創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第五十三話:一緒にお風呂]

 

 時は少し遡《さかのぼ》り、昼頃。

 奪還軍がちょうど勝利を掴《つか》んで、勝ちどきが上がっている最中に人質は到着した。

 

 向かっている途中に黒竜の部下がやってきて玲菜たちを確認。仲間への信号弾を空に放ってから朱音に戦況を伝える。その頃はちょうど幻覚作戦中との話を聞き、更に進むと早馬がやってきて「制圧できそうなのでそのまま砦に向かって構わない」と伝えてきた。

 この時、クリスティナは夫の安否《あんぴ》に体を震わせたが。

 急いで鳳凰城塞に向かい、砦近くに車を停めるとすでに勝ちどきが辺りに響いていて。不安そうなクリスティナを朱音が馬に乗せて走り、迎えに来た黒竜が開口《かいこう》一番に『奪還軍の勝利とフェリクスの無事』を御皇妹に教える。

 聞いたクリスティナは安堵と疲労により倒れて眠ってしまったが、一足先に朱音が旧大聖堂の救護室の方へ連れていって、後から到着した侍女のヘレンが付き添った。

 同時に玲菜、マリーノエラ、マリーノエラの護衛兼恋人も到着。

 その頃には歓喜の声も少し落ち着いていたが、祝賀状態は変わらずに皆がそこら中で浮かれまくっていた。

 

 騒がしい砦内にて。

 人質作戦実行者を出迎えるショーンについてきたレオは、マリーノエラはまだしも、玲菜が居たことに仰天する。

 無事で良かったと、涙を溜めて駆け寄る恋人を思わず止めてしまった。

「なんで玲菜、ここに居るんだ……」

 一方玲菜も、レオには秘密にしていたことを思い出して「ハッ」とする。

 涙は引き、申し訳なさそうに俯《うつむ》いた。

「ご、ごめん……ね」

 彼女が謝ったことですべて理解する。

 人質作戦という危険な任務を恋人がやっていたことに。

 

 卑怯な作戦で異母妹を人質にした事。

 あまつさえその危険な任務を恋人に実行させた事。

 実は自分に向けた人質だった事。

 それら全部を幹部たちが軍総隊長である自分に隠していた事。

 

 この怒りの矛先は、企てた張本人である軍師に向けられる。

「オヤジ……」

「ん?」

 目をそらす張本人にレオが怒鳴り込もうとした矢先。大事な部下の朱音が倒れそうになって黒竜が支えた。

「朱音!?

「朱音さん!!

 悲鳴を上げた玲菜は心配する。

「朱音さん、あまり休まずに馬でついてきていたから。疲れたんです、きっと!」

 自動車に馬でついてきていた朱音は、速さは到底追いつかないので、馬が走れる限り走って追いついてこようとしていた。

「私たち、とにかく早く到着しようとしていて。でもその分、朱音さんには無理させちゃったんだと思います」

 確かに、車といえども到着がずいぶんと早かった。ショーンも計算外だとびっくりしていて。

 黒竜に謝るように訴える玲菜に、朱音は「大丈夫です」と首を振る。

「急がねばなりませんでした。早く到着するに越したことはありません」

 実際、人質到着の報告が少し遅かったらフェリクスの命はもしかすると……。かといって、成功したかも分からない事を先に報告するわけにもいかなかった。

 安易に嘘でフェリクスを助けようとするとレオの命が危険に及ぶ可能性もあった。

 現に、伝えたにも関わらずレオはフェリクスと一騎討ちを行《おこな》った。勝てたからいいものの。

 

 

 ――というか。戦が終わってみればすべて丸く収まったような感じになっていて、『軍総隊長には悪いがやり遂げた』風な顔をしている計算高い軍師に、レオは腹を立てて彼が衝撃を受けるようなことを言い放つ。

 

「オヤジ! 俺たちもう結婚するからな!」

 婚約者を引っ張り、堂々と肩を抱く。

「皆も聞け!」

 その場に居る全員に宣言してしまった。

 

「緑龍城に帰ったら、俺は玲菜と式を挙げる!!

 

 本日は鳳凰城塞で祝賀会を開くが、ここを拠点にする前に、駐留させる軍だけ残して一度本拠地に帰還する。

 恐らく早ければ明日から行軍して帰るわけであり、到着は数日後。挙式はきっとそう遠くない。

「急いで用意してくれ」

 伝えたのは近くに居たバシルに。

 他、この場には黒竜と黒竜の部下、朱音、フルド、マリーノエラと恋人、それとショーンが居て。

 花嫁の父親は愕然《がくぜん》と止まる。

 

 確かに約束はしていたが、こんな宣言を皆の前にいきなりするなんて予想だにしていなかったのは玲菜も同じく。

「……え?」

 遅い反応に、マリーノエラが一番に祝した。

「やだ、おめでとう! 二人共!」

 止まっている父親にも促す。

「ショーンも、おめでとう! 一人娘の結婚式なんて良かったじゃないの。しかも皇后《こうごう》?」

「こっ……」

 いや、皇后なんてありえない。

 玲菜はなぜか父に言い訳してしまった。

「あの、再戦が始まる前に約束しちゃったんだ、式のこと。でも私、皇后陛下だなんてそんな……」

 顔を真っ赤にして皆を見る。

「そんな風に思わなくて、いいですから。ただ、レオとは……結婚、します」

 婚約者だとは知られていたが、正式に公表する気分。

「よろしくお願いします」

 

 そこで皆は祝辞を述べ始める。マリーノエラ以外はひざまずき、バシルが結婚式の用意依頼に返事をした。

「挙式の場に指名していただき、ありがたき光栄に存じます。喜んで準備を整えます。帰還後、あまり日にちを空けずに行えるよう、今から伝達もしておきますので」

 周りに発表してしまえば、とんとんと話が進むようで、玲菜は戸惑いつつも嬉しさが沸き起こる。

(私、ホントに結婚するんだ)

 約束した通り。本当に。

 

 隣を見ると、あれだけ堂々と宣言したのにも関わらず照れを隠して限界そうなレオの顔が。

 彼もこちらを見て、次の瞬間には皆を離す指示を出してきた。

「じゃあ、そういうわけだから。祝いの言葉は後で聴く。今は疲れたから休むぞ」

 そう言って当たり前のように、昔自分の部屋だった場所へ向かおうとする。

「お前らも充分休めよ。兵たちにも、片付けの済んだ奴から休んで、特に功績のあった砂狼団を優先に休ませろ。代わりに捕虜《ほりょ》を働かせて」

 但し、捕虜も大事に扱うことは暗黙の了解で。後で仲間にするつもりは十分にある。

「レッドガルムやダリアには改めて俺が褒めるから、他の隊長にはバシル、お前が労《ねぎら》ってやれ。ついでにイヴァンたちにも」

 だが、イヴァンには決して結婚式のことを言うなとレオは念を押す。幼馴染に聞かれるといろいろと面倒になる。

「承知しました」とバシルが返事をすると、今度は朱音に告げた。

「朱音、お前もゆっくり休め。ご苦労だった。勝手な行動だったと思うが、よく玲菜を守ってくれた。それは感謝している」

「もったいなきお言葉。身に余る光栄にございます。数々の無許可な行動はどうか、お詫び申し上げます。不快なれば処分を申し付けください」

 まさか、処分なんてあるはずが無いとレオはため息をつく。

「そういう風に言われて、俺が処分を下したことがあるか?」

「……いいえ」

 まぁ、彼女らには覚悟があるのだと悟ったレオは従騎士に大事な用を頼んだ。

「フルド。人質の異母妹《いもうと》なんだけどな。俺の代理で、お前に頼みがある」

 横で聞いていた玲菜はクリスティナの想いを伝えようとした。

「レオ! クリスティナさんは自分から人質になってくれたの。なんでか分かる? フェリクスさんに……」

「分かっているよ」

 レオは頭を押さえて仕方なさそうに言う。

「言っとくけど、俺はフェリクスを赦《ゆる》すことはできねーぞ。理由はどうあれ、俺に刃を向けたし、白雷も……死んだ」

「レオ」

 彼の辛さは分かる。気持ちも充分に悟れるし、自分だって複雑な心境だ。けれど、クリスティナの願いを知ってしまったら。

「クリスティナさんは……」

「解っている!」

 レオはフルドに命じる。

「人質が起きたら、小部屋に入ってもらえ。狭いかもしれないが、捕虜の親衛隊長と同じ部屋へ」

 その言葉で、場に居た皆が顔を上げる。

 バシルは感動して涙を流し、玲菜はレオに抱きつく。

「レオ、ありがとう」

 彼女に感謝されるよりも、レオは忍びたちに謝った。

「悪いな、お前ら、悔しい想いをさせて」

「いいえ」

 口を開けたのは朱音だった。

「白雷の死は陛下を守った立派なもの。彼を誇りに思う気持ちの方が強いです」

 

 

 

 かくして、皆は解散して各自、用を済ませば休む。

 

 レオは、昔、自分専用の部屋だった場所に玲菜を連れて行って腰を下ろす。

 二人でソファに座り、疲れたレオはうなだれながら鎧を外していった。外すのは簡単とはいえ、フルドを呼ばないのは玲菜と二人きりになりたいため。

「お疲れ様」と言って外すのを手伝ってくる玲菜の肩を掴んだ。

「玲菜」

「え?」

 顔を近付ける彼に、玲菜はある事を思い出して笑う。

「あ! なんか、懐かしいね。こういうこと前にもあったよ、この部屋で」

 玲菜にとっては半年くらい前。レオにとっては二年と数ヶ月前。

 鳳凰城塞を拠点に隣国と戦った記憶。

 旧西方門を守る際に、玲菜はレオとショーンの二人についてきて、ここで家政婦として雇ってもらって働いていた。

 多分、玲菜が何かで危ない目に遭ってレオに怒られて。この部屋に連れてこられた。

 記憶を辿ると勘違いしたことも思い出して恥ずかしくなる。

「あの時私、レオに『抱いていいか』って言われたんだよ?」

「え!?

 確か恋人になる前。なのに、そんな誘い文句を言ってしまったのか、と焦《あせ》るレオだったが。

「でもね、変な意味じゃなくてね」

 照れながら玲菜は語る。

「レオは抱きしめてくれて。私、勘違いしたのが恥ずかしかったんだけど、なんか嬉しかった」

 もう大分経ってしまったのに、ときめいた記憶は色濃く残る。

「あー」

 言われてみれば段々とレオも思い出していった。

「確かにそんなことあった。俺はあの時……」

 はっきりとは思い出せないけれど。

「なんだっけな? お前にパン貰った? すげー嬉しくて」

 つい抱きしめてしまった憶えがある。

「ああ、そうか。それで俺は、お前に告白した気分になった」

「ええ!? してないよ!」

「だから、言ったろ! 気分になったって。実際はしていないけど」

 二年以上前のはずなのに、鮮明に思い出すレオ。

「そう! 抱きしめたから。俺の気持ちバレただろうと思って」

「え! 嘘?」

 初めて聞いてびっくりした玲菜を見つめたレオは、あの時の再現のように訊ねる。

 

「玲菜。抱いていいか?」

 

 ギュッと抱きしめられると思った玲菜は「うん」と頷いたが。

「言ったな」と彼は、そのままソファに押し倒してきた。

「わぁあああ!」

 不意打ち……いや、よく考えれば予想ついたはずなのに。びっくりした玲菜は慌てて彼を止める。

「ま、待って!」

 心の準備が無かった。

「まだ鎧全部取ってないでしょ?」

 そういえばそうだ。

 それに……なんだか汗臭い自分に気付くレオ。

「あー」

 気分が盛り上がってきたのに、中断するのは惜しい。

「もしかして、汗流した方が良いか?」

 戦場に居たため、実は風呂にずっと入っていなかった。

 彼女の表情で返事が分かったレオは、仕方ないかと思ったが、とんでもなく素晴らしい案を思いつく。二人は一度体勢を戻して、その際に言った。

「あ、そうだ。じゃあ風呂一緒に入るか?」

 但し覚悟しろよというのは言わずとも。

 いつも断られるのでどうせ無理だろうと思っていたレオの耳に信じられない返事が聞こえる。

 

「う……うん」

 

「分かった。じゃあ、入ってく……る?」

 今、どちらの返事だっただろうか。

「え?」

 訊き返すレオに、恥ずかしそうな顔をする玲菜。

 彼女は顔を赤くして俯いてしまい、いつもの反応と違う。

「今、どっちで返事した? うん、か? ううん、か?」

 ついレオは訊き方が強くなってしまったが、玲菜は恥かしさゆえに俯いたまま。むしろそれが答えか。

「答えないってことは『いい』ってことだよな? 一緒に入るって受け取るぞ、俺は。いいな?」

 そこでようやく彼女は顔を上げる。

「……前に、約束したから。……・入るって」

 なんと、本当に『いい』という返事だったらしい。

 レオは少しの間呆然として。

 慌てて我に返る。

「ああ! じゃあ……一緒に入るぞ?」

 

 こくりと彼女が頷いたことで一気に気持ちが舞い上がる。

 気分は上昇。むしろ興奮。

 一晩戦っていた疲れはどこへやら。というか、もう一晩戦える。

 

「えっと、じゃあ、その、風呂場に行くか」

 さっそくレオが手を引っ張ってバスルームに連れていこうとすると、玲菜は恥かしさのあまり立ち止まる。「待って」と涙目で訴えた。

「あ、えっと。さ、先に」

 一緒になんて脱げない。

「先に、レオ入って。後から行くから」

 

「あー……分かった」

 なんとなく、彼女が恥ずかしいのを察したレオは言う通りにする。むしろ恥らっている玲菜は可愛いというか、余計に興奮するので。

「先に入るから。しばらくしたら来いよ」

 残っている鎧を外しながらバスルームへ向かう。

 玲菜は慌てて、近くにあったタオルを渡した。

「これ使って! 中で!」

「あ?」

 中でということは、体を拭く用ではなく体を洗……いや、もしかすると腰に巻く用か。

「今更?」

 今更……確かに今更。

「いいから巻いて!!

 必死にタオルを渡されて、レオは渋々持っていく。服を脱ぎながら、どうせすぐに外すのにと、風呂場での段取りを考えていた。

 

 

 一方玲菜は。

 自分で了承したのに物凄く緊張して恥かしさが異常値に達する。

 約束していたからとはいえ。

(一緒にお風呂?)

 顔から火が出そうだ。

 まぁ、前に一度入ってはいるが。あの時は覚悟をして、ただやはり異常に緊張していた。

 今はあの時ほどではないか。

 レオが服を脱いで風呂場に入り、少し経ったら行こうと決める。

 

 

 やがて、いい頃合いになり。

 玲菜はバスルームに向かう。

 恐る恐るドアを開けて中に入り、風呂場から聞こえる湯の音で、レオが湯船に浸かっていることが分かった。

 ちなみに風呂の用意は戦の終わった後、フルドのはからいで雑用兵たちが掃除や湯を張ることをやっていて、部屋に戻ってきた頃にはもう入れる状態になっていた。

 湯船のお湯も、鎧を外して皇帝陛下が入ろうとした時にちょうど良い温度になっているよう元々が熱くなっていて。確かにレオが入ろうとした時、水でうめなくても良い湯加減になっていた。

 

 玲菜はゆっくりと服を脱ぎ、棚にはバスタオルがいっぱいあったので良いだろうと、自分も一枚体に巻く。

 まず深呼吸をして、覚悟を決めてから風呂場のドアを開けた。

 

 すると、湯船にゆったりと浸かるレオの姿。

 玲菜は恥ずかしいながらも前に進み、洗い場で髪と体を洗おうとするが……

 髪はサッと洗えても、体は洗えないことに気付く。

 なぜならバスタオルを巻いているわけであり。とりあえず髪と顔を洗い、腕や足も洗ったが、困ってしまった。

(ど、どうしよう)

 

「タオル外せよ」

 察したのか、下心があるのか、レオは促《うなが》す。

「それとも、俺が体洗ってやろうか?」

 なんてことを言うんだ。

「いい!」

 玲菜は良い案を思いついて彼に命令する。

「レオ、むこう向いてて!」

「え?」

「絶対こっち見ないでよ!」

 どうせ後でタオルを外して見てやるのに。

 そう思ったが、レオは渋々と言う通りにする。

「なんだよ、背中流してやろうと思ったのに」

「いいの!」

 玲菜は彼がこちらをチラリと見ないか警戒しつつ、タオルで隠しながら石鹸でサッと洗う。何度も何度も「こっち向かないでよ」と注意して。

 ただ、彼の背中には例の焼印というか刻印というか……とにかく痕《あと》があって、玲菜は心配したけれど。レオいわく、腫れが引いたら痛さも無くなって風呂にも入れるとのことで、一先《ひとま》ず様子を見ることにした。

 

 そして、ようやく洗い終わるとバスタオルをしっかり巻き直して彼に言った。

「もう、いいよ」

「ああ、終わったか?」

「うん」

 ゆっくりと、彼の居る湯船に入る。

 向かい合わせで座り、なんだかかしこまってしまった。

「なんで正座だよ」

 レオは緊張している彼女につっこむ。

「う、うん」

 玲菜は俯きながら足を崩す。

「玲菜」

 次の瞬間には、手を引っ張られてキスをされる。

 

 そのキスが甘くて長くて、油断しそうになったが、彼の手が完全にバスタオルを掴んできたので、慌てて唇を離した。

「待って!」

「なんで?」

 止められたレオは首を傾《かし》げる。

 

「だって。……ちょっと待ってよ」

 玲菜としては仲良く風呂に入りたく、湯船に浸かった途端そういう行為をするのは、それのみ目的みたいで嫌だ。

 まぁ、実際レオはそれのみ目的なのだろう。

「もうちょっと、普通に仲良くしよ?」

 そう言った玲菜は彼に背を向けて近付き、ゆっくりと寄りかかる。

 幸せで温かくて最高の気分になった。

 

 レオも同じく。はやる気持ちもあるのだが、彼女が自分に寄りかかり、目を閉じて幸せそうに微笑むのを見ると、『普通に仲良く』も良いと感じる。

 ただ、自分の体は正直か。

 心地良さと興奮が高まって、つい『普通』を超えてしまう。無意識に両手が彼女の胸をバスタオル越しに掴んでしまった。

 おかげで玲菜は叫ぶことになる。

「やぁああああ!!

 幸せな気分をぶち壊されたのとびっくりした気持ちが込められた。

 彼の手を離させて、体の向きを変える。

「今、普通にって言ったじゃん!」

 怒ると、我慢ができなくなったレオは訴えてきた。

「いつまで? 普通に仲良くとやらはいつまでだよ? 俺はもう我慢ができない。そんなに叫ぶほど嫌か?」

「い、嫌ってわけじゃないけど。でも……」

 言いながら、レオの顔が真っ赤なことに気付く玲菜。

「あれ? レオ、のぼせているの?」

「え?」

「顔が赤い」

 最初、顔が赤いのは興奮したからだと思ったレオだったが、言われてみると確かにフラフラするような気も。

「あー。のぼせたのか? 俺」

 自覚は無い。ただ欲求はある。

 それなのに玲菜は心配して風呂から出ることを進めてきた。

「ね、お風呂出たら?」

 せっかく念願の『一緒に風呂』が叶ったのに、なんてことだ。

「いや、まだ平気だ」

 風呂から上がる提案を受け入れないレオだったが、玲菜の心配は強く、なんとか彼を説得する。

「お願い、お風呂から出よ? 気持ち悪くなっちゃうよ。今だったらまだ、少し休めば平気になると思うし」

 こうなったら最後の手段だ。

「気持ち悪くなってレオ寝ちゃったらつまらないよ。私、もっとレオと仲良くしたいもん」

 恥ずかしながら告げた玲菜の言葉は効果てきめん。

 このまま強行して具合が悪くなるよりは、風呂から出て少し休んでその後、思う存分……な方が、遥かに良い気がする。

「ああ、じゃあ分かったよ」

 納得したレオは湯船から上がり、「待ってるからな」と告げて風呂場から出て行った。

 

 玲菜はしばらく湯船を満喫してから出て、レオがベッドで寝ながら待っているだろうと少し緊張しながら寝間着を着る。

 今度こそ心の準備をしてバスルームを出て行った。

 

 

 ――だが。

 ベッドを覗き込んだ玲菜が見たのは、苦しそうに寝ているレオであって。顔は赤いまま、けれど単なるのぼせではないのが明らかに分かった。

(え? これって)

 玲菜はすぐに彼のおでこを触る。

 案の定に熱すぎて、愕然とした。

(また高熱!?

 彼が高熱を出すのは、自分が知っているだけでももう三回目。

 戦で疲れているのは分かる。前の時も『疲労による高熱』と聞かされた。

 今回も疲労だろうか? それともまさか、何かの病気なんてことは……

(違う、違う! 落ち着いて、私)

 玲菜は首を振り、悪い予感をかき消した。

 多分また疲れだ。彼は誰よりも疲れているだろう。きっと少し寝たら熱も下がる。

 そう思ったが、一先ず父やフルドに伝えようと思う。看病は自分がするとして。

 

 玲菜はまず寝間着を普通の服に着替えた後、廊下に出て、ちょうど見回っていたフルドを見つける。事情を話すと、彼はショーンを呼んできてくれると言い。その間玲菜はレオの看病をする。

 

 

 待っているとやがてショーンとフルドがやってきて、心配そうにレオを覗き込んだ。

「わ、私はすぐに冷やすものを持ってまいります! それと軍医を連れてきます」

 慌てて出て行こうとするフルドに、ショーンは釘をさした。

「ああ、頼むけど、皆には知らせないでくれよ? 大事《おおごと》にしたくないから。祝賀会は予定通りに行わせて、軍総隊長は疲れで眠っている、と」

「承知しました!」

 フルドは頷き、急いで廊下に出て行った。

 

「レオ……」

 深刻そうに声を掛けるショーンに、玲菜は訊ねる。

「レオ、平気かな? やっぱり疲れていたんだよね? 早く熱が下がるといいけど」

 しかし父は答えず、俯く。

 まるで何か思い当たるフシがあるように。

 玲菜は不安になってもう一度訊ねた。

「すぐ良くなるよね? レオ。前もこんなことあったけど。熱出しやすい体質なのかな?」

「ん? あ、ああ。そうだな」

 今度はちゃんと返事をしたショーンだったが、やはり考え事をしているようであり。玲菜の不安は募《つの》る。

 一体父は何を深刻に考えているのか。なぜだか胸騒ぎ。

 鳳凰城塞では祝賀会の準備が進められて奪還軍は浮かれている。

 玲菜はおでこに置いた濡れタオルをもう一度水に濡らして冷たくして首を冷やした。これは父に教わったやり方で、体温を下げる時はおでこより首の横や脚の付け根、わきの下を冷やすと良いらしく。

 早く軍医が来ることを祈る。

 

 

 そうして、ショーンと二人で看病していると、ようやくフルドが戻ってきて一緒に軍医も入ってきた。

 やっと来たかと、振り向いたショーンと玲菜はその人物にびっくりする。

 フルドは、軍医を捜していたらちょうど良い人物が居たのでここに連れてきたと訳を言った。

 なぜこの医者がここに居るのかという疑問は置いといて。

 ショーンは人物の名を呼んだ。

「ホルク!!

 

 別名・解剖師のホルクは、少しばかり変ではあるが、名医であり。

 得意げに言い放った。

 

「はい。天才医師が到着したからね〜」

 

 ふざけた口調でも一応腕はある。

 ショーンは早速レオの容体をホルクに診てもらうことにした。

 しかし、ホルクは大して診てもいないのに、高熱のレオの姿を見たらすぐに『ある病気』の名を告げた。

「ああ、シリウス。肺砂病《はいさびょう》の発作かな?」

「え?」

 あまりにも平然と言うので、何かの聞き間違いかと思った。

 ただ、ショーンは青ざめてホルクに詰め寄る。

「ホルク! いい加減なことを言うな! ちゃんと診てから……」

「ああ、悪いね。シリウスのことは、もう前に調べさせてもらってるんだよ」

 二年前の襲撃事件の後、傷を負ったレオの診察をした時に判明したのだという。

「前皇帝陛下も肺砂病だったからさ、一応検査してみるか? って訊いて」

 本人は検査に応じたらしく。

「シリウスは知っているよ、自分の体のこと。ただ、口止めされたから言わなかったけど」

 肺砂病との結果を、彼は平然と受け入れたが、皆に心配はかけたくなかったらしい。

「別に、すぐに体に影響があるわけではないし、今はまだ、ごく稀《まれ》の高熱のみだから」

 それにしてもと、ホルクは言う。

「初期段階としては、ちょっと回数が多いかな〜とは思うよ」

 ちょっと前にも高熱を出したことを、部屋に来る途中に聞いていた。

「他に何か原因があるのかもしれない」

 

 衝撃の事実に、ショーンもフルドも愕然としていたが、玲菜に至っては話が呑み込めず、ただ漠然《ばくぜん》とした絶望を感じていた。


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