創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第三十五話:潜入前夜]

 

「えー、我々の作戦は、鳳凰城塞に居る天才技術者を救出することであり、つまりオバ…もとい、マリーノエラ救出作戦となるが」

 

 秘密の夜会の翌日。

 早朝から出立する忍びの小隊及びカルロス、タヤマ、レオ、フルド、玲菜、ミリアを広間に集めたショーンは皆に作戦を発表する。

「その時、彼女と対面するのが俺であって、同行してもらうのがカルロス殿とタヤマ君、フルド君、それに軍総隊長となる」

 では、自分たちは? という顔をする玲菜とミリアには次に告げる。

「玲菜とミリアちゃんは家政婦を逃がす係であって、特にミリアちゃんには重要な役をやってもらうので、了承してくれ。詳しくは後で話す」

 ショーンによって、この作戦の協力者に選ばれたミリアは張り切って「はい!」と返事をする。

 軍師は最後に忍びの隊に言った。

「忍びの隊は潜入の時の先導と護衛を主にやってもらう。建物の内部のことは隊長が把握しているから後で聞くように」

 忍びの隊の隊長は黒竜であり、マリーノエラのことを調べに行った際にしっかり把握してきた。

 

「以上! 何か質問は?」

 訊ねるショーンに、玲菜はふと疑問に思ったことを質問した。

「あの、救出って、マリーノエラさんは囚われているの?」

 苦笑いで父は答えた。

「ああ、まぁ、自ら行ったんだけどな。ある意味囚われているんだよ、イケメンに」

 なるほど。と、玲菜は納得する。

 要するに、フェリクスという美形からマリーノエラを救出する作戦だと。

 男性陣のメンバーにはそういう意味から適役が選ばれたらしい。イケメンにはイケメンで対抗する。

 ちなみに先導する忍びも朱音ではなく黒竜や白雷が就く予定となっている。

(そうか。だからカルロスさんやレオが)

 カルロスはマリーノエラの好みとは少し違う気もするが、まぁまぁイケメンな方ではある。ただ、保険的なものであり、本命はレオとなる。

 

 玲菜は俯き加減でレオの方を見た。

 

 結局昨日はショーンの部屋で寝て、レオとは喧嘩したまま。朝を迎えて機嫌が直っていれば良かったのだが、朝食時も今も変わらず不機嫌そうでこちらを見ようとしない。玲菜は不安になっていた。

(まだ怒っているの?)

 気まずいのが長引くのは嫌だ。

 

 一方レオは、一晩寝て頭が冷えたらまた後悔をしていた。

 ヤケ酒をしてふて寝してしまうなんて……

 大人げの無さを自覚しつつ、今回の作戦にまたカルロスも同行するので機嫌は直りそうもない。

 彼自身は玲菜のことが無ければそれほど嫌いなタイプではないのだが。

(まぁ、バカだけど不快な奴ではないよな。バカだけど)

 宮廷で、ずいぶんと胸糞が悪いゴマすり貴族ばかりを見てきたので、領民のことを真剣に考える様など好感が持てるフシもある。

 ただ、だからこそ彼女に近付かれるのは妙に焦る気持ちが出てくる。

「はぁ」

 レオは小さくため息をついた。

 

 

 

 そしていよいよ、マリーノエラ救出隊は他よりも一足早くに出立となり。といっても、出陣とは違って密かな任務ではあるので皆には知らせないのだが、知っている幹部たちは見送りに来る。

 イヴァンは友人のレオよりもミリアの心配をして、アヤメも、ミリアや玲菜の無事を祈る。軍総隊長及び軍師の居ない間、本軍の事はバシルに任せて、出陣するための準備や訓練のことも幹部たちに任せる。特に、密買した新兵器の扱いを早く覚えてもらいたいので、調達した材料の組み立てや武器防具その他の製作は早急に、職人たちに取りかかってもらった。

 

 一行は地味な旅の格好で馬に乗り、静かに緑龍城を後にした。

 

 

 玲菜は最近馬乗りを習得したというミリアの馬(緑龍城の馬)に一緒に乗せてもらって進んだが、休憩の後にまた出発しようとしたら、いきなり男に腕を掴まれて連れて行かれる。

 ミリアはその男の姿を見て察して、特に引き留めることはせずに見守り、掴まれた玲菜はあまりの強引さに「待って」と腕を放させた。

「いきなりなんなの?」

 目の前の茶色いマントの男に言う。

「ミリアの馬に乗ろうとしてたのに!」

 黒髪で顔に傷のある、青い瞳の男はそっぽを向きながら答えた。

「ミリアには、今フルドが言いに行った。お前は俺の馬に乗れ」

「えぇ!?

 

 もはや拉致のように彼の馬に乗せられた玲菜はなんだか分からずに俯く。

(もう、レオってば、どういうつもりなんだろ)

 昨日の夜から喧嘩っぽくなっていてずっと喋っていなかったのに、いきなりここへきて謎の強引行動。

 気まずいままなのは嫌だが、理由も言わずに馬に乗せてくる不可解さといったら……ある意味彼らしいか。

(いきなり『俺の馬に乗れ』って、命令形だし。それで従う私も私だけど)

 

 レオは玲菜の後ろに乗り、必要最低限の指示だけをして馬を走らせた。

 沈黙したまま二人乗りという気まずい時間だけが流れる。

 そもそも、馬の二人乗りというのは凄く久しぶりであって、前回乗った時は仲良く乗ったことを思い出す玲菜。

(あの時は、ナトラ・テミスとの戦から帰還する時だったな)

 数ヶ月前のことが大分昔に感じるのは、実際に自分以外にとっては二年(以上)前だという事実がある。

 あの時、もう二度と戦は起きてほしくないと願ったものだが、今は自分たちが戦を起こそうとしているだなんて。

 ただ、どんな立場であれ大事な人には無事に帰って来てほしい。

 今までも不安だったが、向こうには恐ろしい兵器があるかもしれないし、強力な正規軍相手に戦うなんて怖くて仕方がない。

 

「レオ……お願い、出陣しても無事に帰って来て」

 

 思いつめていた玲菜はつい口に出して呟いてしまう。

 無意識だったのだが、ハッと自分で気付いた時に、彼の大きな手が玲菜の手を握りしめてきて顔が熱くなった。

 後ろから優しく言ってくる。

「心配すんな」

 

「するよ」

 玲菜は強く返す。

「心配する! 今だってしてるもん。それに」

 昨夜のことを謝らなければ。

「昨日はごめんね。部屋出て行っちゃって」

「ああ」

 レオが昨夜の自分の様子を話す前に玲菜はあの時の気持ちを伝えた。

「後悔しているんだ、本当は一緒に過ごしたかったのに。自分勝手に出て行っちゃって」

 それは自分もだと、レオは言う。

「いや、俺も一緒に過ごしたくて後悔した」

 

「私ね、ホントはあの後、部屋に戻ったんだ」

 玲菜の告白に愕然としたのはレオの方だ。

「え? 俺だって、大広間に迎えに……」

「えええ!?

「でも、お前はあいつ……カルロスと楽しそうにしてたから」

 こんなことは言いたくなかったのに、流れで。

 ただ、びっくりしたのは玲菜も同じく。

「楽しそう? 違うよ! カルロスさんは、私たちの邪魔したことを謝ってきただけで、少ししか話してないよ。その後、ミリアやアヤメさんにも話しかけられたけど、すぐにレオの部屋に戻ったし」

 つまり、お互いに相手の許へ行ったがすれ違ってしまったと気付いた二人は、呆然としてしばらく無言になる。

 

 せっかく二人で過ごせたはずの夜をもったいなく思い後悔が増大する。だが、一緒に居たかったのは自分だけではなかったとも知って、それは嬉しく思う。

 レオは昨夜言えなくて一番後悔した言葉を玲菜にそっと伝えた。

「玲菜」

「ん?」

「先に言っとくけど、訊き返されてももう一度は言わねーから」

「え?」

 疑問に思った矢先の思わぬ言葉。

 

「昨日のお前は、凄く綺麗だった」

 

 そうだ、こういう時必ず玲菜は「もう一度言って」とねだるので前置きを入れた訳であり。

 顔を真っ赤にしていたレオは彼女が振り向こうとしたのも阻止した。

「後ろ向くなよ! 危ないから」

「わ、分かってる」

 玲菜は玲菜で、頬を紅潮させる。体温の上昇を感じながら小さな声を捻り出した。

「ありがとう」

 

 

 二人は恥ずかしさでまた黙っていたが、先ほどと違い沈黙を心地良く感じる。

 玲菜が少し彼に寄りかかろうか迷っていると、レオの方が片手で肩を掴み、自分に引き寄せる。ほんのちょっとだけ玲菜が後ろに体を預けて、二人はお互いの温もりを味わっていた。

 

 そして休憩時間になるともうすっかりわだかまりも消えて仲良くお喋りをする。たわいない会話をとても楽しそうに話して二人の世界を形成していた。

 

 

 

 その後、鳳凰城塞までの道中は、特に何事も無く順調に移動できた。小隊のメンバーが忍びだというのもあって、先導する彼らは危険を事前に察知して回避の路を往く。賊に捉まることも密偵に見つかることもなく進んで、快適な移動旅ができた。

 天気もおおむね良好。但し宿だけは贅沢な宿には泊まれずに、テントを張って野宿になってしまった。まぁ、そのテントは豪華な金持ちテントであったので文句は言えないが、風呂に関してだけは、玲菜とミリアは我慢を強いられる。食事や水も同じく。水は当たり前のように制限がつくし、食事も満足な量や味の物は食べられない。これに関しては特にレオが渋々と我慢した。

 

 

 ―――――

 

 

 やがて三日目の晩になるとテントではなく枯れたオアシスの跡へたどり着き、どうやら鳳凰城塞へは目と鼻の先らしいが、今夜はここで休むことになる。

 実はこの場所には反乱組織のアジトの一つがあり。

 前回、サイの都の近くに在ったものと同様に地下空間を利用・改築して過ごせるようになっていて、多少古くても野宿よりはましだとミリアや玲菜は喜んだ。

 しかも、地上の泉は枯れているのに、ここには少量ながら湧水もあって、飲める上に体を洗うのに使うことも可能で、女性の二人は大喜びをした。

 実際、浴室として使える場所もあり、早速二人は水を運んで順番に体を洗う。片方は見張りになり、冷たいのを我慢しなくてはならないが、洗える嬉しさの方が勝る。十分に体と髪を洗い、満足した二人は皆の許へ戻った。

 

 

 薄暗いアジト内での広い空間にて。

 テーブルにランプを灯して、古いソファ等に座った皆にいよいよ明日は鳳凰城塞に潜入することを発表するレオ。

 作戦はショーン軍師が再三にわたって説明してきたので、あとは到着次第実行するのみ。皆に緊張が走った。

 優秀な忍びたちがついているとはいえ、敵地への潜入は何が起こるかは分からない。その中で朗報というか偶然にも好い情報が黒竜から伝えられた。

 

「今入った情報ですと、現在鳳凰城塞にフェリクス殿は不在との事」

 

「へぇ」

 ほとんど表情は変えなかったが少しホッとしたようなレオは、驚かずにニッと笑うショーンに訊ねる。

「なんだ? オヤジは知っていたのか?」

「いや、今知ったばかりだけど。フェリクスがさ、一度都に帰ったって聞いていたから。ひょっとすると俺たちが鳳凰城塞に潜入するまでに戻ってこられないんじゃないかと思ってて」

「その通りです」

 黒竜が続ける。

「どうやらフェリクス殿は鳳凰城塞に向かっているようですが、到着するのは早くても明後日と」

「つまり、若干手薄になる、と?」

「微々たるものですがね」

 黒竜の解析にレオは「十分だ」と笑ったが、玲菜はフェリクスが居ないことに少し安心感を覚えた。

(良かった。これで、フェリクスさんと遭遇して戦うってことが無くなる)

 少なくとも潜入の間はそういった心配は減ることになる。

 まぁ、その後の攻城戦では恐らく戦うはめになってしまうのだが。

 玲菜は自分とミリアの作戦の方を考える。

 自分たちに課せられた作戦はつまり……家政婦に潜入するということ。奇襲前になったら即座に家政婦たちを脱出させるのだ。

 その脱出経路側には奪還軍を配備させないどころか護衛用の隊を派遣させる予定なので安全に逃げられる……はず。

 成功の鍵は自分たちの誘導にかかっている。

 考えていた玲菜は緊張して深呼吸をした。

(大丈夫。ミリアと一緒にうまくやれるはず。朱音さんもついてきてくれるらしいし)

 

 

 とりあえず少し話し合いをした後、明日に向けて休息をとることになった一行はそれぞれ与えられた部屋で就寝する。

 ミリアと同室だった玲菜は一緒に部屋に向かって歩いていたが、軍総隊長に引き留められてその場に残った。

 ミリアは顔を赤くしながら「先に寝ている」と告げて去っていき、皆が居なくなって二人きりになるとレオはポツリと言った。

「あーえっと。ちょっと時間あるか?」

「え?」

 若干、妙な期待をしてしまった玲菜はドキドキしたのだが、レオは違う考えのようだ。

「少しだけ。明日も早いから、あんま時間は取らせないし」

 別に朝まで一緒に居ようとかそういう誘いではないようで、ちょっとだけ残念に思いつつ玲菜は返事をする。

「う、うん」

 するとレオは手を引っ張り、自分の寝る部屋へ玲菜を連れて行った。

 

 そこでベッドに座らせて、何をするのかと思いきや、自分の鞄から何かを取り出す。

 出てきた赤い物に、玲菜は声を上げた。

「あ!!

 まさか、彼が持っているなんて思いもよらなかったから。

「私のケータイ!」

「ああ、そうだ。家の居間のテーブルに置きっ放しだったから、お前忘れたのかと思って俺が持ってきたんだ。ただ、渡すのを忘れてたけど」

 忘れたというか、

「あ! それね、持っていこうか迷ったんだけど使わないと思って置いといたんだよ」

 その時の状況を思い出す玲菜。

「え? 置いといた? そうだったのか」

 思い違いをしてしまったことを恥ずかしそうにしながら隣に座る、レオの手から携帯電話を受け取る。

 最初、画面が真っ暗だったが為に電池が切れているのかと思ったが、念の為に電源ボタンを長押しすると電源が入ったのでびっくりした。

「あれ? 電池残ってる? あ、そうか、電源切れたんじゃなくて切っといたのかな」

 充電できる時は限られているので、電池を無駄にしないためにも切っておいたような。ただ、それでも電池はもう半分くらいしか無い。

 玲菜はさみしげに言った。

「駄目だねケータイは。あんなに便利だったのに。こっちの世界では必要無いみたい」

 彼女の言葉を聞きつつ、レオは思いついたことがあって携帯電話を触る。

「いや、そうでもないぞ?」

「え?」

「シャシンがある」

 写真があると言われても。そもそも紙の写真として残すことはできない。

「これ、俺に貸してくれよ」

 真剣な眼で玲菜を見つめるレオ。

「お前のシャシンをここに置いときたい」

 置くというのは入れておくことなのか。

「写真を撮るってこと?」

「そう。その、とる? ってやつだ。お前の母親のシャシンがあったろ? ああいう風に、俺がいつでも見られるようにさ」

 レオは少し照れたように話す。

「明日からしばらく離れて行動するし、俺はそのまま出陣するから会えなくなるだろ?」

 それならば自分もレオの写真が欲しいと思った玲菜は、戦に赴く彼と自分を比べて遠慮することにした。自分の写真を持っていたいという申し出は嬉しくもあるし。

 ただ、恥ずかしさもあるので小さく返事をした。

「うん。分かった」

 

「えーと、じゃあ」

 レオは携帯電話を持ち、前に覚えた写真の取り方を思い出して玲菜にカメラのレンズを向ける。

「こうだったよな?」

「うん」

「どこ押すんだったっけ?」

 シャッターの場所を教えた玲菜は「ハッ」と気付いて自分の服を見る。

 あまり可愛い服とはいえずに写されるのをためらってしまった。

「あ、ちょっと待って。服が変」

「変? どこが」

「なんか……可愛くないし」

 呆れた眼をしたレオはこちらを向くように促す。

「何言ってんだよ。別に大丈夫だよ。いいからこっち向けよ」

 服はこの際いいか。

「うっ……」

 恥ずかしそうな玲菜には更に注文をつける。

「あと、笑え」

「なんで命令形なの」

「いいから」

 

 ぎこちなく笑う玲菜の顔を一枚写すレオ。

「なんか表情が硬いな」

 一緒に確認した玲菜は恥ずかしくて嘆いた。

「駄目だよ。不自然になっちゃう。撮り直す?」

「うーん……まぁ、いいよ」

 レオは思いついてもう一度レンズを向ける。

「可愛いから」

「え?」

 まさに、不意打ちされた玲菜が頬を赤く染めた瞬間、シャッターを押したレオは満足そうな顔をした。

「よし!」

「え? よしって何?」

「いい顔がとれた」

「いい顔? まさか今のが?」

 どうやら顔を赤くした写真を撮られたらしくて、確認するために玲菜が携帯電話を覗き込もうとすると、レオは即座に折りたたんで見せないようにする。

 

「ちょっと! 見せてよ!」

「駄目だ」

「見せて!」

 玲菜は割と本気で。レオは笑いながら。

 携帯電話を巡り揉み合っているとレオの方がベッドに倒される。しかしそれは罠らしく。

 必死な玲菜が彼の上に乗り手を伸ばすと、レオは携帯を離して遠くにやり、代わりに彼女をガッチリと両腕で抱きしめた。

「わあ!」

 夢中で携帯を取ろうとしていた玲菜は状況に気付いてびっくりする。

「なんだよ、その悲鳴は」

 目蓋を落としながら少し腕を緩めるレオ。

「だ、だって!」

 玲菜は恥ずかしそうに胸に顔を乗せた。

「びっくりしたから」

 

 その、彼女の頭をレオは優しく撫でる。

 

「レオ……」

 心地好くなった玲菜は彼の名を呼び、段々と眠くなって寝てしまった。

 

 

「寝てるし」

 本当は続きをしたかったレオは、気持ちよさそうに眠る彼女を見てため息をつく。けれど、あまりに幸せそうなので起こすことはできずに隣に寝かせる。

「可愛い」

 今ならば、何を言っても彼女は恥ずかしがらない。

「玲菜。寝顔も可愛いな」

 だが、むしろ言っていて自分が恥ずかしくなってしまった。いくら誰も聞いていないといえども。

 一人で顔を赤くして、上体を起こしたレオは遠くに離した携帯電話を取ってカメラを起動させる。

 彼女の寝顔を撮り、電源を切ってからまた玲菜の隣で横になった。

 

 そして、寝顔を見つめてそっとおでこにキスをする。愛しく髪を撫でていたら自分も眠くなったので目を閉じた。

 明日はいよいよ敵地に潜入だというのに、緊張も薄れて幸せな気分で眠りに就けた。

 

 

 

 その頃――

 玲菜やミリアを守る担当の朱音は、ショーンや黒竜と明日以降の最終確認をしてから外に出る。月明りだけ照らす夜闇の中、見張りをしていた白雷の許へ行き、交代をしようと近付いた。

「白雷、もういいわよ。交代の時間。陛下の近くには黒竜が居るし、貴方は明日のために少し休んで」

「朱音さん」

 顔を見ると彼は何か考え事をしていた様子。しかし気にせずに朱音は休憩を促す。

「寝不足は駄目。私も後で黒竜と交代するし。……ふふっ」

 思わず笑ってしまった朱音に首を傾げる白雷。

「どうしたんですか?」

「ああ、なんでもないのよ。ただ、黒竜と交代っていうのが久しぶりで」

 ずっと相棒だった黒竜とは、彼が足を切断してからはほとんど別任務をしている。今回は潜入だったので同行しているが、攻城の時にはまた補佐に戻る。激しい戦闘はいくら彼でも思うように動けない為に。

 

 けれど、白雷は黒竜のことを尊敬していた。

「黒竜先輩は凄いです。片足が義足になっても、陛下にとって重要な役であり、変わらず潜入などの任務をこなしている。自分がもし足を失ったら、果たして陛下の役に立てるかどうか。いや、今も……ですけど」

「何言っているのよ」

 朱音はぴしゃりと言った。

「貴方、自分に自信を持ちなさい。貴方の腕に陛下は期待しているのよ。黒竜の代わりの話が出た時に、黒竜は真っ先に貴方の名を挙げたし。私も……」

「え?」

「私も、頼りにしている」

 

 その言葉に、白雷は俯いて申し訳なさそうに謝る。

「すみません!! 今しがたの発言は自分の心の未熟さからです! どうか忘れてください」

 

「白雷……」

 

「今後は、余計なことは考えずに陛下護身に徹しますゆえ」

 やはり彼は真面目か。

 朱音は「ふぅ」と息をつき、諭すように告げる。

「陛下の護身はもちろん大切だけれど、あまり力を入れすぎないようにした方がいいわ。そんなだと疲れてしまう。貴方が疲れたら元も子もないもの」

「は、はい」

「ね、とりあえず貴方は休憩だからしっかり休んだ方がいい」

「はい! わかりました! では朱音さん、よろしくお願いいたします」

 頭を下げる白雷に笑顔を向ける朱音。

「ええ。お休みなさい、白雷」

 すると真っ赤な顔をして白雷は返した。

「や、休ませていただきます」

 

 去っていく彼を眺めながら、そういえばまた顔が赤かったと朱音は心配をする。

 見張りをしながらそのことを考えて。

 

 

 ――やがて、交代の黒竜が来たら念の為に相談をしてみた。

 

「ねぇ、黒竜。白雷、さっき顔が赤かったんだけれど、まさか体調が悪いとか無いかしらね?」

「白雷の顔が?」

 考え込む黒竜に先日のことも話す。

「この前も赤かったのよ。大丈夫かしら。もしも病気だったら、医者に診てもらった方がいいかもしれない」

 そこまで聞いて、何かに気付く黒竜。

「ああ、なるほど」

 じっと朱音を見て、ため息をついた。

「まぁ、病気ではないと思うぞ。……ある意味、病かもしれないが」

「え? どういうこと?」

 首を傾げる朱音に苦笑いしながら黒竜はボソリと言った。

「お前は鈍感だよな〜。こういうことに対しては。昔から」

「え? 今、鈍感と言った? 失礼ね! そんなことないと思うのだけれど」

 反論しても黒竜は呆れた目で見ている。

 それが腑に落ちなかったが、朱音は自分の言葉で思い出したことを訊ねてみた。

「ああ、そう。医者といえば、ホルク医師の消息は掴んでくれた?」

 ホルクを捜してくれとショーンに頼まれた朱音は、自分で探しつつも忙しかったので黒竜にも手伝ってもらっていた。

 黒竜は「ハッ」と思い出したように指を差す。

「そうだ、ホルク医師! 悪いな、伝えるのを忘れていた」

「掴めたのね?」

 朱音が身を乗り出すと、いつもなら得意げに話すのに気まずそうに目を伏せる。

「まぁ、掴めたんだが」

「どこ?」

 

 黒竜は頭を押さえつつ答える。

「それが……アスールス港町であって」

 

「ええ!?

 アスールス港町は、つい最近まで自分たちが居た場所であり、冷静な朱音が彼女らしくもなく動揺した。

「私たち、居たのよ?」

 それならば、会えたかもしれないのにもう遅い。

「ああ、どうやら医師は余暇を楽しんでいたらしいが」

 アスールス港町は、先日皇帝の監視下に堕ちたばかり。

 出ることも入ることも難しくなっている。

 カルロスが出頭するならまだしも。しかし、カルロスが捕まるのは避けたいので現状無理ではある。

「そんな……」

 よって、ホルクを連れてくるのは困難であり。むしろ不可能に近い。

 

 朱音と黒竜の二人はその現実にしばし頭を抱えて落ち込んでいた。


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