創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第七話:思い出]

 

 ――彼が“レオ君”だとは、最初気付かなかった。

 というか、名前は一致するがまず候補には入れなかった。少年だったし、幼馴染のサーシャの息子とだなんて、まさか思いもよらなかったから。

 よく考えれば、“思いもよらない”ことがまず間違いだ。

 自分の初恋の相手の息子だからこそ、娘だって惹かれる可能性が高い。

 

“レオ君”には気付かなったが、ショーンおじさんが誰なのかはすぐに分かった。多分“自分”だと……いや、自分でなければ嫌だと思った。

 年頃の娘が世話になるのが知らないおじさんだなんて危険すぎる。

 そして、彼女がそのおじさんに、父認識しない……つまり、自分だと気付かないということは、相当年月が経ったこちらの世界に来るのだと計算できる。

 彼女の手紙には、『51歳のおじさん』と記されていた。そのショーンおじさんが自分ならば十年後。認識しない事ともまぁ……合うか。

 十年待つなんて、気が遠くなると最初は絶望した。しかも、あの後別れた方の玲菜は無事に未来の世界へ行けただろうか。あの、黒ローブの人物に邪魔をされていないだろうか。考えるととにかく心配だ。

 

 心配する毎日を過ごしながらも、こちらの生活にも慣れて(というか、元々暮らしていたので)月日が経ち。サーシャが亡くなるという不幸があった後に、自分の家にレオが住み着いてしばらく経ったある日。

“あの時”から四年もの歳月で忘れていた『娘の婚約者』の名前を急に思い出して「ハッ」とした。

 確か『レオ』という名だったと甦った瞬間にすべてを悟った。

 娘が、ショーンというおじさんの家で同居して恋に落ちた相手は彼《レオ》だと。

 

 それからだろうか。レオのことは、サーシャの息子というのもあって元々親しくしていた(向こうも慕ってくれた)し、居候されてからは自分の息子のように感じてきていたが。彼に対して更に特別な感情を持つようになった。

 ――いずれ、娘の婚約者になる少年だ、と。

 彼が自分のことを『オヤジ』と呼んでくるようになったが、本当に『義父《ちち》』になるかもしれないと思っていた。

 だから、というわけではないが、何かと命を狙われる彼のことも自分が守らないといけないと思った。彼には優秀な護衛が居たけれど、自分なりに助けよう、と。

 

 

 そして、自分が五十一歳になってから、本当に娘がこの世界にやってきた。

 自分も十年前にたどり着いた“レナの聖地”に、欠かさず確認しに行っていたある日。レオが『女が倒れている』と発見した時は心臓が止まるかと思った。

 彼女だと分かって、危うく涙を流しそうになったが堪えた。

 念の為に、初めて来たのか訊ねてみる。もしかするとあの時別れた方の玲菜かもしれなかったから。ただ、よく記憶を辿ると髪の毛が短かったから違うのだと思い直すのだが。

 とにかく、彼女が最初に発した言葉が「おとうさん」だったので。

 もしかして分かったのかと思って物凄くびっくりした。

 ただ、その後「誰?」と訊かれたのでやはり別人だと認識していると気付いて。『初対面のおじさん』を演じた。

 きっと、彼女が一度元の世界へ戻る時までバレてはいけないのだと。最後まで他人のおじさんを演じる覚悟をした。

 すべては歴史を変えないために。運命を信じて。

 

 

 玲菜は他人のおじさん・ショーンに信頼と親しみを覚えてくれた。

 

 

 *

 

 

 その結果。

 彼女にとって“ショーン”は絶対的に妄信するかけがえのない存在になってしまい。

 まさか……

 煙草を吸いながらショーンは考える。

(お父さんよりもショーンおじさんの方が好きって思ってたらどうする!?

 いや、紛れもなく両方とも自分なのだが。

 この複雑な気持ちはなんだ。

『ショーンはそんな人じゃなかったのに!』と言われた言葉が頭に響く。

 譲二でもなく、おじさんでもなく、ショーンとして父に戻ったのに。

(戻らない方が良かったのか?)

 二年前のままの方が良かったのか。

 ショーンは心の中で思いきり嘆く。

(でもお父さんは、ずっと我慢してたんだよ〜〜〜〜玲菜)

 口には出せない。

 ずっと名乗り出たかった。

 初めの内、彼女が『父親』と間違えるごとにドキリとした。

 娘がどうなるかハラハラしたし、不安そうな時は打ち明けたかった。

 レオに対しても。本気でもない時に手を出されたら嫌で、つい「手を出すな」と予防線を張ってしまった。

 おかげで……というか、レオは『気にかけすぎる』と不審にも思っていたようだった。『優しすぎる』とも。

 

 ショーンは、自分のベッドで不器用に髪を結ぶレオを見る。

 今はもう、不審だったことは解消されただろう。

 彼には一度、「オヤジはレイナに甘すぎる」みたいな事を指摘されたことがある気がするが。自分ではそんなつもりはなかったけれど、第三者からしたらそう見えたのだろう。

(だって、仕方ないだろ。父親なんだし)

 或いは……

 まぁ、深く考えたら自意識過剰になる。

 

 煙草を吸いながら自分を見てくるショーンに、レオはビクビクして構える。

「な、なんだよオヤジ」

 まさか昨日のことがバレていて、説教でもしてくるのか。

「別に何も」

 ショーンは意味ありげに笑い、今度はバスルームの方を眺めた。

(玲菜……)

 

 ――二人は、最初から割とお互いを気にしているように見えた。というか、玲菜はともかくレオはあからさまだった。

 口ではムキになって否定していたが、それが逆に分かりやすかった。レオは女に対して、冷めた部分もあったから。

『簡単に自分の物になる女たち。しかも、見ているのは“皇子”という身分』

 彼はそういう女たちを軽蔑していたし、自分に寄って来るのは皆そうだと思っていた。

 だから玲菜みたいな、自分を対等……むしろ上から物を言ってくる相手は初めてで。興味も意識もかなりしていた。

 

(何より可愛いからな〜。玲菜は)

 娘を想い父がニヤけていると、バスルームのドアが開いて支度の終わった玲菜が出てきた。

 自分の方を見て目が合うと途端にそらして。

 レオの許へ行く。

「レオ!」

 多分玲菜も、目に余ったのだろう。

「髪の毛貸して! 結んであげる」

「え?」

 下手くそに結ったレオの髪を持ち、櫛《くし》は無いかと周りを探す。

「櫛は?」

「クシ? どこだったかな?」

 自分まで探すレオに、玲菜は疑問を呈した。

「無いの? いつもどうやって結んでんの?」

「いつもはやってもらってるから。一人の時は面倒くさくて結ばないし」

「やってもらってる? 誰に?」

 一瞬、女性なのかと疑いそうになったが。

「フルドに」

 平然と答える彼に「ああ、そうか」と納得する。

 今は居ないが、フルドは基本常にレオに従事している。

 皇帝の身分は取られたが、周りの人間は皆、彼についてきていることにも安心。

 玲菜は自分の櫛を使って彼の髪を梳《と》かし始めた。

 結んであった紐を一度解いて手に持つ。

「伸びたよね、髪」

「ああ。切った方がいいんだっけ?」

「う〜ん」

 最初、切った方がいいかと思った。けれど。

(長い方は長い方で色気があるっていうか)

「長い髪も似合っているよ」

 玲菜にそう言われると、長髪でいようかと悩むレオ。フルドではなく、彼女に髪を結んでもらうのは心地が好いし。髪を洗う面倒さえなければ。

「お前がいつもやってくれるならこのままでいる」

「何言ってんの!」

 玲菜は照れて呆れて、サッと結って終わらせた。

「自分でできるようにならなきゃ! もう、フルドさんにやってもらうのが当たり前じゃダメなんだからね」

「え? だから自分でできるし」

 本人的にはできているつもりらしい。

 レオが首を傾げたところでショーンが「さて」と立ち上がった。

「やっと用意できたか? じゃあ行くか」

 

 

 

 外は快晴。陽気としてはまだ肌寒いがもう春の暖かさが出てきている。但しこちらの暦ではもう十二月。もと居た世界と同じく、街の様子はどこか忙しい。まぁ、年末ほどではないがそろそろ年越しの調整に入ってきている。

 三人はマントを被りながら車の隠している方へ歩き、先頭を歩くショーンの目を盗んでレオは玲菜の手を握ってきた。

 一瞬びっくりしたが、顔が熱くなる玲菜。

 さりげなく二人で並んで歩いていると、前のショーンがこちらを向かずに言った。

「仲直りしたんだな〜。良かった」

 バレている。

 気恥ずかしくなった二人だったが、レオは手を離さずに進む。

 玲菜は俯いて……ふと、頭に思い浮かんだ単語を口に出した。

「クリスマス!!

「え?」

「クリスマス、無いの? この時代!」

 十二月と言えば、このイベント。

 

「くりすます?」

 全く言葉に馴染みが無さそうなレオと、何であるか分かるショーン。

「あ〜。そうかクリスマスかぁ」

「なんだよ、くりすますって!」

 レオの反応で、どうやらクリスマスは無いと分かるが。似たようなイベントが無いか探る玲菜。

「キリストの誕生日でね、皆でお祝いするっていうか。日本では宗教関係なくて習慣だけ真似してるんだけど。サンタさんにプレゼント貰ったり、パーティーやったりケーキ食べたり。ツリー飾ったり! 似たようなの、こっちでは無い?」

 訊ねているのに、ショーンは思い出に浸る。

「サンタといえば、玲菜は小学五年生までサンタさんを信じていたなぁ」

「違うよ!」

 慌てて弁解する玲菜。

「あれは、今だから言うけど、“信じていたフリ”をしていたの!」

「え?」

「信じていたのは小学校一年生までだよ? 二年生の時は、夜中にお父さんがプレゼント置いてるの見ちゃったから!」

 衝撃の事実に若干放心するショーン。

「ええっ!?

「でも、子供心に『お父さんには言わない方がいいな〜』ってのがあって。黙ってたの」

「……そうだったのか」

 

 二人のやり取りに一人仲間外れで面白くないのはレオ。

「なんだって? ショウガッコウ? サンタとかいう奴の誕生日?」

「違う違う」

 

 楽しくお喋りをしているとやがて町を出て、車の置いてある丘に近付く。

 玲菜は残念そうに言った。

「そうか。クリスマスみたいなの、こっちには無いんだ〜?」

「ああ、いや!」

 ショーンは指摘する。

「新年!」

「え?」

「新年祝う時は、シリウスの誕生日でもあるし。ご馳走食って、場合によってはプレゼントも貰ったりして。司祭様によるありがたーい説教とかも聴くし。向こうの正月よりもクリスマスって感じかもしれねぇ」

 食いついたのは玲菜だ。

「そうなの?」

「ん? ああ」

 ショーンと玲菜の間にレオは割って入っていった。

「なんだよ? 俺の誕生日がどうしたって?」

「あ! そっか」

 しかもレオの誕生日という事実。

「じゃあ、クリスマスパーティー兼レオの誕生日会やろうよ!」

 玲菜の案に、ショーンはニッと笑ったが、レオはなんだかわからなくて首を傾げた。

「何? くりすますぱーてぃー兼?」

 

 ちょうどその時、車を隠す洞穴前に着き、枯草とカバーを外す。更に充電のプラグも元に戻す。

「車出すから、待ってろ」

 ショーンはそう言うと施錠を解いて運転席に乗り、起動させて洞穴から出して停車した。

 停車してからトランクに荷物を入れるなりカバーをしまうなりする。

 

 そうして、また当たり前のように運転席に乗り。玲菜とレオは後ろに乗った。

「忘れ物は無いな?」

「うん!」

 

 出発してからレオは改めて訊いた。

「俺の誕生日に、なんかやんのか?」

「うん! クリスマスパーティー」

 そのクリスマスとやらが分からない。

「くりすます? 普通のパーティーじゃ駄目なのか?」

 そう言われると玲菜は俯く。

「うん……っと、別にいいけど」

「でも、クリスマスっぽい料理作ってやるよ!」

 運転していたショーンが提案したことで、玲菜は乗り気になった。

「そうだよ! そうしよう? 私、サンタの格好する!」

「さんたの格好?」

 レオさんの興味を引いた。

「どんな?」

「ええと……」

 当然サンタの衣装などここでは売っていないので自分で作らなければならない。

(作れるかなぁ?)

 まず、裁縫を誰かに教えてもらわなければ。前にクリスティナとお守り袋を作った時に、少し教わったが。しかも現代にあった高度なミシンなんて絶対無い。

(針と糸があれば手縫いで……ケープみたいなのとか? 三角の帽子みたいなのだったら作れるかなぁ? 無理かなぁ?)

「できるか分かんないけど、サンタの服は赤くてね」

「太もも出すようなミニスカートは駄目だぞ」

 注意したのは運転席のショーン。今までそんな注意したこともないのに、ここへきて心配性の父っぷりを披露する。

 一方、太ももに反応して正直にも期待の目で見るレオ。

 玲菜は二人に対して言い放った。

「出さない! っていうか、スカート作れるか分かんないもん」

(あ、そうだ!)

 言った後に思いつく玲菜。

(赤いスカートは買えばいいじゃん? 赤い服も。……帽子はあるかな?)

 よく考えると、サンタクロースの服でなくても赤い服を買って改造すればそれっぽく見えそうだが。

(ああ、でも。服屋さんあるかなぁ?)

 仕立て屋は高いし、布ではなく既製服がたくさんある店は大きな町でないと無いし、ましてやこれから向かう本拠地に店があるのかさえも分からない。

 

「あ、ねえ?」

 肝心なことを聞いていないと、玲菜は気付いた。

「本拠地ってどこ?」

 

「ああ、それは……」

「着いてからのお楽しみでいいだろ?」

 レオは普通に教えようとしたが、ショーンはなぜかもったいぶって隠してきた。

「え!? 私の知っている所? 知らない所?」

 せめてそれだけでも知りたい。

「ああ、それは……」

「どうだかなー!」

 またもや教えてくれようとしたレオの言葉をかき消すショーンに、玲菜はムスッとして呟いた。

 

「ショーンはもっと優しかったのに!」

 

 運転席の男はショックを受けて。隣に座る男は彼女に教えてあげようとした。

「教えてやろーか?」

「いい!」

 玲菜は意地を張り、レオの厚意も断る。

 

 思えばショーンは、レオに対してふざけてからかう、なんてことはあったが。自分にそういうことは一切無かった。いつだって優しくて。

 ただ、父の場合は……そういうところはあった。

 別に不快ではないが、“優しかったショーン”に、父のようにからかわれると妙な心境になる。

 今思うと自分に対して演技をしていたからだろうが、“他人のショーン”は、なんて完璧な素敵おじさんだったのだろう。それと比べると、中途半端に父認識をしている今の彼に何か反発をしてしまう。

(私、ショーンとあんなに仲良しだったのに)

 このギクシャク感はなんだ。

 まるで思春期だった頃のよう。

「はぁ」

 玲菜はため息をついた。

 父とは、本当にいろいろあった。

 大人になってからファザコンの自覚をしたが、別にそれまでずっと仲良かったわけではなかった。反抗期もあったし、妙に避けていた時期だって。友達に「若い」だの「イケメン」だの言われるのは悪い気もしなかったし、むしろ少し自慢ではあったけれど。

(だって。実際格好良かったもん。運動会の父兄参加競技の時だって、お父さん目立っちゃって)

 この思い出も、前に座っている人にはあるのか。

(本当はもっと、ショーンとお話ししたいかも)

 ギクシャクしていなければもっと、語り合いたい思い出話がある。レオも混ぜて三人で。

 レオは『仲間外れのようだ』と怒るかもしれないけど、彼だって自分の話を聞きたいと言っていたし。

 そういえば二年前だって、自分の世界の話を少し教えたが。まだ教えたいことは山ほどある。

(今度は何の話しよう? スマホの話とか?)

 

「あ!!

 考えて思い出した。

 

(ケータイ持ってきてたんだ!!

 戻って来る時、何を持っていけばよいか分からずにとっさに鞄に入れた物の一つが携帯電話と充電器だった。

 急いで手持ちの鞄の中を見ると他にもいろいろと入っている。可愛いけれど中はたくさん入る型の斜め掛けバッグだったので、ちょうど前日に出掛けた時のままに入っている物もあった。

(あ、そうだ、CD!)

 同じくとっさに入れたCDを先に出す。

「お? なんだそれ?」

 隣のレオは興味津々。

CDだよ!」

「シーディー? え?」

 彼は、CDは車の中に内蔵されているものだと思っているので、不思議そうにする。

 玲菜は持ってきた中から父の好きそうなCDを一枚選んで、壊れかけたオーディオへ向かって身を乗り出した。

「玲菜! ちゃんと座ってろ、危ないぞ」

「うん。CD変えたいから」

 ショーンは運転しながらチラリと横を見る。

CD? まさか持ってきたのか?」

「うん!」

 腕を伸ばして取り出しボタンを押して、出てきたCDと取り換える。

「あれ? 音楽が止まった」

 レオは驚いたが、またすぐに新しいCDがかけられて、いきなりの知らない曲に戸惑った。

「あれ? なんだこれ?」

 

 一方。

 自分の知っている……というか、好きな懐かしい曲に目を丸くしたのはショーンだ。

「え? このCD、まさか」

「そうそう、お父さんの。私も小さい頃に聴いてたやつ」

 玲菜はショーンが驚いているようだったので、作戦成功とばかりに口元を緩ませた。

「確か、お前にあげた……」

「うん。私が『貸して』って言ったら、くれたでしょ? 最近聴いてなかったからクローゼットにしまってあったんだけど、こっち来る時にまとめて持ってきたんだ。二人とも好きなやつだったから」

 こちらの世界に二人で行くとなって、パッと目に入ったのがこの数枚のCD

 電気器具がほとんど無い世界でも、CDならば車の中で聴けると思って。

「二人じゃないよ」

「え?」

 ショーンは思い余ったように告げる。

「そのCDは純玲《すみれ》さんのだよ」

 

「え……?」

 ショーンの口からまさか、母の名が出るとは思わなくて。いや、父ならば当然のことだけれども。未だに半信半疑だったから。玲菜は呆然とした。

 

「純玲さんが好きだったから、俺も好きになった。だから、玲菜も好きなら“三人とも”だな」

 

 喋っていると、ショーンは間違いなく“父”だと思う。

 玲菜は胸が熱くなる。

(だって……)

“父”は今でも母を想っているのが見えたから。

 ショーンの声は、懐かしそうで愛しそうで切なかった。

 

 ショーンがまだ父と判明しない頃、彼に『妻』のことを訊いたことがあった。あの時の瞳からも“妻への愛”が感じ取れた。

(お父さんは……)

 

 父はよく、夜中に一人で泣いていた。

 酒を片手に、肩を震わせて母の名を呟いていた。

 

 たまたまその背中を見てしまった玲菜も、部屋に戻ってベッドで一人泣いた。

 母が居なくて。

 きっと自分以上に父は悲しくて。

 でも、慰めることもできなくて。

 

 朝になるとまた笑顔の父が居たから。余計につらかった。

 

 

 昔を思い出して切なくなった玲菜は、父の懐かしいCDを聴きながら運転席のショーンを見る。

 やはり知っている曲らしく、もう所々口ずさんでいる。とても懐かしそうな表情をして。

 もしかすると妻を思い出しているのか。

(私、余計なことしちゃったかな)

 玲菜は悩む。

 また、悲しくなってしまうのではないか、と。

 けれど彼の目は穏やかで、口元は優しく微笑む。

 心配する玲菜にポツリと言った。

「持ってきてくれて、ありがとな」

 振り向かず、正面を向いたまま。

「ここにお母さんとの思い出の品が少ないから、嬉しいよ」

 

 玲菜はその時、ショーンに対して「お父さん」と声をかけようとしたが、口を開いても言葉が出なくてまた閉じた。

 代わりに遅れて返事をする。

「……うん」

 難しい事ではないのに言えなくて俯く。

 

 CDの曲が懐かしく響く車は、赤い砂漠の見える長い道をひたすらまっすぐに走った。


NEXT ([第二部・第八話:赤い髪の(巨乳)美女]へ進む)
BACK ([第二部・第六話]へ戻る)

目次へ戻る
小説置き場へ

トップページへ
inserted by FC2 system