創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第三十八話:砂上の会戦]

 

 砂の下には宝が存在している――。

 伝説では、それは“神”の世界の物だと言われていた。

 人々は砂を掘り、地下で“宝”を見つけると、神からの贈り物だと信じて疑わずに使用した。

 たとえそれが争いを引き起こすものだとしても。

 

 

 砂上の砦の地下からは元々豊富な資源が掘り起こされていたが、何よりも『兵器』が出てくると研究者の間から言われて続けていた。

 その地は神の恵みの聖地でもあり、守らなければならない大事な土地。

 

 

 そして近年。

 実際に旧世界の兵器と思われる物を大量に発見したのだが、大発見の朗報とは裏腹にボロボロに崩れて全く使えない物ばかり。喜んだのは考古研究者だけで、“贈り物”を利用しようとしていた多くの発掘者たちは嘆いた。

 しかしすべてが廃棄処分ではなく。

 中には組み立てたり修復したりすれば使えそうな部品等も多く見つかる。破損がほぼ無い銃らしきものもチラホラ。

 だが、今までに発見したことのある物とは明らかに違う時代の未知な物が多く、使い方や組み立て方、修復しようにもお手上げ状態。

 各地の研究者や技術者を呼んでも困難で放置される物も多々あった。

 

 辛うじて解析できた一部の物も、実験で壊れてしまったり、大事な部品が見つからずに使えなかったりする物が多くて、しかも精密すぎる構造に四苦八苦する。

 このままでは研究に百年ほどかかるのではないかと言われていた矢先に、皇帝の反乱組織に動きがあるとの報告。

 

 その時、鳳凰城塞に居たフェリクスは天才技師・マリーノエラを呼ぶことに成功。

 さすがは帝国一の技術者か、彼女が来た途端に解析がどんどん進んでいく。数は少ないが、もしも敵が攻めてきた時に対応できるぐらいの物は揃った。

 

 ちなみに、威力の実験と称して密かに人体を使った残虐な行為が、都から派遣された秘密部隊によって行われていたが、発見したフェリクスはすぐにやめさせて非人道的な被害に遭った人々は密かに解放された。彼らは元囚人であったりしたが、罪を問わないとされると逆にフェリクスの軍の下兵に志願する。前線で戦う危険な兵であれども、彼らなりの報いでもあった。

 ただ、フェリクスは、こういった秘密部隊は他にも居るだろうと確信していて、実験は別のどこかでも行われていると予想する。

 自分が見つけたのは恐らく氷山の一角だと憤りを感じていた。

 

 

 

 ―――――

 

 いよいよ奪還軍が『砂上の砦』に出撃をする日の朝。

 自分もそれなりに鎧を着けたショーンは重そうにしながら軍総隊長のテントへ向かう。

 板金も改良されて大分軽くなっているはずだが、それでもまだ重いと感じるのは歳のせいか。

(もっと筋トレしなきゃな〜)

 心の中で嘆きつつ、軽くて堅い甲冑を作れないかと頭の中で練っていた。

(やっぱ合金鋼か。鉄よりも軽い物ってなんだ? アルミ? いや、アルミは脆すぎか。カーボン? カーボンは堅いけど加工する技術が無いからな)

 考え事をしているといつの間にかテント前に着き、ショーンの顔を見て護衛兵が入口を通した。

 

 中に入ったショーンが目にしたのは、騎馬用の鎧に身を包んだレオ。横にはフルドが居て、まだ装着するのを手伝っている様子。

 胸甲の紋章は違えどもシリウスを彷彿させてショーンはニッと笑った。

「間違えて青いマント羽織るなよ」

「ああ!!

 声を上げたのはフルドであり、間違えて青いマントを用意していた様子。

「お、お待ちください! 取り替えます」

 慌てて荷物を漁って、白銀色《しろがねいろ》のマントを取り出した。真ん中には奪還軍の印として使っている青い十字の紋が入っている。

 装着したレオの姿を見て、ショーンは歓声を上げた。

「おお〜すげぇ。さすが映えるなぁ。賊軍じゃなくて正規軍の大将に見えるぞ」

「ああ」

 照れくさそうに、しかし得意げな顔でレオは答えた。

「まぁそうだろうな。今着ているやつは、大体が即位式で着けていたやつを加工させた物だし。だから素材は皇帝レベルだから」

 皇帝レベルというのはつまり最高質な物。

「そうか。そりゃ、頑丈そうで何より」

 納得したショーンは笑い、レオの様子がそれほど心配する状態ではないことに安心する。

 もしかしたら緊張しているのではないかと思ったから。

 比較的落ち着いている風で良かった。

 察したのかレオの方から言ってきた。

「俺が緊張していると思ったか? オヤジ」

「ん?」

「初陣でも、平然としていたのに?」

「今までと状況が違うから」

 ショーンは苦笑いする。

「でも大丈夫なら良かった」

 ホッとする軍師に向かってレオは意味ありげに笑った。

「いや、大丈夫でもねーぞ。もしかしたら全く太刀打ちできねーかもしれないし」

「レオ……」

「けどさ、二年待って偽者たちにようやく剣を向けられると思うと、ちょっと闘志がわく」

 そうだ。これは彼の強さであり、彼はずっと攻める時を待っていた。

「うん。そうだな」

 

 ショーンが返事をして、いよいよテントの外へ出ようとした矢先に――黒竜が忙しく中へ入ってきてレオの前でひざまずく。

 ちょうど入ってきた情報を告げた。

「陛下! 只今入った情報によりますと、サン・ラーデ市にも皇帝の軍が向かっているとの事。アスールスの時同様、謀反領主の町として包囲されると思われますが、如何いたしましょうか」

「ああ、そうきたか」

 聞いたショーンは頭を押さえる。

「だろうとは思ったけど。ホントに実行しやがって」

「こんな時に」

 レオも頭を痛めたが、相手側の目的はこちらの兵を割くことだと分かっていたショーンはその手には乗らない方向で軍総隊長に伝えた。

「焦るかもしれねーけど、一先ずまだ軍を派遣させるなよ。相手の思うつぼだから」

「え?」

「サン・ラーデもアスールスの二の舞になってしまいますぞ」

 心配する黒竜に、決して楽観視するわけではないがショーンが教える。

「サン・ラーデ市は古いが一応町を囲む城壁もあるし、いざという時に抵抗する備えがあるんだ。だからもし市民が皇帝の管理下を拒むなら、伝令を送って、少しの間抵抗してもらった方がいいかもしれない」

「なるほど」と思ったレオは案を出した。

「じゃあ、タヤマに伝えたらいいだろ。あいつならなんとかできる。伝令もタヤマに任せて、町を助けに行かせる時はカルロスに言うから」

 これがそのまま命令になり、黒竜は承知して去って行った。

 

 サン・ラーデ市のことは一先ず市民の意思と市の守備隊に頑張ってもらうとして。

 

 レオは改めてショーンと顔を見合わせる。

 フルドの差し出す、刀と短刀とシリウスの剣を受け取りそれぞれ腰と背中に帯びた。

「さて。行くか」

 

 

 テントの外の野営地では、準備を終えた兵たちが隊列を組んで待っている。

 真実を知っている者も知らない者も、皆、軍総隊長が出てくるのを待っていて、兵隊の前にレオが立つと皆が大歓声を上げた。

(こんなに居たのか)

 改めて、奪還軍の兵の多さに目を見張るレオ。

 知らぬ間に、皇帝に反乱する者がこんなに集まっていた。幹部の配下だけでなく、全く関係の無い志願兵の多さに圧倒される。

 斜め後ろに立つショーンにボソリと言った。

「ここに居る志願兵は皆、皇帝に反乱する者たちなんだな」

「いや、そうじゃねーよ」

 ショーンの答えにレオは訂正をする。

「ああ、違うか。金目当ての傭兵も居るよな。そいつらはたまたまこっち側に居るだけで……」

 

「皇帝じゃなくて、“現”皇帝な」

 

「つまり、俺だろ?」

 二人の会話は、歓声に紛れて誰にも聞こえない。自分に反する者たちがここに集まっているのではないかと思うレオに、ショーンは彼に教えていなかったことを伝えた。

「反乱組織の頃から、奪還軍に志願してきた奴に、入軍させる前に必ず訊くことがあるんだ。『なんで入りたいのか』動機について」

 行き届いていたかは不明だが、スパイに警戒していた為に一般の志願兵や傭兵のことはある程度の管理が入っていた。

「そしたらほとんどの奴はこう答える。『シリウス……アルバート皇子に憧れていた』と」

 その言葉を聞いたレオは顔を上げたが、ショーンは続きを話した。

「要するに、彼らはお前のファンで、だから皇帝になって人が変わってしまったようなお前に耐えられないそうだ。何も首が欲しいんじゃない――」

 

 彼らの望みは、アルバート皇帝陛下の目が覚めて、オーラム枢機卿の言いなりで政治をするのをやめること。

 誰もが認める素晴らしい君主になるのは難しいだろうけれども、もっと国民のことも考えてほしいとの事。

 

「――自分たちが反乱を起こすことで民衆が苦しんでいることに気付いてくれればいい、と。声を聴いてもらうために奪還軍に志願したそうだ」

 

 彼らにとって“奪還軍”とは、元の帝国を取り戻すという意味に値する。重い税や特定の民族の優遇・特権化、厳しくなった異端者の取り締まり……人々は重い税のために身を粉《こ》にしても貧しい暮らしを強いられて、密告を恐れて他人を信用しなく、極一部の民族の横暴を我慢した。

 月日が経つにつれ暴動を起こす者も増えて、一般人は巻き添えを食わないように逃げる。

 他国と戦をやっていても、前皇帝の頃はここまで酷くはなかった。

 

 それでも、彼らはどこかでアルバート皇帝のことを信じている。神話の英雄・シリウスのようだった彼はきっと自分の間違いに気付いてくれると。

 

 だから、奪還軍に志願したのだ。皇帝を……国を正すために。

 

 

 ショーンの話が終わると、レオは何も言わずに刀を抜き、頭上で掲げた。

 

 兵たちは一度「おお〜」と歓声を上げたが、静まり返って耳を傾ける。皆息を呑んで奪還軍の軍総隊長の言葉を待った。

 

「俺は約束する!!

 静かな場にレオの声が響き渡った。

 

「必ず国を取り返すことを!! 国民の声が通る国にすることを!! そのために、今、玉座に居るヤツを打倒する!!

 

「うぉおお」と声が上がりそうなところに、レオは静まらせて今の想いを放つ。

「だからお前らも約束しろ!! 奪還する瞬間を生きて過ごすと!!

 こんなになってまで自分《シリウス》を信じてくれる者たちを死なせたくはない。

 

「必ず、皇帝にお前ら自身の声を聴かせてやれ!!

 

「うぉおおおおお!!

 兵士たちは剣や腕を掲げて興奮染みながら大声を上げた。同時に「軍総隊長」や「レオ」の掛け声も。

 

 本当は演説の時は馬に乗るという段取りがあり、馬を用意して引いてきたフルドは、いつの間にか演説が終わっていたことに驚く。

 戸惑いつつも近付き、他の幹部たちも駆け寄った。

「アルバート様! 見事な演説。私は泣けました!」

 こう言ったのは奪還軍の緑龍騎士団を率いるバシルであり、本当に感動したのか涙を流していて、しかも少々大きめな声を出したのでレオは注意した。

「名前を呼ぶ声がでかい! 事情を知らない兵にもバレんだろが。もういい加減レオでいいって言ってんだろ! いつ慣れんだよ」

「す、すみません、アルバート様!」

 バシルは謝った後に慌てて訂正した。

「いえ、……レオ様」

 ちなみに、緑龍騎士団には元蒼騎士聖剣部隊のメンバーが多いので、レオ及びショーンは彼らと主に行動を共にすることになる。真実を知っていて且つ慣れているので動かしやすいのと、レオ自身も動きやすい為に。

 戦力的にも軍最強であり、相手の騎士団と対等以上にわたり合える精鋭部隊である。

 

 一方。同じく本陣に居る、修理班であるイヴァンも駆け寄り、他の者が注意できないようなことをサラッと注意した。

「レオ、あんま調子乗って前衛に行くなよ! 士気を上げるとか解るけど、お前目立つんだからさ」

「分かってるよ」

 分かっていると言ったが、恐らく前に行ってしまうだろうと思ったイヴァンは「はぁ」とため息をついた。レオのことは腕のある忍びの護衛たちが抜かりなく守るので平気だとは思うのだが妙な胸騒ぎもある。

 まぁ、相手の兵器によってはどこに居ても安全とはいえない。イヴァンは機械仕掛けの弩用の太矢を肩に背負って、自分の配置へ向かった。

 

 

 その後、馬に乗ったレオの許へ黒竜がやってきて伝達をしてきた。

「別陣のダリア殿とカルロス殿も準備は万端だそうです。命令を待って待機している様子。それと、サン・ラーデ市のことはタヤマ様に伝えました」

「ああ」

 レオの後ろにはバシルと緑龍騎士団が。左右にはフルドとショーン。少し離れた場所にはレッドガルムが居る。

 レッドガルムにレオは指示した。

「砂上は砂狼団と砂族が頼りだ。行けるか?」

「任せてください!」

 帝国一の強さと言われるバシルに決して引けを取らない腕を持つレッドガルムは馬に乗り前衛へ向かった。前衛には彼が率いる砂狼団と助っ人に来た砂族の戦士団が居る。

 砂族の戦士は頭にターバンを巻き、顔を半分隠して、反りのある片刃の剣や大きな角のような武器を両手に持っている者も居る。中にはどうやって使うのか分からない妙な武器を持っている者も。しかしいずれも強そうな戦士ばかりで彼らの活躍は期待が高い。

 

 レッドガルムが前に行ったのを見計らってから、黒竜は最後に伝えた。

「朱音は到着までもうしばらくかかるようです。緑龍城へは順調に向かっているとの事」

 聞いたレオは「ふぅ」と息をついて返した。

「分かった。玲菜とミリアのことは俺の横に居る軍師にも伝えてやってくれよ」

「聞こえている!」

 隣で馬に乗っている軍師は顔を赤くしてそう言い、「俺よりもイヴァンに伝えてやれ」と教えた。

 レオは「そうだな」と頷きながら少し笑ったが、気持ちを切り替えたように真面目な顔になる。

 いよいよ出撃で、相手は迎え撃とうと待っているはず。

 

 皆が注目する中、レオは兵に命令した。

 

「出撃開始せよ!」

 

「うおおおおお〜〜〜!!」という雄叫びが地鳴りと共に響く。

 皆、旗を掲げて出馬して、隊ごとに進んだ。

 風と軍隊の行進で砂は舞い、砂塵を吸わないように兵はスカーフを口元に巻く。砂除けの眼鏡(ゴーグル)を装着する者も居た。

 

 

 やがて……

 そびえ立つ砂上の砦が間近に見えた時、鳳凰城塞の軍勢が待ち構えているのも見える。

 向こうの射程よりも離れた位置で止まり、横の列に並ぶ。皆、自ら士気を上げるために雄叫びや旗を揚げて意気込んだ。

 それは相手も同じ。届かないと分かっていながら、時に威嚇のために大砲を撃ってくる。

 

 第一陣の前衛は砂族や砂狼。彼らは砂上での戦いに、圧倒的に長けているので先陣を切ってもらう。

 レオは中央に着き、兵を進軍させる。

 そしてギリギリの射程距離外程で止まり、第一陣を作戦の陣形にさせた。

 更に歩兵の後方や両翼では射出・砲撃系の隊が発射準備をする。運ばれた防壁や大盾を決められた配置に速やかに並べて、火薬や火も抜かりなく用意した。

 細かい指示は各隊長が行い、時に兵を鼓舞して回る。

 

 程無くして準備は整い、後は攻撃開始の命を待つだけとなった。

 

 

 一瞬――

 敵味方合わせて何万と居るこの場一帯が妙な静けさに包まれた。

 前方を見えなくする砂埃が突然治まる。

 今から戦いが起きるとは思えぬような静かな時。

 

 その時を待ち構えていたようにレオは命令した。

「進撃を開始しろ!」

 

「放て!!

 次の瞬間には長弓隊の隊長が号令して一斉射撃が始まる。

 砲撃も同じく。

 大砲だけでなく弩隊や大型弩砲も火炎付き極太矢で発射された。

 

 そして、突撃するのはレッドガルム率いる第一陣。巨大な斧槍を担ぐその男は、敵軍の砲撃や矢をすり抜けて敵軍に突っ込む。自ら先頭になり、向かってくる騎兵を次々に突き倒した。

 勇猛な砂狼団はそれに続く。彼らは元傭兵であるが非常に統制が取れていて、陣形を崩さず攻守の切り替えを完璧にこなす。むしろ正規の騎士隊である鳳凰城塞の兵の方が慌てるくらいで、乱れた相手の陣形にまた斬り込んで前進した。

 同陣の傭兵や戦に慣れない志願兵たちは砂狼の勢いに押されて、臆することなく進撃する。

 

 しかし、初めの内は攪乱《かくらん》されていた鳳凰城塞軍も段々と落ち着きを取り戻して中央突破をさせまいと陣形を整える。徐々に奪還軍を圧し返して、逆に向こうが進撃してきた。

 

 

 ――様子を見ていたバシルがレオに訊ねる。

「やはり相手は手強い。フェリクス殿はまだ出てきてはいないようですが、第二陣も突入しますか?」

「バシル、ウズウズする気持ちは解るが、フェリクスどころかまだ例の兵器も出てきてないんだぞ」

 レオはそう言うが、マリーノエラの話を聞いていたバシルは気付いたように頷く。

「もしかすると、マリーノエラ殿がすべて解体して兵器が使えなくなったのかもしれませぬぞ!」

「バシル殿」

 ショーンは残念そうに伝えた。

「残念ながらそれは無いよ。マリーノエラは、全部はできなかったと言っていた。それに、解体も分からない様にしたんだ。連中が判別つかない限り兵器を出してくるだろう」

 つまり、まだ兵器を隠しているということ。こちらの戦力が出すに足らない証拠だ。

 全軍突撃させれば出してくるかもしれないが、それはまだ危険すぎる。相手の兵力をもっと減らしてからではないと全滅に追い込まれる可能性がある。

(逆に、旧世界の兵器は多分向こうにとって秘密兵器なんだろうな。マリーノエラの言う通り)

 彼女が言うには、いわゆる旧世界の兵器で使える物は全部で七つしか無いのだという。内、三つは彼女が解体改造したので使おうとしても使えないはず。

 残りの四つは、向こうが危機的状況になったら出てくると予想できる。

(たった四つなら、こっちの爆弾で壊せるはずなんだ)

 マリーノエラの改造で、動かない兵器に焦っている内に攻撃できれば。

(そのまま勢いで、城門を突破できれば、なんとか……)

 あと怖いのはフェリクスの隊だけとなる。元鳳凰騎士団員の多い親衛隊。

 親衛隊は手強いはず。だが、それよりも心配なのは見知った顔が多そうなところ。

(レオはまだしも、バシルが戦えるかどうか)

 まぁ、こちら側にバシルが居ることに向こうは驚くだろうが。

 当のバシルは圧されるレッドガルムたちを心配そうに見ている。

「大丈夫だよ」

 それも計算だと、ショーンは声を掛けた。

「見てみろ。激しい乱戦で砂煙が凄いだろ? こうなったら、砂族の出番なんだ」

「え?」

 確かに見ると、第一陣と敵が交戦している辺りは物凄い砂煙に巻かれている。これでは視界も悪くうまく戦えないはず――そう、バシルが思った矢先。

 

 圧してきていた敵軍が今度は段々とさがっていく様子が見えた。

 

「おお!?

 見間違いではない。明らかに撤退をしている。

「どういうことでしょうか?」

 目を疑うバシルに横からショーンが説明をした。

「砂族だよ。彼らは砂上での戦いを得意としているから。視界を遮る砂を利用して、砂埃に紛れながら敵を攻撃している」

「ええ!? しかし、砂で視界を遮られるのは砂族も同じでは?」

「いや、彼らは砂漠を熟知しているから、うまく避ける方法を知っているのかもしれない。もしくは遮られても分かるとかさ」

 そして、レッドガルムも元砂族であり、砂狼の者も砂族出身が多い。

 砂上を戦場とした時にまさに彼らはうってつけというわけであった。

 

 敵側が撤退しているのを見て、バシルは促す。

「どうします? 今が好機では? このまま我々も出て一気に城門を破るとか。レッドガルム殿には追撃させますか?」

 

 そうだ。普通ならその判断をする。

 砂上ではこちらが圧倒的に優勢らしく、敵が後退している今、第一陣には追撃させて自分たちが追い打ちをかける。向こうが反撃に出る前に砦の門を突破できるかもしれない。

 別陣も同時に進撃させれば包囲も可能。……もっとも、兵器の登場が怖いので籠城させないで早めの陥落を狙うが。

 

 追撃させるか?

 そして、勢いのまま全軍の攻撃をするか。

 判断は今しなければいけない。

 

(旧世界の兵器が出てくる前に)

 そう思ったレオが、追撃の命令を出そうとした時。

「ちょっと待て!」

 ショーンが彼を止めさせる。

「黒竜君が、こっちに向かってくる」

 敵軍の最新の情報を持った黒竜が、急いでこちらに向かってきた。

 慌てているはずなので、恐らく聞いた方がいい。

 レオは命令するのを少し待ち、彼が到着するのを待った。

 

「陛下!! 追撃はおやめください!」

 

 近付いた黒竜はまずその報告から入る。

「罠です!!

「え?」

「旧世界の兵器はすでに出ています!! 砂埃で視界を遮られた時に!」

 

 そうだ。砂上の砦の兵たちも、砂族のような特技は持っていなくても砂漠での戦いの訓練は相当している。砂埃で前が見えなくなるのも分かっていて、こちら側にレッドガルムが居ることも。

 まともに戦っては勝ち目が無いのも予想していただろう。

 だから、むしろこの機を待った。

 人が駄目なら兵器で戦うしかない、と。

 しかも、視界が多少悪くても旧世界の兵器ならば敵を狙い撃ちできるはず。

 

 嫌な予感がしたショーンは、レオに伝えるよりも先に黒竜に自ら命令してしまった。

「レッドガルムに追撃はするな、と! 一旦第一陣には退くように言ってくれ! 向こうも追ってはこないから」

 

 多分、追撃したら旧世界の兵器に狙い撃ちされる。砂煙に紛れて兵器をこっそりと出して、撤退したのは圧されたからではなかった。

 全軍で突撃というのも以ての外。

「早く!」

 ショーンからの命令であったが、レオもきっとそれに従えと言うだろうと判断した黒竜は一瞬軍総隊長の方を向く。

 レオが何も言わずに頷いたので「承知しました」と返事をして彼はレッドガルムの許へ向かった。

 急いで伝令しないと取り返しのつかないことになる。

 

 

 程無く、黒竜の伝令を受けたレッドガルム率いる第一陣は少し首を傾げながら本陣に戻ってきた。

 なぜ、敵の退いたこのチャンスに追撃をしなかったのだろうか。

 そう疑問に思っていた者は多く居て。

 

 しかし、砂塵が治まって見えた光景に背筋が凍る。

 はっきりとは見えないが、砂に隠れて大砲に似た兵器を三門用意されていた様子。

 あのまま突っ込んでいたら完全に狙い撃ちにされていたと誰もが感じた。

 まさに、軍師の英断。

 

 とにかく相手の兵力は落としたはずだし、無事な兵士も多くてショーンはホッとした。

 主力のレッドガルムもほとんど無傷に近い。

 一緒に戻ってきた黒竜に声を掛けた。

「黒竜君、よく見つけてくれたよ。助かった! 兵たちも命拾いしたと思う。もちろん俺たちも」

 罠を見破られた相手は作戦を立て直すだろうし、しかしこちらも易々とは再突撃できない。

 多分向こうもすぐには攻めてこないと予測。というか、砂漠ではやはりこちらが有利なのは承知しているはずで。どうやら旧世界の兵器は簡単に運べないらしい。

(ま、運ぼうと思えば運べるんだろうけど、扱い方がまだよく分からなくて慎重に動かしているという感じか)

 マリーノエラを奪ったのは正解だったとショーンは思う。

 彼女は解析でほぼ理解していたはず。

「とりあえず兵を休ませるか。向こうもしばらくは動かないだろうから」

 そう、軍師に提案されたレオは兵たちに休息を指示した。ずっと出番を待って緊張している別陣にもそれを伝えさせる。

 

 

 

 とうとうその日は夜になってもお互いに動きは無く、緊迫していても兵は休息をとることができた。しかし緊張が無くなってしまうのも危険なので、ショーンはすでに立ち塞がる兵器の攻略を、頭を絞って考える。なるべく犠牲を少なくというのは難しい問題であった。

 

 そして翌日。

 思ったよりも早く、朱音が本陣に到着した。彼女は急いで戻るために夜通し馬を走らせたのだという。

 軍総隊長と軍師には、玲菜とミリアが無事に緑龍城へ着いたことを報告する。

 

 こちらの戦況は微妙なところだが、聞いた二人は安堵のため息をついた。


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