創作した小説が世界の神話になっていた頃


 

[第二部・第七十五話:精霊術士]

 

 もう日は昇っていて明るいはずなのに、ずっと薄暗いままの林を歩く玲菜たち。

 ひとけは無いが、代わりに獣が出そうだし、実際に草むらを何かが横切ったりもする。案内役のアフは周りに気を配りながら誘導して歩いた。

 たまに小屋があると、樵《きこり》の小屋だとアフは言い、大丈夫らしいので中で休ませてもらう。

 この辺りの集落の人間は伐採や岩山の採石をして暮らしているのだという。所々その跡や運搬用の道も遠くに見つけた。

 但しナジャーク家だけは精霊術士の子孫であるからか、占い等をして生計を立てているらしく、たまに貴族や王族まで訪ねてくる場合があるという。

 バシルというより、どちらかというとタチアーナの家に近いと玲菜は感じた。

「占いって予言ですか?」

 預言者のことが頭を過り、訊ねてみるとアフは首を振る。

「いいえ。本当にただの占いですよ。精霊術は未来を予知できるわけではないので」

 その辺りは巫女の一族とは違う。

「先祖の魔眼を持っているわけでもないですし」

 そうだ。予言は魔眼石とアヌーの精霊石の二つが必要であり、精霊術とは関係ないといえる。

「占いは別物です。精霊術士とは別の女性がやっています。ただ、精霊術の噂が広まっているのでお客には困っていません」

 

 なるほど、と思いつつ、玲菜は心配になった。タチアーナの家の例もある。

「精霊石って狙われないですか?」

「アナタたちみたいな輩《やから》にですか?」

 疑いを蒸し返されて怒る玲菜たちに「冗談です」と笑いながらアフは言った。

「精霊術は占いだと思われているし、石は隠しているので滅多に狙われることはないです」

 ただの占いだと信じられているのなら狙われないし、石の存在はそもそも知られていないか。

「ただ、昔には何度か狙われたことがあるそうです」

 うまく隠していても、伝説の石を調べて在り処をつきとめる人間は稀《まれ》にいる。

「その度にナジャーク家は逃げ隠れました。帝国のナジャーク家と分かれたのも狙われた結果だ、と。向こうにはバシリスクの名を、こちらには術……と、石を」

 

「……そうですか」

 頷《うなず》くタチアーナに、夜の時と若干の違和感を覚えながらアフはまた歩き出した。

「さぁ、もうすぐ着きます。行きましょう」

 木の間からは少しずつ陽が見え始めて地面を照らす。心なしか軽い足取りになり、玲菜たちはついていった。

 

 

 ―――――

 

 そして……林を抜けて明るい場所へ出た一行の目の前には、青い空に届きそうな大きな砂岩山と本当に小さな集落が見えた。

「あそこです」

 朱《あか》い瓦屋根の家々を指すアフと、照らされた日差しで急に暑くなる玲菜たち。被っているマントを脱ごうとも思ったが、「念の為に家へ着くまで被っていてください」と言われて仕方なくそのまま我慢した。

 

 

 やがて、ついに集落へ着く一行。

 全体的に質素な家が多い印象で、人もあまり歩いていない雰囲気の中、少し大きめの平屋の横に豪華な馬車が留まっているのが見えた。

「客が来ていますね」

 アフはそう言うと「裏へ回りましょう」と告げて方向を変える。

 豪華な馬車を横目で見て玲菜は訊ねた。

「占い師のお客さんですか?」

 馬車だけで多分金持ちだと悟れる。貴族や王族も来ると言っていたアフの言葉は間違っていないようだ。

「そうですね。こちらです」

 恐らく裏門から入るらしく、塀を伝って歩くと小さな入口があった。

 扉を開けて中へ通されて……平屋は木造なのが分かる。

 

 家の中へ入ってコンクリートの廊下を歩き、奥の赤い扉を開けると、掃除の行き届いた広間に着く。そこでソファに座らされた玲菜たちは、アフが「待っていてください」と言うので大人しく待つことにした。

 彼はもしかして『精霊術士』を連れてきてくれるかもしれない。アフが出て行くと玲菜とタチアーナはマントを脱いで息をついた。

「暑かったですね」

 昼間の淑女風タチアーナは微笑み、頷く玲菜。

 ただ、部屋の中はそれほど暑くなく、高い天井に近い壁の窓から風が入ってくる。

「でもここは涼しいです」

 話しながらエドを見ると彼はマントを頭から被ったまま。そんなに姿を見せたくないのか、まさか人間の見た目ではないのか……気になるところではある。

「エドさんは暑くないですか?」

 意を決して玲菜が訊ねると彼は少し頷く。

「そうですね。……暑いです」

「マントを被っているからですよ」

 なんと! タチアーナの後押し。

「……そうですね」

 ついに、彼の素顔が明かされるのか……エドが自分のマントに手を掛けた時――

 

「こんにちは」と、数人が入ってきて、エドは手を戻してしまった。

 

 数人というのは、老人から子供まで居て、何か家族が集まった様子。誰が『精霊術士』なのかは分からないが、マントを脱いだアフも居るし、術士っぽい格好の女性も居る。

 けれど、女性は廊下から呼ばれて出て行ってしまった。

 彼女はもしかすると例の占い師かもしれない。玲菜がそう思った矢先に長老風な男性が前に出る。

「お前さん方がアフの連れてきた?」

 老人は杖をつき、声は少しかすれている。

 ……いや、まさかこの長老が精霊術士では?

「はい」

 緊張した面持ちで返事をする玲菜に近付く長老。つま先から頭までじっと見て、次にタチアーナの方もじっと見る。そしてエド……のことは、大して見なかったが、「ふぅ」と息をついて口を開いた。

 

「合格!」

 

「は?」

 タチアーナは疑いの目を向けたが、玲菜は訊ねる。

「精霊術士の方ですか?」

 

「いいや、違う」

「え?」

 てっきりアフが訳を話していて、先ほどの『合格』は精霊石を渡してもよいと認められたのかと思ったが……違ったのか。

 タチアーナもそう感じたらしく、訊ねる。

「では、さっきの“合格”は?」

 アフ側の人間が一同呆《あき》れた顔をしたのは気のせいではない。

 長老は嬉しそうに言った。

「ワシの好みの女性かどうかの判断じゃ」

 正直、あまり嬉しくもなんともないし、しかも玲菜をじっと見て呟く。

「少し小さいがの」

 何が? とは誰も訊ねなく、皆に気まずい空気が流れた。

(ただのエロジジイじゃん!)

 おまけにわざとらしい“老人口調”なのがうさんくさいし。

 玲菜は心の中で激怒した。

(っていうか、小さくないもん。埼玉県民の平均以上だもん! 多分ちゃんと測ったらCカップだもん!)

 激怒というか言い訳というか。

 せっかく皆が黙っていたのに、エドが余計な気を遣ってきた。

「胸が小さくても気にしないでください。十分お綺麗ですし、レオ様はそんな貴女を……」

「もういいですから! 気にしてないです!」

 顔を赤くして涙目で玲菜は止める。

「ただ、誤解しないでほしいのは、私意外と着やせするタイプであって、ちゃんと測ればC……」

 まだ言い訳途中なのに、タチアーナが切り込んだ。

「では、精霊術士の方は?」

 彼女の眼は何かを見透かしていて、アフを見ている。

「もう隠さなくていいですよ、アフさん。私は気付いていましたから」

 

「ええ!?

 つい大声を上げてしまったのは玲菜だけで、アフは仕方なさそうに前に出る。

 

「バレていましたか」

 

「私の姉……いえ、私は、精霊術を感じ取れますので」

 

 長老は「ふぉふぉふぉ」と若干ありえない笑い方をすると、アフに顔を向ける。

「アフよ、この家まで連れてくるということは、この者たちを信用するんじゃな?」

 警戒しているかと思われたアフはすんなり答える。

「はい」

「え! では、精霊石を?」

 彼には精霊石を必要としていることを伝えているし、この流れは貸してもらえるのかと思いきやそうでもないらしい。

「精霊石はたとえ帝国側のナジャーク家だとしても簡単には渡せません」

「返しに来ます!」

 玲菜が必死に訴えても首を振った。

「貸し借りの問題ではないのです」

 精霊石はただの家宝ではない。

 信用したから「良い」になるとは限らない。

 

 沈む玲菜たちにアフは近付いた。

「ですが、遠い親戚の頼みもあるのであなた達に協力しましょう。つまり――」

 

 じじ……長老が口を挿《はさ》んだ。

「お主もついていくという訳じゃな」

 

「そうです」

 アフはアフロを掻き上げて(?)言った。

「精霊石を持って、私も一緒に行きます。用が済んだら帰らせてもらいますが」

 

 ……なるほど、そういうことか。と、顔を見合わせる玲菜たち三人。

 精霊石を持ってアフがついてくるということは、エア・アクアを手に入れたということ。

(エア・アクアがあれば蒼人魚の毒を浄化できて、その血を使ってタチアーナさんがレオに精霊術を掛ければ……)

 呪いを――抑えられる、と。

 

 希望が見えて、玲菜は泣きそうになった。

 これで、緑龍城へ戻れば……

(早くレオに会いたい!)

 戻る時も国境越えがあるのだが、行きと同じように帰れば多分大丈夫。

「あ、ありがとうございます!!

 

 皆に向かって頭を下げる玲菜に、アフは気まずそうに手を向けた。

「いえ、あの……実は――」

 

「エア・アクアは二つで一つの精霊石なんじゃ。うちにあるのはアクアの方じゃぞ」

 

 今のは長老の言葉で、耳を疑う事実。

 

「二つで一つ!?

 大きい声で訊き返したのはタチアーナだ。大昔の前世の記憶を持つ彼女は知らなかったようだ。

「昔は一つだったと聞きます。けれど、ナジャーク家が守ってきた途中で二つに分かれた、と」

 つまりそういうことであり、二つ揃わなければいけないことが予想できる。

「もう一つはここに無いんですか?」

 身を乗り出して訊く玲菜たちに、アフの家族らしき女性の一人が静かに答えた。

「エア・アクアのエアの方は、ウィン大陸の大聖堂にあると言われています」

「ウィン大陸?」

「これは、在り処を分からなくするための言い伝えらしく、ウィン大陸は現在ありません」

 続きをタチアーナが言う。

「ウィン大陸は大昔に在った大陸ですよ」

 もしかすると記憶で。

「確かに、立派な大聖堂がありました」

 

 では、今のこの時代でいうとどこにあるのか。

 アフの家族を見回しても、そこまでは知らないといった様子。

 タチアーナも「当時は南の大陸でした」と言うだけで、“当時”というのが前々世界というとてつもなく昔の話なのでアテにはならない。

 こういうことに詳しいのは考古研究者だろうか。

 

 ショーンならば専門だったらしいので、もしかしたら知っているかもしれない。

 

(そうだ。お父さんならウィン大陸のことも大聖堂のことも……)

 そう、玲菜が思った時、『大聖堂』という言葉に引っかかる。

(あれ? 大聖堂?)

 大聖堂といえば、旧要塞大聖堂……の、元城主の名はウィン司教。

「鳳凰城塞《ほうおうじょうさい》! ウィン司教!」

 玲菜がいきなり大声を出して立ち上がったので、一同は注目した。

「大聖堂に、ウィンだから、絶対合ってる!」

 恐らく彼女はこう言いたい。

「バシルさんみたいに、大昔から名前を受け継いでいるんです! きっと! エア・アクアの『エア』の方を持っているのはウィン司教!!

 静まり返っていたので、少し声量を下げた。

「……だと、思います」

 

「帝国に大聖堂が在って、ウィンの名を持つ人が居るんですか?」

 アフに訊ねられて頷く玲菜。

 少しの間、皆は考え込んで長老がまとめた。

「行ってみる価値はありそうじゃの」

 なぜいつも大事なセリフをじいさんが言うのか……。

 気になりつつも、決定した。

 

 アフが精霊石『アクア』を持ち、同行して鳳凰城塞へ向かう、と。その前に緑龍城へ行くので、ショーンに確認してもいいかもしれない。

 ただ、タチアーナだけは不審そうに首を捻った。

「変ですね。姉は鳳凰城塞で精霊石の力を感じ取らなかったと言っています」

「え?」

「でもまぁ、とりあえず行ってみましょうか」

 

 いずれにしても帝国へ帰る。

 

 だが、すぐにでも発とうとした玲菜たちをアフの家族は止めてきた。

「一晩かけて国境を越えて来たんですよね? 少し休んだ方がいいです!」

 確かに小屋で休息をとったとはいえ、寝不足はもちろんのこと体も疲れている。けれど、気持ちは興奮していてすぐにでも帰りたい。

 そんな玲菜たちを家族は説得してきた。

「それに、出るのは深夜にして明け方国境を越えるのが一番見つかりにくいです」

 慌てても失敗してしまっては意味が無い。焦《あせ》らず確実な方が良いに決まっている。

「皆さんが休んでいる間、向こうのナジャーク家に連絡を取っておきますので」

 ちなみに連絡方法は秘密で、明日の昼には伝わるはず。

 洞窟を通り、夕方頃向こうへ着けばきっと迎えに来てもらえる。

 

 お言葉に甘えて、玲菜たちは休むことにした。

 家族の女性が三人を客間に案内してくれる。その際に長老が「ワシが体を揉みほぐしてやろうか?」などと下心見え見えな発言をしたが全員無視を決め込んだ。

 

 質素な部屋に、女性二人とエドで分かれて眠りに就かせてもらう。食事も少しばかり頂き、夜に備える。

 

 

 

 ――やがて深夜になり、皆は起きてマントを被った。

 荷物を持ち、合流したアフは精霊石の片割れ『アクア』を持ってきたという。

 

 アフの家族に見送られながら四人は家を出て、身を潜めながら集落も出て行った。

 そして、静かに林を歩いた。

 

 

 

 ―――――

 

 いっぽう……。

 時間を少しさかのぼり、夕刻の緑龍城では。

 従者を引き連れて忙しそうに歩く軍総隊長の前に軍師である参謀長が現れた。

 ちょうど長い参謀会議が終わったところだと、ため息をついて横に並び歩く。

 空腹のため夕食をとろうと思っていたレオは、給仕を呼んで自室に“二人分”の食事の用意を指示した。

 そこで自分の分も用意されていると気付いたショーンは申し訳なく思う。

「ああ、悪いな。俺は外の食堂に行こうと思っていたんだけどな」

 外の食堂というと一般の兵や傭兵《ようへい》も行くところであり、レオは呆れ返った。

「普段はいいけど、その軍服で行くのかよ。オヤジは参謀長の自覚を持て」

 言われて自身の格好を見てショーンは頭を掻く。

 

 奪還軍はもう賊軍の印象を脱ぎ捨てるために、まずは見た目を改善していった。皇帝の軍ならば『正規軍』である為、相応の格好をしなければならない。

 一般兵はまだしも、せめてもの幹部や上役職に就く者、上階級の者には立派な軍服等を配った。立派といっても、軍事費に難ありな元反乱軍なため、職人が安値でも技術を駆使してなんとか立派風に作った物。

 配られた者は軍議・訓練等にて、なるべくの着用を義務付けられた。

「っていうか、義務付けを奨《すす》めたのはオヤジだよな?」

 確か最後まで渋っていたのはレッドガルムだった。

 

 立派な軍服は嫌でも目立つ。軍上官として、行動は今までより少し慎まねばならない。

「そうだな。制服は脱ぐけど、お前の部屋で食べるよ」

 堅苦しいのが嫌いなのは彼も一緒だとショーンは苦笑した。

『皇子』だった頃の彼は、軍の決まりも「自分だけはいい」と平然と破っていた。最低限『シリウス』は演じていたが。

 今は『シリウス』の他に『皇帝』っぽさも加わった。確かに前皇帝ほど威厳は無く、だらしない部分はだらしないままだが。

 むしろ今までの皇帝には無い君主ぶり……民のことを考える意思がある。

(立派な君主になれるよ、お前は)

 ショーンは心の声をレオに向けた。

 あのまま皇帝になっていたら……悪帝にはならずとも、政はどうだ?

 多分、それなりに良い皇帝にはなっていたかもしれない。

 彼は庶民の気持ちが分かるし、良い部下に恵まれている。そして、覚悟を決めることもできるから。

 それでも、今の方がもっと民のことを思いやれる気がする。

 

 襲撃事件が起きて良かったなんてことは一切無い。……それでも。

 

 

(ただ、やっぱり……考えちまうなぁ)

 

 彼が本当に心から望んでいるのは帝位を奪還することか。

 

 訊ねれば彼は「そうだ」と即答する。

 でなければ部下の死が無駄になる、と。

(皮肉なもんだよな〜)

『皇子』を死ぬほど嫌がっていた彼が、『皇子』によってできた部下を失うことを死ぬほど恐れている。

 

 だから、『皇子』関係無く好き合った玲菜は本当に特別な存在であって。でも彼女との幸せを望む一方、自分の運命からは逃げられない。いや、逃れようとはしない。

(結局こいつが逃げたのは、父親と向き合うことだけだな)

 ショーンがレオをじっと見ていると、彼は気まずそうにこちらを向いた。

「……なんだよ?」

「いいや、別に」

 いろんなことを考慮してみても選択は彼にあり、どう転ぶかは分からない。

 まして、戦に勝てるかどうかも……。

 もちろん、勝たなければ駄目だが、想定外のことはあり得る。

「レオ……」

「ん?」

「アスールスの陸側の防衛のことだけどさ」

 すでに軍議でフェリクス……いや、クリスティナの隊が赴《おもむ》くことが決まっていたが、ショーンはとある提案を出した。

 そうならないことが最善だが、最悪の事態を想定して。

 彼がショックを受けると……或いは怒るだろうと分かっていたが。

 

 

 

 

 ――玲菜がナジャーク男爵家へ到着したのはその翌日の夜。

 男爵家では、眠るミズキを抱っこしたアヤメが待っていて、他の家族も皆心配してくれていた様子。経緯の説明とアフの姿を見てびっくりしたが、遠い親戚を歓迎した。

 

 その日は疲れていたのですぐに眠り、起きたのは次の日の昼であった。

 

 

 そして……昼食を頂き、玲菜はナジャーク男爵家に礼を言う。

 アヤメに今後のことを少し話して、明日には帰ることを決める。夜は団欒を楽しみ就寝した。

 

 

 孫と離れるのを名残惜しく泣くバシルの両親に見送られながら、明朝、玲菜たちはナジャーク男爵家を発つ。玲菜・タチアーナ・エドの三人、アヤメ・ミズキ母子《おやこ》、更にアフを乗せた馬車はガタガタ揺れる岩山道を走り、緑龍城へ向かった。

 

 

 

 ―――――

 

 やがて、二日が経ち。

 三日目の夕方、ようやく見慣れた緑龍城へ着く。約十一日間の旅だったが、やけに懐かしく感じた。

 

 着く前に緑龍城へは連絡が入っていたようで、馬車が停まった先には迎えの兵がずらりと並ぶ。

 一番目立つ巨漢の騎士が妻と息子の帰りをソワソワと待っていて、ミズキを抱っこしたアヤメが降りた瞬間に駆け寄る。

 大きな腕で二人を抱擁《ほうよう》した後、息子を受け取ろうとしたのだが、ミズキは母にがっしりとくっついて離れない様子。行き場の無い手を下ろしてがっくりと肩を落とした。

 てっきりミズキが父親に飛びつくと思っていた玲菜は心配して三人に近付く。

 落ち込んでいる夫を慰めつつ、アヤメは玲菜に言った。

「あー、心配しないで。いつもこうだから」

 彼女いわく、息子のミズキはまだ幼すぎるからか、しばらく会っていないと父親といえども、戸惑ってしまうとのこと。今までも、戦から帰ってきたバシルと久しぶりに会った時に、泣いて逃げてしまったのだという。

 息子を溺愛しているバシルには少々酷だが、数時間でも経てば元に戻るとのこと。

「多分、恥ずかしいんだと思うのよねー」

 アヤメは笑い、ミズキを抱っこしたままバシルの腕を取る。周りを見回して首を傾《かし》げた。

「あれ?」

 本来居るはずの二人が見当たらない。

「ショーンさんとレオさんは?」

 

 バシルと一緒に迎えにきてもいいはずで、ただ、連絡が入った時に自宅に居たらこちらに向かっている途中の可能性も。

 

 だが、二人が居ないのは残念ながらそうではなかった。

 バシルが気まずそうに、玲菜に教える。

「レオ様とショーン殿は、実は一昨日に鳳凰城塞へ向かったのです」

 一昨日というと、ちょうど玲菜たちがナジャーク男爵家を出発した頃。

「なので、ちょうど今頃は鳳凰城塞かと」

「え!?

 そうだったのか。

 

 せっかく久しぶりにレオと会えると思っていた。

 ナトラ・テミスへ行く前に少し微妙なまま離れてしまったので、早く会って話をしたかった。

 馬車の中でずっとモヤモヤしたり待ち遠しかったり……。

 

 仲直りをして、精霊石《エア・アクア》が半分手に入ったことを報告したかったのに。

 

(でも……)

 玲菜は頭の中を切り替えた。

(ちょうど、次の目的が鳳凰城塞なんだ!)

 エア・アクアの片割れの『エア』は、もしかすると鳳凰城塞に居るウィン司教が持っている可能性。

 だから、鳳凰城塞へ向かってくれてちょうど良かったかもしれない。

(そうだよ! 向こうで会えばいいじゃん!)

 落ち込みかけた玲菜は、どうせ鳳凰城塞へ向かう予定だったので、少し我慢して二、三日後に彼と会えば良いだろうと前向きに考えた。

 すぐに向かおうと思っていたのはタチアーナたちも同じ。まずは一緒に来たアフの紹介と事情をバシルに話して、明日にでも鳳凰城塞へ出発すると決める。

 

 本日は緑龍城へ泊まらせてもらい、旅の疲れを癒す間も無く急いで準備を始めた。


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