創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第四十三話:退却]

 

「軍を退却……?」

 

 ショーンの決断に、朱音は信じられなくてもう一度訊く。

「なぜですか? ここまできて」

 内城壁の内側では決戦が始まっており、あともうひと踏ん張りの気がする。

 バシルもレッドガルムも居て、親衛隊にも勝てると思うのだが。

「そうだな」

 ショーンは頷く。

「確かに、このままいけば鳳凰城塞を制圧できるだろう」

「では……!」

 

「但し、多大な犠牲をもってだ」

 

 その言葉にハッとする朱音たち。

 ふぅと息をついてショーンは告げた。

「こう言っちゃなんだが、バシルは甘いから。きっとフェリクスを討てないだろう。親衛隊と緑龍騎士団は下手すると相打ちになるかもしれない」

 そうだ。バシルは強いが情にも厚くて、そこが彼の弱さでもある。

 親衛隊と緑龍騎士団の戦力はほぼ互角で、万が一に相打ちになり、レッドガルムが鳳凰城塞を制圧しても奪還軍には大きな痛手になってしまう。

「この期に及んで『犠牲を少なくしたい』と言ってしまうが、もしもバシルや緑龍騎士団を失ったら奪還軍にとって物凄い損失となる。鳳凰城塞を制圧してもその後のサイ城陥落は難しくなるだろう」

 説明してショーンは遠くを見た。

「もちろん、軍の打算じゃなくて個人的感情でもバシルやレッドガルムを失いたくないがな」

 白雷のこともそうだった。

 

「それと……」

 レオの方を見るショーン。

「軍総隊長が倒れたら、俺たちは終わりだ」

 普通の“反乱軍”ならば、代わりを立てれば済むことだったが、自分たちは違った。

「奪還軍にレオは絶対的必要であって。だから一旦退く」

 このままレオだけを退避させようとしていた朱音は計算が甘かったと理解する。

 

 そして、裏付けるように敵兵が周りを囲んできた。

 

「お〜お〜、こんな所に、敵の大将さんじゃねーか」

 

 連中は傭兵であり、フェリクスの命令よりも私欲を優先する。命を懸けて砦を守ろうとはしない。

 代わりに、目の付け所が違うというかなんというか。

 きっと軍の激闘中にコソコソと逃げ出して、おかげで朱音たちの行動を見つけたようだ。

 ここで敵の大将首を獲れば大金が貰えることは間違いない。

 倒れて運ばれているところとはなんて運が良いのかと、敵の傭兵たちは一斉に向かってきた。

 

 すぐさま朱音は前に出て言う。

「陛下をお願いします!」

「分かってる!」

 ダリアはレオを抱えつつしゃがみ込み、鉤《かぎ》を構えた。

「シリウスには指一本も触れさせないよ!」

 そして、朱音とは逆側の前に出たのはフルド。向かってくる敵傭兵に剣を向ける。

 ショーンも、近くに落ちていた剣を拾って、玲菜を守るように立ち上がり構えた。

 

 しかし――

 

 どこからか幾つもの太矢が飛んできて、次々に敵に命中。皆を取り囲んでいた敵傭兵たちはバタバタと倒れる。

 呆気にとられた敵は更に打たれて倒されて、気付くと囲んでいた連中はすべて倒されてしまっていた。

 中には何が起こったか分からず死んだ者も。

 

「え!?

 驚いた皆が見た方向に居たのは……

 

 

 弩《おおゆみ》を構えたイヴァンと射撃兵たちであって、もちろん奪還軍。

 外郭に潜んで見張りや掩護射撃をしていた彼らは、逃げてきた味方兵の危機に気付いてやってきたらしく。

 その味方兵らがレオ含む朱音たちだと気付くと声を上げて駆け寄ってきた。

「あ! あれ?」

 まず居るはずのない玲菜に驚く。

「レイナちゃん!? え!?

 そして、倒れているレオにも。

「ちょっ……!? 嘘だろ? レオ!?

 

「ちょうど良かった! イヴァン!!

 ショーンは状況に混乱するイヴァンには悪いが、説明せずに命令した。

「退却するから、掩護してくれ!!

「え!? おじ……ショーンさん!?

 

 

 その時。

 戦況を見回り、指示や掩護をしていた黒竜が馬に乗って通りかかる。

 朱音に気付いて近付いてきたらしいが、死んだはずのショーンが一緒に居た事と玲菜まで居た事、レオが倒れている事……様々な事に驚愕しながら向かってきた。

 総じて質問を朱音にしてしまった。

「朱音!! 一体、これは!?

「説明している暇は無いの、黒竜!」

 朱音に続いてまたもやショーンが有無を言わさず指示を出した。

「黒竜君! 今すぐにバシルやレッドガルムに伝えてくれ! 全軍退却と。頼んだぞ!!

 

「えぇ? ええええ!?

 

 珍しくも取り乱しそうになった黒竜も気にせず退路を進み出すショーンたち。

 レオのことはダリアが運び、朱音が先導して他の護衛やフルドたちが敵兵を警戒しつつ、イヴァンたちも掩護しながら走った。

 

 

 

 やがて、黒竜により全軍退却の命がバシルやレッドガルムに伝えられる。

 ショーンの生存に、二人は呆然としながらも喜び、軍師の命令を実行する。

 奪還軍の全兵は退却していき、鳳凰城塞兵も長くは追撃してこなかった。

 

 

 そして……

 敵軍を追い払い、静かになった鳳凰城塞では――砂上の砦の兵たちが「自分たちの勝利だ」と歓声を上げる。

 だが、皆が喜ぶ中、フェリクスだけは「なぜ奪還軍が退却したのか」と疑問を感じて喜ぶことはできなかった。

 それに、奪還軍総隊長の正体に改めて愕然として、しばらくの間は苦悩に満ちる。

 これで終わるはずのないことも勘付いていた。

 

 

 一方。退却した奪還軍は行軍してなんとか野営地となる場所まで戻る。

 兵たちは敗退したと沈んで、多くの死傷者も運ばれる。勝てると思ってここまで戦った挙句、勝利目前の不可解な退却命令に不審を抱く者さえも居た。

 ほとんどの兵は喋らず、悲痛な表情で歩いた。

 

 その、気力の無い軍隊の先頭では、馬車の荷台で寝かされるレオに医療班が応急処置を施していた。

 気力で皆を守ったが、実は何本もの矢傷を受けていた朱音も手当を施される。

 ダリアやフルドも所々怪我をしていたので包帯を巻き、急所の傷が塞がっていたショーンは軍総隊長の心配をした。

「レオ!」

 レオはまだ意識を失ったままだ。

 皆の心配をしつつも玲菜は彼の手を握る。

 枯れるほど泣いたのにまだこぼれる涙を拭いて、じっと彼の回復を祈った。

 

 医療班はフルドから報告を受けて、どこから血が出ているのか知る為にレオの甲冑をゆっくりと脱がしていく。

 すると、背甲を脱がした後に背中側の胴衣が血で赤く染まっているのが見えて、急いで胴衣も脱がす。

 背中に在った、見るも無残な痕に皆が言葉を失くした。

 

「あああ!」

 ある者はあまりの光景に悲鳴を漏らす。衛生兵《えいせいへい》ゆえに、酷すぎる傷跡等には慣れていたはずなのに。

 それとは違った、妙なおぞましさがそこに在った。

 

 赤黒い火傷のような痕から血が流れているのだが、その痕がまるで蜘蛛の巣のように背中に広がっている。

 

 どうやってこんな火傷ができたのか見当もつかないし、むしろ何かの『呪い』のようにも見えてしまう。

 

 玲菜は涙を浮かべて口を押さえた。

 どうして彼はこんな恐ろしい火傷を!?

 あまりの酷さに体が震える。

 

 衛生兵は必死に薬を塗って包帯を巻く。患部に熱も持っているので水袋を包帯の上から載せた。

 

 後は矢傷と比較的小さな傷ばかりだったので、そちらの手当は軽く済み。

 玲菜は泣きながら、野営地へ着くまでずっと手を握っていた。

 

 

 

 *

 

 

 レオがようやく目を覚ましたのは野営地へ着いてから二日後。

 鳳凰城塞とあまり離れていない野営地だったが、夕方に出たので着いたのは夜中であり。翌日の翌日の夕刻に目を開ける。

 開けた途端に見えたのは、茶色い髪の娘であって、すぐに名前が分かる。

「玲菜……」

 彼女は目に涙を浮かべてこちらを覗き込んでいた。

 驚き、しかし嬉しそうにこちらを見ている。

 その隣には、黄緑色の長い髪をした娘まで居て、彼女は目が合った瞬間に大声を上げた。

「レオさん!!

 彼女の名は、そうだ……

「ミリア?」

 

「せ、先生! 軍総隊長が目を開けました!!

 ミリアが後ろを向いてそう叫ぶと、駆け寄る足音と共に白衣を着た男が覗き込んできて「大丈夫ですか?」と声をかけてくる。

(医者? ……軍医か?)

 レオは意識がはっきりしていて、白衣姿の男が軍医だと察する。

 そして自分が寝ているのはベッドだと分かり。

 しかし、ミリアが居たということは緑龍城か? と思ったが……

 天井はどう見てもテント。

 頭が混乱しつつ、訊ねてみた。

「ここは?」

「ああ、ここは……」

 医者の代わりに玲菜が涙ぐみながら答えた。

「ここは、野営地のレオのテントだよ」

「野営地の俺の?」

 

「わ、わたし、ショーンさん呼んできますね!」

 すぐにミリアは去って行ったが、おかしい。

 野営地になぜミリアが居るのか。いや、そもそも玲菜もなぜここに?

 ……それよりも

「戦は!?

 思い出して飛び起きたレオは、背中に激痛を感じて、また倒れるように横になった。

「いっ……てぇ!!

「まだ上体を起こさないでください」と、軍医は言う。

 渋々従い、ふと玲菜の方を見ると、彼女は見つめながら無言で涙を流していたので戸惑った。

「どうした?」

 訊ねた途端に彼女は「うわぁ〜」と声を上げて泣き出す。

「れ、玲菜?」

「うぅううう……ったよ〜。うぅううううううう……った。ううう〜」

 泣きながら喋っているので何を言っているのか分からない。

 仕方なしにレオは少し泣き止むのを待って、手だけを握り返した。

 ついでに、軍医の方を見て、彼が離れるのを待つ。

「あ!」

 どっかいけ視線に気付いた軍医はそそくさと二人から離れていった。

 

 おかげで、レオは玲菜を慰めることができる。

 握った手を引っ張り、彼女の顔を近付かせると、そっと髪に触れた。寝ながらでも手を伸ばして優しく頭を撫でた。

 

 

 やがて、少し落ち着いた玲菜はようやく喋ることができる。

 まだ止まらない涙を手で拭い、若干しゃくり上げながら言った。

「良かった。……レオだ」

「……え?」

 

「会えたことも、生きていたことも、目を開けたことも嬉しいの。でも……」

 玲菜は泣くのを堪えるように口を押さえる。

「倒れる前のレオは、別人みたいだったから」

 

「別人?」

 訊ねた直後にレオはハッとして自分が倒れた時の記憶を一気に思い出した。

 

「あ、そうか……俺は……」

 

 シリウスの剣を使って、たくさんの人間を殺した。

 斬っただけではなく、何か……魔術のような……

 

 あれが“力を解放”というやつか。

 今はもう、どうやってやったのかは分からないが。

 恐ろしいほどの威力と残酷さ。

 殺しても、殺しても、憎しみや怒りが沸き出て我を失いそうだった。いや、半分失っていたのかもしれない。

 とにかく、殺意を抑え切れなかった。

 同時に、自分ではない誰かの苦しみを感じた。誰かと言っても一人ではなく、何人もの人間の怨念じみた無念さ。

 

 ただ、シリウスの剣を使ってしまったのも『力』の誘惑に負けてしまったのも、自分の心の弱さにつけこまれたわけであり。

 原因は……

 

 

「オヤジ!!

 

 レオの脳裏に、ショーンが撃たれた光景が思い浮かぶ。

 

 またあの時の絶望も甦《よみがえ》って愕然とした。

「オヤジ……」

 玲菜に、なんて言えばいいのか。

 分からなくて。

「玲菜……」

 目を伏せる。

「……すまない」

「え?」

「俺は……」

 助けようとしたはずだった。

 剣の呪いを受け入れて『力』を解放して、無我夢中に『術』を施した。

 今は思い出せないが、その時はどうすればいいのか分かった。

 

 失敗したのか、死した人間には効かないのか、そもそも傷を治す奇跡の術なんて存在しないのか。

 

 不確かな事は通常信用しないのに、その時は非現実的な“声”を信じた。

 

 実際、一振りだけで人を恐怖に陥れる“力”が確かに在った。

 でも、身を犠牲にしてまでも望んだのは破壊ではなく。

 

「オヤジを、助けたかった」

 

 声が震えて、うっかり彼女の前で泣いてしまいそうだ。

 自分よりもきっと彼女の方が辛いのに。

「すま……」

 

「レオーーーーーー!!

 

 

 大声を上げながらドタドタとテントに入ってきたのは、ミリアに聞いて駆け付けたショーンであり。

「大丈夫か!? レオ!!

 心配して覗き込んでくる顔に、レオは驚愕しすぎて止まってしまった。

 

 

「え?」

 しばらく口を開けて止まっていた後、ようやく我に返って声を出す。

 元気そうなその姿に未だ信じられなく混乱した。

「オヤジ?」

「良かった〜、レオ! 良かったよ、目を覚まして。しかも意識がちゃんとしているんだな」

 オヤジは「うん、うん」と頷きながら涙を流す。

「玲菜なんてずっと看病していたんだぞ」

 ふと、レオの顔を見て気付いたように言った。

「ん? レオ、お前泣いてた?」

 

 恥ずかしさか怒りか、レオの顔はみるみる赤くなる。生きていたショーンに対して怒鳴った。

「泣いてねぇ! 泣いてんのは自分だろうが! っていうか、生きてたのかよ!」

 大声出したら背中に響き、痛くなってそれ以上怒れなかった。

 なので、ムスッとしてそっぽを向く。

 玲菜は「大丈夫?」と心配をして、軍医がまた近付いてきた。

「安静にしていてください、レオ様。今、背中が腫れていますのでちょっとしたことで痛みが走るはず」

 軍医は気難しい顔をしていた。

「腫れは恐らくあと数日で引くと思います。そしたら痛みも取れるでしょう。ですが……」

 落ち込んだ様子で告げる。

「火傷の痕は、消えないと思います。火傷というか、刻んだようにもなっていまして。まるで焼印」

 

「焼印!?

 

 悲鳴染みた声で訊ねたのは玲菜であって、ちょうどテントに入ってきたミリアも口を押さえたが、当のレオは平然としている。

 彼は自分の背中が見えないからか「ふ〜ん」とだけ言って、「痛みは取れるのか?」ともう一度訊ねた。

「はい」

 軍医が返事をすると「なら、いいか」と呑気にする。

 心配して体を震わす玲菜の手を握り直した。

「自分で選択したことだから、仕方ねーよ」

「仕方ないじゃなくて、なんでそんな痕が……」

 泣きそうな玲菜の質問には、ショーンが口を挿んだ。

 

「剣の力を解放した呪いか」

 

「……多分」

 レオは頷く。

「呪いとか、そういうの信じられねーけど。他に説明つかねーし」

 

「え? 呪い?」

 近くで聞いて首を傾げたミリアには、ショーンが頼み事をした。

「あ、悪いんだけどミリアちゃんさ、レオのこと心配してるイヴァンとかに、レオが目を覚ましたこと教えてやってくれないかな?」

「は、はい! 喜んで」

 ミリアは張り切ってテントから出て行き、ついでに軍医のこともショーンは離れさせた。

 

 

 話が聞こえるのは三人だけになり、また続きを話す。

 ショーンは頭を押さえた。

「なんて無茶するんだ、レオ。俺のためなんかに」

 そっぽを向いたままレオは答えた。

「自分のためだよ。あと、玲菜のため」

 聞いた玲菜が俯くと更に続ける。

「っていうか、あの時はちょっと混乱していて。誰のためとか考える前に行動していたかな」

 そう、彼はほとんど無意識に。

「でもむしろ、代償が背中だけで良かった。痛みも取れるっていうし、こんな痕くらいどうってことない」

「馬鹿野郎か!」

 今度はショーンが怒鳴った。

「お前なぁ、代償はそれだけじゃないかもしれねーだろうが! いや、多分それだけじゃ……」

 ここで言葉を止める。

 娘が隣に居るので、これ以上は言わない方がいいか。

「とにかく! その背中の痕も、焼印なんてシャレにならんぞ。『どうってことない』なんて言うな」

「でも俺は!」

 レオはショーンの方を向いた。

「後悔なんかしてない」

 まっすぐに、目をじっと見つめる。

 

「オヤジを助けることができたから」

 

「レオ……」

 思わず目をそらしたのはショーンの方だ。

「悪かったな。油断して撃たれてしまって」

「ああ。でも、全部壊しただろ? 旧世界の兵器」

 そう、レオの言う通り、恐ろしい兵器はすべて壊した。

 

 レオは間を置いてから静かに質問した。

「それで、戦はどうなった?」

 

 

 嘘はつけない。

 ショーンは正直に答えた。

 

「敗けたよ。退却したんだ」

 

 

「そうか」

 

 野営地に居たということから、薄々勘付いていたレオは「なぜ勝てそうだったのに退却したのか」なんてことは訊かなかった。

 ただ目をつむる。

「なんか疲れたな。ちょっと喋っただけなのに。寝てもいいか?」

「ああ。じゃあ、テントから出ていこうか?」

「うん、頼む。一人になって寝たい」

 レオがそう言うので、玲菜もショーンについて出て行くことにした。

 

 二人が出て行く間際に、レオは目をつむったまま小さく訊ねた。

「皆、無事か?」

 

 あまりにもさみしそうに訊くので、玲菜は泣きそうになり。代わりにショーンが口を開いた。

 

「……白雷君は、駄目だった」

 

「ああ……そうだったな」

 

 

 涙を溢《あふ》れさす娘の肩を叩いて、続きを教える。

「お前がいつ起きるか分からなかったし、例外を作ってはいけないから。遺体は火葬して、朱音さんが遺骨を預かっているよ」

 戦で亡くなった者は火葬すると、帝国では決まっていた。

「……わかった」

 レオが返事をすると、ショーンと玲菜は静かに彼のテントを出て行った。

 

 やがてイヴァンやバシル、レッドガルムを連れてきたミリアとちょうど会い。

 ショーンは彼女に礼を言い、けれど眠ってしまったことを皆に告げる。

 皆は「ああ」とため息をついたが、やっと軍総隊長が目を覚ましたので安堵もした。

「なんだよ、あいつ〜。また寝ちゃったのかよ」

 そうブツブツと言いながらもイヴァンは若干泣きそうになっていた。

 そこを見たミリアは「フフッ」と笑い、改めて玲菜に駆け寄る。

「良かったわね〜〜! レイナ〜〜!」

「うん、ありがとう」

 彼女は玲菜がずっと看病していたのを知っていたから。たまに手伝っていたが、玲菜の方が倒れてしまうのではないかと心配していた。

 本当にレオが目を覚まして良かったと、ホッと一安心した。

 しかし……

「レオさん、目を覚ましましたけど、これからどうするんですか? ショーンさん」

 てっきり戦に敗けたので緑龍城に帰るのかとミリアは思っていた。

 だが、そうもいかないらしく。

「再突撃ですか?」と意気込むバシルも抑えるショーン。

「ま、そう焦るなよ。まずはレオの回復も待って」

「ですが、野営の蓄えも限りがあり」

 慌てるバシルの背中をポンと叩いた。

「分かってる。ちゃんと作戦は練ってある」

 聞いた玲菜はついつっこんでしまった。

「まだ戦うの!?

 娘の思わぬ反応により、困ってしまうショーン。

「ああ、えっと……」

 

「ごめん、なんでもない」

 戦いは嫌だけれども仕方ない。本当は分かっていた玲菜は俯く。

「分かってるんだ。だって奪還軍だもんね」

 たとえば話し合いで解決とか、そう思ってしまうのは平和慣れした日本人の感覚か。

 

 そして、娘の気持ちはショーンにも分かっていた。

「うん、そうだな。俺たちは取り戻さないといけない」

 娘が生まれて育った場所とここは、大分違う。こうやって、戦をするということに疑問を持つのはもしかすると娘だけなのかもしれない。

(でも、俺だってあそこで二十四年間暮らしていたわけだし、玲菜の疑問は分かる)

 だからこそ考えた作戦。

 

「そのために俺は、犠牲を少なく攻略する作戦を考えたから」

 

 それは、今の状況になったからこそ実行可能である、切り札的作戦だった。


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