創作した小説が世界の神話になっていた頃
[第二部・第三十三話:帰還前の作戦会議]
「なぜ黙っていた!! タヤマ!!」
逃げるようにアスールス邸を後にして、数日後に港町がシリウス軍に包囲及び管理下に堕ちてから。その報せが領主であるカルロスの耳に届いたのは更に数日後。
本拠地の緑龍城に到着する予定の前日の夜であった。
ショーンが夕食後に、自分の部屋に皆を集めて伝えると、聞いていたカルロスは怒りで打ち震えた。
――自領民を見捨てて逃げたという事実を知って。
しかも、そもそも包囲された理由が、自分が反乱組織の仲間だとバレた(正確には疑いがかけられた)からであり。自分のせいで町民が……と思うと、悔しさと自身への怒りがこみ上げる。
知っていて自分に伝えなかった従者に、つい殴りかかりそうになった。
知っていたら絶対に逃げなかったのに。
従者が、自分《カルロス》が捕まらないように黙っていたことは分かるのだが。「余計なことを」と思ってしまう。
ショーンに押さえられたが心は抑えられずに興奮したまま従者を責める。
「港町の人々は! 俺のせいで不便な生活を強いられるんだぞ!! 俺が出頭すれば解放されるんだろうが! 見捨てて逃げるなんて恥だ! 彼らを裏切ったことになる!!」
「カルロス殿」
カルロスを押さえながらショーンは言う。
「タヤマ君は、もちろん反対したんだよ。でも、俺が見捨てろと言った。自分たちが捕まりたくないから。彼を責めるのはお門違いだ。恨むなら俺を恨めよ」
カルロスが町民と信頼を築いていたのは知っていた。
「すまなかった。貴殿の苦しみは察する。他に選択肢が無かったってのは言い訳にしかならない。他の選択肢を用意できなかったのは俺の力不足だ」
何も言い返せないカルロスに、レオが冷たく言い放つ。
「お前一人が捕まるのも駄目だぞ。お前は自己犠牲のつもりでも、絶対に俺たちに影響が出る。出頭するな! これは命令だ」
力を無くしたカルロスの腕を放すショーン。
タヤマは酷く落ち込んでいたし、イヴァンや玲菜も俯いた。
心を少しでも落ち着かせるために茶を淹れて皆に配るフルド。
立ち上がっていたカルロスは「取り乱してすみません」と座り、一息ついたところでショーンが皆に発表した。
「なんとなく予想つくと思うけど、事態がこうなった以上は出陣を早める」
その言葉でドキリとする玲菜。
嫌な緊張が走り、胃の辺りが痛くなる。
(出陣……)
心臓がバクバクと変な風に鼓動を打ち、気分が悪くなりそうになる。
「明日には緑龍城に着くから。でも、向こうにはもう、朱音さんが伝えに行っている。バシルが恐らく準備を始めているだろう。それと、運搬の方には手を回してあって、買った武器とかもすでに届いているはずなんだ」
ショーンの手回しの良さに驚いたイヴァンは思わず呟く。
「すげぇ。おじさん」
「但し、すぐに出立できるわけじゃないからな。物資が届いても、組み立てる時間も必要だし。扱いが難しいから訓練も」
その言葉に、緊張していた一同は少し息をつく。イヴァンはホッとして口を挿んだ。
「なんだ〜。てっきり、緑龍城に帰った途端に出るのかと思ったよ〜。そんな早くないよね」
「いや、出るぞ」
まさかの返しに焦るイヴァン。
「え!?」
「全軍じゃねぇけど。一隊だけ」
「えぇ!?」
イヴァンだけでなく皆も驚き、恐る恐るイヴァンが訊ねた。
「一隊ってどこの?」
「俺とあと、忍《しの》びの小隊が」
ショーンの言葉に皆が顔を見合わすと、ちょうどその時にノックが聞こえた。
入ってきたのは忍び部隊の隊長である黒竜。義足を感じさせない普通の歩き方で入ってきて、まずレオに挨拶をして報告をしてきた。
「朱音から伝言を預かりました。追手はすべて片付け終わり、情報収集の続きを私が引き継ぎます。朱音は陛下の護衛に戻ります」
「ああ」
レオが返事をするとショーンが礼を言う。
「助かった。ありがとう」
すると、申し訳なさそうに告げてきた。
「しかし、途中までは知られてしまったと思われます。報告に向かう追手も始末しましたが、恐らくどこかで情報が伝わるはず。その後に緑龍城が割り出されるのは時間の問題でしょう」
「分かってる。その前に攻撃を仕掛けるから平気だ。バシルには今まで以上に警戒してもらって。先手は絶対にこっちが打つから」
「ですが!」
黒竜とショーンの会話に口を挿んだのはタヤマだった。
「兄……いや、向こうの軍師は、こっちが先手を打とうとしているのは承知だと思います。迎え撃つ準備をしているかと」
「だろうなぁ」
平然とショーンは返す。
「アスールス港町を包囲した時点で、その計画があって、こっちが攻撃を仕掛けるのは読んでいるだろう。ある意味、罠に飛び込むようなものではある」
平然と言う内容ではなくてその場に居た全員が焦り出した。
「罠に飛び込む?」
体を震わせながら玲菜は発言した。
「そんなの駄目だよ! 相手の罠にみすみす掛かりに行くなんて。出陣なんてしない方が……」
「違うんだよ、玲菜。だから言ったろ? 先に一隊だけ出るって」
それは一体どういうことなのか。
その一隊は何をするつもりなのか。
答えは次の言葉にあった。
「まずは、天才技師マリーノエラをこちらの仲間にする」
「マリーノエラさん!?」
玲菜が反応すると、同時に黒竜がショーンに報告してきた。
「マリーノエラ殿のことは確かめてきました」
以前、ショーンが黒竜に頼んだ事は彼女の居場所について調べることだった。
「やはり、ショーン様の睨んだ通りであります。マリーノエラ殿はフェリクス殿の申し入れで鳳凰城塞に居る、と」
聞いたショーンは頭を押さえる。
「やっぱイケメンの頼みは引き受けたか。ブレないオバ……賢者だな」
鳳凰城塞に居る可能性で忍びの隊と自分が行くという作戦を立てていたが、彼女をよりスムーズにこちら側へ付かせるにはどうしたら良いか考えると、ふとレオと目が合って一つの作戦を思いついた。
「イケメンに弱い……か」
しかし、危険な潜入作戦をリーダー自らにやらせるのは少々まずいか。ただでさえすぐに本隊も出陣させるのに。
「う〜〜〜〜ん」
ショーンは考え込んで頭を掻き、一先ずこの場では決定を下さないことにした。緊急会議はここで終わりにして、残りの移動の時間で練ろう、と。あと一日しか無いが。
とりあえず『解散』という形にして皆には自部屋に戻ってもらう。
一方、皆が席を立ちあがる中、鳳凰城塞と聞いた玲菜は砂上の砦を懐かしく思い出していた。
旧大聖堂では家政婦の仕事をして、大変ではあったがそれなりに楽しかった。
(マリーノエラさん、あそこに居るの?)
天才技師のことも懐かしく思い出す。
自分にとっては約一ヶ月半しか経っていないが、彼女は二年経って……
(変わってなさそう)
それにしても、と考える。
(鳳凰城塞に居るってなんで?)
深く考えずとも答えは浮かぶ。
(あ! 鳳凰城塞って、フェリクスさんも居て?)
先ほどの黒竜の報告にもフェリクスの名があった。
きっとフェリクスの軍もあると予想すると、今度の出陣がどこに向かうのか――
(鳳凰城塞!!)
気付いて玲菜は青ざめた。
(これから、鳳凰城塞を攻めるの?)
その前に、マリーノエラを仲間にしに行く、と。
ああ、そうだ。
思い入れのある要塞城は、今や敵地。かつて本拠地のような場所だったのに。いや、戦においては確かにそうだったはず。
恐ろしいことに気付く。
(ちょっと待って? 鳳凰城塞攻めたら、家政婦の女性たちはどうなるの?)
アヤメやミリアはこちら側といえども、あそこにはかつての自分の仕事仲間たちが居る。
(駄目。絶対駄目)
玲菜は放心しながら、自部屋に戻ろうとしているレオに近付いた。
「レオ……」
鳳凰城塞を攻めるのか。それはやめてほしいと言おうとしたが、とてもじゃないが言えない。
そんな個人的な意見はただのわがままであって、レオたちにとっても思い入れのある砦であるだろうが攻める覚悟を決めてしまっている。
「なんだ?」
いや、そもそも戦の作戦は父が決めているはず。
(お父さんが、鳳凰城塞を攻めよう、と?)
何も言わずに呆然としている玲菜に首を傾げるレオ。
「なんだよ。どうしたんだ?」
心配して顔を覗き込むと彼女は涙をこぼした。
どうしたらいいのか分からなくて。
鳳凰城塞を攻めてほしくない。だからといってこのままでは自分たちが危ない。
フェリクスとも戦ってほしくない。
――戦争を、してほしくない。
「レオ……行かないで」
これが、自分勝手な一番の想いでもある。
「ちょっ……」
皆が居る前で急に彼女に泣かれて戸惑うレオ。
「ちょっ待て」
戸惑いながらも、こんな所で泣かれるのは困るので手を引っ張る。
「とりあえず来い。なんで泣いてんのか、話聞くから」
ショーンの目も気になったので、急いで廊下に出て歩いた。
そして、自分の部屋はフルドも居るので入らなく、玲菜の部屋に入ってドアを閉める。
彼女を椅子に座らせて自分も座り、改めて話を聞いた。
「なんだよ、玲菜。急に」
玲菜は首を振って謝る。
「ごめん」
「ごめんじゃなくて。行かないでってなんだ? ……戦に?」
戦の話をしていてそう言ったのでレオでも察するか。
玲菜はこくりと頷いた。
「ごめん。言われても困るよね。無理なのは分かっているから」
彼は立ち上がり玲菜の前へ行き、目線を合わせてしゃがむと頭を撫でてくる。
「玲菜……」
彼女の名前を呼んで優しく包み込んできた。
その腕が優しすぎて、玲菜は思わず訊ねる。
「鳳凰城塞?」
「え?」
「出陣って、鳳凰城塞に? フェリクスさんと戦うの?」
「あー、お前知らなかったか」
レオは答える。
「そうだ。俺たちがまず陥落させるのは鳳凰城塞だ。サイ城を攻めるのにあそこは拠点になるし、オヤジの言う旧世界の兵器とやらも有る可能性があるから、必然的にそうなる」
この後の話は気まずそうに。
「もし、フェリクスの軍が戦場に現れたらそりゃ、あいつと一戦交える可能性もある」
言い難そうに続けた。
「というか、可能性は高い」
聞いた玲菜は体を震わせた。
「駄目だよ、レオ! フェリクスさんはクリスティナさんの婚約者なんだよ? それに、レオの部下だったんでしょ?」
「部下っていうか、鳳凰騎士団はよくシリウス軍に入っていたな。まぁ、俺もあいつとは戦いたくないけど」
レオは、彼女の認識が二年前のままであって、訂正すると余計に悲しむかもしれないが、念の為に告げる。
「あとな、フェリクスはもうクリスティナの“婚約者”じゃない」
「えっ?」
「一年前に結婚したらしいから。夫なんだよ。それで、フェリクスは皇帝の親衛隊長に昇格した。鳳凰騎士団の連中もほとんど親衛隊になったようだし」
玲菜は止まって。
少し遅れて反応した。
「ええ!? えぇええええ!?」
いや、確かに二人はもうすぐ結婚するらしき話を聞いた気もするが。クリスティナがまだ若い為に驚いてしまう。
「あれ? クリスティナさんってもう……十七歳?」
十七歳でも早く感じる。
「ええ!? 嘘! 結婚したの?」
お前ら早く結婚しろ、とは思っていたけれども。なんとも。
「えええ! 凄い。ホントに? クリスティナさんにお祝いしたいよ〜」
あまりにも玲菜が驚き興奮するので一旦離れるレオ。呆れた眼で彼女を見つめた。
「お前なぁ。そんなに驚くことか?」
それよりも雰囲気が台無しになったことが悲しい。とは言えない。
「だって私、クリスティナさんの恋バナを聞いていたから、二人を応援してたんだ」
「コイバナ?」
「うん。恋の話! クリスティナさんがフェリクスさんとの話をして、私がレオとの……」
本人を目の前に言うことではないか。「クリスティナに何を喋ったんだ」と頭を押さえながら顔を赤くするレオに、慌てて弁明する玲菜。
「あああ! 私の方はあんま喋ってないよ。お茶会はずっと、レオと離れていた頃にやっていたわけだし。だから、私がほとんど聴く方で」
彼女は、いつか自分と義理姉妹になることを夢見ていた。
レオと玲菜が結婚、クリスティナとフェリクスが結婚、となっていたらその夢は叶っていた。
それが、現状敵同士のようになってしまうなんて。
悲しくて玲菜はまた泣きそうになる。
「どうしたらいいんだろう?」
どうしたら、フェリクスと戦わずに済むのか。
もしも戦って、彼に何かあったらクリスティナは兄《レオ》を恨むのではないか。
レオに何かがあるのも嫌だし。
前に、フェリクスは皇帝が偽者だということに薄々勘付いていると、レオたちが話しているのを聞いたことがある。
しかしクリスティナが人質のようになっているのでこちら側につけない、と。
「クリスティナさんは気付いているのかな? 気付いているよね、きっと」
彼女は兄《レオ》が別人だったらすぐに判るだろう。
ふと、思いつく玲菜。
「ね、クリスティナさんを人質から助けられないかな?」
「無理だ」
「なんで?」
そんな方法があったらもうすでに実行している、と突っ返すレオ。
「クリスティナの救出は、オヤジはもう前から考えている。俺も考えたけど、現状やっぱり難しい。あいつが居るのは後宮の奥であって、そもそも後宮は男子禁制じみているし」
たとえ女性だとしても顔が知られていないと入れないので朱音たちが変装しても無理だという。
また、以前であればクリスティナのツテで入れたかもしれないが、今は奥にほぼ閉じ込められた状態なので伝達をするのも難しいとのこと。
他の手段としてはやはり気付かれずに侵入か潜入であり。しかし都からの警備が厚いので侵入して且つ逃げ出させるのは至難の業となり、見つからずに潜入を続けて連絡を取って逃げ出すのもまた長期間を要する上に困難と判断される。
しかも前とは違って人手不足ゆえに実行できる人数は限られているので無理となってしまう。
「俺たちの仲間の中に反乱組織と認識されずに顔で通れる奴が居れば別だ……」
玲菜は自分を指差した。
「私?」
「え?」
「私、もしかして顔で通してもらえるかも。クリスティナさんの“お友達”だったから」
玲菜の提案にサーッと血の気が引くレオ。
確かに、玲菜なら通れるかもしれない。
いや、多分、通れる。
「レオの恋人だってことは後宮ではクリスティナさんに近い侍女さんしか知らなかったから、反乱組織って認識はされないだろうし」
後宮だけなら玲菜は通れると気付いたレオは、ショーンがこんな簡単な方法を思いつかないはずがないと気付いて悟る。
後宮は平気でも、城の他の場所や都では危ないというのは一応ある。
ショーンがこの方法を敢えて出さなかったのは自分の娘を危険な目に遭わせたくなかったからだと。
そしてそれは自分も同じ。なので、強く反対する。
「いや、お前じゃ無理だろ」
こう言っておかないと彼女は可能性に賭けて危ない橋を渡ろうとするだろう。
「え? そうかな? 後宮だけなら入れると思うんだけど」
「無理だよ、絶対」
すでに渡ろうとしていて心配すぎるので止めておかなければ。
「後宮に入る前に捕まるから」
「確かにそれはあるかもしれないけど。でも、なんとか後宮の手前までたどり着ければ」
「だから、それが難しいんだろ」
断固としてレオは彼女が「自分に任せて」と言わないように諦めさせる方向へ持っていこうとする。彼女は言いかねないから。いや、今すでに半分その気持ちのようだから。
阻止せねば。
(オヤジの気持ちが解る。こいつ、ホントにたまにすげー無茶するからな。ヒヤヒヤすんだよ)
しかも突発的に。
「そーかな、やっぱ」
フゥとため息をつき、諦めたと思いきや玲菜は次にとんでもない提案を出してきた。
「じゃあさ、鳳凰城塞は行ってもいい?」
「あぁ?」
聞き間違いか? 眉をひそめるレオ。
「なんだって?」
「鳳凰城塞……」
なんて呑気なのか。さすがのレオも玲菜に怒り始めた。
「何言ってんだよ、お前! 遊びにいくんじゃねーんだぞ! 今はもう、敵地だからな、俺らにとっては」
「分かってる! 分かってる!」
怒鳴られてビクビクしながら玲菜は答える。
「別に、一緒に出陣しようってわけじゃないの。マリーノエラさんの件で」
「マリーノエラの?」
「私も……一緒に行きたい」
「はあ!?」
彼がそう反応するのは当然だが、玲菜は臆さずに言う。
「聖堂に行きたいの! あそこには家政婦の女性がいっぱい居るんだよ? 戦に巻き込まれないように、逃げさせちゃ駄目なの?」
その気持ちは解る。しかし、奇襲を狙っているレオたちは、家政婦たちが逃げることで奇襲がバレてしまうのを恐れる。
「駄目だな。奇襲が台無しになる。俺が兵に、女たちには絶対に手を出すなと命令するから。それでいいだろ?」
「でも!」
必死に訴えようとする彼女に頭を痛めたレオは、半分ヤケで言い放った。
「じゃあ、俺じゃなくてオヤジに頼め! マリーノエラの件にはオヤジと忍びの隊が行くから。オヤジなら、家政婦たちを速やかに逃がす良い案を出すかもしれねーし」
「多分駄目だよ〜」
玲菜は嘆いた。
「……ショーンは、絶対駄目って言う。危ないからって! だからレオに頼んでいるのに」
「お前なぁ」
レオは頭を押さえつつ、父親の……というか、ショーンの性分を娘に教えてやる。
「お前、自分の父親のこと分かってねーな。俺は分かるぞ。っつーか、親子だと判明する前から分かってた」
本人につっこんだこともある。
「オヤジはお前に甘いから、お前の頼みは絶対に聞くんだよ!」
その後二人でショーンの所に行き、玲菜が頼み込むと、まさにレオが指摘した通りでショーンは渋々玲菜の要望を受けた。
危険だから自分がしっかりと娘を守ろうと決めて。
おかげでレオも一緒に行こうかと考える。恋人は自分が守りたいと思って。
ショーンには、対マリーノエラ用の作戦が頭の中にあり、レオの申し出を保留とする。
保留といっても、他にもっと良い案が思い浮かばなければ作戦決行。レオは自動的に同行させることになる。
考える時間が短いので、恐らく現作戦が決行される可能性が高かった。
そのことはさておき、先に緑龍城での休息も必要だと考える。休息というか半分は激励の意味も込めて。
『出陣』の準備は着々と進んでいた。
*
――いっぽう、その頃。
皇帝の城・サイ城の宮廷の奥に在る後宮と呼ばれる場所にて。
一番奥の部屋に入れられたクリスティナは、久しぶりの夫の帰還に胸を躍らせていた。
青い瞳に長い金色の髪の娘は、十七歳になっても愛らしい見た目健在で、しかし大人っぽくもなった彼女は一段と美しく成長していた。
兄……か、どうかも疑わしい現皇帝の悲劇の事件後、婚約者と結婚しても後宮の奥に押し込められて、誰とも会えない日々を過ごしている。
侍女数人がいつも傍に居てくれるが、心は限界で、いつも臥せっていた。
なぜか異常なほどの厳しい決まりが設けられて、軟禁状態。自由もなく、ひたすらに夫の帰りを待つ。
夫・フェリクスは親衛隊長にこそ昇格したが、本来皇帝陛下を守るはずの役は外されて地方任務ばかり。
それというのも、恐らく自分が皇帝の正体を疑っているからであり、そもそもあの義兄《あに》が恋人だった女性以外と結婚するのがありえなくて別人だと確信させる。
しかし疑っているからこそ夫は引き離されて、同時に、反抗したら夫の身が危険になるのではないかという不安もあった。
そのフェリクスが、本当に久しぶりに宮廷へ帰還するとの事。
およそ数ヶ月ぶりに再会できる嬉しさでクリスティナは元気が戻っていた。
「良かったですね! クリスティナ様」
侍女たちも同様に舞い上がり、そわそわしているクリスティナの身支度を整える。彼女たちはずっとクリスティナの身を案じていたので、クリスティナが嬉しそうだと彼女たちも嬉しい。
やがて、待ちわびていたフェリクスが宮廷に入ると、一直線に妻の許へ向かった。
普段は後宮に男性は足を踏み入れられないが、妻の部屋にだけは入れるので、自分の帰りを心待ちにしているクリスティナの部屋の前にフェリクスが到着すると、すぐに侍女たちが中へ通してしばし部屋を出て行った。
二人きりになり、久しぶりの再会に涙をこぼす妻を、フェリクスは抱きしめる。しばらくの間、抱擁と口づけを繰り返して二人は愛を確かめ合った。
「クリスティナ……」
「フェリクス様、お会いしたかった!」
泣いている彼女をとにかく包み込むフェリクス。
お互いに伝えたいことがありすぎて言葉にできない。
もう、このままでずっと離れたくないという気持ちが強くなる。
抱きしめる強さで互いの想いが同じだと確信するのだが。
彼は――宮廷に戻る前に命じられた任務を彼女に告げなくてはならない。
それは……
「軍師・シガ殿の調べで、近々反乱組織が鳳凰城塞に攻撃を仕掛けてくる確率が高いと報告があった。元・鳳凰騎士団長として、親衛隊と一緒に砂上の砦へ出向かなければいけない」
「え?」
「せっかく戻ってきたのに、またすぐに出発が決まってしまって、すまない」
あまりにも残酷な、皇帝陛下からの勅令。
だが、クリスティナは涙を拭いて微笑んだ。
「……いえ」
本当は辛いのに。
「今夜だけでも会えて良かった」
たった一晩だけでも、会えないよりはましだ。
「クリスティナ」
フェリクスは妻を愛しく想い、もう一度抱きしめ直す。
その夜、会えなかった期間を埋めるように二人は仲睦まじく過ごした。
幸せな時間はすぐに経ってしまう。それに、辛い気持ちやさみしい気持ち、不安も心を覆いそうになる。
けれども、とにかく無事で夫が帰って来てくれればいいと、クリスティナは願っていた。