創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第六十八話:神話の頃]

 

「ショーン?」

 

「……生きていたの? ショーン!?

 

 

 十二年前――都に戻ってきたショーンに声を掛けたのは幼馴染のサーシャだった。

 娘と一緒に未来へ戻ろうとしたら、ユナに突き飛ばされて来た時代。

 いろいろと調べてみると、なんと! 自分が時空移動をした年から約十二年後であり。しかも、以前の世界とは似て非なる世界。

 

 但し、文化や言葉などが違えども人々の人生は変わっていなく、あの時から十二年経った様子で皆が普通に生活をしている。

 前の世界の記憶があって、変わったことを知っているのも自分だけのようだった。

 

 しかし……自分に関しては、あれから二十四歳老いた四十一歳の今。本来あのままここで過ごしていたら二十九歳のはず。知り合いに会っても気付かれないと思っていたし、会わない方がいいと思っていた。

 それでもついつい懐かしくて都を歩いていたら、まさか名前を呼ばれてしまった。

 

 金色の髪をした美人の幼馴染は、「ショーン」と名前を呼んで顔を見ると、少しじっと見た後に謝ってきた。どうやら『人違い』だと思ったらしく。

 さすがに二十九の男には見えないから、雰囲気が似ている別人だと判断したようだ。「ごめんなさいね」と場を去ろうとする。

 ……本当はそのまま、人違いということにしておけば良かったかもしれない。

 でも、ついうっかり、返事をしてしまった。『ショーン』だと。

 

 彼女は「ずいぶんと老けた」と、「まるで自分よりもずっと齢を取ったみたいだ」と不思議がったが、戦場から帰ってきた者が老け込んで別人のようになってしまうことはたまにあったので、その類だと思ったようだ。

「余程つらい目に遭ったんだね」とあまり追究しようとはしてこなかった。

 或いは、“何か”あったのだろうと勘付いたようだが、しつこく訊ねてこなかった。

 彼女も十二年の間にいろいろなことがあったから。老けたショーンを本人と認め、昔と同じく信頼した。

 

 

(――その後俺は、両親の死も知って……なんかな)

 自分の両親は、息子が戦死したと思い悲しみ暮らした後に亡くなったのだという。

(無理だけど、孫《れいな》も見せてやりたかった。でも、老けすぎた俺を見たらどう思っただろうな)

 

 預言者《シドゥリ》の家の一室で旧世界の伝承を改めて調べながら、ショーンはしばし昔の事を思い出していた。

 

 考え事をしていると調べ物が進まないけれど、今日タチアーナといろんな話をして思い出さずにはいられない。

 結局、サーシャ以外の昔の馴染みとは会わないようにしていたし、会っても別人のフリをしていた。彼女も事情があって昔住んでいた地区とは違う場所で生活をしていて、新しい繋がりを持っていた。

 やがて彼女は息子と共に城へ。自分も下町ではなく、『賢者』らしい“上”の街に居を構えた。

 

「あー駄目だ」

 ショーンはちっとも頭の中に入ってこない本を閉じてため息をついた。

 本当は旧世界のことを調べて封印術を知りたいのに。

(そもそもあんま記述が無ぇ)

 そういえば、自身がかつて二年前に『死者の塔の遺跡』で唱えた術は『封印を解く呪文』だった。

 あれは解読した言葉をそのまま言っただけで、誰でも可能だった……のだろうか。

(いや、あの時はまだアルテミスの所に行く前だったし、封印術士とかの問題じゃねーけど)

 解いたのは闇に属する月の力だった。

 それを、“災いの入れ物”であるシリウスの剣に入れたのだ。

(剣の中の『闇の力』を封印した例がどっかにあったはず)

 自分の持っている大量の資料の中のどこかに。

 もしかすると手元には無く、今の自宅にも無く、都の家にある可能性が……。

 だとすると、サイの都を奪還もしくはこっそり家に戻って探さないといけない。

「くっそ」

 ショーンが嘆いて頭を抱えた頃、先にレオの許《もと》へ報告に行った黒竜がこちらにもやってきた。

 

 

 そして、軍総隊長に話した事を軍師にも伝える。更に、明朝にはここを出発することも。

 聞いたショーンは確認するため、玲菜たちの部屋へ出向いた。

 

 

 ―――――

 

 部屋に着くと、不安そうな表情をした娘がベッドに腰掛けてレオは椅子に座っている。朱音は居なく、入ってきたショーンに気付いて「ああ」と顔を上げた。

「オヤジ、黒竜から聞いたか?」

「聞いた。……クラウ公国のことは、実は予想がついていたし」

「さすがオヤジだな」

 ならば話は早いとレオは言う。

「向こうはもう準備を始めているっていうから、俺たちもうかうかしていられねーだろ。元々アスールスに出軍する予定だったし、早まったくらいの話」

「アスールス?」

 アスールス奪還のための出軍の話は参謀の方でも練っていたが、なぜ今その話が出てくるのか。ショーンが首を捻《ひね》ると、レオは得意げに笑う。

「アスールスに出軍した兵でクラウ公国軍に防衛しようと思ってるんだ。俺の予想だと狙われるのはアスールスだから」

 確かにショーンもそれは予想していた。

 アスールス港町は今、偽皇帝の管理下に落ちていたが、先日のセイの告白が広まれば管理している兵隊に動揺が走る。

 皇帝が偽者ならばカルロスは謀反《むほん》者ではない、と。

 住民たちの反乱は時間の問題であり、兵隊共々混乱に陥《おちい》るはず。そこに奪還軍が赴けば解放は容易い。

 しかし向こうもそれは読んでいるはずなので、罠を仕掛けてくるかもしれない。

 つまり罠というのがクラウ公国であって、どさくさ紛れに攻めてきて、アスールスを占領する可能性。

 かの国は餌の領土目的に、全面協力してくるだろう。

「領土?」

 訊ねる玲菜に「うん」と頷《うなず》く。

「小国は喉から手が出る程、領土が欲しいから。占領させてやるから協力しろと言えば絶対に食いつく。戦が終わった後に返還問題が起きるかもしれねーけど、とりあえずはな」

 かつての世界よりも住める土地が少なくなった現在、領土の確保にはいつも争いがつきまとう。単純に住んで耕し暮らすだけでなく、掘ってあらゆる資源を養う。水が出れば移住ができ、鉱石・資材は高く売れる。大昔の文明物は直して生活に。

 

「だろ? だからアスールスにたくさん軍を送って、解放してから防衛って作戦。帰ったらすぐにな」

 珍しく自分が優秀な作戦を考えたからの得意円満顔レオに釘をさすショーン。

「まぁ、それでいいけど、あんま慌てるな」

「なんでだよ?」

 相手は準備を進めていると聞いた。

「先に解放してから防衛すんだから、早くしないと」

「解放は、作戦によってはすぐにできる。しかも争わずに。大軍をアスールスに留めるなよ」

 ショーンの言い分としては、大軍をわざわざアスールスに向かわせたらそこを戦場にしてしまうとのこと。

「相手が、アスールス占領を狙っているのを分かっていても、なんとか回避させたい」

「だったら、奪還軍が町を包囲して守れば攻めてこない……」

「それだと真の『解放』にはならねーだろ!」

 町を管理するのが奪還軍に変わるだけで、港町の人々には『解放』とはならない。元々城塞都市でもなんでもなく、ただの観光地である町の民衆は、早く元の自由な暮らしに戻りたいと願っている。

「俺がタヤマ君を中心に参謀で練っていたのは」

 帰ったら軍総隊長に聴いてもらうつもりだったとショーンは言う。

「アスールス港町を無血解放。出陣した軍はそのまま防衛に向けて待機。但し、アスールス港町に駐留はせず」

「え?」

 口をあんぐりと開けて見るレオを気にせずに続ける。

「ついでに、皇帝配下の軍を寝返らせて管理したふりの警備に充てる。これは住民の自由をなるべく尊重させるものとする」

「ちょっ、ちょっと待てオヤジ」

 そんなことできるのか。の前に、一番の疑問を訊ねるレオ。

「アスールスで駐留しない軍はどこで待機するんだよ!?

 

「ん? 海」

 

 

 海からの侵攻の可能性はもちろんレオの頭の中にもあった。だから水辺にも軍をと考えていた。だが、ショーンの考えは少し違うようだ。

「水辺っていうか、海であって、海の上で戦って追い返す。それが理想的かな」

 陸からの侵攻も想定して軍を置くが、クラウ公国参戦ならば海からの方が確率は高いとのこと。レオは今までほとんど経験の無い戦闘をつっこんだ。

「海戦かよ!?

 

 湖での模擬訓練はある。実戦としては……自分が高台で指揮を取ったことがあるくらい。指揮といっても、ほぼ見ていただけであるし、小戦程度だった。

 まぁ今回は出軍ということなので、自分は出向かなくても良い……のか?

 しかし重要な問題が。

「っていうか、水軍造ってねーし! 船は?」

「湖族とか、海賊・海族《うみぞく》がいるだろ」

 当たり前のようにショーンは答えたけれども。

「連中だけで足りるか!!

 

 絶妙なつっこみに軍師はニッと笑った。

「うん、だから、海賊のピーター船長に訊いたんだ。他に傘下とか協力してくれる海賊いねーか? って」

 一体いつだ。……いや、森へ向かう前にいろいろとやることがあるとショーンは言っていた。ただ準備するだけでなく、一週間要すると。

 なんとなく、軍の管理で忙しいのかと思っていた。ここまで話を聞くと、管理だけではなかったようだ。

「そしたらさ、結構いるらしくて。でも海賊だからさ、タダでは動かないっつーか。なぁ? 皇帝陛下」

 

 海賊がそんなにいるとは思わなかった。領海の警備管理が行き届いていなかった事実の判明に腹が立つやら呆《あき》れるやら。

 ただ、軍師の眼を見れば何が言いたいのか瞭然。

 そのことにも腹が立つやら呆れるやら。……多分、悔しさが一番高い。

 

 レオはこみ上げる怒りを抑えることができずに怒鳴った。

 

「分かった!! 恩赦《おんしゃ》だろ? 奪還軍として戦う者に恩赦を約束する! これでいいか!?

 海賊行為の罪を無罪放免にする『恩赦』は皇帝にしかできない法。

 

「さすが! アルバート皇帝陛下は器がでかいな!」

 調子に乗るショーンをキッと睨みつつ、レオは頭を押さえた。

「但し、連中に言っておけよ。俺が恩赦を発令できるのも、玉座を奪還してからだ」

 

 

 

 とりあえず、ショーンの言う通り、焦らず戦の作戦を練るとして。

 それでも準備は進めるし、明日の午前中には預言者の家を出ると決めた一行。

 黒竜は通達のために出て行き、朱音は見張りを継続。三人は眠ることにした。

 戦の話でそれどころではなくなったといっても、明日にはタチアーナの考えがまとまっていると思うので話を聞く。レオの体のことも並行して考えていかねばならない。特に玲菜は、戦の方では活躍できないので自分が頑張って動いていこうと決めた。

 決して諦めずにいこう、と。

 闇の呪い、封印術……レオかショーン、どちらでも犠牲になっては駄目だ。

 必ず助けることを心に誓って夜眠りに就いた。

 

 

 

 ―――――

 

 そして、一夜が明ける。

 

「皆さん、お早うございます」

 朝になると、タチアーナは見た目が昨夕の淑女の方に変わっていて、金色に近いまっすぐな茶髪と緑色の瞳、白いローブ姿に戻っていた。

 喋り方はもちろんのこと、心なしか声の高さも違うよう。それに……胸がほんの少し小さくなったように感じる。

 知っていたのに、改めて見ると皆はびっくりして止まる。少し間を空けてから頭で理解して、通されるテーブルについた。

 そして、料理を運んだエドも座り、しばらくゆったりとした朝食の時間になる。

 

 

 食事が終わり、食後の茶を飲んでいると、ようやくタチアーナが切り出した。

「昨日、姉と話し合ったのですが」

 姉というのは夜のタチアーナのこと。意識的には『イナンナ』という女神(?)らしい。

「結論から申しますと……」

 皆が息を呑《の》む中、彼女は重い口を開ける。

 

「やはり、封印術の入れ物を作ることは無理だ、と」

 

 呆然《ぼうぜん》とする皆をよそに続ける。

 

「封印術の入れ物は『封力石』といいます。結晶石に似た透明の石で、探せばどこかにあるかもしれません」

 じゃあ、探せばいいじゃないかとレオが言う前に言った。

「けれど、闇の力を完全に封じるには、普通の封力石では無理なんです。『神の封力石』というのが必要で、もうこの世にはありません」

『神』だなんて、なんだか大層な名前が出てきてしまったが、この世に無いというのは昨日聞いた。だから作れないかと訊いたのに。

「作る材料は全く無いということか? どこにも?」

 昨日と似たようなことをレオが訊いてしまったが、タチアーナは首を振る。

「……可能性が無いわけではありませんが、今のこの世界では気の遠くなる話です」

「今のこの世界?」

「大昔ならば、もう少し集めやすかったと思います。材料は、時が経つと消えてしまうので」

 大昔はそれこそ、世界中に散らばっていたけれど、段々と減ってしまったのだという。

「それに、世界を廻《まわ》れる技術があったようですし」

 世界を廻る技術とは。

「飛行機とか?」

 ふと思い、玲菜が訊ねると、ショーンは「ああ」と納得してレオは首を傾《かし》げた。

「ヒコーキって……前にお前が言ってたやつだっけ?」

「うん。空を飛ぶ乗り物」

 答えつつ玲菜は考える。

 たとえば『時空の渦』に行って大昔に行き、そこで材料を集めるなんて……

(そんな簡単にタイムスリップできたら苦労しないよね)

 できたら現代にだって簡単に戻れてしまう。

 

 玲菜が落ち込んでいると、考古研究者のショーンが自分の興味で訊ねた。

「探せないってのは分かったけど、材料って何だ? もしかして結晶石?」

 先ほどにも挙がっていた『結晶石』という名。玲菜はある物を思い出してハッとした。

「あ、アヌーの結晶石!?

 時空移動の時に必要だった鍵が青い真珠のような石だった。今はもう青くはなく、ただの小石のようになってしまったが。

「そうですね。結晶石はアヌーの他にも種類があります。元々、『それぞれの結晶』が集まって出来た石なので」

「それぞれの結晶?」

 

 タチアーナは俯《うつむ》き、「少し話が逸《そ》れますが」と言って話し始めた。

 

 

 *

 

 ―――かつて、神の石という物があったこと。

 恐らく、旧世界にとっても神話と呼ばれる時代。

 亜人(ア=ヒト)という人種がつくられて、彼らは人とは違う『力』を持った。

『力』というのはそれぞれ違う能力だったが、いわゆる何も無い場所から炎や水を生み出す力を持つ者もいて、中でも最も強い力を持った亜人《ア=ヒト》は賢者と呼ばれた。

 やがて五人の賢者が、自身の力を注ぎこんだ唯一無二の石を創り、『神』と称えられて、その石は『神の石』と呼ばれることになる。

 

 けれど争いの後に、石は壊れて結晶が世界中に降り注いだ。

 

 

 *

 

「……当然、その結晶には『神の石の力』が入っていました」

 そして人々は、力のことを神の力ではなく、『精霊の力』と呼ぶようになった。――と、そこまで話したところでショーンが口を挿《はさ》んだ。

「精霊の世界のことか!」

 彼が専門で調べている前々世界のこと。

 

 ただ、結晶は段々と減っていき、次の『人間の世界』の時にはもうほぼ無くなっていたらしく。

 更に時代の経った現在では望みはかなり薄い。

「でも、実は前世界よりも今の世界の方が、精霊の世界の物は出土しやすいけどな。それでも?」

「それでも、ですね」

 タチアーナはトドメを刺すが如く告げる。

「しかも、材料は結晶だけではありません」

 彼女が「気の遠くなる」と言った意味が分かった気がした。

『結晶』とやらだけでも望みは薄いのに、材料はそれだけでないとのこと。詳しく聴いても無理なのが判って皆は打ちのめされた。

 

 では、どうすればいいのか。

 ショーンが勝手に自己犠牲を言い出す前にタチアーナは先手を打った。

「ですが! 呪いを解く方法に望みが無いわけではありません」

「え?」

「というか、わかりません」

 ここで曖昧な言い方に変わった。

「闇の力に対抗する唯一の術《すべ》が駄目で、もう方法は無いと思ったのですが、それは間違いでした」

 彼女は、唯一ではない……いや、唯一ではなくすと言う。

「昨日皆さんと話して、姉は言いました。『新しい方法を作りたい』と」

 前世のイナンナだった頃、彼女はありとあらゆる方法を試して、結果成功したのが「神の封力石を使い、封印術で完全に封じる」のみだったらしく。だから唯一、と。

 決して怠慢《たいまん》で『唯一』と称していたわけではなかったけれど。

「姉と私は、やっていない方法が無いかもう一度考えました。そして見つけたのです」

 成功するかは分からない。それでも彼女たちは思いついた。

「青族の血で力を抑えることを」

 

 また新しい言葉が出てきた。

 ちなみに、「封じる」とは言っていない。

 

 しかし、知らないと思っていたのはレオと玲菜だけらしく、考古研究者は立ち上がる。

「あ、あ、あ、青族!?

 

「なんだよ、そのアオゾクって。どっかの民族?」

 首を捻るレオにショーンが教えた。

「精霊の世界に出てくる、伝説の種族。但し亜人《ア=ヒト》」

 

「ふ〜ん」

 やけに軽い返事をしたレオは、うさんくさい『伝説』という言葉よりもずっと訊きそびれていたことを訊ねる。

「ところでアヒトってなんだ?」

 

 ……そこからか。

 ショーンは亜人《ア=ヒト》のことを簡単に説明した。

 

 

「――え? つまり、人間じゃないけど人間っぽいやつら?」

 ただ、彼はうさんくさいことを基本信じない。

 明らかに不審そうな顔をするレオとは逆に、玲菜は目を輝かせた。

「もしかして、人魚とか妖精とか? おとぎ話に出てくるやつ?」

「うん。その通り」

 娘はなんて無邪気で可愛いんだと口元を緩ます父と、喜ぶ玲菜。

「ええ!? ホントに? やだ、実際にいるなんて夢みたい!」

 言いながら、以前にも似たような名をショーンから聞いたと思い出す。恋人は二年以上前のことなので憶えていなかったようだが。

「あれ? アヒトって、どっか別の場所でも言っていたよね?」

「ん? そうだっけか?」

 確か。

「遺跡? あ、地下の。あの時、いろんな知識を得意げに話してたよね?」

 内容を詳しくは憶えていないが、そんな気がする。

 娘に得意げと言われてショーンは恥ずかしくなった。

「そうだったかなぁ。単に教えただけなんだけどな」

 

 さておき、タチアーナの前世とかいうイナンナやシドゥリも、後に女神と言われただけの亜人《ア=ヒト》だと分かった。

 神と称されたということは、彼女たちが例の賢者だったのだろうか。

 玲菜は考える。

(五人の賢者って、イナンナさんとシドゥリさんとあと三人?)

 まるで帝国四賢者みたいだ。

 

 亜人《ア=ヒト》の説明の終わったショーンは改めてタチアーナに訊ねた。

「青族の血で抑えられるってどういうことだ? 文献に、彼らの血には癒しの力があるって書いてあったけど、闇の力を抑えるとは書いてなかった」

「抑えられるかどうかは分かりませんが、闇の力の悲劇をショーンさんは知っていますか?」

 闇の力の悲劇……

 つまり、呪いがかかった者の末路を、ショーンは知っていた。

「体が崩壊したり、魔物になったり、散々苦しんで最終的には死ぬだろ」

 自我を失い怪物となって死ぬ者、精神が崩壊して肉体も朽ちる者、じわじわと侵蝕される者、魔物じみた顔や体で迫害を受けた挙句に尽きる者……

 どれも目を覆いたくなる悲惨な末路だった。

「しかし中には、……少なくとも見た目の面では、ほとんど闇の影響を受けなかった者たちがいました」

 前世の遠い記憶で彼女は話す。

「それが、青族です。青い髪で、美しい見た目を持つヒト種族。彼らの青い血には治癒の力があり、彼ら自身も自己治癒力が高かった」

 

 青族はその力ゆえに血が狙われ、捕まえられて切り刻まれたのだという。

 そして彼らは森へ隠れ住むようになって、段々と数を減らし、やがていなくなった。

 

 聞いてショーンは「うん、うん」と頷いた。

「青族だけじゃなくて、亜人《ア=ヒト》はなんらかの形で結構絶滅しているからな」

 彼らの悲劇は残念だが、もう一度タチアーナは言った。

「影響を受けないということは、青族の治癒力はきっと、闇の力にまで及ぼしています」

 つまり、青族の血液があれば、封じることはできなくても闇の力を抑えることができるはず――と。

「そうか! 凄いな」

 呪いの進行を遅らせることができるかもしれない。

 或いは、止めることが。

 

 無論、彼らを切り刻むわけではなく、タチアーナには考えがある。

「彼らが血を流さなくても治癒力だけ借りる術があって、私はその術を使えます」

 

 その言葉にパァっと顔が明るくなる玲菜。

 なんていうか、凄く希望に感じるし、「分からない」と言われても期待が持てる。

 ショーンも同じく。ずっと気難しい顔をしていたのに、いつもの笑顔に戻った。

 けれど、レオだけは眉をひそめたままで呆れた眼をした。

「なんでだよ。重要なこと忘れんな」

 ショーンまでうっかり見逃すなんて。

「肝心の青族とやらが絶滅していたら無理だろーが!」

「あ!!

 しかし、彼のつっこみに驚いたのは玲菜だけで、ショーンはニヤニヤとしている。

 

 満を持しておじさんは発表した。

 

「青族の血! 俺、持ってるぞ!! 前に海賊から手に入れたんだ!」

 

「えええ!?

 

 これにはタチアーナも……まさかのエドまで立ち上がり驚く。

「凄いじゃないですか! ショーンさん!」

「さすがショーン様です!」

 

 以前、海賊と交渉をした時の船で、自分の勘を頼って買った時があった。

 もちろん、こんなことを予想していたからでは無いが、なんて強運だ。

 

「すげぇな、オヤジ!」

 レオも尊敬して玲菜は泣きそうになった。

「凄い! 大好き!」

 勢い余って「お父さん」と駆け寄りそうになるくらい嬉しい。

 

 一方ショーンは、娘から幼い頃以来に「大好き」と言われて有頂天になりそうになった。

 なんていうか、……興奮して年甲斐も無く叫びたい。

(俺も大好きだよ、玲菜〜〜〜〜!!

 念の為に心の中で叫んだが、目頭が熱くなった。

 

 

 ――だが、とあることに気付いて一気に熱が冷めて青ざめることになる。

 

「……あ!」

 思い出した。

 

 ちがう。

 

「ああっ……」

 このお祭り騒ぎの中、どうやって言おうか。

 ショーンは口を閉じ、皆が少し静まってから、なんとか勇気を出して切り出した。

 

「……うん。……間違えた」

 

 今の言葉で皆が静まって止まる。

 しばらく沈黙が流れた後に、ショーンは恐る恐る口を開いた。

「……俺が買ったの、青族じゃなくて、『蒼人魚の血』だ」

 

 場の空気は一気に固まり、どんよりと曇っていった。

 

 

 

 *

 

 

 一方その頃。

 

 ようやく少しずつ静けさを取り戻そうとしている皇帝の城――サイ城にて、暗い軍議室で数人のみの会議が静かに進められていた。

 その中には軍師のシガとウォルト扮するオーラム枢機卿《すうききょう》、本当の息子であるヴィクターと偽皇帝改めセイリオス皇子が居た。

 セイはレオを皇帝だと認めないために、セイリオス皇子と名乗ることにして、レオのこともアルバート皇子と呼ぶと決めた。現帝国を無君主状態だと主張する。アルバート皇子を打倒するまでは代行者として、オーラムが政治を行うとした。

 身分も相応であり、聖職者的に『中立』と一応なっていた彼はうってつけであって、宮廷内の反対の声は無い。

 ウォルトはついにアマテラス帝国の実権を握った。

 

 

 今後、万が一にレオを破っても、結局権力はウォルトが握るままだろうというのは置いといて、彼らはこれからの計画を練る。

 クラウ公はシガの口車でまんまと協力に乗ってきたし、他にも味方につきそうな貴族らはいる。

 頭の弱いヴィクターは気楽に喜びの声を上げた。

「いやぁ、なんだかんだで、すぐに我々が勝ってしまいそうだね!」

 つい先日まではセイをアルバートだと思っていた。違うのが分かって、とりあえずは安全なこちら側についていた彼を、シガは見透かした眼で見る。

「そうですね。でも、まだ誰が裏切るか分からないですからね。準備は慎重を越したことはありません」

 この前裏切ろうとしたのがバレているのか。ギクリと顔を引きつらせるヴィクターにほくそ笑みながら、話す軍師。

「あと、今、内親王《ないしんのう》殿下が寝返ってしまったのがまずい」

「え?」

「クリスティナ殿下のことです。あの方は、次期皇帝の妹君ですからね。腹違いではなく正統な」

 密かに想っていた妹の名が出て、ヴィクターは焦った。

「寝返ったといっても、クリスティナは悪くないぞ! 多分、夫のフェリクスのせいだ。フェリクスは元々アルバートの下で戦っていたし。……かわいそうにクリスティナは騙されているんだ!」

 彼の熱弁を分かっていたようにシガは頷く。

「そうですね。ではこうしましょうか」

 また、自分にとって面白いと思った案を出した。

「クリスティナ殿下を返してもらいましょう」

「え、どうやって? フェリクスをこちら側に引き入れるということか?」

 さすがにもうそれは無理だろうと皆は思ったが、軍師の意見は違う。

「いいえ。フェリクス殿は裏切り者なので処刑します」

 つまり、クリスティナだけ奪い返すと。

「そ、そんなこと!」

「できますよ!」

 きっぱりとシガは言う。

「そして、悲しみに満ちた妹君を殿下が慰めればいい」

 口元は笑い、見ている先はヴィクター。

 彼は顔を赤くして止まってしまったが、今度はセイに告げた。

「クリスティナ殿下が戻ってくれば、皇家の支持は絶対的なものになり、民衆も納得するでしょう。セイリオス様は晴れて皇帝の座に……」

 サイ城軍議室で秘密の会議は続く。

 

 クリスティナにはまた、敵軍師の罠が忍び寄っていた。


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