創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第五十七話:破壊された町]

 

 かつての第二帝位継承権所有者・ヴィクター。

 レオの異母兄弟ならぬ、『元』異母兄。“元”が付いてしまうのは、前皇帝の頃の第二皇妃ミシェラの陰謀を暴いた事件の時に、実はヴィクターは皇帝の息子ではないと判明。というのも、ヴィクターはミシェラと陰謀の首謀者・ウォルトの子供であったと、証言で明らかになったわけであり。

 つまりは血の繋がりの無い他人で、彼のことが大嫌いなレオは安心したものだ。

 

 さておき、その例のヴィクターの軍が伏兵として目の前に現れて、軍総隊長は気持ちがそのまま顔に現れる。

 そもそも伏兵のくせに正面から現れたし、奪還軍本軍であるこちらに比べ、勝機が無さそうな小規模な軍隊。

(相変わらず戦法が素人だろ。全滅したいのか)

 ため息をついて頭を押さえたレオは、あまりに下手な戦法に、「まさか」と顔を上げる。

(それとも向こうの軍師の作戦? ヴィクターは囮《おとり》で側面から奇襲されるとか?)

 本来皇家のヴィクターは敵の将であって、囮になるはずは無いのだが。

(あいつ、馬鹿で能無しだから騙されて囮役にされているのかもしれねぇ)

 多いに有り得て、周りに敵軍が居ないか見回した。

 

 ヴィクターはウォルトの息子だという。だから、失脚したはずなのに戻されたといえばそうかもしれないが、なんとなく……愛情を持たれていると思えない。

 かつての恋人であったはずのミシェラも平気で見捨てる男が、息子とはいえ、ずっと会っていなかった子供に愛がある風に思えない。冷酷で、忠実な部下が命を懸けても捨て駒にする男。

(ウォルトがヴィクターを失脚から救ったのは、息子可愛さからって感じじゃねーよな)

 どう考えても駒にするため。

 そう、フルドや朱音も思ったらしく、二人も周りに警戒する。

 警戒は場慣れしている兵たちも同じく。急に攻撃されても、横や後ろから挟まれても、すぐ対応できるように武器を持った。

 

 

 しかし……

 伏兵の奇襲の気配は無く、ヴィクター軍の使者がこちらに向かってくる。

 まさか、本当にあの人数で正々堂々とこちらと戦うつもりか。

 ますます警戒する奪還軍であったが、向こうの用件はとんでもない……ある意味不可解な事だった。

「我々は皇帝の兄・ヴィクター様の指揮する軍。奪還軍と見受けられるが如何《いか》に?」

 何が兄だよ、とレオは思ったが、代わりにフルドが答えた。

「見ての通り奪還軍です。我々はのんびりしている暇は無い。大人しく引き下がるなら良し。立ち塞ぐなら軍総隊長の命令の後に強行突破させていただきますが、どうされますか?」

 分散させられているとはいえ、ヴィクター軍程度の隊は相手にもならない。これが精鋭の鳳凰騎士団とかだったらまだしも。

 ヴィクターの使者は、臆《おく》さずに続ける。

「実は、軍総隊長殿に、殿下から提案が有り……」

 提案?

 ヴィクターの下らない話なぞ聞きたくもなく、緑龍城の状態が分からない今、少しの時間でも惜しい。

 フルドが言う前に軍総隊長が自ら言い放ってしまった。

「提案なんて聴かない。退くか退かないか。どっちだ!?

 レオの剣幕に、使者は怯《ひる》みそうになったが、慌てて主《あるじ》の本音を滑らせた。

 

「あ、あの! 実はヴィクター様は奪還軍の味方になりたい、と――」

 

 あまりの、想定外の不愉快な言葉に、唖然《あぜん》としたのはレオで、フルドは察して青い顔をした。

「ミカタ……?」

 言葉がうまく呑み込めないレオ。

 悪い冗談だろうか。

 それとも、そう言ってこちらを油断させて攻撃する作戦か?

 どちらかというとそうであってほしい。

 もしも本気で言っているなら全身に鳥肌が立ってしまうから。

「聞かなかったことにする」

 

「え?」

 

「隊長に伝えろ、即座に退けと」

 レオは使者に告げた。

「さもなくば、強行突破する!!

 その、鋭い睨みに、使者は恐れおののき逃げるようにヴィクターの許《もと》へ戻る。

 

 レオたちが退くのを待っていると、軍隊はやがて渋々と離れていったが、今度はヴィクター自ら小隊だけを引き連れて近付いてきた。

 あり得ない行動に呆《あき》れ返るレオ。

(あいつ阿呆《あほう》だろ? いや、阿呆か)

 大将首が自ら向かってきて斬られたらどうする気だ。

 確かに勇敢な大将がまれにそういう行動を起こす場合もあるが、それとは違う。

(っていうか、あいつの首なんて要らねーけど)

 心の中でつっこんだ後にまさかと気付く。

(ん? あいつ、まさか、自分の首に価値が無いことを知っているのか?)

 それとも、仮にも身内だから斬られないとでも?

 だとしても浅はかな行動であり、レオの癇《かん》に障《さわ》る。

(俺に嫌われていないとでも思っているのか、あいつ)

 確かに猫を被って話していたが、本気で好意と勘違いされていても気味が悪い。

 想像してレオは身震いした。

 

 けれど、近付いてきたヴィクターが自ら言ってきたのはそういう意味ではなく。

「直接話すが軍総隊長殿、貴殿は何かを勘違いしているぞ!」

 

(え?)

 レオは耳を疑った。

 

「私は皇帝の兄であるが、アルバートには一度裏切られている。今は地位を回復してもらったが、私は恨みを忘れていないのだ」

 裏切りというのはレオに失脚させられた事だと思うのだが、本人が勝手に仕出かして失墜《しっつい》したわけであり、レオが陥《おとしい》れたわけではない。

 恨みもある意味逆恨みのような気も。

「しかも、今は偉そうに私に命令をしてくる。完全に見下していてそれが気に食わん」

 見下されるのは自業自得のような……というか、当たり前の気もしたが、それよりも信じられない言葉を言い放つ。

 

「つまり、我々は同志! 共に戦おうではないか!」

 

 

(ヴィクターの野郎、皇帝が偽者だってこと知らされていないのか)

 てっきり、ウォルトやセイから知らされているのかと思っていた。

 地位を回復されるってことは向こうの味方として働いてもらいたいからだと解釈できるから。

 しかも彼はウォルトの息子であり、いわゆるエニデール民。

(でも、そうじゃねーのか)

 レオは憐《あわれ》みの目で元・異母兄を眺めた。

 知らされていないということは、戦力外と見なされている。利用する価値も無い、と。

 要するに、本当に捨て駒。

(軍総隊長が俺ってことに気付いてなかったんだな)

 身内だからではなく、レオの正体に気付いていなく、けれど“同志”だから首を斬られないと油断して。

 味方になろうとしたのか。

(やっぱ阿呆じゃねーか!)

 それとも本当は罠なのか。

 

 頭を抱えるレオにフルドや朱音が何か言おうとしたが、無用と手を向けた。。

 

 一方、ヴィクターは朱音やフルドの姿が見えて首を傾《かし》げた。

「あれ? あの二人って……」

 異母弟の、死んだはずの部下では? と、思い出す前に軍総隊長の声が聞こえた。

 

「もう一度だけ言う。ヴィクター、退け!! 速やかに去らないと今度こそ斬る!」

 

「え? アルバー……」

 そこで初めて、ヴィクターは奪還軍の軍総隊長がアルバートであることに気付いた。

 顔に傷があるけれども、自分を見る冷たい瞳は健在だから。

 なぜここに居るのか、信じられなくて混乱する。

「え!?

 呆然《ぼうぜん》としていると、レオは自軍に命令した。

 

「前方へ、進軍再開しろ!」

 

 奪還軍が有無を言わさず動き始めて、ヴィクターの小隊は慌てて道を空けた。

 軍隊が通ると舞う砂埃《すなぼこり》を避けるように離れていく。

 距離を空けてから改めて見ると、アルバートと思われた人物はもう見えなくなっていた。ただ、彼の象徴でもあった青いマントが微かに見える。

「アルバート……?」

 ヴィクターは緑龍城へ向かう奪還軍の行軍《こうぐん》をしばらく眺めた後、呆然としながら自軍の許へ戻った。

 

 

 

 ―――――

 

 そして……。

 不本意的に再会したヴィクターの軍隊と別れたレオたち奪還軍は、翌日の昼過ぎには緑龍城の城下町・グリーン町に着く。

 

 町に着く少し前には黒竜が来たので、状況は把握していたが。

 

 町民が無事とはいえ、破壊された町に愕然《がくぜん》とした。

 

 かつて二年前までここに町は無かった。

 けれど、領土を奪還した後、豊かな緑と湖、そして復活可能な土壌で土地が開拓された。やがて人々が移り住み、町ができる。湖族との良好な関係で互いに発展、まだ開発途中ながらも住みやすい町へと変貌を遂《と》げた。

 

 その町が、一日で変わり果てた姿になっていた。

 壊されて燃やされた家屋《かおく》。

 穴の空いた壁や、黒く焦げた窓に、崩れ落ちた木造の屋根。瓦礫《がれき》は散らばり、盗まれた金品や食料。

 焼けて倒れた柱や崩された壁石は道路を塞ぐ。踏み荒らされた家の床には本や割れた食器も落ちていた。

 盗賊だってここまで荒らさない気がする。

 人々に逃げられた腹いせか。悪帝からの命令か。

 

 

「さぞかし悔しかっただろうな、バシル」

 馬で見回りながら、重い口を開くレオ。

 せっかくここまで築き上げた町が、こんな姿になってしまうなんて。

 きっと無念に違いない。

 奪還軍は皆嘆き、中には自宅があったために憔悴《しょうすい》している者も。緑龍城で働いていた者たちにとっても思い出深い町であった。

 悔しさで手綱をギュッと握りながら質問する。

「で、町の者は?」

「町の者は、まだ城に避難しています」

 黒竜は答えた。

「軍が戻ってくるまで油断できなかったので。しかし、もう限界ではあります」

 町の人々はまだこの有様《ありさま》を見ていない。身一つで城に逃げて、籠城《ろうじょう》中は地下等に皆で隠れていた。アヤメは各部屋とも領民に使わせたが、それでも窮屈《きゅうくつ》な思いはしている。

 ましてや、奪還軍が戻ってくるまで不安で町には戻れなかった。

 ただ、今戻っても暮らせる家はほとんど無いので同じことか。

 唯一、教会は宗教的な意味で被害を免《まぬが》れた。

「軍が戻ったら、町民は教会や湖族の村に移ってもらうとショーン殿が仰《おっしゃ》っておりました。もちろん、城に残る者もいますが、今度は兵で埋まってしまいますので」

 兵たちには野営地のようにテントを張ってもらうとしても、足りない。

「奥方とバシル殿は自分たちの部屋も開放すると仰っています。そうするとお二人……いや、三人の部屋が無くなってしまうのですが」

「バシルたちには俺たちが使っていた部屋を使わせればいい。俺には家があるから」

 レオは気になっていたことを訊ねた。

「で、玲菜は?」

「レイナ様はウヅキどのと一緒に陛下の帰りを城で待っています」

 ウヅキはずっとアヤメやミズキに預けていた。

 黒竜の言葉にレオは安堵《あんど》のため息をついた。

「ああ、良かった」

 

 

 

 そうして、奪還軍は本拠地に帰還する。

 報せを受けた緑龍城の者が船を出して迎えにいき、湖を渡って城に戻った。

 

 

 城では町民とバシルや守備隊が軍を出迎える。

 皆、疲れて寝不足な感じもあった。味方軍が来た安心や未だ拭えない不安……妙な雰囲気が城内を覆う。

 バシルは、ショーンたちと合流して、レオたちが来るまでの間で、真実を町民に話した。

 身内が奪還軍に居る者もいたが、訳も分からずただ巻き込まれた者も多々いる。

 領主として、巻き込まれた町民に訳を話さなければならないとショーンに言伝《ことづて》されたからだ。その、ショーンの言伝は出立《しゅったつ》する前のレオから言われたものであり、つまり命令にもあたる。

 

 青いマントの軍総隊長が現れると、真実を聞かされた町民たちは半信半疑ながらも「シリウス様」と呼んだ。

「シリウス様だ……」

「本当に?」

「シリウス様!」

 口々に声が飛び交う。

 

「御無事で何よりです、陛下」

 駆け寄ったバシルが頭を下げると、「卿《けい》も無事で何より」と答えてレオはアヤメの方を向く。

「奥方……」

 いつも玲菜が呼んでいる方の名で。

「アヤメさん、良い決断に感謝する。ありがとう」

「いえいえ! アタシ、とっさでよく考えなくて、とりあえずウチに逃げてもらうのが安全かなぁ? って」

「正しい判断だった。さすが奪還軍家政婦長」

 笑いながらレオはしゃがんで、母親にくっついている幼児の頭を撫でた。

「ミズキも、ありがとな。ウヅキの世話をしてくれたと聞いた」

 すぐさまアヤメも膝をついて屈み、息子の背丈に合わせた。

「むしろミズキがウヅキちゃんに遊んでもらった感じ。ありがとうございます!」

 そのミズキは、レオの鎧に興味津々らしく、見るのに夢中だ。子供の眼を見てアヤメが言った。

「この子、鎧が好きみたいです」

「そうか。父親もよく着ているからな」

 レオは立ち上がり、辺りを見回す。

 近くにはウヅキを抱っこした玲菜やミリアと(クリスティナの)侍女たちが待っていて、船を降りたイヴァンまで駆け寄ってきた。

 玲菜に近付くと、隣のミリアが声を掛けてくる。

「レオさん! 聞きました?」

「え?」

「わたしの話!」

「ああ」と、レオは思い出す。黒竜から聴いた話を。

「大活躍だっけ?」

「そうなんです!!

 ミリアは嬉しそうに返事した。対して、近くに居た侍女たちは心配そうに声を掛ける。

「あ、アルバート皇帝陛下!」

 やはりここに居るのが本物だと、改めて認識する。

 彼女らは深々と頭を下げて丁寧な挨拶をして、心配事を訊ねた。

「クリスティナ殿下は、今どちらにいらっしゃいますか?」

「異母妹《いもうと》は、奪還軍に入って、夫共々鳳凰城塞に居る」

『夫』でフェリクスのことだと分かり、侍女たちは歓喜の声を上げた。中には嬉しさで泣いてしまう者も。しかし、皇帝の手前、すぐに涙を拭いてかしこまる。

 彼女らとミリアにレオは礼を告げた。

「お前たちが早く報せたおかげで、大勢の民衆が助かった。本当に大手柄だ、後に謝礼を贈ろう。ありがとう」

「謝礼品!?

 一人声を上げたのはミリアだった。侍女たちに見られて、品が無いと悟った彼女は逸《はや》る気持ちを抑えて恥ずかしそうにする。

 少し笑いながらレオは、彼女に言う。

「猫被らなくていいんだぞ」

「え?」

「イヴァンと二人で居る時みたいに、普段通りにすればいい」

 これには焦るミリア。顔を赤くしながら慌ててイヴァンに詰め寄った。

「ちょっと! アンタ、レオさんに何言ったのよ!?

「ええ!? オレは別に何も!」

「あぁ?」

 つい、低い声で威嚇《いかく》してしまい、見られていることに気付いたミリアは、レオと……少し離れた場所に居たショーンに聞こえるように言い訳した。

「あ、いえ、違うんですよ!」

 可愛い声に戻しても無意味だ。ショーンはミリアとイヴァンが仲好いと思い微笑ましく二人を見ている。

「大丈夫だよ、隠さなくて。二人は付き合っているんだろ? おじさんには分かっているからね」

「違うんです! ショーンさん!!

 必死に否定するミリアと、「そう見えるかなぁ」と、嬉しそうに照れ笑いするイヴァン。

 

 彼女らは放っておいて、レオは恋人に近付いた。

「玲菜」

 ウヅキを抱っこしながら、何も言わずに見つめる彼女の頭を撫でる。

 その手があまりにも優しすぎて、玲菜は涙がこぼれそうになり俯《うつむ》く。

 伏兵等の心配で、無事だったことへの安心もあったが、町が酷い事になった責任を、彼は感じているような眼をしていたから。

 皆に順番に礼を言った後、今度は民衆に向かうだろうと、分かった。

 家を失った町民に対して、悪いことをした、と。

 

 レオがバシルに真実を話すよう伝えたのは、この後の彼の行動のためによる。

 

 彼は歩いて、高い位置に立ち、自分を見る民衆を眺めた。

 高い所に立つのは皆を見下ろすようで嫌だったが、自分の姿を見てほしかったから。

 護衛も付けず、シリウスの象徴である青いマントを脱いだ。

 

 そして、静まり返った町民に言う。

 

「俺の本当の名は、アルバート・レオ・シリウス・スサノオ」

 

 今までレオの名は付けたことが無かった。民衆も兵も『アルバート・シリウス・スサノオ』だと思っていたはず。

 ざわつく民衆にレオは告げる。

「『レオ』は幼名で公表していなかった。俺は、レオという名で奪還軍・軍総隊長をやっていた」

 彼は、皇族用の小難しい言い方ではなく、自分の言葉で皆に話している。

 領主から奪還軍の真実を説明されたが、半信半疑だった町民は、噂の反乱組織のリーダーが自ら皇帝の名を名乗ったことに動揺する。

 

 本当に、彼は皇帝なのか。

 本当だとしたら、玉座に君臨しているのは偽者なのか。

 そして本物は、反乱組織の頭となって戦っている、と

 

 ――奪還するために。

 

 

「緑龍城はそのための本拠地であり、偽皇帝の軍が攻めてきたのは報復のためだ」

 

 つまり、巻き込まれたのは戦のせいであり。

 

 

「すまなかった!」

 

 

 彼は、頭を下げて謝った。

 帝位を継ぐ前に、民衆に頭を下げてはいけないと固く注意されたのに。

 いや、帝位ではなく、皇子になった時すでに、身分が低い者に謝ってはいけない、と。

 絶対的に君臨する皇帝の格を落としかねないから。

 

「俺が、無様に皇帝の座を奪われたから、こんなことになった……!」

 

 のうのうと、偽者に酷い政治をさせた。

 帝国は、こんなにも落ちぶれてしまった。

 国民は怯えて苦しめられた。

 

 グリーン町の人々は、巻き込まれて家を失った。

 

 

(レオ、自分一人のせいだと思っているの?)

 あまりの哀しみに、涙を流した玲菜は、つい彼に駆け寄りそうになる。

 そこをフルドが止めた。

「レイナ様!」

 ハッと我に返り、フルドを見上げると、彼も涙を流していた。

 主《あるじ》にあんなことを言わせてしまって、けれども何もできない自分を不甲斐なく思い、悔しくて。

「大丈夫です」

 フルドは民衆の方を向く。

「アルバート様の誠意は届いています」

 

 見ると、グリーン町の人々は、真剣にレオの話を聴いて泣いている者も居た。

 

「アルバート様……」

 前で話している人物の言葉に偽りは感じなく、皇帝が自分たちのために謝って……頭を下げたことに胸を打たれる。

「皇帝陛下!」

 彼は、民衆の期待を背負った皇子だった。

 神話の英雄と称されて隣国との戦に何度も赴《おもむ》いた。

 その度に勝って、国民を熱狂させた。

 

 でも彼は、神話の英雄ではなく一人の人間だ。

 

 英雄のマントを脱ぎ、一人の人間として、皆に謝っている。

 

 誰が彼を責められようか。

 町民は静まり、すすり泣く声が聞こえる。

 町を壊された悲しみもあるが、自分たちの知らぬ間に皇帝は戦っていた。

 乗っ取られたのは本人だから当たり前だろうなんて、言えるほど簡単なことではない。

 中には、「家を返せ」などと野次を飛ばす者も居たが、周りから睨まれる。

 

 国民の暮らしを苦しめたのも、自分らの町を壊したのも、張本人は偽皇帝であり、本物の皇帝は奪還しようと戦っているではないか。

 

 彼は真実を話し、言い訳をせずに責任を持ってくれている。

 

 人々は顔を見合わせて口々に言い出した。

 今まで散々『守り神』だからと国のために戦ってもらったのに、いざ彼が窮地《きゅうち》に陥《おちい》ったら自分でなんとかしろと突き放すのか、と。

 巻き込むなと知らぬふりをするのか、と――。

 

「反乱軍のことは、支持していたぞ」

 誰かが言った。

「オレもだ! 入隊しようと思っていた」

「反乱軍じゃないわよ! 奪還軍よ!」

 

 皆は顔を見合わせて、今まで『以前の帝国を取り戻す』意味の奪還だと思っていた本当の意味を知る。

「ああ! そうか! アルバート様、だから奪還!」

 段々とざわめいて納得の声が上がる。

「私は、偽皇帝を打倒する奪還軍だったら応援するわ!」

「わたしも! シリウス様の味方をするのは当然よ」

 これは女たちの声。

 

 

 民衆の声がたくさん飛び交っていると、一人の中老の男がレオの隣につく。その人物を見て彼は安心したように笑った。

「オヤジ」

 

 

「ああ!」

「ショーン様!?

 オイシイところを取られた恋人と従騎士はせっかく自分たちが我慢したのに、おじさんのちゃっかり具合に唖然とした。

 正直、ずるいと思って。

 

 ショーンの後からバシルも駆け寄り、民衆の前に立つ。

 先ほどのレオの演説に感動したからか、出ていた涙を拭いて皆に言った。

「町を守れなかったこと、私からも謝る。すまなかった!!

 彼もまた、深く頭を下げて謝意を表す。

 しばらくして、顔を上げると、これからどういう風に生活するか説明を始めた。

 まず、皆で力を合わせて町を立て直すのは前提に。

 

 教会やテント、湖族の村、城内に分かれて暮らす事。

 身内や知り合いで行方不明が居ないか確認する事。

 城にある食料や水等を配るので、争わないよう並ぶ事。

 女、子供、お年寄り、病・怪我人を優先する事。

 

 仮住まい場所や食料は、湖族も快く提供してくれると申し出た。

 兵や男たちは町の様子を確認しに行き、畑等が無事かどうかも見にいく。せっかく育てた農作物もきっと荒らされているだろうが、全部ではないはず。

 

 

 町人たちは皆、それぞれの目的場所へ動いた。町や仮住まい場所、配給場所へ。

 小さな喧嘩や口論はあったが混乱する程ではなく、領主の言う事を守って列を作る。不思議と皆が落ち着いて行動できた。

 後は緑龍騎士団らが中心になり、警備をして見守る。割り込み等の小さな揉め事や進みが遅い場所には助っ人に向かった。

 

 自分で発表しておきながら、案を出したのはショーンだったので、バシルは民衆の列に感心した。

「先に列と言っておいて正解でしたな。多少争いはあれども、速やかに事が運んでいるように見えます」

「もちろん守らなければ意味無いが、こういう時は列が良いと、日本で教わった。わずらわしいけどな」

「ほう。ニホンで」

 頷《うなず》いておきながら、ニホンとはどこの集落か、はたまた外国なのかバシルは疑問に思ったが訊けずに流れた。

 

 

 一方、演説の終わったレオに、フルドと玲菜は駆け寄ろうとしたが、人々が先に駆け寄ってあっという間に大勢が囲む。

 皆、「本物だ!」や「アルバート様」「シリウス様」等と呼んでめったに近くで見られない皇帝を堪能した。

 女性たちはとにかく憧れの目で見て「キャアキャア」騒ぐ。ずっとシリウスファンだったと感激する者も居る。

 ただ、中には好意的でない者も居るので、どうやって入り込んだのか朱音がすでに横についていた。

 

 それを見た玲菜はびっくりしながらも羨ましそうな顔をする。

「フルドさん、見て! 朱音さんいつの間にかレオの隣に! 凄い、どうやってあの人混みを?」

「さすがです。さすが忍び! あの方は本当に凄いです。術か何かでしょうか? 私も見習わなければなりません」

 真顔のフルドの言葉には玲菜もつっこんだ。

「いや、フルドさん、見習わないでください」

 

 

 そんな二人に一人のおじさんが近付く。

 二人の様子を見て、レオの方を見て悟った。

「ああ、玲菜。俺にもウヅキ抱っこさせてくれ」

 そう言ってウヅキを受け取ると、優しく撫でた後に地面へ放す。

 まるで、ショーンの意思が分かっているように、ウヅキはレオの許へ向かった。

 

 突然、可愛い鳴き声が聞こえて白い猫が自分の足下に来たのに気付いたレオは、猫を抱き上げて来た方向を見る。

「ウヅキ?」

 民衆にとっては意外な行動で、皆はあっけにとられたが。

 レオはウヅキが来た先にショーンたちと玲菜が居るのを発見した。

 

「あそこに居たのか」

 大勢に囲まれてしまったのでどこに居るのか分からなくなっていたけれど。

 同時に朱音も気付き、悟る。

 彼女はレオが歩けるように前に居た人間たちをちょっとずつ下がらせた。

 皇帝が向かうのはたった一人の女性の前。

 

 彼女の前に到着するとウヅキはレオの腕から下りてショーンの許へ戻った。

 隣に居たフルドも邪魔してはいけないと思い、少し離れる。

 

 まっすぐに自分の所へ来た男を玲菜は見つめる。

 何も言わないでいると彼が口を開いた。

「行くか」

 日は大分長くなっていたが、もう暮れようとしている。

 昼間の暑さが嘘なような涼しい風が吹き抜ける。

 凱旋《がいせん》も祝賀パーティーも無い。帰ったら結婚式と言ったが、きっと無理だろう。

 悲しくないと言ったら嘘になるが、玲菜は微笑んだ。

「うん!」

 彼が自分の許へ帰ってきてくれるだけで嬉しいから。

 たったそれだけでも幸せを感じられる。

 

 

 少し離れた場所で、ウヅキを抱きながらショーンは娘と“息子”を見守っていた。

 死にかけた時、夢かあの世かで会った、愛する人を思い出す。

「ただいま、純玲さん」

 なんとなく口に出すと、ウヅキが返事をするように鳴いた。

 ただの偶然だとは思うが。

(でも、見守っているって言っていたよな、純玲さん)

 彼女はきっと近くに居てくれている。

 ショーンは優しくウヅキの頭を撫でながら、一方で今後の心配もしていた。

 このまま真の皇帝の噂が民衆に広まったとして、向こうはどう出るか。

(ま、予想はつくけど)

 

 町が攻められる事態がもう二度と起きぬよう願いながら。


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