたぞ!」と皆に知らせる。

 幸い、船は帆をたたんでいたのでほとんど動いておらず、すぐに助けの小舟が出されようとしたがそれよりも落ちた者が自力で泳いで浮かんでこない。

 それもそのはず。

 玲菜は青ざめて泣き叫んだ。

「お父さん泳げないの!!

 本人はそのまま海に飛び込みそうな勢い。

 

 初めて真相を知ったレオは彼女をフルドに任せて迷わず海に飛び込んだ。

「陛下!!

 偽名を使う余裕無く主を心配したフルドまで叫ぶと、続いて飛び込んだのは朱音。

 

 危うく白雷まで飛び込みそうになったが、レオと朱音の二人がかりで見事ショーンを水中から救出。すぐ後に助け用の小舟が下ろされて三人は無事、船に引き上げられた。

 

 その後、気を失っていたショーンには蘇生術という名の人工呼吸が、水に濡れた美女の朱音……ではなく、白雷によって施されたが、息を吹き返した本人には知らされぬまま休まされた。

 

 

 ショーンが起きるまで玲菜は泣きながら横で看病して、レオも心配及び彼女を支えるために一緒に看る。

 楽しみにしていたクッキーは残念ながら薄情な海賊たちによって全部食べられた後、ようやくショーンは意識を取り戻してその頃には夕方になっていた。

 

 

 *

 

 一方。夕刻になる少し前。

 

 肩までの長さの金色の髪を後ろで結んだ緑の瞳の男が、とある料理店で食事をしながら料理長に話を聞いていた。

 金髪の男は身なりを整えた貴族のような格好をしていて、服装のおかげで男性だと判別するくらい綺麗な顔をしている。年齢は二十代くらいか。男も女も見惚れてしまうような容貌で、知的な雰囲気。

 店自慢の海老料理を出した料理長が男の正体を聞いて「なるほど」と納得した。

「やはり! そうでしたか。政府の保安機関の方なんですね!」

 料理長はつまり、先日玲菜たちが行った海老料理店の男で、海族出身の人物。ショーンが自分らを政府の保安機関だと説明していたので、ここに居る金髪美形の男も仲間だと思い先日の話をする。

「ちょうどつい最近、政府の保安機関の他の方々もうちの店に来まして、海老料理を召し上がっていただいたんです」

「最近?」

「ええ。年配の渋いヒゲの方と顔に傷のある男前の方、それに……可愛らしい女性の方も居ましたね。五人くらいだったかな? カルロス様と、従者の人と一緒に居ました」

「カルロス? カルロスってアスールス伯爵のことですか?」

 金髪美形の男は、嬉しそうに話す料理長が「はい」と返事をすると一人で何やら考えながらブツブツと喋る。

「年配の渋いヒゲ……男前……アスールス伯……アスールス伯といえば、アイツの……」

 料理長は役立とうとしたのかペラペラと町の事情を話した。

「この町も、カルロス様のおかげでこんなに豊かになりましたが、港周辺はまだ物騒でありまして。保安機関の方に来ていただいて安心しました」

 だが、金髪美形の男は頷きもせずに、逆に何かに勘付いたように質問する。

「その、渋い年配のヒゲ男性と、顔に傷のある男前の人の特徴を教えていただけませんか?」

「え? えーと、年配の方は茶色い髪の五十歳くらいの人で、左目の近くに傷がありました。顎と口にヒゲがあって、渋い感じの方でしたね。もう一人の顔に傷のある方は二十代くらいです。黒髪で、青い瞳……誰かに似ていると思ったんですけど」

 料理長は思い出したように手を打った。

「そうだ! シリウスっぽい雰囲気がありました!」

「シリウス!? アルバート皇帝陛下に似ていたということですか?」

 金髪美形男に身を乗り出されて首を傾げる料理長。

「え? いや、私は皇帝陛下の顔を見たことがないので分からないですが。陛下もシリウスの生まれ変わりのようだと聞きますし、でしたらもしかすると似ているかもしれないですね」

 

「……これはひょっとすると……二年かかってようやく見つかったかもしれないですねぇ」

 静かに怪しく笑い出す金髪美形男に、料理長は不審さを感じた。

「お、お客様?」

「情報提供ありがとうございます、料理長。この町に潜んでいる犯罪者集団は早めに捕えますので」

 確信染みた眼をして何かを企むようにほくそ笑む男に不安を覚えながら、料理長は町の治安が良くなればと彼に頼んだ。

「お願いします!」

 この後、何が起こるかは分からずに。

 

 

 *

 

 その頃、夕刻になってしまってショーンは慌てたが、実は海賊船がわざわざ港近くまで来ていたことに感謝をしながら、一緒に移動していた海族の船に戻ろうと皆を呼ぶ。

 海賊に金を払い、買った物を海族たちが船に運ぶ中、海賊の船長に呼ばれて改めて挨拶をした。

 すると船長は何やら不敵な笑みを浮かべて忠告をしてきた。

「お前たち、気を付けろよ。おれらはもう、すぐにここから離れる。お前たちも早く西方の国へ帰れよ」

「どういうことだ?」

「どうも怪しい船がウロウロしているからな。ナトラ・テミス近海でも見たことあるんだが……嫌な予感しかしねぇ」

「ナトラ・テミスの船?」

 てっきりスパイか何かだと思ったが違うらしい。

「いや、帝国の船さ」

 船長はそう言って次にポールにも促した。

「ポールも旧友として忠告すると、海族もしばらく海に出てろ。巻き添えを食うぞ」

 海族のポールは船長に訊ねる。

「巻き添えってなんだ? ピーター」

「いや……長年の勘だよ」

 それ以上答えずに、船長・ピーターは会話を打ち切った。

 

 ショーンたちは気になりつつ海族の船に戻って港へ向かう。暗くなる前に荷物と共にアスールス邸へ戻れたらいいと考えていた。そして、今度こそ目的を遂げたので、一日ほど休んだら本拠地へ戻らねばとも考えていた。

 だが、その予定は早く繰り上げられることになる。

 

 

 そのことは後程として。

 海族の船の乗務員室で座って休む玲菜に、一人の海族が近付いてきて話しかけてきた。

「あんた、レイナさん?」

「は、はい?」

 返事をすると、透明の真珠のような小さな球体を見せてくる。それが、先ほど海賊船の宝の中で気になっていた物だと気付いた玲菜は立ち上がる。

「あ! それは!」

「これな、あんたじっと欲しそうに見てたんだろう? さっき向こうの海賊の一人がさ、恥ずかしそうに渡してきて、あんたにあげてくれってさ」

「え?」

「菓子のお礼だって言ってた」

「そうなんですか?」

 受け取りつつ、なぜ本人が直接渡してくれなかったのだろうと思う玲菜に、コソッと教えてくる海族の男。

「なんかな、あんたに贈り物をしたらあんたの男に殺されそうだから、オレを仲介役に頼んできたみたいだぞ」

「殺されるって……」

 言わずとも、玲菜の男というのは恐らくレオのことであり。レオは只今睡眠中である。

「じゃあな! 確かに渡したからな」

 海族の男は近くで寝ているレオの様子を見てから去っていく。

「あ、ありがとうございます」

 礼を言った玲菜も一度レオの方を見て。まさかこのくらいでは怒らないはずだが念の為に貰った透明の石をポケットにしまった。

 なんとなく、結晶石に似ていると思いながら。

 

 

 やがて――日が沈みながら町が段々と暗くなっていっている頃に海族の船は港の船着場にたどり着いた。

 

 

 桟橋に降りた一行は海族に礼をしてアスールス邸に戻ることにする。馬車や荷馬車を呼んで自分たちと荷物を運んで領主の豪邸へ向かった。

 皆は疲れ切っていたので眠ってしまい……

 

 屋敷に着いた時にはすっかり暗くなっていた。

 これはもう、夕食もとらずにそのまま部屋で寝てしまう流れのような気もしたが。

 

 到着したショーンの許へ、顔を青くしたタヤマが慌ただしく駆け寄ってきた。

「ショーン様、皆様、ご無事でしたか?」

 心配していたにしては様子がおかしい。

 しかも、一緒に残っていたカルロスやイヴァンは特に変な感じはしない。タヤマのみが焦っていて、そわそわしている。

 どうやらショーンに相談したいことがあったらしく。

 皆は休ませて、ショーンは眠い目をこすりつつ彼の話を聞くことにした。

 不審を感じたのは朱音も同じく。白雷と共に同行する。

 見張りは屋敷の護衛に任せて四人で一角の部屋に集まった。

 

 

 タヤマは深刻な表情で訳を話した。

「一大事でございます」

 

「え?」

 

 彼は若干声を震わせながら告げる。

「兄と思われる人物から手紙が届けられました」

「は?」

 唐突な内容に首を傾げるショーン。タヤマはゆっくりと説明を始めた。

「実は、私には兄が一人おりまして。とにかく勘が鋭い最高に嫌な奴なんですが」

 彼の瞳は眼鏡でよく見えないのだが、不快な表情をしているのは確か。同時に怯えている様子も。

「どうやら、今この町に来ているようです。手紙は郵便を介してではなく直接届けられたようですので」

 その、嫌いな兄から手紙が届いたことが一体何に繋がるのか。ショーンたちが疑問に思っていると答えるように話を続ける。

「手紙には、『早くこの町を出た方がいい』と書いてありました」

 恐る恐る手紙の内容を思い出す。

 

「そして『反乱軍の仲間ならば』と付け足してあったのです」

 

「え!?

 眉をひそめるショーンたちの反応に慌て出すタヤマ。

「私は決して教えてはいません! けれど、先ほども申しましたように奴は恐ろしく勘が鋭い男。多分、カルロス様がショーン様たちの仲間になったことに、どこからかの情報で気付いたのでしょう。それだけではなく、もしかすると反乱軍がこの町に居ることも」

 反乱軍というのはつまり奪還軍のことであり、自分たちのこと。

「この町を出た方がいい?」

 一体何の忠告なのか。ふと、帰り際に聞いた海賊の船長の忠告も思い出しているショーンに、タヤマは重い口調で打ち明ける。

 

「兄は――名を、シガといいますが。奴は、前の戦でナトラ・テミスの軍師だった男です」

 

 

「ああ!」

 一瞬止まって、ショーンは反応した。

「相手側の厄介な軍師!」

 名前も知らないし、もちろん見たこともないが、敵国だったナトラ・テミスに相当有能は軍師が居たことは予想していて。しかも、恐らくそいつは今……

 

「そして今は、アマテラス帝国の皇帝に雇われている、と」

 

 タヤマの言葉を聴いていた朱音と白雷はハッとした。

 ショーンは急に顔つきが変わってニヤッと笑う。

「二年前に、俺たちを陥れた襲撃を考えた奴か」

 目は全く笑っていない。

 

 むしろ、ショーンたちを陥れた襲撃を考えたと聞いて青ざめたのはタヤマだ。

「ま、まさかそれはレオ様が即位する時の襲撃事件のことですか?」

 事件は国中が知っている。真相を知っているのはごく僅かだが、最近タヤマも真相を知った一人だ。

 陰謀の黒幕にウォルトの存在があるのだが、その作戦を考えた策士が居ただろうとショーンは思っていた。そしてそれは前戦でのナトラ・テミスの軍師と同一人物であろう、と。

 今、皇帝に雇われているのなら確信に変わる。

「そうだ」

 まさか、それがタヤマの兄だったとは。

 今まで“そういう軍師的人物が居るのではないか”と予想していただけだったが、現実に存在していた。

「君と君の兄は一体……?」

 

「私たちは帝国の人間ではありません」

 タヤマは俯きながら告げる。

「ナトラ・テミスの隣の小国『クラウ公国』の人間であり、アマテラス帝国との戦の際にはナトラ・テミス側についていました――」

 

 彼の家はいわゆる没落貴族家であったらしいが、兄は出世したいがためにナトラ・テミス軍の参謀に協力したのだという。そして才を買われて軍師になったとのこと。

 一方タヤマは苦痛だった家を出て帝国に渡り、町を転々としていた際にカルロスと出会って小間使いとして雇われたのだという。

 カルロスはタヤマの出生の秘密を知らないのに信用して雇ってくれているらしく、彼はカルロスに感謝している。

 

「私は故郷を捨てて帝国の人間として暮らすようになったのですが、兄はそうではありません。どこの国にも属すつもりはなく、自分の才覚が発揮できれば良いようです。そういう冷たい人間だから、残酷な作戦を平気で立てます」

 確かに、人を捨て駒にするような作戦が今までにあった。ある意味度肝を抜かれたくらいだ。

 タヤマはショーンの方を見る。

「戦略は凄いですが、犠牲をなるべく少なくしようとするショーン様とはそこが違います」

「いや、買い被ってもらっては困るよ」

 ショーンは頭を掻き、納得する。

「そうか。敵側にはすげー軍師が居るなぁと思ったけど、タヤマ君の兄であったか。で、今はこの町に居て『町を出るよう』手紙を届けてきたってことか」

 それに、タヤマが反乱軍の仲間だとバレているような文面も。

「つまり俺たちがここに居ることがバレたって考えるのが妥当だな。偽皇帝の軍師に」

 当然領主のカルロスが裏切り者だとバレたわけであり。

「やべぇな。俺たちもカルロスも逃げねぇと」

 このままだと自分たちもカルロスも反逆罪として捕まってしまう。

「しかし妙ですね」

 話を聞いていた白雷が口を挿んだ。

「なぜわざわざ手紙を? 知らせなければ我々を逮捕できたのに。タヤマさんが弟だから逃がすようにでしょうか」

「違います!!

 タヤマは思いきり首を振った。

「アイツは私が弟だから逃がすなんて甘いことはしません! きっと何か裏が……」

「手紙には『町を出ろ』と書いてあるんだろ?」

 裏を読んだショーンは言い難そうに話す。

「予想だがな、きっと皇帝の軍が町を包囲するんだろうよ。裏切り者領主の町として」

「えええ!?

 タヤマは頭を抱えて、朱音と白雷も顔を見合わせた。

「そんなこと! カルロス様が!!

「そうだよ。カルロスが苦しむ。俺たちも捕まるし。だから奴は……タヤマ君の兄に“奴”なんて言って悪いが。奴は、俺たちに町を見捨てて逃げる選択肢を与えてきやがった。しかも現状そうするしかねぇ」

 ショーンの言葉にタヤマは慌てふためいた。

「駄目です! 町を見捨てて逃げるなんて!」

「でもそうしないと俺たちやカルロスが捕まるんだ。辛いけど我慢してくれ」

 無念そうに告げるショーンと選択の余地は無いと肩を落とすタヤマ。

 白雷が悔しそうに呟いた。

「非道だな」

 朱音も眼をつむり、申し訳なさそうに言う。

「すみません、タヤマ様。私は陛下の命が第一ですので、早めの脱出を願います」

 タヤマは肩を震わせて承諾した。

「分かりました。すぐに出ましょう。ただ、若様には町のことを悟られないようにお願いします。包囲されたらいずれバレますが、今バレるとテコでも動かなくなりそうなので」

 ショーンは「分かった」とタヤマの肩を叩き、朱音と白雷の方を向く。

「二年間バレずにやってきたが、もう限界だったな。多分、町を出ると追手が来ると思うんだ。普通の追手と、追跡してこようと隠れて付いてくる奴らが。サン・ラーデ市はきっと抑えられる。せめて本拠地だけはバレたくない。大変だけど頼めるかな?」

 朱音は頷いた。

「分かっております、ショーン様。追跡隊は私にお任せください。途中までは追われてしまいますが、今から部下に黒竜への連絡に発たせて、応援を頼みます。本拠地に着く前にすべて片付けます」

 その間、相手側の情報も探ると、付け足した。

 そして白雷も自分の役割は分かっていると頷く。

「自分は護衛に回ります。追手は確実に仕留めましょう」

 

 頼もしいと、いつもながらショーンは彼らに感謝した。

 落ち込んでいるタヤマにはきっぱりと宣言する。

「大丈夫だよ。絶対に取り返してやるから。帰ったらすぐに戦を仕掛ける。それも相手の罠なんだろうけど、罠も打ち負かしてやるから」

「ショーン様……」

 

 

 

 その夜の内に、理由も話されないままレオたちは叩き起こされて一行は町を後にした。

 計算していた通りに追手が来たが、白雷とその部下が追手を皆返り討ちにする。

 途中ヒヤヒヤする場面もあったが、なんとか振り切って遠く離れた。

 

 

 アスールス港町が自国の軍によって包囲されたのは数日後。

 籠城することもなく降伏した町人は、今まで信用していた領主に裏切られたことを知って泣き崩れたという――。

 自由で豊かな休暇地であったこの町は現シリウス軍の管理下に置かれる。


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