創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第五話:真相]

 

 カバーを外して久しぶりに見た車は、実に数年経ったようなボコボコで汚い車になっていた。

 洗車するわけでもないというのはもとより、砂漠が多い世界なので、とにかく車が砂に塗れる。カバーは砂避けでもあるようだが……あまりその点では役に立っていないよう。

 それと……

「レオに運転させるとすぐぶつけるから」

 ショーンの言うこれがボコボコの理由らしい。

 一応、技師のマリーノエラに整備を頼む時に、その都度直してもらうそうだが限界があるとのこと。

「乗れればいいんだよ」

 レオはそう言って後部座席のドアを開けた。

 当たり前のようにショーンが運転席に乗り、玲菜は助手席か後部席かどちらか迷った。だが、レオが急かすように言う。

「早く乗れよ。開けて待ってやってんだからさ」

「え! そうだったの?」

 確かに彼はドアを開けても入らず止まっていた。彼なりの紳士的な行動というやつか。

 慣れていなくて玲菜は照れた。

「あ、あ、ありがとう。ごめんね」

 

 玲菜が座るとレオも乗り込み、ショーンは電源を入れる。軽快なメロディと起動する音、それにCDの曲が流れ始めてショーンは慣れた風にアクセルを踏んだ。

 ちょうど車庫から出す感じにゆっくりと走り、壁を避ける。前方は乾いた大地と開けた場所になった。

 車が走り出す中、玲菜はまた一つのことに気付く。

(そういえばショーンは、最初から車の運転が上手かったな)

 内部の名称を一度も訊き返さず、説明すると一度でできるようになった。ほとんど教えていないのにすぐに運転できたし。

(知ってたんだ……本当は)

 父は普通に運転できたので。十年間という車に触らぬ期間があったとしても、動かしたらきっと思い出しただろう。

(そりゃそうだよね。レオの方が運転下手なの当たり前だよ)

 ふと、隣に座る彼を見ると景色を見ながら何かを口ずさんでいる。

 それは今CDで流れている曲であり、なんだか不思議な感じがする。

 自分に感じる視線に気づいて、レオは口ずさむのをやめて顔を赤らめた。

「なんだよ?」

「ん?」

 何て言うか。

「レオがCDの曲歌うの珍しいなってさ」

「さすがに何回も繰り返し聴いていると覚える。車はたまにしか乗らないけど、同じ曲しか流れないだろ? それに……」

 恥ずかしそうに告げる。

「この曲好きだからさ」

「え?」

 なぜ恥ずかしそうなのか、理由は次のセリフで分かる。

「なんか、乗る度に感情移入してた」

 今流れている曲の歌詞は、離れた恋人を想うような歌詞。『会いたい』や『愛している』といった言葉が入っている。

 気付いた瞬間に顔を赤く染める玲菜。

 レオはそっぽを向いてしまったが、玲菜も彼の方を向けなくなる。

 

 そして車は馬車や人の滅多に通らない砂だらけの道を走った。そんな道だが、たまに旅人が馬に乗って走っていたりして、そういう時は少し脇に逸れて荒れ地を走る。でこぼこの地面でかなり揺れる場合もあるが我慢して、遠く離れた頃にまた元の道へ戻る。

 

 景色は赤い砂漠や荒地が多く、たまに草原や町が遠くに見える。川の多かったはずのこの国は、乾いてしまってあまり川……というか水を見ない。まぁ、ショーンは河を避ける道を使っているようだが。

 思えばなんて豊かな国だったのだろうと改めて思う。

 山があり、川があり、海に囲まれていた。人が長く住むのに欠かせない自然はすべて揃っていた。

 

 赤い砂の世界に戻ってきて。

 もう二度と元の世界に戻れなくなって。

 初めて気付く。

 ――美しい国だった、と。

 とても贅沢で、それを忘れてしまうほど忙しい国。

 

 景色を見ながらしみじみ思う玲菜の手にレオの手が触れる。上から手を握り締めてボソッと言った。

「何て言うんだっけ? お前やオヤジが家でよく言っていた言葉。……ああ、そうだ」

 もしかすると、この世界ではその言葉が無かったのかもしれないと、今になって気付く。

 

「おかえり、レイナ」

 

 それともレオがただ知らないだけだったのか。定かではない。

 ただ、改めて言われた玲菜は胸がいっぱいになる。

 なんていい言葉なんだと初めて気付いて。

 

「戻ってきてくれて良かった」

 

「うん。……うん!」

 玲菜は涙が溢れてきて俯いた。

 レオはまた黙って窓の外を見たが玲菜は温かい気分になった。

 これからずっと、彼と共にここで生きていく。

 その為に戻ってきた。

 父だって傍に居る。

 

 玲菜はふと気付いたことがあり、顔を上げた。

「あ、ねぇ、ウヅキは? ウヅキはどこに居るの?」

「ウヅキはもう齢だからさ、連れてこなかったんだよ」

 運転していたショーンが答えた。

「え?」

 齢と言われると「そうなのか」と思い少し心配になったが。

「でも元気だよ。本拠地に居る」

 その言葉に胸を撫で下ろす。

「本拠地には今、梅が咲いていてな。そこで日向ぼっこするのが彼女のお気に入りみたいなんだ」

「梅!」

 そうだ。自分が時空の渦に行く前も春だった。

 その頃は桜が満開で綺麗だった。時期は近いが少しずれている。

(でも春なんだ。これから暖かくなる!)

「ねぇ、今、何月何日?」

「十二月…」

 レオと被ってショーンが答えた。

「十二月六日かな。旧世界では四月一日」

 しかもレオの知らない話を加える。

「四月と言えばお母さんの誕生日があるな」

「う、うん」

 ショーンが父ならば当然知っていることで。ただまだ慣れない玲菜は戸惑ってしまったが。

 今の会話の流れで気付かされた事実に大声で反応した。

「ああ!!

「ど、どうした?」

 レオは驚いたが、運転席のショーンはニッと笑っている様子。

「うっうっうっ……」

「どうしたんだよ?」

「ウヅキって!! お母さんの誕生日月から名前取ったの!?

 恐らく正解で。運転席では笑い声が漏れる。

「何? ウヅキが?」

 なんだか分からなそうに訊くレオに玲菜は改めて訊いた。

「ウヅキの名前って、ショーンが決めたんだっけ?」

「え? ああ、まぁ。オヤジが名付けたけど」

 間違いない。

「だって!!

 玲菜は父とショーンの違うところを指摘した。

「お父さんは猫が苦手なはず!」

 そうだ。これはずっと思っていた。二人は凄く似ていたが、ここは不一致の点。

「苦手だったよー」

 この爆弾発言にはレオも驚く。

「え!?

「でもレオがさ、猫によって心を開いているようだったから。最初のうちは我慢してた」

 そうだったのか、と二人は唖然とした。

「あと昔、玲菜が飼いたがっていたのも思い出してな。今後の為に克服しておこうと思ってさ」

 確かに玲菜は子供の頃、猫を飼いたくてよく拾ってきていた。

「白い猫だったから、お母さんをなんとなく思い出して『ウヅキ』って付けた。それから段々可愛く思えてきて。今ではなんで苦手だったのか分からないくらい好きだよ」

 ……そうだったのか。

「思えばウヅキは、彼女に……似ている」

 ショーンが小さな声で誰かを思い出すように呟いた。

「助けを求めている人間の前にひょこっと現れてじっと傍に居てくれる」

 本当にそうだ。傷ついたレオの心は癒されて、レオの異母妹《いもうと》であるクリスティナも元気を取り戻した。

「俺も、ウヅキにはずいぶん助けられたな。心配で堪らない時にウヅキの顔を見ると落ち着くっつーかさ。安心するんだよなー」

「だよね」

 玲菜は相槌をうつ。

「ウヅキはホント癒される。早く会いたいな」

「そうだな。じゃあ、本拠地着いたら」

「本拠地!!

 玲菜はそれよりも自分の居ぬ間に起きた出来事をそろそろ話してほしいと促す。

「本拠地ってどこ? っていうか、今一体どうなってんの? あれから何が起きたの?」

 彼女の問いに、レオとショーンの二人は止まって。ショーンがアクセルを踏みながら頼んだ。

「レオ! 説明してやれ。俺は運転してるから。うまく説明できる気がしない」

「え?」

「そもそも、お前が昨晩に説明するはずだったろ?」

「分かったよ」

 レオは頭を押さえて「どこから話そうか」という風にこちらを見たので、玲菜は聞きたい部分を指摘した。

「即位式が、襲撃されたって話……あ!」

 言っている途中で気にかかっていた事を思い出す。

「その前に、ショーンが拘束されたって話」

 聞いた途端に誤ってハンドルを切りそうになったショーンにレオが注意する。

「何やってんだよオヤジ! 焦ってんなよ」

 拘束なんて不名誉な話、娘に聞かれたくはなかったか。しかしそこだけ省く訳にもいかない。

「ああ」

 ショーンの内心はよそに、レオは話し始めた。

 

「えっと……ああ、そう、オヤジが拘束されたって話か」

 

 *

 

 ショーンが拘束されたのは、皇太子殿下であるレオに刃を向けたからだ。

 ――あの日。玲菜が『時空の渦』に行った直後。

 ショーンはレオの首元にナイフを突きつけた。その人質で朱音や黒竜が動けなくなっている所に現れたのがユナ。

 ユナは密かにショーンに渡されていたアヌーの腕輪を填めて、過去を変えるという野望の為に時空の渦へ入る。

 ユナが時空の渦へ入った後、ショーンはレオを解放して、真実を告げることになる。

 

 過去の自分が一度玲菜の世界へ時空移動したこと。

 そこでジョージという友人の名を使った偽名で暮らしていたこと。

 玲菜の母親と結婚して玲菜が生まれた――つまり彼女の父親だったこと。

 そして、今、時空の渦に行った彼女に起こる悲劇。アヌーの結晶石を取られて元の世界に戻ってしまうこと。

 その時に過去の自分は元々持っていたアヌーの結晶石を使って、二人でこの時代へ行くことにする。

 

 だが、もう一度時空の渦に入った時にユナに邪魔されて……過去の自分はこの世界の十年前に飛ばされてしまう。

 ただ、飛ばされる前にユナから結晶石を取り返して玲菜に渡したので、きっと彼女はこの世界の二年後へ必ず戻ってくるだろう、と。

 

 ショーンはこの後に、娘が酷い目に遭わされることを知っていながら、レオを人質にしてまでユナを通した。そうしないと歴史が変わって、大変なことになるから。

 死に際のシドゥリにアヌーの腕輪を託されたのはこういうことだ。彼女もまた運命を知っていた。

 だから『守って』ではなく『頼む』と。

 

“玲菜はきっと二年後の時代へ戻ってくる。その時に自分が居なくてもレオと幸せになれる”

 ショーンはたとえ自分が極刑になろうとも、“運命を信じること”を貫いて裏切りを実行した。

 

 *

 

「――真実を知って、俺は愕然としたよ」

 レオは言う。

「オヤジは死ぬ覚悟で……しかも、俺に殺される覚悟で、お前の未来の幸せの為に行動してたなんて知ったらさすがにショックだし」

 

 話を聞いた玲菜は震えて口を押えた。

 自分の未来の幸せとはつまり、レオと幸せになることだと解釈できるから。

 父が自分の身を犠牲にしてでも娘とその相手の幸せを祈るなんて思ったら涙が出てしまう。

(お父さん……!)

 前で運転している人をまだ「父」とは呼べない。けれど玲菜は心の中で思った。

(お父さんは、レオを認めているんだ)

 ショーンとして、玲菜の父として、彼を娘の結婚相手と認めている。

 自分にとってはつい昨日、父に『結婚したい相手』のことを告げた。父は「レオ君に会ってみたい」と。

(あの後……ここでの十二年前に、初めて会った時どう思ったの?)

 運転席に座るショーンの後ろ頭を見つめる。

 もしかしたら最初は分からなかったか。まさか十歳の少年『レオ』が、あの、娘の婚約者レオ君だとは。

 玲菜が泣きそうに眼を潤ませているとレオが続きを話す。

「でも、真実を知ったからといって、次期皇帝陛下である皇太子に向けた刃の罪は重くて。そこは俺が許しても朱音たちが許さないっていうか……まぁ、一回拘束されたわけだよ」

「拘束だけでなく牢獄に入れられました」

 重い話を軽く笑いながら付け足すショーンにレオが慌ててつっこんだ。

「一日だけだろ! オヤジが牢獄に入った次の日すぐに襲撃があったんだから」

 それが、例の即位式の襲撃事件。

「ウォルトは……連中はずっと狙っていたんだな。即位式を。一見警備が厳しそうでも、実際は緊迫している分、逆に穴があるっていうかさ」

 自分が行った直後に即位式で、その時にエニデール民の襲撃があった。

 玲菜は胸がつまる。

(ユナが失敗することも想定されていたの? そんなのって……)

 彼女の考えには共感できないが、あんなに命を懸けていたのに。

「連中は暗殺を狙っていたのかもしれない」

 レオは静かに話す。

「でも、公の場では殺さなかった。襲撃して、逃げ果せたことにしたかったんだ。偽者を立てるために」

 そして襲撃の犯人をレッドガルムたち砂狼団だと仕立て上げた。

「俺のことは仕留め損ねたけど、エニデール民にとっては上々だろ。計画は成功したんだから」

 そう。彼らには野望があった。

「国を乗っ取る野望がな」

 前で聞きながら運転しているショーンが口を出した。

「その為には、必要不可欠な人物が要るんだよ」

 玲菜は察する。

「レオのそっくりさん?」

「だな」

 

 玲菜の顔を覗きながらレオは不機嫌そうに問う。

「俺に似ている奴。……俺はそう思わないけど、居るだろ一人」

「え?」

「お前も知ってる奴だよ」

「レオに?」

 言った瞬間に一人の人物が思い浮かんで口を押える玲菜。

「え! でも」

 彼は国外追放されたはず。

「アイツはレナの付き人だった。でも、レナは知らされていないが、俺たちが捕まえたから。付き人を辞めるという形にして国外追放になった」

 レオは悔しそうに拳を握る。

「ウォルトは、最初からそれが目的だったのかもしれねぇ。俺たちの甘さも計算済みだったんだ」

 レオに似ている、レナの付き人といえば一人しかいない。

 

「セイさんが? レオに成りすましているの?」

 

 震えた声で玲菜が言うと、ショーンはため息をついた

「セイ自身が望んだかは分からねぇが、少なくともウォルトにとっては、セイは最初から計画の大事な要だったんだろうよ」

 やはりそうなのか。

 彼は長髪で雰囲気は違えども、レオに似ていた。黒髪で青い瞳で。ウォルトの仲間ではあったが、玲菜には優しくしてくれた。さりげなく助けてくれたこともあったのに。

 ただ、対決した時にレオが彼を斬り。命に別状は無かったが片目を失った。そして捕まえて、刑として密かに国外追放へなったはずだった。

(でも、ウォルトの仲間かなんかに助けられたのかな?)

 もしもそれも計算だったらどうする。

 ショーンは苦笑した。

「つまり、俺たちはレオの偽者となり得る人物を自らの手でまんまと自由の身にさせたってわけだ」

「あの場で処刑しておけば良かったな」

 サラッと残酷なことをレオは言うが、玲菜は彼があの場では絶対にそうしなかったことを分かっていた。

 多分自分のために。彼は刃を止めた。

 

 おかげで、野望を実行されてしまった。

 

「憶えているか?」

 レオは一度そう訊いて「ああ、お前の方が憶えているか。二年前のことだから」と自分で納得してから続きを話す。

「前皇帝陛下暗殺疑惑事件の時。ミシェルが、捕まえる直前で吐いた言葉」

「え、え?」

 確かに自分の方が記憶に新しいが、そんな細かいところまでは憶えていなくて戸惑う玲菜。

「俺は、憎き皇妃の意味深な言葉だったから憶えていたんだけど」

 レオは目をつむる。

「あの時『民族に裏切られた』と言っていたんだ」

 どういうことになるのか。

「皇妃は気づいたんだろう。自分が……ヴィクターも、捨て駒にされたことを」

「え?」

「多分ウォルトは、俺が皇妃を罠に嵌めていることに気付いたのに助けなかった。その時はもう次の計画に手を変えていたんだろう。セイが俺に成りすます計画に」

 ミシェルは狂ったようにレオに命じた。『自分を殺せ』と。『それが民族のための最期の仕事だ』と。

 絶望しても尚、民族のために死ねるのなら本望だとでも言いたげに。

「俺の名声は絶対的だったから、このまま無理にヴィクターをのし上げるより簡単だと思ったんだろうな。国民の支持を得た皇帝とすり替わった方が何かと都合がいいし」

 そうなるとますますユナまで捨て駒な扱いの気がして玲菜は心を痛めた。自分のことを苦しめた人物だが、あんな無残な姿になってまでウォルトや民族に忠誠を尽くしていたのに。

 

 ただ、計画通り今はセイがレオに成りすましているとして。偽者の皇帝に誰も気付かないものかと玲菜は思う。

「確かにセイさんは似てるけど。双子のようにそっくりではないよ? 誰も分からないのかな?」

 レオは理由を予想する。

「あいつは眼帯していて、それで顔を半分覆っているから。分かりにくいんだろ」

「眼帯を?」

「ああ。どうやら、襲撃の時に受けた傷だと言っているらしい」

 片目を失うなんて大怪我で、玲菜は都で聞いた噂と一致すると納得した。『即位式の時に襲撃を受けて大怪我した』と。

 実際目の前の本人も顔に傷を負っているわけだが。

 その本人様はあざ笑うように言う。

「俺が! 付けたんだぞ!? あの傷は! まさかあいつが顔を隠す為に絶好な理由を俺が付けてやるとはな!」

「落ち着け、レオ」

 興奮したレオを宥めるのは運転席のショーン。

「しかしまぁ、向こうには相当な切れ者が居るんだろうな〜。ウォルト本人じゃなくて策士的な人物が。もしかしたらナトラ・テミスとの戦の時にも某国に作戦を吹き込んだ可能性まであるぞ」

「ええ!? そんなことってあるの!?

「可能性は十分にな。エニデール民はナトラ・テミスとも通じているし」

 ショーンは小さく笑う。

「俺もちょっとプライドが傷付いちゃったから。こうなったら本気で後悔させたくなったけど」

 なぜだか若干黒い雰囲気が感じ取れるのは気のせいか。後部座席の二人はなんとなく手を強く握り合った。

 

「でも」

 いくら顔を半分隠していても気付く人間は居るのではないかと玲菜は思う。

「レオの顔分かる人なら、皇家に居るんじゃないの?」

「ああ? むしろあいつらには分かんねーよ」

 そう言いながらレオは考える。

「まぁ、分かったとしても。死んだフレデリックか、失脚したヴィクターか。息子の死がショックで臥せったアンナ様か。俺の義母になった元皇后の皇太后陛下か」

 気になる単語が出た。

「え!? 皇后陛下ってレオの義母になったの?」

「ああ。知らなかったのか? それ二年前の話だぞ」

 正直知らなくて唖然とする玲菜にレオは説明する。

「俺は皇帝になるために、皇帝の嫡男……つまり正式な子供ってことにならなくちゃいけなくて。でも皇帝の妻は皇后ただ一人だけだから、俺は養子になって皇太子となったわけだ」

「えぇえ!! そうだったの?」

「なんだよ、今更」

 レオは今更というが、玲菜は皇家や帝位継承の仕組みを知らなかったので仕方ない。玲菜は「ふーん」と納得して、改めて皇家の人間でレオの顔を知っている人間はことごとく力を失っていると理解する。

 唯一、皇太后陛下か……? いや、彼女ももう表舞台からは引っ込んでいる。他に誰か居ないか。

「あ!」

 玲菜は重要な人物を一人思い浮かべた。

「クリスティナさん!!

 そう、レオの異母妹のクリスティナならレオの顔をはっきり分かる上に失脚していない。

 だが、その名を聞いたレオは表情を曇らせた。

「クリスティナは現状、どうなっているのか分からない。忍びたちの集めた情報だと、もしかすると半分幽閉っぽくされているようだし」

「幽閉!?

「定かではないけどな」

 そんな情報に、玲菜は凄く心配になった。

「クリスティナさん、助けられないの?」

「ああ。俺もそれは考えている。だから今はとにかく情報を集めている途中なんだがな」

「そうなんだ」

 心配して俯く玲菜の頭を撫でたレオは、あと一人、重要な人物を思い出して口を開く。しかし彼女が不愉快になるかと思い、一瞬ためらったが。そんなことはないかと思い直して名を挙げた。

「あと、もう一人居るな。俺の顔が分かる人物が。俺の顔というか……」

「え、誰?」

 

「現・皇后のレナ」

 

「あ!!

 そうだ、レナは。

「レナさん、騙されて結婚しているの!?

 玲菜は大声で訊いたがレオは首を捻った。

「騙されているというか。騙されないだろ、あいつは。つまり、さすがに分かるはずだってことだ。俺の顔ではなくて、元・自分の付き人の顔は」

 セイはレナの付き人で、ずっと一緒に居た。それはもう、幼い頃かららしく。

 傷が有っても間違えるはずはない。

「じゃ、じゃあ、レナさんは」

「ああ。知っているんだろうな。セイだと知っていて、シリウスとして結婚したんだろ」

「ええ!?

 玲菜は驚いたが、レオは当然という顔をしている。

「だって、あいつが好きだったのはあくまで“シリウス”なんだぞ? 俺じゃなくて。シリウスなら、誰でもいいんだろ。そう言うと語弊があるかもしれねーけど、あいつは俺のことを『アルバート』と呼んだことはないし」

「そうなの?」

 彼女は一途にレオのことを想っていそうだったので、玲菜には衝撃的だ。

「うん。常に『シリウス様』と呼んできた。あいつが一途に想ってきたのはシリウスだったんだよ。それに……」

 レオは少し面白くなさそうに言った。

「相手がセイで、まんざらでもないんじゃねーの? 自分で気付いてないだけで、レナはきっとあいつのこと好きだぞ」

「あああ!」

 セイとレナが両想いならば問題ないか。それよりもセイの想いが通じていて喜ぶべきか? いや、どうだろうか。

 複雑な表情で玲菜がレオの顔を覗きこむと彼は少しムスッとしていたので。むしろ玲菜はその表情にムッとした。

 訊きたくはないが。

「もしかして、レオ、嫉妬してるの?」

「え!? 嫉妬!?

 まさかの慌てた反応に玲菜は繋いでいた手を離した。

「してるんだ!」

「なんで俺が!」

「だって! レナさんが自分のことを好きだと思ってたでしょ? それなのに違ったから、ちょっと悔しい、みたいな気持ちあるんじゃないの?」

 恋愛感情とまではいかなくても、少しは。

 そうなのか? と、つい考え込んでしまったレオに玲菜は激怒した。

「否定しない! やっぱそうなんだ!!

「ち、違う! 俺はただ……」

 良い言い訳の弁が出なかった。

「なんつーか。とにかく、嫉妬なんかするか。俺は別にレナのことなんか」

 疑いの目で見る玲菜に、思わずカチンときたレオは先ほどの腹に抱えたものを話す。

「お前だって! さっきの……なんだっけ? バッ、バッ、バッ……」

『バ』ではない。

「カルロス! お前、カルロスとかいう奴に結婚を申し込まれて断らなかったじゃないか!」

「え?」

 レオの指摘に眉をひそめる玲菜。

「だってあれは! いきなりだったからびっくりして」

 びっくりしすぎて何も言えなかった。プロポーズだなんて認識もしていないし。

 顔を赤くする玲菜に勘違いするレオ。

「なんでお前照れてんだよ」

「照れてない!」

「だって顔赤いじゃないか」

「赤くなんか……」

 

「うるっさーーーーーーーい!!

 

 怒鳴ったのはショーンだ。

「お前らうるさい。運転に集中できないよ。喧嘩するなら車停めるから、降りてやれ」

 

 仕方なく二人は黙り。

 レオはムスッとして窓の外を見る。

 同じく玲菜も少し離れて座って逆側の窓の外を眺めた。

「はぁ」

 ショーンはため息をつき、CDの曲だけが静かに流れる。

 

 その後は険悪な雰囲気のまま、一泊する町に着いた。


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