創作した小説が世界の神話になっていた頃
[第二部・第五十八話:聖戦のはじまり]
奪還軍が緑龍城に帰還したその日、町民は各場所に移動して配給も貰い、一先《ひとま》ずは落ち着く。
兵たちは夜遅くまで警備や管理等を行い、彼らもテント又は兵舎で休む。
玲菜はレオやショーンたちと一緒についていって、指導する彼らの近くで配給等の手伝いをした。
奪還軍の家政婦らもアヤメを中心に働き、クリスティナの侍女たちも協力し合う。
深夜になり、ようやく家に帰れた玲菜、レオ、ショーンの三人はとにかく疲れてすぐに寝てしまう。レオに至っては行軍《こうぐん》の疲れもあり、精神的にも疲労して、帰ってきた記憶も無いままぐっすり眠った。
翌日の昼、ようやく起きたレオは、部屋の中が脱いだ服や鎧等で散乱しているのが分かったけれど、気にせずに寝ぼけ眼《まなこ》のままバスルームへ向かう。
朝風呂に入ろうとしたが、その前に居間で人の気配がしたのでそちらに向かった。
多分、玲菜とショーンが居ると思って。普段はしないけれども一応起きた挨拶をしようと思い。ついでに……というか、こちらが目的なのだが、食事を用意しておいてくれるよう頼むために。
確かに玲菜とショーンは、レオ程疲れていなかったので彼よりも少し早く起きていた。
着替えて朝昼ご飯を食べていると、途中でフルドがやって来たが、レオがまだ起きそうにないので彼を家に入れて居間に通した。
いつもなら、外で待っているフルドも、今日はなぜか招かれるまま家に上がってしまった。
だから、髪ボサボサ・寝ぼけ眼・パンツ(トランクス風)一枚姿の主《あるじ》と目が合うと、出されて飲んでいた紅茶を噴き出しそうになる。
慌てて紅茶を置き、「ししし失礼しました!」と、どもりながら後ろを向いた。
一瞬止まって、叫んだのはレオの方だ。
「う、うわぁああああ!! フルド!?」
玲菜とショーンしか居ないと思っていたので、まさか従者に最高にだらしない姿を見られるとは……いや、子供の頃は見られたこともあったが、さすがに最近は(ここまでのは)無かったので。
とっさにバスルームへ入り込む。
保っていた(と、本人は思っていた)威厳が崩れてしまったと、無意味な誇りが傷ついた。
一方、焦ったフルドはとにかく謝って「出直してきます」と、家から一度出る。
玲菜が止めても行ってしまい、ショーンは皇帝の失態に笑いを堪《こら》えた。
呆《あき》れ返った玲菜は、バスルームの前まで行き、声を掛ける。
「フルドさん、謝って出て行ったよ」
「……知ってる!」
普段もだらしないのに、なんで今更? と、疑問に思う玲菜。
「レオ、よくお城でフルドさんの目の前で脱いだりしていたじゃん。着替え手伝ってもらったり、髪もとかしてもらっていたんでしょ?」
「世話をされるのと、想定外で見られるのは違うんだよ」と、バスルームから小さな声での反論が聞こえた。
「俺も、完全に油断していたから」
本人が油断している時に、不意に見られるのは駄目らしい。確かに、予想していてもパンツ一枚はさすがに恥ずかしいか。
レオが宮廷に入ったばかりの頃、着替えを手伝おうとたくさんの従者が入ってきた時も怒鳴って禁止にしたことがある。
下町で暮らしていた彼は感覚が一般人と同じであるために、面倒な服の着替えは手伝ってもらえども、裸などは見せないようにしていた。従者に成り変わった暗殺者対策もあったし。
「風呂入る」
レオはショックを和らげるために風呂に入ることを決めた。
朝風呂はいつものことながら、普段の彼を知っている玲菜は注意する。
「出た後、いつもみたいにパンツ一枚でうろつかないでね。またフルドさんに見られちゃうかもよ」
「はあ!?」
ドアを開けたレオの顔は真っ赤になっていた。
「フルドが来ても、今度は外で待たせておけよ! 俺が着替えてメシ食い終わるまで」
「え! ずっと待たせておくの? フルドさんかわいそう」
「いいんだよ! あいつは俺の子分なんだから」
「え? 子分?」
玲菜が首を傾《かし》げるとレオは「うっかり」という風に口を押さえる。質問には答えずにムスッとしながらドアを閉めた。
「とにかくすぐ終わらすから! それならいいだろ? フルドは絶対に呼ぶなよ」
そうして、風呂場に入っていく音が聞こえる。
「子分?」
引っかかった玲菜は、フルドがきっと居ると思い、その足で玄関から外へ出て行った。
本日は凄く天気も好く、時季的にも時間的にも暑い。
青い空と白い雲を眺めて、いつの間にか変わった季節を感じる玲菜。
(もう夏だなぁ〜)
自分がここへ戻ってきた時は春だった。
(あれからもう二ヶ月以上は経ったよね? 今日、何日だろう?)
カレンダーなど、最近は見ない。
照りつける太陽の日差しを避けられそうな場所を玲菜は発見した。
(あそこの木の陰、涼しそう!)
木の下には、案の定に彼が立っていて、主《あるじ》が出てくるのを待っているよう。
近付いて玲菜は声を掛けた。
「フルドさん!」
「あ! レイナ様!」
驚いたフルドは玄関の方を窺《うかが》う。
「アルバート様の準備が済んだのでしょうか?」
「いいえ、レオはまだお風呂入ってますよ」
「そうですか」
フルドは陽の当たらぬ木陰を玲菜に譲ろうと自分が退く。
気付いた玲菜は慌てて彼を引き止めた。
「フルドさん! そっちは暑いから、ここに居てください。私も一応日陰になっているし」
「そ、そうですか。では」
彼は少しだけずれて玲菜の体が全部日陰に入れるようにした。
隣に並び、玲菜は話しかける。
「暑いですね、今日は」
「暑いですね」
夏が来ると、2012年の夏を思い出しそうだ。もう遠い昔のようで、実際に遠い過去ではある。
「ところでフルドさん」
さっき気になったこと。
「レオの子分ってなんですか?」
「え?」
戸惑って玲菜の方を見たフルドは、ためらいつつも話す。
「ええと、……最初、小姓《こしょう》としてアルバート様の許《もと》へ行った時に、『身の回りの世話をする』という旨《むね》を伝えたら、殿下は『じゃあ、俺の子分だな』と」
出会って最初にフルドがレオに言われた言葉が『俺の子分』だったという。
「なんでも、殿下のお仲間の内で、そういう……いわゆる命令を聞くことが『子分』だったらしく」
さすが下町の子供。上流階級が考え付かない言葉を使う。
「私は実は、子分の言葉の意味が分からなかったのですが、『はい』と」
その時から彼は『子分』でいつづけている。
大《だい》のおとなが未だに子分だなんて言うのは可笑《おか》しい気もするが、玲菜はなんだか微笑ましくも感じた。
(レオってば……)
レオが他の従者よりも若干フルドを特別扱いしていたのはこういう訳だ。
「ちなみに」
フルドは言っていいものか悩んだ末に小声で話した。
「クリスティナ様も殿下に『子分になりたい』と仰《おっしゃ》っておりました」
「クリスティナさん、さすが!」
可愛らしくも好奇心旺盛な姫君は昔から変わらない。
言った後にフルドは慌てて付け足した。
「この事は、どうか御内密に!」
「分かってますよ」
なんだかフルドと少し打ち解けた気がして嬉しくなる玲菜。
彼はいつもレオに付き添っている割に余計なことはあまり喋らなく、遠慮がちだし気を利かせてばかりいる。
本来は大貴族の息子らしいのに、こんなに下手《したて》でいいのだろうかとさえ疑問に思う程。
(でもレオも今は皇帝で、皇帝の側近ってことはやっぱ凄い人なんだよね)
そんなことを思い、ほのぼのしていると、少し離れた場所で村人たちが集まって話し合いをしている姿が見えた。
ただ、彼らの声は大きくて聞こえてしまう。
「皇帝が」どうのこうの言っているのが聞こえると、フルドと顔を見合わせて、気になって近付く。
さりげなく二人とも集団に入って聞き耳を立てた。
「偽者なんて、早く国から追い出そうぜ!」
誰かが言った。
「そうだ、そうだ! よくも国民を騙しやがって」
どうやら昨日のレオが告げた真実で、皆の心に火が点いたと見える。話しているのは湖族ではなく、湖族の村に避難してきたグリーン町の人々であった。
「国中に広めろ!」と熱くなって騒ぐ。
やがて、村中の至る所で話が広まった。
「なんでアルバート様は名乗らなかった?」
「怪我で療養していたらしいぞ」
今度はレオの話まで。
怪我が治った時はすでに手遅れで、逆に偽者扱いされそうになった。と、いうことも。
また、緑龍城ではこんな話が。
「でも、我らがバシル様は正体に気付いたらしい」
「さすが!」
「フェリクス様は騙されていたそうだ」
フェリクスの話に対しては、クリスティナの侍女が反論した。
「違います! フェリクス様は後宮のクリスティナ様を人質にされて仕方なく!」
おかげでオーラム枢機卿《すうききょう》が黒幕で怪しいのではないかという噂まで広まる。
段々と熱くなってきた民衆は口々に叫んだ。
こうなったら国民全員が奪還軍だ、と――。
玲菜たちが聞いている集団もそんなことを話していて盛り上がっていたが、そこに……
「ちょっと待て!」と、黒髪の凛々《りり》しい男が登場した。
「あ! アルバート様!!」
人々はびっくりして後ずさり、真の皇帝の言葉を聴く。
「戦うのは兵に任せろ。腕に自信のある奴は奪還軍に志願してくれ」
彼は、民衆がむやみに反乱を起こして国中内戦という混乱状態に陥《おちい》るのだけは避けたいと伝える。
正義のためでも、戦は絶対に犠牲が出るから。それに、混乱状態にあるとすぐに隣国に狙われる。
真実が国民に知れ渡れば偽者の味方がいなくなると思ったら大間違いであり、向こうにも真実を知っての味方の軍勢や、フェリクスのように従わなければならない状況の軍隊もいる、と。
法が変えられてたくさん入ってきた、とある民族の軍勢だって。
やはり偽者を打倒してサイ城を奪還するしかない。
人々は皇帝の訴えを理解してあまりいきり立つのはやめようと頷《うなず》く。戦いたければ奪還軍に入れば良い、と。
シリウスと共に戦って、国を取り戻せば解決する。
そう心得た。
その前に町を復興させなくては……
グリーン町の人々はいたずらに噂を広めず、自分たちがまず何をしなければいけないのか考えて行動をする。
騒ぎは治まり、避難生活に苦しむよりも早々と再建が始まった。
皆で探せば無事な田畑も見つかり、食物も少量ながら確保。湖族と一緒に漁に出る。
辛《つら》いけれど、動ける者は瓦礫《がれき》の撤去を行った。
もちろん、奪還軍も率先して撤去作業を行う。
鳳凰城塞《ほうおうじょうさい》も心配だが、異母妹《いもうと》を信じて任せて、数日間は破壊された町の修復に携《たずさ》わる。
黒竜たち忍びの部隊は、今までと変わらず情報収集と伝達を徹底して、敵側に動きが無いか常に用心した。
そして、数日が経った。
―――――
「ね、ね! レオ!」
その日、玲菜は朝早くから何か料理を作っていて、昼前には完成したとレオの前に持ってきた。
漂わせる甘い匂いは、ちょうど空いてきた腹には毒で、大食い皇帝の興味をそそる。
見ると、ケーキであり、とろけたチョコレートで覆われていた。
「え!?」
うまそうだし、すぐに食べたい。
「これね、実は……大分過ぎちゃったんだけど、バレ……」
玲菜が言っている最中で、レオは台所に駆けていき、特急でフォークを持ってきた。
「これ、俺のために作ったんだな? 食っていいか? 食うぞ!」
なんと、返事もしていないのにフォークをそのまま刺す。
「あ!!」
せっかくの気分も台無しだし、食べる事しか脳に無い彼に玲菜は怒った。
「もう! 酷い! せっかく気持ちを込めて作ったのに」
「え? だから、俺のためにだろ? 食べちゃまずいのか?」
そうではない。
「食べてもいいけど、話を聞いてよ。私がチョコレートケーキを作った理由は……」
「あれ? 今日ってバレンタインデーだっけ?」
会話に入ってまんまと答えを言ったのはショーンだった。
「懐かしいな。バレンタインデーには玲菜が毎回俺の好きなチョコクランチを作ってくれたよな〜」
しかも、催促《さいそく》する始末。
呆れながら玲菜は父親に教える。
「ちゃんとショーンの分もあるから。冷蔵庫に」
途端に、冷蔵庫へ飛んでいく親ばかを無視して、改めて恋人に教える。
「あのね、大分過ぎちゃったんだけど、バレンタインチョコっていうんだ、これね……」
説明しているのに、大口を開けてケーキをむさぼる彼氏を見て、玲菜はため息をついてカレンダーを見る。
本日は二月二十八日。二週間過ぎてしまったが、バレンタインデーのチョコレートケーキを、愛を込めて作った。
でも彼はバレンタインデーなど知らないので、食欲のままにケーキを食べてしまった。
「美味いな、これ」
感想はそれだけだろうか。
「ところで、なんか言っていたか? お前」
今更か。
「もういい」と玲菜は食べ終わった皿を片づける。
「ん? なんか怒ってる?」
レオは彼女の態度に焦って訊ねた。
「俺がすぐに食べちゃったからか? でもちゃんと味わったぞ。それとも、お前も食べたかったのか?」
「違うよ! レオのことが好きってこと!!」
うっかり怒ったまま告白。
「え?」
予想外の答えにレオは顔を赤くする。
なぜ彼女は、怒って「好き」と言ったのか。
分からなくて止まる。
「玲……」
ちょうどその時、来客があり――
入ってきたのは黒竜。
彼が来る時は大抵急ぎの報告。しかも悪い方。
ショーンもやってきて彼の話を聞いた。
「陛下。偽皇帝がついに動き始めました」
今度はなんだ。
「なんだよ、次はどこに攻めてくる?」
眉をひそめて腕組みをするレオに、黒竜は首を振る。
「いいえ。戦ではございません」
戦でなければ何なのか。
皆が注目する中、黒竜は口を開いた。
「偽皇帝が、自分の正体を民衆に発表しました」
「ええっ!?」
つい乗り出して訊いてしまう玲菜。
「セイさんが、言ったんですか? 自分は偽者だって!」
衝撃的すぎて信じられない。
「そうとも言いますが。それだけではございません」
「要するに、でっちあげたんだろ?」
察したショーンが口を出した。
ずっと予想していたのでそれくらい分かる。
「いや、でっちあげでもないか」
「そうですね」
黒竜は頷く。
「真実でもあります」
「真実?」
真実とは何なのか。実はこの場で知らないのは玲菜だけで、レオは「ああ」と分かった風に言う。
「つまり、本当の正体を言ったってことか」
「はい」
「そうか、ついに」
頭を押さえるショーンと、不敵に笑うレオ。そのままあざ笑うように告げた。
「自分はセイリオスだと、言ったんだろう?」
セイリオス……どこかで聞いた名だと、玲菜は思った。
少し考えて、『シリウス』という言葉が頭に浮かんで思い出す。
「セイリオス皇子!?」
まさか、こんなことが。
「死んだはずの、セイリオス皇子!?」
そうだ。クリスティナの兄で、十二年前に病気で亡くなったとされる皇子。
「ああ……!」
クリスティナを救出に行った時、シガが言っていた言葉を思い出す。
彼女の兄は生きている、と。
(セイさんが!?)
そういえば、セイはレオに似ているが、異母兄弟ならば似ている理由も納得できる。
クリスティナの母のカタリナはどことなくレオの母・サーシャに似ているし、当然父親が同じである。
異母妹は母親にそっくりで、金髪の青い瞳。
(セイさんも、青い瞳だ)
しかも父親に似た黒い髪なので、神話の英雄と同じ。
カタリナの長男は、皇家に生まれた人間で、珍しくも黒髪と青い瞳だった。だから最初から英雄の名が付けられた。――セイリオスと。
レオも同じ理由で、洗礼名としてシリウスの名を貰った。
狙われやすい名を、わざと。
だからセイリオス皇子は暗殺されて亡くなったのかもしれないと、玲菜は思っていた。
世間的には病死とされていたが。
しかしそもそも死んでいなかった。
聖女レナの付き人で、エニデール民・ウォルトの仲間だった。
(なんで?)
「レオは、セイさんのこと知っていたの?」
恐る恐る訊くと、レオはふぅと息をついて答える。
「二年前は知らなかった。でも、二年間で黒竜たちが調べて」
なぜ、彼がレオのことを憎んでいたかの理由も。
「あいつからしたら、俺はすべてを奪った男だったから」
黒竜は玲菜に説明する。
「セイリオス皇子は、十二年前、さらわれたのです。エニデール民に」
シリウスとされた皇子はさらわれて、結局事件は解決せずに終わった。
いつしか彼は死んだことになり、捜査は打ち切られる。
その直後にやってきたのがレオであり、第三皇子という地位と……やがて、シリウスの名を得た。
彼は人々に英雄と謳《うた》われて名実ともにシリウスとなる。
そして、愛する女性レナの婚約者に。
「あいつは俺からすべてを取り返そうとしていた」
レオは自分の今の立場と照らし合わせて笑わずにいられない。
「あいつだけじゃなくて、エニデール民も。帝国から、すべてを」
彼らの根底には、神話の子孫は自分らであり、シリウスも聖地もすべて帝国に取られたという意識があるのだという。
だからユナは、あるべき形にするために過去を変えようとしていた。
あるべき形というのは民族の理想そのもの。
信仰は国も人も動かす。
皮肉にも、彼ら自身も“取り返そうと”していた。
帝国に奪われたすべての物を。
セイも同じく。
彼は帝国の人間でありながら、徐々に洗脳された。皇子で第三帝位継承権所有者だったのに、『死んだ事』と皇家に裏切られたから。
レオに、自分の場所を奪われたから。
しかし血は正統であり、憎しみを利用された。……いや、彼は利用されているのを分かっていたが、恨みが勝って従っている。
ショーンは続きを訊ねた。
「で、真実を告げて、国民の反応は?」
「え? でも、いくら皇子だからって、結局偽者なんだから国民を騙していたわけじゃない」
そう、玲菜は思ったが。
「告げ方によってはそうでもないんだよ」とショーンは言う。
そもそも、自分の正体ではなく、こちらをセイリオスだと言い張るのかと思っていた。
本物と偽っているから騙されるな、と。
(でも、違ったんだな)
黒竜は偽皇帝の『真実を告げた』とされる演説の内容を説明し始めた。
――自分は死んだとされたセイリオス皇子で、アルバート皇子一味にずっと幽閉されていた、と。
側室だったサーシャは実は下町の娘で、前皇帝との『御落胤《ごらくいん》』を授かると身分を偽って宮廷に入った。
そして、彼女らは息子をシリウスにさせようと陰謀を企てた。
シリウスに一番近かったセイリオスをさらい、幽閉して第三帝位継承権も奪った。だが、殺さなかったのは影武者にするため。
ずっと戦場に出ていたのは自分だった、と――。
ここまで聞いてあまりの内容にレオは大笑いした。
「アハハハハハ! なんだそれ! よくもまぁ、俺のことを調べて嘘と真実を繋ぎ合わせたな!!」
完全に眼は殺気立っていて、決して笑ってはいない。
内心は怒りに打ち震えている。
「御落胤は当たっているな。母が下町の娘だったことも。身分を偽って宮廷に入ったことも!」
でっちあげに本当の秘密も加えることで妙に真実風にはなる。
「一番笑えるのが、あいつが影武者だったと言ったことだ」
レオは影武者を一度も使ったことが無い。
ただ、自分は影武者だったとすることで、幽閉されても殺されなかった理由に説得力が生まれる。
黒竜は一番言い難い事を告げた。
「偽皇帝は、オーラム枢機卿《すうききょう》に救われた、と。そして、自分が皇帝の座についたのは『奪還』であると」
「奪還!?」
なんと、図太くもここで『奪還』を使う。
まるで、我らこそ真の奪還軍であると言うように。
レオの腸《はらわた》が煮えくり返ったのは言うまでもない。
「アルバート皇子が、すぐに名乗り出なかったのは、正統なる帝位継承者でなかったため。“シリウス”を捨てて逃げ出したからだ、と――」
まさかこんなことを言われるなんて、玲菜は泣き出しそうになった。
更に黒竜は続ける。
「『聖女レナも誰が本当のシリウスか分かっていて、皇后《こうごう》となった』と、演説しておりました」
聖女も認めたなら、より彼が真のシリウスだと思える。
名乗り出なかったことや、レナの決断は重い。
「そして」
目をつむり、重々しく口を開く黒竜。
「こうも言っておりました……」
これは、『聖戦』である――と。
「え!?」
三人は同時に訊き返した。
まさかそう来るとは。信じられなくて、ショーンは頭を抱えた。
「つまり、神話を持ってきて、勝った方が真のシリウスだと言いたいのか」
同時に勝った方の言い分が真実として通る。
「まさによく言う、『戦争に勝った方が正義』みたいなもんだな」
歴史において、事実はいくらでも捻《ね》じ曲げられる。
「しかも、当然、どっちも信用できないっていう民衆が出てくるだろ?」
「恐らくは」
黒竜の答えに、ショーンはため息をつく。
「そしたら、そっちの党とかもできて国中巻き込んだ内戦を避けられねーぞ」
至る所で戦が起きて混乱状態になってしまう。
「となると、家臣ももちろん混乱必至か」
「ですね。自分らにとって都合の良い方につくと思われます。力のある貴族は中立を守るか或いは独立するか……」
冷静に話している場合ではなく、そうなると貴族同士の争いも出てくる。
これで他国まで加わってきたら最悪で、恐らく今の流れだとそうなる。
ショーンは大声で嘆いた。
「帝国を戦国時代にでもする気か!」
レオは唖然《あぜん》としていたが、玲菜は『聖戦』という言葉に凄く嫌な予感がして胸が苦しくなる。
自分の小説がこんな風に戦に利用されるだなんて。しかも国中を巻き込むなんて……という、つらさもあったのだが、妙な怖さも感じる。
『神話は繰り返す』とでもいうのか。――いや、違う。
まるで、今在る現実を神話にしたような……
神話というか、小説に。
(違う!)
玲菜は首を振った。
(私の話は神々の話だし、全然違う。セイさんたちが神話の真似をして聖戦と言っただけだし)
神話に影響されてこういう事態になっているはずなのに、なぜにこうも、今在る現実が先だったように感じるのか。
(私は、空想で小説を書いただけだよ。シリウスがレオに似ているんじゃなくてレオがシリウスに似ているだけ)
何かが引っかかる感じもしたが、玲菜は気付かぬふりをしてその場で話を聞いていた。