創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第四十話:最後の旧世界の兵器]

 

 別働隊《べつどうたい》であるダリア率いる湖族の戦士隊とカルロスの隊は出立前に特別な訓練を受けていた。

 それは、新しく送られてきた兵器・擲弾筒《てきだんとう》の扱い方の訓練。

 手榴弾《てりゅうだん》発射銃により、旧世界の兵器を破壊しようとする目的がある。

 訓練をして、扱いの上手い者が手榴弾銃狙撃兵になり、他は彼らの護衛や掩護《えんご》となる。

 突撃の命を受けた擲弾筒兵団は軍師の作戦通りに、城壁を目指して動いた。

 

 その、彼らの活躍を待つショーンは、相手側の攻撃に警戒しつつ頭の中で確認する。

(旧世界の兵器はあと三つ。全部銃型。……多分、機関銃?)

 マリーノエラの話だと、銃も連射式と言っていたので恐らく。年代は分からないが、あまり新しくないことを祈る。

(ああ、そっか!)

 忘れるところだった。

(爆弾を飛ばす系もあるんだっけ?)

 爆弾を飛ばす銃というと嫌な予感が過《よぎ》る。

(グレネードランチャーじゃねぇだろうな〜)

 グレネードランチャーはある意味、砲でもあるが、マリーノエラの解釈は銃としたか。

 しかしあまりに強力な武器を知識無しに城壁内で使われたら大変なことになる。

 それこそ敵も味方もただでは済まない。

「ふぅ」

 ショーンはため息をついた。

 ただ、三つの内一つは解体改造済みらしいのでなるべく危険な物がそうなっていると良い。

 あとは、たとえ旧世界の兵器の破壊に成功してもフェリクス率いる『親衛隊』の存在があることも忘れてはならない。

 正直、諦めた方が利口な気にさえなる。

(でも、今が踏ん張り時だろ。掩軍《えんぐん》が来るのは時間の問題だし)

 兵を大量に失った状態で掩軍に来られたら、兵器が無くても勝ち目は無い。

 一先ず撤退という選択肢はほぼ無いと言える。

 

 

(ん……?)

 ふと、異変を感じるショーン。

 

 僅かだが、敵軍の攻撃が弱まったように思える。

 当然、勢力を増すのは奪還軍の方であり。

 このまま攻め続ければ間も無く擲弾筒兵団の作戦が成功するはず。

 いや、まさに順調に事が進んでいる状態であって、本来なら喜ぶべきところである。

 

 擲弾筒兵団が城壁を突破して歩廊に着いたら、城門も突破して、上と下で一斉に突撃する――と。

 

 しかし、防備を固めている城壁の突破はそう易々とできることではなく。

 長期の攻防を想定していたが。

 

 今にも攻城塔からの突入に成功しそうな雰囲気がある。

 

(なんでだ? なんで抵抗の手を緩める?)

 ショーンは著しく頭の回転を上げて可能性を考えた。

 ――そういえば、側塔や城壁塔にやたらと弓兵が居る割に攻城塔や攻城はしごに向かってそれほど矢を放っていないような……。

(ちょっと待てよ?)

 とある可能性の悪い予感がしたショーンは、自分とは離れた場所で待機しているレオの許へ行こうと馬を走らせた。

 

「レオ!!

 しかし、仲間の騎兵や歩兵がたくさん居たり、矢や砲弾が飛んできて横切れない場所があったりして中々近付けない。

 

「レオ!!

 

 敵軍が、軍総隊長であるレオを集中攻撃しないなんて保証は無い。

 いや、単なる集中攻撃くらいなら優秀な護衛が居るので平気だが、もしも彼だけを狙って一斉射撃をしたら……。

 本来なら、そんな大将の首だけを狙う行為は自軍の兵を危険に晒《さら》すのでしない作戦ではある。

 一人の首を射るのと引き換えに、周りの敵兵からは一斉に反撃をされるからだ。

 要するに、大将首に余程の価値が無い限り実行はされない。

 

『奪還軍のリーダー』は一見価値があるようにも思えるが、いわゆる、皇帝への反乱組織みたいな集団では、リーダーが討たれても変わりの者を立てて敗けを認めずに戦いを続ける場合があり。

 諸刃の剣である大将首狙いの一斉射撃をされる可能性は極めて低かった。

(でも、連中にとって……というか、“奴ら”にとってレオの首は自軍兵を全滅させても獲っておきたいもの)

 奴ら……つまりウォルトたちにとって、仕留め損ねた“本物”は脅威な存在の外ならない。

 もしもフェリクスに『皇帝から』命令があったら大将首狙いの一斉射撃は行われることになる。

 可能性としては十分にあり得て、相手側の攻撃が緩んだのも塔の上の射撃兵があまり攻撃してこないのも納得できる。

 

「レオーー!! 聞け!!

 遠くに見えるレオの姿に向かって、夢中で駆けながらショーンが叫んだ瞬間。

 

「ショーン殿!!

 すぐ横に騎馬が駆け寄り槍を振る。

 それは、ショーンに中《あた》りそうだった矢を振り落した事であったが、数本の内の一本だけその人物に突き刺さってしまった。

「うっ!!

 

「レッドガルム!!

 自分を守って矢を受けた男の名を叫ぶショーン。

 

 矢は、そう遠くない距離から放たれている為に甲冑をも貫く。

 しかし、肩に刺さった矢をレッドガルムはすぐに抜いてよろめきかけた体勢も直した。

「大丈夫です!! 肩甲に守られた。刺さったのは僅かです!」

 動じずにそう言うと、「ここは危険だ」と矢の飛んでこない方向へ誘導する。

 

「すまない。命が助かった」

 ショーンはレオに伝えるために夢中になりすぎて飛矢を警戒していなかったと反省した。

 その矢先――

 

「うぉおおおおお!」と歓声が沸き起こる。

 

 攻城塔の兵たちが見事相手の城壁に着き、橋を下ろして周りの敵をなぎ落す。

 先頭に立つのはダリアたち湖族の戦士隊で、カルロスの隊も続き、擲弾筒兵団がどんどん歩廊に入り突き進んだ。

 

 ダリアは弟に護衛を任せた後、自ら手榴弾発射銃を担ぎ、狙いを城門に定める。

 弟のロッサムは向かってくる敵兵を大槌で次々に打ち落として、恐れをなした守備隊は逃げるために自分から落ちる者も居た。

 飛んでくる矢も大型の盾でしっかりと防ぐ。

 

 そして……うろたえたのは城門の近くに居た兵たち。

 自分らに向けられた擲弾筒のでかい銃口を見ると、混乱状態になって逃げ出す。

 叫んで逃げる兵を見下ろしながら、ダリアはニッと笑って信管への点火をする。近くに居た兵たちは皆口を閉じた。

 

 直後、凄まじい砲声が上がり発射された擲弾が勢いよく飛ぶ。

 城門近くの敵兵は悲鳴を上げながら必死で逃げ出した。

 

 大爆発は地に響く轟音《ごうおん》と共に破片をまき散らして城門を破壊する。

 

 破壊といっても大穴が開いたわけではないが、ダリアに続いて別の手榴弾銃狙撃兵が追い打ちをかけるように撃ち、外から騎兵や兵隊が通れるくらいには門が砕ける。

 待機していた兵たちは喊声《かんせい》を上げながら一気に城門を突破して外郭に突入した。

 もちろん矢が放たれて倒れる者も居たが、歩廊に居る味方兵たちが掩護する。

 まさに一斉突入で、今度は内壁門を攻める。

 外郭内には敵兵が待ち構えていて砦内での乱戦が始まった。

 

「さぁ! こっからが作戦の本番だよ! 皆、どんどんぶっ放しな!」

 ダリアは歩廊の味方兵に声を掛ける。

「但し、弾はあんま多くないからよく狙いを定めて! 誤射に気を付けるんだよ!」

 まずは兵器の破壊が重要になる。

 手榴弾銃狙撃兵の護衛兵は飛んでくる矢や突っ込んでくる敵兵からとにかく攻防した。

 しかし……

 自分の隊に指示をするカルロスの近くに居たタヤマは違和感に気付く。

 流れ矢等に警戒しながらカルロスに話しかけた。

「妙じゃないですか? カルロス様」

「ん?」

「簡単すぎます」

 普通ならばもう少し激しい反撃があってもよいはずなのに、なんとなく、相手からの攻撃が緩いと感じるタヤマ。

「特に、矢があまり飛んできません」

 言った矢先に矢が数本飛んできて、慌てて盾で防ぐ。

「飛んできているだろうが!」

 カルロスは周りを見回して射手を見つけて、そこを攻撃するようこちらの射手に命じた。

 

 腑に落ちなさそうにするタヤマは放っておかれて、手榴弾銃狙撃兵は一番の目標である旧世界の兵器が射程圏内に出てくるのを待った。

 城門を破壊して城壁内に兵がなだれこんできたら間違いなく前に出てくるはずで。

 最新の情報によると銃型だと聞いている。

 奥から登場した瞬間に先手を打って撃たなければならない。遅れても外しても相当危険なことにはなるだろう。

 ダリア含む四人の手榴弾銃狙撃兵が四方に分かれて歩廊の死角から狙い撃ちをする。他の同隊兵はそれぞれ補佐や護衛、掩護、下に降りて戦う等、作戦成功のための攻防を続けていた。

 そして、壊れた城門からは待機していた兵たちが次々に突入する。

 

 

 いよいよ主力部隊が突入する頃、ついに向こうも旧世界の兵器と思われる珍しい形の銃を持った兵隊が奥から出てきて緊迫した空気が流れる。

 

「ずいぶんとまぁ、絶妙な時にやってきたね」

 ダリアは構えつつ点火するタイミングをじっと待った。

「向こうの偵察部隊にうちの主力部隊の突入の機を読まれていたみたい」

 フッとほくそ笑みながら言う。

「でも、ショーンの作戦勝ちだね」

 向こうも奪還軍の主力部隊が突入する頃を読んで兵器を出してきたようだが、こちらの擲弾筒で一斉攻撃をすれば相手の集中攻撃を防げる。

 但し外さなければの話。もし外したら主力部隊共々こちらにも撃ちこんでくるだろう。

 各地点に潜んでいる手榴弾銃狙撃兵は息を呑んで集中した。

 

 ただ、タヤマだけは何か悪い予感がして妙な緊張をする。主力部隊突入は刻々と迫っていた。

 

 

 一方。主力部隊である緑龍騎士団は、勢いのまま自分らも突入を開始する。門が狭くても馬で行き、内壁門も突破したら後は馬を降りて城を制圧するのみ。

 外郭に入った途端に狙い撃ちや集中攻撃を受けるだろうが、先に突入している隊の活躍を期待する。

 すでに、外郭の敵はほとんど片付いたとの情報もある。内部には山ほど兵が潜んでいる予想もつくが。

 怖いのは、まだ登場していない旧世界の兵器。恐らく自分らの突入に合わせて出してきて殲滅《せんめつ》を狙うのだろう。しかし、それには擲弾筒兵団の腕を信じるしかない。

 

 猛将軍が先頭に就き、軍総隊長を囲むような配備で、緑龍騎士団は突入をした。

 

 ……戦闘の騒音や蹄《ひづめ》の音で軍師の声はレオに聞こえないようだった。

「ショーン殿、我々も続きましょう!」

 レッドガルムが軍師に促す。

「ああ!」

 遅れを取らずに二人も向かう。

 早くレオに危険を知らせないと……。ショーンは目一杯の声で彼の名を呼んだ。

「レオ!!

 

 その時、必死な願いが通じたのか、奇跡的に護衛の朱音の耳に声が届く。

(今の声は!?

 チラリと目だけで後方を見て、ショーンとレッドガルムが凄い勢いで追ってくるのを確認。主《あるじ》の傍からは離れないが、ショーンがレオに何か伝えようとしていることには気付いた。

 すぐに鋭い勘が働き、それが危険通達だと察知。

 一瞬で周りを見る。

 しっかりとは確認していないのに異常な様子に気付いた。

 

 上の気配が半端無い。

 

 まさか各塔の上に、こんなにも兵が隠れ潜んでいたとは思わなかった。集中的に狙ってくることは予想していたが。

 しかも、すでに構えていて、矛先は主力部隊ではなくただ一人に向けられていた。

 予期していた主力部隊への集中攻撃ならば一斉に散る対処を皆が心得ていたのに。

 

 ただ、軍総隊長の首だけを狙った敵射手たちを、矢の放たれる前に射落とすには気付くのが遅かった。

 

 多分、射撃の気配と共に皆は散らばるだろう。護衛である自分と白雷も主を守りつつ場を離れる。しかし、きっとそれでは防ぎきれない。

 ショーンが伝えようとしていることは、これなのだと悟った瞬間に朱音の体は動いた。

 

「アルバート様!!

 せめて制圧を確認するまでは、守りたかったが仕方ない。

 初めて会った時から彼を主とし、命を捧げると誓った。……彼の母は自分にとって恩人だったから。

 

 

 ――ちょうど同じ時。

 歩廊に居る手榴弾銃狙撃兵たちは緊迫した中、いよいよ姿を現した旧世界の兵器に潜みながら狙いを定めていた。

 射程距離まであと僅かという時に主力部隊が入ってきて、相手側も慌て出す。

 

 そして……

 恐らくこちらの軍総隊長の突入があった頃だと思われるのだが。

 

 ついに、内壁門から三人の兵が出てきてそれらしき大型の銃を構えた。奴らが狙うのはもちろん主力部隊であり。

 破壊する好機はまさに今あった。

 

 こちらは四方に分かれていて、それぞれ一番近い兵を同時に狙う。

 

 その、発射させる直前に、異変の正体に気付いたタヤマは叫んだ。

「カルロス様!! 上です!!

「え?」

 周塔の上に射撃隊が居るのは知っていた。主力部隊に集中射撃をするのも分かっていた。けれど、主力部隊ももちろん承知で、作戦の中に回避の業があった。

 だから自分たちはそれよりも恐ろしい兵器担当だったのに。

 タヤマは夢中で訴える。

「レオ様が危険です!! 早く塔の上を!!

 あまりの必死な形相に、発射する瞬間に目標を変えたのはカルロスだ。

 狙撃兵に有無を言わさず狙いを塔の方へ向けさせる。

 本当は旧世界の兵器の方へ撃たなければならないのに、自分らだけ塔へ向けて発射した。

 

 ――弾は弧線を描き飛び、見事に塔へ直撃。激しい爆音と崩れる塔で場は混乱して、何人もの敵射手が落とされた。

 

 同時に多方でも発砲があり、敵も味方も一時騒然となる。

 

 

 この一瞬で……一体何が起こったのか、ショーンでさえも分からなかった。

 

 

 放たれた擲弾は城壁内で大爆発を起こす。

 

 一つは旧世界の兵器である機関銃に着弾。扱おうとしていた兵もろとも吹き飛ばす。

 元々解体改造されていた物かもしれないが、破壊に成功。

 撃ったダリアは大喜びした。

 

 だが、残りの二挺への破壊は成し得ず。

 残念ながら弾は逸れてしまった。……但し、敵兵には甚大な被害を与えたようだ。たくさんの兵が吹っ飛ばされて倒れる。光景的には無残で、見ると喜ぶ気が失くなるほどであった。

 

 それよりも、ダリアはカルロスたちだけ全く違う方へ撃ったことを疑問に思い、彼らを見る。

 確かに、塔の上の敵射手はかなり倒したのだが。矢の攻撃は主力部隊が自分たちで回避するので平気だと……

 

「あ、姉者!!

 近くに居たロッサムが悲鳴じみた声で叫んだ。

 

 

 体を震わせた弟の向いている方を見ると、そこには……集中攻撃に備えて散らばった主力部隊の兵と――主を庇ってたくさんの矢を受けた忍びの兵が一人倒れていた。

 

 

 自分も矢を受けながらも、致命傷を免れた朱音は、放心状態でその男を呼ぶ。

「……はく……らい……」

 

 彼は、主だけでなく朱音のことも守ってきたので、甲をも貫く矢をたくさん受けてしまった。

 脚も腕も貫かれて、背甲に刺さる矢は胸にも達しているようだった。

 

 敵が、大将首だけを狙って一斉に矢を放ったのは誰が見ても分かる。

 レオと朱音、白雷の周りだけ、千本にも思える矢が地面に突き刺さっていた。

 乗っていた馬も犠牲になり、鳴き声を上げて痙攣した後に静かになる。

 落馬したレオは片膝をついた状態で、朱音と白雷両方の盾と彼らの身が自分を守っていた。

 

 それでも、無傷ではなかったが、レオは全く痛みを感じていなかった。

 

 ただ、本来なら三人とも倒れていたかもしれないところを、とっさのカルロスの判断で塔を砲撃して射手を減らしたことが命を取り留めたのかもしれない。けれど、犠牲は出てしまった。

 

 

「へいか……すみま……せ……」

 頭からも口からも血を流した彼が伸ばした手を、朱音が掴んだ直後――

「……あ……か……」

 白雷は腕を落として尽きた。

 

「白雷!!

 

 彼の力の無い手を握りしめた朱音は叫ぶ。

「起きなさい!! 目を開けるのよ! 白雷!!

 自分に刺さる矢も抜かずに必死に名を呼ぶ。

「白雷……白雷!!

 何度も何度も、声を震わせながら呼んだ。

 

 

 朱音の声が響く中、場は静まり返って兵たちが止まっていた。

 奪還軍においては、敵軍による軍総隊長へのあまりの捨て身攻撃に呆然としていて、しかも本人は無事とはいえ、幹部の悲劇に動揺が走る。

 特に主力部隊は、なぜ相手の作戦が読めなかったのかと悔いる。

 

 

 一方、鳳凰城塞側は鳳凰城塞側で、大将首だけを狙ってあれ程の矢を一斉に放ったのに生きている敵軍総隊長に驚愕していた。

 

 神にでも守られているのか。

 

 そんな気にさえなってしまい、自然と恐れおののく。

 幸い、一斉射撃をやった後の敵の即反撃は免れたが。

 このまま続けても自分たちが敗けてしまうのではないかと怯えた兵は逃げ出す者まで居た。

 

 呆然としたり逃げ惑ったり、混乱に陥る鳳凰城塞側の兵たち。

 だが、その場に居た指揮官が兵たちに言い放った。

「慌てるな!! こちらにはまだ旧世界の兵器がある!! 落ち着いて、今度こそ賊首領を仕留めるのだ!!

 

 

 一方。

 動かなくなった白雷の血塗れの腕を掴んだレオは、部下の無残な姿を何も言わずに見つめていたが。

 

 フラフラと立ち上がり、背中の剣の柄に手を添えた。

 そのことで我に返った朱音は未だ放心状態で矢も刺さったままなのに反射的にレオの護衛をしようと彼の前に立つ。

 しかし……

「護衛はいい、朱音。お前は白雷の近くに居ろ」

 レオは彼女を退かしてゆっくりと剣を抜いた。

「これ以上、連中に白雷を傷付けさせるな」

 

 無意識に選んだのか分からないが、それは――黒い刃のシリウスの剣だった。

 

 

 少し離れた場所にて。白雷の事にショックで呆然としていたショーンは、レオの様子に気付いてハッとする。

「レオ……やめろ……」

“それ”を使っては駄目だと本能的に感じる。

 多分、恐ろしくて。

 例えようもない不安が渦巻く。

 

 

 鳳凰城塞側は指揮官の命令で、旧世界の兵器である二挺の銃を構えて、取り乱していた兵たちも少し落ち着いてから奪還軍の兵に向かってきた。

 弓兵たちも掩護して、城壁内に突入してきた奪還軍兵を一網打尽にする気のようだった。

「賊軍を殲滅せよ!! これ以上は進ませなく、内壁門の突破は食い止めるのだ!!

 一度ほとんど倒したはずなのに、奥からまた兵隊がやってきて突撃をしてくる。

 

 敵の勢いのある攻撃に、一瞬圧されそうになった奪還軍兵は慌てて反撃して前に進む。

 まずは擲弾を外してしまった残りの二挺の兵器を壊そうと、銃を構えている兵に周りから攻めようと向かっていった。

 更に、歩廊に居る擲弾筒兵団が掩護をする。

 狙いは銃を扱う射撃兵で、片方の銃の射撃兵は見事に倒したが――

 

 残念ながら倒すのが遅れたもう片方の射撃兵は旧世界の兵器の引き金をひく。

 

 途端に物凄い量の火炎が放たれて、攻撃をしようと向かっていた兵は皆、炎に巻かれて混乱が起きた。

「う、うわぁああああああああ!!

 火だるまになった男たちは絶叫しながら消火を求めて走り、間も無く力尽きて倒れる。

 慌てて周りの兵が消しても、もう手遅れで丸焦げになっていた。

 

 奪還軍兵は恐ろしくなって旧世界の兵器から逃げようと離れたが、銃を持った兵は狂ったように火を放つ。あまりの威力に、自ら恐怖して錯乱したためだった。

 やがて炎はいろいろな物に焼き移り、鳳凰城塞兵まで逃げ惑う事態に発展。

「やめろ!! もうやめろ!!

 射撃兵の上官が注意して無理矢理やめさせた時にはすでに遅く、外郭内の至る所に火が回って両軍とも混乱に陥った。

 

 その光景にショーンは愕然とする。

「火炎放射器?」

 ……おかしい。火炎放射系は昨日破壊したはず。

 ただ、よく考えると火炎放射の砲だと思っていたものは発射を確認しておらず、別の兵器だった可能性が。

(じゃあ、昨日のあれは一体なんだったんだ?)

 大砲型だったので、何かの砲だとは思うのだが。

 とにかく、敵兵が持っている放射銃は火炎放射器であるのには間違いない。小さなガスボンベのような物を背負っているのが見える。

(中身はガソリンでは無いか。噴射距離も短い。燃料はもしかすると独自開発?)

 

 考える間も無く、炎が迫ってきたので場から離れるショーン。

 よく見ると鳳凰城塞の兵は少し後退していて、先ほどの猛攻がやんでいた。

 こうなったらこちらも一時退却して炎が治まるのを待つか。

 煙も上がって所々視界も遮られる。

 

 そう、思った矢先に。

 一人の兵が敵軍の方に向かっていく。

 しかも騎兵ではなく歩兵であったので、一体何者だと目を見張った。

 

 ――いや、ただの歩兵ではない。

 馬に乗っていないのは自分の馬が倒されて死した為。

 他の馬を乗ろうとか、そこまで考えずに突き進んでいる。多分、怒りが勝って冷静にものを考えられていない。

 

 それは、レオだった。

 

 白雷のことで我を失うようにシリウスの剣を抜き、内壁門へ向かう。

 敵も味方もあっけに取られて止まってしまったが、慌てて敵兵が彼の前に立ち塞がった。

 

 しかし、一瞬にして斬られて倒される。

 

 まるで木の棒を振り回す如く速い剣さばきに、立ち塞がった兵の中には腰を抜かして動けなくなる者も。

「な、なんだあいつは!?

 奪還軍総隊長のあまりの強さに、敵軍では戦慄と動揺が走った。

「止めろーーー!!

 敵の指揮官はすぐに命じる。

「愚かな賊軍の首領は馬も乗らずに自ら向かってきたぞ! 大将首を獲る好機だ!! うろたえずに行け!!

 とたんに囲まれるレオ。

 

「陛下!!

 一番に飛び出したのはフルドで、バシルも緑龍騎士団に命令した。

「我々も続くぞ!!  お護りして火炎の兵器を破壊せよ!! それから内壁門を突破するのだ!!

「おおお!」と声を上げて突撃する緑龍騎士団。他の兵たちもまた勢いづき、炎をかいくぐって前に進んだ。

 

「ショーン殿、我々も!」

 レッドガルムに促されるショーン。

 レオのことは心配だが、肝心のシリウスの剣には妙な変化は無く、様子を見ても平気そうではある。彼の身に関してはバシルたちが向かったので心配は無いか。

 一番心配なのは精神状態かもしれない。

 あんな風に何も考えずに猛進してしまうのは逆上している証拠。

(白雷君……!)

 ショーンは自分さえも逆上しそうな心を抑えてレッドガルムに言った。

「ああ。火炎の方は緑龍騎士団に任せて、俺たちはもう一つの兵器を破壊しよう。今は射撃兵が倒れているけど、代わりの射撃兵が火を避けながら兵器に向かっているはず。やはり壊さなきゃ駄目だ」

 解体改造されているかは分からないが、危険には変わりない。

(それに、嫌な予感がするな)

 そもそも、壊したと思っていた火炎放射系が出てきたことで計算が狂う。

 

 ショーンは火を避けつつ、落ちているはずの兵器銃を夢中で捜した。

(多分、グレネードランチャーっぽい見た目だと思うんだけど)

 ダリアたちが壊したのは機関銃っぽい見た目だった。マリーノエラは銃の中に連射系があると言っていたので、恐らくそれであり一致する。

 もう一つもガトリング系だと思っていたのに、火炎放射だった。きっとどこかでマリーノエラの説明を間違って解釈したようだ。

 ただ、あと一つは『爆弾を飛ばす』という情報だったのは確か。

 壊れていることを願うが、もし壊れていなかったら危険は間違いない。ひょっとしたら場を大混乱に陥らせた火炎放射器よりも。

 

 

 その時。

 

「フェリクスーーーーーーーーーー!!

 

 突然誰かの怒鳴り声が聞こえてショーンは立ち止まった。

 

 誰かというか、これは……

 

 レオであり。血塗れで剣を担ぎ、立っている。

 

 見ると、たくさんの敵兵が横たわっていて、地面も血で赤く染まっていた。

 一瞬、背筋が凍る光景。

 あんなに居た敵兵はほとんど倒れていて、他は斬られて動けないか腰を抜かしているか。ほぼ全滅といえる。

 そして奥に潜んでいるのか恐れているのか、新しく兵は出てこない。

 だから不気味に静まり返っていた。

 聞こえるのは味方兵の声やまだ燃える炎の音。

 

 レオは返り血と見られる顔の血を手で拭ってもう一度天守に向かって大声を出した。

「フェリクス!! 聞こえているか!! 出てこい!!

 怒りは治まらず、矛先がフェリクスに向いているよう。

 

 ふと見ると、バシルが火炎放射銃を壊したようであり。敵兵の指揮官らしき男も無残に死んでいる。

 

 レオは怒ったままバシルに声を掛けた。

「バシル!! フェリクスは奥に引っ込んでいるみたいだ。今から討ちに行くぞ!」

 恐る恐るバシルは返す。

「畏《おそ》れながら。個人的願望ですと、どうか捕えるだけにしていただけたらと思います」

 聞いたレオは「ククッ」と笑って怒りに打ち震えながら言い放った。

「あいつが!! 俺の首を狙って!! あんな卑怯な攻撃をしてきたんだ!!

 ひどく興奮状態のようで、息も切らしている。

「そのせいで……白雷が……!!

「す、少し、落ち着いてください!!

 言ったのはフルドで、慌てて馬を降りて駆け寄ったが、レオは冷たく返した。

「うるせぇよ。お前は黙ってろ」

 

 ……何かがおかしい。

 ショーンは、シリウスの剣を手に持つレオの様子をじっと見る。

 確かに、大切な部下があんなことになって怒るのは分かるが、それにしても冷静さを失くしすぎている。

 目つきは鋭すぎて汗を酷くかいて息を切らす。体は少し震えているようだし、まるで“怒り”が彼を覆っているようにも思える。

「レオ……」

 ショーンも、レオに声を掛けようと馬を降りて近付いたその時。

 

 後ろで物音がして。

 

 振り向くと、馬鹿でかい銃……というより砲を肩に担いでこちらに向けている男が……。

 

(しまった!)

 多分、最後の旧世界の兵器。

 

 ショーンの予想した通り、グレネードランチャーではあったのだが、危険さは予想を超える。

 

(まさか、ロケットランチャー!?

 

 爆弾を飛ばすと言えばまさにそんな表現が合っている。

 巨大な擲弾筒の弾として装填されていたのは、先端が円錐型の筒状であまりにもでかい、まさにロケット弾というべきか。

 ともあれ、発射されたらひとたまりもないというか、どれだけの被害が出るかは分からない。敵味方関わらず。

 この世界にとっては悪魔の様な兵器。

(撃たれたら一巻の終わりだ)

 ショーンが顔面蒼白になった次の瞬間。

 

 無情にも引き金がひかれる。

 

 死を覚悟したショーンは、この世界に一人残してしまう娘のことを想った。

 しかし……

 

 

「え?」

 

 引き金をひいた射撃兵は弾の出ない様子に焦って何度も何度もひく。

「あれ? おかしいな、あれ?」

 恐らく、マリーノエラが解体改造した一つの銃型がそれだったようだ。

 パニック状態になり、大量の汗を流していた兵は、後ろからレッドガルムにより倒された。

 

 その後レッドガルムは誤射や爆発が無いよう気を付けながら兵器を破壊。

「これで最後ですかな?」

 そう、ショーンに訊ねた。

 

「ああ」

 思わず、ショーンは腰を下ろしてしまった。

「そう、最後だ」

 これで、七つすべてを破壊したはずであり。すべてというか、一つだけは破壊していなくて解体するために厳重に回収したのだが。

 旧世界の兵器という悪夢は終わったと、思える。

 

 近くに居た兵は皆安堵のため息をついて、把握していない周りの兵に教えた。

 

 一瞬、大歓声が起こりそうになったがまだ我慢して。これでもう、恐い物は無くなったので心置きなく城に突入して制圧ができる。勝利は目前に控えていた。

 後は、フェリクスを降伏させれば終わる。

 

 だが相手は精鋭の親衛隊なので油断は禁物。気を引き締めて内壁門突入を図る。

 内壁内でも激戦が予想されるが、とにかく一点でいいので突破して城に入ってしまえば後は勢いに乗ってそのまま占領できる……はず。

 

 兵たちの気合いは十分で、あともうひと踏ん張りであった。

 

 

 だが……

 

 

 どこからか「パァン!」と乾いた音が鳴る。

 

「……え?」

 同時に衝撃がきて、ショーンは地面に両膝をついた。

 

 異変に気付いた皆が振り返り、軍師を見る。

 

 呆然としていたのは皆だけでなく本人もだが、貫かれた胸甲を見たレッドガルムは愕然として呼びかけた。

「ショーン殿!!

「……ああ」

 レッドガルムの視線を辿り、自分の胸を見たショーンは初めて撃たれた事実に気付く。

 どうりで、胸の苦しさと激痛があると思った。

「そうか……」

 正面を見ると、今まで煙で見えなかった敵兵が見えてきた。腰を抜かしたまま小銃を持ってこちらに向けている。

 

「ハンドガン……?」

 洋画のアクション映画に出てくるような拳銃だと、漠然と思う。

 でも、この時代には無いはずで、あの時代の日本でも本物は見なかった。

 だから、気付いた。

 

「……最後の旧世界の兵器か……」

 すべて壊したと思っていた。けれど、多分どこかに計算違いがあった。

 

 

 ……息が苦しい。

 

「オヤジ!!

 

 少し離れた場所で、絶望にも似たレオの叫び声が響いていた。


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