創作した小説が世界の神話になっていた頃
[第二部・第五十六話:世界を壊した罪人]
もしも、奇跡がもう起きていたとしたら――
前に、仮説を立てたことがある。
この世界は、『奇跡的』に出来た“似て非なる世界”かもしれない、と。
その場合は、誰かが元の世界を壊したのかもしれない、と。
自分は、今在る世界を保つために、自分の小説を盗みに行こうとしたけれど。もしも、それが失敗した場合、預言者は『世界が壊れる』と言った。
ただ、奇跡的に似て非なる世界が作られる可能性も有る事を示唆《しさ》していた。
そもそも、自分の小説が神話になったことで影響を受けて出来たこの世界は、逆に『小説が盗まれなければ』別の世界が在ったとも考えられる。
結局盗んだのは自分ではなかったが、誰かが盗むことは予定されていたことだったのだろうか。
もしかしたら、元々在った世界が壊れる危機にあった時、偶然に玲菜の小説を盗んだ人物が居て……おかげで似て非なる世界が創られて――
預言者は、せっかく出来た新しい世界を壊さないために、玲菜に使命を告げた。
そう考えると、しっくりいきすぎて、父の告白が繋がってくる。
彼が若い頃に予言されたのは、『世界を壊す運命を辿った後に大切な人が亡くなり、ここへ戻ってくる』という内容。
後者二つは当たっているので、つまり、彼が世界を壊す運命を辿ったことになる。
(やっぱり、壊れていたんだ、世界)
仮説が当たって、愕然《がくぜん》としながらも妙に納得できる玲菜。
世界は一度壊れて、奇跡的に似て非なる世界が形成されていた。
自分が今居るのはその世界であり、形成された世界の基となった神話の生みの親。
『誰か』が偶然……或いは必然的に、神話になり得る小説を盗んだとして、なぜそれが自分のだったかは未だに分からないが、ひょっとすると、元々在った神話に話が似ていたのかもしれない。
(もしかしたら……?)
玲菜は考える。
(私の小説が、元々の神話に似ていたのかもしれない。私だって、アルテミスの名前とか、神話から借りたし)
元々在った未来の世界の神話も、旧世界の神話に似ていた可能性がある。旧世界の神話から名前をちょこちょこ借りていた玲菜の小説は未来世界の神話と似ていたのかもしれない。
(それで、最初に盗まれたのかも? っていうか、お父さんの娘だし?)
そうだ。あまり似ていなかったとしても、壊した者(?)であるショーンの娘である玲菜は、『小説を盗んだ人』にとっては“関係のある人物”と見なされる。
ショーンは頭を掻き、いろいろと考察している玲菜に苦笑いした。
「だからまぁ、まるで俺が破壊神みたいな言い方しちゃったけど」
「え?」
まさか、破壊神とは……
考えてもいなかったうさんくさい言葉に、思わず吹き出す玲菜。
「破壊神って……! え? 神?」
まるでゲームか漫画の世界。
娘が笑っていると、父は恥ずかしそうに顔を真っ赤にする。
「いや! だからたとえばの言葉であって、そんなことはもちろん微塵《みじん》も思ってないから! ただ、『世界を壊す』って予言があまりにもゲームみたいだろ?」
言われてみれば確かにそうであり。
「でもショーン、ゲームなんて……」
言いながら玲菜は、父が昔、自分《れいな》のためにゲームを買ってきた記憶を思い出す。
当時、特にゲームに興味の無かった玲菜は、なぜ自分に買ってくれたのだろうと思いつつもプレイして、結局クリアーできずに飽きてしまった。
しかし、父が夜中にこっそりとやっていたのを目撃したことが……
「やってる!!」
つい、親を指差してしまう。
「やってた! 私見たんだもん!」
父がこっそりとやっているのを見て、子供心に「ああ、お父さんがやりたかったのか」と悟った。
あの時は言わなかったが。
「え!? 見てた!?」
十年越しの父のズルさ判明に、呆《あき》れ返るやらガッカリするやら。
「見てたよ! 夜中! 変だと思ったの、私、欲しいって言ってなかったから。っていうか、自分が欲しかったんじゃん!!」
「いや! お父さんは……」
言い訳無用。
「子供をダシにして、ゲーム買うなんて大人げない!!」
娘につっこまれたショーンは、余程ショックだったのか落ち込んで、小さな声で言った。
「……だって、テレビゲームってどんなもんか、やってみたくて、だな」
彼の生まれた世界に、画面を見て操作するゲームなんて無い。物珍しいのも、興味がわくのも解るけれど。
「だったら、自分用に買えば良かったじゃん」
本来、大人でも買う物だが、本人的には恥ずかしかったのかもしれない。
娘の的を射たつっこみに、父は敗北した。
「わ、悪かったよ。若い頃に買いそびれてしまったから、なんかな。結局俺も飽きて映画観る用になってしまったけど」
そういえば結局、DVD鑑賞用になってしまっていたゲーム機。
ともあれ、今のやり取りで深刻な雰囲気はすっかり消えていた。
けれどショーンは話す。
「ま、とにかく。急に変な話をして悪かったな。ただ、夕方に見たシドゥリのそっくりさんが妙に気になってさ」
その気持ちは解る。
玲菜が話題を振ったのも、気になったから。
まさか、父が『世界を壊したかもしれない』なんて言うとは思わなかった。
もしそうなら、『前の』世界を経験しているのか。
「おと……」
聞いてみたいと、玲菜は思った。
「ショーンはさ、前の世界で暮らしていたの?」
「……うん、まぁ、そうだな」
父はそれが当たり前のように答えた。
「暮らしていたよ。今とそっくりで、でも少し違う世界に」
やはりそうなのだ。
「俺はきっと、運命を選べた」
彼は、過去に行った。すべてが偶然ではなく。
「シドゥリの家から、結晶石を盗まないこともできた」
でも、盗んで、結果過去に行ったと――ショーンは言った。
「多分それで、未来を変えるという大罪を犯した」
大昔から、それは大罪で、破ったから世界が壊れたのかもしれない。
アルテミスの前の預言者・シドゥリはそのことを予言していたのだろう。
今となっては訊けない。
ただ、そっくりな人物を見たので――
「もしかすると俺は、懺悔《ざんげ》したかったのかもな」
ショーンは、つい、告白してしまった。
墓まで持っていくつもりだったのに。
罪が赦《ゆる》されるわけではないのに。
娘に……
「俺は、純玲さんには隠し事せずに全部話していたけど、このことだけは言えなかった」
世界を壊したかもしれない罪。
知らずに、玲菜の目からは涙がこぼれていた。
「アルテミスは、俺が罪人だと知っていて、ユナにアヌーの腕輪を渡す役を託した」
腕輪を填めた者がどんな末路を辿るかも分かっていて。
だが、彼女《ユナ》もまた、過去を変えようとする大罪を背負っていたから。
「『それが貴方の罪滅ぼしですよ』と言い残して」
まるで最期の予言のように。告げてアルテミスは安らかに眠った。
玲菜の口から、消え入るような声が聞こえる。
「おと……さん」
いつだったか、自分を“父だと知らない”娘が申し訳なさそうに呟いた言葉と同じ。
自分を『この世界のお父さん』だと呼びたかったらしく。別れの前に恥ずかしそうに言っていた。
そして、彼女は口をつぐんだ。
もう一度は言えない意思を示すように。
(十分だ)
ショーンは思う。
一度でも、『お父さん』と呼んでくれたことで胸がいっぱいになる。
「……うん」
今日はもう、これ以上は話せない。
たった一言で涙をこらえなくてはならなくなったので無理だ。
「長話をしちゃったから、もう寝ようか」
娘は戸惑っただろう。けれど、お互いにもう寝た方がいいのかもしれない。
玲菜は涙を拭いて、無言で頷くとベッドに横になった。
「明日も早いでしょ? 寝た方がいいね」
「ああ、そうだな」
明日はきっと緑龍城に到着する。
神話がどうとかよりも、酷な現実を覚悟しなければならない。
もしかしたら、壊された町を見なくてはならないかも。
その夜、不安や戸惑いが広がって玲菜はなかなか眠りに就けなかった。
ショーンも同じく。
ただ、娘のためにも自分がしっかりしなくてはならないと気持ちを強く持つ。
緑龍城と城下町がどうなっているか……
バシルやダリア、湖族の村も……
心配が大きかったが、なんとか乗り越えて、少ない睡眠時間を取った。
――翌日に、いよいよ明らかとなる。
―――――
ショーンと玲菜は、普段留めている林まで行かずに、もっと手前の丘の陰に車を留めて、警戒しながら緑龍城へ近づいていった。
近くには林があって、様子を見ながらコソコソと進んでいく。
城の南側には城下町のグリーン町が有り、皇帝の軍が居るとすればそちらなのでまず避ける。
湖族の村はどうだろうか……
木々に隠れながら湖族の村の方へ向かっていくと、突然ショーンが足を止めて玲菜の動きも止めた。
「ちょっと待て、玲菜」
小声で話し、眼で周りを見回す。
(しまった。兵が隠れていたか?)
少数の人間の気配に、緊張しながら護身用の剣の柄を触ろうとするショーン。だが――
「もしかして、ショーンかい?」
窺《うかが》いながら声を掛けてきたのは三十代後半くらいの女性――ダリアであり。
「ああ」とショーンはため息をついた。
「なんだ、ダリアか。びっくりした」
「びっくりしたのはこっちだよ」と、ダリア。
「なーんか怪しい二人組が居ると思ってね。最初は兵かと思ったけど、片方の動きは全くの素人だし」
恐らく素人の動きをしていたのは玲菜。振り向いてダリアを見て訊ねる。
「緑龍城の様子はどうですか? 湖族の村は?」
「残念ながらあたしたちも今到着したばっかでね。むしろアンタたちが居たことにびっくりだよ」
自動車が速いので、先に出た仲間に追いつく。
「とりあえず今、班を分けて村を確認しているとこ」
皇帝の軍が居たら嫌なので、彼女らも警戒しながら村を確認している。もしも敵兵が居たらすぐに戦う覚悟はできている。ただ、村は点在しているのでどこに敵が潜んでいるか分からない。
言いながら近付いていったダリアの目にはある物が映って止まる。
視線を辿った玲菜たちにも見えて、玲菜は口を押さえた。
「煙!?」
まさか、村に火を点けられたのだろうか。それとも、戦っている最中か?
「くっそ!」
急いで駆けていくダリアと湖族の戦士たち。
出遅れた玲菜たちも走ったが、ショーンは「ちょっと待て」と警戒を促《うなが》した。
やがて、村へとたどり着くダリアたち。
不気味なくらい静まり返った様子に愕然とする。
息を切らして、歩いていると、確かに煙があり……しかし燃えているのは家ではなかった。
「……船?」
ダリアたちが呆然としていると、物陰からそろりと人が現れる。
「族長?」
また一人、また一人と人が出てきた。
「ダリア族長?」
見回すと、恐る恐る現れる村人たち。
「お、お前ら……無事だったのか……」
「族長ー!」
ダリアたちの姿に、村人たちが駆け寄った。
「お前ら! 無事か!」
「無事です!」
誰かが返事をする。
「ここの地区は無事です。他は分かりませんが、多分平気だと思います」
無事や平気という言葉に、安堵《あんど》するダリア。
見回して被害を訊ねた。
「被害はあまりありません、建物が少し壊された程度です」
彼らは事前に逃げていて、村人は無事だったという。
「帝国の軍が来たんだろう?」
湖族の村は一応、帝国に属していない。
「はい、来ました! 昨日の昼ごろです。連中はまず、グリーン町に入り、緑龍城を攻めようとしたみたいですが……」
ショーンが訊ねる。
「籠城《ろうじょう》か?」
つまり、城の中に籠《こも》ってしまう防御の仕方だったが。
「そうです」
彼らは口々に言う。
「攻めようとしたけど、湖が邪魔で攻められなかったみたいだぞ」
「そうだ! 連中はグリーン町では暴れ回っていたけど、城には手出しできなかったみたいだ」
グリーン町で暴れ回るという言葉に憤《いきどお》りながら、ショーンは冷静に訊いた。
「で? この村には攻めてこなかった? 船を狙われたりは……」
「狙われる前に燃しちまったんだ」
誰かが答えた。
「狙われるのが分かったから、先に船を燃やしたんだ」
そんなことをしたら、逆恨みされそうな気もするが、帝国軍は攻撃してこなかったらしい。
「オレたちは反撃する準備をしていたんだけど、連中は軍隊にしてはそこまで大人数ではなかったし、一応こっちは独立をしているから、皇帝への反乱とも捉《とら》えなかったみたいでよ」
「さっき、引き返していったぞ。どさくさに紛れて少し建物は壊されたけどな」
話をまとめると、どうやら皇帝の軍はまず、グリーン町に侵攻、緑龍城を攻撃しようとしたが籠城されて手出しができず。船は先に湖族が燃やしてしまい、人数も少なかったので挟み撃ちを恐れて撤退してしまった――と。
昨日の昼に来て今日の朝には居なくなったらしい。
「そうか」
要するに、湖族の村や緑龍城は無事だったが……荒らされたグリーン町はと考えると不安が過る。
カルロスのように裏切り『容疑』ではなく、バシルは確定なので、管理下だけで済んだアスールス港町のようにはいかない。
本来なら焼き討ちにでも遭いそうなところ、時間が無かったからかそこまでされているようには見えない。
けれど、所々から黒い煙が見えたし、町人がどうなったかは分からない。
人質として捕らわれたか、最悪の場合は惨殺《ざんさつ》……なんて考えたくない。
その時、首を振るショーンの耳に声が聞こえた。
「ショーン様〜! 姉者〜!」
野太《のぶ》高い声だ。
「え?」
振り返ると、手を振って駆け寄ってくる内股の巨体。褐色肌でモヒカン男(オネエ)のロッサムであり、彼(?)の後ろからは黒竜と忍びの兵が数人。
到着するなり、飛びつこうとするロッサムをかわして、ショーンは黒竜に近付いた。
「黒竜君! グリーン町の様子は!?」
「ショーン様、町は……残念ながら……」
サーッと血の気の退くショーンに、慌てて付け足す黒竜。
「しかし! 安心してください、民は無事です!」
「え?」
「実は、我々も、連中とすれ違いで着き、その頃には町は焼かれた後だったのですが」
続きをロッサムが言った。
「うちの漁師が、グリーン町の人々が城へ逃げるのを見たんですって」
湖上の砦へ避難する様を見た、と。
「昨日の午前中に、身一つで大勢船に乗っていたって」
午前中といえば、皇帝の軍が押し寄せる直前か。町民は危険を何かで知って、皆で城に逃げたのだ。荷物も持たずに、命からがら。
しかし、なぜ昨日の午前中に危険を察知できていたのか。
早馬でギリギリ緑龍城に危険報告できる程度で、大勢の人々が避難できる時間は無かったはず。
首を傾げながら、ショーンはある人物が居ないことに疑問を感じる。
疑問というか、彼の性格を考えると緑龍城へ行ったと考えるのが妥当《だとう》であり。けれど念の為に訊ねた。
「ところで、バシル殿は?」
「バシル殿は、緑龍城へ向かいました。我々は町の様子を確認していてロッサム殿と遭遇しましたので、ダリア殿に報告しようと来たところです」
そしたらショーンが一緒に居た、ということか。
「そうか。じゃあ、俺たちも緑龍城へ行ってみるか」
「はい」
壊された町の様子は一先ずおいておき、湖族の村の隠し入り江からショーンたちは小舟に乗って緑龍城へ向かう。たくさんは乗れないので黒竜とショーンと玲菜とダリアのみ。ロッサムや黒竜の部下はレオが来た時の伝言に。村人たちは被害に遭った場所を調べることにした。
そうして……緑龍城に着き。
隠し門から裏の通路に入る。よくレオが利用している路《みち》を歩いて隠し扉から城内に入った。
すると、そこに居たのは、男泣きをしているバシルと無事だったアヤメ、ミズキ、それに……
「ショーンさ〜〜ん!」
ミリアが居て、彼女はショーンを見つけるなり自慢げに訴えてきた。
「わたしの大活躍、聞きました!?」
「え?」
いきなりすぎて分からない。
「わたしの大・活・躍ですよ〜!」
「ええと、なんだったっけ?」
そういえば彼女は、なぜ緑龍城に居るのかと、思う。
「やだ〜、聞いてないんですか?」
ミリアはもったいぶりながらも大発表した。
「わたしが、グリーン町の人々を助けたんです!!」
「え!?」
ショーンたちの反応に、彼女はもう一度告げる。
「わたしが、グリーン町の人たちを……」
「助けたって!? ミリアちゃんが!?」
つい、手を掴んでしまい、おかげでミリアは顔を真っ赤にした。
「そうなんです! ショーンさん!」
嬉しそうにうっとりとして。
しかしショーンは手を離して周りを見回す。周りには、バシル一家の他に忙しく走る使用人、そして彼らに協力的な侍女らしき女性たちが居た。
いや、“らしき”ではなく侍女なのだ。
ショーンは分かった。
「姫さんの!」
確か、クリスティナの侍女たちとミリアは、豪華馬車で一足早くに緑龍城へ向かっていた。
一足というか、元々は都からの帰り道で鳳凰城塞へは向かわずに玲菜たち自動車と分かれて直接緑龍城へ帰ったわけであり。道も違うので、実質早くに到着することになる。
考えている途中で、ミリアが説明をしてきた。
「わたしたち、緑龍城に着く前に、皇帝の軍を見つけたんですよ。なんか方向が怪しいと思って、急いで帰って報告したんです」
彼女たちが着いたのは昨日の早朝だったのだという。
「そしたらアヤメさんが、念の為に町の人たちをお城に避難させるって言うから」
そして、城主の奥方の勘が働き、すぐに町民を避難させた、と。
湖族の漁師が午前中に見た光景はこれだ。
直後に皇帝の軍が攻めてきたので間一髪ともいえる。
「まさか本当に、軍がやってくるとは思わなかった〜!」
ミリアたちの素早い行動とアヤメの英断で町民は助かった。
町は壊されてしまったが、こんな奇跡はあっただろうか。
「凄いよ、キミたち」
ショーンは心から感謝して褒める。
「ありがとう! ミリア!」
玲菜もミリアに駆け寄った。
後は籠城で、人々は混乱して不安も高かったが、なんとか凌《しの》いだようだ。
「ホントにお手柄だよ、ミリア!」
「え? まぁそうだけど」
ミリアは照れながらバシル一家を見た。
「本当に凄いのはアヤメさんかも」
さすがは、奪還軍緑龍城の家政婦長ともいうべきか。
彼女の判断が無ければ、城は助かっても町人は助からなかった。きっと酷い目に遭っていたことだろう。
感心してアヤメを見るショーンに気付いたバシルは、涙を拭いてやってきた。
「ショーン殿! 申し訳ない、失礼をいたしました」
そこで玲菜、ミリア、アヤメは三人で喜び合う。
「いや、奥方の活躍を今聞いたところだ」
三人を見て微笑んだショーンは、ミズキにもニッコリと笑う。ミズキは恥ずかしがって父親の後ろに隠れてしまったが。
バシルは黒竜とダリアにも挨拶をして訊ねた。
「ところで、陛下は?」
「レオはまだだ。夕刻には到着するだろう。レッドガルムも一緒だ」
言いながらショーンは不安要素を思い出す。
「そういえば、まんまと俺たちは分散させられたな。本軍だから伏兵に奇襲されても、大丈夫だとは思うが……」
なんとなく、嫌な予感。
(レオ、気を付けろよ)
ショーンはレオの心配をしつつ、とりあえずこの状況と避難している民衆を落ち着かせるように指示を提案した。
―――――
一方。
ショーンの嫌な予感が当たってしまったのか、レオたち本軍の前に軍隊が現れる。
その軍隊は奇襲ではなく、警戒する奪還軍の前に堂々と正面から現れた。
待ち伏せか。
慌てて戦闘準備する奪還軍であったが……
レオは、前を立ち塞ぐ軍隊の隊長らしき人物に見覚えがあって、まさかと思いつつも物凄く嫌な顔をした。
本当は冷静に無表情でいたかったが、嫌な顔を抑えられない。
明らかに、嫌いな物を目の前にした苦い表情になった。
「なんであいつが……嘘だろ?」
主《あるじ》がその者を圧倒的に嫌いだと知っていたフルドは心配になる。
「アルバート様……」
しかし、奴は失脚したはず。……いや、ウォルトが、自分の息子が可愛くて立ち直らせていたと考えられなくもない。
その名を、レオは吐き捨てるように言った。
「ゴミくずヴィクター」
名前の前に余計な物が付いてしまったが、紛れも無く、レオの元異母兄・ヴィクターであった。