創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第四十五話:以前の女神]

 

 ショーンの記憶では、自分が“向こう”の世界――過去の帝国(日本)へ行き、2012年から再び未来《この》世界に戻ってきた時に、ありとあらゆるものが『前』と微妙に変化していた。

 

 

 たとえば、<言葉>……これは微妙ではなく、完全に変化していた。旧世界の言葉であるはずの『日本語』に。しかも、自分が暮らしていた平成時代の日本語と差異はあれどもほとんど似ている言葉。

 

 別に自分は困らない……というか、元々若い頃から旧世界の言葉を勉強していたし、その後二十四年間も向こうで暮らしていたので、戻ってきて言葉が日本語でも全く問題は無かったのだが。

 前の言葉はどこへいってしまったのだろうと思っていた。

 後日、図書館の古代語の本に見つけた時は本当に驚いたものだ。

 

 ただ、懐かしく思う反面、子供の頃に使っていたはずの言葉が逆にあまり思い出せなくなっていて、自分の記憶にも変化があったのだとその時に気付く。

 幼い頃に使っていた言葉も、まるで日本語だったような。新しい記憶。

 もしかすると時空移動した時点で『変化』があり、だから“向こう”でも違和感無く、勉強していた言語が簡単に使えていたのかもしれない。

 

 

 さておき、言葉の他には食べ物や建物、信仰など……いわゆる文化がほんの少し変わっていて。

 これはほんとに微々たるものであり、そもそも戻ってきたこの世界は『行く前』より十一、二年ほど経っていたので変わっているのは当たり前ともいえて、特に気になることは無かった。

 

『前』と微妙に変化した原因は――神話にあると確信したのは割とすぐ。

 娘の手紙にそう書いてあったから。

『私の小説が神話になっていて』と。

 つまり――歴史が変わった、と。驚愕したのだが、驚くのは“それほど変わっていない”ということ。

 言葉の他はほぼ変わっていなく、人々も変わっていない。よく考えると、神話も内容はほとんど変わっていない。影響があったのは名称ばかり。

 

 

 元々在った世界は、玲菜の小説が神話になっても、問題なく融合して時間が進んでいるということ。

 

 

 

(アルテミスは知っていたんだな)

 イヴァンと職人たちの許へ歩きながら、改めてショーンは思った。

 彼女は知っていた。

“視えていた”のかもしれない。

 とにかく、一度『玲菜の小説が神話になった歴史』を今度は変えないように、彼女は『呪い』をアヌーの腕輪にかけた。

 そして死に際に、ショーンに託してきた。

「娘を助けるため、うまく融合した世界を壊さぬため、記憶の通りに腕輪を渡せ」と。

 

 過去を変える大罪を犯そうとする人物に呪物《うでわ》を渡すのが貴方の罪滅ぼしであり、使命ですよ、と。

 

 

 他人の運命を予言していた彼女が、憎んだ自分の運命から解放された瞬間に告げた言葉。

 安らかで歓喜に満ちた残酷な預言。

 

「はぁ」

 ショーンはため息をつく。

(大罪……か)

 過去を変える罪も、人をたくさん殺す罪も、殺させる罪も。

 考えると自分は罪を背負い過ぎている。

 今後どんなに犠牲を少なくする作戦を考えても罪滅ぼしはできそうもない。

(もし、天国や地獄っつー世界があったら、俺は間違いなく地獄行きだな)

 それでも先日の儚く甘い夢を思い出すと、一瞬でも彼女に会える死は魅惑的である。

 でも、“息子”がそれを許さなかった。

(レオの『呪い』についても調べねーと)

 

「――おじさん?」

 

 イヴァンに声を掛けられて我に返るショーン。

「ん?」

「どうしたんですか? おじ……じゃない、ショーン軍師」

 

「ああ、えっと……」

 いつの間にか、職人たちの集まるテント近くに来ていたらしく。

 そういえば陽も大分落ちて辺りは暗くなってきている。

「今からでも呼びますか?」

 イヴァンに訊かれて、ショーンは頷いた。

「……うん。そうだな、集めてくれ。早く作業を進めないと間に合わないからさ。夕飯食いながらでもいいから俺の話を聞いてもらう」

「分かりました!」

 すぐに走って周りの職人たちに声を掛け始めるイヴァンを見ながら、ショーンは急に昔の記憶を取り戻す。

 

「イナンナ!」

 

 かつて、この世界において女神として崇拝されていた名を。

(イナンナだ)

 玲菜の小説が神話になって『アルテミス』と変わってしまったが、元はイナンナであった。

 しかもそれは旧世界の神話でも女神の名として登場する。

(前世界では確か、シュメール神話かなんかだな)

 実際に前世界での図書館に行って調べたことがある。

 シュメール神話でのイナンナは、時代が変わった神話では『イシュタル』と名前が変わる。他にも同一視的な女神が様々な神話に伝わっている。

(しかも、俺の調べでは『イシュタル』は前々世界……つまり“精霊の世界”の女神の名としても登場する)

 精霊の世界とは、『時空の渦』を造った……あるいは、深く関係していると思われる時代であり。

 

 ――そこまで考えて、ショーンは頭を掻いた。

(考えることが多すぎる! イナンナのことはあとで考えて、一先ずは作戦のことを考えよう)

 前々世界については、もしかするとレオの呪いの鍵があるかもしれないと思ったのだが、とりあえずは混乱するので今はやめておくに限る。

 ショーンは職人たちを集めるのを手伝い始めた。

 

 

 

 一方。

 玲菜とミリアは、一度夕食をとりに行ってから、都へ往復するための用意をする。

 用意といっても、今ある荷物の整頓くらいで、足りなくて補充できそうなものは補充する程度。そもそも野営地では補充のしようがなかったりして、移動中に寄る町で買うしかない。

 必要なのはむしろ軍資金といったところか。その辺はショーンに相談するしか無いような気がする。

 しかしショーンはイヴァンや職人たちと忙しいので、相談は必然的に明日か。

 やることが無くなり、寝ようとしたところでミリアが玲菜に促《うなが》してきた。

「ね、レイナ! わたしに遠慮しないで行ってきていいのよ」

「え?」

 なんのことだか分からなかったが、彼女は頬を染めながら言う。

「レオさんの所!」

「え!?

「だって、もしかしたら明日には出発で、またしばらく会えなくなるのよ? いちゃつくなら今夜しかないじゃない!」

 妙な力説に照れる玲菜。

「えぇ!? いちゃつく?」

 ただ、しばらく会えなくなるのは確かで、さみしい気持ちはもちろんある。

「で、でも、レオは怪我人だし。今は寝ているから」

「もう起きているんじゃない? 大丈夫よ。怪我していても、一緒に居たいでしょー?」

 それはもう、一緒に居たいに決まっているし、確かに夕方頃彼が寝てから今はもう夜中。

 ミリアの言葉にそそのかされた玲菜は、「うん」と頷き、彼女の言う通りレオに会いに行くことにした。

「送ってくれる」と言ったミリアとテントの外に出ると、レオの護衛の忍びの一人がサッとやってきて、事情を話すと玲菜を送ってくれた。

 ミリアは玲菜を見送りつつ健闘を祈り、他にも女性が数人居るテントに戻る。

 

 レオのテント前に着いた玲菜は、フルドに通されて寝ている彼の前まで歩いて行った。

 

 

「……フルド?」

 気配を感じたレオはすでに目を覚ましていたらしく、ベッドで横になりながらも従騎士かと思い話しかける。

「私だけど」

 彼女の返事に、びっくりして飛び起きた。

「玲菜!?

 上体を起こした途端、背中に痛さが走りまた倒れる。心配した玲菜には「大丈夫だ」と落ち着かせた。

「ふぅ」と息をつき、改めて訊ねた。

「玲菜? どうした? こんな時間に」

「あ、えっと、ごめん。寝てたのに」

 慌てつつ玲菜は答えた。

「あの、私……」

 恥ずかしくてつい俯いてしまう。

「会いたくて。レオに」

 

「……あー」

 素直すぎる彼女の言葉にはレオも照れる。

「うん。ちょっと前から起きていたからいいよ。ゆっくりしろよ」

 ボソボソと言いながら彼女の手をそっと握った。

 

 テント内には他に人が居ないので、本当に久しぶりに二人きりになったともいえる。

 二人はしばらくの間そのままでいて、沈黙が流れた。

 会えていない期間がそう長くなくてもいろいろとあって。

 思うことがあってもうまく言えない。

 白雷のこと。

 ショーンが死にかけたこと。

 レオが呪いを受けたこと。

 再戦する予定とはいえ、初めて戦に敗けたこと。

 

「全部、聞いたのか?」

 玲菜の方を見ずに、彼は言った。

「うん。全部かは分かんないけど、ショーンから戦の話は聞いたよ」

 彼女が答えると、まるで懺悔《ざんげ》のように告げる。

「白雷は俺を守って死んだ」

 その言葉だけで泣きそうになった玲菜は堪《こら》えて頷く。

「うん」

「オヤジはな、全部壊したと思った旧世界の兵器に撃たれたんだ」

「うん、聞いたよ」

 

「それで俺は、お前との約束を破った」

 

 彼が、呪いを受けた話は聞いた。

 なぜかは本人にしか分からないのかもしれないが、多分ショーンを助けるべく。

 禁断の剣に手をかけた。

 朱音たちから聞いた話によると、その後、彼は魔術のような力を使ってショーンの傷を治して大勢の敵を倒したのだという。そこは自分も少し見ている。

 内城壁も壊した、と。

 

『魔術』は剣から出てきていた。

 

 大昔の伝説の剣に魔法が備わっていたとして。

 剣の力を解放したレオには正体不明の焼印が背中に刻まれた。

 

 後は、玲菜も現場に到着したので分かる。

 彼は気絶してしまい眠りに就いた。

 

「ごめんな。お前から何度も言われていたのに」

 申し訳なさそうにレオは謝る。

「でも、俺はどうしてもお前の父親を助けたくて」

 

「……うん」

 約束を破ったことを、怒るなんて玲菜にはできなかった。

「父を助けてくれてありがとう」なんてことも言えない。

 代償に受けた彼の焼印が怖くて。

 ただ――

「レオ」

 これだけは、いつも言える。

「生きててくれてありがとう」

 戦の度に胸が潰れる思いになる。

 

「ああ」

 

 レオが返事をすると玲菜は彼の手をギュッと握った。

 想いが込もって強く両手で。

 

 

 薄暗いテント内に少しの明かりの中、彼女は僅かに聞こえるくらいの小さな声で彼に訊ねた。

 

「レオ……キスしていい?」

 

 

「えっ!?

 

 正直、彼女からそう訊ねるのは今までにあったか分からない。

「ああ……」

 だからか動揺しそうになってレオは返した。

「なんで訊くんだよ」

「だ、だって! レオ怪我しているから」

 恥ずかしそうに玲菜は慌てる。

 なぜなら、彼の顔が真っ赤なので、こっちまで紅潮《こうちょう》してしまう。

「いや、怪我していてもキスくらい……」

 言っている途中で彼は目をつむり、彼女の口づけを待つ態勢に入った。

「いいに決まってる」

 

 待たれると緊張するのはなんなのか。

 玲菜はドキドキしながら顔を近付けてそっと彼の唇に触れた。

 

 一度離すとお互いに目を開けて「フッ」と笑ってしまう。

「なんか久しぶり」

「ああ」

 今度はレオが、微笑んだままキスをしてきた。

 

 それでも足りないので二人は何度も口づけを交わす。

 

 レオは口だけでなく髪や頬にも唇を触れさせた。

「玲菜」

「うん」

 いつの間にか玲菜の目からは涙が流れる。

 多分、いろんな気持ちが混ざって。

 嬉しさや哀しさ、安心とかさみしさ。

 ただ、愛しさは強い。

「レオ」

「ん?」

「好きだよ」

 

 膝をついた玲菜がレオの胸に頭を乗せると、彼は優しく髪を撫でる。

「うん。分かってる」

 彼女が気持ちよさそうに目をつむるのが愛おしくて、自分にとってかけがえのない時間。

「俺もお前が……」

 好き……いや、『愛している』か?

 どちらを言おうか迷ったレオは、つい今の気持ちをそのまま表現してしまう。

「愛《いと》しい」

 

 ……しまった、恥ずかしい表現をした。と、思ったのも束の間。

 彼女は「うん」と嬉しそうに返事をして顔を胸にすり付けてくる。どうやら玲菜的には好みだったようだ。

 だが、レオ的にはむしろその行為が好みであって。

 体温と気分が上昇するのを回避できない。

「玲菜」

 駄目だ。抑えられるわけない。

「一緒に寝たい」

 レオは我慢ができなくなって禁断(?)の一言を告げた。

「え?」

 多分、“そういう行為”はできないというのは分かるが。

 問題があり。

「でも……」

 ベッドを見て玲菜は戸惑う。

「一緒に寝られるかなぁ?」

 物理的に。

「私も一緒に寝たいけどさ」

 彼が横になっている寝具はテント用の簡易ベッドであり、狭くて二人寝る余裕が無いように見える。しかも彼は怪我人。

 

 レオは端に寄って空きを作った。

「ほら。狭いけど、お前なら入れるだろ?」

 確かに玲菜ならばギリギリ入れる空きができて、ただ密着は必然になるのだが。……いや、むしろそれは嬉しいけれども、傷の痛みが心配ではある。

「レオ、体痛くない?」

 訊ねた玲菜の腕をレオは引っ張った。

「寝ている状態なら別に平気だ。というか、仰向けよりも横を向いていた方が楽だし」

「うん、じゃあ」

 体を傾けている彼に向き合う形で玲菜は布団の中へ入った。

「狭くてごめんね」

「なんで謝んだよ」

 すでに近い状態なのに、レオは更に彼女を引き寄せて体を密着させた。

 おかげで玲菜の体温も上昇。鼓動が速くなって熱くなった。

 

 二人はしばらくそのままで寝ていたが……

 困ったように玲菜が言う。

「私、眠れないよ。レオは眠れるの?」

「俺も眠れねぇ」

「じゃ、じゃあ……」

「でも幸せだからいい」

 彼の一言で、玲菜は遠慮するのをやめた。

 明日のために眠らなければならないとも思うのだが、一緒に寝る幸せを断つのは無理だ。

「うん」

 玲菜は眠ることを諦めて目をつむり、代わりに明日以降の話を告げた。

「あのね、私とミリアは……」

 彼には教えてはいけないという約束なので作戦の事は伏せて。

「明日には多分、行くからね」

「ああ、なるほど」

 恐らく『緑龍城へ帰る』のだと勘違いしているレオは頷く。

「そうだな。その方がいい」

 少し罪悪感を持っている玲菜に、疑問に思っていたことを訊いた。

「っていうか、お前とミリアはどうしてここに居るんだ? 緑龍城に帰ったんじゃないのか? お前なんか戦中に、鳳凰城塞に居ただろ」

「あ!」

 そうだ。彼にはまだ説明をしていない。

 

 玲菜は、戦の真っ只中にどうして自分があの場に居たのか。怒られるのを覚悟しながら説明を始めた。

 

 

 *

 

 鳳凰城塞の家政婦として集団避難をした玲菜とミリアは、朱音の手引きでなんとか集団を抜け出すことに成功。以後、急いで緑龍城へ帰ったわけだが。

 

 朱音がそのまま休まずに戦場へ向かった直後に、玲菜はある女性と遭遇することになる。

 

 女性は、外で朱音を見送っていた玲菜たちの前に突然現れて、こう言ったという。

「自分は予言ができる占い師だ」と。「自分の占いは外れたことがなく、不吉な未来が視えたので忠告しに来た」と。

 そして、彼女が視たのは「レオに危機が迫っている」こと。

 

『助けられるのは貴女だけ』と、玲菜を指してきた。

 

 いきなりそんなことを言われて、ミリアは信じなかったが、玲菜は半信半疑であり。自分も鳳凰城塞に向かうことを決心。

 すると仕方なくミリアも一緒に行くとなり、占い師の女性も『賊や獣の出ない近道』を教えてくれる、と同行することになった。

 

 そうして三人で鳳凰城塞に向かうと、夜で怖かったのだが彼女の言う通り危険なものには一切会わずに馬で走ることができて、目的地近くにたどり着く。

 

 だが、休憩の時にうっかり二人が眠ってしまって朝方起きると女性の姿はこつぜんと消えていた。

 

 *

 

 

「――ミリアは『幽霊だったんじゃないか』って、言ってたんだけど」

 レオも信じないかもしれないと思いつつ玲菜は続きを話す。

「とりあえずその後は二人だけで鳳凰城塞に向かったんだ」

 

 たどり着いたのは昼過ぎだっただろうか。

 ただ、音や振動で戦が始まっていたのは分かったので、直接は向かわずに、遠く離れた場所にある『家政婦が脱出した隠し通路』の出入り口から城の内部にひたすら向かった。

 

「はあ!? 封鎖されていなかったのか!?

 隠し通路なんて敵に見つかったら一大事であり、当然封鎖されている場所のはず。

 眉をひそめてつっこむレオに、平然と玲菜は返す。

「あ、うん。封鎖されていたよ」

 それなのになぜ通れたかというと。

「でも見張りが居てね、その中にトニーさんが居たからミリアが頼んで連れてってもらったの」

「トニー?」

 一体誰だそれは。

 首を傾げるレオに玲菜は教える。

「トニーさんはミリアのこと好きなの。家政婦として鳳凰城塞に潜入した時も居たんだけど、二年前の戦の時からミリアのこと知ってたんだって」

「あー」

 つまりミリアのことを好きな兵士が偶然その場に居て、まんまと二人を案内してくれたというわけか。

 

 見事二人は内部侵入に成功。

『家政婦長・マーサの至急な遣い』ということにして慌ただしい城内を駆けていると、大きな爆発音があり、「城門が突破された」とますます場は混乱に陥《おちい》ったのだという。

 その隙に乗《じょう》じて二人は内城壁付近まで行く。

 だが、トニーとははぐれるし、奪還軍も突入しているしで、自分らも戦に巻き込まれてしまうのではないかと怯えて隠れていたところに……

 

「偶然、カルロスさんが通ってね」

 

「はあ!?

 ここで、彼の嫉妬の反応があったが、ためらいながらも玲菜は続ける。

 

「私たちは隠れていた物置から出ていって、カルロスさんたちに助けてもらったんだ」

 そこからは奪還軍に保護されて、護衛されながらレオの許へ向かったらしく。

 最後にはダリアが護衛して連れていったのだという。

 ちなみにミリアのことは他の兵が安全な場所に連れて行ったとの事。玲菜たちよりも先に戦場から離れている。

 

 

 

 話が終わって、レオはため息をついた。

「そういうわけか」

 結果、玲菜はあの時に自分の許へたどり着いた。

 

 彼女が自分を止めてくれた。

 

「危険な戦場に行って、ごめんなさい」

 しかも激戦の最中に。

 謝る彼女の瞳をじっと見つめるレオ。

「……うん」

 怒鳴られると思っていた玲菜は、その反応に驚く。

「怒らないの?」

「ああ。無茶なことして、もし何かあったらと思うとゾッとする」

 確かに。自分でもそう思う。

「でも、お前が来なかったら俺はどうなっていたか、とも思うんだ。もちろん、無事だったから言えることだけど。怒る気持ちと感謝する気持ちが半々かな」

 だからレオは何も言えない。

 いや、一番伝えたいことは言えるか。

「玲菜」

 彼は玲菜の耳元で囁いた。

 

「生きててくれて、ありがとう」

 

 ギュッと抱きしめられて、玲菜は嬉しくて顔が熱くなった。

「う、うん」

 やはり彼と一緒に寝るのは、これ以上無く幸せを感じられる。

 温かくて、先ほどは眠れないと思ったが今は眠れそうだ。

 

 目を閉じた玲菜が、夢心地で寝そうになっていると、「ちょっと待て」とレオが説明話の中にあった疑問を呈《てい》した。

「ところで、聞いていた時に気になったんだけどな。最初の方に言っていた『占い師』って何者なんだ?」

 彼女が玲菜を連れてきた張本人。

 占い師という職業は微妙にうさんくさく感じるが、現に予言(?)は当たっているし。

 予言というと預言者シドゥリを思い出すのだが、シドゥリ――アルテミスはもう亡くなっている。

「あ、うん。占い師さんなんだけど、その人はね」

 玲菜は少し気まずそうに告げた。

 

「レオも知っている……前にオアシスの酒場で会った人。名前はタチアーナさんっていうんだけど」

 

 

「タチアーナ!?

 聞き覚えがあって驚愕するレオ。

 

「え? レオ、名前知っていたっけ?」

 

 知っているも何も、謎だとずっと思っていた女性。

 赤い髪の妖艶《ようえん》な美女。

 玲菜と一緒にオアシスの酒場で初めて会い、酒の飲み比べをした。その時から『シリウスの剣』を知っている風であり、怪しかった。

 次に会った時は緑龍城の近くで。正体を確かめようとして飲みに誘ったが、口を割らなかった。

 そして……

「俺も、この前会ったんだ」

 レオは先日の不思議な出来事を玲菜に教える。

「出撃の二日前の夜に」

 野営地で、どうやって忍びこんだのか、彼女が現れた。

「それで、予言みたいな……ことを……」

 ああそうだ。

 

「シリウスの剣の力を解放するな、と」

 言った後、彼女は姿を消した。

「え?」

 出撃の日の夜には玲菜の許へ来て“予言”をしている。

 

 一体彼女は何者なのか。

 まるでシドゥリのような“当たる”予言を残す。

 寝ようとしていた二人は、占い師タチアーナのことが気になってまた眠れなくなってしまった。


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