創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第六十二話:車移動の旅]

 

 レオの長年の従者が一人前になった翌日。

 朝早くに起きた玲菜は洗面所へ向かう途中、レオの部屋から物音がしたので「まさか」と思い、ついドアを開けてしまった。

「レオ、起きているの?」

 彼はいつも遅起きで、朝寝坊が標準体質。こんな早くに、しかも起こしてもいないのに起きているなんて珍しい。

 しかし、褒めようと思ったのも束の間。

 よく見ると酒を片手に座っている。

 朝から酒か? それとも?

「え? まさか飲んだくれていたの?」

 フルドが居なくなるのがさみしくて、飲み明かしたのだろうか。

「え? 飲んだくれ?」

 振り向いた彼の眼の下にはクマがあって、娘が嫁に行く前日の父親ではあるまいしと、玲菜は心配したがそうではなかった。

「手紙書き終わったから、飲んだだけだよ」

「手紙? フルドさんに?」

 もしも、今までの感謝の意を示した手紙だとしたら……なんて、玲菜は勝手に感動しそうになっていたが、それも違った。

「フルドの親父の、ウォルホーク侯爵にだよ。あいつを騎士にしたからその報告とか、あといろいろ」

 レオは空のコップを置いて伸びをした。

「あ〜〜〜〜疲れた。こういう公式の手紙、自分で文章考えたことないからイマイチわかんないし」

 

 

 

「でも、自分で考えて自分で書いたんだろ? 偉いじゃねーか、レオ!」

 朝食時。

 話を聞いたショーンは感心してレオを褒め称えた。

 当の本人は、眠い目をこすりながらも安定の大食いを披露している。

「しかも徹夜?」

 訊ねると恥ずかしそうに答えた。

「ずっと起きていたわけじゃねーよ。途中で寝たし」

 そういえば、と、玲菜は普段の彼の習性を気にした。

「レオ、お風呂は?」

「風呂も夜中に入ったよ」

 なんと! 朝風呂まで改善か?

「偉い!!

 普通のことなのに、玲菜とショーンは同時に褒めた。

「フルド君のおかげで、レオがようやく一人前になれたな!」

 茶化すショーンに、寝ぼけ眼《まなこ》男もさすがに怒り、「うるさい」と顔を赤くする。

 皇帝が怒り出す前に玲菜は促《うなが》した。

「ホラ! ふざけてないで、早く食べて支度しないと。グリーン町に行ってフルドさん見送るんでしょ?」

 フルド以外の従者がそろそろ迎えに来る頃だ。

 

 

 ―――――

 

 そうして……

 グリーン町の壊れた門付近まで、実家に帰るフルドを見送りに行く玲菜たち。

 奪還軍の幹部や従者の仲間たちが集まり、途中まで送るというカルロスらは立派な馬車や護衛を用意していた。

 バシルは彼を激励して、レッドガルムも挨拶をする。

 湖族のダリアも「立派になったねぇ」と感心して、弟でオネエ≠フロッサムは「アナタも候補に入れておいてあげる」と、若干不気味な発言をして投げキッスを飛ばした。

 それを素早く避けたフルドの前に立つのはショーンで、彼も二通の封書を渡す。

「フルド君、これ、おじさんからの感謝の手紙とあと、父上へ」

 軍師は一体、侯爵へ何て手紙を書いたのかと気になるところだったが、『感謝の手紙』もあったのでありがたく受け取るフルド。

 

 他、次々と皆が挨拶を交わして、フルド狙いのクリスティナの侍女たちも競うように贈り物を渡して、いよいよ出発という頃になり……

 しかし、一番関わりのあった主人がためらってなかなか前に出ないでいると、「挨拶は無い」と解釈したフルドがレオに深々と頭を下げる。

 完全に「行く」雰囲気になり、慌てて玲菜が恋人を前に押し出した。

「ホラ! 恥ずかしがってないで、レオも早く『感謝の手紙』渡しなよ!」

「感謝の手紙じゃねぇよ!!

 

 不思議そうな顔をするフルドに、レオはそっぽを向きながら封書を差し出した。

「ウォルホーク侯に」

 恋人は彼の努力をちゃんと伝えた。

「昨日の夜、寝ないで書いたんです! レオが自分で!」

「あっ……」

 一瞬、呆然《ぼうぜん》としてしまったフルドは、急いで受け取り、礼を述べる。

「あ、ありがたく預かります。必ず父に渡しますので」

 動揺して敬語が雑になったのは無理もない。

 レオは呟くようにボソリと言った。

「昨日も言ったけど、早く戻ってこい。……あと、……でな」

 久々に聞こえないくらい小さかった。

 隣に居た玲菜は辛うじて聞こえて、代わりに伝えた。

「フルドさん、お元気で!」

「は、はい!」

 フルドはもう一度深々とお辞儀をする。

「アルバート様……ありがとうございます!! 私《わたくし》はすぐに……戻ってくる所存《しょぞん》でございます! どうか……」

 言葉が詰まるのはきっと涙を堪《こら》えているから。

 

 彼の顔は見えないが、密かに地面に落ちる涙を見て、玲菜は泣きそうになった。

(フルドさん……!)

 隣の男は、彼の方を見ていないけれど、きっと気付いている。

 

「どうか、陛下も……御体に気を付けて、決して無理なさらぬよう。もしも高熱が出た場合、ホルク医師の薬は水で薄めれば飲めます。それと、物が見つからない場合には……」

 恐らく心配で、細々《こまごま》と説明を始める彼に、レオは恥かしさで顔を赤くしながら怒鳴った。

「うるさい!! 分かっている!! 早く行けよ!!

 すでに髪の梳《と》かし方等の説明にまで及んでいたフルドは「ハッ」と我に返って口を押さえる。

「す、すみません。つい長くなってしまいました。申し訳なく存じます!」

 皆にも頭を下げて挨拶をした。

「皆様も、お忙しいところ、このようなお見送り。まことにありがとうございます!!

 

 そして、皆に見送られながらカルロスたちと共に去っていった。

 

 

「シリウス、さみしそうだねぇ」

 後ろに居たダリアが、レオの背中を見て言うと、聞いたロッサムが慰め役を名乗り出た。

「シリウス様! ワタシが居るじゃないですか! さあ、思う存分、胸で泣いていいんですよ!」

「別にさみしくなんかねーし、あと、お前の胸では絶対に泣かない」

「ええ〜〜遠慮なさらずに」

 ロッサムが無理矢理レオを引き寄せて、その馬鹿力に負けそうになった彼が白目を向いていると、クリスティナの侍女たちが話し合う。

「ねぇ、私たちもそろそろ……」

 ため息をついて遠くのフルドを見つめながら。

「そうね」

 

 皆でレオに申し出てきた。

「陛下。私《わたくし》たちは、鳳凰城塞《ほうおうじょうさい》に向かいます」

 彼女たちは落ち着いたら、成り行きで離れてしまったクリスティナの許《もと》へ行こうと考えていたらしい。幸い、鳳凰城塞はクリスティナとフェリクスがしっかりと守っていて、元・捕虜兵たちの反乱も無い。

 安全ならば彼女たちが皇女の許へ戻らない理由は無い。

 

「そうだな」

 引っ張るロッサムをとにかく抑えつつ、レオは答えた。

「今なら鳳凰城塞に戻っても平気だろう」

 彼にしてはこの場に対しての名案も浮かぶ。

「そうだ! ロッサム!」

「は、はい! シリウス様」

 名前を呼ばれて、野太高い声でしおらしく返事をするロッサム。

「お前、湖族の連中を何人か連れて、彼女たちを護衛してやってくれ」

「え? ワタシがですか?」

 ロッサムはようやく手を離して、くねくねと内股で見つめた。

「シリウス様の頼みなら聞きたいけど、離ればなれなんて嫌!」

 仕方なしに、レオは女性を口説くように彼を見つめ返す。

「頼む。鳳凰城塞に行って、ついでにフェリクスに報告してくれ。金髪で美形のフェリクスに、な!」

「まっ!」

 フェリクスが美形だというのは、割と有名な話である。

 ロッサムも、シリウス軍でフェリクスを見かけたことがあったが、自分の好みだったのは確か。

 彼は悩みに悩み抜いて、レオに申し訳なさそうに承諾した。

「分かりました。フェリクス様の許へ行きます。けれど、浮気はしないので安心してください!」

「いや……」

 浮気というか。

「目的はフェリクスじゃなくて、護衛だからな」

 念を押すと、ロッサムはまたベタベタと触ってきた。

「分かっていますよ。シリウス様ったら心配性なんだから! ワタシはシリウス様ひとすじですよ」

 そういう意味ではない。

 いろいろと心配もあったが、とりあえずクリスティナの侍女たちの移動も決まる。

 

 

 話を聞いたショーンは、いずれは自分たちも鳳凰城塞に移動しなければならないと考えていた。

 鳳凰城塞は要塞としての設備も良いし広いし、サイ城を攻める時の拠点としてもちょうどいい。

 どうやって攻めるかはさておき。

(ま、先にアスールス解放かな)

 その前に、アスールス解放のために出陣しようか。

 ひょっとすると海からという海戦も想定しなくてはならなくて、自分的には海は当然避けたい。けれど、水辺に強い連中も結構居る。

(やっぱ海か?)

 有効そうな手段は使うに限る。

 出陣というか、出軍となるか。管理下といっても、たくさんの軍が駐留しているわけでもあるまいし。

 

 とりあえずそのことはタヤマの知恵も借りて考えようと思ったショーンは、作戦会議や今後の予定を軍総隊長に問う。

 ちょうど幹部も集まっていたので、大雑把に取り決めた。

 一先《ひとま》ずやることといえば、訓練と会議。兵力の増強、武器兵器の調達、食料等の確保。大事なのが情報収集。

 拡大した奪還軍の管理は一通りまとめるだけでも数日はかかると思われる。

 ショーンは頭を抱えつつ、皆と離れて、自分らにとって重要な予定を軍総隊長、及び娘に伝えた。

 

 

「一週間後、エドの所に行くから」

 

「え?」

 

 エドというと……

「シドゥリの所に居たアイツのことか?」

 元・四賢者の一人、盲目の魔術師と呼ばれた預言者シドゥリ。本名はアルテミスといったが、彼女は亡くなり、一緒に住んでいた大男のエドはまだ彼女の家に居るはず。

「うん。森の奥のアルテミスの家を守っていると思う」

 エドは正体こそ不明だが、アルテミスから様々なことを受け継いでいる。

「彼の所へ行って、いろんなことを聞きたいからさ」と、ショーンは話す。

「行く前に調べておきたいこともあるし、奪還軍の管理もしなくちゃならない。留守の間の本拠地を任せるにしても、そのための準備も」

 だから、一週間後なのだという。

 準備といえば、森へ行く旅の準備もある。

(三人で旅行?)

 玲菜は単純に喜んでしまったが、レオは不審そうに首を傾《かし》げる。

「エドの所へ行ってどうする? 俺も行くのか?」

「お前が行かないなら、玲菜と二人で行ってくるから」

 本当はレオが行かないと意味無いのだが、彼の心を手っ取り早く動かすためにショーンはそう言った。

 まんまとレオは釣れる。

「俺も行く!!

 単純だと思いながらショーンは二人に確認した。

「じゃあ、そういうことだからな。一週間後で!」

 

 

 その後、レオとショーンは奪還軍の会議になり、玲菜は家政婦の手伝いや家に帰って家事をする。一日が過ぎて、翌日からもそれぞれが各用事をこなしていく。

 レオは軍議や訓練、軍総隊長としての役割を忙しく果たして、ショーンも同じく会議や訓練や参謀としての作戦練り、軍管理等をまとめる。

 そして玲菜は家政婦の手伝いや町の復興作業の手伝い、時に『使い』等、手伝える事は率先して働いた。

 

 長そうな一週間はあっという間に経ち、特に悪い事件や報告も無く、いよいよ森の魔術師の家への出発日になった。

 

 

 *

 

 天気は快晴。

 車で移動するといっても、出発日に天気が悪いと少し気分が下がるので、晴れて良かったと外に出た玲菜は空を見上げた。

 雲もあまり無く、続く青さ。……陽を強く感じる。

 まぁ、雨は少ない世界ではあるけれども、この辺りは土地柄か、他の地域よりも降水量は多いし、ショーンが今は雨が降りやすい時季だと教えてくれた。

 ただ、言うほど降ってはいないというのはさておき。

 暑い日差しに怯えつつ、車を留めている南の林の方へ向かう。

 

 都から車で三日かからずに行けた森へは、この緑龍城からだと恐らく十日近くかかると思われて、長旅の準備をした旅行鞄はでかくて重い。

 林までは、見送りに来たレオの従者が持ってくれて助かったが、移動旅行中は三人だけで行動する。もちろん、忍びの護衛は密かについてくるけれど、基本的には姿を現さない。

 今回はウヅキも連れて、玲菜は家族旅行的なウキウキした気分になっていた。

 

「ちょっと暑いけど、いい天気で良かったね〜!」

 暦は三月に突入したが、季節は夏になってきている。

「何より、車で移動はいいよね! エアコンあるし」

 さすがに本日は、立派な格好ではなく町人のような気楽な装いをしたレオは、今更ながら車の優秀な装置の名を訊き返した。

「えあこん?」

「うん。暖房だったり冷房だったり、車の中の温度を調節してくれるの」

「え?」

 むしろ、その存在に気付かなかったらしい。

「車に付いてるんだよ? 気付かなかった?」

 玲菜の説明に、少し止まってから驚く。

「温度調節?」

「そう! エアコンっていうの」

 思えば、自動車の中はいつも快適な気温だったと思い出して、改めてびっくりした。

「だからか! すげぇな」

「凄いよね、エアコン!」

 

 レオにはエアコンが凄いのか自動車が凄いのか分からない。ただ、温度調節の装置には興味津々だった。

「その、なにコン? って、自動車だけの装置なのか? オヤジ、発明してくれよ」

「ばかいえ」

 ショーンは発明家とも呼ばれていたが、実のところは旧世界――“現代”の知識を活かしたものであり、本当の発明とは少し違う。

「だったら、『ゴミ置き場』に行くぞ。砂漠の」

 

「砂漠のゴミ置き場?」

 

 訊ねたのは玲菜だ。

「何それ?」

「ああ、玲菜は知らないか。あれ? 話したことなかったか?」

 ショーンに言われて、なんとか思い出そうとしたが、記憶には無い。

「う〜ん。ゴミって比喩《ひゆ》だっけ? 前に聞いたかもしれないけど思い出せないな」

「でも、砂漠の遺跡商人の所には連れて行っただろ?」

 確かに、砂漠の遺跡商人の許へは行ったことがあり、手を叩く玲菜。

「ある! え? 関係あるの?」

 もしやと予想し得るところをショーンは答えた。

「砂漠に、ゴミ置き場みたいな所があって、そこには都市のゴミなんかも運ばれてくるんだが、旧世界のガラクタも捨てられる」

 ガラクタというのはそのままの意味ではない。

「発掘したけれど、用途不明の物とかな」

「用途不明!?

「ああ。旧世界でも、時代が古い物ほど、それが何なのか分かるけどな。新しい物はなんだか分からなくて用途不明、と」

 つまり、未来的になればなるほど、不明品として捨てられる。

 発掘した物を『宝』として利用しているこの世界では、使えない物は価値が無くなる。

「家電とか結構多い」

 答えを知った玲菜は興奮した。

「もしかして、現代の物とか?」

「そう!」

 ショーンはニッと笑った。

「砂漠の遺跡商人は、遺跡発掘された物や、砂漠のゴミ置き場からガラクタを拾ってきて売っているんだ」

 壊れた電化製品を拾いたい時はむしろ、遺跡商人ではなく直接『砂漠のゴミ置き場』に行った方が早い、と。それは、前世界の実物を知っているショーンならではの話だ。

 

 都のショーンの家の研究室に、やったら不明な物があったことや、旧式や形が違えども電化製品的な物がいろいろとあった理由が分かった玲菜。

(そんな所から拾ってきていたんだ。直せる物は直して使えるようにして)

 人々は彼を発明家と呼んで称えたが、発明したわけではなかった。

 彼は、過去から得た知識だと言った。

「まぁ、そういうわけだから。俺は発明家ではないし、エアコンが欲しければ砂漠のゴミ置き場から拾ってきてもいいけど……果たして使えるように直せるか分からん」

 いくら見た目を知っていても、大量のガラクタから見つけるのも大変だし、まず、原型を留《とど》めている物も少ないという。ほとんどはボロボロで古すぎて、落ちていても気付けない。

 気付いたとしても、修復できるレベルの物は滅多に無いし、そもそも技術や部品的に無理な物や、直し方が分からなくて放置している物ばかり。

「今は行く暇も無いし」

 父の言う通り忙しくて、中々そういう場所に出向けないのはもちろんのこと、『今』は当然無理だ。

 

 

 ――話していると、車の隠し場所である林にたどり着いた。

 レオの従者は車の存在を知っているがここまでで、忍びの護衛はどこかで見ているけれども、ここからは三人だけの行動となる。丁寧な挨拶をしてくる従者から荷物を引き取り、三人は林の中を進み始めた。

 盗賊対策のための仕掛けがあるので、決められた道を歩きつつ、無事に車に着くとカバーを外す。

 施錠《せじょう》を解いて、荷物を中に入れて、当たり前のように運転席に着くショーンは二人に教えた。

「マリーノエラに整備してもらったから。ちゃんと走れると思う。ただ、エアコンはあまりつけないようにしよう。電気消費したら走行距離が短くなる」

 暑さは窓を開けることで対処する、と。

 レオは文句を言ったが、玲菜が『節電』だと教えて二人も後部座席へ着いた。

 そして、電源を入れたと同時にCDの曲が流れ始めた自動車は、魔術師の家の在る森へと出発した。

 

 まずは南下して、できれば明日の夕方には鳳凰城塞に着きたい。更に三日くらい南へ行き、そこからずっと東へ行って、目的の森へ着くまで五日はかかるだろう。予定では計・十日。順調に進まなければそれ以上かかる。

 車は快適で一番速いといえども、長期移動はやはりキツイ。

 

 ショーンから予定を聞いた玲菜は考えただけで疲れそうになった。

 けれど、とりあえず明日に鳳凰城塞に着くと知って、心が躍った。

 もしかしたらクリスティナに会えるかもしれない。

 それに、砂漠ばかりで退屈な景色も、レオとお喋りをしていればきっと楽しい。そう思って横を見ると、彼はすでに眠りに入っていてガッカリする。

 仕方無しに玲菜は退屈な景色を見て揺られて、……気付いたら自分まで寝てしまった。朝早く起きたので眠かったせいもある。

 

 娘たちの様子に気付いたショーンはフッと笑い、助手席に座るウヅキに話しかけた。

「ウヅキも眠かったら寝ていいぞ」

 確か、以前にも全く同じような状況があった。あの時もウヅキは眠らなく、今回も同じようだ。

 ショーンはCDの曲を懐かしく口ずさみながら、地図と方位磁針を確認して運転した。

 

 玲菜が新しく持ってきてくれたのでCDはいろいろとある。

 しかも、自分があげた物であり、元は自分や妻が好きだったCD。

 彼女と過ごした思い出が懐かしい。

 実をいうと、彼女が死んだ後はずっと聴けなかった。聴くと思い出がよみがえり過ぎて、泣いてしまうから。

(でも今は、悲しくならないで聴けるな)

 聴いていると、あの頃に戻った気がして。隣に彼女が座っているような気がして。

 不思議だ。

 

 

 

 その後、何度も休憩をとり、充電もしつつ、車は南へ走った。

 途中で店がありそうな集落や村にも立ち寄って食事や休息を取る。

 景色は砂漠ばかりといっても、砂丘よりも乾いた荒地が目立った。この世界では荒地は砂漠と呼ばず、より砂の多い土地こそ砂漠と呼んだので、一応砂漠を避けた道といえる。

 最初寝ていた玲菜たちも、起きてからはお喋りを楽しんだり運転を変わったりした。

 娘が、途中で集落に立ち寄ることを、まるで『高速道路のSA(サービスエリア)』みたいと言ったので、ショーンは久しぶりに聞いた言葉を懐かしみ「確かに」と相槌《あいづち》を打つ。

 レオだけは高速道路にもサービスエリアにも首を傾《かし》げた。

 

 夜になると宿のある町に泊まり、順調に移動旅が進む。

 

 

 ―――――

 

 

 翌日の日暮れには、予定より少し遅くなったが鳳凰城塞付近へ着き、車を隠し留めて砂上の砦へ向かった。

「――要するに、サービスエリアは高速道路の休憩所なの。食べ物のお店がいっぱいあってね、お昼とかそこで休むんだけど、なんかワクワクするんだよね」

 暗い道を、明かりを持って歩きながら、玲菜は旅行の楽しみの一つでもある『高速道路のサービスエリア』についてレオに教えていた。

 まずは高速道路の説明から、分かってもらうのに一苦労した。本当に理解しているかはさておき。

「食べ物の店がいっぱいある休憩所」

 どうやらレオはサービスエリアに興味を持って楽しそうに話を聞く。

 自分なりにいろいろと想像していた。

「食料が豊富なのは良いことだな。遠征で行軍《こうぐん》していても、もしもそういう所があったら楽だろうし」

 遠征や行軍という言葉が出ると若干重い印象に変わってしまうのだが、現代の話をするのが楽しくて玲菜は更に説明する。

「でもね、首都高にはトイレと自販機だけのパーキングエリアばっかなの。しかもすぐに渋滞するから結構恐怖」

「しゅとこう……ってなんだっけ?」

 他にも知らない言葉はあったが、まずはそこを訊ねるレオ。

「首都高は、首都の高速道路の略だよ。高速道路もいっぱいあって、名前があるの。うちは埼玉だけどね、首都高にはすぐに乗れたんだ」

「サイたまは首都?」

「違うよ〜! 首都は東京!」

 

「トーキョーか」

 

 レオが混乱しそうになっていると、ショーンまで会話に入ってきた。

「確かに俺の記憶でも、首都高はSAが無いってイメージだな。割と広くて店もあるPAもあったと思うけど」

「ええ〜? あったっけ?」

「あったよ。コーヒーマークレベルの所」

 

(コーヒーマーク?)

 駄目だ。二人の会話になるとついていけない。

 

 眉をひそめたレオは、目の前のでかい砦を見上げる。

 そびえ立つ、茶色い城壁の砂上の要塞。所々に明かりは点いているが、重々しい雰囲気がある。

 玲菜の時代の話で夢の世界を想像していたのに、一気に現実に引き戻された。

 乾いた風が三人と一匹を出迎えるよう吹き抜けて、威圧感のある鳳凰城塞の門がすぐ近くにあった。

 

「さてと」

 以前は、外郭《がいかく》までならまぁまぁ自由に入れた鳳凰城塞だったが、現在は警戒中、及び暗くなったので警備の目が光る。とはいえ、レオの顔を見せれば一発で通れるけれども、大騒ぎをされても困る。

 ショーンは、なるべく穏便に済ませてくれそうな警備兵を探す。

 見回していると、玲菜の方が見知った兵士を見つけた。

「あれ? トニーさん?」

「トニー?」

 誰だそいつはと、問う前に彼女が答える。

「ミリアのファンのトニーさんだよ。前に鳳凰城塞に潜入しようとした時に、入れてくれた人」

「ミリアの」

 そういえばそんな話を聞いたと思い出すレオ。その男のことでイヴァンが嘆いていたことも。

「あれ? でもトニーさん、誰か女の人と揉めてる」

 玲菜が言うとレオも視線を辿り、トニーを探す。

「なんなんだソイツは。ミリア以外の女にもちょっかい出してんのか」

 一応友人の恋を成就させてあげたいと思っているので、イヴァンのライバル(?)男に不審を抱いたのだが、その男と揉めている女性が、見たことのある不審人物であり。

 レオは……いや、玲菜も見覚えがあって、二人して止まる。

 

 

 それは――やたら露出度の高い格好をした巨乳美女。自称占い師のタチアーナだった。


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