創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第五十九話:軍議と戻ってきた仲間]

 

 真実を発表されて、一番混乱するのは宮廷だろうと、ショーンはまず指摘をした。

 黒竜は頷《うなず》き、サイ城及び都等の状況を隠密《おんみつ》隊が全力で調べていることを告げる。同時に、貴族たちの動向も。

 ただ、貴族たちに関してはすぐに動くことはないと予想。まだ国のほとんどには伝わっていないし、聞いてから決断にも時間がかかる。もしも動く場合はそれなりの資金や原動力も必要になる。

 早くても数週間、数ヶ月はかかると見られる。

「これから夏だし、多分二、三ヶ月は平気だろうな。秋になったら要注意だ」と、ショーンは言う。

 夏の暑い時期に行動を起こすのは酷な為に準備期間にし、涼しくなってからが動き始める、と。

 レオも頷き、黒竜に伝えた。

「これから軍事会議だ。バシルの奴は知っているか?」

「はい。バシル殿にも部下が伝えに行きました」

 ならば、レオの行動は予想つくだろうと思われる。

 

 隣で戸惑う玲菜にレオは言った。

「今から緑龍城に行くけど、お前も行くか?」

「え?」

「お前も奪還軍なんだろ?」

 てっきり、「行ってくる」と言われるのかと思っていた玲菜は驚いて、けれども冷静に答えた。

「でも私、軍事会議で何喋ればいいのか分かんないよ」

 聞いたレオは少し笑う。

「ああ、会議には出なくていい。家政婦長の手伝いでもしてくれれば」

 家政婦長はアヤメのこと。

「あ! そういうこと?」

 納得した玲菜はついていくことにした。あまり動揺していない風のレオに安心感を覚えつつ。

(って、違うか)

 いや、動揺はしていなくはないか。黒竜の報告を聞いた後、明らかに怒っていたし、『聖戦』の話の後は怒りを通り越していた。

 玲菜自身もショックが大きい。

(セイさんがセイリオス皇子で、レオたちを悪者にして、「皇帝とシリウスの座を奪還した」って言ったんだよね……)

 これで国内の混乱は必至だ、と。

(元々混乱してたと思うけど、もっと酷くなるってこと?)

 今までも各地で暴動は起きていた。けれど、『反乱組織』の噂があって、反乱組織……つまり奪還軍に悪皇帝を倒してもらおうと、動かずにいた民衆も多かった。

 しかし、今回の発表で、皇家も奪還軍も信じられない人々が増えるのは分かる。それならばと、自ら立ち上がる団体もきっと多くなるだろう。

 皆がそれぞれ帝国を取り戻そう、と。領主を中心に軍とするか、民衆だけの党か。

 そして、恐らく外国も黙ってはいない。旨《うま》みがあると感じれば密かに武器や兵を送ることも……。或いは協力を名乗り出るか。

 

 

 ―――――

 

 

 緑龍城・軍議室にて。

 もうコソコソとしないで堂々と軍会議を行う奪還軍幹部たち。今までの幹部だけでなく、新たに軍団長や隊長も加えて、本格的に行う。要するに騎士が増えてもう賊軍の雰囲気は無くなっていた。

 おかげで居づらそうにするのは職人たちの代表イヴァンで、終始汗を掻いて下を向く。彼の細い眼は眠っているようにも見えて、何度もレオが注意をした。

「おい、イヴァン! 寝るな!」

「寝てないよ!!

 レオが睨むので言い直す。

「起きています! 軍総隊長!」

 そう返されても、どう見ても寝ていたので、レオはイヴァンを疑いの目で見た。

「じゃあ、今言っていた話を言ってみろ!」

「え!?

 渋々と、イヴァンは答えた。

「ええと……つまり、偽皇帝は真実を発表したんだろ? 自分がアルバートではないって。あと、……セイリオス? だって」

 畏《おそ》れ多くも皇帝への言葉づかいではなかったが、レオはやっと彼の無実を理解した。

「ああ、そうだ。悪かったな、眼をつむっていたんじゃなくて単に細かっただけか」

 これはこれで失敬である。

 レオはもう一度まとめた。

「セイリオスは、元第三皇妃・カタリナの長男だった。けれど、エニデール民にさらわれて行方不明になっていた」

 事件は皇家の面目《めんもく》もあり、また、帝位継承権問題もあったので公にはされずにいた。レオもそうだが、帝位継承権を持つ皇子は暗殺者等に狙われていたので、殺された可能性を否定できなく。

 その内に他の帝位継承権所有者関係の圧力もあって、皇子は病死とされてしまった。

 つまり、事件は、密偵と疑われた忍びを犠牲にうやむやにされる。

 

「酷い話じゃないか。あたしはそういう話、大嫌いだね」

 口に出したのは湖族の戦士代表のダリアで、隣に座るオネエ≠フロッサムも俯《うつむ》く。

「でも、セイリオス皇子もかわいそうだけど、それでシリウス様を逆恨みするなんて、ワタシ納得がいきません」

 まぁ、彼(?)の言う通り、“レオがすべてを奪った”という向こうの考えは逆恨みではある。レオは何も知らずに宮廷に入って、何も知らずに第三皇子となったのだから。

 シリウスの名だって、先に有力な皇子が居たなんて知るよしもない。戦場の栄光は実力で取ったものだし。

 

 けれど、憎しみはつけこまれて利用される。

 

 やがてセイリオスは皇家に復讐を誓い、いつかはシリウスの名を奪い返そうと、皇家の乗っ取りを計画しているエニデール民と手を組む。セイと名乗り、ウォルトの味方となった。

 レオは皆に説明を続ける。

「俺は知らなかったけど、多分シリウスとレナの婚約は子供の頃から決まっていたんだと思う。現にレナはそういうことを言っていたし」

 

 教会や聖皇とも繋がりもある名門貴族の娘・レナは、生まれた時から皇家へ嫁ぐ聖女として育てられた。元々相手はセイリオス皇子で、シリウスとレナとして神話を装いたかったのだろう。銀髪で青い瞳の彼女はまさにうってつけであった。

 けれど、セイリオスが居なくなり……シリウスの役目はレオに回ってくる。

 レオは自分から言ってシリウスの洗礼名を貰ったが、そもそも黒髪で青い瞳の皇子に与えられる予定だったからだ。

 

「つまり、レナは最初からアイツの嫁になる予定だった。それを知っていて、アイツは正体を隠してレナの付き人になった。こういうのはウォルト扮《ふん》するオーラムの力で実現したんだろう」

 オーラムは力のある司教だった。教会に縁《ゆかり》のある貴族の家に、従者を送るなんて造作もないこと。

 セイはレナの許《もと》へ行き、機が来るまで付き人として暮らした。そして……彼女のことを本気で好きになってしまったのは、ウォルトの計算だったのだろうか。

『自分の地位とシリウスの名を横取りした皇子は、愛する女性さえも奪おうとしている』と、セイの心にけしかける。

 

「アイツが俺を憎むのは当然のことだ」

 

 レオの言葉に息を呑む一同だったが、ダリアはやはり納得がいかないと首を傾《かし》げた。

「でも、筋違いだと思うねぇ。だって、発端はエニデール民がさらったからだろ? 恨むならそっちを恨めって話だよ」

 それにはショーンが口を挿《はさ》んだ。

「さらわれた時のセイはまだ子供で、本当に被害者だった。助けにきてくれない絶望から、犯人側に洗脳されたのは理解できる」

「……なるほど」

 納得したところで、心配事をバシルが口に出した。

「ところで、近衛隊はどうなるのでしょうか」

 皇帝を守る近衛隊が、実は自分らの主《あるじ》が別人だと知ったらどうするか。

「もしや、味方にすることが可能ではないか、と」

「う〜ん」と考えたショーンはたとえ話をする。

「そうだな。寝返ってこっちに来る奴もいるかもしれん」

 皆が喜んだのも束の間、軍師は続きを話した。

「でも、元蒼騎士聖剣部隊じゃない騎士は、相手が誰であれ今現在の皇帝に従うかもしれんし、宮廷内に身内の人質が居る連中も多いだろう」

 人質というのは、奉公《ほうこう》人という意味だが、要するに裏切ったら人質にされる可能性がある。

 近衛隊は近衛隊で、各人に事情があり、すぐにこちらの仲間になるのは難しい。

 

「真実だけでは、どうにもならんですな」

 レッドガルムが苦笑して言った。

 

 レオがシリウス宣言をして、相手が偽者だと認めても、簡単に元に戻るわけではない。

「その通りだよ、レッドガルム殿」

 ショーンも苦笑いして腕組みをした。

「結局俺たちは戦わなければならない。鳳凰城塞《ほうおうじょうさい》を拠点に、今度こそサイ城を奪還。但し、普通の攻城戦では駄目だ。都に住む大勢の人間を犠牲にはできない」

 更に、今後起こり得る各地の暴動等も予想して軍を動かすことになる。

 新しく軍議に出席している隊長が不安そうに訊ねた。

「その、鳳凰城塞は大丈夫なんでしょうか」

「大丈夫です!」

 きっぱりと答えたのはバシルだ。

「フェリクス殿……いや、クリスティナ殿下は兵をまとめているところでしょう。何の問題も無い」

 訊ねた隊長は「失礼いたしました」と引き下がる。

 また別の隊長が嬉しそうに発言した。

「鳳凰城塞の捕虜たちが全員味方になると百人力ですね!」

「もちろん!」

 それは前から計算していたことであり、軍師は得意げな顔をした。

「まぁまぁの大軍になるから、戦力としては期待できる。あと、他にもアテがあって……」

 ふと、カルロスたちのことを思い出した。

「そういやカルロス殿やタヤマ君はまだかな? タヤマ君に重要な頼み事をしていたんだがな」

 ちょうどショーンが心配した矢先、軍議室に報告が入った。

 

「報告します!! サン・ラーデの状況と出軍した隊の事ですが――」

 

 

 *

 

 一方、その頃……

 緑龍城よりずっと東にある都の宮廷では、数日前の皇帝による衝撃発表で今でも混乱が続いていた。

 皇帝というか、アルバート皇帝陛下ではなかったのだが。セイリオス皇子を支持する者・しない者、辞めてしまう者……。使用人たちは皇帝が誰であれ働いていたが、家臣や身分の高い奉公人は一時的に帰省してしまう者も多くいた。

 もちろん、皇族内でも混乱していて、話し合いが至る所でされる。

 宮廷内での反乱を恐れて、皇家の者は護衛が付きっきりで守った。

 十二歳である、クリスティナの妹は、見たこともない兄の生存事実と人質になった姉の心配で、二重に苦しみ泣いて過ごす。

 その、ずっと病気だった母・カタリナは息子が生きていた事実をまだ呑み込めず、気持ちの整理がつかない。

 実はセイは、レナの付き添いで宮廷に来ていた時も、クリスティナやカタリナには絶対に姿を見せないように行動していた。それでもクリスティナには遠くから見られたこともあったが気付かれず、ホッとしていたのだった。

 

 

 ウォルトの指示通り、厳重な警備の自室に閉じこもるセイの許へ、侍女に付き添われながら一人の女性がやってきた。

 それは皇后のレナであり、彼女は膨らみ始めていたお腹を大事そうに触る。

 ソファに座る、以前付き人だった男を見下ろして、侍女に伝えた

「陛下と大事な話があるので、二人だけにしていただけますか?」

 

 侍女は去り、部屋の中に二人きり。レナは静かに隣に腰掛ける。

 ふぅと息をついて彼に話しかけた。

「大分、無理をしていますね。……セイ」

 セイが俯いて黙っていると続けて話した。

「わたくしが、分からないとでもお思いですか?」

 それでも無言の夫に、レナは訊ねる。

「後悔しているの?」

 

「……後悔とは……」

 セイは呟くように答えた。

「貴女に偽ったことですか? 国民に偽ったこと? それとも、正体を話したことですか?」

 

「セイ……」

 

「すべて、後悔していません」

 冷たく、眼帯の男は告げる。

「僕は貴女が欲しかったし、アルバート皇子に成り変わりたかった。そして今度は、アルバート皇子を亡き者にして真のシリウスになりたいから」

 混乱した宮廷内でしばらくの間、閉じこもっていなければならないのは苦痛ではない、と。

「幻滅しましたか?」

 顔を上げてレナを見るセイ。

「いや……とっくに、幻滅していますよね。大怪我をして戻ってきた愛しいシリウスが僕だったと知った時。貴女は悟ったでしょう?」

 ずっと怖くて訊けなかったこと。

 

「後悔しているのはレナ様ですよね?」

 

 

 俯いてから、レナは静かに言った。

「わたくしは、セイだと分かって、貴方を受け入れました。……シリウスではなく、セイリオスでもなく、貴方を」

 彼女は時折お腹を触っては優しく撫でる。

「たまに動いているようです。内側から指で弾かれたような……その程度にしかまだ感じませんが」

 

 それ以上、レナは口を開くのをやめた。

 彼が泣いている気がするから。

 涙は流していないかもしれない。けれど、きっと泣いているのだろう、と。

 嬉しいのか……罪を感じているのか……

 

 後悔したことなど無いのに。

 

 自分の想いが彼に伝わっているかは分からないが、レナは黙って皇帝の部屋を後にした。

 

 

 *

 

 その頃。

 遠く離れた緑龍城の中庭では、女たちが洗濯をしながらお喋りも楽しんでいた。

 桶はいわゆる大きな桶で、兵たちの服を一気に洗ってしまう。城下にあるグリーン町は今復興作業中で、手伝っている兵たちの泥まみれな服が運ばれてくる。

 奪還軍の家政婦や町民の女性、緑龍城の使用人、それにクリスティナの侍女たちは皆で分担して掃除・洗濯・食事・差し入れ等……様々な仕事をやっていた。

 戦で緊迫しているわけでもないので、和気あいあいとした雰囲気の中、皆には笑顔が戻っていた。

 

 レオたちについてきた玲菜は、その中に混ざって洗濯を手伝う。幹部は軍議中だが、まだ噂は広まっていなく、たわいない話で盛り上がる。

 女性たちの一番の注目はやはりアルバート皇帝陛下で、本日も皇帝を見ただの、カッコイイだの、歩く姿が凛々しいだの……とにかく良い印象が飛び交う。

 何かと一緒にいるところを目撃されている玲菜は、どういう関係なのか詰め寄られていた。

「ねぇ、ねぇ! レイナちゃんはアルバート様とどういう関係?」

「え!?

 言ってもよいものか、迷う玲菜。

「えっと……」

「この前、二人で歩いているところを見たんだけど」

 すかさず、左手薬指の婚約指輪を見つける子も居る。

「あれ? その指輪って?」

「あ、あの……」

 つい後ずさりをすると、後ろに人が居てぶつかってしまった。

「あ! すみません」

 謝りながら振り向くと、立っていたのは背の高い男。

「……え?」

 その姿に、玲菜はびっくりしてしまった。

 

 茶色い前髪を少しだけ横に垂らしてあとは後ろに流した、割れ眉が特徴的な大男……

 

「カルロスさん!?

「ああ! やはりレイナさんだ! 後姿が似ているなと思って」

 嬉しそうに話すカルロスの横には、金髪おかっぱそばかす眼鏡の小柄な男が居て会釈をしてくる。

「タヤマさんもお久しぶりです!」

「お久しぶりです、レイナ様」

 確か彼らは、皇帝下の軍隊に包囲されそうなサン・ラーデ市に援軍に向かったのだとレオから聞いていた。

「良かった! 戻ってこられたんですね!」

 玲菜がそう言うとカルロスはあからさまに顔を赤くしてソワソワし始める。

「あ、ああ、ああ」

 一見、挙動不審者か。

「貴女に会えて嬉しいです!!

 なんと、大声でこんなことを言ってくるのはさすがバ……天然。

 しかし、当然周りの女性たちに丸聞こえで、まんまと玲菜は勘違いされてしまった。

 

「え? レイナちゃん、そちらの方は恋人? 薬指の指輪はその方に貰ったの?」

 

「えぇ!?

 玲菜は違うと否定しようとしたが、『恋人』と言われて舞い上がったカルロスが余計に皆を勘違いさせる。

「い、いや、俺は……私は、そんな、レイナさんとはそういう関係では……、いや、個人的には嬉しいが」

 照れて動揺しながら否定しても明らかに逆効果。

 続いて玲菜も「違う」と言ったが、誤解はそのままで話が流れてしまった。

 

 カルロスはレオに挨拶しに行くと言い、去ってしまって、女たちは仕事に戻る。

 玲菜はレオとのことをバラしていいのかも分からず、とりあえずカルロスとの疑惑の否定だけしてやり過ごした。

 

 

 

 そして……

 軍議室に着いたカルロスとタヤマは中に入って挨拶をする。

 実は先ほど到着について報告があったばかりであり、連絡が遅れたことを謝る。それに、いろいろとあって緑龍城へ向かったのが遅れたことも。

 但し、収穫……というか、ショーン軍師の頼み事は確かに実行したと、タヤマが報告した。

 自分たちだけが一足早く到着して、残りの軍隊は明後日にでも着くとの事も。

 更に、ここへ来る前に見たグリーン町の悲劇には心痛《しんつう》の想いであることと、すでにかなり復旧していることへの驚きも。

 

 すべての挨拶が終わって、レオが「ご苦労だった」と声を掛けると、彼らは自分たちに用意された席に着く。

 軍師が改めてサン・ラーデの話を訊いた。

「で、詳しく話してくれないか? サン・ラーデ市のことを」

「はい」

 カルロスだとうまくまとめて喋れないのでタヤマが説明を始める。

「我々がサン・ラーデ市にたどり着いた時、市はすでに偽皇帝の配下の軍に包囲されて必死な抵抗をしておりました――」

 

 

 領主《カルロス》が裏切り疑惑のあるサン・ラーデには、(偽)皇帝が管理下に置くために軍を派遣。

 包囲をされて市長に決断が迫られた。

 

 領主を差し出し、自由を得るか。……その場合、市民の潔白が証明されてからである。

 町全体を謀反《むほん》の町と認めて、正規軍と戦うか。……本格的な戦を覚悟する。

 無駄な抵抗はせずに管理下を受け入れるか。……普通に暮らせるが、規則が多くなり、町の出入りは自由ではなくなる。

 管理下を拒み、抵抗を続けるか。……謀反は認めないが、自由のために反対運動を起こす。時に小規模な戦闘にはなり得る。

 

 ちなみに領主を差し出すというのは、カルロスが姿を現さないために、実際には差し出せないのだが、完全に裏切ることを意味する。

 

 そして、市民及び市長は、最後の『管理下を拒み、抵抗を続ける』を選択する。

 

 

「――サン・ラーデ市にはそれなりの抵抗できる備えが元々にありましたので」

 市民は古い城壁を守り、皇帝配下の軍と交渉。なんとか管理下にさせないように粘ったのだという。

 但し、段々と武力行使に及び始める皇帝配下の軍。

 守備隊と市民は力を合わせて抵抗したが、やがては圧されて危機が迫る。

「そこに現れたのが……」

 タヤマの言葉に、「貴殿らの軍か」とショーンが言ったが、カルロスは首を振った。

「いいえ、我々はまだ到着していませんでした」

 では、誰が現れたのかと、一同は疑問に思う。

 

 タヤマは言い難そうに口を開いた。

「要するに、賊といいますか……軍隊ではなく、集団みたいなものですが、連中は恐ろしく有効な武器を大量に持っておりました」

 

「ああ!」

 察したのはショーンだ。

「アイツらか! 仲間にする前に向こうから来るとはな!」

「さようでございます。ショーン様が、『仲間にするよう』私に頼んできた連中です」と、タヤマは頷いた。

「こちらが探す前に、ショーン様の言っていた通りサン・ラーデにやってきていたようです」

 

 二人の会話に皆は分からなく、首を捻《ひね》る。

 それもそのはず、彼らのことは一部しか知らない。まして、仲間にしようと考えること自体があり得ないことであって、軍師の神経の図太さが窺《うかが》える。

「良かった! さっきも収穫はあったって言ってたもんな。手駒《てごま》は多いに限る」

 平然と人格を疑う発言をする軍師に、タヤマは震えた声を出した。

「手駒……ですか」

「いや、仲間!」

 今更言い直しても遅い。

 ショーンはタヤマの話の続きを予想でまとめた。

「つまり、連中の登場のおかげで、サン・ラーデは持ちこたえて、そこに貴殿の軍が到着したのか?」

「そうです!」

 タヤマとカルロスは同時に返事をした。後はカルロスが話す。

「我々の軍が到着して、正規軍と少し戦闘をしました。奴らは恐れをなして逃げ出し……」

 誇張《こちょう》された表現に、タヤマは冷静なつっこみを入れる。

「恐らく、鳳凰城塞での決着の通達が向こうに伝わったのでしょう。奪還軍の勝利、と――」

 皇帝配下の軍は慌てて引き返していったのだという。

「我々にも伝わり、サン・ラーデは無事死守したので、私たちは帰還することにしました」

 カルロスの軍は一度鳳凰城塞に戻っていって、途中で緑龍城の話を聞いたので方向を変えた。

 遅くなった理由はそれだけでなく……

 タヤマは改めてショーンに告げる。

「ショーン様、“連中”を仲間にして、連れてきました。連中は軍隊よりも早く、間も無く到着すると思われます」

 

 果たして『連中』とは一体何者なのか。

 賊の集団らしいが、武器を大量に持ち、カルロスたちが到着する前に自らサン・ラーデを助けたのだという。

 ショーンは、彼らがサン・ラーデ市に向かったのは予期していた。

 慈善《じぜん》の集団でも無さそうだが。

 

「その集団とは、一体……」

 恐る恐るバシルが訊ねると、ショーンはニッと笑って答えた。

「バシル殿は知らないよ。知っているのは俺と朱音さんとタヤマ君とカルロス殿。あと、もしかしたらもう一集団居るかな? そっちはレオも知っているか」

「居ます! 合流しています! もう一集団というか、細かくはもう二集団」

 タヤマの報告に、「へぇ」と嬉しそうにするショーン。

「じゃあ、彼らも。そいつは賑やかになるなぁ」

「なんでも、一緒にアスールスから逃げたそうなので」

 アスールスという言葉で、「え?」と反応するレオ。それにイヴァン。

 レオはようやく察して顔をしかめた。

「まさかと思うが……海賊じゃねぇよな?」

 

「ビンゴォ!!

 

 軍師の、聞いたこともない正解の言い方にビクッとする一同。

「び、びんご?」

 レオは首を傾げたが、同時に正解だったことに眉をひそめた。

「え? 海賊かよ!? あの海賊!? なんで連中が……」

「海賊だけでなく、海族《うみぞく》もだろ。あと、マフィア……じゃなくて、要するに盗賊もか?」

 それは、管理下に堕ちる前のアスールス港町で出会った連中。

 海族は違うが、どことなく裏社会のニオイのする集団であり、笑って話すショーンからは何か妙な暗黒街さが溢れ出ていた。


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