創作した小説が世界の神話になっていた頃
[第二部・第四十六話:交換条件]
オアシスの夜に二人が酒場で出会った赤い髪の女性は、若いというより大人の色気を持つ、熟女というにはまだ若い、三十歳前後の美女で。とにかく色っぽい印象を受ける。
髪は赤というか、厳密にいうと赤に近い茶色い髪であり、波打っていて腰ほどまで長い。
そして瞳の色も赤っぽく見えたが、何より目立つのは完璧なまでの体つき。豊満すぎる胸はもちろんのこと、とにかく露出した服装を着ている。
男ならば、彼女が通り過ぎれば必ず振り返ると予想できる。
最初に出会った酒場では、飲み比べの最中に彼女はレオにキスをしてきた。
おかげで玲菜とレオはヒトモメ起こしたわけだが。
後に、レオが緑龍城付近で一人の時に会った際も問題を持ってきている。
それは、レオ朝帰り事件。
……まぁ、真相としては、彼女の正体を疑問に思っていたレオが彼女の『酔ったら喋る』という言葉に惑わされて飲みに行ってしまった訳であり。結局酔わなかったので朝方まで飲んでしまった――と。
だが、もちろん玲菜とは喧嘩になってしまって。
レオはずっと正体不明の彼女に警戒をしていた。
『シリウスの剣の持ち主』がレオだということを知っている風な女性――タチアーナを。
彼女は戦の前に、レオに警告を、玲菜には予言をして戦場近くまで連れてきた後、姿を消している。
しかも予言は当たり、謎だけを残した。
「一体何者なんだ、あの女は」
テント内の狭いベッドに二人で寝ながら、レオは考え込んだが、彼女について話し終わった玲菜はそれどころではなく。
彼の話にムスッとする。
「……あの時、一緒に飲み明かした美女ってタチアーナさんだったんだ」
朝帰りの問題をぶり返した。
「え?」
玲菜は怒ったまま彼に背を向ける。
「レオ、言ってくれなかったね」
慌てたのはレオだ。
「いや、別に隠したわけじゃねーよ? お前、話した時は熱があったじゃねーか。ベッドで寝かせたから言いそびれただけであって」
そうだ。玲菜の熱が上がったから話が中断した訳であり。
「それに、お前、俺たちが歩いているのを見たって言ってたよな?」
「巨乳美女なのは気付いたけど、前にオアシスの酒場で会った人だなんて気付かなかったよ!」
特に『巨乳』を強調して言ったように聞こえて、レオはつい言い訳してしまった。
「巨乳は関係ねーよ! 正体知りたかっただけだかんな」
なんて逆効果なのか。
まんまと『巨乳に釣られた』的に聞こえた玲菜は「もういい!」と話を打ち切った。
背を向けたままで明らかに怒っている。
「玲菜!」
要らぬ喧嘩をしたかったわけではないのに。少し間を空けてからレオは話しかける。
「だから。昔のことにいつまでも腹を立ててんなよ」
二度目の逆効果か。
まるで、浮気をして開き直っているような言い方になってしまった。
しかし最善の話しかけ方が分からずに、レオはうっかり力づくで彼女をこちらに向かせた。
「玲菜! こっち向けよ」
だからか。
少し哀しそうに睨む彼女に何も言えなくなる。
沈黙が流れてからそっと彼女を引き寄せた。
「そんな顔させて悪かった。ただ本当に隠したわけじゃなくて」
「……うん」
本当は玲菜も分かっている。彼に隠したつもりが無いことも、下心も何も無かったことも。
「私の方こそごめん。大事な話の途中だったのに嫉妬しちゃって」
「え?」
「ごめんね」
玲菜は謝ったが今度はレオの方が落ち着かなくなる。
「もう一回言えよ」
「え?」
もう一回とは?
「ごめんね?」
玲菜がもう一度謝ると彼は「違う」と首を振った。
「そうじゃなくて、嫉妬? 誤解じゃなくて?」
てっきり『隠した』とか『巨乳に騙された』と勘違いをされているのかと思っていたのだが、そうではなくてただの嫉妬だったのか。
「誤解じゃないと思うよ。レオがそんな人じゃないのは分かっているから。私がただ……」
玲菜の気持ちが解ったレオは嬉しくなって抱きしめる。
「ただの嫉妬なら、俺は嬉しい」
「う、嬉しい?」
「だって、嫉妬ってことは俺のことをそれだけ好きってことだろ?」
まぁ、図星ではある。
途端に顔が赤くなった玲菜は無理に反論せずに素直に頷いた。
「うん」
二人はしばらくそのままでいて、やがて眠りに就く。本当はタチアーナについて話し合おうと思ったが、心地好くなったので仕方ないか。
久しぶりに幸せな気分で一夜を過ごすことができた。
翌日。
フルドが止めるのも聞かずに回診に来た軍医の悲鳴で二人は起きた。
軍総隊長といえども、怪我人が狭い簡易ベッドで一体何をしているのかと、医者は玲菜に注意する。すぐにレオが「ただ一緒に寝ただけだ」と言ったが、「いけません」と叱り。
玲菜は謝りながら彼のベッドを下りた。
確かに、狭い中で密着して寝たので体が痛くなったし、彼の傷に障《さわ》ったらまずい。
だが、反省する玲菜を引っ張り、反省していないレオはキスをしてきた。
軽くと言えども軍医やフルドの前で。
当然恥ずかしくなる玲菜と、慌て出す軍医。フルドは慣れているのでサッと後ろを向き、頃合いをみてからまた元に戻った。
「レオ……」
恥ずかしそうに自分を見つめる玲菜の頭を触るレオ。
「ちょっと待ってろ。診察とやらが終わったら一緒にメシ食おう。お前は今日ここを出るだろ? なるべく長く一緒に居たいからさ」
「う、うん」
返事をしてから玲菜は待つ間にやるべきことを思い出す。
「あ! やっぱ着替えてくる。ミリアに言っときたいし」
レオは「なるほど」と頷いて彼女に言った。
「じゃあ、着替え終わったら戻ってこいよ。その頃には診察も朝食の用意も済んでいるかもしれないから。フルド! 玲菜の護衛頼む」
頼まれたフルドは「行きましょう」と玲菜を案内する。
レオのことは良いのかと思ったが、入れ替わりでテントに給仕が入っていったのを見て、納得。命令されたわけでもないのに分かっていて働く彼らに感心をした。
そして、昇る朝日を浴びながら一旦自分のテントに戻った玲菜は、ミリアに「レオと一緒に食事をすること」を告げる。
彼女は準備をして待っていると言い、微笑ましく玲菜を見送った。
―――――
やがて。
レオとの食事も終わった玲菜の許へ朱音が迎えにやってくる。
彼女は玲菜たちの作戦の護衛であり、昨日黒竜から任務を聞いて引き受けたようだ。
緑龍城に帰るのだと信じているレオも、朱音が護衛ならば安心だと胸を撫で下ろした。安心したのは何も玲菜たちの身を案じているだけではなく、彼女自身の怪我の様子を知っていたから。
再戦には参加させられないと決めていたので、玲菜たちと一緒に緑龍城で身を休めてほしいと思っていた。
彼女には相棒の死による心の傷もあるだろうし。
レオはまた名残惜しく玲菜の手の甲にキスをして告げる。
「くれぐれも気を付けろよ。タチアーナの話は、また俺が帰ってからしよう」
「うん」
もう何度もあったことなのに、やはり彼の身が心配で胸が潰れる思いは変わらない。
「レオも、お願い。絶対に無理しないで!」
言っても無駄なのは分かる。絶対に無理をしそうだ。
ただ、それを防ぐための『クリスティナ救出作戦』だと、玲菜は認識している。
父は「話し合いにもっていく」と言っていたので。
だが、もしも作戦を成功させる前に向こうが攻めてきたら戦いは免《まぬが》れなく、可能性は決して低くない。
「お願い」
玲菜は彼の無事を強く祈り、言っておかなければならない事を伝えた。
「シリウスの剣は、絶対に使わないで」
今度こそ、約束は守ってもらいたい。
彼は苦笑して頷いた。
「誘惑に負けないよう努力する」
「努力じゃなくて! 駄目だよ!」
どうしても使わせたくない玲菜は、破った時の事を突き出す。
「もし破ったら、結婚のことを考え直すから」
「ええ!?」
さすがにそれは、彼には重い。
「……分かった。絶対約束を守る。お前と結婚したいから」
レオが承諾したことで、むしろ玲菜はホッとした。『約束を守る』という言葉もそうだが、自分との結婚を交換条件の引き合いに出すのが果たして有効かどうかも気になったから。
(有効で良かった)
もしも「別に勝手にしろ」なんて重要視されていない風に言われていたらきっとショックだ。
「その代わり」
レオは一瞬冗談だと思えるような軽い調子で交換条件を続ける。
「約束を守ったら、俺が緑龍城に戻ってすぐ結婚式を挙げるぞ」
「え?」
破ったらと突き出した場合、当然守った側も条件を出すべきであり。しかも通常ならば逆のことになるのは当たり前ともいえて。
彼の言い分は珍しくもなんともない。ごく自然な流れではある。
けれど、突発的に交換条件を約束に使った玲菜は思いもよらず。
『帰ったらすぐ結婚』という言葉に唖然とする。
実感がわかなくてうまく呑み込めない話に動揺した。
「え? 式を挙げる?」
式の話は何度も出ていたが、落ち着いたらだと思っていた。
なんだかんだで帝位を奪還し終わった後だろうと、漠然と感じていた。
(帰ってきたら……?)
「すぐに!?」
慌てる玲菜を呆れた目で見るレオ。
「お前、ちゃんと考えてねーのかよ。この前だって訊いただろうが、いつにするのか」
そういえば訊かれたことがあったような。なんとなく思い出す玲菜。
確かにその時も『皇帝の座を取り戻す前にするかも』と。
でも、結局は戦に突入してあやふやに。
今回の戦で、もしも勝つことができて彼が緑龍城に帰還したら……
(そしたら私、結婚!?)
帰還したらというのが、妙に現実味がある。
「で、でも私……花嫁修業もしてないし、それより準備は?」
少々混乱している玲菜にレオは笑いかける。
「いや、修業はいいだろ。お前やんなくて。準備もまぁ、帰ってからになるけど」
彼は首を傾げた。
「それともまだ早い?」
早い気もするが、玲菜の気持ちは決まっている。
「ううん。早くないよ!」
言ってしまった。これで決定する。
「私……待ってるから」
彼はニッと笑い、もう一度彼女の手を取ると、今度は婚約指輪にキスをした。
「待っていろよ。必ず勝って帰って、そしたら式を挙げる」
吸い込まれそうな熱い瞳と言動に、玲菜は顔が火照る。
「うん」
返事をした後に、頃合いを見て朱音が話しかけてきた。
「では、行きましょう、レイナ様」
主《あるじ》にもひざまずいて宣言する。
「レイナ様のことはお任せください。陛下もどうか、無事でありますよう」
「分かった。頼んだぞ、朱音」
レオがベッドから見送る中、朱音と玲菜はテントから出て行った。
そして……
しばらく歩いて離れると、朱音は俯く玲菜に話しかける。
「レイナ様」
「え!?」
明らかにビクッとした玲菜は、先ほどの熱がまだ冷めておらず、顔は赤いまま。
慌てて気持ちを切り替えた。
「あ、はい! なんですか?」
「今回の御皇妹《ごこうまい》救出作戦ですが、昨夜の内に私がショーン様より預かりました。詳しくはその都度《つど》説明しますので、どうかご安心くださいますよう」
「はい」
すでに手を回しているとはさすがの軍師か。
父を感心する玲菜に朱音は続きを話す。
「ですので、私たちはもう出発します。レイナ様の荷物は部下が運ばせてもらい、ミリア様にも伝言しました。これから門に向かいますけど、よろしいですか?」
荷物が運ばれてミリアも向かっているなら問題ないか。玲菜は「分かりました」と頷いた。
朱音の誘導で野営地の出入り口である門へ向かって歩いた。
門に着くと、すでに待機していたミリアと見送りのショーンやイヴァンが居たのだが、びっくりしたのはやたらと豪華な馬車が待っていたこと。
てっきり馬で行くのかと思っていた玲菜は朱音の顔を覗き込む。
「馬車ですか?」
「はい。中々速い馬を使っているようで。あ、私は馬に乗っていきますけど」
まるで貴族の所有物のように大きくて立派で煌《きら》びやかな馬車に、二人で乗れるのが嬉しいミリアはニコニコしている。
朱音は護衛も兼ねて馬でついていくらしく、他に護衛が数人居たのだが、よく見ると彼らは……
「お気に召しましたか? レイナさん。私の馬車と護衛は」
低い好い声を掛けてきたのはタヤマを連れたカルロス。
つまり、豪華馬車と数人の護衛は彼のものであり。御者《ぎょしゃ》も彼の使用人。
玲菜(とミリア)が都まで移動すると話を聞いた彼は、馬車を提供してくれたのだという。
「え? でも、カルロスさんは何に乗って移動するんですか?」
自分の馬車を譲ったら彼はどうなるのかと、玲菜の心配は無用らしく。
「私は私軍と共に移動するので」
カルロスは自分の軍を引き連れて、行軍してサン・ラーデ市に向かう。
戸惑う玲菜とは裏腹にミリアは元気に礼を言った。
「ありがとうございます! カルロスさん!」
「いえいえ。美女三人で快適な旅をどうぞ」
「やあだ〜。カルロスさんったら、うまいんだから〜。さすが貴族!」
二人のやりとりに焦って入ってきたのはイヴァンだ。
「ミ、ミリアちゃん!」
「何よ」という顔をする彼女にうまい言葉が思いつかなく、普通のことを述べてしまう。
「気を付けてね!」
「分かってるわよ」
彼女はそっけなく返事をしてショーンの許へ行った。
「ショーンさん! では行ってきますね!」
「うん。くれぐれも気を付けてな」
娘には毎度同じことを注意してしまう。
「玲菜も、無茶をしないで! 朱音さんの言うことをちゃんと聞いてくれよ? もしも無理そうなことがあったら大人しく引き下がる事!」
「分かってる!」
一度彼が死んだと思われた時に「お父さん」と呼べたはずの玲菜は、また気まずさが戻ってしまい、「お父さん」とも「ショーン」とも呼べずに返事をする。
「そっちも、気を付けてね」
「ありがとうございます、カルロスさん」
玲菜が礼を言うとカルロスは真っ赤になって動揺した。
「あ、うん。いや、うん。貴女のためだったら俺……いや、私は……」
その様子を面白そうに見つつミリアが乗り、玲菜も会釈をして馬車に乗り込んだ。
格好良くも馬にひらりと跨《またが》るのは朱音。
「行ってまいります、ショーン様。陛下のこともよろしくお願いいたします」
「ああ。二人と作戦のこと、お願いします、朱音さん」
「はい!」
朱音と護衛と馬車は、見送られながら都の在る方角へ進んでいった。
やがて見えなくなると、今度は自分たちだとカルロスとタヤマは戻ろうとする。
そのタヤマを引き留めて、ショーンはとある秘密の作戦を彼に頼んだ。
「え、えええええ〜〜〜!!」
当然彼は驚いたが、「もしできたら」と必ず実行しなくても良い旨《むね》を付け加える。ただ――
「でも、なるべく頼むな」
ショーンは期待の目でタヤマの肩を叩いた。
「……はぁ、分かりました」
一体何を頼まれたのか、困るタヤマに首を傾げつつ、カルロスも挨拶をして私軍の方へ向かう。
同じく首を傾げたイヴァンを連れて、ショーンは「昨日の続きだ」と職人たちの方へ戻っていった。
意味深長な事を二人の背中に呟いてから。
「多分俺の読みは当たっているから、サン・ラーデ防衛にもうまく利用してやるといいさ」
その後、カルロス隊は野営地を離れてサン・ラーデ市へ。
奇襲を警戒しつつ、奪還軍は再戦の準備を進める。
職人たちは軍師の言う爆弾等を作り、軍総隊長の背中の腫れが引くのを待つ。
他の兵は訓練と、時に賭博や女遊びも許可していたが。
問題は兵の士気にあり。
負傷していなくても軍を抜ける兵や契約を解除する傭兵が多数出ていた。
元々志願兵の多くが職業兵士(騎士)ではないというのもあったが、一番の原因としては不審と不安による。
不審は、前の戦いでの軍師の判断に疑問を持ったことが多くを占めていて。
不安は、敵軍に皇帝《シリウス》自ら援軍に来るとの情報。
シリウスといえば、かつて勝利の皇子と呼ばれた常勝無敗の英雄。
バシル将軍が裏切ってこちら側に居るとはいえ、無敵の皇帝に敵うだろうかと兵の間で不安が広がる。
皇帝を打倒するために集まったはずなのに、敗戦を味わった後なのでどうしても弱い気持ちが出てしまう。
(さーて、どうすっかな〜)
手筈《てはず》は整っているはずなのに。
士気の低い兵たちの様子を見て、ショーンはため息をついて煙草を吸った。
退却すると決めた時もこうなることは予想していたが、……いや、実際予想よりも低い。
彼らに必要なのは、絶対的についていきたいと思える人物。
レッドガルムやバシルはそういう人物でもあるが、全兵ともなるとやや足りない、か。
(やっぱシリウスしかいないよな、本当は)
神話の英雄が重なる彼は、まさに軍神のような存在であった。
カリスマ性を備えているともいう。
勝利や栄光、または信仰のため……兵たちは希望と確信をもって彼の許へ集い、戦った。
(でもあいつに“シリウスに戻れ”なんて言えねーよ)
本当は、重荷をすべて捨てて娘と幸せになってもらってもいいと思っている。
しかし周りが……いや、むしろ彼自身が捨てることを拒む。
もしもと願っていても、大事になってしまったものを手放すことができない。
「はぁ……」
ショーンは頭を掻き、余計な事を考えるのは後回しだと首を振った。
今はとにかく、戦に勝つ事。そこが重要ではある。
士気が低くても仕方ない。作戦が成功すればそれでも十分に勝利の余地はある。
いや余地ではなく必ず勝たないと。次敗けたら奪還軍は崩れるだろう。
ショーンは今回の作戦を成功させるための準備を入念《にゅうねん》に行い、様々な想定外も予想して対策を講じた。各隊長・団長らにも綿密な指示を出す。
あとは向こうからの奇襲を恐れたが、向こうもそんな余裕は無かったらしく、なんとか無事に過ごせる。
数日経つとレオの背中の腫れも引いて、体を慣らせばまた戦える様子。薬を塗って経過を診ていった。
*
そして、更に数日後。
背中に禍々《まがまが》しい痕《あと》は残っても痛みは無くなって、訓練も普通にできるようになっていたレオが、実戦同様の鎧を着けてバシルと手合《てあわ》せをすることになった。
二人は一定の距離を取って向かい合わせで立ち、兵たちが離れて見物する。
軍総隊長と帝国一の武人。興味あるその組み合わせに、大勢の兵が周りを囲んでいた。
レオは刀と短刀を持ち、バシルに言い放つ。
「バシル! 手加減無用だぞ」
「分かっております」
そう言いつつ、いつも少し手加減していたバシルは、最近のレオはもう手加減できなくなってきたと改めて思う。
幅の広い大剣を構えて相手が踏み出してくるのを待った。
途端に、次の瞬間にはレオが間合いを詰めてきて、観ている兵たちの歓声が上がる。
下から空《くう》を切る刀を刃で受け止めたバシルは、死角からの短刀の突きを慌てて避ける。
とにかく速く巧みに二刀を使ってくるので、次々に繰り出される攻撃を受けて避けて圧された。
だが、彼の大剣さばきは威力と技がある。
ずっと防御だったバシルが隙をついて反撃の一振りをすると、剣圧だけで、受けたレオの手は痺れて刀を落としそうになった。
さすがはバシル将軍か。兵たちの「おおお!」という声が上がった。
普通なら一太刀か……堪えても二振り目には確実に敵を倒す。
しかし慣れていたレオは怯まず。体勢を変えて、今度は脇を狙う。
二振り目を見事に避けて胴を斬りにいった。
……一瞬、そのまま胴が斬られてしまうのではないかと目をつむった者も居たが、そこはバシルも読んでいて、――いや、反射的かもしれない。大剣の表面で刃を防ぐ。そのまま圧倒的な筋力で振り上げてレオを斬りにかかった。
今までならそこで寸止めしてバシルの勝ちとなるのだが。
レオは両刃で大剣を受ける。
彼の怪力を堪えて逆に弾き返した。
喉元に切っ先を突きつけたのはレオの方が一歩速かった。
「どうだ! バシル!!」
得意円満に言い放つレオに、頭を下げて剣も下ろすバシル。
「お見事でございます、レオ様」
元々速さや隙をつく刀さばきが得意なレオであったが、二年前よりもだいぶ筋力が上がったと実感する。技も上がっているし、総じて腕が上がったといえよう。
離れて見ていたショーンが近付いて彼を褒めた。
「筋肉つけた甲斐があったな」
「ああ」
レオも刀を下ろして汗を拭った。
「速さが落ちるのは嫌だったけど、重い甲冑を着けるから、戦的には有効だな。暗殺回避向けではないけど」
今まで散々在った暗殺はもう二年間ほぼ無かったといえる。だからレオは戦を重視した訓練ばかりをしていた。
バシルとショーンだけに聞こえるくらいの声でボソリと言った。
「昔はフェリクスの方が上だったけど、今はどうだろうかな」
彼はよくフェリクスとも手合せをしていて、いつも彼が勝っていたのだが、それはフェリクスが手を抜いていたからだと本人も分かっていた。
「やはり、フェリクス殿と……」
本当は戦いたくない旨を、ついバシルが伝えそうになったところで。
黒竜がレオの許へやってきて報告をしてきた。
それは、皇帝シリウスが鳳凰城塞に到着したとの事。
きっと明日にでも、近くに潜む奪還軍捜索及び襲撃をしてくると思われる。勝ったのに援軍に来たのはそういう目的があったから。
恐らくオーラム枢機卿《すうききょう》――ウォルトの命令で、偽皇帝が来たら絶対にレオが釣れると踏んでの事。今度こそ確実に始末する計画だ。
だから、再戦は必然的に明日と決まった。
向こうが襲撃してくる前にこちらから出向く、と。
作戦はそもそも鳳凰城塞でないと使えないので。
レオも戦えるし準備は一応万端ではある。
必要だった物もちょうど職人に作ってもらい終わったところ。
いよいよ明日再戦だと、場の空気は一気に緊迫していった。