創作した小説が世界の神話になっていた頃
[第二部・第四十一話:闇に堕ちた英雄]
いつだって彼は、自分を守ってくれていた――。
「死なねぇよ、俺はまだ」
自分を助けて、顔に大きな傷を負った時だって笑いながらこう言った。
なんの根拠があるのか、『まだ死なない』ことをいつも強調していた。
まるで未来が分かっているかのように。
『大丈夫だ』と。
今朝もそうだ。
笑いながら「分かっている、大丈夫だよ」と。
「……オヤジ……」
父代わりの男が膝を落とした様を呆然と見ながら、放心状態でレオは呟いた。
ショーンを撃った敵兵は次を撃つ前に、緑龍騎士団の兵に斬られて即死。
地面に落ちた拳銃を見てレオは混乱した。
「あんな銃で……」
あんな、小銃の弾が、堅い金属の鎧を貫いたというのか。
しかし現に、ショーンの胸甲《きょうこう》は貫かれて小さな穴が空いている。
恐らく小さくても威力が想像以上なのだろう。――きっと、旧世界の兵器だったのだから。
「オヤジ!!」
光景を信じたくなくて、それでもとっさに駆け寄ったレオはショーンを支える。
レッドガルムやバシル、他の者たちも駆け寄り、軍師の様子を心配そうに見た。
ただ、フルドは愕然としながらも、まだ生きている敵兵は居ないか見回して隙だらけになっているレオの背後を守るように立つ。
また、合流するためにたった今外郭に入ってきた黒竜も、動揺しつつ周りを警戒して馬を走らせる。白雷を抱える朱音の許へ行った。
「何をしている!! 朱音!!」
そして目の前に来た瞬間に、呆然としている彼女を怒鳴りつけた。
「動けないのか!?」
ハッと我に返った朱音は、状況を見て立ち上がる。自分の体に刺さる矢を、深呼吸してから順番に抜き、傷口には懐から取り出した布を応急処置的に結んだ。
「大丈夫。動ける」
息を切らして、喋りながら涙をこぼした。
「ごめんなさい。心を乱してしまった。……白雷を頼むわ」
「……ああ」
黒竜が返事をすると、サッと涙を拭いていつもの彼女に戻る。
すぐに主《あるじ》の許へと走った。
その姿を見送りつつ、黒竜は地面に寝かされた血塗れの部下を見て目をつむる。
胸が潰れる思いだが、心を乱してはいけないとぐっと堪えた。
「よくやった。……白雷」
小さな声で彼の行動を称えた。
それに、軍師の様子も気になって自分だって激しく動じそうになる。
けれど、油断してしまってはいけないので、周りの状況を確認するように見た。
地上の敵兵はほぼ全滅状態。
塔の上の射手には擲弾筒兵団が攻撃をして、倒し損ねた敵兵は奥へ逃げてしまった。
これから内壁門を突破しようという時に軍師が撃たれて倒れた。
燃える音以外、静まり返っていた場に軍総隊長の声が響いていた。
「オヤジ……! ……大丈夫だろ?」
掛けた言葉はレオの願いそのもの。
きっとショーンなら「ああ、なんとかな」と言ってニッと笑うはず。
返事が無いのでレオはまた呼びかけた。
「オヤジ!?」
「……ん?」
思ったよりも苦しそうで、汗を掻くショーンをゆっくりと寝かせるレオ。
止血をせねばならないと、急いで胴甲《どうこう》を脱がし始めた。
「待ってろ、今、止血する」
だが、鎧を外して見えたのは血でにじむ胴衣であり。大量に血が流れてしまったのが解るとレオまで呼吸が乱れる。
震える声でまた、不安を押し殺すように訊ねた。
「大丈夫だよな? オヤジ」
「……あー」
「いや、いい。喋るな!」
不覚にも手と体が物凄く震えてしまう。
「頼むからオヤジ、これ以上……」
『血を流すな』という言葉さえも詰まる。
その時――
内壁内で万全の準備をして待ち構えていた敵軍兵が、中々門を突破して来ない奪還軍の様子に、罠を警戒しながらも作戦を変更してやってきた。
「陛下! お下がりください!」
まず一番に動いたのがバシルで。
自分が先頭に立ち、兵たちに応戦を命令する。
レッドガルムと頷き合い、レッドガルムはレオの近くのままに。バシルは緑龍騎士団を中心に兵を率いて戦った。そして……
「陛下! ショーン様!!」
レオの許へ急いで戻ってきたのは朱音。駆け寄った途端に、手際よくショーンの胴衣を切り脱がして血を拭いた。
「お任せください」
こういうのは朱音が得意なことを知っていたレオはすぐに支える役に回る。
もちろんレッドガルムも急いで補佐をして、片腕の朱音の代わりにショーンの傷口を押さえた。
「……うっ!!」
ショーンの息はどんどん乱れるばかり。顔色も青白くなって体が冷たくなっていった。
朱音は布を当てて、持っていた包帯で素早く巻き始める。
本当は、傷口が急所だったことに気付いたが、必死に処置をした。
失血死もそうだが、胸を貫かれてしまっては、もう……
それでも、彼が死ぬことは、自分の主にとってあってはならない事だから。
バシルたちが戦っている音が聞こえる中、最善を尽くす。
……けれど、運命とは無常でもあり。どんなに願っても残酷な結果をもたらす。
「オヤジ……!!」
多分、叫ぶというより泣き叫ぶという表現の方が合っているか。
「朱音が手当したから、もう大丈夫だから! しっかりしろよ!!」
いくらそう言っても、血を流し過ぎたことには変わりなく、手遅れなのは一目瞭然だった。
「約束しただろ? 死んだら泣くからな、いいのか!?」
そう言う彼の眼からは、汗なのか涙なのか水が流れていたのに、本人は気付いていないようだった。
レオは泣くのを必死で堪えるように歯を食いしばり。
訴える。
「玲菜を泣かすのかよ!? オヤジ!!」
体を支えつつ念じるように手を強く握る。
「オヤジ……頼むから……」
こんな時に、母の死に顔が重なるレオ。
「オヤジ……」
ショーンの呼吸は、先ほどとは違って静かになったが、決して安定したからではなく……弱まったから。
もしかしたら伝えたいことがあるのかもしれないのに喋れないのか。
閉じかけた眼は何かを訴えようとしている風にも見える。
ただ、口だけは僅かに微笑んでいて。
「玲菜の許へ一緒に帰るんだろうがっ!!」
目一杯のレオの訴えを聞いたショーンは、最期の力を振り絞るように告げる。
「おまえ……が……そ……ば……に……」
次の瞬間には、ショーンの腕の力を感じなくなって。
レオは絶望に落とされる。
「オ……」
駄目だ。呼べない。
もう目は閉じていて、呼んでも開けないような気がしたから。
多分、自分が手を離したら腕は地面に落ちるだろう。
それが分かって、確認するのが怖くて、何もできなくなった。
「ショーン殿!!」
代わりに、レッドガルムの叫び声が聞こえる。
いや、レッドガルムだけでなく戦闘中のバシルもこちらの様子に気付いてショーンの名を叫ぶ。
周りに居た味方兵も同じく。戦いながら動揺してそれでも軍総隊長に敵を近付かせないようにしている。
朱音は無言で肩と首を落とした。
(なんで皆、無念そうに肩を落とすんだよ)
レオには、目に移った光景が現実ではないような感覚に陥っていた。
そんな風に悲しんだら、まるでショーンが死んだみたいだ。
(そんなわけねーだろ)
彼は、自分が憧れたシリウスそのものだった。
後で、玲菜に『シリウスは父をモデルにした』と聞いて、凄く納得した。
やはり神話の英雄に似ていると感じたのは間違いではなかったのだ、と。
(オヤジが、死ぬわけ……ない)
そうだ。“英雄”が死ぬわけない。
しかも、あんな……簡単に。
見たこともない、敵の雑兵に撃たれて死ぬなんて。
あるはずが……。
レオは真っ暗な闇に堕ちたような、絶望の中で。
幻聴なのか、声を聴いた気がした。
『持ち主よ、呪いを受ける覚悟があれば我に血を捧げよ。さすれば大切な者を救う力が解放される』
それは――なんとも甘い誘惑の言葉。
意思か無意識か、レオはゆっくりとショーンを地面に寝かせるとシリウスの剣を抜き、黒い刃を自分の手に刺す。
「陛下!?」
一瞬、周りに居た者は、彼があまりの絶望で自傷行為をしてしまったのかと思った。
けれど、レオには心配する声も聞こえていなく、ただ、先ほどの不可思議な声に従う。
もしショーンを救う力があるなら、たとえ悪魔の囁きだとしてもそれにすがりたい、と。
白雷も失って、兵たちをたくさん犠牲にして。呪いを受けるのはむしろ当然のような気もする。
レオは虚ろな目のまま呟いた。
「ほら、血を捧げてやったぞ。早くしろ」
流れる血は、黒い刃に吸い込まれるように消えた。
――途端に、刃の色がみるみる内に血の色で染まる。
それは、神話にある伝説の聖剣とは程遠い、何か禍々《まがまが》しいものだった。
今にも呻《うめ》き声が聞こえてきそうな不気味な雰囲気。
実際、間近で見ていた朱音とレッドガルムは妙な寒気を感じて一気に緊張が走る。
在るのはきっと激しい憎悪と殺気だったから。
危うくレオに向かって武器を構えそうになった。
後ろに居たフルドも同じく。尋常じゃない恐怖を感じて体が震える。
「陛下……その剣は!?」
今までどんなに主が人を殺めても、決して恐ろしいとは感じなかったのに。今は、“その”剣を持っているだけで恐い。
だが、周りの人間とは裏腹に、当のレオは恐怖を感じていなかった。
それどころか、どうすれは“力を扱える”のか、感覚で解る。
漠然としすぎて、意味が分からないから信じていなかったのに。
「ハハッ……なんだこれ」
皆にとって得体の知れぬ恐ろしい物でも、彼にとっては希望そのもの。
「オヤジ、今助けるからな」
そう言って、レオは地面に剣を突き刺した。
突き刺す直前に朱音が「いけません!」と叫んだのも無視して。
次の瞬間、血色の刃に埋め込まれた黒い宝石から、闇を思わせる黒い蛇のような光が次々に出てきた。
その光は地面を這うように移動してショーンの許へ。どんどん体に巻きついていく。
やがて全身を覆い。
「な、何を!?」
恐る恐る朱音は訊ねる。
「陛下、ショーン様に一体何を!? おやめください!」
「は? なんでやめんだよ。オヤジを死なせまいとしているのに」
平然とレオは答えたが、彼の眼は鋭く、焦点が合っていないような気も。
そもそも、目に見える非現実的な光景が、奇跡の聖なる力には全く見えず。まるで悪魔的儀式。
「アルバート様!!」
朱音の声は全く届かなかった。
しかも……
「へ、陛下!!」
レオの背中側に居たフルドは、彼の足下に血が落ちているのを見て、慌てて叫んだ。
「どこかにお怪我を!?」
「あー」
レオは首を傾げて思い当たるフシがあるように言う。
「背中がヒリヒリする。今の術? を使ったら急に痛くなった。ひょっとしたら呪いか? 代償にしては安すぎるけどな」
「呪い?」
一体何を言っているのか、フルドたちには全く理解ができなかった。
ただ、今の彼がまともではないのは分かる。
「次は白雷だな。朱音! 白雷をどこにやった?」
「え?」
白雷のことを訊かれて、朱音はギクリとした。
「白雷はもう……」
口には出したくないのに、それよりもレオを止めないといけないと感じる。
「死しています。どうか、もう、おやめください」
たとえ魔術だとしても、死人を生き返らせることは不可能だと思うし、……多分、ショーンも無理だと。
では、あの黒い光の説明をせよと言われてもできないけれど。
(危険だということだけは分かるのに)
「いいから! 白雷はどこだ!?」
ギロリと睨みつけるレオの眼に恐怖を覚えそうになった朱音だったが。
ちょうどバシルがたくさんの敵兵を相手にしている時に、いつの間にかレオたちの周りにも敵兵が囲んできていた。
すぐに朱音とレッドガルムが前と後ろに立ち、フルドもレオの横で剣を構える。
しかし、レオは三人を退かして、地面に突き刺したシリウスの剣を抜いた。
「お前らちょっと下がっていろ。バシルにも伝えて全兵を下がらせろ」
「……え?」
聞き違いかと思ったし、今にも敵兵は攻撃をしてきそうな雰囲気がある。
「陛下! 何を言って……」
「いいから、全員下がれよ。命令だぞ!!」
慌てる朱音たちも全員下がらせて一人になったレオに、敵兵の上官は「気でも狂ったのか」と不審を感じながらも総攻撃を仕向けようとしたが……
レオはシリウスの剣柄をギュッと握って不敵な笑みを浮かべた。
よく見ると、血色の刃はぼんやりと黒く光っているようにも思える。
その光から伝わる苦しそうな呻き声はレオにしか聞こえていなかった。
まるで地の底に閉じ込められたようなおぞましい悲鳴。
憎悪。
殺意。
……気を抜けば、きっと自我を失う。
焼けつくような背中の痛みは段々と広がっているように感じる。
体が震えて、多量の汗が出て、息が切れる。
なのに、なぜか笑いが込み上げる。
仲間を全員下がらせたのは、近付かれたら殺してしまうのではないかと思ったから。
自分のものではない殺意がとにかく抑えられない。
「あぁああああああ!! あぁあああ!!」
レオは、湧いてくる“怒り”を抑え切れずに叫びながら剣を振った。
すると――剣に帯びていた黒い光が炎のようになって敵兵に襲い掛かる。
黒炎は轟音を放ち、鎧ごと人間を黒焦げにして、更には大爆発をする。
凄まじい爆音が辺り一帯に響き渡り、内壁門どころか壁自体も破壊して瓦礫を飛ばした。
あまりの威力に、その場に居た者はただ呆然とする。
一体何が起こったのか分からずに、粉砕された正面の壁と黒焦げに倒れた百人ほどの敵兵を見た。
運良く巻き込まれなかった敵兵は皆腰を抜かしている。体を震わせて、一瞬で死んだたくさんの仲間と敵軍総隊長を見て「化け物だ」と呟いていた。
怯えていたのは奪還軍の兵も同じく。
自分たちのリーダーは一体何者なのかとざわめき、やがて「魔術だ」という声まで飛び交った。
しかし動揺する兵たちに、とっさの機転でレッドガルムが伝える。
「案ずるな! 軍総隊長が持っているのは旧世界の兵器! 敵から奪った物を改良した武器である!!」
レッドガルムの言葉は、不思議と皆が納得して「なんだ、そうなのか」と安心させる。
バシルまでも騙されてレッドガルムに訊いた。
「びっくりしました。レッドガルム殿は聞いていたのですかな?」
「いや……」
彼にも正体は分からない。
「私がとっさに言っただけです。兵に不審を煽ってはいけない。ただ、魔術であれ何であれ、私はレオ様を信じます」
「レッドガルム殿」
バシルは頷き、自分の心の内も言った。
「私も、陛……レオ様を信じています。忠誠を誓った時からそれは変わらない」
そして、忠誠を誓っていた人物は他にも居ると、丸見えになった鳳凰城の方を向く。
「フェリクス殿……」
内壁門突破どころか、内壁そのものが一部破壊されて、いよいよ混乱する鳳凰城塞。
しかも一瞬だったので、敵側にも実は恐ろしい兵器があったのかと動揺が走る。
残念ながら、現場に居た兵たちは誰一人戻らない。
見張り台から見ていた兵に訊いても、兵器らしきものは見えなかったと口々に言うだけ。それだけでなく、悪夢を見たかのような言い草。
こちらの秘密兵器はすべて壊されて、もうこうなったら降伏しかないのか。
相手側もかなりの打撃を受けているので、もしかしたら勝てるかもしれないが……ここにきて相手の隠し兵器登場では可能性が低すぎる。
鳳凰城塞兵たちの間では、敗戦の空気が流れていた。
しかし、そこに……救世主のように現れたのが皇帝の親衛隊と率いるフェリクス。
砂上の砦は絶対に死守する場所であり、どんなことがあっても最後まで戦うと、ついに出てきた。
親衛隊はシリウスの隊の中でも最強級の部隊。
フェリクスにおいてはアルバート皇帝陛下と互角の腕を持つと言われている実力者。
落ち込んでいた鳳凰城塞兵の士気はまた少し復活した。
まだ親衛隊という希望がある、と。
彼らは元鳳凰騎士団のメンバーも多く居て、万が一、城に入ってきた場合でも城内を詳しく知らない賊軍を打ち敗かせることができるだろうと期待があった。
もちろん、城内に入れないことが第一だが。
(城内を詳しく知らない……か)
フェリクスは、もし敵軍にバシルが居れば知っているであろうし、レッドガルムも中々詳しいとの事に気付いていた。それに……軍総隊長へは激しく不安を感じていた。
まずはこの目で確認しないと。
たとえ恐れていることが発覚しても。
そう思いながら見張り塔へ向かう。
一番近くて危険だが、前衛に居るという敵の大将の顔が確認できる塔へ急いだ。
そのてっぺんに上って、護衛が警戒しつつ胸壁から顔を出すと、壊れた内壁の近くに居た、白銀色のマントを着けた男と目が合ってしまった。
男は、こちらが出てくるのをずっと待っていたかのように顔を上げて睨みつけてきたので。
恐らく奪還軍の総隊長だと言われなくても分かる。
皇帝に似ていたから。
いや、違うか。
「……アルバート様……」
……確信してしまった。
あれはきっと、本人だと。
「フェリクス様、いくら塔の上でも危険です!」
すぐさま、兵たちに奥へ戻されたフェリクスは、愕然としたまま膝を落とした。
「フェリクス様!?」
周りの兵が心配して駆け寄ってきたが、何も答えられない。
(なぜだ……!!)
なぜ、こうなってしまったのだろう。
忠誠を誓った主《あるじ》に、成り行きとはいえ刃を向けるはめになるとは。
悪夢だ。
きっとバシル将軍が裏切ったのも、真の皇帝陛下が誰だか知っていたからだ。
彼は、本当に忠誠心が厚い。
引き換え自分は、まんまと騙された……わけではなく、本当は疑っていた。
けれど、妻を失うのが怖くて、確かめる勇気が持てなかった。
多分、向こうもそれを分かっていたので秘密裏に教えてはこなかった。
そして、真実を知った今も、自分は偽皇帝を裏切ることができない。
騙されているままで主に剣を向ける。
どっちにしてももう、彼は自分を赦《ゆる》さないだろう。先ほど見た眼はそういう目をしていた。恐らく大事な部下が死んだに違いない。
大将首だけを狙った一斉射撃も行った。言い逃れはできない。
騙されていたから赦しを請うなんてできるはずがないし、赦される可能性も皆無。
(クリスティナ、許してくれ)
もしかしたら、自分は主に討たれる運命か。
奪還軍がここを攻め落として、やがてはサイ城も陥落させてもきっと彼女だけは助けてもらえる。それだけが救いだった。
塔を下りたフェリクスは、主を討つ覚悟と討たれる覚悟の両方をして、親衛隊を率いながら戦場へ向かった。
ついに親衛隊のお出ましで、彼らを破ればもう勝ったも同然になる。
だが、激戦は必至。
内壁を突破した奪還軍は、バシルの指揮の下、攻防を続けて親衛隊に警戒していた。
一方レオは、剣を一振りしただけなのに力の反動か立っていられなくなって、朱音に支えられて座り込む。
落ち着くように深呼吸しても体の震えも汗も止まらずに息を切らした状態が続く。
動けなくなった彼をレッドガルムや忍びの護衛兵が守っていた。
朱音は必死に訴える。
「アルバート様、どうか、剣をお放しください」
言っても絶対に剣を離そうとしないレオは、相変わらず凄い形相で返す。
「うるさい。俺から離れろ! お前らを殺したくはない」
「アルバート様!」
「フェリクスをここに連れてこい。それと、白雷を……」
背中の傷は鎧に隠れて見えないが、血はまだ流れているよう。
このままでは止血も必要になってくるが、この場では無理だ。
「オヤジ……オヤジはどうなった!?」
先ほどショーンを包んでいた不気味な光はもう消えていて、ただ――ショーンは目を開けること無く倒れたままだった。
「……失敗したのか!」
そう言ったレオは急に苦しそうに咳き込んで、血を吐く。
それを見た忍びの護衛兵の一人は思わず「ああ!」と声を上げてしまった。
大きな怪我も無かったはずなのに血を吐く訳は無くて。しかも量が多かったので。
何かを暗示しているようだったから。
「陛下!」
心配する忍びたちや、自分が血を吐いていることも気にせずにレオは彼らを振り払って立ち上がった。
「どいてろ」
渦巻く怒りは本当に彼自身のものなのか。
分からなくても、彼を止める術が無い。
朱音でもフルドでも無理で……こんな時、ショーンが居れば違ったかもしれない。
こんな時……
朱音が心の中でそう嘆いた時、あり得ないことが起こった。
まさか幻聴か!? とも思った。
居るはずの無い人の声が聞こえたから。
彼女の、声が――
「レオ!!」
それは、緑龍城に居るはずの、玲菜の声だった――。