創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第六十三話:タチアーナ]

 

 多分、彼女の見た目を一言で表すなら女神。

 波打った長い赤い髪や、美しい体型、美貌《びぼう》。どちらかというと、聖女よりも魔女風でもあって、言うなれば夜の女神。

 そういえば、彼女はいつも夜現れる気がする。

 

 日も暮れて暗くなった城壁門にて、ミリアのファンであるトニーと思わしき警備兵が、色っぽい三十歳前後の女性を目の前に動揺しながら話した。

「もう暗くなったので、一般人は砦には入れないんです! 明日の朝に出直してください」

「ええ〜! 外郭《がいかく》だったら平気でしょう?」

「駄目です!」

 トニーは、豊満な胸が苦しくなさそうな露出度の高い服をチラチラと見ながら断った。

「だ、大体そんな服を着てうろつくのは危険です。そ、そんな……」

 胸の谷間といやらしい太ももに釘付けで目が離せない。

「お願いよ。今から別の町に行くのは嫌なの。なんだったら、貴方の部屋に泊めてくださらない?」

 コソッと耳打ちする巨乳美女の言葉に、トニーが興奮してごくりと生唾を飲み込んだ頃、呆《あき》れて見ていたレオが声をかけた。

 

「おい!」

「え?」

 恐らく暗くて、最初はレオの正体に気付かなかったらしい。

「な、なんだお前らは。もう夜だから砦内には……」

 ただ、トニーは先に玲菜に気付いた。

「あれ? キミってミリアちゃんと一緒に居たレイナちゃん?」

 そういえば、戦中にはぐれてそれきりだった。

「良かった、無事だったんだ! ミリアちゃんは?」

 憧れの娘の名を出した後、じっと見る玲菜に言い訳してきた。

「ち、違うんだよ、これは」

 決して巨乳美女の色香に惑わされていない、と。言いながら、レオとショーンを見て、ミリアは一緒に居ないのかと安心したのも束《つか》の間。

 傷の顔に見覚えがあって、もう一度レオを見た後に仰天した。

「あ、あ! 貴方様はもしかして!?

 鳳凰城塞《ほうおうじょうさい》の守備兵だったトニーは、戦の時に一度奪還軍に捕えられたが、真実を知って捕虜《ほりょ》たちと共に真の皇帝側になって戦うことを誓う。クリスティナの下、元の警備兵の仕事に戻っていた。

 皇帝アルバートの顔は、皇子だった頃に見たことがあって気付く。

「シ、シ、シ、シリウス様!?

 今は顔に傷があることも心得ていたので確信した。

「本物の皇帝陛下であらせられますか!?

 

 周りに居た他の兵も何事かと近付いてきて、レオの存在に気付くと皆でひざまずいた。

 代表者らしき人物が何やら長々と挨拶をしてきて、大勢の護衛と共にクリスティナの許《もと》へ行くことが決まる。

 到着した時にショーンが心配した通り、大騒ぎになって門を開け始めた。

 

 頭を押さえるショーンに、警備兵の隊長が駆け寄ってきた。

「お供の方でいらっしゃいますよね? 三名様でよろしいですか?」

「ん?」

 てっきり、朱音か誰かが並んだのかと思ったショーンは、ちゃっかり三人目に巨乳美女が居たことにびっくりする。

 ただ、彼女と話をしたかった玲菜は父に目で合図して頷《うなず》く。

 首を傾《かし》げつつ、ショーンは「そうだ」と返事をした。

 

 

 そうして、玲菜たち三人と巨乳美女はたくさんの護衛と共に砦の中へ入ることが叶った。

 歩きながら、玲菜はコソッと彼女に訊いてみる。

「もしかして、タチアーナさんですよね?」

 彼女とは何回か会ったが、玲菜とレオ、タチアーナ……三人での出会いは酒場だった。

「ええ、そうよ」

 特に正体を隠すこともせずに答える美女。

 次に会ったのも酒場。これはレオが一人であったが、グリーン町だった。

 そして、レオの危機を予言して占い師だと名乗ったのは緑龍城。この時は玲菜とミリアが居た。後日、戦の直前の野営地でレオに剣の危険を忠告した。

 玲菜は思い出す。

(それで鳳凰城塞再戦の前にレオとタチアーナさんの話をして、戦が終わったらもう一度話し合おうって言ったのに話してなかった)

 けれど、彼女はまた現れた。

(こんなに会うなんて、偶然じゃないんじゃない?)

 彼女は占い師らしいから、彼女の方から会いにきているのか。

 ……なぜ?

 

「知りたい?」

 まるで、心を読んだように訊ねてきたタチアーナ。

「え?」

 玲菜が慌てると言葉を付け足す。

「私が何者か、知りたそうな顔をしているわね」

 訊ねたのは聞こえていたレオだ。

「教えろ。お前は一体何者だ」

 タチアーナは、フフッと笑う。

「レオさんたら、本当に私に興味津々よね。いいの? 彼女の目の前なのに」

「はあ!?

 怒り出す皇帝に、何事かと立ち止まる護衛たち。心配されても面倒なので、レオは彼らに促《うなが》した。

「なんでもない。クリスティナの所へ案内してくれ」

 

 護衛たちはまた進み始める。

 レオは息をついて怒らないように気を付けた。

「頼むから、勘違いさせるような言い方はしないでくれ。お前はシリウスの剣に詳しいようだし、予言もしたんだろ?」

「予言!?

 今度はショーンが大声を出しそうになって口を押さえた。

 予言なんて、驚くのは無理もないと思ったが、そうではないらしく。

「すまないな。その、タチアーナさんだっけ? 俺の知り合いに似ているからさ。しかも、俺の知り合いも予言するし」

 ショーンの知り合いで予言をする人物といえば、シドゥリ……いや、アルテミスが思い浮かぶのだが、タチアーナとは雰囲気が違う。

 一体誰のことを言っているのか玲菜は気になったが、話は流れる。

「だから占い師よ」

 タチアーナは告げる。

「退屈が嫌いな占い師。それと、いい男とお酒も好き」

 眼はレオの顔を見ていて、とっさに玲菜は彼の手を掴《つか》んだ。

「え?」

 ショーンの前で握ってくるなんて、レオは戸惑ったけれども繋ぎ返す。肝心の彼女の正体をもう一度訊ねた。

「ただの占い師? 俺は占いとか信じないけど、やけに当たるようだし。預言者みたいな力を持っているとか?」

 レオの言う預言者というのは『盲目の預言者』のこと。彼女は“視える”力を持っていて、未来以外のこともいろいろと視えていた。ただその力は呪われた腕輪を填めることにより得る力であり、填めたら最後、外すことはできなくなって、両眼を失くして体も次第に崩れていく。

「預言者の力ねぇ……」

 タチアーナは妖しく笑う。

「どうかしら? 持っている……いえ、持っていた?」

 

「え!?

 

 爆弾発言過ぎて、一瞬止まる玲菜たち。

 すぐにショーンが訊き返した。

「あの力を持っていた? 呪いは!?

 

「呪いは受けているわよ。今も! ……ずっと昔から」

 

 

 ――その時。

「レイナ様〜〜〜!!

 

 可憐な美少女の声が響く。

 本人は、うっかり子供みたいに叫んでしまったと、自分の立場や状況を考えて口を塞いだ。

 美少女というか、美しい娘。重要な砦を守る尊厳に満ちた皇女。

 御皇妹《ごこうまい》・クリスティナは、皇帝が来訪したと知るや否や自ら出向いて迎えに出る。

 戻ってきた侍女や護衛を引き連れて歩き、たった今、異母兄《あに》たちの集団を見つけて駆け寄ってきたところだ。

 暗い庭でも金色の長い髪は明かりに照らされて美しく、青い瞳を輝かせて三人に話しかけた。

「お異母兄《にい》様……いえ、陛下、レイナ様、ショーン様、お久しぶりですわ! 突然の来訪、嬉しく思います」

 高貴さを放っていても、喋るとやはり世間知らずのお姫様感が残っていたが、彼女の隣に居た男がサッとひざまずく。深々と頭《こうべ》を垂れた。

 驚いたのはクリスティナだ。

「フェリクス様!?

 ただ彼女は、夫の真意が分かって自分もひざまずいた。夫が謝罪するなら自分もしなければならない、と。侍女も護衛も部下も皆、同じようにした。

 そして、フェリクスは口を開く。

「陛下! 私《わたくし》は……」

 

「いい!」

 

 レオは謝罪の言葉を遮《さえぎ》った。

「長い言葉は面倒だから聞きたくない。それと、どんなに謝られようと、俺はお前を心から赦《ゆる》すことはできないだろう」

「レオ……」

 玲菜が口を挿《はさ》む前に続ける。

「でも、表面上は赦しておいてやる。何度も謝るとかしなくていいから」

「ですがっ……!」

 顔を上げるフェリクスをまっすぐに見つめるレオ。

 

「もう二度と俺を裏切るな!」

 

 静まり返った庭に声が響く。

「それと妻を大事にして、命を懸けて守れ」

 

 その言葉には異母妹が顔を上げる。

「お兄様……」

「謝る代わりに、そうやって償え」

 レオが告げると、フェリクスはもう一度頭を下げて誓った。

「はい。必ず!!

 

 

 頃合いを見てショーンが場の雰囲気を戻す。

「さて、もういいだろ。俺たちは咎《とが》めに来たんじゃないんだよ。旅の途中に寄って、泊めてもらおうかなってさ。空いている部屋でいいんだけどさ」

「まぁ! そうでしたの。すぐにご用意いたしますわ」

 クリスティナは立ち上がって玲菜たちを見回した。

「泊まるのは三人ですよね?」

「あれ?」

 そこで玲菜は気付く。

「タチアーナさんは?」

 自分の隣に居たはずのタチアーナの姿はすでに消えていた。

「え? 他に誰かいらっしゃったのですか?」

 しかも、クリスティナたちが駆け寄ってきた時には居なかったらしい。

「いや」

 レオは頭を押さえて苦い顔をした。

「まだ質問の途中だったのに、また逃げられたな」

 しかも肝心のところで。

 けれど、なんとなくまた会いそうな気は三人ともしていた。

 

 さておき、晩餐《ばんさん》の用意をしてくれるというクリスティナの厚意に甘えつつ、ショーンは『大事なこと』を彼女に教えた。伴《ともな》う頼み事があった為に。

「え!?

 驚いたクリスティナは、チラリと玲菜の方を見て、意味ありげに微笑む。何かを嬉しそうに侍女にも伝えて、しかし妙にコソコソと話す。

 明らかに不審であり、玲菜とレオが顔を見合わせていると、「客間で待っていてくれ」と言ってショーンと共に去って行った。

 

 取り残された二人はなんだか分からずに唖然《あぜん》としたが、案内人と護衛が客間まで送る。「食事の用意が終わったら呼びに来る」と、紅茶を出した案内人や護衛は部屋から出て行った。

 

 

 ワケが分からぬまま、二人きりになる玲菜とレオ。……いや、一応ウヅキも一緒に居るので二人きりではない……か?

 ウヅキは絨毯《じゅうたん》で丸くなり、二人は出された紅茶を飲むために窓際にあるテーブルの席に着いた。

 

 暗い外の、所々に見える明かりを見ながら玲菜は少し笑う。

「なんだか懐かしい」

「え?」

「半年前……じゃなかった。二年前の戦の時にさ、聖堂から外見たらやっぱ明かりが多くって」

 建物の部屋から漏れる明かりもあったが、ほとんどは見張りのための明かりだった記憶。

「その時、やっぱここ要塞なんだなってしっくりいったっていうかさ」

 つい最近では『敵陣』となっていた砦。

 その頃は別の城塞のようにも感じていたが、戻ってきて改めて見ると知っている城だ。

「この前の戦の時は凄く恐く見えたよ。でも今は懐かしい」

 玲菜はテーブルを挟んで座る男を見て吹き出しそうになった。

「なんか、レオは違う」

「あぁ?」

 なぜ自分を見て笑うのか、分からなくて眉をひそめるレオ。

「なんだよ? 失礼な奴だな」

「ごめんごめん」

 謝ってから玲菜は理由を述べた。

「ここのお城ではレオ、いつもシリウスだったからさ。なんか、カッコ良かったし、服装も」

 ここではほとんどの時間、シリウスという凛々《りり》しい騎士であった彼は、今の『旅人』風のレオと同一人物ではない錯覚に陥《おちい》る。

「つまり今の俺はカッコ良くないってことか」

 ムスッとしながら立ち上がり、「そんなことない」と言う玲菜の腕を引っ張るレオ。

 彼女が慌てても部屋の奥のソファに連れて行き、サイドテーブルに紅茶を置かせた。

「え? 何? どういうこと?」

「ああ、うん」

 無意識に連れてきてしまったので訳を話す。

「夜で窓の近くは未だに安心できなくてさ」

 ずっと無かったのに、つい癖で。

「何が?」

 

「暗殺が」

 

 腰掛けてレオは告げた。

「優秀な忍びが居るけど、それでも習慣で」

「……そっか」

 俯《うつむ》きながら腰掛けようとする玲菜を引き寄せて、自分の膝に座らせた。

「あれ?」

「分かっている!」

 まだ何も言っていないのにそう言って、後ろから抱きしめるレオは彼女の背中に顔をうずめる。

「これ以上はしないから、こうさせろ」

 突然の予期していなかった抱擁《ほうよう》に、体温が上昇したのは玲菜の方だ。

(うわぁ〜〜〜)

 なんていうか、後ろからというのに弱い。

 彼は顔を上げて玲菜の髪を眺めた。

「伸びたよな」

「え?」

「前はもっと短かった。今はもう肩に付くくらいあるよな」

 彼が優しくうなじにキスをするので、うっかり玲菜は変な声を出してしまった。

 

 多分、それで調子づいたか。

 今度は胸を目指して移動してくる彼の手をサッと掴む。

「これ以上しないって言っ……」

 注意する前に唇が首筋に触れてきて、また変な声が漏れた。

 

 おかげでレオの気分は盛り上がってしまったようだが、気を引き締めて玲菜は訴える。

「もう! くすぐったい!」

 尚も続けようとする奴を押さえた。

「お終い!」

「やだ。終わらせない」

「これ以上しないって言ったでしょ?」

 

「言ったよ!!

 なぜか怒り気味にレオは返してきた。

「だからしてないだろ?」

 一瞬止まってしまったが、落ち着いて玲菜は答えた。

「したでしょ。……キス」

 図星を突かれてレオは苦し紛れに返す。

「だから……キス以上はしない」

 言い難そうに。

「嫌か? キス」

 

「嫌じゃないよ」

 彼女の答えに、いつもの流れを強要した。

「良いか駄目かで答えろよ」

 ただ、いつもの玲菜なら「良いよ」と答えるのに今日は違った。

「口にして」

 

「え?」

 

「首じゃなくて」

 恥ずかしくて言葉を変えた様子。

 そんな玲菜をレオは振り向かせた。

 

 

「玲菜……」

 二人は見つめ合いレオの顔が近付く。そして……

 

 

「シリウス様〜〜〜〜〜〜〜!!

 聞き覚えのある野太高い声が廊下に響く。

 

 思わず止まり、青ざめる二人。

「え? 今の……ロッサム?」

 声はどんどん近付いてきて客間のドアの前で止まった。

 

「シリウス様、確かこの部屋って聞いたわね」

 声の主・オネエ≠フロッサムはドアをノックする。

 反射的に返事をしようとした玲菜の口をレオは塞いだ。

 小声で耳打ちする。

「居ないフリをするぞ。いいな?」

 こくりと玲菜は頷き、二人は口を閉じて静かにした。

 ドアには鍵が閉まっていて、返事をしなければ諦めて去るだろう。

 そう思った通りロッサムは一度ドアを開けようとして開かない様子に首を傾げた。

「あら? 鍵? 誰も居ないってことかしら。変ねぇ」

 ガチャガチャと鍵の音が聞こえて、計算通りに彼(?)が去っていくと思いきや――

 次の瞬間には鍵の壊れる大きな音が鳴り響き、無残にもドアが開く。

 本人は怪力で破壊したことに気付かず、「やっと開いた」と部屋に入ってくる。

 

「あ! 二人とも居たのね〜!」

  奥のソファに二人が居るのを見つけてドタドタと内股で駆け寄り、二人の様子に照れて騒いだ。

「いや〜ん、二人とも何密着しているの〜? ホントにレイナちゃんって誘惑するんだから」

「え!? 誘惑!?

 慌てて離れつつ、恥ずかしい言いがかりをつけられた玲菜は弁解する。

「違うよ! 私そんなふしだらな女子じゃないよ! レオの膝に座っていたのだって、レオの方が……」

 しかしロッサムは聞く耳持たず。興奮してシリウス様に飛びついた。

「シリウス様〜〜〜!! 会いたかった〜! 次はワタシの番です!!

 ワタシの番というのはつまり、玲菜がやっていたことの順番という意味であり。ちょうど空いたばかりのレオの膝の上に思いきり座る。

 

 おかげで、あまり素で言わない「ぎゃああああ」というレオの絶叫が部屋中に響いた。

 

 

 

「ごめんなさい、シリウス様」

 

 いきなり巨体の筋肉男が自分の膝の上に乗り、気持ち悪さと痛さ、両方の恐怖で悶絶したレオにロッサムが謝る。

「レイナちゃんより少し重かったでしょう?」

 少しどころの騒ぎではないし、勢いよく乗った彼の馬鹿力も加わって相当な被害を受けたレオは恐る恐る自分の太ももを触る。

 まさかと思うが骨にヒビなんて……あるわけないが。

「ロッサム……お前なぁ」

 邪魔されたこともドアの鍵を壊されたことも合わせて怒りがこみ上げる。

「キスの邪魔しやがって!! なんでここに居る!?

「え? それは、皇女さまの侍女たちを送り届けたからですよ? シリウス様、ご自分で頼んで……」

「そうじゃなくて!」

 レオが訊きたかったのはなぜこの部屋が分かったのか。

「誰に訊いてここに来た!」

 せっかく二人きりだったのに。

「あ、あの……ショーン様です」

 おずおずと言ったロッサムの答えで謎はすべて解けた。

 

「オヤジの差し金かよ」

 

 可愛い娘と恋人を部屋で二人きりにするほど親ばか父は甘くなかった。

 せっかくの好機は潰されて、今後も二人きりになれるかの見通しは無い。

「ああ」

 落ち込むレオの肩をロッサムが叩いた。

「大丈夫です。キスならワタシが。んーー」

 何を勘違いしているのか、彼は目を閉じて唇を突き出しながら待ち始める。一瞬、顔面をぶん殴りそうになったレオは堪《こら》えて、代わりに玲菜を引っ張った。

 ちょうどロッサムが目をつむって見ていないので。

 先ほど邪魔されてできなかったキスを素早くする。

 びっくりして止まっている彼女に宣言した。

「これじゃあ足りないから、あとでな」

 

 一方、待てども自分の唇に何も感じないロッサムは、今の声が聞こえて目を開ける。見つめ合う二人の様子で何かを感じ取って頬を膨らませた。

「ちょっと! 今二人で何かしました?」

「別に」

 レオは平然ととぼけたけれども、玲菜は顔に出てしまい赤くなる。

「あー!」

 見逃さなかったロッサムは怒り出した。

「やっぱり! ワタシが目をつむっている間であんなコトして終わらせるなんて。どうもゴソゴソと音がすると思った。全く早いんだから、シリウス様は」

 妙な誤解を生む言い方で玲菜の方が焦る。

「え? 何をしたと思っているんですか? え? 待って!」

「ナニって……言わせる気?」

 

 ちょうどオネエが頬を赤らめた時、城の使用人が男女数名でやってきた。

 

 

 部屋まで来て、ドアの鍵が壊れていることに首を捻ったが「もうすぐ晩餐の準備が終わること」を伝えてくる。

 そしてなぜか「お召し物の着替えを」と勧められて、玲菜は別室へ連れて行かれる。

 

 なんだか分からずに衣装を選ばされて、なんとなく赤いドレスにすると、女性に手伝われながら着替えた。

 もしかすると、急に立ち寄ったとはいえ皇族の晩餐だからそれなりの格好をしなくてはいけないのか……食事と空いている部屋を使わせてもらえればそれで良かっただけなのに、面倒を掛けてしまった。

 ただ、ドレスを着られるのは凄く嬉しい。

(赤はちょっと派手かなぁ?)

 鏡を見て、他の色にすれば良かったかとも思うが、他の色は逆に装飾が派手だった。

(まぁ、いいよね、これでも)

 

 

 そうして、玲菜が女性たちに連れられて廊下を歩いていくと、途中でレオの集団に会う。レオもまた着替えさせられたらしく、いわゆる黒の三つ揃え《スーツ》姿。

 彼も「なぜ着替えるのか」と面倒そうであったが、赤いドレスの玲菜を見るなり目を丸くする。見惚れて立ち止まってしまった。

 代わりに……というか、ロッサムが内股で駆け寄って「可愛い」と絶賛した。

「レイナちゃん、可愛い〜! 赤も似合うわね! 素敵よぉ」

 ついでに耳打ちしてきた。

「シリウス様、やっぱりああいう格好似合うわよね。ワタシったら興奮しちゃった」

 彼の言う通り、興奮かどうかは分からないが、レオの姿も見惚れざるを得ない。

 ボーッとしていると、レオが先に我に返り、玲菜に近付く。得意の直視をした後に腕だけを差し出した。

「ほら!」

 期待していたわけではないが、褒め言葉は特に無い。

 多分『エスコート』だと察して玲菜は腕をとる。めげずに彼の服装の感想を伝えた。

「レオ、似合っているね! カッコイイ」

「ああ?」

 少し間を空けてからレオはお得意のそっぽ。

「……お前……あって……」

 聞こえない。

「え?」

 訊き返すと恥ずかしそうに怒鳴って返した。

「だから! 可愛いっつってんだよ!!

 

 

 ちょうどその時広間に到着。「お連れしました」と向こう側に言って使用人が扉を開けると、煌《きら》びやかな装飾、大きなテーブルに並べられた豪華な食事、そして……花束を持ったクリスティナと侍女たち、使用人が並んで出迎えた。

 

「レイナ様、お誕生日、おめでとうございます!!

 

 

「……え?」

 

 突然すぎて何が起きたのか反応できない玲菜。

 レオも同じで呆然《ぼうぜん》とする。

 一緒についてきていたロッサムは知っていたらしく、小さく拍手をした。

 

「え?」

 当人は呑み込めず、周りを見る。

「誕生日?」

 そういえば、今日は何日なのか。この世界では日付をあまり気にしないので忘れていた。

(あ、この前バレンタインチョコ、レオにあげたな)

 あれはバレンタインデーよりも大分経った日だった。多分二月の後半くらいで、あれから一週間以上が経っている。

(じゃあ、今日は三月六日?)

 本来は春の初めというか、まだ寒い頃なので、夏っぽいこの時季だと実感がわかない。

 それに、誕生日を教えたのはレオとショーンのみ。

(教えたっていうか、ショーンは元々知っていたわけであって)

 

 クリスティナは嬉しそうに駆け寄って花束を渡してきた。

「先ほどショーン様から聞きましたの。時間が無くてこれだけしか用意できませんでしたが、ごゆっくり晩餐を過ごしてくださいね」

『これだけ』といってもかなり豪勢な料理だ。ステーキや色とりどりの野菜、スープに玉子に魚、焼きたてのパン……この辺りは当たり前に有り、後はやたら大きな豚や鶏の丸焼き。それと何かの肉、大きなハムやソーセージ、チーズ……あと、肉。

 

(お肉ばっかり)

 玲菜は食べきれるか不安になったが、隣に居る男がほとんど平らげるはずなので平気か。それにしてもこんなに肉が多いのは、正面の可憐な娘も侮《あなど》れないほど大食いな事実。

(レオやクリスティナさん基準のご馳走なんだよね、きっと)

 まぁ、彼女らにとっては『これだけ』なのかもしれないが。

「ありがとうございます! 忘れていたのでびっくりしましたけど、とても嬉しいです!」

 玲菜が礼を言うとクリスティナは微笑んだ。

「喜んでもらえて良かったわ。確か、アルバートお兄様と同じ年でしたよね?」

「は、はい。二十一……じゃなかった、今日で二十三歳になりました」

 そうだ。本当は二十一歳のはずだが、ここでは二十三歳。まさか二十二歳を飛び越すとは。

 もったいない気もするけれど仕方ない。

 

 ふと、隣に居る男を見ると妙に焦った顔。

「たんじょうび?」

「あ! 前にレオに教えたよね。今日だったみたい。忘れてたけど」

 玲菜は気にせずに話したのに、レオは半分放心状態でボソボソと呟く。

「忘れてた。……贈り物」

「贈り物?」

 誕生日プレゼントなんて特に欲しいとかは無い。

「いいよ、いいよ! 私も忘れてたし。こうやって過ごせるだけでいいの。ご馳走も用意してもらって、幸せっていうか」

 レオと過ごせるだけで幸せではある。

 

 そういえば、前に旧暦で仮的な誕生日祝いをやってもらったことがあった。

(あれは……あれも、“ショーン”がやってくれたんだ)

 確か数日前に、不自然に誕生日を訊いてきた。今思えば多分、最初から祝ってくれるつもりで。

(お父さんってば……)

 父に対し心の中で感謝した玲菜は、ふと、その本人が居ないことに気付く。

 

 訊ねると、クリスティナの侍女の一人が見かけたことを教えてくれた。

「ショーン様なら先ほど『一服《いっぷく》する』と仰《おっしゃ》って外へ向かわれましたよ」

(いっぷく? 煙草を?)

 ショーンはよく、煙草を吸いに外へ出る時があったので不自然ではない。

(でももうご馳走食べ始めるのに)

 たまに考え事か何かに没頭していて、帰ってくるのがうっかり遅くなることも。

 

 仕方ないと思い、玲菜はレオと席に着いて晩餐が始まった。

 

 

 

 一方そのショーンは――

 暗い外で、気になる人物を見つけて捉《つか》まえていた。

 煙草も吸わずに、先ほど感じたことを直感的に問う。

 鳳凰城塞の門で会った女性占い師・タチアーナに。

 

「キミはひょっとして……シドゥリか?」

 

 

 風が吹き、赤い髪をなびかせて振り向いた彼女は「フフッ」と笑いながら答えた。

「ええ、そうよ。……お久しぶりね。いえ、初めましてかしら? ショーンさん」


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