創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第五十二話:幻覚作戦]

 

 鳳凰城塞外郭《ほうおうじょうさいがいかく》では、勢いのある奪還軍が次々に突入して鳳凰城塞の兵を圧《お》し、城への後退を余儀なくさせる。

 必死な抵抗を受けながらも陣地を攻めて、城壁の歩廊《ほろう》にもハシゴを掛けて上の敵と戦い、弱い所から攻めていった。

 

 いよいよ内壁門も破ろうとしていた際に軍総隊長が到着。指揮をしていたレッドガルムは駆け寄る。

 まず、彼の手柄を称えたレオは、念の為に降伏を促《うなが》せと指示。相手方の返答を待つ。

 その間は戦掟に従って攻撃を停止。向こうの反撃もやむ。

 こちらの決めた返答までの時間は一時間であり、それまでに向こうは(応じない姿勢であれば)防備と迎撃の準備を進めるだろうが仕方ない。或いは皇帝を逃がす準備か。

 とにかく、こちらも休息と準備を進めながら約束の刻を待つ。

 狙い撃ち対策のために、確保した外城壁歩廊地点では塔などへの攻撃を用意して、間違っても袋の鼠にならぬよう、城壁外にも兵を待機させて警戒した。

 

 辺りは暗くなり、降伏の返答が無かった場合の攻撃再開は日没後となる。

 黒竜率いる忍びの偵察隊は周りを見回り、万が一、相手に不審な動きが無いか確認する。同時に、人質の到着に関する報告が無いかも待っていた。

 

 

 ショーンは一時間という短い間で、作戦の最終確認をするために走り回った。

 一時間が経って、向こうの返答が無ければレオはすぐに攻撃開始するのだという。或いは、返答としての相手からの攻撃が一時間後にあるかもしれない。

 なんせ日没後なので暗くて指揮を取りにくい。中心になるのは忍びの兵であり、暗闇にも慣れているが向こうにもそういう部隊があるだろう。

 ただ、こちらには更に『元砂賊』という夜目の効く連中が居るが、彼らは連日の戦いで少し疲れていた。

(だからといって明かりを持って戦うわけにはいかんし、向こうも射撃場所を悟られないために明かりは点けないだろう)

 いろいろな罠を張り巡らせていると思われる。

 だが、火は使えない。

 こんな乾燥した地域での火は自分たちまで危険にさらす。

(そもそも鳳凰城塞を焼き払いたいわけではないしな)

 制圧はするが、その後、拠点にさせてもらう気ではある。

 まさか最後の手段として砦を自ら燃やすということも……まぁ、無いだろう。

(向こうにとっても大事な城だ。一時間で離脱できるのは精々偽皇帝だけか)

 偽皇帝が逃げるかは分からない。留まるかもしれない。

 先ほどレオに聞いた話によると、偽皇帝はやはり『セイ』なのだという。

(まぁ、そうだろうな。最悪、偽皇帝だと民衆にバレても、セイなら……『アルバート皇子こそ真の反逆者であり』と、でっちあげることも可能か)

 黒髪に青い瞳。それだけでも彼は十分にシリウスになれる。

(それだけじゃねーけど)

 ショーンは一先ずセイの事は置いといて、作戦に集中することにした。

 

 

 

 そして。ついに一時間が経ち。

 返事を聞こうと奪還軍が立ち上がった時。

 どう見ても降伏ではなさそうな意思と判断できる態勢を相手側はとってきた。

 

 完全に反撃準備。

 兵が隊列で出てきて、占拠していない歩廊には弓兵がずらりと並び構える。もちろん高い塔からも射撃用意。

 

 分かっていたことだが、レオはつい笑ってしまった。

「これが返事か」

 こちらも射撃は用意済み。制圧する突撃準備も当然整っている。

 

 

「ふぅ」と息をつき、レオは青いマントを翻《ひるがえ》して自軍に命令した。

 

 

「これより! 鳳凰城塞を奪還するために砂上の砦を制圧する! 陣地攻撃を開始しろ!!

 

 

 次の瞬間には喊声《かんせい》が上がり、両軍ほぼ同時に攻撃を開始した。

 一斉に放たれる矢で倒れる兵も居たが、長槍を持って前進する。明かりのために焚いた炎に照らされた敵を斬り倒していく。

 よく見えないのはお互い様で、但し闇雲には行動せずに、暗闇に特化した隊を中心に動く。

 激戦必至。

 本来ならば、両軍とも多大な犠牲を覚悟した戦いとなるはずだった。

 

 ――だが。

 確保した歩廊に登った湖族の戦士たち擲弾筒《てきだんとう》兵団は味方兵の掩護《えんご》をしつつも、今回の作戦のための特殊な爆弾を筒に入れる。

 狙いは敵兵隊ではなく、内壁門でもなく……内城壁。特に、前回の戦いで脆《もろ》くなっている正面部分。

 敵軍も、それは予想していて防備を固めていたのだが。

 

「防備を固めても意味無いんだよ」

 四十代近くの女性ながら男よりもガタイの良いダリアは、自分自身も手榴弾《てりゅうだん》発射銃を肩に担いで狙撃手に命令した。

「皆! ぶっ放しな!!

 

 一斉に放たれた爆弾は砲声を響かせて勢いよく飛ぶ。

 

 どのくらいの威力かも分からない爆弾に恐れた敵兵は狙いの内城壁から慌てて離れる。

 しかし、見事に直撃した爆弾は大して爆発をせず。

 不振に終わったのか見かけ倒しだったのか。

 

 恐る恐る敵兵の下っ端が確認しにいった矢先に……大量の赤い煙が噴出した。

「う、うわぁああああ!!

 驚いて逃げる下っ端兵と、相手側の忍び兵がとっさに口を塞ぐ。「まさか」と青ざめて言い放った。

「毒煙かもしれぬ!! 煙を吸ってはならん!!

 

 普段の危険予測が仇《あだ》になったか。今の言葉で兵たちが一斉に逃げ出して相手軍は混乱に陥《おちい》った。

「待て! 落ち着いて口と鼻を塞ぐのだ!!

 急いで、恐怖で混乱した兵たちに呼びかけてももはや手遅れ。逃げ惑う者には声は届かず、陣形が乱れる。

 

 

 一方、自分らも布等のマスクで口を隠していたが、煙の正体が分かっていた奪還軍兵は敵の乱れ様に唖然とする。

 軍師のショーンは思わぬ利につい突っ込んでしまった。

「いや、ただの発煙弾なんだけどな」

 イヴァンたち職人班に作らせた。無害とはいえないが、決して毒ではない。

「毒だったら味方だって危ないだろ」

 ともあれ、この利をこれからの作戦に活かさない訳は無い。好機をより確実なものにできる。

 

 敵が煙に巻かれて混乱している中、レッドガルム率いる砂狼《さろう》団が前に進み出る。彼らは煙にも暗闇にも強い。

「頼んだ、レッドガルム」

 レオがそう言うとレッドガルムは「お任せください」と頷き、砂狼団を突撃させる。

 内城壁の壊れた場所から次々に突入して、敵軍を攪乱《かくらん》させた。

 そのことで相手の忍び兵は「毒煙ではなくただの煙玉だ」と気付いたが時はすでに遅く。砂狼団に圧されて蹴散らされる。

 

 

 そして、開いた道に今度は奪還軍の忍び兵の隊が突入する。

 彼らは大混乱の隙に、分散して暗い城内に潜入。闇には慣れているので静かに任を遂行していく。

 廊下や部屋、内部は知り尽くしていた軍師の指示通りの場所に、香《こう》を焚《た》き、置いて去る。時に兵と戦う時もあったが、速やかに実行して戻ってきた。

 その頃には煙も晴れて相手の陣形も戻ってきていたので、深入りして反撃される前に砂狼団も一時後退する。

 地味な攻防を続けつつ、時が来るのをひたすら待った。

 

 

 時というのはつまり、香が効く事であり。

 それこそがショーンの幻覚作戦。

 いつぞやの海賊から買った異国の香は、焚くと妖艶な匂いを放つ。充満した部屋で呼吸をしているとやがて幻に包まれていく。心地好くなって都合の良い幻覚を視る者も居る。

 一度、実験的に香を焚いてみたところ、外だったのにも関わらず頭がぼうっとして純玲《すみれ》がぼんやりと視えた。しかも、幻覚作用のある匂い自体は香が無くなってから割と早く消えてしまうのに対して、吸った者の効果は長く続く模様《もよう》。

 焚いた香がすべて無くなるまでの時間と、城内の幻覚作用の匂いが消えるまでの時間。

 念の為、長めに待機したとしてその間は相手の攻撃を見つつ、休める場合は順番に休息。取れる者は仮眠。

 その後、全軍突入をはかるが、幻覚効果は最大で半日くらい続くようなので大丈夫だろう。

 きっと城内の敵兵は幻が邪魔してうまく戦えず、しかも、人によっては現実と幻の区別が全くつかないくらい効いている者も居るはず。

 更に、ちょうどその頃は深夜であって、眠気はより効力を増す。現実と幻の区別どころか、夢と思う者すら出てくるかもしれない。

 まぁ、眠気はこちらも同じであり、有利ともいえないが。

 

 うまくいけば夜明け……いや、午前中には制圧できる。

 

 戦況を確認しながらショーンは考えていた。

(人質を待たずして勝てる、か)

 或いは、それも視野に入れていたが。

(でも、人質の“本当の目的”は……)

 

「何ボーッとしてんだよ、オヤジ!」

 

「ん!?

 レオに話しかけられてハッとするショーン。

「ああ、悪い、考え事を」

「考え事? 作戦に何か問題でもあんのか?」

 首を傾《かし》げたレオにうっかり動揺しそうになるが、慌てずに答える。

「いや、問題は無い。それよりも休息できそうな隊から順番に休ませてくれ。向こうも様子を見ている今の内に。突入は未明《みめい》になりそうだから」

「分かっている」

 レオは既にバシルに命令をしていて、バシルが各隊の隊長に指示を出している。敵に気付かれぬよう少しずつ兵が休息をとり、総突入の準備をする。

 敵側も恐らく総突入に警戒しつつ休息もとっているとみられるが……こちらが油断したら向こうから撃退のための総攻撃を仕掛けてくるのは当然であり。じきに、中々その命令が上から来ない事に不審を抱くだろう。

 そして城内の異常に気付いた時がこちらの攻撃開始となる。

 慌てて総攻撃をするのは目に見えているので、それが合図だ。

 奪還軍は向こうの動く時をじっと待った。

 

 

 

 

 やがて……

 奪還軍からの突入が無いまま時は過ぎて。

 ならばこちらから撃退攻撃を仕掛けても良いはずなのに、一向に上(城内)からの命令が無いことに不審を抱いた内郭《ないかく》の兵たちが城内の様子を見てくると――

 中で待機していた隊のぼうっとする上官や眠る兵、奇怪な行動をする者も多々居る悪夢のような光景が広がり、異常事態発生と青ざめて戻ってくる。

 そこで初めて「敵に何かされた」と気付き、内郭は騒然。

 決死の撃退総攻撃が開始される。

 

 

 夜が明けぬ前に向こうからの攻撃を受けた奪還軍はこれも作戦の内と、慌てずに態勢を整える。

 軍総隊長の命令の下、ついに総突入が始まった。

 

 

 ――計算通りか。

 正気な城外の敵は必死な抵抗をしたが、こちらの総突入には歯が立たない。徐々に陣は崩されて奥へ奥へと圧されていく。内部からの助けは無く、空しく蹴散らされる。

 中へ退却か降伏か、上官は決断を迫られる。

「もはやこれまで」と自害する者も居たが、多くは降伏して捕虜になる。

 奪還軍による鳳凰城塞制圧は目に見えていた。

 どうしても守らなければならなかった砂上の砦の陥落《かんらく》は時間の問題であった。

 

 奪還軍は勢いよく内壁門も突破。内郭に入り、激しい戦闘の後に天守の門を破る。

 中庭から旧大聖堂には向かわず本丸を目指すと、ついに鳳凰城門の扉を開ける。

 その頃にはほとんど抵抗は無く、馬を降りて城内に潜入。幻覚にかかった敵兵たちは斬る必要も無いので、本人が分からぬまま捕まえる。

 

 軍師の作戦は驚くほど成功した。

 

 また、珍しく香が効かなかった敵兵も、多勢に無勢で大人しく投降する。

 

 まだ大将格や主力部隊を押さえていないのに、奪還軍はもう勝ったも同然と勝どきを挙げていた。

 

 現・鳳凰騎士団及び団長、それに城主が居るのはどこだろうか? その辺りはレッドガルムや大軍に任せて、レオはバシルと緑龍騎士団を率いて自ら主塔に向かう。

 主塔はまさに最後の砦であり、もしも離脱せずに偽皇帝が居たらそこに居ることになる。

 或いは……。

 

 

 

 もうすでに、長い夜が明けて朝日が昇った頃。

 城内に居たのにも関わらず運良く幻覚の香を逃れていた小隊が主塔を目指すレオたちの前に立ち塞がる。

 小隊は主力部隊の中の一隊の更に分かれた隊であり。残りは幻覚の罠に嵌ってしまったか、侵入してきた敵と戦って捕まったか。

 とにかく意識もしっかりしていて戦える状態なのはもう彼らしか居ないようだった。

 奪還軍の見事な作戦に奔走《ほんそう》して、主塔に居る人物を守るために出てきたと思われる。

 

 向こうの敗北はほぼ決まり。だが、命を懸けてやってきたに違いない。

 こんなにもあっけなく砦が堕ちることを絶望している目ではなく、勝負をしにきた目をしている。

 

 小隊の隊長はフェリクス。

 

 勝負を挑むよう剣先をレオに向ける。

 討たれる気なのか討つ気なのか、ただ、覚悟を決めた眼で見つめて一言だけ告げる。

「この先は通しません!」

 

 言い方はもう、レオだと分かっていると表明したも同然。

 分かっていて戦うのはつまり、助かる気は無いのだと悟れる。

「フェリクス殿……」

 放心するバシルを退かして、レオは前に出た。

「昨日の続きか、分かった」

 

「レオ!!

 注意したのはショーンだ。

「やめろ! レオ! 戦う必要は無い。じき白旗が上がる。フェリクス殿には悪いが捕えさせてもらおう」

 軍師の言う通り、フェリクスの小隊は親衛隊の一部なのだろうが、人数は少数であり、こちらは彼らを完全に包囲できる。わざわざ戦わずとも向こうの要求は呑まずに主塔さえも包囲可能。

 有利どころか強制要求さえもできる状態。勝負は受ける必要が無かった。

 

 それなのに、レオは戦いを受ける気満々。

 昨日の続きと言っているので一騎討ちか。そんなことをしたらレオが討たれてしまう可能性が出てくる。

 せっかくレオも無事で戦も勝てるのに、これほど無意味な戦いは無い。

「やめろ!」

 ショーンはこうなったら、本人の意思を無視して無理矢理にでもフェリクスを捕まえるかと思った矢先――

 

 奇跡が起きた。

 

「ショーン殿!!

 

 こちらに猛進《もうしん》してくる男は黒竜であり、姿を見たバシルは歓喜の声を上げてしまった。

「黒竜殿!! もしかして!!

 

「ショーン殿!! たった今、伝達が来ました!! 朱音たちは無事、人質を連れてこちらに向かっているとの事です!! 間も無く到着するかと!」

 

「や……やりました……な、ショーン殿」

 巨漢のバシルが安堵するのとは逆に、目の色が変わるレオ。

「人質……?」

 幸い、フェリクスには聞こえていなかったが、「まさか」と察して、ホッとしているバシルの胸ぐらを掴んだ。

「どういうことだ!? バシル!!

 バシルはハッとして何も言えずに口をつぐむ。

 ただ、眼はフェリクスの方を見ていたので、レオは『人質』が誰なのかを悟ってしまった。

「え?」

 黒竜の方を見ると、黒竜も目を伏せる。

 彼は『朱音が人質を』と言っていた。朱音は玲菜たちと一緒に緑龍城へ戻っているはず。

 いや、まずは『人質』が誰の作戦であるのか……

 レオは恐る恐るショーンの方を見た。

 

 ショーンは『レオが気付いた事』に気付いたという風に一旦目を閉じる。頷きながら目を開けてまっすぐに見つめた。

「そういうことだ、レオ」

 だから戦わなくていい、と。

 動揺したレオはショーンに詰め寄る。

「なんでだよ? そんなことしなくたって勝てるだろ? 現に今だって……」

 実際危うい時もあったが、『幻覚作戦』がこんなにうまくいっている。

 軍師の計算はそう易々と崩れるものでもなく。誤差があっても『人質作戦』は必要無かったと思える。

 そこまで考えて、軍師の目を見たレオは“真の目的”に気付いてしまった。

「そういう……ことかよ」

 腹が立って今すぐぶん殴りたい。

 けれど、レオは衝動を抑えてショーンに背を向ける。

「オヤジがどんな気だろうが、俺はフェリクスと勝負するぞ」

 

「へ、陛下!!

 驚いたのはバシルの方だ。

「陛下、実は人質の……」

「分かっている!!

 レオは止めてくるバシルの手を振り払った。

「お前らが俺に秘密でコソコソと卑怯な企みをしていたことは分かった!」

「へ……」

「バシル! 俺を幻滅させるな」

 それは、忠誠を誓っていたバシルにとって何よりも痛い言葉であり、同時に彼を動けなくさせる。

 

「黒竜、お前を信じた俺が馬鹿だった」

 次に打ちのめされたのは黒竜。主《あるじ》のためとはいえ、裏切りに近い行為でもあった。

 黒竜は無言で頭を下げてひざまずく。

「アルバート様……」

 言い訳も謝罪も言葉が出ない。

 

 ただ、二人とも作戦の真意は分かっておらず、一番の曲者《くせもの》は軍師に間違いない。

 彼はきっと何を言っても動じない。

「オヤジ……」

 けれど怒りは別だ。

 

「俺は戦う! 手を出すな!」

 

 たとえ無意味な戦いだとしても、決着をつけないと気が済まない。

 この先フェリクスがどんな言い訳をしても赦せないのは分かっている。彼の戦う理由も。

 偽皇帝を守るためではない。

(俺がさっき言ったんだ。『本気のお前を倒したい』って)

 命を懸ける程の。

 

 ショーンがどんなに怒鳴って止めようとしても、レオは動じなかった。

 というか、集中していたのかもしれない。

 

 その内にショーンは頭を押さえて止めるのをやめる。覚悟をしている男には何を言っても無駄だと。

 こんな事は馬鹿げているのに、二人の勝負を見たいとも思っている自分が居る。フェリクスが強いことも知っているのに。

 

 

 やがて二人は向き合い、まるで公式の決闘のような一騎討ちが叶う。

 二人とも馬には乗っておらず……しかし、一撃で決めると言わんばかりの気迫。

 共に刃を抜いて構えた。

 

 一瞬か、長い攻防か。陽が彼らを照らす。

 

 

 次の瞬間、同時に踏み込んだ彼らは一気に間合いを詰める。

 

 皆が見守る中、――見えたのは、フェリクスの一振りの剣が打ち込み、レオの二つの刀が交差して受け止めたところ。

 力は互角……いや、渾身《こんしん》の剣に対して両刃を使ってしまっては隙が生じる。

 その隙で素早い剣技を決められるのがフェリクスであり。

 彼は剣の力を流してレオの胴を刺しにいく。

 しかしレオは相手の力を利用して、わざと刀を一つ地面に落としてフェリクスの剣の狙いを外した。

 

 それでも寸差だったのだが、剣は腹の脇をかすり、先にレオの短刀が彼の首を捉《とら》えた。

 

 

 切っ先は当たり、首から血が出ていたが斬らずに寸前で止まっている。

 

 

 誰もが、レオの勝利を確信。フェリクスがこのまま斬られて死ぬのかと思った。

 フェリクス自身も同じく。目をつむり、主《あるじ》に斬られるのを待ったが。

 

 

 レオはそのまま首を斬らずに彼を地面に倒した。ただ、刃は向けたままで問う。

 

「知っていたんだろ? 俺だって。……本物だと分かって剣を向けたんだろ? フェリクス」

 

「……はい」

 

 ようやく認めた彼に、レオはもう一つ質問をしようとした。

「それは、クリスティナの……」

 だが、言うのをやめて舌打ちをする。

「くっそ」

 彼はショーンを睨んだ後、悔しそうに震えながら短刀をフェリクスの喉近くの地面に突き刺した。

「オヤジめ」

 怒りが沸き起こっていたようだが心を抑えてフェリクスに告げる。

「お前の罪は、俺の正体を知っていて攻撃したことだ」

 そう、背を向けたところでバシルがレオに駆け寄った。

「陛下!!

 

「親衛隊及び隊長を拘束しろ! 丁重に扱わなくていい」

 そうは言われたが、バシルは『丁重に』フェリクスを捕える。親衛隊は自分らの隊長が捕まったことで抵抗もせず、大人しく捕虜になる。

 数班が拘束して連行して、残りは主塔へ向かった。

 

 

 主塔には近衛隊も偽皇帝の姿も無く、とっくに砦から逃げていたのが分かる。居たのは数人の護衛兵と城主のウィン司教だけであった。ウィン司教は全く抵抗せずに捕まる。

 

 

 そして、現・鳳凰騎士団と団長、残りの親衛隊も死者以外確保。

 

 鳳凰城塞は完全に制圧して砂上の砦が陥落した。

 

 まさに、歴史に残るような大戦《おおいくさ》と反乱組織である奪還軍の大勝利。

 兵たちは皆、勝ちどきを挙げて砦内は大歓声に包まれる。

 掲げられた青十字の軍旗は風になびいた。

 

 

 刀を収めたレオは皆が喜んでいるのに喜ばず、怒った表情でショーンに近付く。

「クリスティナを人質にとったんだろ?」

 まずは事の追求から始めた。

「ああ、とった」

 軍師の平然さは余計に腹が立つ。

「フェリクスに向けるために……」

 まだ言うか。

「いや、分かってんだよ!!

 レオは激怒した。

「俺に向けるためだろ? クリスティナを人質として連れてきて、俺に歯止めをするために!!

 要するに、フェリクスを殺させないためにと、彼は人質の真の目的を言い当てた。

 さすがに、クリスティナの目の前ではフェリクスを殺すことはできない。まぁ、『目の前』には居なかったが同じことだ。

「なんでだよ」

 彼は訊ねる。

「なんでフェリクスを生かそう、と? 甘いぞ、オヤジ!」

 正直、クリスティナが人質として到着する予定でなければ、レオは助ける気が無かった。

 ショーンは苦笑いして答える。

「言っとくけど、人質作戦がフェリクスに向けてのものだったのは本当だぞ。ただ、到着よりも早く片付いたからお前だけになったけど」

 軍師には今後のことも見据えた考えがあった。

「クリスティナ殿下が人質になれば、フェリクスはこっちの味方として戦えるだろう? 彼らの事実上の解放でもある」

 以上は良い言葉。以下は本音が混ざっていた。

「あいつは強いし、死んだらもったいないじゃないか」

「え?」

 まさか“もったいない”と言ったか?

 いや、聞き間違いではない。

「親衛隊も含めて相当な戦力になるぞ」

 

 もったいないと、言ったのだろうか……。

 

 幻覚作戦だって、敵味方の犠牲を少なくするためのものらしいが、生かした敵を『捕虜』というより『戦力』と考えるところに軍師の図太さがある。

「お前がフェリクスに勝つのは分かっていたよ」

 そう言ってショーンは黒竜の許へ向かっていってしまった。

 人質の到着を出迎えるのだという。

 一方、取り残されそうになったレオは今回の戦の軍師の意図を理解して唖然とする。

(全員、仲間にするつもりだったのか)

 捕虜として命令して前線に立たせるのとは違う。

 まるで、シリウス軍に戻るかのような。

 いや、そのつもりなのだろうか?

 

 いろいろと考えたが、一先ず自分も人質を出迎えることにする。きっと朱音が居て、クリスティナが居て……。まさか、玲菜まで居るとは夢にも思わずに。

 

 

 

 ―――――

 

 

 その日、奪還軍は取り戻した城塞で宴会をすることになる。

 クリスティナが自ら人質になったことを伝えに来た敵軍早馬は、すでに占領された砦を見て急いで引き返すだろう。自分たちよりも人質の到着が速かったことに疑問を感じながら。

 

 さておき、一時的捕虜となった敵軍兵たちはさすがに(宴会には)参加できず、牢にも入れないので兵舎に入れられる。といっても、普通に食事もあり、舎内では自由だし、捕虜の処遇としては悪くなく、皆は疲れた体を癒すために眠る。

 占領されたとはいえ、元々自分たちが居た兵舎であるので比較的落ち着いて過ごすことができた。むしろ戦が終わったことに安堵する者も多々居て。

 ただ、半数以上は知らない内に捕まっていた兵たちで、状況が未だ掴めない者も居る。中にはまだ幻覚が残っていて混乱している者も。

 

 

 フェリクスは一人、尋問等も有るので小部屋に入れられる。小部屋といっても、“皇族が入るには”という意味であり、ベッド等もある普通の部屋だが、廊下には護衛という名の監視が二人立っていた。

 

 自分は敗けてしまった。宮廷に居る妻は今頃どうしているだろうか。

 そう、心配しながら呆然とベッドに座っていると、ドアをノックする音があり、奪還軍総隊長の従騎士と兵士が数人入ってくる。

 栗色の髪の従騎士は前に出て告げた。

「フェリクス殿には申し訳ないですが、この部屋を相部屋にさせていただきます。何しろ、捕虜兵が多いので空いている部屋がもう無い。“皇族”としての誇りが傷つくと思いますが、我慢してもらいます」

 皇族や貴族は個室が当たり前であり、捕虜といえどもそれなりの待遇を受けるはずだが。

 まぁ、仕方ないと頷くフェリクスの前に現れたのは……

 

「フェリクス様!」

 

 金色の髪の愛しい女性であり。

 夢か幻か、幻覚が自分にも作用しているのかと目を疑う。

 

「我々の人質、御皇妹《ごこうまい》・クリスティナ殿下です」

 従騎士の言葉にも耳を疑う。

 

「人質……?」

 呆然とするフェリクスに、クリスティナは「フェリクス様」と名を呼びながら駆け寄った。

「ええ。私《わたくし》はレイナ様に後宮から助け出されたのです。こうして、“人質”としてやってまいりました、貴方の許へ」

 

 なんということだ。

 

 言葉にできずに、フェリクスは愛しい妻を抱きしめる。ただ、彼女の名を何度も呼んだ。

「クリスティナ……クリスティナ……クリスティナ!」

「フェリクス様。お会いしたかった! ……ご無事で何よりです」

 

 抱き合い、涙を流す二人を見てから、フルドは他の兵と静かに部屋を出て行く。

 異母妹のために、フェリクスを殺さずに渋々会わせた主《あるじ》だったが、本当は心の奥で二人の再会を喜んでいるに違いない、と。

 自分を裏切ったとはいえ、心の底から憎んでいるわけではないのだから。

 けれど、大事の部下が死んだことは絶対に赦せない。

 レオの気持ちを思い、複雑な心情になりながら小部屋を後にした。


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