創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第六十話:むさ臭いおやじ集結]

 

 それは、カルロスたちが帰って来てから大雑把な説明も終わり、更にしばらく経った後だった。

 彼らが連れてきた連中の詳しい説明はちゃんと済んでいなかったが、軍議も長引いてきたので一旦休憩を取る。

 皆が茶を飲み、続きは夜にするか明日にするかと考えていた頃。

「申し上げます!」と一人の兵が入ってきた。

 

「只今、グリーン町の門付近にて、軍には満たずとも賊にしては大きな集団がやってきて、兵たちと揉めています!」

 連中は『緑龍城に用がある』と言い張っているらしく、しかし見るからに怪しい身なりな為に警備兵が止めた様子。小競《こぜ》り合いが起きそうになっているとの事。

『その集団』に覚えのあるカルロスとタヤマは顔を見合わせて、タヤマが頭を押さえた。

「だから、せめて町人風の格好にしてくれと言ったのに。奴らですね、きっと」

 察したショーンがニッと笑った。

「ああ、来たか」

「先ほど仰《おっしゃ》っていた連中のことですかな?」

 茶を置いてバシルが訊ねると、「そうだ」と頷《うなず》く。

「海族《うみぞく》と海賊と犯罪組織の集団」

 海族はいいとしても、なんとも物騒な集団だ。

 タヤマは立ち上がった。

「直《ただ》ちに向かって連れてきます!」

 慌ててカルロスも立ち上がった。

「私も! タヤマと行ってまいります」

 そうして、二人で急いで軍議室を後にする。

 

 

 やがて……

 外はすっかり夜になった頃。

 ガヤガヤと騒がしい連中が、カルロスたちに連れられて軍議室までやってきた。

 それは、明らかに城とは無縁の汚らしいおっさんたち。男臭くてオヤジ臭くておまけに加齢臭も酷い。何日も体を洗っていない臭いもするし、酒臭くもあるし、要するに総じて臭い。あと、むさ苦しい。

 つまり、むさ臭い。

 そんな連中が立派な壁や天井を見回して「すげぇ」と驚いたり喜んだり、隙あらば金目の物をくすねようとする。

 緑龍城の使用人の中には賊の侵入かと思い、悲鳴を上げてしまう者も居た。

 

 ただ、奪還軍には元砂賊を初めとした荒っぽい連中も多々居たので、軍議室に来ても幹部たちはあまり驚かず。

 しかし、軍総隊長は頭を押さえてため息をついた。

「……本当に、奴らじゃねーか」

 アスールス港町で会った、海族に海賊。犯罪組織の連中には自分は会わなかったが、話に聞いた。

 武器等を調達するために変装して会ったが、もう二度と会わないと思っていたのに。

 

 一方、連中は、ショーンやフルド、朱音……それよりも、堂々と座るレオにびっくりして駆け寄った。

「おおお!! 色男!! お前、異国の海族じゃなかったんだってな!」

 これは海賊らであって、異国の海族だと思っていた若者が、まさか反乱組織のリーダー本人だったとは……というか、実は皇帝だったとは、驚きすぎて逆に畏《おそ》れ多くも馴れ馴れしくしてしまう。

 同じように海族も、そして、レオの顔は見ていないがショーンたちの事実に驚いた犯罪組織の連中も駆け寄った。

 

 すぐに護衛に入ったのは黒竜と朱音。

 フルドも前に立ち、更に巨漢のバシルとレッドガルムが立ち塞がった。

 大騒ぎになる軍議室に慌てるバシルたち。

 イヴァンは怯えていたし、新しい幹部たちは戸惑う。室内は大混乱に陥《おちい》って、どさくさに紛れたロッサムがレオをベタベタと触った。

 

「し、静まれ〜〜〜〜!! 静まれ〜〜〜〜い!!

 なんとか、ショーンが頑張って怒鳴っても声はかき消される。

 ショーン自身も犯罪組織の連中から質問攻めに遭い、黙らすのが困難。

 

 ある物に気付いて閃《ひらめ》いた朱音は、護衛を少しの間、黒竜に任せて、“それ”を手に持つ一人の海賊の許《もと》へ奪い取りに行った。

 ――その、奪い取った物とは……

 

「痛ぇっ!!

 

「うわぁっ!!

 

 突然、野郎たちの叫び声と「スパーンッ!!」と打ち付ける音が聞こえる。

 ロープのような長い紐を打ちつけて操るのは朱音であり、つまり持っているのは鞭《むち》。

 ピシッと響く音と共に数人の男たちの悲鳴が聞こえて、皆は静まっていった。

 朱音は床にも思いきり鞭を打ちつけて、静かになった瞬間に言い放った。

「陛下の御前よ!! 黙りなさい! 次、打たれたいのは誰!?

 

 ……あんなにざわついていた軍議室が一気に静まり返る。

 一部の野郎どもはむしろ打たれたそうにして、実際に打たれた輩《やから》も、もう一度打ってほしそうな目で朱音を見る。

 朱音は彼らをキッと睨みつけて皆に言った。

「それと、もっと態度も口も慎みなさい。本来はアナタたち下賤《げせん》な者が口を利いてもらえるような方ではないのだから」

 さすがに、(曲がりなりにも仲間になる連中に)言い過ぎではないかとショーンは思ったが、賊たちは怒るどころか妙な興奮を覚えているよう。

 幹部の騎士たちも少々怯えて、黒竜は元相棒の鞭さばきに「どこで覚えたのか」と頭を抱えた。

 

 

 皆が静まったところで、ようやく軍総隊長は口を開く。

「えーっと」

 とりあえず、未だにベタベタ触ってきていたロッサムを退かしてダリアに引き取らせ、改めた。

「よく来たな。賊共……いや、諸君ら」

 感情が無さ過ぎたので言い直す。

「ようこそ? 奪還軍へ」

 どうも挨拶は面倒だ。

「先日は、世話になったな。正体を隠していてすまなかった。……こういう訳だ」

 

 あまりに決まらなくて、ショーンが言い直した。

「そう、つまり、集まってくれた諸君、先日は正体を隠していたが、ここに居るのは奪還軍の軍総隊長であり、アマテラス帝国の真の皇帝、アルバート・レオ・シリウス・スサノオ陛下である」

 レオの名はもう隠さない事にする。

「君らを呼んだのは、俺だ。一応、参謀を担当しているショーン」

 

「軍師のショーン!?

 誰かが叫んだ。

「ショーンって、シリウス軍の名軍師とかいうショーン? 死んだって噂だったぞ」

 またざわめきそうになったところを静まらせて、軍師は続きを話した。

「噂は嘘だ。要するに、ここに来る前に説明を受けたと思うが……」

「皇帝は偽者で、反乱組織の首領をやっていたのが本物ってわけか」

 言ったのは犯罪組織の首領。五十代後半くらいで、油とシワの多い顔に黒い口髭を生やす、肥えた男。名を、ブラックという。

 横には彼の護衛らしき男や色っぽい女も。

 ブラックはショーンを見て、フッとほくそ笑んだ。

「よくもまぁ、騙してくれたよ。『“反乱軍”に密売してがっぽり儲けよう』なんて」

「でも、実際、儲かったろ?」

 ショーンが訊ねると、「ああ」と頷く。

「そうだ。だから、更に儲けたくてサン・ラーデに行っちゃったじゃねーか」

 ショーンたちが扮《ふん》していたのはサン・ラーデ市の犯罪者組織となっていた。だから彼らは味をしめてサン・ラーデに来るだろうと予想していた。

 そこでタヤマに、サン・ラーデで彼らに会ったら仲間にして連れてくるように、と。

 まさか一緒に海賊や海族まで来るとは思わなかった。

 そもそも、アスールスは皇帝の管理下に落ちたので出入りは不可能。

 

 ただ、軍が来る前に予測していたのが海賊の頭・ピーターである。

 六十代くらいで白髪の男は、シワやシミ、傷が妙に貫禄を感じる。おまけに海賊特有の日に焼けた黒い肌。

 相変わらずの無精ひげに歯の抜けた口でニヤッと笑い、やけにしゃがれた声を出した。

「おれらは軍に囲まれる前に、海族の連中と海から逃げようとしたんだがな、偶然ブラックと合流したんだよ」

 なんと、ブラックとピーターは知り合いだったらしい。さすがは犯罪者同士というべきか。裏で繋がっていたのは不自然ではない。

 そして、元海族の出身が多かった海賊と海族が一緒に逃げたのも納得のいく話。

 意見が合い、皆でサン・ラーデに向かったのだという。

 

 意見というのはつまり『反乱軍(奪還軍)で儲ける』という事であり、サン・ラーデ市に居ると思われたアルフォンス(ショーン)たちが捕まったら大事なツテが無くなってしまう。

 彼らは皇帝配下の軍に包囲されていた市を助けてやることにした。

 市民に武器を持たせて軍に抵抗、そこへカルロスたちの軍が到着、おまけに鳳凰城塞陥落《ほうおうじょうさいかんらく》の情報もあって皇帝配下の軍は去っていき、タヤマから話を聞いて奪還軍本拠地にやってきた――現在に至る。

 

 海賊、犯罪組織の両集団は儲けるためにここへ来たが、海族の事情は少し違った。

「我々は、海賊と一緒に逃げることができましたが、ジョン……じゃなかった、奪還軍総隊長殿に頼みがあって来ました」

 レオとも面識のある大男・ポールが代表して言った。

「どうか、アスールスを解放してください。そのために私たち海族も奪還軍に入ります」

 海族は、湖族と同じく漁師の集団で、腕っぷしが強そうな男たちが揃《そろ》っている。

 

 それぞれ目的は違えども、海賊・犯罪組織・海族は奪還軍に協力しようと緑龍城にやってきたのだ。

 

 手駒――もとい、仲間が多く欲しかったショーンは大いに歓迎した。

 

「うん。軍総隊長は心の広いお方だから、諸君らが奪還軍に入れば、頼みは聞くと思う」

 海賊には以前勝手に約束したことを告げる。

「皇帝の座に戻れば、恩赦《おんしゃ》もできるし」

「恩赦!?

 実際に約束したのはポールにだったが、海賊行為を無罪放免にさせる『恩赦』ができるのは皇帝だけ。

 勝手に皇帝の名を出して約束をしていた現場を見ていたフルドは頭を押さえた。

「ショーン殿……ここで」

 まさかとは思うが、すべて計算ではないだろうか。いや、まさか……偶然か。

 続けて軍師は犯罪組織の方も見る。

「もちろん、多少の密輸密売も奪還のためなら見逃す懐《ふところ》をお持ちである」

 

 海族も海賊も犯罪組織も皆、自分らのリーダーを筆頭に頭を下げてひざまずいた。

「仲間になってやろうじゃねーか」と、言い方は頭が高いが忠誠を立てる気はあるらしい。

 

 

 一番、唖然《あぜん》としたのはレオだった。

 

 

 彼らが仲間になると誓うことに驚いたわけではなく、軍師が勝手に恩赦や犯罪の見て見ぬふりの約束をさせようと、見えない圧力を掛けてきている。

(アスールス解放は別に聞いてもいいけど)

 なんだろうか、この手の上で踊らされている感は。しかも、都合は悪くなく奪還軍――ひいては自分のためにはなっている。

 あと、あるのは有無《うむ》を言わさなくさせられている悔しさだけ。

(なんだよオヤジの奴。……すげー腹立つ)

 いつものことながら。涙目になりそうだ。

 けれど答えは決まっている。

 

「……分かった。アスールスに出軍を。奪還軍として戦った者には恩赦を。多少の密輸や密売も目をつむる」

 

 連中の歓声が上がる前に付け足す。

「但し、俺の命令には従え。軍の規律にも。そして、奪還軍の名誉を汚すな!」

 

「おおおおお!!」と、盛り上がりながら返事をする賊集団。ただ、連中は「軍の規律?」と首を傾《かし》げる者も多く居た。

 なので、レオは軍の規律等の説明をバシルに任せる。任せておきながら、連中は大して守らないことも分かっていた。

 湖族や砂狼も守っていないし、傭兵や元一般人の志願兵だって。

 一応最低限くらいには守れているようだが。

 

 それでもここまできた。

 鳳凰城塞の方も合わせて、元シリウス軍に兵力だけなら大分近付いたように思える。かといって、昔に戻れるわけではないけれど。加えて混乱中の今なら、サイ城を……

(いや、まだか)

 どうしても都の民衆の犠牲を考えると難しくなる。

 

 レオの思いも分かっているショーンは、作戦は後で考えるとして、今は戦力を増やすことに集中した方が良いと思っていた。

(アスールス解放はまだしも、夏に戦は危険だしなぁ)

 都はそこまで気温が上がらなくても、移動中が危険だし、食料等の問題も。

(やっぱ、今はできるだけ戦力を蓄えるとして)

 腕っぷしの強そうな連中でも訓練をしないと戦では無力だ。

 宮廷の混乱は好機でもあったが諦めるしかないか。

(後は、あの人にも頼んでみるかな)

 軍師は別のアテも考えつつ、大きくなった組織には大事な人材を役職に充《あ》てなければならないと、タヤマの肩を叩いた。

「タヤマ君!」

「はい?」

「キミ、俺と一緒に参謀ね!」

「は?」

 唐突過ぎて、本人にとって大役過ぎて、呑み込めないタヤマ。

 対してショーンはニコニコしながら、先に軍総隊長に許可を取った。

「いいだろ? 軍総隊長」

「え?」

 ちゃんと聞いていなかったレオのためにもう一度訊ねる。

「だから、タヤマ君を参謀に任命してくれ。そうなると助かる」

 

 ここで当人が理解した。

「えぇええええ!?

 びっくりしたのはカルロスも同じく。ただ、カルロスは部下の出世を喜ぶ。

「凄いじゃないか、タヤマ! ショーン殿に期待されるなんて」

「あぁ……あわわわわわわ」

 動転しそうになるタヤマだったが、次の軍師の言葉で火が点いた。

「一緒に、相手側の軍師を打ち負かそう」

 相手側の軍師というのは、身内でありながら嫌いな実兄。

 

 彼はしばらく下を向き、顔を上げるときっぱりと宣言した。

「はい! もうあいつの好きにはさせません!」

 眼鏡の奥の瞳は、決意をしている。

 

「よし。じゃあ、推薦通りタヤマを参謀に任命する」

 レオが言ったことで決まり、ついでに本日の軍議は終了となった。

 

 

 ただ、終了としたが、一向に皆が帰る様子も無い軍議室。

 バシルは明日以降に軍の規律を教えるとしたが、まず賊兵たちの寝る場所を確保しなければならない。好き勝手に城の中を散策されても困るし、兵舎を早急に空ける必要がある。

 もしくはテントを張ってもらうか。

 管理人たちを呼んで話し合いを始めた。

 それと、早くも湖族と海族が張り合う。どちらの方が、漁が得意か、言い争いが始まっていた。

 更に、さっさと帰ろうとしたイヴァンは犯罪組織の一人に引き止められて、何か怪しげな物を売られそうになっている様子。さすがにそれに関してはショーンが口を出した。

「イヴァン! 嗜好《しこう》品以外は多少怪しくてもお前の目利きで買っといてくれ。なんならマリーノエラを呼ぶし。彼女には本格的に奪還軍に入ってもらわなきゃな」

 マリーノエラならば、見たこともない物でも解体して便利な物に造り直せるかもしれない。まずは正式に軍付き技師になってもらうか。

「あとは、ホルクの奴もしっかり掴《つか》まえていないとな」

 名医師ホルクも奪還軍ではないので、どこかへ行ってしまうと厄介だ。それでなくとも彼はいつもフラフラとしている。

 ホルクの名を聞いた海族が「あ!」と声を上げた。

「そういえばホルク先生、アスールスから逃げる時に一緒だったけど、姿を見ていないなぁ」

 ショーンは謎がすべて解けた。

(なるほど。ホルクの奴、海族たちと……)

 賢者ホルクのことはショーンが捜していたが、朱音たちから聞かされた情報はアスールス港町に滞在していたという話だった。皇帝下の管理に落ちたアスールスでは出入りが難しくて、こちらに来てもらうことはできないと思っていたが、戦の終結した鳳凰城塞でひょっこりと現れた。

 恐らく、海族たちとアスールスを抜け出した後に、彼らと一緒にサン・ラーデには行かずに、一人で砂上の砦まで向かったのだろう。

 呟いた海族には「ホルクは今、鳳凰城塞に居る」ことを教えて、ショーンは帝国四賢者のことを思い出す。

 四賢者というか、今は三賢者であり……今は亡き人物を想った。

(アルテミス……)

 

「そうだ!」

 近くに居るレオを見ると、彼の背中の呪印もどうにかしなきゃいけないと悩む。

 こんなことは思いたくないが、あまり時間は無いはず。

(旧世界っつーか、精霊の世界の方で、あまりよくない事例を文献で見つけたし)

 焼印でも刻印でもなく、呪印と呼ぶのが合っている。

 今は痛みも無く、本人も気にしていないようだが。

(でも、明らかに病気に影響が出ているし)

 本来、数十年単位で悪化するはずの『肺砂《はいさ》病』の進行が速すぎる。

 取り返しがつかない事になる前になんとかしなければ。

「レオ!」

 むしろ、今、戦ができないのは好都合か。

「ん?」

 振り向くレオには耳打ちをする。

「近々、アルテミスの家……つーか、エドの所へ行くぞ」

 エドは、シドゥリと名乗っていたアルテミスと一緒に住んでいた大男で、彼女からいろいろと引き継ぎ、今も森の奥の家を守っているはず。

 彼の許へ行けば、呪いを消す方法を聞けるかもしれない。

「え? なんで今突然?」

 レオの質問には、なぜ近々行くのかの他に、なぜ今言うのかもあったが、ショーンは答えずに帰宅を促《うなが》した。

「まぁ、後で話すから。とりあえず玲菜連れて家に帰るぞ。ここには泊まる部屋無いだろ?」

 確かに今日は疲れて、早く帰って早く寝たい。

 

 レオがショーンと軍議室を出て行こうとすると、護衛のためにフルドがやってきたが、そのフルドをカルロスが引き止めた。

「フルド殿! ちょっと待ってくれ!」

 声を潜めて彼は話す。

「実はフルド殿、サン・ラーデで良からぬ話を聞いてな」

「え?」

 

「貴殿の父上、ウォルホーク侯爵《こうしゃく》が倒れた、と」

 

 

「え!?

 当然、放心状態になったのはフルドで、聞こえていたレオやショーンも近付く。

 フルドは俯《うつむ》き、しばらく考えてから拳を握りしめた。

「父はもう、私が死んだと思っているはず。ですので……」

 そう、彼は、襲撃事件の後に行方不明となっていて、実家に迷惑がかからぬよう、自分のことは報せないでいた。

 真の皇帝とはいえ、反乱組織の方に加わっていると知られたら、偽皇帝から侯爵に謀反《むほん》の言いがかりをつけられてしまう。

 もちろん二年間、実家の方には近付いてもいない。

 爵位や家を継ぐのは兄が居たし、自分が居なくても何も問題無いと思っていた。

 けれど、つい先日であるが、偽皇帝が正体をバラした今、奪還軍で本物の皇帝に仕えていたことは、もう謀反とはならない。

 もちろん偽皇帝に敵とみなされて攻められる可能性はあるが、今となっては別の話。

 フルドが「生きていた事」を打ち明けるのはさして問題は無いと思われる。

 ただ、打ち明けるのはまだしも、今帰ると、国の混乱と実家の事情で奪還軍に戻ってこられなくなる可能性もあった。

「二年前、私は、実家との縁を切る覚悟で陛下に仕えることにしました。たとえ父が倒れても、私は帰らずに奪還軍に残ります」

 

「それでいいのか?」

 父親の目線もあり、真剣な表情でショーンは訊ねる。

「夏の間は多分、戦はしない。今戻って、また帰って来てくれてもいい。キミの場所は絶対に空けておくし」

 もちろん、戻れなくなる可能性の方が高かったのだが、ショーンには親を大事にしてほしいという気持ちがあった。

「ですが、私は、陛下に忠誠を誓いました」

 もしも、父親から長男に爵位や家が受け継がれたら、自分が補佐を頼まれるのは目に見えていると、フルドは分かっていた。そうして内戦が勃発《ぼっぱつ》したら、奪還軍に戻る時は無くなる。

 彼はまだ、レオの『従者』であって、戦のために従騎士という身分だったが、正式な騎士の称号を受けていなかった。

 けれど、従者の仲間が死んで、レオには自分しかいないと感じていた彼は、それでいいと思っていた。新しい従者が仕えても、主《あるじ》が一番信頼して任せてくれるのは自分だったから。むしろ、あと数年は騎士にならずにこのままでいられた方が良かった。

 

「私は、このままアルバート様の御傍《おそば》に仕えます!」

 

 そう、きっぱりとフルドが宣言したのに、レオはため息をついて口を開ける。

 決して軽い気持ちで言ったわけではないのに。

 冷たく突き放した。

「フルド、お前もう、俺の子分辞めていいぞ」

 

「え?」

 

「今まで……よくやってくれたよ」

 

『子分』なんて、ふざけ半分にも聞こえるが、彼には違う解釈に聞こえた。

「それは……従者を辞めろということですか?」

 そうではないと、ショーンが止めようとしたが、レオは頷く。

「ああ。新しい従者も居るし、俺は元々自分のことは自分でできるから」

 まるで自分は必要無いと言われたように、フルドの胸に突き刺さる。

「へいか……」

 多分、彼《フルド》を思ってのことだろうと気付いたショーンは、言い方が悪いと注意しようとした。

「レオ! お前なぁ!」

 同じく、つい怒りそうになったカルロスは自分の立場的に気持ちを抑えつつ口を挿《はさ》む。

「レオ様、私はフルド殿の友人として、無礼を承知で申し上げますが……」

 

「うるさい!!

 

 激しい剣幕で二人を一喝《いっかつ》するレオ。

「うるさいんだよ、お前ら! 俺とフルドの問題に口を出すな!!

 

 一瞬、室内で騒いでいた者たちも何事かと静まる。

 

 皆に見られて、レオは分《ぶ》が悪そうに歩き出した。

 軍議室を出て、廊下を足早に突き進む。

 慌ててフルドとショーン、カルロスが皇帝を追った。

「レオ!」

 ショーンが大声で呼びかけると止まって、振り返る。

「うるさい! 分かっているから説教するな!」

 その顔は赤く、動揺しているのが見える。

 ただ、彼なりに短い時間で真剣に考えたのだろう、ふぅと息をついて心を落ち着かせるように間を空けた。

 

 少し経ってから、考えがまとまったらしく、もう一度口を開く。

「だから、従者はもう辞めて、実家に帰省すればいいだろ」

「わ、私は辞めたくはありません。私は……!!

 

「お前を騎士に任命する!!

 

 

 思い余って、レオは間の説明も無しに宣告してしまった。

 

 

「え?」

 当然、三人は呆然《ぼうぜん》として、中でもフルドが一番驚いて止まる。眼を丸くして、口をぽかんと開けていた。

 一方レオは、話す順番を間違えてしまったと、恥ずかしそうに説明し始める。

「あのな、俺は……もうずっと前から決めていたんだよ。一度お前にも言ったことあるけど」

 彼はフルドをそろそろ騎士にすると考えていた。けれど、つい、従者でいてもらいたくて宣告が延びた。

「俺が任命すれば、お前の主《あるじ》は俺だろ? お前は騎士としてもう一度俺に忠誠を誓えよ」

 つまり今後は正式な騎士として、家臣の身分で自分に仕えるようレオは言う。

「伯爵の地位を与えてやる。サイ城に戻ったら宮中伯爵として暮らせばいい」

 

「宮中伯爵……!?

 それは単純に、今のバシルよりも身分が高い。

 フルドが驚愕するのとは逆に、少し冷静になったレオは落ち着いた口調で告げる。

「これでお前の家族はお前に口出しできなくなるから、落ち着いたら奪還軍に戻ってこいよ。あんま遅いと戦が終わってるかもしんねーけど」

 

「すぐに戻ってきます!!

 即座にフルドは答えた。

 

 意外にも頭の回る方法を思いついたレオに、ショーンは感心してしまった。

「お前、すげぇなぁ。さすが、自分にとって欲しいものへの執着心が高いというか」

 恋人に対してもそうだ。

「玲菜にも独占欲高ぇし」

 婚約者の名を出されて、しかも図星を指されて、レオは動揺した。

「オ、オヤジ! 今は関係ねーだろ!? あと、違う。俺はそういう……なんか、わけわかんねーこと言うなよ!」

 そしてもう一方のカルロスは、玲菜の話題に少し傷を受けたが、友人の出世を祝福する。

「凄いな、フルド殿。宮中伯爵なんて皇族みたいなものじゃないか!」

 今日はなんだか、部下も出世したし、めでたい。

 ただ、フルドにとっては父親の報せは喜ばしいものではない。

 こうと決まったらすぐに帰省しなければ、とも思う。もちろん、自分が生きていたという朗報を共に。

 フルドの騎士の叙任《じょにん》式は明日にでも行う必要があった。


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