創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第三十七話:軍師の失敗]

 

「天才技師・マリーノエラ様。ようこそいらっしゃいました」

 

 黒竜の誘導の下、タヤマの案内で“秘密の部屋”に連れてこられたマリーノエラは、扉が開いた後に見えた光景に目を丸くした。

 

 まず出迎えたのがフルドだったわけだが、彼は紺の三つ揃いの背広を着ていて、いつもと違う気品が漂っている。いや、元々彼は出生が良いはずで……しかし普段は地味だったが為にあまり目を付けていなかったというかなんというか。ともあれ、やけに自分好みにはなっているような気がする。

 

 そして、近くに居た見知らぬ貴族風な男も蝋色《ろういろ》の同じような格好をしたやや美形。

「おお! 貴女が噂の天才技師殿! こんな美しい女性だったとは」

 ガタイが良すぎるのが自分の好みとは違うのだが、褒められるのは悪い気はしない。

「あらぁ。貴方は?」

 訊ねると、茶色い髪のその男はひざまずいて名乗る。

「カルロス・アスールス=サン・ラーデです。名字が二つあってややこしいのでカルロスとお呼びください」

「え? 名字が二つ? まさか、領地が……」

「領地は今のところ、町が二つ」

 カルロスの答えに、頭の中が金で満たされたマリーノエラは自ら話を持ちかけた。

「何? 私に何か用かしら? 仕事の話?」

 

 だが、そこに大本命のご登場。

 白い背広姿のいい男を護衛に引き連れた美形は、黒髪で青い目で至上の美男子シリウスによく似た……現皇帝陛下。

 なぜか格好は一つ揃いの黒い背広にシャツの第二ボタンまで胸元を開けるという謎の着こなし及び服装だったが、妙に色っぽくてマリーノエラの好み的中。

 こちらに向かってくるその男に、彼女は吸い寄せられるように近付いた。

「え? もしかしてシリウスなの? 傷もあるし、何かずいぶんと雰囲気が変わったみたい。アンタますますいい男になっちゃって」

 レオは熱い眼差しで熟女を見つめて、女性を口説く時用の良い声を出す。

「貴女は変わってないな。いや、むしろ前よりも若返って一段と綺麗になったような」

「あらん。わかる? おかげで私も若い男に言い寄られちゃって、大変なのよ」

 自慢げに、しかし誘うように彼女は言う。

「でも……シリウスは特別よ。皇帝になって変な噂も聞くけど、噂は噂ですもの。こうして秘密に会いに来てくれるなんて嬉しいわ。一体何の用?」

「ああ」

 すぐに用件を言うなとショーンから釘をさされている。

 レオはフルドに促した。

「フルド! 頼む」

「はい」

 フルドが用意するのは茶であり、カルロスは彼女をソファに誘導して自分も隣に座る。そして、逆隣りにはレオが体を傾けながら座った。

 マリーノエラは驚きながらも、いい男に挟まれて喜んだ。

「何よ。何が始まるの?」

 レオは彼女に流し目で笑顔を向けて、カルロスには合図する。

 合図を受けたカルロスは故郷の話や港町の話、オアシスに住む彼女があまり知らない海の話等をし始めて熟女を楽しませた。

 

 美味しい茶と茶菓子に、酔わない程度の酒も少々。それと両隣にいい男と楽しい会話。マリーノエラがすっかりご機嫌になった頃、交渉人は静かに微笑みながら歩み寄ってくるのだった。

 

 

 

「やあ、マリーノエラ。ご機嫌はいかがかな?」

 突然ドアが開き、楽しそうに過ごしていたマリーノエラの前に一人の男が現れた。

 齢は召しているが、渋くてこれまたいい男である彼は満面の笑みで近付いてくる。

 その顔を見たマリーノエラはすべてを悟って「やられた!」という顔をした。

「出たわね。ショーン」

 彼女もニッと笑い、相手が何を要求してくるのか構える。

「私を呼んだのはあんたね? 用件は? 今度はなんの依頼よ」

 分かっているなら話は早いと、ショーンは濁さずに告げた。

 

「兵器の解体を頼む」

 

 

「はあ?」

 まぁ、彼女の反応は当然か。

 眉をひそめるマリーノエラにショーンはまず、今の自分たちの立場を説明した。

「実はな、今、世間で騒がれている“反乱軍”ってやつは俺たちであってな」

「はぁあ!? 反乱軍ってのは皇帝への反乱をしている奴らでしょ? なんでシリウス本人が」

 

「うん、だからつまり、今玉座に居る奴はそっくりな偽者であって」

 

 ショーンの答えに、驚きながらもマリーノエラはレオを見て納得する。

「なるほど。おかしいと思ったのよ。いくらアンタでも、今みたいな変な政治はしないはずだし。それに……」

 目は確信した眼で。

「アンタが、レイナ以外の女と結婚するはずがない」

 

 ショーンは謝るように話した。

「悪かったな。ちょこちょこ整備を頼みに行ってたのに、この事をずっと隠してて」

 この二年間、ショーンが単独で車の整備を頼みに彼女の許へ行っていたわけだが、反乱組織のことやレオの事は一切教えなかった。

「別にいいわよ」

 恐らく自分を巻き込まない為だと、マリーノエラは察したので怒ったりはしなかった。

「ところで、解体を頼むと言ったかしら?」

「ああ、そうだな」

 天才技師を救出すると計画を立てたショーンの真の目的はそこにある。

 

 もしも、組み立てた兵器を解体できれば恐い物は無くなる、と。

 

「できるだろ? 解体師」

 ニッと笑うショーンに、呆れた顔でマリーノエラは見てきた。

「何言ってるのよ、簡単に言うわね。それに、もし私が断ったらどうするつもり?」

 目蓋を落としながら窺う。

「アナタたちを反乱軍だと、突き出すかもしれないのよ」

 

 言われてショーンは彼女に顔を近付けた。

「キミはそんなことしないだろ? だって俺は、キミを奪いに来たんだから。フェリクスから」

「ええっ!?

 口説き文句のようにも聞こえて、マリーノエラは頬を赤らめつつ目をそらした。

「何よ! だったら白馬の王子様を寄越しなさいよ。あんたはどう見たっておじ様じゃないのよ、まったく」

 王子と言えば一応レオも本物の皇子だったわけだが、ため息をついてこの場に居る男性たちを見回した。

「弱いとこ突くわねぇ。もう!」

 今までの接待がショーンの罠だとしても引っかからざるを得ない。

 何より、現皇帝が偽者だと知ると深い事情があるのも分かる。戦等には関わりたくないが、自分の力を必要としていることも。

 なので、仕方なさそうに返事をした。

「分かったわよ! 但し、料金は高いからね」

 そもそも、今自分が解析している“旧世界の兵器”は恐ろしい物だと分かってきたので、壊した方がいいように思っていたところだ。

 交渉は成立して、すぐにでも解体実行に移ってほしいと言ってきたショーンはとんでもない要求をしてきた。

「頼むよ。できれば一晩で」

「は?」

 聞き間違いかと思った。

「フェリクスが帰ってくるまでに。しかも解体はバレない方がいい」

 つまり、単純にバラバラにするのではなく、分からないように改造し直しておくという事。

「は? 何? バレないようにって、他の技術者や研究者にも?」

「もちろん」

 要するに、一人でこっそりとやらなければならない。

 いくら解体が得意といえども、難易度が高い。

 マリーノエラは念の為に確認した。

「一晩で?」

 それは時間が短すぎる。

「そう、フェリクスが帰ってくるまでに」

 平然ともう一度答えるショーンにため息をつきつつ、マリーノエラは承諾した。

「どこまでできるか分からないけれど、金額の割り増しは覚悟しなさいよ。本当に高くつくから」

「分かってる。ありがとう、マリーノエラ」

 

 天才技師は地下研究室に戻り、早速依頼を実行すべく作業にとりかかった。現時点は昼過ぎであり、残り二十時間は無い。

(おまけに徹夜は美容の大敵だし。ほんとに人使いが荒いんだから、あいつは。高額請求しなきゃ気が済まない)

 心の中で文句を言って渋々と解体及び改造を、他の者にバレないように開始した。

 

 

 

 一方。

 マリーノエラに解体を頼み終わったショーンたちは、一先ず作戦は順調に進んでいると安堵する。難しいことではあるが、彼女の腕を信じて朝を待てばいい、と。

 朝になったら速やかにここを脱出。その際にはもちろんマリーノエラも連れて行くことになる。忍びたちは脱出の経路を確認して皆も準備を始めた。

 休息もとらないといけないので順番に一眠りもしておく。

 何もかも、順調に進んでいるはずだった……。

 

 だが、事態は思わぬ方向へ見舞われることになる。

 

 

 ―――――

 

 それは、夕刻になった頃。

 面が割れていないタヤマが、マリーノエラの様子を確認しに、地下室の研究所へ行った時。

 管理兵に声を掛けられて一通の手紙を渡される。

「皇帝陛下の遣いの方。さっきは疑ってすみません。本当に遣いだったのですね! これ、皇帝陛下の側近の方からの手紙です。宮廷から送られて、たった今届いた、と」

「え? 私に?」

 それはおかしい。

 確かに自分はレオの遣いをしているが、皇帝陛下というと偽皇帝を差すので側近から手紙があるはずもなく。

 人違いではないかと思いつつも手紙を受け取ると、宮廷から一週間前に送られた様子。封には『アルバート皇帝陛下の遣いの者へ』とだけ書いてある。

 まさか、偽皇帝の遣いの者が鳳凰城塞に居るのではないだろうか。そう思ったタヤマは、敵の情報を知る為にもちょうど良いと思い、封を切る。

 中の手紙を読んだ途端に愕然とした。

 

 中には『親愛なる弟・タヤマへ』と書いてあったので。

 差出人が誰なのかすぐに分かったし、なぜ自分がここに居ることがバレたのか……まさか、誰かに見られているのではないかと、周りを見回した。

「どうしました?」

 不思議そうに窺ってくる管理兵に怪しまれてはいけないと、タヤマは平静を装って手紙をしまった。マリーノエラの許へ行くよりも先に内容が気になるので地上へ出る。

 ひとけの無い方へ行き、ゆっくりと手紙を読んだ。

 

『悪いが、お前たちの行動は簡単に予想できる。どうせ鳳凰城塞へ侵入しているのだろう』

 兄はもしかするとショーンの作戦を読んで、侵入する日にちも計算して、ちょうどその日に届くように宮廷から手紙を出したのかもしれない。

 タヤマは恐ろしさに震えながら続きを読む。

『目当ては天才技師殿であろうか。確かに彼女を取られるのはこちらとしても痛手になる。なので、親衛隊長殿には急いでに帰ってもらうことにしたから。馬に体力があれば夜でも走っていただく、と』

 ……これが本当なら大変なことになる。

 すぐにそう判断したタヤマは、慌ててショーンの許へ向かう。

 

 無我夢中で走り、ノックもせずに皆の居る部屋のドアを開けると、叫びながら教えた。

「た、大変です!!

 一体何事だ? と皆が見る中、一直線にショーンに近付き手紙を差し出しながら訴えた。

「作戦が兄にバレております! ただちにここを出ましょう! きっともうすぐ親衛隊長が戻ってきますから」

「え?」

 不吉な空気を察したフルドは声が外に漏れないようにドアを閉める。

「フェリクスが来る?」

 レオも眉をひそめたが、まずはショーンが手紙を受け取って読んだ。

 

 ――読んだ後に理解して頭を押さえた。

「ああ、なるほど」

「何が? どうした?」

 レオはショーンから手紙を奪い取って自分も読む。

 

「なんだよこれ」

 読み終わった後、つい握り潰してしまったが、「ああ!」という顔をしたカルロスに、仕方なくフルド経由で渡した。その後フルドとカルロスも読んで、二人とも顔を見合わせた。

 ショーンは頭を掻いて「う〜ん」と悩み、皆は息を呑んで返答を待つ。

「考える暇無ぇな〜」

 やがて、ショーンは残念そうに苦笑いして皆に告げた。

 

「諸君、作戦は失敗だ。逃げよう」

 

「えええ!?

 まさか、ショーン軍師から『作戦失敗』の言葉が出るとは思わなかった。

 唖然とする皆の代表でレオが一番に口を開く。

「なんでだよ、オヤジ。オヤジは今まで一回も……」

「だって作戦が読まれてんだから。仕方ねぇ」

 ショーンは呑気に返す。

「しかしアレだな〜。アスールスから俺らを逃がした時点で罠を張ってきたんだな〜。どうすっかな」

「オヤジ……」

 不安そうな顔をするレオや皆に、ショーンは言い放った。

「まぁいいや。とにかく逃げるぞ! 解体作戦は中止! すぐに脱出の作戦に移る。お前ら準備をしろ!」

 言った後にレオの顔を気まずそうに見た。

 ボーッとしていたレオは「ああ」と頷き、自分が命令する。

「タヤマはマリーノエラを迎えに行け! フルドは荷物を持て。カルロスも速やかに準備しろ。あとは……」

 黒竜は名乗り出た。

「私は、朱音に連絡を取り、レイナ様たちの身の安全を指示します。向こうの状況とこちらの状況の伝達係に。向こうの状況によっては家政婦の作戦も中止させてレイナ様とミリア様を逃がしますゆえ」

「ああ、頼む!」

 レオが頼むと黒竜は白雷に「陛下の護衛をしろ」と命じて去っていった。恐らく朱音の許へ向かったと思われる。

「わ、私もマリーノエラ様の許へ行ってまいります!」

 今ならばまだ管理兵の方に手が回っていないはずで、タヤマは急いで地下研究所の方へ戻った。

 

「タヤマ君がマリーノエラを連れてきたら出発だな」

 ショーンはそう言って一先ずタヤマの帰りを待つ。腰を下ろして、脱出した後の事を考えた。

(俺たちが鳳凰城塞に居るってことを予想されてるってことは、当然フェリクスが戻ってきたらマリーノエラの所在を確認するだろう。そして、彼女が居ないことを知ったら奇襲のこともバレんだろうなぁ)

 しかし、マリーノエラを連れていかないわけにはいかない。彼女を残したらきっと尋問されてしまう。

(どっちにしろ、兵器に何かしたことは想像できるだろうな)

 彼女はうまく改造してくれているはずだから、“どの兵器か”は分からないかもしれない。彼女より優秀な技師が居るとも思えないし。

 ただ、いずれにしても、奪還軍が鳳凰城塞を攻撃する前触れなことは予想されるので奇襲はできない。フェリクスが戻ってきたらきっと返り討ちにしようと防備を固めるはず。

「ああ……!」

 兵器が有っても無くても、陥落させるのは困難間違いなし。

(奇襲で且つ、兵器が無ければ……と思ったけどな)

 元々、寄せ集めの素人集団では戦力差は歴然。

(でも、早く出撃しないと、どんどん応援を呼ばれて一網打尽にされるよな)

 兵力差も膨れ上がり、最悪の場合全滅させられるばかりか本拠地の緑龍城まで攻められる。相手側は反乱組織の本部を捜している途中で、アスールス港町が抑えられた時点で危険が大きく高まった。

(それも、タヤマ君の兄の仕業だったな)

 兄というか、敵側の軍師。

 しかもわざわざ弟に手紙を出して逃がすように仕向けてきている。

(多分、罠か。脱出した俺たちが逃げる方向を追って本拠地を割り出そうとしている)

 やはり、一度立て直すために戻るのは得策ではない。相手に選択肢を減らされているのを分かっていても、予定通り出撃するしかないか。或いは、そうなることも計算済みか。

(あ〜〜〜もう!)

 ショーンは頭を掻きながら顔を上げてレオを見た。

 

 戦の英雄は、俯きながら自分ではない別の人物のことを心配している。

「玲菜……」

 確かに娘のことも心配であって、しかし朱音が居るので平気だという安心感もある。ただ、娘はたまに無茶をするのでそれが心配な面も……

(ん? ちょっと待てよ?)

 

「連れてまいりました! ショーン様!」

 その時、マリーノエラを連れてきたタヤマが到着して準備が整った。

 マリーノエラはタヤマの説明だけではまだ理解していなく、混乱している。

「ちょっとなんなのよ? まだ、半分も終わってないのよ。どういうこと?」

「状況が変わったんだよ」

 ショーンは手短に説明した。

「俺たちは危険状態になったから、もうここを脱出する。キミも逃げた方がいいから一緒に行こう」

「ええ!?

「すまないな、マリーノエラ」

 混乱していても状況は分かったらしく、渋々従うマリーノエラ。

「もう。途中で仕事放棄するのは嫌なんだけどね」

「半分以下でも助かったよ。ありがとう。ちゃんと報酬は払う」

 ショーンがそう言うと脱出経路を手引きする忍びがやってきて皆を誘導してきた。

「陛下、皆様、どうぞこちらへ」

 皆に続き、ついていきながらマリーノエラはハッと思い出して叫んだ。

「私の荷物!」

「大丈夫だ。後で運ばせるから!」

「も〜〜〜〜」

 熟女は仕方なさそうに、レオたち一行と鳳凰城塞から脱出を共にした。

 

 

 

 皇帝の親衛隊長であるフェリクスが、予定よりも一日早く鳳凰城塞に着いたのはその二時間後。

 日も暮れた暗い時間に慌ただしく砦内に入り、すぐに門を閉鎖させる。理由を知らない兵や家政婦たちは何事かとざわめいたが、訳を知っていた二人の家政婦は緊張しつつ様子を見る。

 自分らが家政婦として潜入したことは恐らくバレておらず、レオたちはもう逃げたはず。大丈夫だとは思うのだが、不安はある。

 

 フェリクスは宮廷に戻った時に『鳳凰城塞に反乱組織の人間が潜入するから早く帰るよう』軍師から促されて半信半疑で帰ってきたが、砦内をくまなく探すと皇族専用の部屋で僅かに何者かが侵入した形跡を発見。そして……

 マリーノエラ技師の姿が消えていた。

 それも、シガ軍師が忠告した通り。

 恐らく技師は拉致されたものと想定されて、周囲の捜索も開始される。

 同時に“反乱軍”の攻撃に備えて守りを固める。

 

 家政婦たちには避難が命じられた。

 

 その報告を受けた玲菜たちは、自分たちが逃がそうとしていたので予定とは違って焦ったが、一先ず他の者と一緒に避難指示に従うことにする。

 無事に避難が終わったら本拠地に戻るというのが今のところ安全であり、当初の予定と違っても女性たち一般人が無事なら目的は達成ともいえる。

 しかも避難はすぐに実行されそうなので落ち着いて過ごせば簡単に終わる。

 玲菜とミリアは目立たぬよう成り行きを見守った。

 

 

 一方。

 地下研究所の管理兵は、まんまと侵入者に騙されたことを咎《とが》められつつ、『皇家の紋章付き短刀』のことや『宮廷からの手紙』のことを理由として話す。

 宮廷からの手紙のことは、反乱組織の人間を陥れる物だと軍師から聞いたような気もするが。

 話を聴いたフェリクスは、『皇家の紋章付き短刀』に嫌な予感があり動揺しそうになった。

 まさかとは思うが、本物ではないだろうか。

 管理兵たちは巧妙な物だったと話すが、もしも本物であったならその持ち主は……

(アルバート様……)

“反乱軍”の首領は、皇帝によく似た男だと言われている。

 しかし、その“似た男”が皇家の紋章付き短刀にそっくりな物まで持っていたなんて。

 もちろん皇帝を装うために巧妙な偽物を用意した可能性もあるけれど。

(俺は、重大な間違いを犯そうとしているのかもしれない)

 

 もしも自分の恐ろしい予想が当たってしまったら……

(俺は、最愛の妻の兄を……)

 けれど、現皇帝を裏切ることはできない。裏切ったらクリスティナは牢獄に囚われてしまうだろう。即位する前の彼だったら異母妹をそんな目に遭わせるわけはないのだが、今の彼は別人のようになってしまったから。というか、オーラム枢機卿の言いなりであるから。

 

 フェリクスは深いため息をついて、とある決心をする。

 そのことを部下に伝えた。

「恐らく、すぐにでも“反乱軍”はここを攻めてくるだろう。返り討ちにすることはもちろんの事、敵軍の首領はなるべく生かして捕えるように。兵たちに伝えてくれ」

 どうなるかは分からないが、あわよくば人質にもできる。

 フェリクスの命令は鳳凰城塞の兵に伝えられて迎え撃つ準備が着々と進められた。

 

 

 

 そして……

 翌朝。いつ攻められるか分からない砂上の砦では、早々に家政婦たち女性の避難が始まる。

 荷物を持って列を成して、護衛もつけて順々に砦から出て行く。

 敵や賊が現れないと思われる道を警戒しながら歩き、城塞を離れる。

 その中に玲菜やミリアが入っていて、朱音も腕が見えないマントを被って紛れ込んでいた。

 並んでいるので中々抜け出すことも叶わなく、集団行動を強いられる。

 また、皆をまとめていたのが家政婦長のマーサだった為に、彼女にも顔を見せないように玲菜は静かに行動した。

 とりあえず女性たちが皆、砦から出たことだけでも確認するとホッとする。

 後は、レオたちの無事を強く祈って、玲菜は女性たちと一緒に歩いた。

 

 

 その日玲菜たちは結局抜け出すこともできなく、小さな村の教会で皆と一緒に休むことになった。

 誰かがはぐれたらまずいと思われているのか、意外と管理の目が厳しくて中々隙をつくことができない。いや、朱音なら簡単なのだろうが玲菜やミリアにとっては難しい。

 たとえば、自分の村が近いから集団を抜けるという場合にはマーサに報告をしなければならないし、安全な距離になるまで単独は控えさせられる。

 玲菜とミリアはいつ抜けようかと相談をしていたが、それよりも一日歩き通しだったので疲れてしまって、その晩は一先ず眠ることにする。

 明日以降にタイミングを見計らって抜けてしまうとして。

 不安を感じながらも眠りに就く。

 レオたちのことは頭から離れずに、けれど朱音から「無事に本陣と合流したらしい」という話を聞いて少しホッとして目を閉じた。

 だが、本陣にたどり着いたのは良くても、そうなると戦が始まってしまう。出撃が始まる怖さは拭えることは無かった。

 

 

 その頃。

 鳳凰城塞から少し離れた場所に張ってある陣にて。

 護衛の居るテントで横になっていたレオは眠れなくて一人外に出る。「大丈夫だから」とフルドの付き添いも離れさせて、寝ている兵隊たちを横目にあまり人の居ない方へ行く。

 もちろん周りには警戒しているし、どこかで白雷が見守っているのだろうとは思う。

 けれど一人になって、戦で今まで感じたことの無い不安に襲われていた。

(なんだろうな。オヤジも居るのに)

 ショーンが居るといつも安心していた。だが、二年前とは大分違う状況。

 いや、そうではないか。

(オヤジが鳳凰城塞で『作戦を失敗した』って言って。オヤジでも失敗することがあんのかってちょっと思った)

 無いと思っていたから。

(変だな。俺は常勝無敗の“勝利の皇子”だったのに)

 

 自分たちがたどり着くと、奪還軍本陣にはすでに兵が続々と集まってきていて、武器もどんどん運ばれてきていた。明日、準備を整えて最後の確認をして、明後日の朝には出撃ができる態勢になる。

 本拠地を離れていたレッドガルムは強そうな砂族の大軍を率いてきた。砂上の砦に入る前の砂漠での戦いは、彼らは圧倒的に頼りになるはず。

(後は朱音が戻ってくるだけか。……玲菜は今、何をしている?)

 レオはこんな時のために持ってきていた携帯電話の電源を入れて、彼女の写真を眺める。

 照れた顔が可愛くて、自然と笑顔になった。

 すると、不安もどことなく減ったように感じる。

(うん。効果あるなぁ、このシャシン)

 

 その時――

 

「ニヤニヤと、何を眺めているの?」

 今まで気配の無かった後ろから、大人の女性の声が聞こえてレオは振り返った。

「誰だ!?

 一瞬、マリーノエラかと思った。自分に気安く声を掛けるなんてここでは彼女くらいなものだし、そもそも女性自体が物凄く少ない。

 だが、見えたのは髪の長い美しい女性。

 妙に色気があり、豊満な胸をしていて、赤に近い茶色の波打った髪を後頭部で束ねた年齢不詳の美人。見た目は三十歳前後か。

 ただ、姿に憶えがあって、レオは声を上げた。

「お前は!! ……タチアーナ!?

 なぜここに居るのか。というか、部外者はここへ入れないはずで。しかも、白雷が見張っているので怪しい者が現れたらすぐに来るはずなのだが。

 

「陛下!」

 そう思ったら早速白雷がやってきてレオを守るように立った。

「貴様! 何者だ!? いつの間にここへ!」

 タチアーナは手を向けて笑いながら言う。

「やめてよ。私、別に暗殺者とかじゃないのよ。ねぇ? レオさん。レオさんとは一緒にお酒を飲む仲だものね」

 レオは頭を押さえて彼女に言い放った。

「いや、もう飲まない。あれで俺は酷い目に遭った。というか、お前と関わるとロクなことがない」

「彼女に怒られるから?」

 図星を突かれて、慌てたレオは怒り気味に答えた。

「うるさい! とにかくもう誤解されるのは嫌だから。そういう服装で俺に近付くなよ」

 タチアーナは胸元の開きすぎた服を着ている。スカートにもスリットが入っていて、太ももがチラチラと見える状態。

「んもう、何着たっていいでしょう? 嬉しいくせに」

 挑発気味に答える彼女にレオが睨みつけると、タチアーナは態度を改めて真面目な顔をした。

「私は忠告しに来たのよ」

「忠告?」

 意味が分からない。

「忠告ってなんだ?」

 不審そうに見るレオに、彼女は告げる。

 

「シリウスの剣を使っては駄目よ。もしも誘惑に負けて“力”を解放したら貴方は死ぬ」

 

 

「はあ?」

 なんてことを言うのか。あまりの不吉な言葉に、レオよりも白雷が先に怒り出した。

「なんだと!?

 けれど、タチアーナは動じずに続けた。

「ただ“使う”だけなら平気だけど、使っていると段々チカラに誘惑されるから。知らずに貴方も求めてしまう」

 呆然と聴くレオと白雷に「ふっ」と微笑んで、彼女は「それだけよ」と言って去って行った。

 

「あ!」

 つい止まってしまった白雷が追いかけたが、すでに姿は暗闇に消えていて。

 

「一体、何者だったのでしょう」

 首を傾げる白雷にレオも不思議そうな顔をして「さあな」と返す。

 最初から彼女は正体不明だった。

(シリウスの剣を使うな……か)

 思えば玲菜に止められてから二年間、約束を守って使っていなかったことを思い出す。

(でも……)

 切れ味が良いのは前にほんの少しだけ使った時に知っていたので、今回の戦にも持ってきていた。いざとなったら使おうとして。

(力を解放ってなんだ?)

 まずやり方が分からないから解放するはずもない。

 彼女は“解放したら死ぬ”と言っていた。

 

 信じるわけではないが、解放しなければ良いのではないかとも思う。

(誘惑とやらをされてもはね除ければいいんだろうが)

 とはいえ、基本的に使う予定はないのだが。

(アイツとの約束だし)

 レオはもう一度玲菜の画像を見てから、携帯電話の電源を切った。

 夜更かしは良くないので、テントに戻って眠ることにする。

 玲菜のことを考えながら静かに眠りに就いた。

 

 

 

 *

 

 ――そして翌日、戦の準備を整えて最後の作戦会議もする。

 兵たちは揃い、夜には、出撃のための乾杯をした。

 レオは黒竜から朱音が少し遅くなる報告も受けたが、同時に玲菜とミリアが無事に本拠地へ向かったとの話も聞いて安堵した。

 朱音は彼女らを送ってから来るので遅れるのだという。

 マリーノエラも護衛をつけて緑龍城へ向かってもらったので一先ず安心か。

 

 

 ついに、夜が明けると……いよいよ、出撃となった。


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