創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第六話:一緒の部屋]

 

 車を隠すのはもうお手の物で。というか、よく同じ場所を使っているのかショーンは町の近くの丘風な場所の洞穴に車を入れた。忘れずに充電のプラグを内蔵コンセントに差し込み、トランクにしまっていたカバーを出して被せて、更に近くにある枯草などで目隠しをする。

「さーて、行くか」

 目の前の割と大きな町を指してショーンは二人に促すが、二人は険悪なムードになっていたので無言で頷く。

 ショーンとレオは茶色いマントを被り、玲菜も寒かったので黒いローブを上から被った。

 一瞬、怪しい一行だと思われやしないかと玲菜は思ったが、茶色いマントは旅人がよく被っているので平気らしい。

 舗装されていない道は途中から石畳に変わり、大きな町は壁に囲まれていることも多いが、この町を囲っている壁は古く壊れていた。

「ここは結構古い町でさ。近くに河があるから、昔から栄えていたんだな。地下じゃなくてそこから水を引き入れている」

 ショーンは町を見ながら説明した。

「しかも、水道の技術が優れている」

 町には水路や水車があり、水が綺麗そうだ。

 石造りの古い家々が建ち並んで、一階は石、二階は木造といった珍しい様式の家々も。よく見ると古く崩れている壁を直している職人たちも。

「こういう町は人がよく集まるからさ……」

 ショーンは意味ありげにレオの方を見て含み笑いをした。玲菜はその時は意味が分からなかったが、あとで分かることになる。

 

 

 それは、夕食をとるために外を歩いていた時。

 何気なく見た壁の張り紙に目を疑って立ち止まった。

「何止まってんだ、玲菜? 行くぞ」

 ショーンは首を傾げながら戻ってきて、レオも張り紙を見て思わず噴き出した。

 それはお尋ね者の似顔絵だったから。

 反逆者首謀と書かれたその顔は、黒い髪に青い瞳のまるでレオにそっくりだった。まぁ、若干目つきが悪すぎたが。傷はなく、髪が長くもなく、どちらかというと二年前の雰囲気。

「な、何笑ってんの?」

 自分が指名手配にされているのに、動じずに笑うレオを見て玲菜は不安そうに訊いた。

「連中は反乱組織の首領が俺だと分かっているのに、顔が昔のままだろ? しかも似ていない」

 生死問わずの賞金首にされているらしく、多額の賞金まで懸けられている。

「つまり、俺の行方を全く把握できていないってことだ。顔すら見ていない」

 そう言われても、玲菜は周りの目を気にした。

 レオを逃がしたことで、連中は彼が反乱軍のリーダーだと勘付いているはずで。ただ、現状や居場所は見つかっていないが。

(こんな張り紙とかある近くに居て、バレたらどうすんの?)

 まさかの犯罪者で賞金首扱いに玲菜は体が震えた。いくら長髪や顔の傷で見た目が変わっていても、彼は全く顔を隠さずに歩いている。

(シリウスに似ているって時点でバレるんじゃないの? 平気なの?)

 心情を察したのか、ショーンが言った。

「大丈夫だよ、玲菜。だからこういう大きな町に泊まるんだから。小さな集落だと注目されて危険だけど、こういう所なら誰も見向きもしない」

「そ、そうなの」

 不安ながら返事をする玲菜に、ショーンは念の為付け加えた。

「俺は指名手配にはなっていないよ。連中はもしかしたら気付いているけど、今のところ“ショーン”は死んだと思われている。都の“上”やレナの聖地みたいな場所ではさすがに顔を隠すけどな」

「レナの聖地」

 言われた言葉で玲菜は気付いた。その心をショーンが確かめるように告げる。

「そう。だから、レナの聖地へは俺しか迎えに行けなかった。レオが行くには危険すぎたから。元々あそこは立ち入り禁止だし、ただ、衛兵は俺の顔を見てもこっそり通してくれたけどな」

 あの時の衛兵との不審なやり取りはそういうことだ。

(レオは、シリウスじゃなくて反乱軍のリーダーとして指名手配になっているの?)

 シリウスは皇帝として城に居るので、レオこそが“似ている別人”扱いなのか。しかも恐らく二年前の襲撃事件も砂狼団と一緒に罪を被せられている。

 

 要するに、レオ(名前は知れ渡っていないかもしれないが)とレッドガルムが共謀して砂狼団を率いて即位式を襲撃、その後皇帝に反逆する組織――反乱軍になった、とされているのか。

 

 そしてもしかするとレオはもう自分の名を隠していない。本来秘密だったのに。

「シリウス」でも「アルバート」でもなく、『レオ』と名乗っているのだ。堂々と。

 我こそが本物の皇帝だ、とは名乗らずに。

(レオはそれでいいの? 皇帝の身分も、英雄の称号も取られちゃって)

 玲菜はレオの顔を見た。

 彼が反乱組織をやっているのはもしかすると、取られた物を取り返すために?

(ショーンとレッドガルムさんが始めたって言ってたけど、でもレオがリーダーになったんだ? どうして?)

 じっと見ていると、レオは恥ずかしそうに眉をひそめる。

「なんだよ? 何か言いたいなら言えよ」

 心配していたのに。険悪ムードがあったせいか言葉が冷たい気がする。

 だからか。

「どうして?」

 玲菜はつい強い口調で言い返してしまった。

 まるで『どうして言わなきゃならないの?』と訊いたみたいに。

 本当は『どうしてリーダーになったの?』の方だったのに。

 多分、彼は勘違いしてしまう。と思った矢先に案の定、彼は前者に捉えた。

「別に、言いたくねーんだったら言わなくてもいいけど」

 ムスッとしながら。

「そうじゃないよ!」

 捉えた意味が違う。玲菜はそう伝えたかったのにうまく言えなくてまた違う風に返してしまった。

「なんでそういうこと言うの?」

「だってお前は、言いたいことをはっきり言わないことが多いからさ」

 話は逸れて、欠点指摘までされる始末。

「違うよ! 私は確かにそういうところがあるけど。そうじゃなくて、話が違うもん」

「話が?」

 通じていないレオに、腹が立つ玲菜。

「レオはどうしてそうやって……」

 言葉が詰まり、泣きそうになってしまったので会話を打ち切った。

「もういいよ!」

 

 ショーンが呆れた目でこちらを見る。

「お前ら、また喧嘩してんのか?」

 玲菜は涙ぐみ、レオは言い訳する。

「俺は別に、そんなつもりは……」

「レオ、お前、あんなに毎日『玲菜に会いたい』って言ってたのに、叶った途端にそれでどうすんだよ」

「え?」

 俯いていた玲菜が顔を上げて彼を見ると、彼は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。

「俺にもわかんねーよ!」

 そうだ。玲菜だって彼と喧嘩なんかしたくない。

 どうしてこうなってしまったのか。

 本当はどちらかが謝れば仲直りできるはずなのに。

 お互いにその言葉が出ずに、ショーンが歩き出したのでまたついていく。

 妙な雰囲気のまま三人は食事をとり、寝るための宿を取って部屋に入った。それは三人一つの部屋で。今までなら玲菜に配慮して二部屋取っていたのに、ショーンなりの心境の変化かと思いきや、ただ単に二部屋取れなかったからだという。

 レオと気まずくて落ち込んでいる玲菜にショーンは話す。

「別に寝るだけだから、一緒の部屋でもいいだろ? っていうか、ホラ、俺たち家族じゃないか」

「……うん」

 一緒に住んでいたので家族ではあるし、本当の家族でもある。今は妙な感じではあるが。

 まぁ、湯船は無いがバスルームがある部屋だし、着替えはそこですればいいか。今まで一緒に暮らしていても三人で同じ部屋に寝るというのはもしかすると初めてかもしれない。

 ただ、今はとにかく気まずさが多い。ショーンに対してもレオに対しても。

 玲菜は荷物を置き、端のベッドに座ってため息をついた。

(何この状況)

 正直、一人の部屋が良かった。明日の朝ならば気持ちも落ち着いてもう少し状態が良くなっていたかもしれないのに。こんな憂鬱に夜を過ごさなければならないなんて。

 ショーンは何食わぬ顔で自分が真ん中のベッドに着き、レオは仕方なしにその隣に着いた。

 

 まず初めに玲菜がバスルームを使い。風呂と着替えを済ませて。次に朝風呂を叱られたレオが渋々風呂に入る。最後にショーンがバスルームに入った時、部屋では当然二人きりになったわけだが、レオはベッドで布団を被っていて玲菜は自分の荷物の整頓を行っていた。

 玲菜の荷物というのは、元の世界から慌てて持ってきた鞄の他に、ショーンが車のトランクに入れておいた玲菜用の旅行鞄がある。というのは、彼が迎えに来る際に本拠地の女性に用意してもらったらしく、中身は女物の服やその他がしっかり入っているありがたい物。その中に、昔着ていた服などは無く、原因は二年間家に帰れていないからなのだという。

 先ほども言ったように、都の“上”には入れないらしく、要するにショーンの家は放置されている。

 思い出の詰まったあの家に帰れないなんて寂しすぎる。

 そんなことを考えながら、玲菜は自分が持ってきた方の鞄を開けると、そこに入っていたCDが目に飛び込んでハッとする。

(あ、そうか! CD持ってきたんだった)

 忘れていた。

 元々父や母から貰った古いCDで……古いといっても、自分が子供の頃の物らしいのでそこまで古くはないか。

(これ、明日車で流したらショーン喜ぶんじゃない?)

 とっさに自分のために持ってきた物だったが、当然父であるショーンの好きなアーティストのCDでもある事実。

 しかも、偶然にも今車に入っているCDと同じアーティストのCDもあり。

(もしかして、レオも喜ぶかも?)

 同アーティストのCDをかければ恐らく。

(あれ? っていうかさ……)

 そして今、また新たな発覚があった。

(今、車で流れているCDの曲、ショーンってば、最初から知ってた?)

 言うなれば彼の好きなアーティストのCDだったということで。可能性は十分にある。

(いや、可能性じゃなくて、絶対そうだよ! 知ってたよ)

 車にCDを見つけて、懐かしかったのは自分だけではなかったのだ。いや、それどころか好きなアーティストだったので嬉しかったはずだ。

(実は嬉しかったんだ? そういう素振りあったかなぁ?)

 さすがに憶えていない。

 

 そんなことを思っていると、バスルームからショーンが出てきて。

 玲菜は慌ててCDを鞄の中に隠した。

(明日出して驚かせよう)

 きっと喜ぶ。

(だって、元々はお父さんやお母さんが好きなCDだったんだから。私も洗脳されて好きだったけど)

 彼らにとっては二十代の頃の曲。年代でいうと90年代。当時流行ったというか、当時から人気があったというのが正しいか。

 なんだかショーンの反応が楽しみで口元が緩む玲菜に、本人が不思議そうな顔をしてきた。

「ん? どうした? 玲菜。なんだか楽しそうだな」

「う、うん」

 ああ、今すぐ言いたいがそれだと面白さが半減するので我慢だ。

「あ、私もう寝る!」

 着替えなどを確認した玲菜は、一先ず安心したので眠ることにした。

「ああ、おやすみ」

「うん。おやすみ」

 隣の隣のベッドで寝ているレオは挨拶もくれない。……というか、もう寝てしまったか。

(結局仲直りしてないし)

 玲菜は落ち込んだが、もしかすると朝になればこのムードも解消すると思い、横になって布団を被る。

 しばらく彼のことを考えて、左手薬指の婚約指輪を見つめてからやがて眠りに就いた。

 

 次に目を覚ますのは深夜、ショーンが寝静まってからだ。

 

 

 

 最初。なぜかショーンとレオと三人でカラオケに行く夢を見ていた。レオの姿は二年前の姿で、違和感なくマイクを持っている。しかも、彼と、曲名は分からないがデュエットをしようとしたところで――

 目が覚めた。

 ぼんやりと目を開けて、また眠ろうと目を閉じたが。

 ふと、目の前に誰か居た気がして。

 そんなわけないと、我に返りまた目を開ける。

 途端、夢の中とは見た目の少し違うレオの顔が見えて、思わず叫びそうになったところで口を塞がれた。

「静かにしろよ、オヤジが起きる」

 小声の持てる最大の声で彼は言う。

「ん……?」

 状況が掴めない。

(何これ?)

 彼は隣の隣のベッドで眠っていたはずで。なぜ目の前に……というか、自分の上に、布団を被って居るのか。つまり自分の布団の中に一緒に居るのか。分からなくて。

 玲菜が混乱していると、レオは恥ずかしそうにボソッと告げた。

「……ごめん」

(え?)

「いろいろと言い過ぎた」

(レオ……)

 多分彼は謝ろうとして。ただ――

(なんで私の上に乗っかっているの!?

 体勢がもう……夜這い風ではあるし、布団を頭から被っている状態なのはショーンに見つからないためなのか? だが、無駄な対策ではある。

 玲菜は自分の口から手が外されると急いで頷いた。自分も小声で返す。

「うん。私の方こそごめん」

 彼の顔は近付き、キスを迫ってくる。

 玲菜は被っている布団のせいで外が見えなくて慌てた。

(え? ショーンは寝ているの? 寝てるんだよね?)

 こんな状況、隣で寝ているショーンにバレたら……。

 そう心配する間で唇が触れてきて、玲菜の顔と体は熱くなった。熱くて声が漏れそうになる。というか、長いキスだったのでつい声が小さく漏れてしまった。

 だからか。

 レオの気持ちは盛り上がってしまい、そのまま首筋へと唇を移動させる。

「あっ……!」

 しまった。うっかり変な声出した。

 玲菜は目をギュッとつむって顔を真っ赤にしながら慌てて彼を抑えた。

「ダメだよ」

 注意しても彼の口づけは止まらず、玲菜もゾクゾクするのが止まらない。

「だっ……だめだってば!」

 なるべく小さな声で言っているのに途中、言葉ではない声が漏れてしまう。その度に彼の行為をエスカレートさせるので止めるどころではなくなる。

「レオ! 隣にショーンが……!」

「わかってる」

 なんと。彼自身も自制しようと本能と戦っていた。

「わかってるよ」

 そう言いながら、キスは止まらないし手だって動いてしまう。どうしても柔らかい部分を触りたい衝動が抑えられない。ついつい胸元のボタンを外して中に手を忍ばせてしまう。

「レオ……待っ!」

「レイナ」

 彼は切羽詰まった表情をした。

「俺はもう、無理」

「え?」

「お前は?」

 耳元で言われるのは弱い。

「そ、そんなこと言ったって」

 玲菜もかなり高揚していたが、だからと言って横にショーンが居るのを忘れてはいけない。

「無理だよ」

「お前も無理か?」

 恐らく彼の『無理』は我慢できない的な意味で、玲菜の『無理』とは違う。

「え? 違っ! 私の無理は、……できないって意味」

 最後の言葉は声が小さすぎて聞こえなかったかもしれない。

「レイナ」

 彼は困ったように言った。

「じゃあ、手を離せよ」

「……え?」

「お前にそうされると、俺は理性が吹っ飛びそうになるから」

 玲菜の両手はレオの背中にあり、無意識に腕を回していた、と。

 気付いた玲菜は、動揺して声を上げそうになったが辛うじて抑える。

「あ、あ、私……」

 恥ずかしくて顔が熱すぎて死ぬ。そっと手を離そうとすると、その前にレオが訴えた。

「待て。やっぱ離すな」

「どっちなの?」

 

 少し考えてから、レオは答えた。

「お前の、好きなように」

 そんなこと言われても困る。

 本当は離した方がいいのは分かる。これ以上はまずいから。

 でも……

 レオは悩む玲菜の耳元の髪を掻き上げ、頬にキスをして囁く。

「俺だって止めた方がいいのは分かってる。ただ、お前の本音を知りたい」

 そんなこと訊くなんて反則だ。

「本音だけ?」

「え?」

「私が本音教えたら……もうお終いにするんだよ?」

 これは玲菜なりの自制。

 自分の気持ちも、彼の行動も抑えなければ。そう心に決めて出した言葉。

 

 レオは一度悩んで、しかし彼女の本音を知りたい欲求に駆られて頷く。

「分かったよ。教えろよ」

 彼の真剣な瞳に、玲菜は怖気付きそうになったが。意を決して口を開いた。

「あ、私は……私の本音は」

 背中に回した腕をギュッと締めて彼を引き寄せる。目をつむり、耳元で想いを囁いた。

「こうしていたい」

 

 ……彼の反応が無い。

「レオ?」

 

 じっとしているので、まさか寝てしまったのではないかと焦ったが、レオの手は動き、彼も玲菜の背中に腕を回してくる。

「俺もだ」

 そのまましばらくその状態でいる二人。

 こういう時の温かさと幸せ感は半端なく、「もう少しだけ」と気を緩ませる。

 

 危うく心地好さで眠ってしまいそうになったところで、隣のベッドから寝返りをうつ音が聞こえた。

(ああ!)

 我に返り、目を開けた二人はようやく少し離れて。名残惜しくキスをした。

「戻る」

 レオはそれだけ呟くと上体を起こして静かにベッドから降りる。忍び足で部屋を歩いて、自分のベッドに戻っていった。

 その様子を、布団から顔を出した玲菜がそっと確認して。ついでにショーンが起きていないかも確認して。「はぁ」とため息をついてから目を閉じる。

 気分が盛り上がっていたために中々寝つけなかったがじっとしているとやがては眠りに就き。

 夜は過ぎていった。

 

 

 ―――――

 

 そして朝になり。

 気持ちよく目覚めた玲菜は朝の心地良さとは裏腹の、室内の曇った空気に気付いてその方を見る。

 もう身支度を済ませて地図を確認するショーンと、まだ起きたばかりで布団を被りつつ髪がボサボサなレオ。

 ショーンはなぜか不機嫌そうだしレオは気まずそうだ。

(何この雰囲気?)

 玲菜は一先ず髪だけを少し整えて、サイドテーブルに置いておいた着替えを持つと、バスルームで着替えるために上体を起こしたが、その姿を見たレオが慌てて無言で何かを目で訴える。しかもショーンをやけに気にしている様子。

(何?)

 彼の視線を辿って下を見た玲菜は、自分の格好に仰天してすぐに布団を被った。

 直後、ショーンは玲菜の起床に気付いて顔を上げる。

「ん? 玲菜も起きたか?」

 起きてすぐに布団に潜り込んだ娘に呆れ返る。

「なんだよ。二度寝している暇は無いぞ」

「うん! 寝てないよ」

 答えながら慌てて寝間着のボタンを閉め直す玲菜。昨夜彼が外したままだったから下着が見えていて。それよりも勝手に取れる訳は無いので何かを疑われてしまう。

 布団を被る彼女の様子を心配しながら、レオは着替えと歯ブラシを持って立ち上がった。

「あ、俺、先に洗面所使わせてもらうからな」

「うん」

 布団の中からの返事を確認した後、バスルームに入るレオと、その後布団から出る玲菜。こちらを向いたショーンと目が合うと恥ずかしそうに布団で体を隠してレオが出てくるのを待つ。

 ショーンは気恥ずかしそうに頭を掻いて、地図を眺めながらテーブルにある煙草に手を伸ばした。二年前ならそのまま煙草を吸い始めるが、なぜか玲菜に確認を取ってきた。

「吸ってもいいか?」

「なんで? いつも勝手に吸ってるじゃん。訊かなくてもいいよ」

 玲菜は別に煙草が嫌いとかではない。ただ、父は吸っていなくて。

 火を点けるショーンに、玲菜はつっこんでしまった。

「お父さん吸ってなかったよ?」

 途端にむせこむショーン。

「だ、大丈夫?」

 心配する玲菜に手を向けて、落ち着いてから煙草を手に持ち、答えた。

「お母さんが妊娠してから、禁煙したから」

「え?」

「元々向こうの煙草は合わなくて。ただ、こっちに戻ってきたらまた手が伸びちゃったけどな」

「私のために?」

 玲菜はおずおずと訊いた。

「私のために煙草をやめたの?」

「ん? うーん。お前と、お母さんのために」

 その答えに、不覚にもじーんとしてしまった玲菜は礼を言う。

「ありがとう」

「ああ」

 ショーンはほとんど吸っていないのに煙草の火を消した。

「え! どうして消しちゃうの? まだ全然……」

「もしも、孫ができていた時のために」

 この時、初めて玲菜はショーンが不機嫌でレオが気まずそうだった理由が分かった。

「で、できてないよ!!

 こんな言い訳、ショーンにしたくない。

(もしかして、昨日起きてた? 違うよね?)

 こんな質問もできないし。

「わ、私たちは別に、そんな……」

 そんな……なんだ? そんな行為はしていないなんて言えない。もちろん昨日はしていないが。

(でも、何回もってわけじゃ……。数の問題じゃないけど)

 言うなれば、邪魔されることが多いので。まだ本当に少ない。

 そんなことを考えた玲菜は顔が火照ってまた布団の中に潜り込んだ。そして中から言い訳を訴える。

「そんなんじゃないよ?」

 涙目で。

「え? いや、お父さんは別に」

 ショーンまで焦りながら話す。

「だってお前ら婚約しただろ? だから。……“レオ君”のことは認めているし」

 玲菜にとってはつい先日だが、ショーンにとっては十二年前か? 『婚約者のレオ君』の話をした記憶が甦る。

「でも、あの時“レオ君”のことは知らなかったでしょ?」

「そりゃそうだよ。どんな男だ? って正直思ったけど、今はもう“レオ君”のことをよく知っている」

 

 ちょうどその時、バスルームからレオ君が出てきて。

 二人の会話の中に、頻繁に“君付け”の自分の名が出ていたのを不審に思う。

「なんだよ? 俺の話?」

 一方、布団の中に入っている玲菜にショーンが促す。

「ホラ玲菜、“レオ君”が出てきたから空いたぞ、バスルーム」

「なんだよレオ君って」

 レオは疑問を感じて、布団の中の玲菜は「わかってる」と返事した。そして改めて着替えを持ち、布団から出ると走ってバスルームへ向かう。

 入り際に泣きそうな声で一言告げた。

 

「ショーンはそんな人じゃなかったのに!」

 

 大きな音を立ててドアを閉めて。

 びっくりしながらレオはショーンとバスルームの扉を見た。

「なんだ? どうした?」

(あれ?)

 今、信じられないものが目に映っておじさんを二度見する。

 そこにあったのは、娘から言われた言葉がショックすぎて止まっているショーンの姿。

「オヤジ?」

 レオが声を掛けると「ああ」と力無く返事をしてまた煙草に手を伸ばした。

 それから娘が出てくるまで落ち込んだように黙々と煙草を吸っていた。


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