創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第三十六話:鳳凰城塞潜入開始]

 

 いよいよ夜が明けて。

 何もせずに一緒に寝るだけだった玲菜とレオは、また特に何もできずに玲菜が部屋を出て行く。――いや、一応キスと抱擁だけはしたが、互いにぎこちない笑顔で「また後で」と挨拶をする。

 レオに貸した携帯電話にまさか自分の寝顔の写真が入っているとは知らずに、玲菜はミリアとの部屋に向かった。

 もちろん、部屋に入るとミリアにニヤニヤされながら「お帰りー」と言われて、着替え等支度をする。

 終わると二人でアジトの広間的な場所に行き、そこで他の者と共に食事をとった。

 

 食事も準備も済むと荷物を持って外に出て、男性陣と女性陣は違う作戦が故に別行動となる。

 

 馬に乗る前にショーンは朱音の許へ、娘たちのことを頼むと言いに行った。

「朱音さん……」

「朱音!」

 後ろからレオも、同じことを頼みにやってくる。

「くれぐれも、玲菜のことを頼むぞ! ミリアのことも。お前も細心の注意を払えよ」

「分かっております。二人のことはお任せください」

 

 自分が言おうとしたことをレオに言われたショーンは別の事を言う。

「俺たちは無事に作戦が成功したら一旦戻るから。奪還軍は今頃、少しずつ出立している。本軍と合流して、頃合いを見てから出陣する。出撃前の陣を張る場所の確認は平気か?」

「大丈夫です。すべて把握しております」

 彼女には要らない心配だったと、ショーンは気まずそうに笑った。

「まぁ、そうだよな。よろしく頼むよ、朱音さん」

「はい。承知しました」

 

 近くで、ミリアの馬に一緒に乗ろうとしている娘にも声を掛けた。

「玲菜も、朱音さんの言うことをちゃんと聞いてくれよ。お前はすぐに無茶をするから」

「分かってるよ」

 顔を赤くしながら玲菜は返事した。

「子供じゃないんだから。もう! おと……」

 注意してくる様が完全に“父”過ぎて、自然な流れで『お父さんは心配性なんだから』と言いかけた玲菜は不自然に止まる。

 言ってしまえば良かったのに。

 ここにきても言えなくて。

 けれども、ミリアの目があった為に『ショーン』と言い直しもできずに。

 中途半端に続けてしまった。

「……は、心配性なんだから」

 

「えっ!?

 

 一瞬、『お父さん』と言われた気がして本気で訊き返したのはショーンだ。

 レオも、玲菜が前に『お父さん』と呼ぶのを練習していたのを見ていたので注目してしまう。

 二人からの視線で玲菜は恥ずかしくなって顔を真っ赤にした。

 多分、お父さんとははっきり言ってなかったというのは分かるが、それでも言いかけたなら言ってほしいと……ショーンは訴えるような目で見てしまう。

 

「あ、あの……」

 玲菜は俯いて決心したように口を開く。

「お、お、お、おと……」

 どもり過ぎであるし、出たのはか細い声。けれどショーンはじっと見つめて静かにする。

「お父さん、心配性なんだから!」

 ……言ったのは玲菜ではない。

「ですって! ショーンさん」

 なんと、事情を知らないミリアが代わりにショーンに教えてあげた。

「ね! レイナ」

 彼女にとっては親切心。“玲菜が『皆の前で父親に子ども扱いされて恥ずかしい』と思っている”と思っての助け舟であり。

「う、うん」

 玲菜が頷くと急に恥ずかしさがやってきたのかショーンは照れて頭を掻き始めた。

「あ、そう」

 妙に動揺してしまう。

「いや、心配性かもしれないけど。……うん」

 ミリアはショーンに良い格好しようと思って胸を張った。

「わたしも居るんで平気ですよ! これでもレイナよりも年上だし。任せてください!」

「ああ……そうだな」

 ショーンは苦笑いしつつ女性陣に挨拶をして自分の馬の方に去って行った。

『お父さん』と呼んでもらえなかったのは残念だが、もしかしたら自分のことを『父』だと認識してくれているのかもしれないと思い、嬉しく感じながら。

 

 一方玲菜は内心ホッとしつつも、なぜ言えないのかと複雑な気持ちになって落ち込む。察したレオは慰めるように彼女の手を取った。

「平気だから」

 言葉には、自分の身とショーンの事、二つの意味が込められている。

「またな」

 ミリアや朱音が見ている前なのに手の甲に口づけをして、去って行った。

 

 レオが離れてからミリアは「キャアア」と今の行動に興奮して玲菜を小突き、玲菜はポーッとしながら彼の後姿を見つめる。

 頃合いを見て、馬に乗った朱音が二人に促した。

「では、行きましょうか」

「はい!」

 ゆっくり走り出す朱音の馬に、玲菜を乗せたミリアの馬は慌ててついていった。

 それを見送ってから男性陣の馬も走り出す。

 

 

 男女共に目的地は砂上の砦であったが、向かう先は違った。

 男たちが地下通路を使ったり傭兵のフリ等をして城に侵入するのに対して、女たちは正規の門から堂々と入る。正規といっても旧大聖堂口の門であり、そちらは比較的検問が緩い。

 玲菜たち三人は遠くからでもそびえ立つのが見える巨大な砦に向かって馬で走り、旧大聖堂口の門の方へ近づいた。

 

 

 

 やがて、何重もの城壁の近くまで来ると馬を降りて歩く。さすがに片腕の朱音は家政婦が目当てだというのは無理があるので別の経路から侵入すると言い、中で待ち合わせをしてどこかへ去ってしまう。

 朱音の馬は玲菜が預かり、ミリアと二人きりになると緊張しながら入口へ向かった。

 

 門の直前では深呼吸をして。

 

 いざ! 門へ向かう二人。

 入り口では早速検問が居て、しかも女性ではなく男の兵士であったのでますます緊張した。けれど、なるべく平静を保ち、挙動不審にならないように気を付ける。

 男の兵士は二人に声を掛けてきた。

「キミたちは家政婦の働き手かな?」

「そうです」

「悪いけど、荷物を調べさせてもらうよ」

「はい」

 荷物には不審な物は無いはずなので大丈夫だ。

 検問兵たちはミリアと玲菜の荷物をチェックして、馬の方も念入りに調べた。

「悪いねー。今さ、反乱組織に動きがあるみたいな噂もあってさ。キミたちを疑っているわけではないけど、決まりだから」

 緊張で口をつぐんでしまう玲菜と、平然と話をするミリア。

「そうなんですかー? わたしが前に来た時も検問あったけど、ここまでではなかったかな? 物騒になりましたね」

「ああ、キミら経験者?」

「そうなんですー!」

 和気藹々《わきあいあい》と話すミリアを凄いと思う玲菜。

 兵は三人居て、その中の一人があまり真面目そうではなく、鼻の下を伸ばしてミリアに話しかけていた。

「キミたち可愛いね〜」

「え〜、ありがとうございますぅ」

 対してミリアは得意の営業用可愛い声。

 男はすっかり騙されて他の検問兵に「もういいんじゃないか」と言った矢先。

「あ!!

 真面目そうな男の方が何かを思い出したように声を上げた。

「もしかして……」

 まさか、自分のことが怪しいと思われたのかと、玲菜の心臓は止まりそうになり顔が青くなる。

 しかし……

「君、ミリアちゃん?」

「え?」

「オレのこと憶えてない? えーっと、二年前の、ナトラ・テミスとの戦いの時のさ」

 照れながら、その男が話すとミリアは必死に考えて思い出す。

「あ! ……トニーさん?」

「そう!」

 トニーと呼ばれた男は喜び、「誰だろうか」と不思議そうにする玲菜に耳打ちするミリア。

「あの頃わたしに言い寄ってきた兵士の一人よ」

 彼女は当時何人かの兵士に言い寄られていたと、思い出した玲菜は「ああ!」と納得した。

(あの時の)

 ついでに夕食時や部屋でミリアが彼らに対して散々文句を言っていたことも。

(ミリア、迷惑そうだったもんな〜)

 しかし今は嫌な顔一つせずに彼らと楽しそうにお喋りするところがまた凄い。

 

 かくして、ミリアのおかげか全く疑われずに検問を突破した二人は、また急いで聖堂の入口へ向かった。近くで馬を預けて、早歩きで進んだが、ミリアは案の定にブツブツと低い声で文句を言っている。

「なんなのアイツ。また言い寄られたらどうしよう。最悪だわ」

 そんな彼女を玲菜は宥めつつ、二人は無事に聖堂に入ることができた。

 

 

 問題はこの後であり。

 本来は家政婦長に雇ってもらわなければいけないのだが。

 ずっとここで家政婦長をやっているマーサは、玲菜がアルバート皇子の恋人だったことに気付いている。

 そして、予想をするに『アルバート皇子の恋人だった娘』は身柄を拘束せよとの命令を受けている可能性もあり。

 とてもじゃないが、雇ってもらいにいくなんてことはできない。

 作戦ではミリアが一人で雇ってもらうとあった。

 

「じゃ、行ってくるわね」

 ミリアがそう告げてマーサの許へ行っている間、玲菜はドキドキしながら一人で待つことになる。

 知り合いが居るかもしれない。いや、居る可能性が高い。

(でも大丈夫。私のことを知っていても、レオの恋人だとは婦長以外には知られていないから)

 婦長と後は……恐らく城主か。しかし、城主は聖堂の方にはまず来ない。つまりここでは婦長にさえ会わなければやっていけるはず。

 そんなことを思いながらミリアをじっと待つ玲菜。

 朱音も居ないと不安と心細さが物凄くあって、早く戻ってきてほしいと願う。

 今頃レオたちは――なんて心配も頭をよぎっていた。

 

 

 そして、しばらく経って。

「レイナ!」

 ようやく契約が終わったと戻ってきたミリアは二人分の仕事着を手に持っていた。

「婦長の所に行った後にね、ついでに仕事着も貰ってきたわよ! レイナの分も」

 仕事着は婦長と別の人が管理しているのでバレないという。

「それに!」

 ミリアは嬉しそうに玲菜を連れて行く。

「部屋も! 部屋割りを管理している人にはレイナも雇われたって言っといたから。一緒の部屋にしてもらったの」

「ええ!? バレない?」

 心配する玲菜に首を振るミリア。

「大丈夫、大丈夫! 名前を登録してても婦長にはバレないわよ! 姿を見られなければ。もちろんお給料は貰えないけど」

「給料なんて……」

 金など、要る訳無い。

「あと、食事はわたしが食事係になったから人数を書き替えとくことはできるし。怪しまれないように、レイナも洗濯係やっときな!」

「ええっ!」

 確かに、仕事をしていないと怪しまれるのは必然だが。係をやって婦長にバレないか不安ではある。

「平気よ〜」

 ミリアは他人事のように軽く言った。

「係長に直接言っちゃえばいいのよ。二年前の経験者だって言えば確認せずに班に配属してくれるわよ、きっと! 食事係がそうだもの」

「そうなの」

 なんともずさんだと玲菜は感じたが、逆にありがたい。

(良かった。経験者で)

 

 要は婦長に姿を見られなければ平気だと、ミリアと話し合った玲菜は、気を付けながらも普通に家政婦をすることにした。

 後は、なるべく砦の方には近付かないようにして。

(うん、頑張れるかも)

 時が来たら皆を逃がすように誘導するのだ。しかもそれは、兵士には知られてはならない。

 うまくいくか、考えるだけでも緊張するし、女性だけ逃がして兵は……と考えると苦しくもなるが。

 自分は奪還軍の一員だと心に決める。

 

 二人の潜入は始まった。

 

 

 ―――――

 

 

 一方。

 マリーノエラ救出のための男性陣は黒竜、白雷、他・忍び等と共に見事城内に潜入していた。優秀な忍びの誘導であるし、途中傭兵のフリもして、割と容易《たやす》く侵入に成功。周りに警戒しながら天才技師を捜す。

 黒竜が案内したのは、一度城壁内に入ってから城の内部に在る大きな地下室であり。発掘した物を運んで研究や改造解析をする場所。

 マリーノエラの他にも研究者や技術者がたくさん集められて働いていた。

 管理している兵は少数で、気絶させることは簡単ではあるが……そうすると問題になり、後々奇襲する際に厄介になる。

 ショーンは作戦を指示した。

「レオ! 移動中に説明したけど、頼む」

「え?」

「それとタヤマ君!」

 呼ばれたレオとタヤマはショーンが事前に話していた作戦を思い出して「ああ!」と頷く。頷いた後にタヤマは震え出した。

「大丈夫ですかね?」

 一方レオは、護身用の短刀を出して彼に渡す。

「ま、駄目だったらそん時はそん時だ。フルドは顔が割れているかもしれないから、お前しか居ないしな」

「ううっ」

 タヤマは短刀を受け取って身を包んだマントの中に潜める。その彼の肩をカルロスが叩いた。

「大丈夫だ、タヤマ。俺が見守っていてやるから」

 だが、ショーンの言葉により二人は引き離されることになる。

「いや、見守る時間は無い。カルロス殿とレオ、フルド君は俺についてきてくれ。タヤマ君のことは黒竜君に任せる。レオの護衛は白雷君が」

 他にも忍びは居たが、彼らは見張りや補佐に徹している。現状見張りはかなり重要なので気は抜けないし適役となる。作戦を実行するのは必然的に幹部となっていた。

 

 ショーンはタヤマを黒竜に任せて、レオたちを連れて忍びたちの誘導を頼りにとある場所へ向かった。そこは特別な場所であって、今は閉じられている。対象となる者が居ない為に見張りは居なかったが。鍵の在り処はフルドが知っていたので忍びの一人が盗んできていた。

「なんでここだよ」

 その、特別な場所をよく知っていたレオは複雑な気持ちでショーンに訊ねる。

 分かっていたショーンはニッと笑って答えた。

「ここは皇族専用の部屋。他の者は立ち入りを許されない。今は入れてフェリクスだけか。だから、人に見つからない場所なわけであって」

 そうだ。元々この場所――部屋は、昔レオが使っていた部屋になる。今は鳳凰城塞に皇族が居ないので誰も使っていないわけであり、唯一使えるフェリクスは不在中である。

「熟女をもてなして依頼をするにはうってつけの場所となる」

「もてなす?」

 嫌な予感がしたのはレオだけではない。

 

 さておき、鍵を開けたので一先ず部屋の中に入るとする。また、ドアを閉めて見張りも立ち、ショーンは室内に入った若者たちに指示を出した。

「まず、皆マントを脱いでくれ。前に俺が指示した服を着てきたか?」

 軍師の指示は不可解だったが、皆は以前に言われていた服を着ていたのでマントを脱ぐ。

 それは……いわゆる、スーツであって。

 黒や蝋色《ろういろ》、紺色といったようなジャケットにズボンを穿き、中にはシャツを着ている。ちなみに、護衛の白雷までそういう格好をさせられていて、彼に関しては前にギャングの格好をした時の白いスーツを着用させられている。

 ショーンは皆を一瞥して更に注文する。

「着方が上品すぎる。そんな貴族じゃなくてな、もっとこう……シャツは最低第二ボタンまで開けないと。あと、余計な装飾は着けなくていいからな」

「はあ!?

 素直に従いつつレオはつっこんだ。

「一体なんなんだよ、この格好は!」

 

「ホスト」

 

 皆に分からない答えをショーンは言った。

「ホストのイメージだから。うん」

 呆然と見つめる皆に説明した。

「つまり接客であって。っていうか、接待? 要するに、若い美形の男好きのマリーノエラの好みを追及したらホストになったわけだが」

「意味わかんねーよ」

 嘆くレオに「うん、うん」と頷く。

「まぁ、熟女を落とすにはイケメンが一番ってことだ。彼女を上機嫌にして、俺がいろいろと説得をする」

 そこでレオは疑問が浮かぶ。

「なんで上機嫌にする必要がある?」

「彼女はフェリクスに心を奪われているからさ、こっちが奪い返さないと頼みを聞いてくれないだろ?」

「そうじゃなくて!」

 レオの疑問はもっと根本的なことだ。

「有無を言わさずマリーノエラを連れていくんじゃ駄目なのか? 頼みってなんだ?」

「あー」

 言ってなかったと、ショーンは頭を押さえた。

「えっとな。俺は彼女に頼み事をしようとしているんだよ。どうせ明日まで時間があるなら、彼女にうってつけの」

「うってつけ?」

 明日までというのはフェリクスが戻ってくる可能性の制限時間的なものか。

 とにかく、この熟女救出作戦での、本当のショーンの狙いが明らかになる。

「それはな……――」

 

 

 

 一方その頃。

 ショーンにより重要な役を任されたタヤマは、一度自分の中で流れを確認して深呼吸する。レオから渡された短刀をマントの中で握りしめて、いざ、地下室を管理している兵士の前へ飛び出した。

「誰だ! 貴様!」

 管理兵は突然やってきたマント姿の小柄な男に、すぐさま槍を向ける。

「ここは、一般の兵は立ち入り禁止だぞ。分かっていて来たのか? それとも迷ったか」

 タヤマは動揺しないように心を落ち着かせて喋る。

「わ、私は、遣いの者でございます!!

「遣い? 誰のだ?」

 管理兵たちはそれが軍の隊長か将校かはたまた城主であるのか、そう思ったが、とんでもない身分が出てきた。

 

「皇帝陛下の」

 

「なっ……」

 まさか、畏れ多いその名が出てくるとは思わなく、兵士たちは不審に思う。

「皇帝陛下!? なぜだ!! 冗談ではすまされんぞ」

「冗談ではありません!」

 タヤマは怖気付かずに告げる。

「但し! 極秘の遣い故に、くれぐれもこの事は内密にするよう、預かっております」

「ええ!?

 兵士たちは槍を下ろして、ヒソヒソと話し合う。

「極秘?」

「そんなまさか」

「密偵かもしれん、油断するな」

 

 兵士の一人は警戒しながらタヤマに話しかけた。

「しかし、いきなり陛下の遣いと言われても、信じる物が無いと……もしくは、城主のウィン司教から伝達があるとか」

「あります!」

 ここで、タヤマはレオから預かった短刀を前に出す。

「これは、皇家の紋章入り短刀。陛下から預かった物であり、二刀使いの陛下がいつも所持している物」

「おおお!」

 短刀を見るなり兵士たちは驚き、立派な龍の装飾に目を奪われる。

 しばらく見惚れた後に、慎重な一人が他の兵士に注意した。

「ちょっと待て。巧妙に作った偽物かもしれないぞ」

「信じないと仰るのですか?」

 窺うタヤマに慌てて返答した。

「いや、信じたいのだが、こちらの事情も分かってくれ。証拠の品が本物だと確信できるまでは……」

 そこで、兵士の一人が提案を出した。

「研究者の中に、鑑定士が居るはず! そいつに訊いてみたらどうだろうか」

 実は、研究者の中に鑑定士が居ることは調査済みであって、こちらとしてはその案が出るのを待っていた。

 

 早速、鑑定士でもある研究者は呼ばれて、皇家の紋章を確認。短刀は本物であるので偽物との結果が出るわけはなく。

 当然ながら、皇帝の持ち物である――すなわちタヤマは皇帝の遣いであると認定された。

 

 管理兵たちは急に態度を低くして、疑ったことを平謝りする。

 タヤマに“極秘”の用件とやらを訊ねた。

「それは……」

 ようやくタヤマは任務をこなすことができる。

「帝国三賢者の一人である、マリーノエラ殿がここに来ていると聞きました。彼女に皇帝陛下からのお言葉を直接伝えますので連れてきていただきたい、と」

 

 

「え? シリウスが私に?」

 かくして、急いで管理兵たちに連れてこられたマリーノエラはタヤマの許へ行く。

 オレンジ色の髪を束ねた、五十一歳とは思えない若くて美人の彼女の顔は分厚い化粧に覆われている。

 タヤマはまじまじと見ながら、マリーノエラに耳打ちした。

「アルバート様本人が、マリーノエラ様に会いたい、と。実は来ているんです」

「あらぁ〜。あのコったら」

 彼女はショーンの思惑通り、疑いもせずについてきて、一旦身柄を確保される。地上で隠れて待っていた黒竜が二人を誘導して、ショーンたちの居る『元・皇子の使っていた部屋』へ連れていった。

 その部屋で待ち受けるものが何とは知らずに……。


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